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平成30(行ケ)10077審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成31年3月20日
事件種別 民事
当事者 被告株式会社メディオン・リサーチ・
原告株式会社クレジェンテ伊藤博昭
対象物 二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物
法令 特許権
特許法36条6項1号1回
キーワード 審決20回
実施11回
無効5回
特許権2回
無効審判1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は,発明の名称を「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物」とする特 許第5643872号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。

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判決文

平成31年3月20日判決言渡
平成30年(行ケ)第10077号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成31年1月16日
判 決
原 告 株式会社クレジェンテ
訴訟代理人弁護士 高 橋 淳
伊 藤 博 昭
訴訟復代理人弁護士 加 藤 伸 樹
被 告 株式会社メディオン・リサーチ・
ラボラトリーズ
訴訟代理人弁護士 山 田 威 一 郎
中 村 小 裕
松 本 響 子
柴 田 和 彦
訴訟代理人弁理士 田 中 順 也
水 谷 馨 也
迫 田 恭 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2017-800092号事件について平成30年5月8日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 被告は,発明の名称を「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物」とする特
許第5643872号(以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許は,平成11年5月6日を出願日とする特願平11-12590
3号の一部を平成19年6月11日に新たな出願とし(特願2007-15
4216号),更にその一部を平成23年1月18日に新たな出願とし(特
願2011-8226号),更にその一部を平成25年4月26日に新たな
出願とした特願2013-93612号に係るものであって,平成26年1
1月7日にその特許権の設定登録がされたものである。
(2) 原告は,平成29年7月11日,特許庁に対し,本件特許を無効にするこ
とを求めて特許無効審判を請求した。
特許庁は,これを無効2017-800092号事件として審理した上,
平成30年5月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし
(以下「本件審決」という。),その謄本は同月17日に原告に送達された。
(3) 原告は,平成30年6月6日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提起
した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,特許請
求の範囲に記載された発明を「本件発明」といい,個別に特定するときは請求
項の番号に従って「本件発明1」などという。また,本件発明に係る明細書〔甲
51〕を「本件明細書」という。)。
【請求項1】
気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物からな
るパック化粧料を得るためのキットであって,
水及び増粘剤を含む粘性組成物と,
炭酸塩及び酸を含む,複合顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤と,
を含み,
前記二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物が,前記粘性組成物と,前記複合
顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤とを混合することにより得られ,前記
二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘剤の含有量が1~15質
量%である,
キット。
【請求項2】
前記複合顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤が,酸として,クエン酸,
コハク酸,酒石酸,乳酸,及びリン酸二水素カリウムからなる群から選択され
た少なくとも1種を含む,請求項1に記載のキット。
【請求項3】
前記粘性組成物が,増粘剤として,天然高分子,半合成高分子,及び合成高
分子からなる群から選択された少なくとも1種を含む,請求項1または2に記
載のキット。
【請求項4】
前記粘性組成物が,増粘剤として,アルギン酸ナトリウム,カルボキシビニ
ルポリマー,カルボキシメチルスターチナトリウム,カルボキシメチルセルロ
ースナトリウム,キサンタンガム,クロスカルメロースナトリウム,結晶セル
ロース,ヒドロキシプロピルセルロース,ヒドロキシプロピルメチルセルロー
ス,及びポリビニルアルコールからなる群から選択された少なくとも1種を含
む,請求項1~3のいずれかに記載のキット。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりである。要するに,
本件発明は,①発明として完成していないものであるとはいえず,②特許法
36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていないとはいえ
ず,③特許法36条4項に規定する要件(実施可能要件)を満たしていない
とはいえず,④甲1(特開昭63-310807号公報)に記載された発明
及び甲3~甲7(特開平6-179614号公報)に記載された周知技術又
は公知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると
もいえないから,本件特許を無効とすることはできない,というものである。
(2) 前記(1)④の判断に際し,本件審決が認定した引用発明(甲1-1発明),
本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明(甲1-1発明)
クエン酸を水に溶解して得られる水溶液を第1剤とし,アルギン酸ナト
リウムと炭酸水素ナトリウムとをポリエチレングリコール(分子量400
0)で被覆した粉末を第2剤とする用時混合型発泡性エッセンス。
イ 本件発明1と引用発明との一致点
「気泡状の二酸化炭素を含有する二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物か
らなる化粧料を得るためのキットであって,
増粘剤を含む成分と,
酸を含む成分と,
ここで,増粘剤を含む成分又は酸を含む成分のいずれか一方に炭酸塩が
含まれている
を含み,
前記組成物が,前記増粘剤を含む成分と,酸を含む成分とを混合するこ
とにより得られる,
キット。」である点
ウ 本件発明1と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
「キット」が,本件発明1は,「水及び増粘剤を含む粘性組成物」と,
「炭酸塩及び酸を含む,複合顆粒剤,複合細粒剤,または複合粉末剤」
とを含むのに対し,甲1-1発明は,「クエン酸を水に溶解して得られ
る水溶液」である「第1剤」と,「アルギン酸ナトリウムと炭酸水素ナ
トリウムとをポリエチレングリコール(分子量4000)で被覆した粉
末」である「第2剤」とからなる点
(イ) 相違点2
本件発明1は,「二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物中の前記増粘
剤の含有量が1~15質量%」と特定されているのに対し,甲1-1発
明は不明な点
(ウ) 相違点3
「化粧料」が,本件発明1は「パック化粧料」であるのに対し,甲1
-1発明は「エッセンス」である点
4 取消事由
相違点1に係る判断の誤り
5 取消事由に関する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 本件審決は,甲1-1発明に対して甲7に記載された事項(アルギン酸ナ
トリウムをあらかじめ水に溶解させてゲル状としておくという技術的事項。
以下「甲7記載事項」という。)等を適用することに関し,動機付けがなく,
