平成7(ワ)23005民事訴訟 特許権
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裁判所 |
東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成9年11月28日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
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キーワード |
特許権7回 実施7回 侵害3回 優先権2回 損害賠償2回 進歩性1回 差止1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
主 文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙物件目録(一)及び別紙物件目録(二)記載の物件を製造し、販
売し、販売のための宣伝、広告をしてはならない。
二 被告は、被告の所有する別紙物件目録(一)及び別紙物件目録(二)記載の物
件を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金二億円及びこれに対する平成九年三月四日から支払済
みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告が、被告に対し、被告による別紙物件目録(一)及び(二)記載
の製剤(以下、それぞれ「被告製剤(一)」及び「被告製剤(二)」といい、総称
して「被告製剤」という。)の製造、販売が原告の後記一1記載の特許権を侵害す
るものであるとして、①特許権に基づき、被告製剤の製造、販売、販売のための宣
伝・広告の差止め及び被告製剤の廃棄を求めるとともに、②不法行為に基づく損害
賠償として、特許法一〇二条二項所定の実施料相当額六億四五〇〇万円の内金二億
円及びこれに対する不法行為の後であり、平成九年三月三日付け訴の追加的変更の
申立書の送達の翌日である平成九年三月四日から支払済みまで民法所定の年五分の
割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
二 争いのない事実
1 原告の権利
原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第1項記載の
発明を「本件発明」という。)を有する。
(一) 特許番号 第一五四七五三七号
(二) 発明の名称 抗真菌外用剤
(三) 登録年月日 平成二年二月二八日
(四) 出願年月日 昭和五六年七月二二日
(五) 出願番号 特願昭五六―一一五八一七号
(六) 出願公告年月日 平成元年六月二六日
(七) 出願公告番号 特公平一―三一四八五号
(八) 特許請求の範囲 本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の
該当欄第1項記載のとおり
2 被告の行為
(一) 被告は、被告製剤を製造、販売している。
(二) 被告製剤は、本件発明の特許請求の範囲に記載されている「抗真菌外用
剤」に該当する。
(三) 被告製剤は、以下の工程により製造される。
(1) 被告製剤(一)
工程1 ステアリルアルコール、セタノール、アジピン酸ジイソプロピル、モノス
テアリン酸ソルビタン、自己乳化型モノステアリン酸グリセリン、ポリオキシエチ
レンソルビタンモノステアレートを溶融する。
工程2 工程1の溶融液にBHT、リドカイン、硝酸ミコナゾールを溶解する。
工程3 工程2の溶解液にクロタミトンを混合する。
工程4 工程3の混合液にプロピレングリコール、精製水、グリチルリチン酸2カ
リウム、ピロ亜硫酸ナトリウム、エデト酸塩、その他を添加し、乳化する。
(2) 被告製剤(二)
工程1 エタノールにリドカイン、BHT及びその他の添加物を溶解する。
工程2 工程1の溶解液に硝酸ミコナゾールを溶解する。
工程3 工程2の溶解液にクロタミトン、マクロゴール等を混合する。
工程4 工程3の混合液に、精製水、グリチルリチン酸2カリウム等を混合する。
三 争点
1 本件発明の構成要件の解釈
2 被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するか
3 被告が損害賠償責任を負う場合、賠償すべき原告の損害額
四 争点に関する当事者の主張
1 争点1(構成要件の解釈)について
(一) 原告の主張
(1) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説されるべきである。
A 本件特許請求の範囲第1項記載の一般式(I)で表わしうる化合物と
B これを溶解するに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグ
リコールエステルまたはクロタミトンの一種もしくは二種以上からなる溶液を
C 外用基剤で製剤化してなる
D 抗真菌外用剤
(2) 構成要件Bは、「ハッカ油」、「サリチル酸メチル」、「サリチル酸モノ
グリコールエステル」、「クロタミトン」(以下、これらを総称して「クロタミト
ン等」という。)の中から選ばれた化合物の「一種」を用いることもできるし、そ
れらの「二種以上からなる溶液」を用いることもできるという趣旨である。そし
