ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成31(行ウ)162 特許料納付書却下処分取消請求事件
裁判所 | 請求棄却 東京地方裁判所 |
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裁判年月日 | 令和1年10月23日 |
事件種別 | 民事 |
対象物 | PI3キナーゼおよびmTOR阻害剤としてのトリアジン化合物 |
法令 |
特許権 特許法112条の21回 |
キーワード | 特許権39回 審決14回 訂正審判2回 |
主文 | 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。事 実 及 び 理 由10第1 請求特許庁長官が,特許第4948677号の特許権に係る第4年分から第6年分特許料納付書について,平成29年7月11日付けでした手続却下の処分を取り消す。第2 事案の概要 1 事案の要旨15本件は,特許法(以下,単に「法」ということがある。)112条1項所定の特許料追納期間中に特許料及び割増特許料(以下,これらを一括して「特許料等」という。)を納付せず同条4項により消滅したものとみなされた特許第4948677号の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)の原特許権者である原告が,法112条の2第1項に基づいて行った特許料等の追納20手続は同項所定の「正当な理由」があり,同手続を平成29年7月11日付けで却下した特許庁長官の処分(以下「本件却下処分」という。)は違法であると主張して,その取消しを求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)25⑴ 本件特許権に係る特許証の交付ア 原告は,平成21年5月21日,発明の名称を「PI3キナーゼおよびmTOR阻害剤としてのトリアジン化合物」とする発明について,「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」に基づき,米国特許商標庁を受理官庁として国際出願(PCT/US2009/044774)をし,同出願は,法184条の3第1項により,同日にされた特許出願(特願2011-5106975号)とみなされた。特許庁審査官は,平成24年2月23日,上記特許出願について特許査定をし,同年3月16日,本件特許権の設定登録がされた(乙3)。イ その後,原告は,特許庁長官から,平成24年3月16日付け特許証(以下「本件設定時特許証」という。)の交付を受けた。本件設定時特許証には,「登録日」として,「平成24年3月16日」と記載されていた(甲1)。10ウ 原告は,平成25年6月26日,法126条1項に基づき,本件特許に係る明細書及び特許請求の範囲を訂正することについて訂正審判(訂正2013-390093)を請求し,同年9月6日付けで,同請求に係る訂正を認める旨の審決(以下「本件審決」という。)がされた。本件審決は,同月17日に確定し,特許庁長官は,同月30日,本件審決の確定等を特許登録原簿に登録した(乙1ないし153)。エ その後,原告は,特許庁長官から,平成25年9月30日付け特許証(以下「本件訂正時特許証」という。)の交付を受けた。本件訂正時特許証には,「登録日」として,「平成25年9月30日」と記載されていた(甲2)。⑵ 本件特許権についての第4年分以降の特許料の納付に関する経過20ア 本件特許権は,法108条2項所定の第4年分の特許料の納付期間の末日である平成27年3月16日までに同年分の特許料の納付がされず,法112条1項所定の特許料等を追納することができる期間(以下「本件追納期間」という。)の末日である同年9月16日までにも,特許料等が納付されなかった。これにより,本件特許権は,法112条4項により,同年分の特許料の納付期間の末日である平25成27年3月16日の経過のときに遡って消滅したものとみなされた(乙3)。イ 原告は,平成28年9月9日,特許庁長官に対し,特許法112条の2第1項に基づく第4年分及び第5年分の特許料等並びに第6年分の特許料の追納として8万7000円分の特許印紙を貼付した特許料納付書(以下「本件納付書」という。)を提出するとともに,本件追納期間内に第4年分の特許料等を納付することができなかったこと(以下「本件期間徒過」という。)について同項所定の「正当5な理由」がある旨記載した回復理由書(以下「本件回復理由書」という。)を提出した(甲4ないし6)。⑶ 本件却下処分ア 特許庁長官は,平成29年1月19日付けの却下理由通知書により,原告に対し,本件納付書による第4年分の特許料等の追納は,本件期間徒過について,法10112条の2第1項所定の「正当な理由」があったとはいえないこと,第4年分の特許料等の追納が認められないことに伴い本件特許権が消滅しているため,第5年分の特許料等及び第6年分の特許料の納付は認められないことなどを理由として,本件納付書による追納手続を却下すべきものである旨通知した(甲7)。イ 原告は,平成29年3月29日,特許庁長官に対し,弁明書を提出したが,15特許庁長官は,同年7月11日付け(同月25日発送)で,原告に対し,法18条の2第1項に基づき,前記の却下理由通知書に記載した理由により本件却下処分をした(甲8,9)。⑷ 審査請求及び棄却裁決ア 原告は,本件却下処分を不服として,平成29年10月20日付けで,特許20庁長官に対し,行政不服審査法2条に基づき,審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした(甲10)。イ 特許庁長官は,平成30年10月19日付けで,原告に対し,本件審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲15)。