令和3(行ケ)10114審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和4年9月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告大興拉鍊廠有限公司 被告YKK株式会社
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法令 |
意匠権
意匠法3条1項3号6回
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キーワード |
審決21回 刊行物10回 無効5回 無効審判3回 意匠権1回 実施1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 被告は、意匠に係る物品を「スライドファスナー用スライダーの胴体」と
する意匠(登録第1270572号、平成17年12月6日登録出願、平成 |
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判決文
令和4年9月29日判決言渡
令和3年(行ケ)第10114号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和4年7月14日
判 決
原 告 大 興 拉 鍊 廠 有 限 公 司
同訴訟代理人弁護士 長 谷 部 陽 平
10 同 鷲 見 健 人
同 和 田 祐 以 子
被 告 Y K K 株 式 会 社
15 同訴訟代理人弁護士 大 野 浩 之
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
20 める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が無効2020-880007号事件について令和3年5月18日
にした審決を取り消す。
25 第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 被告は、意匠に係る物品を「スライドファスナー用スライダーの胴体」と
する意匠(登録第1270572号、平成17年12月6日登録出願、平成
18年3月24日設定登録。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。
(甲7)
5 ⑵ 被告は、令和元年12月27日、原告が販売等する製品に係る意匠につい
て、判定請求をし(判定2019-600039号)、特許庁は、令和2年5
月19日、同意匠は本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に属するとする
判定をした。(甲8、9)
⑶ 原告は、令和2年6月3日、本件意匠について、意匠登録無効審判を請求
10 した(無効2020-880007号) (甲34)
。
⑷ 特許庁は、令和3年5月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」と
する審決(出訴期間として90日を附加。以下「本件審決」という。)をし、
その謄本は、同月27日に原告に送達された。
⑸ 原告は、令和3年9月16日、本件審決の取消しを求めて、本件訴えを提
15 起した。
2 本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は、別紙審決書(写し)のとおりであり、要するに、本件意
匠は、甲1のカタログ(全体は甲10。以下「甲1カタログ」という。)に記載
された意匠(以下「甲1意匠」という。)に類似するものであり、また、甲1意
20 匠等の形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものといえるが、
甲1カタログは、その頒布された日付に疑義があるものである上、甲1意匠が
本件意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布された刊行物に記載された意匠
であるとする客観的な証拠はないから、本件意匠は、甲1意匠によっては、意
匠法3条1項3号及び同条2項(令和元年法律第3号による改正前のもの。以
25 下同じ。)の規定に該当しないというものである。
3 原告が主張する取消事由
本件意匠の意匠法3条1項3号及び同条2項該当性に関する判断の誤り
第3 当事者の主張
〔原告の主張〕
以下のとおり、甲1意匠は、本件意匠の出願前に公然知られた意匠又は頒布
5 された刊行物に記載された意匠であることは明らかであるから、本件審決が、
