ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和1(行ウ)278 特許料納付書却下処分取消請求事件
| 裁判所 | 請求棄却 東京地方裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和2年1月22日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告中井紙器工業株式会社
株式会社グラセル 被告国 |
| 対象物 | 化粧料用容器 |
| 法令 |
特許権 |
| キーワード | 特許権61回 無効35回 無効審判33回 審決14回 実施4回 許諾2回 分割1回 |
| 主文 | 1 原告らの請求をいずれも棄却する。20 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
| 事件の概要 | 1 本件は,特許第5181035号の特許権(以下「本件特許権」といい,これ に係る特許を「本件特許」という。)に係る特許料及び同額の割増特許料(以下, 併せて「特許料等」という。)の不納付により消滅されたものとみなされた特許 権を共有していた原告らが,特許料等を追納することができる期間内に特許料等 を納付することができなかったことについて正当な理由があるにもかかわらず,5 特許庁長官がこれを却下する処分をしたことが違法であると主張して,被告に対 し,同却下処分の取消しを求める事案である。 |
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令和2年1月22日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和元年(行ウ)第278号 特許料納付書却下処分取消請求事件
口頭弁論終結日 令和元年11月27日
判 決
原 告 中井紙器工業株式会社
原 告 株 式 会 社 グ ラ セ ル
上記両名訴訟代理人弁護士 木 内 加 奈 子
西 阪 裕
被 告 国
同代表者法務大臣 三 好 雅 子
処 分 行 政 庁 特 許 庁 長 官
松 永 明
同 指 定 代 理 人 笠 間 那 未 果
河 野 申 二 郎
高 橋 秀 樹
近 野 智 香 子
木 原 理 沙
尾 﨑 友 美
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許第5181035号の特許権に係る第4年分の特許料納付書について,特許庁長官が平成29年8月3日付けでした手続却下の処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 本件は,特許第5181035号の特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。 に係る特許料及び同額の割増特許料) (以下,併せて「特許料等」という。)の不納付により消滅されたものとみなされた特許権を共有していた原告らが,特許料等を追納することができる期間内に特許料等
5 を納付することができなかったことについて正当な理由があるにもかかわらず,特許庁長官がこれを却下する処分をしたことが違法であると主張して,被告に対し,同却下処分の取消しを求める事案である。2 前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定することができる事実。)
(1) 原告中井紙器工業株式会社(以下「原告中井紙器」という。)は,A弁理士(以下「A弁理士」という。)に委任して,平成19年2月13日,発明の名称を「化粧料用容器」とする発明につき,特許出願(特願2007-031540号)をした。(乙1)
(2) 原告中井紙器は,A弁理士に委任して,平成23年1月26日,発明の名称を「化粧料用容器の中枠」とする発明につき,前項の特許出願の分割出願である本件特許の出願(特願2011-014625号)をした。(乙2)
(3) 原告中井紙器は,平成25年1月18日,本件特許権の設定登録を受けた。なお,原告中井紙器は,これに先立つ同月11日に,第1年から第3年までの各年分の特許料を納付した。(甲14)
(4) 原告株式会社グラセル(以下「原告グラセル」という。)は,平成26年5月21日,本件特許につき,特許庁に特許無効審判の請求をした(無効2014-800077号。以下「本件無効審判」という。)。原告中井紙器は,本件無効審判に係る手続の代理人としてA弁理士を選任した。(乙4)
(5) 特許庁は,平成27年3月26日,本件特許を無効とする旨の審決の予告をした。(乙5)
