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令和3(行ケ)10158審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和4年6月28日
事件種別 民事
当事者 原告株式会社アイダ
被告特許庁長官
法令 意匠権
意匠法3条2項3回
意匠法6条1回
キーワード 審決71回
新規性3回
実施3回
拒絶査定不服審判1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 原告は、令和元年8月9日、意匠に係る物品を「工具の落下防止コード」と し、意匠の形態を別紙2(後記本件審決別紙第1)記載のとおりとする意匠(以25 下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願(意願2019-01794 3号)をした。本願意匠において意匠登録を受けようとする部分(以下「本願 部分」という。)は、別紙2(後記本件審決別紙第1)の図面に実線で表した部 分であり、破線で表した部分は、その他の部分である。

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判決文

令和4年6月28日判決言渡
令和3年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年4月28日
判 決
原 告 株 式 会 社 ア イ ダ
同訴訟代理人弁理士 北 上 日 出 登
10 被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 小 林 裕 和
同 正 田 毅
同 山 田 啓 之
同 上 島 靖 範
15 主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
20 特許庁が不服2020-16016号事件について令和3年10月20日
にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
原告は、令和元年8月9日、意匠に係る物品を「工具の落下防止コード」と
25 し、意匠の形態を別紙2(後記本件審決別紙第1)記載のとおりとする意匠(以
下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願(意願2019-01794
3号)をした。本願意匠において意匠登録を受けようとする部分(以下「本願
部分」という。)は、別紙2(後記本件審決別紙第1)の図面に実線で表した部
分であり、破線で表した部分は、その他の部分である。
原告は、令和2年8月6日付けで拒絶査定を受けたので、同年11月19日、
5 拒絶査定不服審判(不服2020-16016号)を請求した。特許庁は、審
理の上、令和3年10月20日、結論を「本件審判の請求は、成り立たない。」
とする審決(以下「本件審決」という。 をし、
) その謄本は、同年11月10日、
原告に送達された。原告は、同年12月9日、本件審決の取消しを求めて本件
訴訟を提起した。
10 2 審決の理由の要旨
本件審決の理由は、別紙1のとおりであり、要するに、本願意匠は、当業者
が、本願意匠の意匠登録出願前に公知であった引用意匠1及び引用意匠2に基
づいて容易に創作をすることができたものと認められるから、意匠法3条2項
の規定により、意匠登録を受けることができないとするものである。
15 なお、上記の「引用意匠1」は、
「米国の非営利団体である The Internet Archive が運営する、ウェブアーカイ
ブである『Wayback Machine』により2019年4月18日付けで保存・公開
されている『【NRK】布製安全コード 赤 3㎏(落下防止コード)-大工道
具・金物の専門通販アルデ』に掲載された、『落下防止コード』の意匠
20 検索日:2021年4月27日
インターネット・アーカイブ URL:(省略)
(別紙3)(本件審決別紙第2、本件審決3頁13~22行目)である。
「引用意匠2」は、
「米国の非営利団体である The Internet Archive が運営する、ウェブアーカイ
25 ブである『Wayback Machine』により2016年4月23日付けで保存・公開
されている『PLASTIMO プラスチモ ヨット用ハーネスライン セーフティ
ーライン』に掲載された、第2/5頁上段の『ダブルベルトハーネスライン ス
クリュータイプナスカン付 31565D プラスチモ』に示す『ハーネスライン』
の意匠
検索日:2021年4月27日
5 インターネット・アーカイブ URL:(省略)
(別紙4)(本件審決別紙第3、本件審決3頁23~33行目)である。
3 原告主張の取消事由
⑴ 取消事由1
本願意匠の認定の誤り
10 ⑵ 取消事由2
創作容易性の判断の誤り
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本願意匠の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
15 ⑴ 本願部分の位置、大きさ及び範囲の認定について
ア 本件審決は、「第5 当審の判断」「1
、 本願意匠の認定」「
、(3)本願
部分の位置、大きさ及び範囲」において、
「本願部分の位置、大きさ及び範
囲は、コードの一方側の端部から、分岐根元部までとするものである。」
(本
件審決7頁19~20行目)と認定している。
20 イ 意匠審査基準第Ⅲ部第2章第1節2.2.2.4では、『意匠登録を受