また,阻害要因があるとして,その適用は困難と判断しているが,次のとお
り誤りである。
(2) すなわち,本件特許の原出願日当時,二酸化炭素が血行促進その他の美容
効果を生じることは周知であり,気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)を経皮吸
収させることを機能の一つとする化粧料や炭酸ガスを発生させる物質を水の
存在下で用時に混合する技術,2剤型の化粧料やジェルと粉末の組合せも,
それぞれ周知であり,あるいは慣用技術であった。また,アルギン酸ナトリ
ウムは天然由来の増粘剤であり,粘度及び安全性が高い上,皮膚に良い影響
を与えるというメリットがあることが確認されていたが,他方で水に難溶で
あるため,事前に水に添加して利用することが慣用技術であった(アルギン
酸ナトリウム慣用技術)。甲7記載事項は,かかるアルギン酸ナトリウム慣
用技術のことを意味している。
さらに,気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)を経皮吸収させることを機能の
一つとする化粧剤について,気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)が大気中に拡
散すること(拡散問題)を軽減することは自明かつ周知の課題であり,この
課題を解決するために,アルギン酸ナトリウムを事前に水に添加して万遍な
く行き渡らせることにより,アルギン酸ナトリウム含有水溶液に網目状の高
分子化合物が形成され,気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)を水溶液中に閉じ
込めることが可能となり(閉じ込め効果),その結果,気泡状の二酸化炭素
(炭酸ガス)が大気中に拡散することを物理的に軽減させることができるこ
とも周知であった。
(3) ところで,甲1-1発明は,気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)の保留性を
高めることを課題とするものであり,炭酸塩と水溶性高分子化合物(増粘剤)
をポリエチレングリコールにて被覆し徐放とするという手段を援用すること
により,その課題を解決しようとするものである。
この点,確かに,炭酸塩の放出速度が低下することにより,二酸化炭素の
発生速度も低下するから,炭酸ガスの保留性は一定程度高まっている可能性
がある。しかし,甲1-1発明において水溶性高分子化合物(増粘剤)とし
てアルギン酸ナトリウムを選択する場合,この物質が水に難溶であることか
ら増粘剤の溶解速度も低下するため,アルギン酸ナトリウム含有水溶液と比
較して閉じ込め効果が著しく劣ることは自明である。
したがって,甲1-1発明に接した当業者は,より良い技術を求め,炭酸
ガスの保留性を更に高めることを課題として,甲1-1発明に対し,アルギ
ン酸ナトリウム慣用技術を適用し,酸性水溶液をアルギン酸ナトリウム含有
水溶液に置換することの積極的な動機付けがあるといえる。
他方,炭酸ガスを発生させるために酸含有物質が必要であることは自明で
あるから,炭酸塩と水溶性高分子化合物(増粘剤)を含有する複合固形物を,
酸と炭酸塩を含有する複合固形物に置換することは,甲1-1発明に対しア
ルギン酸ナトリウム慣用技術を適用する際に当然に必要とされる工夫であり
容易である。
以上のとおりであるから,相違点1を克服することは容易であり,これに
反する本件審決の判断は誤りである。
(4) そして,次のとおり,相違点2及び3の克服も容易であるから,相違点1
に係る判断の誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
ア 相違点2について
相違点2に係る本件発明1の構成は,増粘剤の含有量について数値限定
を加えたものであるが,本件明細書には当該数値が臨界的意義を有するこ
とについて何らの記載も示唆もないから,当業者が技術を具体化する際に
設定する設計事項にすぎず,相違点2は容易に克服できる。
イ 相違点3について
気泡状の二酸化炭素(炭酸ガス)の経皮吸収を持続的に可能とするとい
う観点からは,皮膚に対する粘着力が高いパック剤の方が有効であること
は明らかであり,甲1-1発明の「エッセンス」を「パック剤」に置換す
ることには積極的な動機付けがあるから,相違点3も容易に克服できる。
(5) 被告の主張に対する反論(阻害要因に関し)
