令和2(ワ)18801損害賠償請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
|
裁判年月日 |
令和4年6月24日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告A 被告株式会社ザ・ミュージックス音楽出版
|
法令 |
著作権
著作権法19条1項4回 著作権法27条2回 著作権法2条1項12号2回 民法709条2回 著作権法14条1回
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キーワード |
侵害32回 損害賠償3回 分割1回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は、原告が、被告に対し、① 被告は、一般社団法人日本音楽著作権協会20
(以下「JASRAC」という。)に対し、原告が単独で作詞作曲した音楽作
品(以下「本件作品」といい、本件作品のうち楽曲部分を「本件楽曲」と、歌
詞部分を「本件歌詞」と、それぞれいう。)について、これを作詞作曲した者
の筆名がグループを表す筆名としての「B」である旨記載した作品届(以下
「本件作品届」という。)を提出し、本件作品に係る原告の著作者人格権(氏25
名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害したと主張し
て、民法709条に基づき、110万円(慰謝料額100万円及び弁護士費用
相当額10万円)及びこれに対する不法行為日である平成15年6月4日から
支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合
よる遅延損害金の支払を求め、また、② 原告との間で本件作品に係る著作権譲
渡契約(以下「本件著作権譲渡契約」という。)を締結していた被告は、JA5
SRACに対し、一旦、本件作品届に記載された「B」が個人を表す筆名であ
る旨記載した訂正届を提出したにもかかわらず、再び、「B」がグループを表
す筆名である旨記載した訂正届(以下「本件再訂正届」という。)を提出して、 |
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判決文
令和4年6月24日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和2年(ワ)第18801号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和4年4月21日
判 決
5 原 告 A
同訴訟代理人弁護士 穂 積 匡 史
被 告 株式会社ザ・ミュージックス音楽出版
同訴訟代理人弁護士 池 村 聡
大 滝 晴 香
10 主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
15 1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成15年6月4日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する令和2年10月3日から
支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
20 本件は、原告が、被告に対し、① 被告は、一般社団法人日本音楽著作権協会
(以下「JASRAC」という。)に対し、原告が単独で作詞作曲した音楽作
品(以下「本件作品」といい、本件作品のうち楽曲部分を「本件楽曲」と、歌
詞部分を「本件歌詞」と、それぞれいう。)について、これを作詞作曲した者
の筆名がグループを表す筆名としての「B」である旨記載した作品届(以下
25 「本件作品届」という。)を提出し、本件作品に係る原告の著作者人格権(氏
名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害したと主張し
て、民法709条に基づき、110万円(慰謝料額100万円及び弁護士費用
相当額10万円)及びこれに対する不法行為日である平成15年6月4日から
支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合
よる遅延損害金の支払を求め、また、② 原告との間で本件作品に係る著作権譲
5 渡契約(以下「本件著作権譲渡契約」という。)を締結していた被告は、JA
SRACに対し、一旦、本件作品届に記載された「B」が個人を表す筆名であ
る旨記載した訂正届を提出したにもかかわらず、再び、「B」がグループを表
す筆名である旨記載した訂正届(以下「本件再訂正届」という。)を提出して、
本件作品に係る原告の著作者人格権(氏名表示権)及び著作者として取り扱わ
10 れるべき人格的利益を侵害し、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違
反したと主張して、民法709条及び上記法律による改正前の民法415条に
基づき、110万円(慰謝料額100万円及び弁護士費用相当額10万円)及
びこれに対する令和2年9月29日付け訴えの追加的変更申立書送達日の翌日
である同年10月3日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合によ
15 る遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠(以下、書証番号は特
記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、「A′」等の筆名で、音楽活動をする者である。
20 イ 被告は、音楽の著作権を管理する音楽出版社である。
(2) 本件作品等
ア 原告は、平成14年11月頃、「G」と題するCD(以下「本件CD」
という。)を作成した。
本件CDには、「H」、「I」及び「J」とそれぞれ題する3つの音楽
25 作品(以下「その他作品」という。)並びに「G」と題する音楽作品(本
件作品)が収録されていた。そして、本件CDの外装には、その他作品に
ついては、作詞者が「A′」と、作曲者が「C′(ローマ字表記)」と、
それぞれ記載され、本件作品については、作詞者及び作曲者が「B(ロー
マ字表記)」と記載されていた。(以上、甲1、23)
イ その他作品については、原告が歌詞部分を作詞し、C(以下「C」とい
5 う。)が楽曲部分を作曲した。
