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令和2(行ケ)10135審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和4年3月7日
事件種別 民事
対象物 イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤
法令 特許権
特許法134条の28回
特許法36条6項1号2回
特許法2条3項1号1回
キーワード 審決94回
侵害59回
実施38回
無効15回
無効審判2回
特許権1回
優先権1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
事件の概要 本件は,特許無効審決の取消訴訟である。争点は,訂正,実施可能要件及びサポ ート要件についての各判断の誤りの有無である。

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判決文

令和4年3月7日判決言渡
令和2年(行ケ)第10135号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和3年12月9日
判 決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2017-800003号事件について令和2年7月14日にした
審決中,特許第3693258号の請求項1及び2に係る部分を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。争点は,訂正,実施可能要件及びサポ
ート要件についての各判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とす
る発明についての特許(特許第3693258号。以下「本件特許」という。)の
特許権者である。
本件特許は,平成9年(1997年)7月16日を国際出願日(以下「本件出願
日」という。パリ条約による優先権主張 平成8年(1996年)7月24日,米
国)とし,特願平10-507062号として出願され,平成17年7月1日に設
定登録がされた(甲1。以下,設定登録時の明細書を「本件明細書」という。)。
被告沢井製薬株式会社は,平成29年1月16日,本件特許(請求項の数は4)
について無効審判請求をし,特許庁は,無効2017-800003号事件として
審理した。その余の被告らは,順次,請求人として審判に参加した。
原告は,令和元年7月1日付けで,請求項1~4について訂正請求をし(甲11
3),同年8月7日付けで,手続補正書(方式)(甲114)によって同訂正請求
を補正した(以下,この補正後の訂正請求による訂正を「本件訂正」という。なお,
本件訂正において,明細書及び図面の訂正はない。)。
特許庁は,令和2年7月14日,「特許第3693258号の特許請求の範囲を,
訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項3,4につ
いて訂正することを認める。特許第3693258号の請求項1ないし2に係る発
明についての特許を無効とする。特許第3693258号の請求項3ないし4に係
る発明についての本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」
という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された(出訴のための附加
期間は90日)。
原告は,令和2年11月19日,本件審決中,請求項1及び2に係る部分の取消
しを求めて,本件訴えを提起した。
2 本件訂正前の発明の要旨(甲1)
本件訂正前の特許請求の範囲のうち請求項1及び2に係る記載は,次のとおりで
ある(以下,各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本件発明1」など
といい,本件発明1及び2を併せて「本件各発明」という。)。
【請求項1】
式I
(式中,R1 は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R 2 は水
素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物
またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを
含有する痛みの処置における鎮痛剤。
【請求項2】
化合物が,式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2
-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1
記載の鎮痛剤。
3 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである。
(1) 本件訂正について(請求項1及び2に係るもの)
ア 本件訂正の内容
(ア) 訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項1において,「痛み」とあるのを,「,痛覚過
敏又は接触異痛の痛み」と訂正する。
(イ) 訂正事項2
訂正前の特許請求の範囲の請求項2に「化合物が,式ⅠにおいてR 3 およびR 2
はいずれも水素であり,R 1 は-(CH 2 ) 0 - 2 -iC 4 H 9 である化合物の(R),
(S),または(R,S)異性体である」とあるのを,「式Ⅰ
(式中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)
の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体を含有する,」(訂正事項2
-1)に,
また,
訂正前の特許請求の範囲の請求項2に「請求項1記載の」とあるのを,「神経障
害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」(訂正事
項2-2)に
訂正する。
イ 本件訂正の適否
(ア) 訂正事項2について
a 訂正事項2に係る本件訂正は,請求項2において,
式Iの構造式を追加し(訂正事項2-1),
「請求項1記載の鎮痛剤」,すなわち「痛みの処置における鎮痛剤」を,「神経障
害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」
(訂正事項2-2)に訂正するとともに,
請求項1との引用関係を解消し,独立形式に改めることを求めるものである。
b 本件明細書には,本件明細書記載の発明が,式Iの化合物の線維筋痛症や神
経障害等の痛みの処置における鎮痛剤としての使用方法に係る発明であるとの記載
がある。そして,本件明細書によれば,請求項2記載の化合物(以下「本件化合物
2」という。)は,上記式Iの好ましい化合物とされている。そうすると,本件明
細書の発明の詳細な説明には,本件化合物2を線維筋痛症や神経障害等の痛みの処
置における鎮痛剤として使用する方法について一般的な記載がなされているといえ
る。しかし,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛
の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについて明示の記載はない。
本件明細書には,末梢神経障害の2つの動物モデルについての説明があるものの,
本件化合物2や,本件化合物2を含む式Iの化合物について,上記モデル試験を行
った等,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置にお
いて鎮痛作用を有し,鎮痛剤としての効果を奏したことを具体的に確認した試験結
果はおろか,上記試験において有効であるとの一般的な記載もない。
また,本件明細書の記載によれば,本件明細書には,本件化合物2に該当するC
I-1008及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸を用いたラットホル
マリン足蹠試験結果,並びに,CI-1008を用いたラットカラゲニン誘発機械
的痛覚過敏及び熱痛覚過敏に対する試験結果が記載され,本件明細書の記載によれ
ば,本件化合物2に該当するS-(+)-3-イソブチルギャバを用いたラット術
後疼痛モデルにおける熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験結果が記載されている。
なお,本件明細書の記載によれば,上記CI-1008は,(S)-3-(アミノ
メチル)-5-メチルヘキサン酸なる名称の化合物であり,その名称から把握され
る化学構造からみて,上記S-(+)-3-イソブチルギャバと同じものであると
認められる。
しかし,上記試験結果は,いずれも神経障害又は線維筋痛症による痛みの処置に
本件化合物2を使用した試験に関するものではないから,上記試験結果から直ちに,
本件化合物2が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの
処置に有効であることが本件明細書に記載されているとはいえない。
そこで,上記した具体的な試験及び試験結果,並びに本件出願時の技術常識につ
いてさらに進んで検討し,本件化合物2が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚
過敏又は接触異痛の痛みの処置に有効であることが本件明細書の記載及び技術常識
から記載されているに等しいといえるか否かについて検討する。
c(a) 本件出願時の技術常識を参酌しても,本件明細書に,3-アミノメチル
-5-メチル-ヘキサン酸及びCI-1008が,ホルマリン足蹠試験の後期相の
中等度のブロックを生じたことが記載されていることをもって,本件化合物2に該
当する上記化合物が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛
みの処置に鎮痛剤として有効であることが記載されているに等しいと当業者が理解
するということはできない。
(b) 本件出願時の技術常識を参酌しても,本件明細書に,CI-1008がカ
ラゲニン誘発機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏に拮抗したことが記載されていること
をもって,本件化合物2に該当する上記化合物が神経障害又は線維筋痛症による,
痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として有効であることが記載されてい
るに等しいと当業者が理解するということはできない。
(c) 本件出願時の技術常識を参酌しても,本件明細書に,CI-1008がラ
ット術後疼痛モデルにおける熱痛覚過敏及び接触異痛の発生及び維持を遮断したこ
とが記載されていることをもって,本件化合物2に該当する上記化合物が,神経障
害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として有効
であることが記載されているに等しいと当業者が理解するということはできない。
(d) 以上によれば,訂正事項2は,
式I
(式I中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9であ
る)の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体を含有する痛みの処置に
おける鎮痛剤について,その痛みを,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又
は接触異痛の痛み,と特定することによって,本件明細書又は図面の明示的に記載
された事項であるとも,本件明細書又は図面の記載から自明な事項であるとも認め
ることができない痛みに個別化するものであり,該訂正事項に係る本件訂正は,本
件明細書の全ての記載を総合しても導き出すことができない技術的事項を含むもの
であるから,訂正事項2に係る本件訂正は,本件明細書又は図面に記載した事項と
の関係において,新たな技術的事項を導入するものであると認める。
d したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正は,本件明細書又は図面に記載
した事項の範囲内においてするものであるとはいえない。
よって,訂正事項2に係る本件訂正は,特許法134条の2第9項で準用する同
法126条5項の規定に適合しないから,請求項2に係る本件訂正は認められない。
(イ) 訂正事項1について
訂正前の請求項1及び2は,請求項2が,請求項1の記載を引用する関係にある
から,本件訂正は,一群の請求項1及び2について請求されている。
また,原告は,訂正後の請求項2(訂正事項2)に係る本件訂正について,当該
請求項についての訂正が認められるときは,他の請求項とは別の訂正単位として扱
われることを求めている。
しかし,前記(ア)で説示のとおり,訂正後の請求項2(訂正事項2)に係る本件
訂正は認められないから,訂正後の請求項2についての別の訂正単位とする求めも
認められず,対応する訂正前の請求項2と共に一群の請求項を構成する訂正前の請
求項1について求める本件訂正(訂正事項1)は一体的に認められない。
(ウ) 総括
以上のとおり,請求項1~2に係る本件訂正は認められない。
(2) 実施可能要件違反(無効理由1)について(請求項1及び2に係るもの)
ア 発明の詳細な説明の記載が,物の発明について,実施可能要件を満たすため
には,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその物の使用
をすることができる程度のものである必要がある。
ここで,上記物の発明が,ある物質の未知の属性に基づき当該物質の新たな医薬
用途を提供しようとする物の発明(いわゆる医薬用途発明)である場合について,
発明の詳細な説明の記載が,医薬用途発明を使用することができる程度のものであ
るといえるためには,薬理試験結果によらずとも,その未知の医薬用途を予測する
ことができる物質を用いているなどの特段の事情でもない限り,発明の詳細な説明
に,当該物質が実際にその医薬用途の対象疾患に対して治療効果を有することを当
業者が認識することができるに足る薬理試験結果を記載する必要がある。
そして,請求項1記載の化合物(以下「本件化合物1」といい,本件化合物2と
併せて「本件化合物」という。)及び本件化合物2に,薬理試験結果によらずとも,
その未知の医薬用途を予測することができる物質であるといった,特段の事情は見
いだせないから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が,本件各発明を使用する
ことができる程度のものであるといえるためには,本件明細書の発明の詳細な説明
に,本件発明1にあっては,本件化合物1が,少なくとも上記明細書の発明の詳細
な説明に記載の各痛みの処置における鎮痛効果を,本件発明2にあっては,本件化
合物2が少なくとも上記明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みの処置
における鎮痛効果を有することを,当業者が認識することができるに足る薬理試験
結果を記載する必要がある。
イ そこで,当業者が本件出願時の技術常識を踏まえて上記薬理試験結果を見る
と,本件化合物に特許請求の範囲や本件明細書に記載されている各痛みに対する治
療効果があると認識することができるか否か検討する。
(ア) 請求項1には,痛みとの記載があるにとどまり,該痛みに関して具体的な
記載はなされていない。一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,式Iの化合物
をその処置に用いる痛みに関連して,「炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関
節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カ
ウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維
筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発
性疼痛症候群」が包含される,と記載されているから,請求項1の痛みは,具体例
として,少なくとも,上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されてい
る各痛みを包含するものであるといえる。そこで,以下においては,請求項1に包
含される上記本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みに対する治療
効果について検討する。
まず,上記本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みについては,
その原因や病態生理はさまざまで,治療法も異なることが,例えば,甲3~5,7
~9,14,18及び19に記載されている。そして,甲3は,著名な医学辞典で
あるから,当業者の技術常識を認定する基礎として適切なものである(なお,甲3
の奥付のページの記載によれば,甲3の書籍は,その第2版第2刷として1997
年7月20日に発行されたものであるが,その第2版第1刷は,本件出願前の19
96年3月31日に発行されたものであり,通常,同じ版であれば内容は変わらな
いから,甲3は,本件出願時の当業者の技術常識を認定する基礎として適切なもの
である。)。また,甲4,5,7~9,14,18及び19は,本件出願前に頒布
された書籍であって,その書籍名からみて,医学の教科書又は臨床医療者の知見と
いえる書籍であると推認され,それら書籍の記載事項は,当業者の誰もが習得又は
知得しているべきものであるから,当業者の技術常識を認定する基礎として適切な
ものである。
そうすると,痛みには,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛み
を含む種々の種類のものがあり,その原因や病態生理もさまざまであることは,本
件出願時の技術常識であったものと認められる。また,痛みの種類や原因によって
治療法が異なり,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけでは
ないことも,本件出願時の技術常識であったものと認められる。
(イ) そして,上記各甲号証等の記載を見ても,ラットホルマリン足蹠試験,ラ
ットカラゲニン誘発痛覚過敏に対する試験,または,ラット足蹠筋肉切開により生
じた熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験という3種の薬理試験において上記のよ
うな結果が得られれば,上記「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の本件明細書に
記載されている各痛みの治療に有効であるという,本件出願時の技術常識は見いだ
せない。
(ウ) 本件化合物2は,本件化合物1である式Iの化合物に包含されるものであ
り,本件化合物2を用いる痛みの処置についても,前記(ア)と同様に判断される。
(エ) したがって,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載の上記3種
の薬理試験結果の記載に接しても,本件各発明に係る鎮痛剤が,「炎症性疼痛」及
び「術後疼痛」以外の本件明細書に記載されている各痛みの処置における鎮痛効果
を有することを認識することができない。
ウ 小括
以上のとおり,本件各発明について,本件明細書の発明の詳細な説明は,当該発
明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないか
ら,本件各発明に係る特許は無効理由1によって無効とすべきものである。
(3) サポート要件違反(無効理由2)について(請求項1及び2に係るもの)
特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件(本件においては,平成14年法
律第24号による改正前の特許法36条6項1号)に適合するか否かは,特許請求
の範囲と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当
該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載
や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
本件明細書の発明の詳細な説明の記載からみて,本件各発明が解決しようとする
課題は,特許請求の範囲に記載の各痛み及び本件明細書記載の各痛みを含む痛みの
処置をすることができる鎮痛剤を提供することであると認められる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件化合物が,請求項3,4に記載
の各痛みや上記「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」の処置における鎮痛効果を有する
ことは記載されていると認められる。一方,上記以外の,本件明細書記載の各痛み
の処置における鎮痛効果を有することは本件明細書に記載されておらず,また,本
件出願時の技術常識を参酌しても,本件化合物が,上記以外の,本件明細書記載の
各痛みの処置における鎮痛効果を有することを当業者が認識し得ないのであるから,
本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件各発明により上記課題を解
決できると認識できるとはいえない。
以上のとおり,本件各発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明
であるとは認められないから,本件各発明に係る特許は無効理由2によって無効と
すべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について
(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について
本件審決は,ホルマリン試験等の結果から,本件化合物2につき,神経障害又は
線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効である
こと」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえないとして,訂正事
項2-2に係る本件訂正は願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内
においてされるものではないと判断した。
しかしながら,本件化合物2につき神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触
異痛に「効果を奏すること」を当業者が理解できるか否かは,実施可能要件又はサ
ポート要件に係る判断において検討すべき事柄であり,これを訂正の要件に含める
のは誤りである(訂正の判断において検討されるべきは,訂正事項が当業者によっ
て明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるか
否かである。)から,本件審決の上記判断は,特許法134条の2第9項において
準用する同法126条5項の適用を誤るものである。
(2) 本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正
であることについて
ア 訂正事項1に係る本件訂正について
(ア) 本件明細書(5頁47行~6頁8行)には,ホルマリン試験によって引き
起こされた後期相に本件化合物1を用いることにより効果が確認された旨の記載が
ある。
本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢の神経細胞の感作を反映した
ものであることが知られており,そのため,ホルマリン試験は,神経細胞の感作と
いう神経の機能異常によって生じる痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効
果を確認する試験として広く知られていた。
そうすると,痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物1を用いることは,
本件明細書の上記記載から自明である。
(イ) 本件明細書(6頁11行~32行)には,カラゲニンを用いて痛覚過敏の
痛みを引き起こし,当該痛みの処置に本件化合物1を用いることにより効果が確認
された旨の記載がある。また,本件明細書(6頁49行~8頁最終行)には,創傷
の治癒後であるにもかかわらず3日以上続く慢性の痛覚過敏及び接触異痛の痛みを
引き起こし,当該痛みの処置に本件化合物1を用いて効果が確認された旨の記載が
ある。このように,本件明細書には,本件化合物1を痛覚過敏及び接触異痛の痛み
の処置に用いることが明示されている。
(ウ) なお,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛は,その原因にかかわらず,
共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常によ
り生じることが技術常識であった。したがって,本件明細書には,炎症や手術とい
った疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物1
を用いることが開示されているといえる。
(エ) 以上のとおりであるから,訂正事項1に係る本件訂正は,願書に添付した
明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
イ 訂正事項2-2に係る本件訂正について
(ア) 前記アにおいて主張したとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂
正のうち「痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」との記載により鎮痛剤の
処置対象となる痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載し
た事項の範囲内の訂正である。
(イ) 本件明細書(2頁14行~19行,3頁44行~4頁3行)には,本件化
合物2を「神経障害」及び「線維筋痛症」による痛みの処置に用いる旨の記載があ
る。本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの
処置に用いられることは,この記載から自明である。
なお,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は接触異痛の痛み
が生じることは,本件出願日当時の技術常識であり,神経障害性疼痛は,痛覚過敏
や接触異痛の直接の原因となる神経の機能異常による疼痛であると定義されており,
線維筋痛症による痛みは,痛覚過敏を伴う疼痛であると定義されていたから,本件
出願日当時の当業者は,本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や
接触異痛の痛みの処置において有効な薬剤であることを理解するといえ,したがっ
て,本件明細書には,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の
痛みの処置に本件化合物2を用いることが開示されているといえる。
