平成27(ネ)10114特許権侵害差止等請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成29年4月17日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人日本ライフライン株式会社 被控訴人朝日インテック株式会社
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対象物 |
医療用ガイドワイヤ」とする特許権(本件特許権)を有する控訴人が,被控訴人による原判決別紙物件目録記載の被告製品1及び同2(被告製品)の製造,販売等は本件特許権を侵害すると主張して,被控訴人に対し,特許法(以下「法 |
法令 |
特許権
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キーワード |
実施17回 無効10回 侵害8回 特許権7回 無効審判5回 差止3回 損害賠償2回 進歩性1回
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主文 |
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,発明の名称を「医療用ガイドワイヤ」とする特許権(本件特許権)
を有する控訴人が,被控訴人による原判決別紙物件目録記載の被告製品1及
び同2(被告製品)の製造,販売等は本件特許権を侵害すると主張して,被
控訴人に対し,特許法(以下「法」という。)100条1項及び2項に基づ
き,被告製品の製造,販売等の差止め及び被告製品等の廃棄を求めるととも
に,不法行為に基づき,損害賠償金3億円及びこれに対する平成26年10
月8日(不法行為後の日である訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 |
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判決文
平成29年4月17日判決言渡
平成27年(ネ)第10114号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件(原審 東
京地方裁判所平成26年(ワ)第25577号)
口頭弁論終結の日 平成29年2月8日
判 決
控 訴 人 日本ライフライン株式会社
同訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋
同 高 見 憲
同 宅 間 仁 志
同 篠 田 淳 郎
被 控 訴 人 朝 日 イ ン テ ッ ク 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 三 木 浩 太 郎
同 早 川 尚 志
同訴訟代理人弁理士 吉 本 聡
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の製品の製造,販売及び販売の申出
をしてはならない。
3 被控訴人は,前項記載の製品及びその半製品並びに同製品の製造に用いる
設備を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,3億円及びこれに対する平成26年10月8
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等(略称は原判決のそれに従う。)
1 本件は,発明の名称を「医療用ガイドワイヤ」とする特許権(本件特許権)
を有する控訴人が,被控訴人による原判決別紙物件目録記載の被告製品1及
び同2(被告製品)の製造,販売等は本件特許権を侵害すると主張して,被
控訴人に対し,特許法(以下「法」という。)100条1項及び2項に基づ
き,被告製品の製造,販売等の差止め及び被告製品等の廃棄を求めるととも
に,不法行為に基づき,損害賠償金3億円及びこれに対する平成26年10
月8日(不法行為後の日である訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,控訴人の請求を全部棄却したことから,控訴人はこれを不服とし
て控訴した。
2 前提事実
前提事実は,原判決4頁15行目の「の技術的範囲に属する。」を「を充足
する。」に改めるほかは,原判決「事実及び理由」「第2 事案の概要」「1
前提事実」記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点
(1) 被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか
ア 文言侵害の有無(争点1-1)
イ 均等侵害の有無(争点1-2)
(2) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認め
られるか(サポート要件適合性)(争点2)
(3) 控訴人の損害額(争点3)
4 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 文言侵害の有無(争点1-1)について
(控訴人の主張)
ア 被告製品の構成は,原判決別紙「被告製品説明書」記載のとおりである。
イ 「Au-Sn系はんだ」(構成要件1D,1E,4B)
(ア) 本件発明における「Au-Sn系はんだ」に関し,本件明細書中に
は「Au-Sn系はんだは,例えば,Au75~80質量%と,Sn
25~20質量%との合金からなる」(【0057】) 及び「Ag-
Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力
(引張強度)」(【0058】)との記載があるものの,いずれも例
示にすぎない。そこで,本件特許の出願時の技術常識に基づきその意
味を解釈すると,本件発明における「Au-Sn系はんだ」は,Au
及びSnを主成分として含有するはんだを意味し,Ag(銀)を含有
する態様も含み,また,金属間化合物を含有する態様及び不均一な合
金の組織態様を含んでもよいと解される。本件特許の特許請求の範囲
の記載に鑑みても,Au-Sn系はんだの固着力(引張強度)につき,
Ag-Sn系はんだに比較して2.5倍であることを要すると限定解
釈すべき理由はない。
(イ) 被告製品1のスプリングコイル(本件発明の「コイルスプリング」
に相当する。以下では,被告製品においても「コイルスプリング」と
呼称する。)の先端部の反射電子像は,原判決別紙被告製品説明書第
1の5の写真のとおりであり,また,被告製品2のコイルスプリング
の先端部の反射電子像は,同別紙第3の5の写真のとおりである。
被告製品の白色部(白色部1及び2を合わせたもの。以下「白色部」
という。なお,金錫(Au80-Sn20)によってコアワイヤ先端に
玉付けされた部分である「膨隆部」に相当する。)及び灰色部(灰色部
1及び2を合わせたもの。以下「灰色部」という。なお,膨隆部とコイ
ルスプリングを銀錫によってロー付けした部分である「固着部」に相当
する。)をX線マイクロアナライザ分析をしたところ,以下の組成(定
性分析対象部位(又は領域)のうちに占める割合)が得られた。
・被告製品1
白色部1 Au約78質量%,Sn約22質量%
灰色部1 Au約16質量%,Sn約81質量%,Ag約3質量%
・被告製品2
白色部2 Au約78質量%,Sn約22質量%
灰色部2 Au約25質量%,Sn約73質量%,Ag約2質量%
そうすると,被告製品において,コイルスプリングの先端部でステン
レススチールコア(本件発明の「コアワイヤ」に相当する。以下では,
被告製品においても「コアワイヤ」と呼称する。)及びコイルスプリン
グを接着しているはんだは,いずれもAu及びSnを主成分として含有
するはんだであるから,「Au-Sn系はんだ」(構成要件1D,1E,
4B)に該当する。
(ウ) 被控訴人は,各灰色部で検出されたAuはいずれも金属間化合物A
uSn4であり,各白色部の金錫(Au80-Sn20)とは組織形
態を異にするとともに,各灰色部はAuがSn中に均一に混じり合っ
ているものではないから,「Au-Sn系はんだ」に該当しないとす
るけれども,上記(ア)のとおり,「はんだ」には金属間化合物を含有す
る態様及び不均一な合金の組織態様も含まれる。また,被控訴人の主
張の根拠となる被告製品の分析は,データ誤差が極めて大きく,不適
当である。さらに,被告製品においては,先端硬直部分の長さが0.
