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平成10(ワ)16389著作権侵害差止等請求事件

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裁判所 東京地方裁判所
裁判年月日 平成11年11月17日
事件種別 民事
法令 著作権
キーワード 侵害14回
無効6回
許諾5回
損害賠償5回
実施3回
差止3回
ライセンス2回
意匠権1回
商標権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成一〇年(ワ)第一六三八九号 著作権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結日 平成一一年七月二一日)
判      決
参加人            【A】
右訴訟代理人弁護士      山本隆司
同              足立佳丈
被告             株式会社日本興業銀行
右代表者代表取締役      【B】
右訴訟代理人弁護士      岩倉正和
同              三村まり子
同              太田 洋
同              井上健二
同              田中久也
同              松本真輔
右訴訟復代理人弁護士     檀 綾子
同              志村直子
       主      文
一 参加人の請求をいずれも棄却する
二 訴訟費用は参加人の負担とする。
            事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙物件目録記載のイラスト及び人形を複製してはならない。
二 被告は、前項記載の各イラスト及び人形の複製物を廃棄せよ。
三 被告は、参加人に対して金一〇億円及びこれに対する平成一〇年二月二〇日か
ら支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、参加人がキューピー人形(本件人形)について著作権を有するので、被
告によるキューピーの図柄等の複製行為が著作権(複製権、翻案権)の侵害に当た
ると主張して、被告に対し、右行為の差止め、損害賠償及び不当利得返還を求めた
事案である。
一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は争いがない。)
 被告は、銀行業を目的とする株式会社である。
 被告は、別紙物件目録一記載のイラスト(以下「被告イラスト」という。)を、
ポスター等の広告物に複製して使用しており、又は使用したことがある。なお、図
面(一)ないし(七)、(一〇)ないし(一二)、(一四)、(一六)、(一七)は、現在は使用
していない(乙三二)。
 被告は、昭和四〇年ころから、別紙物件目録二記載の人形(以下「被告人形」と
いい、被告イラストとあわせて「被告イラスト等」ともいう。)を複製し、景品等
に使用している(乙五九)。
二 争点
1 本件人形の創作・発行
(参加人の主張)
 米国人【C】は、一八七四年六月二五日米国ペンシルバニア州ウイルケス・バレ
市で生まれ、一九一三年一一月二〇日、その創作した別紙著作物目録記載の「キュ
ーピー」(Kewpie)人形(以下「本件人形」という。)を米国にて発行し、これにつ
いて著作権(以下、著作権の成否が争点とされている場合を含めて「本件著作権」
という。)を取得した。
 このことは、米国著作権局登録記録(甲一二)及び著作権追加登録証(甲一
○)、米国意匠特許公報(甲一六)、日本製キューピー人形(検甲二)における意
匠特許表示及び著作権表示、ドイツ製セルロイド人形(甲一四参照)、ドイツ製ビ
スク人形(甲一五参照)、米国で使用されていたキユーピー人形のカタログ(甲一
四参照)、キューピー人形の予告広告(甲一五参照)によって明らかである。
(被告の反論)
 【C】が本件人形を創作し、本件著作権を原始的に取得したか否かは、明らかで
ない。
 参加人の主張する根拠は、以下のとおりいずれも不十分なものである。
 米国著作権局の記録によっても、右著作権登録請求によって登録された作品が本
件人形と同一であることは何ら示されていない。人形の意匠特許によっても、
【C】による本件人形の創作、発行は何ら示されていない。日本製人形の意匠特許
表示及び著作権表示についても、我が国において参加人が指摘する表示の真実性を
担保する制度は全く存在しない。ドイツ製セルロイド人形、ビスク人形、人形のカ
タログ及びキューピー人形の予告広告については、そもそも著作権登録の対象が本
件人形であったことが明らかでないから、これらの出版物に掲載されている写真を
もって【C】による本件人形の創作の裏付けにはならない。
2 本件人形の創作性の有無
(参加人の主張)
(一) 本件人形の特徴は、「クルクルぱっちりした目」、「ふくよかな顔つき体つ
き」、「明るい笑顔」などである。
 本件人形における表現上の特徴は、子供、天使、キューピッドないしキューピッ
ド(プット)の表現として不可避ないしは一般的なものに止まるものではない。本
件人形が創作される以前の作品から明らかなとおり、子供、天使、キューピッドな
いしキューピッド(プット)という同一の題材を扱った作品であっても、その表現
形態は相互に異なる。同じ題材について美術的作品を作るとしても、その表現形態
は作者の個性・才能・技法によって異なり、個性的表現の幅は大きい。
(二) 本件人形は、【C】の先行著作物(被告主張に係るもの)の二次的著作物に
は当たらない。本件人形について創作性を欠くことはない。
 なお、キューピーは、一九〇九年以降に【C】が創作した著作物群である。これ
らすべての著作物について、二〇〇五年(平成一七年)まで著作権が存続してい
る。参加人は、後記のとおり、これらすべての著作権について譲渡を受けているの
で、被告が本件人形が先行著作物の二次的著作物であることを主張することは意味
がない。
(1) 一九〇三年作品①(乙四)との対比
 乙四号証記載のイラストは、【C】によって創作され、一九〇三年一一月に発行
された作品(以下「一九〇三年作品①」という。)である。これは、日米著作権条
約の発効前に発行されたため公有に帰している。
 しかし、右作品を見て「キューピー」と感得されることはないから、本件人形は
同作品の二次的著作物ではない。すなわち、一九〇三年作品①は本件人形と異な
り、①髪の毛が豊かであり、②目の形も横に長いなど顔も写実的に描かれており、
③背中についた羽根も本件人形のように生えかけの芽のような目立たないものでは
なく、④頭部の突起が、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄におい
ては、正面から突起が目立たない。本件人形において、頭頂部から上に向けて伸び
ているのとは異なる。むしろ、従来の「プット」を描いた作品と共通の特徴を備え
ている。
(2) 一九〇三年作品②(乙六)との対比
 乙六号証記載のイラストは、【C】によって創作され、一九〇三年一二月に発行
された作品(以下「一九〇三年作品②」という。)である。
 しかし、一九〇三年作品②を見て「キューピー」を感得することはない。すなわ
ち、一九〇三年作品②は、本件人形と異なり、①生え際が描かれている等髪の毛が
豊かであり、②目は黒目が点で描かれ、③眉毛は描かれていないか、眉毛に相当す
るものが描かれているとしても、つり上がり、目に接触している。本件人形におい
て、眉毛が目からかなり離れて描かれているのと大きく異なる。④口は点で描かれ
ている。本件人形において、左右に伸びた曲線で微笑みを表現しているのと異な
る。⑤怒ったような表情ないし暗い表情である。⑥背後に描かれている双翼状のも
のは、不明確である。⑦頭部の突起は、後頭部から後ろに向かって伸びており、う
つむいた状態ではじめて見える位置に描かれている。本件人形において、頭頂部か
ら上に向かって伸びているのと異なる。⑧頭部の突起は、角であるのか、髪の毛で
あるのかが明らかでない。本件人形において、頭部の突起は、髪の毛が突起の頂点
に向けて渦を巻くように描かれているのと異なる。⑨頭部の突起は、一か所だけ描
かれている。本件人形において、突起は頭頂部、左右の耳の上及び後頭部の首の付
け根の四か所に描かれているのと異なる。
(3) 一九〇五年作品(乙七)との対比
 乙七号証記載のイラストは、【C】によって創作され、一九〇五年一二月に発行
された作品(以下「一九〇五年作品」という。)である。これも、日米著作権条約
が発効される前に発行されたため公有に帰している。
 しかし、この作品を見て「キューピー」と感得されることはないから、本件人形
は同作品の二次的著作物ではない。すなわち、一九〇五年作品は本件人形と異な
り、①髪の毛が豊かであり、②目は横に長く描かれ、顔は写実的に描かれており、
