令和3(行ケ)10161審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
令和4年8月30日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告Ⅹ 被告特許庁長官
|
法令 |
特許権
|
キーワード |
審決35回 実施17回 新規性9回 進歩性3回 拒絶査定不服審判1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は、平成28年1月15日、発明の名称を「ロックウール素材及びそ
の成形体である放射線遮蔽低減体を用いた公衆被爆防護、職業被爆防護、医25
療被爆防護ならびに放射性廃棄物処理に関する。」とする発明について、特許
出願をした(特願2016-18391号。請求項の数20。以下「本件出
願」という。)。(乙1)
(2) 原告は、令和2年2月20日付けで拒絶査定を受けたため、同年6月1日、
拒絶査定不服審判(不服2020-7419号事件)を請求した。(甲4、1
2)5
(3) 原告は、令和3年5月10日付けで拒絶理由通知書の送付を受けたため、
同年7月12日、特許請求の範囲を補正する旨の意見書及び手続補正書を提
出した(補正後の請求項の数7。以下「本件補正」という。)。(甲5、6の1
及び2)
(4) 特許庁は、令和3年10月25日、本件補正を認めた上で、「本件審判の10
請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
令和4年8月30日判決言渡
令和3年(行ケ)第10161号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年6月14日
判 決
原 告 Ⅹ
被 告 特 許 庁 長 官
10 同 指 定 代 理 人 野 村 伸 雄
同 山 村 浩
同 瀬 川 勝 久
同 小 島 寛 史
同 山 田 啓 之
15 主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
20 特許庁が不服2020-7419号事件について令和3年10月25日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
(1) 原告は、平成28年1月15日、発明の名称を「ロックウール素材及びそ
25 の成形体である放射線遮蔽低減体を用いた公衆被爆防護、職業被爆防護、医
療被爆防護ならびに放射性廃棄物処理に関する。 とする発明について、特許
」
出願をした(特願2016-18391号。請求項の数20。以下「本件出
願」という。 。
) (乙1)
(2) 原告は、令和2年2月20日付けで拒絶査定を受けたため、同年6月1日、
拒絶査定不服審判(不服2020-7419号事件)を請求した。
(甲4、1
5 2)
(3) 原告は、令和3年5月10日付けで拒絶理由通知書の送付を受けたため、
同年7月12日、特許請求の範囲を補正する旨の意見書及び手続補正書を提
出した(補正後の請求項の数7。以下「本件補正」という。。
)(甲5、6の1
及び2)
10 (4) 特許庁は、令和3年10月25日、本件補正を認めた上で、「本件審判の
請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その
謄本は、同年11月17日、原告に送達された。
(5) 原告は、令和3年12月14日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提
起した。
15 2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の請求項1、2、4及び7に係る特許請求の範囲の記載は、次の
とおりである。(甲6の2)
⑴ 請求項1
「放射線の透過低減を有する素材がロックウールであって、前記ロックウ
20 ールは、ロックウールを含む鉱物繊維または、ロックウールの粒状綿を密度
が高くなるように圧縮させて、10kg/m3から4000kg/m3のう
ちのいずれかの重量値に成形されていることを特徴とする放射線遮蔽基材。」
⑵ 請求項2
「水を含水させた鉱物繊維または、水を含水させたロックウールの含水が
25 残存するように圧縮もしくは絞って、成形されていることを特徴とする請求
項1に記載の放射線遮蔽基材。」
⑶ 請求項4
「容器内部充填物が容器外部に漏れ出ないように密閉蓋を構成してなる容
器内部に請求項1から3に記載のうちのいずれか又は、請求項1から3に記
載のうちの複数種を混合してなる混合構成基材を充填して、前記混合構成充
5 填基材に放射性廃棄物を挿入混合または、放射性物質が含まれる水を注水す
ることを特徴とする放射線遮蔽基材および放射性物質充填容器。」
⑷ 請求項7
「放射線透過低減性繊維が、無機繊維、有機繊維のいずれかであって、前
記放射線透過低減繊維が請求項1から3に記載のうちのいずれかの表面を被
10 覆してなることを特徴とする放射線遮蔽基材。」
3 本件審決の理由の要旨
(1) 理由の骨子
本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりであり、要するに、
次の各理由により、本件出願は拒絶すべきであるというものである。
15 ア 本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。 は、
)
甲1の文献(「セシウム-137から生ずるガンマ線に対する各種建築材
料の遮蔽データベース」
(別府克俊ほか1名、日本建築学会構造系論文集第
79巻第702号1089-1095頁、2014年8月発行)。以下「甲
1文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に対
20 する新規性を欠く(引用発明1に対する新規性欠如)。
イ 本願発明は、引用発明1及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明
をすることができたものである(引用発明1に対する進歩性欠如)。
ウ 本願発明は、甲2の公報(特開2015-125143号(全文は乙2)。
以下「甲2公報」という。 に記載された発明
) (以下「引用発明2」という。)
25 及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもので
ある(引用発明2に対する進歩性欠如)。
エ 本件出願に係る明細書(以下「本願明細書」という。)の発明の詳細な説