て、クロタミトン等のうちの二種以上を用いる場合、
それら二種以上は混合物であり、これらの物質はいずれも液体であるから、得られ
る混合物は「溶液」であることを表すものである。
すなわち、本件発明の構成要件は、構成要件Aの物質と構成要件Bの物質とを外
用基剤で製剤化した抗真菌外用剤であることを規定しているもので、組成物の組成
を示したものである。
(3) 本件発明は、前記のとおり物の発明であるところ、物の発明においては、
当該物がいかなる要件を備えており、いかなる特徴を持っているかが問われるべき
であり、いかなる製法によってその物ができあがっているかを問うべきではない。
しかるに、被告の主張は、本件発明の構成要件の解釈について、製剤の製法プロセ
スを持ち込むものであり、相当でない。
本件発明のような「製剤」の発明は、いわゆる「マゼモノ」の発明であって、そ
の製剤は、一般に、構成要件たる種々の成分を混合して調製されるが、その混合の
仕方、順序等は一通りに限られない。本件発明は、各種溶媒に対して難溶性のミコ
ナゾールに対し、クロタミトン等が優れた溶剤になりうるとの新知見に基づいて完
成されたものであるから、本件特許請求の範囲第1項記載の一般式(I)で表わし
うる化合物(以下「化合物(I)」という。)にそれを溶解させるに十分な量のク
ロタミトン等を配合する必須要件を満たす限り、配合順序の如何を問題とすべきで
はない。
(二) 被告の主張
(1) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説されるべきである。
a 本件特許請求の範囲第1項記載の一般式(I)で表わしうる化合物とこれを溶
解するに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエス
テルまたはクロタミトンの一種もしくは二種以上からなる溶液を
b 外用基剤で製剤化してなる
c 抗真菌外用剤
(2)① 本件発明においては、まず構成要件aの溶液を作ることが第一の必須要
件である。そして、構成要件a中の「溶液」とは、「本件特許請求の範囲第1項記
載の一般式(I)で表わしうる化合物」と「これを溶解するに十分な量のハッカ
油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエステルまたはクロタミトンの
一種もしくは二種以上」とを溶質と溶媒として用いた溶液を表すものである。化合
物(I)はミコナゾール、エコナゾール、イソコナゾールであり、これら化合物
(I)はクロタミトン等に溶解されることを要するから、クロタミトン等の量は化
合物(I)を溶解するに十分な量でなければならない。そして、この溶解にはクロ
タミトン等の一種もしくは二種以上を用いるものである。
② 次に、本件発明においては、右のようにしてできた溶液を外用基剤を用いて製
剤化することが第二の必須要件となる。
(3) 本件構成要件を右のように解釈し、分説すべきことは、以下のような点か
ら根拠付けられる。
① 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)
の発明の詳細な説明には、本件発明は、ミコナゾール、エコナゾール、イソコナゾ
ールのような抗真菌剤を、それを溶解することができかつ外用剤として使用した場
合に補助薬効を示しうる物質で溶解した液を用い、これを外用基剤で製剤化してな
る抗真菌外用剤に関する発明であること、本件発明は、ハッカ油、サリチル酸メチ
ル、サリチル酸モノグリコールエステル、ベンジルアルコール、クロタミトンを用
いるものであるが、通常の外用剤の製剤のごとくこれらの化合物を用いた外用基剤
に一般式(I)の化合物を添加しても、結晶の析出がみられ、所望の外用剤が得ら
れないため、本件発明の製剤は、一般式(I)の化合物を予めそれを溶解するに足
る量のハッカ油などに溶解し、その後外用基剤を用いて調製することが必要である
ことが記載されている。
右記載によれば、本件発明は、クロタミトン等が化合物(I)の溶解剤になると
いう技術思想を新規なものとして特許出願がなされ、そのような発明として認めら
れているものであるから、クロタミトン等を化合物(I)の溶解剤として用いるこ
とが必須である。
② 本件特許出願に対しては、特許庁審査官から、昭和六三年一〇月四日付けで、
「この出願の発明の外用剤で使用されている各成分は公知であり、かかる広く使用
されている成分を混合することは当業者ならば必要に応じて適宜なし得ることにす
ぎない。」旨の拒絶理由通知がなされたが、これに対して、出願人たる原告は、昭
和六三年一二月二一日付け意見書において、「ハッカ油、サリチル酸メチル、サリ
チル酸グリコールエステル、クロタミトンなどが外用剤の溶解剤になるという技術
思想は全く新規である」、「本願発明はイミダゾール系抗真菌剤が、特定の化合物
に溶解することの知見をベースにしてなされたもので、その特定の化合物は外用剤
の成分として公知とはいえ、およそ溶解剤になるとは当業者といえども想像さえつ
かない特殊なものである」、「活性成分が溶解され、次いで製剤化された場合は、
活性成分が均一に基剤中に含まれることになる」などと主張した。
右のような原告の主張は、本件発明の抗真菌外用剤の各成分が単に混合したもの