③頭部の突起は、後頭部から後ろに向けて伸びており、横向きの図柄においては、
正面からは突起が目立たない。本件人形において、頭頂部から上に向けて伸びてい
るのとは異なる。むしろ、従来の「プット」を描いた作品と共通の特徴を備えてい
る。
(被告の反論)
(一) 本件人形の特徴は、極めてありふれたものであって、幼児ないし子供を題材
とすれば誰が書いても同じ表現にならざるを得ないから、本件人形には創作性はな
い。
 本件人形の特徴をあえて挙げれば、①全身のプロポーションが幼児の体型であ
り、約三頭身である、②体型及び骨格が欧米人(白人)の特質を備えている、③顔
の表情は幼児のものである、④頭の中心部分及び横の部分のみに髪の毛が生えてお
り、毛髪が生えかけた赤ん坊の産毛の中心部がとがったような形状をしている、⑤
後頭部に羽状の突起が下方に向かって生えている等である。①ないし④は、いずれ
も「幼児」ないし「子供」の特徴を表現したものであるに過ぎず、また、⑤は、天
使、すなわちキューピッドの一般的な特徴を表現したものに過ぎない。したがっ
て、本件人形は、「子供」ないし「天使」を素材とした作品であり、その特徴とし
て挙げられる要素は、すべて「子供」ないし「天使」を描いた作品にみられる表現
形態であり、創作性はない。
(二) 本件人形の特徴的な要素のすべては、①コスモポリタン誌一九〇三年一一月
号所収の「トゥ・バレンタインズ」の挿絵(乙四)(一九〇三年作品①)、②コス
モポリタン誌一九〇三年一二月号所収の「クリスマス・コートシップ」の挿絵(乙
六)(一九〇三年作品②)、③アメリカン・イラストレイテッド誌一九〇五年一二
月号誌所収の「ジ・エクスパンション・オブ・アルフォンス」の挿絵(乙七)(一
九〇五年作品)、④ハーパーズ・バザール誌一九〇六年七月号所収の「ア・ナイ
ト・ウィズ・リトル・シスター」の挿絵(乙九)、⑤ハーパーズ・バザール誌一九
〇六年一〇月号所収の「ア・スペシャル・メッセンジャー」の挿絵(乙一一)に現
れている。
 本件人形には、これらの先行作品に「新たに付与された創作的部分」は全く存在
しないから、本件人形は、これらの挿絵の単なる「複製」に過ぎず、これらの先行作
品から独立した著作権は発生しない。
 【C】自身も本件人形の性格を同様に捉えていた。【C】は、「トイズ・アン
ド・ノベルティーズ」誌一九一三年六月号において掲載された自身の記事(乙三
三)において、「キューピーは四年前のクリスマスのころレディース・アンド・ホ
ーム・ジャーナル誌で生まれました。それよりも数年前から(For several years
before)、雑誌のラブストーリーにイラストを付ける際、私はよく、ストーリーと
関係した何か面白いことをやろうとして、二、三人の頭の尖った(top-knotted)キ
ューピッドを使った見出しや末尾のカットを書いていました。レディース・ホー
ム・ジャーナル誌の編集者が、それらの小さなキューピッドたちを切り抜いて私に
送り、親切にも詞は用意するからと言って、そのキューピッド達を使って子供向け
のシリーズを書くことを依頼してきました。」と述べている。
3 著作権の保護期間
(参加人の主張)
(一) 【C】は、本件人形について、日米著作権条約の下で、旧著作権法に基づ
き、日本において著作権を取得した。旧著作権法上、本件著作権の存続期間は、著
作者の死後三八年であった(三条、五二条)。
 日本国との平和条約の発効に伴い日米著作権条約は廃棄された(平和条約七条)
が、平和条約一二条(b)(1)(ii)、日米暫定協定、外務省告示第四号(昭和二九年一
月一三日)に基づき、米国人の著作物に対して昭和二七年四月二八日から四年間、
内国民待遇が与えられ、昭和二七年四月二七日までは、日米著作権条約が有効であ
るとみなされた。
 また、昭和三一年四月二八日以降は、万国著作権条約の実施に伴う著作権法の特
例に関する法律(以下「万国条約特例法」という。)一一条に基づき、本件著作権
は引き続き内国民待遇を受けている。
 米国は一九八九年に文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下
「ベルヌ条約」という。)に加盟したが、万国条約特例法の施行前に発行された本
件人形については、万国条約特例法一〇条の適用が排除さると解すべきである(附
則二項)。
 現行著作権法上、著作権は、著作者の死後五〇年間の保護期間が設けられており
(五一条)、また、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律四条に基づ
き、三七九四日(一〇年五月弱)の戦時加算がある。
 ところで、【C】は、一九四四年四月六日、米国ミズーリ州スプリングフィール
ド市にて死去した(甲三、甲四)。
 よって、本件著作権は、二〇〇五年五月まで存続する。
(二) 米国がベルヌ条約に加盟した現在においても、本件著作権については、万国
条約特例法一一条が適用される。
 万国条約特例法は万国著作権条約(以下「万国条約」という。)との関係でのみ
適用される法律ではない。
 万国条約特例法の規定には、万国条約以外の条約との関係で定められたものが多
くある。平和条約一二条及び日米暫定協定が国際法的に失効した後においても、
「既得権尊重という一般法律理念」及び「国際信義」の観点から、国際法上は保護
義務を負わなくなるそれらの著作物を引き続き国内法上保護するとしたのが万国条
約特例法一一条である。したがって、同条に対応する国際法は万国条約一九条では
なく平和条約一二条及び日米暫定協定であるから、万国条約とベルヌ条約の優先関
係と、万国条約特例法一一条の適用の有無とは切り離して解すべきである。
(三) 万国条約特例法一一条が規定する「同法による保護」は、著作権法五八条に
よる相互主義の制限付きの保護ではない。
 昭和四五年改正前万国条約特例法一一条は、既得権尊重という一般法律理念及び
国際信義に基づいて、平和条約一二条及び日米暫定協定に基づく内国民待遇を維持
した規定であるが、その趣旨は昭和四五年の万国条約特例法の改正においても維持
されている。すなわち、著作権法を改正し、日本国民の著作物について新法による
保護を与える場合には、万国条約特例法一一条に定める著作物についても、新法に
よる保護を与えざるを得ない、と考えられた結果、右改正がされた。したがって、
改正特例法一一条の趣旨に照らして、「同法による保護」が著作権法五八条の相互
主義による制限付きの保護を意味するとは解されない。
(被告の反論)
(一) 以下のとおり、ベルヌ条約は万国条約及び万国条約特例法に優先するため、
本件著作権についても、ベルヌ条約が適用されるから、本件著作権の我が国におけ
る保護期間は、一九四一年(昭和一六年)一一月二〇日をもって満了した。
 本件人形が、一九一三年(大正二年)一一月二〇日、米国において、公表された
ものであるとすると、一九〇九年米国著作権法が適用される。同法は、更新登録を
行わない限り、著作権は発効後二八年間で満了すると規定していた。参加人は、本
件人形が、一九一八年(大正二年)四月五日、【C】名義で登録番号H一〇四〇と
して登録されたと主張するが、同番号で登録された著作物について米国で保護期間
延長のための更新登録は行われていないから、米国における本件人形の著作権は、
一九四一年(昭和一六年)一一月二〇日に満了した。
 米国は、一九八九年(平成元年)三月一日、ベルヌ条約に加盟した。同条約は、
既に我が国についても発効していたから、日米両国がベルヌ条約の当事国となり、
同条約は日米両国間の著作権保護を規定することとなった。同一当事国間において
ベルヌ条約と万国条約の双方が有効な場合について、万国条約一七条、同条に関す
る附属宣言は、万国条約を排除し、ベルヌ条約を適用することを定めている。した
がって、現在、日米間において有効に適用されるべき著作権保護に関する条約は、
ベルヌ条約である。
 ベルヌ条約一八条(1)項は、「この条約は、その効力発生の時に本国において保護
期間の満了により既に公共のものとなった著作物以外のすべての著作物について適
用される。」として、遡及効の原則を規定する。ベルヌ条約が日米間において効力
を発生した当時、本件人形の著作権は既に公共のものとなっていたから、本件人形
はベルヌ条約により保護される著作物に該当しない。よって、本件著作権は、米国
のベルヌ条約加盟により、米国における保護期間の経過により、すなわち、一九四
一年(昭和一六年)一一月二〇日に遡って、わが国において保護期間が満了した。
(二) 本件著作権について、万国条約特例法一一条は適用されない。
 万国条約特例法は、万国条約の規定に基づいて保護を受ける著作権について、著
作権法の特例を規定した万国条約の実施法であるから、本件著作権については、ベ
ルヌ条約が優先して適用されるのであり、万国条約特例法は適用されない。
 万国条約特例法一一条は、万国条約一九条の趣旨及び既得権尊重という一般法律
理念に基づき定められたとされる。しかし一方、万国条約一九条は、既得権保護の