被告は,後記のとおり,本件審決が示した阻害要因を克服できていないと
指摘するが失当である。
甲1-1発明に対し,アルギン酸ナトリウム慣用技術を適用し,酸性水溶
液をアルギン酸ナトリウム含有水溶液に置換することが炭酸ガスの保留性を
高めることは,前記のとおりである。次に,この置換を採用しても2剤型で
あることには変わりはないから,経日安定性を確保できることが当然に予想
できるものである。
(6) 以上のとおり,本件審決は,相違点1に係る判断を誤り,その誤りは結論
に影響を及ぼすものであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
(被告の主張)
次のとおり,甲1-1発明にアルギン酸ナトリウム慣用技術(アルギン酸ナ
トリウムを事前に水に添加して利用する技術)を適用する動機付けはなく,ま
た,甲1-1発明において第1剤に含まれるクエン酸を,第2剤へ移動して炭
酸水素ナトリウムと共に複合粉末剤とし,同時に,第2剤に含まれるアルギン
酸ナトリウムを第1剤へ移動して水とアルギン酸ナトリウムのみが含まれる粘
性組成物とすることには阻害要因があるから,相違点1は,甲1-1発明及び
アルギン酸ナトリウム慣用技術に基づいて,当業者が容易に克服できるという
ことはできない。
したがって,原告が主張する取消事由は理由がなく,本件審決の認定には何
ら誤りがないというべきである。
(1) 動機付けに関し
ア 原告は,アルギン酸ナトリウムを事前に水に添加して利用することの技
術的根拠として,アルギン酸ナトリウムが水に難溶であるため,粉末状の
アルギン酸ナトリウムを水に添加すると,分散し難く,ダマを形成しやす
いとの問題点を指摘しているものと理解されるが,かかる問題点は,ポリ
エチレングリコール等のポリオールにアルギン酸ナトリウムを分散させる
という手法によって解決可能であることが広く知られており,アルギン酸
ナトリウムをポリエチレングリコールで被覆した甲1-1発明においてダ
マ形成の問題が生じ得ないことは当業者であれば容易に認識できる。
例えば,甲46(DSP五協フード&ケミカル株式会社のウェブサイト
写し),甲71(特開昭61-136534号公報),乙2(特開平1-
165515号公報),乙3(日本食品工業学会誌第11巻第12号54
0~543頁「アルギン酸プロピレングリコールエステルの溶解方法」)
及び乙4(再公表特許第2014/192807号)の各文献には,ポリ
エチレングリコール等のポリオールにアルギン酸ナトリウムを分散させた
後に水に添加すると,ダマの形成を抑制しつつアルギン酸ナトリウムを溶
解できることが記載されており,かかる事項が本件特許の原出願日前に当
該技術分野で周知になっていたことが分かる。
以上の点に鑑みると,粉末状のアルギン酸ナトリウムを水に添加すると,
分散し難く,ダマを形成しやすいという問題点については,本件特許の原
出願日の時点で,アルギン酸ナトリウム等の水溶性高分子をポリエチレン
グリコールに分散させることによって,水に溶解させる際のダマの形成を
抑制できることが広く知られていたといえ,したがって,アルギン酸ナト
リウムがポリエチレングリコールに被覆された状態になっている甲1-1
発明に接した当業者は,既に水添加時のダマ形成の問題点も改善されてい
ると認識するといえる。
また,甲1-1発明においてダマ形成問題が改善されていることは,甲
1に,アルギン酸ナトリウムのダマ形成を問題視している記載がないこと
からも明らかである。
よって,甲1-1発明に接する当業者が,アルギン酸ナトリウムの難溶
性(ダマ形成)を問題視することはあり得ず,ダマ形成問題を回避するこ
とが,甲1-1発明にアルギン酸ナトリウムを事前に水に添加して利用す
る技術(アルギン酸ナトリウム慣用技術)を適用させることの動機付けに
ならないことは明らかである。
イ また,原告は,甲1-1発明において水溶性高分子化合物(増粘剤)と
してアルギン酸ナトリウムを選択する場合,「アルギン酸ナトリウム含有
水溶液と比較して,閉じ込め効果が著しく劣る」と主張しているが,甲1
-1発明に接した当業者がアルギン酸ナトリウム含有水溶液による効果と
甲1-1発明による効果を比較するとは考えられないから,その比較に基
づいて,閉じ込め効果に関する問題点を認識するとは考えられない。
ウ 以上のとおり,甲1-1発明においては原告が主張するアルギン酸ナト
リウムの難溶性の問題(ダマ形成の問題)は生じ得ないし,甲1-1発明
