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平成11(行ケ)29特許取消決定取消請求事件

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裁判所 請求棄却 東京高等裁判所
裁判年月日 平成12年2月17日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官【F】
原告鐘紡株式会社
対象物 インクジェット捺染方法
法令 特許権
キーワード 刊行物50回
実施5回
分割4回
特許権1回
進歩性1回
主文 原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。事 実第1 請求特許庁が平成10年異議第70215号事件について平成10年12月2日にした決定のうち、「特許第2632487号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。第2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯原告は、発明の名称を「インクジェット捺染方法」とする特許第2632487号(平成5年8月11日出願(優先日平成4年8月11日)、平成9年4月25日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。東レ株式会社らは、その後、本件発明の登録につき特許異議の申立てをした。特許庁は、この申立てを平成10年異議第70215号事件として審理した結果、平成10年12月2日、「特許第2632487号の請求項1に係る特許を取り消す。同請求項2に係る特許を維持する。」との決定をし、その謄本は、平成11年1月11日原告に送達された。
2 本件請求項1に係る発明の要旨布帛上での色相範囲〔CIE1976(L,a,b)空間〕において定義される知覚色度指数a, bが下記の範囲である染料I,II,III,IVに加えて、上記知覚色度指数a,bが下記の範囲である染料V~VIIIより選ばれる少なくとも一種の染料を用いて、布帛にインクジェット方式にて捺染する事を特徴とするインクジェット捺染方法。I イエロー1:(a) -20~0 (b) 50~90II マゼンタ1:(a) 50~70 (b) 0~20III シアン 1:(a) -50~-10(b) -50~- 20IV ブラック :(a) -6~6 (b) -6~6V イエロー2:(a) 0~20 (b) 50~90VI シアン 2:(a) -10~20 (b) -50~- 20VII イエロー3:(a) 20~70 (b) 40~90VIII マゼンタ2:(a) 50~70 (b)-20~0
3 決定の理由決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりであり、決定は、本件請求項1に係る発明は、刊行物1(特開平4-218733号公報)に記載の発明から、当業者が容易に発明することができたものであるから、その登録は取り消されるべきであり、請求項2に係る発明の特許については、異議申立ての理由及び証拠によっては取り消すことができない旨判断した。第3 決定の取消事由
1 決定の認否(1) 決定の理由1(手続きの経緯)、同2(本件発明)、同3(異議申立て及び、取消理由の概要)及び同4(証拠の記載事項)は認める。(2) 同5I(請求項1に係る発明についての対比、判断。決定書14頁1行ないし16頁7行)のうち、「刊行物1にはP1~P8の染料を用いて色空間上の広範な色相範囲をカバーする色合いを表現することが記載され、」(決定書14頁1行ないし3行)、「さらに、本件明細書に、請求項1、2に記載のブラックの知覚色度指数範囲以外ではブラックにならないと記載されていることから、刊行物1に記載のP8(黒)は請求項1に記載のブラックの知覚色度指数範囲を呈するものと認められる」(同14頁13行ないし17行)こと、「請求項1に係る発明と刊行物1に記載の発明を比較すると、請求項1に係る発明は知覚色度指数がイエロー1の範囲の染料Iを必須としているのに対し、刊行物1に記載の発明は知覚色度指数のb値がイエロー1よりやや大きい黄色染料P1を採用している点で相違する」(同15頁7行ないし12行)こと(ただし、相違点は他にもある。)、「しかし、イエロー1について本件明細書に、「b値は50未満のものは鮮明性に劣り、90を越すと実用に耐える染料としてない」と記載され、イエロー1のb値は50以上であれば鮮明色を呈する効果を奏することが示されて(いる)」(同15頁13行ないし17行)ことは、認め、その余は争う。(3) 同6(むすび)のうち、決定書24頁5行ないし10行は争う。
2 取消事由決定(本件請求項1に係る発明に関する部分)は、刊行物1の記載事項の解釈を誤ったため、本件請求項1に係る発明と刊行物1に記載の発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)決定は、「(刊行物1のP1~P8)の染料のうちP7は、知覚色度指数が本件請求項1に係る発明のシアン1に属しているから染料IIIに、P6は知覚色度指数がシアン2に属しているから染料VIに相当する。P2、P3、P4、P5、P8の染料については、その知覚色度指数が明記されていないが、図1と図2及び図3の記載の座標からみて、P2、P3の染料による知覚色度指数はイエロー3の、P5の知覚色度指数はマゼンタ1の範囲に含まれるものと認められる。」(決定書14頁3行ないし12行)、及び「刊行物1にはこれらの色を表す具体的な染料の構造式、及び染料の組み合せ例が記載されており、刊行物1には、布帛上にインクジェット方式で捺染する捺染方法において、布帛上の知覚色度指数がマゼンタ1、シアン1、ブラック、シアン2、イエロー3の範囲にある染料及び知覚色度指数がa*値-3.45、b*値93.87の黄色染料P1を用いることが実体的に示されていると認められる。」