定めに続けて「この条の規定は、第一七条及び前条の規定に何ら影響を及ぼすもの
ではない。」と規定している。万国条約一七条は、万国条約はベルヌ条約に何らの
影響も及ぼさないとするベルヌ条約優先適用に関する規定である。ベルヌ条約は、
万国条約一九条の既得権保護の理念にも優先して適用されることが明示されてい
る。したがって、万国条約特例法一一条の立法趣旨からも、ベルヌ条約が同条に優
先して適用されることが明らかである。
 さらに、日米間の著作権保護関係においては、万国条約特例法とベルヌ条約とは
前法と後法の関係となるから、法規適用に関する一般原則である「後法優位」の原
則からすれば、他に別段の規定のない以上、米国のベルヌ条約加盟後は、後法であ
るベルヌ条約の規定が優先すると解される。
4 参加人による著作権の承継取得
(参加人の主張)
(一) 本件著作権は、【C】の死後、同人の遺産の管理を目的とする【C】遺産財
団(以下「遺産財団」という。)に承継された。
 すなわち、【C】は無遺言により死亡したところ、ミズーリ州改訂法は、個人が
無遺言で死亡した場合も、財産は直ちに国庫に帰属するのではなく、一定の親族が
存在すればその者たちが相続するものと定めている。そして、被相続人が無遺言で
死亡したとき、財産を管理するためには、遺産管理人が任命されることが通常必要
である。未処分財産が発見された場合についてミズーリ州改訂法は、「遺産の最終
処分が行われ遺言遺産執行者または無遺言遺産管理者が任務を終了した後に未処分
財産が発見された場合には、未払いの債務が確認されるかまたはその他の正当事由
があるときに限り、原遺産管理状が発行されていなければ遺産管理状の発行を受け
たであろう者に対して、未処分財産の遺産管理状を発行することができる。かかる
遺産管理状の発行を受けた者は、その発行後可及的速やかに最終清算を行い任務を
終了しなければならない」(四七三・一四七条二項)と規定している。
 本件著作権は【C】の財産に含まれるものであったから、その死亡により同人の
親族に相続されたが、本件著作権は一九六四年一月一六日の最終処分の後に発見さ
れたため、ミズーリ州改訂法四七三・一四七条二項に基づき、その権利行使のため
に、一九九七年七月一四日、ミズーリ州タニー郡巡回裁判所検認部に対して、未処
分財産の遺産管理人の任命が申し立てられ、右申立に基づき、一九九七年七月一五
日、【D】が遺産財団の遺産管理人に任命された。
 以上のとおり、本件著作権は、【C】から遺産財団に対して承継された。
(二) 参加人は、平成一〇年五月一日、右遺産財団から本件著作権を譲り受けた。
(被告の反論)
(一) 遺産財団は、一九六四年一月一六日の最終清算命令により解散した。その後
三十数年を経過した一九九七年七月一五日になって、【D】の申立てを受けたミズ
ーリ州タニー郡巡回裁判所検認部の決定により、参加人財団が復活されるととも
に、【D】がそのパーソナル・レプレゼンタティブに任命された。
 しかし、右遺産財団の復活及び【D】の任命は、以下のとおり、法定の要件を充
足していないので無効である。
 第一に、一旦解散した遺産財団を復活する決定及びパーソナル・レプレゼンタテ
ィブの任命は、「財団の未管理財産が発見されたこと」が法定の要件の一つとされて
いる(米国ミズーリ州改訂法四七三・一四七条二項)。ところで、【D】によって一
九九七年七月一四日に提出された財団の「未処分財産の遺産管理状の交付申立書」に
は、一九六四年三月一八日に当時同財団の管理人だった【E】の任務が終了した
後、新たに未処分財産を発見した旨記載されている。しかし、【E】はキューピー
著作物についての財団の有する権利を良く認識し、これを実際に行使していたので
あって、例えば第三者に対してキューピー人形を製造し販売するライセンス権を許
諾し、財団の年間決算書にこのようなライセンス料を記載していたのであるから、
本件人形に係る著作権につき未管理財産を新たに発見したとは到底いえない。した
がって、右復活決定及び任命は無効である。
 第二に、前記米国ミズーリ州法によれば、「未処分財産の遺産管理状の交付申立
書」には、「未払い債務が存在すること又は他の正当事由が示されること」が要求され
ているところ、【D】の申立書にはそのいずれの記載もない。右復活決定及び任命
は無効である。
 したがって、【D】には、右財団を代表して本件著作権を第三者に譲渡する権限
がないから、参加人に本件著作権が帰属することはない。
(二) 参加人は、平成一〇年五月一日、遺産財団から、本件著作権及びその侵害に
より発生したすべての請求権を、「有効かつ有価の対価を代償とした売買」により
取得した旨主張する。しかし、売買の主張においては、代金額は、目的物と同様に
申込及び承諾の意思表示の内容として欠くことのできない本質的な要素であるか
ら、具体的な金額を主張すべきであるにもかかわらず、右主張はない。したがっ
て、参加人の右主張は、主張自体失当である。
5 著作権の喪失の有無
(被告の主張)
 【C】の相続人は、一九四七年ころ、キューピーのイラスト等に係るすべての権
利を第三者である【F】(【F】)に譲渡した(なお、一九四七年の段階では、米
国において著作権登録されていた「キューピー」イラスト等の多くが既にパブリッ
ク・ドメインに入っていたのであるから、右において譲渡されたとする権利は、そ
れらの著作権を除く主として商標権や意匠権を指すものと推測される。)。
(参加人の反論)
 【C】の相続人(【E】)から【F】に対してキューピーに関する著作権が譲渡
されたとする被告の主張は、根拠がない。
 【C】の相続人も【F】も米国人であるので、米国法が適用されるところ、一九
四七年当時施行されていた一九〇九年著作権法では、著作権譲渡の登録は、対抗要
件としての効果のみならず、それを怠れば権利を失うという効果を有していたか
ら、著作権の譲渡があれば、当事者は、必ず譲渡証書を米国著作権局に登録した。
【F】は、人形メーカーを経営し、自らデザインした人形を製造販売する等キャラ
クターマーチャンダイジング事業を展開し、著作権登録や著作権譲渡証書の登録を
行った経験があり、当然このことを知っていた。しかし、【F】への著作権譲渡が
あった旨の登録は存在しないので、被告の主張に係る事実は存在しないと考えるの
が相当である。
6 依拠の有無
(参加人の主張)
 被告イラスト等が、本件人形に依拠して作成されたものであることは、以下の事
実から明らかである。
 すなわち、【C】は、一九一三年本件人形を創作し、これを米国のみならず日本
でも頒布した結果、このころから一九一八年に掛けて「キューピー狂時代」と称さ
れる大ブームを巻き起こし、日本においても大流行した。このように、当時、本件
人形は日本国内において著名であり、また、本件人形やこれを違法に複製した人形
を含めたキューピー人形が日本国内において多数流通していた。被告イラストの作
成者である【G】(以下「【G】」という場合がある。)がデパートの売場で見か
けた「キューピー人形」は右のような本件人形の違法複製物であると推測するのが
合理的である。右【G】は「たまたま「デパートでとても可愛いキューピーが出て
いるから、絵になるかどうか見てきてくれないか」ということで、デパートの売り
場へ行き、キューピーの人形を見ているうちに、キューピーはエンゼルであり、福
の神であること、誰からも愛されているということが、何か非常に興業銀行のイメ
ージとマッチした感じを受け、それをアレンジしたのが被告イラスト作成のきっか
けである」としている。右作成経緯からも依拠性は明らかである。
 被告は、被告イラスト等に「キューピー」の名称を付しているが、「キューピ
ー」の名称は【C】が西洋神話の 「キューピッド」をヒントに創作した造語であ
る。【C】が命名したときより前に「キューピー」の名称は存在しない。被告が被
告イラスト及び被告人形に「キューピー」の名称を付していることからも依拠は明
らかである。
 また、被告イラスト等は、本件人形の特徴を備えていることからも依拠性が明ら
かである。
(被告の反論)
 被告イラスト等は、以下のとおり、本件人形に依拠して作成されたものではな
い。
 すなわち、参加人が本件人形の発行日と主張する一九一三年一一月二〇日より以
前においても、「キューピー」と称する多数の作品が存在しており、しかもその一
部については【C】以外の複数の名義で米国著作権登録がされている。さらに、参
加人提出に係る「Japan Kewpie Club NEWS 1」(甲二〇)に掲載されている多くの
写真等によっても、【G】がイラストを作成した昭和二八年ころまでに流通してい
た「キューピー」と称されるイラストや人形の形態はさまざまであったことが窺わ
れる。このように、昭和二七年ないし二八年ころ、日本において「キューピー人
形」として流通していたものには、本件人形の複製物に当たらない多種多様の形態
のものも含まれていた。被告イラスト等の作成者である【G】が、他に多数存在し
ていた「キューピー」と称される作品ではなく、正に本件人形又はその複製物に依
