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平成31(行ケ)10011審決取消請求事件

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裁判所 審決取消 知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和2年2月25日
事件種別 民事
当事者 被告特許庁長官長井啓子
原告ザ・ブロード・インスティテュート マサチューセッツ・インスティテュート ら訴訟代理人弁護士大野聖二 ら訴訟代理人弁理士森田裕大木信人
対象物 遺伝子産物の発現を変更するためのCRISPR-Cas系および方法
法令 特許権
特許法29条の26回
特許法29条2項1回
キーワード 実施39回
審決30回
進歩性3回
分割2回
優先権2回
特許権1回
主文 1 特許庁が不服2017-13796号事件について平成30年9月14日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 ⑴ 原告らは,平成28年6月29日,発明の名称を「遺伝子産物の発現を変更 するためのCRISPR-Cas系および方法」とする特許出願をした(特願20 16-128599。特願2015-547555(優先権主張:平成24年12 月12日・米国)の分割。公開日:平成28年9月29日。甲9)。 ⑵ 原告らは,平成29年5月9日付けで拒絶査定を受けたことから(甲13), 同年9月15日,これに対する不服審判の請求をし(甲14),特許庁は,上記請求 を不服2017-13796事件として審理した。

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判決文

令和2年2月25日判決言渡
平成31年(行ケ)第10011号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和元年12月18日
判 決


原 告 ザ・ブロード・インスティテュート
・インコーポレイテッド


原 告 マサチューセッツ・インスティテュート
・オブ・テクノロジー

原告ら訴訟代理人弁護士 大 野 聖 二
多 田 宏 文
原告ら訴訟代理人弁理士 森 田 裕
今 野 智 介
大 木 信 人
実 広 信 哉
堀 江 健 太 郎
楠 田 大 輔
佐 伯 圭

被 告 特許庁長官
同 指 定 代 理 人 小 暮 道 明

長 井 啓 子
田 村 聖 子
原 賢 一
主 文
1 特許庁が不服2017-13796号事件について
平成30年9月14日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文第1項と同旨
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告らは,平成28年6月29日,発明の名称を「遺伝子産物の発現を変更
するためのCRISPR-Cas系および方法」とする特許出願をした(特願20
16-128599。特願2015-547555(優先権主張:平成24年12
月12日・米国)の分割。公開日:平成28年9月29日。甲9)。
⑵ 原告らは,平成29年5月9日付けで拒絶査定を受けたことから(甲13),
同年9月15日,これに対する不服審判の請求をし(甲14),特許庁は,上記請求
を不服2017-13796事件として審理した。
⑶ 特許庁は,平成30年9月14日,本件審判請求は成り立たないとする別紙
審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年1
0月1日,原告らに送達された。
⑷ 原告らは,平成31年1月29日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提
起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件審決が対象とした特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(甲

12。以下,上記請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,この出願に係る
明細書(甲9)を,図面を含めて「本願明細書」という。。なお,文中の「/」は,

原文の改行箇所を示す(以下同じ)。
【請求項1】
エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピー
ト(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISPR-Cas)ベクタ
ー系であって,/a)真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の標的配列にハイ
ブリダイズする1つ以上のCRISPR-Cas系ガイドRNAをコードする1つ
以上のヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,
前記ガイドRNAが,ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配列を含
む,第1の調節エレメント,/b)II型Cas9タンパク質をコードするヌクレ
オチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントであって,前記タンパ
ク質が,核局在化シグナル(NLS)を含む,第2の調節エレメント/を含む1つ以
上のベクターを含み;/成分(a)及び(b)が,前記系の同じ又は異なるベクター
上に位置し,/前記tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有し,/
それによって,前記1つ以上のガイドRNAが,真核細胞中の前記ポリヌクレオチ
ド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記ポリヌクレオチド遺伝子
座を開裂し,それによって,前記ポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変され;前
記Cas9タンパク質及び前記1つ以上のガイドRNAが,いっしょに天然に存在
しない,/CRISPR-Casベクター系。
3 本件審決の理由の要旨
⑴ 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願
発明は,①先願の下記引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と
同一であるから,特許法29条の2に該当し,②下記引用例2に記載された発明(以
下「引用発明2」という。)及び本願優先日(2012年12月12日)前の周知技
術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29

条2項に該当するので,特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:PCT/US2013/073307号(国際公開第2014/
089290号。出願日:2013年12月5日(優先権主張:2012年12月6
日),公開日:2014年6月12日。甲1の1)
イ 引 用 例 2 : A Programmable Dual-RNA ‐ Guided DNA Endonuclease in

Adaptive Bacterial Immunity”(Science, Aug 2012, Vol.337, p.816-821。甲2の
1)及び“Supplementary Materials”
(甲2の2)
(オンラインによる公開:2012
年6月28日)
⑵ 本件審決は,引用発明1,本願発明と引用発明1との対比について,以下の
とおり認定した。
ア 引用発明1の認定
(i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas
9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含
むベクター,及び,/(ⅱ)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である
5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,及び
本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNA
をコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター,
/を含むベクター系であって,前記ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長
さが,約30から約120ヌクレオチド長の範囲であり,前記ガイドRNAが,I
I型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで
該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導
し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復
される,ベクター系。
イ 本願発明と引用発明1の一致点
エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピー
ト(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISPR-Cas)ベクタ

ー系であって,/a)真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の標的配列にハイ
ブリダイズする1つ以上のCRISPR-Cas系ガイドRNAをコードする1つ
以上のヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,
前記ガイドRNAが,ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配列を含
む,第1の調節エレメント,/b)II型Cas9タンパク質をコードするヌクレ
オチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメントであって,前記タンパ
ク質が,核局在化シグナル(NLS)を含む,第2の調節エレメントを含む1つ以上
のベクターを含み;/成分(a) (b) 前記系の異なるベクター上に位置し,
及び が,
/それによって,前記1つ以上のガイドRNAが,真核細胞中の前記ポリヌクレオ
チド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記ポリヌクレオチド遺伝
子座を開裂し,それによって,前記ポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変され;
前記Cas9タンパク質及び前記1つ以上のガイドRNAが,いっしょに天然に存
在しない,CRISPR-Casベクター系。
ウ 一応の相違点
本願発明は「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有」するもの
であると下限値が特定されているのに対して,引用発明1では,本願発明の「tr
acr配列」に相当する部分の長さについて明確な特定はないものの,
「第二及び第
三領域」の合わせた長さが「約30から約120ヌクレオチド長の範囲」である限
りにおいて,30ヌクレオチドよりも短い場合をも包含する点。
⑶ 本件審決は,引用発明2,本願発明と引用発明2との対比について,以下の
とおり認定した。
ア 引用発明2の認定
エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピー
ト(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISPR-Cas)系であ
って,/a)標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAとcrR
NAの間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含み,前記標的認識配

列が緩衝液中で標的配列にハイブリダイズするキメラRNAであるキメラAと,/
b)II型Cas9タンパク質,/を含み,/前記tracrRNAが,26のヌク
レオチドの長さを有し,/それによって,前記Cas9タンパク質が,前記標的配
列を開裂し,/前記Cas9タンパク質及び前記キメラRNAが,いっしょに天然
に存在しない,/CRISPR-Cas系。
イ 本願発明と引用発明2との一致点
エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピー
ト(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISPR-Cas)系であ
って,/a)標的配列にハイブリダイズする1つ以上のCRISPR-Cas系ガ
イドRNAであって,ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配列を含
むガイドRNAと,/b)II型Cas9タンパク質,/を含み,/それによって,
前記Cas9タンパク質が,前記標的配列を開裂し,/ 前記Cas9タンパク質及
び前記1つ以上のガイドRNAが,いっしょに天然に存在しない,/CRISPR
-Cas系。
ウ 本願発明と引用発明2との相違点
(相違点1)
本願発明は,ガイドRNAが,
「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の標的
配列にハイブリダイズ」し,II型Cas9タンパク質が,
「核局在化シグナル(N
LS)を含む」ことによって,ガイドRNAが,
「真核細胞中の前記ポリヌクレオチ
ド遺伝子座」を標的とし,Cas9タンパク質がこれを開裂するのに対して,引用
発明2では,標的配列が緩衝液中に存在し,Cas9タンパク質が核局在化シグナ
ルを有していない点。
(相違点2)
本願発明は, 前記ポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,
「 改変され」るのに対して,
引用発明2では,標的配列を開裂するにとどまる点。
(相違点3)

本願発明は,CRISPR-Cas系ガイドRNAを「コードする1つ以上のヌ
クレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメント」と,II型Ca
s9タンパク質を「コードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の
調節エレメント」を含む「1つ以上のベクターを含み;成分(a)及び(b)が,前
記系の同じ又は異なるベクター上に位置」する,CRISPR-Cas「ベクター」
系であるのに対して,引用発明2では,「キメラRNA」と「Cas9タンパク質」
を用いるCRISPR-Cas系である点。
(相違点4)
本願発明は,前記tracr配列が,
「30以上のヌクレオチドの長さ」を有する
のに対して,引用発明2は,それに対応する前記tracrRNAが,
「26のヌク
レオチドの長さ」を有する点。
4 取消事由
⑴ 引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り(取消事由1)
⑵ 引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由2)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り)について
〔原告らの主張〕
⑴ 一致点とされた部分について
ア 引用例1は,後記ウで詳述するとおり,標的部位において組換えが生じたこ
とを実験データによって示していない。引用発明1は,当業者が反復継続して所定
の効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されていな
いから,特許法29条の2による後願排除効を有していないというべきである(東
京高裁平成13年4月25日判決・平成10年(行ケ)第401号)。
イ 原核生物のCRISPRシステムを真核細胞において作動するように適合さ
せられるか否かは,本願発明の発明者であるA博士(A博士)が2013年の論文
(Bほか)において報告するまでは明らかでなく,引用例1に接した当業者は,引

用例1のFACS実験とPCR実験の矛盾した結果を検討し,CRISPR-Ca
s9システムが真核細胞において作動するか否かが未解決であると結論したはずで
ある。引用例1の結果は,それが開示された2012年当時の技術常識に基づき,
後知恵を入れることなく検討されなければならない。
ウ 引用例1は,本願発明の構成「前記ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以
上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記遺伝
子座を開裂し,それによって,遺伝子座の配列が改変される」を開示していない。
引用例1には,ヒトのK562細胞の6つのトランスフェクション処理(処理A
~F。表7.トランスフェクション処理)が記載されているところ,このうち本願発
明のクレームと同じベクター系に係るものは処理Dである。引用例1には,処理A
~Fに対して行われた2つの実験が開示されており,これらの実験の目的は,CR
ISPR-Cas9系がゲノムDNAの標的ポリヌクレオチド配列を開裂し,コー
ド配列をそこに組み込むかどうかを確認することにある。
ところが,実施例4の蛍光活性化細胞選別(FACS)実験の処理Dの蛍光は,細
胞の死による自家蛍光とGFPの自家蛍光を区別することができず,組換えがされ
たか否かや,組換えが標的部位でされたか否かを判断することができない。むしろ,
実施例5のPCR実験は,処理Dで標的部位の編集がされていないことを示してお
り,処理Dの蛍光が標的部位の遺伝子編集によるものでないことを裏付ける。
引用例1のFACS実験とPCR実験により得られた結果には矛盾があるので,
当業者は,この矛盾点を検討し,CRISPR-Cas9システムが真核細胞にお
いて作動するか否かにはなお疑問があると判断したはずである。
このように,引用例1には,真核細胞内でのゲノムDNAの標的部位での配列の
編集ができなかった系が記載されているにすぎないから,上記のとおりの配列の編
集ができる本願発明と実質的に同一であるということはできない。
エ 被告は,実施例5の処理Dにおいて,標的部位へのドナー配列の挿入が実験
で確認されていないとしても,それは,処理Dで採用した実験プロトコルに適切で

