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平成31(ネ)10010不当利得返還請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
裁判年月日 令和1年7月10日
事件種別 民事
当事者 控訴人嶋田プレシジヨン株式会社大森剛
被控訴人Amazon.comInt’lSales,Inc.石原尚子
対象物 導光板および導光板アセンブリ
法令 特許権
特許法29条の23回
民法703条1回
キーワード 侵害13回
特許権7回
実施6回
無効4回
抵触3回
進歩性1回
無効審判1回
新規性1回
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事件の概要 1 本件は,名称を「導光板および導光板アセンブリ」とする発明に係る本件特 許権(特許第2865618号)を有する控訴人が,被控訴人の販売する電子書籍 リーダーは上記特許権に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして 特許発明の技術的範囲に属し,その販売による利益に相当する損失を控訴人が被っ たと主張して,被控訴人に対し,民法703条の不当利得返還請求権に基づき,本 件特許権の実施料相当額の一部であることを明示した上で150万円の返還を求め, 併せてこれに対する訴状送達の日の翌日である平成28年6月11日から支払済み まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

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判決文

令和元年7月10日判決言渡
平成31年(ネ)第10010号 不当利得返還請求控訴事件(原審 大阪地方裁
判所平成28年(ワ)第4759号)
口頭弁論終結日 令和元年5月29日
判 決
控 訴 人 嶋田プレ シジヨン 株式会 社
同訴訟代理人弁護士 中 世 古 裕 之
大 森 剛
犬 飼 一 博
甲 斐 一 真
被 控 訴 人 Amazon.com Int’l Sales, Inc.
同訴訟代理人弁護士 寺 澤 幸 裕
石 原 尚 子
同補佐人弁理士 伊 藤 信 和
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,150万円及びこれに対する平成28年6月1
1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
1 本件は,名称を「導光板および導光板アセンブリ」とする発明に係る本件特
許権(特許第2865618号)を有する控訴人が,被控訴人の販売する電子書籍
リーダーは上記特許権に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして
特許発明の技術的範囲に属し,その販売による利益に相当する損失を控訴人が被っ
たと主張して,被控訴人に対し,民法703条の不当利得返還請求権に基づき,本
件特許権の実施料相当額の一部であることを明示した上で150万円の返還を求め,
併せてこれに対する訴状送達の日の翌日である平成28年6月11日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,被控訴人の販売する上記製品は均等の要件を充足しないと判断して,控
訴人の請求を棄却したことから,控訴人が本件控訴を提起した。
2 前提事実は,原判決の「事実及び理由」の第2の2に記載されたとおりであ
るから,これを引用する。
3 争点
⑴ 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 文言上本件発明の技術的範囲に属するか(争点1-1。当審において追加)
イ 本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点1-2)
⑵ 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)
ア 乙 7 による特許法29条の2違反(争点2-1)
イ 乙8による特許法29条の2違反(争点2-2)
ウ 乙9による新規性欠如(争点2-3)
エ 乙9を主引用例とする進歩性欠如(争点2-4)
オ サポート要件違反(争点2-5)
⑶ 控訴人の損失及び被控訴人の利得の額(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 原判決の引用
争点に関する当事者の主張は,後記2のとおり当事者の当審における追加主張を
付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3に記載されたとおりであるから,
これを引用する。
2 当事者の当審における追加主張
⑴ 争点1-1(被告製品が文言上本件発明の技術的範囲に属するか)
〔控訴人の主張〕
ア 構成要件Aの充足
被告製品において,そのライトガイドに構成された微細構造体に光源からの光が
入射したときには,原判決別紙図面3のとおりの現象が生じる。
被告製品の上記微細構造体は本件発明における回折格子に相当し,その回折格子
によって,光源からの光は,透過回折光又は反射回折光として板状体の「表面」側へ
回折している。
原審の説示したように,導光板において光が回折して進行する方向を「表面側」
とするのであれば,反射回折光の進行方向を基準とすることにより,被告製品に設
けられた回折格子の位置は,板状体の「裏面」ということになる。そうすると,被告
製品は,
「透明な板状体の少なくとも一端面から入射する光源からの光を,上記板状
体の裏面に設けられた回折格子によって板状体の表面側へ回折させる」導光板であ
るということができる。
したがって,被告製品は,構成要件Aを充足する。
イ 構成要件Bの充足
構成要件Bにいう「回折格子の単位幅における格子部幅/非格子部幅の比が,導
光板の表面における輝度が増大し,かつ均一化されるように変化せしめられている」
とは,回折格子の単位幅における格子部幅と非格子部幅の比が,光源からの光が入
射する一端面から離れ,光源から届く光量が減じるほど,光をより強く回折するよ
うに調整されていることをいう。被告製品における微細構造体は,原判決別紙図面
2のとおり,光源から離れるにつれて微細構造体の光進行方向の幅が増加しており,
任意にライトガイドを均一に区切る単位を設定し,これを単位幅とした場合には,
単位幅における格子部幅と非格子部幅の比が増量している。そうすると,被告製品
における微細構造体は,
「単位幅における格子部幅/非格子部幅の比が,導光板の表
面における輝度が増大し,かつ均一化されるように変化せしめられている」ものと