この点に関し,本件審決は,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚
過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについての明示
の記載はないと認定した。
しかしながら,本件明細書には,ホルマリン試験において中枢性感作及びこれに
よる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物2の効果が確
かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏に対する本件化合物2の効果
が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みに
対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載があるから,本件明細書に
は,本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いることも,神経障害性
疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されているといえる。したがって,本
件審決の上記認定は誤りである。なお,本件審決は,上記認定とは別に,本件明細
書には本件発明2に係る化合物(本件化合物2)を線維筋痛症や神経障害等の痛み
の処置における鎮痛剤として使用する方法につき一般的な記載がされている旨認定
しているところである。
以上のとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正のうち「神経障害又は
線維筋痛症による」との記載により鎮痛剤の処置対象となる痛みの特定を行う部分
は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
ウ 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について
(ア) 本件審決は,本件明細書においては本件化合物2が神経障害性疼痛や線維
筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏することが具体的に確
認されていないと認定した。
しかしながら,次のとおり,本件出願日当時の当業者は,本件明細書に記載され
たホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験から,本件化合物2が神経障
害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると
理解できたから,本件審決の上記判断は誤りである。
a 本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症にみられる痛覚過敏や接触異
痛の痛みは,炎症や手術を原因として生ずる神経の機能異常(末梢や中枢の神経細
胞の感作)に基づく慢性疼痛であり,疼痛を生ずる原因にかかわらず,炎症や手術
を原因とするものであっても,神経障害性疼痛や線維筋痛症におけるものであって
も,末梢や中枢の感作によるものであることが知られていたところ,ホルマリン試
験の後期相は,中枢性感作を反映し,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である
痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として周知であった上,本件明
細書には,カラゲニン試験においてカラゲニン炎症により生じる痛覚過敏の痛みに
対する本件化合物2の効果が確認された旨の記載並びに術後疼痛試験において手術
後に3日間持続する痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確
認された旨の記載もあるから,当業者は,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術
後疼痛試験の結果から,本件化合物2の神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や
接触異痛の痛みに対する効果を理解することができた。
b 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,末梢や中枢の神経細胞の感
作という神経の機能異常により生ずることが知られていたところ,神経障害性疼痛
は,神経の機能異常による痛みと定義され,線維筋痛症による痛みは,痛覚過敏を
伴う痛みと定義されていたから,当業者は,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本
件化合物2の効果が確認された旨の本件明細書の記載に基づき,神経障害性疼痛や
線維筋痛症による痛みに対する本件化合物2の効果を理解することができた。
(イ) 本件審決は,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映しているという
のは仮説にすぎず,後期相において痛覚過敏の痛みがみられるとしても,痛覚過敏
の痛みにはホルマリン試験の後期相によるものと神経損傷によるものとの複数があ
ると理解されていたと認定し,ホルマリン試験から神経障害性疼痛や線維筋痛症に
よる痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果は理解できないと判断した。しか
しながら,次のとおり,これらの認定はいずれも誤りであり,ホルマリン試験によ
り神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果
を確かめることができたから,本件審決の上記判断は誤りである。
a 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢性感作を反映しているこ
とから,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤
の効果を確認する試験として周知であった(なお,本件審決も,ホルマリン試験の
後期相において痛覚過敏の痛みがみられると理解することができたと認定してい
る。)。
b 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相によって中枢性感作の研究を行う
ことができることは広く知られており,実際に,ホルマリン試験を用いて薬剤の中
枢性感作に対する影響についての研究がされていたから,ホルマリン試験の後期相
が中枢性感作を反映していることは,仮説ではなかった。
この点に関し,本件審決は,論文における「と思われる」,「示唆される」など
の言い回しを根拠に,ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係が仮説にすぎ
ないとしているが,論文は,あくまで実験結果に基づき,作用機序を検討した結果
を記載するものであるから,このような言い回しがされるのは当然であり,論文の
言い回しが断定形になっていないからといって,それが技術常識でないということ
にはならない。
なお,当業者がホルマリン試験の後期相の結果から痛覚過敏の痛みに対する本件
化合物2の効果を理解するためには,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作による
痛覚過敏の痛みの動物モデルであると理解されることで十分であり,進んで,中枢
性感作の痛みの処置における何らかの特性やメカニズムについて詳細に理解される
必要はないし,ホルマリン試験がそれら特性やメカニズムの関与を証明するための
確立した試験である必要もない。
c 本件出願日当時,痛みを炎症や神経損傷といった原因により区別できず,痛
覚過敏や接触異痛の痛みは,疼痛を生ずる原因にかかわらず,末梢や中枢の神経細
胞の感作によるものであることが知られており,複数の痛覚過敏の痛みが存在する
というのは誤りである。
なお,本件審決は,甲12の表3-2及び3-3を根拠に,複数の種類の痛覚過
敏の痛みが存在すると認定するが,表3-2には,ホルマリン試験においてはホル
マリン炎症によるC線維の刺激が感作をもたらし,ベネットモデルにおいてはA-
δ線維インプットも感作に寄与することが説明されているにすぎず,これをもって
複数の種類の痛覚過敏の痛みが存在する根拠にはならないし,表3-3についても,
同表にベネットモデルに関して「神経損傷-痛覚過敏」と記載されているのは,ベ
ネットモデルが坐骨神経の結紮により痛覚過敏の痛みを生じさせるものであること
を明らかにするためであり,かかる記載をもって複数の種類の痛覚過敏の痛みが存
在するとの技術常識を認定することはできない。
(ウ) 本件審決は,痛覚過敏の痛みには関節炎によるものと神経損傷によるもの
との複数のものが知られていたと認定し,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により
神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果を
確かめることはできないと判断した。しかしながら,次のとおり,カラゲニン試験
及び術後疼痛試験において本件化合物2が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果
を有する旨の記載がある本件明細書を見た本件出願日当時の当業者は,本件化合物
2が神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において
効果を奏すると理解したといえる。したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
a 炎症や手術を原因としても神経障害性疼痛を生ずることがあり,また,神経
の圧迫や損傷によって炎症が生じ,あるいは,手術によって神経損傷を生ずること
もあるから,疼痛の原因に基づいて痛覚過敏の痛みという症状を分類することはで
きない。
b 線維筋痛症による痛みも,炎症を伴う痛みであり,外科的手術により生じ得
るものであるから,カラゲニンの炎症や術後の痛みが線維筋痛症による痛みと異な
るということはできない。
c 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,疼痛を生ずる原因にかかわ
らず,末梢や中枢の神経細胞の感作によるものであることが知られており,また,
当業者は,疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モ
デル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によ
って生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても,同様に効果を奏するものと理解
した。
d 本件明細書では,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験という
3つの原因の異なる動物モデルにおいて,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件
化合物2の効果を確認している。特に,手術を原因とする痛み(術後痛)が神経障
害性疼痛を生ずるものであると考えられていたことは,疑いがない。
(エ) 本件審決は,ケタミンは本件化合物2と化学構造が異なるから,ケタミン
が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏し,また,ケタミンが中枢性感作を
阻害する物質であるとの知見が知られていたとしても,これを,本件化合物2を含
む物質全般にまで一般化することはできないと判断した。
しかし,別の化学構造を有する化学物質であっても,同様に中枢性感作を阻害す
るのであれば,その帰結として中枢性感作によって生じる痛覚過敏や接触異痛の痛
みに対し原因にかかわらず効果を奏することが合理的に期待できるから,本件審決
の上記判断は誤りである。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 物の発明において実施可能要件を充足するためには,明細書において,当
業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤
を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があ
れば足りる。加えて,医薬用途発明においては,出願時の技術常識に照らし,医薬
としての有用性を当業者が理解できるように記載されていればよい。
(2) 本件明細書の記載
ア 本件明細書(2頁4行~5行,13行~19行,3頁44行~4頁6行)は,
本件化合物について,その原因を限定せず「抗痛覚過敏作用」を有するものである
と述べた上で,慢性疼痛に対して効果を奏することを明示し,また,神経障害性疼
痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)を挙げ,本件化合物をこれらの痛み
に使用できる旨明確に述べ,さらに,本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代
わる新規の鎮痛剤として提案する旨述べている。したがって,本件明細書は,本件
化合物が通常の痛みとは異なり炎症や組織損傷の治癒後にも持続する慢性の痛みに
対して効果を奏し,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異
痛の痛みに対して効果を奏する薬剤であることを明らかにしているといえる。
イ 本件明細書(6頁5行~7行)には,本件化合物がホルマリン試験の後期相
に効果を奏することが確認された旨の記載がある。
ウ 本件明細書(6頁11行~30行,7頁37行~8頁6行,8頁7行~23
行)には,カラゲニン炎症により生じた痛覚過敏の痛みに対する本件化合物の効果
が確認された旨のカラゲニン試験に係る記載があり,また,手術による創傷の治癒
後であるにもかかわらず3日間持続する痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件化
合物の効果が確認された旨の術後疼痛試験に係る記載がある。
エ 本件明細書(6頁31行~34行)には,ベネットモデルやチャングモデル
(神経を直接結紮することなどにより疼痛を生じさせるモデル)によっても,本件
化合物の効果が確認できる旨の記載がある。
(3) 本件出願日当時の技術常識
ア 本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接
触異痛の痛みは,その原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じ
ることが周知であり,実際,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にか
かわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが知られていた。
イ 痛みを原因によって区別できないことは,本件出願日当時の技術常識であり,
当業者は,疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モ
デル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によ
って生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても,同様に効果を奏するものと理解
していた。
ウ 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢性感作を反映しているこ
とから神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤の
効果を確認する試験として周知であった。
エ 当業者は,本件明細書におけるベネットモデルやチャングモデルへの言及に
より,炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対し
て本件化合物が有用であることを十分に理解し,本件化合物をこれらのモデルに投
与し,神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する神経細胞の感作に対して本件化合物
が作用することを確かめることができる。実際,本件明細書に比較例として記載さ
れているギャバペンチンは,本件出願日当時,ベネットモデルで効果を奏すること
が確かめられていたから,当業者は,ホルマリン試験等の3つの動物モデル試験に
おいてギャバペンチンより優れた効果を奏する本件化合物もまた,ベネットモデル
やチャングモデルで効果を奏することを理解することができた。
(4) 以上によると,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物1が原因に
かかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解するといえ
るから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1について,実施可能
要件を満たす。
また,以上によると,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物2が少なく
とも神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を
奏するものと理解するといえるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本
件発明2について,実施可能要件を満たす。
(5) なお,目覚ましい技術発展を見せる疼痛分野における発明である本件各発
明は,疼痛分野に革命をもたらし,神経障害性疼痛の症状の知識,治療及び理解を
飛躍的に向上させたいわゆるパイオニア発明であるところ,技術進歩の著しい分野
におけるパイオニア発明については,実施可能要件等の記載要件を厳格に適用する
のは相当でないし,記載要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があることを理由
として当該発明に係る特許を無効とするのは誤りである。
(6) 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について
ア 本件審決は,本件明細書に記載された痛みについて,①その原因や病態生理
は様々であり,治療法も異なる,②痛みの種類や原因によって治療法が異なり,鎮
痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないと認定した。
しかしながら,次のとおり,本件審決の認定は誤りである。
(ア) 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,原因にかかわらず,末梢
や中枢の神経細胞の感作によるものであることが知られていた。また,ケタミンは,
中枢性感作を阻害する物質であり,疼痛の原因にかかわらず効果を奏することが知
られていた。したがって,本件出願日当時の当業者は,痛みには共通の治療法があ
ることを理解していた。
(イ) 本件審決が上記認定の根拠とする文献(甲3~5,7~9,14,18,
19)には,痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞
の感作によって生じることや,ケタミンが原因にかかわらず痛みに効果を奏するこ
とを否定する記載はない。
イ 本件審決は,①ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係は仮説にすぎ
ないから,ホルマリン試験から神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛みに対する本件化
合物の効果を確認することはできない,②痛みに脊髄後角における神経細胞の発火
や痛覚過敏を呈するという共通点があっても,痛みの種類や原因によって薬の効き
方に差が出ると判断した。
しかしながら,上記①については,前記(3)ウにおいて主張したとおりであり,
上記②については,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火(中枢性感作)という
共通点があれば,これを阻害することで原因にかかわらず痛みを抑制できることは
明らかである(そのため,当業者は,原因ではなく症状に着目して動物モデルを利
用し,薬剤の研究を行っていたものである。)から,本件審決の上記認定は誤りで
ある。
なお,仮に痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出るとしても,当該薬が
痛みに対して効果を奏することに変わりはない。
ウ 本件審決は,①神経障害の動物モデルが存在することが本件明細書の発明の
詳細な説明に記載されていても,本件化合物の効果は確認できない,②甲28のベ
ネットモデルやチャングモデルの結果は本件出願日後のものであるから参酌できな
いと判断した。
しかしながら,上記①については,本件明細書には,神経障害性疼痛や線維筋痛
症による痛みに対して本件化合物を用いることができるとの記載がされた上で,ベ
ネットモデルやチャングモデルの記載があるから,本件明細書を見た当業者は,本
件化合物がこれらのモデルにおいても同様に効果を奏するものと理解するのである
し,上記②については,甲28は,本件化合物が実際にベネットモデルやチャング
モデルにおいて効果を奏したことを裏付けるものであるところ,明細書の記載が正
しいことを裏付けるために出願日後の資料を参酌できることは当然である。なお,
実施可能要件を充足するためには,特許請求の範囲の全部について余すところなく
薬理データが記載されていることまでが求められるわけではないところ,本件明細
書を見た当業者は,ベネットモデルやチャングモデルを用いて容易に追試をするこ
とが可能である。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
エ 本件審決は,幻想肢痛や線維筋痛症による痛みが心因性疼痛に該当すると考
えられるとしても,また,心因性疼痛と診断され,カウザルギー様の疼痛を発症し
た例が報告されているとしても,あらゆる特発性疼痛が神経障害性疼痛に共通する
症状を呈するといえる理由にはならないし,本件明細書に記載されたホルマリン試
験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験によって特発性疼痛に対する本件化合物の効
果を予測できるといえる理由にもならないと判断した。
しかしながら,痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢や中枢の神経
細胞の感作によって生じることは,本件出願日当時の技術常識であったところ,特
発性疼痛が原因不明の心因性疼痛であるとしても,これは神経細胞の感作によって
痛みの症状が生じるものであるから,当業者は,当該感作を阻害することにより効
果を奏することを理解したといえる。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
オ 本件審決は,①ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係が明らかでな
いこと,②痛覚過敏の痛みに複数のものが存在することを根拠として,③本件明細
書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は神経の機能異
常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映していないと判断した。
しかしながら,上記①及び②については,前記(3)イ及びウにおいて主張したと
おりであるし,上記③についても,そもそも動物モデルは,人工的に実験的疼痛状
態を作り出し,これに対する薬剤の効果を評価することが前提であり,本件出願日
当時,当業者は,原因ではなく症状に着目して動物モデルを作成し,痛覚過敏の痛
みについての評価を行っていたところ,本件審決の判断は,当業者がホルマリン試
験等の炎症により痛覚過敏を生ずる動物モデルを用いて神経障害性疼痛や線維筋痛
症の研究を行っていた事実と矛盾する(動物モデルを用いる際に原因を適切に反映
したモデルを用いなければならないとすると,そもそも動物モデルから理解できな
いヒトの精神疾患の治療薬等については,動物モデルの利用がおよそ不可能にな
る。)。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
カ 本件審決は,医学専門家作成の陳述書(甲67~69)の記載を採用せず,
痛覚過敏や接触異痛の痛みが中枢性感作によって生じること,本件明細書に記載さ
れたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が痛覚過敏や接触異痛の痛
みに対する薬剤の効果を確かめる試験として周知であったことなどの本件出願日当
時の技術常識を認定しなかった。
しかしながら,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
(ア) これらの陳述書を作成した者は,本件出願日当時から現在に至るまで,本
件各発明に係る技術分野における第一人者として活躍する疼痛の専門家であるとと
もに,本件各発明とは関わりのない第三者であり,また,陳述書において,根拠と
なる本件出願日当時の技術文献を数多く引用しているのであるから,客観的な技術
文献に陳述書の記載と矛盾する記載があるなどの特段の事情がない限り,これらの
陳述書に信用性があることは明らかである。
(イ) 甲67に関し,本件審決は,マスタードオイル試験の結果を急性化学物質
誘発性の痛み全般にまで拡張できないと判断したが,ホルマリン試験とマスタード
オイル試験は,共に炎症性物質により痛覚過敏の痛みを生じさせる試験であり,同
一の原因に基づくものというべきである。また,本件審決は,慢性神経痛とマスタ
ードオイル試験に基づく急性疼痛における神経メカニズムにつき,文献にあくまで
推測の記載があるにすぎないと判断したが,甲67が引用する文献(甲41)のタ
イトルは,「侵害受容器に調節された中枢性感作は,急性化学物質性及び慢性神経
障害性疼痛における機械的痛覚過敏を生ずる」であり,上記神経メカニズムは,推
測ではない。実際,甲67は,甲41を引用し,神経障害性疼痛とマスタードオイ
ル試験とが中枢性感作を共有することを明確に述べている。
(ウ) 甲68に関し,本件審決は,帯状疱疹後神経痛の患者に係る結果やマスタ
ードオイル試験の結果からは原因にかかわらず中枢性感作によって痛覚過敏や接触
異痛の痛みが生じるという技術常識を認定することはできないと判断したが,本件
審決が帯状疱疹後神経痛の結果にすぎないとする文献(甲68が引用する甲55)
は,ケタミンがNMDA受容体を遮断し,中枢性感作を抑制し,その結果,様々な
原因により生じる神経障害性疼痛の痛覚過敏や接触異痛の痛みを抑制できることを
明確に述べ,本件審決がマスタードオイル試験の結果であるとする文献(甲68が
引用する甲39)も,痛覚過敏の痛みが末梢性感作及び中枢性感作の結果として生
じることを明言しているところ,甲68は,これらの記載を受けて,原因にかかわ
らず中枢性感作によって痛覚過敏や接触異痛の痛みが生じると述べているのであり,
