平成29(行ケ)10188審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成30年3月12日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官斉藤孝恵 原告株式会社FIELD松島理
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法令 |
意匠権
意匠法3条2項5回 意匠法2条1項1回
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キーワード |
審決21回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成27年11月5日,意匠に係る物品を「アクセサリーケース型
カメラ」とする別紙1意匠公報写しの図面記載の形態の意匠(以下「本願意匠」と
いう。)の出願(意願2015-24653号)をし,平成28年10月13日
(発送日),拒絶査定を受けた。
(2) 原告は,平成28年12月26日,上記拒絶査定について不服審判を請求し,
特許庁はこれを不服2016-19358号事件として審理した。 |
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判決文
平成30年3月12日判決言渡
平成29年(行ケ)第10188号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成30年2月19日
判 決
原 告 株 式 会 社 F I E L D
同訴訟代理人弁理士 小 笠 原 宜 紀
松 島 理
上 岡 將 人
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 江 塚 尚 弘
斉 藤 孝 恵
橘 崇 生
真 鍋 伸 行
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2016-19358号事件について平成29年9月8日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は,平成27年11月5日,意匠に係る物品を「アクセサリーケース型
カメラ」とする別紙1意匠公報写しの図面記載の形態の意匠(以下「本願意匠」と
いう。)の出願(意願2015-24653号)をし,平成28年10月13日
(発送日),拒絶査定を受けた。
(2) 原告は,平成28年12月26日,上記拒絶査定について不服審判を請求し,
特許庁はこれを不服2016-19358号事件として審理した。
(3) 特許庁は,平成29年9月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,
同月25日,原告に送達された。
(4) 原告は,平成29年10月21日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提
起した。
2 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本
願意匠は,下記アないしエの引用例1ないし4に記載された意匠(以下,順に「引
用意匠1」などという。)に基づいて当業者が容易に創作できた意匠に該当するか
ら,意匠法3条2項により意匠登録を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:ウェブサイト「ViralBridal〔バイラルブライダル〕」
の表題:プロポーズの瞬間をカメラに収める「Ring cam」【カメラ付き指
輪ケース】が人気!?(情報のアドレス:http://viralbridal.
com/post-389/)に掲載された「カメラ付き指輪ケース」(甲2,乙
2。別紙2。2014年12月1日公開)
イ 引用例2:有限会社ドマーニが運営しているウェブサイト「Domani」
の「ジュエリーケースTop」(情報のアドレス:http://domani.
main.jp/c-museum.htm)に掲載された「LEDライト付指輪
ケース(品番:JCA-950R)」(甲3。別紙3。2014年8月25日公開)
ウ 引用例3:隠しカメラ・小型カメラ専門店が運営しているウェブサイト「隠
しカメラ専門店」(情報のアドレス:http://www.atomicsof