これを否定し、本件意匠は意匠法3条1項3号及び同条2項に該当しないと判
断したことには誤りがある。
1 甲1カタログは真正に成立したものであること
⑴ 晋江新辉行制造有限公司(以下「新輝行」という。)が実在したこと
10 ア 以下のとおり、甲1カタログの名義人である新輝行が実在し、事業活動
を営んでいたことは、甲1カタログを含む複数のカタログの存在や、複数
の新輝行の従業員の名刺、多数の陳述書から立証されている。
(ア) 原告は、新輝行の営業担当者からカタログを受領したというA(以下
「A」という。 、
) B及びCが保有する甲19ないし甲21のカタログ(以
15 下、順に「甲19カタログ」ないし「甲21カタログ」という。)の提供
を受けたものであるところ、甲19カタログないし甲21カタログは、
いずれも甲1カタログと同じ内容のカタログである(以下、甲1カタロ
グ及び甲19カタログないし甲21カタログを併せて「本件各カタログ」
と総称する。 。
)
20 (イ) A、B及びCは、いずれも原告と利害関係のない第三者であり、新輝
行の従業員から本件各カタログを受領した旨の陳述書(甲12ないし1
4)を作成している。また、D(以下「D」という。)は、新輝行の従業
員であるE(以下「E」という。)の訪問を受け、同人の名刺(甲22)
を受け取った旨の陳述書(甲15)を作成している上、同じく新輝行の
25 従業員であるF(以下「F」という。)から名刺(甲47)を受け取って
いる。
そして、これらの陳述書に記載された内容は、客観的証拠である本件
各カタログや名刺(甲18、22、47)の存在によって裏付けられて
いる。
イ 被告は、新輝行の工商登録(公的機関における法人としての登録のこと
5 をいう。以下「法人登録」という。)に関する情報が見当たらないことなど
を指摘するが、平成16年当時の中国においては、法人登録をしないまま
事業活動を営む事業体が数多く存在したことからすれば、法人登録に関連
する情報が見当たらないことをもって、事業体の実在性が否定されるもの
ではない。また、新輝行の所在地である「晋江市青陽街道」は、約20年
10 の間に急激に開発が進んだ地域であることからすれば、現在において当時
の新輝行の所在地を確認することができないのは、むしろ当然といえる。
ウ そもそも、本件における争点は、甲1カタログが本件意匠の出願よりも
前に頒布されたか否かであって、新輝行が実在したか否かではない。また、
刊行物の名義人が実在することは、頒布された刊行物に該当するための要
15 件ではないから、名義人が架空の人物又は団体であったとしても、当該刊
行物が実在し、これが頒布されていれば、要件を満たすものといえる。
⑵ 甲1カタログは偽造又は変造されたものではないこと
ア 本件各カタログは、それぞれの保管者及び保管状態に応じて、いずれも
相当期間の経年劣化によらなければなり得ない外観となっているが、この
20 ような状態のカタログを、本件の紛争が生じた後に人工的に作出すること
は不可能である。また、本件各カタログについて、一部のページが差し替
えられたことを示す徴憑はみられない。
イ 仮に、原告が本件のために甲1意匠が記載された刊行物を偽造しようと
する場合には、自社名義の刊行物を偽造すれば足りるのであって、敢えて
25 新輝行名義のカタログを作成する必要はない。また、原告が、甲1意匠の
スライダー以外に96個ものスライダーを用意してカタログを作成する
必要はない。さらに、原告が、本件の紛争が生じてからカタログを偽造し
ようとしても、本件意匠に係る判定請求事件における請求書副本の送達か
ら甲1カタログの証拠提出までは約1か月程度しかなかったのであるか
ら、被告が主張するような方法で偽造をすることは不可能である。
5 ⑶ 被告の主張は不当な蒸し返しであること
本件審決は、甲1カタログの成立の真正を認めた上で、頒布時期の立証が
不足していると判断したものであるから、甲1カタログの成立の真正を否定
する被告の主張は不当な蒸し返しであり、許されない。
2 甲1カタログが本件意匠の出願前に頒布されたこと
10 ⑴ 甲1カタログには「2004年版」と記載されているのであるから、経験
則上、甲1カタログは、遅くとも平成16年までに作成され、頒布されたも
のとみるのが通常であり、本件において、これと異なる時期に作成され、頒
布されたものとみるべき特別又は例外的な事情は存しない。
それにもかかわらず、本件審決は、頒布時期の認定について、
「公証役場が
15 発行した証明書類や公的機関等にカタログ寄託して取得したタイムスタンプ
等」が必要であるとし、また、上記の特別又は例外的な事情やその存在を示