ない部分があったことに起因するものにすぎない旨主張するが,本願優先日当時の
技術水準において,適切な実験プロトコルは存在しなかった。
CRISPR-Cas9のような複雑な系をエンジニアリングするには,多くの
系の設計の選択が必要である。本願発明は,Cas9に複数のNLSを付加するこ
とやtracrRNAの長さを長くすることの技術的意義,キメラRNAの3’末
端にターミネーターとして例えばポリTを挿入することなど,CRISPR-Ca
s9システムを真核細胞内環境において真核生物のゲノムDNAに適合させるガイ
ダンスを開示し,引用発明1のCRISPR-Cas9系とは異なる。
適切なプロトコル下に置かれた場合に引用発明1の系が真核細胞でも機能すると
考えることは,本願発明と引用発明1の系の相違を見誤っている。
⑵ 一応の相違点とされた部分について
本願発明では,tracr長が短い場合のゲノム編集効率を高めるために,Ca
s9に複数のNLSを付加すること,tracrRNAの長さを長くすることの技
術的意義,キメラRNAの3’末端にターミネータとして例えばポリTを挿入する
ことなど,CRISPR-Cas9システムを真核細胞内環境において真核生物の
ゲノムDNAに適合させるガイダンスを開示している。
〔被告の主張〕
⑴ 一致点とされた部分について
引用例1には,
(i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つの
II型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター
調節配列を含むベクター及び(ⅱ)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的
である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,
及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドR
NAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベク
ター,を含むベクター系が記載されている。
そして,引用例1には,上記のベクター系であって,
「ガイドRNAが,II型C

as9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II
型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該
二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」
との機能を発揮するように構成されているものが,引用発明として認定し得る程度
十分に,技術思想として開示されている。
実施例5の処理Dにおいて,標的部位へのドナー配列の挿入が実験で確認されて
いないとしても,それは,処理Dで採用した実験プロトコルに適切でない部分があ
ったことに起因するものであり,上記の認定を左右することはない。
⑵ 一応の相違点とされた部分について
本願発明と引用発明1は,本願発明の「tracr配列」に相当する部分の長さ
に関して重複関係にあるから,本願発明が特許を受けるためには,長さの下限値を
30ヌクレオチド長と特定することにより,30ヌクレオチドよりも短い場合をも
包含する引用発明1とは異なる新たな効果を有することが必要である。
26ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+48)と,32
ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+54)とで,プロトス
ペーサー2,4及び5を標的としたものでは差異を見出せない(図16,図17)。
そして,30以上のヌクレオチド長と特定する本願発明においては,標的配列に依
存することなく,改変効率が向上するとの効果を有しているとはいえない。
2 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り)について
〔原告らの主張〕
⑴ 引用発明の認定の誤り
本件審決がした引用発明2の認定は,引用例2に記載された発明を上位概念で認
定している点において不当である。引用発明2は,次のとおり,下線部を有するも
のとして認定されるべきである。
a)標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAとcrRNA
の間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含み,前記標的認識配列が

緩衝液中で標的配列にハイブリダイズするキメラRNAであるキメラAであって,
試験管内で事前に95℃で加熱してその後室温にまで冷却させて得られるキメラA
と,/b)大腸菌(E. Coli)に産生させ,できるだけ純度高く精製したII型Ca
s9タンパク質と,/を複合体形成に適した緩衝液中で混合して得られる複合体を
含み,/それによって,前記Cas9タンパク質が,開裂に適した緩衝液中で,オリ
ゴヌクレオチドDNA又はプラスミドDNA中の前記標的配列を開裂する,/CR
ISPR-Cas系。
⑵ 相違点の看過等
ア 相違点5
引用例2においては,試験管内で転写されたキメラAをCas9と混合してCa
s9複合体を形成し,それを標的DNAと共に緩衝液環境に導入しているのに対し,
本願発明では,真核細胞内において構成要素がまず別々に,かつ適切に発現し,そ
の後,発現した構成要素が,真核細胞の核内においてCRISPR-Cas9複合
体を形成しなければならない。
したがって,本願発明と引用発明2の相違点としては,本件審決が認定した相違
点1ないし3のほかに,
「本願発明は,CRISPR-Casベクター系であり,ベ
クターで真核細胞の核内にCRISPR-Casの構成要素を送達するものであり,
本願発明で用いる複合体はあらかじめ形成させたものではないのに対して,引用発
明2では,用いる複合体は「複合体形成に適した緩衝液中で構成要素を混合して得
られる,事前に形成された複合体」である点(相違点4)を認定すべきである。
そして,引用発明2では,真核細胞内でのベクター系を用いたときにCas9と
crRNAとtractRNAとの複合体が適切に形成するか否か,仮に形成でき
たとしても活性な複合体を形成し得るか不明であること,真核細胞には,二本鎖R
NAを検知し,破壊し,除去する免疫機構が備わっており,CRISPR複合体を
形成する前に,crRNAとtractRNAのような二本鎖RNAが十分な時間,
存在することができたとはいえないことから,この相違点は容易に想到できない。

イ 相違点6
引用例2で用いられたオリゴヌクレオチドDNAやプラスミドDNAは,染色体
構造(特に真核細胞の染色体構造)を形成するものではないのに対し,本願発明の
開裂対象は,真核細胞中の染色体配列中の標的部位であり,オリゴヌクレオチドD
NAでもプラスミドDNAでもなく,真核細胞のゲノムDNAは,真核細胞の核に
存在し,かつ,染色体という構造を形成して安定化されていること,さらに,引用例
2が,開裂に適した環境下の試験管内の緩衝液中で行われるのに対し,本願発明は,
開裂に適した環境であるかが不明な真核細胞内で行う。
したがって,本願発明と引用発明2の相違点としては,更に,
「本願発明のCRI
SPR-Casベクター系は,真核細胞内環境下で,真核生物のゲノムDNA中の
標的部位を開裂するものであり,開裂に適した環境下の緩衝液中で開裂を行うもの
ではなく,開裂対象はオリゴヌクレオチドDNAでもプラスミドDNAでもないの
に対して,引用発明2は,開裂に適した緩衝液中で,オリゴヌクレオチドDNA又
はプラスミドDNA中の標的部位を開裂するものである点」
(相違点6)を認定すべ
きである。
そして,引用例2で開示されているのは,緩衝液において予め形成させた複合体
が,切断に適した緩衝液中でDNAを切断したということだけであり,真核細胞に
おいて機能するかどうかを当業者に予測させるものではないから,相違点6は,引
用発明2から容易に想到することができない。
⑶ 相違点1,3及び4の判断の誤り
ア 相違点1に関する容易想到性判断の誤り
(ア) 本件審決は,本願発明は「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ
以上の標的配列にハイブリダイズ」するものであるのに対して,引用発明2はこの
ような構成を有しない点で相違すると認定する。
引用例2に開示されたのは,複合体形成に適した緩衝液中で予め形成させた複合
体を用いて,切断に適した緩衝液中で,オリゴヌクレオチドDNA又はプラスミド

DNAを切断したことであり,
「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以
上の標的配列にハイブリダイズ」させることとは大きく異なる。
ベクター系を用いてCas9タンパク質や,crRNAとtracrRNAを真
核細胞内で発現させた場合,これらの構成要素は,複合体として合成されるのでは
なく,それぞれが個別のものとして合成され,完成した後に,①真核細胞内で互い
に接触する必要があり,かつ,②接触後,適切に複合体形成することにより,活性な
複合体を形成する必要がある。仮に,当該複合体が形成されたとしても,③複合体
がゲノム全体をスキャンするに十分な時間存在していなければならない。その後に
初めて,
「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブ
リダイズ」するために,標的配列に結合することができる。
①真核細胞内において複合体を形成することは困難で,②原核細胞ではDNAか
らmRNAへの転写及びタンパク質の翻訳が細胞質で同時に起こるのに対し,真核
細胞では核内で転写が行われ,細胞質で翻訳が行われるように,転写と翻訳のシス
テムが異なり,③ゲノム構造と標的とされた遺伝子座への接触や④ゲノムサイズと
遺伝子座への接触も困難で,⑤原核生物における遺伝子ターゲティングシステムを
真核細胞に適用することについては失敗例も存在する。
(イ) 本件審決は,本願発明と引用発明2との相違点1が周知技術に基づいて容易
に想到できると判断する。
しかし,本件審決の上記判断において,Cas9タンパク質に核局在化シグナル
を付加することにより,真核細胞の核内のゲノムにCRISPR-Cas9系を到
達させることができるとする科学的根拠は示されていない。
本件審決では,核局在化シグナルをCas9タンパク質に付加することが,タン
パク質を核内に移行させるための常套手段であるというが,常套手段として挙げら
れているものは,いずれも細胞内で複合体を形成する必要がなく,かつ,細胞内で
機能するためにRNAの必要のない技術に関するものであって,単にタンパク質の
みを核に移行させればその機能を発揮することが明白な技術であるから,細胞内に

おいて複合体形成を必要とするCas9複合体とは異なる。
第1優先日当時にはNLSがCas9複合体を真核細胞内で機能させる手法であ
るかは不明であり,引用例2では,核局在化シグナルについて開示も示唆もない。
イ 相違点3に関する容易想到性判断の誤り
細胞の内部で複合体を形成することなく機能する所望のタンパク質や核酸などの
因子を機能させようとする場合に,それらを発現するベクターを用いることは常套
手段であるとしても,CRISPR-Cas9システムは複合体でなければ機能し
ないことが,引用例2において明確に実証されているのであるから,CRISPR
-Cas9システムをベクターで,しかも,原核細胞ではなく真核細胞に導入する
ことが,同様に常套手段であるとか,容易になし得たということはできない。
ウ 相違点4に関する容易想到性判断の誤り
引用例2には,試験管内で,26ヌクレオチドから67ヌクレオチドにおいて,
tracrRNA部分の長さに依存することなく,DNAが切断されることを示す
結果が開示されている。図3のパネルAには,23-89(67ヌクレオチド長)の
tracrRNAと23-48(26ヌクレオチド長)のtracrRNAとの間
で,オリゴヌクレオチドDNAの切断効率が変わらないことが示されている。図5
及び図S15には,キメラAが最小の機能的tracrRNAを用いて設計され,
この最小の構造が作用に最適化されていることが示されている。
以上のことからは,当業者がtracrRNAを長くする理由はない。
また,引用例2の図S14A及びBにおけるバンドに基づけば,当業者は,3’が
伸張した長いtracr配列(23-89)を有するものよりも,23-48の短
いtracr配列を有するRNA(26ヌクレオチド長のキメラRNAに対応する)
の活性の方が高いと認識したはずである。
当業者は,より長いRNAを送達する観点で,大きなRNA分子は複雑性を増加
させ,潜在的な毒性を増加させることを理解したので,tracrRNAの長さを
26ヌクレオチドに減少させてもその強力な活性が維持されたとの点にも鑑みれば,