tek.com/mint/1247136.html)に掲載された「ボトルケ
ース型スパイカメラ(スパイダーズX M-923 ガムボトル)」(甲4。別紙
4。2015年6月26日公開)
エ 引用例4:オンスクエア株式会社が運営しているウェブサイト「STORE
MIX」(情報のアドレス:http://www.store-mix.com
/ko-bai/product.php?pid=2741993)に掲載され
た「ティッシュボックス型スパイカメラ(スパイダーズX M-925)」(甲5,
12。別紙5。2015年3月30日公開)
(2) 本件審決は,本願意匠及び引用意匠1について,以下のとおり認定した。
ア 本願意匠
意匠に係る物品は,「アクセサリーケース型カメラ」であって,蝶番により開閉
する上蓋と収納部とを備え,内部に撮像機能及び録画機能を組み込んだものである。
その形態は,略有底中空正四角柱の下部収納部と,この下部収納部の上方に対向
して配置された下部収納部とほぼ同じ形状の上蓋部からなる,全体の縦横高さの比
を約4:4:3とする略中空直方体状のものであって,蝶番(以下「ヒンジ部」と
いう。)のある面と対向する面を前面とすると,下部収納部の前面中央部分に撮像
部を嵌合し,上蓋部上面の前面側縁寄り中央部分に略小円形状のインジケータを設
け,そのインジケータの斜め後方の前面側から見て左側縁寄りの部分に略円柱状の
スイッチを一つ立設し,上蓋部の前面側から見て右側面の前方寄りの部分に略隅丸
長方形状のパソコン接続用端子挿入口を形成した態様としたものである。
イ 引用意匠1
意匠に係る物品は,指輪ケースの内部に撮影機能及び録画機能を組み込んだ「カ
メラ付指環ケース」である。
その形態は,略有底中空正四角柱の収納部と,この収納部の上方に対向して配置
された収納部とほぼ同じ形状の上蓋部からなる,ヒンジ部により開閉可能な,略中
空直方体状のアクセサリーケースである指輪ケースの前面部分に撮像部を嵌合し,
上蓋上面の前面側縁寄り中央部分に略小円形状のインジケータを設け,そのインジ
ケータの斜め後方の前面側から見て左側縁寄りの部分に略小半球状のスイッチを一
つ立設し,上蓋の前面側から見て右側面の前方寄りの部分に略隅丸長方形状のパソ
コン接続用端子挿入口を形成した態様としたものである。
3 取消事由
意匠法3条2項該当の判断の誤り
第3 当事者の主張
〔原告の主張〕
1 本願意匠及び引用意匠1の認定並びに相違点
(1) 本願意匠の形態は,以下のとおり認定すべきである(下線部は,本件審決の
認定と相違する箇所である。以下同じ。)。
略有底中空正四角柱の下部収納部と,この下部収納部と略同じ形状で対向して配
置され,ヒンジ部により開閉可能に取り付けられた上蓋部からなる,全体の縦横高
さの比を約4:4:3とする,上蓋部上面が平坦で全体が角張った略中空直方体状
のアクセサリーケースに,撮像機能及び録画機能を組み込んでアクセサリーケース
型カメラとしたものであって,ヒンジ部のある面と対向する面を前面とすると,下
部収納部の前面で上下及び左右ともに中央の位置に,下部収納部側辺の横方向長さ
の約15%の長さの直径を有する円形の撮像部を嵌合し,上蓋部上面の前面側縁寄
り中央部分に略小円形状のインジケータを設け,そのインジケータの斜め後方の前
面側から見て左側縁寄りの部分に略円柱状のスイッチを一つ立設し,上蓋部の前面
側から見て右側面の前方寄りの部分に略隅丸長方形状のパソコン接続用端子挿入口
を形成した態様としたもの。
(2) 引用意匠1の形態は,以下のとおり認定すべきである。
略有底中空正四角柱の下部収納部と,この下部収納部と略同じ形状で対向して配
置され,ヒンジ部により開閉可能に取り付けられた上蓋部からなる,全体の縦横高
さの比を約4:4:3とする,上蓋部上面が湾曲し,盛り上がった略中空直方体状
のアクセサリーケースに,撮像機能及び録画機能を組み込んでアクセサリーケース
型カメラとしたものであって,ヒンジ部のある面と対向する面を前面とすると,上
蓋部の前面で,上蓋部側辺の横方向長さを基準に中心より左側に約18%ずれ,か
つ,上蓋部側辺の縦方向長さを基準に上方向に約25%ずれた位置に,上蓋部側辺
の横方向長さの約13%の長さの直径を有する円形の撮像部を嵌合し,上蓋部上面
の前面側縁寄り中央部分に略小円形状のインジケータを設け,そのインジケータの