ではなく、イミダゾール系抗真菌剤(化合物(I))をクロタミトン等の特定の化
合物に溶解させ、次にその溶液を外用基剤で製剤化することによって得られるもの
であることを原告自身が本件特許の出願過程で強調し、もって右拒絶理由を回避し
ていることを示している。
③ 原告は、欧州特許庁に対し、本件特許出願を優先権の基礎とする特許出願を行
い、その際、本件明細書の英訳文を提出したが、本件特許請求の範囲第1項は、
「一般式(I)(式中R1、R2及びR3の少なくとも一つは塩素原子で残りは水
素原子である。)で表わされる化合物が化合物(I)を溶解するのに十分な量のハ
ッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコール、ベンジルアルコール及び
クロタミトンからなる群より選ばれた少なくとも一種の補助剤に溶解されている溶
液、及び外用基剤からなる抗真菌外用剤」と英訳されている。
右によれば、本件発明について、原告が、化合物(I)をクロタミトン等の特定
の化合物に溶解されている溶液の存在を必須の条件とし、その溶液を外用基剤で製
剤化してなる抗真菌外用剤を出願していることは明らかである。
2 争点2(被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するか)について
(一) 原告の主張
(1) 被告製剤は、以下のとおり、本件発明の構成要件AないしDを全て充足
し、その技術的範囲に属する。
① 被告製剤の成分中の硝酸ミコナゾールは化合物(I)の硝酸塩であるところ、
別に加えられるリドカインの作用によって、硝酸が外れて遊離のミコナゾールに変
化する。右ミコナゾールは、構成要件Aの一般式(I)において、R1、R2に塩
素原子を選び、R3に水素原子を選んだ化合物である。
したがって、被告製剤は、構成要件Aを充足する。
② 被告製剤の成分中のクロタミトンは、構成要件Bの物質に該当し、右クロタミ
トンの量一〇・〇グラムは、①の遊離のミコナゾール約一・〇グラムを溶解するに
十分な量である。
したがって、被告製剤は、構成要件Bを充足する。
③ 別紙物件目録(一)及び(二)にそれぞれ添加物として掲げられている成分
は、構成要件Cの外用基剤に該当し、①の遊離のミコナゾールと②のクロタミトン
に右外用基剤に当たる成分が加えられて製剤化されたものが被告製剤である。な
お、被告製剤にはグリチルリチン酸2カリウムも配合されているが、本件発明の外
用剤は、他の成分の配合を排除していない。
したがって、被告製剤は、構成要件Cを充足する。
④ 被告製剤は構成要件Dの「抗真菌外用剤」に該当する。
したがって、被告製剤は、構成要件Dを充足する。
(2) 本件発明の構成要件の分説につき、前記1(二)のような被告の主張を前
提としても、被告製剤(一)は、以下のとおり、本件発明の構成要件aないしcを
全て充足し、その技術的範囲に属する。
①(イ) 被告製剤(一)の製造の工程2において、硝酸ミコナゾールにリドカイ
ンが作用して、硝酸がとれ、遊離のミコナゾールが得られる。右ミコナゾールは、
構成要件aの「一般式(I)で表わしうる化合物」に該当する。
工程3において、工程2の溶解液にクロタミトンが混合されるが、この段階で、
工程2で生じた遊離のミコナゾール約一・〇グラムが、ミコナゾールを溶解するに
十分な量のクロタミトン一〇・〇グラムに混合され、溶解される。
その結果、ミコナゾールとこれを溶解するには十分な量のクロタミトンからなる
溶液が得られるから、被告製剤(一)は、構成要件aを充足する。
(ロ) 工程4において添加されるプロピレングリコール等は、外用基剤にあたる
成分であり、工程3の混合液にこれらの外用基剤を添加することによって製剤化さ
れたものが被告製剤(一)である。
したがって、被告製剤(一)は、構成要件bを充足する。
(ハ) 被告製剤(一)は構成要件cの「抗真菌外用剤」に該当する。
したがって、被告製剤(一)は、構成要件cを充足する。
② 仮に被告主張のとおり、工程2において、ミコナゾールが工程1の溶融液に溶
解しているとしても、工程3において加えられるクロタミトンに再溶解し、ミコナ
ゾールとクロタミトンの溶液が得られ、工程4において、これに外用基剤に当たる
成分が添加されて製剤化が行われるから、被告製剤(一)は、構成要件a及びbを
充足する。
(3) 本件発明の構成要件の分説につき、前記1(二)のような被告の主張を前
提としても、被告製剤(二)は、以下のとおり、本件発明の構成要件aないしcを
全て充足し、その技術的範囲に属する。
①(イ) 被告製剤(二)の製造の工程1において、リドカインの配合が行われ、
工程2において、工程1の溶解液に硝酸ミコナゾールが溶解されるが、この段階
で、硝酸ミコナゾールにリドカインが作用して、硝酸がとれ、遊離のミコナゾール
が得られる。右ミコナゾールは、構成要件aの「一般式(I)で表わしうる化合
物」に該当する。
工程3において、工程2の溶解液にクロタミトンなどが混合されるが、この段階
で、工程2で生じた遊離のミコナゾール約一・〇グラムが、ミコナゾールを溶解す
るに十分な量のクロタミトン一〇・〇グラムに混合され、溶解される。
その結果、ミコナゾールとこれを溶解するに十分な量のクロタミトンからなる溶
液が得られるから、被告製剤(二)は、構成要件aを充足する。