(同14頁18行ないし15頁6行)と認定するが、誤りである。これらの誤りは、刊行物1における「色度Lab」は、染料の知覚色度指数を意味するものであるのに、これを布帛上の知覚色度指数を意味すると誤解したために生じたものである。ア(ア) 刊行物1の発明の詳細な説明【0016】には、「図1は色合い濃度(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示している。符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレンジ(P3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P7)および黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」と記載されており、図1の符号P1ないしP8は各染料のFTab値に対応するものであることが明記されている。(イ) 仮に、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値がCIELab座標系の知覚色度指数のa、b値であるとすると、関連する基質である繊維材料を特定する記載が刊行物1になければならないが、刊行物1には、その基質を特定する詳細な記載はない。このことは、被告の提出した乙第4号証において、被染色物を「羊毛梳毛糸経糸2/60、緯糸2/60からなる目付0.57ポンド/メートルの羊毛平織物」(4頁右下欄14行、15行)と特定し、さらに、乙第5号証において、被染色物を「未シルケット加工綿ニット」(3頁右下欄7行)と特定していることと大きく相違する。イ 被告は、染料のa、b値を導き出すための染料の反射率は染料を基質の上に付着させて測定することは当然のことである旨主張するが、そのような被告の解釈は一般論を述べたにすぎない。また、被告提出の乙第1ないし第6号証も、刊行物1が頒布された当時の染色又は捺染の分野における一般的な技術常識を開示したにすぎず、刊行物1に記載された染料の示すa、b値が染色された布帛上の知覚色度指数であることを立証するものではない。(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)決定は、「刊行物1には黄色染料として、多数の染料が記載されており、P1に代えて、イエロー1の知覚色度指数範囲に属する染料を選択することは当業者が容易になしうることであり、その効果も刊行物1に記載の発明から、当業者が容易に予測しうる程度のことである。」(決定書15頁18行ないし16頁3行)と判断するが、誤りである。前記(1)のとおり、刊行物1には染料の知覚色度指数に基づき任意の3色を混合し所望の色相を有する染料を求めるものが示されているにすぎない。したがって、本件請求項1に係る発明に刊行物1に記載の発明を適用することは考えられず、決定の上記判断は誤りである。第4 決定の取消事由に対する認否及び反論
1 認否原告主張の決定の取消事由は争う。
2 反論(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)についてア 刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の被染物である布帛上の知覚色度指数であると解釈するのが自然である。イ すなわち、CIELab色座標は、公式にはCIE1976(L*a*b*)色空間と呼ばれ、国際照明委員会(CIE)の規定により国際的に統一して取り決めがなされた、物体色を表示する方法の1つであり、その知覚色度指数a、b値は、分光測光器を用いて測定して求めた試料(反射物体)の分光立体反射率(以下「反射率」という。)から求められる三刺激値XYZから計算によって求めることが定められている(乙第1、第2号証)。染料のa、b値を導き出すための染料の反射率は、それを基質の上に付着させて測定することは当然のことであるが、反射率を測定する際の試料としての着色した基質は、織物等種々の反射物体があり、その材質は決められたものではない。しかし、布の染色又は捺染において、これらの処方を計算するのに必要となる各染料の基礎データとしては、染料により染色した布について測定した反射率の値を用いることが、刊行物1が頒布された当時の染色又は捺染の分野においては、次のような事実からみて常識であった。(ア) 例えば、乙第5号証(特開昭61-23929号公報)には、コンピュータカラーマッチング法は、目的の繊維を染料で数段階の濃度で染色し、その染色物の分光反射率データと色見本の分光反射率から、染料の組合せ処方を計算するものであることが記載されている。(イ) 乙第6号証(特公昭41-16436号公報)には、染色処方を求める方法に関し、「染料に関する染色の反射値を先ず測定しなければならない。」(1頁右欄末行ないし2頁左欄1行)と記載され、この反射値から色規準値(三刺激値)XYZが得られることが示されている。(ウ) また、甲第7号証にも、「CCMに必要なデータの中心となるのは、特定の染料濃度で染色した染色布の反射率データである。」(10頁右欄下から15行ないし13行)と記載されている。(エ) さらに、CIELab色座標のa、b値は、上記のように、国際的に統一して取り決められたものであり、刊行物1に記載のa、b値がこの定義によらないものであると解される特段の事情もない。ウ 刊行物1(甲第4号証)からも、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、CIELab色座標系の知覚色度指数のa、b値であって、これらの値は、基質である繊維材料と関連させて特定される数値として表示されたものであるということが読み取れる。