当業者がtracrRNAの長さを増加させることに着目する理由はない。
〔被告の主張〕
⑴ 本願優先日である平成24年12月12日当時,真核細胞のゲノム編集を行
うために,人工酵素であるジンク-フィンガーヌクレアーゼ(ZFN)や転写活性
化様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)を使用することは,周知であった。し
たがって,当業者には,同様にゲノム編集のツールである引用発明2のCRISP
R-Cas系を,真核細胞中のゲノムに対して機能させようと試みることに動機付
けがあった。このことは,本願発明の発明者とは異なる少なくとも3つの研究グル
ープが,本願優先日前から,CRISPR-Cas系を真核細胞中のゲノムに対し
て機能させようと試みていたことが示されていることからも裏付けられる。
⑵ 細胞の内部で所望のタンパク質や核酸を機能させようとする場合に,それら
を発現するベクターを用いることは常套手段であり,本願優先日当時,ゲノム編集
のための成分を導入するために,ベクター系を用いることも一般的であった。した
がって,当業者は,適宜,引用発明2のCRISPR-Cas系や組換えテンプレ
ートをベクター系とすることができた。
⑶ 原告らが示す問題点は,いずれも引用発明2のCRISPR-Cas系を真
核細胞中のゲノムに対して機能させようと試みる際に生じるおそれのあるものを挙
げているにすぎない。当業者は,CRISPR-Cas9の真核細胞への適用の成
否について,確信までは持てなかったとしても,上記の問題点は,当業者に真核細
胞への適用ができないとの認識を生じさせるほどのものではない。
⑷ 引用例2の記載は,「26のヌクレオチドの長さ」とするものであるが,こ
の記載から,23~48の26ヌクレオチド長を含むtracrRNAであれば,
その5’末端側や3’末端側にさらにヌクレオチドが存在しても,Cas9による
DNA切断を誘導できると理解することができる。引用例2には,5’末端側や
3’末端側にヌクレオチドを付加してさらに長くすることを妨げる記載はなく,か
えって,図3Aには,「15-53」「23-89」「15-89」の領域からな
, ,

るさらに長いtracrRNAも,crRNAと共に用いることでCas9による
DNA切断を誘導できることが示されている。
そうすると,引用発明2においても,tracrRNAを30ヌクレオチド長程
度のものとすることは,当業者において適宜なし得たことというべきである。
第4 当裁判所の判断
1 本願発明について
⑴ 本願明細書の記載
本願明細書には,以下の記載がある(甲9)。
ア 技術分野
【0003】本発明は,一般に,クラスター化等間隔短鎖回分リピート(Clustered
Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)(CRISPR)及びその成分に関す
るベクター系を使用し得る配列ターゲティング,例えば,ゲノム摂動又は遺伝子編
集を含む遺伝子発現の制御に使用される系,方法及び組成物に関する。
イ 背景技術
【0005】ゲノムシーケンシング技術及び分析法の近年の進歩により,多様な
範囲の生物学的機能及び疾患に関連する遺伝因子を分類及びマッピングする技能が
顕著に加速されている。正確なゲノムターゲティング技術は,因果的遺伝子変異の
体系的なリバースエンジニアリングを可能とするため,並びに合成生物学,バイオ
テクノロジー及び医薬用途を進歩させるために必要とされる。ゲノム編集技術,例
えば,デザイナー亜鉛フィンガー,転写アクチベーター様エフェクター(TALE),
又はホーミングメガヌクレアーゼが利用可能であるが,安価で,設定が容易で,ス
ケーラブルで,真核ゲノム内の複数位置をターゲティングしやすい新たなゲノムエ
ンジニアリング技術が依然として必要とされている。
ウ 発明が解決しようとする課題
【0007】CRISPR/Cas又はCRISPR-Cas系は,単一Cas
酵素を短鎖RNA分子によりプログラミングして特異的DNA標的を認識させるこ

とができ,換言すると,Cas酵素は,前記短鎖RNA分子を使用して特異的DN
A標的にリクルートすることができる。ゲノムシーケンシング技術及び分析法のレ
パートリーへのCRISPR-Cas系の付加により,多様な範囲の生物学的機能
及び疾患に関連する遺伝因子を分類及びマッピングする技能が加速される。
エ 課題を解決するための手段
【0010】本願発明は,好ましい実施形態において,細胞は真核細胞であり,よ
り好ましい実施形態において,細胞は哺乳動物細胞であり,さらにより好ましい実
施形態において,哺乳動物細胞はヒト細胞である。
【0012】一態様において,本願発明は,1つ以上のベクターを含むベクター
系を提供する。一部の実施形態において,CRISPR複合体は,真核細胞の核中
の検出可能な量の前記CRISPR複合体の蓄積をドライブするために十分な強度
の1つ以上の核局在化配列を含む。理論により拘束されるものではないが,核局在
化配列は,真核生物中のCRISPR複合体活性に必要でないが,そのような配列
を含めることにより,特に核中の核酸分子のターゲティングに関して系の活性が向
上すると考えられる。一部の実施形態において,CRISPR酵素は,II型CR
ISPR系酵素である。一部の実施形態において,CRISPR酵素は,Cas9
酵素である。一部の実施形態において,Cas9酵素は,肺炎連鎖球菌
( S.pneumoniae ) 化 膿 性 連 鎖 球 菌 ( S.pyogenes ) 又 は S . サ ー モ フ ィ ラ ス
, ,
(S.thermophilus)Cas9であり,それらの生物に由来する突然変異Cas9を
含み得る。CRISPR酵素は,真核細胞中の発現のためにコドン最適化されてい
る。
【0014】用語「調節エレメント」は,プロモーター,エンハンサー,内部リボ
ソーム進入部位(IRES),及び他の発現制御エレメント(例えば,転写終結シグ
ナル,例えば,ポリアデニル化シグナル及びポリU配列)を含むものとする。
一部の実施形態において,ベクターは,1つ以上のpolIIIプロモーター(‥),
1つ以上のpolIIプロモーター(‥),1つ以上のpolIプロモーター(‥)

又はそれらの組合せを含む。polIIIプロモーターの例としては,限定される
ものではないが,U6及びH1プロモーターが挙げられる。polIIプロモータ
ーの例としては,限定されるものではないが,レトロウイルスのラウス肉腫ウイル
ス(RSV)LTRプロモーター(‥),サイトメガロウイルス(CMV)プロモー
ターが挙げられる。用語「調節エレメント」により,エンハンサーエレメント,例え
ば,WPRE;CMVエンハンサー;HTLV-IのLTR中のR-U5’セグメン
ト;SV40エンハンサー;も包含される。ベクターを宿主細胞中に導入し,それに
より本明細書に記載の核酸によりコードされる転写物,融合タンパク質又はペプチ
ドを含むタンパク質,又はペプチドを産生することができる。
【0015】有利なベクターとしては,レンチウイルス及びアデノ随伴ウイルス
が挙げられ,そのようなベクターのタイプは,特定のタイプの細胞のターゲティン
グのために選択することもできる。
【0024】本発明の態様は,内因性ゲノム中の部位特異的遺伝子ノックアウト
を包含した:本発明は,亜鉛フィンガー及びTALエフェクターをベースとする部
位特異的ヌクレアーゼ技術の使用と比べて有利である。それというのも,これは複
雑な設計を要求せず,これを使用して同一ゲノム内の複数の遺伝子を同時にノック
アウトすることができるためである。さらなる態様において,本発明は,部位特異
的ゲノム編集を包含する。本発明は,天然又は人工部位特異的ヌクレアーゼ又はリ
コンビナーゼの使用と比べて有利である。それというのも,これは部位特異的二本
鎖切断を導入してターゲティングされるゲノム遺伝子座における相同組換えを促進
し得るためである。
オ 発明を実施するための形態
【0053】一般に,
「CRISPR系」は,集合的に,CRISPR関連(「Ca
s」)遺伝子の発現又はその活性の指向に関与する転写物及び他のエレメント,例と
して,Cas遺伝子をコードする配列,tracr(トランス活性化CRISPR)
配列(例えば,tracrRNA又は活性部分tracrRNA),tracrメイ

ト配列(内因性CRISPR系に関して「ダイレクトリピート」及びtracrR
NAによりプロセシングされる部分ダイレクトリピートを包含),ガイド配列(内因
性CRISPR系に関して「スペーサー」とも称される),又はCRISPR遺伝子
座からの他の配列及び転写物を指す。
一部の実施形態において,CRISPR系の1つ以上のエレメントは,内因性C
RISPR系を含む特定の生物,例えば,化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)
に由来する。一般に,CRISPR系は,標的配列(内因性CRISPR系に関して
プロトスペーサーとも称される)におけるCRISPR複合体の形成を促進するエ
レメントを特徴とする。CRISPR複合体の形成に関して,
「標的配列」は,ガイ
ド配列が相補性を有するように設計される配列を指し,標的配列とガイド配列との
間のハイブリダイゼーションがCRISPR複合体の形成を促進する。
標的配列を含むターゲティングされる遺伝子座中への組換えに使用することがで
きる配列又はテンプレートは,「編集テンプレート」又は「編集ポリヌクレオチド」
又は「編集配列」と称される。本発明の態様において,外因性テンプレートポリヌク
レオチドを編集テンプレートと称することができる。本発明の一態様において,組
換えは,相同組換えである。
【0054】理論により拘束されるものではないが,tracr配列は,野生型
tracr配列の全部又は一部(例えば,野生型tracr配列の約又は約20,
26,32,45,48,54,63,67,85,又はそれよりも多い数を超える
ヌクレオチド)を含み得,又はそれからなっていてよく,例えば,ガイド配列に作動
可能に結合しているtracrメイト配列の全部又は一部とのtracr配列の少
なくとも一部に沿うハイブリダイゼーションによりCRISPR複合体の一部も形
成し得る。
【0063】一般に,tracrメイト配列は,
(1)対応するtracr配列を
含有する細胞中でtracrメイト配列によりフランキングされているガイド配列
の切り出し;及び(2)標的配列におけるCRISPR複合体の形成(CRISPR