また、本件作品については、原告が本件歌詞を作詞した。
(3) 本件著作権譲渡契約等
ア 原告及びCは、平成15年4月頃、本件作品から得られる著作権使用料
について、原告がその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得する旨
10 合意した。
イ 原告及び被告は、平成15年5月4日、被告が本件作品に係る著作権管
理を行うことを目的として、原告が被告に対して本件作品に係る原告の著
作権を独占的に譲渡する旨の著作権譲渡契約(本件著作権譲渡契約)を締
結した。
15 本件著作権譲渡契約に係る契約書(以下「本件原告契約書」という。)
には、「作詞者」及び「作曲者」の各不動文字にそれぞれ丸が付けられ、
「筆名」欄に「A′」と記載されていたところ、原告は、同日、「A′」
の記載に二重線を引き、「B」と記載した上で、これに署名押印した。ま
た、本件原告契約書には、本件作品に係る原告の著作権が本件作品に係る
20 著作権全体の75%であることが記載されていた。(以上、甲2、17、
20)
ウ C及び被告は、平成15年5月4日、本件作品に係る著作権管理を行う
ことを目的として、Cが被告に対して本件作品に係るCの著作権を独占的
に譲渡する旨の著作権譲渡契約を締結した。
25 同契約に係る契約書(以下「本件C契約書」という。)には、「作曲者」
の不動文字に丸が付けられ、「筆名」欄に「C′」と記載されていたとこ
ろ、Cは、同日、これに署名押印した。また、本件C契約書には、本件作
品に係るCの著作権が本件作品に係る著作権全体の25%であることが記
載されていた。
Cは、令和2年3月4日、被告から依頼されて、本件C契約書の「筆名」
5 欄の「C′」の記載に二重線を引き、「B」と記載した。(以上、甲17、
乙1、12、13)
(4) 本件作品届等
ア 被告は、平成15年6月4日、JASRACに対し、本件作品に係る作
品届(本件作品届)を提出し、その著作権管理を委託した。
10 本件作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいず
れも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにい
ずれもチェックが入れられていた。また、「備考」欄に「B→C′ A′」
と記載されていた。(以上、甲3)
イ 被告は、令和元年7月18日、JASRACに対し、本件作品届を訂正
15 する旨の訂正届を提出した。
上記訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を団体→個人へ変更」と、
「訂正前」欄に「B 団体名」と、「訂正後」欄に「B 個人名」と、
「訂正理由」欄に「錯誤」と、それぞれ記載されていた。(以上、甲4)
ウ 原告は、令和元年11月1日頃、JASRACに対し、別途、本件作品
20 に係る作品届を提出した。
上記作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいず
れも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにい
ずれもチェックが入れられていなかった。(以上、甲7、弁論の全趣旨)
エ 被告は、令和2年3月13日、JASRACに対し、再度、本件作品届
25 を訂正する旨の訂正届(本件再訂正届)を提出した。
本件再訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を個人→団体へ変更」
と、「訂正前」欄に「B 個人名」と、「訂正後」欄に「B 団体名」と、
それぞれ記載され、「訂正理由」として、原告の要望により前記イの訂正
届を提出したにもかかわらず、原告から、被告が虚偽の内容の本件作品届
をJASRACに提出したことにより人格的利益が侵害されたとして、損
5 害賠償を請求され、被告としては、このような訴えを受け入れることはで
きないため、本件作品届を本来の契約書に記載のあるとおりに訂正する旨
が記載されていた。(以上、甲4、17)
オ JASRACは、令和2年3月25日、原告に対し、前記ウの作品届の
内容と本件再訂正届の内容に相違が生じたことから、本件作品に係る同年
10 6月分配期以降の著作権使用料の分配を留保することを決定した旨通知し
た(甲7、17)。
2 争点
(1) 本件楽曲の著作者(争点1)
(2) 本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するものであ
15 るか(争点2)
(3) 本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき
人格的利益を侵害するものであるか(争点3)
(4) 本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として
取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか(争点4)
20 (5) 本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反す
るものであるか(争点5)
(6) 損害額(争点6)
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(本件楽曲の著作者)について
25 (原告の主張)
ア 本件作品の作成経緯
原告は、平成13年12月ないし平成14年1月頃、本件作品の原型と
なる音楽作品を作詞作曲した。原告は、その経営する居酒屋「D」にて勤
務していたCが、かつて、音楽関係の仕事をしていたと聞いたことから、
Cに対し、上記原型作品を楽譜にすることなどを相談し、これを自ら歌唱
5 した音声(以下「本件原音声」という。)をカセットテープに録音した上、
これをCに渡した。
Cは、1週間ないし10日ほどして、原告に対し、本件原音声を基に楽
器を用いて演奏したものを録音したカセットテープを渡した。原告がこれ
を確認したところ、一部、本件原音声と音程が違っているところがあった
10 ため、原告は、Cに対し、その旨を指摘して、Cと一緒にこれを訂正する
作業をした。これにより本件作品が完成したものであり、歌詞及び旋律は
いずれも本件原音声から変わっておらず、Cが変更を加えた部分もなかっ
た。
その後、Cは、原告に対し、本件作品をボサノバ調にアレンジしたいと
15 申し入れ、原告は、これを承諾した。
イ 「B」の由来