斜め後方の前面側から見て左側縁寄りの部分に略半球状のスイッチを一つ立設し,
上蓋部の前面側から見て右側面の前方寄りの部分に略隅丸長方形状のパソコン接続
用端子挿入口を形成した態様としたもの。
(3) 本願意匠と引用意匠1とは,以下の点において相違する。
ア 本願意匠は,撮像部が,下部収納部の前面で上下及び左右ともに中央の位置
に嵌合され,下部収納部側辺の横方向長さの約15%の長さの直径を有する円形の
形態をなすのに対し,引用意匠1は,撮像部が,上蓋部の前面で,上蓋部側辺の横
方向長さを基準に中心より左側に約18%ずれ,かつ,上蓋部側辺の縦方向長さを
基準に上方向に約25%ずれた位置に嵌合され,上蓋部側辺の横方向長さの約1
3%の長さの直径を有する円形の形態をなしている(以下「相違点A」という。)。
イ 本願意匠は,上蓋部の上面が平坦であるのに対し,引用意匠1は,上蓋部の
上面が湾曲し,盛り上がっている(以下「相違点B」という。)。
ウ 本願意匠は,スイッチが円柱状であるのに対し,引用意匠1は,スイッチが
略球面状である(以下「相違点C」という。)。
2 引用意匠3及び4を創作容易性の根拠としたことの誤り
(1) 本願意匠の物品「アクセサリーケース型カメラ」は,アクセサリーケースや
防犯用隠しカメラから派生したものでなく,ブライダル業界で独自に発展してきた
ものであること,本願意匠の創作者はブライダル関係の者であり,引用意匠3及び
4の創作者は,防犯等に用いられる小型カメラや隠しカメラ関係の分野に属する者
であり,各々が有する知識は大きく異なること,本件審決は,本願意匠の分野を
「アクセサリーケース型カメラ」よりも上位の「撮影機能及び録画機能を収納容器
等に組み込んだビデオカメラの分野」と認定する根拠を示していないことからすれ
ば,本願意匠と引用意匠3及び4を同じ分野に認定すべきではない。
(2) また,本願意匠に係る物品「アクセサリーケース型カメラ」は,求められる
隠匿性が,プロポーズの瞬間の相手の反応の自然さを失わないだけのさり気なさを
演出できる程度で足りるのに対し,引用意匠3及び4に係る物品「防犯用隠しカメ
ラ」は厳格な隠匿性が求められるものである。本願意匠に係る当業者には,防犯用
隠しカメラの分野に属する意匠を転用する習慣などなく,防犯用隠しカメラの形態
が広く知られていたとは認められないから,引用意匠3及び4を根拠に創作容易性
を肯定することはできない。
3 相違点AないしCの創作容易性の判断に係る誤り
引用意匠1ないし4を組み合わせても本願意匠を容易に創作することはできない。
(1) 引用例3及び4は,意匠として,収納部に撮像部を設けることを示唆しない
ことについて
ア 意匠とは,物品(物品の部分を含む。)の形状,模様若しくは色彩又はこれ
らの結合であって視覚を通じて美感を起こさせるものである(意匠法2条1項)。
引用例3及び4は,撮像部が,看者に見えないよう小さくされ,収納容器外表面
の模様に紛れ込ませるよう設けられている。このように,外観上,隠匿される撮像
部は,視覚を通じて美感を起こさせるものではなく,意匠的な要素に該当しない。
そうすると,引用例3及び4は,撮像部の小型化と収納容器外表面の模様によるカ
モフラージュで,撮像部を隠匿することを示唆しているとしても,意匠として,収
納部に撮像部を設けることを示唆しない。
イ 仮に,引用例3及び4の撮像部が意匠的な要素に該当するとしても,撮像部
を隠匿した意匠の示唆しか受けない。
(2) 撮像部を上蓋部から収納部に変更することが容易でないことについて
ア 引用意匠1は,アクセサリーケースを開いて指輪を見せ,ひざまずいた状態
でプロポーズを行うというアメリカの風習に適するよう,撮像部を上蓋部に設けて
いる。他方,本願意匠は,アクセサリーケースを開いて指輪を見せ,面と向かった
状態でプロポーズを行うという日本の風習に適するよう,撮像部を収納部に設けて
いる。
アクセサリーケース型カメラは,上蓋部に撮像部を設けることが,当業者の固定
観念として定着していたのであって,撮像部を収納部に変更することは,単なる配
置変更ではなく,従来の根本的な用途・機能を失うことになるから,容易に創作す
ることができたものではない。
イ 本件審決は,上蓋部よりもスペースが確保しやすい下部収納部の方が,技術
的に実現が簡単であることを根拠に,本願意匠が創作容易であるとする。しかし,
技術的に実現が簡単であることを根拠に,本願意匠の創作容易性を判断することは
