令和2(ワ)18003発信者情報開示請求事件
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裁判所 |
認容 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
令和3年7月14日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告株式会社モリサワ 被告ヤフー株式会社
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法令 |
商標権
商標法37条1号3回 商標法2条3項8号2回 商標法26条1回 商標法2条1項8号1回
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キーワード |
ライセンス55回 商標権42回 許諾21回 侵害21回 損害賠償7回 無効3回 無効審判1回
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主文 |
1 被告は,原告に対し,別紙1発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,別紙3原告商標権目録記載1及び2の各商標権を有する原告が,被
告が運営するインターネットオークションサイト内のウェブページに上記各商
標権に係る登録商標と同一又は類似である別紙4本件標章目録記載1及び2の20
各標章を付した画像が表示されたことにより,上記各商標権を侵害されたこと
が明らかであるとした上で,上記画像の表示を行った氏名不詳の出品者(以下
「本件出品者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のため,被告が保有す
る別紙1発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開
示を受けるべき正当な理由があるとして,被告に対し,特定電気通信役務提供25
者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイ
ダ責任制限法」という。)4条1項に基づき,本件発信者情報の開示を求める事
案である。 |
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判決文
令和3年7月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和2年(ワ)第18003号 発信者情報開示請求事件
口頭弁論終結日 令和3年5月17日
判 決
原 告 株 式 会 社 モ リ サ ワ
同訴訟代理人弁護士 小 畑 明 彦
同 前 原 一 輝
被 告 ヤ フ ー 株 式 会 社
10 同訴訟代理人弁護士 新 間 祐 一 郎
主 文
1 被告は,原告に対し,別紙1発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
15 第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,別紙3原告商標権目録記載1及び2の各商標権を有する原告が,被
告が運営するインターネットオークションサイト内のウェブページに上記各商
20 標権に係る登録商標と同一又は類似である別紙4本件標章目録記載1及び2の
各標章を付した画像が表示されたことにより,上記各商標権を侵害されたこと
が明らかであるとした上で,上記画像の表示を行った氏名不詳の出品者(以下
「本件出品者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のため,被告が保有す
る別紙1発信者情報目録記載の各情報(以下「本件発信者情報」という。)の開
25 示を受けるべき正当な理由があるとして,被告に対し,特定電気通信役務提供
者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイ
ダ責任制限法」という。)4条1項に基づき,本件発信者情報の開示を求める事
案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実)
5 (1) 当事者
ア 原告は,デジタルフォントプログラムの開発,販売及び利用許諾等を業
とする株式会社である(甲5,8)。
イ 被告は,電気通信事業を営む株式会社であり,インターネットオークシ
ョンサイトである「ヤフオク!」を運営している。
10 (2) 原告による商標権の保有等
ア 原告は,別紙3原告商標権目録記載1及び2の各商標権を保有している
(甲4,6の1,6の2,9の1,9の2。以下,同目録記載1の商標権
を「原告商標権1」と,同目録記載2の商標権を「原告商標権2」といい,
これらを「原告各商標権」と総称する。また,原告商標権1に係る登録商
15 標を「原告商標1」と,原告商標権2に係る登録商標を「原告商標2」と
いい,これらを「原告各商標」と総称する。。
)
イ 原告は,「MORISAWA PASSPORT」という商品名のライセ
ンスプログラムを提供しているところ,これに際して,ユーザーとの間で,
ユーザーは,所定の代金を支払い,所定の契約期間中,これを利用するこ
20 とができるとするライセンス契約を締結していた(甲5,8,17)。
(3) 本件出品者による出品行為等
ア 被告が運営する「ヤフオク!」では,アカウント登録をすれば,誰でも,
「ヤフオク!」内のサイトを閲覧したり,「ヤフオク!」上のオークション
に商品を出品して購入者を募集したりすることができる。
25 イ 本件出品者は,令和元年5月6日,別紙2投稿目録記載のとおり,「A」
というアカウント名を用いて,「ヤフオク!」に「【1,634フォント収
録/送料無料】モリサワパスポート MORISAWA PASSPOR
T 日本語フォント Windows Mac 両対応」という商品名の
ソフトウェア(以下「本件商品」という。)を,即決価格4980円として
出品した(以下「本件出品」という。。
)
5 本件出品に係る「ヤフオク!」上のウェブページは,同目録記載3のU
RLにより特定されるものである(以下「本件ページ」という。 。そして,
)
本件ページ上には,同目録記載6の画像(以下「本件出品画像」という。)
が表示されているところ,本件出品画像には,別紙4本件標章目録記載1