いうことができる。
したがって,被告製品は,構成要件Bを充足する。
ウ 構成要件Cの充足
導光板とライトガイドは同義である。
したがって,被告製品は,構成要件Cを充足する。
〔被控訴人の反論〕
ア 控訴人の主張が民訴法上許されないものであること
(ア) 控訴人は,当審において,被告製品においては反射回折光及び透過回折光の
両方が生じており,このうち反射回折光についてみれば,回折格子の設けられてい
る位置は,光の進行方向の反対側,すなわち「裏面」であるとして,被告製品が本件
発明の構成要件Aを充足すると主張する。
(イ) しかし,控訴人は,原審においては,被告製品に「透過型回折格子」が使わ
れていることを前提とした上,一貫して,本件特許権では導光板の「裏面」に回折格
子が設けられているのに対し,被告製品では導光板の「表面」に回折格子が設けら
れているとの事実を陳述していた。上記の事実については,原審で自白が成立して
いるから,控訴人がこれと抵触する主張をすることは許されない。
(ウ) 仮にそうでないとしても,控訴人が当審においてする上記(ア)の主張は,2
年半を超える原審の審理経過に照らせば,時機に後れた攻撃方法に当たるから,民
訴法157条1項により却下されるべきである。
イ 控訴人の主張に理由がないこと
上記アの点を措くとしても,以下に述べるとおり,本件において文言侵害が成立
することはなく,控訴人の主張は理由がないというべきである。
被告製品は,人の目を始点としてライトガイドの下に液晶画面が配置されている
いわゆる「フロントライト用導光板」である。被告製品の微細構造体は,光が進行す
る方向の面,すなわち導光板の表面に設置されていることになるので,構成要件A
にいう「板状体の裏面に設けられた回折格子」という要件を満たさない。また,本件
明細書の記載内容も参酌すると,本件特許権の「導光板」の技術的範囲はバックラ
イト用のものに限られており,この点からも,被告製品が本件特許権の技術的範囲
に含まれることはない。
⑵ 争点1-2(本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)
〔控訴人の主張〕
原審は,特許発明の課題を解決する従来技術が存在するか否かを参酌し,そのよ
うな従来技術として乙8発明が存在すると判断して,本件発明の本質的部分を特許
請求の範囲の記載とほぼ同義のものであると認定した上,本件発明は被控訴人の販
売する上記製品と本質的部分において相違すると判断したが,その判断の枠組みは
不当であり,拡大先願発明に当たる乙8発明を従来技術として参酌することも相当
でないというべきである。
本件発明の本質的部分は,導光板において,光の波動の性質に基づく回折現象を
利用し,回折格子の断面形状又は単位幅における格子部幅/非格子部幅の比に着目
した点,及び,多数の微細刻線溝を設けた部材を回折格子として採用した点にある。
回折格子が導光板の裏面に設けられているか表面に設けられているか,光源からの
光が「表側」に回折されているか「裏面」に回折されているかといった相違は,いず
れも本件発明の本質的部分におけるものではない。
よって,均等の第1要件(非本質的部分)を充足する。
均等の第2ないし第5要件を充足することは,原審で主張したとおりである。
以上によれば,被告製品は,本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属す
るというべきである。
〔被控訴人の反論〕
原審の採用した判断枠組みは妥当であり,乙8を参酌すれば,被告製品が本件発
明の本質的部分を備えているとはいえない。
⑶ 争点2-2(乙8による特許法29条の2違反の有無)
〔被控訴人の主張〕
原審は,回折を生じさせるために導光板に設けられた構成が,本件発明では「回
折格子」であるのに対し,乙8発明では「ホログラムの回折格子」であり,相違する
から,同一の発明とはいえないと判断した。しかし,本件発明における「回折格子」
は,光の波動の性質を有する回折格子であれば足り,他方で,乙8発明にいう「回折
格子」には「エンボス型」及び「リップマン型」の両ホログラムが含まれていると解
釈すべきである。
そうすると,本件発明は,乙8発明と同一の発明であるので,特許法29条の2
に違反するものとして無効にされるべきである。
〔控訴人の反論〕
被控訴人の主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 文言侵害の成否(争点1-1)
⑴ 当審において新たに文言侵害の主張をすることの適否
ア 控訴人は,原審では,専ら均等侵害の主張をし,均等の第1要件(非本質的部
分)を充足しないと判断されたことから,当審においては,被告製品が文言上も本
件発明の技術的範囲に属するとの文言侵害の主張を追加した。
イ このことについて,被控訴人は,控訴人が,原審においては「被告製品の回折
格子はガイドライン表面に設けられているとの事実」を陳述していたのに,当審に
おいて,被告製品の回折格子がガイドラインの裏面に設けられているとの事実を主
張することは,成立した自白に抵触し許されないと主張する。しかし,特許発明の
技術的範囲に関する技術的事項の細部にわたる主張とその認否は,主要事実の自白
となるものではないから,これについて裁判所も当事者も拘束されることはない。
よって,控訴人の上記主張は,成立した自白に抵触し許されないものではない。
ウ 被控訴人は,文言侵害の成立をいう控訴人の上記主張は,時機に後れた攻撃
方法に当たり,民訴法157条1項により却下されるべきであるとも主張するが,
当審で文言侵害の審理をすることにより訴訟の完結が遅延するとは認められないか
ら,原審の審理経過を踏まえても,控訴人の上記主張を民訴法157条1項により
却下することはしない。
⑵ 文言侵害の成否
ア 特許請求の範囲の記載
本件特許請求の範囲の記載を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A 透明な板状体の少なくとも一端面から入射する光源からの光を,上記板状体
の裏面に設けられた回折格子によって板状体の表面側へ回折させる導光板であって,
B 上記回折格子の断面形状または単位幅における格子部幅/非格子部幅の比の
少なくとも1つが,上記導光板の表面における輝度が増大し,かつ均一化されるよ
うに変化せしめられていることを特徴とする
C 導光板。
イ 本件明細書の記載
本件明細書の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(甲6。図面は別
紙図面目録参照)。
(ア) 発明の属する技術分野
本件発明は,液晶表示装置などのバックライトや発光誘導板に用いられる導光板
に関する(【0001】。

