令和3(行ケ)10032行政訴訟 商標権
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和3年10月6日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告マルホ株式会社 被告株式会社StayFree
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法令 |
商標権
商標法4条1項11号10回 商標法4条1項15号7回
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キーワード |
審決9回 無効3回 実施2回 商標権2回 無効審判1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 被告は,次の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。 |
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判決文
令和3年10月6日判決言渡
令和3年(行ケ)第10032号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和3年7月14日
判 決
原 告 マ ル ホ 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 広 瀬 史 乃
同 松 田 世 理 奈
同訴訟代理人弁理士 小 林 浩
同 鈴 木 康 仁
同 瀧 澤 文
被 告 株式会社 Stay Free
同訴訟代理人弁護士 難 波 泰 明
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2019-890086号事件について令和2年12月25日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 被告は,次の商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。
登録番号 第6088573号
登録出願日 平成30年1月29日
登録査定日 平成30年9月27日
設定登録日 平成30年10月12日
登録商標 ヒルドプレミアム(標準文字)
商品及び役務の区分 第3類
指定商品 化粧品
⑵ 原告は,次の4件の商標(以下,総称して「引用商標」という。)の商標
権者であり,いずれの商標も,現在有効に存続している。
ア 登録第459931号商標(以下「引用商標1」という。)
登録商標 「Hirudoid」
登録出願日 昭和29年5月12日
設定登録日 昭和30年2月10日
書換登録日 平成17年10月19日
商品及び役務の区分 第5類
指定商品 「薬剤(蚊取線香その他の蚊駆除用の薫料・日本薬局方の薬用
せっけん・薬用酒を除く。),キナ塩,モルヒネ,チンキ剤,
シロップ剤,煎剤,水剤,浸剤,丸薬,膏薬,散薬,錠薬,
煉薬,生薬,薬油,石灰,硫黄(薬剤),鉱水,打粉,もぐ
さ,黒焼き,防腐剤,防臭剤(身体用のものを除く。),駆
虫剤,ばんそうこう,包帯,綿紗,綿撤糸,脱脂綿,医療用
海綿,オブラート」
イ 登録第1647949号商標(以下「引用商標2」という。)
登録商標 「ヒルドイド」
登録出願日 昭和56年1月30日
設定登録日 昭和59年1月26日
書換登録日 平成16年11月4日
商品及び役務の区分 第5類
指定商品 「薬剤,医療用油紙,衛生マスク,オブラート,ガーゼ,カプ
セル,眼帯,耳帯,生理帯,生理用タンポン,生理用ナプキ
ン,生理用パンティ,脱脂綿,ばんそうこう,包帯,包帯液,
胸当てパッド」並びに第1類及び第10類に属する商標登録
原簿に記載のとおりの商品
ウ 登録第6017880号商標(以下「引用商標3」という。)
登録商標 「ヒルドイド」(標準文字)
登録出願日 平成29年5月26日
設定登録日 平成30年2月9日
商品及び役務の区分 第3類
指定商品 「化粧品,せっけん類」
エ 登録第6017881号商標(以下「引用商標4」という。)
登録商標 「HIRUDOID」(標準文字)
登録出願日 平成29年5月26日
設定登録日 平成30年2月9日
商品及び役務の区分 第3類
指定商品 「化粧品,せっけん類」
⑶ 原告は,令和元年12月26日,引用商標に照らし,本件商標が商標法4
条1項11号及び15号に該当するとして,商標登録無効審判(無効201
9-890086号,以下「本件審判」という。)を請求した。
特許庁は,令和2年12月25日,本件審判の請求は成り立たない旨の審
決をし,その謄本は,令和3年1月15日,原告に送達された。
⑷ 原告は,令和3年2月12日,本件訴訟を提起した。
2 審決の理由の要旨
⑴ 商標法4条1項11号該当性について
ア 本件商標は,「ヒルドプレミアム」の片仮名を標準文字で表してなり,
辞書等に載録された既成語ではないから,特定の意味合いを有しない一種
の造語として理解され,特定の観念を生じない。
そして,「プレミアム」の語は「高級な。上等な。」といった意味を有
する語として一般に広く知られており,化粧品業界において,本件商標の
登録出願前から,既存品に特別な成分を配合することによって優れた商品
である旨を表示するため使用されているから,商品及び役務の区分第3類
「化粧品」(以下「本件指定商品」という。)との関係においては,自他
商品の識別標識としての機能は弱い。したがって,本件商標は,全体の構
成文字に相応した「ヒルドプレミアム」の称呼のほか,「ヒルド」の称呼
をも生じ得る。
イ 引用商標は,いずれもその構成文字に相応して「ヒルドイド」の称呼を
生ずる。また,辞書等に載録された既成語ではないから,特定の意味合い
を有しない一種の造語として理解され,特定の観念を生じない。
ウ 本件商標と引用商標の対比
外観においては,本件商標と引用商標2及び引用商標3とは,語頭の
「ヒルド」を共通にするものの,文字数及び構成全体の文字において相違
し,本件商標と引用商標1及び引用商標4においては,片仮名と欧文字の
差異を有し,明確に区別できる。
称呼においては,本件商標から生じる「ヒルドプレミアム」及び「ヒル
ド」と引用商標から生じる「ヒルドイド」の称呼とは,その構成音,音数
などが明らかに相違するから,称呼上,明確に聴別できる。
観念においては,本件商標と引用商標は,いずれも特定の観念を生じな
いから,比較できない。
したがって,本件商標と引用商標とは,観念において比較できないとし
ても,外観及び称呼において明確に区別できるから,類似しない。
⑵ 商標法4条1項15号該当性について
ア 引用商標の周知著名性
(ア) 原告が提出した証拠によれば,以下の事実を認定できる。
a 原告は,「ヒルドイド」の名称の医薬品(血行促進・皮膚保湿剤。
審決のいう「請求人商品」であるが,本判決では以下「原告薬剤」と
いう。)を販売しており,その容器には引用商標が表示されている。
b 医療関係者向け専門誌には,原告薬剤の広告が掲載されている。ま
た,皮膚科の医師による,原告薬剤の施用に関する論文が掲載されて
いる。広告の掲載期間及び回数は平成25年から同29年にかけて年
5,6回程度である。
c 美容・ファッションに関する一般消費者向け雑誌には,原告薬剤が,
美容目的のスキンケア商品として,医療用医薬品である旨とともに紹
介されている。
d 原告が平成29年(2017年)10月18日付けで作成した「ヒ
ルドイドの適正使用に関するお知らせ」との表題の文書には,
「・・・ヒルドイドをあたかも化粧品等と同様のものであるかのよう
に紹介することは控えていただくよう要請してきました。・・・マル
ホ(原告)は,『薬機法』『医療用医薬品等適正広告基準』等の関係
法規を厳守し,一般の方への医療用医薬品の広告をしておりませ
ん。・・・今後とも,ヒルドイドの美容目的での使用を推奨している
と受け取られかねない記事に対して厳しい姿勢で臨むとともに,医療
関係者の皆様や患者さんへの医療用医薬品の適正使用に関する啓発に
努めるなど,責任ある企業として対応していきます。」と記載されて
いる。
(イ) 上記認定事実によれば,原告薬剤は,医療用医薬品の一種であって,
一般人を対象とする広告はなされていない。また,一般雑誌における原
告薬剤に関する記事は,医療用医薬品としてではなく,スキンケア商品
として美容目的で掲載されているものである上に,原告は,これら記事
の掲載に関し,医療用医薬品としての適正使用についての要請を行って
いるから,原告薬剤の広告をしているとはいえない。さらに,原告薬剤
は,皮膚科の医師に注目され,医療関係者向けの雑誌には広告がなされ
ているものの,その掲載期間及び回数は決して多くはない。
なお,原告が証拠として提出した年度別の広告費用一覧表及び医療機
関向けヒルドイド広告宣伝資料配付記録は,原告の作成に係るものであ
って,客観的な裏付けがない。また,NDBオープンデータから算出し
た原告の売上額及び市場占有率は,入院及び外来の外用薬としての売上
額及び市場占有率を示すものであって,420億円から520億円の売
上がうかがえるとしても,市場占有率がどのような薬剤の範囲に基づく
ものであるかは明らかではない。
そうすると,原告薬剤に使用されている引用商標は,本件商標の登録
出願時及び登録査定時において,原告の業務に係る商品を表示するもの
として,取引者・需要者の間に広く認識されていたとはいえない。
イ 本件商標と引用商標との類似性