及び2の各標章(以下,「本件標章1」及び「本件標章2」といい,これら
10 を「本件各標章」と総称する。)が含まれている(以下,本件出品者が本件
ページ上に本件各標章を含む本件出品画像を表示した行為を「本件表示行
為」という。。さらに,本件ページの「商品説明」の欄には,
) 「状態」とし
て「新品,未使用」と記載され,その下に,「ダウンロード販売型のモリサ
ワパッケージ製品です。,
」「MORISAWA PASSPORTのような
15 全書体を年間レンタル契約するのではなく,フォントのライセンスを買い
取りで購入しているため,永久に使用頂けます。」などと記載されていた。
(甲1,5)
なお,本件商品は,ソフトウェアのプログラムが記録された記憶媒体で
はなく,同プログラムのデータ自体である(甲1)。
20 (4) 被告の開示関係役務提供者該当性等
被告は,本件各標章を含む本件ページに係る情報の送信についての「開示
関係役務提供者」(プロバイダ責任制限法4条1項)に該当し,本件発信者情
報を保有している。
3 争点
25 (1) 本件表示行為による権利侵害の明白性(争点1)
ア 商標権侵害の成否(争点1-1)
イ 違法性阻却事由の存否(争点1-2)
(2) 開示を求める正当な理由の有無(争点2)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件表示行為による権利侵害の明白性)について
5 ア 争点1-1(商標権侵害の成否)について
(原告の主張)
(ア) 原告各商標と本件各標章の同一性ないし類似性
a 原告商標1と本件標章1
(a) 分離観察
10 本件標章1は,1段目に「MORISAWA」と,2段目に「P
ASSPORT」と記載されてなるものである。そして,そのうち
2段目の1文字目の「P」の部分は四角形で囲まれ,かつ,文字色
と背景色とが反転されている。このように,本件標章1が,2段で
記載され,2段目の文字列の先頭の文字が装飾を伴っているという
15 外観を有することは,本件標章1の1段目と2段目を分離して観察
することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合して
いるとは認められないことを示す事情といえる。
加えて,原告は,フォントに関する事業において国内トップのシ
ェアを占めているから,本件標章1のうち1段目の「MORISA
20 WA」の部分は,当該商品が原告の商品であることについて,取引
者ないし需要者に対し強く支配的な印象を与えるものである。
これに対し,本件標章1のうち「PASSPORT」の部分は,
英語で「旅券」を意味する一般名詞であり,日本語としても,遊園
地の乗り放題券などを意味するものとして一般的に用いられる単語
25 であるから,当該部分には,取引者ないし需要者に対する出所表示
標識としての称呼,観念が認められない。
したがって,2段からなる本件標章1の構成部分のうち1段目の
「MORISAWA」の部分を分離して抽出し,これと原告商標1
とを対比すべきである。
(b) 対比
5 原告商標1と,本件標章1のうち「MORISAWA」の部分と
を対比すると,両者の外観及び称呼は全く同一であるから,両者は,
取引者ないし需要者に対し,商品の出所に誤認混同を生ずるおそれ
がある。
したがって,原告商標1と本件標章1は類似する。
10 b 原告商標2と本件標章2
原告商標2と本件標章2は同一である。
(イ) 指定商品と本件商品の類似性
前記前提事実(2)のとおり,原告各商標権の指定商品はコンピュータ用
フォントの電子的データを記憶した記憶媒体であるところ,本件商品は
15 フォントプログラムであって,両者は記憶媒体に保存されているか否か
の違いしかなく,実質的には同一である。
したがって,取引者ないし需要者による出所誤認のおそれがあり,類
似性が認められる。
(ウ) 小括
20 前記(ア)のとおり,本件各標章は原告各商標と同一又は類似であり,か
つ,前記(イ)のとおり,原告各商標権の指定商品と本件商品は類似である。
そして,本件出品者が,本件ページ内で,本件各標章を用いて本件表
示行為を行うなどして,「ヤフオク!」において本件商品の入札者を募集
したことは,「商品若しくは役務に関する広告,価格表若しくは取引書類
25 に標章を付して展示し,若しくは頒布し,又はこれらを内容とする情報
に標章を付して電磁的方法により提供する行為」(商標法2条3項8号)
に該当するものである。
なお,被告は,本件標章2について,その文字が小さいから自他商品
識別機能がない旨主張するが,本件標章2は,特徴的な太文字であり,
かつ,「サ」の文字の一部が「リ」と「ワ」に接触しているという特徴的
5 な形状を視認することが可能であり,自他商品識別機能を十分に果たす
ものであるから,被告の上記主張は理由がない。
したがって,本件出品者による本件表示行為は,原告が保有する原告
各商標権を侵害するものとみなされる(商標法37条1号)。
(被告の主張)
10 (ア) 原告各商標と本件各標章の同一性ないし類似性
a 原告商標1と本件標章1
(a) 分離観察
本件標章1は,2段組で記載され,「MORISAWA」と「PA
SSPORT」は,同じ位置に同じ幅で密接して記載されている。
15 そして,「MORISAWA」と「PASSPORT」は,アルファ
ベットを横書きにして記載したもので,文字の大きさや色合いも共
通しており,全体がまとまりよく表されているのであるから,「MO
RISAWA」の部分だけが独立して取引者ないし需要者の注意を
惹くように構成されているということはできない。
20 かえって,「PASSPORT」の「P」の部分は,パスポートを
想起させる白色のひし形で囲まれ,他とは異なり青色の文字が使用
されるなど,一段と目立つ特徴的なデザインが採用されており,取
引者ないし需要者の注意を惹くような構成になっている。加えて,
「PASSPORT」は「旅券」を意味し,ライセンスとは別の意
25 味で用いられているから,その意味でも,「PASSPORT」の部
分が取引者ないし需要者の注意を惹くものである。
なお,原告の名称は片仮名で「モリサワ」と表記されるから,原
告の名称が周知であるとしても,「MORISAWA」との表記が原
告を指すことについて,通用性があるとも認められない。
以上からすれば,本件標章1のうち「MORISAWA」の部分
5 のみを抽出して原告商標1との類否を検討することは許されず,本