(ア) すなわち、刊行物1は、インクジェットプリンター等による染色及び捺染の処方を計算する方法において、与えられた色合いを「FTab色空間」で定義し、色空間を使用される複数の染料のaとbの値によって三角形区域に分割し、与えられた色合いのaとbの値によって定まる色位置を、そのa、b値が含まれる区域の隅角点に位置する1つ、2つ又は3つの染料の混合比を計算することによって求める方法が記載され(請求項1、発明の詳細な説明【0014】)、「図1は色合い濃度(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示している。符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレンジ(P3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P7)および黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」(同【0016】)と記載され、実施例1には、表1ないし3に示されたP1、P6、P7のa、b値(甲第4号証中には「a、b」、「a*、b*」の記載が混在するが、両者は同一記号として用いられているので、以下「a、b」の記号で記す。)を有する3種の染料FSP1、FSP6、FSP7を用い、染料のa、b値、染料濃度から、木綿織物を特定のa、b値を示す青色(与えられた色合い)に染色するための染料の処方を計算する例が記載されている(同【0041】)。(イ) また、刊行物1には、その発明の方法において好ましい基質は各種繊維材料であることが記載されており(同【0033】)、染料の示すa、b値に関し、染料の座標は公知の方法で各種濃度における反射率測定から計算されること(同【0023】)、染料のFTabデータ及び各FT平面に対する染料濃度についてのデータが各特定基質に対してコンピュータに保存されること(同【0036】)が記載されている。(ウ) さらに、刊行物1には、図1、2においてP1ないしP8を示す染料が示され、実施例1、2には、図1、2に示した染料のうちP1、P6、P7を混合して木綿織物を染色することが記載され(同【0048】、【0051】)、さらに他の染料を用いて実施例1、2を繰り返し実施したことが示され(同【0051】)、具体的に用いられた染料が多数あげられている。(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について前記(1) のとおり、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の被染物である布帛上の知覚色度指数であると解釈することに誤りがない以上、決定の相違点についての判断にも誤りはない。理 由
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について(1) 決定の認定のうち、「刊行物1にはP1~P8の染料を用いて色空間上の広範な色相範囲をカバーする色合いを表現することが記載され、」(決定書14頁1行ないし3行)、及び「さらに、本件明細書に、請求項1、2に記載のブラックの知覚色度指数範囲以外ではブラックにならないと記載されていることから、刊行物1に記載のP8(黒)は請求項1に記載のブラックの知覚色度指数範囲を呈するものと認められる」(同14頁13行ないし17行)ことは、当事者間に争いがない。(2)ア 甲第4号証によれば、刊行物1には、次の記載があることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。(ア) 発明の名称 与えられた色合いに従って染色および捺染の処方を計算する方法(イ) 「本発明は与えられた基準色合い(reference shade)に従って染色および捺染の処方を計算する方法に関し、各基準色合いの色相(hue)を色空間内の色位置として定義しそして該色空間のそれらの位置データによって1つの染料、2つの染料の混合物または3つの染料の混合物により色合わせすることによって該処方を計算するものである。」(発明の詳細な説明【0001】)、(ウ) 「現在では、ある基準色合いまたは基準模様(パターン)をスキャナーまたはビデオカメラを使用してモニター上に表示すること・・・表示されているデザインをカラープリンター、たとえば、インクジェットプリンターを使用して任意の基質上に印刷することも可能となっている。」(同【0003】)、(エ) 「現在公知になっており・・・実用されているすべての比色システムは当該基準色合いの反射率曲線を使用しておりそして既知の染料を混合することによってその基準色合いの反射率曲線に近づけようとするものである。」(同【0006】)、「(本発明は)基準色合いの反射率曲線に最もよく近似させることではなく、基準色合いを色空間の中で正確に定義しそして色合せのため色空間内でのその色座標位置を的確に求めることにある」(同【0008】)、「本発明の方法は公知のCIELab色座標系を利用する。ただし、その明度軸L は色合い濃度(深さ)値FTによって置き換えられる。」(同【0009】)、(オ) 「本発明の方法はあらゆる種類の基質に対する色合せのために適する。特に好ましい基質の例としてはつぎのものが示される:繊維材料たとえばシルク、・・・ウール、ポリアミド繊維、ポリウレタン繊維、セルロース系繊維材料たとえば木綿、リネン・・・」(同【0033】)、「本発明の方法において色合せのために使用される基質を指示することが必要である。」