(6) 原告中井紙器は,平成27年5月25日,B特許法律事務所のB弁理士(以下「B弁理士」という。)ほか5名を本件無効審判に係る手続の代理人として新たに選任した。(甲9)
(7) 原告中井紙器のC会長(以下「C会長」という。)は,平成27年6月1日の午前中,A弁理士の事務所を訪れ,A弁理士に対し,少なくとも,本件無効
5 審判に係る手続の代理人を解任する趣旨の告知をした。A弁理士は,同日,原告中井紙器に対し,同日付けで本件無効審判に係る手続の委任を解除した旨の書面の提出を求める旨の 『特許第5181035号』「無効審判事件の件」と題する書面(甲3。以下「甲3の書面」という。)を送付し,原告中井紙器は,A弁理士に対し,同日付けで本件無効審判に係る委任を解除したことに相違ない旨の書面(甲2。以下「甲2の書面」という。)を送付した。一方,B弁理士らは,平成27年6月1日,特許庁に対し,本件無効審判につき原告中井紙器の代理人を受任した旨の代理人受任届を提出するとともに,原告中井紙器を代理して,本件特許に係る訂正請求(以下「本件訂正請求」といい,これに係る訂正を「本件訂正」という。)をした。(甲2,3,乙14)
(8) 本件無効審判の原告中井紙器の従前の代理人であったA弁理士は,平成27年7月31日,特許庁に対し,本件無効審判に係る代理人辞任届を提出した。(乙15)
(9) 原告中井紙器は,平成27年9月16日,知的財産高等裁判所に対し,本件審決の取消しを求める審決取消訴訟を提起した(同裁判所平成27年(行ケ)
第10189号。以下「本件審決取消訴訟」という。)。(乙6)
(10) 本件特許に係る第4年分の特許料の納付がないまま,納付期限日である平成28年1月18日は経過した。(甲8,15・添付資料4,乙8・証拠書類4)
(11) 原告中井紙器と原告グラセルは,平成28年3月9日,原告中井紙器が原告グラセルに対し本件特許権の持分1%を譲渡すること(1条),原告グラセルは本件無効審判を,原告中井紙器は本件審決取消訴訟を取り下げること(3条),原告グラセルは,持分に従った同日以降の特許料を原告中井紙器の請求により同原告に支払うこと(5条),原告らは,それぞれ相手方の同意なく本件特許権を実施することができること(6条)などを内容とする和解契約(以
5 下「本件和解契約」という。)を締結した。(乙25)
(12) 本件和解契約に基づき,原告グラセルは,平成28年3月22日,原告中井紙器の無効審判請求取下同意書を添付した請求取下書を特許庁に提出して,本件無効審判を取り下げた。また,原告中井紙器は,同月24日,原告グラセルの取下同意書を付した訴えの取下書を知的財産高等裁判所に提出して,本件審決取消訴訟を取り下げた。(乙17,18)
(13) 原告グラセルは,平成28年3月30日,原告中井紙器の一部譲渡証書兼単独申請承諾書を添付した特許権の一部移転登録申請書を特許庁に提出して,本件特許権の一部移転登録申請をし,同日受付として同内容の移転登録がされた。(甲14,乙19)
(14) 本件特許に係る第4年分の特許料等の追納期間(以下「本件追納期間」という。)の末日である平成28年7月19日までに同年分の特許料等の納付がされなかったことにより,本件特許権は,特許法(以下,単に「法」という。)112条4項の規定により,同年1月18日の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされた。(甲8,15・添付資料4,乙8・証拠書類4)
(15) 原告らは,平成28年9月29日,特許庁長官に対し,法112条の2第1項の追納のための特許料納付書(以下「本件特許料納付書」という。)を提出し,同年10月24日,本件追納期間内に特許料等を納付することができなかったことについて正当な理由がある旨を記載した回復理由書を提出した。(乙7,8)
(16) 特許庁長官は,平成29年2月17日付けで,原告らに対し,本件特許料納付書による特許料等の追納手続に,所定の期間内に手続をすることができなかったことについて正当な理由があるとはいえないから,法112条の2第1項の要件を満たしておらず,法18条の2第1項により却下すべきである旨を記載した却下理由通知書(発送日同月28日)により却下理由を通知した。(乙9)
5 (17) 原告らは,平成29年4月26日,特許庁長官に対し,弁明書を提出した。(乙10)
(18) 特許庁長官は,平成29年8月3日付けで,原告らに対し,本件特許料納付書は,同年2月17日付けで通知した理由により却下する旨の手続却下の処分(以下「本件却下処分」という。)をした(発送日同年8月15日)。(甲1)