拠して、被告イラスト等を作成したということはできない。
 昭和二八年当時は、本件人形の複製物は既に我が国で製造・販売されていなかっ
たため、【G】がデパートの店頭で見かけたのが本件人形の複製物であったという
ことはあり得ない。【G】は、いわゆる「ビリケン人形」(乙二五参照)を参考に
するとともに、特に当時幼児であった自分の娘の表情、体型や動きを取り入れる
等、様々なものからヒントを得て、独自に被告イラストを創作した。
 被告イラスト等には「キューピー」の名称が付されているが、「キューピー」と称
する多種多様なイラスト・人形が多数存在したから、右名称が依拠を示すことには
ならない。
(なお、一連の「キューピー」と称される多数の作品の中には著作権が【C】以外
の者によって原始的に取得されているものも多いこと、昭和二七年ないし二八年こ
ろ我が国において既にパブリック・ドメインになっていた作品もあることに照らす
と、参加人において、まず、被告イラスト等の依拠の対象が、第三者ではなく
【C】が著作権を取得し、かつ未だパブリック・ドメインに属していない著作物又
はその複製物であることを主張すべきである。)
7 類似性の有無
(参加人の主張)
(一) 被告イラスト等は、通常人が見た場合、本件人形の内容及び形式を覚知させ
るに足りるものであり、又は少なくとも本件人形の本質的な特徴を直接感得するこ
とは明らかである。したがって、被告イラスト等は、本件人形の複製又は翻案に当
たる。被告の指摘する相違は些細な点の相違にすぎない。
(二) 前記2のとおり、本件人形は、被告が挙げる【C】の先行著作物との関係に
おいて二次的著作物に当たらない。右先行著作物の存在は、同一性、類似性につい
ての結論を何ら左右しない。
(被告の反論)
(一) 被告イラスト等は、頭部と全身との割合、体型、顔の表情、髪の毛、羽、
「動き」の表現、服の着用及び性別の区別等の点において大きく異なるから、本件
人形と同一ないし類似とはいえない。
 共通点についても、「子供の天使」を題材に表現すると必然的に生じる非本質的
部分におけるものにすぎず、本件人形の特徴的部分における表現形式は全く異な
る。
(二) 仮に、本件人形が、前記2の先行著作物に対して、何らかの「創作的部分」
を新たに付加されたものであるとしても、本件人形は、これらの先行著作物を原著
作物とする二次的著作物に当たる。本件著作権は、かかる新たに付加された創作的
部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じな
い。そして、本件人形が、先行著作物に新たに付加された「創作的部分」であり、
かつ、被告イラスト等において再生されているようなものは一切ないから、被告イ
ラスト等について本件著作権侵害が成立する余地はない。
8 権利失効の有無
(被告の主張)
(一) 前記のとおり、【G】が被告イラストを最初に作成した昭和二八年(一九五
三年)当時、我が国において、いわゆる「キューピー」と称される多くの人形やイ
ラストが存在していた。
 遺産財団が、日本において【C】キューピーの無許諾複製物が大量に生産され流
通していた事実を認識していたことは、一九五六年に、当時遺産管理人であった
【E】が、「The One Rose」の著者【H】にあてた手紙、及び一九六三年一二月二
四日付で、同じく【E】が、ミズーリ州タニー郡巡回裁判所検認部の裁判官である
【I】にあてた手紙の内容により明らかである。
(二) 被告は、全国的に営業を展開している大手の著名銀行であり、昭和二八年か
ら被告イラスト等を使用していたものであるから、被告が四十数年間に亘り被告イ
ラスト等を使用していたことは、通常の注意力を有するものであれば誰でも特段の
努力を払わずに容易に認識できる状況であった。
(三) 大正、昭和からの長期間にわたる日本国内での「ジャパニーズ・キューピ
ー」の大量の生産、販売に対し、【C】及び遺産財団から、警告その他権利侵害行
為中止の請求は行われていない。また、被告による被告イラスト等の使用に関して
も、その使用を開始した昭和二八年から平成九年二月の参加人による申入れまでの
四三年間、権利侵害を理由とする請求は一切されていない。
(四) 以上の事実は、本件において、被告が、本件著作権を含む「キューピー」著
作権がもはや行使されることはないものと信ずべき正当な事由に該当することは明
らかである。
(五) 現在一般の日本人の間で「ジャパニーズ・キューピー」が日本でこれほど普
及したのは、被告及びキューピー株式会社のような企業をはじめ、多くの人形製造
会社やイラストレーターたちが、独自にそれぞれの「ジャパニーズ・キューピー」
を創作し、使用してきた努力によるのであって、決して遺産財団の努力によるもの
ではない。遺産財団が権利行使を怠っている間に、被告は、自らの企業努力によ
り、被告イラスト等を使用することによる営業上の利益を確立して現在に至ってい
る。このような状況下で、遺産財団が、突然本件著作権の行使を行うことは許され
ない。
(六) 参加人は、このような事情をすべて知り、遺産財団が被告に対して、本件著
作権に基づく訴訟を提起していたことを熟知した上で、遺産財団から本件著作権を
譲り受けたと主張するものであり、このような参加人の行為は、被告を始め多くの
善意者の既得権を害し、徒に自己の利益を図る行為である。多額の損害賠償請求を
していることも、参加人の不当な目的を示している。したがって、参加人が、財団
の下で既に失効した権利に基づき、被告に対して権利行使することも、信義則に反
し許されない。
(参加人の反論)
(一) 「権利失効の原則」が適用されるためには、①長期間の権利の不行使、②も
はや権利行使を受けないとの正当な信頼、及び③権利を行使することが信義則に反
すると評価し得る権利者の帰責性が必要である。長期間権利を行使しなかったこと
をもって②、③の要件を充たすものと評価するのは相当でない。
(二) 本件において、被告には、本件著作権が行使されないと信頼したことにつき
「正当」な理由はない。
 【C】及び遺産財団と被告との間に契約関係はなく、本件著作権の単なる不行使
が、権利がもはや行使されないものと信頼すべき正当の理由を生じさせるような信
頼関係はそもそも存在しない。
 日本において大流行したキューピー人形のうち、【C】の許諾を得て複製したも
のには、著作権者が【C】である旨の著作権表示のほか、米国特許庁にも意匠登録
がされている旨の表示がされていた。【C】は、著作権を主張して米国著作権局に
著作権登録を行っている。したがって、「キューピー」の作者が【C】であるとい
うことは、日本においても公知の事実であり、被告は、本件著作権がいずれは行使
されるかもしれないことを予想すべきであった。
(三) 【C】及び遺産財団の被告に対する権利行使は困難であったから、その権利
行使が信義誠実に反するものと評価することはできない。
 「キューピー」発表前後の日米間の国際関係は良好ではなく、不安定な国際状況
の下で、米国の個人が日本において、事業活動を展開したり、権利を行使すること
は困難であった。被告イラスト等の使用は日本国内に限定されていたから、遺産財
団には右のような情報を知る余地はなかった。
(四) 「権利失効の原則」に基づく権利行使制限の法的効果は、人的に相対的に解
すべきである。参加人は、遺産財団から本件著作権の譲渡を受けて、直ちに権利行
使をしているので、少なくとも参加人との関係では同原則が適用される余地はな
い。
9 権利濫用の有無
(被告の主張)
 参加人が本訴において本件著作権に基づき請求することは、以下のとおり、権利
の濫用に当たる。
(一) 参加人は、昭和四六年ころから「ケイ・クリエイティブ」の屋号により個人
でデザイン業を営み、昭和六三年一〇月ころ、京都市に「想い出博物館」を開設
し、自ら収集したいわゆる「キューピー」人形を含む古いおもちゃ類等を展示する
ほか、土産品等の販売を行っており、平成六年一二月には神戸市に「キューピー」
専門の博物館兼販売店である「キューピークラブ イン 神戸」を開設した。
 さらに、参加人は、平成六年ころから、「インターナショナルローズオニール協
会(I.R.O.C.)」日本支部を自称する「日本キューピークラブ」を主宰し、「Japan
Kewpie Club News」なる機関紙を発行したが、この機関紙には、【C】作成に係る
イラストが数多く掲載されている。
(二) 被告は、平成三年一一月、平成四年二月、三月に、前記「想い出博物館」の
コレクションを用いて、「キューピー」に関するロビー展を開催した。参加人は、
「想い出博物館」の名において、人形のレンタル料等として、少なくとも数十万円
の支払を受けた。
 参加人は、平成五年五月ころ、被告に対し、自らが製造・販売するキューピーの
図柄を付した商品を顧客配布用品として採用するよう、積極的な営業活動を行っ
た。被告は、同年八月ころ、参加人の商品を顧客配布用粗品として採用することと