けようとする部分』の当該物品等全体の形状等の中での位置、大きさ、範
囲と、公知意匠における『意匠登録を受けようとする部分』に相当する部
分の当該物品等全体の形状等の中での位置、大きさ、範囲について共通点
及び差異点を認定する。」とされ、位置、大きさ、範囲が、当該意匠の属す
25 る分野においてありふれた範囲内のものであるかどうかを判断することと
されている。しかし、前記アの認定においては、
「コードの一方側の端部か
ら、分岐根元部まで」という記載しかなく、当該物品全体の形状等の中で
の本願部分の位置、大きさ、範囲を認定していないから、公知意匠と対比
する前提としての本願意匠の認定としては誤りである。
⑵ 本願部分の分岐根元部の認定について
5 ア 本件審決は、「第5 当審の判断」「1
、 本願意匠の認定」「
、(4)本願
部分の形態」「ウ
、 分岐根元部」において、
「分岐根元部は、正面視におい
て、上下共に内側に一山、外側に一山の波打った形態とするものである。」
(本件審決7頁31~32行目)と認定している。
イ しかし、本願意匠は、意匠に係る物品全体の中の本願部分について意匠
10 登録を受けようとするものであり、図面中の実線で囲んだ部分を切り取っ
た本願部分のみからなる部品の意匠ではないから、当該物品全体との対比
において意匠登録を受けようとする本願部分の認定をすべきであり、前記
アの認定は誤りである。
〔被告の主張〕
15 ⑴ 〔原告の主張〕⑴に対し
ア 本件審決による本願部分の位置、大きさ及び範囲の認定に誤りはない。
イ 本願意匠は、意匠に係る物品を「工具の落下防止コード」とするもので
あり、願書の意匠に係る物品の説明の欄の記載によれば、手に持つ「工具」
を取り付けるものであることから、願書の添付図面に表された意匠に係る
20 物品全体の大きさは、当該意匠の属する分野における常識的な大きさの範
囲であると特定でき、願書添付図面によって実線で示した本願部分の大き
さと、意匠に係る物品全体の形態に対する、本願部分の相対的な位置関係
と大きさは、本件審決の「コードの一方側の端部から、分岐根元部までと
するもの」という認定により明らかにされている。
25 ⑵ 〔原告の主張〕⑵に対し
ア 本件審決による本願部分の分岐根元部の認定に誤りはない。
イ 本件審決においては、本願意匠の認定を、本願意匠の意匠に係る物品」
「 、
「本願部分の用途および機能」「本願部分の位置、大きさ及び範囲」「本
、 、
願部分の形態」に分けて行った上で、本願意匠における意匠登録を受けよ
うとする部分(本願部分)を認定しているのであり、図面中の実線で囲ん
5 だ部を切り取った本願部分のみからなる部品として認定しているわけでは
ない。
2 取消事由2(創作容易性の判断の誤り)について
〔原告の主張〕
⑴ 公知の意匠に係る物品と本願意匠に係る物品の物品分野について
10 ア 本件審決は、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引
用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」は、同一のウェブサイトで
販売されていることなどから、同一分野の物品であると判断した。
イ(ア) しかし、昨今では、Amazon、楽天、Yahoo、Google 等において、非
常に広範かつ多種多様な製品が販売されており、大型のシッピングモー
15 ルで非常に多種の商品が一つの総合小売業者により販売されている。そ
のため、同じウェブサイトで販売されていることのみでは、同一の物品
分野に属すると認定する根拠とはなり得ない。
(イ) また、本件審決の別紙第6、参考資料2(甲5)では、高所作業、レ
スキュー、マリンスポーツが別個の類型として表示されており、これに
20 よれば、これらは別々の分野であることが示されているといえる。
(ウ) さらに、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」は、そ
れにより落下を防止する対象は工具であり、その重さは一般的に3ない
し5㎏程度である。これに対し、引用意匠2に係る物品である「ハーネ
スライン」は、それにより落下を防止する対象は人体であり、厚生労働
25 省の国民栄養調査(令和元年)によれば、20歳以上の体重の平均値は、
男性が65.8㎏、女性が53.2㎏であるから、引用意匠2の「ハー
ネスライン」は、本願意匠の「工具の落下防止コード」の10ないし2
0倍以上の重量を支える必要がある。また、本願意匠の「工具の落下防
止コード」と引用意匠2の「ハーネスライン」とでは、落下防止の必要
性は言うまでもなく、ベルトの幅、求められる強度、全体の長さ等が全
5 く異なるため、外観は顕著に異なる。さらに、
「ハーネスライン」の先端
部は、人体の安全確保のためにナスカンではなくカラビナであり、ナス
カンとカラビナでは全体の形態や質感等の外観が大きく異なる。
(エ) したがって、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と
引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」 物品分野が異なり、
は、
10 本件審決の前記アの判断は誤りである。
⑵ 創作容易性の有無について
ア 本件審決は、本願意匠は、当業者が、本願意匠の出願前に公知であった
引用意匠1及び引用意匠2に基づいて容易に創作をすることができたもの
であると判断した。
15 イ(ア) しかし、本願意匠の創作容易性を判断するためには、本願意匠と引
用意匠1及び引用意匠2の分岐部分をそれぞれ対比することが必要であ
るところ、引用意匠2は分岐部分の側面等が視認できず、その形態の詳
細を把握することができないため、本願意匠と十分に対比することがで
きない。
20 (イ) また、引用意匠1及び引用意匠2は、本願意匠とは異なる物品分野
の公知の形状であるから、それらが存在することにより、本願意匠が、
その意匠の属する分野におけるありふれた手法により創作されたもので
あるとはいえない。
(ウ) さらに、意匠登録第1457730号の工具落下防止用連結ベルト
25 の意匠(平成24年11月16日登録、甲11。以下「甲11意匠」と
いう。 が出願前に登録されているにもかかわらず、
) 意匠登録第1464
804号のランヤードの意匠(同月20日出願、甲13。以下「甲13
意匠」という。及び意匠登録第1464516号のランヤードの意匠
) (同
日出願、甲12。以下「甲12意匠」という。)が登録されているのは、
両者の物品の用途や機能が明確に異なり、工具落下防止用コードの形状
5 をランヤードに転用することがありふれた手法であるとはいえないから
である。
(エ) したがって、本願意匠は、出願前に公知となった引用意匠1及び引
用意匠2を基本としてその意匠の属する分野におけるありふれた手法に
より創作されたものとはいえず、本件審決の前記アの判断は誤りである。
10 〔被告の主張〕
⑴ 〔原告の主張〕⑴に対し
ア 本件審決は、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引
用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全ベルト)が、いずれも
コードとフック等による構成により落下防止を図る安全用コードという同
15 じ物品の分野に属すると判断したものであり、その判断に誤りはない。実
用新案登録第3188575号公報(甲9。以下「甲9公報」という。)の
【考案の詳細な説明】【背景技術】【0002】においても、工具の落下
、 、
防止用コードと人の落下を防止するコードが同列に記載されている。
イ(ア) 本件審決別紙第5、参考資料1のウェブサイトは、屋内外の作業現
20 場で使用する工具や作業時の安全製品等の専門分野の商品を中心に取り
扱っている専門業者のウェブサイトであり、そこで工具の落下防止用コ
ードと人の落下を防止するハーネスラインの両方が扱われていることは、
これらが同じ物品の分野に属することの根拠となる。総合小売業者のウ
ェブサイトと同視するのは失当である。
25 (イ) 本件審決別紙第6、参考資料2は、ハーネスラインやランヤードと
いった安全用のコードを取り扱っている会社のホームページであり、高
所作業、レスキュー、マリンスポーツという各使用場面における商品を
当該ホームページにおいて並べて紹介したものであるから、ヨット等の
マリンスポーツの分野においても人の落下を防止するコードが用いられ
ていることを示すものであり、使用場面が異なっていても、コードとフ
5 ック等による構成により落下防止を図る安全用のコードに係るものとい
う点で本願意匠と引用意匠1及び引用意匠2は、同一の物品分野に属す
るといえる。
実用新案登録第3172632号公報(乙9。以下「乙9公報」とい
う。)に記載された、「最大引張り幅制限機能を有する安全弾力ロープ」
10 という名称の考案は、工具用落下防止安全ロープを実施対象の一つに挙
げている安全用ロープに係る考案であり、【考案の概要】【考案が解決し
ようとする課題】
【0018】の記載によれば、マリンスポーツも危険を
伴う分野の一つとして、コードとフック等からなる構成により落下防止
を意図した安全用コードに係る物品が用いられる分野の一つとして想定
15 されたものであることが分かる。
乙10、11によれば、安全用コードに関して、工具の落下防止用の
コードと人の落下防止用のコードが、高所作業において同時に使用され
ている。
(ウ) 引用意匠1に係る物品である「工具の落下防止コード」と引用意匠
20 2に係る物品である「ハーネスライン」が、落下を防止する対象の重量
に違いがあるとしても、「ハーネスライン」に係る引用意匠2の形態は、
本件審決が認定したとおりのものであり、
「工具の落下防止コード」に係
る本願意匠との間に、視覚を通じて看取される形態上の顕著な差異は存
在しない。
25 ⑵ 〔原告の主張〕⑵に対し
ア 本件審決が、本願意匠は、当業者が、本願意匠の出願前に公知であった
引用意匠1及び引用意匠2に基づいて容易に創作をすることができたもの
であると判断したことに誤りはない。
イ(ア) 甲2(3枚目) 乙12によれば、
、 引用意匠2の分岐根元部において、
蛇腹タイプの波形伸縮コードは、内側に一山、外側に一山の波打った形
5 態を示していることが看取されるから、本件審決による引用意匠2の認
定に誤りはなく、本件審決が、そのような認定に基づいて創作容易性を
判断したことに誤りはない。
(イ) 引用意匠1に係る物品は、本願意匠に係る物品と同じであり、また、
前記⑴アのとおり、本件審決が、本願意匠に係る物品である「工具の落
10 下防止コード」と引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全
ベルト)が、安全用コードという同じ物品の分野に属すると判断したこ
とに誤りはない。本願意匠は、引用意匠2のフック部を引用意匠1のフ
ック部に置き換えたものであり、その点に関して意匠の着想の新しさや
独創性は認められないから、本願意匠が創作容易であるとした本件審決
15 の判断に誤りはない。
(ウ) 工具落下防止用連結ベルトに係る甲11意匠が出願前に登録されて
いるにもかかわらず、ランヤードに係る甲13意匠及び甲12意匠が登
録されたのは、後者2件の意匠が、新規性及び創作非容易性の要件を充
足すると判断されたことによる。しかし、そのことから、創作容易性を
20 判断するに当たり当業者の認識を検討する上で考慮される物品分野の同
一性に関し、工具落下防止用コードとランヤードが異なる物品の分野に
属すると判断されたと直ちに解することはできず、原告の上記主張は、
理由がない。
第4 当裁判所の判断
25 1 取消事由1(本願意匠の認定の誤り)について
⑴ 本願意匠の認定の誤りの有無
ア 意匠登録を受けようとする意匠の認定方法
意匠登録を受けようとする者が意匠登録出願をする際には、願書に必要
な事項を記載し、意匠登録を受けようとする意匠を願書に添付した図面等
により表して特許庁長官に提出しなければならない(意匠法6条)とされ
5 ており、また、登録意匠の範囲を定める際は、願書の記載及び願書に添付
した図面等により表された意匠に基づいて行われなければならない(意匠
法24条)とされている。したがって、出願された意匠の認定は、願書の
記載及び願書に添付した図面等を総合的に判断して、どのような機能及び
用途を有する物品等に対し、どのような形状、模様若しくは色彩又はこれ
10 らの結合の創作がされたか、ということをその意匠の属する分野における
通常の知識に基づいて行うべきである。
イ 本件審決における本願意匠の認定
本件審決は、「第2 本願の意匠」において、「本願の意匠は、意匠に係
る物品を『工具の落下防止コード』とし、その形状、模様若しくは色彩又
15 はこれらの結合(中略)を、願書の記載及び願書に添付した図面に記載さ
れたとおりとしたものであって(以下『本願意匠』という。、物品の部分