本件審決の上記判断は,甲68の内容を正解しないものである。
(エ) 甲69には,ホルマリンモデルの第2相は中枢性感作のモデルとして広く
受け入れられたなどの記載があり,原告が主張する本件出願日当時の技術常識を正
当に裏付けている。本件審決は,①ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係
は仮説にとどまる,②痛覚過敏の痛みには「神経損傷-痛覚過敏」等の複数のもの
があったとして,甲69の記載を採用しなかったが,これらが誤りであることは,
前記(3)イ及びウにおいて主張したとおりである。
キ 本件審決は,特許性の判断は事件ごとに事案に応じて行われるとして,症状
に着目した動物モデルを基に実施可能要件を具備するものとして登録がされた先例
特許の存在や審査ハンドブックの記載によっても,本件明細書の発明の詳細な説明
の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないとの結論を左右しないと判
断した。
しかしながら,技術常識によれば,動物モデルは,症状に着目して使用されるも
のであり,これまでも,症状を正しく反映した動物モデルが用いられていれば実施
可能要件を満たすとされてきたのであるから,神経の機能異常に基づく痛覚過敏や
接触異痛の痛みを反映した3種の動物モデルによって薬理データが示されている本
件においても,同様に実施可能要件を満たすと判断されなければならない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
(1) サポート要件を充足するためには,明細書に接した当業者が,課題の解決
について,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的期待が得られ
れば足り,明細書に基づき追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資す
ることができれば足りる。
(2) 前記2において主張したところによれば,本件明細書の記載を見た当業者
は,本件化合物1が原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏
するとの合理的期待を有するといえるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,
本件発明1について,サポート要件を満たす。
また,前記2において主張したところによれば,本件明細書を見た当業者は,本
件化合物2が少なくとも神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の
痛みに対して効果を奏するとの合理的期待を有するといえるから,本件明細書の特
許請求の範囲の記載は,本件発明2について,サポート要件を満たす。
第4 被告らの主張
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について
(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について
本件発明2は,痛みの処置における鎮痛剤に係るものであり,訂正事項2-2に
係る本件訂正は,「請求項1の鎮痛剤(痛みの処置における鎮痛剤)」を「神経障
害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」に
訂正するというものであるから,そのような訂正が認められるためには,神経障害
又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において,本件化合物2
が「鎮痛剤」として使用されること,すなわち,痛みの処置において有効な薬剤と
して使用されることが本件明細書に明示的に記載されているか,その記載から自明
でなければならない。なぜなら,痛みの処置において有効でないのであれば,それ
は,鎮痛剤としての使用とはいえないからである。
したがって,本件化合物2につき神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接
触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効であること」が記載されているに等しい
と当業者が理解するとはいえないとして,訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に
添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされるものではないとし
た本件審決の判断は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5
項の適用を誤るものではない。
(2) 本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正
であるとの原告の主張について
ア 訂正事項1に係る本件訂正について
(ア) 原告は,ホルマリン試験の後期相は中枢の神経細胞の感作を反映したもの
であること並びにホルマリン試験は痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効
果を確認する試験であることが本件出願日当時に広く知られていたと主張する。
しかしながら,ホルマリン試験の後期相が中枢の神経細胞の感作(中枢性感作)
を反映したものであるとの説は本件出願日当時の技術常識ではなく,また,神経障
害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)が中枢性感作によるもの
であるとの技術常識もなかったから,ホルマリン試験の結果から神経障害性疼痛や
心因性疼痛に対する本件化合物1の効果を確認することはできない。上記の技術常
識を前提とする原告の主張は,理由がない。
(イ) 原告は,本件明細書に記載があるカラゲニン試験の結果を引用して,本件
明細書には痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物1を用いることにより効果が確認さ
れた旨の記載があると主張する。
しかしながら,カラゲニン試験は,炎症性疼痛に関するものであり,本件明細書
及び甲61(本件各発明の発明者が共著者である論文)においても,その旨が明示
されている。
また,原告は,本件明細書に記載がある術後疼痛試験の結果を引用して,本件明
細書には本件化合物1を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において用いることが
明示されていると主張する。
しかしながら,術後疼痛試験は,急性痛の動物モデルであって,慢性痛の動物モ
デルではない。
したがって,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果が本件明細書に記載されて
いるからといって,本件化合物1を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において用
いることまで本件明細書に記載されているということはできない。
(ウ) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢
や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じること
は本件出願日当時の技術常識であったと主張するが,そのような技術常識はなかっ
たから,原告の主張は誤りである。
(エ) 以上のとおりであるから,訂正事項1に係る本件訂は,願書に添付した明
細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正ではない。
イ 訂正事項2-2に係る本件訂正について
(ア) 前記アにおいて主張したとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂
正のうち「痛覚過敏又は接触異痛の痛みにおける」との記載により鎮痛剤の処置対
象となる痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項
の範囲内の訂正でない。
(イ) 原告は,本件明細書には本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛
みの処置に用いる旨の記載があると主張する。
しかしながら,本件明細書の記載を見ても,神経障害性疼痛及び線維筋痛症によ
る痛みの処置について一般的な記載があるのみで,本件化合物2を神経障害又は線
維筋痛症による「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置における鎮痛剤として使用
することについての記載はない。
また,原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は接触異
痛の痛みが生じることは本件出願日当時の技術常識であったとして,本件明細書に
は神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に本件化
合物2を用いることが開示されていると主張する。
しかしながら,本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症における症状には,
痛覚過敏や接触異痛の痛みのほかに,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア
(異痛)もあり,他方で,症状として常に痛覚過敏又は接触異痛の痛みが存在する
というわけでもないことは周知であったから,神経障害性疼痛又は線維筋痛症によ
る「痛み」の処置と神経障害又は線維筋痛症による「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」
の処置とを同視することはできない。
以上のとおりであるから,本件明細書の一般的な記載に基づいて,本件化合物2
を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いるとの
技術思想を導き出すことはできない。したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正
のうち「神経障害又は線維筋痛症による」との記載により鎮痛剤の処置対象となる
痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内
の訂正でない。
(ウ) この点に関し,原告は,本件明細書にはホルマリン試験において中枢性感
作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物
2の効果が確かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みに対する
本件化合物2の効果が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及
び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載がある
から,本件明細書には本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いるこ
とも神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されていると主張する。
しかしながら,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は,いずれも
神経障害性疼痛や線維筋痛症に関するものではないから,これらの試験等について
の記載は,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置
についての記載ではない。したがって,本件明細書には,本件化合物2を神経障害
又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使
用することの明示の記載はない。
ウ 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について
(ア) 原告は,本件出願日当時の当業者は本件明細書に記載されたホルマリン試
験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験から本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋
痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解できたとして,
これを否定した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主
張する技術常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 本件出願日当時,痛みのうち少なくとも線維筋痛症,カウザルギー,幻肢痛,
視床痛,三叉神経痛,糖尿病性神経障害による痛み,ヘルペス後神経痛(帯状疱疹
後神経痛)及び上腕神経叢捻除(腕神経叢引き抜き損傷)による痛み並びに心因性
疼痛について,末梢性感作や中枢性感作が原因であるとの技術常識はなかった。ま
た,本件明細書に記載されているホルマリン試験等における痛みは,急性痛であっ
て,慢性痛ではない上,病態生理,症状及び薬効のいずれの点からみても,ホルマ
リン試験等は,線維筋痛症による痛みを始めとする上記各痛みについての動物モデ
ルではなかった(ホルマリン試験の後期相における中枢性感作の仮説は,本件出願
日当時の技術常識ではなかったから,ホルマリン試験の結果に基づいて全ての種類
の痛みに対する本件化合物2の効果を知ることはできない。また,カラゲニン試験
は,炎症性疼痛に関する動物モデルであり,術後疼痛試験は,侵害受容性疼痛に関
する動物モデルである。)。
b 本件出願日当時,神経障害性疼痛は,原告が主張するように神経の機能異常
による痛みなどとは定義されておらず,線維筋痛症による痛みも,原告が主張する
ように痛覚過敏を伴う痛みなどと定義されていたわけではない。なお,本件出願日
当時,全ての種類の痛みが末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じるとの技術常
識はなかった。
(イ) 原告は,ホルマリン試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過
敏の痛みに対する本件化合物2の効果を確かめることができたとして,これを否定
した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主張する技術
常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 原告は,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映していることは本件出
願日当時において仮説ではなかったと主張する。
しかしながら,原告の主張を裏付けるに足りる証拠は存在せず,かえって,原告
が提出する証拠(甲45~48)には,「思われる」,「可能性がある」,「もた
らし得ることを示唆する」,「仮説が立てられてきた」などの記載がみられるので
あって,中枢性感作は,一部の学説が提唱していた仮説にすぎず,本件出願日当時
の当業者の技術常識でなかったことが明白である。
b 原告は,複数の痛覚過敏が存在するというのは誤りであると主張する。
しかしながら,甲12には,ホルマリン試験の後期相とは別の実験的疼痛状態と
してベネットモデルが記載され,しかも,両者における各種薬剤への反応も異なる
ことが明示されているのであるから,本件出願日当時の当業者が両者の痛覚過敏の
痛みが異なるものと認識していたことは明らかである。他の証拠(甲11)におい
ても,組織の損傷・炎症による痛みと末梢神経の損傷に伴う痛みとにつき,それぞ
れの動物モデルに基づいて痛覚過敏の痛みやアロディニア(異痛)についての別個
のメカニズムが論じられているし,そもそも,炎症性疼痛のような侵害受容性疼痛
とカウザルギーのような神経障害性疼痛とが全く異なる病態生理を有する別個の疼
痛であることは周知の事実であるから,複数の痛覚過敏の痛みが存在するとした本
件審決の認定に誤りはない。甲12の表3-3をみても,同表によると,ホルマリ
ン試験の後期相においては非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)が効果を示すの
に対し,ベネットモデルでは奏功しないとされており,まさに,痛覚過敏の痛みに
は様々な原因があり,薬剤の効果もモデルごとに異なるという本件審決の判断を裏
付けている。
なお,原告は,甲12の表3-2にはホルマリン試験においてはホルマリン炎症
によるC線維の刺激が感作をもたらし,ベネットモデルにおいてはA-δ線維イン
プットも感作に寄与することが説明されているにすぎないと主張するが,ホルマリ
ン試験の後期相やベネットモデルにおける痛みが神経細胞の感作によるものである
との技術常識が存在しない上,原告の主張によっても,痛みが生じるまでの経過に
相違があることになるのであるから,原告の主張は,複数の痛覚過敏の痛みが存在
するとの本件審決の認定に対する反論たり得ない。
(ウ) 原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において本件化合物2が痛覚過
敏や接触異痛の痛みに対して効果を有する旨の記載がある本件明細書を見た本件出
願日当時の当業者は本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や
接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解したといえるから,これを否定
した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主張する技術
常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 原告は,カラゲニン試験等について,炎症や手術を原因としても神経障害性
疼痛を生ずることがあり,また,神経の圧迫や損傷によって炎症が生じ,あるいは,
手術によって神経損傷を生ずることもあるから,疼痛の原因に基づいて痛覚過敏の
痛みという症状を分類することはできないと主張する。しかしながら,痛みは,そ
の病態生理により,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛及び心因性疼痛に大別され,
それらは,原因も治療法も異なるというのが本件出願日当時の技術常識であったか
ら,神経障害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)は,炎症性疼
痛や術後疼痛のような侵害受容性疼痛と区別される痛みであった。また,カラゲニ
ン試験等が神経障害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)の動物
モデルでないことは,前記ア(イ)において主張したとおりである。
b 原告は,線維筋痛症による痛みも炎症を伴うものであり,外科的手術により
生じ得るものであるから,カラゲニンの炎症や術後の痛みが線維筋痛症による痛み
と異なるということはできないと主張するが,線維筋痛症は,炎症性疾患ではない
し,線維筋痛症が外科的手術によって発症するというエビデンスは存在していない。
乙A1に「外傷,外科手術又は内科疾患の後に線維筋痛症が発症する場合があると
いうことが示唆されているものの,かかる関連性は因果関係を証明するものではな
い」との記載があるように,外傷,外科手術又は内科疾患の後に線維筋痛症が発症
する場合があるというのは,単に示唆されているだけであり,そのような関連性は
因果関係を証明するものではない。
c 原告は,本件明細書ではホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験
という3つの異なる動物モデルにおいて,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件
化合物2の効果を確認しており,特に,手術を原因とする痛み(術後痛)が神経障
害性疼痛を生ずるものであると考えられていたことは疑いがないと主張するが,本
件出願日当時,術後疼痛(術後痛)は,急性痛,すなわち,何らかの組織損傷によ
ってもたらされる危険信号としての痛みとされていた。また,術後疼痛試験につい
て,ベネットらの文献においては,術後疼痛が急性痛の一般的な形態であること,
ホルマリンのような化学的刺激による痛みも,神経障害性疼痛モデルも,臨床の術
中及び術後の状態に対応する時間スケールでは起こらないこと,本研究の機械的痛
覚過敏の期間は,ヒトで術後に観察される機械的感受性及び咳による誘発痛の期間
と類似していることが記載されており,術後疼痛試験は,神経障害性疼痛の動物モ
デルとは異なる症状を呈するモデルであるとされていた。したがって,本件明細書
に記載されている術後疼痛試験は,神経障害性疼痛の動物モデルではない。
(エ) 原告は,ケタミンに関し,同様に中枢性感作を阻害するのであれば,その
帰結として中枢性感作によって生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対し原因にかか
わらず効果を奏することが合理的に期待できるとして,ケタミンの効果を,本件化
合物2を含む物質全般にまで一般化することができないとした本件審決は誤りであ
ると主張する。
しかしながら,そもそも本件化合物2が中枢性感作に対して効果を奏することは,
本件明細書に記載されていない上,本件出願日当時,ケタミンが中枢性感作に対し
て効果を奏するとの技術常識はなく,さらに,神経障害性疼痛や線維筋痛症による
痛みが中枢性感作によるとの技術常識もなかったのであるから,原告の主張は失当
である。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 本件明細書の記載
ア 原告は,本件明細書は本件化合物につきその原因を限定せず「抗痛覚過敏作
用」を有するものであると述べた上で,慢性疼痛に効果を奏することを明示し,ま
た,神経障害性疼痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)を挙げ,本件化合
物をこれらの痛みに使用できる旨明確に述べていると主張する。
しかしながら,本件訴訟において問題となるのは,本件明細書において本件化合
物の対象疾患として神経障害性疼痛や線維筋痛症が挙げられているか否かではなく,
本件化合物が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に
おける鎮痛剤として効果を有することを当業者が認識できるだけの開示があるか否
かである。そして,本件明細書には,本件化合物を神経障害性疼痛や線維筋痛症等
の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについて一般的な記載があるだけ
で,本件化合物が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処
置における鎮痛剤として効果を有すると認識できる開示はない(「抗痛覚過敏作用」
との記載は,一般的な記載にすぎない上,そもそも,本件明細書では痛覚過敏の痛
みと異痛(アロディニア)とが区別されており,「抗痛覚過敏作用」は,痛覚過敏
の痛みに対する作用を意味するものであって,痛覚過敏又は接触異痛の痛みに対す
る作用を意味するものではない。「慢性の疼痛性障害の処置」との記載についてみ
ても,「慢性痛」とは,数か月以上継続する痛みという意味にすぎず,痛覚過敏又
は接触異痛の痛みを意味するものではない。)。
また,原告は,本件明細書には本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代わる
新規の鎮痛剤として提案する旨記載されていると主張する。
しかしながら,原告が挙げる本件明細書の記載(「現在市場にある鎮痛剤たとえ
ば麻酔性鎮痛剤または非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では,不十分な効果
または副作用からの限界により不完全な処置しか行われていないことは周知であ
る。」)は,神経障害性疼痛又は線維筋痛症についてだけのものではないし,痛覚
過敏又は接触異痛の痛みについてのものでもない。
以上のとおりであるから,本件明細書の記載は,本件化合物が神経障害又は線維
筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として効果を有す
ると当業者が認識できる内容ではない。
イ 原告は,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は中枢性感作を反映して
いることから神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する
薬剤の効果を認識する試験として周知であったと主張するが,この主張が誤りであ
ることは,前記1(2)ア(ア)において主張したとおりである。
ウ 原告は,本件明細書にはカラゲニン炎症により生じた痛覚過敏の痛みに対す
る本件化合物の効果が確認された旨のカラゲニン試験に係る記載があり,また,手
術による創傷の治癒後であるにもかかわらず3日間持続する痛覚過敏や接触異痛の
痛みに対する本件化合物の効果が確認された旨の術後疼痛試験に係る記載がある旨
主張するが,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が神経障害性疼痛や線維筋痛症によ
る痛みに係る動物モデルでないことは,前記1(2)ア(イ)において主張したとおり
である。
エ 原告は,本件明細書にはベネットモデルやチャングモデルによっても本件化
合物の効果が確認できる旨の記載があると主張する。
しかしながら,本件明細書は,ベネットモデル及びチャングモデルが末梢性単発
神経障害ないし末梢神経障害の動物モデルであることを開示しているだけで,これ
らの動物モデルを用いてどのような実験を行うのか(投与方法,投与量,測定する
ラットの行動ないし反応,測定手段,評価方法等),それによってどのような結果
が出るのかについて全く開示しておらず,本件明細書には,これらの動物モデルに
よっても本件化合物の効果を確認することができるなどといった記載は一切ない。
原告の上記主張は失当である。
(2) 本件出願日当時の技術常識
ア 原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異痛の
痛みはその原因にかかわらず抹消や中枢の神経細胞の感作によって生じることが本
件出願日当時に周知であったと主張するが,この主張が誤っていることは,前記1
(2)ア(ア)において主張したとおりである。
また,原告は,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にかかわらず痛
覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが本件出願日当時に周知であった
とも主張するが,ケタミンと中枢性感作との関係は本件出願日当時の技術常識では
なく,また,ケタミンの鎮痛効果は現在でも実証されておらず,さらに,全ての種
類の痛みの原因が中枢性感作であるとの技術常識も存在しない。仮に,ケタミンに