件標章1の全体と原告商標1を比較して,類否を判断するべきであ
る。
(b) 外観
原告商標1は1段で記載されているのに対し,本件標章1は2段
10 で記載されている。また,原告商標1は合計8文字で構成されてい
るのに対し,本件標章1は合計16文字で構成されており,「MOR
ISAWA」という8文字の部分が共通するにすぎず,本件標章1
には,原告商標1には含まれない「PASSPORT」という部分
が含まれている。しかも,この「PASSPORT」の部分をみる
15 と,冒頭の「P」以外の文字が青色を背景にした白色の文字である
のに対し,上記「P」の文字は白色のひし形で囲まれ,青色の文字
となっている。さらに,上記ひし形は,「パスポート(旅券)」を想
起させる。このように,本件標章1は,「PASSPORT」の「P」
の部分だけが,装飾を伴い,他の文字と異なる色が用いられており,
20 目立つものであって,外観において原告商標1と明らかに異にする。
さらに,「PASSPORT」の部分は,「MORISAWA」の
部分とは異なる書体が使用されており,全体の与える印象を異にし
ている。
(c) 称呼
25 原告商標1は「モリサワ」の称呼を,本件標章1は「モリサワパ
スポート」の称呼を有するものであり,異なる。
(d) 観念
原告商標1は,「モリサワ」という人名又は名称を想起させる。
他方,本件標章1は,パスポート,すなわち「旅券」として国際
的に通用する身分証明書を想起させるものであり,異なる。
5 (e) 小括
このように,原告商標1と本件標章1は,外観,称呼及び観念の
いずれにおいても大きく異なるものであるから,類似しない。
b 原告商標2と本件標章2
本件標章2が原告商標2と同一であることは否認する。本件全証拠
10 によっても,本件標章2の外観は判然とせず,同一であるとは認めら
れない。
(イ) 原告各商標権に対する侵害行為の有無
前記(ア)のとおり,本件各標章は,原告各商標と同一とも類似とも認め
られないから,本件出品者による本件表示行為は原告各商標権を侵害す
15 るものではない。
また,本件標章2の外観は,本件全証拠によっても判然としない。こ
のように,外観を認識できないような状況で商標を使用しても,当該商
標には自他商品識別機能がないから,本件表示行為のうち,本件標章2
を表示する部分は,商標法2条3項8号所定の「使用」には当たらない。
20 イ 争点1-2(違法性阻却事由の存否)について
(原告の主張)
(ア) 商標機能論及び消尽並びに商標的使用について
a 商標機能論について
(a) 出所表示機能
25 ユーザーが「MORISAWA PASSPORT」のライセン
スプログラムに基づいて原告が制作したフォントプログラムである
「モリサワフォントプログラム」を利用するためには,ユーザーは,
原告との間でライセンス契約を締結し,ユーザー登録をした上,原
告から交付された「パッケージキー」を用いて認証を受け,原告の
サーバーから上記フォントプログラムをダウンロードして,ユーザ
5 ーの端末にインストールするという手順を踏まなければならない。
この点,本件出品者が「ヤフオク!」に出品していた本件商品は,
実在する株式会社が「MORISAWA PASSPORT」を利
用してインストールした「モリサワフォントプログラム」を複製し
たものである。しかし,原告は,認証手続を経ない形で,原告のフ
10 ォントプログラムのみを個別に販売することはないし,「MORIS
AWA PASSPORT」のライセンス取得者に対し,インスト
ールした「モリサワフォントプログラム」をインターネットオーク
ションに出品することを禁じているから,本件商品は,原告の許諾
なく複製され,出品されたものであって,真正品ではない。
15 したがって,本件商品を出品する本件ページに本件各標章を含む
本件出品画像を表示する行為は,需要者に対し,原告が本件商品の
販売者であるとか,原告が本件商品を流通させることに許諾を与え
たとの誤解を与えるものであり,本件商品の出所を誤認混同させる
おそれがある。
20 また,本件商品は,「モリサワフォントプログラム」を違法に複製
したデータであり,「ヤフオク!」上に本件各標章が付されて表示さ
れていたこと,正規のライセンス契約が締結された場合には入手す
ることができるライセンス証明書が付されていないことからすれば,
本件出品行為は,「MORISAWA PASSPORT」の一部の
25 ソフトウェアを再包装し,原告から許諾を受けることなく商標を付
したものと評価することができる。
以上によれば,本件出品行為は,原告各商標の出所表示機能を害
するものというべきである。
(b) 品質保証機能
「MORISAWA PASSPORT」についてライセンス契
5 約を締結し,正規にユーザー登録をしたユーザーは,原告から,ラ
イセンス証明書の発行を受け,新書体の提供やソフトウェアのアッ
プデート,各種の案内などのアフターサービスを受けることができ
る。他方,原告においても,ユーザー登録等の手順を踏ませること
により,ライセンスの契約期間やユーザーの利用状況等を把握ない
10 し管理することができる。
しかし,ライセンス契約が締結されず,単に「モリサワフォント
プログラム」のみが端末にインストールされた場合には,ユーザー
はライセンス証明書を取得することができず,原告から上記のアフ
ターサービスを受けることができない。加えて,原告において,上
15 記フォントプログラムの利用を把握ないし管理することもできない。
したがって,本件商品を出品する本件ページに本件各標章を含む
本件出品画像を表示する行為は,原告の業務上の信用及び需要者の
利益を損なうおそれがあるから,原告各商標の品質保証機能を害す
るものと認められる。
20 これに対し,被告は,本件商品は真正品である原告のフォントプ
ログラムと同一の品質であるとして,本件表示行為が原告各商標の
品質保証機能を害することを争う。
しかし,品質という言葉は,プログラムが同一に作用するか否か
という点のみならず,アフターサービスを受けることができるか否
25 かという点も含むというべきである。しかるに,本件商品では原告
によるアフターサービスを受けることができないことは,上記のと
おりであり,本件商品と「MORISAWA PASSPORT」
のライセンスプログラムによりインストールされる原告のフォント
プログラムとは品質に差異があるから,本件表示行為は原告各商標
の品質保証機能を害するものである。