(19) 原告らは,平成29年11月15日,本件却下処分を不服として特許庁長官に対し,行政不服審査法に基づく審査請求をし,特許庁長官は,平成30年11月28日付けで,前項の審査請求を棄却した(送達日同月29日)。(乙11,12)
(20) 原告らは,令和元年5月28日,東京地方裁判所に本訴を提起した。3 争点本件の争点は,原告らが本件追納期間内に特許料等を納付することができなかったことについての正当な理由の存否である。
第3 争点に関する当事者の主張
(原告らの主張)特許庁による「期間徒過後の救済規定に係るガイドライン【四法共通】(平成28年4月1日改訂版)」(以下,単に「ガイドライン」という。甲4)17頁によれば,手続をするために出願人等(本件では特許権の原特許権者)が講じていた措置が,状況に応じて必要とされるしかるべき措置(以下「相応の措置」という。)であったにもかかわらず,何らかの理由により期間徒過に至ったときには,期間内に手続をすることができなかったことについて,法112条の2第1項の「正当な理由」があるものとして,期間後の手続が許容される。原告ら及び本件特許権に係る各年の特許料(年金)納付の管理(以下「年金管理」といい,本件特許権に係る年金管理を「本件年金管理」という。)の事務処理について委任されていたA弁理士は,以下のとおり,いずれも相応の措置を講じていた
5 ので,本件追納期間内に追納できなかったことについて正当な理由があるにもかか
わらず,本件特許料納付書を却下した本件却下処分は違法である。
1 本件追納期間が徒過した原因
本件追納期間の徒過は,原告中井紙器から本件無効審判のほかに,本件年金管理の事務処理についても委任されていたA弁理士が,原告中井紙器から本件無効審判に係る手続の委任を解除された際,同委任のみならず,本件年金管理事務についても解任されたと誤認したという人為的なミスに起因する。
2 原告中井紙器が相応の措置を講じたこと
(1) 特許権者は,年金管理の業務委託の対価として委任した特許事務所(弁理士)
に報酬を支払っているのであるから,委任契約に基づく善管注意義務を負う弁理士が責任をもって年金管理業務を遂行すると信頼するのは当然であって,かかる委任をしているにもかかわらず,当該特許権者がなお年金納付の状況について確認する義務を負うと解するのは社会通念に反している。それゆえ,原告中井紙器は,A弁理士に本件年金管理を委任した時点で,必要な措置を講じたものといえる。また,原告中井紙器は,平成10年頃からA弁理士が原告中井紙器の代理人を辞任すると申し出るまでの約18年間もの長きにわたり,特許や意匠に係る出願,審査,登録及び年金管理の各手続の約8割をA弁理士に委任していたが,その間,A弁理士は,委任事務を適切に管理,処理しており,年金管理についても,手続期限を提示するリマインダーを送付し,納付期限を徒過することもなかった。原告中井紙器は,A弁理士との間の長年にわたる信頼関係に基づいて,本件特許権の年金管理の代理人として,A弁理士を選任したのであるから,かかる原告中井紙器の選任は適切であった。そして,A弁理士は,本件年金管理に係る委任についても解任されたと誤認していたため,原告中井紙器に対し,本件特許権の年金納付に係るリマインダーを送付しなかったので,原告中井紙器が本件特許権の特許料納付期限が徒過
5 していることを認識することはできなかった。また,原告中井紙器は,A弁理
士から特許無効審判事件の代理人の解任を承知した旨の書面(甲3)を受け取っていたので,A弁理士の誤認に気付くことも極めて困難であった。したがって,原告中井紙器は,相応の措置を講じたものであり,本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意義務を尽くしたということができる。
(2) 本件却下処分は,原告中井紙器がA弁理士に対してした解任の意思表示の内
容が不明確であったとの認定を前提としてされているが,A弁理士が甲3の書面を原告中井紙器に送付し,原告中井紙器が甲2の書面をA弁理士に送付していることからしても,原告中井紙器がA弁理士に対して本件無効審判の代理人を解任する旨の意思表示を明確に行っていることは明らかである。これと異なる同弁理士の説明(甲8)は,自らに対する責任追及を回避するためのものであって信用性がない。したがって,本件却下処分は,事実誤認に基づく違法なものである。
3 A弁理士が相応の措置を講じたこと