複合体は,tracr配列にハイブリダイズされるtracrメイト配列を含む)
の1つ以上を促進するためにtracr配列との十分な相補性を有する任意の配列
を含む。一部の実施形態において,tracr配列は,約又は約5,6,7,8,9,
10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,25,30,
40,50,又はそれよりも大きい数を超えるヌクレオチド長である。一部の実施
形態において,tracr配列及びtractメイト配列は,単一転写物内に含有
され,その結果,2つの間のハイブリダイゼーションが二次構造,例えば,ヘアピン
を有する転写物を産生する。ヘアピン構造において使用される好ましいループ形成
配列は,4ヌクレオチド長であり,最も好ましくは,配列GAAAを有する。しかし
ながら,代替配列であり得るようにより長い又は短いループ配列を使用することが
できる。配列は,好ましくは,ヌクレオチドトリプレット(例えば,AAA),及び
追加のヌクレオチド(例えば,C又はG)を含む。ループ形成配列の例としては,C
AAA及びAAAGが挙げられる。本発明の一実施形態において,転写物又は転写
されるポリヌクレオチド配列は,少なくとも2つ以上のヘアピンを有する。好まし
い実施形態において,転写物は,2,3,4又は5つのヘアピンを有する。本発明の
別のさらなる実施形態において,転写物は,多くとも5つのヘアピンを有する。一
部の実施形態において,単一転写物は,転写終結配列をさらに含み;好ましくは,こ
れはポリT配列,例えば,6つのTヌクレオチドである。このようなヘアピン構造
の例示的説明を,図11B(別紙1のとおり)の下方位置に提供し,最後の「N」及
びループの上流の5’側の配列の部分は,tracrメイト配列に対応し,ループ
の3’側の配列の部分は,tracr配列に対応する。
カ 実施例
(ア) 実施例1:真核細胞の核中のCRISPR複合体活性
【0145】図2は,本実施例に記載の細菌CRISPR系を説明する。図2A
は,化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)SF370からのCRISPR遺
伝子座1及びこの系によるCRISPR媒介DNA開裂の提案される機序を示す模

式図を説明する。‥図2Bは,化膿性連鎖球菌(S.pyogenes)Cas9(SpCas
9)及びRNアーゼIII(SpRNアーゼIII)の,哺乳動物核中への輸送を可
能とするための核局在化シグナル(NLS)によるエンジニアリングを説明する。
(イ) 実施例4:複数のキメラcrRNA-tracrRNAハイブリッドの評

【0159】本実施例は,異なる長さの野生型tracrRNA配列を取り込む
tracr配列を有するキメラRNA(chiRNA;ガイド配列,tracrメ
イト配列,及びtracr配列を単一転写物中で含む)について得られた結果を記
載する。
Cas9はCBhプロモーターによりドライブされ,キメラRNAはU6プロモ
ーターによりドライブされる。
ガイド及びtracr配列は,tracrメイト配列GUUUUAGAGCUA
と,それに続くループ配列GAAAにより離隔している。ヒト遺伝子座EMX1及
びPVALB遺伝子座におけるCas9媒介インデルについてのSURVEYOR
アッセイの結果を,それぞれ図16b及び16c(別紙1のとおり)に説明する。
chiRNAをそれらの「+n」表記により示し,crRNAは,ガイド及びtr
acr配列が別個の転写物として発現されるハイブリッドRNAを指す。トリプリ
ケートで実施されたこれらの結果の定量を,図17a及び17b(別紙1のとおり)
にヒストグラムにより示し,それぞれ図16b及び16cに対応する(「N.D.」
は,インデルが検出されなかったことを示す)。
【0162】最初に,ヒトHEK293FT細胞中のEMX1遺伝子座内の3つ
の部位をターゲティングした。それぞれのchiRNAのゲノム改変効率は,DN
A二本鎖切断(DSB)及び非相同末端結合(NHEJ)DNA損傷修復経路による
その後続の修復から生じる突然変異を検出するSURVEYORヌクレアーゼアッ
セイを使用して評価した。chiRNA(+n)と表記される構築物は,野生型tr
acrRNAの最大+n個のヌクレオチドがキメラRNA構築物中に含まれること

を示し,nについては48,54,67,及び85の値が使用される。野生型tra
crRNAのより長い断片を含有するキメラRNA(chiRNA(+67)及び
chiRNA(+85))は,3つ全てのEMX1標的部位におけるDNA開裂を媒
介し,特にchiRNA(+85)は,ガイド及びtracr配列を別個の転写物中
で発現する対応するcrRNA/tracrRNAハイブリッドよりも顕著に高い
レベルのDNA開裂を実証した(図16b及び17a)。ハイブリッド系(別個の転
写物として発現されるガイド配列及びtracr配列)を検出可能な開裂を生じな
かったPVALB遺伝子座中の2つの部位も,chiRNAを使用してターゲティ
ングした。chiRNA(+67)及びchiRNA(+85)は,2つのPVAL
Bプロトスペーサーにおける顕著な開裂を媒介し得た(図16c及び17b)。
EMX1及びPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的について,tracr配列
長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察された。いかなる理論によ
っても拘束されるものではないが,tracrRNAの3’末端により形成される
二次構造は,CRISPR複合体形成の比率の向上における役割を担い得る。
⑵ 本願発明の特徴
本願発明は,CRISPR-Casベクターを用いたゲノム編集技術に関する発
明である。
本願発明においては,短鎖RNA分子(ガイド配列,tracrRNA配列,及び
tracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列)に
より,Cas酵素(II型Cas9タンパク質)に,真核細胞中の特異的DNA標的
(ポリヌクレオチド遺伝子座)を認識させ,前記Cas酵素が前記DNA標的を開
裂し,それにより,前記DNA標的が改変する。
本願発明は,a)前記CRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコード
するヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメント,及び,b)
前記II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合し
ている第2の調節エレメント,が1つ以上の同じ又は異なるベクター上に位置し,

前記II型Cas9タンパク質が核局在化シグナル(NLS)を含み,前記tra
cr配列が30以上のヌクレオチドの長さを有すること,を要件とする。
このうち,ガイド配列の長さに関する構成(tracr配列が30以上のヌクレ
オチドの長さを有すること)に関しては,本願明細書に,短鎖RNA分子として,異
なる長さの野生型tracrRNA配列が取り込まれたキメラRNA(chiRN
A;ガイド配列,tracrメイト配列,及びtracr配列を単一転写物中で含
む)とCas9酵素を使用した実験結果が記載され,野生型tracrRNAのよ
り長い断片を含有するキメラRNA(chiRNA(+67)及びchiRNA(+
85)が,3つ全てのEMX1標的部位におけるDNA開裂を媒介し(図16b及
び17a) 2つのPVALBプロトスペーサーにおいても顕著な開裂を媒介してお

り(図16c及び17b),tracr配列長さの増加に伴ってゲノム改変効率が増
加することなどが示されている(実施例4)。
2 取消事由1(引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り)について
⑴ 引用例1の記載(甲1の1。なお,段落番号は,国内公表公報である特表20
16-502840号公報(甲1の2)の段落番号である。
【0151】は,引用例
1の優先基礎明細書(甲105)による。)
ア 技術分野
【0001】本発明は,標的ゲノム修飾に関する。特に,本発明は,RNA誘導型
エンドヌクレアーゼ又はCRISPR/Cas様タンパク質を含む融合タンパク質,
及び標的染色体配列を修飾又は調節するための該タンパク質の使用方法に関する。
イ 背景技術
【0002】標的ゲノム修飾は,真核細胞,胚及び動物の遺伝子操作のための強
力なツールである。現在の方法は,例えば,ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZF
N)又は転写アクティベーター様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)のよう
な人工ヌクレアーゼの使用に依存している。しかしながら,それぞれの新規ゲノム
標的は,新規の配列特異的DNA結合分子を含む新規ZFN又はTALENの設計

を必要とする。したがって,これらのカスタム設計されたヌクレアーゼは,割高な
費用が掛かり,製造に時間を要する傾向がある。さらに,ZFN及びTALENの
特異性は,それらがオフターゲット(‥)の切断を仲介し得る程度のものである。
【0003】したがって,それぞれの新しい標的ゲノム部位に対する新しいヌク
レアーゼの設計を必要としない標的ゲノム修飾技術‥,オフターゲット作用が殆ど
又は全くない,向上した特異性を有する技術が必要とされている。
ウ 発明の概要
【0004】本開示の種々の面には,単離されたRNA誘導型エンドヌクレアー
ゼの提供であって,該エンドヌクレアーゼが,少なくとも1つの核局在化シグナル,
少なくとも1つのヌクレアーゼドメイン,及び切断のために特定のヌクレオチド配
列にエンドヌクレアーゼを標的化するガイドRNAと相互作用する少なくとも1つ
のドメインを含む,エンドヌクレアーゼの提供が含まれる。
他の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸配列は,
プロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよく,要すれば,ベクターの一
部であってよい。他の態様において,プロモーター調節配列に操作可能に連結され
ていてよいRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする配列を含むベクターはま
た,プロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよいガイドRNAをコード
する配列も含み得る。
【請求項13】真核細胞又は胚において染色体配列を修飾するための方法であっ
て,/a)真核細胞又は胚に,
(ⅰ)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少な
くとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,又は少なくとも1つの核局在化シ
グナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸,
(ⅱ)少なくとも1つのガイドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコード
するDNA,及び任意に, ⅲ)
( 少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを導入し,
/b)真核細胞又は胚を,各ガイドRNAが,RNA誘導型エンドヌクレアーゼを
染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこでRNA誘導型エンドヌクレアーゼが,該

標的部位にて二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾される
ようにDNA修復過程により修復されるように培養することを含む,/方法。
【請求項14】RNA誘導型エンドヌクレアーゼがCas9タンパク質に由来す
る,請求項13に記載の方法。
【請求項15】RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がmRNAで
ある,請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がDNAであ
る,請求項13又は14に記載の方法。
【請求項17】DNAが,ガイドRNAをコードする配列をさらに含むベクター
の一部である,請求項16に記載の方法。
【0005】本発明の別の面は,真核細胞又は胚において染色体配列を修飾する
ための方法を包含する。該方法は,真核細胞又は胚に,
(i)本明細書に記載の,少
なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌク
レアーゼ又は少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸,
(ⅱ)少なくとも1つのガイドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコード
するDNA,及び要すれば,
(ⅲ)ドナー配列を含む少なくとも1つのドナーポリヌ
クレオチド,を導入することを含む。該方法はさらに,細胞又は胚を,各ガイドRN
Aが,RNA誘導型エンドヌクレアーゼを染色体配列中の標的部位に誘導され,そ
こでRNA誘導型エンドヌクレアーゼが,標的部位に二本鎖の切断を導入し,二本
鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようなDNA修復過程により修復されるよう
に培養することを含む。一態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,C
as9タンパク質に由来し得る。別の態様において,細胞又は胚に導入されている
RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸は,mRNAであり得る。さら
なる態様において,細胞又は胚に導入されているRNA誘導型エンドヌクレアーゼ
をコードする核酸はDNAであり得る。さらなる態様において,RNA誘導型エン
ドヌクレアーゼをコードするDNAは,ガイドRNAをコードする配列をさらに含

むベクターの一部であり得る。
エ 発明を実施するための形態
【0014】一態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,II型CR
ISPR/Casシステム由来である。特定の態様において,RNA誘導型エンド
ヌクレアーゼは,Cas9タンパク質に由来する。
【0022】任意の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,ガイド
RNAを含むタンパク質-RNA複合体の一部であり得る。ガイドRNAは,RN
A誘導型エンドヌクレアーゼと相互作用し,エンドヌクレアーゼを,特定の標的部
位(ガイドRNA塩基対の5’末端にある特定のプロトスペーサー配列)へ誘導す
る。
【0060】任意のドナーポリヌクレオチドが存在する態様において,ドナーポ
リヌクレオチドにおけるドナー配列は,二本鎖の切断の修復中に標的部位において
染色体配列で置換されるか,又は染色体配列中に挿入され得る。例えば,ドナー配
列が,染色体配列中の標的部位の上流及び下流配列のそれぞれと実質的に同一の配
列を有する上流及び下流配列に挟まれている態様において,該ドナー配列は,相同
組換え修復過程により仲介される修復中に標的部位において染色体配列で置換され
るか,又は染色体配列に挿入され得る。
(ア) RNA誘導型エンドヌクレアーゼ
【0063】本方法は,細胞又は胚に,少なくとも1つの核局在化シグナルを含
む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ又は少なくとも1つの核局在
化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする
核酸を導入することを含む。
【0064】ある態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,細胞又は
胚に単離されたタンパク質として導入されてよい。他の態様において,RNA誘導
型エンドヌクレアーゼは,細胞又は胚にmRNA分子として導入され得る。さらに
他の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,細胞又は胚にDNA分子