5 (c) 小括
以上のとおり,本件表示行為は,原告各商標の出所表示機能及び
品質保証機能を害するものであるから,商標機能論の見地からみて
実質的違法性が認められることは明らかである。
b 消尽について
10 被告は,真正商品を購入してさらに販売した場合にはその商標権は
消尽するという見解に立った上で,本件商品の元となるプログラムは,
原告が実在する株式会社にライセンスしたものである以上,原告各商
標権は消尽したと主張する。
しかし,商標権に消尽論が適用されることはないと解されるし,仮
15 に商標権に消尽論が適用され得るとしても,商標権の出所表示機能や
品質保証機能を害するような場合においては,消尽は認められないと
解すべきところ,前記aのとおり,本件表示行為は原告各商標の出所
表示機能及び品質保証機能を害するものである。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
20 c 商標的使用について
被告は,本件表示行為について,それが原告各商標の出所表示機能
及び品質保証機能を害するものではないことを根拠として,商標的使
用に該当しない旨主張する。
しかし,前記aのとおり,本件表示行為は,原告各商標の出所表示
25 機能や品質保証機能を害するものであると認められるから,上記主張
は,その前提を欠くものであって,理由がない。
(イ) その他の違法性阻却事由について
本件商品の複製元であるプログラムは,実在する株式会社にその使用
を認証したものであり,原告は,本件出品者に対して上記プログラムの
使用権原を付与していない。したがって,原告は,本件出品者が本件表
5 示行為をすることについても許諾していない。
その他,原告各商標権について,登録無効審判において無効とされる
べき事項はなく,商標法26条が規定する効力制限やその行使が権利濫
用に当たるような事情もない。
(被告の主張)
10 (ア) 商標機能論及び消尽並びに商標的使用について
a 消尽について
商標権者が指定商品に商標を付してこれを譲渡した場合には,商標
権は消尽し,その後,商標が付された状態で当該商品が転売されたと
しても商標権侵害は成立しないと解すべきである。
15 この点,原告の主張によれば,本件商品は,実在する株式会社に真
正品として販売された「モリサワフォントプログラム」を複製したも
のである。そうすると,本件出品者は,原告が,一度,上記会社に販
売したフォントプログラムをそのまま販売したものであり,商標権者
である原告が商標を付して譲渡した本件商品を,その商標が付された
20 状態で販売したにすぎない。
したがって,原告各商標権は本件商品に関して消尽しており,本件
表示行為は違法な商標権侵害とはならない。
b 商標機能論について
(a) 本件出品者は,本件商品を「ヤフオク!」に出品する際に,本件
25 商品の紹介ないし説明をするために本件各標章を使用したものにす
ぎず,原告各商標の出所表示機能は害されていない。
また,前記aのとおり,本件商品は,原告が実在する株式会社に
販売した「モリサワフォントプログラム」が複製されたものが本件
出品者によってそのまま販売されたものであるから,プログラムと
しての品質には差異がなく,原告各商標の品質保証機能は害されて
5 いない。
なお,本件商品が,原告のライセンス契約に違反して出品された
ものであるとしても,そのことは,プログラムとしての品質に差異
を生じさせるものではないから,原告各商標の品質保証機能を害す
る根拠にはならない。
10 したがって,本件出品者による本件表示行為は,実質的違法性を
欠くものである。
(b) これに対し,原告は,本件商品では新たな書体等が無償でアップ
デートすることができないなどとして,本件表示行為により品質保
証機能が害されていると主張する。
15 しかし,本件商品において上記のアップデートができないのは,
アップデートに必要な「パッケージキー」を知ることができないこ
とによるものであって,プログラムの内容自体に差異があることが
原因ではない。
したがって,本件表示行為が原告各商標の品質保証機能を害する
20 ことにはならないから,原告の主張には理由がない。
c 商標的使用について
本件表示行為は,インターネット上で取扱商品の紹介及び説明とし
て商標を使用するものであって,前記bのとおり原告各商標の出所表
示機能及び品質保証機能を害するものではないから,商標的使用に該
25 当しない。
(イ) その他の違法性阻却事由について
否認ないし争う。
(2) 争点2(開示を求める正当な理由の有無)について
(原告の主張)
原告は,本件出品者に対し,不法行為に基づく損害賠償等の請求を予定し
5 ている。しかし,原告各商標権の侵害に関する調査の一環として,調査会社
が本件出品者と実際に本件商品の取引をしたところ,当該取引によって,本
件出品者の氏名,住所及び電話番号が出品者情報として明らかにされたもの
の,当該連絡先に連絡しても本件出品者と接触することができなかったから,
損害賠償請求権等を行使するためには,被告が保有する本件発信者情報の開
10 示を受けることが必要である。したがって,原告には本件発信者情報の開示
を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
原告が本件出品者に損害賠償等を請求予定であるとの事実は不知であり,
原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとの主張は争
15 う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件表示行為による権利侵害の明白性)について
(1) 争点1-1(商標権侵害の成否)について
ア 原告各商標と本件各標章の同一性ないし類似性
20 (ア) 原告商標1と本件標章1
a 認定事実
証拠(甲10ないし12)によれば,「BCN AWARD」は,株
式会社BCNが,毎年1月から12月までの全国主要家電量販店,パ
ソコン専門店及びネットショップのPOS実売統計に基づき,製品部
25 門ごとに,年間販売数累計第1位のメーカーを表彰するものであるこ
と,原告は,平成28年(2016年)から令和2年(2020年)
まで5年連続で,「BCN AWARD」のフォントソフト部門におい
て最優秀賞を受賞したこと,令和元年(2019年)の同受賞時にお
ける原告の販売数シェアは38.7%であり,2位のメーカーが23.