として意匠登録を受けようとする部分を、『各図において実線で示した部
分が登録意匠を受けようとする部分である。(以下『本願部分』という。
』 )
としたものである(別紙第1参照)」
。(本件審決1頁)として、意匠に係る
20 物品と、物品の部分として意匠登録を受けようとする部分等を特定した。
そして、本件審決は、
「第5 当審の判断」「1
、 本願意匠の認定」にお
いて、本願意匠を次のように認定した。
「(1)本願意匠の意匠に係る物品
本願意匠の意匠に係る物品は、
『工具の落下防止コード』であり、両端
25 部のうち、一方を人側に、他方を各種工具に取り付けて工具の落下を防
止するものである。
(2)本願部分の用途および機能
本願部分は、コードの一方側に設けられたフック部及び帯部、そして
二又に分岐したコードの根元部分(以下『分岐根元部』という。)を構成
するもので、フック部で他と連結し、帯部及び分岐根元部で二又のコー
5 ドを支える用途及び機能を有するものである。
(3)本願部分の位置、大きさ及び範囲
本願部分の位置、大きさ及び範囲は、コードの一方側の端部から、分
岐根元部までとするものである。
(4)本願部分の形態
10 ア フック部
フック部は、先端部が膨れた略涙滴環状のいわゆるナスカン状とす
るもので、スナップ部は、正面視、帯部側を短い辺とする略倒細長台
形の枠状とするものである。
イ 帯部
15 帯部は、破線で表されたフック部との接合用鐶部に薄いテープを巻
いて折り返した構成とするもので、長さ:幅を約2:1とし、当該接
合用鐶部より先端側のフック部と略同じ長さとするものである。
ウ 分岐根元部
分岐根元部は、正面視において、上下共に内側に一山、外側に一山
20 の波打った形態とするものである。(本件審決7頁9~32行目)