上記⑴のとおり,本件商標と引用商標とは類似しない。
ウ 引用商標の独創性
引用商標は,辞書等に載録のない造語であり,独創性の程度は高い。
エ 出所の混同のおそれ
上記アのとおり,引用商標は,本件商標の登録出願時及び登録査定時に
おいて,原告の業務に係る商品を表示するものとして,取引者・需要者の
間に広く認識されていたとはいえない。また,引用商標の独創性の程度は
上記ウのとおり高いといえるが,上記イのとおり,本件商標と引用商標は,
明らかな差異を有する別異の商標である。
してみれば,本件商標をその指定商品に使用した場合,これに接する取
引者・需要者が引用商標を想起・連想して,当該商品を原告の業務に係る
商品,あるいは原告と経済的又は組織的に何らかの関係を有する者の業務
に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれが
あるとはいえない。
なお,原告は,原告薬剤と,被告が本件商標を付して販売する商品(以
下「被告商品」という。)との間で実際に出所の混同が生じている例とし
て,医師によるコメント及び一般消費者からの問合せを挙げるが,いずれ
もわずか1件ずつである上,客観的裏付けを確認できないから,これらを
もって,原告薬剤と被告商品とが一般に誤認されているとはいえない。
したがって,本件商標は商標法4条1項15号に該当しない。
3 原告の主張する取消事由
⑴ 取消事由1(商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)
⑵ 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)
第3 当事者の主張
1 取消事由1(商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
⑴ 本件商標の要部認定
審決が認めるとおり,本件商標は「ヒルド」と「プレミアム」との結合商
標であって,「ヒルド」がその要部である。
⑵ 称呼の類似
本件商標から生じる「ヒルド」の称呼と,引用商標から生じる「ヒルドイ
ド」の称呼を比較すると,語頭の3音「ヒルド」が共通し,語尾部分におけ
る「イド」の音の有無という差異を有するのみである。
差異音「イド」のうち,「イ」の音は,その前音の母音「オ」との二重母
音となるため吸収されやすく,聞き取り難い。また,「ド」の音は,称呼の
識別上聴取され難い末尾に位置する。したがって,差異音「イド」が両商標
の称呼全体に与える影響は小さいから,需要者等に与える称呼の全体的印象
は近似し,互いに紛らわしい。
特に,本件商標や引用商標のように,文字で構成される商標については,
自他商品の識別標識としての機能を果たす場合において,語頭部分の音が最
も重要な要素となる。このため,語頭部分の「ヒルド」の3音が共通する両
商標をそれぞれ一連に称呼するときは,その語調・語感が近似し,互いに相
紛れるおそれがある。
⑶ 外観の類似
本件商標から生じる「ヒルド」の外観と,引用商標2・3から生じる「ヒ
ルドイド」の外観とを比較すると,語頭の3字「ヒルド」が共通し,語尾部
分における「イド」の字の有無という差異を有するのみである。
引用商標2及び3は「ヒルドイド」の5字構成であるところ,その半分以
上を占める語頭の3文字「ヒルド」が,3字構成からなる本件商標の要部
「ヒルド」の全ての文字と共通する。両商標に共通する「ヒルド」の3字は,
視覚上最も目立つ語頭に位置し,なお,化粧品や薬剤を取り扱う分野におい
て極めて独創的な文字であるから,これらの商標に接する需要者等に,特に
強く印象付けられる部分である。また,本件商標の全体「ヒルドプレミア
ム」と対比した場合でも,商標に接する需要者等に強く印象付けられる語頭
の3字「ヒルド」が共通することに変わりないから,外観における全体的印
象が相紛らわしい。
したがって,需要者が,本件商標と引用商標2及び3とに,時と場所を異
にして接するときは,視覚を通じて認識する外観の全体的印象が互いに紛ら
わしく,外観において近似する。
⑷ 指定商品の類否
本件指定商品である「化粧品」は,引用商標3及び4の指定商品と同一で
あり,引用商標1及び2の指定商品である「薬剤」と類似する。
⑸ 取引の実情
ア 引用商標の独創性について
引用商標の由来は,「ドイツ語のHirudo(蛭属)とoid(~の様なも
の)を組み合わせたもの」という独特のものである。引用商標が使用され
る原告薬剤がもともと「凝血阻止血行促進剤」として販売されており,ヒ
ル(蛭)の唾液からは血液を凝固させない成分が出ていることから,「蛭
属の(唾液成分のように凝血を阻止し血行促進の効果を有する)様なも
の」といった意味が込められている。しかし,原告薬剤の発売当時(昭和
29年),「ヒルド」の文字を語頭に掲げて販売される化粧品又は薬剤は
存在しなかった。また,「ヒルド」を語頭に有する語は,国語辞典に載録
されていない。「Hirudo」,「ヒルド」,「oid」の文字は,商標の構成
文字に容易に採択される文字ではなく,そのような文字を組み合わせてな
る引用商標は,その構成文字全体をもって親しまれた既成の観念で理解さ
れない造語であって,その独創性の程度は極めて高い。
イ ヘパリン類似物質含有商品の取引の実情について
(ア) ヘパリン類似物質含有商品の急増
原告薬剤は,ヘパリン類似物質を有効成分とする医療用医薬品(以下
「ヘパリン類似物質含有製剤」という。)である。
本件商標が登録出願された平成30年前後,原告以外の事業者により,
ヘパリン類似物質を有効成分とする医薬部外品又は一般薬(以下,あわ
せて「ヘパリン類似物質含有商品」という。)が相次いで発売された。
これは,平成26年頃から,原告薬剤が,一般需要者向けの雑誌やウェ
ブサイト上において,保湿・美容の目的に有効である旨紹介されるよう
になったことの影響である。そして,これらのヘパリン類似物質含有商
品の中には,引用商標の顧客吸引力にフリーライドするため,「ヒル
ド」や「ヒル」の文字を語頭に有する標章を使用するものがある。
(イ) 被告商品の取引と出所の誤認混同
被告商品もヘパリン類似物質含有商品である。そして,被告が運営す
るインターネットショップにおいては,原告に無断で「ヒルドイド」の
文字を使用し,引用商標の顧客吸引力にフリーライドするような表示が
なされている。
そして,被告商品に接する一般需要者は,被告商品をあたかも原告薬
剤であるかのように商品の出所を誤認混同したり,被告商品が原告薬剤
の関連商品であるような印象を抱いたり,被告商品が原告薬剤の顧客吸
引力にフリーライドしているという印象を受けたりしている。
⑹ まとめ
上記⑴ないし⑸を踏まえると,本件商標が指定商品である「化粧品」,特
に,ヘパリン類似物質含有商品について使用されるときは,取引者・需要者
は,引用商標を想起・連想し,引用商標が使用される原告の「ヘパリン類似
物質」を含有する「化粧品」又は「薬剤」であるとの誤認混同を生じるおそ
れがある。実際に,一般消費者が,原告薬剤と被告商品との間で出所につき
誤認混同を生じている。
したがって,本件商標は,引用商標との関係において,商標法4条1項1
1号に該当する。
〔被告の主張〕
⑴ 本件商標は全体観察すべきであること
本件商標は,全体としてまとまりをもって一体的に称呼され,出所識別標
識としての機能は全体としてのみ存在する。また,「ヒルド」と「プレミア
ム」は,いずれもそれなりの出所識別標識としての機能を有しているから,
「ヒルド」部分が出所識別標識として強く支配的な印象を有しているもので
はない。
したがって,本件商標は,「ヒルドプレミアム」全体としてのみ,出所識
別標識としての機能を有している。
⑵ 称呼の非類似
引用商標から生じる「ヒルドイド」の称呼は,5音という少ない数で構成
され,全ての構成音を読み上げやすい。引用商標には差異音「イド」が付随
し,全体としては「ヒ/ル/ドイ/ド」の4音節に区切られるが,語尾にく
る「ド」の音節は濁音であるから,省略されたり小さく発音されたりするこ
とはなく,明瞭に発音される。
これに対し,本件商標には,「プレミアム」という明確に異なる別単語が
付随し,その冒頭の半濁音「プ」は,引用商標の濁音「ド」と明瞭に区別が
できる。
なお,本件商標から「ヒルド」の部分を分離したとしても,音数が明確に
異なること,引用商標には明瞭に発音される差異音「イド」が付随すること
から,両者は類似しない。
⑶ 外観の非類似
本件商標と引用商標とは,共通する文字は3文字のみであり,これに続く
相違する文字がそれぞれ5文字,2文字と多いため,外観上類似しない。
なお,本件商標から「ヒルド」の部分を分離したとしても,引用商標には
2文字の異なる不可分的な片仮名「イド」が続くため,外観上類似しない。
⑷ 観念の非類似
本件商標は,全体としてみたときは被告商品の観念を生ずるのみであり,
引用商標は,特定の観念を生じないから,両者は類似しない。
なお,本件商標から「ヒルド」の部分を分離したとしても,特定の観念を
生じず,引用商標についても同様であるから,両者は類似しない。
⑸ 取引の実情
ア 購入方法や販売場所が明確に異なること
本件商標が使用される被告商品は医薬部外品であり,特に販売許可など
は必要とされていない。
これに対し,引用商標の指定商品は単に「薬剤」とされているが,引用
商標が実際に使用されている原告薬剤は医療用医薬品である。したがって,
法令に基づく販売業許可を受けた者でなければ販売できず,一般人は医師
による処方箋がなければ購入できないため,医薬部外品などと並んで陳列