できない。
(3) 引用例3及び4は,撮像部の位置を変更することが容易であることを示した
ものではないから,引用意匠1及び2を組み合わせてなるアクセサリーケース型カ
メラに,引用意匠3及び4を組み合わせたとしても,得られるのは,「上蓋部上面
が平面で,上蓋部の前面左寄り(引用意匠1)と下部収納部(引用意匠3)又は下
部収納部の前面左下隅(引用意匠4)に撮像部を嵌合した」という撮像部を2つ有
するアクセサリーケース型カメラである。
(4) 引用意匠1ないし4を組み合わせて本願意匠の構成が得られるとしても,引
用意匠2を組み合わせて,上蓋部上面の形態を変更する過程と,引用意匠3及び4
を組み合わせて,撮像部の位置を変更する過程の少なくとも二段階の創作過程を経
ていることから,当業者が容易に創作することができたとはいえない。
(5) 下部収納部の前面の長方形状の上下及び左右の中央の位置に撮像部が表れる
という本願意匠の構成要素は,引用意匠1ないし4を組み合わせても得られない。
本願意匠では,長方形の外形の上下及び左右の中心に大きな円形が表されることに
よって,下部収納部の前面は上下及び左右に対称な美しい外観となり,さらに安定
感のある外観に仕上がっている。そして,この部分は,正面に当たるので,需要者
の最も関心をひく部位である。
〔被告の主張〕
1 本願意匠及び引用意匠1の認定並びに相違点
(1) 本願意匠の撮像部の形態及び大きさが,原告主張のとおりであることは認め
る。
(2) 引用意匠1の撮像部の配置,形態及び大きさが,原告主張のとおりであるこ
とは認める。
(3) 原告主張の相違点AないしCの存在は認める。
2 引用意匠3及び4を創作容易性の根拠としたことの誤り
(1) 本願意匠に係る当業者は,アクセサリーケースの分野における通常の知識と
併せて,隠しカメラの分野における通常の知識を有する者であり,本願意匠と引用
意匠3及び4の創作者が有する知識は大きく異ならないこと,本件審決のいう「撮
影機能及び録画機能を収納容器等に組み込んだビデオカメラの分野」は,創作容易
性の判断を行うに当たって,本願意匠の当業者がどの分野に属する者であるかにつ
いて判断したものであることからすれば,本願意匠と引用意匠3及び4が同じ分野
に属するわけではなく,本願意匠の創作容易性の判断を行う当業者の属する分野に
着目して,引用意匠3及び4を本願意匠の創作容易性の根拠としたものである。
(2) 創作容易性の判断は,引用意匠の形態の隠匿性の大小や,それに伴う用途の
差異に左右されるものではない。アクセサリーケース型カメラの分野と防犯用隠し
カメラの分野間での意匠の転用については,本願意匠の創作容易性の判断と何ら関
係がない。
3 相違点AないしCの創作容易性の判断に係る誤り
(1) 引用例3及び4は,意匠として,下部収納部に撮像部を設けることを示唆し
ないことについて
ア 引用意匠3及び4は,いずれも撮影機能を有する隠しカメラであって,これ
らの撮像部を,見えないように小さくし,表面の模様に紛れ込ませるよう設けた形
態こそが,隠しカメラの意匠における重要な意匠的要素である。また,引用例3及
び4が,原告の主張するように,模様によって撮像部を隠匿することを示唆してい
るとしても,併せて,撮像部を収納部に設けることも示唆している。
イ 引用意匠3及び4は,撮像部を収納部に設けた形態であることが明らかであ
る。そして,撮像部の厳格な隠匿性や収納部の外表面の形態及び撮像部がカモフラ
ージュ可能かどうかに関係なく考慮することができる。
(2) 撮像部を上蓋部から下部収納部に変更することが容易でないことについて
ア 原告がどのような創作意図によって本願意匠を創作したにせよ,その結果,
その意匠が,当業者であれば公然知られた形態に基づいて容易に創作をすることが
できたときは,その意匠は,意匠法3条2項により登録できない。
イ 本件審決は,技術的に実現が簡単であることを根拠に,本願意匠の創作容易
性を判断してはいない。
(3) 本願意匠の形態は,引用意匠3にあるように,撮像部の配置を下方収納部の
その収納部の下方部分に変更して創作したにすぎない。原告の主張は失当である。
(4) 引用意匠1の上蓋上面の形態と撮像部の形態を同時に変更したからといって,
容易な創作を同時に行ったにすぎず,本願意匠の創作が特段困難なものであるとは
いえない。
(5) 一つの要素を中心部分に配置する造形処理は,工業デザイン一般において常