原告は、本件作品について、その他作品の作詞者の筆名である「A′」
とは別の筆名を使用したいと考え、Cにその旨を伝えたところ、Cから、
「Aさんの本名をペンネームにしたらどうですか。」と助言された。これ
20 に対し、原告は、「実は、本名のAは、字画が良くないそうなんです。」、
「Gは大人の歌詞なので、A′を使いたくないんですよ。」などと答え、
その場で思いつくがまま、「私のaと、Cのc、それに「D」のdで、B
はどうでしょう。」と提案した。Cは、自分の「c」の一字が入ることが
嬉しかったようで、翌日、原告に対し、「Aさん、Bの字画を調べたら、
25 とても良い字画でしたよ。」と話した。
このような経緯を経て、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名が、原告個
人を表す筆名である「B」となったものである。
ウ 「B」の使用態様
原告は、あらかじめ「作詞者」及び「作曲者」の各不動文字にそれぞれ
丸が付けられた本件原告契約書の「筆名」欄に、原告個人を表す筆名とし
5 て「B」と記載した。他方で、本件C契約書には、その作成当時、「作曲
者」の不動文字にのみ丸が付けられ、「筆名」欄に「C′」と記載されて
いた。
また、原告は、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名を「B」として以降、
「B」の筆名で、単独で音楽活動を行ってきた。
10 このように、「B」の筆名は、本件原告契約書にのみ記載され、原告の
単独での音楽活動に用いられていたものである。
エ 著作権使用料の配分割合
本件作品を著名な歌手であるEに提供することが決まったことを契機と
して、Cは、原告に対し、「Aさん、このままでは、私には何も入ってき
15 ません。作曲分の半分でいいので、著作権使用料を分配してくれません
か。」と申し入れた。原告は、その当時、音楽著作権ビジネスについて全
く知見がなく、また、Cの紹介があって初めてEが歌唱する音楽作品とし
て採用されたのは事実であったことから、その恩義に報いる意味を込め、
Cに対して本件楽曲に係る著作権使用料の半分を分配することに同意し、
20 本件作品から得られる著作権使用料の75%を原告が、同25%をCが、
それぞれ取得することを合意したものである。
したがって、本件楽曲が原告及びCの共同著作物であることを理由に、
上記分配割合を合意したものではない。
オ 小括
25 以上のとおり、本件作品の作詞者及び作曲者の筆名である「B」は、そ
の由来や使用態様からして、原告個人を表す筆名であり、本件楽曲は、原
告が単独で作曲したもので、Cはアレンジを行ったにすぎず、Cが本件作
品の著作権使用料の25%を取得することとなったのも、本件作品がEに
提供されることになった恩義に報いるためであり、本件楽曲が原告及びC
の共同著作物であることを理由とするものではない。
5 したがって、本件楽曲の著作者は原告である。
(被告の主張)
ア 本件作品の作成経緯
原告は、Cと共作活動を開始するまで、作詞作曲の経験は全くなく、ギ
ターやピアノといった楽器もできなかったところ、Cやその知人のミュー
10 ジシャンが「D」で行ったミニライブに刺激を受け、自ら作詞するように
なり、原告が作詞し、Cが作曲した音楽作品を「D」で演奏するようにな
った。
このような中、原告が初めて作曲に挑戦してできたものが本件原音声で
あり、原告は、本件原音声をカセットテープに録音し、Cに対してこれを
15 渡した。しかし、本件原音声は、作曲経験のない原告が手掛けたものであ
ったため、全体的にゆっくりとした、3拍子の演歌調又は子守唄のような
曲調で、原告がぼそぼそと歌う単調なものであり、音楽ライブでの演奏や
Eに提供する楽曲にふさわしいクオリティを備えたものでは到底なかった。
そこで、職業音楽家として既に豊富な経験を有していたCが、3拍子から
20 4拍子に変更したり、旋律を一部変えたり、全体の曲調をボサノバ調にし
たりして、全体的に再構築し、本件楽曲を音楽作品として完成させた。
その後、本件歌詞(本件原音声の歌詞部分)及び本件楽曲からなる本件
作品がEに提供され、本件作品届がJASRACに対して提出されたもの
である。
25 イ 「B」の由来
「B」という筆名は、原告の本名である「A」の「a」、Cの本名及び
筆名である「C」及び「C′」の「c」、原告が経営し、Cが勤務してい
た「D」の「d」の三文字を組み合わせることにより、原告及びCが二人
で創作した本件作品の筆名として考案されたものである。
原告は、その他作品を作詞し、本件CDの外装に、その他作品の作詞者
5 として、原告個人の筆名である「A′」と記載したが、本件作品について
は、原告及びCが共作したものであったことから、作詞者及び作曲者とし
て、「B(ローマ字表記)」と記載したものである。
したがって、本件作品は、原告及びCが共作したものであり、本件作品
の作詞者及び作曲者として記載された「B」は、原告及びCのグループを
10 表す筆名である。
ウ 「B」の使用態様
本件C契約書の「筆名」欄は、本件訴訟提起後に、「C′」から「B」
に訂正されたが、本件C契約書作成当時に訂正しなかったのは、単に訂正
の機会を逸したからにすぎない。被告は、「B」が原告及びCのグループ
15 を表す筆名であると認識していたから、それに合致させるために上記訂正
を行ったものであり、被告の都合の良いように改変したというべきもので
はない。
むしろ、本件作品が原告及びCの共作であり、本件楽曲が原告及びCの
共同著作物であるからこそ、本件原告契約書のみならず本件C契約書にお
20 いても、「作曲者」の不動文字に丸が付けられているのである。
エ 著作権使用料の分配割合
原告及びCは、本件作品から得られる著作権使用料について、本件作品
が本件歌詞及び本件楽曲からなり、本件楽曲が原告及びCの共作であるこ
とを踏まえ、原告がその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得する
25 ことを合意した。
仮に、上記合意が、本件作品がEに採用されたことに対する謝礼ないし
紹介料の趣旨のものであったとすれば、原告がCに対して一定の金額を1
回支払えば足りたはずであり、著作権使用料を永続的に4分の1もの割合
を分配することは不自然であるし、さらに、本件作品が共同著作物である
ことを前提とした本件著作権譲渡契約を締結する必要はなかったはずであ
5 る。
オ 小括
以上のとおり、本件楽曲は、原告が作成した本件原音声をCが全体的に
