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平成11(ネ)4243民事訴訟 著作権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成12年3月29日
事件種別 民事
法令 著作権
キーワード 侵害23回
分割1回
損害賠償1回
主文
事件の概要

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判決文

平成一一年(ネ)第四二四三号損害賠償等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平
成九年(ワ)第一八七六三号事件)(平成一二年二月二八日口頭弁論終結)
判       決
控訴人(原審原告)   【A】
右訴訟代理人弁護士   島 田 康 男
被控訴人(原審被告)  【B】
右訴訟代理人弁護士   花 岡 康 博
同           村 松 靖 夫
主       文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、原判決別紙書籍目録一の書籍のうち第I部第2章を削除しな
い限り、同書籍を出版してはならない。
3 被控訴人は、原判決別紙書籍目録二の書籍のうち第7章を削除しない限
り、同書籍を出版してはならない。
4 被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一
〇月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被控訴人は、朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞の各朝刊全国版社会面、記
名宛名は二倍活字、見出しは三倍活字、本文は一倍活字で原判決別紙謝罪広告目録
記載の謝罪広告を各一回掲載せよ。
6 4項につき仮執行宣言
7 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 当事者の主張
当事者の主張の要点は、以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」の
「第二 事案の概要」及び「第三 争点及び当事者の主張」記載のとおりであるか
ら、これを引用する。
一 控訴人
1 不法行為について
 原判決は、著作権侵害の有無についてのみ判断し、不法行為を審理判断し
ていない。けだし、他人の研究成果に依拠し、その研究成果をあたかも自己のもの
のごとく装って発表することは、他人の研究成果を奪い、成果発表の機会を奪い、
学者・研究者としての名誉を傷つけるものであり、その発表の仕方が著作権侵害行
為になるか否かにかかわらず、不法行為に該当する。原判決のように、被告第一論
文並びに被告科研費論文及び第二論文の発表行為が著作権侵害に該当しないという
だけでは、その行為が不法行為を構成するか否かを審理、判断したとはいえないの
である。
 本件で問題となっているのは、いわゆる小説ではなく、学術論文であると
ころ、学術論文においては、個々の記載の文章上の工夫より、論文の構造、論旨、
論理展開が重要視される。新しい論文は、いかなる点が従来の研究と異なるのか、
つまり、新しい視点が示されているか、いかなる論理構成が採られているか、とい
った点で評価される。そして、後輩研究者が先輩研究者と同じテーマで研究論文を
発表することは当然に認められることである一方、先輩研究者といえども、自分が
その分野の研究で先行したからといって、後輩研究者の研究成果を横取りしたり、
研究論文を剽窃したりすることは許されないのである。そのような行為は、研究者
の学問的業績に対する権利、利益を奪うものであって、不法行為を構成するもので
あり、特別法たる著作権法の規定に該当する場合は、著作権侵害をも構成する。
2 依拠について
 著作権侵害の問題においては、依拠(アクセス)がなければ侵害が生じな
いことについて争いはなく、同一あるいは類似の論文であっても、それらの論文が
無関係に別個独立に作成されたものであれば、それぞれが著作権法上保護されるこ
とになるから、まず、依拠の有無が問題となるのである。しかるに、原判決は、著
作権侵害の判断において、同一性の有無のみを判断し、依拠の有無を判断していな
い。
 そして、被控訴人が、既存著作物である原告論文を知っていたことに争い
はなく、原判決別表1~6の記述から明らかなように、原告論文と被告第一論文と
の類似性も認められるのであるから、被告第一論文は、原告論文に依拠したものと
いえる。
 また、被告科研費論文及び第二論文も、原判決別紙第二目録1~6の記述
から明らかなように、原告報告に依拠するものである。例えば、被告科研費論文に
おいては、そもそも地方参政権のテーマを論じているにもかかわらず、地方参政権
と国政参政権の次元を混同している(同目録2参照)し、参政権の付与がどうして
法律問題でなく政治問題となるのかを論証していない(同目録6参照)。しかも、
不適切な参考文献が記載されている等、研究者としては有り得ないミスを犯してい
ることから明らかである。
3 翻案について
 本件において控訴人は、複製権の侵害ではなく翻案権の侵害を主張するも
のであるところ、翻案は二次著作物として保護されるのに対して、複製は著作物と
しての保護が与えられないから、翻案に該当するか否かの判断基準と複製に該当す
るか否かの判断基準は、当然異なるものとなるが、原判決は、この点についての配
慮を払っておらず、結果的にその判断を誤ったものである。