ウ 本願意匠の認定の適否
本件審決における本願意匠の認定(前記イ) その内容に照らすと、
は、
願書の記載及び願書に添付した図面等を総合的に判断して、どのような
機能及び用途を有する物品等に対し、どのような形状、模様若しくは色
25 彩又はこれらの結合の創作がされたか、ということをその意匠の属する
分野における通常の知識に基づいて行ったものと認められるから、意匠
登録を受けようとする意匠の認定方法(前記ア)に沿ったものであり、
相当であると認められる。
そして、願書に添付した図面のうちの正面図(別紙2(本件審決別紙
第1)の正面図)によれば、分岐根元部は、上下共に内側に一山、外側
5 に一山の波打った形態であることが認められるから、本願部分の形態の
うちの分岐根元部について、
「分岐根元部は、正面視において、上下共に
内側に一山、外側に一山の波打った形態とするものである。 という本件

審決の認定に誤りはないものと認められる。
⑵ 原告の主張に対する判断
10 ア 〔原告の主張〕⑴について
(ア) 原告は、意匠審査基準第Ⅲ部第2章第1節2.2.2.4に記載さ
れた事項を指摘し、本件審決の「第5 当審の判断」「1
、 本願意匠
の認定」 (3)

「 本願部分の位置、大きさ及び範囲」の認定においては、
「コードの一方側の端部から、分岐根元部まで」という記載しかなく、
15 当該物品全体の形状等の中での本願部分の位置、大きさ、範囲を認定
していないから、公知意匠と対比する前提としての本願意匠の認定と
しては誤りであると主張する。
(イ) 仮に、原告主張のように、本願意匠の認定として、本願意匠の意匠
に係る物品全体の形状の中での本願部分の位置、大きさ、範囲を考慮
20 すべきであるとしても、本件審決における本願意匠の認定中の「(1)
本願意匠の意匠に係る物品」「
、(2)本願部分の用途および機能」(前
記⑴イ)の記載によれば、本願意匠の意匠に係る物品である「工具の
落下防止コード」の全体は、コードの一方側に設けられたフック部及
び帯部、二又に分岐したコードの根元部分と、二又に分岐したコード
25 及びその先端に設けられた取付具からなることは明らかであり、本件
審決の「(3)本願部分の位置、大きさ及び範囲」の認定によれば、そ
のような物品の全体の中で、本願部分の位置、大きさ及び範囲が、コ
ードの一方側の端部から、分岐根元部までであることは明らかである
から、本件審決の認定により、本願意匠の意匠に係る物品全体の形状
の中での本願部分の位置、大きさ、範囲は示されているというべきで
5 ある。
(ウ) さらに、原告の指摘する意匠審査基準の記載中には、
「なお、位置、
大きさ、範囲は、当該意匠の属する分野においてありふれた範囲内の
ものであれば、ほとんど影響を与えない。」という記載があるところ、
引用意匠2(後記のとおり、本願意匠の創作容易性を判断する資料と
10 して用いることができる。)に照らして、本願部分の位置、大きさ及び
範囲は、ありふれた範囲内のものであると認められるから、類否判断
にほとんど影響を与えないものと認められる。
(エ) したがって、原告の前記(ア)の主張は採用することができない。
イ 〔原告の主張〕⑵について
15 (ア) 原告は、本件審決による本願部分の分岐根元部の認定について、
本願意匠は、意匠に係る物品全体の中の本願部分について意匠登録を
受けようとするものであり、図面中の実線で囲んだ部分を切り取った
本願部分のみからなる部品の意匠ではないから、当該物品全体との対
比において意匠登録を受けようとする本願部分の認定をすべきであり、
20 本件審決の認定は誤りであると主張する。
(イ) 原告の上記主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、本願意匠の
認定として、本願意匠の意匠に係る物品全体の形状の中での本願部分
の位置、大きさ、範囲を考慮すべきである旨の主張であるとすれば、
前記ア(イ)のとおり、本件審決の認定により、本願意匠の意匠に係る物
25 品全体の形状の中での本願部分の位置、大きさ、範囲は明らかにされ
ていると認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
また、本件審決は、前記⑴イのとおり、本願意匠の認定として、
「(1)
本願意匠の意匠に係る物品」(2)

、 本願部分の用途および機能」(3)