す客観的証拠を一切摘示することなく、甲1カタログの頒布時期を認定する
ことはできないと判断したものであるが、経験則や過去の裁判例に反する判
断である。
20 したがって、本件審決が、甲1カタログの成立の真正を認めながら、頒布
された日付を直接的かつ客観的に証明する証拠の提出がなく、甲1カタログ
が本件出願の日より前に頒布されたとは認められないと判断したことには誤
りがある。
⑵ 甲19カタログ及び甲21カタログには、カタログを受領したA及びCが
25 記載した、日付や取引条件等を内容とする手書きのメモが存在する。そして、
これらのメモは、客観的に存在するものである上、事後的に追加されたもの
であることを示す徴憑はみられないから、客観的証拠となることは明らかで
ある。
したがって、上記の各メモは、本件意匠の出願前に甲1カタログが不特定
の者に認識され得る状態に置かれていたことを裏付けるものといえる。
5 〔被告の主張〕
以下のとおり、甲1意匠をもって、本件意匠が意匠法3条1項3号及び同条
2項に該当するものとは認められないから、本件審決の判断に誤りはない。
1 甲1カタログが真正に成立したものとは認められないこと
以下のとおり、甲1カタログの作成名義人とされる新輝行は実在せず、また、
10 本件各カタログの内容等は不自然であるから、甲1カタログのほか、甲19カ
タログないし甲21カタログ並びに甲18及び甲22の名刺は、偽造されたも
のというべきである。
したがって、甲1カタログは、真正に成立したものとは認められない。
⑴ 新輝行の実在が確認されないこと
15 ア 以下のとおり、新輝行が実在したことを確認することができる資料は存
しない。
(ア) 被告は、現地の企業登録機関において、既に抹消した企業の情報も含
めて調査を行ったが、
「晋江新辉行制造有限公司」との名称の法人登録に
関する情報を確認することはできなかった。
20 しかしながら、甲1カタログによれば、新輝行は、生産工場を有する
上、海外取引を行っている企業であったものであり、このような企業が
数年にもわたって法人登録をしなかったとは考えられない。また、Eの
陳述書(甲30)によれば、新輝行は、数十名の従業員を有する規模の
企業であったにもかかわらず、法人登録をしていなかったこととなるが、
25 中国における実務に合致しない。
(イ) 被告は、新輝行が設立されたとされる平成15年から平成19年にお
けるインターネット上の情報を調べたが、新輝行に関する情報を取得す
ることはできなかった。
しかしながら、中国のインターネットの普及の実情からしても、イン
ターネット上に何らの情報も残っていないというのは極めて不自然であ
5 る。
(ウ) 被告は、原告が示した「晋江市青陽街道」 「陽光社区」との地名の場
、
所で現地調査をしたが、新輝行という名称の企業を発見することはでき
なかった。また、周辺住民等に確認したが、
「陽光工業区」「新輝行」と
、
いう言葉を聞いたことはないとのことであった。
10 (エ) 原告が提出した報告書(甲45、46)においても、新輝行の建物が
存在したとされる場所における現在の街並みが示されているだけであ
り、新輝行が実在したことを裏付ける内容は存しない。
イ 原告は、複数の者の陳述書を提出しているが、法人登録が存在しない企
業に関する17年以上も前の事情を知っている人物を、短期間で複数人見
15 つけ出すこと自体が信じ難いことである上、いずれの者も当時所属してい
た会社を退職しており、その住所も香港に偏っているなど、陳述者の適切
性に疑義がある。
したがって、原告が提出した陳述書の内容は、信用することができない。
⑵ 甲1カタログの内容等が不自然であり、偽造又は変造が疑われること
20 ア 甲1カタログは、新輝行そのものを紹介するためのカタログであり、ま
た、甲1カタログの記載によれば、新輝行はスライダー以外の製品も製造、
販売していたはずである。それにもかかわらず、甲1カタログにおいては、
スライダーのみが製品として紹介されている上、本件において争われてい
る形状のスライダーのみが拡大図まで用いられて説明されており、不自然
25 である。
イ 甲1カタログの2枚目には、
「長年の継続的な研究により」などと記載さ
れているが、新輝行は平成15年の設立であるとも記載されており、事実
関係が整合しない。また、Eは、陳述書(甲30)において、甲1カタロ
グに掲載されている工場の写真は、新輝行がある程度の規模を有している
企業であるというイメージを作るためのものであり、実際の工場の写真で
5 はないことを認めている。さらに、甲1カタログには、
「クライアントの登
録商標です」との記載もあるが、そのような商標は登録されていない。