(ロ) 工程4において添加されるグリチルリチン酸2カリウム等は、外用基剤に
あたる成分であり、工程3の混合液にこれらの外用基剤を添加することによって製
剤化されたものが被告製剤(二)である。
したがって、被告製剤(二)は、構成要件bを充足する。
(ハ) 被告製剤(二)は構成要件cの「抗真菌外用剤」に該当する。
したがって、被告製剤(二)は、構成要件cを充足する。
② 仮に被告主張のとおり、工程2において、ミコナゾールが工程1の溶解液に溶
解しているとしても、工程3において加えられるクロタミトンに再溶解し、ミコナ
ゾールとクロタミトンの溶液が得られ、工程4において、これに外用基剤に当たる
成分が添加されて製剤化が行われるから、被告製剤(二)は、構成要件a及びbを
充足する。
(二) 被告の主張
本件発明の構成要件の分説につき、前記1(二)のような被告の主張を前提とす
れば、被告製剤は、以下のとおり、本件発明の構成要件a及びbを充足しない。
(1) 被告製剤(一)について
① 被告製剤(一)の成分である硝酸ミコナゾールは、構成要件aの化合物(I)
には該当しない。また、工程2において、硝酸ミコナゾールにリドカインが加えら
れても、これによって、原告が主張するように、硝酸ミコナゾールが構成要件aの
化合物(I)に該当するミコナゾールに変化すると認めることはできないし、硝酸
ミコナゾールと化合物(I)に該当するミコナゾールは製剤化の過程における溶解
度が著しく異なるから、被告製剤(一)においては、そもそも構成要件aの化合物
(I)の存在が認められない。
また、本件発明においては、化合物(I)とこれを溶解するに十分な量のクロタ
ミトン等とを溶質と溶媒する溶液の存在が第一の必須要件となるところ、被告製剤
(一)においては、工程2において、工程1で得られた外用基剤にあたる成分の溶
融液に、硝酸ミコナゾールが直接溶解され、その後、工程3において、工程2で硝
酸ミコナゾールを溶解し終えた外用基剤に、クロタミトンが混合されるのであるか
ら、クロタミトンが硝酸ミコナゾールの溶解剤となっているとはいえない。このこ
とは、原告が主張するように、
工程2において硝酸ミコナゾールがリドカインによって遊離のミコナゾールに変化
することが仮にあったとしても、何ら差異はなく、クロタミトンが遊離のミコナゾ
ールの溶解剤となっているとはいえない。クロタミトンは溶解剤としてでなく、薬
効成分の一つとして外用基剤に混合される。
したがって、被告製剤(一)においては、化合物(I)とクロタミトン等からな
る溶液の存在が認められないから、構成要件aを充足しない。
② また、被告製剤(一)においては、外用基剤は工程2で硝酸ミコナゾールを溶
解するのに用いられているから、化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液を
「外用基剤で製剤化」するとはいえず、構成要件bも充足しない。
(2) 被告製剤(二)について
① 被告製剤(二)の成分である硝酸ミコナゾールは、構成要件aの化合物(I)
には該当せず、また、工程2において、工程1のリドカイン等の溶解液に硝酸ミコ
ナゾールが加えられても、これによって、原告が主張するように、硝酸ミコナゾー
ルが、構成要件aの化合物(I)に該当するミコナゾールに変化すると認めること
はできないし、硝酸ミコナゾールと化合物(I)に該当するミコナゾールは製剤化
の過程における溶解度が著しく異なるから、被告製剤(二)においては、そもそも
構成要件aの化合物(I)の存在が認められない。
また、本件発明においては、化合物(I)とこれを溶解するに十分な量のクロタ
ミトン等とを溶質と溶媒とする溶液の存在が第一の必須要件となるところ、被告製
剤(二)においては、工程2において、工程1で得られた外用基剤にあたる成分の
溶解液に、硝酸ミコナゾールが直接溶解され、その後、工程3において、工程2で
硝酸ミコナゾールを溶解し終えた外用基剤に、クロタミトンが混合されるのである
から、クロタミトンが硝酸ミコナゾールの溶解剤となっているとはいえない。この
ことは、原告が主張するように、工程2において硝酸ミコナゾールがリドカインに
よって遊離のミコナゾールに変化することが仮にあったとしても、何ら差異はな
く、クロタミトンが遊離のミコナゾールの溶解剤となっているとはいえない。
クロタミトンは溶解剤としてでなく、薬効成分の一つとして外用基剤に混合され
る。
したがって、被告製剤(二)においては、化合物(I)とクロタミトン等からな
る溶液の存在が認められないから、構成要件aを充足しない。
② また、被告製剤(二)においては、外用基剤は工程2で硝酸ミコナゾールを溶
解するのに用いられているから、化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液を
「外用基剤で製剤化」するとはいえず、構成要件bも充足しない。
3 争点3(損害)について
(一) 原告の主張
(1) 被告は、平成五年一二月以来、被告製剤の販売を継続しており、その売上
高は、平成五年一二月から平成七年一〇月末までの間に一八億円、平成七年一二月
から平成八年一二月末までの間に二五億円の合計四三億円を下らない。
(2) 本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額は、売上高の一五パーセン