5%,3位のメーカーが17.2%であったこと,令和2年(202
5 0年)の同受賞時における原告の販売数シェアは44.1%であり,
2位のメーカーが16%,3位のメーカーが13.1%であったこと,
「MORISAWA PASSPORT」は「BCN AWARD」
の受賞カテゴリの代表的な製品の一つであり,同年1月の時点におい
て,同製品は,出版や印刷,デザインなど多くのプロフェッショナル
10 が利用するほか,一般企業,教育機関,公共団体その他の幅広い層の
需要者が利用していることが認められる。
b 商標の類否
(a) 判断基準
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用さ
15 れた場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否
かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用さ
れた商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与え
る印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべきであり,かつ,
その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状
20 況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)
第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号3
99頁参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものに
ついて,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役
25 務の出所表示標識として強く支配的な印象を与えるものと認められ
る場合や,それ以外の部分から出所表示標識としての称呼,観念が
生じないと認められる場合のほか,商標の各構成部分がそれを分離
して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に
結合しているものと認められない場合には,その構成部分の一部を
抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断す
5 ることも許されるというべきである(最高裁昭和37年(オ)第9
53号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号16
21頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二
小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)
第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号
10 561頁)。
(b) 本件標章1の一部の抽出の可否
本件についてこれをみるに,本件標章1は,別紙4本件標章目録
記載1のとおり,1段目に「MORISAWA」の文字列を,2段
目に「PASSPORT」の文字列を配した2段の構成からなる結
15 合標章である。この点,本件標章1の1段目の文字と2段目の文字
は,いずれもゴシック体様の書体で記載されているが,1段目の文
字は,2段目の文字と比較して,やや太い。また,2段目の1文字
目の「P」は,上下方向にそれぞれ垂直に伸びる平行な対辺と,左
右方向にそれぞれ右肩上がりに伸びる平行な対辺によって構成され
20 る白地の平行四辺形で囲まれ,青の文字色で記載されているが,本
件標章1を構成するその余の文字は,いずれも青地に白の文字色で
記載されている。そして,本件標章1を構成する各文字の高さはほ
ぼ同じであり,1段目と2段目の各文字列全体の幅もほぼ同一であ
る。さらに,1段目と2段目の間には空隙が存在するが,空隙の縦
25 幅は,本件標章1を構成する各文字列の高さの2分の1ないし3分
の1ほどである。このように,本件標章1を構成する文字の大きさ,
色,書体及び文字の配置によれば,本件標章1は全体としてそれな
りにまとまりよく構成されているとはいえるものの,本件標章1が
文字を2段に配して構成されていること,1段目と2段目の文字の
太さに相違があること,2段目の1文字目の「P」が,他の文字と
5 異なり,平行四辺形で囲まれ,背景と文字の配色が逆になっている
こと,本件標章1の1段目と2段目との間には,各文字の高さの2
分の1ないし3分の1の空隙が存在することに照らせば,本件標章
1の1段目と2段目の結合の度合いは,外観上,強いとまではいえ
ない。
10 加えて,前記aのとおり,原告は,平成28年(2016年)か
ら令和2年(2020年)にかけて,5年連続で,フォントソフト
の販売数がトップであるとして株式会社BCNから表彰されている
こと,同年当時における原告の販売数シェアは全体の44.1%で
あり,2位のメーカーを大きく引き離していること,一般企業等を
15 含む幅広い層の需要者を獲得していたと認められることに照らすと,
原告の社名は,フォントソフトメーカーとして,フォントソフトの
需要者の間で周知性を獲得し,現在においても周知性を維持し続け
ていることが推認される。そうすると,原告の社名を示す「モリサ
ワ」は,需要者に対し,フォントソフトの出所表示標識として,支
20 配的とまでは認めがたいものの,相当程度強い印象を与えるものと
認められる。そして,本件標章1の1段目を構成する「MORIS
AWA」は,原告の社名と同一である「モリサワ」の称呼を生じる
上,原告は,「MORISAWA PASSPORT」のように,社
名と同一の称呼を生じる「MORISAWA」を冠した商品をユー
25 ザーに提供している。以上によれば,上記「モリサワ」と同様に,
「MORISAWA」もまた,需要者に対し,フォントソフトの出
所表示標識として,相当程度強い印象を与えるものと認めるのが相
当である。
これに対し,本件標章1の2段目を構成する「PASSPORT」
は,「旅券」などを意味する一般名詞であるから,当該記載にはフォ
5 ントソフトの出所表示標識としての称呼,観念が生じるとは認め難
い。
以上の次第で,本件標章1の1段目と2段目の結合の度合いが強
いとまではいえないこと,「MORISAWA」の部分はフォントソ
フトの出所表示標識として強い印象を需要者に与える一方,「PAS
10 SPORT」の部分にはそのような印象を与えるとは認め難いこと
を総合すれば,1段目の文字と2段目の文字の書体が共通であり,
それらの高さや各文字列全体の幅がほぼ同一であることを考慮して
も,本件標章1の外観は,1段目の文字と2段目の文字がそれを分
離して観察することがフォントソフトの取引上不自然であると思わ
15 れるほど不可分的に結合しているものとは認められないというべき
である。
したがって,本件標章1から上記「MORISAWA」の部分を
抽出し,当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断す
ることも許されるというべきである。
20 (c) 原告商標1と本件標章1の類否
以上を前提に,原告商標1と本件標章1のうち1段目を構成する
「MORISAWA」の部分とを対比すると,両者の外観は,その