A弁理士は,原告中井紙器との間で長年の信頼関係を構築していたが,本件無効審判手続の代理人を突然解任されたことから,心理的に動揺したことにより,本件年金管理も解任されたと誤認をしたものである。いったん誤認をすると,そのことに自ら気付くことは困難であり,前記のとおり原告中井紙器がA弁理士の誤認に気付くこともできなかったので,A弁理士は,本件年金管理を行う必要がないという認識を有していた。一方,A弁理士は,本件特許権以外の年金管理については,委任された職務を適切に処理していたのであるから(甲6,7),本件誤認さえなければ,本件年金管理も適切に処理していたはずである。このように,A弁理士は,誠実に職務を遂行しており,相応の措置を講じたものであり,本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意義務を尽くしたということができる。
5 4 原告グラセルが相応の措置を講じたこと
本件和解契約における本件特許権の持分の譲渡は,原告グラセルが本件特許権を実施し得ることを第三者に開示する目的で形式的に行ったもので,実質的には実施許諾契約であり,原告中井紙器に本件年金管理の義務がある。本件和解契約5条はその趣旨であるが,別途,原告らの間で改めてその旨を確認している(甲16)。このように,原告グラセルは,本件和解契約において,本件年金管理の義務が原告中井紙器にあり,原告グラセルにはない旨の明確な合意をしているので,本件特許権の期間徒過を回避すべき相応の措置を講じたものであり,本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意義務を尽くしたということができる。
5 特殊な事情があったこと
ガイドライン20頁は,出願人等が講じていた措置により,通常であれば当該ミスによる事象の発生を回避できたにもかかわらず,特殊な事情があったことによりそれを回避できなかったといえるときは,その措置は相応の措置であったと判断されることもあるとしている。前記のとおり,A弁理士は原告中井紙器から特許無効審判に係る手続のみの解任であることを明確に伝えられていたが,心理的に動揺し,年金管理に係る委任についても解任されたとの誤認し,本件特許権に関する全ての委任を解任されたという自己の認識とは異なる内容の甲3の書面を送付したため,原告中井紙器がA弁理士の誤認に気付くことは困難であった。このように,本件追納期間の徒過は,①A弁理士が本件年金管理に係る事務の委任についても解任されたと誤認したことと,②A弁理士が自己の認識と異なる内容の書面を送付したことという2つの特殊な事情が重なって生じたものである。そうすると,ガイドラインに記載されている「出願人等が家族経営の小規模の会社の場合であって,家族の一員であり,かつ知財関係の業務を担当する者の突然の死亡により,葬儀の準備等の混乱期の中で,当該業務に不慣れな新担当者が,
5 特許庁に送るべき書類を誤って異なる宛先に対して送付してしまった事情等」
(20頁)という事例と比較しても,本件の方が通常起こり得ない特殊な事情に当たるというべきである。
6 B特許法律事務所について
ガイドライン25頁は,出願人等が特許庁に対する手続を代理人に委任している場合,当該手続は当該代理人が行うことが通常であることから,出願人等が手続をするために講じた措置については,原則として,出願人等だけでなく当該代理人についても相応の措置を講じていたか否かが判断されるとするが,代理人に当たるかは,特許庁に対して,特許庁に対する委任事項の手続を行う権限を有するか否かで判断すべきである。本件特許権の年金納付に係る手続を委任されていたのはA弁理士であって,B特許法律事務所ではないから,同事務所やB弁理士らが上記の代理人に該当しない。むしろ,このような状況下でB特許法律事務所が本件年金管理を行うことは,原告中井紙器の意思表示に反するため,信頼関係を破壊する行為となる。仮に,審決取消訴訟を維持するため,直接的な委任契約がなくても,審決取消訴訟の代理人が特許料納付状況を確認すべき場合があるとしても,それは,委任者が年金管理について他の特許事務所等に委任していない場合に限られる。本件においては,A弁理士が本件年金管理を受任していたので,本件審決取消訴訟の代理人であるB特許法律事務所(B弁理士ら)に本件特許権の特許料納付状況を確認する義務はない。したがって,B特許法律事務所について,代理人として相応の措置を講じたか否かの判断を行うことは誤りである。
(被告の主張)
法112条の2第1項所定の「正当な理由」があるときとは,特段の事情のない限り,特許権者(代理人を含む。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをい
5 うものと解するのが相当である(知財高裁平成29年3月7日判決・判タ1445