(同【0034】)これらの刊行物1の記載によれば、刊行物1に記載の発明は、スキャナー又はビデオカメラを使用してモニター上に表示した基準色合いのパターン、デザイン等の色相を、インクジェット・プリンター等により木綿等の繊維材料上にプリントする技術に関するものであり、色合わせすべきパターン、デザイン等の基準色合いを、従来技術による反射率曲線ではなく、色空間の中での色位置、すなわちLabによって定め、このLabデータによって、インクジェット・プリンター等から染料を噴射して布帛を染色するものであることが認められる。イ そして、甲第4号証によれば、刊行物1には、上記アにおいて認定した記載のほかにも、「本発明の方法の好ましい実施態様はつぎのとおりである。すなわち、与えられた色合いおよび、場合によっては、与えられた模様(パターン)をスキャナーまたはビデオカメラを使用して電子的に、好ましくはデジタルに記録し、該色合いまたは模様をモニター上に表示しそして・・・次にプリンターによって任意の基質にその色または模様を印刷し、しかしてFTa b 色空間における色位置が確定され、保存されそして色合せが可能となる。」(発明の詳細な説明【0026】)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、刊行物1におけるLabのa値、b値は、染料自体のa値、b値ではなく、染料によって染色された被染物のLabであることが認められる。ウ 原告は、刊行物1におけるLabのa値、b値は染料自体の値であることの根拠として、刊行物1の発明の詳細な説明【0016】に、「図1は色合い濃度(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示している。符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレンジ(P3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P7)および黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」と記載されていることを挙げるが、上記記載は、刊行物1記載のLab値が染料自体のLab値であると明記しているわけではなく、単に「各染料のFTa b 値に対応する」と記載しているだけであるから、この記載のみから、【0016】の記載が染料の値であることを示していると結論付けることはできず、原告の上記主張は採用することができない。エ そうすると、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の被染物である布帛上の知覚色度指数であると解釈するのが自然であり、決定には、原告主張の刊行物1の記載事項の解釈の誤りはない。(3) 本件請求項1に係る発明の要旨によれば、本件請求項1に係る発明は、布帛上での色相範囲において定義される知覚色度指数を使用するものである。そうすると、決定が「これら(刊行物1のP1~P8)の染料のうちP7は、知覚色度指数が本件請求項1に係る発明のシアン1に属しているから染料IIIに、P6は知覚色度指数がシアン2に属しているから染料VIに相当する。P2、P3、P4、P5、P8の染料については、その知覚色度指数が明記されていないが、図1と図2及び図3の記載の座標からみて、P2、P3の染料による知覚色度指数はイエロー3の、P5の知覚色度指数はマゼンタ1の範囲に含まれるものと認められる。」(決定書14頁3行ないし12行)、及び「刊行物1にはこれらの色を表す具体的な染料の構造式、及び染料の組み合せ例が記載されており、刊行物1には、布帛上にインクジェット方式で捺染する捺染方法において、布帛上の知覚色度指数がマゼンタ1、シアン1、ブラック、シアン2、イエロー3の範囲にある染料及び知覚色度指数がa*値-3.45、b*値93.87の黄色染料P1を用いることが実体的に示されていると認められる。」(同14頁18行ないし15頁6行)と認定した点に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について(1) 「請求項1に係る発明と刊行物1に記載の発明を比較すると、請求項1に係る発明は知覚色度指数がイエロー1の範囲の染料Iを必須としているのに対し、刊行物1に記載の発明は知覚色度指数のb値がイエロー1よりやや大きい黄色染料P1を採用している点で相違する」こと(決定書15頁7行ないし12行)、「イエロー1について本件明細書に、「b値は50未満のものは鮮明性に劣り、90を越すと実用に耐える染料としてない」と記載され、イエロー1のb値は50以上であれば鮮明色を呈する効果を奏することが示されて(いる)」こと(同15頁13行ないし17行)は、当事者間に争いがない。(2) 前記1に説示のとおり、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の被染物である布帛上の知覚色度指数である以上、「刊行物1には黄色染料として、多数の染料が記載されており、P1に代えて、イエロー1の知覚色度指数範囲に属する染料を選択することは当業者が容易になしうることであり、その効果も刊行物1に記載の発明から、当業者が容易に予測しうる程度のことである」と認められ、これと同旨の決定の判断に誤りはない。(3) よって、原告主張の取消事由2も理由がない。
3 結論以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。(口頭弁論終結の日 平成12年2月3日)東京高等裁判所第18民事部裁判長裁判官 永 井 紀 昭裁判官 塩 月 秀 平裁判官 市 川 正 巳
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「インクジェット捺染方法」とする特許第2632487 号(平成5年8月11日出願(優先日平成4年8月11日)、平成9年4月25日 設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