明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記
載されたものではない(実施可能要件違反)。
オ 本件補正後の請求項2、4及び7に記載された各発明は、いずれも明確
5 ではない(明確性要件違反)。
(2) 引用発明の認定
本件審決が認定した引用発明は、次のとおりである。
ア 引用発明1
「線源から放出されるガンマ線に対する各種建築材料の遮蔽性能のデ
10 ータベースにおいて、断熱材として用いられるロックウールについて、組
成割合SiO 2 40%、CaO 20%(判決注:「40%」の誤記であ
ると認める。 、Al 2 O 3
) 20%であって、密度0.050g/cm 3の
実効線量透過率は、9.99E-01、密度0.100g/cm 3 の実効線
量透過率は、9.97E-01、であること。」
15 イ 引用発明2
「複数のリブと、当該複数のリブを介して積層された少なくとも1枚の
表薄板及び裏薄板と、を含み、前記表薄板と前記裏薄板とに挟まれ、前記
複数のリブを除いた領域と中空リブの中空領域に含水用空間又は、含水用
空間と気相部を形成している中空板状体と、前記含水用空間の中に充填さ
20 れた保水基材又は、含水用空間の中に充填された保水基材と気相部と、を
備える放射線透過低減構成基材あり(判決注:
「放射線透過低減構成基材で
あり」の誤記であると認める。 、
)
放射線透過低減構成基材の表薄板側に、ロックウール繊維又はその成形
体が積層されており、
25 ロックウール繊維の成形体が不織布、フェルト状体、板状体、角棒、粒
状物、綿状物であり、さらに、前記ロックウール繊維の成形体の表面に亀
甲金網を貼合された形態、該成形体の表面にガラスクロスで被覆された形
態、該成形体の表面にアルミ箔とガラス繊維シートが貼合してなるアルミ
クロスを貼合された形態のロックウール繊維が含まれている、
放射線透過低減構成基材。」
5 (3) 一致点及び相違点の認定
ア 本件審決が認定した本願発明と引用発明1との一致点及び相違点は、次
のとおりである。
(ア) 一致点
「素材がロックウールであって、
10 前記ロックウールは、ロックウールを含む鉱物繊維を密度が高くなる
ように圧縮させて、10kg/m 3 から4000kg/m 3 のうちのいず
れかの重量値に成形されていること。」
(イ) 相違点1
「本願発明は『基材』であるのに対して、引用発明1はそのような特
15 定がなされていない点。」
(ウ) 相違点2
「ロックウールについて、本願発明は『放射線の透過低減を有する』
素材として用いて、
『放射線遮蔽基材』を構成しているのに対し、引用発
明1はそのような特定がなされていない点。」
20 イ 本件審決が認定した本願発明と引用発明2との一致点及び相違点は、次
のとおりである。
(ア) 一致点
「素材がロックウールである放射線遮蔽基材。」
(イ) 相違点3
25 「ロックウールについて、本願発明は『放射線の透過低減を有する』
素材であるのに対し、引用発明2はそのような特定がなされていない点。」
(ウ) 相違点4
「本願発明は『ロックウールを含む鉱物繊維または、ロックウールの
粒状綿を密度が高くなるように圧縮させて、10kg/m 3 から400
0kg/m 3 のうちのいずれかの重量値に成形されている』と特定され
5 ているのに対して、引用発明2はそのような特定がなされていない点。」
4 原告の主張する取消事由
⑴ 取消事由1
本願発明と各引用発明との一致点の認定の誤り
⑵ 取消事由2
10 本願発明と各引用発明との相違点に係る判断の誤り
⑶ 取消事由3
実施可能要件及び明確性要件に係る判断の誤り
⑷ 取消事由4
引用発明1の認定の誤り
15 ⑸ 取消事由5
甲1文献及び甲2公報を引用することは技術的に阻害されること
第3 当事者の主張
1 取消事由1(本願発明と各引用発明との一致点の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
20 以下のとおり、本件審決は、本願発明のロックウール素材の放射線遮蔽基材
と、引用発明1及び2並びに甲3の文献 「2010年度版
( ロックウール製品
の特性と取扱い」
(ロックウール工業会、2010年発行)
(全文は乙3)。以下
「甲3文献」という。)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)のロッ
クウール断熱材とを、同一の材料であるとする重大な誤認をしている。したが
25 って、本願発明と各引用発明とが一致するとした本件審決の判断は、全て誤り
である。
⑴ 本願発明と各引用発明とが異なること
ア 本願発明は、引用発明1及び2並びに甲3発明と同じロックウールを原
料とするものであるが、成形密度を最適に調整し、放射線遮蔽の機能を有
する素材で作製するものであるのに対し、引用発明1及び2並びに甲3発
5 明は、断熱性の機能を有する断熱材であり、両者は機能が異なる。
イ 本願発明は、放射線遮蔽の機能を有する素材を、線源の線量に応じて圧
縮したものであるのに対し、引用発明1及び2並びに甲3発明は、断熱材
の特徴である弾力性を備えたものであり、両者は成形形態が異なる。
⑵ 引用発明1のロックウールが断熱材であること
10 甲1文献には「実効線量透過率が1.00E+00となっている建材(断熱
材など)」と記載されているから、引用発明1のロックウールは、断熱材であ
る。
⑶ 引用発明2のロックウールが断熱材であること
ア 引用発明2の「ロックウール繊維」は、ロックウール断熱材である。ま
15 た、引用発明2の「放射線透過低減構成基材」には、ロックウール断熱材
(保水基材群のうちの一種)以外にも、引用発明2特有の構成材料が複数
含まれている。
イ 甲2公報の段落【0189】には、請求項23に係る記載として、ロッ
クウール繊維が断熱性に優れていること、保水性を有することが記載され
20 ているところ、甲2公報に記載されているロックウールは、空隙率が高く
形成されている断熱材であることが一般的に理解される。なお、上記段落
の「保水性を有するので当該発明に有用である」との記載は、引用発明2
の必須要件である水を保水基材(ロックウールを選択)に含水させること
を示しているところ、含水によって断熱材の断熱性能が下がることは当業
25 者において常識であるから、上記段落における「断熱性が放射線透過低減
に有効」との記載が、引用発明2の放射線透過低減を肯定することにはな
らない。
ウ 甲2公報の段落【0160】の記載から、重量差の重量が含水量(約2.