トを下らない。
(3) したがって、被告の本件特許権侵害によって原告の被った損害の額は、特
許法一〇二条二項により、六億四五〇〇万円となる。
(二) 被告の主張
原告の損害額の主張を争う。
第三 争点に対する判断
一 争点1(構成要件の解釈)について
1 本件発明の特許請求の範囲が「一般式(I)で表わしうる化合物と、これを溶
解するに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエス
テルまたはクロタミトンの一種もしくは二種以上からなる溶液を外用基剤で製剤化
してなる抗真菌外用剤」であることは、当事者間に争いがない。
右特許請求の範囲の文言自体からすれば、形式的には原告が主張するように、
「もしくは」が、「クロタミトン等の一種」と「クロタミトン等の二種以上からな
る溶液」を並列し、右「溶液」がクロタミトン等の二種以上の液体の混合物を指す
ものと解することが全くできないわけではない。しかしながら、右特許請求の範囲
の記載は、本件発明の対象となる抗真菌外用剤の成分として、まず、化合物(I)
を示し、続くクロタミトン等について、「これ(すなわち、化合物(I))を溶解
するに十分な量の」との限定を付し、そのうえで、「・・・からなる溶液」と表現
してるのであって、このことからすると、クロタミトン等が化合物(I)を溶解し
て溶液ができること、すなわち、右「溶液」とは、「化合物(I)」を溶質とし、
「クロタミトン等の一種もしくは二種以上」を溶媒とする溶液を表わすものと解す
る方が、より素直な解釈と考えられる。
2(一) 本件明細書の発明の詳細な説明には、以下のとおりの記載があることが
認められる(甲第一号証)。
(1) この発明は、抗真菌剤として公知のミコナゾール類の新しい製剤に関す
る。より詳しくは、この発明は、ミコナゾール、エコナゾール、イソコナゾールの
ような抗真菌剤を、それを溶解することができかつ外用剤として使用した場合に補
助薬効を示しうる物質で溶解した液を用い、これを外用基剤で製剤化してなる抗真
菌外用剤に関する(本件公報第二欄二行目ないし八行目)。
(2) この発明の発明者らは、更に研究を重ねた結果、クロトリマゾールとはイ
ミダゾール環を一部に有していることのみが共通するが、他の構造部分において顕
著に異なる前記一般式(I)で表わされる化合物が、クロタミトン、ならびにそれ
自体皮膚外用剤としての薬効を示すハッカ油、サリチル酸メチル、(ただし、本件
公報には読点が脱落している。)サリチル酸モノグリコールエステルおよびベンジ
ルアルコールに溶解すること、さらにその溶解液を用いて製剤化すると極めて優れ
た外用剤が得られることを見出し、この発明を完成した(本件公報第三欄七行目な
いし一七行目)。
(3) この発明では、ハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコール
エステル(ただし、本件公報には「サリチル酸モノグリコールエステスと記載され
ている。)、ベンジルアルコール、クロタミトンを用いるものであるが、通常の外
用剤の製剤のごとくこれらの化合物を用いた外用基剤に一般式(I)の化合物を添
加しても、結晶の析出がみられ、所望の外用剤が得られない。この発明の製剤は、
一般式(I)の化合物を予めそれを溶解するに足る量のハッカ油などに溶解し、そ
の後外用基剤を用いて調製することが必要である(本件公報第三欄一八行目ないし
二七行目)。
(4) ハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエステル、ベン
ジルアルコール及びクロタミトンを溶剤の目的にのみ用いる場合は、化合物(I)
を溶解する量のみで十分である。その必要最低量は、一般的に化合物(I)の一重
量部に対し、約一~二重量部であることが判明した。この発明では、これらを一種
類以上用いてそれぞれの外用剤として補助薬効を利用する場合が含まれる。そのよ
うな場合、何れか一つの化合物に化合物(I)を溶解し、あと所望量の他の化合物
を加えてもよい(本件公報第四欄一七行目ないし二七行目)。
(5) この発明による外用剤の好ましい剤形は、ゲル、ゲルクリーム、クリー
ム、液剤である。そのための外用基剤はそれ自体公知のものが利用できる。例え
ば、ゲル基剤としてはカルボキシビニルポリマーの希水溶液、水溶性塩基物質(例
えば水酸化ナトリウム)の水溶液が挙げられる。この基剤を用いて、化合物(I)
をハッカ油などで溶解した液を製剤化するとゲル製剤が容易に得られる(本件公報
第四欄三四行目ないし四二行目)。
(二) また、本件公報の「発明の詳細な説明」には、四例の製剤化の実施例が記
載されているが、いずれにおいてもミコナゾールをハッカ油に溶解し、これに各種
の外用基剤にあたる成分を加えることにより製剤化が行われている。
(三) 右認定の明細書の記載、とりわけ前記(一)(1)の「ミコナゾー
ル・・・を・・・物質で溶解した液を用い・・・」、前記(一)(2)の「一般式
(I)で表わされる化合物が、クロタミトン・・・に溶解すること、さらにその溶
解液を用いて・・・」、前記(一)(3)の「一般式(I)の化合物を予め・・・
ハッカ油などに溶解し・・・」、前記(一)(4)の「・・・何れか一つの化合物
に化合物(I)を溶解し・・・」、前記(一)(5)の「化合物(I)をハッカ油
