知財判決速報/裁判例集知的財産に関する判決速報,判決データベース

ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成30(ワ)31675

この記事をはてなブックマークに追加

平成30(ワ)31675

判決文PDF

▶ 最新の判決一覧に戻る

裁判所 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和3年3月25日
事件種別 民事
当事者 被告A 千代田紡織株式会社(以下「被告会社」といい,被告
法令 民法719条1回
キーワード 損害賠償7回
実施2回
主文 1 原告の被告Aに対する請求を棄却する。
2(1) 原告の被告会社に対する請求を棄却する。25
3 訴訟費用は,第1事件並びに第2事件本訴及び同反訴を通じてこれを20分
事件の概要 本件のうち,第1事件は,原告が,①その元代表取締役であった被告Aが,15 転職先の被告会社において営業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以 下「不競法」という。)2条1項7号に規定する行為)をしたことによって,原 告が従前の取引先との取引関係を喪失した旨,及び②被告Aが,原告の取締役 としての任務懈怠行為をした旨を主張して,被告Aに対し,①については,不 競法4条に基づき,また②については会社法423条1項に基づき,取引先喪20 失による逸失利益2958万3000円及び被告Aが退社の意思を示した平成 29年8月1日から同年11月22日までの役員報酬相当額455万円の合計 3413万3000円の損害賠償金並びにこれに対する平成30年11月23 日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合(平 成29年法律第45号による改正前の商法によるもの。以下同じ。)による遅延25 損害金の支払を求めた事案である(上記第1の1)。 また,第2事件本訴は,原告が,被告Aがその転職先の被告会社において営 業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1 項7号に規定する行為)をしたことによって,原告が従前の取引先との取引関

▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ に関する裁判例

本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。

判決文

令和3年3月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成30年(ワ)第31675号 損害賠償本訴請求事件(第1事件)
令和元年(ワ)第14803号 損害賠償反訴請求事件(第2事件本訴)
令和元年(ワ)第24107号 損害賠償反訴請求事件(第2事件反訴)
5 口頭弁論終結日 令和2年12月22日
判 決
第1事件原告兼第2事件本訴原告(第2事件反訴被告)
株 式 会 社 ビ ー シ ー ジ ェ ー
10 (以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 金 谷 達 成
第 1 事 件 被 告 A
15 (以下「被告A」という。)
第2事件本訴被告(第2事件反訴原告) 千 代 田 紡 織 株 式 会 社
(以下「被告会社」といい,被告
Aと併せて「被告ら」という。)
同訴訟代理人弁護士 上 田 裕
同 井 原 淳
主 文
1 原告の被告Aに対する請求を棄却する。
25 2(1) 原告の被告会社に対する請求を棄却する。
(2) 被告会社の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1事件並びに第2事件本訴及び同反訴を通じてこれを20分
し,その1を被告会社の負担とし,その余を原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
5 1 第1事件
被告Aは,原告に対し,金3413万3000円及びこれに対する平成30
年11月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 第2事件本訴
被告会社は,原告に対し,金2958万3000円及びこれに対する令和元
10 年6月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 第2事件反訴
原告は,被告会社に対し,金303万7009円及びこれに対する平成30
年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
15 本件のうち,第1事件は,原告が,①その元代表取締役であった被告Aが,
転職先の被告会社において営業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以
下「不競法」という。)2条1項7号に規定する行為)をしたことによって,原
告が従前の取引先との取引関係を喪失した旨,及び②被告Aが,原告の取締役
としての任務懈怠行為をした旨を主張して,被告Aに対し,①については,不
20 競法4条に基づき,また②については会社法423条1項に基づき,取引先喪
失による逸失利益2958万3000円及び被告Aが退社の意思を示した平成
29年8月1日から同年11月22日までの役員報酬相当額455万円の合計
3413万3000円の損害賠償金並びにこれに対する平成30年11月23
日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合(平
25 成29年法律第45号による改正前の商法によるもの。以下同じ。 による遅延