本願部分の位置、大きさ及び範囲」に加え、(4)本願部分の形態」

として、
「ア フック部」「イ
、 帯部」とともに「ウ 分岐根元部」を
5 認定したものであり、このような「ウ 分岐根元部」の位置付けに鑑
みれば、そこでは、分岐根元部」
「 の形態が認定されるべきものであり、
その場合、本願意匠の意匠に係る物品全体の形状との対比が認定され
なければならないと解すべき根拠はないから、
「ウ 分岐根元部」の認
定として、本願意匠の意匠に係る物品全体の形状との対比が認定され
10 ていなくとも、そのことをもって、本件審決の認定が誤りであるとい
うことはできない。
(ウ) したがって、原告の前記(ア)の主張は、採用することができない。
ウ その他、原告は縷々主張するが、その主張はいずれも理由がない。
⑶ 小括
15 以上によれば、本件審決における本願意匠の認定に誤りはなく、取消事
由1(本願意匠の認定の誤り)は理由がない。
2 取消事由2(創作容易性の判断の誤り)について
⑴ 創作容易性の判断の誤りの有無
ア 創作容易性の判断方法
20 意匠法3条2項は、出願された意匠について、その意匠の属する分野
における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、意匠登録
出願前に公知となった形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの結合(形
状等)又は画像に基づいて容易に意匠の創作をすることができたときは、
その意匠については意匠登録を受けることができない旨規定する。
25 このような規定が設けられたのは、新規な意匠であっても、当業者が
容易に創作をすることができる意匠に排他的な権利を与えるならば、産
業の発展に役立たず、かえってその妨げとなるからであり、
「当業者」と
は、その意匠に係る物品を製造したり販売したりする業界において、当
該意匠登録出願の時に、その業界の意匠に関して、通常の知識を有する
者をいう。
5 また、公知となった形状、
「 模様若しくは色彩若しくはこれらの結合(形
状等)又は画像に基づいて容易に意匠の創作をすることができた」とは、
出願された意匠が、出願前に公知となった構成要素や具体的態様を基礎
とし、例えばこれらの単なる寄せ集めや置き換えといった、当該分野に
おけるありふれた手法などにより創作されたにすぎないものである場合
10 をいうと解される。そして、出願された意匠において、出願前に公知と
なった構成要素や具体的態様がほとんどそのまま表されている場合に加
えて、改変が加えられている場合であっても、当該改変が、その意匠の
属する分野における軽微な改変にすぎない場合は、なお創作容易な意匠
であると判断すべきである。
15 さらに、出願された意匠が、物品等の部分について意匠登録を受けよ
うとするものである場合は、その創作非容易性の判断に当たり、
「意匠登
録を受けようとする部分」の形状、模様若しくは色彩若しくはこれらの
結合や、用途及び機能を考慮するとともに、
「意匠登録を受けようとする
部分」を、当該物品等の全体の形状、模様若しくは色彩若しくはこれら
20 の結合の中において、その位置、その大きさ、その範囲とすることが、
当業者にとって容易であるか否かについても考慮して判断すべきである。
そして、意匠法3条2項は、物品との関係を離れた抽象的なモチーフ
を基準として、それから当業者が容易に創作することができる意匠でな
いことを登録要件としたものであって、創作非容易というためには、物
25 品の同一又は類似という制限をはずし、上記周知のモチーフを基準とし
て、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさや独創性を要すると解す
べきであり(最判昭和49年3月19日同45年(行ツ)第45号民集
28巻2号308頁、最判昭和50年2月28日同48年(行ツ)第8
2号最高裁裁判集民事114号287頁参照)本願意匠に係る物品と厳

密には同一といえなくても、それと目的又は機能を共通にし、製造又は
5 販売等する業者が共通している物品は、本願意匠に係る物品の当業者が
その形状等を当然に目にするものと推認されるから、同一の物品分野に
属するものとして、創作容易性を判断する際の資料となるものと解すべ
きである。
イ 本件審決における創作容易性の判断の適否
10 (ア) 物品分野について
a 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」は、一方を
人側に、他方を各種工具に取り付けて、人が所持する工具の落下を
防止するものであり、他方、引用意匠2に係る物品である「ハーネ
スライン」
(安全ベルト)は、一方をヨットのフレーム等側に、他方
15 を人側に取り付けて、ヨットから人が落下するのを防止するもので
あって、落下防止を図るという目的において共通する。また、いず
れも、全体が帯状で両端に取付具を有するという形状は共通してお
り、一方の端を、落下の防止を図ろうとする目的物に取り付け、他
方の端を、固定された物の側に取り付け、固定された物から目的物
20 が落下するのを防止するという機能も共通する。いずれの材質・形
態についても、目的物の落下を防ぐために必要十分な強度を有し、
取付けや落下の防止が確実・容易にできることが要請される。この
ように、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引
用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全ベルト)は、目
25 的、機能、材質・形態に要請される事項が共通する。
b 本願意匠に係る物品等の製造販売の実態は、次のとおり認められ
る。
⒜ 甲1(本件審決別紙第2)、乙6の1、2によれば、「播州三木
の道具屋『アルデ』(以下「アルデ」という。
」 )のウェブサイトに
おいて、その一番上に「大工さんの道具箱!大工道具・金物の専
5 門通販なら三木金物オンラインショップ『アルデ』 との記載があ

り、「カテゴリー一覧」の中に、「鋸(のこぎり)、
」「ハンマー」、
「マリン」等とともに「安全用品・ロープ」の項目があり、
「安全
用品・ロープ」の項目の中に、
「その他」「墜落制止用器具」等の

項目があり、
「その他」の中に引用意匠1の「【NRK】布製安全コ
10 ード 赤 3㎏(落下防止コード)」が掲載されており、「墜落制
止用器具」の中にランヤード、安全帯などが掲載されている。
そうすると、アルデのウェブサイトでは、工具の落下防止コー
ドと、人の落下を防ぐ安全用コードが販売されていることが認め
られる。
15 ⒝ 甲4(本件審決別紙第5)は、【プロ志向】職人の為の安全帯