し、共同広告社を通じて参加人との取引を開始した。被告が参加人から購入した商
品は、タオル、おしぼり、クリスタルグラス等三〇点近くに及んだ。これらの商品
には、「 C KEWPIE CLUB」の表示が明記されているものもある。しかしその後、被
告は、平成七年三月ころ、被告のオリジナル製品を製作して顧客頒布用品として配
布することを決定し、参加人との取引を終了した。被告が購入代金として参加人に
支払った金額は、平成五年度約四〇〇〇万円、平成六年度約六七〇〇万円、平成七
年度約一〇〇〇万円、合計約一億二〇〇〇万円に及んだ。参加人は、被告との取引
により多額の利益を得た。
(三) 参加人は、平成八年一一月二〇日、突然、「【C】の財産を管理しているロ
ーズ・オニール・エステートという米国の団体と日本における【C】の著作権に関
して総代理店契約を締結した」として、被告に対し「【C】のキューピー」の使
用・購入を求めてきた。被告は、参加人に対し、権利内容の確認を申し入れた。参
加人は、同年一二月二〇日、被告に対し、遺産財団と「想い出博物館」の間の契約
書であるとする書面(乙三八)の写を提出した。参加人は、平成九年二月七日、従
来の主張を一変して、「日本における【C】・キューピーの著作権を管理する『想
い出博物館』に対し、『キューピー』の使用料として年間一億円を支払って欲し
い」と要求した。これに対し、被告は、権利の内容が具体的に明らかにされない限
り、支払には応じられない旨回答した。
 その後、参加人代理人から、警告書が送付され、次いで、遺産財団が、平成一〇
年二月に本件訴訟を提起した。
(四) 参加人から被告に対して交付された平成八年九月付の契約書(乙三八)に
は、契約当事者として、「遺産財団の執行者(Executor)である【D】」と記載さ
れている。
 しかし、昭和三九年一月一六日から平成九年七月一五日までの期間は、参加人も
認めるとおり、ローズ・オニール財団は存在せず、その財産の管理・処分権者は存
在しなかった。したがって、参加人の主張を前提とすれば、参加人は、何らの正当
な権原もなく、自ら著作権侵害行為を繰り返し、多額の利益を上げ、無権原の者に
より作成された契約書を示して被告に対し金員の支払を要求したり、被告の違法行
為を誘発したりしていたことになる。
(参加人の反論)
 被告が本訴において主張した内容は、何ら権利濫用を基礎付けることにならな
い。
 乙三八号証の契約書は、以下のとおり、有効に締結された。すなわち、一九六四
年一月一六日、遺産財団はいったん計算終了により解散したが、被相続人の未処分
財産が存在する限り、遺産財団は消滅しない。【C】の遺族は、【C】の遺産につ
いて信託を形成し、一九六四年三月一八日より、【E】が受託者として管理に当た
っていた。そして、【E】は、一九八九年一二月、受託者としての地位を甥である
【D】に承継させた。【D】は、受託者の地位に基づいて、乙三八号証記載の契約
を締結したものである。
10 訴訟信託の該当性の有無
(被告の主張)
 参加人は、遺産財団から本件著作権を売買により譲り受けた旨主張する。しか
し、右売買は、売買代金等の契約条件が秘匿されていることからも明らかなとお
り、訴訟信託に当たり無効である。
 信託法一一条は、訴訟行為を主たる目的とする信託を禁止している。訴訟の追行
を主たる目的としてされた権利の譲渡は、同条に違反することは明らかであり、強
行法規違反として無効であるのみならず、譲受人による訴えの提起は不法行為を構
成する。譲渡の対価が存在しない場合や、譲渡の対価を訴訟の結果にかからしめる
趣旨の了解があるような場合には、当該譲渡は、訴訟信託に当たるとされる。ま
た、権利の譲受後極めて短期間で訴えが提起されていることも、訴訟信託を窺わせ
る事情といえる。
 本件訴訟提起に至る経緯や売買契約書を提出しない事情を考慮すると、右売買は
信託法一一条違反により無効であると解される。
(参加人の反論)
 被告の主張は、単なる憶測に過ぎない。そもそも弁護士を代理人として選任して
いる以上、訴訟信託をする必要性はない。
11 不法行為、不当利得の成否
(参加人の主張)
 被告は、故意又は重過失に基づき、本件著作権侵害行為を行い、また、法律上の
原因なくして本件著作権により利益を受け、そのため著作権者に、損害又は損失を
及ぼした。
 本件著作権の行使につき著作権者が通常受けるべき金銭の額は、商品の小売価格
の三パーセントを下回ることはない。
 被告は、その営業全体に関連して、被告イラスト等を使用している。銀行におい
て一般の事業会社における売上高に相当するものは、業務収益である。したがっ
て、使用料相当額としては、業務収益の三パーセントが妥当である。
 昭和六三年二月一○日から平成一〇年二月一○日の間に、本件著作権者が通常受
けるべき金銭の額は年間一億円を下らない。
 参加人は、平成一〇年五月一日、ローズ・オニール財団から、本件著作権及びそ
の侵害により発生したすべての請求権の譲渡を受けた。
 よって、参加人は、被告に対して、不当利得返還請求権及び損害賠償請求権に基
づく合計八三〇六億四六○○円の金員の支払いの一部として、過去三年分について
の損害賠償三億円及びそれ以前の七年分についての不当利得七億円の合計一○億円
の支払を求める。
(被告の主張)
参加人の主張は否認する。
第三 争点に対する判断
一 争点7(類似性)について
1 まず、被告イラスト等が、本件人形に係る本件著作権を侵害する複製物等であ
るか否か(著作権の成否、著作権の帰属、保護期間の満了による著作権の消滅の有
無の点はさておき)について検討する。
 本件人形に関しては、【C】によって創作された先行著作物があること、その一
例として一九〇三年作品②及び一九〇五年作品が存在すること、右各作品は、いず
れも日米著作権条約の効力発生前に発行され、我が国においてその著作権は保護さ
れないことは、いずれも当事者間に争いがない。
 ところで、参加人が著作権法上の保護を求める著作物について、当該著作物が先
行著作物を原著作物とする二次的著作物であると解される場合には、当該著作物の
著作権は、二次的著作物において新たに加えられた創作的部分についてのみ生じ、
原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解すべきである。二次
的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法の保護を受けるの
は、原著作物に新たな創作的要素が付加されたためであって、二次的著作物のうち
原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著
作物として保護すべき理由がないからである(最高裁平成九年七月一七日第一小法
廷判決・民集五一巻六号二七一四頁参照)。
 以上の点に鑑みて、後記のとおり、本件人形は一九〇三年作品②及び一九〇五年
作品の二次的著作物であると認められるから、被告イラスト等と本件人形との類否
を判断するに当たっては、第一に、参加人が本件において保護を求める本件人形と
一九〇三年作品②及び一九〇五年作品とを対比して、本件人形において創作的部分
があるか否か、あるとして創作的部分はどの部分かを検討し、第二に、被告イラス
ト等と本件人形とを対比して、右の創作的部分において共通するか否かを検討する
こととする。
 争いのない事実、証拠(乙四二、四三、五〇、五二)及び弁論の全趣旨によれ
ば、以下のとおりの事実が認められ、これを覆す証拠はない。
2 本件人形と一九〇三年作品②及び一九〇五年作品とを対比する。
(一) 本件人形も、一九〇三年作品②及び一九〇五年作品も、古くから連綿と描き
続けられた「ケルビム」「クピド」等の名称で呼ばれる「子供の姿をした天使」を
題材にした作品の特徴を有している。また、子供の身体に羽が生えているという表
現形態は、既に多数存在していた。
(1) 本件人形の特徴は、以下のとおりである。
 全体的な特徴としては、①ほぼ直立の人形である。②乳幼児の体型であり、頭部
が全身と比較して大きく、概ね三頭身である。③裸である。④性別がはっきりせ
ず、中性的である。⑤ふっくらとしている。⑥体格、骨格は、欧米人のようであ
る。
 細部の特徴としては、⑦頭部の骨格について、後頭部の中心が後方に突き出した
ように張っている。⑧頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生え
ており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。
⑨顔は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。⑩目は、丸く大きい。瞳
は、左方向(向かって右)を向いている。⑪眉は、目から離れた位置に点のように
描かれている。⑫鼻は、目立たず、小さく丸い。⑬口は、唇につき、細く長い下向
きの円弧状に描かれ、ほほ笑んでいるような表情に描かれている。⑭青く彩色され