1~0.5mmと短いにもかかわらず,コイルスプリングに挿入され
ている状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイヤ が引き抜
かれることはなく,被告製品の遠位端側小径部のコアワイヤが破断す
ることから,その固着強度は十分高い。
ウ 「固着」(構成要件1B,1D)
「固着」の意味につき,被控訴人の主張のとおり「かたくしっかりと
つくこと。一定の場所に留まって移らないこと」と解したとしても,コ
アワイヤとAu-Sn系はんだとは固くしっかりと付き,その場から移
動しないのであるから,両者は固着していること,コアワイヤとAu-
Sn系はんだが固着していないとすると被告製品は使用できないところ,
被告製品は製品として販売されていることなどから,被告製品の膨隆部
においてAu-Sn系はんだ(白色部)とコアワイヤは固着されている。
また,被控訴人は,その主張において,膨隆部とコイルスプリングと
が,上記のとおりAu-Sn系はんだに該当する固着部(灰色部)によ
って固着されていることは認めている。
このように,被告製品のコアワイヤはAu-Sn系はんだ(白色部)
と固着され,Au-Sn系はんだ(白色部)とコイルスプリングの先端
部はAu-Sn系はんだ(灰色部)により固着されている。したがって,
コアワイヤは,Au-Sn系はんだ(白色部及び灰色部を含む。)によ
ってコイルスプリングに「固着」(構成要件1B,1D)されている。
この点は,仮に被控訴人が主張するように灰色部のうちの最も暗く見
える部分(以下「暗灰色部」という。なお,灰色部のうち針状の明るい
部分を「明灰色部」という。)にAuが含まれていない(灰色部に均質
にAuが存在しない)としても同様である。すなわち,「Au-Sn系
はんだ」を用いることによりコアワイヤが先端側小径部のはんだから引
き抜かれなくなることが本件発明の効果であるところ,被告製品におい
てコアワイヤが先端側小径部のはんだから引き抜かれなくなっている理
由は,膨隆部においてコアワイヤと「Au-Sn系はんだ」が強く固着
されているからであり,コアワイヤとの固着の点で明灰色部及び暗灰色
部のいずれも主たる役割を果たしてはいないことから,被告製品におい
て,コアワイヤはコイルスプリングの先端部において「Au-Sn系は
んだにより…固着」されているといえる。
エ 小括
以上より,被告製品は,本件発明の構成要件1B,1D,1E及び4
Bを充足する。そうすると,被告製品は,構成要件2B,3B,4C及
び9Bをも充足する。
よって,被告製品は,いずれも本件発明の技術的範囲に属する。
オ(ア) 原判決は,本件発明の「Au-Sn系はんだ」(構成要件1D)に
ついて,Au(金)及びSn(スズ)を主成分として含むはんだである
必要がある(ただし,これら以外のAg(銀)等の金属元素やAuSn
4等の金属間化合物を含有する態様でもよく,また不均一な合金の組織
態様を含んでもよい。)と解されるとした上で,本件明細書の発明の詳
細な説明の記載内容を考慮すれば,Au75~80質量%とSn25~
20質量%との合金からなるはんだを具体例とする,従来の「Ag-S
n系はんだ」と比較して高い固着強度を有する,Au及びSnを主成分
とするはんだを意味すると解すべきであるとした。また,原判決は,本
件特許出願当時の技術常識として,Au-Sn系はんだ等のAu基はん
だは他の金属との間に脆い金属間化合物を形成しやすいところ,脆い金
属間化合物の一例であるAuSn4は,Au-Sn系はんだにおいては
その固着強度を弱めるものとしてむしろ避ける必要があるから,AuS
n4が含まれることをもって本件発明の「Au-Sn系はんだ」に当た
るとはいえないとした上で,被告製品の灰色部に含まれるAu成分につ
き,主としてAuとして存在することを認めるに足りる証拠はなく,か
えって,主としてAuSn4として存在するものであり,「Ag-Sn
系はんだ」と比較して高い固着強度を有する「Au-Sn系はんだ」と
は認められないとした。
しかし,Au-Sn系はんだにおいて,AuSn4ははんだを強化す
る働きを有し,はんだを脆くしないし,AuSn4自体も脆くはない。
また,Au-Sn系はんだにおいては,一方の成分の全てが金属間化合
物として存在してもよいと考えられているから,AuSn4が存在する
からAu-Sn系はんだではないと考えるのは誤りである。さらに,被
告製品の灰色部には,AuSn4でないAuが存在し,その量はAgの
数倍に及んでいるのであるから,この点からしても灰色部のはんだをA
u-Sn系はんだと呼ぶことに何の差支えもないはずである。
したがって,原判決の上記認定は誤りである。
(イ) 原判決は,被告製品につき,金錫(白色部)の玉付けされたコアワ
イヤは,銀錫(灰色部)ではんだ付けされなければコイルスプリング
に固定されておらず可動性を有することから,白色部ないし コアワイ
ヤとコイルスプリングの先端部とが白色部によって固着されていると
は認められないとした。
しかし,原判決のいう可動性を有するものは,ガイドワイヤではなく
単なる仕掛品であり,被告製品においては可動性を有しない。
また,後記のとおり,本件発明の本質的特徴は,「コアワイヤとはん
だでの固着にAu-Sn系はんだを用いたこと」(以下,接合したコア
ワイヤとはんだの間の界面を「界面A」という。)にあるところ,被告
製品は,この本件発明の本質的特徴を用いている。
さらに,仮に灰色部がAu-Sn系はんだでないとしても,構成要件
1Dには「Au-Sn系はんだ」以外のはんだを用いてはならない旨記
載されておらず,被告製品は,Au-Sn系はんだ及びAg-Sn系は
んだを用いてコイルスプリングとコアワイヤを固着するとともに,当該
固着をする上で最も重要な部分である界面AにAu-Sn系はんだ(白
色部)を用いている以上,Au-Sn系はんだを用いてコイルスプリン
グの先端部をコアワイヤに固着しているということができる。
したがって,原判決の上記認定は誤りである。
(被控訴人の主張)
ア 「Au-Sn系はんだ」(構成要件1D,1E,4B)
(ア) 本件明細書の記載から理解される本件発明の技術的特徴に鑑みると,
本件発明の「Au-Sn系はんだ」は,先端硬直部分の長さを0.1
~0.5mmと短く(はんだによる固着領域が狭く)することができ
るとともに,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度を十分
に高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強度より高い)ものとす
ることができるもの,より具体的には,例えば,Au75~80質
量%と,Sn25~20質量%との合金からなる,Ag-Sn系はん
だによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)
が得られるものであることを要すると解される。
(イ) 被告製品は,被控訴人の有する特許第5382953号の実施品で
あるところ,その製造方法は,コアワイヤの先端部に,コイルスプリ
ングと接触しないようにコイルスプリングの内径より外径の大きい金
錫(Au80-Sn20)の玉(白色部,膨隆部)を形成した上,同
膨隆部とコイルスプリングを,銀錫(Sn96.5-Ag3 . 5 )
(灰色部,固着部)によりはんだ付けするというものであり,コアワ
イヤとコイルスプリングが膨隆部を形成する金錫によって直接的に固
着されているものではない。
もっとも,被告製品の製造工程のうち,固体状態にある金錫が溶融し
た銀錫に接触した際にいわゆる「金食われ」現象が発生し,銀錫中に若
干量のAuが不可避的に混入する。被告製品につき,その断面の白色部,
暗灰色部及び明灰色部につきX線マイクロアナライザ分析をすると,以
下の組成が得られた。
・暗灰色部 Sn77.1~99.1質量%,Ag0.9~22.9
質量%,Au未検出
・明灰色部 Sn64.6~67.2質量%,Au約32.6~34.
6質量%,Ag0.2~0.8質量%
このうち,明灰色部のAuは上記「金食われ」現象により不可避的に
混入したものであり,解析の結果,いずれもAuとSnとの金属間化合
物AuSn4であると同定されている。
また,X線マイクロアナライザ分析の結果,固着部(暗灰色部及び明
灰色部)につき,Sn73.2~82.9質量%,Au13.4~24.
1質量%,Ag2.7~4.0質量%と,測定スポットにより組成に大
きなばらつきのある結果となっていることから,固着部は均一な組成で
はない。
このように,明灰色部のAuは,金錫(Au80-Sn20)とは異
なる組織形態であり,針状組織を呈する金属間化合物AuSn4となっ
ており,その針状組織の大きさ・密度の個体差が大きく,銀錫中に局所
的に(不均一に)存在している。すなわち,AuがSn中に均一に混じ
り合っているものではなく,Au-Snとして存在するものでもない。
さらに,「AuSn4」は脆い性質を有する金属間化合物であり,組
織中にこれが分散して形成されると材質が硬く脆くなるものであるから,
固着強度を高める性質はなく,ガイドワイヤの先端硬直部分の長さを0.
1~0.5mmと短く(はんだによる固着領域が狭く)することができ
るとともに,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度を十分に
高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強度より高い)ものとするこ
とができるものではない。「AuSn4を含む銀錫」も,このような性
質を持つAuSn4を含むことにより固着強度が高められることはない。
そうすると,被告製品の固着部に形成された「AuSn4」(及びこ
れを含む銀錫)は,本件発明における「Au-Sn系はんだ」に該当し
ない。
(ウ) したがって,被告製品には本件発明の「Au-Sn系はんだ」(構
成要件1D,1E,4B)は用いられておらず,被告製品は構成要件
1D,1E及び4Bを充足しない。
イ 「固着」(構成要件1B,1D)
(ア) 「固着」とは,辞書によれば「かたくしっかりとつくこと。一定の
場所に留まって移らないこと」を意味することから,本件発明の構成
要件1Dの「コイルスプリングの先端部は,Au-Sn系はんだによ
り,前記コアワイヤに固着され」とは,「一塊のAu-Sn系はんだ
の一端がコイルスプリングの先端部内部に浸透すると共に,その他端
がコアワイヤに接し,コイルスプリングとコアワイヤをかたくしっか
りと保持すること」をいうと解すべきである。
(イ) 前記のとおり,被告製品のコイルスプリングとコアワイヤとの間に
は「(固着部を形成する)銀錫(AuSn4を含む。)と(膨隆部を
形成する)金錫」が存在しており,AuSn4及び銀錫(Sn96.