文字の種類,書体,大きさ,構成等に照らし,類似しているものと
認められる。また,本件標章1の上記部分からは「モリサワ」の称
25 呼を生じるから,原告商標1の称呼と同一であると認められる。さ
らに,本件標章1の上記部分からは,フォントプログラムの分野で
周知性を有する原告又は原告が販売等するフォントプログラムの観
念を生じるから,原告商標1と観念において同一である。
このように,原告商標1と本件標章1の上記部分は,外観及び称
呼において,類似又は同一であると認められ,原告において,「MO
5 RISAWA PASSPORT」をライセンス契約の形式により
ユーザーに提供していること,フォントプログラムのみを販売する
ことはなく,同プログラムをインターネットオークションサイトに
出品することを禁じていることなどの取引の実情を十分に考慮して
も,本件標章1の上記部分がインターネットオークションサイト上
10 でフォントソフトをダウンロード販売する際に使用されるときは,
需要者において,そのフォントソフトを原告の製造又は販売に係る
商品であると誤認混同するおそれがあるといわざるを得ない。
以上によれば,原告商標1と本件標章1は類似するものと認める
のが相当である。
15 (イ) 原告商標2と本件標章2
証拠(甲1,9の2)及び弁論の全趣旨によれば,本件標章2の外
観は,その文字の種類,書体,大きさ,構成に照らし,原告商標2の
外観と類似するものと認められる。
そして,前記(ア)で説示したところに照らせば,原告商標2と本件標
20 章2とは,称呼において同一であると認められる。
そうすると,本件標章2がインターネットオークションサイト上で
フォントソフトをダウンロード販売する際に使用されるときは,需要
者において,そのフォントソフトを原告の製造又は販売に係る商品で
あると誤認混同するおそれがあるといえる。
25 以上によれば,原告商標2と本件標章2は類似するものと認めるの
が相当である。
イ 原告各商標の指定商品と本件商品との類似性
(ア) 商品が類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のお
それがあるかどうかにより判定すべきものではなく,それらの商品が通
常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により,それらの
5 商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売
に係る商品と誤認されるおそれがあると認められる関係にある場合には,
たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであって
も,それらの商品は商標法37条1号にいう「類似する商品」に当たる
と解するのが相当である(最高裁昭和33年(オ)第1104号同36
10 年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁参照)。
(イ) 本件についてこれをみるに,原告各商標の指定商品は,「コンピュータ
用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体」である。これに対し,
本件商品は,前記前提事実(3)イのとおり,フォントプログラム自体,す
なわち,コンピュータ用フォントの電子的データ自体であって,記憶媒
15 体ではないから,原告各商標の指定商品と本件商品が同一であるとは認
められない。
しかし,需要者は,フォントプログラムを利用するに際し,本件商品
のようにインターネット上からダウンロードするような場合もあれば,
コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した記憶媒体を用いて端
20 末に上記電子的データをインストールする場合もある。そして,証拠
(甲8)によれば,原告は,本件商品と同一の商品名である「MORI
SAWA PASSPORT」を,フォントの電子的データを記録した
記憶媒体を含む製品パッケージを販売する形でも提供していることが認
められる。
25 以上によれば,原告各商標の指定商品と本件商品に同一又は類似の商
標を使用するときは,需要者であるフォントプログラムの利用者におい
て,原告の製造又は販売に係る商品と誤認するおそれがあるといえるか
ら,本件商品は,原告各商標の指定商品と類似すると認めるのが相当で
ある。
ウ 原告各商標権に対する侵害行為の有無
5 前記アのとおり,本件各標章は,原告各商標と同一又は類似であり,前
記イのとおり,原告各商標の指定商品と本件商品とは類似する。
そして,本件表示行為は,インターネットオークションサイトである
「ヤフオク!」において,出品した商品を説明するために,本件各標章を
含む画像を使用する行為であるから,商品に関する広告を内容とする情報
10 に標章を付して電磁的方法により提供する行為(商標法2条1項8号)に
該当するというべきである。
したがって,本件出品者による本件表示行為は,原告各商標権を侵害す
るものとみなされる(商標法37条1号)。
(2) 争点1-2(違法性阻却事由の存否)について
15 ア 認定事実
前記前提事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が
認められる。
(ア) 「MORISAWA PASSPORT」の概要(甲5,8,14,
15,17,乙3)
20 a ライセンス契約の規定等
原告は,「MORISAWA PASSPORT」と称するライセン
スプログラムを有償でユーザーに使用許諾し(以下「本件ライセンス
契約」という。 ,本件ライセンス契約に関して「MORISAWA
)
PASSPORT エンドユーザライセンス契約書」(甲8)を作成し
25 ている。同契約書において定められている原告のフォントプログラム
の利用条件に関する定め(以下「本件規定」という。)は,概要,以下
のとおりである。
(a) 原告は,ライセンス取得者(ライセンスの認証を受けたユーザー
をいう。)に対し,本件規定に従い,原告のフォント製品の使用を非
独占的に許諾する(本件規定1条)。
5 (b) 原告のフォントプログラムを使用するためには,ユーザーは,1
台のデバイスに対して本件ライセンス契約における1ライセンスを
取得する必要があり,ライセンス取得者は,デバイスにインストー
ルしたフォントを別のデバイスにコピー又はインストールすること
はできない。バックアップを目的とした場合も同様である。(本件規
10 定1条 4),2条)
(c) 原告のフォントプログラムのライセンスを取得しようとするユー
ザーは,氏名その他の情報を提供するなどして,原告によるライセ
ンスの認証を受けなければならない(本件規定3条)。
(d) ライセンス取得者は,原告のフォントプログラムを,指定された
15 台数を超えるデバイスにより使用する目的で,記憶装置又は記憶媒
体にインストールしたり,複製を作成することはできない。また,
権利保護を目的として設定された技術的な制限を解除,無効化する
行為又は当該方法を用いて上記フォントプログラムを複製等するこ
とはできない。(本件規定4条 6),8))。
20 (e) ライセンス取得者は,いかなる理由があろうとも,原告の許諾を
得ずに,原告のフォントプログラムの全部又は一部を再配布,公衆
送信(送信可能化を含む。 ,貸与,レンタル,擬似レンタル,再販
)
売(中古品取引を含む。)等をしてはならず,上記フォントプログラ
ムの使用権を第三者に再許諾し,本件ライセンス契約上の地位を第