鎮痛効果があって,かつ,その薬理作用が中枢性感作に関連しているとしても,本
件化合物が中枢性感作に関連して鎮痛効果を有するということは,本件明細書に記
載されておらず,ケタミンと本件化合物との関連も不明であるから,ケタミンの鎮
痛効果の有無にかかわらず,ケタミンに基づいて本件化合物の鎮痛効果を論じるこ
とはできない。しかも,ケタミンと本件化合物の双方が中枢性感作と関連して鎮痛
効果を有すると仮定した場合でさえ,中枢性感作といっても,様々な部位における
様々な機序があり得るのであるから,ケタミンの薬理学的機序と本件化合物の薬理
学的機序との同一性は不明である。したがって,いずれにせよ,ケタミンに基づい
て本件化合物の鎮静効果を知ることはできない。
以上のとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,痛みを原因によって区別できないことは本件出願日当時の技術常識
であり,当業者は疼痛の原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動
物モデル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因
によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対しても同様に効果を奏するものと
理解していたと主張するが,原告の主張が誤りであることは,前記1(2)ウ(ウ)a
において主張したとおりである。
ウ 原告は,当業者は本件明細書におけるベネットモデルやチャングモデルへの
言及により,炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛み
に対して本件化合物が有用であることを十分に理解し,本件化合物をこれらのモデ
ルに投与し,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに共通する神経細胞の感作に
対して本件化合物が作用することを確かめることができると主張する。
しかしながら,本件明細書には,ベネットモデル及びチャングモデルが末梢性単
発神経障害ないし末梢神経障害の動物モデルであることについての記載があるだけ
で,試験の方法や効果についての記載はないのであるから,本件化合物がベネット
モデルやチャングモデルにおいてどのような効果を奏するのかにつき,本件明細書
の記載から確認することはできない。
また,原告は,本件明細書に比較例として記載されているギャバペンチンはベネ
ットモデルで効果を奏することが本件出願日当時に確かめられていたから,当業者
はホルマリン試験等の3つの動物モデル試験においてギャバペンチンより優れた効
果を奏する本件化合物もまた,ベネットモデルやチャングモデルで効果を奏するこ
とを理解したと主張する。
しかしながら,ギャバペンチンがベネットモデルで効果を奏することが本件出願
日当時の技術常識であったことに疑義がある上,そもそもホルマリン試験等におけ
る結果とベネットモデルやチャングモデルにおける結果との間に関連性があるとい
う技術常識はなく,本件化合物について,本件明細書に記載されたホルマリン試験
等の結果からベネットモデルやチャングモデルにおいても同様の効果があると認識
することはできないから,原告の主張は失当である。
(3) 本件各発明は,痛みの処置対象となる疼痛の種類も痛みの症状も何ら限定
していないところ,上記(1)及び(2)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記
載が本件各発明について実施可能要件を満たさないことは明らかである。
この点に関し,原告は,本件出願日当時の技術常識として,痛覚過敏や接触異痛
等の痛みはその原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作により生じることが
知られていたなどと主張するが,前記1(2)ア(ア)において主張したとおり,その
ような技術常識を認めることはできない。また,本件各発明は,痛覚過敏や接触異
痛の痛みだけではなく,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア(異痛)も処
置の対象に含むところ,これらの痛みが末梢や中枢の神経細胞の感作により生じる
ことについての立証はない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明が本件各
発明について実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) 原告は,いわゆるパイオニア発明については実施可能要件等の記載要件を
厳格に適用すべきではないなどと主張するが,実施可能要件等の記載要件は,独占
権付与の代償である発明の開示を担保する重要な要件であるから,わずかな疑義で
あっても無視してよいものではない。
(5) 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について
ア 原告は,本件明細書に記載された痛みについて,①その原因や病態生理は様
々であり,治療法も異なる,②痛みの種類や原因によって治療法は異なり,鎮痛剤
であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないとした本件審決の認
定が誤りであると主張するが,次のとおり,本件審決の認定に誤りはない。
(ア) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みは原因にかかわらず末梢や中枢の神経
細胞の感作によるものであることが本件出願日当時に知られていたと主張するが,
原告が主張する技術常識がなかったことは,前記1(2)ア(ア)において主張したと
おりである。そもそも,本件各発明は,痛みの処置における鎮痛剤に係るものであ
って,痛みの種類だけでなく,痛みの症状についても何ら限定がないのであるから,
原告の主張は,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア(異痛)も含めた全て
の痛みについての説明になっていない。
また,原告は,ケタミンは中枢性感作を阻害する物質であり,疼痛の原因にかか
わらず効果を奏することが知られていたと主張するが,ケタミンが中枢性感作を阻
害するとの技術常識はなく,また,ケタミンがあらゆる種類の痛みにおけるあらゆ
る痛みの症状に対して有効であるとの技術常識もない。
(イ) 原告は,本件審決が引用する証拠(甲3~5,7~9,14,18,19)
には原告が主張する技術常識(痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢
や中枢の神経細胞の感作によって生じること及びケタミンが原因にかかわらず痛み
に効果を奏すること)を否定する記載はないと主張する。
しかしながら,本件審決が引用する上記証拠には,原告が主張する技術常識を否
定する趣旨の記載がある。これらの証拠に神経細胞の感作やケタミンについての言
及がないのは,原告が主張する技術常識が当業者の技術常識でなかったという事実
を端的に反映するものである。
イ 原告は,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火や痛覚過敏を呈するという
共通点があっても,痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出るとした本件審
決の判断につき,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火(中枢性感作)という共
通点があれば,これを阻害することで原因にかかわらず痛みを抑制できることは明
らかであるとして,本件審決の上記判断は誤りであると主張する。
しかしながら,原告の主張は,脊髄後角における神経細胞の発火を中枢性感作で
あると考えている点で,前提を誤っている。脊髄後角における神経細胞の発火は,
ホルマリン試験の初期相と後期相の双方で生じるところ,本件化合物や非ステロイ
ド性抗炎症薬は,後期相には有効であるが初期相には無効である。これは,痛みに
脊髄後角における神経細胞の発火という共通点があったとしても,痛みの種類や原
因によって薬の効き方に差が出ることを当業者が認識していたと認められるとの本
件審決の上記判断を裏付けるものである。原告の主張は失当である。
ウ 原告は,本件明細書には神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに対して本
件化合物を用いることができるとの記載がされた上で,ベネットモデルやチャング
モデルの記載があり,本件明細書を見た当業者は本件化合物がこれらのモデルにお
いても同様の効果を奏するものと期待するから,神経障害の動物モデルが存在する
ことが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていても,本件化合物の効果は確
認できないとした本件審決は誤りであると主張するが,本件明細書には,ベネット
モデルやチャングモデルを用いた試験内容やその結果についての記載がないから,
これらの動物モデルに関する記載は,実施可能要件等の記載要件を満たす根拠にな
らない。
また,原告は,明細書の記載が正しいことを裏付けるために出願日後の資料を参
酌できることは当然であるから,甲28を参酌しなかった本件審決は誤りであると
主張するが,本件明細書には,ベネットモデルやチャングモデルを用いた試験の内
容やその結果について何らの記載もないのであるから,本件出願日後の文献である
甲28の内容を実施可能要件等の記載要件の判断において考慮することはできない。
エ 原告は,特発性疼痛が原因不明の心因性疼痛であるとしても,これは神経細
胞の感作によって痛みの症状が生じるものであるから,当業者は当該感作を阻害す
ることにより効果を奏することを理解したといえるとして,あらゆる特発性疼痛が
神経障害性疼痛に共通する症状を呈するといえる理由にはならないし,本件明細書
に記載されたホルマリン試験等によって特発性疼痛に対する本件化合物の効果を予
測できるといえる理由にもならないと判断した本件審決は誤りであると主張する。
しかしながら,心因性疼痛が神経細胞の感作によって生じるとの技術常識は存在
しないし,ホルマリン試験等において鎮痛効果を示した薬剤が有効であると考える
べき理由もない。心因性疼痛の場合,鎮痛薬の投与自体が無意味である。
オ 原告は,動物モデルを用いる際に原因を適切に反映したモデルを用いなけれ
ばならないとすると,そもそも動物モデルから理解できないヒトの精神疾患の治療
薬については動物モデルの利用がおよそ不可能になるとして,本件明細書に記載さ
れたホルマリン試験等が神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映
していないとした本件審決の判断は誤りであると主張するが,痛みに関する技術分
野においては,原因や病態生理が全く異なる各種の痛みが存在し,鎮痛剤であれば
あらゆる種類の痛みに有効であるわけではないという技術常識が存在したのである
から,本件明細書に記載されているホルマリン試験等の結果から,それとは原因や
病態生理の異なる神経障害性疼痛や心因性疼痛に対する効果を知ることはできない。
原告の主張は失当である。
カ 原告は,医学専門家作成の陳述書(甲67~69)に記載された技術常識を
認定しなかった本件審決は誤りであると主張する。しかしながら,次のとおり,こ
れらの陳述書の記載はいずれも採用できないから,本件審決に誤りはない。
(ア) 甲67については,作成者の陳述はマスタードオイル試験に基づくもので
あり,また,マスタードオイル刺激によって得られた結果を急性化学物質誘発性の
痛み全般にまで拡張し得るといえるものでもないから,上記陳述は,本件明細書に
記載されたホルマリン試験について何らの技術常識も与えるものではない。また,
本件明細書には,中枢性感作を始め,痛みの処置における作用・効果を発揮する特
性やメカニズムが存在するとの記載も示唆もないところ,原告が審判手続において
提出した文献(甲41)にも,慢性神経痛とマスタードオイル試験に基づく急性疼
痛における神経メカニズムが極めて似ていることを示し得るとして,共通のメカニ
ズムにつきあくまで推測の記載があるにすぎない。
(イ) 甲68が引用する文献(甲55)には,帯状疱疹後神経痛を有する患者に
おけるケタミンの連続皮下投与が誘発痛(接触異痛及びワインドアップ様疼痛)の
軽減をもたらしたことが記載されているにすぎず,この試験結果に関する記載をも
って,疼痛がいかなる原因によるものであるかにかかわらず中枢性感作によって生
ずるという技術常識が本件出願日当時に存在していたとはいえない。また,甲68
が引用する他の文献(甲39)には,中枢性感作がヒトの傷害後の疼痛過敏状態に
寄与する可能性が高いため,試験結果が先制鎮痛及び確立された疼痛状態の治癒に
対するNMDAアンタゴニストの潜在的な役割に関係していることが記載されてい
るにすぎず,そのような記載をもって,疼痛がいかなる原因であるかにかかわらず
中枢性感作によって生ずることが本件出願日当時の技術常識であったということは
できない。
(ウ) 甲69が引用する各文献(甲45~47)の記載からは,ホルマリン試験
の後期相における反応と中枢性感作との関係は,いまだ仮説又は推論の域にとどま
るものと理解される。また,甲69が引用する別の文献(甲57)は,カラゲニン
試験が痛覚過敏の痛みのモデルであることを示すにすぎず,カラゲニン試験におい
て痛覚過敏の痛みに対する効果が認められた物質であれば全て神経損傷-痛覚過敏
の痛みを始めとする痛覚過敏の痛み全般に対して効果を有するといえるとの技術常
識を示すものではない。さらに,甲69が引用する他の文献(甲88の1及び2)
の記載も,術後疼痛に二次痛覚過敏がみられることを示すにすぎず,術後疼痛試験
において痛覚過敏の痛みが認められれば全て神経損傷-痛覚過敏の痛みを始めとす
る痛覚過敏の痛み全般に対して効果を有するといえるとの技術常識を示すものでは
ない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
前記2において主張したとおりであるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載
が本件各発明についてサポート要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはな
い。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について
(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について
ア 原告は,本件化合物2につき神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異
痛の痛みに対して「効果を奏すること」を当業者が理解できるか否かは実施可能要
件等の記載要件に係る判断において検討すべき事柄であるから,本件化合物2につ
き神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤とし
て「有効であること」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえない
として訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たると判断した本件審
決は特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るも
のであると主張する。
イ 特許無効審判における訂正の請求は,「願書に添付した明細書,特許請求の
範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならず(特許法134
条の2第9項において準用する同法126条5項),同事項とは,当業者によって,
明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術
的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新
たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,いわゆる新規事項の
追加とならず,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内におい
て」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同
20年5月30日判決参照)。
しかるところ,本件発明2は,公知の物質である本件化合物2について鎮痛剤と
しての医薬用途を見出したとするいわゆる医薬用途発明であるところ,訂正事項2
-2に係る本件訂正は,「請求項1記載の(鎮痛剤)」とあるのを「神経障害又は
線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における(鎮痛剤)」に訂
正するというものであり,鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるも
のである。そして,「痛みの処置における鎮痛剤」が医薬用途発明たり得るために
は,当該鎮痛剤が当該痛みの処置において有効であることが当然に求められるので
あるから,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというた
めには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛
みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が,当業者によって,本件出
願日当時の技術常識も考慮して,本件明細書(本件訂正前の特許請求の範囲を含む。
以下同じ。)又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項とし
て存在しなければならないことになる。
ウ この点に関し,原告は,新規事項の追加に当たるか否かの判断においては,
訂正事項が当業者によって明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導か
れる技術的事項であるか否かが検討されれば足りることから,本件審決の判断には
誤りがあると主張する。しかしながら,上記のとおりの本件発明2の内容及び訂正
事項2-2の内容に照らせば,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚
過敏又は接触異痛の痛みの処置に「効果を奏すること」が本件明細書又は図面の記
載から導かれなければ,訂正事項2-2につき,これが当業者によって本件明細書
又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとはいえな
い。したがって,原告の上記主張を前提にしても,訂正事項2-2に係る本件訂正
が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維
筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏
すること」が本件明細書又は図面に記載されているか,記載されているに等しいと
当業者が理解するといえなければならないというべきである。
エ したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらない
というためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触
異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書に記載
されているか,記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならな
いというべきであるとした本件審決(なお,本件審決は,本件訂正の許否の判断に
おいて,本件明細書に加えて図面の記載についても検討しており,本件審決のいう
「明細書」は図面を含む趣旨と解される。)は,特許法134条の2第9項におい
て準用する同法126条5項の適用を誤るものではない。
(2) 訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載し
た事項の範囲内の訂正であるとの原告の主張について
本件審決が判断した順序に従い,まず,訂正事項2-2に係る本件訂正について
判断する。
ア 本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の
痛み」の処置において効果を奏することにつき本件明細書又は図面に明示の記載が
あるかについて
(ア) 本件明細書及び図面の記載
本件明細書には,次の記載がある(図面の引用を含む。)。
a 「発明の背景
本発明は,痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグ
ルタミン酸およびγ-アミノ酪酸(GABA)の類縁体の使用である。これらの化
合物の使用の利点には,反復使用により耐性を生じないことまたはモルヒネとこれ
らの化合物の間に交叉耐性がないことの発見が包含される。
本発明の化合物は,てんかん,ハンチントン舞踏病,大脳虚血,パーキンソン病,
遅発性ジスキネジアおよび痙性のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用
な既知の薬物である。また,これらの化合物は抗うつ剤,抗不安剤および抗精神病
剤としても使用できることが示唆されている。」(2頁3行~11行)
b 「発明の概要
本発明は,以下の式Iの化合物の,痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置にお
ける使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症
性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および
治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,
反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の
形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。
化合物は式I
(式中,R1は炭素原子1~6個の直鎖状または分枝状アルキル,フェニルまたは
炭素原子3~6個のシクロアルキルであり,R 2 は水素またはメチルであり,R 3
は水素,メチルまたはカルボキシルである)
の化合物またはその医薬的に許容される塩である。
式Iの化合物のジアステレオマーおよびエナンチオマーも本発明に包含される。
本発明の好ましい化合物は式Iにおいて,R 3 およびR 2 は水素であり,R 1 は-
(CH2)0-2-iC4H9の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体であ
る。
本発明のさらに好ましい化合物は(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキ
サン酸および3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である。」(2頁13行~
33行)
c 「発明の詳述
本発明は,上記式Iの化合物の上に掲げた痛みの処置における鎮痛剤としての使用
方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛,神経障害の痛み,癌の痛み,術後疼痛,
および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害
性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定さ
れるものではないが,末梢神経の外傷,ヘルペスウイルス感染,糖尿病,カウザル
ギー,神経叢捻除,神経腫,四肢切断,および血管炎からの痛みが包含される。神
経障害性の痛みはまた,慢性アルコール症,ヒト免疫不全ウイルス感染,甲状腺機
能低下症,尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害
性の痛みには,神経傷害によって起こる痛みに限らず,たとえば糖尿病による痛み
も包含される。
上に掲げた状態が,現在市場にある鎮痛剤たとえば麻薬性鎮痛剤または非ステロイ
ド性抗炎症薬(NSAID)では,不十分な効果または副作用からの限界により不
完全な処置しか行われていないことは周知である。」(3頁44行~4頁6行)
d 「ラットホルマリン足蹠試験におけるギャバペンチン,CI-1008,お
よび3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸の効果
雄性Sprague-Dawleyラット(70~90g)を試験前に少なくとも
15分間パースペックスの観察チャンバー(24cm×24cm×24cm)に馴
化させた。ホルマリン誘発後肢リッキングおよびバイティングを5%ホルマリン溶
液(等張性食塩溶液中5%ホルムアルデヒド)50μlの左後肢の足蹠表面への皮
下注射によって開始させた。ホルマリンの注射直後から,注射した後肢のリッキン
グ/バイティングを60分間5分毎に評価した。結果はリッキング/バイティング
を合わせた平均時間として初期相(0~10分)および後期相(10~45分)に
ついて示す。
ギャバペンチン(10~300mg/kg)またはCI-1008(1~100m
g/kg)のホルマリン投与1時間前の皮下投与は,ホルマリン応答の後期相にお
けるリッキング/バイティング行動を,それぞれ最小有効用量(MED)30およ
び10mg/kgで用量依存性にブロックした(図1)。しかしながら,いずれの
化合物も試験した用量では初期相には影響しなかった。3-アミノメチル-5-メ
チル-ヘキサン酸の同様の投与は100mg/kgで後期相の中等度のブロックを
生じたのみであった。」(5頁47行~6頁10行)
e 「ギャバペンチンおよびCI-1008のカラゲニン誘発痛覚過敏に対する
効果
試験日にラット(雄性Sprague-Dawley70~90g)に2~3のベ
ースライン測定を行ったのち,2%カラゲニン100μlを右後肢の足蹠表面に皮
下注射した。痛覚過敏のピークの発症後,動物に試験薬物を投与した。機械的およ
び熱的痛覚過敏に対する試験には別個の動物群を使用した。
A.機械的痛覚過敏
侵害受容圧閾値を,ラット足蹠加圧試験により鎮痛計(Ugo Basile)を
用いて測定した。足蹠への傷害を防止するため,250gのカットオフ点を使用し
た。カラゲニンの足蹠内注射は注射後3~5時間の間侵害受容圧閾値を低下させ,
痛覚過敏の誘発を示した。モルヒネ(3mg/kg,皮下)は痛覚過敏の完全なブ
ロックを生じた(図2)。ギャバペンチン(3~300mg/kg,皮下)および
CI-1008(1~100mg/kg,皮下)は用量依存性に痛覚過敏に拮抗し,
MEDはそれぞれ10および3mg/kgであった(図2)。
B.熱痛覚過敏
ベースライン足蹠回避潜時(PWL)を各ラットについてHargreavesモ
デルを用いて測定した。上述のようにカラゲニンを注射した。カラゲニン投与2時
間後に,動物を熱痛覚過敏について試験した。ギャバペンチン(10~100mg
/kg)またはCI-1008(1~30mg/kg)は,カラゲニン投与後2.