⑸ 本件訴訟の提起25原告は,平成31年4月3日,本件訴訟を提起した。 3 争点本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」が認められるか。第3 争点に対する当事者の主張 1 原告の主張5⑴ 本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していたのは,原告の完全親会社であるファイザー・インク(以下「ファイザー社」という。)であるが,同社の担当者において,本件訂正時特許証の「登録日」欄の日付である平成25年9月30日が本件設定時特許証の「登録日」欄の日付である平成24年3月16日と異なっていたことから,特許料の納付期限の起算日となる本件特許権の設定登録日が本件10訂正時特許証のとおり訂正されたものと誤解したため,本件期間徒過が生じた。本件設定時特許証及び本件訂正時特許証には「登録日」としか記載されていないため,どちらが本件特許権の設定登録日であるか不明確であり,米国や欧州の実務と比べても,我が国の特許証の記載は紛らわしいものであって,このような不十分な記載を素直に読んで得られる理解に基づく対応によって生じた不利益を特許権者15側に負わせるのは不当である。また,特許料等に関する法107条ないし112条の3の各規定によって,訂正をすべき旨の審決が確定しても設定登録日が変わらないことや特許証に複数の種類があることを認識することはできず,特許料の期間管理をする者にその正確な理解を求めることは酷である。取り分け,特許証の大半は設定登録時に発行されるもの20であるから,ファイザー社において,訂正をすべき旨の審決が確定したときに発行される特許証が存在することを当然に把握しておくべきであったとはいえない。⑵ 原告は,本件回復理由書及び本件審査請求に係る審査請求書(以下「本件審査請求書」という。)においては,本件特許権の特許料の納付期限の管理をしていたのはTHOMSON REUTERS(以下「T社」という。)である旨主張し25ていたが,その後の調査によって,ファイザー社がその管理をしていたことが判明したものであり,原告が長年にわたりT社の子会社であったマスター・データ・センター・インクに特許料の納付を委託していたことなどにも照らせば,原告の前記⑴の主張は,従前の主張を実質的に変更するものではない。⑶ 以上より,原告には,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」が認められる。5 2 被告の主張⑴ 原告は,本件回復理由書及び本件審査請求書において,本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していたのはT社であると主張し,ファイザー社がその管理に関与していたとは主張していなかったから,原告の主張は処分時及び審査請求時から重要な点で変遷しており,信用することはできない。10⑵ この点を措いても,特許権者には,特許法その他の関係法令を正確に理解した上で,特許料等の納付期限を管理することが当然に求められるところ,特許法その他の関係法令によれば,特許料の納付期間は設定登録日が起算日であり(法107条,108条),訂正審判は設定登録日の変更を予定していないこと(法126条ないし128条),特許証は,設定登録があったときだけでなく,訂正をすべき15旨の審決が確定した場合にその登録があったときにも交付されること(法28条1項)は明らかであるから,ファイザー社の担当者において,その正確な理解を欠き,本件訂正時特許証の記載をもって本件特許権の設定登録日が変更されたと誤解したというのであれば,原告において,本件期間徒過を回避するために相当な注意を尽くしたとはいえない。20⑶ 以上より,原告には,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」は認められない。第4 当裁判所の判断 1 法112条の2第1項所定の「正当な理由」の解釈法112条の2第1項は,追納期間経過後に特許料等を追納することができる場25合の要件として,特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること,失効した特許権の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることなどを踏まえて,所定の期間内に特許料等を納付することができなかったことについての「正当な理由」があることを規定する。上記の要件は,平成23年法律第63号により,国際調和の観点から,より柔軟な救済を図るため,手続期間を徒過した場合の救済を認める要件として,特許法条5約において認められている「Due Care(相当な注意を払っていたこと)」の概念を採用して,追納期間徒過後に特許料等を追納することができる場合について,原特許権者の「責めに帰することができない理由」があることを定めていた従前の規定を改正して設けられたものであると解される。これらを踏まえると,法112条の2第1項にいう「正当な理由」があるときと10は,原特許権者(代理人を含む。以下同じ。)として相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいうと解するのが相当である。 