損害金の支払を求めた事案である(上記第1の1)。
また,第2事件本訴は,原告が,被告Aがその転職先の被告会社において営
業秘密の使用又は開示行為(不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1
項7号に規定する行為)をしたことによって,原告が従前の取引先との取引関
係を喪失した旨を主張して,被告会社に対し,不競法4条,民法719条に基
5 づき,取引先喪失による逸失利益2958万3000円の損害賠償及びこれに
対する令和元年6月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで,商事法
定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(上記第1の
2)。
さらに,第2事件反訴は,被告会社が,原告との間で下請工事契約を締結し,
10 これを完成させたにもかかわらず,原告が代金を支払わない旨を主張して,原
告に対し,上記下請工事契約に基づく未払請負代金303万7009円及びこ
れに対する最終の請求日の翌日から支払済みまで,商事法定利率年6分の割合
による遅延損害金の支払を求めた事案である(上記第1の3)。
1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。なお,枝番
15 号の記載を省略したものは,枝番号を含む(以下同様))

(1) 当事者
ア 原告は,熱絶縁工事の請負,電気工事の設計及び施工等を業とする株式
会社である。
イ 被告Aは,遅くとも平成22年頃から同29年11月22日まで,原告
20 の代表取締役を務め,その業務を統括していた。その後,被告Aは,平成
29年12月1日から,被告会社の防災部に所属し,同社の業務を行って
いる。
ウ 被告会社は,普通倉庫業,熱絶縁工事の施工及び請負等を業とする株式
会社である。
25 (2) 被告Aの退任及び本件見積ソフト等の持ち出し
ア 原告においては,防災工事の見積もりに係る業務に用いられる「防災工
事統合管理システム」(以下「本件見積ソフト等」という。)を社内のコン
ピュータにおいて,共有していた。
イ 被告Aは,平成29年7月頃,原告の代表者を退任する旨の意思を表明
し,同年11月22日に退任したところ,退任前に,原告のパソコンから
5 本件見積ソフト等を構成するファイルをUSBメモリにコピーして,これ
を社外に持ち出した。
(3) 本件各工事の実施等
ア 原告は,別紙「工事一覧」記載の各工事(以下「本件各工事」という。)
を,
「発注元」欄記載の各発注元から受注していた。本件各工事は,いずれ
10 も,原告の代表者であった被告Aのほか,原告の従業員であった職人ら3
名(以下「原告元従業員ら3名」という。)が担当している現場であった。
イ 被告A及び原告元従業員ら3名は,被告会社への転職の前後を通じて本
件各工事を実施し,平成29年12月までに本件工事を完成させ,原告及
び各発注元に引き渡した。
15 ウ 被告Aの退任後,原告は,重要な取引先であった訴外海光電業株式会社
(以下「海光電業」という。)から新たな工事の受注を得ることがなくなる
一方で,被告会社が海光電業から受注を得るようになった。
(弁論の全趣旨)
2 争点
(1) 被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無(争点1)
20 (2) 被告Aの任務懈怠の有無(争点2)
(3) 原告の損害(争点3)
(4) 原告と被告会社との間の下請工事契約の有無及びその内容(争点4)
(5) 相当な請負代金額(争点5)
3 争点に関する当事者の主張
25 (1) 争点1(被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無)
[原告の主張]
ア 被告Aは,原告の代表取締役在任中に,次のイのとおり,不競法2条1
項7号所定の「営業秘密」に該当する本件見積ソフト等をUSBメモリに
保存する方法で社外に持ち出して,これを利用して,原告の取引先に対し,
以後は原告との取引を行わないよう働きかけたり,現に原告が取引先から
5 受注している工事等を被告会社に施工させたりするなどの行為を行った
ものであり,被告Aのこれらの行為は,原告に対する図利加害目的に基づ
く行為である。
イ 次に照らせば,本件見積ソフト等は,不競法2条1項7号所定の「営業
秘密」に当たるものである。
10 すなわち,まず,本件見積ソフト等は,顧客に対する見積書を作成でき,
かつその情報を蓄積できるものであって,有用性が極めて高いものであり,
また非公知のものであった。また,本件見積ソフト等は,原告において,
システム管理に精通した元従業員が中心となって外部業者に委託して製
作させた完全にオリジナルのものであり,社外の人間がこれを利用するこ