5時間に皮下に投与し,PWLをカラゲニン投与3および4時間後に再評価した。
カラゲニンは注射後2,3および4時間に足蹠回避潜時の有意な低下を誘発し,熱
痛覚過敏の誘発を示した(図3)。ギャバペンチンおよびCI-1008は用量依
存性に痛覚過敏に拮抗し,MEDは30および3mg/kgを示した(図3)。
これらのデータはギャバペンチンおよびCI-1008が炎症性疼痛の処置に有効
であることを示す。」(6頁11行~32行)
f 「Bennet G.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感
覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(P
ain,1988;33:87-107)。
Kim S.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生
じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain,1990;50:3
55-363)。」(6頁33行~36行)
g 「術後疼痛のラットモデルも報告されている(Brennanら,199
6)。それには,後肢足蹠面の皮膚,筋膜および筋肉の切開が包含される。これは
数日間続く再現可能かつ定量可能な機械的痛覚過敏の誘発を招く。このモデルはヒ
トの術後疼痛状態にある種の類似性を示す。本研究においては,本発明者らは術後
疼痛のこのモデルでギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバの活
性を調べ,モルヒネの場合と比較した。
方法
Bantin and Kingmen(Hull,U.K.)から入手した雄性
Sprague-Dawleyラット(250~300g)をすべての実験に使用
した。手術の前に動物は6匹の群として飼育ケージに入れ,12時間明暗サイクル
(07時00分に点灯)下に置いて飼料および水は自由に与えた。動物は手術後,
同じ条件下に,空気を含んだセルロースから構成される“Aqua-sorb”床
(Beta Medical and Scientific,Sale,U.
K.)上に対で収容した。すべての実験は薬物処置に盲検とした観察者により行わ
れた。
手術
動物は2%イソフルオランおよび1.4O 2 /NO2 混合物で麻酔し,鼻円錐によ
り手術中を通じて麻酔下に維持した。右後肢足蹠表面を50%エタノールで準備し
て踵の端から0.5cmに開始し足指の方向に皮膚および筋膜を通して1-cm縦
に切開した。足蹠の筋肉は鉗子によって持ち上げ縦に切開した。傷口を編んだ絹の
縫合糸によりFST-02の針を用いて2個所で閉じた。傷口の部位はテラマイシ
ンスプレーおよびオーロマイシン末で被覆した。手術後,すべての動物において感
染の徴候は認められず,創傷は24時間後には良好に治癒した。縫合糸は48時間
後に抜糸した。
熱痛覚過敏の評価
熱痛覚過敏はラット足蹠試験(Ugo Basile,Italy)を用い,Ha
rgreavesらの方法(1988)の改良法に従い評価した。ラットは上方に
傾斜したガラステーブル上3個の個々のパースペックスの箱からなる装置に順化さ
せた。テーブルの下に可動性放射熱源を置き,後肢足蹠に焦点を合わせ足蹠回避潜
時(PWL)を記録した。組織の傷害を回避するため,自動カットオフ点を22.
5秒に設定した。各動物の両後肢について2~3回PWLを測定し,その平均を左
右後肢のベースラインとした。装置は約10秒のPWLが得られるように検量した。
PWL(秒)は上述のプロトコールに従い術後2,24,48および72時間に再
評価した。
接触異痛の評価
接触異痛はシーメンス・ワインシュタイン・フォン・フライの毛(Stoelti
ng,Illinois,USA)を用いて測定した。動物は,針金の網の底のケ
ージに収容して,足蹠に接触できるようにした。動物は実験の開始前に,この環境
に順化させた。接触異痛試験は動物の後肢の足蹠表面に,順次力を増大させて(0.
7,1.2,1.5,2,3.6,5.5,8.5,11.8,15.1,および
29g)フライの毛で触れ,後肢の回避が誘発されるまで試験した。フライの毛は
それぞれ6秒間または反応が起こるまで後肢に適用した。回避反応が確立されたな
らば,後肢を次に下降するフライの毛で試験を始めて反応が起こらなくなるまで再
試験した。したがって,後肢を上げて反応が誘発される最高の力29gがカットオ
フ点となった。各動物を,この様式で両後肢について試験した。反応が誘発される
のに必要な最低の力量を回避閾値としてグラムで記録した。化合物を手術前に投与
する場合には,接触痛覚過敏,接触異痛および熱痛覚過敏に対する薬物効果の試験
に同一の動物を使用し,各動物について熱痛覚過敏試験の1時間後に接触異痛の試
験を行った。術後にS-(+)-3-イソブチルギャバを投与する場合には,接触
異痛および熱痛覚過敏の検査に別個の群の動物を使用した。
統計
熱痛覚過敏試験で得られたデータは一元(分散分析)ANOVAに付し,ついでD
unnett‘s t-検定を実施した。フライの毛で得られた接触異痛の結果は
個別のMann Whitney t-検定に付した。
結果
ラット足蹠筋肉の切開は熱痛覚過敏および接触異痛を生じた。いずれの侵害受容反
応も手術後1時間以内にピークに達し,3日間維持された。実験期間中,動物はす
べて良好な健康状態を維持した。
手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャバおよびモル
ヒネの熱痛覚過敏に対する効果
手術1時間前におけるギャバペンチンの単回用量投与(3~30mg/kg,皮下)
は,用量依存性に熱痛覚過敏の発生を遮断し,MEDは30mg/kgであった
(図4b)。最大用量のギャバペンチン30mg/kgは痛覚過敏の反応を24時
間防止した(図4b)。S-(+)-3-イソブチルギャバを同様に投与した場合
も用量依存性(3~30mg/kg,皮下)に熱痛覚過敏の発生が遮断され,ME
Dは30mg/kgであった(図4c)。30mg/kg用量のS-(+)-3-
イソブチルギャバは3日まで有効であった(図4c)。手術0.5時間前のモルヒ
ネの投与は,用量依存性(1~6mg/kg,皮下)は熱痛覚過敏の発生に拮抗し,
MEDは1mg/kgであった(図4a)。この作用は24時間維持された(図4
a)。
手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャバおよびモル
ヒネの接触異痛に対する効果
接触異痛の発生に対する薬物の効果は上述の熱痛覚過敏に用いたのと同じ動物で測
定した。熱痛覚過敏試験と接触異痛試験の間には1時間の間隔を置いた。ギャバペ
ンチンは,用量依存性に接触異痛の発生を防止し,MEDは10mg/kgであっ
た。ギャバペンチン10および30mg/kgの用量はそれぞれ25および49時
間有効であった(図5b)。S-(+)-3-イソブチルギャバも同様に用量依存
性(3~30mg/kg)に接触異痛の発生を遮断し,MEDは10mg/kgで
あった(図5c)。この侵害受容応答の遮断は30mg/kg用量のS-(+)-
3-イソブチルギャバにより3日間維持された(図5c)。これに反して,モルヒ
ネ(1~6mg/kg)は,6mg/kgの最大用量で術後3時間,接触異痛の発
生を防止したのみであった(図5a)。
手術1時間後に投与したS-(+)-3-イソブチルギャバの接触異痛および熱痛
覚過敏に対する効果
接触異痛および熱痛覚過敏はすべての動物で1時間以内にピークに達し,以後5~
6時間維持された。30mg/kgのS-(+)-3-イソブチルギャバの手術1
時間後における皮下投与は接触異痛および熱痛覚過敏の維持を3~4時間ブロック
した。この時間後に,侵害受容の両応答はいずれも対照レベルに復し,これは抗熱
痛覚過敏および抗接触異痛作用の消失を示す(図6)。
ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバは,すべての実験で試験
された最大用量まで,対側後肢の熱痛覚過敏試験または接触異痛評点におけるPW
Lに影響しなかった。これに反して,モルヒネ(6mg/kg,皮下)は熱痛覚過
敏試験おける対側後肢のPWLを増大させた(データは示していない)。
ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏およ
び接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は,ギャバペンチン
およびS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対して
も等しく有効なことである。これに反し,モルヒネは接触異痛よりも熱痛覚過敏に
有効であることが見出された。さらに,S-(+)-3-イソブチルギャバは接触
異痛および熱痛覚過敏の誘発および維持を完全に遮断した。」(6頁37行~8頁
23行)
(イ) 検討
a(a) 前記(ア)bのとおり,本件明細書には,発明の概要として,本件化合物
2が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれる旨の記載があ
るが,この部分には,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は
接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない(なお,本件化合物2
が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれるとの一般的な記
載があっても,そのことから,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚
過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると解することはできない。)。
(b) 前記(ア)cのとおり,本件明細書には,発明の詳述として,本件化合物2
が鎮痛剤として使用される対象の痛みに神経障害の痛みが含まれる旨の記載がある
が,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接
触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(c) 前記(ア)dのとおり,本件明細書には,ホルマリン試験に関し,本件化合
物2がホルマリン試験の後期相において効果を奏し,初期相においては影響がなか
った旨の記載があるが,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症に
よる痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(d) 前記(ア)eのとおり,本件明細書には,カラゲニン試験に関し,本件化合
物2が機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏の痛みに対して効果を奏した旨の記載がある
が,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接
触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない(なお,本件明細書の当
該部分には,本件化合物2が「炎症性疼痛」の処置に有効であることを示す旨の記
載がある。)。
(e) 前記(ア)gのとおり,本件明細書には,術後疼痛試験に関し,本件化合物
2が熱痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対して効果を奏した旨の記載があるが,この
部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の
痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(f) その他,本件明細書及び図面には,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛
症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載がない
から,本件明細書及び図面には,その旨の明示の記載がないと認めるのが相当であ
る。
b この点に関し,原告は,本件明細書には,ホルマリン試験において中枢性感
作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物
2の効果が確かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みに対する
本件化合物2の効果が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及
び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載がある
から,本件明細書には,本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いる
ことも,神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されていると主張
する。
しかしながら,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作及びこれによる痛覚過敏や
接触異痛の痛みを反映するものであることが本件出願日当時の技術常識であったと
の原告の主張が認められないことは,後記イ(ア)bにおいて説示するとおりである
し,前記a(c)ないし(e)において説示したところに照らすと,ホルマリン試験,カ
ラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果に係る記載を考慮しても,本件化合物2が神
経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は線維筋痛症の痛みの処置において効果を
奏することが本件明細書又は図面に明示されていると認めることはできない。原告
の上記主張は,採用することができない。
イ 本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の
痛み」の処置において効果を奏することが本件明細書又は図面に記載されているに
等しいと本件出願日当時の当業者が理解したといえるかについて
(ア) 原告が主張する本件出願日当時の技術常識の存否について
原告は,本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異
痛の痛み」の処置において効果を奏することが本件明細書に明記されていないとし
ても,本件出願日当時の技術常識に照らせば,これが記載されているに等しいと当
業者は理解したといえるとして,様々な技術常識の存在について主張し,また,こ
れを認定しなかった本件審決が誤りであると主張するので,以下,原告が主張する
技術常識の存否について順次検討する。
a(a) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みはその原因にかかわらず共通して抹
消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるこ
とが本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) 甲 2 の 文 献 ( IASP PRESS 発 行 の 「 CLASSIFICATION OF CHRONIC PAIN
DESCRIPTIONS OF CHRONIC PAIN SYNDROMES AND DEFINITIONS OF PAIN TERMS Second
Edition 」 ( 1 9 9 4 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 PAIN TERMS A CURRENT LIST WITH
DEFINITIONS AND NOTES ON USAGE」(Harold Merskey ら著))には,次の記載があ
る。
「現在の証拠は,痛覚過敏が末梢若しくは中枢の感作又はその両方を伴う侵害受
容系の混乱の結果であることを示唆している。」
しかしながら,上記記載によっても,「末梢又は中枢の感作」そのものが痛覚過
敏の痛みの発症メカニズムであると理解することはできないし,また,発症の原因
を異にする痛覚過敏の痛みのいずれにおいても「末梢若しくは中枢の感作又はその
両方を伴う侵害受容系の混乱」が生じ,それが発症の原因を異にする全ての痛覚過
敏の痛みの発症メカニズムであるとまで理解することはできない(なお,上記記載
は,「…示唆している(「suggests」)」との語を用いており,痛覚過敏の痛みが
末梢若しくは中枢の感作又はその両方を伴う侵害受容系の混乱の結果であると断定
するものではない。)。
(c) 甲39の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 44」(199
1年)に掲載された「The induction and maintenance of central sensitization
is dependent on N-methyl-D-aspartic acid receptor activation; implications
for the treatment of post-injury pain hypersensitivity states」(Clifford
J. Woolf ら著))には,次の記載がある。
i 「中枢性感作は,ヒトにおける損傷後疼痛過敏状態の原因となる可能性があ
る…。」
ii 「末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏は,損傷付近の一次求心性侵害受
容器の感受性の増大(末梢性感作)及び脊髄におけるニューロンの興奮性の増大
(中枢性感作)の結果生じる。中枢性感作は,侵害受容の求心性入力によって引き
起こされ,閾値の長期的減少,範囲の拡大,後角ニューロンの皮膚受容野の応答性
の増大となって現れる。」
しかしながら,上記記載によると,末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏の痛
みが末梢性感作及び中枢性感作の結果生じるとの知見を読み取ることができるのみ
で,上記記載によっても,末梢性感作及び中枢性感作が発症の原因を異にする全て
の痛覚過敏の痛みの発症メカニズムであると理解することはできない(なお,上記
のとおり,甲39の文献には,「…可能性がある」との記載がみられる。)。
(d) 原告は,上記(b)及び(c)のほか,甲6の文献(Little Brown and Company
発行の「The Massachusetts General Hospital Handbook of Pain Management」
(1996年),甲12の文献(W.B. SAUNDERS COMPANY 発行の「Interventional
Pain Management」(1996年)に掲載された「Pharmacology of the Pain
Processing System 」 ( Tony L. Yaksh 著 ) ) , 甲 2 6 の 文 献 ( Scandinavian
University Press 発行の「Scand J Rheumatol」(1995年)に掲載された
「 Pain Analysis in Patients with Fibromyalgia Effects of intravenous
morphine, lidocaine, and ketamine」(J. Sorensen ら著)),甲41の文献
( Oxford University Press 発 行 の 「 Brain 」 ( 1 9 9 4 年 ) に 掲 載 さ れ た
「Nociceptor modulated central sensitization causes mechanical hyperalgesia
in acute chemogenic and chronic neuropathic pain」(Martin Koltzenburg ら
著)),甲42の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 56」(199
4年)に掲載された「Response of chronic neuropathic pain syndromes to
ketamine: a preliminary study」(Miroslav Backonja ら著)),甲46の文献
(Elsevier Science Publishers 発行の「Brain Research, 518」(1990年)に
掲載された「Evidence for spinal N-methyl-D-aspartate receptor involvement
in prolonged chemical nociception in the rat」(Jane E. Haley ら著)),甲
55の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 61」(1995年)に
掲 載 さ れ た 「 Continuous subcutaneous administration of the N-methyl-D-
aspartic acid (NMDA) receptor antagonist ketamine in the treatment of post-
herpetic neuralgia」(Per Kristian Eide ら著)),甲59の文献(Elsevier
Science Publishers 発行の「Pain, 63」(1995年)に掲載された「Effects of
intravenous ketamine, alfentanil, or placebo on pain, pinprick hyperalgesia,
and allodynia produced by intradermal capsaicin in human subjects」(Karen