 すなわち、複製においては同一性が論じられるが、翻案においては「原著
作物を感得し得るか」が論じられるのであるから、「感得し得るか否か」の判断基
準は、類似をも含む実質的同一よりも更に広い範囲であり、同一性の薄い場合も含
むのである。つまり、原著作物の内面的形式を維持しつつ、これに創意に基づき新
たな具体的表現(外部的形式)を与えた場合が、翻案ということになる。
 したがって、被告第一論文が原告論文を感得させる場合は、翻案と認めら
れるのであり、自己の創作が付与されていることは、その認定を妨げるものではな
い。原判決は、この点について、いずれも表現の相違を根拠として翻案を否定して
いるが、これは、外部的形式の変更にとらわれて内面的形式が維持されていること
への配慮を怠ったものである。
 なお、原判決の別表2及び3の記述を分割せずに検討すれば、被告第一論
文が原告論文を翻案したものであることがより明確になるものである。
二 被控訴人
1 不法行為について
 控訴人の主張するように、「他人の研究成果を自己の研究成果のように装
う」という点を判断することは、「研究成果が何か」を判断することになるから、
司法にとって可能かどうか疑わしく、このような問題については、一見して明らか
に同一の論文であると判断されるような場合を除いて、本来、学界の評価に委ねら
れるべきものである。仮にこの点を判断するとしても、二つの研究が同一であると
いうためには、その目的、構成、議論の展開、結論が同じであることが必要であ
る。したがって、二つの研究の同一性の判断は、理論的には表現でなく内容の問題
であるとしても、二つの研究が論文という形式で表現されている以上、現実には著
作権法上の翻案の有無の判断と大差のないものとなる。
 本件の場合、原告論文と被告第一論文並びに原告報告と被告科研費論文及
び第二論文をそれぞれ比較してみれば、一見して別個の論文であることは明らかで
ある。しかも、両者は、その目的、構成、議論の展開、結論が全て異なっており、
このことは原判決が明確に指摘している。
 したがって、被控訴人が、被告第一論文等において原告論文等の研究成果
を自らの研究成果のように装って発表したなどという事実は存在せず、控訴人の主
張は成立し得ない。
2 依拠について
 依拠が同一性とともに著作権侵害の要件であることに異論はないが、その
侵害の有無を判断するに際して、まず依拠を判断しなければならないという論理的
必然性はない。
 そして、被告第一論文は、原告論文とその主張の形式も内容も全く異な
り、これに依拠するものではない。けだし、被控訴人は、独自に【C】論文によっ
て議論を展開しているのであって、原告論文を利用しているものではないからであ
る。
 また、被告科研費論文は、西欧諸国の事例から外国人の参政権を可能にす
る要因群とこれを困難にする要因群を分析的に抽出し、その上で外国人参政権を支
える論理とこれに反対する論理を考察し、最後に日本において外国人参政権の問題
を考えるについての示唆を論じているものである。したがって、被告科研費論文及
び第二論文は、原告報告と、その目的、構成、議論の展開、結論等において共通す
るところはなく、全く別異のものであって、これに依拠するものではない。
 なお、原告報告(甲第五号証)そのものにおいては、参考文献が掲げられ
ておらず、控訴人が提出した論文(甲第四号証)は、原告報告の一年後に作成され
たものであって、被告科研費論文が刊行された後のものである。さらに、「一九九
四年シンポジウム英文報告書」の日本語訳(甲第八号証)にも参考文献が掲げられ
ていない。したがって、原告報告の参考文献をそのまま写したとの控訴人の主張
は、全く根拠を欠くものである。
3 翻案について
 控訴人の主張のように、翻案において「原著作物を感得し得るか否か」と
いう判断基準は、極めて感覚的なものであって、法律的基準としては何もないに等
しい。翻案権侵害の判断基準としては、両著作物の表現形式上の本質的な特徴の同
一性が挙げられねばならない。右の著作物の表現形式上の特徴は、著作物の種類に
よって当然異なるものであるが、本件で問題となっている学術論文においては、必
ずしも個々の文章表現上の技法のみにあるわけでなく、「学術研究の主題、対象、
そのための例証をする素材等の選択・量・組合せ、配列、論証の具体的な構成・筋
道・展開、論述の具体的中身等の具体的な内容と形式を評価の要素」として考察さ
れるべきである。
 そして、原判決は、両論文の目的、構成、議論の展開等がいずれも異なる
とし、控訴人が別表として掲げる表現部分についても、「類似性がない」「翻案し
たものではない」としており、被告第一論文等からは原告論文等の表現形式上の本
質的な特徴を感得し得ないと結論したことが明らかである。
     理     由
一 原判決の引用
 当裁判所も、控訴人の本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。
 その理由は、次に述べるとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の
「第四 当裁判所の判断」と同じであるから、これを引用する。
二 当審における控訴人の主張について
1 不法行為について
 控訴人は、他人の研究成果に依拠し、その研究成果をあたかも自己のものの
ごとく装って発表することは、その発表の仕方が著作権侵害行為になるか否かにか
かわらず、不法行為に該当するものであるのに、原判決は、著作権侵害の有無につ
いてのみ判断し、不法行為を審理判断していないと主張する。
 しかし、原判決は、争点一及び二において、被告第一論文並びに被告科研費