されることはない。
そのため,本件商標と引用商標とは,それを付した商品に接する機会が
明確に区別されている。
イ 一般人を対象とした広告が行われていないこと
引用商標が使用される医療用医薬品については,医薬関係者以外の一般
人を対象とする広告を行ってはならない旨の規制があり,原告は,引用商
標に関し,一般人を対象とする広告を行っていない。
したがって,店頭で本件商標を付した商品を手にする者が,引用商標を
想起する可能性は低い。
ウ 引用商標の一部のみでは原告薬剤を指す出所識別標識として一般的に通
用していないこと
医療用医薬品の名称については,承認等を受けた名称又は一般的名称以
外の名称を使用してはならない旨の規制があり,原告は,広告及び容器表
示等において,「ヒルドイド」という名称を略することなく用いている。
したがって,引用商標は,原告自身もそれ全体を一体として出所識別標
識として用いており,需要者及び取引者においても,それ全体を一体とし
て出所識別標識として認識している。すなわち,「ヒルド」という引用商
標の一部のみでは,それによって原告薬剤を指す出所識別標識としての機
能を何ら有していない。
⑹ まとめ
以上のとおり,本件商標と引用商標は,その取引の実情も踏まえて考察し
た場合,外観・称呼・観念のいずれにおいても全く類似しない。したがって,
本件商標は,商標法4条1項11号に該当しない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
⑴ 引用商標1及び2(以下「原告使用商標」という。)の周知著名性
ア 継続的かつ多数の広告
原告は,昭和29年(1954年)10月の原告薬剤の販売開始以来現
在に至るまで,継続的に原告薬剤の広告を実施してきた。本件訴訟で書証
として追加提出する資料の記載も踏まえると,原告による原告薬剤の年間
の広告金額は,医療用医薬品の広告規模として決して小さくない。
イ 売上の大きさ及び市場占有率の高さ
平成26年から同30年の期間中,原告薬剤の売上高は,全ての国内医
療用医薬品の年間売上ランキングで上位20位以内に入っており,血液凝
固阻止剤の市場における占有率は,金額ベースで80%前後,数量ベース
で50ないし70%と高い。
ウ 原告以外の者による周知活動
一般需要者向けの複数の雑誌やウェブサイトなどにおいて,原告薬剤が,
医療用医薬品でありながら,保湿に関するきわめて優れた効能を有するこ
とにより,美容目的でも使用できる,という一般の評判等が取り上げられ
ており,その内容からすれば,原告薬剤が,これらの媒体や個人間の伝達
(いわゆる「口コミ」)により,従来の取引者及び医療用医薬品の需要者
のみならず,肌の状態の改善を望む需要者の間において,周知著名性を獲
得した。
エ 類似品の出現
原告薬剤と同じくヘパリン類似物質を含有した保湿クリーム等が多数販
売され,その中には「ヒルド」又は「ヒル」を冠する標章を使用するもの
があること,第5類の「薬剤」や第3類の「化粧品」を指定して「ヒル
ド」,「ヒル」,「Hirudo」又は「Hiru」の文字を語頭に有す
る商標が,原告とは無関係の第三者によって商標登録出願されるようにな
ったこと,インターネット上において原告薬剤の顧客吸引力にフリーライ
ドするような宣伝文句をうたうヘパリン類似物質含有商品が散見されるこ
とは,ヘパリン類似物質含有製剤である原告薬剤の原告使用商標が,取引
者・需要者に広く認識されており,その顧客吸引力にフリーライドするよ
うな第三者の商品が市場に出回っていることを示す。
オ 医療業界における高い評判
原告薬剤が皮膚科医等から高い評判を得ていること,原告がポーター賞
(企業経営に関する賞)を受けたことは,原告薬剤の革新性が評判となり
医療業界で広く受け入れられて定着したことを示す。
カ 原告薬剤の認知度に関するアンケート調査結果
原告の依頼により実施されたアンケート調査の結果(「『ヒルドイド』
認知度アンケート調査報告書」(甲54)。以下「本件アンケート」とい
う。)の結果は,血行促進・皮膚保湿剤である原告薬剤に付された原告使
用商標が,市販薬の使用者も含め,取引者・需要者の間で広く認識されて
いることを裏付ける。
キ 原告薬剤の類似品の販売に対する需要者等の反応
ヘパリン類似物質を含有する市販薬である「ヒルマイルド」につき,原
告薬剤を想起している需要者が多数いることや,「あのヒルドイドが店頭
で新発売!」といううたい文句で販売されていることからも,原告使用商
標が広く知られている実態を見て取れる。
⑵ 本件商標と原告使用商標との類似性
上記1で主張したとおり,両者は類似する。
⑶ 原告使用商標の独創性
独創性は,審決も認めているとおりである。
⑷ 本件指定商品と原告薬剤との性質,用途又は目的における関連性
ア 本件指定商品である「化粧品」には,医薬部外品として販売される被告
商品のように,ヘパリン類似物質含有商品が含まれる。原告薬剤は,医療
用医薬品であるものの,同じくヘパリン類似物質を有効成分とする「薬
剤」である。両者は,皮膚の保湿のために用いられる商品であることが共
通する。
したがって,本件指定商品と原告薬剤との間で性質,用途又は目的にお
ける関連性の程度は高い。
イ 化粧品の範疇に含まれる薬用クリーム等の医薬部外品は,医薬品を販売
するドラッグストアなどで販売されており,薬用化粧品(医薬部外品)と
一般用医薬品との境界は,需要者にとって一見して明瞭ではない。また,
医療用医薬品メーカーが,自ら又はその関連会社等を通じて一般用医薬品
を販売することはよく知られており,特に,近時は,医療用医薬品メーカ
ーとしての信頼や実績をもとに薬用化粧品を販売する例も数多く見られる。
ウ 保湿クリーム等のヘパリン類似物質含有商品(一般用医薬品又は薬用化
粧品)の多くは,一般消費者向けに数百円から千数百円程度というような
比較的安価な価格で取引されており,需要者が商品の表示をじっくり検討
し,高度の注意を払って購入する類の商品ではない。
⑸ 実際に出所混同が生じていること
被告商品について,原告又は原告薬剤と何らかの関係のある商品ではない
かとの誤認が生じている。
また,「ヒルマイルド」という標章を付して,原告とは無関係の第三者か
らヘパリン類似物質含有商品である保湿クリーム等が市販されているところ,
従来ヒルドイドの処方を受けていた患者を含む多くの一般消費者が,「ヒル
ドイドの会社がドラッグストアで買える市販の保湿クリーム等としてヒルマ
イルドを発売した」とその出所を誤認するに至っている。
このように,「ヒルド」又は「ヒル」を語頭に用いるヘパリン類似物質含
有商品は,周知著名かつ独創性の高い原告使用商標を想起,連想させ,医療
用医薬品メーカーである原告がヒルドイドの市販品として販売しているもの
との誤認を一般消費者に与えるおそれがあり,現にそのような誤認が生じて
いるといえる。
⑹ その他の事情
「ヒルド」「Hirudo」という文字は,日本では馴染みのない文字で
あり,これらの文字から連想される「蛭」は,一般的に不快な生物と認識さ
れ,顧客に良好なブランドイメージを抱いて欲しいと願う企業が,自己の商
品の商標の最も注目を集める語頭の文字として,好んで用いる語ではないこ
とからすれば,被告には,「ヒルド」という文字をあえて採用する格別の理
由があるものとみられる。
これに加え,被告が,現にヘパリン類似物質含有商品に本件商標を付して
販売を開始し,原告薬剤と類似する形状・配色の容器に充填して販売するな
どして,現に原告薬剤との誤認混同を招いていることに照らせば,本件商標
の登録及び使用の動機が,周知著名な原告使用商標の顧客吸引力へのフリー
ライドにあることが強く疑われる。
〔被告の主張〕
⑴ 原告使用商標に周知著名性がないこと
ア 医療業界における評判について
原告は,医学論文等の文献において原告薬剤が取り上げられていること
をもって,原告薬剤の優れた効果が医療関係者において評判になっていた
旨主張する。
しかし,それらの文献のうちの一部は,原告自ら著者に働きかけて依頼
したものと思われ,その研究に至る経緯や公平性に疑義なしとしない。ま
た,これらの文献の内容は,単に原告薬剤の効能を臨床的に実験した結果
を表したものが大半で,特段の優れた効果を新たに示すものではない。
イ 本件アンケートには信用性がないこと
本件アンケートは,①調査対象者が,被告商品の取引者及び需要者とし
て想定される層に比べて,「ヒルドイド」の認知度が高くなる層に限定さ
れていること,②回答の選択肢の設定としても,正しい回答が選択されや
すい設定がされていること,③ことさら原告に有利な数値操作を行ってい
ること,以上からすれば,調査の過程で検出された原告に不利な情報を隠
蔽したり,不当な操作を行ったりしているものと疑われ,全く信用性がな
い。上記①ないし③を踏まえると,本来の認知度は,本件アンケートの結
果である44.4%よりも低くなることが容易に推測される。
また,44.4%という認知度は,調査対象者の半数にも及んでおらず,
特別顕著に周知性があるということはできない。
ウ 原告提出の証拠は本件商標の取引者・需要者における周知著名性を立証
するものではないこと
原告使用商標を使用する商品はいずれも医療用医薬品であって,その広
告は医薬関係者以外の一般人を対象には行われていない。そして,原告薬
剤の取引者は医薬関係者に限定されている。また,原則として医師による
処方箋がなければ需要者は購入することができないため,かかる意味にお
いても需要者は限定されている上,原告使用商標に接する機会は限定され
ている。