5-Ag3.5)はいずれも本件特許の特許請求の範囲にいう「Au
-Sn系はんだ」に該当せず,また,金錫(Au80-Sn20)が
コイルスプリングとコアワイヤを直接固着しているものではない。
仮に,「(固着部を形成する)銀錫(AuSn4を含む。)と(膨隆
部を形成する)金錫」が「Au-Sn系はんだ」(構成要件1D,1E)
に当たるとしても,前記のとおり,銀錫に含まれる「AuSn4」は金
錫とは異なる組織形態であり,針状組織を呈するものであること,個体
差が大きく銀錫中に局所的に(不均一に)存在していること,AuSn
4は脆い性質を有する金属間化合物であり,組織中にこれが分散してい
ても強度を上げるには至らないことから,「(固着部を形成する)銀錫
(AuSn4を含む。)と(膨隆部を形成する)金錫」がコイルスプリ
ングとコアワイヤを固くしっかりと保持することはない。
さらに,被告製品は,前記のとおり,コアワイヤの先端部にコイルス
プリングの内径より外径の大きい金錫の玉(膨隆部)を形成することに
よって,コアワイヤに強い引張力が加えられた場合でも,膨隆部がコイ
ルスプリングに引っ掛かり,コイルスプリングからコアワイヤが抜け落
ちることを防止するものであるから,その技術的思想は,「Au-Sn
系はんだによってコアワイヤとコイルスプリングとを固着する」ことに
よってコアワイヤが引き抜かれることを防止するという本件発明のそれ
と全く異なる。
(ウ) 以上より,被告製品は,本件発明の構成要件1D「コイルスプリン
グの先端部は,Au-Sn系はんだにより,前記コアワイヤに固着さ
れ」を充足せず,また,構成要件1Bの「少なくとも先端部及び後端
部において前記コアワイヤに固着されているコイルスプリング」も充
足しない。
ウ 小括
以上より,被告製品は,構成要件1B,1D,1E及び4Bを充足せ
ず,したがって,構成要件2B,3B,4C及び9Bを充足しないから,
本件発明の技術的範囲に属しない。
エ 控訴人は,原判決の認定の誤りを主張するけれども,原判決の趣旨を理
解しないものであり,また,金属間化合物であるAuSn4が硬くて脆
い性質を有することは,本件特許の出願当時における当業者の技術常識
であることなどから,その主張は失当であって,原判決の認定・判断に
誤りはない。
(2) 均等侵害の有無(争点1-2)について
(控訴人の主張)
ア 本件発明の技術的意義は,医療用ガイドワイヤにおいて発生するコアワ
イヤがコイルスプリングから引き抜かれてしまう事故を防ぐために,従
前のAg-Sn系はんだではなく,Au-Sn系はんだを用いてコアワ
イヤを固着したことにある。上記事故が発生するメカニズムとしては,
コアワイヤとはんだの間の界面Aに作用する剪断力に耐え切れずコアワ
イヤが引き抜かれるケースと,コイルスプリングとはんだとの間の界面
(以下「界面B」という。)に作用する垂直方向の力によって破断する
ケースとが考えられるが(なお,上記「剪断力」及び「垂直方向の力」
の作用する方向は,いずれも,遠位端側小径部から近位端側大径部に向
かい,コアワイヤの表面に対し平行な方向である。),コアワイヤを通
じてはんだに上記方向の力がかかる場合,後者のケースはまれであり,
破断が生じるほとんどの場合は前者のケースである。そうすると,本件
発明においては,コアワイヤとはんだの間の界面Aにおける固着力の確
保が重要となる。すなわち,本件発明の課題(シェイピング長さを小さ
くしても,コアワイヤがコイルスプリングから引き抜かれなくすること)
を解決するための主たる原理は,Au-Sn系はんだを用いてコアワイ
ヤとの固着性を高めたことであるから,コアワイヤとはんだとの間の界
面Aでの固着にAu-Sn系はんだを用いたことに,本件発明の本質的
特徴があるということができる。このことは,コアワイヤに作用する引
張力によるコアワイヤの引抜きについて論じられている点で本件明細書
に事実上記載されており,また,技術常識でもある。
イ(ア) 被告製品においては,コアワイヤはAu-Sn系はんだ(白色部)
と固着し,Au-Sn系はんだ(白色部)とコイルスプリングの先端部
はAg-Sn系はんだ(灰色部)によって固着されている。このうち,
コアワイヤとはんだとの間の界面Aでの固着にはAu-Sn系はんだが
用いられている点で,被告製品は本件発明の本質的特徴を具備している。
他方,仮に,原判決の認定のとおり,被告製品の灰色部は本件発明の
「Au-Sn系はんだ」に相当しないため,被告製品のコイルスプリン
グの先端部はAu-Sn系はんだによってコアワイヤに固着されている
とはいえない(すなわち,構成要件1Dを充足しない。)とした場合,
コイルスプリングの先端部は,Ag-Sn系はんだ及びAu-Sn系は
んだによりコアワイヤに固着されている点で,本件発明の構成要件1D
と相違することになる。
(イ) 均等の第1要件
上記のとおり,被告製品は,本件発明の本質的特徴を具備しつつ,A
u-Sn系はんだの外側部分をAg-Sn系はんだで置換することによ
り,上記相違部分を構成したものにすぎない。コイルスプリングとはん
だとの間の界面Bに係る当該相違部分は,本件発明の本質的部分ではな
い。
したがって,均等の第1要件(特許請求の範囲に記載された構成中に
被告製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が特許発明の
本質的部分でないこと)を充足する。
(ウ) 均等の第2要件
上記のとおり,被告製品は,本件発明の本質的特徴を具備しつつ,A
u-Sn系はんだの外側部分をAg-Sn系はんだで置換することによ
り,上記相違部分を構成したものにすぎない。また,コイルスプリング
からコアワイヤが引き抜かれる際の破断原理において,上記相違部分に
係る界面Bが問題となることはない。
そうすると,当該相違部分を前提としても,本件発明の目的を達する
ことができ,同一の作用効果を奏することができる。実際,被告製品に
おいても,「先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い(はんだ
による固着領域が狭い)にも関わらず,コアワイヤに対するコイルスプ
リングの固着強度を十分に高い」ものとすることができる。
したがって,均等の第2要件(相違部分を被告製品におけるものと置
き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏
するものであること)を充足する。
(エ) 均等の第3要件
被告製品の製造,販売及び販売の申出の時点は,少なくとも本件特許
の成立後であり,その時点で,医療用ガイドワイヤにおいて,コアワイ
ヤとコイルスプリングを固着するはんだとしてはAg-Sn系はんだが
周知であったことに鑑みると,当該時点において,本件特許を回避すれ
ば同等品を製造し得るという動機付けを持つことは可能であり,また,
Au-Sn系はんだの一部を他のはんだで置換することにより構成要件
1Dを回避するという方策は,当業者であれば容易に考え得る事項であ
り,さらに,当該他のはんだとして,同一用途において周知のAg-S
n系はんだを適用することも容易である。
そうすると,当業者をして,被告製品の製造等の時点において上記相
違部分に想到することは容易にし得たことであるということができる。
したがって,均等の第3要件(相違部分を被告製品におけるものに置
き換えることに,当業者が被告製品の製造等の時点において容易に想到
し得たこと)を充足する。
(オ) 被告製品は,均等の第4要件(被告製品が,特許発明の出願時にお
ける公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に想到で
きたものではないこと)及び第5要件(被告製品が特許発明の特許出
願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる
などの特段の事情のないこと)を充足する。
ウ よって,被告製品は,本件発明を均等侵害するものである。
(被控訴人の主張)
ア(ア) 本件明細書の記載によれば,本件発明は,コアワイヤに対するコイ
ルスプリングの固着力の確保及び医療器具の小型化の実現という課題を
解決する手段として,例えば,Au75~80質量%と,Sn25~2
0質量%との合金からなる,Ag-Sn系はんだによって固着する場合
と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られるAu-Sn系
はんだを用いてコイルスプリングの先端部をコアワイヤに固着すること
により,先端硬直部分の長さを0.1~0.5mm程度と短く(はんだ
による固着領域が狭く)することができるとともに,コアワイヤに対す
るコイルスプリングの固着強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小
径部の破断強度より高い)ものとすることができ,もってコイルスプリ
ングに挿入されている状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワ
イヤが引き抜かれることを防止するという効果を奏することをその技術
的本質とするものである。
(イ) これに対し,控訴人は,コアワイヤとはんだとの間の界面AがAu
-Sn系はんだで固着されていることが本件発明の本質的特徴である
旨主張するけれども,本件明細書には界面Aと界面Bを区別した記載
は存在せず,固着される対象はコイルスプリングとコアワイヤであり,
界面AのみがAu-Sn系はんだで固着されていればよいとの記載は
ないから,上記控訴人の主張は本件明細書に基づかないものである。
また,使用中のガイドワイヤの先端部には常に相応の「押力」,「回
転力」,「引張力」等が負荷されるものであり,界面Bにも相応の応力
が負荷されることから,コイルスプリングとはんだとの間の界面Bから
破断するケースがほとんどないなどということはない。
さらに,前記のとおり,被告製品は,本件発明の技術的思想とは異な
る技術的思想に基づくものである。
イ(ア) 控訴人の主張する構成要件1Dと被告製品との相違部分は,控訴人
独自の見解に基づくものであって,正当ではない。
原判決の本件発明における「Au-Sn系はんだ」の認定及び被告製
品の製造方法によれば,本件発明の構成要件1Dは「コイルスプリング
の先端部は,Au-Sn系はんだにより,前記コアワイヤに固着され」
るものであるのに対し,被告製品は,「コアワイヤの先端部にコイルス
プリングの内径より外径の大きい金錫(Au80-Sn20)の玉(白
色部)を形成した上,同白色部とコイルスプリングを,Au-Sn系は
んだではない,AuSn4を含む銀錫(Ag-Sn系はんだ)によりは
んだ付けする」点において相違するというべきである。
また,本件発明の本質的部分は,上記のとおり,「コイルスプリング」
と「コアワイヤ」を,例えば,Au75~80質量%と,Sn25~2
0質量%との合金からなる,Ag-Sn系はんだによって固着する場合
と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られる「Au-Sn
系はんだ」で「固着」することにある。
そうすると,上記相違部分は,正に本件発明の本質的部分に係るもの
ということになる。
したがって,均等の第1要件を充足しない。
(イ) 被告製品において,コアワイヤ先端部の金錫(Au80-Sn20)
の玉とコイルスプリングは「AuSn4を含む銀錫(Ag-Sn系は
んだ)」によりはんだ付けされているところ,「AuSn4を含む銀
錫(Ag-Sn系はんだ)」はむしろその固着強度を弱めるものであ
るから,均等の第2要件を充足しない。
(ウ) 被告製品は,前記のとおり,被控訴人の有する特許第538295
3号の実施品であるところ,当該特許は進歩性があることが認められ
て特許査定を受けたものであるから,本件発明の構成を被告製品の構
成に置換することは,当業者において容易に想到することができたも
のとはいえない。すなわち,均等の第3要件を充足しない。
(エ) 控訴人は,当業者をして,被告製品の製造等の時点において控訴人