論文及び第二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものであるか否か
を詳細に検討した上、これを否定するに至り、このことを前提として、争点三にお
いて、これらの論文等の一部に共通する部分があるとしても、被告第一論文並びに
被告科研費論文及び第二論文が原告論文及び原告報告を剽窃したものではなく、こ
れらを発表することに違法性があるとは認められないと明確に判断している(原判
決六三頁四行~六四頁七行)。そして、このように他人の論文等を翻案したものと
認められない論文等の発表が不法行為を構成することを認めるに足る証拠はないか
ら、控訴人の主張を採用する余地はない。
 また、控訴人は、学術論文においては個々の記載の文章上の工夫より、論文
の構造、論旨、論理展開が重要視され、先輩研究者といえども、自分がその分野の
研究で先行したからといって、後輩研究者の研究成果を横取りしたり、研究論文を
剽窃したりすることは許されないから、そのような行為は、研究者の学問的業績に
対する権利、利益を奪うものであって、不法行為を構成すると主張する。
 このような一般的見解自体は正当なものと解されるが、本件の場合、被告第
一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、原告論文及び原告報告を翻案したも
のでなく、これらを剽窃したものでもない上、被告第一論文と原告論文とは、
【C】論文の紹介を通じて「エスニシティ」を論ずるという基本的性格において共
通する面があり、両者を全体として対比すると、その目的、構成、議論の展開、結
論がいずれも異なるものと認められ(原判決三六頁五~七行)、被告科研費論文及
び第二論文と原告報告とを全体として対比しても、その目的、構成、論理展開がい
ずれも異なるものと認められる(同五六頁二~七行)以上、その発表行為が不法行
為に該当しないのは当然といわなければならない。
2 依拠について
 控訴人は、著作権侵害の問題において、依拠(アクセス)がなければ侵害が
生じないから、まず依拠の有無が問題となるにもかかわらず、原判決は、著作権侵
害の判断において、同一性(翻案)の有無のみを判断し、依拠の有無を判断してい
ないと主張する。
 しかし、同一性(翻案)の有無が、著作権侵害の要件であることに争いはな
く、原判決は、争点一及び二において、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第
二論文が、いずれも原告論文及び原告報告を翻案したものとはいえないと判断して
いるのであるから、その余の点について判断するまでもなく、著作権侵害は否定さ
れることになる。したがって、原判決が、「被告第一論文が原告論文に依拠したか
どうかについて判断するまでもなく」(原判決四七頁一一行~四八頁一行)、「被
告科研費論文が原告報告(原告報告書)に依拠したかどうかについて判断するまで
もなく」(同六二頁七~八行)と説示した上、著作権侵害は否定したことに誤りは
なく、控訴人の主張は、到底、採用することができない。
 また、当審における、被告第一論文が原告論文に依拠した旨の控訴人の主
張、被告科研費論文及び第二論文が原告報告に依拠した旨の控訴人の主張は、いず
れも原審における主張の範囲を実質的に出るものではなく、それらがいずれも採用
できないことは、原判決の争点一に関する説示(原判決三〇頁一一行~四八頁六
行)及び争点二に関する説示(同四八頁七行~六三頁三行)に照らして明らかとい
わなければならない。
3 翻案について
 控訴人は、本件において複製権の侵害ではなく翻案権の侵害を主張するもの
であるとし、複製においては同一性が論じられるが、翻案においては「原著作物を
感得し得るか」が論じられるのであるから、その判断基準は類似をも含む実質的同
一よりも更に広い範囲であり、同一性の薄い場合も含むものであって、原著作物の
内面的形式を維持しつつ、これに創意に基づき新たな具体的表現(外部的形式)を
与えた場合も翻案であるにもかかわらず、原判決は、表現の相違を根拠として翻案
を否定しており、外部的形式の変更にとらわれて内面的形式が維持されていること
への配慮を怠ったものであると主張する。
 仮に、控訴人の主張のように、翻案権の侵害を判断するにおいて、「原著作
物を感得し得るか否か」という基準を採用するとしても、本件においては、前示の
とおり、被告第一論文並びに被告科研費論文及び第二論文が、いずれも原告論文及
び原告報告を翻案したものでなく、すなわち、表現上の類似性を欠くものであり、
しかも、両者を全体として対比すると、その目的、構成、議論の展開等がいずれも
異なるものと認められる以上、前者が後者を感得させるものでないことは明らかで
ある。
 したがって、この点に関する原判決に誤りはなく、控訴人の主張は失当とい
わなければならない。
三 以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判
決は正当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控
訴費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとお
り判決する。
   東京高等裁判所第一三民事部
       裁判長裁判官     田 中 康 久
          裁判官     石 原   直 樹
          裁判官     清 水     節

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