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平成6(オ)2378民事訴訟 特許権

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裁判所 最高裁判所第三小法廷
裁判年月日 平成10年4月28日
事件種別 民事
法令 特許権
キーワード 特許権6回
侵害3回
実施3回
損害賠償1回
主文 原判決を破棄する。本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。理 由上告代理人雨宮定直、同熊倉禎男、同富岡英次、同田中伸一郎、同宮垣聡、同小川剛、同村橋泰志、同木村良夫、同太田耕治、同渡辺一平の上告理由第二点について一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、発明の名称を「単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法」とする特許権(特許番号一二一五五〇三、(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者であり、本件発明の特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)における「特許請求の範囲」は、第一審判決別紙三記載のとおり、「LPガスを燃焼させるバーナーと、該バーナーにおいて発生するガス焔を窯内に吹き込むバーナーとを設けた単独型ガス燃焼窯の、バーナー口を適宜に密封できるようにすると共に、該燃焼窯の煙突口の排気量を適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設け、さらに前記LPガスを未燃焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け、前記単独型ガス燃焼窯の窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を解放してバーナーからLPガス焔を窯内に吹き込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成し、続いてバーナー口及び煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断し、前記のバーナー口以外の供給ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、一〇〇〇℃∼九〇〇℃付近の窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により前記の未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒鉛を瓦素地表面に沈着することを特徴とする単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法」というものであり、また、本件明細書における「発明の詳細な説明」は、第一審判決別紙二の記載に同三記載の補正をしたものである。
2 被上告人X株式会社は、燻し瓦製造用単独ガス燃焼窯を製造して、その余の被上告人らのうち被上告人A、同B、同C及び同Dを除く被上告人Eら一七名、取下前被上告人Fら四名及びG(以下「被上告人Eら」という。)に販売し、被上告人Eらは、右ガス窯を使用して燻し瓦を製造していた。
3 被上告人Eらが実施していた燻し瓦の製造方法は、瓦素地の焼成後、同一の窯内で数時間の冷却時間を置いてその燻化を開始するものであるところ、燻化を開始すると窯内の温度は徐々に低下し、燻化開始時及び燻化終了時の窯内温度は、ほぼ第一審判決別紙九記載のとおりであって、例えば、被上告人Eの製造方法において、燻化開始時の窯内温度は、窯上段が摂氏八八〇度、下段が摂氏八七〇度、燻化終了時の窯内温度は、窯上段が摂氏八五〇度、下段が摂氏八二〇度であり、Gの製造方法において、燻化開始時の窯内温度は、窯上段が摂氏八九〇度、下段が摂氏八八〇度、燻化終了時の窯内温度は、窯上段が摂氏八六〇度、下段が摂氏八四五度である。二 本件は、被上告人Eらが第一審判決別紙五のガス窯を使用して同七の製造方法によって燻し瓦を製造した行為が上告人の本件特許権を侵害し、また、被上告人Xが右ガス窯を製造販売した行為が特許法一〇一条二号に規定する特許権の侵害に当たり、また、同被上告人が被上告人Eらと意を通じて前記の本件特許権侵害行為をしたと主張して、上告人が被上告人らに対し損害賠償を請求するものであるところ、原審は、右事実関係を前提として、次のように判断し、上告人の請求を棄却すべきものとした。
1 本件明細書の特許請求の範囲の記載は、燻化開始時の窯内温度と燻化終了時の窯内温度とを区別していないところ、燻化開始時の窯内温度に比べ燻化終了時の窯内温度の方がかなり低下することに照らすと、本件発明は、窯内温度が摂氏一〇〇〇度「付近」で燻化を開始し、摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了することを意味するもの、すなわち、燻化中の窯内温度が常に摂氏一〇〇〇度「付近」ないし摂氏九〇〇度「付近」の範囲内にあることを意味するものと解する余地がないではなく、右のように解すべきものとすると、被上告人Eらの実施する燻し瓦の製造方法が本件発明の燻化時の窯内温度を充足しないことは明らかである。