主張に係る相違部分は容易に想到することができた旨主張するけれど
も,控訴人が,本件特許の出願時において,当該相違部分に係る構成
を容易に想到し得たにもかかわらず,そのような構成を本件特許の特
許請求の範囲に含めず,敢えて構成要件1Dに係る構成のみを記載し
たのであれば,本件発明の技術的範囲を意識的に限定したものという
べきである。すなわち,均等の第5要件を充足しない。
ウ 以上より,被告製品は本件発明を均等侵害する旨の控訴人の主張は理由
がない。
(3) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認め
られるか(サポート要件違反の有無)(争点2)について
(被控訴人の主張)
ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,
特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求
の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発
明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認
識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当
業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 前記控訴人の主張によれば,本件特許の特許請求の範囲にいう「Au-
Sn系はんだ」は,Au及びSn以外の元素や,不均一な組織構造を有
する金属間化合物等を含む広い概念のはんだを意味するものと理解する
ことになる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲にいう
「Au-Sn系はんだ」の定義付けはされておらず,また,その具体的
組成及び性質(固着力)は明確に記載されていない。他方,前記のとお
り,本件発明は,その課題の解決手段として,例えば,Au75~80
質量%と,Sn25~20質量%との合金からなる,Ag-Sn系はん
だによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)
が得られるAu-Sn系はんだを用いてコイルスプリングの先端部をコ
アワイヤに固着することにより,先端硬直部分の長さを0.1~0.5
mmと短く(はんだによる固着領域が狭く)することができるとともに,
コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度を十分に高い(コアワ
イヤの遠位端側小径部の破断強度より高い)ものとすることができ,も
ってコイルスプリングに挿入されている状態のコアワイヤに引張力を作
用しても,コアワイヤが引き抜かれることを防止するという効果を奏す
ることをその技術的本質とするものである。
また,Au基はんだを用いた場合,一般に硬くて脆い性質を持つ金属
間化合物を形成しやすいため,かえってはんだ付け部が弱くなることが
あることから,本件特許の出願時において,当業者は,Au基はんだ
(Au-Sn系はんだを含む。)を用いた場合に,常に「Ag-Sn系
はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強
度)が得られる」とは限らないと認識していた。
そうすると,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明は,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載及び当業者の技術常識により,当業者が
本件発明の課題を解決することができる,すなわち,先端硬直部分の長
さを0.1~0.5mmと短く(はんだによる固着領域が狭く)するこ
とができるとともに,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度
を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強度より高い)もの
とすることができるように記載されたものではないというべきである。
ウ したがって,本件特許は,サポート要件(法36条6項1号)に違反す
るものであり,特許無効審判により無効にされるべきものである。
(控訴人の主張)
ア 本件明細書の段落【0035】~【0083】には,本件発明の構成及
びその意義が全て開示されているから,本件特許の特許請求の範囲に記
載された発明は,発明の詳細な説明に記載されたものである。
イ(ア) 本件明細書の段落【0014】によれば,本件発明の課題は,先端
硬直部分があるためにシェイピング長さを短くできず,当該先端硬直部
分を短くすると,コイルスプリングに挿入された状態のコアワイヤが引
き抜かれてしまうことである。他方,当該課題解決手段については,同
【0017】及び【0027】によれば,当業者は,Au-Sn系はん
だを用いることによって,「先端硬直部分の長さが0.1~0.5mm
と短い(はんだによる固着領域が狭い)にもかかわらず,コアワイヤに
対するコイルスプリングの固着強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端
側小径部の破断強度より高い)ものとすることができ,コイルスプリン
グに挿入されている状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイ
ヤが引き抜かれるようなことはない。」という効果を認識し,本件発明
の課題を解決できると認識し得る。
(イ) 本件発明は,医療用ガイドワイヤに係る発明であることから,コア
ワイヤとコイルスプリングとの間でのAu-Sn系はんだの固着力は,
薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律に
基づき定められた「心臓・中心循環系カテーテルガイドワイヤ等承認
基準」に従い,2Nの引張力に耐えるものであればよい。
そして,Sn80-Au20の組成のはんだ及びSn71-Au29
の組成のはんだに係るコアワイヤとコイルスプリングの固着力は,2N
の引張力に耐えるものである。
(ウ) ここで,本件発明のAu-Sn系はんだは,原判決の認定したとお
り,Au(金)及びSn(スズ)を主成分として含むはんだである必
要があり(ただし,これら以外のAg(銀)等の金属元素やAuSn
4等の金属間化合物を含む態様でもよく,また,不均一な合金の組織
形態を含んでもよい。),Au75~80質量%とSn25~20質
量%との合金からなるはんだを具体例とする,従来の「Ag-Sn系
はんだ」と比較して高い固着強度を有する,Au及びSnを主成分と
して含むはんだを意味する。当業者は,本件特許の出願時の技術常識
及び本件明細書の記載から,これと同様の解釈を行うことができた。
また,Au-Sn系はんだには,本件明細書記載のAu-Sn系はん
だのように,Snの含有量に比較してAuの含有量の多いもののほか,
Snの含有量に比較してAuの含有量の少ないもの,Auの含有量がS
nの含有量と等しいものがあるところ,これらのAu-Sn系はんだは,
いずれもAg-Sn系はんだより固着強度が高く,このことは,本件特
許の出願時において技術常識であった。
このため,当業者は,本件発明における「Au-Sn系はんだ」につ
き,どのようなAu-Sn系はんだがこれに該当するのかを認識するこ
とができた。
(エ) 当業者である被控訴人も,自身の特許及び特許出願において,本件
明細書と同様の記載によりAu-Sn系はんだを特定しており,医療
用ガイドワイヤに係る発明においては,コアワイヤとコイルスプリン
グを固着するはんだの特定の程度としては,「Au-Sn合金」,
「Au-Sn合金ハンダ」等の記載で十分であって,その組成や強度
等を特定又は例示等する必要はなく,その程度の記載であっても,特
許庁は,当業者にとって十分理解可能であるとして特許査定を行って
いる。
ウ したがって,本件特許にはサポート要件違反はない。
(3) 控訴人の損害額(争点3)について
(控訴人の主張)
本件特許権の登録日以降における被告製品 1 及び2の売上は,それぞれ,
2億4000万円及び3億6000万円を下らない。また,被告製品の利益
率は,いずれも少なくとも50%である。
したがって,控訴人の損害額は,法102条2項に基づき算定される3
億円を下らない。
(被控訴人の主張)
否認する。
第3 当裁判所の判断
1 事案に鑑み,争点2(本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にさ
れるべきものと認められるか(サポート要件違反の有無))について検討す
る。
2 本件発明
(1) 本件発明は,前記(引用した原判決第2の1(3))のとおりである。
(2) 本件明細書の記載
本件明細書には,原判決添付の特許公報記載のとおり,以下の記載があ
る。
ア 技術分野
「【0001】
本発明は,コアワイヤの遠位端側小径部の外周に装着されたコイルス
プリングを有する医療用ガイドワイヤに…関する。」
イ 背景技術
「【0002】
カテーテルなどの医療器具を血管などの体腔内の所定位置へと案内す
るためのガイドワイヤには,遠位端部における可撓性が要求される。
このため,コアワイヤの遠位端部の外径を,近位端部の外径よりも小
さくするとともに,コアワイヤの遠位端部(遠位端側小径部)の外周に
コイルスプリングを装着して,遠位端部の可撓性の向上を企図したガイ
ドワイヤが知られている…。
【0003】
コアワイヤの遠位端側小径部の外周にコイルスプリングを装着させる
ためには,通常,コイルスプリングの先端部および後端部の各々を,は
んだにより,コアワイヤに固着する。
【0004】
…コアワイヤに固着するためのはんだとしては,融点が低くて取扱い
が容易であることから,Ag-Sn系はんだが使用されている。」
「【0006】
しかして,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着力を確保する
ためには,外径が最小であるコアワイヤの遠位端に固着されるコイルス
プリングの先端部において…コイルスプリングの約6~約8ピッチに相
当する範囲において,はんだ(Ag-Sn系はんだ)をコイル内部に浸
透させる必要がある。
【0007】
このようにして製造されたガイドワイヤの先端部には,コイル内部に
充填されたはんだによる硬直部分(はんだにより形成された先端チップ
を含む)が形成される。
この先端硬直部分の長さ…は,0.8~1.1mm程度となる。
【0008】
最近,患者への低侵襲性を企図して医療器具の小型化が望まれている。
これに伴い,ガイドワイヤの細径化の要請があり,本発明者らは,従
来のもの(線径が0.014インチ)より細い線径(0.010インチ)
を有するガイドワイヤを開発している。
【0009】
0.010インチのガイドワイヤによれば,カテーテルなどの医療用
具の小型化に大きく貢献することができる。
また,このガイドワイヤによれば,例えば,CTO(慢性完全閉塞)
病変におけるマイクロチャンネルにアクセスする際の操作性も良好であ
る。」
ウ 発明が解決しようとする課題
「【0011】
CTO病変におけるマイクロチャンネル内を挿通させるガイドワイヤ
には,更なる操作性の向上が要請されている。例えば,マイクロチャン
ネル内での操作時において摩擦抵抗を低減させることが望まれている。
然るに,摩擦抵抗の低減は,ガイドワイヤの線径を小さくするだけでは
限界がある。
【0012】
ところで,マイクロチャンネル内にガイドワイヤを挿通させる際には,
その先端部分を折り曲げてくせづけること(シェイピング)がオペレー
タにより行わる。
例えば,図5に示すように,ガイドワイヤGの先端から長さ1.0m
mの部分を45°曲げるシェイピングを行うことにより,ガイドワイヤの
近位端側で回転トルクを与えると,ガイドワイヤの遠位端は,直径約1.