15 とは不可能であり,さらに原告は,本件見積ソフト等を秘密として扱い,
社外にこれを開示する行為等を厳格に禁止していたから,本件見積ソフト
等は,秘密管理性の要件も充足するものであった。
ウ 本件見積ソフト等の「営業秘密」該当性は,本件見積ソフト等が容易に
は外部に持ち出せない仕組みとなっており,また,多額の費用をかけて特
20 注したものであることからも裏付けられる。
[被告らの主張]
原告の上記主張は争う。
ア 被告Aが,本件見積ソフト等をUSBメモリに保存して社外に持ち出し
たことは認めるが,それは,原告に在職中に受注した工事のうち,既に完
25 工した工事の精算書を,退職後に見積書という表題で海光電業に送付する
ためにしたものであるにすぎない。被告Aは,本件見積ソフト等を用いて
新規の受注に関わるような見積書を他社に作成・送付したことはなく,原
告に対する図利加害目的は存しない。
イ 本件見積ソフト等は,あくまで見積ソフトであり,工事方法に係る施工
前の見込みを記録したものにすぎず,現実に行った施工方法,最終的な施
5 工価格,利益率といった情報は,本件見積ソフト等だけでは分からない。
そして,過去の工事の情報は,基本的に工事手配書により確認していたの
であって,本件見積ソフト等が防災工事の受注等に有用なものであるとは
いえない。また,原告が本件見積ソフト等を秘密として扱い,社外に開示
する行為等を厳格に禁止していた事実はなく,本件見積ソフト等は秘密管
10 理性の要件を充足するものではない。さらに,本件見積ソフト等は,原告
から依頼を受けた元従業員の友人において,市販ソフトを利用して組み上
げたものであり,完全なオーダーメイドではなく,模倣も容易なものであ
る。
(2) 争点2(被告Aの任務懈怠の有無)
15 [原告の主張]
被告Aは,原告の代表取締役在任中であるにもかかわらず,①原告の費用
で,転職先である被告会社を頻繁に訪問して転職準備をし,②転職予定先で
あった被告会社の関係者を原告の資金で接待し,③海光電業等の原告の重要
取引先の関係者を原告の資金で接待し,④海光電業を初めとする原告の取引
20 先に,原告と取引をしないよう働きかけ,⑤被告会社が建設業許可を取得で
きるように準備するなどの行為をなしたものである。これらからすれば,被
告Aにおいては,原告の代表取締役としての任務懈怠があったというべきで
ある。
[被告Aの主張]
25 原告の上記主張は争う。被告Aに原告の代表取締役としての任務懈怠があ
ったとは認められない。すなわち,被告Aは,原告の代表取締役を退任する
意思を表明した後も,原告の代表者として,原告の取引先に赴いたり,メー
ル等により連絡をとっていたものであり,被告会社への転職準備をしたり,
原告の得意先に対し,以後,原告と取引をしないよう働きかけるなどの行為
に及んだりした事実はない。また,被告Aは,原告の代表取締役を退任した
5 後に,被告会社の建設業許可に必要な手続を行ったものである。
(3) 争点3(原告の損害)
[原告の主張]
原告の被った損害の額は,次のア,イの合計3413万3000円である。
ア 被告らの不正競争行為による損害
10 被告らの不正競争行為により,原告は,海光電業との間の新規取引がな
くなった。その逸失利益は,過去2期における同社との取引による原告の
利益を参考にすると,2958万3000円となる。
イ 被告Aの任務懈怠による損害
被告Aの任務懈怠行為により,原告は,当該任務懈怠の生じた期間につ
15 き,被告Aに支払った報酬相当額の損害を被った。その金額は455万円
となる。
[被告らの主張]
原告の上記主張は争う。
(4) 争点4(原告と被告会社との間の下請工事契約の有無及びその内容)
20 [被告会社の主張]
原告と被告会社は,原告が受注していた本件各工事について,受注元から
引き続き被告A及び原告元従業員3名に担当してもらいたい旨の要請があっ
たことから,原告を元請,被告会社を下請とする下請工事契約を締結した。
これは,被告Aが,原告の100%株主である訴外B(以下「B」という。)
25 の了承をとる形で実質的に合意に至ったものであるが,下請工事代金までの
合意はなされていなかった。
原告と被告会社との間で下請工事契約が締結された事実は,①被告AがB
に対して,未完成の工事は被告Aの方で対処する旨の申出をし,Bが特段の
異議を述べなかったこと,②その後に,被告Aと原告代表者が海光電業に赴
き,被告Aが原告を退職した後においても,三社(被告会社,原告,海光電
5 業)で協力してやっていく旨を確認したこと,③現に被告会社において,本
件各工事を完成させたことからも裏付けられる。
[原告の主張]
被告会社の上記主張は争う。原告と被告会社との間で,本件各工事に係る
下請工事契約が成立した事実はない。
10 (5) 争点5(相当な請負代金額)
[被告会社の主張]