2 仮に、燻化中一時的にでも窯内の温度が右温度範囲内にあれば足りると解すべきものとした場合、右「付近」の意味する幅が問題となるが、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも、右「付近」の幅を判断するについて参酌すべき内容はない。特許請求の範囲に記載された右燻化時の窯内温度は、特許発明の技術的範囲を画する要件であり、燻化温度について摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」という摂氏一〇〇度程度の幅を設けているから、「付近」の意義は摂氏一〇〇度よりもかなり狭い幅を指すことは明らかである。したがって、被上告人Eらの実施する燻し瓦の製造方法は、本件発明の特許請求の範囲にいう燻化時の窯内温度を充足するものではない。三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 本件において、特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであり、瓦素地の焼成後に未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、摂氏一〇〇〇度ないし九〇〇度「付近」の窯内温度と焼成瓦素地の触媒的作用により未燃焼LPガスを熱分解し、その分解によって単離される炭素を転移した黒煙を瓦素地表面に沈着するという構成を有し、本件発明における燻化時の窯内温度は、このような構成に適した窯内温度として採用されていることが明らかである。また、発明の詳細な説明には、本件発明の作用効果として、窯内で炭化水素の熱分解が進んで単離される炭素並びにその炭素から転移した黒鉛の表面沈着によって生じた燻し瓦の着色は、在来の方法による燻し色の沈着に比して少しも遜色がないと記載され、本件発明における燻化温度は、このような作用効果をも生ずるのに適した窯内温度として採用されていることが明らかである。したがって、本件発明の特許請求の範囲にいう摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」の窯内温度という構成における「付近」の意義については、本件特許出願時において、右作用効果を生ずるのに適した窯内温度に関する当業者の認識及び技術水準を参酌してこれを解釈することが必要である。
2 原審は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも「付近」の意義を判断するに足りる作用効果の開示はないというが、右のとおり、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明には、「付近」の意義を解釈するに当たり参酌すべき作用効果が開示されているのであって、右「付近」の意義を判断するに当たっては、これらの記載を参酌することが必要不可欠である。
3 原審は、前記のとおり、本件発明は窯内温度が摂氏一〇〇〇度「付近」で燻化を開始し摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了するものであるとか、「付近」の意味する幅は摂氏一〇〇度よりもかなり少ない数値を指すというが、前記窯内温度の作用効果を参酌することなしにこのような判断をすることはできないのであって、このことは、右窯内温度が特許請求の範囲に記載されていることにより左右されるものではない。右参酌をせずに特許請求の範囲を解釈した原審の判断には、特許法七〇条の解釈を誤った違法があるというべきである。四 右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由がある。したがって、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、特許請求の範囲における「付近」の解釈等につき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官 園 部 逸 夫裁判官 千 種 秀 夫裁判官 尾 崎 行 信裁判官 元 原 利 文裁判官 金 谷 利 廣
事件の概要

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判決文

主 文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人雨宮定直、同熊倉禎男、同富岡英次、同田中伸一郎、同宮垣聡、同小川
剛、同村橋泰志、同木村良夫、同太田耕治、同渡辺一平の上告理由第二点について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、発明の名称を「単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法」とする特
許権(特許番号一二一五五〇三、(以下「本件特許権」といい、その発明を「本
件発明」という。)の特許権者であり、本件発明の特許出願の願書に添付された
明細書(以下「本件明細書」という。)における「特許請求の範囲」は、第一審
判決別紙三記載のとおり、「LPガスを燃焼させるバーナーと、該バーナーにお
いて発生するガス焔を窯内に吹き込むバーナーとを設けた単独型ガス燃焼窯の、
バーナー口を適宜に密封できるようにすると共に、該燃焼窯の煙突口の排気量を
適時に最小限に絞り又は全く閉鎖する絞り弁を設け、さらに前記LPガスを未燃
焼状態で窯内に供給する供給ノズルをバーナー以外に設け、前記単独型ガス燃焼
窯の窯内に瓦素地を装てんし、バーナー口及び煙突口を解放してバーナーからL
Pガス焔を窯内に吹き込み、その酸化焔熱により瓦素地を焼成し、続いてバーナ
ー口及び煙突口を閉じて外気の窯内進入を遮断し、前記のバーナー口以外の供給
ノズルから未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、一〇〇〇℃∼九〇〇℃付
近の窯温度と焼成瓦素地の触媒的作用により前記の未燃焼LPガスを熱分解し、
その分解によって単離される炭素を転移した黒鉛を瓦素地表面に沈着することを
特徴とする単独型ガス燃焼窯による燻し瓦の製造法」というものであり、また、
本件明細書における「発明の詳細な説明」は、第一審判決別紙二の記載に同三記
載の補正をしたものである。
2 被上告人X株式会社は、燻し瓦製造用単独ガス燃焼窯を製造して、その余の被
上告人らのうち被上告人A、同B、同C及び同Dを除く被上告人Eら一七名、取
下前被上告人Fら四名及びG(以下「被上告人Eら」という。)に販売し、被上