25 三者に譲渡することはできない(本件規定6条)。
(f) ライセンス取得者は,原告から,製品に関するサポート及びサー
ビスを受けることができる(本件規定12条)。
(g) 原告のフォントプログラムの無許可複製の存在が判明した場合,
ライセンス取得者は,本件規定所定の損害賠償をしなければならな
い(本件規定16条)。
5 (h) 原告は,ライセンス取得者が本件規定に違反した場合には,契約
を解除することができる(本件規定17条)。
b 「MORISAWA PASSPORT」の構成
(a) 「MORISAWA PASSPORT」は,原告が,ソフトウ
ェアのインストール,アンインストール,ライセンスキーの登録,
10 認証処理等を担うプログラム群である「Mフォントスターター」,原
告が開発した書体のプログラム群である「モリサワフォントプログ
ラム」及び「パッケージキー」をセットとして,ユーザーに提供す
るライセンスプログラムである。
(b) 原告のフォントプログラムの利用を希望するユーザーは,原告と
15 本件ライセンス契約を締結し,原告から「パッケージキー」の提供
を受け,認証を得ることによって,所定の台数の端末に同フォント
プログラムをインストールし,利用することができる。
この点,「MORISAWA PASSPORT」では,「Mフォ
ントスターター」を使用しない限り,認証処理を完了させ,「モリサ
20 ワフォントプログラム」をインストールすることができない仕組み
となっている。そして,ユーザーが「Mフォントスターター」を使
用して「モリサワフォントプログラム」をインストールする際,「モ
リサワフォントプログラム」のソースコードに,ユーザーごとに割
り当てられた固有の契約番号が書き込まれるので,ユーザーがイン
25 ストールした「モリサワフォントプログラム」とユーザーとが紐づ
けられる。また,ユーザーは,「モリサワフォントプログラム」をイ
ンストールする前に,「Mフォントスターター」を使用して,上記プ
ログラムをインストールする端末の固有情報を原告のサーバーに登
録することとされている。これにより,原告は,どの端末に「モリ
サワフォントプログラム」がインストールされているかや,当該ユ
5 ーザーがライセンスの範囲内で「モリサワフォントプログラム」を
利用しているかについて把握することができる。
(c) ユーザーは,本件ライセンス契約の期間中,「Mフォントスタータ
ー」を使用して,本件ライセンス契約による使用許諾について,「M
ORISAWA PASSPORTライセンス証明書」(以下単に
10 「ライセンス証明書」という。)を表示することができる。ユーザー
が原告からアフターサービスの提供を受ける際,ライセンス証明書
が必要となることがある。
(d) 「MORISAWA PASSPORT」の利用期間は1年間で
あり,契約期間が満了すると,「Mフォントスターター」によって,
15 アンインストールを行うか又はライセンス更新によって付与された
ライセンスキーの登録を行うかの選択を促すアラートが表示され,
アンインストールを選択すると,「MORISAWA PASSPO
RT」はアンインストールされる。なお,契約期間満了後1週間が
経過すると,ライセンス更新を行うことはできず,アンインストー
20 ルを選択するほかはなくなる。
c 原告において,「Mフォントスターター」「モリサワフォントプログ
,
ラム」及び「パッケージキー」を切り離して個別に流通させることは
ない。
(イ) 「モリサワフォントプログラム」を複製したプログラムの特徴(甲1
25 7)
「モリサワフォントプログラム」のみを複製して作成したプログラム
を端末にインストールした場合であっても,当該端末において,「モリサ
ワフォントプログラム」のフォントを利用することができる。
しかし,原告において前記(ア)bの認証処理がなされていないため,契
約更新のアラートの表示等がされることはない。また,原告のアフター
5 サービス(各種案内,新書体の提供,ソフトウェアのアップデート等)
を受けることはできず,ライセンス証明書の発行を受けることもできな
い。
(ウ) 本件商品に関する調査(甲1,5)
原告は,外部の調査会社に,本件出品に関する調査を委託した。同調
10 査会社が調査したところ,令和元年5月7日,本件ページの存在が確認
された。同調査会社は,同日,本件商品を落札し,同月8日,本件商品
をダウンロードして調査したところ,本件商品は,実在する大阪市内の
株式会社と原告との間で締結された「MORISAWA PASSPO
RT」のライセンス契約に基づき,認証され,ダウンロードされた「モ
15 リサワフォントプログラム」と同一の電子的データであることが判明し
た。
イ 商標機能論及び消尽並びに商標的使用について
(ア) 商標機能論及び消尽について
a 前記ア(ア)bのとおり,原告は,本件ライセンス契約を締結した上で,
20 所定の手続による認証を受けない限り,ユーザーに「モリサワフォン
トプログラム」の使用を許諾していない。そして,原告は,本件規定
により,「モリサワフォントプログラム」の複製や,複製した「モリサ
ワフォントプログラム」を譲渡等することを禁じているから,本件出
品のように,「モリサワフォントプログラム」を複製したものをインタ
25 ーネットオークションサイトに出品する行為もまた,当然に禁じてい
るものと認められる。
そうすると,本件出品は,「ヤフオク!」で本件出品画像を目にした
者をして,あたかも本件出品者が原告から許諾を受けて「モリサワフ
ォントプログラム」又はこれを含む「MORISAWA PASSP
ORT」を出品しているものと誤認混同させるおそれがある。
5 以上によれば,本件出品者による本件表示行為は,原告各商標が有
する出所表示機能を害するものというべきである。
b また,前記ア(ウ)のとおり,本件商品は,実在する大阪市内の株式会
社が原告との間で締結した「MORISAWA PASSPORT」
のライセンス契約に基づいてダウンロードした「モリサワフォントプ
10 ログラム」が複製されたものであり,本件ライセンス契約所定の認証
を受けたものではない。そのため,前記ア(イ)のとおり,本件商品を取
得した者は,ライセンス証明書を取得することはできないし,原告か
ら,ソフトウェアのアップデートや新書体の提供その他のアフターサ
ービスを受けることもできず原告による契約ないし利用状況の管理
15 (前記ア(ア)b(b)ないし(d))も行われず,アップデートや契約の更新
等の通知を受けることもできない。
そうすると,本件商品は,本件ライセンス契約が締結された真正品
の「モリサワフォントプログラム」と比較して,上記のアフターサー
ビスを受けることができず,原告による品質管理が及ばないという点
20 において,品質において実質的に差異があると認められる。
したがって,本件出品者による本件表示行為は,原告の原告各商標
が有する品質保証機能を害するものというべきである。
c これに対し,被告は,要旨,①原告が本件出品を許諾していたか否
かは出所表示機能と関連がなく,②本件商品は,原告がライセンス契
25 約に基づき利用許諾した「モリサワフォントプログラム」をそのまま
複製したものであり,プログラム自体の品質に差異はないから,本件
表示行為によっても品質保証機能は害されないと主張する。
しかし,上記①の主張に理由がないことは,前記aで説示したとこ
ろから明らかである。また,上記②についてみても,プログラムは,
一度インストールされても,品質の維持,向上等の観点から,アップ