このように、甲1カタログには事実でないことが記載されており、その
内容を信用することはできない。
ウ 本件各カタログは、いずれも15年以上前のカタログにしてはきれいな
10 状態であるといえる上、これらのカタログについて、意図的に色落ちをさ
せたり汚れを付けたりすることは可能である。
⑶ 被告の主張は不当な蒸し返しではないこと
被告は、無効審判段階から一貫して、甲1カタログの成立の真正を争って
いる。また、本件審決が甲1カタログの成立の真正を認めたのは、甲1カタ
15 ログが現在において存在しているという意味にすぎない。
したがって、被告の主張は、不当な蒸し返しではない。
2 頒布時期の立証がされていないこと
⑴ 前記1で主張したとおり、新輝行の実在を確認することができないこと、
甲1カタログには不自然な記載が多数あること、原告が提出した陳述書に係
20 る陳述者の適切性に疑義があることからすれば、甲1カタログの頒布時期が
立証されていないとする本件審決の判断は、まさに経験則に基づくものであ
り、誤りはない。
⑵ Cの陳述書(甲14)によれば、平成19年頃に「2004年版」と表記
された甲1カタログを受領したとされており、また、Eの陳述書(甲30)
25 においては、毎年新しいカタログを作ることができなかったとされているこ
とからすれば、甲1カタログが平成16年に頒布されたとは限らない。また、
Eの陳述書(甲11)において、定期的に甲1カタログを作成していたとさ
れていることも併せ考えると、甲1意匠が記載されたページが本件意匠の出
願後に追加又は差し替えられた後で、甲1カタログが頒布されたことも十分
にあり得る。
5 ⑶ 甲19カタログ及び甲21カタログに記載されているメモは、後から追加
することができる記載であるから、何ら客観性を持たない上、いずれも英文
で記載されているなど不自然な点があるから、これらのメモの存在をもって、
甲1カタログの作成時期及び頒布時期について、客観的証拠に基づく立証が
されているものとはいえない。
10 第4 当裁判所の判断
1 認定事実
各文末に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
⑴ 本件各カタログの体裁及び内容等について
本件各カタログは、同じ体裁及び内容のカラーの冊子であり、順に、表紙、
15 見開き2頁の会社紹介ページ(頁番号は付されていない。以下「会社紹介ペ
ージ」という。 、写真が掲載されるなどしたページ(頁番号が付されている
)
(合計12頁)。以下、ページの内容に言及する場合は、付されている頁番号
に従い「1頁」等と特定する。)及び裏表紙からなり、それぞれに記載又は掲
載されている内容は、次のとおりである(甲1、10、19ないし21)。
20 ア 表紙
上部中央に「新辉行2004」と大きな文字で記載され、下部には「晋
江新辉行制造有限公司」 「2004年版」と記載されている。
、
イ 会社紹介ページ
ページ上部には、
「新辉行」の看板を掲げた3階建ての建物の外観の写真
25 又はコンピュータ・グラフィックス画像が掲載されている。
また、ページ下部には、次のとおりの記載がある。
「会社紹介
当社は2003年に創立され、高品質なファスナー、ベルクロ、ウェビ
ング、スレッドなどの専門的な製品を国内外の市場に販売しています。」
「会社の強み
5 自社工場、先進的な生産設備と技術の世界クラスのパッケージを有して
います。
・・・当社の製品は、国内市場に加えて、世界中への輸出事業もよ
り多く行っており、付加価値税の請求書を作成するための国内サービスを
提供することができます。」
ウ 1頁及び2頁
10 各ページの上部に「生産作業場」と記載されており、その下には各ペー
ジ6枚の写真が掲載されている。これらの写真は、成型やダイカスト等の
工程ごとに、多数の機械類が並べられている工場内の様子を撮影したもの
である。
エ 3頁
15 ページ上部に「製品構造」と記載され、その下にはスライダー胴体の右
側面、正面及び背面の拡大写真が1枚ずつ掲載されている。これらの写真
には、構成ごとに記号が付されている。
ページ下部には、
「スライダー構造」として、上記の記号が付された各構
成に関する説明文が記載されている。
20 オ 4頁ないし9頁
様々な色及び形状のスライダーの写真が、各ページ16枚(合計96枚)
掲載されている。
カ 10頁ないし12頁
白紙のメモ欄である。
25 キ 裏表紙
下部左側に「晋江新辉行制造有限公司」と記載され、同記載の下に住所
(晋江市青陽鎮陽光工業区)及び電話番号が記載されている。
⑵ 被告による調査について
被告は、令和2年に、
「IP FORWARD」社及び中国のG弁護士に対