号135頁参照)。本件においては,以下のとおり,原告らの側において,本件追納期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて本件追納期間内に特許料等を納付することができなかったということはできず,特段の事情があったとも認められないから,本件追納期間内に追納できなかったことについて正当な理由があるとはいえない。したがって,正当な理由がないとして本件特許料納付書を却下した本件却下処分は適法である。
1 原告中井紙器について
(1) 原告中井紙器の認識に関する原告らの主張を前提にしても,原告中井紙器が
本件無効審判における自身の代理人を途中で解任して変更し,その後に提起した本件審決取消訴訟の係属中に本件和解契約を締結して本件特許権の持分の一部を原告グラセルに譲渡し,原告中井紙器が保有する権利の内容が変容したという経緯に照らすと,原告中井紙器は,本件無効審判に係る委任を解除した平成27年6月1日以降,A弁理士に対し,本件年金管理に必要な情報として,本件審決の結論,同審決を受けた本件審決取消訴訟の提起,本件和解契約の成立,本件特許権の持分の一部を原告グラセルに譲渡したことなどをその都度連絡し,併せて本件特許権の特許料の納付状況を確認すべきであり,そのような連絡・確認を行ってさえいれば,少なくとも,本件追納期間内にA弁理士との認識の齟齬に気付き,本件追納期間の徒過を回避することは十分可能であった。しかるに,原告中井紙器は,上記確認をいずれも行わず,本件特許権に係る原告ら主張の「年金納付のお知らせ等のリマインダー」が送付されてこないことに何ら疑問を抱くことなく漫然と放置していたのであるから,原告中井紙器が,特許権者として本件追納期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたとはいえない。
(2) 特許権者が特許権の維持・管理を代理人に委任する場合,代理人が委任され
5 た事項を正確に認識していなければ,委任事項の確実な履行を期待できないか
ら,特許権者及び代理人は,相互に,委任の対象とする特許権及び委任事項の範囲を明確にし,特許権者と代理人との間で認識の相違が生じないようにしなければならない。しかし,本件無効審判の委任を解除した後も,引き続き本件年金管理を委任することについて,原告中井紙器が明確な意思表示をしたことの立証はなく,かえって,A弁理士は,原告中井紙器から,本件特許権に関する全ての委任を解除する旨の通告を受けたと述べている(甲8)。それゆえ,本件却下処分に事実誤認があるとの原告らの主張も失当である。
2 A弁理士について
原告ら主張のとおりの事実経過によってA弁理士が誤認をしたのだとしても,A弁理士は,本件特許権の特許料が不納付のまま期間を徒過すれば本件特許権が消滅することを弁理士として十分認識できたはずであるから,従前から本件年金管理につき委任されていた者として,少なくとも,本件無効審判の代理人から解任された直後においては,その後の本件年金管理を行わない旨を明確に伝え,同管理を行う者が不在になる状況を回避する方策をとるべきであったから,A弁理士から原告中井紙器に対する連絡も十分であったとはいい難い。
3 原告グラセルについて
原告グラセルは,平成28年3月30日に本件特許権の持分の一部を取得したのであるから,同日以降,本件特許権の特許料等の納付状況を確認すべき立場にあったといえ,かかる確認をしていれば,本件追納期間の徒過を回避することは可能であったから,原告グラセルが,特許権者として本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意を尽くしていたとはいうことはできない。
4 B弁理士らについて
原告中井紙器からB弁理士らに対して本件年金管理についての明確な委任や依頼がなかったとしても,B弁理士らは,本件無効審判及び本件審決取消訴訟の代理人として,係争の対象である本件特許権の特許料の納付状況や特許登録原簿
5 の記録を把握しておくことは,当然にその業務の範囲に含まれていたといえる。
そして,B弁理士らが本件無効審判についての委任を受けた平成27年5月25日(甲9)以降,当該委任業務の一環として,本件特許権の特許料の納付状況を確認していれば,本件追納期間の徒過を回避することは可能であった。
5 本件追納期間の徒過について特殊な事情があったとはいえないこと