(イ) 従来の技術
液晶表示装置のバックライトに用いられる平面照光装置のうち従来知られている
ものは,下面に多数の多面プリズムをもつ透明アクリル樹脂からなる導光板が設け
られ(【0002】,液晶表示装置を暗い場所で光源を点灯した場合には,光源から

導光板の下面に向かって入射した光は,多面プリズムでの反射により,そのほとん
どが導光板内を全反射しながら遠方まで導かれるので,液晶表示パネルを下方から
輝度ムラが少なく明るく照らすことができる(【0003】。

(ウ) 発明が解決しようとする課題
しかし,上記の平面照光装置では,導光板の下面に多数ある多面プリズムは,そ
の一辺が例えば0.16㎜であるなど光の波長に比べて相当大きい上,各プリズム
が協同することなく個別に光を全反射するため,導光板の輝度を全体に高めようと
すると,各プリズムの間の谷間に当たる箇所で乱反射が起き,上面に向かう光量が
減り,照光面である上面に極端な明暗のコントラストが生じるという問題があった。
また,この平面照光装置を電池で駆動される液晶表示装置に用いる場合には,照光
面に向かう上記光量の減少を補って高輝度を得るためには,光源を大電流で照らす
必要があることから,電池の寿命が短くなり,長期の使用ができないという問題も
あった(【0004】。

本件発明の目的は,光の幾何光学性質を利用したプリズムによる全反射でなく,
光の波動の性質に基づく回折現象を利用することによって,従来の平面照光装置よ
りはるかに高く,かつ均一な輝度を照光面全体にわたって得ることができ,ひいて
は光源の電力消費の低減による電池の長寿命化も図ることができる導光板を提供す
ることにある(【0005】。