再構築することにより著作物として完成させたものであり、原告及びCの
それぞれが手掛けた旋律やリズム、伴奏が一体となったものであるから、
10 原告及びCの共同著作物(著作権法2条1項12号)である。そうである
からこそ、原告及びCのグループを表す筆名として「B」を考案し、本件
CDの外装に、本件作品の作詞者及び作曲者として「B」と記載され、ま
た、本件作品の著作権使用料の75%を原告が、25%をCがそれぞれ取
得することを合意したものである。
15 (2) 争点2(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害する
ものであるか)について
(原告の主張)
ア 音楽出版社が、著作者との著作権譲渡契約に基づき、JASRACに対
して音楽作品に係る作品届を提出すれば、同音楽作品が公衆に提供又は提
20 示される際、同作品届に記載された著作者名がそのまま同音楽作品の著作
者名として表示されることになる。
したがって、音楽出版社による上記の作品届を提出する行為は、「著作
物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に該当する。
イ 前記前提事実(2)イ及び前記(1)(原告の主張)のとおり、原告が本件作
25 品を作詞作曲したところ、本件作品届には、本件作品の作詞者及び作曲者
として、原告及びCのグループを表す筆名としての「B」と記載されたも
のであるから、本件作品届の内容は誤りである。
被告は、Cによるアレンジは少なくとも編曲(著作権法27条)に該当
するから、被告が本件作品届に本件作品が原告及びCの共作である趣旨の
記載をしたことは正確であると主張する。しかし、Cが本件楽曲を編曲し
5 たことは事実であるものの、原告がJASRACに対して原告及びCが本
件作品を共作したと届け出る旨の意思を示したことにはならないし、本件
原告契約書の「筆名」欄には「B」と記載され、本件C契約書の「筆名」
欄には「C′」と記載されていたことからしても、原告に上記意思がなか
ったことが裏付けられる。
10 したがって、被告が本件作品届を提出した行為は、原告の「変名を著作
者名として表示」する権利(著作権法19条1項)を侵害する。
ウ 被告は、本件作品に関して、「JASRAC作品データベース検索サー
ビス」(以下「J-WID」という。)で掲載される著作者の情報は「B」
のみであり、これが個人を表す筆名か、グループを表す筆名かは明示され
15 ていないから、「変名を著作者名として表示」する権利を侵害するもので
はないと主張する。
しかし、本件作品に係る情報として表示された「B」は、グループを表
す筆名として表示されたものであるところ、たまたま同姓同名であったと
しても、それが別人格を指す場合には、著作者としての名誉や声望、社会
20 的評価、満足感は得られない。外形上は同じ「B」と表示されたとしても、
それがグループを表す筆名である以上、原告は、個人である「B」として、
満足感等が得られないことはいうまでもない。
したがって、J-WID上の表示を踏まえても、原告の「変名を著作者
名として表示」する権利を侵害するというべきである。
25 エ 以上によれば、原告は、本件作品の公衆への提供又は提示に際し、その
作詞者及び作曲者として原告個人を表す筆名である「B」と表示する権利
を有していたにもかかわらず、被告は、JASRACに対し、本件作品の
作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載
した本件作品届を提出し、原告の氏名表示権を侵害したといえる。
(被告の主張)
5 ア 音楽の著作物に関していえば、CDや楽譜等の形態で公衆に対して頒布
する行為が「公衆への提供」(著作権法19条1項)に、ライブ演奏等の
態様で利用する行為が「公衆への…提示」(同項)に、それぞれ該当する
ところ、本件作品の情報や本件歌詞の冒頭部分だけが記載されたにすぎな
い本件作品届を、JASRACという特定の団体に対して提出した行為が、
10 これらには当てはまらないことは明らかである。
また、本件作品届に記載された著作者名がそのままJ-WIDに登録さ
れ、本件作品の利用者が、本件作品の公衆への提供又は提示に際し、J-
WIDにおける登録情報を参考にして本件作品の著作者名を表示すること
があったとしても、JASRACは、著作権等管理事業法に基づき、音楽
15 作品に係る信託譲渡を受け、これを管理しているのであって、著作者の一
身専属的な権利である著作者人格権の管理を行うものではなく、著作者の
表示の有無や態様は、あくまで当該音楽作品を利用する個々の利用者の責
任において行われるものである。
したがって、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為は、
20 「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当しない。
イ 前記(1)(被告の主張)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物で
あるところ、グループのメンバーが単独で作詞作曲した場合であっても、
作詞者及び作曲者としてグループ名を記載することは音楽業界において珍
しいことではないから、原告が作詞した本件歌詞を含む本件作品について、
25 作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載
した本件作品届の内容に誤りはない。
仮に、原告が単独で本件作品を作詞作曲したと認められたとしても、原
告は、本件作品を作詞作曲した当時、作曲経験がなく、楽器も全くできな
かったことに照らせば、Cが本件楽曲をアレンジしたからこそ、Eに採用
されるクオリティに仕上がったというべきであり、このアレンジは編曲
5 (著作権法27条)に該当するから、上記の音楽業界の慣習を併せ考える
と、本件作品を原告及びCの共作と記載した本件作品届の内容は正確であ
る。
したがって、被告がこのような内容の本件作品届を提出したことは、原
告の「変名を著作者名として表示」する権利を侵害しない。
10 ウ 仮に、本件作品の作詞者及び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名
である「B」と記載した本件作品届の内容が誤りであったとしても、本件
作品に関して、J-WIDで掲載される著作者の情報は、「B」のみであ
り、これが個人を表す筆名か、グループを表す筆名かは明示されていない。