被告会社は,本件各工事を完成させ,原告及び各発注元に引き渡している
ところ,相当な請負代金額は,本件各工事に要した実費を参考にすると,合
計303万7009円となる。
15 [原告の主張]
被告会社の上記主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実並びに各掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次
20 の事実が認められる。
(1) 本件見積ソフト等について
ア 原告においては,平成15年から平成29年10月末までの間,防災工
事につき,本件見積ソフト等を利用して業務を行っていた。本件見積ソフ
ト等は,被告Aが,原告の元従業員の友人に依頼し,同人が市販のソフト
25 を利用して作成したものであった。本件見積ソフト等は,被告Aが以前に
在籍し,原告との間で元請としての立場で取引のあった会社においても使
用されており,これには,同社による見積もりに係る情報も蓄積されてい
た。(甲48,乙4,被告A本人)
イ 本件見積ソフト等は,新規顧客等に対する見積りを作成する場合などに
使用されるほか,工事番号,得意先名(取引先) 又は受渡場所
, (工事場所)
5 を入力すること等により,過去の見積りに係るデータ(どのような工法の
工事につき幾らの見積額としたか等)を検索できるものとなっていた。
(甲
19ないし26,甲48,乙4)
ウ 本件見積ソフト等は,原告の社内のコンピュータにおいて共有され,社
外の人物の利用やアクセスは不可能な状態で管理されていたが,他方,原
10 告の代表者のみならず,その従業員であれば,このシステムを利用して見
積書を作成し,また,過去の実績(取引先や見積額等)を検索することが
できた。また,原告の従業員数は,20人に満たない数であったところ,
原告の従業員であれば,いずれの者においても,原告の受注先の名称等の
情報は把握していた。(乙4,弁論の全趣旨)
15 (2) 被告Aの代表取締役退任の表明以降の行動
ア 被告Aは,遅くとも平成29年7月7日,Bに対し,原告の代表者を退
任する旨の意思を表明し,同年11月22日に退任した。(乙4)。
イ 被告Aは,上記退任前に,原告のパソコンから本件見積ソフト等をコピ
ーして社外に持ち出した。その後,被告Aは,本件見積ソフト等を利用し
20 て,退任前に原告において受注した工事のうち,すでに完成した工事の精
算書を海光電業に送付した。(乙4,被告A本人)
ウ 被告Aは,平成29年8月から11月にかけて,被告会社のほか,海光
電業の事務所や工事現場を複数回訪問した。また,同期間中に被告Aが送
信したメールのうち,7割ないし9割程度が,被告会社や海光電業に対す
25 るものであった。(弁論の全趣旨)
(3) 本件各工事をめぐる事実経過
ア 原告は,平成29年11月頃までに,それぞれ,本件各工事について,
別紙「工事一覧」の「発注元」欄記載の各発注元から受注し,これに基づ
いて,その後,本件各工事に着手した。原告において,本件各工事を担当
していたのは,被告A及び原告元従業員ら3名であった。
5 イ 被告Aは,平成29年7月,Bに対し,原告の代表者を退任する意思を
表明したが,その後,Bに対し,本件各工事に関し,その具体的詳細の説
明はしないまま,総括的に,未完成の工事については,自らの原告代表者
退任までの間に対処する旨を申し出ていた。(証人B,被告A本人)
ウ 被告Aは,平成29年11月13日に,Bとともに,本件各工事のうち
10 多くの工事の発注元である海光電業の事務所を訪ね,同社の担当部署の部
長及び担当者であった訴外C(以下「C」という。)と面談した。当該面談
において,被告A,B及びCは,被告Aが原告の代表者を退任した後も,
3者が協力して,工事を完成させることを確認した。
(乙3,乙4,証人C,
被告A本人)
15 エ 原告元従業員ら3名は,被告Aの原告代表者からの退任を前提に,平成
29年11月1日から被告会社に転職した。他方,被告Aは,同月22日
に原告代表者を退任し,同年12月1日から被告会社で稼働を開始した。
(弁論の全趣旨)
オ 被告A及び原告元従業員ら3名は,本件各工事の受注元(海光電業を含
20 む。)から,従前の担当者に引き続き担当してほしいとの意向を受けて,被
告会社に移籍する前後を通じて,原告受注に係る本件各工事の担当を続け,
被告会社に移籍したすぐ後である平成29年12月までには,本件各工事
を完成させて,各発注元に引き渡した。(乙4,被告A本人)
2 争点1(被告らによる営業秘密の使用又は開示行為の有無)について
25 (1) 本件見積ソフト等の「営業秘密」該当性について
ア まず,原告の主張に係る本件見積ソフト等が,不競法所定の「営業秘密」
に該当するか否かが問題となるところ,同「営業秘密」に該当するために
は,本件見積ソフト等について,①秘密として管理されていること(秘密