(エ) 課題を解決するための手段
本件発明は,透明な板状体の少なくとも一端面から入射する光源からの光を,上
記板状体の裏面に設けられた回折格子によって板状体の表面側へ回折させる導光板
であって,上記回折格子の断面形状又は単位幅における格子部幅/非格子部幅の比
の少なくとも1つが,上記導光板の表面における輝度が増大し,かつ均一化される
ように変化せしめられていることを特徴とする(【0006】)。
図1は,本件発明の実施例であり,透明な板状体からなる導光板の裏面に,間隔
dで回折格子(刻線溝)が加工されている。
導光板の一端面から裏面に向けて入射した光は,上記回折格子によって導光板の
表面に向かって回折され,そのうち入射角が臨界角φよりも大きい光は表面で全反
射されて導光板内を遠方に導かれ,入射角が臨界角φよりも小さい光は表面から外
方へ出ていく。したがって,裏面に対する光の入射角を調整し,光源の波長との関
係において格子の間隔dを適切に決めれば,導光板の表面がこれに直交する高強度
の出射光と導光板内に導かれる全反射光によって極めて明るく照らされる(【00
07】,別紙図面目録の図1参照)。
(オ) 発明の実施の形態
別紙図面目録の図2は,本件発明の実施例のうち液晶表示装置のバックライトに
用いられた導光板の実施の形態を示すものである。
上記液晶表示装置は,液晶表示パネル10と,この下部に設けられた平面照光装
置1からなる。上記平面照光装置1は,裏面2bに回折格子3が設けられた透明プ
ラスティック樹脂からなる導光板2と,この導光板2の厚肉側端辺2cに沿って配
置された光源としての冷陰極又はセミホット電極をもつ蛍光管4と,上記導光板2
の表面2a以外と蛍光管4を囲むように覆って光を反射するリフレクタ5と,上記
導光板2の表面2a側に平行に配置された拡散板6と,この拡散板6の表面側に平
行に配置された集光用のプリズムシート7で構成される(【0013】。

上記導光板2の裏面2bは,蛍光管4から略水平に入射する光を全面で受け得る
ように表面2aに対して0.5°ないし5°の角度で傾斜するとともに,微細な刻
線溝として成形加工された回折格子3を有する。回折格子3の格子間隔dは,低次
の回折光が表面2aから略垂直でかつ全反射の方向に一致して出射するように設定
される。また,回折格子3の単位幅における格子部幅/非格子部幅の比は,蛍光管
4からの到達光量の減少に応じて回折光量が増加するように,端辺2cから離れる
に従って次第に大きくなるように設定されている。ここでいう単位幅とは,1つの
格子部幅と1つの非格子部幅との和であり,単位区間の幅である。図2の導光板2
の裏面2bには,模式的に示された単位幅を有する11個の区間が設けられ,格子
部幅は各区間の太線部分,非格子部幅は各区間の細線部分で夫々示されており,端
辺2cから離れるほど各区間での太線部分の割合,つまり格子部幅が増えているこ
とから,回折光量が増えることが理解できる(【0014】。

上記構成の導光板2をもつ平面照光装置1は,次のように液晶表示パネル10を
照らす。蛍光管4から出た白色光は,端辺2cから略水平に導光板2に入り,0.
5°ないし5°の角度で傾斜する裏面2bの全面に当たり,この全面に設けられた
回折格子3の多数の刻線溝間の隣接する平滑面の協同によって回折され,強度の低
次(例えば1~3次)回折光が図中の矢印の如く導光板2の表面2aから略垂直に出
射される。回折格子3は,1/100のオーダで微細かつ多数の刻線溝が協同,相
乗して作用するので,従来の三角錐プリズムによる場合よりも格段に高強度の出射
光が得られる。回折格子3の単位幅における格子部幅/非格子部幅,つまり格子の
回折効率(回折光強度の入射光強度に対する比)が,蛍光管4側の端辺2cから離れる
に従って大きくなっているので,光源から離れるに伴う光量減に見合って回折光量
が増加し,照光面になる導光板2の表面2aは,高輝度でかつ非常に均一に照らさ
れる(【0016】。