仮に、個々の利用者において、J-WIDに掲載された情報を基に本件作
15 品の著作者名を表示したとしても、「作詞作曲 B」と表示せざるを得ず、
このような表示から、「B」が個人を表す筆名か、グループを表す筆名か
を判別することは不可能である。
したがって、本件作品届の内容に誤りがあったとしても、「変名を著作
者名として表示」する権利を侵害する余地はない。
20 エ 以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出したこと
は、「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当せず、「変名を著作者
として表示」する権利を侵害するものでもないから、本件作品に係る原告
の氏名表示権を侵害したものではない。
(3) 争点3(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱わ
25 れるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
(原告の主張)
JASRACは、作品届に記載された著作者情報をJ-WIDにて公表し
ており、これにより著作者として公示された者が、著作権法14条により、
著作者としての推定を受ける。したがって、音楽著作物の著作者にとっては、
作品届が真の著作者を将来決する決定的な存在となるから、著作者には、自
5 己の著作物の作品届に著作者として正しく記載される法的利益が認められる。
実質的にも、これが果たされなければ、原告は、JASRACの会員とな
ることができず、JASRACから本件作品に係る著作権使用料の分配を受
けることができない。
したがって、被告が本件作品届を提出したことにより、本件作品に係る原
10 告の著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害されたものである。
(被告の主張)
著作権法による保護が否定される場合に不法行為が成立するのは、著作権
法が保護する利益とは異なる法的利益を侵害するような例外的な場合に限ら
れるというべきである。したがって、原告が主張する著作者として取り扱わ
15 れるべき人格的利益が、著作権法上保護される利益とは異なる利益であると
いった特段の事情がない限り、一般不法行為は成立しない。
しかし、著作者として取り扱われるべき人格的利益は、著作権法が定める
氏名表示権により保護される利益と正に同質の利益であるから、被告がJA
SRACに対して本件作品届を提出したことが一般不法行為を構成する余地
20 はない。
(4) 争点4(本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作
者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
(原告の主張)
被告は、原告が被告に対して本件訴訟を提起したことに対する報復をする
25 目的で、JASRACに対し、本件作品の作詞者及び作曲者について、原告
個人を表す筆名としての「B」から原告及びCのグループを表す筆名として
の「B」に再訂正する本件再訂正届を提出した。これにより、J-WIDに
おいて、本件作品に係る著作権は「未確定」と表示されるようになり、本件
作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」が原告個人を表すのか否か
が不明な状態となった。
5 したがって、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出したことに
より、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆名としての
「B」を表示させるという、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者と
して取り扱われるべき人格的利益が侵害されたものである。
(被告の主張)
10 前記(1)(被告の主張)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物であ
り、「B」は原告及びCのグループを表す筆名であるから、本件作品届の記
載は何ら虚偽ではない。
被告は、原告から、JASRACの会員になるために本件作品を個人の実
績としてほしいという強い要望を受けたことから、Cの了承を得た上で、原
15 告に協力するために、便宜的に「B」をグループを表す筆名から個人を表す
筆名へと訂正する訂正届を提出したにすぎない。そうであるにもかかわらず、
原告は、その後、本件訴訟を提起し、被告に対して一方的に損害賠償請求を
するに至ったことから、被告は、本来のあるべき内容に戻すため、本件再訂
正届を提出したのであって、これは正当な行為であり、何ら非難されるいわ
20 れはない。
さらに、J-WIDにおける「未確定」との表示は、本件作品に係る権利
関係が未確定であることを示すものにすぎず、本件作品の作詞者及び作曲者
である「B」が原告個人を表すか否かが不明の状態になっているものではな
い。
25 したがって、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出したことは、
本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的
利益を侵害するものではない。
(5) 争点5(本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務
に違反するものであるか)について
(原告の主張)
5 原告及び被告は、本件作品の利用開発を図るために著作権管理を行うこと
を目的として、原告が被告に対して本件作品に係る著作権を譲渡し、被告が
JASRACに対してその管理を委託することを内容とする本件著作権譲渡
契約を締結したところ、被告は、JASRACに対して著作権管理を委託す
るに際し、原告の著作者人格権を損なわないように細心の注意を尽くす義務
10 を負っていた。
そして、原告は、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆
名である「B」を使用する前提で、JASRACへの管理委託を被告に委ね
たにもかかわらず、被告は、「B」が原告及びCのグループを表す筆名であ
る旨記載した本件再訂正届を提出したものであるから、上記義務に違反する