識に属する事項といえる。また,カメラ用レンズ等の分野において,撮像部の形態
を円形とすることはごく普通にみられる広く知られた形状である。したがって,円
形の撮像部を収納部前面のほぼ中央部分に配置する形態は,当業者であれば容易に
創作をすることができたものである。
第4 当裁判所の判断
1 本願意匠及び引用意匠について
(1) 甲1によれば,本願意匠の形態は,以下のとおりであると認められる(当事
者間に争いがない。)。
略有底中空正四角柱の収納部と,この収納部と略同じ形状で対向して配置され,
ヒンジ部により開閉可能に取り付けられた上蓋部からなる,全体の縦横高さの比を
約4:4:3とする,上蓋部上面が平坦で全体が角張った略中空直方体状のアクセ
サリーケースに,撮像機能及び録画機能を組み込んでアクセサリーケース型カメラ
としたものであって,ヒンジ部のある面と対向する面を前面とすると,収納部の前
面で上下及び左右ともに中央の位置に,収納部側辺の横方向長さの約15%の長さ
の直径を有する円形の撮像部を嵌合し,上蓋部上面の前面側縁寄り中央部分に略小
円形状のインジケータを設け,そのインジケータの斜め後方の前面側から見て左側
縁寄りの部分に略円柱状のスイッチを一つ立設し,上蓋部の前面側から見て右側面
の前方寄りの部分に略隅丸長方形状のパソコン接続用端子挿入口を形成した態様と
したもの。
(2) 甲2,乙2によれば,引用意匠1の形態は,以下のとおりであると認められ
る(当事者間に争いがない。)。
略有底中空正四角柱の収納部と,この収納部と略同じ形状で対向して配置され,
ヒンジ部により開閉可能に取り付けられた上蓋部からなる,全体の縦横高さの比を
約4:4:3とする,上蓋部上面が湾曲し,盛り上がった略中空直方体状のアクセ
サリーケースに,撮像機能及び録画機能を組み込んでアクセサリーケース型カメラ
としたものであって,ヒンジ部のある面と対向する面を前面とすると,上蓋部の前
面で,上蓋部側辺の横方向長さを基準に中心より左側に約18%ずれ,かつ,上蓋
部側辺の縦方向長さを基準に上方向に約25%ずれた位置に,上蓋部側辺の横方向
長さの約13%の長さの直径を有する円形の撮像部を嵌合し,上蓋部上面の前面側
縁寄り中央部分に略小円形状のインジケータを設け,そのインジケータの斜め後方
の前面側から見て左側縁寄りの部分に略半球状のスイッチを一つ立設し,上蓋部の
前面側から見て右側面の前方寄りの部分に略隅丸長方形状のパソコン接続用端子挿
入口を形成した態様としたもの。
(3) 本願意匠と引用意匠1とは,以下の点において相違する(当事者間に争いが
ない。)。
ア 本願意匠は,撮像部が,収納部の前面で上下及び左右ともに中央の位置に嵌
合され,収納部側辺の横方向長さの約15%の長さの直径を有する円形の形態をな
すのに対し,引用意匠1は,撮像部が,上蓋部の前面で,上蓋部側辺の横方向長さ
を基準に中心より左側に約18%ずれ,かつ,上蓋部側辺の縦方向長さを基準に上
方向に約25%ずれた位置に嵌合され,上蓋部側辺の横方向長さの約13%の長さ
の直径を有する円形の形態をなしている(相違点A)。
イ 本願意匠は,上蓋部の上面が平坦であるのに対し,引用意匠1は,上蓋部の
上面が湾曲し,盛り上がっている(相違点B)。
ウ 本願意匠は,スイッチが円柱状であるのに対し,引用意匠1は,スイッチが
略球面状である(相違点C)。
(4) 引用意匠2ないし4は,以下のとおりである(甲3~5,12)。
ア 引用意匠2は,上蓋上面を平坦で全体が角張った略直方体状とした「指輪ケ
ース」である(別紙3)。
イ 引用意匠3は,ガム等の収納容器の内部に撮影機能を組み込んだ「撮影機能
付ボトルケース」であって,収納容器の表面に撮像部を設けた「防犯・監視」に最
適とされる「ボトルケース型スパイカメラ」である(別紙4)。
ウ 引用意匠4は,ティッシュボックスの収納容器の内部に撮影機器を組み込ん
だ撮影機能付ティッシュボックスケースであって,収納容器の前面左下に撮像部を
設けた「小型カメラ」,「防犯カメラ」及び「ティッシュボックス型スパイカメラ」
である(別紙5)。
2 取消事由(意匠法3条2項該当の判断の誤り)について
(1) 意匠法3条2項は,物品との関係を離れた抽象的なモチーフとして日本国内
において広く知られた形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合(周知のモチーフ)