ハーネス・作業用品専門店 梅春 いちや 総本店」
(以下「いち
や」という。)のウェブサイトであり、
「CATEGORIES」
(カテゴ
リーズ)の中に、「ハーネス」「ハーネス+ランヤードセット」
、 、
「ハーネス対応ランヤード」「1本つり安全帯」「ランヤード」
、 、 、
20 「安全帯胴ベルト・付属品」等の項目があり、
「安全帯胴ベルト・
付属品」の項目の中の「落下防止対策」「安全コード」の細項目

の中に 【NRK】
「 布製 安全コード 3㎏ 【セーフティコード】
落下防止コード」が掲載されている。
そうすると、いちやのウェブサイトでは、工具の落下防止コー
25 ドと、ハーネスやランヤードなどの人の落下を防ぐ安全用コード
が販売されていることが認められる。
⒞ 乙7は、作業服・作業用品専門店「ZOOM」
(以下「ZOOM」と
いう。 のウェブサイトであり、 Category」 カテゴリー)
) 「 ( の中に、
「フルハーネス」「安全帯」等とともに「ランヤード」「落下防
、 、
止対策用品」の項目があり、「落下防止対策用品」の項目の中に、
5 工具の落下防止コードが掲載されている。
そうすると、ZOOM のウェブサイトでは、工具の落下防止コー
ドと、ハーネスや安全帯などの人の落下を防ぐ安全用コードが販
売されていることが認められる。
⒟ 乙8は、「第55回全国建設業労働災害防止大会 in 横浜」「安

10 全衛生保護具・測定機器・安全標識等 展示会」のパンフレット
であり、出展企業の一つである「スリーエム ジャパン㈱」の主
な取扱品目として、
「工具落下防止用製品」とともに「ハーネス型
安全帯」「ランヤード」が記載されており、工具の落下防止コー

ドと、ハーネス、安全帯、ランヤードなどの人の落下を防ぐ安全
15 用コードの双方を製造又は販売している会社があることが認めら
れる。
⒠ 甲5(本件審決別紙第6)は、株式会社 TOWA のウェブサイト
であり、
「高所作業&ガラスクリーニング」、
「レスキュー&タクテ
ィカル」「マリン」の項目に分けられている。また、甲7(本件

20 審決別紙第8)は、株式会社 TOWA のカタログであり、
「ツール
ランヤード」
(落下防止用ランヤード)が掲載されていることが認
められる(「ランヤード」という用語は、人の体を支えるものを指
すために用いられる場合が多いが、甲7(本件審決別紙第8)に
示されたものは、
「ツールランヤード」と記載されているので、工
25 具の落下防止コードであると認められる。。

本願意匠の「工具の落下防止コード」は、高所作業やガラスク
リーニングで使われるものであり、他方、引用意匠2の「ハーネ
スライン」は、ヨット用で、マリンスポーツで使われるものであ
るところ、甲5(本件審決別紙第6)によれば、株式会社 TOWA
でヨット用ハーネスが販売されているか否かは定かでないが、高
5 所作業やガラスクリーニングで使われるものとマリンスポーツで
使われるものが同一の業者により販売されていることは認められ
る。
また、乙10、11によれば、コードとフック等による構成に
より落下防止が配慮された安全用のコードに係るものとして、工
10 具の落下防止用のコードと人の落下防止用のコードが、高所作業
において同時に使用されていることが認められる。
c⒜ さらに、甲9公報の【考案の詳細な説明】【背景技術】【00
、 、
02】には、
「工具連結用索具として、従来、例えば実用新案登録
第3156504号の工具用安全策具や、特開2012-248
15 70号の工具用安全索具や、特開2012-200310号のラ
ンヤードなどが提案されている。これらは、いずれも作業範囲に
余裕をもって届く範囲の長さで伸縮自在なスプリングに可撓性を
有する被覆体を被せ、その両端をフックやリングに連結した構成
からなっている。」と記載されている。上記「特開2012-20
20 0310号のランヤード」は、人体を吊下し得る強度を有するラ
ンヤードであり(乙5)、引用意匠2の「ハーネスライン」と同様
に人の落下を防止する安全用コードであると認められる。上記甲
9公報の記載は、工具の落下防止コードである上記「実用新案登
録第3156504号の工具用安全策具」
(乙3)及び上記「特開
25 2012-24870号の工具用安全索具」
(乙4)と、人の落下
を防止するランヤードである「特開2012-200310号の
ランヤード」
(乙5)を、同様の構成を有するものとして同列に記
載しており、これによっても、工具の落下防止コードと、人の落
下を防止するハーネスライン等の安全用コードが、同じ種類の物
品として認識されていることが認められる。
5 ⒝ 乙9公報の考案は、【背景技術】【0002】及び【0003】
等の記載によれば、工具用落下防止安全ロープを実施対象の一つ
にあげている安全用ロープに係る考案であることが認められ、考

案の概要】【考案が解決しようとする課題】【0018】に、
、 、 「図
7に示すのは、該連結部の両端がエクササイズハンドル80に設
10 けられる実施形態で、また、弾力ロープはそれぞれ、複数の連結
で使用される場合であり、本考案の弾力ロープの特性によって、
筋力トレーニング器具として用いられ、または、本考案の弾力ロ
ープを海上でのサーフィンボードの安全ロープ(図示省略)とし
て用いられてもよいが、弾力ロープの両端をそれぞれサーフィン
15 ボードとプレヤーの踝につなぐことにより、プレヤーの安全性を
守り、サーフィンボードの漂流などを防ぐ効果がある。 と記載さ