管理性),②事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用
性),及び③公然と知られていないものであること(非公知性)の各要件を
5 満たす必要があるものというべきである(同法2条6項)。
これを本件についてみるに,前記1(1)のとおり,本件見積ソフト等は,
市販のソフトを利用して作成され,これに原告の取引先や見積額等の情報
が入力されたものであるが,それ以外に他社の取引先や見積額等の情報も
入力されていたものである。また,本件見積ソフト等は,社外の者が利用
10 することはできなかったが,原告の社内のコンピュータにおいて共有され,
原告の代表者のみならず,原告の従業員であれば,特段の制限を受けるこ
となく,本件見積ソフト等を利用して見積書を作成し,あるいは過去の見
積もりに係る情報を検索することができた。すなわち,原告の従業員であ
ればだれでも,その業務を遂行する過程で,本件見積ソフト等に自由にア
15 クセスすることができる状態であったものである。他方で,本件各証拠を
みても,原告において,本件見積ソフト等やこれに蓄積された取引先や見
積額等の情報について,社外秘としてその持出しを厳禁しそのことを従業
員に周知していたなどの事情を具体的に認めるに足りる客観的証拠は見
当たらない。
20 これらによれば,本件見積ソフト等については,アクセスが制限されて
いた程度は緩かったといわざるを得ず,アクセスした者が秘密として客観
的に認識できた状態であったとも直ちには言い難いものであり,原告にお
いて,秘密として管理していることを認識できるだけの措置が講じられて
いたとは認め難いというほかないものである。したがって,本件見積ソフ
25 ト等については,少なくとも上記①の秘密管理性の要件を欠くものといわ
ざるを得ない。
イ これに対し,原告は,本件見積ソフト等は,容易には外部に持ち出せな
い仕組みとなっていたこと,本件見積ソフト等は,多額の費用をかけて特
注したものであることなどを指摘して,本件見積ソフト等が「営業秘密」
に当たる旨を主張する。
5 しかしながら,本件見積ソフト等について,秘密管理性を肯定できるほ
どの,その外部持出しを阻害する客観的仕組みを具体的に認めるに足りる
証拠はない。また,多額の費用をかけたことによって,当然に,秘密管理
性が肯定されるわけではなく,これが肯定されるためには,そのような費
用投下がされているものにつき秘密として管理していることを認識でき
10 るだけの措置が講じられていたことが認められる必要があるところ,上記
説示のとおり,かかる事実は認め難いというほかないものである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 以上によれば,原告が主張する,不競法2条1項7号所定の,被告らによ
る営業秘密の使用開示行為は認められないというべきである。なお,前記1
15 (2)イのとおり,被告Aは,原告の代表取締役を退任して,被告会社で稼働す
るようになった後に,原告での残務を処理する上で本件見積ソフト等を使用
したことはあるが,それ以外にこれを使用した形跡が見当たらないことから
すれば,被告Aによる本件見積ソフト等の持ち出し行為について,図利加害
目的があったものとも認められず,この点からしても,不競法2条1項7号
20 所定の,被告らによる営業秘密の使用開示行為は認められないものである。
3 争点2(被告Aの任務懈怠の有無)について
(1) 原告は,被告Aが原告の代表取締役としての任務を懈怠したと主張し,そ
の具体的内容として,被告Aが原告の代表取締役在任中に,①原告の費用で,
転職先である被告会社を頻繁に訪問して転職準備をしたこと,②転職予定先
25 であった被告会社を原告の費用で接待したこと,③原告の重要取引先を原告
の費用で接待したこと,④原告の取引先に,原告との取引をしないよう働き
かけたこと,⑤被告会社が建設業許可を取得できるように準備したことを主
張する。
(2) しかしながら,①については,被告会社は原告の取引先であったのである
から,原告代表者であった被告Aが被告会社を訪問したからといって,直ち
5 に転職準備をしていたものと推認することはできず,他に被告Aによる転職
準備の事実を認めるに足りる証拠はない。また,②,③についても,任務懈
怠に当たるような接待に係る具体的事実を客観的に認めるに足りる証拠はな
い。さらに,④についても,前記1(3)エのとおり,原告が海光電業から受注
していた工事は,被告A及び原告元従業員ら3名が,海光電業の意向を受け
10 て,引き続き本件各工事の担当を続けて完成させたものであることが認めら
れ,被告Aが原告受注の工事を奪って行った工事とはみられない。また,証
拠(乙3,証人C)及び弁論の全趣旨によれば,原告が海光電業から受注を