これに対し,本件指定商品である「化粧品」は,取引に関して特段限定
がされておらず,一般人は広くこれを購入することができる。
このように,本件指定商品の取引者及び需要者と,医療用医薬品である
原告薬剤の取引者及び需要者は,一部共通する部分があるにすぎないから,
仮に,原告使用商標が,原告薬剤の取引者及び需要者において周知著名性
を有するとしても,本件指定商品の取引者及び需要者においてまで周知著
名性を有するとはいえない。
⑵ 原告使用商標の独創性は商標全体について認められるにすぎないこと
原告使用商標は,独創性が認められるとしても,その全体を一体としてみ
た場合に初めてその独創性が認められるにすぎず,その一部を構成する「ヒ
ルド」のみに独創性が認められるものではない。
⑶ 被告は原告使用商標の著名性にフリーライドしていないこと
原告は,被告が原告使用商標の著名性にフリーライドする意図を有してい
ることを主張するが,他人の表示の著名性に乗じて販売されたことのみでは
商標法4条1項15号該当性を根拠付けることはできない。特に,以下の事
情にかんがみれば,原告の主張を踏まえても,本件商標は同号に該当しない。
ア ヘパリン類似物質含有製剤の市場の拡大と原告薬剤の市場占有率の低下
ヘパリン類似物質含有製剤の市場規模は,本件商標が出願される以前か
ら,毎年平均して10%を超えるペースで急激に拡大していた。その一方,
原告薬剤の市場占有率(重量ベース)は,平成26年の68.88%から,
本件商標が出願された平成30年の52.90%まで急激に低下していた
(なお,金額ベースの市場占有率を用いると,後発薬に比べて薬価の高い
原告薬剤に有利となり,取引者・需要者が原告使用商標に接する機会の多
さを適切に示さないから,重量ベースの市場占有率を用いるべきであ
る。)。
したがって,ヘパリン類似物質含有製剤の市場拡大は,原告薬剤の売上
とは関係なくもたらされたものといえる。かかる意味において,原告使用
商標に顧客吸引力があったとはいい難く,原告薬剤以外の製品によって市
場規模が拡大していたといえる。
そもそも,ヘパリン類似物質は,物質特許が取得された化合物ではなく,
医薬部外品として製造することは以前から可能であった。したがって,上
記のとおりヘパリン類似物質含有製剤の市場が拡大していく中で,医薬部
外品としてヘパリン類似物質含有商品が開発されていくことは自然な流れ
であり,その市場の拡大が原告薬剤とは無関係のものであったことに徴す
れば,被告の市場参入は,原告使用商標の顧客吸引力にフリーライドする
ものとはいえない。
イ 本件商標は原告使用商標と混同を生じさせないこと
(ア) 商標に「ヒルド」を用いることは特段不自然ではないこと
「ヒルド」という言葉から,直ちに「蛭」が連想されることはない。
「ヒルド」は北欧神話の登場人物の名前であり,競走馬の名前にも採用
されている。また,医薬品の分野においても,「ヒルドシン」という名
称の薬品が存在していた。
このように,「ヒルド」という文字を商標に用いることは,特段不自
然ではない。
(イ) 原告使用商標の顧客誘引力にフリーライドするものでないこと
原告使用商標は,その一部の「ヒルド」のみでは,独創性を有するも
のでなく,原告薬剤を指す出所識別標識として一般的に通用していない
から,「ヒルド」を用いただけでは,原告薬剤に顧客吸引力があったと
してもそれを借用できない。
したがって,本件商標に「ヒルド」を用いることは,原告薬剤の顧客
吸引力にフリーライドするものではない。
(ウ) 原告が本件商標を用いることはあり得ないこと
原告薬剤は医療用医薬品であるのに対し,被告商品は薬用化粧品(医
薬部外品)である。医薬部外品や化粧品は,人体に対する作用が緩和な
ものであって,医療用医薬品よりも効能が劣る。また,一般人の感覚と
しても,どこでも購入できる医薬部外品や化粧品が,処方箋を必要とす
る医療用医薬品よりも効能が優れているとは考えられていない。
このため,医療用医薬品を製造販売しておりその道に明るい原告が,
医療用医薬品よりも効能が通常劣ると思われる薬用化粧品(医薬部外
品)に,「高級な。上等な。」などの意味を有する「プレミアム」とい
う,その効能と矛盾した語を商標として用いた製品を製造することは考
え難い。また,このことは,一般人としても容易に理解できる。
したがって,かかる本件商標の意味合いからしても,原告の業務に係
る商品であるとの混同を生じさせないといえる。
(エ) 被告商品のデザインが混同を生じさせないこと
被告商品の容器のデザインは,原告薬剤のそれとは,色調その他が異
なっているから,被告商品に接する取引者・需要者が,原告の業務に係
る商品であると混同する可能性はない。
⑷ 取引者・需要者の共通性がないこと
原告薬剤は医療用医薬品であり,処方箋がなければ購入することができな
い。これに対し,本件商標が名称として用いられる薬用化粧品(医薬部外
品)は広く一般人がどこでも購入することができる商品である。
また,医薬部外品や化粧品は,医薬品に比して「人体に対する作用が緩和
なもの」とされており,皮膚の乾燥等の程度が低い者も広くその取引者・需
要者とする。
したがって,本件指定商品の取引者・需要者は,原告薬剤の取引者・需要
者に比して,かなり広範囲にわたっており,重ならない部分が多い。よって,
本件指定商品の取引者・需要者の多くが原告使用商標を認識しているとはい
えず,混同を生ずるおそれは小さい。
⑸ 現実に混同が生じているとはいえないこと
ア 原告が,需要者において混同が生じている例として挙げているインター
ネット上のコメントは,本件商標の登録後のものであるから,登録時にお
いて本件商標が商標法4条1項15号に該当することを根拠づけるもので
はない。
イ 他社製品である「ヒルマイルド」に関するコメントは,本件商標に関す
るものではないから,本件商標と原告使用商標との間で出所の混同が生じ
ていることの根拠にはならない。
ウ 被告商品に関するコメントも,原告薬剤を意識してはいるものの,あく
まで原告薬剤と対照しつつ,これと区別・比較した表現であって,原告薬
剤との混同が生じていることを示すものではない。また,これらのコメン
トからは,むしろ,スキンケア商品の需要者が,その成分や効用に細心の
注意を払って各商品を区別して購入を検討していることや,被告商品は原
告を出所とするものでないと理解していることを読み取ることができる。
⑹ 現実に混同を生ずるおそれがないこと
本件商標を使用する被告商品は,医薬部外品であるから,その名称につい
ても,「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法
律(昭和35年法律第145号)」(以下「薬機法」という。)に基づき,
独立行政法人医薬品医療機器総合機構(以下「PMDA」という)の審査を
経る。また,本件指定商品である化粧品一般についても,名称について,業
界の自主規制などがある。これらの審査及び規制においては,既存の医薬品
と同一又は類似の名称を使用することはできないとされているところ,被告
商品の名称(本件商標)について問題が指摘されていないことは,原告薬剤
の名称(原告使用商標)と類似しないとされたことを意味する。
他方,原告が,医薬部外品や化粧品を販売しようとする場合には,これら
の規制があるため,原告使用商標やこれと類似の名称を使用することができ
ない。
したがって,本件商標を使用する商品が,原告の業務に係る商品と混同さ
れる可能性は,現実的にない。
第4 当裁判所の判断
1 後掲各証拠等によれば,次の事実が認められる。
⑴ 医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器及び再生医療等製品(以下「医薬
品等」という。)は,薬機法による規制の対象となっている。
薬機法の主管官庁は厚生労働省である。また,PMDAは,平成14年法
律第192号に基づき設立され,医薬品等の品質,有効性及び安全性につい
ての審査等の業務を行う(同法3条,15条)。
⑵ 薬機法が定義する「医薬品」の中には,医師若しくは歯科医師によって使
用され又はこれらの者の処方箋若しくは指示によって使用されることを目的
として供給される「医療用医薬品」と,それ以外の「一般用医薬品」がある
(甲60)。
また,一般用医薬品の中には,医療用医薬品だった医薬品のうち,一定の
要件(副作用等)を満たしたものについて,有効成分や用法・用量が同じま
ま一般用医薬品として処方箋不要で購入できるように販売が許可されたもの
(以下「スイッチOTC薬」という。)がある(甲65の1,65の2)。
⑶ 薬機法が定義する「医薬部外品」は,いわば「医薬品」と「化粧品」との
間に位置する(甲60)。
薬機法2条2項3号,同条1項2号によれば,「医薬部外品」の中には,
人の疾病の治療に使用されることが目的とされている物のうち,厚生労働大
臣が指定するものであって,人体に対する作用が緩和なものが含まれている。
⑷ 一般に製造販売されている化粧品のうちには,「有効成分」が配合され,
薬機法上の「医薬部外品」に該当するものがあり,「薬用化粧品」と呼ばれ
ている(甲60)。
⑸ 原告薬剤は,医療用医薬品であり,医師等によって使用され又はこれらの
者の処方箋若しくは指示がなければ患者に販売することはできない。
⑹ 原告は,原告使用商標を医療用医薬品である原告薬剤を表示する商標とし
て使用しているが,薬用化粧品を含む化粧品は販売しておらず,引用商標3
及び4を使用していない。
⑺ 医療用医薬品の名称については,承認等を受けた名称又は一般的名称以外