れていることから、マリンスポーツも危険を伴う分野の一つとし
て、コードとフック等による構成により落下防止が配慮された、
安全用のコードに係る物品が用いられる分野の一つとして想定さ
20 れていることが認められる。
d⒜ 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引用意
匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全ベルト)は、落下
を防止する対象において、工具と人体という違いがあり、対象の
重量等の違いに応じて、構成部材の寸法、材質、強度などが異な
25 る場合があると推認される。また、本願意匠に係る物品である「工
具の落下防止コード」は、主として高所作業において用いられる
のに対し、引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全
ベルト)はヨット用であり、マリンスポーツにおいて使用される
ものである。そのため、本願意匠に係る物品と引用意匠2に係る
物品は、厳密には同一の商品とはいい難い面がある。
5 ⒝ しかし、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」
と引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」(安全ベルト)
は、前記aのとおり、目的、機能、材質・形態に要請される事項
が共通し、前記b⒜ないし⒞のとおり、工具の落下防止コードと、
人の落下を防ぐハーネスやランヤードなどの安全用コードが同じ
10 業者のウェブサイトで販売されていることが認められ、前記b⒟
のとおり、工具の落下防止コードと、ハーネス、安全帯、ランヤ
ードなどの人の落下を防ぐ安全用コードの双方を製造又は販売し
ている会社があることが認められる。また、前記c⒜、⒝のとお
り、工具の落下防止コードと、ハーネスライン、ランヤードなど
15 の人の落下を防止する安全用コードが、同じ種類の物品として認
識されていることなども認められる。
そして、前記b⒠のとおり、高所作業やガラスクリーニングで
使われるものとマリンスポーツで使われるものが同一の業者によ
り販売されていることが認められ、前記c⒝のとおり、マリンス
20 ポーツも危険を伴う分野の一つとして、コードとフック等による
構成により落下防止が配慮された、安全用のコードに係る物品が
用いられる分野の一つとして想定されていることが認められるこ
とからすると、用途において、高所作業とマリンスポーツという
違いがあったとしても、それ故に、本願意匠に係る物品を取り扱
25 う当業者が引用意匠2に係る物品を目にすることが否定されるこ
とはない。
そうすると、本願意匠に係る物品である工具の落下防止コード
を取り扱う当業者は、人の落下を防ぐ安全用コードの形状等を当
然に目にするものと認められ、人の落下を防ぐ安全用コードに属
する引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」安全ベルト)

5 についても、その形状等を当然に目にするものと推認されるから、
引用意匠2に係る物品は、同一の物品分野に属するものとして、
本願意匠の創作容易性を判断する際の資料となるものと認められ
る。
e 以上によれば、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コー
10 ド」と引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」安全ベルト)

は同一分野の物品であるとして、引用意匠2に基づいて本願意匠の
容易想到性を判断することができるものと認めた本件審決の判断に
誤りはない。
(イ) 創作容易性について
15 a 引用意匠1及び参考意匠(本件審決別紙第4)は、本願意匠に係
る物品である「工具の落下防止コード」に係るものであり、本願意
匠に係る物品について当業者に該当する者は、引用意匠1及び参考
意匠を当然に目にするものと認められる。また、上記(ア)eのとお
り、引用意匠2に基づいて本願意匠の容易想到性を判断することが
20 できるものと認められる。
b 本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」を含む安全
用のコードという物品の分野において、コードの長手方向の一端を
ナスカン状のフックとすることはごく普通に見られ、本願部分にお
けるフック部の形状も、本願意匠に係る物品と同じ物品の公知意匠
25 である引用意匠1に示されていた。また、安全用のコードの物品の
分野において、二又に分岐する構造のものも、公知意匠である引用
意匠2に示されていた。さらに、薄いテープをDカンに巻いて帯部
とし、フック部の先端側と略同じ長さとする態様も、帯部より先を
蛇腹タイプの波形伸縮コードとする態様も、引用意匠1及び引用意
匠2に表れていた。甲2(3枚目)、乙12によれば、引用意匠2の
5 分岐根元部において、蛇腹タイプの波形伸縮コードは、内側に一山、
外側に一山の波打った形態を示していることが認められる。本願意
匠に係る物品である「工具の落下防止コード」において、帯部につ
いて、引用意匠1のように糸を同色として目立たないようにしたも
のもあり、また、縫い目を有さないようにしたものも、参考意匠(本
10 件審決別紙第4(図5、7)(甲3)のとおり公知であった。

そうすると、引用意匠2のフック部を、引用意匠1の形状のもの
とし、帯部より先の二又に分岐した2方向のコードのうち、平たい
テープ状のコードを蛇腹タイプの波形伸縮コードとし、分岐根元部
について、上下共に内側に一山、外側に一山の波打った形態とし、
15 帯部を縫い目がないようにして、本願意匠を創作することは、本願
意匠に係る物品と同じ安全用のコードの分野の公知の意匠(引用意
匠2)をもとに、その構成要素の一部を、同じ物品の分野で公知で
あった意匠と置き換え、又は同じ物品の分野で公知であった意匠を
寄せ集めたにすぎないものであり、そのような置き換え又は寄せ集
20 めに関して、当業者の立場からみて意匠の着想の新しさや独創性が
あるとは認められず、そのため、本願意匠は、その意匠の属する分
野におけるありふれた手法により創作されたものであると認めら
れる。
以上に検討したところによれば、本願意匠は、当業者が、本願意
25 匠の出願前に公知であった引用意匠1及び引用意匠2に基づいて
容易に創作をすることができたものであると認められ、同旨の本件
審決の判断に誤りはない。
⑵ 原告の主張に対する判断
ア 〔原告の主張〕⑴について
(ア) 原告は、昨今では、同じウェブサイトで非常に多種多様な製品が
5 販売されていることなどから、同じウェブサイトで販売していること
のみでは、同一の商品分野に属すると認定する根拠とはなり得ないと
主張する。
確かに、原告が例示する各種ウェブサイトの中には、多種多様の商
品を販売するウェブサイトもあるが、同一の物品分野に属する商品の
10 みを取り扱う専門店のウェブサイトもあり、本件審決が挙げるいちや
のウェブサイト(本件審決別紙第5、参考資料1)は、【プロ志向】