得られなくなったのは,被告Aの所為とは関係がない他の原因があったこと
(海光電業の担当者において,原告が工事を完成させずに放棄したものと認
15 識するような状況があり,それが原因となってその後原告が海光電業の受注
を得られなくなったこと)がうかがわれる。そうすると,原告が海光電業か
らの発注を得られなくなったからといって,その原因として被告Aにおいて,
④原告の取引先に対し,原告との取引をしないよう働きかけた事実があるこ
とを推認することは困難である。加えて,⑤の事実についても,原告は被告
20 A名義の平成29年10月13日付け「実務経験証明書」
(甲37)を提出す
るが,その一方で,被告A名義の平成29年12月1日付け「実務経験証明
書」(乙1)も作成されていることからすれば,上記の「実務経験証明書」
(甲
37)の作成のみをもって当然に,被告Aにおいて,原告代表者の任務違背
行為に当たるような,被告会社が建設業許可を取得できるようにする準備行
25 為をしていたものと認めることは困難であり,他にこれを認めるに足りる証
拠もない。
そして,上記①ないし⑤のほかに,被告Aの任務懈怠を基礎付けるような
事実関係を具体的に認めるに足りる客観的証拠は見当たらない。したがって,
被告Aに原告の代表取締役としての任務懈怠行為は認められないというべき
である。
5 (3) これに対し,原告は,上記のとおり,被告Aにおいて原告の代表取締役と
しての任務懈怠があった旨を主張し,原告代表者及び原告の100%株主で
あるBは,これに沿う陳述・供述をする(甲48,49,証人B,原告代表
者)。
しかしながら,原告代表者及びBの陳述・供述の内容についてそれぞれ検
10 討しても,その内容は,いずれも客観的な裏付けが乏しく,自らの憶測を述
べたものにとどまっているといわざるを得ないものであって,上記陳述・供
述によって,被告Aの任務懈怠を基礎付けるような事実関係を具体的に認め
るには足りない。
そうすると,上記陳述・供述を採用して原告の上記主張を採用することは
15 できない。
4 争点3(原告・被告会社間の下請工事契約の成否及びその内容)について
(1) 前記1(3)の事実経過に照らせば,本件各工事は,いずれも原告において受
注し,被告A及び原告元従業員ら3名が被告会社に移籍する以前又は移籍し
て間もない時期において,工事に着手されたものであり,上記移籍時期と工
20 事完成時期とが近接していることに照らしても,被告A及び原告元従業員ら
3名が本件各工事の担当を続けたのは,飽くまで原告の100%株主である
Bの了承の下,各受注元の意向に基づき,原告における業務を完遂する一環
として担当したものにすぎないと評価すべきであって,被告会社の従業員等
として,原告の下請の立場で行ったものではないとみるのが相当である。
25 これらによれば,被告会社と原告との間で,下請工事契約が締結されてい
たということはできず,これを認めるに足りる証拠はない。
(2) これに対し,被告会社は,①被告AがBに対して,未完成の工事は被告A
の方で対処する旨の申出をし,Bが特段の異議を述べなかったこと,②その
後に,被告Aと原告代表者が海光電業に赴き,被告Aが原告を退職した後に
おいても,三社で協力してやっていく旨を確認したこと,③現に被告会社に
5 おいて,本件各工事を完成させたことなどを主張して,原告と被告会社間と
の間において,請負代金を相当額とする下請工事契約が成立した旨を主張す
る。
しかしながら,①については,被告Aが,原告の下請として,被告会社の
従業員等としての立場で本件各工事を行うことを述べ,Bがこれを了承した
10 とみることのできる具体的事情を基礎付ける証拠はなく,むしろ,被告Aが,
原告の受注した工事として,これを完成させるまで原告の担当者として関与
することを述べ,Bがこれを了承したにすぎないとみられるものである。ま
た,②についても,被告会社について言及されていたとしても,取引関係者
の間でなされた儀礼的なあいさつの域を出ないものであって,これをもって
15 直ちに,原告と被告会社との間の下請工事契約の成立を推認することはでき
ない。さらに,③については,被告A及び原告元従業員ら3名が,被告会社
に移籍した後も引き続き本件各工事を担当して完成させたとしても,上記説
示に照らせば,これをもって,被告会社が原告の下請として,両者の合意に
基づき本件各工事を完成させたと評価できるものとはいい難い。
20 (3) したがって,原告と被告会社との間に,被告会社の主張に係る下請工事契
約が成立したとは認められない。
5 結論
以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の被告らに対する不
競法に基づく損害賠償請求,原告の被告Aに対する取締役としての任務懈怠に
25 基づく損害賠償請求は,いずれも理由がなく(第1事件,第2事件本訴) 他方,