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判決文

平成11年(行ケ)第29号 特許取消決定取消請求事件
判 決
原 告 鐘紡株式会社
代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 【B】
同 【C】
同 【D】
同 【E】
被 告 特許庁長官 【F】
指定代理人 【G】
同 【H】
同 【I】
同 【J】
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実
第1 請求
特許庁が平成10年異議第70215号事件について平成10年12月2日にし
た決定のうち、「特許第2632487号の請求項1に係る特許を取り消す。」と
の部分を取り消す。
第2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「インクジェット捺染方法」とする特許第2632487
号(平成5年8月11日出願(優先日平成4年8月11日)、平成9年4月25日
設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。
東レ株式会社らは、その後、本件発明の登録につき特許異議の申立てをした。
特許庁は、この申立てを平成10年異議第70215号事件として審理した結
果、平成10年12月2日、「特許第2632487号の請求項1に係る特許を取
り消す。同請求項2に係る特許を維持する。」との決定をし、その謄本は、平成1
1年1月11日原告に送達された。
2 本件請求項1に係る発明の要旨
布帛上での色相範囲〔CIE1976(L,a,b)空間〕において定義される
知覚色度指数a, bが下記の範囲である染料I,II,III,IVに加えて、上記知覚
色度指数a,bが下記の範囲である染料V~VIIIより選ばれる少なくとも一種の染
料を用いて、布帛にインクジェット方式にて捺染する事を特徴とするインクジェッ
ト捺染方法。
I イエロー1:(a) -20~0 (b) 50~90
II マゼンタ1:(a) 50~70 (b) 0~20
III シアン 1:(a) -50~-10(b) -50~- 20
IV ブラック :(a) -6~6 (b) -6~6
V イエロー2:(a) 0~20 (b) 50~90
VI シアン 2:(a) -10~20 (b) -50~- 20
VII イエロー3:(a) 20~70 (b) 40~90
VIII マゼンタ2:(a) 50~70 (b)-20~0
3 決定の理由
決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとお
りであり、決定は、本件請求項1に係る発明は、刊行物1(特開平4-21873
3号公報)に記載の発明から、当業者が容易に発明することができたものであるか
ら、その登録は取り消されるべきであり、請求項2に係る発明の特許については、
異議申立ての理由及び証拠によっては取り消すことができない旨判断した。
第3 決定の取消事由
1 決定の認否
(1) 決定の理由1(手続きの経緯)、同2(本件発明)、同3(異議申立て及
び、取消理由の概要)及び同4(証拠の記載事項)は認める。
(2) 同5I(請求項1に係る発明についての対比、判断。決定書14頁1行な
いし16頁7行)のうち、「刊行物1にはP1~P8の染料を用いて色空間上の広
範な色相範囲をカバーする色合いを表現することが記載され、」(決定書14頁1
行ないし3行)、「さらに、本件明細書に、請求項1、2に記載のブラックの知覚
色度指数範囲以外ではブラックにならないと記載されていることから、刊行物1に
記載のP8(黒)は請求項1に記載のブラックの知覚色度指数範囲を呈するものと
認められる」(同14頁13行ないし17行)こと、「請求項1に係る発明と刊行
物1に記載の発明を比較すると、請求項1に係る発明は知覚色度指数がイエロー1
の範囲の染料Iを必須としているのに対し、刊行物1に記載の発明は知覚色度指数
のb値がイエロー1よりやや大きい黄色染料P1を採用している点で相違する」
(同15頁7行ないし12行)こと(ただし、相違点は他にもある。)、「しか
し、イエロー1について本件明細書に、「b値は50未満のものは鮮明性に劣り、
90を越すと実用に耐える染料としてない」と記載され、イエロー1のb値は50
以上であれば鮮明色を呈する効果を奏することが示されて(いる)」(同15頁1
3行ないし17行)ことは、認め、その余は争う。
(3) 同6(むすび)のうち、決定書24頁5行ないし10行は争う。
2 取消事由
決定(本件請求項1に係る発明に関する部分)は、刊行物1の記載事項の解釈を
誤ったため、本件請求項1に係る発明と刊行物1に記載の発明との一致点の認定を
誤り(取消事由1)、相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、進歩性
の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
決定は、「(刊行物1のP1~P8)の染料のうちP7は、知覚色度指数が本件
請求項1に係る発明のシアン1に属しているから染料IIIに、P6は知覚色度指数が
シアン2に属しているから染料VIに相当する。P2、P3、P4、P5、P8の染
料については、その知覚色度指数が明記されていないが、図1と図2及び図3の記
載の座標からみて、P2、P3の染料による知覚色度指数はイエロー3の、P5の
知覚色度指数はマゼンタ1の範囲に含まれるものと認められる。」(決定書14頁
3行ないし12行)、及び「刊行物1にはこれらの色を表す具体的な染料の構造
式、及び染料の組み合せ例が記載されており、刊行物1には、布帛上にインクジェ
ット方式で捺染する捺染方法において、布帛上の知覚色度指数がマゼンタ1、シア