15 というべきである。
(被告の主張)
前記(2)(被告の主張)のとおり、グループのメンバーが単独で作詞作曲し
た場合であっても、作詞者及び作曲者としてグループ名を記載することは音
楽業界において珍しいことではないから、原告及びCの共同著作物である本
20 件楽曲及び原告が作詞した本件歌詞からなる本件作品について、作詞者及び
作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作品
届の内容は何ら虚偽ではない。
また、本件著作権譲渡契約の文言から、原告が主張するような被告の義務
を導き出すことはできない。
25 したがって、被告において、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務違
反は認められない。
(6) 争点6(損害額)について
(原告の主張)
ア 被告が、JASRACに対して本件作品届を提出して、本件作品に係る
原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害し
5 たことにより、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、100万円
を下らない。
また、これに係る本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は、
10万円を下らない。
イ 被告が、JASRACに対して本件再訂正届を提出して、本件作品に係
10 る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害
し、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反したことにより、原
告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、100万円を下らない。
また、これに係る本件訴訟を追行するのに要する弁護士費用相当額は、
10万円を下らない。
15 (被告の主張)
いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本件楽曲の著作者)について
(1) 認定事実
20 証拠(甲20、乙2、証人C及び原告本人のほか後掲の各証拠。ただし、
認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認め
ることができる。
ア 原告は、平成13年11月頃、居酒屋である「D」を開店し、Cは、そ
の頃から、「D」にて勤務するようになった。
25 Cは、かつて、「C′′」の筆名でシンガーソングライターとして活動
を行い、レコードを発売したり、ライブ活動を行ったりし、また、「C′」
の筆名で作詞作曲を行い、E等のアーティストに対して多くの音楽作品を
提供してきた経験があったところ、「D」にて勤務するようになってから
しばらくして、知人のミュージシャンとともに、「D」において、ミニラ
イブを行うようになった(乙5)。
5 原告は、その頃まで、一切音楽活動をしたことがなく、楽器を演奏する
こともできなかったが、「D」での上記ミニライブをきっかけに、自ら作
詞をするようになった。
イ 原告は、平成14年頃、初めて自らメロディーを作り、これに自ら作詞
した歌詞を付けたことから、Cに対し、これを楽譜にすることなどを相談
10 した。そして、原告は、Cの助言を受け、上記メロディーに乗せて歌唱し
た音声(本件原音声)をカセットテープに録音し、これをCに渡した。
Cは、本件原音声について、歌詞の内容は情緒的で、雰囲気の良いもの
ではあったが、メロディーがゆっくりとした3拍子で、地味であったこと
から、約1週間かけて、3拍子を4拍子にしたり、サビ部分の旋律を見直
15 したり、伴奏を付けたり、特に後半部分を歌詞に合わせてメロディーを補
い、全体的にボサノバ調に再構築したりすることによって本件楽曲を完成
させ、ギターを弾きながらこれを歌唱したものをカセットテープに録音し、
これを原告に渡した。
ウ 原告は、「D」の開店1周年を記念して、平成14年11月頃、本件作
20 品を収録した本件CDを作成した。
本件CDに収録されているその他作品は、原告が作詞し、Cが作曲した
ことから、その外装には、作詞者として、原告の筆名である「A′」と、
作曲者として、Cの筆名である「C′(ローマ字表記)」と、それぞれ記
載された。
25 また、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B(ローマ字表
記)」(「B」)は、原告の名字の「a」、Cの名字の「c」、「D」の
「d」を組み合わせたものであった。(以上、甲1、23)
エ Cは、以前にEに音楽作品を提供したことがあったことから、Eの所属
事務所のプロデューサーに本件CDを聴いてもらおうと思い立ち、同人に
対し、本件CDを送付した。
5 そうしたところ、本件CDに収録された音楽作品のうち本件作品が採用
されることとなり、本件作品は、第三者によりアレンジされた上で、Eの
アルバム「F」に収録され、同アルバムは、平成15年6月4日に発売さ
れた(乙18)。
オ 原告は、本件原告契約書作成後、「B」の筆名で、単独で音楽活動を行
10 ってきた(甲8ないし12)。
カ J-WIDは、JASRACが管理運営するウェブサイトであり、JA
SRACが管理する音楽作品を検索することができるシステムであるとこ
ろ、本件作品をJ-WIDで検索すると、作品タイトルとして「G」と、
著作者(作詞及び作曲)として「B」と、それぞれ表示されるが、「B」
15 が個人を表す筆名か、グループを表す筆名かを明らかにする表示はなく、
本件歌詞の全部又は一部も表示されず、本件作品が演奏されることもない
(乙10、15、16、弁論の全趣旨)。
(2) 本件楽曲は原告が単独で創作した著作物か、原告及びCの共同著作物か
ア 原告は、本件楽曲は原告が単独で作曲したものであり、「B」は原告個
20 人を表す筆名であると主張する。そして、原告は、ある日、酒を飲んでい
たところ、詩とメロディーが俗に言うところの「降りてきた」というよう
な状態で頭に浮かんだことから、これを歌唱してカセットテープに録音し、
Cにこれを渡した、Cは、1週間か10日ほどして、原告に対し、本件原
音声は完全に曲になっているので、何も手を付けるところはないと述べた、
25 Cが原告に渡したカセットテープに録音された曲は、本件原音声と全く同