000リットル)であることが推定できるところ、この含水量は450k
gの乾燥ロックウール粒状綿の約4.4倍に相当する。そして、乾燥ロッ
5 クウール粒状綿の含水機能の要因は、当該粒状に空隙率が高く形成されて
いることにある。このように、乾燥ロックウール粒状綿は、引用発明2に
おいては保水基材であるが、以上のとおりの空隙率からすれば、断熱材で
あることが分かる。また、上記ロックウール粒状綿は、甲3文献にも記載
されているから、甲2公報に記載されているロックウールは、甲1文献及
10 び甲3文献に記載されている断熱材であるといえる。
エ 甲2公報の段落【0160】の含水量の水圧に耐え得る、向かい合う主
面の強度を想像すると、引用発明2は、機械的強度に優れた材料で構成さ
れていることが一般に理解される。また、引用発明2の含水構成構造物の
形を想像すると、上記段落において示されている主面の各サイズからすれ
15 ば、直方体であることが分かる。これに対し、本願発明の成形物は、本願
明細書に記載はないが、当業者が本願発明の成形の意味を理解すると、例
えば円筒形、環帯、円管又は球のような、引用発明2において作製が容易
ではない形態の成形物(素材の一体化)を自由に作製することができる。
このことから、本願発明と引用発明2とが一致しないことが分かる。
20 ⑷ 甲3発明のロックウールが断熱材であること
ア 甲3発明のロックウールは、断熱材、吸音材、保湿材である。
イ 甲3文献における70年のロックウールの歴史に関する記載部分には、
放射線や遮蔽といった記載は存在せず、放射線や遮蔽を示唆する文言も存
しない。そうすると、このようなロックウール断熱材とは別である本願発
25 明の放射線遮蔽基材を、当業者が容易に発明することができたとすること
は誤りである。
〔被告の主張〕
⑴ 引用発明1に関する主張について
ア 引用発明1の「ロックウール」は、断熱材として用いられるものである
が、微量とはいえ放射線を遮蔽する機能を有している。また、甲1文献に
5 は、「今回の福島第一原子力発電所の事故のように大量の放射性物質が生
活環境下に放出される際は、建築物が人体を放射線から保護する遮蔽体に
なる。」と記載されている。そして、本願発明の「放射線の透過低減」及び
「放射線遮蔽」における「低減」及び「遮蔽」の程度は、ガンマ線の遮蔽
効果が、
(遮蔽体を構成する)物質、密度及び厚さ並びにガンマ線のエネル
10 ギーにより定まるという技術常識(以下「本件技術常識」という。)に基づ
いて説明可能な範囲内のものである。
そうすると、引用発明1の「ロックウール」は、本願発明の「放射線の
透過低減を有する素材」に相当するといえるし、当該「ロックウール」を
用いた断熱材は、本願発明の「放射線遮蔽基材」に相当するといえる。
15 イ 引用発明1の「ロックウール」を用いた断熱材は、厚さが84mm(甲
「密度0.050g/cm 3」
1文献の表1)の断熱材であり、 (50kg/
m 3)又は「密度0.100g/cm 3」
(100kg/m 3)であるところ、
ロックウールが鉱物繊維の一つであることが技術常識であることに照ら
せば、当該各密度の「ロックウール」を用いた断熱材は、それよりも低い
20 密度のもの(例えば、甲1文献の表1の「密度0.030g/cm 3 」のも
の)と比べると、本願発明でいう「ロックウールを含む鉱物繊維」を「密
度が高くなるように圧縮させて」
「成形され」た構成を有しているといえる
し、そのような構成とすることは、当業者が適宜なし得たことでもある。
また、ロックウールを用いた断熱材として、マット状又はボード状のも
25 のが存在することは技術常識であるところ、マット状又はボード状のロッ
クウールは、繊維状にしたロックウールを捕集した後、圧縮させて所定の
密度に成形されて得られることが技術常識である。そして、圧縮させれば、
圧縮前よりも密度が高くなることが自明である。そうすると、引用発明1
の当該各密度の「ロックウール」を用いた断熱材は、本願発明でいう「ロ
ックウールを含む鉱物繊維」を「密度が高くなるように圧縮させて」
「成形
5 され」た構成を有しているといえるし、そのような構成とすることは、当
業者が適宜なし得たことでもある。
⑵ 引用発明2に関する主張について
ア 引用発明2の「ロックウール繊維又はその成形体」は、「放射線透過低
減構成基材の表薄板側に」「積層され」たものであるところ、当該「ロッ
10 クウール繊維又はその成形体」として、密度が50kg/m 3 や100k
g/m 3 といった本願発明に特定された範囲のものを採用することは、当
業者が適宜なし得たことである。
イ そして、このようにして採用された密度の「ロックウール繊維又はその
成形体」に係る「ロックウール」は、上記⑴アと同様の理由で、本願発明
15 の「放射線の透過低減を有する素材」に相当するといえるし、当該密度の
「ロックウール繊維又はその成形体」を備えた「放射線透過低減構成基材」
は、本願発明の「放射線遮蔽基材」に相当するといえる。また、当該密度
の「ロックウール繊維又はその成形体」は、
「成形体」である以上、本願発
明でいう「成形され」た構成を有しているといえるし、上記⑴イと同様の
20 理由で、本願発明でいう「ロックウールを含む鉱物繊維」を「密度が高く
なるように圧縮させ」られた構成を有しているといえる。
ウ なお、甲2公報の段落【0189】にも、当該「ロックウール繊維又は
その成形体」が、放射線透過低減に有効である旨記載されている。
⑶ 甲3発明に関する主張について
25 甲3文献は、いわゆる主引用例として引用されたものではない。
2 取消事由2(本願発明と各引用発明との相違点に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
取消事由1で主張したとおり、本願発明のロックウール素材の放射線遮蔽基
材は、断熱材である引用発明1及び2並びに甲3発明のロックウールとは異な
る。したがって、以下のとおり、本願発明の放射線遮蔽効果と、引用発明1の
5 ロックウール断熱材の放射線遮蔽効果及び含水されている引用発明2のロック