M. Park ら著)),甲88の1及び2の文献(Elsevier Science Publishers 発行
の「Pain, 64」(1996年)に掲載された「Characterization of a rat model
of incisional pain 」 ( Timothy J. Brennan ら 著 ) ) , 甲 1 3 3 の 文 献
( 「 British Journal of Anaesthesia 」 ( 1 9 9 2 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 PAIN
SENSATION AND NOCICEPTIVE REFLEX EXCITABILITY IN SURGICAL PATIENTS AND HUMAN
VOLUNTEERS」(J. B. DAHL ら著)),甲134の文献(Oxford University Press
発行の「Brain」(1992年)に掲載された「THE PLASTICITY OF CUTANEOUS
HYPERALGESIA DURING SYMPATHETIC GANGLION BLOCKADE IN PATIENTS WITH
NEUROPATHIC PAIN」(ROLF-DETLEF TREEDE ら著))及び甲161の文献(Elsevier
Science Publishers 発行の「Brain Research 666」(1994年)に掲載された
「Research report Descending modulation of central neural plasticity in the
formalin pain test」(Anthony L. Vaccarino ら著))をも根拠に,上記(a)の技
術常識が本件出願日当時に存在したと主張する。
しかしながら,これらの文献には,発症の原因を異にする痛覚過敏及び接触異痛
の痛みの全てについて,具体的に抹消や中枢の神経細胞にどのような共通の変化等
が生じ,これに薬剤がどのような共通の作用を及ぼし得るのかなどについての具体
的かつ説得的な記載はみられず,これらの文献によっても,発症の原因を異にする
あらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の
神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるものと本件出
願日当時の当業者が認識していたとはいえない。
(e) かえって,甲4の文献(株式会社金芳堂発行の「病態生理よりみた内科学」
(平成8年)(内野治人編著)),甲5の文献(株式会社朝倉書店発行の「最新脳
神経外科学」(平成8年)(坪川孝志ら編))及び甲6の文献(前掲)には,次の
記載がある。
i 「このような病的な痛みは,しばしば慢性疼痛となる。これらの慢性疼痛は
極めて多彩な特徴を持ち,その基礎となる病態生理に著しい差異があることを示す。
これらを大別すると,侵害受容性(nociceptive),神経障害性(neuropathic),
心因性(psycogenic)の3つの異なった疼痛機序が考えられる。」(甲4)
ii 「生理的な感覚としての痛みは,生体にとって有害刺激(noxious stimuli)
により痛覚求心系が興奮し,痛みとして認知される原始的で,かつ生体にとって警
告的な感覚である。感覚としての痛みと比較して,病的な痛みは現象的にみて,不
快,不安,苦悩,恐怖などの情動変動が激しい点で異なっている。しかし,病的な
痛みのうちには,感覚としての痛みの認知と同様の機序によって発生するものがあ
る。痛覚レセプターへの病的刺激量の増大による侵害受容性疼痛(noxious pain)
と痛覚求心神経を病変によって刺激する神経性疼痛(neurogenic pain)とがある。
これらを一括して病変による刺激過剰による病的痛みで,過剰刺激性疼痛(excess
pain)と言われるものである。そのほかに,病的痛みとして重要なものは,末梢神
経から大脳知覚領野までの生理的痛覚認知経路を遮断した後で発生するもので,痛
覚障害を認める部位に対応して激しい痛みが発生することがある。除神経性疼痛
(deafferentation pain)といわれ,脳神経外科領域で対処すべき痛みのなかで最
も一般的なものである。…
b.病的痛みの発生機序
病的な痛みを発生機序よりみると,炎症や組織損傷による感覚レセプターを異常
に刺激することにより,感覚求心系を激しく興奮させる侵害受容性疼痛
(nociceptive pain),神経痛などに認められる感覚求心系,とくに末梢神経での
圧迫や絞扼によって発生する神経性疼痛(neurogenic pain)がある。さらにその
ほかに痛覚求心系が末梢神経で遮断された後に発生する末梢神経除 神経性疼痛
(peripheral deafferentation pain)と痛覚求心系が中枢神経内で遮断される中
枢神経除神経性疼痛(central deafferentation pain)に分類される。
(1) 侵害受容性疼痛
組織損傷による機械的な侵害レセプターへの過剰刺激や炎症による内因性発痛物
質や発痛増強物質がレセプターを刺激することにより発生する痛みが侵害受容性疼
痛である。この侵害レセプターの過剰な興奮が,感覚求心系を興奮させて,情動反
応を伴う痛みとなる。したがって,刺激となる組織障害に対処し,抗炎症療法を施
行し,それらが効果をみる前には,モルフィンなどの鎮痛薬で対処することが可能
である。
(2) 神経性疼痛
神経性疼痛は,末梢神経に対する圧迫や絞扼によって発生するもので,脱髄や虚
血のために異常知覚が発生したり,細系線維と太系線維との間でエファプス伝達
(ephatic transmission)が発生したり,細系線維に過剰興奮を惹起させたりして,
脊髄後角へ有害刺激の信号を大量に送り込み,脊髄視床路を介して,激しい痛みと
して確認されるわけである。
その代表的な疾患は特発性三叉神経痛(tic douloureux),椎間板ヘルニアによ
る疼痛などがあげられる。三叉神経や脊髄後角が中枢神経系へ入る部分では,髄鞘
がミエリン鞘から,グリア細胞性の鞘に移行する部分にあたり,この部分での絞扼
や圧迫は簡単に脱髄に陥り,線維間の短路伝達(ephatic conduction)を誘発し,
触刺激などの非侵害性刺激によっても,Aδ・C線維が興奮し,中枢神経内での生
理的痛覚系を異常興奮させて,激しい痛みとして感じられることになる。
(3) 除神経性疼痛
末梢神経から大脳皮質知覚野までの新脊髄視床路-視床皮質路が病変や障害によ
って遮断されると,その遮断された神経経路に一致する末梢部での痛覚障害が発生
する。遮断発生後一定の期間を経ると,その痛覚障害部を中心に激しい痛みが発生
する。それを除神経性疼痛といい,その遮断部が末梢神経にあるとき,末梢性除神
経性疼痛といい,中枢神経内で遮断されている場合,中枢性除神経性疼痛という。」
(甲5)
iii 「痛みのタイプ(定義)
侵害受容性-侵害受容器の活性化によって発生する痛み。侵害受容器は,中枢神経
系を除く全ての組織に存在する。痛みは,皮膚や内臓の求心性神経線維の化学的,
熱的又は機械的な活性化の程度と臨床的に比例し,急性又は慢性である(体性痛,
癌性疼痛,術後疼痛)。
神経障害性-末梢又は中枢の痛みの経路に対する損傷に起因する痛み。進行中の疾
病がなくても痛みが持続する(例えば,糖尿病性神経障害)。
カウザルギー,反射交感神経ジストロフィー又は交感神経依存性疼痛-末梢神経損
傷に起因し,アロディニア,痛覚過敏,灼熱感及び血管運動性変化,そして発汗を
含む交感神経系の機能亢進の証拠をしばしば伴う。
求心路遮断性-中枢神経系の痛みの経路(末梢又は中枢の)に対する求心性入力が
喪失する結果生じる慢性疼痛(例えば,神経捻除や脊髄損傷)。
神経痛-神経分布における神経障害や刺激に伴う電撃痛(例えば,三叉神経痛)。
神経根障害-神経根の圧迫や分断により生じる痛み(例えば,椎間板疾患)。
中枢性-通常,脊髄視床皮質経路を含む中枢神経系での障害により生じる痛み(例
えば,視床梗塞)。
心因性-神経系の解剖学的分布と一致しない痛み。しばしば,十分な検索を行って
も,痛みを説明する器質的障害を認めない。」(甲6)
これらの記載からすると,慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みは,侵害受容性疼痛
(痛覚レセプターへの病的刺激量の増大による過剰な侵害刺激の受容を伴う痛み),
神経障害性疼痛(神経を病変によって刺激する神経自体の障害を原因とする疼痛),
心因性疼痛等に分類されるところ,これらは,極めて多彩な特徴を持ち,その基礎
となる病態生理にも著しい差異があり,その発生機序も異なることが,本件出願日
当時の技術常識であったものと認められるというべきである。
(f) また,甲11の文献(株式会社南雲堂発行の「ペインクリニック療法の実
際-痛みをもつ患者への集学的アプローチ-」(平成8年)(十時忠秀ら編))に
は,「同じ chronic pain といっても,組織の炎症による痛みと神経損傷による痛
みでは,Fos 発現のパターンは異なるようである。」との記載,すなわち,原因を
異にする慢性疼痛においては,脊髄後角ニューロンにおける遺伝子の発現パターン
に違いがある旨の記載があるのであって,本件出願日当時,原因を異にする痛覚過
敏や接触異痛の痛みについては,生理的な痛みの認知と同様に,異なる機序で痛み
が発現すると考えられていたことがうかがわれる。
(g) 以上によると,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因に
かかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機
能異常により生じるということが当業者の技術常識であったと認めることはできず,
その他,そのような技術常識が存在したものと認めるに足りる的確な証拠はない
(なお,本件明細書及び図面にも,痛覚過敏や接触異痛の痛みが末梢や中枢の神経
細胞の感作によって引き起こされる旨の記載はない。)。
b(a) 原告は,ホルマリン試験の後期相は中枢の神経細胞の感作を反映したも
のであり,ホルマリン試験は痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確
認するための試験であることが本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) 甲45の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 51」(199
2年)に掲載された「Review Article The formalin test: an evaluation of the
method」(Arne Tjolsen ら著))には,次の記載がある。
i 「ホルマリンへの応答は,初期相と後期相を示す。初期相は,主に末梢刺激
によるC-線維活性化によって引き起こされるように思われるが,後期相は,末梢
組織における炎症反応と脊髄後角の機能的変化の組合せに依存するように思われ
る。」
ii 「結論として,ホルマリン試験は,侵害受容を研究するために利用可能な一
連の方法への価値ある追加である。」
iii 「第2相は,末梢の炎症と中枢プロセスの変化に依存する。」
(c) 甲43の文献(Elsevier/North-Holland Biomedical Press 発行の「Pain,
4」(1977年)に掲載された「THE FORMALIN TEST: A QUANTITATIVE STUDY OF
THE ANALGESIC EFFECTS OF MORPHINE, MEPERIDINE, AND BRAIN STEM STIMULATION
IN RATS AND CATS」(DAVID DUBUISSON ら著))には,次の記載がある。
「要するに,ホルマリンテストは,…疼痛の閾値を測定するものではないけれど
も,むしろ比較的長く続く疼痛刺激に対する行動的反応を定量化するものである。
したがって,これは,実際の病的な状態において見られるような痛みに類似してい
る。このテストは,それ故に,疼痛を評価するために現在利用可能な方法への価値
ある追加である。」
(d) 甲46の文献(前掲)には,次の記載がある。
i 「ホルマリンによって生成される求心性集中砲火は,比較的短いタイムスパ
ンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの
状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると
思われる。」
ii 「ホルマリンの皮下注射は,短時間持続する一過性の活性を生み出すことが
示されてきており,侵害受容の長引く持続期がこの後に発生し,これは,様々な種
における行動学的研究によって評価されており,持続した侵害刺激の有用なモデル
であると考えられる。」
(e) 甲47の文献(「The Journal of Neuroscience, September 1992」(19
92年)に掲載された「The Contribution of Excitatory Amino Acids to Central
Sensitization and Persistent Nociception after Formalin-induced Tissue
Injury」(Terence J. Coderre ら著))には,次の記載がある。
i 「ラットにおける組織損傷に反応した中枢の感作と持続性侵害受容の発生へ
の興奮性アミノ酸の寄与が後肢へのホルマリンの皮下注射後に調べられた。」
ii 「我々は,以前,損傷に誘導される中枢性感作の行動モデルとして,ホルマ
リン試験を用いた。」
iii 「リドカイン又は μ-オピオイドDAMGOのいずれかのくも膜下腔投与
が,ホルマリン試験の第1相の直後ではなく,前に投与されれば,皮下ホルマリン
に対する行動反応及び後角ニューロン反応を阻害することが証明された。これは,
ホルマリン応答の初期相の間に生じた神経作用が中枢神経系の機能の変化(すなわ
ち,中枢性感作)を引き起こし,それが次いで後期相の間の処理に影響することを
もたらし得ることを示唆する。」
(f) 甲48の文献(Elsevier Science Ireland Ltd.発行の「Neuroscience
Letters 208」(1996年)に掲載された「Formalin induces biphasic activity
in C-fibers in the rat」(W.D. McCall ら著))には,次の記載がある。
i 「ホルマリン誘発性の行動の第1相は,ホルマリン誘発性のC線維の一次求
心性侵害受容器の活性化を反映しており,第2相は,第1相の間の一次求心性イン
プットの初期の集中砲火により後角ニューロンが感作(中枢性感作)した結果か,
炎症に誘発された一次求心性侵害受容器の活性化の結果か,又はその両方の組合せ
であるとの仮説が立てられてきた。ホルマリンに対する行動反応の第2相への末梢
性侵害受容作用の寄与については,議論が引き起こされている。」
ii 「総合すれば,これらのデータは,一次求心性作用が第2相の侵害受容行動
の発現に必要とされること及び中枢性感作が第2相の単独の根拠ではないことを示
唆している。」
(g) 甲49の文献(「The Journal of Neuroscience, September 1992」(19
92年)に掲載された「The Role of NMDA Receptor-operated Calcium Channels
in Persistent Nociception after Formalin-induced Tissue Injury」(Terence
J. Coderre ら著))には,次の記載がある。
i 「ラットにおける組織損傷に対する応答である中枢性感作及び持続性侵害受
容への細胞内カルシウムの貢献が,後肢へのホルマリンの皮下注射の後に調べられ
た。」
ii 「ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作及び持続性侵害
受容は,主にNMDA受容体作動性(比較的程度は低いが電位依存性の)カルシウ
ムチャネルを介したカルシウム流入に依存することを示す。」
(h) 甲51の文献(European Neuroscience Association 発行の「European
Journal of Neuroscience, vol. 6」(1994年)に掲載された「Intracellular
Messengers Contributing to Persistent Nociception and Hyperalgesia Induced
by L-Glutamate and Substance P in the Rat Formalin Pain Model」(Terence J.
Coderre ら著))には,次の記載がある。
「この結果は,ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作及び持
続性侵害受容並びにL-グルタミン酸及びサブスタンスPにより引き起こされたホ
ルマリン試験における痛覚過敏は,細胞内メッセンジャーである一酸化窒素,アラ
キドン酸及びプロテインカイネースCに依存することを示す。」
(i) 上記(b)ないし(h)の各文献の記載によると,本件出願日当時,ホルマリン
試験の後期相を中枢の神経細胞の感作(中枢性感作)を反映するものと捉える知見
が存在したことがうかがわれるものの,ホルマリン試験の後期相は,それにとどま
らず,持続する侵害刺激の受容を研究するために有用なモデルとして考えられてい
たとも認められるから,これらの文献によっても,原告が主張するようにホルマリ
ン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであると本件出願日当時の当業者
が認識していたと認めることはできない。
また,前記aにおいて説示したとおり,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因に
かかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機
能異常により生じるとの技術常識は,本件出願日当時に存在しなかったから,ホル
マリン試験の後期相に中枢性感作を反映する面がみられるとしても,これをもって,
本件出願日当時,ホルマリン試験が原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の
痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であったと認めることはできない。
以上のとおりであるから,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相が専ら中枢
性感作を反映したものであることや,ホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛の痛
みに対する薬剤の効果を確認するための試験であることが当業者の技術常識であっ
たと認めることはできず,その他,そのような技術常識を認めるに足りる的確な証
拠はない。
c(a) 原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により神経障害性疼痛や線維
筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確かめられることは
本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) しかしながら,前記aにおいて説示したとおり,本件出願日当時,痛覚過
敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作
によって引き起こされる神経の機能異常により生じるということが当業者の技術常
識であったと認めることはできないから,上記共通性(神経細胞の感作)を根拠に,
カラゲニン試験及び術後疼痛試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及
び接触異痛の痛みの処置に一般化できるものではない。そうすると,本件出願日当
時の当業者は,本件化合物2がカラゲニン試験や術後疼痛試験において効果を奏し
た旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にす
るあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると理
解することはできないといわざるを得ない。
(c) また,本件明細書の記載(前記ア(ア)e)によると,カラゲニン試験は,
ラットの後肢の足蹠表面にカラゲニンを皮下注射して炎症性疼痛を生じさせる試験
であり(なお,甲44の文献(Elsevier 発行の「Pain, 32」(1988年)に掲
載された「A new and sensitive method for measuring thermal nociception in
cutaneous hyperalgesia」(K. Hargreaves ら著)),甲56の文献(Elsevier
Science Publishers 発行の「European Journal of Pharmacology, 194」(199
1年)に掲載された「Spinal opioid analgesic effects are enhanced in a model
of unilateral inflammation / hyperalgesia: possible involvement of
noradrenergic mechanisms」(Janice L.K. Hylden ら著))及び甲57の文献
(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 50」(1992年)に掲載された
「Alterations in neuronal excitability and the potency of spinal mu, delta
and kappa opioids after carrageenan-induced inflammation 」 ( Louise C.