として導入され得る。DNA配列は直鎖であってよく,又はDNA配列はベクター
の一部であってよい。
(イ) ガイドRNA
【0066】本方法は,また,細胞又は胚に,少なくとも1つのガイドRNA又は
少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAを導入することも含む。ガイド
RNAは,RNA誘導型エンドヌクレアーゼと相互作用して,エンドヌクレアーゼ
を,染色体配列中の特定のプロトスペーサー配列を有するガイドRNA塩基対の5’
末端である特定の標的部位へ導く。
【0067】各ガイドRNAは,3つの領域:染色体配列中の標的部位に相補的
である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域
及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む。‥第一の領域は,各ガイ
ドRNAが融合タンパク質を特定の標的部位へ誘導するように異なっている。‥第
二及び第三の領域は,全てのガイドRNAで同じであってよい。
【0068】ガイドRNAの第一の領域は,ガイドRNAの第一の領域が標的部
位と塩基対を形成し得るように,染色体配列中の標的部位で配列(すなわち,プロ
トスペーサー配列)に相補的である。例示的態様において,ガイドRNAの第一の
領域は,約19,20又は21のヌクレオチド長である。
【0069】ガイドRNAは,また,二次構造を形成する第二の領域を含む。ある
態様において,該二次構造は,ステム(又はヘアピン)及びループを含む。例えば,
ループは,約3から約10ヌクレオチド長の範囲であってよく,ステムは,約6か
ら約20塩基対長であってよい。したがって,第二の領域の全体の長さは,約16
から約60ヌクレオチド長の範囲であり得る。例示的態様において,ループは,約
4ヌクレオチド長であり,ステムは,約12塩基対を含む。
【0070】ガイドRNAは,また,本質的に一本鎖のままである第三の領域を
3’末端に含む。したがって,第三の領域は,目的の細胞内の染色体配列に相補性を
有しておらず,ガイドRNAの残りの部分に相補性を有していない。第三の領域の

長さは可変である。一般的に,第三の領域は,約4ヌクレオチド長以上である。例え
ば,第三の領域の長さは,約5から約60ヌクレオチド長の範囲である。
【0071】ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長さは,約30から約
120ヌクレオチド長の範囲であり得る。一面において,ガイドRNAの第二及び
第三領域を合わせた長さは,約70から約100ヌクレオチド長の範囲である。
【0072】ある態様において,ガイドRNAは,全ての3つの領域を含む単一
分子からなる。他の態様において,ガイドRNAは,2つの別個の分子を含み得る。
第一のRNA分子は,ガイドRNAの第一の領域及びガイドRNAの第二の領域の
“ステム”の半分を含んでいてよい。第二のRNA分子は,ガイドRNAの第二の
領域の“ステム”の他の半分及びガイドRNAの第三の領域を含んでいてよい。し
たがって,この態様において,第一及び第二のRNA分子はそれぞれ,互いに相補
的なヌクレオチド配列を含む。例えば,一態様において,第一及び第二のRNA分
子はそれぞれ,他の配列と塩基対をつくって機能的ガイドRNAを形成する配列(約
6から約20ヌクレオチド)を含む。
【0073】ガイドRNAは,RNA分子として細胞又は胚に導入され得る。
【0074】他の態様において,ガイドRNAは,DNA分子として細胞又は胚
に導入され得る。かかる場合において,ガイドRNAをコードするDNAは,目的
の細胞又は胚においてガイドRNAを発現させるためにプロモーター調節配列に操
作可能に連結されていてよい。例示的態様において,配列をコードするRNAは,
マウス又はヒトU6プロモーターに連結されている。
【0075】ある態様において,ガイドRNAをコードするDNA配列は,ベク
ターの一部であり得る。好適なベクターには,プラスミドベクター及びウイルスベ
クターが含まれる。
【0076】RNA誘導型エンドヌクレアーゼ及びガイドRNAの両方がDNA
分子として細胞に導入される態様において,それぞれが,別個の分子の一部である
か又は両方が同じ分子の一部であってよい。

(ウ) 標的部位
【0077】ガイドRNAと結合させたRNA誘導型エンドヌクレアーゼは,染
色体配列中の標的部位に導かれ,そこで,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,染
色体配列中に二本鎖の切断を導入する。
(エ) 任意のドナーポリヌクレオチド
【0085】標的染色体配列と配列類似性を有する上流及び下流配列を含むドナ
ーポリヌクレオチドは,直鎖又は環状であり得る。ドナーポリヌクレオチドが環状
である態様において,それは,ベクターの一部であり得る。例えば,ベクターは,プ
ラスミドベクターであり得る。
【0088】典型的に,ドナーポリヌクレオチドはDNAであり得る。DNAは,
一本鎖若しくは二本鎖及び/又は直鎖若しくは環状であり得る。ドナーポリヌクレ
オチドは,DNAプラスミド,細菌の人工染色体(BAC),酵母の人工染色体(Y
AC) ウイルスベクター,
, DNAの直鎖状断片,PCRフラグメント, (naked)
裸の
核酸,又はリポソーム又はポロキサマーのような送達ビークルと複合体を形成した
核酸であり得る。ある態様において,ドナー配列を含むドナーポリヌクレオチドは,
プラスミドベクターの一部であり得る。これらの状況のいずれかにおいて,ドナー
配列を含むドナーポリヌクレオチドは,少なくとも1つのさらなる配列をさらに含
み得る。
(オ) 実施例1:哺乳動物発現のためのCas9遺伝子の修飾
【0138】化膿性連鎖球菌株MGAS15252(受託番号YP_00538
8840.1)由来のCas9遺伝子を,哺乳動物細胞におけるその翻訳を強化す
るためにヒトのコドンで優先的に最適化した。Cas9遺伝子は,また,哺乳動物
細胞の核に該タンパク質を標的化するためにC末端に核局在化シグナルPKKKR
KV(配列番号1)を付加することにより修飾された。
【0140】修飾されたCas9DNA配列を,哺乳動物細胞における構成的発
現のために,サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターの制御下に置いた。修飾

されたCas9 DNA配列は,また,T7RNAポリメラーゼを用いるインビトロ
でのmRNA合成のためにT7プロモーターの制御下に置いた。
(カ) 実施例2:Cas9のターゲティング
【0141】アデノ随伴ウイルス挿入部位1(AAVS1)遺伝子座を,Cas9
仲介性ヒトゲノム修飾のための標的として用いた。ヒトAAVS1遺伝子座は,タ
ンパク質ホスファターゼ1,調節サブユニット12C(PPP1R12C)のイン
トロン1(4427bp)に位置する。
【0143】Cas9ガイドRNAは,ヒトAAVS1遺伝子座を標的とするた
めに設計された。標的認識配列(すなわち,標的配列の非コーディング鎖に相補的
な配列)及びプロトスペーサー配列を含む42ヌクレオチドのRNA(本明細書中
“crRNA”配列という。(5’から3’;crRNAの3’配列に相補的な5’
) )
配列及び付加的ヘアピン配列を含む85ヌクレオチドのRNA(本明細書中“tr
acrRNA”配列という。;並びに,crRNAのヌクレオチド1-32,GAA

Aループ及びtracrRNAのヌクレオチド19-45を含むキメラRNAを調
製した。キメラRNAコーディング配列はまた,ヒト細胞におけるインビボ転写の
ためのヒトU6プロモーターの制御下に置いた。
【0144】【表8】(別紙2のとおり)
(キ) 実施例3:ゲノム修飾をモニターするためのドナーポリヌクレオチドの調製
【0145】PPP1R12CのN末端へのGFPタンパク質の特異的挿入を,
Cas9仲介性ゲノム修飾をモニターするために用いた。相同組換えによる挿入を
仲介するために,ドナーポリヌクレオチドを調製した。AAVS1-GFP DNA
ドナーは,5’
(1185bp)のAAVS1遺伝子座の相同アーム,RNAスプラ
イシング受容体,ターボGFPコーディング配列,3’転写ターミネーター及び3’
(1217bp)のAAVS1遺伝子座の相同アームを含んでいた。
【0147】特異的遺伝子導入は,PPP1R12Cの最初の107アミノ酸と
ターボGFPの融合タンパク質をもたらし得る。予期される融合タンパク質は,P

PP1R12Cの第一エクソンと設計されたスプライス受容体の間のRNAスプラ
イシングからPPP1R12Cの最初の107アミノ酸残基(網掛け灰色部分)を
含む(‥)。
(ク) 実施例4:Cas9仲介性特異的導入
【0149】トランスフェクションをヒトK562細胞で行った。K562細胞
株を American Type Culture Collection(ATCC)より入手し,10%FBS及び
2mMのL-グルタミンを添加したイスコフ改変ダルベッコ培地中で増殖させた。
培養物をトランスフェクションの1日前に(1mL当たり約50万個の細胞で)分
割した。細胞を,T-016プログラムを用いて Nucleofector Lonza) Nucleofector
( の
ソリューションV(Lonza)を用いてトランスフェクションした。トランスフェクシ
ョン処理を表7に詳述する。
【0150】【表7】(別紙2のとおり)
【0151】蛍光活性化細胞選別(FACS)をトランスフェクションの4日後
に行った。FACSデータを図4(別紙2のとおり)に示す。4つの実験処理群(A
-D)のそれぞれで検出されたGFPの割合は,対照処理群(E,F)よりも多かっ
た(甲105)。
(ケ) 実施例5:標的組換えのPCR確認
【0152】ゲノムDNAを,トランスフェクションの12日後に GenElute
Mammalian Genomic DNA Miniprep Kit(Sigma)を用いてトランスフェクション細胞
から抽出した。その後,ゲノムDNAを,AAVS1-GFPプラスミドドナーの
5’相同アームの外側に位置するフォワードプライマー及びGFPの5’領域に位
置するリバースプライマーを用いて,PCR増幅させた。フォワードプライマーは,
5’-CCACTCTGTGCTGACCACTCT-3’ 配列番号18)
( であり,
リバースプライマーは,5’-GCGGCACTCGATCTCCA-3’
(配列番
号19)であった。ジャンクションPCRから予期されるフラグメントサイズは,
13 88bpであった。増幅を,以下のサイクル条件を用いて JumpStart Taq