4mmの円周上を回転することになる。
【0013】
このシェイピング操作は,マイクロチャンネル内におけるガイドワイ
ヤの操作性に大きく影響を与えるものである。
そして,マイクロチャンネル内における摩擦抵抗の低減などを図る観
点からは,ガイドワイヤの遠位端における回転直径(操作エリア)を小
さくすることが好ましく,このために,シェイピング長さ(先端の折り
曲げ長さ)をできるだけ短く,具体的には0.7mm以下にする必要が
ある。
【0014】
しかしながら,従来のガイドワイヤでは,上記の先端硬直部分がある
ために,シェイピング長さを1.0mm以下とすることはできず,これ
では,摩擦抵抗の十分な低減を図ることはできない。
なお,はんだ(Ag-Sn系はんだ)を浸透させる範囲を狭くするこ
とにより先端硬直部分の長さを短くすると,コアワイヤに対するコイル
スプリングの固着力を確保することができず,コアワイヤとコイルスプ
リングとの間に引張力を与えると,コイルスプリングに挿入された状態
のコアワイヤが引き抜かれてしまう。
【0015】
一方,0.010インチのような細径のガイドワイヤでは,十分な曲
げ剛性を有しないために,挿入時の押込伝達性が劣り,また,挿入後に
おいてデバイスをデリバリーする際にガイドワイヤが折れ曲がりやすく
デリバリー性能に劣るという問題がある。また,細径のガイドワイヤは
トルク伝達性にも劣るものである。
【0016】
本発明は以上のような事情に基いてなされたものである。
本発明の第1の目的は,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着
強度が高く,しかも,従来のものと比較してシェイピング長さを短くす
ることができる医療用ガイドワイヤを提供することにある。
本発明の第2の目的は,CTO病変のマイクロチャンネル内における
操作性に優れた医療用ガイドワイヤを提供することにある。
本発明の第3の目的は,低侵襲性で,マイクロチャンネルにアクセス
する際の操作性が良好でありながら,十分な曲げ剛性を有し,トルク伝
達性にも優れた医療用ガイドワイヤを提供することにある。」
エ 発明の効果
「【0027】
請求項1~4に係る医療用ガイドワイヤによれば,コイルスプリング
の先端部をコアワイヤに固着するためのはんだとしてAu-Sn系はん
だが使用されているので,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと
短い(はんだによる固着領域が狭い)にも関わらず,コアワイヤに対す
るコイルスプリングの固着強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小
径部の破断強度より高い)ものとすることができ,コイルスプリングに
挿入されている状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイヤが
引き抜かれるようなことはない。
そして,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短いので,シェ
イピング長さ(先端の折り曲げ長さ)を短くする(0.7mm以下とす
る)ことができ,この結果,マイクロチャンネル内での操作時において
摩擦抵抗を十分に低減させることができる。
また,従来のガイドワイヤを使用したのでは行うことのできなかった
狭い領域における治療も可能になる。
【0028】
本発明の医療用ガイドワイヤは,0.012インチ以下という先端側
小径部における細いコイル外径,Au-Sn系はんだによる高い固着強
度,0.1~0.5mmという短い先端硬直部分により,CTO病変の
マイクロチャンネル内における操作性に優れたものとなる。
本発明の医療用ガイドワイヤを構成するコイルスプリングは,先端側
小径部よりコイル外径の大きい後端側大径部を有することにより,曲げ
剛性が確保され,トルク伝達性にも優れたものとなる。」
オ 発明を実施するための形態
「【0035】
図1に示すガイドワイヤは,コアワイヤ10と,コイルスプリング2
0とを有する。
コアワイヤ10は,近位方向に拡径するようテーパ加工された遠位端
側小径部11と,近位方向に拡径するテーパ部13と,近位端側大径部
14とを有する。…」
「【0037】
コアワイヤ10の材質としては,特に限定されるものではないが,ス
テンレス(例えばSUS316,SUS304),金,白金,アルミニ
ウム,タングステン,タンタルまたはこれらの合金などの金属を挙げる
ことができるが,本実施形態では,ステンレスで構成してある。」
「【0041】
ガイドワイヤを構成するコイルスプリング20は,1本の線材から構
成され,コアワイヤ10の遠位端側小径部11の外周に軸方向に沿って
装着されている。
コイルスプリング20は,先端側小径部21と,テーパ部22と,後
端側大径部23とからなる。」
「【0044】
図2において,コイルスプリング20の…先端側小径部21の長さ
(L 21 )は5~100mmとされ,好ましくは10~70mm,好適な
一例を示せば38.5mmである。…」
「【0047】
先端側小径部21のコイル外径(D 21 )が0.012インチ以下であ
ることにより,マイクロチャンネルにアクセスする際の操作性(例えば,
マイクロチャンネルでの潤滑性)に優れたものとなる。」
「【0050】
…コイルスプリング20の材質としては,白金,白金合金(たとえば
Pt/W=92/8),金,金-銅合金,タングステン,タンタルなど
のX線に対する造影性が良好な材質(X線不透過物質)を挙げることが
できる。
【0051】
本実施形態のガイドワイヤは,コイルスプリング20の先端側小径部
21,テーパ部22および後端側大径部23のそれぞれが,はんだによ
り,コアワイヤ10の遠位端側小径部11の外周に固着されている。
【0052】
図1および図3(A)に示すように,…Au-Sn系はんだ31が,
コイルスプリング20の先端部(先端側小径部21の先端部分)の内部
に浸透し,コアワイヤ10(遠位端側小径部11)の外周と接触するこ
とにより,コイルスプリング20の先端部がコアワイヤ10(遠位端側
小径部11)に固着されている。」
「【0054】
これにより,本実施形態のガイドワイヤの先端部には,Au-Sn系
はんだ31による先端硬直部分〔コイル内部に浸透したAu-Sn系3
1はんだにより自由に曲げることができなくなったコイルスプリング2
0(先端側小径部21)の先端部分と,Au-Sn系はんだ31により
形成された先端チップとによる硬直部分〕が形成される。
この先端硬直部分の長さ…(L 4 )は,0.3~0.4mm程度である。
【0055】
本発明のガイドワイヤにおいて,先端硬直部分の長さは0.1~0.
5mmとされる。
先端硬直部分の長さが0.1mm未満である場合には,コアワイヤに
対するコイルスプリングの固着力を十分に確保することができない。
一方,先端硬直部分の長さが0.5mmを超える場合にはシェイピン
グ長さ…を0.7mm以下とすることができない。
【0056】
本発明のガイドワイヤにおいて,先端硬直部分の長さを0.1~0.