ウール断熱材の放射線遮蔽効果とは一致するものではなく、本件審決がこれら
を抽象的に同一であると判断したのは誤りである。
(1) 本願発明の放射線遮蔽効果については、本願明細書の段落【0027】に
具体的に記載されている。
10 ⑵ 甲2公報において密度25kg/m 3 と記載されているロックウールは、
甲1文献の表1に示されている最小密度0.03g/cm 3 以下の値であり、
実効線量透過率の評価対象とはなり得ず、引用発明1及び引用発明2の放射
線遮蔽効果には差異がある。
⑶ 甲4の実験成績証明書には、本願発明の放射線遮蔽効果が具体的に記載さ
15 れているほか、引用発明1及び2の放射線遮蔽効果の対比や本願発明及び引
用発明1の放射線遮蔽効果の対比等が記載されている。
⑷ 引用発明2の放射線遮蔽効果は、複数からなる構成材料、組み込まれる液
体材料、複雑な構造要因等、引用発明2に特有の放射線遮蔽構造によるもの
であり、単一素材を成形する本願発明とは要素が異なるから、放射線遮蔽効
20 果を抽象的に同一であると判断するのは誤りである。
⑸ 本件審決が、引用発明2の技術的思想から本願発明の要素を容易に発明す
ることができるとしたことは、誤りである。
〔被告の主張〕
⑴ 圧縮させて所定の重量値(密度)に成形されている本願発明の「ロックウ
25 ール」と、引用発明1の「ロックウール」を用いた断熱材(又は引用発明1
から出発した当業者が適宜至ることができる断熱材)や引用発明2から出発
した当業者が採用し得た密度の「ロックウール繊維又はその成形体」との間
には、物質及び密度の観点において差異がないから、本件技術常識を踏まえ
れば、放射線遮蔽効果においても差異がない。
⑵ そうすると、本願発明の「放射線の透過低減を有する」及び「放射線遮蔽」
5 における「低減」及び「遮蔽」の程度も、本件技術常識に基づいて説明可能
な範囲内のものと解されるということになる。また、そうである以上、本願
発明の効果は、甲1文献又は甲2公報に記載された技術的事項と本件技術常
識とに基づいて予測できるともいえる。
3 取消事由3(実施可能要件及び明確性要件に係る判断の誤り)について
10 〔原告の主張〕
⑴ 実施可能要件について
ア 当業者は、本願明細書の「発明の名称」及び「発明が解決しようとする
課題・目的」の記載から、本願発明の成形物(請求項1)又は請求項1に
従属する請求項に係る発明物について、公衆被爆防護、職業被爆防護、医
15 療被爆防護及び放射性廃棄物処理に関係する場において利用又は使用す
るものであると理解するから、明確性要件及び実施可能要件に反するとし
た本件審決の判断は、誤りである。
イ 本件審決は、本願発明のロックウール素材につき、瑕疵のある引用発明
1のロックウール断熱材料と同一であると誤って認定したために、実施可
20 能要件に関する判断も誤ったものである。
⑵ 明確性要件について
ア 請求項2は、請求項1の従属項であるところ、請求項1には「前記ロッ
クウールは、ロックウールを含む鉱物繊維」と記載されており、請求項2
の鉱物繊維は、請求項1のロックウールを含む鉱物繊維を指しているから、
25 請求項2の記載は不明瞭ではない。
イ 当業者は、請求項4及び7に記載されている文脈から、容易に本件出願
に係る各発明を実施することができる。また、当業者は、本件出願に係る
願書には、明細書及び図面の記載から、実施の形態を読み取って各発明を
容易に作製することができる。
〔被告の主張〕
5 ⑴ 実施可能要件について
本願明細書の段落【0027】には、
「ロックウールの密度が高いほど、単
位体積中のロックウール繊維本数が多くなって空気の流れの抵抗が増す故に
電気抵抗値が極めて高くなり電気絶縁性が増すためとロックウールは電子波
を吸収することが推測できるから放射線の遮蔽効果を有する。」と記載され
10 ているが、空気の流れの抵抗、電気抵抗値及び電子波吸収による作用が、本
件技術常識に基づいて説明可能な範囲を超えているといえるだけの物理的な
裏付けがない。また、当該段落中の実施例の記載は、ロックウールの入手及
び製造方法その他の実験条件を明らかにしていないから、不十分である。
⑵ 明確性要件について
15 本件審決が判断したとおりである。
4 取消事由4(引用発明1の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
本件審決は、甲1文献の表1に記載された「刧さ」との語句につき、単なる
「厚さ」の誤記と判断した。しかしながら、以下のとおり、この記載が単なる
20 誤記であるとは考えられず、表1は科学技術的に不明な表であるから、本件審
決が、表1を基に引用発明1を認定し、本願発明の上位概念であるかのように
認定したことは、誤りである。
⑴ パソコンのキーボードの操作において、
「あつ、アツ、ATU、atu」の
文字を入力しても、甲1文献の表1に記載された「刧」の文字は表示されな
25 い。
⑵ 「刧」の文字を甲1文献の表1に掲載(印字)するためには、IMEパッ
ドの操作が不可欠であり、また、これによって表示される「刧」の文字の読
みは、「ゴウ、キョウ、おびやかす」である。
⑶ 甲1文献は、2名の著者によって作成された論文であるところ、論文集に
掲載する以前にその内容を確認するのが常識である上、論文集に掲載された
5 ことにより、その記載が確定している。
〔被告の主張〕
当業者は、甲1文献の表1と同じ実効線量透過率のデータベースである表2
ないし7に「厚さ(mm)」と記載されていること及び本件技術常識から、「劫
さ(mm)」を「厚さ(mm)」の明らかな誤記であると理解する。
10 5 取消事由5(甲1文献及び甲2公報を引用することは技術的に阻害されるこ
と)について
〔原告の主張〕
⑴ 本件審決は、
「なお、もともと、放射線遮蔽機能が低い材料でも、厚さを厚
くしたり、密度を高くすれば、遮蔽機能が上がることは当然であって、格別
15 のことではない」とするが、これは本件審決が認定した引用発明1及び2に
相当するものであるから、被告自らが甲1文献及び甲2公報を技術的に阻害
しているといえる。
⑵ 本件審決は、引用発明1及び2は同一のロックウールであると認定してい