に接した当業者が,甲1-1発明の効果と,アルギン酸ナトリウム含有水
溶液による効果を比較して問題点を認識する動機付けもないから,甲1-
1発明にアルギン酸ナトリウムを事前に水に添加して利用する技術を適用
する動機付けはない。
(2) 阻害要因に関し
本件審決は,第1剤に含まれるクエン酸を第2剤へ移動して炭酸水素ナト
リウムと共に複合粉末剤とし,同時に,第2剤に含まれるアルギン酸ナトリ
ウムを第1剤へ移動して水とアルギン酸ナトリウムのみが含まれる粘性組成
物とすることには阻害要因がある旨の判断を示した。
原告は,当該阻害要因を否定する根拠を何ら示しておらず,当該阻害要因
を克服できていないことは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 本件発明について
本件明細書(甲51)の記載によれば,本件発明は,二酸化炭素経皮・経粘
膜吸収用組成物,該組成物の製造用キット,該組成物を含む皮膚粘膜疾患もし
くは皮膚粘膜障害に伴うかゆみ,末梢循環障害に基づく皮膚潰瘍等の疾患の予
防ないし治療剤及び化粧料に関するものである(【0001】)。
また,本件明細書には,従来技術として,炭酸ガスが血行を良くすることが
知られており,炭酸ガスを含む湿布剤を提案する特許文献1が存在するが,当
該湿布剤は,炭酸塩と有機酸を用いて発生させた炭酸ガスを水に溶かして利用
するものであり,水に溶解する炭酸ガスの絶対量は極めて少ないために,効果
が期待できないものであったことが記載されており(【0004】),その他
の従来技術としては,発泡性の粉末飲料やコンタクトレンズ等の洗浄剤に用い
られるものであり,発生した炭酸ガスを保持する技術的課題が存在しないもの
や(【0005】),爪のクチクラに対し軟化作用を有する気泡性水溶液であ
り,炭酸ガスを保持することができない組成物(【0006】),性交時の潤
滑性及び膣の乾燥防止のためのムース状潤滑剤であり,容器から出されると速
やかに炭酸ガスを失うもの(【0007】)などが記載されている。
そして,本件発明における二酸化炭素は,炭酸飲料や発泡性製剤のように短
時間,例えば数秒から数分以内に消失するものではなく,本件発明の組成物に
気泡状態で保持され,持続的に放出されるものであること(【0037】),
本件発明の組成物は二酸化炭素の持続的経皮 経粘膜吸収が目的であること【0
・ (
042】)が記載され,当該目的に対応する課題の解決手段として,「水,増
粘剤及び気泡状二酸化炭素を含有し,二酸化炭素を持続的に経皮・経粘膜吸収
させることができる組成物」など(【0011】)が記載されている。
以上の記載からみると,本件明細書の記載上,従来から,二酸化炭素が血行
促進作用を有することが知られており,また,二酸化炭素を皮膚に適用する技
術も存在したところ,これらの技術は,いずれも二酸化炭素を保持する組成物
に関するものではなかったと認められる。そして,本件明細書に記載された技
術は,二酸化炭素の作用を利用するために,二酸化炭素を持続的に経皮吸収さ
せることを課題とし,当該課題を解決するために,アルギン酸ナトリウム等の
増粘剤を含有する含水粘性組成物(ジェル等)の粘性を利用して,当該組成物
中に二酸化炭素を保持するようにし,その状態の当該組成物から経皮的に二酸
化炭素を吸収させることにより,経皮吸収させる時間を長くするものであると
認められる。
そうすると,本件発明は,二酸化炭素経皮吸収用組成物からなるパック化粧
料を得るためのキットにおいて,得られるパック化粧料が,含水粘性組成物の
粘性を利用して,二酸化炭素を組成物中に保持し,持続的に経皮吸収させるこ
とができる点に特徴を有するものと認められる。
2 引用例(甲1)の記載事項
(1) 証拠(甲1)によれば,次の記載が認められる(第1表ないし第3表につ
いては,別紙引用例の表参照)。
ア 特許請求の範囲
(1) 酸性物質を水に溶解して得られる水溶液を第1剤とし,水溶性高分
子及び/又は粘土鉱物と炭酸塩とを常温固型のポリエチレングリコールで
被覆した固型物を第2剤とする用時混合型発泡性化粧料。
イ 技術分野
本発明は,炭酸ガスによる血行促進作用によって皮膚を賦活化させる,
ガス保留性,経日安定性,官能特性及び皮膚安全性に優れた発泡性化粧料
に関する。
ウ 従来技術
血行促進などの目的で炭酸ガスを配合した化粧料が従来から提案されて
いる。・・・しかし,これらの化粧料は,容器を耐圧性にしなくてはなら
ない為,コストが高くなるという欠点を有していた。