5mmとするために,コイルスプリングの先端側小径部21におけるコ
イルピッチが,コイル線径の1.0~1.8倍であり,かつ,Au-S
n系はんだが,コイルスプリングの1~3ピッチに相当する範囲におい
てコイル内部に浸透していることが好ましい。
【0057】
本発明の医療用ガイドワイヤは,コイルスプリングの先端側小径部を
コアワイヤに固着させるためのはんだとして,Au-Sn系はんだを使
用している点に特徴を有する。
本発明で使用するAu-Sn系はんだは,例えば,Au75~80質
量%と,Sn25~20質量%との合金からなる。
【0058】
ステンレスと,白金(合金)とをAu-Sn系はんだを使用して固着
することにより,Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して
2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られる。
このため,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い場合(は
んだの浸透範囲がコイルピッチの1~3倍である場合)であっても,コ
アワイヤ10に対するコイルスプリング20の固着強度を十分高くする
ことができ,具体的には,コアワイヤ10の遠位端側小径部11の引張
破断強度より高くすることができる。このため,コイルスプリング20
と,コアワイヤ10との間に引張力を作用しても,コアワイヤ10が引
き抜かれるようなことを防止することができる。…
【0059】
図1および図3(B)に示すように,コイルスプリング20のテーパ
部22の後端部分は,Au-Sn系はんだ32により,コアワイヤ10
に固着されている。…
【0060】
図1および図3(C)に示すように,コイルスプリング20の後端部
である後端側大径部23の後端部分は,Ag-Sn系はんだ33により,
コアワイヤ10に固着されている。…」
カ 実施例
「【0075】
<実施例1>
(1)ガイドワイヤの作製:
近位端側大径部の外径が0.014インチであるコアワイヤ…の遠位
端側小径部にコイルスプリングを装着して,図1~図3に示したような
構造の本発明のガイドワイヤを6個作製した。
【0076】
…コイルスプリング20の先端部(先端側小径部21の先端部分)お
よび中間部(テーパ部22の後端部分)は,Au-Sn系はんだを使用
してコアワイヤに固着し,コイルスプリングの後端部(後端側大径部2
3の後端部分)は,Ag-Sn系はんだ使用してコアワイヤに固着した。
【0077】
6個のガイドワイヤの各々において,コイル内部にはんだが浸透した
領域(長さ)に相当するコイルのピッチ数(表1では「ピッチ数」と略
記する。)は1~3の何れかになるようにした。これによる先端硬直部
分の長さは表1に示すとおりである。…
【0078】
(2)ガイドワイヤの評価:
上記(1)により得られた6個のガイドワイヤの各々について最小シ
ェイピング長さ(折り曲げ可能な最小長さ)を測定した。
最小シェイピング長さの測定は,図4に示したような内側長さ(L 51 )
および外側長さ(L 52 )について行った。
また,コイルスプリングとコアワイヤとの間に引張力を作用させ,破
断部位を観察して固着性を評価した。評価基準は,コアワイヤの遠位端
側小径部に破断が生じた場合を「○」,コイルスプリングまたは遠位端
側小径部とはんだとの間で剥離が生じた場合を「×」とした。1つでも
「×」がある場合には,製品とすることができない。結果を下記表1に併
せて示す。
【0079】
【0080】
<比較例1>
コイルスプリングの先端部,中間部および後端部をコアワイヤに固着
するためのはんだとして,Ag-Sn系はんだを使用して比較用のガイ
ドワイヤを6個作製した。
6個のガイドワイヤの各々において,コイル内部にはんだが浸透した
領域(長さ)に相当するコイルのピッチ数(表2では「ピッチ数」と略
記する。)は1~3の何れかになるようにした。これによる先端硬直部
分の長さは表2に示すとおりである。…
上記のようにして得られた6個のガイドワイヤの各々について,実施
例1と同様にして最小シェイピング長さを測定し,固着性を評価した。
結果を下記表2に併せて示す。…
【0081】
【0082】
<比較例2~6>
コイルスプリングの先端部,中間部および後端部をコアワイヤに固着
するためのはんだとして,すべてAg-Sn系はんだを使用し,先端硬
直部分の長さが0.5mmを超える比較用のガイドワイヤを作製した。
ガイドワイヤの各々において,コイル内部にはんだが浸透した領域
(長さ)に相当するコイルのピッチ数(表3では「ピッチ数」と略記す
る。)は4~8の何れかになるようにした。これによる先端硬直部分の
長さは表3に示すとおりである。…
上記のようにして得られたガイドワイヤの各々について,実施例1と
同様にして最小シェイピング長さを測定した。結果を下記表3に併せて
示す。
【0083】
」
キ 図面
(3) 上記(2)の各記載によれば,本件発明の概要は,以下のとおりであると認
められる。
本件発明は,コアワイヤの遠位端側小径部の外周に装着されたコイルス
プリングを有する医療用ガイドワイヤに関する(【0001】)。
カテーテルなどの医療器具を体腔内の所定位置へ案内するガイドワイヤ
として,コアワイヤの遠位端側小径部の外周に低融点で取扱いが容易なAg
-Sn系はんだを用いてコイルスプリングを装着し,遠位端部の可撓性を向
上させたガイドワイヤが知られている(【0002】~【0004】)。こ
のガイドワイヤでは,装着に必要な固着力を確保するため,Ag-Sn系は
んだによる先端硬直部分の長さは0.8~1.1mm程度となっていた
(【0007】)。
一方,患者への低侵襲性を企図して線径を0.010インチとしたガイ
ドワイヤが開発されている(【0008】)。しかし,更なる操作性の改善,
例えば,CTO(慢性完全閉塞)病変におけるマイクロチャンネル内での操
作時に摩擦抵抗を低減するには,ガイドワイヤの細径化のみでは限界があっ
た(【0008】,【0009】,【0011】)。
このようなガイドワイヤをマイクロチャンネル内に挿通させる際には,
その先端部分を折り曲げてくせづけをするシェイピングと呼ばれる作業がオ
ペレータにより行われるところ(【0012】,図5),摩擦抵抗の低減に
はシェイピング長さを0 .7mm以下にする必要があるにもかかわらず
(【0013】),Ag-Sn系はんだを用いた従来のガイドワイヤでは,
先端硬直部分の長さが0.8~1.1mm程度であるため,シェイピング長
さを1.0mm以下とすることはできず,摩擦抵抗の十分な低減を図ること
はできなかった(【0014】)。
また,線径が0.010インチのような細径のガイドワイヤは,デリバ
リー性能やトルク伝達性に劣るという問題もあった(【0015】)。
本件発明は,以上のような事情に鑑みてなされたものである。その第1
の目的は,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高く,しかも,
従来のものと比較してシェイピング長さを短くすることができる医療用ガイ
ドワイヤを提供することにあり,第2の目的は,CTO病変のマイクロチャ
ンネル内における操作性に優れた医療用ガイドワイヤを提供することにあり,
第3の目的は,低侵襲性で,マイクロチャンネルにアクセスする際の操作性
が良好でありながら,十分な曲げ剛性を有し,トルク伝達性にも優れた医療
用ガイドワイヤを提供することにある(【0016】)。
本件発明1は,遠位端側小径部と前記遠位端側小径部より外径の大きい
近位端側大径部とを有するコアワイヤと(【0035】,図1,2),前記
コアワイヤの遠位端側小径部の外周に軸方向に沿って装着され,先端側小径
部と,前記先端側小径部よりコイル外径の大きい後端側大径部と,前記先端
側小径部と前記後端側大径部との間に位置するテーパ部とを有し,かつ,少
なくともその先端部及び後端部が前記コアワイヤに固着されているコイルス
プリングとを有し(【0041】,【0051】,【0052】,【005
9】,【0060】,【0076】,図1,2),前記コイルスプリングの
先端側小径部の長さ(L 21 )が5~100mm(【0044】,図2),
コイル外径(D 21 )が0.012インチ以下(【0047】,図2)であ
り,前記コイルスプリングの先端部は,Au-Sn系はんだにより,前記コ
アワイヤに固着され(【0052】,【0054】,【0057】,【00
76】,図3,表1),Au-Sn系はんだによる先端硬直部分の長さ(L
4 )が0.1~0.5mmであること(【0054】~【0056】,図3
(A),表1)を特徴とする医療用ガイドワイヤである。
本件発明2~9は,本件発明1の発明特定事項を全て備えた医療用ガイ
ドワイヤである。
本件発明では,コイルスプリングの先端部をコアワイヤに固着するため
のはんだとしてAu-Sn系はんだを用いることにより,先端硬直部分の長
さが0.1~0.5mmと短いにもかかわらず,コアワイヤに対するコイル
スプリングの固着強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強
度より高い)ものとすることができるため,コイルスプリングに挿入されて
いる状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイヤが引き抜かれるよ
うなことはなく,第1の目的が達成される(【0027】)。
そして,先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短いので,シェイ
ピング長さを0.7mm以下にすることができ,0.012インチ以下とい
う先端側小径部における細いコイル外径とも相まって,CTO病変のマイク
ロチャンネル内での操作時における摩擦抵抗が十分に低減され,従来のガイ
ドワイヤを使用したのでは行うことのできなかった狭い領域における治療も
可能となって,第2の目的が達成される(【0027】,【0028】)。
また,先端側小径部より外径の大きい後端側大径部を有するコイルスプ
リングを用いることにより,曲げ剛性が確保され,トルク伝達性にも優れた
ものとなって,第3の目的が達成される(【0028】)。
3 サポート要件違反の有無について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の
範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載さ
れた発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記
載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであ
るか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のもので
あるか否かを検討して判断すべきである。
そこで,以下,本件発明が解決しようとする課題につき検討した上で,
本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かを検討す
る。
(2)ア 上記2(3)記載のとおり,本件発明の解決しようとする課題(達成すべ
き目的)は,第1に,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が
高く,しかも,従来のものと比較してシェイピング長さを短くすることが
できる医療用ガイドワイヤを提供すること(以下「第1の目的」とい
う。),第2に,CTO病変のマイクロチャンネル内における操作性に優
れた医療用ガイドワイヤを提供すること(以下「第2の目的」という。),
第3に,低侵襲性で,マイクロチャンネルにアクセスする際の操作性が良
好でありながら,十分な曲げ剛性を有し,トルク伝達性にも優れた医療用
ガイドワイヤを提供すること(以下「第3の目的」という。)にある。以