じものであり、Cが変更を加えたところは全くなかったなどと供述し、原
告の陳述書(甲20)にも同旨の記載がある。
イ この点、Eが著名なアーティストであることは顕著な事実であり、前記
(1)ウ及びエのとおり、本件作品は、本件CDに収録された後、Eのアルバ
ムに収録されるに至っていることからすると、本件作品は、一般に販売さ
5 れる程度に完成された音楽作品であったと推認することができる。
しかし、本件作品がそのような性質のものであったにもかかわらず、原
告の供述する本件楽曲の作曲過程は、必ずしも自然かつ合理的なものとは
いい難い上、前記(1)アのとおり、原告は、Cらが「D」においてミニライ
ブを行うようになるまで、一切音楽活動をしたことがなく、楽器を演奏す
10 ることすらできず、本件原音声も原告が初めて自らメロディーを作ったも
のであり、いきなり上記程度に完成された楽曲を作曲することができたと
は到底考え難い。他方で、Cは、これまでに、「C′」の筆名で作詞作曲
を行い、E等のアーティストに対して多くの音楽作品を提供してきた経験
があったことからすると、Cが、本件原音声を基に、全体的な旋律や調子
15 等を考えて、楽曲として完成させたと考えるのが自然である。
ウ また、前記(1)ウのとおり、本件CDの外装に、本件作品の作詞者及び作
曲者として記載された「B」は、原告の名字の「a」、Cの名字の「c」、
原告が経営し、Cが勤務していた居酒屋「D」の「d」を組み合わせたも
のであるところ、このような由来からすると、原告及びCは、両名が協力
20 して本件作品を完成させたと認識していたと考えるのが合理的である。
エ さらに、前記前提事実(2)イ及び(3)アのとおり、原告及びCは、本件作
品から得られる著作権使用料について、原告がその75%を、Cがその2
5%を、それぞれ取得する旨合意しており、本件歌詞は、原告が作詞した
ものであることからすると、本件楽曲が本件作品の50%を占めると考え
25 れば、上記の合意の事実は、原告及びCが本件楽曲を作曲するに当たり相
互に同程度の貢献をしたと認識していたことをうかがわせるということが
できる。
オ これに対して、本件著作権譲渡契約当時、本件原告契約書の「筆名」欄
にのみ「B」と記載され、本件C契約書の「筆名」欄にはそのような記載
はなく、「C′」と記載されていたこと(前記前提事実(3)イ及びウ)、原
5 告は、「B」の筆名で、単独で音楽活動を行ってきたこと(前記(1)オ)が
認められる。
しかし、前記(1)アのとおり、Cは、本件C契約書作成以前、「C′」の
筆名で作詞作曲を行い、アーティストに対して多くの音楽作品を提供して
きた経験があったことからすると、Cが本件作品に係る著作権管理を行う
10 ことを目的とした本件C契約書の「筆名」欄に「C′」と記載したとして
も不自然ではなく、このように記載したことをもって、Cが、原告が単独
で本件楽曲も含めた本件作品を作詞作曲したと考えていたとか、本件C契
約書作成当時、「B」は原告個人を表す筆名であると考えていたと認める
ことはできない。また、前記(1)オのとおり、原告が「B」の筆名で単独で
15 音楽活動をするようになったのは、本件原告契約書作成後のことであり、
本件CD作成当時又は本件原告契約書作成当時、原告が、「B」が原告個
人を表す筆名であると考えていたことを直ちに裏付けるものではない。
したがって、上記各事情は、原告及びCが共同して本件楽曲を作曲した
ことや、本件CD作成当時、あるいは本件原告契約書作成当時、「B」が
20 原告及びCのグループを表す筆名として用いられたことと矛盾するものと
まではいえない。
カ 以上を総合すると、原告の前記アの各供述及び陳述書の記載は採用する
ことができないというべきであり、前記(1)イのとおり、本件楽曲は、原告
が本件原音声を作成し、Cがこれを基に旋律や調子等を見直すなどし、全
25 体的にボサノバ調に再構築して完成させたものであって、かつ、各人の寄
与を分離して個別的に利用することができないものといえるから、原告及
びCの共同著作物(著作権法2条1項12号)と認めるのが相当である。
2 争点2(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するも
のであるか)について
(1) 原告は、本件作品について原告個人を表す筆名として「B」と表示すべき
5 であったにもかかわらず、被告がJASRACに対して本件作品の作詞者及
び作曲者を原告及びCのグループを表す筆名である「B」と記載した本件作
品届を提出したことは、本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害すると主張
する。
しかし、前記1(2)のとおり、本件作品は原告及びCの共同著作物である本
10 件楽曲を含むものであり、「B」の筆名は原告の名字の「a」、Cの名字の
「c」、原告が経営し、Cが勤務していた居酒屋「D」の「d」を組み合わ
せたものであることからすると、本件CDの外装に本件作品の作詞者及び作
曲者として記載された「B(ローマ字表記)」(「B」)について、原告が
原告個人を表す筆名とする意思でこれを記載したとまでは認められず、原告
15 は、本件CD作成当時、この「B」を原告及びCのグループを表すものとし
て用いることにつき異議を述べるものではなかったと認めるのが相当である。
そして、その後、被告がJASRACに対して本件作品届を提出するまで
に、本件作品に係る著作者の表示方法に関して、原告の意向が変わったこと
を認めるに足りる証拠はない。
20 したがって、被告が本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作
曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボッ
クスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容が誤りで
あったとまでは認められないから、原告の上記主張は前提を欠くというほか
ない。
25 (2) また、前記前提事実(4)アのとおり、本件作品届は、JASRACに対して
提出されたものであり、前記1(1)カのとおり、本件作品をJ-WIDで検索
しても、本件歌詞の全部又は一部は表示されず、本件作品が演奏されること
もないことからすると、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法
19条1項)に該当するとは認められない。