職人の為の安全帯ハーネス 作業用品専門店」
・ という記載からすると、
同一の物品分野に属する商品のみを取り扱う専門店のウェブサイトで
あると認められる。したがって、本件審決が、いちやのウェブサイト
15 において、工具の落下防止コードと人の落下を防止する安全用コード
(ハーネスやランヤード)の双方が販売されていることを根拠の一つ
として、これらの物品が同一の物品分野に属すると認定したことに誤
りはない。また、本件審決は、工具の落下防止コードと人の落下を防
止する安全用コードが同一のウェブサイトで販売されていることのみ
20 ならず、各端部を物に取り付けて目的物の落下の防止を図るという機
能の同一性等をも考慮した上で、物品分野の同一性を認定しているも
のである。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は、本件審決の別紙第6、参考資料2(甲5)では、高所作業、
25 レスキュー、マリンスポーツが別個の類型として表示されており、こ
れによれば、これらは別々の分野であることが示されていると主張す
る。
しかし、前記⑴イ(ア)dのとおり、用途において、高所作業とマリン
スポーツという違いがあったとしても、それ故に、本願意匠に係る物
品を取り扱う当業者が引用意匠2に係る物品を目にすることが否定さ
5 れることはなく、むしろ、本願意匠に係る物品である「工具の落下防
止コード」を取り扱う当業者は、人の落下を防ぐ安全用コードに属す
る引用意匠2に係る物品である「ハーネスライン」
(安全ベルト)につ
いても、その形状等を当然に目にするものと推認されるから、引用意
匠2に係る物品は、同一の物品分野に属するものとして、本願意匠の
10 創作容易性を判断する際の資料となるものと認められる。
(ウ) 原告は、本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引
用意匠2の物品である「ハーネスライン」は、落下を防止する対象が
工具と人体であって、それらは重量が大きく異なること、落下防止の
必要性は言うまでもなく、ベルトの幅、求められる強度、全体の長さ
15 等が全く異なるため、外観は顕著に異なることを主張し、また、ハー
ネスの先端部は、人体の安全確保のためにナスカンではなくカラビナ
であり、ナスカンとカラビナでは全体の形態や質感等の外観が大きく
異なることを主張する。
本願意匠に係る物品である「工具の落下防止コード」と引用意匠2
20 に係る物品である「ハーネスライン」
(安全ベルト)は、落下を防止す
る対象の重量等の違いに応じて、構成部材の寸法、材質、強度などが
異なると推認されるが、それらは当業者が適宜設定し得る設計事項で
あると認められ、それらの違いによって、創作が容易であるとはいえ
ないような独創的な美感の違いを生ずるとは認められない。
25 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 〔原告の主張〕⑵について
(ア) 原告は、本願意匠の創作容易性を判断するためには、本願意匠と
引用意匠1及び引用意匠2の分岐部分をそれぞれ対比することが必要
であるところ、引用意匠2は分岐部分の側面等が視認できず、その形
態の詳細を把握することができないため、本願意匠と十分に対比する
5 ことができないと主張する。
しかし、甲2(3枚目)及び乙12によれば、引用意匠2の分岐部
分の蛇腹タイプの波形伸縮コードは、内側に一山、外側に一山の波打
った形態であることが認められるから、原告の上記主張は採用するこ
とができない。
10 (イ) 原告は、引用意匠1及び引用意匠2は、本願意匠とは異なる物品
分野の公知の形状であるから、それらが存在することにより、本願意
匠が、その意匠の属する分野におけるありふれた手法により創作され
たものであるとはいえないと主張する。
しかし、引用意匠1は、本願意匠と物品を同一にするものであるし、
15 前記⑴イ(ア)dのとおり、引用意匠2に係る物品は、本願意匠と同一の
物品分野に属するものとして、本願意匠の創作容易性を判断する際の
資料となるものと認められ、前記⑴イ(イ)のとおり、本願意匠は、当
業者が、本願意匠の出願前に公知であった引用意匠1及び引用意匠2
に基づいて容易に創作をすることができたものであると認められる。
20 したがって、原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 原告は、甲11意匠が出願前に登録されているにもかかわらず、
甲13意匠及び甲12意匠が登録されているのは、工具落下防止用コ
ードとランヤードとでは物品の用途や機能が明確に異なり、前者の形
状を後者に転用することがありふれた手法であるとはいえないからで
25 あると主張する。
しかし、甲11ないし甲13によれば、工具落下防止用コードに係
る甲11意匠とランヤードに係る甲13意匠及び甲12意匠との間に
は、帯状の部分の形態に差異があるから、形態が類似しないことに基
づいて後2者の意匠に新規性及び創作非容易性があると判断されたと
解する余地があり、後2者の意匠が新規性及び創作非容易性の要件を
5 充足すると判断されたとしても、そのことから直ちに、創作容易性を
判断するに当たり考慮される物品分野の同一性に関し、工具落下防止
用コードとランヤードが異なる物品分野に属すると判断されたと解す
ることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
10 ウ その他、原告は縷々主張するが、それらの主張はいずれも理由がない。
⑶ 小括
以上によれば、本件審決における創作容易性の判断に誤りはなく、取消事
由2(創作容易性の判断の誤り)は理由がない。
3 結論
15 以上のとおり、原告主張の取消事由1及び取消事由2には、いずれも理由が
ない。
よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
東 海 林 保
裁判官
中 平 健
裁判官
都 野 道 紀
(別紙1審決書写し省略)

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