(カ) 発明の効果
本件発明の導光板は,少なくとも一端面から光源からの光が入射する透明な板状
体の裏面に設けられた回折格子の断面形状又は単位幅における格子部幅/非格子部
幅の比の少なくとも1つが,上記導光板の表面における輝度が増大し,かつ均一化
されるように変化せしめられているので,光の波長に比べて寸法が大きく互いに協
同することなく個別に光を幾何光学的に全反射する従来の導光板裏面のプリズムと
異なり,ミクロン単位の互いに隣接する微細な格子が協同,相乗して波動としての
光を格段に強く回折できる上,上記一端面から離れて光源から届く光量が減じるほ
ど,光をより強く回折するように上記断面形状又は単位幅における格子部幅/非格
子部幅の比が調整されているので,導光板の表面は高輝度で非常に均一に照らされ
る。この導光板を電池で駆動される液晶表示装置,液晶テレビ,非常口を表示する
発光誘導板などに適用すれば,従来に比して格段に少ない消費電力で明るく均一な
照明を得ることができる(【0023】。

ウ 「板状体の裏面に設けられた回折格子」の解釈
構成要件Aは,
「板状体の裏面に設けられた回折格子によって板状体の表面側へ回
折させる」という部分の文理からして,透明な板状体の両面のうち一方を「裏面」
と,他方を「表面」と定めて,発明の内容を記述しているものと解される。
上記構成要件が透明な板状体のどちらの側の面をもって「裏面」とし,又は「表
面」と定めているかについては,構成要件Bが,
「上記回折格子の断面形状または単
位幅における格子部幅/非格子部幅の比の少なくとも1つが,上記導光板の表面に
おける輝度が増大し,かつ均一化されるように変化せしめられていることを特徴と
する」としていることのほか,本件発明の課題,その解決手段及びその効果を考慮
して解釈すべきである。
本件発明の課題,その解決手段及びその効果は,前記イのとおりであり,要する
に,本件発明は,液晶表示パネルなどを均一にかつ高い輝度で照らすという課題を
解決するため,導光板である板状体の両面のうち,照光面とは反対側の面に回折格
子を設け,この回折格子の回折機能によって,導光板である板状体に入射した光が
照光面の側において均一にかつ高い輝度を発揮するようにした点に特徴があるもの
と認められる。
そして,光源から発せられる光が上記の機序において果たす役割からすれば,光
源から発せられた光が進行して,上記の均一にかつ高い輝度を発揮するという効果
を生じさせる側が「表面」側に当たるものと解される。
そうすると,構成要件Aの「板状体の裏面に設けられた回折格子」にいう「裏面」
とは,光源から発せられた光が進行し,均一にかつ高い輝度を発揮するという効果
が生じる面である照光面の反対に位置する面をいうものと解するのが相当である。
上記解釈は,本件明細書の実施例の記載(前記イの(エ)(オ))にも沿うものである。
エ 被告製品の構成
被告製品は,いずれも上下の枠体の間に,上から①ライトガイド,②タッチスク
リーン及び③ディスプレイの3層からなる構造を有しており,そのライトガイドの
構造及び特徴について第1世代から第3世代の製品で特段の違いはない(第3世代
の製品につき原判決別紙図面1のとおり。争いがない。)。
当該ライトガイドには,200μm×200μmの単位ピクセルの中に,ナノイ
ンプリントによって凹凸状に構成された微細構造体が,凸部分の幅●●●●●,凹
部分の幅●●●●●で,多数,斜めに設けられている。光源から離れるにつれて,単
位ピクセル内の微細構造体の長さ及び/又は本数が増加するように設けられ,微細
構造体部の面積が増大している(その概略について原判決別紙図面2のとおり。争
いがない。)。
被告製品において,光源から発せられた光が均一にかつ高い輝度を発揮すること
を期待されているのは,ディスプレイ側,すなわち,ライトガイドの下側において
である。そして,ライトガイドに設けられた微細構造体を透過した光が,ディスプ
レイを照らすために用いられる。この光が進行して均一にかつ高い輝度を発揮する
という効果が生じる側が表面であるから,被告製品の微細構造体は,ライトガイド
の「表面」に設けられていることになり,「裏面」に設けられているのではない。
オ 構成要件の充足性
(ア) 以上の次第であるので,被告製品は,構成要件Aの「板状体の裏面に設け
られた回折格子」を充足しないというべきである。
(イ) 控訴人の主張について
控訴人は,被告製品の微細構造体により板状体の表面側へ回折する光には,透過
回折光と反射回折光とがあることを指摘し,反射回折光を基準にして表裏の解釈を
試みるが,被告製品のディスプレイを照らしているのは透過した光のみであるから,
控訴人の主張は理由がない。
⑶ 小括
したがって,控訴人の新たな主張によっても,被告製品がその文言上本件発明の
技術的範囲に属すると認めることはできないというべきである。
2 均等侵害の成否(争点1-2)
⑴ 前記のとおり,被告製品において,微細構造体はライトガイドの「表面」に設
けられているので,本件発明と異なる部分が存する。
ところで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲に記載された構成の文言解
釈により確定されるのが原則であるが,特許請求の範囲に記載された構成中に,相
手方が製造等をする製品と異なる部分が存する場合であっても,①同部分が特許発
明の本質的部分ではなく(第1要件),②同部分を対象製品等におけるものと置き換
えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであっ
て(第2要件),③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野に
おける通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容
易に想到することができたものであり(第3要件),④対象製品等が,特許発明の特