エ 発明の開示
そこで本発明者らは,上記の事情に鑑み鋭意研究した結果,後記特定組
成の発泡性化粧料は,2剤型である為経日安定性に優れ,炭酸塩と水溶性
高分子をポリエチレングリコールで被覆してなる第2剤と酸性物質である
第1剤を用時混合する際に,炭酸ガスの泡が徐々に発生すると共に水溶性
高分子及び/又は粘土鉱物の粘性によって安定な泡を生成し,炭酸ガスの
保留性が高まる事を見出し,本発明を完成するに至った。
オ 発明の目的
本発明の目的は,ガス保留性,経日安定性,官能特性等に優れた発泡性
化粧料を提供することにある。
カ 発明の構成
即ち,本発明は,酸性物質を水に溶解して得られる水溶液を第1剤とし,
水溶性高分子及び/又は粘土鉱物と炭酸塩とを常温固型のポリエチレング
リコールで被覆した固型物を第2剤とする用時混合型発泡性化粧料である。
キ 構成の具体的な説明
本発明に於ける前記の酸性物質としては,水溶性のものが使用され,例
えばギ酸,酢酸,プロピオン酸,酪酸,吉草酸等の直鎖脂肪酸;シュウ酸,
マロン酸,コハク酸,グルタル酸,アジピン酸,ピメリン酸,フマル酸,
マレイン酸,フタル酸,イソフタル酸,テレフタル酸等のジカルボル酸 ・ ・
;・
が挙げられる。本発明ではこれらの一種または二種以上が適用され,特に
クエン酸及び酒石酸が好適である。
・・・
第2剤に使用される炭酸塩としては,常温で固型のものであって例えば
炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,・・・等が挙げられ,これらの一
種又は二種以上が適用される。特に本発明では,炭酸水素ナトリウムが好
ましい。
第2剤中に占める炭酸塩の割合は,10.0~90.0wt%である。
10.0wt%より少ないと発泡性が十分でなく,90.0wt%を超す
と泡の外観(キメ)やガス保留性が悪くなる。
第2剤に使用される水溶性高分子としては,天然高分子,半合成高分子
及び合成高分子が適用される。
天然の高分子のうち,多糖類及びその誘導体としては,例えば,アルギ
ン酸及びその塩類,・・・などが挙げられる。・・・
・・・
第2剤中に占める水溶性高分子及び/又は粘土鉱物の割合は,1.0~
50wt%である。1.0wt%より少ないと増粘性が十分でなく,50
wt%を超すと,べたつき感が出たりして官能特性が劣る。
本発明に使用する常温で固型のポリエチレングリコールは分子量100
0以上のもので通常分子量1000~10,000,好ましくは2000
~6000のものが適用される。
第2剤中に占めるポリエチレングリコールは,5.0~50.0wt%
である。5.0wt%より少ないと反応が早すぎる為,泡のもちが十分で
なく,50.0wt%を超すと泡の発生が遅すぎる。
本発明の第2剤を調製するには,・・・例えば,融点以上で融解したポ
リエチレングリコールの中へ水溶性高分子と炭酸塩を加え冷却する事によ
る練合造粒法や水溶性高分子と炭酸塩にポリエチレングリコール水溶液を
噴霧し,水を蒸散さす流動造粒法などが挙げられる。
この様にして得られた第2剤の粒径は0.01~1mmである。0.0
1mmより小さいと反応が早すぎ,1mmより大きいと使用時第2剤が異
物感として感じられる為好ましくない。
・・・
発泡性化粧料を使用するには,第1剤を容器に入れ,第2剤を加え,数
十秒間撹拌した後適宜使用する。
本発明の目的を達成する範囲内で香料,着色剤,防腐剤,界面活性剤,
油性成分などを適宜配合する事が出来る。
また,当該発泡性化粧料は,ローション,エッセンス,ミルク,パック,
ソープ等に適用する事が出来る。
ク 実施例
以下実施例及び比較例の記載にて本発明を詳細に説明する。
尚,実施例に記載する,発泡性試験,経日安定性試験,ガス保留性試験,
官能特性及び皮フ安全性試験の各方法は下記の如くである。
(1) 発泡性試験
試料5gを透明ガラス製シリンダー(直径5cm,高さ50cm)に入
れ常温にてタッチミキサーで30秒間振盪混和し,1分後のあわの高さを
測定する。
あわの高さ 発泡性
30cm以上 | ◎
30~20cm | ○
20~5cm | △
5cm未満 | ×
(2) 経日安定性試験
1剤,2剤の試料を各々密封しない状態で45℃1ケ月間保存した後,
再度発泡性試験を行なう。
45℃1ケ月後の発泡性/試作直後の発泡性 経日安定性
0.9以上 | ◎
0.8~0.9 | ○
0.7~0.8 | △
0.7未満 | ×
(3) ガス保留性試験
試料5gを透明ガラス製シリンダー(直径5cm,高さ50cm)に入