などで溶解した液を・・・」等の記載及び前記(二)の実施例の記載は、いずれも
化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液の存在を前提とし、その溶液を外用基
剤で製剤化することを要する趣旨の記載であるものと解される。
3(一) また、本件特許出願の過程において、以下の事実が認められる(乙第四
号証、乙第五号証及び乙第六号証の一ないし四)。
(1) 本件発明の出願に対して、特許庁審査官は、昭和六三年一〇月四日付け
で、「この出願の発明の外用剤で使用されている各成分は公知であり、かかる広く
使用されている成分を混合することは当業者ならば必要に応じて適宜なし得ること
にすぎない。」旨の拒絶理由通知を行った。
(2) これに対して、出願人たる原告は、昭和六三年一二月二一日付け意見書を
提出したが、右意見書には、「ハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸グリコー
ルエステル、クロタミトンなどが外用剤の溶解剤になるという技術思想は全く新規
で、引用例には開示は勿論のこと示唆すらありません。」、「例えば外用剤の一種
であるクリームなどを作るに当たって、溶媒に一旦溶解させ、製剤化するという技
術は全く示唆すらされていません。」、「本願発明はイミダゾール系抗真菌剤が、
特定の化合物に溶解することの知見をベースにしてなされたもので、その特定の化
合物は外用剤の成分として公知とはいえ、およそ溶解剤になるとは当業者といえど
も想像さえつかない特殊なものであるといえます。」、「活性成分が溶解され、次
いで製剤化された場合は、活性成分が均一に基剤中に含まれることになり、かつ経
皮吸収が良好に行われることになります。」等の記載がある。
(3) 原告は、欧州特許庁に対し、本件特許出願を優先権の基礎とする特許出願
を行ったが、その際、提出した本件明細書の英訳文において、本件特許請求の範囲
第1項は、次のとおりに記述された。
「一般式(I)(式中R1、R2及びR3の少なくとも一つは塩素原子で残りは
水素原子である。)で表わされる化合物が化合物(I)を溶解するのに十分な量の
ハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコール、ベンジルアルコール及
びクロタミトンからなる群より選ばれた少なくとも一種の補助剤に溶解されている
溶液、及び外用基剤からなる抗真菌外用剤」(右英訳文を日本語訳したもの)
(二) 右認定の事実によれば、原告も出願過程において、クロタミトン等の溶解
剤としての技術的意義を強調し、化合物(I)を溶解剤に溶解してから製剤化する
ことにより得られる効果を主張して拒絶査定を回避し、また同旨の欧州特許庁への
出願をしたもので、本件発明が化合物(I)とクロタミトン等からなる溶液を外用
基剤で製剤化することを前提としていたものと認められる。
4(一) 以上のような本件発明の特許請求の範囲の文言、本件明細書の発明の詳
細な説明における記載や実施例の内容、本件特許出願の過程における原告の主張内
容、原告の欧州特許庁に対する提出書類の内容等を総合すると、本件発明は、抗真
菌剤として公知のミコナゾール等を用いる抗真菌外用剤に関するものであり、製剤
化するにあたって、通常の外用剤の製法に従って外用基剤にミコナゾール等を直接
添加したのでは、結晶の析出がみられて所望の外用剤が得られないという問題点が
あることに鑑み、外用剤の薬効成分としては公知であるものの、ミコナゾール等の
溶解剤としては知られていないクロタミトン等をミコナゾール等の溶解剤として使
用するという新規な技術思想を用い、右の溶解液を外用基剤で製剤化することによ
って、結晶の析出のない優れた外用剤を得ることをその内容とする発明であるもの
ということができる。そうすると、本件発明においては、前記のような結晶の析出
を防止するために、化合物(I)を外用基剤と混合する前に、まずこれをクロタミ
トン等に溶解させた溶液を調製し、しかる後にこれを外用基剤で製剤化するという
過程をとることが、発明の性質上不可欠ということになり、それ故にこそ、本件明
細書の発明の詳細な説明の記載や実施例においても、まず化合物(I)とクロタミ
トン等との溶液を得てこれを外用基剤で製剤化する旨が、前記のとおり、繰り返し
記載されたものと解される。
(二) したがって、本件特許請求の範囲における「溶液」とは、化合物(I)を
溶質とし、クロタミトン等を溶媒とする溶液を指すものと解釈するのが相当であ
る。
そうすると、本件発明の構成要件は、被告が主張するとおり、
a 本件特許請求の範囲第1項記載の一般式(I)で表わしうる化合物とこれを溶
解するに十分な量のハッカ油、サリチル酸メチル、サリチル酸モノグリコールエス
テルまたはクロタミトンの一種もしくは二種以上からなる溶液を
b 外用基剤で製剤化してなる
c 抗真菌外用剤
と分説するのが相当である。
(三) そして、右のように分説された構成要件を充足するためには、構成要件a
の溶液が構成要件bの外用基剤とは別個に調製され、構成要件aの溶液が構成要件
bの外用基剤によって製剤化された抗真菌外用剤であることを要するものと解する
べきである。すなわち、本件発明の構成要件aを充足するためには、前記認定のと