ン1、ブラック、シアン2、イエロー3の範囲にある染料及び知覚色度指数がa*
値-3.45、b*値93.87の黄色染料P1を用いることが実体的に示されて
いると認められる。」(同14頁18行ないし15頁6行)と認定するが、誤りで
ある。
これらの誤りは、刊行物1における「色度Lab」は、染料の知覚色度指数を意
味するものであるのに、これを布帛上の知覚色度指数を意味すると誤解したために
生じたものである。
ア(ア) 刊行物1の発明の詳細な説明【0016】には、「図1は色合い濃度
(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示している。
符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレンジ(P
3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P7)および
黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」と記載されており、図1の符号P1
ないしP8は各染料のFTab値に対応するものであることが明記されている。
(イ) 仮に、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値がCIELa
b座標系の知覚色度指数のa、b値であるとすると、関連する基質である繊維材料
を特定する記載が刊行物1になければならないが、刊行物1には、その基質を特定
する詳細な記載はない。このことは、被告の提出した乙第4号証において、被染色
物を「羊毛梳毛糸経糸2/60、緯糸2/60からなる目付0.57ポンド/メー
トルの羊毛平織物」(4頁右下欄14行、15行)と特定し、さらに、乙第5号証
において、被染色物を「未シルケット加工綿ニット」(3頁右下欄7行)と特定し
ていることと大きく相違する。
イ 被告は、染料のa、b値を導き出すための染料の反射率は染料を基質の
上に付着させて測定することは当然のことである旨主張するが、そのような被告の
解釈は一般論を述べたにすぎない。また、被告提出の乙第1ないし第6号証も、刊
行物1が頒布された当時の染色又は捺染の分野における一般的な技術常識を開示し
たにすぎず、刊行物1に記載された染料の示すa、b値が染色された布帛上の知覚
色度指数であることを立証するものではない。
(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
決定は、「刊行物1には黄色染料として、多数の染料が記載されており、P1に
代えて、イエロー1の知覚色度指数範囲に属する染料を選択することは当業者が容
易になしうることであり、その効果も刊行物1に記載の発明から、当業者が容易に
予測しうる程度のことである。」(決定書15頁18行ないし16頁3行)と判断
するが、誤りである。
前記(1)のとおり、刊行物1には染料の知覚色度指数に基づき任意の3色を混合し
所望の色相を有する染料を求めるものが示されているにすぎない。したがって、本
件請求項1に係る発明に刊行物1に記載の発明を適用することは考えられず、決定
の上記判断は誤りである。
第4 決定の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の決定の取消事由は争う。
2 反論
(1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
ア 刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の被染物であ
る布帛上の知覚色度指数であると解釈するのが自然である。
イ すなわち、CIELab色座標は、公式にはCIE1976(L*a*b
*)色空間と呼ばれ、国際照明委員会(CIE)の規定により国際的に統一して取
り決めがなされた、物体色を表示する方法の1つであり、その知覚色度指数a、b
値は、分光測光器を用いて測定して求めた試料(反射物体)の分光立体反射率(以
下「反射率」という。)から求められる三刺激値XYZから計算によって求めるこ
とが定められている(乙第1、第2号証)。
染料のa、b値を導き出すための染料の反射率は、それを基質の上に付着させて
測定することは当然のことであるが、反射率を測定する際の試料としての着色した
基質は、織物等種々の反射物体があり、その材質は決められたものではない。しか
し、布の染色又は捺染において、これらの処方を計算するのに必要となる各染料の
基礎データとしては、染料により染色した布について測定した反射率の値を用いる
ことが、刊行物1が頒布された当時の染色又は捺染の分野においては、次のような
事実からみて常識であった。
(ア) 例えば、乙第5号証(特開昭61-23929号公報)には、コンピ
ュータカラーマッチング法は、目的の繊維を染料で数段階の濃度で染色し、その染
色物の分光反射率データと色見本の分光反射率から、染料の組合せ処方を計算する
ものであることが記載されている。
(イ) 乙第6号証(特公昭41-16436号公報)には、染色処方を求め
る方法に関し、「染料に関する染色の反射値を先ず測定しなければならない。」
(1頁右欄末行ないし2頁左欄1行)と記載され、この反射値から色規準値(三刺
激値)XYZが得られることが示されている。
(ウ) また、甲第7号証にも、「CCMに必要なデータの中心となるのは、
特定の染料濃度で染色した染色布の反射率データである。」(10頁右欄下から1
5行ないし13行)と記載されている。
(エ) さらに、CIELab色座標のa、b値は、上記のように、国際的に
統一して取り決められたものであり、刊行物1に記載のa、b値がこの定義によら
ないものであると解される特段の事情もない。
ウ 刊行物1(甲第4号証)からも、刊行物1に記載されたP1ないしP8