るが、引用発明1のロックウールは含水されておらず、引用発明2のロック
20 ウールは含水が発明の必須要件であるから、甲1文献は、甲2公報を技術的
に阻害している。すなわち、引用発明2のロックウールから含水を除外した
論理は成り立たないから、本件審決が引用発明1及び2を認定したことは、
誤りである。
⑶ 甲4の実験成績証明書においては、引用発明1及び2の放射線遮蔽効果を
25 比較した結果として、引用発明2の放射線遮蔽効果が引用発明1よりも低い
値であることが証明されており、甲1文献は甲2公報を阻害しているから、
本件審決が引用発明1及び2を認定したことは、誤りである。
〔被告の主張〕
⑴ 本件審決がした「なお、もともと、放射線遮蔽機能が低い材料でも、厚さ
を厚くしたり、密度を高くすれば、遮蔽機能が上がることは当然であって、
5 格別のことではない。 という説示は、
」 本件技術常識そのものを意味しており、
これに基づく本件審決の認定判断に誤りがないことは、これまで主張したと
おりである。
⑵ 原告は、甲1文献に記載された技術的事項と甲2公報に記載された技術的
事項とが互いに阻害する旨主張するようであるが、本件審決の認定及び判断
10 に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 本願発明
(1) 特許請求の範囲
本願発明の特許請求の範囲の記載は、前記第2の2のとおりである。
15 (2) 本願明細書の記載
本願明細書には、次のとおりの記載がある(乙1)。
ア 技術分野
「放射性物質の放射線透過低減、環境放射能汚染物から放射される放射
線透過低減対策に係る公衆被爆防護、職業被爆防護、医療被爆防護ならび
20 に放射性廃棄物処理に関する。 (段落【0001】
」 )
イ 背景技術
「原子番号が大きい物体ほど放射線、主にガンマ線の遮蔽に効果を発現
することが周知である。また、原子番号が大きい物体ほど重量が重い。放
射線遮蔽体の重量が重いと運搬、作業にかかる負担増と費用が高額になる。
25 また、原子番号が大きい物体ほど高価である。また、原子番号が大きい物
体を用いて環境放射能汚染物、放射性廃棄物、放射性物質を遮蔽する機械
的強度を備えた構造体を製造する諸費用は高額である。このような理由か
ら安価であって且つ、原子番号が大きい物質が含有されても軽量の放射線
遮蔽素材の開発が望まれている。 (段落【0002】
」 )
ウ 発明が解決しようとする課題
5 「軽量物である鉱物繊維、人造鉱物繊維を用いて核種放射線の公衆被爆
防護、職業被爆防護、医療被爆防護に有用な放射線透過低減素材ならびに
放射性廃棄物処理に係る構造体を提供することを目的とする。 (段落【0
」
006】)
エ 課題を解決するための手段
10 「請求項1の発明の放射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体は、放
射線の透過低減を有する素材がロックウールであることを特徴とする放
射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体である。 (段落【0007】
」 )
「請求項4の発明の放射線遮蔽低減体および放射性物質減衰体は、ロッ
クウールを含む鉱物繊維または、ロックウールの粒状綿を密度が高くなる
15 ように圧縮させて、10kg/m3から4000kg/m3のうちのいず
れかの重量値に成形されていることを特徴とする請求項1から3に記載
の放射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体である。(段落
」 【0010】)
オ 発明の効果
「以上のように本発明の放射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体、
20 放射性物質減衰体容器又は袋体、放射性物質減衰体コンテナ体によれば、
ロックウール素材とロックウールの素材からなる成形体には、化学組成
(重量%)は、SiO2が含有量35から45%、Al2O3が含有量1
0から20%、Fe2O3が含有量0から3%、MgOが含有量4から
8%、CaOが含有量30から40、MnOが含有量0から1%含まれて
25 いるので放射線の遮蔽効果が発現する。
また、放射線の遮蔽低減実施例としては、厚さ15cmのロックウール
粒状体(密度0.2g/cm3)を圧縮してなる密度0.30~0.36
g/cm3の混合成形体を放射線が地面から放射している土地表面に被
覆施工した結果、被覆施工直後において空間線量が35から40%程度低
減したことを原子力規制委員会さまが管理測定されているモニタリング
5 ポスト(設置場所、緯度37.758934経度140,44704高さ
50cm)で確認。また、該モニタリングポストの設置場所近傍の放射線
が放射されている土地において先述に類似する測定を実施してロックウ
ール繊維成形体の放射線透過低減効果を確認している。
また、ロックウールの密度が高いほど、単位体積中のロックウール繊維
10 本数が多くなって空気の流れの抵抗が増す故に電気抵抗値が極めて高く
なり電気絶縁性が増すためとロックウールは電子波を吸収することが推
測できるから放射線の遮蔽効果を有する。
また、本発明は多様な放射線遮蔽用途に活用できる。また、軽量である
ため運搬や作業負担が軽減される。
15 また、本発明のロックウール繊維素材とその成形体は放射性廃棄物を保
管、貯蔵する建築構造物の屋根、壁、扉、床または、放射線防護服、防護
エプロン、シェルターや放射線が放射される医療施設の壁、屋根、床の放
射線防護材料として利用できる相乗効果も有する。 (段落【0027】
」 )
カ 発明を実施するための形態
20 「<第1の実施の形態>」(段落【0029】)
「放射線の透過低減を有する素材がロックウールであることを特徴と
する放射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体。 (段落【0030】
」 )
「ロックウール繊維は微細な孔と空隙を有するので電子波を吸収する