許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考で
きたものではなく(第4要件),かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続にお
いて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない
とき(第5要件)は,同対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なも
のとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平
成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号1
13頁)。
⑵ 均等の第1要件(非本質的部分)について
ア 特許発明における本質的部分の認定
特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった
技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基
づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,特許発明に
おける本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に
見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解される。
そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許
発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の
記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何で
あるかを確定することによって認定することが相当である。
その認定に当たっては,特許発明の実質的価値がその技術分野における従来技術
と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許請求の範囲及び明
細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定することが相当である。
第1要件の判断,すなわち,対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかど
うかを判断する際には,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品
等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,
相違部分は本質的部分ではないと判断することが相当である。
イ 本件における第1要件の成否
本件発明に係る特許請求の範囲及び明細書の記載は,前記(1⑵のアイ)のとお
りであり,要するに,本件発明は,液晶表示装置に用いられる平面照光装置に関し,
導光板の下面に多数の多面プリズムを設ける従来技術の下では,乱反射が起きて上
面に向かう光量が減り,照光面である上面に極端な明暗のコントラストが生じるな
どの問題があったところ,液晶表示装置を均一にかつ高い輝度で照らすという課題
を解決するため,導光板である板状体の両面のうち,照光面とは反対側の面に回折
格子を設け,この回折格子の回折機能によって,導光板である板状体に入射した光
が照光面の側において均一にかつ高い輝度を発揮するようにしたものである。
そして,照光面とは反対側の面に回折格子を設けるようにしたのは,本件明細書
の記載(前記1⑵イの(エ)(オ)(カ))によれば,本件発明においては,透明な板状体か
らなる導光板の両面のうち照光の効果を生じさせるのとは反対の面(裏面)に,光
の入射角と臨界角をもとに適切に決められた間隔で,回折格子(刻線溝)が加工さ
れており,これにより,導光板の一端面から裏面に向けて入射した光は,上記回折
格子によって導光板の表面(照光の効果を生じさせる面)に向かって回折され,導
光板の表面がこれに直交する高強度の出射光と導光板内に導かれる全反射光によっ
て極めて明るく照らされるようにしたからであり,以上が本件発明における回折機
能の機序であるものと認められる。
このような機序が本件発明の技術的思想を構成していることからすれば,照光面
とは反対側の面に回折格子を設けるようにしたこと,すなわち本件発明のうち板状
体の裏面に回折格子を設けるとの部分は,本件発明における本質的部分であるとい
うべきである。
そして,被告製品が板状体の裏面に回折格子を設けるという部分を備えていない
ことは,既に文言侵害との関係において検討したとおりであるから,結局,本件発
明と被告製品との相違部分は本質的部分であって,均等の第1要件を充足しないと
いうべきである。
⑶ 小括
以上によれば,被告製品が本件発明と均等なものとしてその技術的範囲に属する
ということはできず,均等による本件特許権の侵害を認めることもできない。
3 結論
以上の次第であるので,本件においては文言侵害及び均等侵害のいずれも成立し
ない。そうすると,本件不当利得返還請求は,その請求原因が認められないので,特
許無効抗弁の当否について判断するまでもなく,理由がない。
よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないか
らこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 小 林 康 彦
裁判官 関 根 澄 子
別紙
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