おり、製剤の製造過程において、ミコナゾール等の化合物(I)を溶質とし、クロ
タミトン等を溶媒とする溶液が調製されることが必要であり、しかも、通常の外用
剤の製法に従って外用基剤に直接化合物(I)を添加したのでは結晶の析出がみら
れるという問題点を解消するために、まず化合物(I)を、溶解剤としては新規な
クロタミトン等に溶解させてから、その溶液を外用基剤で製剤化するという点に本
件発明の意義があることからすれば、右溶液は、外用基剤に当たる成分からは独立
して調製されなければならず、外用基剤に当たる成分が混在する状態の物質は、構
成要件aの溶液には当たらないと解するべきである。
(四) なお、原告は、右のような構成要件の解釈は、物の発明の解釈に製法プロ
セスを持ち込むものであって相当でなく、配合順序は関係ない旨主張する。
しかしながら、本件発明が、抗真菌外用剤という組成物の発明であることは原告
主張のとおりであるけれども、本件発明の特許請求の範囲が、組成物の発明につい
て、構成要件aの溶液及び構成要件bの外用基剤という原料を規定することによっ
て構成されており、右原料のうち、構成要件aの物質が、特定の溶質と特定の溶媒
からなる溶液であることから、構成要件の解釈として、
構成要件bの外用基剤とは別に構成要件aの溶液が調製されていなければならない
という製造方法の要素が不可避的に現れるものにすぎない。
また、前記2、3認定の本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願
の経緯に照らすと、本件発明は、前記のとおり、クロタミトン等を化合物(I)の
溶解剤として溶液を作り、右溶液を外用基剤で製剤化するという点に進歩性が認め
られて登録されるに至ったものであり、原告がこれに反する前記のような主張をす
ることは、禁反言の原則に照らし許されないばかりか、本件発明の技術的範囲を確
定するにあたって原告主張のような解釈をするとすれば、特許法七〇条の規定に反
し、特許権者に対し期待していた以上の広い保護を与え、当業者に対し予測しない
不利益を与えることになる。
したがって、原告の前記主張は、失当である。
二 争点2(被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するか)について
本件発明の構成要件について、前記認定のような分説、解釈を前提として、被告
製剤がこれを充足するか否かについて検討する。
1 構成要件aの充足性について
(一) 被告製剤(一)について
(1) 被告製剤(一)が、前記第二の二2(三)(1)記載のとおりの工程で製
造されることは当事者間に争いがない。
(2) 右工程によれば、被告製剤(一)においては、まず、工程1において、ス
テアリルアルコール、セタノール、アジピン酸ジイソプロピル、モノステアリン酸
ソルビタン、自己乳化型モノステアリン酸グリセリン及びポリオキシエチレンソル
ビタンモノステアレートの溶融液が得られるが、右各成分のうち、少なくともポリ
オキシエチレンソルビタンモノステアレート以外の成分は、被告製剤(一)につい
ての被告の厚生大臣に対する医薬品製造承認申請書(乙第七号証)において、乳化
剤ないしは基剤として明記されているものであるから、被告製剤(一)における外
用基剤にあたる成分と認められる。したがって、工程1においては、外用基剤にあ
たる成分を含む溶融液が得られることになる。
(3) その後、工程2において、右溶融液に、BHT、リドカイン、硝酸ミコナ
ゾールが溶解される。
原告は、被告製剤(一)の製造工程2において、硝酸ミコナゾールにリドカイン
が作用して遊離のミコナゾールが得られる旨主張する(第二の四2(一)(2)
①)。
そして、原告は、硝酸ミコナゾールがリドカインの作用によりクロタミトンに完
全に溶解する旨の実験証明書ないし実験報告書(甲第六号証、甲第八号証、甲第九
号証、甲第一一号証)を提出する。しかしながら、右実験結果は、硝酸ミコナゾー
ルはリドカインを加えたクロタミトンに一度は溶解するものの、数分後には白濁化
を生起し、結晶の沈澱物が生じる旨の実験報告書(乙第九号証、乙第一〇号証)に
照らし、直ちに措信し難く、工程2において遊離のミコナゾールが得られると認め
るに足りない。
また、原告は、被告製剤(一)中では硝酸ミコナゾールは遊離のミコナゾールと
して存在しているものと推定される旨の実験報告書(甲第一三号証)を提出する。
しかしながら、右実験報告書は、ミコナゾールの水中の解離定数を滴定法により
六・五であると求めたうえ、被告製剤(一)のpHが六・九二ないし六・九七であ
るとして、該解離定数との関係から被告製剤(一)中では遊離のミコナゾールとし
て存在するものと推定したものであるが、そもそも、ミコナゾールの解離定数が水
中の場合と有機溶媒中の場合で異なる値となることは右実験結果自体から明らかで
あるところ、被告製剤(一)が精製水のほか数種類の有機溶媒を含有することは別
紙物件目録(一)の記載から明らかであることからすれば、右実験から被告製剤
(一)中で遊離のミコナゾールとして存在するものと認めることはできないし、工
程2において遊離のミコナゾールが得られるものと認めることもできない。
してみると、工程2においては、硝酸ミコナゾールが工程1の外用基剤の溶融液
に溶解している状態にある。
(4) さらに、工程3において、右溶解液にクロタミトンが混合されることにな