これに対し、原告は、本件作品届がJASRACに提出されれば、本件作
5 品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名がその
まま本件作品の著作者名として表示されることになるから、本件作品届の提
出は「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当すると主張する。しかし、
本件作品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名
がそのまま本件作品の著作者名として表示されることを認めるに足りる証拠
10 はないから、上記主張は採用することができない。
(3) 以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為が
原告の氏名表示権を侵害するとは認められない。
3 争点3(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われ
るべき人格的利益を侵害するものであるか)について
15 (1) 原告は、著作者には自己の著作物の作品届に著作者として正しく記載され
る法的利益が認められるところ、被告が本件作品届を提出したことにより、
本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害され
たと主張する。
しかし、前記2(1)のとおり、被告が、本件作品届の「著作者」欄のうち
20 「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グルー
プ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、
届出内容が誤りであったとまでは認められない。
したがって、原告の上記主張は前提を欠くというほかない。
(2) また、原告の前記(1)の主張は、著作物に著作者の実名又は変名を著作者名
25 として表示する法的利益をいうものと解されるところ、これは正に氏名表示
権について述べるものであり、そうすると、前記2(2)のとおり、被告による
権利侵害は認められない。
(3) 以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為が
原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するとは認められな
い。
5 4 争点4(本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者
として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
原告は、原告が被告に対して本件訴訟を提起したことに対する報復をする目
的で、被告がJASRACに対して本件再訂正届を提出し、これにより、J-
WIDにおいて、本件作品に係る著作権は「未確定」と表示されるようになり、
10 本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」が原告個人を表すのか否
かが不明な状態となったと主張する。
確かに、前記前提事実(4)イ及びエのとおり、本件再訂正届は、一旦訂正した
本件作品届を、当初の記載のとおりに再び訂正するものであり、被告がその訂
正及び再訂正を行った理由に照らすと、その一連の行為は、音楽の著作権を管
15 理する者として不適切であるといわざるを得ない。しかし、前記2(1)のとおり、
被告が本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも
「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェ
ックを入れて提出したことについて、届出内容自体が誤りであったとまでは認
められないから、本件再訂正届の内容自体に誤りがあったとも認められない。
20 また、前記1(1)カのとおり、本件作品をJ-WIDで検索すると、著作者
(作詞及び作曲)として「B」と表示されるが、「B」が個人を表す筆名か、
グループを表す筆名かを明らかにする表示はないことからすると、「未確定」
と表示されたから、J-WID上の「B」の表示が原告個人を表すか否かが不
明な状態になったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
25 さらに、前記2(2)及び3(2)のとおり、被告による本件再訂正届の提出は、
本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利
益を侵害するものとは認められない。
したがって、原告の上記主張は採用することができない。
5 争点5(本件再訂正届の提出が本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に
違反するものであるか)について
5 原告は、本件作品の作詞者及び作曲者として、原告個人を表す筆名である
「B」を使用する前提で、JASRACへの管理委託を被告に委ねたにもかか
わらず、被告は「B」が原告及びCのグループを表す筆名である旨記載した本
件再訂正届を提出したから、本件著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反
すると主張する。
10 しかし、前記2(1)のとおり、本件楽曲は原告及びCの共同著作物であり、原
告は、本件CD作成当時、本件作品の作詞者及び作曲者として原告及びCのグ
ループを表す筆名である「B」と表示することに異議を述べるものではなかっ
た。
したがって、本件CD作成時から間もない本件著作権譲渡契約締結時に、原
15 告が、被告に対し、本件作品の作詞者及び作曲者として原告個人を表す筆名と
して「B」を使用することとして、JASRACへの管理委託を委ねたとは認
められないから、原告の上記主張は前提を欠く。
第4 結論
よって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がな
20 いから棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
國 分 隆 文
裁判官
5 小 川 暁
裁判官
10 バ ヒ ス バ ラ ン 薫
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