原告らは,本件追納期間の徒過について「特段の事情」があったと主張するが,特段の事情があれば,相当な注意を尽くさずに期間を徒過したにもかかわらず,なおも正当な理由があると認められるのであるから,特段の事情は,天変地異により物理的に手続の続行が不可能になった場合など,極めて限定的に解されるべきである。原告らが主張する事情は,原告中井紙器による意思表示が不明確であったことに起因し,それぞれの当事者間の連絡不十分により,本件年金管理をしている者がいないことに気付く者がいなかったというのであって,これらの人為的ミスが重なったことを,特段の事情,あるいは客観的にみて本件追納期間内に特許料等を納付することが不可能な事情と解する余地はない。
第4 当裁判所の判断
法112条の2第1項所定の「正当な理由」があるときとは,原特許権者(代理人を含む。以下同じ。)として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいうものと解するのが相当であるところ(知財高裁平成30年(行コ)第10006号令和元年6月17日判決参照),以下のとおり,本件においては,本件追納期間内に原告らが第4年分の特許料等を納付することができなかったことについて,同項の「正当な理由」があったとは認められない。
1 正当な理由の有無について
(1) 原告中井紙器についてア 原告らは,本件追納期間の徒過は,A弁理士が,原告中井紙器から本件年
5 金管理に係る委任についても解任されたと誤認したという人為的なミスに起因するものであることを前提とした上で,本件年金管理につきA弁理士という適切な代理人を選任した時点で原告中井紙器としては本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意義務を尽くしており,A弁理士から甲3の書面を受け取っていた以上,原告中井紙器が本件誤認に気付くことは困難であったなどと主張する。イ しかし,特許料の納付をするかどうかの判断,その支払期限の管理,特許料の支出の確認を含め,自らの特許権に関する管理を行うのは,特許料納付の手続を代理人に依頼していたとしても,特許権者の基本的な業務であり,かつ,容易になし得ることである。原告中井紙器は,本件特許の原特許権者であり,しかも,原告グラセルとの間で本件特許の有効性をめぐり係争中であったのであるから,本件特許の第4年分の特許料の納付期限が平成28年1月18日であり,本件追納期間の末日が平成28年7月19日であることを認識し,同各期限までに特許料等が支払われているかどうかを容易に確認し得たというべきである。しかるに,原告中井紙器は,支払期限の管理,確認など特許権者として行うべき基本的な管理を行うことなく,上記各期限を徒過させたものであって,特許権者としての相当な注意を尽くしていたということはできない。ウ これに対し,原告らは,本件追納期間の徒過は,本件年金管理事務を受任していたA弁理士が,本件無効審判に係る手続のみならず,本件年金管理事務についても委任を解除されたと誤認したという人為的なミスに起因するものであると主張する。しかし,前記第2の2(7)記載のとおり,原告中井紙器は,平成27年6月1日付けの書面をもって,A弁理士に対し,当時係属中であった本件無効審判に係る手続の委任を解除した旨の告知をしたところ,本件年金管理事務が特許出願等の手続代理に付随する事務としての性質を有し,出願,無効審判
5 など各種の手続代理と年金管理事務とを異なる代理人に依頼するとは通常考え難いことに照らすと,同原告により解除された委任事務は,本件無効審判に係る手続のみにとどまらず,本件特許に係る全ての事務を包括するものであったと解するのが自然である。仮に,原告らの主張するように,A弁理士に対して委任していた事務の一部のみを解除するのであれば,その旨の説明があってしかるべきであるが,原告中井紙器からA弁理士に対してそのような説明がされたことをうかがわせる証拠は存在しない。そうすると,本件特許の管理業務も解除された委任事務に含まれるとのA弁理士の認識が誤信であるということはできず,本件追納期間の徒過がA弁理士の人為的ミスに基づくものであったということもできない。エ 仮に,原告中井紙器が本件特許の年金管理業務はA弁理士に引き続き委任していたものと誤信し,あるいは,原告中井紙器により解除された委任事務の中に本件特許に係る年金管理事務が含まれていなかったとしても,前記判示のとおり,自らの特許権に関する管理を行うのは特許権者の基本的な業務であり,しかも,A弁理士に対しては,特許無効審判に係る手続の代理の委任を解除しているのであるから,同原告としては,同弁理士からの納付期限の連絡を漫然と待つのではなく,自ら調査・確認し,又は同弁理士に自ら連絡をするなどして,特許料等の納付期限の管理を行うべきことは当然であり,それが困難であったとも考えられない。したがって,原告中井紙器がA弁理士に本件年金管理事務を委任したことをもって必要な注意を尽くしたなどということはできないのであり,同原告が特許権者として相当の措置を講じたということはできない。オ さらに,前記第2の2(11)記載のとおり,原告らは,本件追納期間内である同年3月9日に,原告中井紙器が本件特許権の持分1%を原告グラセルに譲渡する一方で,原告グラセルが無効審判請求を取り下げることなどを内容とする本件和解契約を締結したと認められるが,原告中井紙器としては,本