下,第1~第3の目的につき,更に具体的に検討する。
イ 第1の目的について
(ア) 第1の目的のうち,「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着
強度が高く」に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に以下の記
載がある。
・「コイルスプリングの先端部をコアワイヤに固着するためのはんだ
としてAu-Sn系はんだが使用されているので,先端硬直部分
の長さが0.1~0.5mmと短い(はんだによる固着領域が狭
い)にも関わらず,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着
強度を十分に高い(コアワイヤの遠位端側小径部の破断強度より
高い)ものとすることができ,コイルスプリングに挿入されてい
る状態のコアワイヤに引張力を作用しても,コアワイヤが引き抜
かれるようなことはない。」(【0027】)
・「ステンレスと,白金(合金)とをAu-Sn系はんだを使用して
固着することにより,Ag-Sn系はんだによって固着する場合
と比較 して2 .5 倍 程度の 固着力 (引 張 強度) が得ら れる 。」
(【0058】)
・「先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmと短い場合(はんだの
浸透範囲がコイルピッチの1~3倍である場合)であっても,コ
アワイヤ10に対するコイルスプリング20の固着強度を十分高
くすることができ,具体的には,コアワイヤ10の遠位端側小径
部11の引張破断強度より高くすることができる。」(【005
8】)
・「コイルスプリングとコアワイヤとの間に引張力を作用させ,破断
部位を観察して固着性を評価した。評価基準は,コアワイヤの遠
位端側小径部に破断が生じた場合を『○』,コイルスプリングま
たは遠位端側小径部とはんだとの間で剥離が生じた場合を『×』と
した。1つでも『×』がある場合には,製品とすることができな
い。」(【0078】)
(下線はいずれも当裁判所が付したものである。)
上記各記載によれば,「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着
強度が高く」とは,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度
(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこ
と,又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍
程度であることを意味し,このような固着強度が確保されることによっ
て先端硬直部分の長さを0.1~0.5mmとすることが可能になるも
のと認められる。
(イ)「従来のものと比較してシェイピング長さを短くすること」について
は,本件発明の「先端硬直部分」が,コイル内部に浸透したAu-S
n系はんだにより自由に曲げることができなくなったコイルスプリン
グの先端部分と,Au-Sn系はんだにより形成された先端チップと
による硬直部分を意味するものであり(【0054】),この先端硬
直部分の長さによってシェイピング長さが画定されることに鑑みると,
請求項1記載の「Au-Sn系はんだによる先端硬直部分の長さが0.
1~0.5mmであること」によって達成されるものと認められる。
(ウ) そうすると,本件発明が第1の目的を達成できると当業者が認識し
得る範囲のものであるといい得るためには,本件明細書の発明の詳細
な説明の記載や出願時の技術常識から,本件発明において「コアワイ
ヤに対するコイルスプリングの固着強度が高」いこと,より具体的に
は,コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)が
コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと,又はAg
-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度である
ことを当業者が認識し得ることを要するといってよい。
ウ 第2の目的について
第2の目的に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に,「先端硬
直部分の長さが0.1~0.5mmと短いので,シェイピング長さ(先
端の折り曲げ長さ)を短くする(0.7mm以下とする)ことができ,
この結果,マイクロチャンネル内での操作時において摩擦抵抗を十分に
低減させることができる」(【0027】),「本発明の医療用ガイド
ワイヤは,0.012インチ以下という先端側小径部における細いコイ
ル外径,Au-Sn系はんだによる高い固着強度,0.1~0.5mm
という短い先端硬直部分により,CTO病変のマイクロチャンネル内に
おける操作性に優れたものとなる。」(【0028】)との記載がある。
他方,請求項1には,「コイルスプリングの先端側小径部の…コイル
外径が0.012インチ以下であ」ることが特定されている。
そうすると,本件発明においては,第1の目的が達成されれば,それ
に伴って第2の目的も達成される関係にあることを当業者が認識し得る
といってよい。
エ 第3の目的について
第3の目的に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に,「本発明
の医療用ガイドワイヤを構成するコイルスプリングは,先端側小径部よ
りコイル外径の大きい後端側大径部を有することにより,曲げ剛性が確
保され,トルク伝達性にも優れたものとなる。」との記載がある(【0
028】)。
他方,請求項1には,「遠位端側小径部と前記遠位端側小径部より外
径の大きい近位端側大径部とを有するコアワイヤ」及び「前記コアワイ
ヤの遠位端側小径部の外周に軸方向に沿って装着され,先端側小径部と,
前記先端側小径部よりコイル外径の大きい後端側大径部と,前記先端側
小径部と前記後端側大径部との間に位置するテーパ部とを有し,少なく
とも先端部および後端部において前記コアワイヤに固着されているコイ
ルスプリング」が特定されている。
このため,本件発明が第3の目的を達成し得ることは,当業者にとっ
て明らかといってよい。
(3) 本件発明1について
ア 前記1によれば,請求項1記載の発明である本件発明1は,本件明細書
の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。
イ 上記(2)のとおり,請求項1の記載が,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載又は出願時の技術常識により,当業者が発明の課題を解決できる
と認識し得る範囲のものであるといい得るためには,同請求項の記載か
ら,本件発明の第1の目的である「コアワイヤに対するコイルスプリン
グの固着強度が高」いこと,より具体的には,コアワイヤに対するコイ
ルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の
引張破断強度より高いこと,又はAg-Sn系はんだによって固着する
場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要
する。
ところで,請求項1には,コアワイヤとコイルスプリングの固着につ
き,「前記コイルスプリングの先端部は,Au-Sn系はんだにより,
前記コアワイヤに固着され,」と記載されているものの,その固着強度
に関する具体的な記載はない。
そうすると,請求項1の記載がサポート要件に適合するということが
できるためには,上記「前記コイルスプリングの先端部は,Au-Sn
系はんだにより,前記コアワイヤに固着され,」なる記載,すなわち両
者の固着に「Au-Sn系はんだ」を用いることのみによって,コアワ
イヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)が,本件明細書
の発明の詳細な説明の記載にあるように,コアワイヤの遠位端側小径部
の引張破断強度より高いこと,又はAg-Sn系はんだによって固着す
る場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを
要することになる。
ウ ここで,請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」の意義につき,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに,発明の詳細な説明には
「本発明で使用するAu-Sn系はんだは,例えば,Au75~80質
量%と,Sn25~20質量%との合金からなる。」(【0057】)
との例示はあるものの,これを除けばその定義を含め何らの記載もない。
実施例である「Au-Sn系はんだ」の固着性に係る試験結果及び比較
例である「Ag-Sn系はんだ」の同試験結果の記載部分(【0075】
~【0083】)においても,「Au-Sn系はんだ」の具体的な組成
については記載がない。
そうすると,請求項1に記載の「Au-Sn系はんだ」の意義につい
ては,一般的な技術用語の意味に解し,「Au及びSnを主成分として
含むはんだである必要があり,AuとSn以外のその他の元素や金属間
化合物を含有しても,しなくてもよく,含有しない場合,Auと,Sn
の成分比率も何ら限定されない『はんだ』」と解釈するのが適当である。
エ(ア) 実験報告書(甲46)によれば,控訴人が自社製品のガイドワイヤ
「Wizard1」のコアシャフト及びコイルを使用した実験において,以下
の結果を得たことが認められる。
サンプル はんだ材料(構造) 試料数 先端硬直部長さ(mm) 最大荷重(N) 破壊形態
二重構造
1 (内側80Au-20Sn,外 6 0.32~0.49 5.7~7.3 コア破断
側Sn-3.5Ag)
2 80Au-20Sn(市販品) 6 0.22~0.36 5.0~6.7 コア破断
3 Sn-3.5Ag(市販品) 3 0.15~0.39 1.3~2.6 コア抜け
4 80Sn-20Au(原告作製) 3 0.15~0.39 2.5~4.1 コア抜け
5 71Sn-29Au(原告作製) 3 0.27~0.39 3.5~5.1 コア抜け
(イ) 研究・実験(終了)報告書(乙28)によれば,被控訴人が自社製
品のガイドワイヤ「X-treme XT-A」のコアシャフトとコイルスプリング,
外部のはんだメーカーから購入したはんだを使用した実験において,
以下の結果を得たことが認められる。
サンプル はんだ材料 試料数 先端硬直部長さ(mm) 最大荷重(N) 破壊形態
1 Au80-Sn20 5 0.11~0.19 4.2~5.1 コアシャフト破断
2 Sn70.7-Au29.3 5 0.10~0.36 1.0~1.9 コアシャフト抜け
3 Sn80-Au20 5 0.12~0.17 1.1~1.9 コアシャフト抜け
(ウ) これらの実験結果によれば,先端硬直部分の長さを本件発明で特定
されている0.1mm~0.5mmとするサンプルにおいて,引張り
試験の結果コアシャフトが破断する結果を得られたのは,はんだとし
てAu80質量%,Sn20質量%の組成のものを用いた場合に限ら
れ,Au-Sn系はんだであっても,Auの含有量が低い組成(20
質量%,29質量%,29.3質量%)のものを用いた場合において
は,コアシャフト抜けの結果となったことが認められる。
また,控訴人の実験(上記(ア))において「コア抜け」の結果となっ
たサンプル3~5につき最大荷重を見ると,サンプル4(Au含有量2
0質量%)及び5(同29質量%)は,いずれもサンプル3(従来のA
g-Sn系はんだであるSn-3.5Agはんだ)のそれを上回るもの
の,2.5倍程度にまで達しているとはいい難い。
オ 特開2000-52083号公報(甲16)には,「Ag0.5~5.