た小さな双翼が、首の後方部左右に付けられている。⑮両手は、腕を伸ばし、掌を
広げている。⑯腹部は、下腹部が前方に突き出ている。⑰胴は、中央が最も太い。
⑱背中部分は、平坦であり、尻部は、下方に向けて窄まっている。
(2) これに対し、先行著作物の特徴は、以下のとおりである。
(ア) 一九〇三年作品②の特徴は、以下のとおりである。
 全体の特徴としては、①正面向きでひざまづいた姿勢の図柄である。②乳幼児の
体型であり、頭部が全身と比較して大きい。③裸である。④性別がはっきりせず、
中性的である。⑤ふっくらとしている。⑥体格、骨格は、欧米人のようである。
 細部の特徴としては、⑦頭の中心の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、
それが前に垂れているように描かれ、頭部のその他の部分には髪の毛がない。⑧顔
は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。⑨目は、必ずしも明らかでな
い。瞳は点状に描かれている。⑩眉は、上瞼に接して描かれているようであるが、
必ずしも明らかでない。⑪鼻は、点状に小さく描かれている。⑫口は、点状に描か
れ、目立たない。⑬双翼が、後頭部ないし首の部分から左右に付けられている。⑭
手を前で合わせて、祈りを捧げているような姿勢である。⑮腹部は、突き出ている
ように描かれている。⑯胴は、中央部が最も太い。
(イ) 一九〇五年作品の特徴は、以下のとおりである。
 全体の特徴としては、①横向きで正座したやや前屈みの姿勢の図柄である。②乳
幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きい。③裸である。④性別がはっきり
せず、中性的である。⑤ふっくらとしている。⑥体格、骨格は、欧米人のようであ
る。
 細部の特徴としては、⑦頭部の骨格について、後頭部の中心が後方に突き出した
ように張っている。⑧頭の中心部分にとがった形状の髪の毛が生え、前頭部に垂れ
ているように見え、横の耳の上部に髪の毛が生えており、頭部のその他の部分には
髪の毛がない。⑨目は、下を向き、うつむき加減である。⑩眉は、目から離れた位
置に点状に描かれている。⑪鼻は、小さく目立たない。⑫双翼が、後頭部から首の
部分に横に向かって付けられている。⑬腕は、下方に伸ばし、手を膝頭に置いてい
る。
(3) そうすると、本件人形と一九〇三年作品②及び一九〇五年作品とは、以下の点
で共通する。すなわち、全体的な特徴として、①乳幼児の体型であり、頭部が全身
と比較して大きい。②裸である。③性別がはっきりせず、中性的である。④ふっく
らとしている。⑤体格、骨格は、欧米人のようである。細部の特徴として、⑥頭部
の骨格について、後頭部の中心が突き出したように張っている(ただし、一九〇三
年作品②は正面向きなので、この点はない。)。⑦頭の中央部分及び左右の部分に
とがった形状の髪の毛が生えており、中心部分の毛は前に垂れており、その余には
髪の毛がない(ただし、一九〇五年作品は横向きなので、横の部分の髪の毛の形状
ははっきりしない。)。⑧顔は縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている(た
だし、一九〇五年作品は横向きなので、この点はない。)。⑨鼻は目立たず、小さ
く丸い。⑩双翼が、後頭部から首の部分に左右に付けられている。⑪腹部が突き出
ている。胴の中央が最も太い(ただし、一九〇五年作品は横向きなので、この点は
はっきりしない。)。
(二) 以上のとおり、本件人形は、一九〇三年作品②及び一九〇五年作品と比較し
て、目、眉、口、手の形状に相違がある(なお、立像かイラストかは相違点として
重要とはいえない。)が、この相違点を考慮しても、前記のとおり多くの共通点が
あり、とりわけ、頭部の極めて特徴的な頭髪と背部の双翼とを備えている裸の中性
的なふっくらした乳幼児を表現したという特徴において共通していることに鑑みれ
ば、本件人形は、既に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品において表現された特
徴のほとんどすべてを備え、新たに付加された創作的要素は、些細な点のみといえ
る。本件人形と両作品とは類似するといえる。本件人形は、立体的な人形とした点
で、両作品の二次的著作物に当たるものということができる(なお、本件人形と両
作品は、いずれも、【C】によって作成されたものと認められるから、本件人形が
両作品に依拠して作成されたものと推認される。)。
3 右の前提に立って、本件人形と被告イラスト及び被告人形が類似するか否かに
ついて検討する。
(一) まず、被告人形について検討する。
(1) 被告人形の特徴は、以下のとおりである。
 全体的な特徴としては、①直立の人形である。②乳幼児の体型であり、頭部が全
身と比較して際だって大きく概ね二頭身である。③裸である。④性別がはっきりせ
ず、中性的である。⑤ふっくらとしている。
 細部の特徴としては、⑥頭部の骨格について、後頭部は突き出しておらず、平た
い。⑦頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中心部
分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。⑧顔は、縦横の
長さがほぼ同じ(やや縦長)であり、頬がふっくらしている。⑨目は丸く大きい。
瞳は中心位置にある。⑩眉は、目から離れた位置に、円弧状に細長く描かれてい
る。⑪鼻は、目立たず、小さく丸い。⑫口は、唇が短く厚みをもって描かれ、ほほ
笑んでいる表情に描かれている。⑬上向きの太い円弧状の模様が、背中に描かれて
いるが、双翼を描いたものかは明らかでない。⑭両手は、腕を伸ばし、掌を広げて
いる。⑮腹部は、全体が前に張り出している。⑯胴は、尻のあたりが最も太い。⑰
背中は平坦であり、尻は背中部分と比べ後方に突き出ている。
(2) そうすると、本件人形と被告人形は、以下のような共通点を持つ。  全体的
な特徴として、①ほぼ直立の人形である。②乳幼児の体型であり、頭部の割合が大
きい。③裸である。④性別がはっきりせず、中性的である。⑤ふっくらとしてい
る。細部の特徴としては、⑥頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛
が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他には髪の毛がない。
⑦頬がふっくらしている。⑧目は丸く大きい。⑨眉は、目から離れた位置に描かれ
ている。⑩鼻は目立たず、小さく丸い。⑪口は、ややほほ笑んでいる表情に描かれ
ている。⑫両手は、腕を伸ばし、掌を広げている。⑬腹部は、前に張り出してい
る。しかし、右共通点のうち、②ないし⑦、⑩、⑬の点は、一九〇三年作品②及び
一九〇五年作品と共通であり、①の点は重要な特徴とはいえない。
 これに対し、本件人形と被告人形とは、以下のような相違点がある。①全身のプ
ロポーションについて、前者は概ね三頭身であるのに対し、後者は概ね二頭身であ
る。②頭部の骨格について、前者は後頭部が突き出しているのに対し、後者は突き
出しておらず平たい。③顔について、前者は縦長の楕円形状であるのに対し、後者
は縦横の長さがほぼ同じである。④瞳について、前者は左方向を向いているのに対
し、後者は目の中心に大きく描かれている。⑤眉について、前者は点のように描か
れているのに対し、後者は円弧状に細長く描かれている。⑥口について、前者が唇
を細く長い、下向きの円弧状に描かれているのに対し、後者は短かく厚みをもって
描かれている。⑦双翼について、前者は後頭部から首の後方部左右に、青く彩色さ
れて付けられているのに対し、後者は背中に太い円弧状の模様が描かれているが、
双翼であるかは明らかでない。⑧腹部について、前者は下腹部が前方に突き出てい
るのに対し、後者は全体が前方に張り出している。⑨胴について、前者は中央が最
も太いのに対し、後者は尻のあたりが最も太い。⑩尻について、前者は背中部分か
ら突き出すことなく連続して、下方に向けて窄まっているのに対し、後者は背中部
分に比べ後方に突き出ている。
 以上のとおり、本件人形と被告人形は、共通点を有するが、その共通点のほとん
どは、既に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品に現われているし、本件人形に付
加された新たな創作的部分とはいえないこと、他方、右認定したとおり、両者には
数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、被告人形は、本件人形
における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していないと解するのが
相当である。
(二) 被告イラスト(一)ないし(五)、(七)ないし(九)について検討する。なお、右