し、新輝行に係る調査を依頼したところ、その調査結果は、次のとおりであ
5 った(甲32、33)。
ア 「国家企業信用情報公示システム」及び「企査査」
(全国企業信用調査シ
ステム、公式認証企業信用機関)を用いた調査において、
「晋江新辉行制造
有限公司」という名称の法人に係る法人登録に関する情報は見当たらなか
った。
10 イ 晋江市市場監督管理局及びその上部組織である泉州市市場監督管理局を
訪問して調査したところ、
「晋江新辉行制造有限公司」という名称の法人に
係る法人登録に関する記録は存在しなかった。
ウ インターネット上の検索エンジンである「Baidu(百度)」で調査し
たが、甲1カタログに記載されている新輝行の住所(晋江市青陽鎮陽光工
15 業区)と一致する地名は見当たらなかった。また、
「晋江市青陽鎮」が「晋
江市青陽街道」に名称が変更したことは判明したが、現地調査をしても、
「陽光工業区」との地名の存在を確認することはできなかった。
エ 上記検索エンジンを用いて、平成15年1月1日から平成19年12月
30日までの期間について、
「晋江新辉行制造有限公司」をキーワードとし
20 て検索したところ、新輝行とは何ら関係ないと考えられる情報が1件検索
されたのみであった。
2 取消事由(本件意匠の意匠法3条1項3号及び同条2項該当性に関する判断
の誤り)に対する判断
⑴ 甲1カタログの成立の真正について
25 ア 前記1の認定事実⑴によれば、甲1カタログは、新輝行を作成名義人と
する文書であると認められるところ、本件においては、被告が甲1カタロ
グの成立の真正を争っていることから、原告において、甲1カタログが新
輝行によって作成されたものであることを立証しなければならない。
イ そこで検討するに、前記1の認定事実⑴のとおり、本件各カタログの会
社紹介ページには、新輝行が、平成15年に設立された企業であり、自社
5 工場を有する上、ファスナー等の様々な製品を国内市場のみならず海外市
場においても販売している旨が記載されている。また、本件各カタログに
は、新輝行の看板を掲げた3階建ての建物の外観の写真等や、工程ごとに
多数の機械類が並べられた工場内の様子を撮影した合計12枚の写真が
掲載されている。さらに、Eは、陳述書において、平成15年から平成1
10 6年末まで新輝行に勤務していたこと、当時の工場は3階建てであったこ
と、新輝行には数十名程度の従業員がいたことを述べている(甲11、3
0)。これらの事情によれば、新輝行は、平成16年当時、相当程度の規模
の企業であり、広く海外への輸出も行っていた企業であったと考えられる。
しかしながら、前記1の認定事実⑵のとおり、被告が令和2年に行った
15 調査によれば、公的機関においても新輝行に係る法人登録に関する情報は
全く得られなかったものである上、インターネット上においても新輝行に
関する情報は何ら存在しなかったものと認められるところ、新輝行が上記
のとおりの規模や事業内容であったとすれば、公的機関に法人としての新
輝行に係る記録が何ら存在せず、また、様々な情報が蓄積されるインター
20 ネット上にも新輝行の企業活動に関する情報が全く残存していないとい
うのは、極めて不自然である。
また、原告が、本件訴訟の係属後である令和4年に、Eに依頼して実施
した現地調査においても、Eが勤務していたとされる新輝行の工場兼事務
所の所在地が特定されなかったものであるところ(甲11、45、46)、
25 新輝行が上記のとおりの規模の企業であったにもかかわらず、しかも自ら
が1年以上勤務していたにもかかわらず、Eが、その所在地を特定するこ
とすらできなかったというのも、極めて不自然である。
以上のとおり、本件においては、新輝行が実在したことを強く疑わせる
事情が存するというべきである。
ウ 加えて、甲1カタログの体裁及び内容等についてみると、前記1の認定
5 事実⑴のとおり、表紙には、会社名と発行年度のみが記載され、会社紹介
ページには、
「会社紹介」として会社の沿革や事業内容等について記載され
ている上、1頁ないし2頁には、多数の機械類が並べられた工場内の写真
が工程ごとに分けられて複数掲載されていることからすれば、甲1カタロ
グは、新輝行の企業全体を紹介することを目的とした冊子であるとみるの
10 が自然である(なお、原告は、甲1カタログに係る証拠説明書において、
証拠の標目を「製品カタログ」等とするが、甲1カタログの表紙等には、
かかる記載は存しない。 。しかしながら、他方で、前記1の認定事実⑴の
)
とおり、甲1カタログの3頁には、
「製品構造」として、スライダー胴体の
拡大写真が掲載されるなどし、また、4頁ないし9頁には、様々な色及び