れ常温にてタッチミキサーで30秒間振盪混和し,30分後のあわの高さ
を測定する。
あわの高さ ガス保留性
25cm以上 | ◎
25~15cm | ○
15~5cm | △
5cm未満 | ×
(3)(判決注:(4)の誤記と認める。) 官能特性及び皮フ安全性試験
試料を20名の女性被検者が評価し,○泡の外観(キメ)
イ ○べたつき

感 ○粘性
ハ ○皮フ安全性に関して評価した。試験結果は各項に対して○
ニ イ
泡の外観(キメ)が良い ○べたつき感が少ない
ロ ○粘性が丁度良い
ハ ○

皮フ刺激を感じる,と回答した被検者の人数で示した。
実施例1~11
〔発泡性エッセンス〕
第1表の組成の如く,発泡性エッセンスを調製し,前記の諸試験を実施
した。
〔調製方法〕
<第1剤>
水にクエン酸を加えて撹拌し,均一に混和する。尚,クエン酸が溶け難
い場合は適宜加熱する。
<第2剤>
約80℃にて,ポリエチレングリコール(分子量4000)を溶解し,
熱時,炭酸水素ナトリウム,アルギン酸ナトリウムを加え,均一に混合し
た後室温まで冷却し,ポリエチレングリコールで被覆した粉末とした。
〔特性〕
第1表に示す如く,本発明の発泡性エッセンスは,発泡性,ガス保留性,
経日安定性に優れ,また,官能特性等諸試験の総てに優れており,本発明
の効果は,明らかであった。
ケ 比較例
比較例1~3
〔発泡性エッセンス〕
第2表の組成の如く発泡性エッセンスを調製し,前記諸試験を実施し,
その特性を下段に示した。
〔調製方法〕
<第1剤>
(比較例1~3)
水にクエン酸を加えて撹拌し,均一に混合溶解する。尚,クエン酸が溶
け難い場合は,適宜加温する。
<第2剤>
(比較例1)
常温でポリエチレングリコール(分子量4000),炭酸水素ナトリウ
ム,アルギン酸ナトリウムを均一に混和し,粉末とした。
(比較例2)
常温で炭酸水素ナトリウム,アルギン酸ナトリウムを均一に混和し粉末
とした。
(比較例3)
約80℃にてポリエチレングリコール(分子量4000)を溶解し,熱
時,炭酸水素ナトリウムを加え,均一に混合した後,室温まで冷却し,粉
末とした。
〔特性〕
第2表に示す如く,第2剤調製時,炭酸水素ナトリウム及びアルギン酸
ナトリウムをポリエチレングリコールで被覆することなく単に混和しただ
けの比較例1は,実施例2に比べ発泡性はまずまずであったがガス保留性
に著しく劣り,経日安定性にも劣った。
ポリエチレングリコールを用いなかった比較例2も同様の特性を示した。
第2剤に水溶性高分子を配合しなかった比較例3は,発泡性,経日安定
性は良好であったがガス保留性に著しく劣り,泡の外観(キメ)も悪く粘
度も不足していた。
比較例4~10
〔1剤式発泡エッセンス〕
第3表の組成の如く,用時,水に溶解して使用する1剤式発泡エッセン
スを調製し,用時に10倍量(重量)の水と混合した。前記諸試験を実施
し,その特性を下段に示した。
〔調製方法〕
(比較例4,5)
約80℃にてポリエチレングリコール(分子量4000)を溶解し,熱
時,炭酸水素ナトリウム,クエン酸,アルギン酸ナトリウムを加え,均一
に混合した後,室温まで冷却し粉末とした。
(比較例6)
約80℃にてポリエチレングリコールを溶解し,熱時,炭酸水素ナトリ
ウム,クエン酸を加え均一に混和した後室温まで冷却し,粉末とした。
(比較例7)
常温にて,炭酸水素ナトリウム,クエン酸,アルギン酸ナトリウムを均
一に混和した後粉末とした。
(比較例8)
常温にて,炭酸水素ナトリウム,クエン酸,アルギン酸ナトリウム,ポ
リエチレングリコール(分子量4000)を均一に混和し,粉末とした。
(比較例9)
約80℃にてポリエチレングリコール(分子量4000)を溶解し,熱
時,アルギン酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウムを加え均一に混合した後,
室温まで冷却し,クエン酸を加え均一に混和し,粉末とした。
(比較例10)
(1) 約80℃にてポリエチレングリコール(分子量4000)の一部を溶
解し,熱時アルギン酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウムを加え均一に混合
した後,室温まで冷却し,粉末とした。
(2) 約80℃にてポリエチレングリコールの残部を溶解し,熱時クエン酸
を加えて均一に混合した後,室温まで冷却し粉末とした。
(1)に(2)を加え均一に混和した。
〔特性〕