各イラストは、被告イラスト(七)を除いて、イラストレーターである【G】が作成
したものであり、被告イラスト(七)もこれらと特徴を同じくしていることから、以
下、右イラストをまとめて「【G】イラスト」という。
(1) 【G】イラストの特徴は、以下のとおりである。
 全体的な特徴としては、①立った姿勢で描かれている(被告イラスト(一)を除
く。)。②乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きく、約二・五頭身位で
ある。③裸の図柄と(被告イラスト(一)、(二)、(四)、(八))衣服を着ている図柄
がある(被告イラスト(三)、(五)、(七)、(九))。④中性的なものもあるが、衣服
等から性別が書き分けられているのもある(特に被告イラスト(五)、(九))。⑤ふ
っくらとしている。⑥動きが表現されている。
 細部の特徴としては、⑦頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が
生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がな
い。⑧顔は、縦横の長さがほぼ同じであり(やや縦長のものもある。)、頬が大き
く膨らみ、極端な下膨れである。⑨目は、丸く大きい。瞳は、中心位置にある。⑩
眉は、目から離れた位置に、円弧状に細く描かれている。⑪鼻は、目立たず、小さ
く丸い。⑫口は、短めの唇が厚みをもって表現され、ややほほ笑んでいる表情に描
かれている。⑬被告イラスト(一)の左側の子供の図柄の肩には小さい二つの模様が
描かれ、被告イラスト(九)の中央の子供の図柄には、向かって左肩から大きな翼が
描かれているが、その他の【G】イラストには双翼は描かれていない。⑭両手は、
腕を伸ばして、掌を広げている図柄もあるが(被告イラスト(四)、(五)、(八)、
(九))、物を持っている図柄(被告イラスト(二)、(三))、手を下ろしている図柄
(被告イラスト(五))等さまざまである。⑮腹部は、全体が前に張り出しているも
のが多い。⑯手足は、赤ん坊のような膨らみをもち、くびれが描かれている。
(2) 以上のとおり、本件人形と【G】イラストは、以下のような共通点を持つ。全
体的な特徴として、①乳幼児の体型であり、頭部の割合が大きい。②ふっくらとし
ている。細部の特徴としては、③頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪
の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の
毛がない。④目は丸く大きい。⑤眉は、目から離れた位置に描かれている。⑥鼻は
目立たず、小さく丸い。⑦口は、ややほほ笑んでいる表情に描かれている。⑦腹部
は、前に張り出している。しかし、右共通点のうちで、①ないし③、⑥の点は、既
に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品に表現されている。
 これに対し、本件人形と【G】イラストには、以下のような相違点がある。①全
身のプロポーションについて、前者は概ね三頭身であるのに対し、後者は概ね二・
五頭身位である。②前者は裸であるのに対し、後者は衣服を着ている。③性別につ
いて、前者は全く不明確であるのに対し、後者は衣服等から明らかである。④前者
は動きがないのに対し、後者は動きのある姿勢を表現している。⑤顔について、前
者は縦長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さがほぼ同じである。⑥頬に
ついて、前者は全体的にふっくらしているのに対し、後者は極端な下膨れである。
⑦瞳について、前者は左方向を向いているのに対し、後者は中心位置にある。⑧眉
について、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状に細く描かれて
いるか。⑨口について、唇が細く長い下向きの円弧状に描かれているのに対し、後
者は唇を厚みをもって描かれている。⑩双翼について、前者は後頭部から首の後方
部左右に、青く彩色されて付けられているのに対し、後者は描かれていないものが
多い。⑪手足について、前者は特徴がないのに対し、後者は赤ん坊のような膨らみ
をもち、くびれが描かれている。
 以上のとおり、本件人形と【G】イラストは、共通点を有するが、その共通点の
ほとんどは、既に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品に現われているし、本件人
形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと、他方、右認定したとおり、両
者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、【G】イラスト
は、本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していない
と解するのが相当である。
(三) 被告イラスト(六)、(一〇)ないし(一七)について検討する。なお、右イラス
トは、イラストレーター【J】が作成したものであり、以下、まとめて「【J】イ
ラスト」という。
(1) 【J】イラストの特徴は、以下のとおりである。
 全体的な特徴としては、①立位、座位、顔と手のみのものなど多様な姿である。
スポーツや遊びをしている少年の姿として描いたものが多い。②頭部が全身と比較
して大きく、約二・五頭身位である。③衣服を着ている。④衣服等から性別が書き
分けられている。⑤ふっくらとしている。⑥動きが表現されている。
 細部の特徴としては、⑦頭部の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛
が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分に髪の毛がな
い。⑧顔は、縦横の長さがほぼ同じであり、頬がふっくらしている。⑨目は、丸く
大きい。瞳は、右又は左に大きく描かれ、ハイライトが施されている。睫毛が描か
れている。⑩眉は、目から離れた位置に、円弧状に細く描かれている。⑪鼻は、細
い線で小さく丸く描かれている。⑫口は、細い二本の線により、唇が厚みをもって
表現され、ややほほ笑んでいるような表情に描かれている。⑬双翼は、被告イラス
ト(一三)を除いて、描かれていない(被告イラスト(一三)の中央の子供には、大き
な双翼が描かれている。)。⑭両腕を伸ばして両手を広げた姿はない。⑮腹部は、
衣服に隠れて、その特徴は明らかでない。
(2) 以上のとおり、本件人形と【J】イラストは、以下のような共通点を持つ。全
体的な特徴として、①頭部の割合が大きい。②ふっくらとしている。細部の特徴と
しては、③頭部の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、
中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他には髪の毛がない。④目は丸く大き
い。⑤眉は、目から離れた位置に描かれている。⑥鼻は目立たず、小さく丸い。⑦
口は、ややほほ笑んでいるように描かれている。しかし、右共通点のうちで、①な
いし③、⑥の点は、既に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品に表現されている。
 これに対し、本件人形と【J】イラストには、以下のような相違点がある。①前
者は全身の立像であるのに対し、後者は顔や手のみを描いているものがある。②全
身のプロポーションについて、前者は概ね三頭身であるのに対し、後者は概ね二・
五頭身位である。③前者は裸であるのに対し、後者は衣服を着ている。④性別につ
いて、前者は全く不明確であるのに対し、後者は被服等から明らかである。⑤前者
は動きがないのに対し、後者はスポーツや遊びをしている少年の姿として描かれて
いる。⑥顔について、前者は縦長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さが
ほぼ同じである。⑦瞳について、前者は左方向を向いているのに対し、後者は右又
は左に大きく描かれ、ハイライトが施されて、睫毛が描かれている。⑧眉につい
て、前者は点のように描かれているのに対し、後者は目から離れた位置に円弧状に
細く描かれている。⑨口について、前者は唇が細く長い、下向きの円弧状に描かれ
ているのに対し、後者は細い二本の線で小さく描かれている。⑩双翼について、前
者は後頭部から首の後方部左右に、青く彩色されて付けられているのに対し、後者
は被告イラスト(一三)の中央の子供を除いて描かれていない。⑪両腕について、前
者は伸ばして掌を広げているのに対し、後者は伸ばして掌を広げた姿はない。
 以上のとおり、本件人形と【J】イラストは、共通点を有するが、その共通点の
