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平成6(ネ)2331民事訴訟 不正競争

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成6年12月16日
事件種別 民事
法令 不正競争
キーワード 特許権24回
侵害8回
無効7回
損害賠償6回
審決3回
抵触2回
実施1回
主文
事件の概要

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判決文

       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金五〇〇万円及びこれに対する訴状送
達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人Aは、控訴人に対し、金八九万六七一八円及びこれに対する訴状送達
の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(控訴人は、当審において、被控訴人らに対し連帯して金員の支払いを求める部分
を右二項記載のように減縮し、被控訴人らに対し謝罪広告の掲載を求める部分を取
り下げた。)
二 被控訴人ら
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
(被控訴人らは、右請求の減縮に異議はないと述べ、右訴えの取下げに同意し
た。)
第二 事案の概要
 原判決一七頁七行の「被告」を「被告会社」と訂正し、次のとおり附加するほか
は、原判決「事実」の「第二 当事者の主張」欄記載のとおりである(但し、謝罪
広告の掲載を求める部分についての主張を除く。)から、これを引用する。
一 控訴人
1 消滅時効の起算点に関する民法の一般原則は、民法一六六条一項の規定により
「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」より進行するというものである。従来の解釈は、
権利の行使につき法律上の障害がなければ事実上の障害があっても時効は進行する
とされていたが、右文言をそのように厳格に解する必然性はなく、債権者の職業、
地位、教育などから「権利を行使することを期待ないし要求することができる時
期」と解すべきである。
 民法七二四条に規定する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、右規定の
特則であるが、同様に考えれば、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」の解釈も、個別
具体的な状況に応じて緩めて考えられるべきである。このような解釈に沿う判例も
存在しており、それは、裁判の結果が出なければ、真の権利関係が確定できなかっ
たり、違法性について知識が無かったというような事案であり、事後において権利
関係が判明したとしても、その当時の当該権利者の主観においては、権利行使する
ことを期待できないというような場合である。
 これを本件についてみると、本件両特許権についての前記二7及び8の各訴訟に
おいて、控訴人が控訴人製品(一)、(二)について本件両特許権を侵害していな
いと「争った」というのみでは、控訴人が被控訴人らに対してその加害行為の違法
性を認識し、損害賠償請求権を行使することを期待し得たとは到底いえない。控訴
人製品(一)、(二)が本件両特許権に抵触するか否かは、専門の弁護士、弁理士
の意見を聞いても判然としない程、困難かつ微妙であった。しかも、控訴人は、特
許権侵害を理由に被控訴人らから訴えられていたのであるから、その判決次第によ
っては(敗訴した場合)には、被控訴人らが陳述流布した文章の内容は虚偽でなか
ったことになり、損害賠償請求の根拠は根本的に失われてしまうし、当時は、被控
訴人Aの本件一体駆動装置の特許権が有効であったのであるから、その公定力から
しても、単に「争った」段階で被控訴人らの行為を違法と判断することを控訴人に
期待することはできなかったというべきである。
 したがって、本件において、控訴人が権利の行使をなし得た時は、前記二7及び
8の各訴訟の判決が確定した時と解すべきである。
 このような考え方を採らないと、訴訟実務上も、被害者は、加害者の行為が違法
か否か判明しなくても、とにかくこれを違法として不法行為に基づく損害賠償請求
等の訴訟を提起しなければならず、しかし、その進行については別途争われている
訴訟の結果を待つことになり、濫訴の弊害をきたしかねない。
2 不当利得返還請求権の消滅時効についても、民法一六六条一項が適用される
が、右権利は、一般にその発生と同時に行使することを得るから、その時から時効
が進行すると解され、同条の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」に関しては、権利者
の事実上の障害は考慮しないとされている。
 右の理論は、権利が発生していることを当然の前提としているが、不当利得返還
請求権の場合、財産の移動時期と不当利得の発生時期の先後は一律ではない。附
合、混和等のように一定の事件により財産価値の移動があれば直ちに不当利得返還
請求権が発生することもあるが、解除による現状回復義務としての不当利得返還請
求権のように解除権行使後に既に給付済みの財産について不当利得返還請求権が発
生することもある。すなわち、不当利得返還請求権の消滅時効は、具体的に行使が
できる状態において権利が発生した時から進行すると解すべきである。
 これを本件についてみると、控訴人は、控訴人製品(一)、(二)が本件一体駆
動装置の特許権に抵触する実施料相当の損害金として、控訴人に金員を支払ったの
であり、右給付はその時点においては法律上の原因があると考えられたのである
が、その後、本件一体駆動装置の特許権が無効とされ、遡及的に法律上の原因が失
われたのである。したがって、不当利得としての金員の返還請求権が発生したの