5 件特許権の一部を原告グラセルに譲渡するに当たり,同特許権の特許料が期限までに支払済みであることを確認し,その支払が未了である場合には本件追納期間内に第4年分の特許料等を納付すべき取引上の注意義務を負っていたというべきである。しかるに,原告中井紙器は,同契約に当たり,本件特許の第4年分の支払の有無を調査すれば,その支払が未了であることを容易に確認し得たにもかかわらず,自ら又はA弁理士に確認するなどして,必要な調査・確認を行わないまま,漫然と,本件追納期間の末日を経過したのであるから,特許権者として,相当な注意を尽くしたということはできない。
(2) 原告グラセルについてア 原告らは,本件和解契約において本件年金管理の義務が原告中井紙器にあって原告グラセルにはないことを合意するなどして本件年金管理の義務が原告グラセルにないことを明確にしているから,原告グラセルは,本件追納期間の徒過を回避するために必要な注意義務を尽くしたと主張する。しかし,本件特許権の持分1%を取得する原告グラセルとしては,本件和解契約を締結するに当たり,自らの取得する本件特許権が有効に存続するものであることを確認するのが通常であると考えられる。原告グラセルは,無効審判手続の当事者であったのであるから,本件特許に係る第4年分の特許料の納付期限が平成28年1月18日であることは認識していたものと考えられ,本件和解契約に当たり,同特許料が支払済みであるかどうかを原告中井紙器に確認し,これが未払である場合には,本件追納期間中に特許料等の納付を求めることは容易であったというべきである。しかるに,原告グラセルが原告中井紙器に第4年分の特許料の支払に関して照会し,あるいは,その点について自ら調査したことをうかがわせる証拠は存在しない。イ そうすると,原告グラセルは,自ら特許料の納付の時期について適切に管
5 理すべき立場にありながら,原告中井紙器が本件年金管理を行うものと軽信し,本件追納期間中にも自らの不注意によって本件追納期間内に特許料等の納付をすべきことを認識しないまま,漫然と,本件追納期間の末日を経過したのであるから,同原告が相当な注意を尽くしたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったということはできない。なお,原告らは,本件和解における本件特許権の持分の譲渡は実質的には実施許諾契約の性質を有するものであったと主張するが,仮にそのとおりであったとしても,上記結論を左右するものではない。
(3) 特殊な事情の有無について原告らは,本件追納期間の徒過は,①A弁理士が本件年金管理に係る事務の委任についても解任されたと誤認したことと,②A弁理士が自己の認識と異なる内容の書面を送付したことという2つの特殊な事情が重なって生じたものであるので,正当な理由があると認められるべきであると主張する。しかし,本件年金管理事務も解除された委任事務に含まれると解すべきであり,この点について,A弁理士に誤認があったとは認められないことは前記判示のとおりである。また,甲3の書面の内容は前記2(7)に記載のとおりであるところ,同書面に記載された内容とA弁理士の内心の認識に齟齬があると認めることはできない。また,仮に,原告の主張する上記事情が認められるとしても,本件追納期間の徒過は,原告らが特許権者としての通常の注意を払っていれば容易に避けることができたものであり,これらの事情をもって通常起こりえない特殊な事情であるということはできない。
(4) 小括以上のとおり,原告らが,特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかっ
5 たものとは認められないので,本件却下処分が違法なものということはできない。
2 結論よって,原告らの請求は理由がないから,これらをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
佐 藤 達 文
裁判官
三 井 大 有
裁判官
今 野 智 紀
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