ReadyMix(Sigma)を用いて行った:最初の変性のために98℃で2分間;98℃で
15秒間,62℃で30秒間,及び72℃で1分30秒を35サイクル;そして,最
後の伸張を72℃で5分間。PCR産物を1%アガロースゲル上で分離した。
【0153】アンチリバースキャップアナログ(ARCA)を用いて転写された
Cas9 mRNA(10μg),0.3nmolのプレアニーリングされたcrR
NA-tracrRNAの二本鎖,及び10μgのAAVS1-GFP プラスミ
ドDNAをトランスフェクトされた細胞は,予期されたサイズのPCR産物を示し
た(図5のレーンAを参照のこと)。
⑵ 引用例1の記載のまとめ及び本件審決が認定した引用発明1
ア 引用例1には,ゲノム編集技術として,ガイドRNAにより誘導されるRN
A誘導型エンドヌクレアーゼを提供することを主な目的とし,これによれば,従来
のゲノム編集技術であるZFN又はTALENのように,標的ゲノム部位に対する
新しいヌクレアーゼの設計を要せず,特異性にも優れる技術が記載されている(【0
001】~【0004】。

イ 具体的には,⑴真核細胞に核局在化シグナルを含むRNA誘導型エンドヌク
レアーゼ(Cas9タンパク質)を導入すること,⑵ガイドRNAがRNA誘導型
エンドヌクレアーゼを標的部位に誘導すること及び⑶真核細胞において,RNA誘
導型エンドヌクレアーゼが標的部位に二本鎖の切断を導入し,ドナーDNAにより
標的部位の染色体配列が修飾されることが記載されている(【請求項13】【請求項

14】【0005】。
, )
このうち,⑴のRNA誘導型エンドヌクレアーゼを真核細胞に導入する方法とし
て,①タンパク質を導入する方法,②タンパク質をコードするmRNAを導入する
方法及び③タンパク質をコードするDNAをベクターの一部にして導入する方法が
開示されている(【請求項15~17】【0005】【0064】。
, , )
また,⑵のガイドRNAを真核細胞に導入する方法として,①単一分子(キメラ
RNAの一本鎖)を導入する方法及び②2つの別個の分子(crRNA-trac

rRNAの二本鎖)を導入する方法が開示され 【0072】 実施例2,
( , 実施例4),
③上記①又は②のRNA(一本鎖又は二本鎖)をコードするDNAをベクターの一
部にして導入する方法が開示されている(【0074】【0075】。
, )
さらに,⑶のドナーDNAについては,ベクターの一部にして真核細胞に導入す
ることが開示されている(【0085】【0088】。
, )
そして,上記⑴から⑶の調製方法は,実施例1~3に記載されている。
ウ 実施例4及び5においては,⑴及び⑵の導入方法を変更した処理A(⑴②,
⑵②),処理B及びC(⑴①,⑵①)並びに処理D(⑴③,⑵③)について,対照処
理群(E,F)と対比して,蛍光活性化細胞選別(FACS)
(実施例4),PCR試
験(実施例5)を用いて,真核細胞の染色体配列の修飾の有無が確認されている。な
お,処理AないしDのうち,処理AないしCはベクター系ではなく,処理Dのみが
ベクター系である。
エ 本件審決は,引用例1から前記第2の3⑵のとおり引用発明1を認定した。
⑶ 引用発明1の認定
ア 引用例1には,標的ゲノム編集に関する発明が記載されている 【0001】
( )
ところ,その発明につき,真核細胞又は胚に,少なくとも1つの核局在化シグナル
を含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,又は少なくとも1つの
核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコー
ドする核酸を導入することを含み(【請求項13】【0005】,このうちRNA誘
, )
導型エンドヌクレアーゼがCas9タンパク質に由来し(【請求項14】 【000

5】,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がDNAであり,DNA

がガイドRNAをコードする配列をさらに含むベクターの一部である(【請求項1
6】【請求項17】【0075】
, , )という構成が記載され,RNA誘導型エンドヌク
レアーゼをコードする核酸配列がプロモーター調節配列に操作可能に連結され,ベ
クターの一部となっている(【0004】)という構成も記載されている。
よって,引用例1には,
「少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1

つのⅠⅠ型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモー
ター調整配列を含むベクター」が記載されている。
イ 引用例1には,その発明につき,真核細胞又は胚に,少なくとも1つのガイ
ドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAを導入することを
含み 【請求項13】
( ,
【0005】,
) このうちガイドRNAが3つの領域,すなわち,
染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムルー
プ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域
を含み(【0067】,目的の細胞又は胚においてガイドRNAを発現させるために

プロモーター調節配列に操作可能に連結され(【0074】,ガイドRNAをコード

するDNA配列がベクターの一部である(【0075】)構成が記載されている。
よって,引用例1には,
「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’
末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,及び本質
的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコ
ードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター」が
記載されている。
ウ 引用例1には,その発明が「ベクター系」であることが記載されている。
エ 引用例1には,その発明につき,真核細胞又は胚を,各ガイドRNAが,RN
A誘導型エンドヌクレアーゼを染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこでRNA誘
導型エンドヌクレアーゼが,該標的部位にて二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切
断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復されるように培養
するという機能を有することが記載されている(【請求項13】【0005】。
, )
よって,引用例1には,
「前記ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核
細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,
該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配
列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」が記載されている。
オ 引用例1には,各ガイドRNAが3つの領域を含み,ガイドRNAの第二及

び第三領域の合わせた長さは,約30から約120ヌクレオチド長の範囲であり得
ることが記載されている(【0067】【0071】。
, )
よって,引用例1には,
「前記ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長さが,
約30から約120ヌクレオチド長の範囲であり」が記載されている。
カ 以上によれば,引用例1には,上記アないしオの構成の記載があるから,本
件審決が認定したとおりの発明(引用発明1)が記載されているものと認められる。
⑷ 本願発明と引用発明1との対比
ア 本願発明は,前記第2の2のとおりであり,構成要件に分説すれば次のとお
りである。
A エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リ
ピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISPR-Cas)ベ
クター系であって,
B-a 真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の標的配列にハイブリダイズ
する1つ以上のCRISPR-Cas系ガイドRNAをコードする1つ以上のヌク
レオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,前記ガイ
ドRNAが,ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配列を含む,第1
の調節エレメント,
B-b II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に
結合している第2の調節エレメントであって,前記タンパク質が,核局在化シグナ
ル(NLS)を含む,第2の調節エレメント
C を含む1つ以上のベクターを含み,
D 成分a)及びb)が,前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し,
E 前記tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有し,
F それによって,前記1つ以上のガイドRNAが,真核細胞中の前記ポリヌク
レオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記ポリヌクレオチド
遺伝子座を開裂し,それによって,前記ポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変

され;
G 前記Cas9タンパク質及び前記1つ以上のガイドRNAが,いっしょに天
然に存在しない,
H CRISPR-Casベクター系。
イ 構成要件A(C)について
(ア) 本願発明は,エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等
間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)
(CRISP
R-Cas)系である。
他方,引用発明1は,天然に存在するII型CRISPR/Casシステム由来
のCas9タンパク質に,核局在化シグナルを含むなどの改変を行い 【0014】
( ,
【0063】,エンジニアリングされた,天然に存在しないCas9タンパク質を

用いるから,引用発明1のこの部分は,本願発明の構成要件Aのうちベクター系が
「クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(C
as)(CRISPR-Cas)」のものであるという部分に相当する。
(イ) 本願発明の構成要件Aのうち「ベクター系」の部分(同Cも同じ。)は,引
用発明1の構成「ベクター系」に相当する。
ウ 構成要件B-aについて
引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端に
おける第一の領域」は,本願発明の「ガイド配列」に相当する。
引用発明1の「ステムループ構造を形成する第二の内部領域」と「本質的に一本
鎖のままである第三の3’領域」を合わせた第二及び第三領域は,本願明細書の【0
063】における「図11Bの下方位置に提供し,最後の「N」およびループの上流
の5’側の配列の部分は,tracrメイト配列に対応し,ループの3’側の配列の
部分は,tracr配列に対応する。」の記載からみて,本願発明の「tracrR
NA配列」及び「tracrメイト配列」に「ループ」を加えた配列に相当する。
そうすると,引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的であ

る5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び
本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNA」
は,本願発明の「ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配列を含む」
「ガイドRNA」に相当する。
したがって,引用発明1の「(ⅱ)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的
である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,
及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドR
NAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベク
ター」は,本願発明の「a)真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の標的配列に
ハイブリダイズする1つ以上のCRISPR-Cas系ガイドRNAをコードする
1つ以上のヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであ
って,前記ガイドRNAが,ガイド配列,tracr配列及びtracrメイト配
列を含む,第1の調節エレメント」に相当する。
エ 構成要件B-bについて
引用発明1の「プロモーター調整配列」は,本願発明の調節エレメントに相当し,
また,引用発明1は,少なくとも1つの核局在化シグナルを含み,その核局在化シ
グナルは,Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現さ
れるものである。
したがって,引用発明1の「(ⅰ)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少な
くとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結された
プロモーター調節配列を含むベクター」は,本願発明の「b)II型Cas9タンパ
ク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメン
トであって,前記タンパク質が,核局在化シグナル(NLS)を含む,第2の調節エ
レメント」に相当する。
オ 構成要件Dについて
引用例1には,
(i)及び(ⅱ)のベクターを,異なるベクターとする態様のほか

に,同じベクターとする態様も記載されている(【0005】【0088】
, )から,本
願発明の構成要件Dに相当する。
カ 構成要件Fについて
引用発明1は,上記(i)及び(ⅱ)の2つのベクターを構成要素とし,これら2
つのベクターを含むベクター系が,
「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を
真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク
質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染
色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」という機能を備え
るものであるところ,引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位」「切

断」「修飾」は,本願発明の「真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子

座」「開裂」「改変」にそれぞれ相当する。
, ,
したがって,引用発明1の上記機能は,本願発明が備える「前記1つ以上のガイ
ドRNAが,真核細胞中の前記ポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas
9タンパク質が,前記ポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し,それによって,前記ポ
リヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変され」るのと同じ機能を有するものであり,
構成要件Fに相当する。
キ 構成要件Gについて
引用発明1は,前記エのとおり,少なくとも1つの核局在化シグナルを含むなど,
天然に存在するII型CRISPR/Casシステム由来のCas9タンパク質を
改変することで得られたベクターを構成成分とするベクター系であり,また,引用
発明1で用いられているガイドRNAは,第一の領域,第二の内部領域及び第三の
3’領域を含むように人工的に設計されたキメラRNAである。
したがって,引用発明1のベクター系は,本願発明の「前記Cas9タンパク質
及び前記1つ以上のガイドRNAが,いっしょに天然に存在しない」CRISPR
-Casベクター系に相当する。
ク 構成要件Hについて