ほとんどは、既に一九〇三年作品②及び一九〇五年作品に現われているし、本件人
形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと、他方、右認定したとおり、両
者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、【J】イラスト
は、本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していない
と解するのが相当である。
4 したがって、一九〇三年作品②及び一九〇五年作品が既に存在し、その特徴が
前記のとおりであることを考慮すると、被告人形及び被告イラストはいずれも、本
件人形と類似していないといえるから、仮に、本件人形に著作権が成立するとして
も、被告人形等を作成、頒布する行為等が右著作権を侵害するものということはで
きない。
二 争点9(権利濫用)について
 以上のとおり、参加人の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がな
いが、権利濫用の点についても、付加して検討する。
1 証拠(甲一五、二〇、乙三八、三九、四〇、五九)、当裁判所に職務上顕著な
事実及び弁論の全趣旨をあわせると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる
証拠はない。
(一) 参加人は、昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザインに関連する
業務を開始し、ハマナカ株式会社、キクチ株式会社、株式会社オビツ製作所等とキ
ューピーに関連する商品等の取引を行っている。また、自己がデザインしたキュー
ピー商品を自ら販売している。
 ハマナカ株式会社が昭和五四年から五六年に掛けて発行した手芸作品集には、参
加人がデザインしたキューピーの図柄が掲載されている。平成七年に参加人がデザ
インし、同社が発売したキューピー商品には、参加人の指示により、「designed by
C Kewpie Club」、「OMOIDE KOUBOU C」という表示が付されている。参加人は、右
商品につき、同社から、少なくとも六〇万円の支払を受けている。また、参加人
は、平成一〇年ころ、同社に対し、本件著作権に基づいて使用許諾料を請求してい
る。
 キクチ株式会社も、平成三年ころ、参加人がデザインしたキューピー人形を製造
していた。
 株式会社オビツ製作所も、平成五年ころから、参加人がデザインしたキューピー
人形を製造していた。参加人は、平成一〇年ころ、同社に対し、本件著作権に基づ
いて使用許諾料を請求している。
 参加人は、昭和六三年、京都市に「想い出博物館」を開設し、自ら収集したキュ
ーピー人形を含む古いおもちゃ類等を展示し、土産品の販売を行うなどしたり、平
成六年、神戸市にキューピー専門の博物館兼販売店である「キューピークラブ イ
ン 神戸」を開設した。
 参加人は、平成六年ころから、「インターナショナルローズオニール協
会(I.R.O.C.)」日本支部を自称する「日本キューピークラブ」を主宰し、「Japan
Kewpie Club News」なる機関紙を発行した。この機関紙には、【C】が作成したと
されるキューピーのイラストが多数掲載されたり、キューピーの関連商品、Tシャ
ツ等を有償で販売する案内が紹介されたりしている。
(二) 被告京都支店は、平成三年九月、支店開設二〇周年イベントの企画を株式会
社共同広告社(以下「共同広告社」という。)に依頼した。共同広告社は、参加人
の収集した「想い出博物館」に所蔵されたキューピー人形等を用いたロビー展を行
うことを被告京都支店に提案して、参加人を同支店に紹介した。これを受け、同年
一一月、同支店において「愛の天使キューピー物語展」と題したロビー展を実施
し、キューピーコレクション約一〇〇点が展示され、その対価として「想い出博物
館」に対し五一万五〇〇〇円が支払われた。その後、平成四年二月には被告大阪支
店、同年三月には被告渋谷支店において同様のロビー展が開催され、対価が支払わ
れた。
(三) 参加人は、平成五年五月ころ、ロビー展を通じて面識を得た被告大阪支店担
当者に被告本店の顧客配布用品等を扱う担当部署の紹介方を依頼するなどして、被
告に対し、自らが製造・販売するキューピーの図柄を付した商品を販売促進用品と
して採用するよう、積極的な売り込みを図った。
 このような参加人による熱心な営業活動の結果、同年八月ころ、被告は全店統一
の顧客配布用品として、参加人の商品を採用することとし、共同広告社を通じて参
加人との取引を開始した。被告が共同広告社を通じて参加人から購入した商品は、
タオル、おしぼり、クリスタルグラス等約三〇点に及んだが、いずれも、参加人が
積極的に商品として提案したものであった。これらの商品には、「 C KEWPIE
CLUB」との文字が明記されているものも含まれている。
 しかし、その後の平成七年三月ころ、被告は、被告のオリジナル製品を製作して
顧客配布用品として配布することを決定し、これに伴い、参加人に対し、同人への
商品の発注を取り止める旨予告し、同年六月の代金支払を最後に、参加人との取引
を終了した。
 以上のとおり、平成五年から平成七年までの間に、被告がキューピーの図柄を付
した各種商品の購入代金として共同広告社を通じて参加人に支払った金額は、平成
五年度約四〇〇〇万円、平成六年度約六七〇〇万円、平成七年度約一〇〇〇万円、
合計約一億二〇〇〇万円に及んだ。
 前記ロビー展開催から被告との取引終了まで、参加人は、被告に対し、キューピ
ーに関して、第三者が著作権等の権利を有している旨を示唆したことは一切なかっ
た。
(四) 参加人は、平成八年一一月二〇日、突然、「【C】の財産を管理しているロ
ーズ・オニール・エステートという米国の団体と日本における【C】の著作権に関
して総代理店契約を締結した」として、被告に対し「【C】のキューピー」の使
用・購入を求めてきた。被告が、参加人に対し、権利内容の確認を申し入れたとこ
ろ、参加人は、同年一二月二〇日、被告に対し、遺産財団と「想い出博物館」の間
の同年九月四日付け契約書であるとする書面(乙三八)の写を提出した。その後、
参加人は、平成九年二月七日、「日本における【C】・キューピーの著作権を管理
する『想い出博物館』に対し、『キューピー』の使用料として年間一億円を支払っ
て欲しい」と要求した。被告は、権利の内容が具体的に明らかにされない限り支払
に応じられない旨回答した。その後、参加人は、本件著作権に基づき、本件訴訟及
びキューピー株式会社に対する別件訴訟を提起した。本件訴訟においては、参加人
は、平成一〇年五月一日、遺産財団から本件著作権を譲り受けた旨主張している。
2 以上認定した事実、すなわち、参加人は、一方において、本件著作権を平成一
〇年五月一日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、①正当な権原を取得し
たとする時期よりはるか前である昭和五四年ころから、キューピーの図柄等のデザ
インを業として開始して、キューピー商品の販売等により利益を得ていたこと、②
自らが主催するキューピーに関する団体の活動においても、【C】が作成したキュ
ーピーの複製品(参加人の主張を前提とする。)を製造、販売したこと、③さら
に、被告との関係では、平成三年一一月、平成四年二月、三月、参加人の所蔵する
キューピーコレクションを用いたロビー展の開催を促し、その対価の支払を受けた
り、平成五年から七年に掛けて、被告に顧客配布用の商品を販売し、約一億二〇〇
〇万円の支払を受けたりしたが、被告と取引が継続していた時期に、被告に対し、
キューピーについて第三者が著作権を有していると示唆したことはなく、キューピ
ーに関する参加人の商品には参加人が著作権を有するかのような表示を付したりし
ていたこと等の事実に照らすならば、参加人は、その主張を前提とすれば、自ら
が、本件著作権の侵害となる行為を多年にわたって継続し、多額の利益を得ていた
ばかりか、被告に対して、積極的な著作権侵害行為を誘発していたことになる。こ
のような事実経緯に照らすならば、長年にわたり連綿と被告イラスト等の使用を継
続してきた被告に対して、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償
を請求する参加人の行為は、正に権利の濫用に該当すると解すべきである。したが
って、この点からも、参加人の請求は失当である。
三 よって、主文のとおり判決する。
  東京地方裁判所民事第二九部
    裁 判 長 裁 判 官      飯村敏明
          裁 判 官      沖中康人
          裁 判 官      石村 智

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