のa、b値は、CIELab色座標系の知覚色度指数のa、b値であって、これら
の値は、基質である繊維材料と関連させて特定される数値として表示されたもので
あるということが読み取れる。
(ア) すなわち、刊行物1は、インクジェットプリンター等による染色及び
捺染の処方を計算する方法において、与えられた色合いを「FTab色空間」で定
義し、色空間を使用される複数の染料のaとbの値によって三角形区域に分割し、
与えられた色合いのaとbの値によって定まる色位置を、そのa、b値が含まれる
区域の隅角点に位置する1つ、2つ又は3つの染料の混合比を計算することによっ
て求める方法が記載され(請求項1、発明の詳細な説明【0014】)、「図1は
色合い濃度(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示
している。符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレ
ンジ(P3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P
7)および黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」(同【0016】)と記
載され、実施例1には、表1ないし3に示されたP1、P6、P7のa、b値(甲
第4号証中には「a、b」、「a*、b*」の記載が混在するが、両者は同一記号
として用いられているので、以下「a、b」の記号で記す。)を有する3種の染料
FSP1、FSP6、FSP7を用い、染料のa、b値、染料濃度から、木綿織物
を特定のa、b値を示す青色(与えられた色合い)に染色するための染料の処方を
計算する例が記載されている(同【0041】)。
(イ) また、刊行物1には、その発明の方法において好ましい基質は各種繊
維材料であることが記載されており(同【0033】)、染料の示すa、b値に関
し、染料の座標は公知の方法で各種濃度における反射率測定から計算されること
(同【0023】)、染料のFTabデータ及び各FT平面に対する染料濃度につ
いてのデータが各特定基質に対してコンピュータに保存されること(同【003
6】)が記載されている。
(ウ) さらに、刊行物1には、図1、2においてP1ないしP8を示す染料
が示され、実施例1、2には、図1、2に示した染料のうちP1、P6、P7を混
合して木綿織物を染色することが記載され(同【0048】、【0051】)、さ
らに他の染料を用いて実施例1、2を繰り返し実施したことが示され(同【005
1】)、具体的に用いられた染料が多数あげられている。
(2) 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
前記(1) のとおり、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の
被染物である布帛上の知覚色度指数であると解釈することに誤りがない以上、決定
の相違点についての判断にも誤りはない。
理 由
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 決定の認定のうち、「刊行物1にはP1~P8の染料を用いて色空間上の広
範な色相範囲をカバーする色合いを表現することが記載され、」(決定書14頁1
行ないし3行)、及び「さらに、本件明細書に、請求項1、2に記載のブラックの
知覚色度指数範囲以外ではブラックにならないと記載されていることから、刊行物
1に記載のP8(黒)は請求項1に記載のブラックの知覚色度指数範囲を呈するも
のと認められる」(同14頁13行ないし17行)ことは、当事者間に争いがな
い。
(2)ア 甲第4号証によれば、刊行物1には、次の記載があることが認められる
(一部は当事者間に争いがない。)。
(ア) 発明の名称 与えられた色合いに従って染色および捺染の処方を計算す
る方法
(イ) 「本発明は与えられた基準色合い(reference shade)に従って染色お
よび捺染の処方を計算する方法に関し、各基準色合いの色相(hue)を色空間内の色
位置として定義しそして該色空間のそれらの位置データによって1つの染料、2つ
の染料の混合物または3つの染料の混合物により色合わせすることによって該処方
を計算するものである。」(発明の詳細な説明【0001】)、
(ウ) 「現在では、ある基準色合いまたは基準模様(パターン)をスキャナー
またはビデオカメラを使用してモニター上に表示すること・・・表示されているデ
ザインをカラープリンター、たとえば、インクジェットプリンターを使用して任意
の基質上に印刷することも可能となっている。」(同【0003】)、
(エ) 「現在公知になっており・・・実用されているすべての比色システムは
当該基準色合いの反射率曲線を使用しておりそして既知の染料を混合することによ
ってその基準色合いの反射率曲線に近づけようとするものである。」(同【000
6】)、「(本発明は)基準色合いの反射率曲線に最もよく近似させることではな
く、基準色合いを色空間の中で正確に定義しそして色合せのため色空間内でのその
色座標位置を的確に求めることにある」(同【0008】)、「本発明の方法は公
知のCIELab色座標系を利用する。ただし、その明度軸L は色合い濃度(深
さ)値FTによって置き換えられる。」(同【0009】)、
(オ) 「本発明の方法はあらゆる種類の基質に対する色合せのために適する。
特に好ましい基質の例としてはつぎのものが示される:繊維材料たとえばシル
ク、・・・ウール、ポリアミド繊維、ポリウレタン繊維、セルロース系繊維材料た
とえば木綿、リネン・・・」(同【0033】)、「本発明の方法において色合せ
のために使用される基質を指示することが必要である。」(同【0034】)