引用発明1がCRISPR-Casベクター系であることは明らかであり,本願
発明の構成要件Hに相当する。
ケ 小括
以上によれば,本願発明と引用発明1は,本件審決が認定したとおり(前記第2
の3⑵イ)一致し,次のとおり(同ウ)の相違点を有する。
(相違点)
本願発明は「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有」するもの
であると下限値が特定されているのに対して,引用発明1では,本願発明の「tr
acr配列」に相当する部分の長さについて明確な特定はなく,
「第二及び第三領域」
の合わせた長さが「約30から約120ヌクレオチド長の範囲」である点。
⑸ 相違点の検討
ア 特許法29条の2は,特許出願に係る発明が,当該特許出願の日前の他の特
許出願又は実用新案登録出願であって,当該特許出願後に特許掲載公報,実用新案
掲載公報の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願
明細書等」という。)に記載された発明又は考案と同一であるときは,その発明につ
いて特許を受けることができないと規定する。
同条の趣旨は,先願明細書等に記載されている発明は,特許請求の範囲以外の記
載であっても,出願公開等により一般にその内容は公表されるので,たとえ先願が
出願公開等をされる前に出願された後願であっても,その内容が先願と同一内容の
発明である以上,さらに出願公開等をしても,新しい技術をなんら公開するもので
はなく,このような発明に特許権を与えることは,新しい発明の公表の代償として
発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でない,というものである。
同条にいう先願明細書等に記載された「発明」とは,先願明細書等に記載されて
いる事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい,記載されて
いるに等しい事項とは,出願時における技術常識を参酌することにより,記載され
ている事項から導き出せるものをいうものと解される。

イ 本願明細書の【0162】には,tracr配列の長さとゲノム改変効率の
関係について,「EMX1およびPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的について,
tracr配列長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察された」と
の一般的な説明がなされ,特に,ゲノム改変効率の増加が優れるものとして,nが
67,85,すなわちtracr配列の長さが45,63のキメラRNAをとりあ
げて,
「野生型tracrRNAのより長い断片を含有するキメラRNA(chiR
NA(+67)及びchiRNA(+85))は,3つ全てのEMX1標的部位にお
けるDNA開裂を媒介し,特にchiRNA(+85)は,ガイド及びtracr配
列を別個の転写物中で発現する対応するcrRNA/tracrRNAハイブリッ
ドよりも顕著に高いレベルのDNA開裂を実証した(図16b及び17a)。ハイブ
リッド系(別個の転写物として発現されるガイド配列及びtracr配列)を検出
可能な開裂を生じなかったPVALB遺伝子座中の2つの部位も,chiRNAを
使用してターゲティングした。chiRNA(+67)及びchiRNA(+85)
は,2つのPVALBプロトスペーサーにおける顕著な開裂を媒介し得た(図16
c及び17b)」との説明が加えられている。

そして,本願明細書の図16や図17を参照すると,プロトスペーサー1やプロ
トスペーサー3を標的とした場合については,nが+67,+85である場合のみ
ならず,nが+54,すなわちtracr配列の長さが32のキメラRNAである
場合も,nが+48,すなわちtracr配列の長さが26のキメラRNAを上回
る改変効率が得られていることを見て取ることができ,本願発明がtracr配列
につき30以上のヌクレオチドの長さに設定したことによって引用発明1とは異な
る新たな効果を奏していることも理解できる。
このように,本願発明は,「tracr配列の長さ」に着目し,「tracr配列
が,30以上のヌクレオチドの長さを有」するものという構成を採用したことによ
って,ゲノム改変効率が増加することを特徴とするものである。
他方,引用例1には,ガイドRNAが第一領域から第三領域までの3つの領域を

含むこと(【0067】,ステムの長さは約6から約20塩基対長であってよいこと

(【0069】,
) 一般的に,第三の領域は,約4ヌクレオチド長以上であり,例えば,
第三の領域の長さは,約5から約60ヌクレオチド長の範囲であるとすること(【0
070】,ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長さは,約30から約12

0ヌクレオチド長の範囲であり得ること(【0071】)が記載されているにすぎな
い。
ウ また,本願明細書【0063】の「ループの3’側の配列の部分は,trac
r配列に対応する」の記載によれば,本願発明のtracr配列は,引用発明1の
第二領域の片方のステムと第三領域を合わせたものに相当すると認められる。しか
し,引用例1には,tracr配列(第二領域の片方のステムと第三領域を合わせ
たもの)の長さそれ自体を規定するという技術思想が表れてはいない。
さらに,本願優先日当時,tracr配列の長さを30以上のヌクレオチドの長
さとするとの当業者の技術常識が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
エ よって,引用例1に「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを
有」するものという構成を採用したことが記載されているといえないし,技術常識
を参酌することにより記載されているに等しいともいえない。
⑹ 被告の主張について
被告は,26ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+48)
と,32ヌクレオチド長のtracr配列を有するガイドRNA(+54)とで,プ
ロトスペーサー2,4及び5を標的としたものでは差異を見出せない(図16,図
17)とした上,30以上のヌクレオチド長と特定する本願発明においては,標的
配列に依存することなく,改変効率が向上するとの効果を有しているとはいえない
として,本願発明は,引用発明1と異なる新たな効果を奏すると認めることはでき
ないと主張する。
しかし,前記のとおり,本願明細書によれば,プロトスペーサー1やプロトスペ
ーサー3という異なる標的配列に対して,32ヌクレオチド長のtracr配列を

有するキメラRNAが,26ヌクレオチド長のtracr配列を有するキメラRN
Aよりも,ゲノム改変効率が増加していることが記載されており,tracr配列
について30以上のヌクレオチド長であることを特定する本願発明は,プロトスペ
ーサー1やプロトスペーサー3以外においても真核細胞のゲノム改変効率が向上す
る可能性がないということはできない。
したがって,被告の主張は,理由がない。
⑺ 小括
以上のとおり,本件審決において本願発明と引用発明1との一応の相違点として
挙げられた「tracr配列が,30以上のヌクレオチドの長さを有」することは,
実質的な相違点であり,本願発明と引用発明1とが同一の発明であるとは認められ
ないから,本願発明につき特許法29条の2の規定により特許を受けることができ
ないとした本件審決の判断には誤りがある。
よって,取消事由1は理由がある。
3 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り)について
⑴ 引用例2の記載(甲2-1・2)
ア 要約
クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)/CRISPR関連(C
as)系は,侵入する核酸の抑制を誘導するために,CRISPR RNA(crR
NA)を利用するウイルスやプラスミドに対する獲得免疫を,細菌や古細菌に提供
するものである。この系の一部分において,成熟crRNAが,トランス活性化c
rRNA(tracrRNA)と塩基対を組むことで,標的DNAに二本鎖切断を
導入するようにCRISPR関連タンパク質Cas9を誘導する2つのRNAから
なる構造を形成することを示す。このデュアル-tracrRNA:crRNAは,
一本鎖RNAキメラとして設計されたときも,配列特異的なCas9による二本鎖
DNA切断を誘導する。
私たちの研究は,部位特異的DNA切断のためにデュアル-RNAを使用するエ

ンドヌクレアーゼのファミリーを明らかにし,RNAでのプログラムが可能なゲノ
ム編集のためにこのシステムを利用する可能性を強調する。
イ 本文816頁中欄25行目~35行目
II型の系において,Cas9タンパク質が,標的二本鎖DNAを切断するため
に,活性化tracrRNAと標的指向crRNAの間の塩基対構造を必要とする
酵素ファミリーを構成することを示す。位置特異的切断は,標的であるプロトスペ
ーサーDNAとcrRNAの間の塩基対を形成する相補性と,標的DNAの領域に
並置される短いモチーフ[プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)と呼ばれる]に
より定められる場所で生じる。
ウ 図3(別紙3のとおり)
Cas9に触媒される標的DNAの切断は,tracrRNAの活性化ドメイン
を必要とし,crRNAのシード配列により制御される。
(A)Cas9-trac
rRNA:crRNA複合体は,42ヌクレオチド長のcrRNA-sp2と切断
型のtracrRNA構成体を用いて再構築され,図1Bと同様に切断活性につい
てアッセイされた。(中略)(C)Cas9仲介性DNA切断を誘導することができ
るtracrRNAとcrRNAの最小領域(青い陰が付された領域)。
エ 本文820頁左欄5行目~18行目
標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAとcrRNAの間
に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含む2つのバージョンのキメラ
RNAを設計した。プラスミドDNAを用いた切断アッセイにおいて,長い方のキ
メラRNAは,切断tracrRNA:crRNA複合体を用いた場合に観察され
た場合と同じような挙動でCas9によるDNA切断を誘導できることを観察によ
って確認した。
オ 図5(別紙3のとおり)
Cas9は,tracrRNAとcrRNAの特徴を組み合わせた単一のエンジ
ニアリングされたRNA分子を使用して,プログラムすることができる。

(A)
(上)II型CRISPR/Casシステムにおいて,Cas9は,活性化
しているtracrRNA及び標的化crRNAにより形成される2つのRNA構
造により誘導されて,部位特異的に標的となった二本鎖DNAを切断する。
(下)crRNAの3’末端をtracrRNAの5’末端に融合することによ
り生成されたキメラRNA。
カ 本文(820頁右欄2行目~9行目)
ジンク-フィンガーヌクレアーゼ(ZFN)や転写活性化様エフェクターヌクレ
アーゼ(TALEN)は,ゲノムを操作するために設計された人工酵素として,大き
な関心を集めた。私たちは,遺伝子ターゲティングとゲノム編集への応用に向けた
大きな潜在能力をもたらし得るRNAによりプログラムされたCas9に基づく代
替的な手法を提案する。
キ プ ラ ス ミ ド D N A 切 断 ア ッ セ イ ( SUPPLEMENTARY MATERIALS AND
METHODS)
未処理の,あるいは制限酵素処理により鎖状化されたプラスミドDNA(300
ng(~8nM))は,精製されたCas9タンパク質(50-500nM)とtr
acrRNA:crRNA複合体(50-500nM,1:1)とともに,Cas9
プラスミド切断緩衝液(20mM HEPES pH7.5,150mM KCL,
0.5mM DTT, 1mM
0. EDTA)中で,10mM MgCl2を加えて,
あるいは加えずに,37℃で60分間インキュベートした。
ク 標的DNAとの結合及び切断のためのデュアルRNAの要件(818頁左欄
1行目~中欄8行目)
tracrRNAは,標的DNA結合のために,及び/又は標的認識の下流にあ
るCas9のヌクレアーゼ活性を刺激するのに必須である可能性がある。trac
rRNAの添加により,Cas9と標的DNAとの結合は実質的に増強されたが,
Cas9単独又はCas9-crRNAとの特異的DNA結合はほとんど観察され
なかった(図S9)。これは標的DNA認識にはtracrRNAが必要であること

を示し,標的DNAの相補鎖との相互作用には,おそらくtracrRNAがcr
RNAを適切に方向付ける必要があることを示す。この相互作用により,crRN
Aによって配列が異なるcrRNA5’末端の20個のヌクレオチドが標的DNA
に利用できる構造が形成される。crRNA塩基対合領域の下流に位置するtra
crRNAの大部分は,自由に追加のRNA構造を形成し,及び/又は,Cas9
もしくは標的DNA部位と相互作用する。tracrRNAの全長が部位特異的な
Cas9に触媒されるDNA切断に必要かどうかを決定するために,全長成熟(4
2ヌクレオチド)crRNAと,5’又は3’末端で配列が欠如した様々な切断型の
tracrRNAを使用して再構成されたCas9-tracrRNA:crRN
A複合体を試験した。これらの複合体について,短い標的dsDNAを用いて切断
の試験を行った。天然配列のヌクレオチド23~48を保持している実質的に切り
縮められたバージョンのtracrRNAは,頑強なデュアルRNAによりガイド
されるCas9に触媒されるDNA切断を支持することができた(図3,A及びC,
並びに図S10,A及びB)。
ケ 本文(820頁左欄19行目~29行目)
短い方のキメラRNAはこのアッセイでは効率的に機能せず,tracrRNA:
crRNA塩基対相互作用を超えた5~12位のヌクレオチドが効率的なCas9
結合及び/又は標的認識に重要であることが確認された。短いdsDNAを基質と
して用いる切断アッセイでも同様の結果が得られ,標的DNAの切断部位の位置が
二重tracrRNA:crRNAをガイドとして用いた場合の観察結果と同一で
あることがさらに示された(図5C及び図S14,B及びC。別紙3のとおり)。
⑵ 引用例2の記載のまとめ
ア キメラRNA
引用例2には,
「標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAと
crRNAの間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含む2つのバー
ジョンのキメラRNAを設計した」ことが記載され(前記⑴エ)「プラスミドDN