告人Eらは、右ガス窯を使用して燻し瓦を製造していた。
3 被上告人Eらが実施していた燻し瓦の製造方法は、瓦素地の焼成後、同一の窯
内で数時間の冷却時間を置いてその燻化を開始するものであるところ、燻化を開
始すると窯内の温度は徐々に低下し、燻化開始時及び燻化終了時の窯内温度は、
ほぼ第一審判決別紙九記載のとおりであって、例えば、被上告人Eの製造方法に
おいて、燻化開始時の窯内温度は、窯上段が摂氏八八〇度、下段が摂氏八七〇
度、燻化終了時の窯内温度は、窯上段が摂氏八五〇度、下段が摂氏八二〇度であ
り、Gの製造方法において、燻化開始時の窯内温度は、窯上段が摂氏八九〇度、
下段が摂氏八八〇度、燻化終了時の窯内温度は、窯上段が摂氏八六〇度、下段が
摂氏八四五度である。
二 本件は、被上告人Eらが第一審判決別紙五のガス窯を使用して同七の製造方法に
よって燻し瓦を製造した行為が上告人の本件特許権を侵害し、また、被上告人Xが
右ガス窯を製造販売した行為が特許法一〇一条二号に規定する特許権の侵害に当た
り、また、同被上告人が被上告人Eらと意を通じて前記の本件特許権侵害行為をし
たと主張して、上告人が被上告人らに対し損害賠償を請求するものであるところ、
原審は、右事実関係を前提として、次のように判断し、上告人の請求を棄却すべき
ものとした。
1 本件明細書の特許請求の範囲の記載は、燻化開始時の窯内温度と燻化終了時の
窯内温度とを区別していないところ、燻化開始時の窯内温度に比べ燻化終了時の
窯内温度の方がかなり低下することに照らすと、本件発明は、窯内温度が摂氏一
〇〇〇度「付近」で燻化を開始し、摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了すること
を意味するもの、すなわち、燻化中の窯内温度が常に摂氏一〇〇〇度「付近」な
いし摂氏九〇〇度「付近」の範囲内にあることを意味するものと解する余地がな
いではなく、右のように解すべきものとすると、被上告人Eらの実施する燻し瓦
の製造方法が本件発明の燻化時の窯内温度を充足しないことは明らかである。
2 仮に、燻化中一時的にでも窯内の温度が右温度範囲内にあれば足りると解すべ
きものとした場合、右「付近」の意味する幅が問題となるが、特許請求の範囲及
び発明の詳細な説明のいずれにも、右「付近」の幅を判断するについて参酌すべ
き内容はない。特許請求の範囲に記載された右燻化時の窯内温度は、特許発明の
技術的範囲を画する要件であり、燻化温度について摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九
〇〇度「付近」という摂氏一〇〇度程度の幅を設けているから、「付近」の意義
は摂氏一〇〇度よりもかなり狭い幅を指すことは明らかである。したがって、被
上告人Eらの実施する燻し瓦の製造方法は、本件発明の特許請求の範囲にいう燻
化時の窯内温度を充足するものではない。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとお
りである。
1 本件において、特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであり、瓦素地の焼成
後に未燃焼のLPガスを窯内に送って充満させ、摂氏一〇〇〇度ないし九〇〇度
「付近」の窯内温度と焼成瓦素地の触媒的作用により未燃焼LPガスを熱分解
し、その分解によって単離される炭素を転移した黒煙を瓦素地表面に沈着すると
いう構成を有し、本件発明における燻化時の窯内温度は、このような構成に適し
た窯内温度として採用されていることが明らかである。また、発明の詳細な説明
には、本件発明の作用効果として、窯内で炭化水素の熱分解が進んで単離される
炭素並びにその炭素から転移した黒鉛の表面沈着によって生じた燻し瓦の着色
は、在来の方法による燻し色の沈着に比して少しも遜色がないと記載され、本件
発明における燻化温度は、このような作用効果をも生ずるのに適した窯内温度と
して採用されていることが明らかである。したがって、本件発明の特許請求の範
囲にいう摂氏一〇〇〇度ないし摂氏九〇〇度「付近」の窯内温度という構成にお
ける「付近」の意義については、本件特許出願時において、右作用効果を生ずる
のに適した窯内温度に関する当業者の認識及び技術水準を参酌してこれを解釈す
ることが必要である。
2 原審は、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも「付近」の意義を
判断するに足りる作用効果の開示はないというが、右のとおり、特許請求の範囲
及び発明の詳細な説明には、「付近」の意義を解釈するに当たり参酌すべき作用
効果が開示されているのであって、右「付近」の意義を判断するに当たっては、
これらの記載を参酌することが必要不可欠である。
3 原審は、前記のとおり、本件発明は窯内温度が摂氏一〇〇〇度「付近」で燻化
を開始し摂氏九〇〇度「付近」で燻化を終了するものであるとか、「付近」の意
味する幅は摂氏一〇〇度よりもかなり少ない数値を指すというが、前記窯内温度
の作用効果を参酌することなしにこのような判断をすることはできないのであっ
て、このことは、右窯内温度が特許請求の範囲に記載されていることにより左右
されるものではない。右参酌をせずに特許請求の範囲を解釈した原審の判断に
は、特許法七〇条の解釈を誤った違法があるというべきである。
四 右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論
旨は理由がある。したがって、その余の上告理由について判断するまでもなく、原
判決は破棄を免れず、特許請求の範囲における「付近」の解釈等につき更に審理を
尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第三小法廷
裁判長裁判官 園 部 逸 夫
裁判官 千 種 秀 夫
裁判官 尾 崎 行 信
裁判官 元 原 利 文
裁判官 金 谷 利 廣

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