るから、硝酸ミコナゾール、リドカイン、外用基剤及びクロタミトンの混合した状
態が生じることになる。
(5) しかしながら、硝酸ミコナゾールが本件発明の構成要件aにおける化合物
(I)に該当しないことは、原告が自認するところである。また、仮に、原告主張
のとおり、工程2において、リドカインの作用によって硝酸ミコナゾールがミコナ
ゾールに変化しているとしても、工程3においてクロタミトンを混合する以前に、
工程1の外用基剤にあたる成分を含む溶融液に硝酸ミコナゾールが既に加えられ、
その後クロタミトンが混合されるのであるから、被告製剤(一)の工程3の段階で
の物質は、前記一4(三)で述べたところにより、構成要件aの溶液には当たらな
いことになる。
(6) さらに、原告は、工程2においてミコナゾールが工程1の溶融液に溶解し
ているとしても、工程3でクロタミトンに再溶解し、ミコナゾールとクロタミトン
の溶液が得られる旨主張する(第二の四2(一)(2)②)。
しかしながら、工程1の溶融液が外用基剤に当たる成分を含むことは前記認定の
とおりであり、工程2においては右外用基剤の溶融液に硝酸ミコナゾールが溶解し
ていることも前記認定のとおりであって、その後クロタミトンを混合しても、これ
を構成要件aのミコナゾールとクロタミトンの溶液に当たるといえないことは明ら
かである。
(7) したがって、被告製剤(一)においては、構成要件aに該当する溶液の存
在が認められないから、同構成要件を充足しない。
(二) 被告製剤(二)について
(1) 被告製剤(二)が、前記第二の二2(三)(2)記載のとおりの工程で製
造されることは当事者間に争いがない。
(2) 右工程によれば、被告製剤(二)は、まず、工程1において、エタノール
にリドカイン、BHT及びその他の添加物を溶解させた溶解液が得られるが、右各
成分のうち、少なくともエタノールは、本件明細書記載の実施例1においても外用
基剤として用いられるなど、外用剤の基剤としてごく一般的な成分であるから、被
告製剤(二)においても、外用基剤として用いられている成分と推認される。した
がって、工程1においては、外用基剤にあたる成分を含む溶解液が得られることに
なる。
(3) その後、工程2において、右溶解液に、硝酸ミコナゾールが溶解される
が、工程2において遊離のミコナゾールが得られることを認めるに足りないこと
は、前記(一)(3)と同様である。
(4) さらに、工程3において、工程2の溶解液にクロタミトン、マクロゴール
等が混合されることになる。
(5) しかしながら、硝酸ミコナゾールが化合物(I)に該当しないことは前記
のとおりであり、また、仮に、原告主張のとおり、工程2において、リドカインの
作用によって硝酸ミコナゾールがミコナゾールに変化しているとしても、工程3に
おいてクロタミトンを混合する以前に、工程1の外用基剤にあたる成分を含む溶解
液に硝酸ミコナゾールが既に加えられ、その後クロタミトンが混合されるのである
から、被告製剤(二)の工程3の段階での物質は、前記(一)(5)と同様に、構
成要件aの溶液には当たらないことになる。
(6) 工程3において、工程1の溶解液に溶解したミコナゾールがクロタミトン
に再溶解する旨の原告の主張(前記第二の四(一)(3)②)が失当であること
は、前記(一)(6)と同様である。
(7) したがって、被告製剤(二)においては、構成要件aに該当する溶液の存
在が認められないから、同構成要件を充足しない。
2 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告製剤(一)及び
被告製剤(二)はいずれも本件発明の構成要件を充足せず、その技術的範囲に属し
ない。
三 結論
よって、被告製剤の製造、販売が本件特許権を侵害することを前提とする原告の
本訴各請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事
訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高部眞規子 榎戸道也 大西勝滋)
別添特許公報 省略
別紙
物件目録(一)
左の成分からなる「水虫・たむし治療クリーム剤」(商品名「ダマリンL」)
成分(100g中)
硝酸ミコナゾール 1.0
クロタミトン 10.0g
リドカイン 2.0g
グリチルリチン酸2カリウム 0.5g
他に添加物として、モノステアリン酸ソルビタン、ポリソルベート60、自己乳化
型モノステアリン酸グリセリン、ステアリルアルコール、セタノール、プロピレン
グリコール、アジピン酸ジイソプロピル、ジブチルヒドロキシトルエン、ピロ亜硫
酸ナトリウム、エデト酸ナトリウムおよび精製水等を含有する。
別紙
物件目録(二)
左の成分から成る「水虫・たむし治療用液剤」(商品名「ダマリンL液」)
成分(100ml中)
硝酸ミコナゾール 1.0g
クロタミトン 10.0g
リドカイン 2.0g
グリチルリチン酸2カリウム 0.5g
他に添加物として、アジピン酸ジイソプロピル、マクロゴール400、ジブチルヒ
ドロキシトルエン、八アセチルしょ糖変性アルコール(99v/v%)および精製
水などを含有する。
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