Stanfa ら著))にも,同旨の記載がある。),これは,甲4の文献ないし甲6の
文献の記載(前記a(e))によると,侵害受容性疼痛の動物モデルに該当するとい
うべきであるから,この点からも,カラゲニン試験において薬剤が示した効果をあ
らゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一般化できるものではなく,したがっ
て,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がカラゲニン試験において効果を奏
した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異に
するあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると
理解することはできないといわざるを得ない。
同様に,本件明細書の記載(前記ア(ア)g)によると,術後疼痛試験は,ラット
の後肢の足蹠面の皮膚,筋膜及び筋肉を切開し,機械的痛覚過敏の誘発を招くとい
う試験であり(なお,甲88の1及び2の文献(前掲)にも,同旨の記載があ
る。),これも,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記a(e))によると,侵
害受容性疼痛の動物モデルに該当するというべきであるから,カラゲニン試験の場
合と同様,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2が術後疼痛試験において効果
を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を
異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏す
ると理解することはできないというべきである。
(d) なお,甲146の文献(American Society of Anesthesiologists, Inc.発
行 の 「 Anesthesiology 83 」 ( 1 9 9 5 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 Intrathecal
Amitriptyline Acts as an N-Methyl-D-Aspartate Receptor Antagonist in the
Presence of Inflammatory Hyperalgesia in Rats」(James C. Eisenach ら著))
には,カラゲニン試験につき,「NMDAレセプターアンタゴニストのくも膜下腔
内注射により,長く続く神経障害性疼痛の患者の痛覚過敏や異痛が減少するという
事実は,これらのモデルが臨床と関係することを示す。」及び「くも膜下腔内のア
ミトリプチリン投与により,足底内にカラゲニン注射を受けたラットにおける炎症
性浮腫に影響を与えることなく,熱痛覚過敏は元に戻った。…この薬剤のくも膜下
腔内注射は,慢性の神経障害性疼痛の治療に対する新たなアプローチを提供するこ
とができる。」との記載があるが,このカラゲニン試験は,NMDAレセプターア
ンタゴニストとして働くアミトリプチリンについて行われたものであり,これをも
って,NMDAレセプターの阻害との関連が明らかでない本件化合物2についても,
カラゲニン試験が神経障害性疼痛の痛みに係る動物モデルであると認めることはで
きない。
d(a) 原告は,神経障害性疼痛は痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる神経
の機能異常による疼痛であると定義されることが本件出願日当時の技術常識であっ
たと主張する。
⒝ この点に関し,甲2の文献(前掲)には,「神経障害性疼痛 神経系の一次
的な損傷あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛」との記載があるところ,
甲5の文献の記載(前記a(e)ii)及び甲6の文献の記載(前記a(e)iii)に加え,
甲25の文献(真興交易株式会社医書出版部発行の「ペインクリニック入門-ペイ
ンクリニシャンを目指して-」(平成8年)(宮崎東洋著))の記載
(「neuropathic pain は神経因性疼痛または神経障害(損傷)性疼痛と呼んでも
よいのではないかと思われる。ニューロパシックペインは疾病によるものであれ,
外傷によるものであれ,神経の障害の結果生じる痛みを意味していることは明確で
あ…る。」)も併せ考慮すると,本件出願日当時,神経障害性疼痛は,圧迫,絞扼
等の何らかの原因による神経自体の障害を原因とする痛みであると認識されていた
ものと認めるのが相当である(なお,神経障害性の痛みについての本件明細書の記
載(前記ア(ア)c)も,これと同旨である。)。したがって,原告が主張するよう
に,本件出願日当時,神経障害性疼痛が「痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる
神経の機能異常」(原告の主張に照らせば,これは,「末梢や中枢の神経細胞の感
作」をいうものと解される。)による疼痛であると理解されていたものと認めるこ
とはできない(なお,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みの原因が末梢や
中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常であるとの技術常識
が存在しなかったことは,前記aにおいて説示したとおりである。)。
e(a) 原告は,ケタミンは中枢性感作を阻害する物質であり,本件出願日当時,
原因にかかわらず疼痛に対して効果を奏することが知られていたと主張する。
⒝ この点に関し,甲26の文献(前掲),甲42の文献(前掲),甲46の文
献(前掲),甲52の文献(Elsevier 発行の「Pain, 36」(1989年)に掲載
さ れ た 「 Comparison of ketamine and pethidine in experimental and
postoperative pain 」 ( Atle Maurset ら 著 ) ) , 甲 5 3 の 文 献 ( 「 CANADIAN
JOURNAL OF ANAESTHESIA 」 ( 1 9 9 0 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 Continuous
subcutaneous injection of ketamine for cancer pain」(Eiji Oshima ら著)),
甲54の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 54」(1993年)
に掲載された「Ketamine hydrochloride in the treatment of phantom limb pain」
(Catherine F. Stannard ら著)),甲55の文献(前掲)及び甲70の文献
(Elsevier Science 発行の「Brain Research 715」(1996年)に掲載された
「Systemic ketamine attenuates nociceptive behaviors in a rat model of
peripheral neuropathy」(Jin Qian ら著))には,次の記載がある。
i 「疼痛の強度,筋力,静的筋持久力,圧痛閾値及び圧痛点と対照点での疼痛
耐性を,線維筋痛症(FM)を有する患者31例において,モルヒネ(9例),リ
ドカイン(11例)及びケタミン(11例)の静脈内投与の前後で評価した。…ケ
タミン試験では,試験期間中に疼痛強度の有意な低下が示された。圧痛点の圧痛は
軽減し,持久力は有意に上昇したが,筋力に変化はなかった。これらの結果は,N
MDA受容体が線維筋痛症の疼痛機構に関与するという仮説を支持する。これらの
知見から,FMに中枢性感作があること及び圧痛点が二次痛覚過敏を示すことも示
唆される。…非競合的アンタゴニストであるケタミンを使用して,N-メチル-D
-アスパラギン酸(NMDA)受容体系の遮断の効果の研究を開始することは論理
的であった。NMDA受容体の活性化は,後角における侵害受容ニューロンの中枢
性感作をもたらすと考えられる。…局所麻酔による硬膜外ブロックが完全にFMの
患者における痛みと圧痛点での圧痛を封じたという事実は,FMの中枢性感作と二
次痛覚過敏が一次求心性神経のインパルスに依存しているという仮説を支持するだ
ろう。」(甲26)
ii 「ケタミンは,ヒトの医療に広く用いられるNMDA遮断薬である。ケタミ
ン…を慢性神経障害性疼痛症候群の管理のため,…6例の患者に投与した。末梢神
経系(PNS)疾患に関連する疼痛を有する患者全3例と,中枢痛及び異常感覚症
候群を有する患者3例のうち2例が,継続する疼痛の評価で一時的な軽減を示した。
患者5例にみられた接触異痛,痛覚過敏及び残感覚は,ケタミンの投与後改善した。
PNSに関連する神経障害性疼痛を有する患者2例での用量反応評価で,ケタミン
は,用量依存的に効果を示すことが明らかになった。…動物の神経障害性疼痛モデ
ルにおいて示唆されるように…,痛覚過敏はNMDA受容体によって介在される
「ワインドアップ現象」の提示である可能性がある。これに関して,神経障害性疼
痛症候群における痛覚過敏は,ホルマリン誘発性の痛みの第2相…と局所貧血の間
の痛覚過敏…に類似する。これらは,全てNMDA受容体介在性の中枢性促進によ
る脊髄レベルでのワインドアップ現象によって生じると思われる。」(甲42)
iii 「後角深層の多種感覚受容(収束)の侵害受容ニューロンである後肢末梢
受容野へのホルマリンの皮下注射は,この細胞の持続的活性化(1時間)のため使
用された。この化学的侵害刺激は,発火の最初のピークを生み出し,これは,10
分間持続して,その後に長く続く活性の第2のピークが発生し,これは,50分間
観測された。…非競合的なNMDA受容体チャネル阻害剤であるケタミンとMK8
01は,発火の第2相中に静脈内投与された。ケタミン(1~8mg/kg)は,
ホルマリンへのニューロン反応に短期間ではあるが顕著で投与量依存的な阻害を生
み出した…。…ホルマリンによって生成される求心性集中砲火(barrage)は,比
較的短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活
性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となって
いる可能性があると思われる。…NMDAチャネルブロッカーであるケタミンもま
た,ワインドアップを阻害し,明らかにホルマリン応答の第2相の間のこれらのニ
ューロンの活性を減少させた。…ケタミンとMK801が麻酔領域以下の量でホル
マリン応答の第2相を阻害する能力は,この反応におけるNMDAレセプターのシ
ステムの関与を示しており,そのレセプターアンタゴニストであるAP5により得
られた結果を確認している。」(甲46)
iv 「ケタミン及びペチジンの鎮痛効果を実験的虚血性疼痛及び口腔手術後の術
後疼痛において比較した。…ケタミン0.3mg/kg及びペチジン0.7mg/
kgは,ともに,検討した2種の疼痛に対する鎮痛薬として効果を示した。ナロキ
ソンは,ペチジンの鎮痛作用を妨げたが,ケタミンの鎮痛作用への影響はなかった。
この結果は,ケタミンの鎮痛作用が非オピオイド機構によって仲介され,おそらく
はPCP受容体により仲介されるNMDA受容体作動性イオンチャネルの遮断が関
与するとの仮説と一致する。…ケタミン鎮痛の薬理学的機序は不明である。」(甲
52)
v 「低用量ケタミンの皮下投与は,多くの癌患者(18例中13例)において,
有効な鎮痛をもたらした。脊髄神経領域で疼痛を緩和したケタミンの用量は,三叉
神経痛及び舌咽神経の領域でも鎮痛作用を示した。」(甲53)
vi 「ケタミン塩酸塩で幻肢痛の治療が成功した3例について述べる。…ケタミ
ン塩酸塩は,容易に利用可能なNMDAレセプターサイトの非競合アンタゴニスト
であり…,この薬剤の鎮痛効果は,NMDAレセプターで媒介されるであろう…。
また,特に末梢の神経損傷に続いて,鎮痛効果がこの場所で媒介されることを示す
証拠もある…。これは,幻肢痛への明らかな有益作用の観察を裏付けるだろう。ま
た,痛みのある術前実験の中枢に現れる神経構造の長期変化を減少させる試みにお
いて,手術前に用いる論理的薬物のように思われる。…この薬物が鎮痛を引き起こ
す機序は証明されていない。薬物の鎮痛効果がナロキソンによって部分的に拮抗さ
れるという観察は,オピオイド受容体との相互作用がその鎮痛活性の一部を説明す
ることを示唆する。」(甲54)
vii 「神経損傷性疼痛へのケタミンの連続皮下(s.c.)投与の効果を,帯
状疱疹後神経痛を有する患者で検討した。ケタミンの急性静脈内注射後に疼痛の緩
和を報告した5例の患者をこの非盲検前向き研究の対象とした。…全ての患者がケ
タミンによる持続痛の強度の低下と自発痛発作の強度と回数の低下を報告した。…
接触異痛は,…59~100%の最大の軽減を示し,ワインドアップ様疼痛は,…
60~100%の最大の軽減を示した。…興奮性アミノ酸(EAA)は,神経系に
おける侵害受容情報の伝達に関与する。N-メチル-D-アスパラギン酸(NMD
A)受容体は,EAAグルタミン酸の受容体サブタイプの一つであり,神経傷害性
疼痛の発症において重要な役割を果たすと考えられている…。中枢性NMDA受容
体の遮断は,神経傷害によって引き起こされる侵害受容挙動を低減し…,一次求心
性C線維の刺激の延長によって引き起こされる侵害受容細胞における過剰興奮性を
減少させる…。最近,NMDA遮断剤が神経傷害によって引き起こされる疼痛を低
減させるという臨床的証拠が蓄積されてきた。…非競合的NMDA受容体遮断剤で
あるケタミンは,末梢又は中枢神経系(CNS)の傷害を有する患者における連続
的疼痛及び誘発性疼痛を低減させ…,幻肢痛…又は慢性口腔顔面痛…を有する患者
における疼痛を低減させた。我々は,…ケタミンの急性静脈内(i.v.)注射が
異痛及びワインドアップ様疼痛を含む疼痛を低減させることを見出した…。…幾つ
かの証拠が,NMDA受容体の遮断が一次求心性C線維における活性増加の延長に
よって引き起こされる侵害受容ニューロンの過剰興奮性を低減し得ることを示して
いる…。…NMDA受容体の遮断が,中枢性感作が起こった後に確立された侵害受
容ニューロンの過剰興奮性を逆転させることができることを示唆する実験データが
提示されている…。」(甲55)
viii 「末梢の神経障害のラットモデルにおいて,全身のケタミンが侵害受容行
動を減衰させた。…ケタミン,非競合NMDAレセプターチャネルブロッカーの効
果を,L5及びL6脊髄神経をきつく結紮した神経障害ラットにおける侵害受容行
動の軽減で評価した。…全身性KETは,機械的異痛及び痛覚過敏の行動徴候を減
少させるのに最も効果的であり,さらに,冷感アロディニア,冷感ストレス誘発痛,
そして自発痛にも効果を奏した。本研究の結果は,NMDA受容体の遮断が末梢神
経障害のラットモデルにおける侵害受容行動を効果的に軽減し,神経障害性疼痛の
維持の根底にある中枢性感作におけるこれらの受容体の重要な役割を実証している。
加えて,様々な侵害行動を大幅に軽減するKETの能力は,この臨床的に安全な薬
剤が神経障害患者の疼痛管理に使用できることを示している。」(甲70)
⒞ 上記⒝の各文献の記載によると,本件出願日当時,ケタミンが神経障害性疼
痛,線維筋痛症等による様々な痛みの処置において効果を奏すること及びその機序
がケタミンによりNMDA受容体を遮断し,これによりNMDA受容体を介在する
中枢性活性の痛みが軽減されることがあり得るとの知見が存在したと認めることが
できる。しかしながら,これらの文献によっても,「NMDA受容体を介在する中
枢性活性」が発症の原因を異にするあらゆる痛みの共通の原因であるとまで認める
ことはできず,その他,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。そう
すると,ケタミンによるNMDA受容体の遮断をもって,これが原告の主張する中
枢性感作の阻害であると認めることもできない。また,上記⒝の各文献によっても,
ケタミンが原因にかかわらずあらゆる疼痛に対して効果を奏するとまで認めること
はできず(かえって,本件出願日後の文献である乙F5の文献(American Society
of Anesthesiologists, Inc. Lippincott Williams & Wilkins, Inc. 発 行 の
「 Anesthesiology 2005 」 ( 2 0 0 5 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 Topical 2%
Amitriptyline and 1% Ketamine in Neuropathic Pain Syndromes A Randomized,
Double-blind, Placebo-controlled Trial」(Mary E. Lynch ら著))には,「糖
尿病性ニューロパチー,帯状疱疹後神経痛,異痛症,痛覚過敏又はピンプリック感
覚鈍麻を伴う術後/外傷後神経障害性疼痛92人の患者を4つのクリーム(プラセ
ボ,2%アミトリプチリン,1%ケタミン又は2%アミトリプチリンと1%ケタミ
ンの併用)のいずれかを投与するようにランダムに割り当てた。」,「グループ間
に差はみられなかった。」)との記載がある。),その他,そのような事実を認め
るに足りる証拠はない。なお,「NMDA受容体を介在する中枢性活性」が,NM
DA受容体との関連が明らかでない本件化合物2のような薬剤の作用に関連すると
認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから,ケタミンが中枢性感作を阻害する物質であり,本件出
願日当時,原因にかかわらず疼痛に対して効果を奏することが知られていたという
ことはできない。
f(a) 原告は,痛みを炎症や神経損傷といった原因により区別できないことが
本件出願日当時に知られていたと主張する。
(b) しかしながら,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記a(e))によると,
本件出願日当時,痛みは,その発生機序,症状等に基づき,侵害受容性疼痛,神経
障害性疼痛,心因性疼痛等に分類されていたものと認められ,これを覆すに足りる
的確な証拠はない。
(c) 原告は,上記(a)の技術常識が存在した根拠として,痛覚過敏や接触異痛の
痛みはこれを生ずる原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によるとの技術
常識があったと主張するが,そのような技術常識が存在したと認められないことは,
前記aにおいて説示したとおりであるから,この点からも,原告が主張する上記
(a)の技術常識が存在したということはできない。
(d) なお,原告は,上記(a)の技術常識が存在したことを根拠に,本件出願日当
時の当業者は痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で特定の化合物
の効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じ
た痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても当該化合物が同様に効果を奏するものと理
解していたとも主張するが,上記(a)の技術常識が存在したものとは認められない
から,原告の主張は,前提を欠くものとして失当である。
(イ) 原告が主張する各技術常識が存在しなかったことは,前記(ア)において説
示したとおりであるから,これを前提に,本件出願日当時の当業者において,本件
化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処
置において効果を奏することが本件明細書又は図面に記載されているに等しいと理
解したといえるかについて以下検討する。
a 原告は,ホルマリン試験によって引き起こされた後期相に本件化合物2を用
いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載を根拠に,痛覚過敏及び接
触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることは,本件明細書の記載から自明で
あると主張する。
原告の上記主張は,本件出願日当時にホルマリン試験の後期相が中枢性感作によ
って生じる痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として
広く知られていたことを根拠とするものである。しかしながら,前記(ア)bにおい
て説示したとおり,ホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであ
ることや,ホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確
認するための試験であることが本件出願日当時の技術常識であったと認めることは
できないから,原告の上記主張は,その根拠を欠くものといわざるを得ない。
そして,本件明細書の記載(前記ア(ア)d)によると,ホルマリン試験は,ラッ
トの後肢の足蹠表面にホルマリンを皮下注射して疼痛を生じさせる試験であり,こ
れは,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記(ア)a(e))によると,侵害受容
性疼痛の動物モデルに該当するというべきであるから,この点からも,ホルマリン
試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一
般化できるものではなく,したがって,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2
がホルマリン試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのこ
とから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処
置においても当然に効果を奏すると理解することはできなかったといわざるを得な
い。
したがって,ホルマリン試験によって引き起こされた後期相に本件化合物2を用
いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載があるからといって,本件
出願日当時の当業者にとって,原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛
みの処置においても本件化合物2が効果を奏することは自明であると認めることは
できない。
b 原告は,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物2を用
いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載並びに術後疼痛試験におい
て痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確
認された旨の本件明細書の記載を根拠に,本件明細書には本件化合物2を痛覚過敏
及び接触異痛の痛みの処置に用いることが明示されていると主張する。
しかしながら,前記(ア)cにおいて説示したとおり,カラゲニン試験及び術後疼
痛試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に
一般化することはできないから,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がカラ
ゲニン試験や術後疼痛試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,
そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛
みの処置においても当然に効果を奏すると理解することはできない。
したがって,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物2を用
いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載並びに術後疼痛試験におい
て痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確
認された旨の本件明細書の記載があるからといって,本件明細書に原因を異にする
あらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても本件化合物2が効果を奏す
ることが明示されているとも,自明であるとも認めることはできない。
c 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や
中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることは
本件出願日当時の技術常識であったとして,本件明細書には疼痛の原因にかかわら
ず痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることが開示されてい
るといえると主張する。
しかしながら,原告が主張する技術常識が存在したと認められないことは,前記
(ア)aにおいて説示したとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くも
のとして失当である。
d 原告は,本件明細書には本件化合物2を神経障害及び線維筋痛症による痛み
の処置に用いる旨の記載があるから,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症によ
る痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いられることはこの記載から自明である
と主張する。
原告の上記主張は,①神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は
接触異痛の痛みが生じること,②神経障害性疼痛は,痛覚過敏や接触異痛の直接の
原因となる神経の機能異常による疼痛であると定義されること,③線維筋痛症によ
る痛みは,痛覚過敏を伴う疼痛であると定義されることが本件出願日当時の技術常
識であったことを根拠とするものである。
しかしながら,上記①及び③については,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状
が痛覚過敏又は接触異痛の痛みであるとしても,また,線維筋痛症による痛みが痛
覚過敏を伴う疼痛であると定義されていたとしても,そのことから直ちに,本件化
合物2を神経障害及び線維筋痛症による痛みの処置に用いる旨の本件明細書の一般
的な記載をもって,これが,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過
敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏することを意味すると解することは
できない。上記②については,そのような技術常識が存在したと認められないこと
は,前記(ア)dにおいて説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