の名称を使用してはならない旨の規制があることから(甲28),原告は,
原告薬剤の広告及び容器表示において原告使用商標である「ヒルドイド」若
しくは「Hirudoid」という名称を略することなく使用しており,ま
た,取引者及び需要者との間において「ヒルドイド」が「ヒルド」と略して
称されている実情は認められない。
2 取消事由1(商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)について
⑴ 類否の判断基準
商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務
に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与
える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を
踏まえつつ全体的に考察すべきものであり(最高裁昭和39年(行ツ)第1
10号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照),
複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構
成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのもの
の類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の
出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,そ
れ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる
場合などを除き,許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第
953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,
最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集
47巻7号5009頁参照)。
⑵ 本件商標と引用商標との類否判断
上記⑴の基準により本件商標を検討するに,本件商標は「ヒルドプレミア
ム」との標準文字からなり全体としてまとまりよく構成されているが,「プ
レミアム」は「高級な。上等な。」を意味する英語形容詞由来の語として一
般に広く知られているから,本件商標は,「ヒルド」と「プレミアム」とを
組み合わせた結合商標と解される。そして,別紙1のとおり,証拠(甲7の
各枝番)によれば,化粧品の分野において,「プレミアム」の文字は,既存
品に特別な成分を配合することによって優れた商品である旨を表示するため
使用されているから,本件指定商品(化粧品)との関係においては,本件商
標の「プレミアム」の部分は,出所識別標識としての機能は低いと認められ
る。一方,「ヒルド」の部分は,後記のとおり造語と認められるから,出所
識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる。
したがって,本件商標と引用商標との類否判断に当たっては,本件商標は,
全体の構成文字に相応した「ヒルドプレミアム」の他,「ヒルド」の部分を
抽出して引用商標と対比するのが相当である。
また,類否判断においては,まず,構成が最も類似する引用商標2及び3
と対比することとする。
ア 外観
引用商標2及び3は「ヒルドイド」を標準文字で表してなるものである
から,本件商標の全体構成「ヒルドプレミアム」と対比すると,両者は語
頭の「ヒルド」を共通にするのみであり,文字数及び構成全体の文字にお
いて明らかに相違する。また,本件商標のうち「ヒルド」の部分を抽出し
た場合においても,「ヒルド」を共通にするものの,本件商標は,5文字
という比較的少ない文字数からなる引用商標2及び3との間で2文字の相
違があり,後記イの通り,引用商標2及び3の「ヒルドイド」は造語と認
められるところ,引用商標において「ヒルド」と「イド」を分離して観察
しなければならない理由はないから,引用商標との比較においては,文字
数及び構成全体の文字が相違する。したがって,本件商標と引用商標2及
び3とはいずれも明確に区別できるというべきである。
イ 観念
引用商標の由来は「ドイツ語のHirudo(蛭属)とoid(~の様なもの)
を組み合わせたもの」と認められるものの(甲11),そのような事実は
一般的に知られておらず,辞書等に載録された既成語ではないから,本件
商標のうち「ヒルド」の部分及び引用商標「ヒルドイド」は,いずれも,
特定の意味合いを有しない一種の造語として理解され,特定の観念を生じ
ない(なお,この点につき,被告は,「ヒルド」は北欧神話の女神の名前
及び競走馬の産駒の名前であるからその観念を生ずる旨主張するが,イン
ターネット上を検索すればそのような検索結果も得られたという程度のこ
とにすぎず,化粧品の分野において取引者・需要者が「ヒルド」の語から
これらの名前を連想することを認めるに足りる証拠はない。)。したがっ
て,観念において両者を比較することはできない。
ウ 称呼
引用商標2及び3からは「ヒルドイド」との称呼を生じ,本件商標の全
体構成「ヒルドプレミアム」からは「ヒルドプレミアム」との称呼を生じ
る。両者は語頭の「ヒルド」の部分のみ称呼を共通にしているにすぎない
から,その構成音及び音数において明らかに相違する。また,本件商標の
うち「ヒルド」の部分を抽出した場合でも,本件商標「ヒルド」と引用商
標2及び3の「ヒルドイド」とは,前者が3音で後者が5音からなり,後
者には語尾に濁音を含む「イド」が付加されていること,前記の通り両者
はいずれも造語であって,「ヒルドイド」を「ヒルド」と略して使用する
取引の事情もなく,「ヒルドイド」を「ヒルド」と「イド」に分離して観
察すべき理由はないから,両者はその構成音及び音数が相違し,容易に聴
別することができる。
エ まとめ
上記アないしウのとおり,本件商標と引用商標2及び3とは,全体構成
を対比した場合でも,本件商標のうち「ヒルド」の部分を抽出して対比し
た場合でも,観念において比較できず,外観及び称呼において明確に区別
できる。
そうすると,本件指定商品が「化粧品」であって,その需要者としては
薬用化粧品のみならずその他の化粧品を含む一般消費者が想定されること,
医薬品とは区別して販売されるものであること,必ずしも高価な商品ばか
りとは限らないことなどの化粧品としての一般的・恒常的な取引の実情を
考慮しても,本件商標と引用商標2及び3とは類似しないと認めるのが相
当である。
以上の点からすれば,本件商標と引用商標1及び4とが類似しないこと
も明らかである。
⑶ 原告の主張について
ア 称呼について
原告は,本件商標のうち「ヒルド」の部分と引用商標2及び3の「ヒル
ドイド」とは,自他商品の識別標識としての機能において最も重要な要素
となる語頭部分の「ヒルド」の3音が共通しているのに対し,差異音「イ
ド」のうち「イ」の音はその前音の母音「オ」との二重母音となるため聞
き取り難く,また,「ド」の音は,称呼の識別上聴取され難い末尾に位置
するから,差異音「イド」の有無が称呼に与える影響は小さく,需要者等
に与える称呼の全体的印象は近似する旨主張する。
しかしながら,「イド」を語尾に持つ言葉はさして多いものではないこ
と(「セルロイド」「アンドロイド」「ステロイド」等が想起されるにと
どまる。),末尾の「ド」は濁音であって強い印象を与えることも考慮す
ると,差異音「イド」の存在が称呼の類否に及ぼす影響は,小さいとはい
えない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ 外観について
原告は,共通する「ヒルド」の3文字が視覚上最も目立つ語頭に位置し,
極めて独創的な文字でもあるから,これらの商標に接する需要者等に特に
強く印象付けられる部分であり,外観における全体的印象が相紛らわしい
旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,引用商標2及び3の「ヒルドイド」は5
文字であってさして長いものではないから,「イド」の2文字の有無が外
観の差異に及ぼす影響は大きいというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 取引の実情について
原告は,取引の実情として種々の事実を挙げ(上記「第3」1⑸イ),
出所混同を生ずるおそれがある旨主張する。
しかしながら,原告の挙げる諸事情は,本件商標が被告商品(ヘパリン
類似物質含有商品)に,引用商標1及び2が原告薬剤(ヘパリン類似物質
含有製剤)に,それぞれ使用されている現状を前提とした個別的な事情で
ある。商標法4条1項11号の類否判断において取引の実情として考慮す
ることが許されるのは,指定商品全般についての一般的,恒常的事情に限
られるというべきであるから(最高裁昭和47年(行ツ)第33号同49年
4月25日第一小法廷判決・審決取消訴訟判決集昭和49年443頁参
照),原告の挙げる事情は,上記⑴⑵のとおりの類否判断を左右しない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
⑷ まとめ
以上のとおり,本件商標が引用商標との関係で商標法4条1項11号に該
当するとはいえない。