5 デートにより随時その内容が改変されていくことが当然に想定される
ものであるから,プログラムの提供者等から適時に的確なソフトウェ
アのアップデートを受けることができるなどのアフターサービスの有
無は,プログラムの品質そのものに直結する事項というべきである。
このことをおくとしても,前記bで説示したとおり,本件商品は,本
10 件ライセンス契約等の仕組み上,原告がその品質を管理することがで
きないものであり,真正品である「モリサワフォントプログラム」と
品質自体に差が生じ得るものであるから,プログラム自体の品質に差
異がないとする被告の主張は,前提を誤るものであり,採用すること
ができない。
15 d また,被告は,本件商品は,原告が実在する株式会社に使用許諾し
た「モリサワフォントプログラム」がそのまま複製されて流通したプ
ログラムであるから,原告各商標権は消尽しており,本件表示行為は
実質的違法性が欠けると主張する。
しかし,本件商品は,一定の利用期間を定めて使用許諾された「モ
20 リサワフォントプログラム」を複製したものであり,原告が原告各商
標を用いて販売したものそのものではないこと,原告は「モリサワフ
ォントプログラム」を複製,譲渡等することを禁じており,本件商品
が「ヤフオク!」に出品されることは原告の意思に基づかない流通過
程といえること,前記bのとおり,本件商品と真正品である「モリサ
25 ワフォントプログラム」との間には品質に実質的な差異があることに
照らせば,原告が一旦「モリサワフォントプログラム」の使用を許諾
したとしても,その複製物である本件商品をインターネットオークシ
ョンサイトに出品するに際して原告各商標を用いる行為については,
原告各商標権を侵害するものであると認めるのが相当である。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
5 (イ) 商標的使用について
被告は,本件表示行為が原告各商標の出所表示機能及び品質保証機能
を害するものではないことを根拠として商標的使用に該当しないと主張
する。
しかし,前記(ア)a及びbで説示したとおり,本件表示行為によって上
10 記の各機能が害されているものと認められるから,被告の上記主張は,
その前提を欠くものである。
そして,前記前提事実(3)イのとおり,本件出品者は,本件商品の購入
者を募る本件ページに,本件各標章を含む本件出品画像を掲載しており,
本件各標章を含む本件出品画像が本件商品の出所を表示する役割を果た
15 しているから,本件出品画像を本件ページに表示した本件表示行為は,
本件商品の出所表示機能を発揮する態様で本件各標章を使用する行為で
あるというべきである。
したがって,本件出品者による本件表示行為は,本件各標章の商標的
使用に当たると認めるのが相当であり,被告の上記主張は採用すること
20 ができない。
(ウ) 小括
以上の次第で,本件表示行為については,実質的違法性が欠けるとこ
ろはないものと認めるのが相当である。
ウ 原告各商標の使用許諾について
25 前記ア(ア)のとおり,「MORISAWA PASSPORT」を利用す
るためには,原告との間でエンドユーザライセンス契約を締結して認証を
受けなければならないこととされている。また,同契約では,原告のフォ
ントプログラムを利用できる端末の台数も制限されている。
このような事情に照らせば,原告は,「MORISAWA PASSPO
RT」のライセンス許諾を受けたユーザーに対して,「モリサワフォントプ
5 ログラム」を複製したものをインターネット上で不特定の第三者に販売す
ることを許諾していないと認めるのが相当である。
したがって,原告は,本件出品者が原告各商標に同一又は類似する本件
各標章を使用することを許諾していなかったと認めるのが相当である。
エ その他の違法性阻却事由
10 本件全証拠によっても,本件出品者による本件表示行為が原告の原告各
商標権を侵害することについて,その違法性を阻却する事情は認められな
い。
(3) 小括
したがって,「侵害情報の流通」である本件表示行為によって,原告の有す
15 る原告各商標権が「侵害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法
4条1項1号)と認められる。
2 争点2(開示を求める正当な理由の有無)について
証拠(甲1,5,8)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件出品者に対
し,原告各商標権侵害について,不法行為に基づく損害賠償請求その他の法的
20 措置を講じる意思を有していること,原告が,本件出品者に係る出品者情報と
して「ヤフオク!」のウェブページ上に表示された連絡先に連絡したところ,
本件出品者と接触することができなかったことが認められる。
以上によれば,原告が本件出品者に対して上記の請求をするためには,被告
が保有する本件発信者情報の開示を受ける必要があるものと認められる。
25 したがって,原告には,本件発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由が
ある」(プロバイダ責任制限法4条1項2号)と認められる。
3 結論
以上のとおり,本件表示行為により原告の権利が侵害されたことが明らかで
あり,かつ,原告には本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由もあると
いえるから,本件表示行為に係る通信を媒介した被告は,開示関係役務提供者
5 として本件発信者情報を開示すべき義務を負う。
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとして,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
10 裁判長裁判官
國 分 隆 文
15 裁判官
小 川 暁
20 裁判官
佐 々 木 亮
(別紙1)
発信者情報目録
別紙2投稿目録記載の出品者に関する以下の情報。
1 氏名又は名称
2 住所
3 電子メールアドレス
4 電話番号
以 上
(別紙2)
投稿目録
1 出品者名
A
2 出品タイトル
【1,634フォント収録/送料無料 】モリサワパスポート MORISA
WA PASSPORT 日本語フォント Windows Mac 両対応
3 URL
https://(以下省略)
4 オークションID
(省略)
5 投稿内容
前記3記載のURLにより特定されるウェブページ(本件ページ)に,後記
6のとおりの本件各標章が付された画像(本件出品画像)を表示させた。
6 画像(本件出品画像)
以 上
(別紙3)
原告商標権目録
1 原告商標権1
登録番号 第4793752号
登録出願日 平成10年8月28日
設定登録日 平成16年8月13日
指定商品 第9類・コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した
記憶媒体
商標の構成
2 原告商標権2
登録番号 第4536307号
登録出願日 平成10年8月28日
設定登録日 平成14年1月18日
指定商品 第9類・コンピュータ用フォントの電子的データを記憶した
記憶媒体
商標の構成
以 上
(別紙4)
本件標章目録
1 本件標章1
下記のうち,赤枠で囲まれた各部分。
2 本件標章2
下記のうち,赤枠で囲まれた部分。
以 上
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