機能があることが推測できるので放射線の遮蔽に好ましい。
25 また、繊維成形に接合剤を構成しない人造鉱物繊維は環境に影響される
ことなく劣化が殆どないから永続的な放射線の遮蔽に好ましい。 (段落
」
【0031】)
「<第4の実施の形態>
ロックウールを含む鉱物繊維または、ロックウールの粒状綿を密度が高
くなるように圧縮させて、10kg/m3から4000kg/m3のうち
5 のいずれかの重量値に成形されていることを特徴とする請求項1から3
に記載の放射線遮蔽低減基材および放射性物質減衰体は、先述のように圧
縮成形されることによって、より放射線の遮蔽効果が発現するから好まし
い。 (段落【0034】
」 )
「また、ロックウールは玄武岩その他の天然鉱物、鉄炉スラグ、高炉ス
10 ラグが主原料であるから圧縮加工が容易である。そして、ロックウールの
密度が高いほど、単位体積中のロックウール繊維本数が多くなって空気の
流れの抵抗が増す故に電気抵抗値が極めて高くなり電気絶縁性が増すた
め放射線の遮蔽に好ましい。 (段落【0035】
」 )
「また、成形方法としては公知の圧縮機械または重機などを用いてロッ
15 クウール繊維そのものを圧縮成形することが好ましいがこの方法に限定
されるものではない、また、圧縮の際に接合材や樹脂をロックウール繊維
に噴霧、添加して成形されてもよい。また、例えば、無機繊維や有機繊維
を混合して圧縮成形した形態もよい。 (段落【0036】
」 )
(3) 本願発明の技術的意義
20 上記(1)及び(2)によれば、本願発明の技術的意義は、次のとおりであると
認められる。
ア 本願発明は、放射性物質の放射線透過低減、環境放射能汚染物から放射
される放射線透過低減対策に係る公衆被爆防護、職業被爆防護、医療被爆
防護及び放射性廃棄物処理に関する発明である。(段落【0001】)
25 イ 原子番号が大きい物体ほど、放射線、主にガンマ線の遮蔽に効果を発現
することが周知である。他方で、原子番号が大きい物体ほど重量が大きい
ところ、放射線遮蔽体が重いと運搬及び作業に要する負担が増え、費用が
高額になる。また、原子番号が大きい物体ほど高価である。さらに、原子
番号が大きい物体を用いて環境放射能汚染物、放射性廃棄物、放射性物質
を遮蔽する機械的強度を備えた構造体を製造する諸費用は高額である。そ
5 こで、安価であり、かつ、原子番号が大きい物質が含有されても軽量の放
射線遮蔽素材の開発が望まれていた。
本願発明は、軽量物である鉱物繊維又は人造鉱物繊維を用いて、放射線
の公衆被爆防護、職業被爆防護及び医療被爆防護に有用な放射線透過低減
素材及び放射性廃棄物処理に係る構造体を提供することにより、上記の課
10 題を解決することを目的とするものである。
(段落【0002】及び【00
06】)
ウ 上記の目的を達成するために、本願発明の放射線遮蔽低減基材及び放射
性物質減衰体は、放射線の透過低減を有する素材がロックウールであり、
ロックウールを含む鉱物繊維又はロックウールの粒状綿を密度が高くな
15 るように圧縮させて、10kg/m 3 から4000kg/m 3のうちのいず
れかの重量値に成形されていることを特徴とする。
(段落【0007】及び
【0010】)
エ 本願発明は、多様な放射線遮蔽用途に活用することができ、また、軽量
であるため、運搬や作業負担が軽減されるという効果を奏する。
20 さらに、上記ウのとおり、本願発明は、圧縮成形されたロックウール線
維を素材とするものであるところ、ロックウール繊維は微細な孔及び空隙
を有するため、電子波を吸収する機能があることが推測される。また、ロ
ックウールの密度が高いほど、単位体積中のロックウール繊維本数が多く
なって空気の流れの抵抗が増すため、電気抵抗値が極めて高くなり、電気
25 絶縁性が増し、電子波を吸収することが推測される。さらに、ロックウー
ルを含む鉱物繊維又はロックウールの粒状綿を密度が高くなるように圧
縮させて、10kg/m 3 から4000kg/m 3のうちのいずれかの重量
値に成形されている放射線遮蔽低減基材及び放射性物質減衰体は、圧縮成
形されることによって、より放射線の遮蔽効果が発現する。このように、
本願発明の構成をとることにより、より放射線の遮蔽に好ましい放射線遮
5 蔽低減基材及び放射性物質減衰体を得ることができるという効果を奏す
る。(段落【0027】 【0031】 【0034】及び【0035】
、 、 )
2 引用発明1
(1) 甲1文献の記載
甲1文献には、次のとおりの記載がある(甲1)。
10 ア 「(3) 建築物の自己遮蔽効果とデータベース
今回の福島第一原子力発電所の事故のように大量の放射性物質が生活環
境下に放出される際は、建築物が人体を放射線から保護する遮蔽体になる。
そのため、建築物の遮蔽性能を理解するために各種建築材料の遮蔽性能の
データベースが必要となる。しかし、コンクリートや鉛などのガンマ線の
15 遮蔽に以前から用いられている材料については、病院などの医療設備に関
する遮蔽も必要なこともあり、遮蔽性能が既にマニュアルにとりまとめら
れているが、外装材、内装材、断熱材、躯体などの各種建築材料の遮蔽性
能については十分な解析が行われていない。したがって、これらの各種建
材の遮蔽性能をデータベースとしてとりまとめる必要がある。データベー
20 スの存在は、建築物の遮蔽性能を簡易に評価できるだけでなく、建築物の
継続利用および軽度に汚染した建築材料の再利用を検討する際に、簡易に
被爆リスクを評価することに資することも可能となる。
以上の事から、本研究では、遮蔽性能が密度と元素組成の影響を受ける
ことを考慮し、放射線の評価方法として既に確立されているモンテカルロ
25 計算を用いて、代表的な建築材料に対し、遮蔽性能、密度、元素組成のデ
ータベースの作成を試みた。 (1090頁左欄12~29行)
」
イ 「(1) PHITSおける 137Csの定義
PHITSでは、線源の種類、体系、物質、評価対象などを定義すれば、
そのインプットファイルに応じて線量当量評価が行われる。定義できる線
源は、ガンマ線はもちろんのこと、アルファ線、ベータ線、中性子など、