3 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について
⑴ 判断基準
商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生
ずるおそれがある商標」とは,当該商標をその指定商品等に使用したときに,
当該商品等が他人の商品等に係るものであると誤信されるおそれ(狭義の混
同を生ずるおそれ)がある商標のみならず,当該商品等が上記他人との間に
いわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による
商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品等で
あると誤信されるおそれ(広義の混同を生ずるおそれ)がある商標を含むも
のと解するのが相当である。そして,「混同を生ずるおそれ」の有無は,当
該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性や独創性の
程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用
途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者,需要者の共通性そ
の他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者,需要者にお
いて普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである
(最高裁平成12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁
参照)。
⑵ 本件商標と原告使用商標との類似性の程度
上記1で検討したとおり,本件商標と原告使用商標とは,商標法4条1項
11号該当性において非類似の商標である。また,原告使用商標には本件商
標と共通する文字「ヒルド」が語頭にあってそれが5文字中の3文字を占め
ていることを考慮しても,前記のとおり,本件商標も引用商標もともに造語
と認められるから何ら共通した観念は生ぜず,かえって両者とも造語であっ
て「ヒルド」と「イド」を分離して観察する理由もないことを考慮すると,
外観及び称呼における類似性の程度は低いというべきである。
⑶ 原告使用商標の独創性の程度
原告使用商標は造語であり,日本語としての語感も特異なものといえるか
ら,独創性の程度は高いといえる。もっとも,「薬剤」及び「化粧品」の指
定商品について,語頭に「ヒルド」を冠した登録商標として「ヒルドシン」
「HIRDSYN」が存在するから(甲14),語頭に「ヒルド」を冠した
商標という意味での原告使用商標の独創性の程度は必ずしも高くない。
⑷ 原告使用商標の周知著名性の程度
ア 証拠によれば,次の事実を認定できる(以下「事実(ア)」などという。枝
番のある証拠で枝番を示さない場合はすべての枝番を含む趣旨である。)。
(ア) 原告薬剤は,昭和29年以降継続的に販売されており,その容器には,
原告使用商標が,片仮名の「ヒルドイド」又は欧文字の「Hirudoid」と
して,他の文字(「クリーム(Cream)」「軟膏(Ointment)」「ロー
ション(Lotion)」)とともに表示されている(甲11,16)。
(イ) 皮膚科又は小児科の医療関係者向けの専門雑誌及び学会要旨集等には,
原告薬剤の広告が継続的に掲載されており,これらの広告には,原告使
用商標が,上記(ア)と同様の態様で表示されている(甲15)。これらの
広告掲載費用として,原告は,平成27年10月から令和2年9月まで
の期間において●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●を支出した
(甲17,43,45,46)。
また,原告は,医療機関向けに,原告薬剤の広告宣伝資料として,原
告薬剤の使用法や乾燥肌・保湿剤一般についての小冊子,DVD及びポ
スター等を作成して配布している(甲18)。
(ウ) 原告薬剤は,平成26年から平成30年の5年間において,年間約4
20ないし520億円を売り上げており,全ての国内医療用医薬品を対
象とする年間売上ランキング(エンサイスリサーチセンター調べ/平成
29年度(2017年度))で上位20位以内に入っている(甲47)。
また,原告薬剤は,外用の処方薬のうち,厚生労働省公表のNDBオー
プンデータの薬効分類「333血液凝固阻止剤」に分類される商品市場に
おいて,平成26年から平成30年の期間で,金額ベースで約80パー
セント,重量ベースで50%以上の市場占有率を有している(甲20,
甲48)。
(エ) 皮膚科の医師が発表した論稿の中には,その表題に,原告使用商標を
含む原告薬剤の名称を示した上で,臨床における原告薬剤の施用例につ
いて報告するものがみられる(甲21)。
(オ) 平成26年ころ以降,一般に市販される美容又はファッションに関す
る雑誌や,ウェブサイト・ブログ等において,肌の保湿など美容目的の
スキンケア商品の一つとして原告薬剤を紹介する記事がみられるように
なった(甲25,49。そのうちいくつかの例を別紙2に示す。)。こ
れらの記事においては,「皮膚科で処方してもらった」,「処方薬」,
「処方箋が必要なコスメ」,「皮膚科処方のヒルドイド軟膏」等,原告
薬剤が医療用医薬品であることを示す記載がしばしばみられる。
(カ) 原告は,「ヒルドイドの適正使用に関するお知らせ」(2017年
(平成29年)10月18日)に「・・・ヒルドイドをあたかも化粧品
等と同様のものであるかのように紹介することは控えていただくよう要
請してきました。・・・マルホは,『薬機法』『医療用医薬品等適正広
告基準』等の関係法規を厳守し,一般の方への医療用医薬品の広告をし
ておりません。・・・今後とも,ヒルドイドの美容目的での使用を推奨
していると受け取られかねない記事に対して厳しい姿勢で臨むとともに,
医療関係者の皆様や患者さんへの医療用医薬品の適正使用に関する啓発
に努めるなど,責任ある企業として対応していきます。」と記載し,各
位に宛てている(甲29)。
(キ) 上記(オ)のような記事がみられるようになった後,保湿クリーム等のヘ
パリン類似物質含有商品が,原告以外の複数の事業者から,一般用医薬
品や医薬部外品として発売された(甲26)。その中には,「ヒルメナ
イド」(甲26-5,甲27-1),「ヒルセリン」(甲27-3),
「ヒルドプレミアム」(甲24。被告商品),「ヒルマイルド」(甲5
5)等,原告使用商標と同じく「ヒルド」又は「ヒル」の文字を語頭に
有する標章を使用するものがある。
また,第5類の「薬剤」や第3類の「化粧品」を指定して「ヒルド」,
「ヒル」,「Hirudo」又は「Hiru」の文字を語頭に有する商
標が,原告とは無関係の第三者によって商標登録出願されるようになっ
た(甲14,52)。
さらに,インターネット上のショッピングサイトにおいて,「ヒルド
イド」をキーワードに商品検索を行うと,原告以外の第三者の製造・販
売する一般用医薬品等が多数表示され(甲30),それらのサイトの中
には,当該商品を紹介するに当たって,原告薬剤と同様の成分又は効果
を有することをうたうものがみられる(別紙3として示す。)。
(ク) 上記(キ)のヘパリン類似物質含有商品の一つである一般用医薬品「ヒル
マイルド」は,某ドラッグストアの複数店舗において,「あのヒルドイド
が店頭で新発売!」といううたい文句のもとで販売されている(甲56)。
また,ヒルマイルドに関するインターネット上の書込みには,当該書込み
を行った者が原告薬剤又は原告使用商標を想起したことを示す記載がみら
れる(別紙4)。
(ケ) 被告商品は,平成30年ころから販売されている。
被告が運営するインターネットショップにおける被告商品の取引画面に
おいては,「医薬部外品 ヒルドイド 処方箋不要」,「ヒルドイド ヘ
パリン類似物質 ヒルドプレミアム」のように,「ヒルドイド」の文字を
使用したものがあった(甲24,甲27-5,甲31)。
また,被告商品に接した者から原告に対して寄せられたコメント・問合
せや,被告商品に関するコメントの中には,原告薬剤又は原告使用商標を
想起したことを示すものがみられる(別紙5)。
(コ) 原告が令和3年に調査会社に依頼して行った本件アンケートの結果報
告書(甲54)には,以下の旨の記載がある。
a)主に皮膚の乾燥に起因すると考えられるトラブル(乾燥,シミ・シ
ワ,湿疹・かぶれ)を抱えて何らかの皮膚薬(処方薬に限らず,いわ
ゆる市販薬を含む。)を使用している又は過去1年に使用していた一
般消費者のうち,約5割の人が保湿剤としての「ヒルドイド」を認知
していることがわかった。
b)一般に皮膚の状態について関心が高いとみられる女性の間において
は,ヒルドイドの認知度は約60パーセントであった。
イ 検討
上記事実(ア)ないし(エ)によれば,本件商標の登録出願当時,原告使用商標
は,処方薬としての原告薬剤を表示する商標として,処方薬の需要者であ
る皮膚科の医師等の医療関係者の間において,広く知られていたものと認
められる。これに対し,化粧品としての用途が,雑誌記事に取り上げられ
るなどして一般に知られるようになったのは,証拠上は平成26年以降で
ある上(事実(オ)),その紹介記事の内容(別紙2)をみても,「知る人ぞ
知る」という取り上げ方をされており,その時点において既に周知著名で
あったとはいえない。そして,これらの記事においては原告薬剤は処方薬