2 検討⑴ 原告は,本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していたファイザー社の15担当者において,本件訂正時特許証の「登録日」欄の日付である平成25年9月30日が本件設定時特許証の「登録日」欄の日付である平成24年3月16日と異なっていたことから,特許料の納付期限の起算日となる本件特許権の設定登録日が本件訂正時特許証のとおり訂正されたものと誤解し,本件期間徒過が生じたとし,①特許料等に関する法107条ないし112条の3の各規定によって,訂正をすべき20旨の審決が確定しても設定登録日が変わらないことや特許証に複数の種類があることを認識することはできないこと,②本件設定時特許証及び本件訂正時特許証には「登録日」としか記載されていないため,どちらが本件特許権の設定登録日であるか不明確であり,米国や欧州の実務と比べても,我が国の特許証の記載は紛らわしいものであること,③特許証の大半は設定登録時に発行されるものであるから,フ25ァイザー社において,訂正すべき旨の審決が確定したときに発行される特許証が存在することを当然に把握しておくべきであったとはいえないことなどに照らし,原告には,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」が認められる旨主張する。⑵ 本件特許権に係る特許料の納付期限を管理していた担当者は,原告の主張が本件回復理由書及び本件審査請求書における主張(甲6,10)から変遷し,判然5としないが,ファイザー社の担当者において,前記のような誤解をしていたと認められたとしても,以下のとおり,本件期間徒過について,原告が原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときに当たると認めることはできない。ア すなわち,原告は,日本の特許権を保有していたのであるから,特許料の納10付等の管理を行うに当たり,一般に求められる相当な注意として,日本の特許法及びその他の関係法令を理解しておくべきであるといえるところ,①特許料の納付期限については,法107条,108条において,特許権の設定登録日から起算されることが規定されており,訂正をすべき旨の審決が確定してその登録がされた場合に特許権の設定登録日が変更される旨の規定は存在しないから,本件特許権につい15て,本件審決が確定してその登録がされたからといって,特許権の設定登録日が変更されないことは条文上明らかであること,②特許証の交付についても,法28条1項において,特許権の設定の登録があったときに交付されることのほかに,訂正をすべき旨の審決が確定した場合にその登録があったときなどにも交付されることが規定されていることなどからすると,担当者において,これらの規定を理解して20いれば,本件訂正時特許証に「登録日」として「平成25年9月30日」と記載されていても,本件訂正時特許証に「この発明は,訂正をすべき旨の審決が確定し,特許原簿に登録されたことを証する。」と記載されていることをも踏まえれば,上記の「登録日」が本件審決の確定等に係る登録日を記載したものであり,特許料の納付期限の起算日となる特許権の設定登録日が変更されたものではないと理解する25ことは可能であったと認められる。イ 本件訂正時特許証及び本件設定時特許証の「登録日」欄記載の年月日には1年半ものずれがあり,特許権の設定登録日が訂正されたと考えることに疑念を生じさせるものであったといえるところ,特許権の設定登録日は,ウェブサイトに公開されている特許情報や特許登録原簿等によっても確認することができるから,担当者において,上記疑念を抱いて,相当な注意を尽くしてそのような確認をしていれ5ば,本件特許権の設定登録日が変更されていないことを認識することは容易であったというべきである。ウ 本件全証拠によっても,担当者において,本件訂正時特許証の「登録日」欄の記載を上記アのように理解すること又は上記イのような確認をすることが困難であったことをうかがわせる事情は認められない。10⑶ したがって,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理由」は認められない。 3 小括以上によれば,本件納付書による特許料等の納付のうち,第4年分の特許料等に係る部分について,本件期間徒過について法112条の2第1項所定の「正当な理15由」があるとはいえないとし,第5年分の特許料等及び第6年分の特許料に係る部分について,第4年分の特許料等の追納が認められないために本件特許権は消滅しているとして,本件納付書による追納手続を却下した本件却下処分が違法であるとはいえない。第5 結論20よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第29部裁判長裁判官山 田 真 紀裁判官神 谷 厚 毅5裁判官西 山 芳 樹10(別紙)当事者目録原 告 ワ イ ス ・ エ ル エ ル シ ー・・・・・・ 同訴訟代理人弁護士 村 田 真 一5( 特 許 管 理 人 )被 告 国処 分 行 政 庁 特 許 庁 長 官・・・・・・・同 指 定 代 理 人 河 野 申 二 郎同 寺 坂 光 代10同 近 野 智 香 子同 木 原 理 沙同 尾 﨑 友 美 |
事件の概要 | 1 事案の要旨15 本件は,特許法(以下,単に「法」ということがある。)112条1項所定の特 許料追納期間中に特許料及び割増特許料(以下,これらを一括して「特許料等」と いう。)を納付せず同条4項により消滅したものとみなされた特許第494867 7号の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)の 原特許権者である原告が,法112条の2第1項に基づいて行った特許料等の追納20 手続は同項所定の「正当な理由」があり,同手続を平成29年7月11日付けで却 下した特許庁長官の処分(以下「本件却下処分」という。)は違法であると主張し て,その取消しを求める事案である。 |
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