15 形状のスライダーの写真が多数掲載されており、これらは専らスライダー
の製品紹介を目的とする内容であるといえる。このように、甲1カタログ
は、表紙や会社紹介ページの内容とそれ以降のページの内容とが、その目
的において合致しておらず、不自然な体裁及び内容であるといえる。
このほか、前記1の認定事実⑴のとおり、甲1カタログの会社紹介ペー
20 ジには、新輝行がファスナー等の様々な製品を製造、販売している旨が記
載されているにもかかわらず、3頁以下においてはスライダーのみが紹介
されている点や、甲1意匠がそれ自体顕著な特徴を有する意匠であるとは
いえないにもかかわらず、3頁において甲1意匠が殊更に採り上げられ、
その構造が詳細に紹介されている点も、不自然であるといえる。
25 以上によれば、甲1カタログには、様々な点において不自然な部分があ
るといえる。
エ 以上のとおり、本件においては、新輝行が実在したことを強く疑わせる
事情が存するというべきである上、甲1カタログには様々な点において不
自然な部分があるといえることからすれば、甲1カタログにつき、新輝行
によって作成されたものであると認めるに足りる立証はされていないと
5 いうべきである。
⑵ 原告の主張に対する判断
ア 前記第3〔原告の主張〕1⑴アについて
(ア) 原告は、本件各カタログを新輝行の従業員から受領した旨のA、B及
びCの陳述書や、Eの名刺を受け取った旨のDの陳述書は、客観的証拠
10 である本件各カタログ及び名刺の存在によって裏付けられている旨主
張する。
(イ) しかしながら、上記の各陳述書は、反対尋問を経ていないものである
から、その信用性については慎重に検討すべきであるところ、前記⑴ウ
で検討したとおり、本件各カタログには様々な点において不自然な部分
15 があるといえることからすれば、本件各カタログの存在をもって、直ち
に客観的な裏付けがされるものとはいえない。また、E及びFの名刺に
ついては、前記⑴イで検討したとおり、本件においては、新輝行が実在
したことを強く疑わせる事情が存するというべきである ことからすれ
ば、各名刺が新輝行によって作成されたものであることも強く疑われる
20 から、各名刺の存在をもって、客観的な裏付けがされるものともいえな
い。
そして、このほか、上記の各陳述書の内容を裏付ける客観的証拠は見
当たらないことを考慮すると、上記の各陳述書を信用することはできな
い。
25 (ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
イ 同〔原告の主張〕1⑴イについて
(ア) 原告は、平成16年当時の中国においては、法人登録をしないまま事
業活動を営む事業体が数多く存在したこと、新輝行の所在地が約20年
の間に急激に開発が進んだ地域であることを理由に、新輝行について法
人登録に関する情報等が見当たらないことをもってその実在性が否定
5 されるものではなく、また、新輝行の所在地を確認することができない
のはむしろ当然である旨主張する。
(イ) しかしながら、前記⑴イで検討したとおり、甲1カタログの内容やE
の陳述書の記載内容によれば、新輝行は相当程度の規模の企業であった
はずであるから、公的機関やインターネットにおいて、その存在や事業
10 活動に関する記録や情報が何ら見当たらないことは、極めて不自然であ
るというべきである。また、原告は、平成16年当時は法人登録をしな
いまま企業活動をする法人が多く存在する実情が存した ことの裏付け
として、甲24ないし甲26を提出するが、これらの資料をもって、直
ちに当時の法人登録に関する実情を認定することはできず、上記の判断
15 は左右されないというべきである。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ウ 同〔原告の主張〕1⑴ウについて
(ア) 原告は、本件における争点は新輝行が実在したか否かではなく、また、
刊行物の名義人が架空の人物又は団体であったとしても、当該刊行物が
20 実在し、頒布されていれば、頒布された刊行物の要件を満たす旨主張す
る。
(イ) しかしながら、前記⑴アのとおり、本件においては、甲1カタログの
成立の真正が争われているのであるから、原告において、甲1カタログ
が新輝行によって作成されたものであることを立証すべき責任を負う
25 から、新輝行が実在したか否かが争点となるというべきである。また、
本件において、新輝行以外の人物又は団体が甲1カタログを頒布したも
のと認めるに足りる証拠は存しない。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