A切断アッセイ」には,標的となるプラスミドDNA,Cas9タンパク質,RNA
は,緩衝液中で混合され(前記⑴キ),当該混合により,図5Aに示されるとおり,
標的認識配列が標的配列にハイブリダイズすることが記載されている(前記⑴オ)。
また,図5BのキメラAには,tracrRNAが26ヌクレオチド長であるこ
とが示されている(「3’-」の右側に位置するGないしUの26文字の部分)。
そうすると,引用例2には,
「標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtra
crRNAとcrRNAの間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含
むキメラRNAであって,前記標的認識配列が緩衝液中で標的配列にハイブリダイ
ズするキメラRNA」であり「前記tracrRNAが,26のヌクレオチドの長
さを有」するものが開示されているものと認められる。
イ II型Cas9タンパク質
引用例2に,
「II型CRISPR/Casシステムにおいて,Cas9は,活性
化しているtracrRNA及び標的化crRNAにより形成される2つのRNA
構造により誘導されて,部位特異的に標的となった二本鎖DNAを切断する。(前

記⑴オ)「デュアル-tracrRNA:crRNAは,一本鎖RNAキメラとし

て設計されたときも,配列特異的なCas9による二本鎖DNA切断を誘導する」
(前記⑴ア)との記載があることからすれば,引用例2には,
「II型Cas9タン
パク質」が,デュアル-tracrRNA:crRNAやキメラRNAにより誘導
され,「標的配列を開裂する」ものが開示されているものと認められる。
ウ CRISPR-Cas系
引用例2のキメラRNAは,デュアル(二本鎖)-tracrRNA:crRNA
を人工的に一本鎖のキメラに設計したものであるから(前記⑴ア),このキメラRN
Aを構成成分として含む,「クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)
/CRISPR関連(Cas)系」は,
「エンジニアリングされた,天然に存在しな
い」
「クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(C
as)(CRISPR-Cas)系」であるということができる。

⑶ 引用発明2及び本願発明との一致点及び相違点
ア 前記⑵によれば,引用例2に開示されている引用発明2は,本件審決が認定
したとおりのもの(前記第1の3⑶ア)であると認められ,本願発明と引用発明2
の一致点及び相違点は,本件審決が認定したとおりのもの(前記第1の3⑶イ,ウ)
であると認められる。
イ 相違点の看過をいう原告らの主張について
(ア) 原告らは,本願発明と引用発明2について相違点5,6を認定した上,更に
その判断をすべきであった旨を主張する。
しかしながら,本願発明は,a)ガイド配列,tracrRNA及びtracrメ
イト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌク
レオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメント,及び,b)II型
Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2
の調節エレメント,を含むCRISPR-Casベクター系であって,核局在化シ
グナルを含むベクター系を対象とするものであり,当該ベクター系の機能として,
①前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座を標的にする,②前
記Cas9タンパク質が,前記ポリヌクレオチド遺伝子座を開裂する,③上記①,
②によりポリヌクレオチド遺伝子座の配列が改変される,を規定するに止まる。本
願発明は,a)及びb)に基づいて複合体を形成すること(原告らの主張する相違点
5)や,開裂を行う環境や開裂の対象(同6)について特段定めていないから,これ
らの構成を付加して引用発明2を認定すべき理由はない。
よって,本願発明と引用発明2について相違点5,6を認定すべきであったとの
原告らの主張は理由がない。
(イ) なお,仮に相違点5,6があるものとして考えても,本件審決は,相違点1
の判断において,
「真核細胞の核内のゲノムにCRISPR-Cas系を到達させる
ために,タンパク質を核内に移行させるための常套手段である核局在化シグナルを
Cas9タンパク質に付加することは,当業者が格別の創意工夫なくなし得た」と

して,複合体の形成の前提となる,真核細胞の核内にCRISPR-Cas系を送
達することの容易想到性判断を行っている。
また,本件審決は,相違点1の判断において,
「CRISPR-Cas系も真核細
胞中のゲノムに対して機能させようと試みることは当業者にとって,ごく自然な発
想にすぎない」,相違点3の判断において,「細胞の内部で所望のタンパク質や核酸
を機能させようとする場合に,それらを発現するベクターを用いることは常套手段
である。‥引用発明2のCRISPR-Cas系を組換えテンプレートとともに真
核細胞中のゲノムに対して機能させようとすることが十分に動機づけられる以上,
それらを構成する成分,すなわちCas9タンパク質,キメラRNA及び組換えテ
ンプレートをベクター系とすることは,当業者が適宜なし得た」とも判断しており,
本願発明と引用発明2において,開裂対象や開裂環境が相違していることを前提と
した容易想到性判断を実質的に行っている。
(ウ) したがって,本願発明と引用発明2について相違点5,6を認定した上,更
にその判断をすべきであった旨をいう原告らの主張は理由がない。
⑷ 相違点4の判断について
ア 引用例2には,全長成熟(42ヌクレオチド)crRNAと,5’又は3’末
端で配列が欠如した様々な切断型のtracrRNAを組み合わせて再構成された
二本鎖のCas9-tracrRNA:crRNA複合体を用いた試験において,
天然配列のヌクレオチド23~48(tracr配列のヌクレオチド長は26)を
保持しているtracrRNAがCas9によるDNA切断に有効であることが示
されている(前記⑴ウ,ク,図3A)。
また,tracrRNA:crRNAは一本鎖のキメラRNAに設計でき(前記
⑴ア),ヌクレオチド23~48を保持した長いキメラA(tracr配列のヌクレ
オチド長は26)が,二本鎖のtracrRNA:crRNA複合体を用いた場合
と同じような挙動でCas9によるDNA切断を誘導したこと,他方,短いキメラ
B(tracr配列のヌクレオチド長は18)の場合には,DNA切断を誘導でき

なかったこと(前記⑴エ,オ,図5B)が示されている。
以上の引用例2の実験結果に接した本願優先日の当業者は,26ヌクレオチド長
よりも短いtracr配列は,Cas9の開裂効果が劣ることから,Cas9タン
パク質による標的配列の開裂には,少なくとも,天然配列の23~48を保持した
26ヌクレオチド長のtracr配列を含む必要があることを理解する。
ところが,tracr配列の長さについては,26ヌクレオチドより短い場合と
の比較では,長い26ヌクレオチドの方が好ましいことは理解できるものの,引用
例2には,26ヌクレオチドより長い場合で比較した場合に,より長さの大きいt
racr配列の方が好ましいことを示す記載は,見当たらない。
加えて,本件全証拠によっても,本願優先日当時,tracr配列の長さが大き
ければ大きいほど好ましいことを示す技術常識が存在したことを認めるに足りない。
(イ) 一方,本願明細書の【0162】によると,tracr配列の長さとゲノム
改変効率の関係について,
「EMX1およびPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的
について,tracr配列長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察
された」との一般的な説明がされ,本願明細書の図16や図17から,プロトスペ
ーサー1やプロトスペーサー3を標的とした場合に,tracr配列の長さが32
のキメラRNAの方が,tracr配列の長さが26のキメラRNAよりも,ゲノ
ム改変効率に優れていると理解することができる。
そうすると,引用例2の記載や本願優先日の技術常識を勘案しても,ゲノムの改
変効率を向上させる観点で,引用発明2のtracrRNAの長さについて,引用
例2に具体的に開示されている26から30以上に変更することを,当業者が動機
付けられていたということはできない。
(ウ) また,本願優先日当時,引用例2の要約に記載された細菌や古細菌の獲得免
疫に由来するCRISPR/Cas系(前記⑴ア)を,緩衝液中での混合(試験管レ
ベル)でなく,真核細胞に適用することができた旨を報告する技術論文や特許文献
は存在しておらず,tracr配列の長さを30以上に設定するという技術手段を

採用することで,真核細胞におけるゲノム改変効率が向上するという効果は,当業
者の期待や予測を超える効果と評価することができる。
(エ) したがって,相違点4として挙げた本願発明の発明特定事項,すなわち「t
racr配列」について,
「30以上のヌクレオチドの長さ」とすることは,引用例
2の記載や本願優先日の技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到し得たとはい
えないものである。
イ 被告の主張について
被告は,引用例2の記載から,23~48の26ヌクレオチド長を含むtrac
rRNAであれば,その5’末端側や3’末端側にさらにヌクレオチドが存在して
も,Cas9によるDNA切断を誘導できると理解することができるとした上,引
用例2には5’末端側や3’末端側にヌクレオチドを付加してさらに長くすること
を妨げる記載はなく,図3Aには,上記最小領域のほか,「15-53」「23-

89」「15-89」の領域からなるさらに長いtracrRNAも,crRNA

と共に用いることでCas9によるDNA切断を誘導できることが示されていると
して,引用発明2のうち「tracrRNA」を多少長くして30ヌクレオチド長
程度のものとすることは,当業者が適宜なし得たことであると主張する。
しかし,図3Aには,長いtracrRNAをcrRNAと組み合わせて二本鎖
として用いた実験結果が示されるものの,特に長いtracrRNAの方が標的配
列の開裂に優れることは開示されていない。また,引用発明2のtracr配列の
長さを26から30にするには,15%以上長くする必要があるから,これが多少
長くした程度のものであるとはいえない。さらに,上記のとおり,本願優先日当
時,tracr配列の長さが大きければ大きいほど,好ましいことを示す技術常識
は存在せず,真核細胞にCRISPR/Cas系を適用したことを報告する技術論
文,特許文献も存在しなかったことからすれば,tracr配列の長さを30以上
に設定することに伴い真核細胞におけるゲノム改変効率が向上するという効果は,
当業者の期待や予測を超えるものと評価されるというべきである。

そうすると,上記主張は採用することができない。
⑸ 小括
以上のとおり,本願発明と引用発明2との相違点4は容易に想到できるとはいえ
ないので,本願発明につき特許法29条2項の規定により特許を受けることができ
ないとした本件審決の判断には誤りがある。
よって,取消事由2は理由がある。
4 結論
以上によれば,原告らの主張する取消事由1及び2はいずれも理由がある。
よって,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部

裁判長裁判官 高 部 眞 規 子


裁判官 小 林 康 彦


裁判官 関 根 澄 子


【図17】


別紙2(引用発明1図面等目録)

【表7】


【表8】


【図4】


別紙3(引用発明2図面目録)

【図3】


【図5】


【図S14】

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