は、特許が無効と確定された時である。なお、特許権の無効審決の効果が遡及的で
あったとしても、それは発生した権利の消滅の効果が遡ることを意味するのみであ
り、不当利得返還請求権の発生自体が遡るのではなく、時効の進行する時点も遡ら
ない。権利が未だ発生しない段階で、その権利を実際には行使できないのであるか
ら当然である。
 以上のとおり、本件において被控訴人が権利の行使をなし得た時とは、本件一体
駆動装置の特許権の無効審決が確定した時というべきである。
二 被控訴人ら
1 控訴人の右主張1は争う。
 不法行為の損害賠償請求権の消滅時効が進行するには、被害者が加害者を知った
ことを要するが、損害の程度や数額を具体的に知る必要はないし、加害者の行為が
不法行為を構成する旨の判決がなされたことも不要である。
 不正競争防止法一条一項六号の「営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ陳述」する
行為に該当するとする主張は、侵害したと主張する者の特許権が有効であっても成
立する。特許権の技術的範囲と対象物を対比すれば、特許権の構成要件を具備して
いないと判断できるはずであるから、加害者の虚偽の事実の陳述により損害を被っ
た場合、被害者は、その時点で、虚偽事実の陳述が違法であり、これにより損害を
被ったことを知るというべきである。
 控訴人は、無数の特許権を出願し、特許権侵害訴訟についても多数の実績を有す
る。被控訴人A、被控訴人会社が前記二7及び8の各訴訟で主張した本件両特許権
と控訴人の製品である石抜選穀機の構造的な対比は充分なし得る立場にあった。控
訴人は、被控訴人らの虚偽事実の陳述流布について、前記二7及び8の各訴訟の判
決が確定したり、本件一体駆動装置の特許権の無効が確定する以前に、控訴人製品
(一)、(二)は、本件両特許権の構成要件を具備せず、したがって、これが本件
両特許権を侵害するということは虚偽の事実であることを認識したものである。
 控訴人は、少なくとも前記二7及び8の各訴訟に応訴した時点において、損害及
び加害者を知り、被控訴人らの行為の違法性を認識したということができる。
2 控訴人の右主張2は争う。
 不当利得返還請求権の消滅時効は、法律上の障害がなくなった時から進行し、債
権者が権利行使できることを知らなくても時効は進行する。
 控訴人が被控訴人Aに支払った金員は、もともと法律上の原因なくして支払った
金員であるから、控訴人は、何時でも不当利得として返還請求をし得たものであ
る。
第三 争点に対する判断
 当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がないと判断するが、その理由は、次のとお
り附加するほかは、原判決「理由」記載のとおりである(但し、謝罪広告の掲載を
求める部分についての判断を除く。)から、これを引用する。
一 原判決五八頁四行の「原告製品(一)」の次に、「、(二)」を、六一頁一行
のの「乙第五号証」の次に「乙第六号証の一、二」を、同行のの「乙第四三号証」
の次に「(以上のうち、写しを原本として提出された書証については、いずれも弁
論の全趣旨により原本の存在を認める。)」を加える。
二 原判決七〇頁裏一〇行の次に、行を改めて、次のとおり加える。
「控訴人は、民法七二四条前段の『損害及ヒ加害者ヲ知リタル時』の解釈は個別具
体的な状況に応じて緩めて考えるべきであって、裁判の結果が出なければ、真の権
利関係を確定できなかったり、違法性の知識がなかったというべき事案について、
このような解釈に沿う判例があり、本件もそのような事案にあたる旨主張する。
 しかしながら、本件は、被控訴人らにおいて控訴人製品(一)、(二)は本件両
特許権を侵害したとする虚偽の事実を陳述した行為により損害を被ったことに基づ
くものであって、そのような場合に、前記要件を緩やかに解して、控訴人製品
(一)、(二)が本件両特許権の侵害に当たらないことが判決により公権的に確定
される時まで時効は進行を始めないと解することはできない。前述のとおり、控訴
人は、被控訴人らが前記行為をなした後に、前記二7及び8の各訴訟において、控
訴人製品(一)、(二)は本件両特許権の技術的範囲に属しないと主張して、本件
両特許権の侵害を争ったのであるから、遅くともその時点では損害賠償等の請求が
できる程度に被控訴人らの前記行為を違法とする蓋然性があるとの認識を持ってい
たことは客観的に明らかである。控訴人の主張するように、違法な訴提起による不
法行為等の場合は、当該一連の訴訟手続等の終了する時点をもって民法七二四条前
段の『損害及ヒ加害者ヲ知リタル時』とする裁判例が存するが、これらは、被害者
において、加害者の行為が不法行為であり、該行為により損害を受けたことを、ど
の時点で認識したかについて、具体的事案に則して認定判断した結果によるもので
あって、本件とは事案を異にするから、これを理由に本件において消滅時効の起算
点を判決確定時とすることはできない。」
三 原判決七六頁裏七行の次に、行を改めて、次のとおり加える。
「控訴人は、不当利得返還請求権の消滅時効は、具体的に権利行使ができる状態に
おいて権利が発生した時から進行するから、本件において権利行使し得た時とは本
件一体駆動装置の特許権の無効審決が確定した時である旨主張する。
 しかしながら、本件において、客観的には控訴人の前記金員の支払いは前記入金
の時に既に法律上の原因がなかったのであり、
前記特許権の無効が公権的に確定する時まで待たなければ不当利得返還請求権を行
使できなかったとすべき法律上の障害は存しないのであって、前記金員の支払時に
不当利得返還請求権を有することを知らなかったという事実上の障害があったこと
を理由に消滅時効が進行しないとする控訴人の主張は採用することができない。」
第四 よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
(裁判官 竹田稔 関野杜滋子 田中信義)

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