を基準として,それからその意匠の属する分野における通常の知識を有する者(当
業者)が容易に創作することができた意匠でないことを登録要件としたものであり,
上記の周知のモチーフを基準として,当業者の立場からみた意匠の着想の新しさな
いし独創性を問題とするものである(最高裁昭和45年(行ツ)第45号同49年
3月19日第三小法廷判決・民集28巻2号308頁,最高裁昭和48年(行ツ)
第82号同50年2月28日第二小法廷判決・裁判集民事114号287頁参照)。
(2) 引用意匠3及び4を創作容易性の根拠としたことについて
ア 前記(1)によれば,意匠の創作非容易性は,その意匠の属する分野における通
常の知識を有する者(当業者)を基準に,公然知られた形状,模様若しくは色彩又
はこれらの結合に基づいて容易に意匠の創作をすることができたか否かを判断して
決するのが相当である(意匠法3条2項)。
本願意匠の「アクセサリーケース型カメラ」は,アクセサリーケースとしての用
途と機能を有し,併せて相手に分からないように撮影し,録画するという隠しカメ
ラとしての用途と機能を有するものである。アクセサリーケースに隠しカメラを設
置する場合,多種多様な隠しカメラの撮像部の配置を参考にして,適切な設置場所
を決定すると考えられるから,本願意匠に係る当業者は,アクセサリーケースの分
野における通常の知識と,隠しカメラの分野における通常の知識を併せて有する者
である。
前記1(4)のとおり,引用意匠3は,ガム等の収納容器の内部に撮影機能を組み込
んだ「撮影機能付ボトルケース」であり,引用意匠4は,ティッシュボックスの収
納容器の内部に撮影機能を組み込んだ「撮影機能付ティッシュボックス」である。
したがって,「アクセサリーケース型カメラ」の当業者にとって,隠しカメラで
ある引用意匠3及び4は,出願前に公然知られた形態といえるから,本願意匠にお
ける撮像部の設置場所を決定するに当たり,引用意匠3及び4を参考にすることが
できる。
イ 原告は,①本件審決の認定と異なり,本願意匠と引用意匠3及び4は同じ分
野に属さない,②本願意匠に係る当業者には,防犯用隠しカメラの分野に関する意
匠を転用する習慣などなく,防犯用隠しカメラの形態が広く知られていたとはいえ
ない,などとして,引用意匠3及び4を相違点Aの創作容易性の根拠とすることは,
誤りであると主張する。
しかし,①本件審決は,本願意匠に係る当業者が,アクセサリーケースと隠しカ
メラの双方について,通常の知識を有するものと判断しているのであって,本願意
匠と引用意匠3及び4が同一の分野に属すると判断しているのではないから,原告
の上記主張は前提を異にするものである。また,②アクセサリーケースに隠しカメ
ラを設置する場合,隠しカメラの分野においていかなる形態で撮像部が設置されて
いるかを参考にすると考えられるから,本願意匠に係る物品の当業者にとって,公
然知られた隠しカメラの形態は,公知というべきである。
したがって,本件審決が,引用意匠3及び4を相違点Aの創作容易性の根拠とし
たことに誤りはない。
(3) 相違点AないしCの創作容易性
ア 引用意匠3(別紙4。甲4)及び4(別紙5。甲5)の形状からすれば,こ
れに接した当業者は,隠しカメラの撮像部を収納部とすることを示唆されている。
引用意匠1は,アクセサリーケースを開いて指輪を見せ,ひざまずいた状態でプ
ロポーズを行うというアメリカの風習(甲13)に適するよう,撮像部を上蓋部に
設けたものである(甲2)。そこで,これと異なる形で,アクセサリーケースを使
用する場合にも適するよう,撮像部の位置を変更する動機付けが認められる。した
がって,撮像部を収納部に設置した引用意匠3及び4を参考にしつつ,引用意匠1
の撮像部を上蓋部から収納部に変更することは,当業者が,容易に創作することが
できたものである。
また,一つの要素をある箇所に設ける際に,その箇所の上下左右対称の中心部分
に配置する造形処理は,工業デザイン一般において通常行われていることであるか
ら,撮像部を収納部の中央部分に配置することは,特段困難なことではない。そし
て,カメラの撮像部の形態を円形とすることはごく普通にみられる広く知られた形
状であり,撮像部の直径を13%から15%に大きくすることは,多少の改変にす
ぎない。
したがって,相違点Aに係る本願意匠の形態には着想の新しさ・独創性があると