第3表に示す如く,実施例2より水を除いた組成とほぼ同一な組成であ
る比較例4,8~10は発泡性,ガス保留性試験においては実施例2同様
良好であったが,経日安定性に著しく劣った。
配合比率を変えた,比較例5及びアルギン酸ナトリウムをのぞいた比較
例6,ポリエチレングリコールを除いた比較例7でも経日安定性の改善に
はいたらなかった。
(2) 以上の記載によれば,引用例(甲1)には,ガス保留性,経日安定性,官
能特性等に優れた発泡性化粧料を提供することを目的として,酸性物質を水
に溶解して得られる水溶液を第1剤とし,水溶性高分子及び/又は粘土鉱物
と炭酸塩とを常温固型のポリエチレングリコールで被覆した固型物を第2剤
として得られる用時混合型発泡性化粧料についての発明が記載されていると
認められる。
3 取消事由(相違点1に係る判断の誤り)について
(1) 原告は,本件審決が認定した引用発明(甲1-1発明)の内容と本件発明
1との対比については争っていないので,本件審決が認定した相違点のうち,
まず相違点1の容易想到性について判断する。
(2) 前記2(1)ア,イ,エ,キ,ク及びケの各記載事項によれば,甲1-1発明
は,炭酸ガスによる血行促進作用を利用する化粧料であって,クエン酸水溶
液の第1剤と,アルギン酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムを常温固型のポ
リエチレングリコールで被覆した粉末の第2剤からなる2剤型であるため,
経日安定性に優れるとともに,第2剤の粉末は,アルギン酸ナトリウムと炭
酸水素ナトリウムをポリエチレングリコールで被覆することによって溶解速
度を調節し,泡のもち(持続性)と反応速度を適切なものとした発明である
ことが理解できる。
しかるところ,甲1の比較例4~10(いずれも1剤式)では,クエン酸
と炭酸水素ナトリウムを用時,水に溶解する1剤式発泡性エッセンスとする
と,経日安定性に著しく劣ることが示されている。そうすると,たとえアル
ギン酸ナトリウムが水に溶けにくいことや,化粧料一般については,ジェル
を第1剤とし,粉末を第2剤とする用時混合型のキットが周知であるとして
も,酸と炭酸塩が水と接触して反応することにより二酸化炭素を発生させる
組成物である甲1-1発明において,第1剤に含まれるクエン酸を,炭酸水
素ナトリウムを含む第2剤に移動させて複合粉末剤とすることは,クエン酸
と炭酸水素ナトリウムが2剤に分かれていることによる甲1-1発明のメリ
ット(経日安定性)を損なうものであって,当業者がそのような変更を行う
ことについては阻害要因があるものと認められる。そして,かかる阻害要因
が克服可能であることについて原告から具体的かつ有効な論証がなされてい
るとは認められない。
また,甲1-1発明においては,アルギン酸ナトリウムと炭酸水素ナトリ
ウムを常温固型のポリエチレングリコールで被覆することによって,用時混
合する際に,炭酸ガスの泡が徐々に発生するとともに,アルギン酸ナトリウ
ムの粘性によって安定な泡を生成し,炭酸ガスの保留性が高まるという有利
な効果が発生しているものと認められるところ,当業者がそのような有利な
効果が得られる構成をあえて放棄して,第2剤のアルギン酸ナトリウムを第
1剤に移動して炭酸水素ナトリウムとは別の含水粘性組成物とする構成を採
用する積極的な動機付けがあるとも考え難い。
そうすると,アルギン酸ナトリウムを事前に水に添加(溶解)して利用す
ることが周知慣用技術であったとしても,甲1-1発明にかかる周知慣用技
術を適用して,同発明を相違点1に係る構成を備えるものとすることが当業
者にとって容易に想到し得たことであるとはいえない。
したがって,これと異なる原告の主張は採用できない。
(3) 以上によれば,甲1-1発明において相違点1に係る構成を採用すること
が当業者にとって想到容易であるとはいえず,この点において本件審決の判
断に誤りがあるとはいえない。
そうである以上,その余の点(相違点2及び3)について検討するまでも
なく原告主張の取消事由は理由がない。
4 結論
以上のとおり,原告が主張する取消事由は理由がなく,本件審決に取り消さ
れるべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴 岡 稔 彦
裁判官
寺 田 利 彦
裁判官
間 明 宏 充
(別紙)
引用例の表
以上

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