被告会社の原告に対する下請工事契約に基づく請負代金支払請求も,理由がな
い(第2事件反訴)。
よって,原告の被告らに対する各請求及び被告会社の反訴請求はいずれも理
由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
裁判長裁判官 田 中 孝 一
裁判官 横 山 真 通
裁判官 奥 俊 彦
15 (別紙工事一覧省略)

最新の判決一覧に戻る

法域

特許裁判例 実用新案裁判例
意匠裁判例 商標裁判例
不正競争裁判例 著作権裁判例

最高裁判例

特許判例 実用新案判例
意匠判例 商標判例
不正競争判例 著作権判例

今週の知財セミナー (2月24日~3月2日)

2月26日(水) - 東京 港区

実務に則した欧州特許の取得方法

来週の知財セミナー (3月3日~3月9日)

3月4日(火) -

特許とAI

3月6日(木) - 東京 港区

研究開発と特許

3月7日(金) - 東京 港区

知りたかったインド特許の実務

特許事務所紹介 IP Force 特許事務所紹介

共栄国際特許商標事務所

〒543-0014 大阪市天王寺区玉造元町2番32-1301 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング 

オーブ国際特許事務所(東京都)-ソフトウェア・電気電子分野専門

東京都千代田区飯田橋3-3-11新生ビル5階 特許・実用新案 商標 外国特許 鑑定 

弁理士法人 湘洋特許事務所

〒220-0004 横浜市西区北幸1-5-10 JPR横浜ビル8階 特許・実用新案 意匠 商標 外国特許 外国意匠 外国商標 訴訟 鑑定 コンサルティング