5 複数存在する。しかしPHITSには、 Csは 137m Baと永続平衡(放射
137m
平衡)の関係にあり、 Baからの核異性体転移によってガンマ線を放出
するというメカニズムが組み込まれていない。ゆえにインプットファイル
において線源に 137Csを用いることはできない。そのため、本研究の解析
では1Bqの 137Csが崩壊した場合、85.1%の割合で662keVの
10 ガンマ線が放出されるという事実に即し、ガンマ線を線源に置いて、1秒
間に0.851個の同エネルギーのガンマ線を放出させて Csを模擬し
た。 (1091頁右欄3~14行)
」
ウ 「(2) 実効線量透過率の算出
実効線量透過率の解析は、無限厚点線源ジオメトリ、つまり Csを模
15 擬したガンマ線の点線源の周りが無限に解析対象の建材で満たされてい
る体系で行い、線源からは等方散乱でガンマ線が放出されるものとした。
実効線量透過率の算出について、図3を用い、コンクリートを例として説
明する。図3(a)の遮蔽体がない空間では、原点に点線源を置くと、点
Pでの実効線量は線源からの距離の逆2乗則に応じて減衰したものとな
20 る。一方、図3(b)のコンクリートで満たされた空間では、距離による
減衰だけでなく、コンクリートの遮蔽によって減衰した実効線量が評価さ
れる。遮蔽体が無い時の点Pでの実効線量を E 0、コンクリートで満たされ
た時の実効線量を Eとすると、4.1節で前述したように、実効線量透過
率 F aは、F a =E/E 0 と表される。以上の方法にて、各建材に対して実効
25 線量透過率を算出した。また原点から点Pまでの距離は、各建材の実際に
住宅に用いられる厚さに応じて変化させた。 (1091頁右欄15行~1
」
092頁右欄1行)
エ 「4.3 データベース
各建材に対する実効線量透過率のデータベースを表1~7(判決注:表
1は、別紙甲1文献図面目録記載のとおりである。)に示す。またデータベ
5 ースには同時に、解析に用いた各建材の密度、住宅に用いられるときの厚
さ、及び元素組成を示した。また、表7の金属系の材料は鋼材を除くと住
宅に用いられることはほとんどないが、鉛や銅などの金属は遮蔽材として
用いられることが多いため、参考としてこれらの金属についても解析を行
った。また 137Csとの比較として、異なるエネルギーレベルの 131Iによる
10 ガンマ線についても解析を行い、コンクリートに関してのみ実効線量透過
率を示した。 131Iは崩壊した場合、81.7%の割合で364keVのガ
ンマ線を放出するものとし、PHITSでは 137Csと同様の手法で模擬し
た。
5. データベースの活用事例
15 実効線量透過率を用いれば、住宅の外壁表面の線量から内部の線量を、
容易に予測評価する事ができる。実効線量透過率には非衝突線だけでなく
散乱線の影響も含まれているため、2.3(2)項で前述したビルドアッ
プ係数を乗じる必要もない。さらに、本研究がデータベースで示した実効
線量透過率は各建材が住宅で用いられる代表的な厚さに応じたものであ
20 るため、コンクリート造、木造、鉄骨造に対して外装材、断熱材、躯体、
内装下地材を組み合わせ、それらのデータベースの値を乗じることにより、
外壁の実効線量透過率を容易に求めることができる。以下に住宅外壁の実
効線量透過率を求める例を示す。
図4(a)はコンクリート造住宅における外壁の概略図、図4(b)は
25 その外壁例を示しており、図5、図6も同様に木造住宅の外壁概略図とそ
の外壁例を示している(鉄骨造住宅は木造住宅のたて枠材、及び胴縁材が
Cチャンと呼ばれる3.2mm厚または2.3mm厚の軽量鉄骨に代わる)。
図4、図6のコンクリート造と木造住宅の外壁例について、実効線量透過
率を求める。 (1092頁右欄2~29行)
」
(2) 引用発明1の内容
5 上記(1)によれば、引用発明1の内容は、本件審決が認定したとおり(前記
第2の3⑵ア)であると認められる。
3 本願発明と引用発明1との一致点及び相違点
前記1及び2で検討したところによれば、本願発明と引用発明1との一致点
及び相違点は、本件審決が認定したとおり(前記第2の3(3)ア)であると認め
10 られる。
4 本願発明の引用発明1に対する新規性の有無
⑴ 相違点1について
ア 前記3のとおり、本願発明と引用発明1との相違点1は、「本願発明は
『基材』であるのに対して、引用発明1はそのような特定がなされていな
15 い」というものである。
イ そこで検討するに、前記2⑴のとおり、甲1文献においては、各建材に
対する実効線量透過率のデータベースとして、表1ないし7が記載されて
いるところ、表1は、
「断熱材データベース」と題する表であり、断熱材の
一つとしてロックウールが記載されていることからすれば、引用発明1の
20 ロックウールは、建築材料としての断熱材であると認められる。そして、
一般に、
「基材」とは、製品や加工品の基となる材料を意味するものである
といえることからすれば、建築材料である引用発明1のロックウールは、
「基材」の一種であるといえる。
ウ 以上によれば、相違点1は、実質的な相違点であるとはいえない。
25 ⑵ 相違点2について
ア 前記3のとおり、本願発明と引用発明1との相違点2は、
「ロックウール
について、本願発明は『放射線の透過低減を有する』素材として用いて、
『放射線遮蔽基材』を構成しているのに対し、引用発明1はそのような特
定がなされていない」というものである。
イ そこで検討するに、前記1⑶のとおりの本願発明の技術的意義によれば、
5 本願発明が放射線遮蔽の機能を発現する機序は、微細な孔と空隙を有する
ロックウール線維の構造そのものが、放射線の遮蔽に好ましいものである
ところ、ロックウールを含む鉱物繊維又はロックウールの粒状綿を密度が
高くなるように圧縮し、10kg/m 3から4000kg/m 3 のうちのい
ずれかの重量値に成形することによって、より放射線の遮蔽効果が発現す
10 るというものである。
他方で、別紙甲1文献図面目録記載のとおり、甲1文献の表1における
ロックウールに係る記載内容によれば、密度が0.050g/cm 3 又は0.