エ 同〔原告の主張〕1⑵について
(ア) 原告は、甲1カタログには偽造又は変造された形跡はなく、また、本
5 件の紛争が生じた後に甲1カタログを偽造又は変造することは不可能
である旨主張する。
(イ) 確かに、本件において、本件各カタログが偽造又は変造されたという
べき具体的な痕跡等があるとまではいえない。
しかしながら、前記⑴で検討したとおり、本件においては、新輝行が
10 実在したことを強く疑わせる事情が存するというべきである上、甲1カ
タログには様々な点において不自然な部分があるといえることからすれ
ば、本件各カタログが偽造又は変造されたというべき具体的な痕跡等が
あるとまではいえないことを考慮しても、甲1カタログが真正に成立し
たことが立証されているとはいえないというべきである。
15 (ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
オ 同〔原告の主張〕1⑶について
(ア) 原告は、本件審決は甲1カタログの成立の真正を認めているから、被
告がこれを争うのは不当な蒸し返しである旨主張する。
(イ) しかしながら、証拠(甲37ないし42)によれば、被告は、無効審
20 判請求事件の当初から、新輝行が実在したことを争い、甲1カタログの
成立の真正を争っていたものと認められる。そして、本件においては、
甲1カタログに記載された甲1意匠を引用意匠として、本件意匠が意匠
法3条1項3号又は同条2項に該当するか否かが争点となっているの
であるから、被告が、本件訴訟において、甲1カタログの成立の真正を
25 否認して本件審決の判断を争うことは、不当な蒸し返しとはいえない。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
カ 同〔原告の主張〕2⑴について
(ア) 原告は、本件審決が、甲1カタログの成立の真正を認めながら、頒布
時期の立証がされていないと判断したことには誤りがある旨主張する。
(イ) しかしながら、甲1カタログの成立の真正が認められたからといって、
5 甲1カタログが頒布された事実及びその時期が直ちに認定されるもの
ではない。そして、本件審決は、甲1カタログについて、真正に成立し
たものであると認められるものの、頒布された時期に関する証拠が十分
ではないことから、
「2004年版」との記載があることを考慮しても、
平成16年に頒布されたとの心証を得るまでには至らないと判断した
10 ものである。そうすると、本件審決の判断に誤りがあるとはいえない。
(ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
キ 同〔原告の主張〕2⑵について
(ア) 原告は、甲19カタログ及び甲21カタログには手書きのメモが存在
し、これらのメモは客観的証拠であるから、本件意匠の出願前に甲1カ
15 タログが不特定の者に認識され得る状態に置かれていたことを裏付け
る旨主張する。
(イ) しかしながら、前記⑴で検討したとおり、本件においては、新輝行が
実在したことを強く疑わせる事情が存するというべきである上、甲1カ
タログには様々な点において不自然な部分があるといえることからす
20 れば、甲19カタログ及び甲21カタログに手書きのメモが存在するこ
とを考慮しても、甲1カタログが真正に成立したものとは認められない
というべきである。そうすると、これらのメモが存在することをもって、
甲1カタログが、本件意匠の出願前に頒布されたものであると認めるこ
ともできない。
25 (ウ) したがって、原告の上記主張は採用することができない。
ク その他
このほか、原告は縷々主張するが、いずれも前記の結論を左右するもの
ではないというべきである。
⑶ 小括
以上検討したところによれば、甲1カタログが真正に成立したものと認め
5 ることはできないから、甲1意匠が、本件意匠の出願前に公然知られた意匠
又は頒布された刊行物に記載された意匠であると認めることはできない。
したがって、本件意匠は意匠法3条1項3号及び同条2項に該当するもの
とは認められないとした本件審決の判断に誤りはないから、取消事由は理由
がない。
10 3 結論
よって、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとして、主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
東 海 林 保
裁判官
中 平 健
裁判官
5 都 野 道 紀
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