これらの刊行物1の記載によれば、刊行物1に記載の発明は、スキャナー又はビ
デオカメラを使用してモニター上に表示した基準色合いのパターン、デザイン等の
色相を、インクジェット・プリンター等により木綿等の繊維材料上にプリントする
技術に関するものであり、色合わせすべきパターン、デザイン等の基準色合いを、
従来技術による反射率曲線ではなく、色空間の中での色位置、すなわちLabによ
って定め、このLabデータによって、インクジェット・プリンター等から染料を
噴射して布帛を染色するものであることが認められる。
イ そして、甲第4号証によれば、刊行物1には、上記アにおいて認定した記
載のほかにも、「本発明の方法の好ましい実施態様はつぎのとおりである。すなわ
ち、与えられた色合いおよび、場合によっては、与えられた模様(パターン)をス
キャナーまたはビデオカメラを使用して電子的に、好ましくはデジタルに記録し、
該色合いまたは模様をモニター上に表示しそして・・・次にプリンターによって任
意の基質にその色または模様を印刷し、しかしてFTa b 色空間における色位
置が確定され、保存されそして色合せが可能となる。」(発明の詳細な説明【00
26】)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、刊行物1にお
けるLabのa値、b値は、染料自体のa値、b値ではなく、染料によって染色さ
れた被染物のLabであることが認められる。
ウ 原告は、刊行物1におけるLabのa値、b値は染料自体の値であること
の根拠として、刊行物1の発明の詳細な説明【0016】に、「図1は色合い濃度
(深さ)によって色空間を7つの区域(セグメント)に分割した例を示している。
符号P1乃至P8は黄色(P1)、ゴールデンイエロー(P2)、オレンジ(P
3)、赤色(P4)、赤青色(P5)、青色(P6)、ターコイズ(P7)および
黒色の各染料のFTa b 値に対応する。」と記載されていることを挙げるが、
上記記載は、刊行物1記載のLab値が染料自体のLab値であると明記している
わけではなく、単に「各染料のFTa b 値に対応する」と記載しているだけで
あるから、この記載のみから、【0016】の記載が染料の値であることを示して
いると結論付けることはできず、原告の上記主張は採用することができない。
エ そうすると、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値は、染料の
被染物である布帛上の知覚色度指数であると解釈するのが自然であり、決定には、
原告主張の刊行物1の記載事項の解釈の誤りはない。
(3) 本件請求項1に係る発明の要旨によれば、本件請求項1に係る発明は、布
帛上での色相範囲において定義される知覚色度指数を使用するものである。
そうすると、決定が「これら(刊行物1のP1~P8)の染料のうちP7は、知
覚色度指数が本件請求項1に係る発明のシアン1に属しているから染料IIIに、P6
は知覚色度指数がシアン2に属しているから染料VIに相当する。P2、P3、P
4、P5、P8の染料については、その知覚色度指数が明記されていないが、図1
と図2及び図3の記載の座標からみて、P2、P3の染料による知覚色度指数はイ
エロー3の、P5の知覚色度指数はマゼンタ1の範囲に含まれるものと認められ
る。」(決定書14頁3行ないし12行)、及び「刊行物1にはこれらの色を表す
具体的な染料の構造式、及び染料の組み合せ例が記載されており、刊行物1には、
布帛上にインクジェット方式で捺染する捺染方法において、布帛上の知覚色度指数
がマゼンタ1、シアン1、ブラック、シアン2、イエロー3の範囲にある染料及び
知覚色度指数がa*値-3.45、b*値93.87の黄色染料P1を用いること
が実体的に示されていると認められる。」(同14頁18行ないし15頁6行)と
認定した点に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 「請求項1に係る発明と刊行物1に記載の発明を比較すると、請求項1に係
る発明は知覚色度指数がイエロー1の範囲の染料Iを必須としているのに対し、刊
行物1に記載の発明は知覚色度指数のb値がイエロー1よりやや大きい黄色染料P
1を採用している点で相違する」こと(決定書15頁7行ないし12行)、「イエ
ロー1について本件明細書に、「b値は50未満のものは鮮明性に劣り、90を越
すと実用に耐える染料としてない」と記載され、イエロー1のb値は50以上であ
れば鮮明色を呈する効果を奏することが示されて(いる)」こと(同15頁13行
ないし17行)は、当事者間に争いがない。
(2) 前記1に説示のとおり、刊行物1に記載されたP1ないしP8のa、b値
は、染料の被染物である布帛上の知覚色度指数である以上、「刊行物1には黄色染
料として、多数の染料が記載されており、P1に代えて、イエロー1の知覚色度指
数範囲に属する染料を選択することは当業者が容易になしうることであり、その効
果も刊行物1に記載の発明から、当業者が容易に予測しうる程度のことである」と
認められ、これと同旨の決定の判断に誤りはない。
(3) よって、原告主張の取消事由2も理由がない。
3 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文の
とおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成12年2月3日)
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官 永 井 紀 昭
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 市 川 正 巳

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