はいえず,引用意匠1に引用意匠3及び4を組み合わせることによって,当業者が
容易に創作することができたものである。
イ 相違点Bについて,引用意匠1の上蓋部の形態を,引用意匠2(甲3。別紙
3)の上蓋部のように,上蓋上面が平坦な略直方体状とすることに,着想の新し
さ・独創性があるとはいえず,当業者が,容易に創作することができたものである。
ウ そして,相違点Cについて,スイッチ等の操作部を大きくするような変更は,
操作性の向上等のために行われる特段特徴のない変更である。そうすると,引用意
匠1のスイッチの形態を,特段特徴のない変更をして広く知られた形態である略円
柱状にすることに,着想の新しさ・独創性があるとはいえず,当業者が容易に創作
することができたものである。
(4) 原告の主張について
ア 原告は,引用例3及び4が,撮像部の小型化と収納容器外表面の模様による
カモフラージュで撮像部を隠匿することを示唆しているとしても,意匠として,収
納部に撮像部を設けることを示唆しないと主張する。
しかし,引用例3及び4は,模様によって撮像部を隠匿することのほかに,物品
全体の形状に係る意匠として,ガム等やティッシュペーパーといった物を収納する
部位の下部に撮像部を設置する構成も示唆していると解するのが相当である。
したがって,本件審決が,引用例3及び4は,意匠として,収納部に撮像部を設
けることを示唆していると判断したことに誤りはない。
イ 原告は,①引用意匠1の撮像部を収納部に変更することは,単なる配置変更
ではなく,従来の根本的な用途・機能を失うことになるから,容易に創作すること
ができたものではない,②技術的に実現が簡単であることを根拠に,創作が容易で
あるということはできないと主張する。
しかし,①アメリカのプロポーズの風習とは異なる形で使用する場合にも適する
よう改変を加えることが,容易でないということはできない。また,②本件審決は,
撮像部の変更が技術的に容易であることを根拠に,創作の容易性を肯定したもので
はなく,撮像部の変更に特段の技術上の困難さがないことから,創作の容易想到性
は妨げられないと判断したものであるから,原告の上記主張は前提を異にする。
したがって,本件審決が,撮像部を上蓋部から収納部に変更することが容易に創
作できたと判断したことに誤りはない。
ウ 原告は,引用意匠3及び4は,撮像部の位置を変更することが容易であるこ
とを示したものではないから,引用意匠1に引用意匠3及び4を組み合わせたとし
ても,撮像部を2つ有する物品が創作できるにすぎないと主張する。
しかし,前記(3)アのとおり,引用意匠3及び4は,撮像部の位置を収納部に設け
ることを示唆しており,引用意匠1の上蓋部から収納部に変更することに特段の困
難さは認められない。そして,撮像部の位置を変更する場合,撮像部は1つあれば
足りるから,変更前の撮像部を取り除くことは明らかである。
エ 原告は,引用意匠2を組み合わせて,上蓋部上面の形態を変更する過程と,
引用意匠3及び4を組み合わせて,撮像部の位置を変更する過程というように,少
なくとも二段階の創作過程を経ていることから,容易に創作することができたとは
いえないと主張する。
しかし,本願意匠と引用意匠1を全体として見た場合に,最も大きな相違は,撮
像部の位置にあるところ,その点に係る着想の新しさ・独創性が否定される以上,
それ以外の上蓋部上面やスイッチの形状は,ありふれた構成に基づくささいな設計
事項にすぎない。したがって,意匠を全体として考察しても,その創作が特段困難
なものであるということはできない。
オ 原告は,下部収納部の前面の上下及び左右の中央の位置に撮像部が表れると
いう構成は,引用意匠1ないし4を組み合わせても得られないと主張する。
しかし,前記(3)アのとおり,一つの要素をある箇所に設ける際に,その箇所の上
下左右対称の中心部分に配置する造形処理は,工業デザイン一般において通常行わ
れていることであるから,撮像部を収納部の中央部分に配置することは,特段困難
なことではない。
(5) 小括
したがって,本願意匠は,引用意匠1ないし4を組み合わせれば容易に創作する
ことができたものである。よって,取消事由は理由がない。
3 結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 関 根 澄 子
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