であることへの注意喚起がなされていること(事実(オ)),原告が医師等に
対して美容目的での処方をしないように啓発していること(事実(カ))も踏
まえると,本件商標の登録出願(平成30年1月29日)の時点において,
化粧品の需要者である一般消費者の間で,原告使用商標が周知著名であっ
たとまではいえない。
また,事実(キ)ないし(ケ)のとおり,これらの記事が出た後に,複数の事業
者からヘパリン類似物質含有商品が相次いで販売された事実,その広報宣
伝において原告薬剤を引き合いに出すものや,名称に「ヒル」又は「ヒル
ド」を含むものが多くみられる事実は,化粧品の分野におけるヘパリン類
似物質含有商品という市場自体が,原告薬剤の美容目的への流用という事
態によって成立したという経緯を反映するものではあるが(例えば甲26
の1(2018(平成30)年12月6日付け「日経doors」記事)の
「『ヒルドイド』で知られる医療用保湿剤の成分,ヘパリン類似物質を配
合した市販薬とコスメが,18年秋に相次いで登場した。背景には,化粧
品代わりに求める女性が増え,健康保険財政を圧迫するまでになったとい
う事情がある。」との記載),そのような経緯があるからといって,医療
用医薬品である原告薬剤の名称としての原告使用商標が,化粧品の分野に
おいて周知著名性を獲得していたことになるものではない。
なお,本件アンケートにおいてヒルドイドの「認知度」が5割ないし6
割にのぼっていた(事実(コ))としても,これらの「認知度」は,皮膚の乾
燥に起因すると考えられるトラブルを抱えて何らかの皮膚薬を最近になっ
て使用していた者の間でのものであるから(事実(コ)のa),原告薬剤が処
方薬の分野で5割以上の高い市場占有率を得ていること(事実(ウ))に照ら
して,本件アンケートにおける「認知度」が高くなることはある程度必然
的であり,化粧品の分野における一般消費者の間での周知著名性を明らか
にするものではない。
ウ 原告の主張について
原告は,上記アの各事実に基づき,原告使用商標が化粧品の分野におい
ても本件商標の登録出願当時に周知著名性を獲得していた旨主張するが,
これらの事実を前提としても周知著名性を認定するに足りないことは,上
記イで説示したとおりであるから,原告の主張は採用することができない。
また,原告は,ヘパリン類似物質を含有する一般用医薬品「ヒルマイル
ド」につき,原告薬剤を想起している需要者が多数いること(別紙4)や,
「あのヒルドイドが店頭で新発売!」といううたい文句で販売されている
ことからも,原告使用商標が広く知られている実態を見て取れる旨主張す
るが,そもそも「ヒルマイルド」は被告の販売する商品ではないばかりか,
「ヒルマイルド」は「ヒル」の文字の後に「イ」の文字を含み,「ド」の
文字で終始する点において,原告使用商標との類似性は本件商標よりも更
に高いから需要者に原告薬剤を想起させたとも考えられるところであるし,
「あのヒルドイドが店頭で新発売」という文言は,医療用医薬品であって
店頭では販売されない原告薬剤の代わりとなる商品が発売されたという趣
旨に理解されるから,原告の主張は,上記イの判断を左右しない。
⑸ 本件指定商品(化粧品)と原告薬剤との性質,用途又は目的における関連
性の程度
ア 医薬品,医薬部外品及び化粧品の関係を整理すると前記1のとおりであ
る。これによれば,効能が強く,また法的規制も厳重な順に,医療用医薬
品,一般用医薬品,薬用化粧品(医薬部外品),その他の化粧品,となる。
そうすると,医療用医薬品と化粧品(薬用化粧品も含む。)との間には,
一般用医薬品という別のカテゴリーの商品が存在しているから,医療用医
薬品と化粧品との間における性質,用途又は目的における関連性は,必ず
しも強いとはいえない。この点,医療用医薬品と一般用医薬品との間にお
いては,スイッチOTC薬のようにその間を移行する商品もあるから,関
連性が相当程度に強いといえるのとは事情を異にする。
イ 原告の主張について
(ア) 原告は,化粧品のうちヘパリン類似物質を含有する薬用化粧品(医薬
部外品)と原告薬剤とは,ヘパリン類似物質を有効成分とし,皮膚の保
湿のために用いられる点において共通するから,本件指定商品と原告薬
剤との間で性質,用途又は目的における関連性の程度は高い旨主張する。
しかしながら,原告薬剤は,これを紹介する雑誌・インターネット記
事においても(事実(オ)),また,原告の企業姿勢においても(事実(カ)),
処方箋を必要とする医療用医薬品である旨が強調されているから,一般
用医薬品を含む医薬品全般については化粧品との間に性質,用途又は目
的における関連性がみられるとしても,原告薬剤についてはこの限りで
ない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,薬用化粧品と一般用医薬品とはいずれもドラッグストアなど
で販売されており,両者の境界は需要者にとって一見して明瞭ではない
こと,また,医療用医薬品メーカーが自ら又はその関連会社等を通じて
一般用医薬品や薬用化粧品を販売する例が数多く見られることから,本
件指定商品と原告薬剤との間で性質,用途又は目的における関連性の程
度は高い旨主張する。
しかしながら,原告薬剤は一般用医薬品ではなく医療用医薬品である
上,他の医療用医薬品メーカーにおいては原告主張のような例がみられ
るとしても,原告は医療用医薬品に特化する企業姿勢を明確にしている
から(事実(カ)),原告の上記主張は,本件指定商品と原告薬剤との間で
性質,用途又は目的における関連性は高いとはいえない旨の判断を左右
しない。
⑹ 商品の取引者・需要者の共通性その他取引の実情及び本件指定商品の取引
者・需要者において普通に払われる注意力について
ア 本件指定商品(化粧品)の需要者は一般消費者であるのに対して,原告
薬剤(医療用医薬品)の本来の需要者は医師及び薬剤師であるから,需要
者の共通性は低い。この点,事実(オ)のとおり,美容目的で原告薬剤を購入
しようとする一般消費者も一定程度は存在するものの,それは,原告自身
が予定しない原告薬剤の購入目的であるから,重視すべき事情とはいえな
い。
イ 原告の主張について
原告は,被告商品のようなヘパリン類似物質含有商品(一般用医薬品又
は薬用化粧品)の多くは,一般消費者向けに数百円から千数百円程度とい
うような比較的安価な価格で取引されており,需要者が商品の表示をじっ
くり検討し,高度の注意を払って購入する類の商品ではないから,出所の
混同が生じやすい旨主張する。
しかしながら,本件指定商品の需要者層は一般消費者ではあるが,実際
にこれらを購入するのは肌の状態の改善を望む者であるから,出所を含む
商品の詳細についてはかなりの注意をもって購入すると考えられる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
⑺ その他の事情に関する原告の主張について
ア 原告は,事実(ケ)を挙げて,被告商品について,原告薬剤との間で現に出
所の混同が生じている旨主張する。
しかしながら,別紙5の個々の情報提供及び書込みなどをみると,被告
商品から原告使用商標又は原告薬剤を想起したとはいえても,その多くは,
原告薬剤は医療機関を受診して医師の処方を受けなければ入手できないこ
とを理解した上で,店頭又はインターネットで容易に入手できる被告商品
との名称の類似性について述べるという内容であるから,原告薬剤と被告
商品との出所の混同が生じていることを示しているとはいえない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,被告が「ヒルド」という奇異な文字列をあえて採用し,原告薬
剤と類似する形状・配色の容器を用いて被告商品を発売したことは,本件
商標の登録及び使用の動機が,周知著名な原告使用商標の顧客吸引力への
フリーライドにあることを示している旨主張する。
しかしながら,たしかに,商標法4条1項15号は,周知表示又は著名
表示へのフリーライド等を防止し,商標の自他識別機能を保護することに
よって,商標を使用する者の業務上の信用の維持を図り,需要者の利益を
保護することを目的とするものの,あくまで,同号に該当する商標の登録
を許さないことにより上記の目的を達するものであって,フリーライドと
評価されるような商標の登録を一般的に禁止する根拠となるものではない。
したがって,本件商標の登録及び使用の動機が,原告使用商標の顧客吸
引力へのフリーライドにあることは,上記⑴ないし⑹のとおりの理由によ
り本件商標が同号に該当するとはいえない旨の判断を左右しない。
4 結論
以上のとおり,本件商標の登録は,商標法4条1項11号及び15号に違
反してされたものではないから同法46条1項の規定によりその登録を無効
とすることはできないという審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由
はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
東 海 林 保
裁判官
上 田 卓 哉
裁判官
都 野 道 紀
別紙1 化粧品の商品名における「プレミアム」の用例
① ドクタープログラム株式会社のウェブサイト(甲7の1)には,会社沿革に,「200
9.9/『ジェルクリーム プレミアム』誕生/美しい肌のために,最も大切なセラミド
を高濃度に配合して浸透させる事にこだわりました。水を一滴も加えない美容成分95%
以上配合を実現しました。」の記載がある。