e その他,本件出願日当時の当業者において,本件化合物2が「神経障害又は
線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置に効果を奏することが本
件明細書又は図面に記載されているに等しいと理解したといえるものと認めるに足
りる的確な証拠はない。
ウ 以上のとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に添付した
明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるということはできない。した
がって,訂正事項2-2に係る本件訂正は,特許法134条の2第9項において準
用する同法126条5項に違反し,許されない。
(3) 訂正事項2に係る本件訂正について
訂正事項2-2に係る本件訂正が許されないことは,前記(2)において説示した
とおりであるから,訂正事項2-2を含む訂正事項2に係る本件訂正も,特許法1
34条の2第9項において準用する同法126条5項に違反し,許されない。これ
と同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(4) 訂正事項1に係る本件訂正について
本件訂正前の請求項1及び2は,請求項2が請求項1の記載を引用する関係にあ
るから,請求項1及び2に係る本件訂正(訂正事項1及び2に係る本件訂正)は,
一群の請求項1及び2についてされるものであるところ,前記(3)において説示し
たとおり,訂正事項2に係る本件訂正は許されないから,請求項2と共に一群の請
求項を構成する請求項1に係る本件訂正(訂正事項1に係る本件訂正)も,許され
ない。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない(なお,原告も,請求項2に係る
本件訂正(訂正事項2に係る本件訂正)が許されない場合には,請求項2と共に一
群の請求項を構成する請求項1に係る本件訂正(訂正事項1に係る本件訂正)も許
されないことになることを争うものではない。)。
(5) 小括
以上のとおり,訂正事項1及び2に係る本件訂正を許さなかった本件審決の判断
に誤りはない。取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について
(1) 平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は,明細書の発
明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が
その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないと定め
るところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明については,その物の使用等を
する行為をいうのであるから(特許法2条3項1号),物の発明について実施可能
要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載が,当業者において,そ
の記載及び出願時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,当該
発明に係る物を使用することができる程度のものでなければならない。
そして,医薬用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されること
のみによっては,その有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に,
医薬の有効量,投与方法等が記載されていても,それだけでは,当業者において当
該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから,
当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができ
る程度の記載があるというためには,明細書において,当該物質が当該用途に使用
できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し,
出願時の技術常識に照らして,当該物質が当該用途の医薬として使用できることを
当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件各発明は,前記第2の2のとおり,本件化合物
を「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用する医薬用途発明であるから,本件
各発明について本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすとい
えるためには,本件明細書において,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」
の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の
事項を記載し,本件出願日当時の技術常識に照らして,本件化合物が当該用途の医
薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある。
(2) 原告は,本件明細書の記載に加え,本件出願日当時の技術常識を併せ考慮
すれば,本件明細書の記載を見た当業者は本件化合物が原因にかかわらず痛覚過敏
や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解し,また,本件化合物が少なく
とも神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏する
ものと理解するといえるとして,本件明細書の発明の詳細な説明が本件各発明につ
いて実施可能要件を満たすと主張するので,まず,原告が主張する技術常識の存否
について,以下検討する(もっとも,前記(1)のとおり,本件各発明は,「痛み」
の処置における鎮痛剤の用途に使用されるものであり,当該「痛み」には何らの特
定もされていないのであるから,実施可能要件を満たすか否かを判断するに当たっ
て検討すべき本件出願日当時の当業者の理解の対象は,本件化合物が「痛覚過敏や
接触異痛の痛み」又は「神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛み」
に対して効果を奏することではなく,本件化合物が「痛み」に対して効果を奏する
ことである。)。
ア 原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みはそ
の原因にかかわらず抹消や中枢の神経細胞の感作によって生じることが本件出願日
当時に知られていたと主張するが,そのような事実が認められないことは,前記1
(2)イ(ア)aにおいて説示したとおりである。
なお,原告は,特発性疼痛についても,神経細胞の感作により痛みの症状が生じ
るものであると主張するが,前記1(2)イ(ア)aにおいて説示したところに照らす
と,そのような事実を認めることはできず,その他,そのような事実を認めるに足
りる的確な証拠はない。
イ 原告は,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にかかわらず痛覚
過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが本件出願日当時に知られていたと
主張するが,そのような事実が認められないことは,前記1(2)イ(ア)eにおいて
説示したとおりである。
ウ 原告は,上記ア及びイの技術常識が存在したことを根拠に,本件出願日当時
の当業者は痛みに共通の治療法があることを理解していたと主張するが,上記ア及
びイの技術常識は認められないから,原告の主張は根拠を欠くものとして失当であ
る。
エ 原告は,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は中枢性感作を反映する
ものであるとの技術常識が存在し,これは仮説ではなかったと主張するが,ホルマ
リン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであることが技術常識であった
と認めることができないことは,前記1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりであ
る。
なお,原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験についても,神経の機能異常に
基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映するものであったと主張するが,前記1
(2)イ(ア)a及びcにおいて説示したところに照らすと,そのような事実を認める
ことはできず,その他,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
オ 原告は,痛みを原因によって区別できないことは本件出願日当時の技術常識
であったと主張するが,そのような技術常識が認められないことは,前記1(2)イ
(ア)fにおいて説示したとおりである。
カ 原告は,本件出願日当時の当業者は疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接
触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で特定の化合物の効果を確認できれば,そ
の動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛
みに対しても当該化合物が同様に効果を奏するものと理解していたと主張するが,
原告の主張が前提を欠き失当であることは,前記1(2)イ(ア)f(d)において説示し
たとおりである。
キ なお,原告は,本件明細書においてベネットモデルやチャングモデルへの言
及があれば,本件出願日当時の当業者は炎症や手術とは異なる原因によって生じた
痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても本件化合物が有用であることを十分に理解で
きたと主張する。しかしながら,前記1(2)ア(ア)fのとおり,本件明細書には,
ベネットモデル及びチャングモデルについて,「Bennet G.J.のアッセ
イはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単
発神経障害の動物モデルを提供する(Pain,1988;33:87-107)。
Kim S.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生
じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain,1990;50:3
55-363)。」との記載があるのみであり,本件化合物がベネットモデルやチ
ャングモデルにおいてどのような結果を示したのかについての記載は全くないから,
上記記載をもって,本件出願日当時の当業者が炎症や手術とは異なる原因によって
生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても本件化合物が有用であることを理解で
きたと認めることはできない。
この点に関し,原告は,本件出願日後の文献である甲28の文献(Elsevier
Science B.V.発行の「pain 83」(1999年)に掲載された「Detection of
static and dynamic components of mechanical allodynia in rat models of
neuropathic pain: are they signaled by distinct primary sensory neurons?」
(Mark J. Field ら著))の記載は本件化合物が実際にベネットモデルやチャング
モデルにおいて効果を奏したことを裏付けるものであるから,これを参酌すべきで
あると主張するが,上記のとおり,本件明細書には,本件化合物がベネットモデル
やチャングモデルにおいて効果を奏した旨の記載が全くないのであるから,甲28
の文献の記載が本件明細書の記載内容を裏付けるとはいえない。原告の主張は,前
提を誤るものとして失当である。
(3) 原告が主張する各技術常識が存在しなかったことは,前記(2)において説示
したとおりであるから,これを前提とした上,本件明細書の発明の詳細な説明にお
いて,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき
薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され,本件出願日当時の当業者
において,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたかにつ
いて検討する。
ア 前記1(2)ア(ア)d,e及びgのとおり,本件明細書には,薬理データ又は
これと同視し得る程度の事項として,本件化合物がホルマリン試験,カラゲニン試
験及び術後疼痛試験において効果を奏した旨の記載がある。しかしながら,前記
(2)エにおいて説示したとおり,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相が専ら
中枢性感作を反映するものであるとの技術常識並びにカラゲニン試験及び術後疼痛
試験が神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映するものであると
の技術常識は存在せず,また,前記(2)オにおいて説示したとおり,本件出願日当
時,痛みを原因によって区別できないとの技術常識も存在しなかったから,本件化
合物がホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こされた
各痛みの処置において効果を奏した旨の記載があるからといって,そのことをもっ
て,当業者において,本件化合物が原因を異にするあらゆる「痛み」の処置におい
ても効果を奏すると理解したとは到底いえない。したがって,ホルマリン試験,カ
ラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果に係る上記記載をもって,本件明細書の発明
の詳細な説明において,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用
できることにつき薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され,本件出
願日当時の当業者において,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを
理解できたと認めることはできない。
イ なお,前記1(2)ア(ア)fのとおり,本件明細書には,ベネットモデル及び
チャングモデルへの言及があるが,本件化合物がベネットモデル及びチャングモデ
ルにおいてどのような結果を示したのかについての記載は全くないから,本件明細
書におけるベネットモデル及びチャングモデルへの言及をもって,薬理データ又は
これと同視し得る程度の記載であるとみることはできない。
ウ また,原告は,本件明細書には,①本件化合物が「抗痛覚過敏作用」を有す
るものであること,②本件化合物が慢性疼痛に対して効果を奏するものであること,
③本件化合物が神経障害性疼痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)の痛み
に使用できること,④本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代わる新規の鎮痛
剤として提案することが記載されているとも主張するが,これらの記載をもって,
薬理データ又はこれと同視し得る程度の記載であるとみることはできない。
エ その他,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件化合物が「痛みの処置にお
ける鎮痛剤」の用途に使用できることにつき,薬理データ又はこれと同視し得る程
度の事項が記載され,本件出願日当時の当業者において,本件化合物が当該用途の
医薬として使用できることを理解できたと認めるに足りる的確な証拠はない。
(4) 原告のその余の主張について
ア 原告は,医学専門家作成の陳述書(甲67~69)の記載を採用せず,痛覚
過敏や接触異痛の痛みが中枢性感作によって生じること,本件明細書に記載された
ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が痛覚過敏や接触異痛の痛みに
対する薬剤の効果を確かめる試験として周知であったことなどの技術常識を認定し
なかった本件審決は誤りであると主張する。
確かに,甲67(A作成の陳述書)には,「我々の研究では,強い持続性疼痛タ
イプを誘発するために,マスタードオイルの局所投与を使用し,我々は,これらの
疼痛が動的機械的痛覚過敏(異痛)の特徴的な症状をもたらす疼痛情報の中枢処理
の変化に関連することを実証した。…マスタードオイル刺激は,急性局所刺激であ
ったが,実験モデルは,長期にわたる神経障害性疼痛を患う患者における症状と区
別できない症状の提示を誘発した。したがって,それらは,共通のメカニズムであ
る中枢性疼痛感作を共有する。」などの記載があり,甲68(Bの陳述書)には,
「優先日当時,中枢性感作の予防は,痛覚過敏(ワインドアップ様疼痛)及び異痛
の両方を実質的に排除することが知られていた…。これは,端緒の要因にかかわら
ず,同じ中枢性感作メカニズムが両方のタイプの疼痛メカニズムにおいて作用して
いることが技術常識であったことを示す。」などの記載があり,甲69(C作成の
陳述書)には,「ホルマリンモデルは,客観的証拠に基づいて,中枢性感作に関連
する慢性疼痛状態の治療のための薬物の有効性を評価するための便利かつ有効なモ
デルとして広く受け入れられていた。…カラゲニン及び術後疼痛モデルもまた,薬
物開発に使用された。両方について,ホルマリンモデルと同様に中枢性感作が引き
起こされる。」などの記載がある。
しかしながら,甲67の記載は,上記のとおり,マスタードオイル試験に基づく
知見をいうものであるところ,マスタードオイル試験(甲67によると,対象動物
の局所に化学的な刺激を与えて疼痛を発生させるものと認められる。)の結果から,
原因を異にするあらゆる痛みが中枢性感作によって引き起こされると結論付けるこ
とはおよそできない(なお,原告は,マスタードオイル試験はホルマリン試験と同
一の原因に基づく試験であると主張するが,ホルマリン試験が専ら中枢性感作を反
映するものといえないことは,前記1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりであ
る。)。甲68の記載は,その根拠として甲55の文献(前掲)を引用するもので
あるが,甲55の文献は,帯状疱疹後神経痛を有する患者に対するケタミンの投与
結果等を述べるものにすぎず,帯状疱疹後神経痛に対するケタミンの効果のみをも
って,原因を異にするあらゆる痛みに中枢性感作が作用しているということは困難
である。甲69の記載のうちホルマリン試験に係る部分は,その根拠として,甲4
5の文献ないし甲47の文献(いずれも前掲)を引用するものであるが,これらの
文献の記載によっても,本件出願日当時にホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛
の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であったといえないことは,前記
1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりである。また,甲69の記載のうちカラゲ
ニン試験及び術後疼痛試験に係る部分は,その根拠として甲57の文献並びに甲8
8の1及び2の文献(いずれも前掲)を引用するものであるが,甲57の文献にも
甲88の1及び2の文献にも,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こ
された疼痛の原因が中枢性感作であることの根拠となる確たる記載はみられず,甲
57の文献並びに甲88の1及び2の文献の記載をもって,カラゲニン試験及び術
後疼痛試験において引き起こされた疼痛の原因が中枢性感作であると断ずることは
できない。
以上のとおりであるから,甲67ないし69の各陳述書の記載を採用せず,原告
が主張する技術常識を認定しなかった本件審決に誤りはない。
イ 原告は,症状に着目した動物モデルを基に実施可能要件を具備するものとし
て登録がされた先例特許の存在や審査ハンドブックの記載は本件明細書の発明の詳
細な説明の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないとの結論を左右し
ないとした本件審決の判断は誤りであると主張するが,原告が主張する先例特許の
存否及び内容や審査ハンドブックの記載内容はともかく,原告の主張は,本件明細
書の発明の詳細な説明の記載自体が本件各発明について実施可能要件を満たす旨を
いうものではないから,主張自体失当である。
ウ 原告は,本件各発明は技術進歩の著しい分野におけるいわゆるパイオニア発
明であるところ,そのような発明については,実施可能要件等の記載要件を厳格に
適用するのは相当でないし,記載要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があるこ
とを理由として当該発明に係る特許を無効とするのは誤りであると主張するが,本
件各発明が原告の主張するようなパイオニア発明であるか否かはともかく,実施可
能要件やサポート要件は,特許法が規定する独占的権利を付与する前提として課さ
れるものであるから,パイオニア発明についてはその厳格な適用を回避すべきであ
るなどと解することはできない。原告の主張は,独自の見解であり,採用すること
ができない(なお,前記(1)ないし(3)において説示したところに照らすと,本件は,
実施可能要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があるにすぎない事案ではな
い。)。
(5) 小括
以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件各発明に
ついて実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。取消事由2
は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件(平成14年法律第24号による改
正前の特許法36条6項1号)を満たすか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の
詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説
明に記載された発明であって,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の
課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆が
なくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で
きる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成1
7年(行ケ)第10042号同年11月11日判決)。
(2) 特許請求の範囲の記載(前記第2の2)及び本件明細書の記載(前記1(2)
ア(ア))によると,本件各発明は,本件化合物を「痛みの処置における鎮痛剤」と
して提供することを課題とするものであると認められる。
そして,前記2において説示したところに照らすと,本件各発明は,本件明細書
の発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲
のものであるとはいえず,かつ,当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし上記
課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
そうすると,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たさ
ないというべきである。
(3) 小括
したがって,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさな
いとした本件審決の判断に誤りはない。取消事由3は理由がない。
4 結論
以上の次第であるから,原告の請求は理由がない。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
本 多 知 成
裁判官
浅 井 憲
裁判官
中 島 朋 宏
(別紙)
当 事 者 目 録
原 告 ワーナー-ランバート カン
パニー リミテッド ライア
ビリティー カンパニー
同訴訟代理人弁護士 飯 村 敏 明
磯 田 直 也
森 下 梓
同訴訟代理人弁理士 小 野 新 次 郎
泉 谷 玲 子
同訴訟復代理人弁護士 永 島 太 郎
被 告 沢 井 製 薬 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 松 葉 栄 治
被 告 日 新 製 薬 株 式 会 社
被 告 日本ジェネリック株式会社
被 告 Meファルマ株式会社
上記3名訴訟代理人弁護士 柏 延 之
砂 山 麗
被告日新製薬株式会社訴訟代理人弁理士
佐 藤 俊 彦
辻? 茉 莉 子
被 告 サ ン ド 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 ? 田 和 彦
相 良 由 里 子
松 野 仁 彦
同訴訟代理人弁理士 志 村 将
小 林 真 知
被 告 日本ケミファ株式会社
同訴訟代理人弁護士 牧 野 知 彦
服 部 謙 太 朗
被 告 テバ・ホールディングス合同
会社
同訴訟代理人弁護士 長 沢 幸 男
笹 本 摂
向 多 美 子
同訴訟代理人弁理士 実 広 信 哉
被 告 大原薬品工業株式会社
被 告 東 和 薬 品 株 式 会 社
上記両名訴訟代理人弁護士 吉 澤 敬 夫
川 田 篤
同訴訟代理人弁理士 紺 野 昭 男
井 波 実
被 告 ダ イ ト 株 式 会 社
被 告 辰 巳 化 学 株 式 会 社
札幌市中央区北10条西24丁目3番地
被 告 株式会社フェルゼンファーマ
上記3名訴訟代理人弁理士 草 間 攻
被 告 日 医 工 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 新 保 克 芳
小 倉 拓 也
被 告 ニ プ ロ 株 式 会 社
被 告 共和薬品工業株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士 岡 田 春 夫
中 西 淳
熊 谷 仁 孝
同訴訟代理人弁理士 田 中 康 子
被 告 小 林 化 工 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 飯 田 秀 郷
森 山 航 洋
清 水 紘 武
村 山 顕 人
以 上

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