0重量%,Au0.3~10.0重量%,残部Snからなることを特徴
とする鉛フリーはんだ合金。」が記載されているところ(請求項1),
これも本件発明の「Au-Sn系はんだ」に該当する(前記ウ)。同公
報の記載によれば,その実施例1~13では,Ag,Au及びSn各成
分の組成を上記記載の範囲内とした鉛フリーはんだにおいて,JIS
Z 2201の4号の規定により測定した 引張強度 は4.9~9.2
kgf/mm2 であったのに対し(【0018】,表1),比較例として,成分
にAuを含まず,Ag2.0~3.5重量%,残部Snの組成の鉛フリ
ーはんだを用いて同様の測定を実施したところ,その引張強度は4.8
~9.3kgf/mm2 であったことが認められる(【0019】,表2)。
同公報で測定された引張強度の値をもって,本件発明の課題解決のた
めに必要なAu-Sn系はんだの固着強度を評価する際の指標とし得る
か否かは必ずしも明らかでないが,仮に指標とし得るとして検討してみ
ると,同公報記載の実施例の引張強度は,いずれも比較例において最も
低い引張強度の2.5倍(4.8kgf/mm2 ×2.5=12.0kgf/mm2 )
に達していない。すなわち,各成分の含有量が上記記載の範囲内である
場合,Au-Sn系はんだの固着強度がAg-Sn系はんだの固着強度
の2.5倍程度に達しているということはできない。
カ 国際公開第2006/049024号公報(WO 2006/049024 A1。甲5
0)には,「Ag2~12質量%,Au40~55質量%,残部Snか
らなることを特徴とする高温鉛フリーはんだ。」が記載されているとこ
ろ(請求項1),これも本件発明の「Au-Sn系はんだ」に該当する
(前記ウ)。同公報の記載によれば,その実施例1~12では,Ag,
Au及びSnの各成分の組成を上記記載の範囲内とした鉛フリーはんだ
において,JIS Z 3198-2に準じて測定した機械強度の値が
53~72MPaとなっている([0025],表1)。他方,各成分
の組成が上記記載の範囲内にない比較例1~5においては,以下の結果
が記載されている([0025],表1)。
・比較例1(Ag20質量%,Au40質量%,残部Sn)
68MPa
・比較例2(Au80質量%,残部Sn) 59MPa
・比較例3(Ag20質量%,Ga1質量%,残部Sn)
43MPa
・比較例4(Sb22質量%,残部Sn) 58MPa
・比較例5(Pb90質量%,残部Sn) 29MPa
上記比較例のうち,比較例2は,本件明細書において「Au-Sn系
はんだ」として例示されている範囲(Au75~80質量%,Sn25
~20質量%)に含まれるものであり,また,控訴人及び被控訴人いず
れの引張強度の実験結果においても「コアシャフト破断」の結果を示し
たことに鑑みると,本件発明の課題解決のために必要な固着強度を有す
るAu-Sn系はんだといってよい。
他方,同公報記載の実施例1~12の機械強度は,比較例2の機械強
度とおおむね同等以上のものと見ることもできる。そうすると,Ag,
Au及びSn各成分の含有量が上記記載の範囲内にあるAu-Sn系は
んだは,本件発明の課題解決のために必要な固着強度を有すると考える
ことも可能である。
もっとも,同公報で測定された機械強度の値をもって,本件発明の課
題解決のために必要なAu-Sn系はんだ固着強度を評価する際の指標
とし得るか否かは必ずしも明らかでない。また,同公報記載の実施例1
~12は,いずれもAgを含むことから,Auの含有量が40~55質
量%であってもAgを含有しない場合に同様の機械強度を得られるか否
かは明らかでない。
キ 上記ウのとおり,請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」は,Au及び
Snを主成分として含むはんだである必要があり,AuとSn以外のそ
の他の元素や金属間化合物を含有しても,しなくてもよく,含有しない
場合,AuとSnの成分比率も何ら限定されないはんだと解されるとこ
ろ,上記エ~カを総合的に考慮すると,Au及びSn以外の元素の有無
や各成分の含有量を特定しない場合においても,当業者が,本件発明の
課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度,すなわち,コ
アワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が,コアワイヤの遠位端
側小径部の引張破断強度より高い,又はAg-Sn系はんだによって固
着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということ
はできないというべきである。
したがって,請求項1の記載はサポート要件に適合しているというこ
とはできない。
(4) 本件発明2~9について
本件発明2~9に係る請求項2~9は,いずれも請求項1を引用するも
のであり,請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」を限定する記載もないこ
とから,同様にサポート要件に適合しているということはできない。
(5) これに対し,控訴人は,本件発明の「Au-Sn系はんだ」につき「A
g-Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有することを当業者は認識で
きたことや,コアワイヤとコイルスプリングとの間でのAu-Sn系はんだ
の固着力については関係法令所定の承認基準である2Nの引張力に耐えるも
のであればよいこと,被控訴人も,自身の特許及び特許出願において,本件
明細書と同様の記載によりAu-Sn系はんだを特定していることなどを指
摘して,請求項1~9の記載はサポート要件に適合している旨主張する。
しかし,前記のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を踏まえ
ると,本件発明の「Au-Sn系はんだ」については,その発明の課題解決
のため,「Ag-Sn系はんだ」との比較において固着強度が単に相対的に
高いというだけでは十分ではなく,コアワイヤに対するコイルスプリングの
固着強度が,コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い,又は,
Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であるこ
とを要すると解される。
また,本件発明は医療用ガイドワイヤである以上,関係法令所定の承認
基準を充足すべきは当然であり,これをもって技術常識といい得るとしても,
本件明細書には当該承認基準に言及した記載は見当たらない。そうである以
上,当該承認基準と,本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はん
だの固着強度との関係は明らかでなく,当該承認基準を充足すれば当該固着
強度を得られるということはできない(そもそも,被控訴人の実験結果(上
記(3)エ(イ))によれば,サンプル2及び3は当該承認基準を充足していな
い。)。
他方,同じく医療用ガイドワイヤに係る特許又は特許出願といえども,
その特許請求の範囲や発明の詳細な説明の記載は,それぞれの発明の解決課
題や課題解決手段に応じて過不足のないように記載すべきものであるから,
被控訴人自身の特許又は特許出願において本件特許と同様の記載が見られる
ことをもって,本件発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合して
いることの根拠とすることはできない。
その他るる主張する点を考慮しても,控訴人の主張は採用し得ない。
(6) 以上より,請求項1の記載がサポート要件に適合しているということは
できず,これを引用する請求項2~9の記載もサポート要件に適合するとい
うことはできない。
そうすると,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと
認められることから,本件特許権の特許権者である控訴人は,被控訴人に対
し,その権利を行使することができない。
したがって,その余の点につき論ずるまでもなく,控訴人は,被控訴人
に対し,法100条1項及び2項に基づく被告製品の製造,販売等の差止め
及び被告製品等の廃棄請求権並びに不法行為に基づく損害賠償請求権を行使
し得ない。
第4 結論
以上より,原判決は結論において正当であり,控訴人の控訴は理由がないか
ら,これを棄却する。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴 岡 稔 彦
裁判官
杉 浦 正 樹
裁判官
寺 田 利 彦
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