100g/cm 3のロックウールは、密度が0.030g/cm 3 のロック
ウールと比べて密度が高くなるように圧縮して成形されているものであ
15 るといえ、また、密度が高くなるに伴って、わずかながら実効線量透過率
が低減しているものといえる。
そうすると、引用発明1のロックウールは、本願発明の「放射線の透過
低減を有する」素材に相当するものであるといえる。そして、上記⑴で検
討したところも併せると、引用発明1のロックウールは、本願発明の「放
20 射線遮蔽基材」に相当するものであるといえる。
ウ 以上によれば、相違点2は、実質的な相違点であるとはいえない。
⑶ 新規性の有無について
ア 上記⑴及び⑵で検討したとおり、本願発明と引用発明1との相違点1及
び2は、いずれも実質的な相違点であるとはいえない。
25 イ したがって、本願発明と引用発明1との間には、実質的な相違点がある
とはいえないから、本願発明は、引用発明1に対する新規性を欠くものと
いうべきである。
5 本願発明の引用発明1に対する新規性に関する取消事由に対する判断
(1) 取消事由4(引用発明1の認定の誤り)について
ア 原告は、種々の理由を挙げて、甲1文献の表1の「刧さ」との記載が単
5 なる誤記であるとは考えられないから、本件審決が表1を基に引用発明1
を認定したことは誤りである旨主張する。
イ 確かに、別紙甲1文献図面目録記載のとおり、甲1文献の表1には、
「刧
さ(mm)」との記載が存する。
しかしながら、前記2⑴のとおり、甲1文献には、
「各建材に対する実効
10 線量透過率のデータベースを表1~7に示す。またデータベースには同時
に、解析に用いた各建材の密度、住宅に用いられるときの厚さ、及び元素
組成を示した。」と記載されている上、表1の上段の項目は「断熱材」「組
、
、 」「密度(g/cm 3) 、
成」「割合(%)、 」 「刧さ(mm)」及び「実効線量
透過率」とされている。そして、証拠(甲1)によれば、甲1文献の表2
15 ないし7のいずれについても、表1とほぼ同様の項目が挙げられている上、
表1の「刧さ(mm)」の記載と同じ位置に「厚さ(mm)」と記載されて
いることが認められる。これらの事情からすれば、表1における「刧さ(m
m)」との記載は、「厚さ(mm)」の誤記であることは明らかである。
ウ したがって、原告の上記主張は採用することができない。
20 ⑵ 取消事由1(本願発明と各引用発明との一致点の認定の誤り)について
ア 前記第3の1〔原告の主張〕⑴アについて
(ア) 原告は、本願発明は成形密度を最適に調整し、放射線遮蔽の機能を有
する素材で作製するものであるのに対し、引用発明1は断熱性の機能を
有する断熱材であり、両者は機能が異なる旨主張する。
25 (イ) しかしながら、前記4⑵で検討したとおり、引用発明1のロックウー
ルは、その機能として断熱性のみならず放射線遮蔽効果も有するもので
あるから、本願発明の「放射線遮蔽基材」に相当するものであるといえ
る。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 同〔原告の主張〕⑴イについて
5 (ア) 原告は、本願発明は放射線遮蔽の機能を有する素材を線源の線量に応
じて圧縮したものであるのに対し、引用発明1は断熱材の特徴である弾
力性を備えたものであり、両者は成形形態が異なる旨主張する。
(イ) しかしながら、原告の上記主張は、本願発明及び引用発明1における
ロックウールの圧縮の程度の相違を指摘するものであるといえるところ、
10 本願発明は圧縮の程度を具体的に特定した発明ではないから、失当とい
うべきである。また、原告の上記主張が、本願発明及び引用発明1の製
造方法の相違を指摘するものであれば、本願発明は製造方法の発明では
ないから、失当というべきである。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
15 ⑶ 取消事由2(本願発明と各引用発明との相違点に係る判断の誤り)につい
て
ア 原告は、本願発明の放射線遮蔽効果と、引用発明1のロックウール断熱
材の放射線遮蔽効果とは一致するものではなく、本件審決がこれらを抽象
的に同一であると判断したのは誤りである旨主張する。
20 イ しかしながら、原告の上記主張は、本願発明及び引用発明1の放射線遮
蔽効果の程度の相違を指摘するものであるといえるところ、本願発明は放
射線遮蔽効果の程度を具体的に特定した発明ではないから、失当というべ
きである。
ウ したがって、原告の上記主張は採用することができない。
25 ⑷ 小括
以上によれば、本件審決が、甲1文献の表1における「刧さ(mm)」との
記載が「厚さ(mm)」の誤記であることを前提として引用発明1を認定した
ことに誤りはなく、また、本願発明が引用発明1に対する新規性を欠くもの
であると判断したことにも誤りはないから、取消事由1、2及び4は、いず
れも理由がない。
5 6 その他の取消事由について
取消事由1及び2には、本願発明の引用発明1に対する新規性に関するもの
以外の主張が含まれる。また、取消事由3は、明確性要件及び実施可能要件に
係る判断の誤りを主張するものである。さらに、取消事由5は、必ずしもその
趣旨が明らかであるとはいえないものの、本願発明の進歩性の有無に係る判断
10 の誤りを主張するものであると解される。
しかしながら、これまで検討したとおり、本願発明は引用発明1に対する新
規性を欠くものであるとした本件審決の判断に誤りはなく、したがって、本件
出願を拒絶すべきであるとした本件審決の判断に誤りはないから、上記の各取
消事由は、いずれも本件審決を取り消すべき理由にはならない。
15 7 結論
よって、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとして、主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
東 海 林 保
5 裁判官
中 平 健
10 裁判官
都 野 道 紀
(別 紙)
甲1文献図面目録
【表1】
最新の判決一覧に戻る