② クラシエホームプロダクツ株式会社のニュースリリース(2009年7月28日:甲7
の2)には,「プレミアムライン登場/『集中ラップ高保湿マスク』,『フェイスリフト
設計マスク』新発売」の見出しの下,「『集中ラップ高保湿マスク』は,『フランス産海
藻エキス』や『スクワラン』など4つの保潤成分を配合した<高保湿ジェル美容液>が,
乾燥の気になる肌にうるおいを集中補給。」,「『フェイスリフト設計マスク』は,『ブ
ドウ葉エキス』『ローヤルゼリー』など4つの保潤成分と,『カフェイン』『茶エキス』
の2つのひきしめ成分を配合。」の記載がある。
③ 常盤薬品工業株式会社のウェブサイト(甲7の3)には,「メイクアップブランド『エ
クセル』から,美肌効果にこだわった,美容液仕立てのプレミアムな『スキンケアパウダ
ー』限定発売」の見出しの下,「ワンランク上の贅沢な肌ざわり。」,「2015年11
月17日・・・美肌効果にこだわったスキンケアパウダー『エクストラリッチパウダー
01』(ピーチベージュ)を限定発売いたします。・・・ベースとなるパウダーをアミノ
酸でコーティングしたことで,お肌にしっとりと密着。」の記載がある。
④ コーセープロビジョン株式会社のニュースリリース(2017.6.23:甲7の4)
には,「~プレミアムなハリとうるおいが目覚める~/通販ブランド『米肌』から,『活
潤リフト化粧水』を発売」の見出しの下,「・・・通販ブランド『米肌(まいはだ)』か
ら,『米と発酵』の美容成分を贅沢に配合したエイジングケアの化粧水・・・」の記載が
ある。
⑤ 株式会社エフティ資生堂のニュースリリース(2018/1/31:甲7の5)には,
「デオドラントスプレー売上NO.1 『エージーデオ24』 初の『プレミアム デオ
ドラントスプレー』発売」の見出しの下,「2018年1月,近年の『ニオイリスク』
『ニオイ意識の高まり』に応え,ブランド初となる『プレミアムタイプ』のスプレーを発
売します。IPMP(イソプロピルメチルフェノール)・クロルヒドロキシアルミニウ
ム・酸化亜鉛,3つの有効成分を配合。」の記載があり,株式会社資生堂・資生堂ジャパ
ン株式会社のニュースリリース(2016/8/26:甲7の7)には,「プレミアムな
エイジングケア*シリーズ『エリクシール エンリッチド』誕生」の見出しの下,「資生
堂は,高機能エイジングケアブランド『エリクシール』より,ブランド最高峰のエイジン
グケアシリーズ『エリクシール エンリッチド』【全10品目10品種 ノープリントプ
ライス】を2016年10月21日(金)に発売します。」の記載がある。
⑥ 三省製薬株式会社デルメッドのウェブサイト(甲7の6)には,ヒストリーの項に「2
015年秋,切実な大人の肌悩みに応えるべく,基本のお手入れでハリもシミも一緒にケ
アできる『プレミアムシリーズ』を発売することができました。」の記載があり,同「デ
ルメッドオンラインストア」には,「化粧水/プレミアムローション」が「成分の浸透を
高めて,すこやかに整える」,「3大成分でハリとシミを一挙にケア」の記載がある。
⑦ コーセーコスメポート株式会社のニュースリリース(2017.8.17:甲7の8)
には,「~濃厚なうるおい,めざめる柔らか肌~/『黒糖精』からプレミアムなオールイ
ンワンジェルクリームを発売」の見出しの下,「『黒糖精 プレミアム パーフェクトジ
ェルクリーム』は,天然由来成分を85%使用した,1品で7役(化粧水,乳液,美容液,
クリーム,美容オイル,パック,マッサージ)を実現するオールインワンジェルです。高
濃度の黒糖発酵エキスと,ハトムギ油をはじめとする厳選ボタニカルオイルを贅沢に配合
しました。」の記載がある。
以 上
別紙2 原告薬剤を美容目的で紹介する記事の例
(ア)「お友達から,ヒルドイドは,究極のアンチエイジングクリームだと聞きどーしても試し
てみたくて,入手しました」(甲49の1,平成26年12月)
(イ)「数万円する高級クリームより良いって噂です」(甲49の2,平成26年11月)
(ウ)「バッグの中身企画でもたびたび登場するぐらい,モデルや読モの所持率が高いコスメ。
『高級コスメよりも潤う』と言われるほどの,パワフルな保湿力!」(甲25の3,平成
27年9月)
(エ)「美 ST7月号でスタッフや読者たちが肌悩みの救世主として『ヒルドイド』を紹介,人
気に火が付きました」(甲25の6,平成28年10月)
(オ)「最近,モデルや美容ブロガーさんの間で『高級美容液より効果がある』『アンチエイジ
ングの極み』と話題の『ヒルドイド』」(甲25の8,平成27年10月)
(カ)「保湿剤として人気の処方薬『ヒルドイド』。巷では『究極のアンチエイジングクリー
ム』とも呼ばれているようですね」(甲25の9,平成28年2月)
(キ)「ヒルドイドは究極のアンチエイジングクリームとも呼ばれラグジュアリーなブランドコ
スメより効果があるとかなり前から美容マニアの間では有名な薬です」(甲25の11,
平成28年4月)
(ク)「高い保湿力で話題『ヒルドイド』医薬品とコスメが急増」(甲26の1,平成30年1
2月)
以 上
別紙3 第三者の製造販売する一般用医薬品・医薬部外品の紹介において原告薬剤の名称を挙
げている記事の例
「処方薬のヒルドイドソフト軟膏と同じヘパリン類似物質を配合した乳液タイプの薬です」
(甲53の1)
「ヒフメイド油性クリーム 50g ヒルドイドと同じ有効成分&使用感(第2類医薬品)」
(甲53の2)
「化粧品メーカーから誕生した保湿剤ヒルドイドの保湿効果+美容効果のある医薬部外品シ
リーズ」(甲53の3)
「有効成分ヘパリン類似物質配合ヒルドイドの市販成分ピアソン HP クリーム 50g ヒルドイ
ドと同成分ヘパリン類似物質配合(第2類医薬品)」(甲53の4)
以 上
別紙4 「ヒルマイルド」に関するインターネット上のコメントの例(甲37の1)
「ただわたし病院でヒルドイドばちこり貰ってるからヒルマイルド(多分薬局で買えるヒルド
イドでしょ??)要らないんだよなぁ…」
「ヒルドイドについ最近お世話になって改善されたんだけど…ヒルマイルドってその薬局
版??」
「ヒルマイルドはヒルドイドとは違うのか?」
「ヒルマイルドかと思ったら持ってたのヒルドイドだった」
以 上
別紙5 被告商品に関する問合せ・コメントの例(a~dは原告に寄せられた情報,e~vは
インターネット上の書込み等)
a (原告薬剤を取り扱う医師からのコメント)ネットでヒルドプレミアムというのを見た。
ネットで見るとヒルドイドのすごいいいやつという感じだよ(甲32)
b (一般消費者から原告への問い合わせ)ヒルドイドソフト軟膏という製品があると思い
ます。「ヒルドイドプレミアム」という黄色のチューブの製品もあると思います(甲3
3)
c (原告薬剤の取引先からの問合せ)医薬部外品のヒルドプレミアムという製品は御社
(原告)製品ですか(甲35(別紙2))
d (原告薬剤を取り扱う医師からのコメント)ヒルドプレミアムというものが出てきてあ
まりにもそっくりなためマルホがOTC出したのかと思って患者さんと驚いていた(甲
35(別紙2))
e ヒルドイドにプレミアムってあるんですね!普通のとどう違いますかー?(甲36の
1)
f ヒルドイドの市販品としてはお得な方だと思います。冬場のハンドクリーム用に(甲3
6の2)
g ネットで調べるとヒルドイドが効くとの事で病院へ行く時間もないのでこちらの商品を
注文(甲36の3)
h ヒルドイド!乾燥にはこれです。病院へ行く時間がないので購入出来てありがたいです
(甲36の3)
i ヒルドイドかと思ったら…ちがってました(甲36の4)
j やっぱりヒルドイドですね。皮膚科でずっと出されていて,探してました。とってもい
いです♪店頭にはまだないのかな?やっと楽天で出会えた(甲36の5)
k ヒルドイドは抗炎症作用があるのでこちらを購入してみました(甲36の5)
l ネットで見つけたヒルドプレミアム。これって,処方箋無しで買えるヒルドイド的な存
在なの?何なの?(甲36の6)
m ヒルドイドの市販品っていっぱいありますよね~。(中略)#ヒルドプレミアム#(甲3
6の7)
n ヒルドイド的なのが医薬部外品で売ってるのか。でも,割合が分からない(甲36の
8)
o ヒルドプレミアム良いかもしれない!!!アトピーなのにヒルドイド系初めて使った
(甲36の9)
p これってヒルドイドと激似だけど同じとこが作ってるのかな?(甲36の10)
q 「ヒルドプレミアム」なんてヒルドイドに名前もパッケージも似せて,おまけにプレミ
アムなんて効果が高そうな印象を与えて,本当に商売がお上手。(褒めてない)(甲3
6の11)
r アマゾンでヒルドプレミアムと言う謎クリーム(医薬部外品)を見つけた訳なんですが,
これヒルドイド作ってるマルホから怒られ発生しそうなパッケージでち(甲36の1
2)
s あげくヒルドプレミアムとかいう,明らかにヒルドイドのネームバリューにタダ乗りし
たクソみたいなパクリ商品も出てきてるし(甲36の13)
t 放射線治療後,この真ん中のヒルドイドローションを一番よく使っています♥(中略)
放射線治療の後は,汗がかきにくかったり保水力が弱まったりするとドクターから聞き
ました。(中略)私の場合の事なので。詳しくは主治医にご相談下さいね♥プレミアム
もあるのか~(甲36の14)
u ヘパリン類似物質配合のヒルドイドプレミアムのご案内です。(甲36の15)
v ヘパリン類似物質は市販薬として販売されています。例えば,(中略)ヒルドイドプレ
ミアム(甲36の16)
以 上
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