令和4(行ケ)10101審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和5年3月7日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告ジャバタンケマジャンイスラムマレーシア 被告特許庁長官
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法令 |
商標権
商標法4条1項1回
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キーワード |
無効19回 審決7回 実施4回 商標権3回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。20
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない)
原告は、令和元年9月4日、別紙1の1の構成からなる商標(以下「本願
商標」という。)について、指定商品を第5類、第10類、第29類、第30
類、第32類、第42類及び第43類に属する願書記載の商品及び役務を指5
定商品及び指定役務として、商標登録出願(商願2019-117766号。
以下「本願」という。)をしたが、令和2年10月9日付けで拒絶理由通知を
受けた。原告は、令和3年1月21日付けで手続補正をしたが、同年3月2
2日付けで拒絶査定を受けたため、同年6月24日、手続補正(以下「本件
補正」という。)をするとともに、拒絶査定不服審判請求をした(なお、本件10
補正後の指定商品は、別紙1の2のとおりである。)。
特許庁は、前記請求を不服2021-008337号事件として審理し、
令和4年5月18日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「本
件審決」という。)をし、その謄本は、同年6月1日に原告に送達された(附
加期間90日)。15
原告は、令和4年9月29日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起 |
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判決文
令和5年3月7日判決言渡
令和4年(行ケ)第10101号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年1月17日
判 決
原 告 ジャバタン ケマジャン
イスラム マレーシア(ジャキム)
同訴訟代理人弁理士 相 原 史 郎
同 押 本 彦
被 告 特 許 庁 長 官
15 同 指 定 代 理 人 鈴 木 雅 也
同 小 松 里 美
同 綾 郁 奈 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
20 2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
25 特許庁が不服2021-008337号事件について令和4年5月18日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない)
原告は、令和元年9月4日、別紙1の1の構成からなる商標(以下「本願
商標」という。)について、指定商品を第5類、第10類、第29類、第30
5 類、第32類、第42類及び第43類に属する願書記載の商品及び役務を指
定商品及び指定役務として、商標登録出願(商願2019-117766号。
以下「本願」という。)をしたが、令和2年10月9日付けで拒絶理由通知を
受けた。原告は、令和3年1月21日付けで手続補正をしたが、同年3月2
2日付けで拒絶査定を受けたため、同年6月24日、手続補正(以下「本件
10 補正」という。)をするとともに、拒絶査定不服審判請求をした(なお、本件
補正後の指定商品は、別紙1の2のとおりである。 。
)
特許庁は、前記請求を不服2021-008337号事件として審理し、
令和4年5月18日、
「本件審判の請求は成り立たない。 との審決
」 (以下「本
件審決」という。)をし、その謄本は、同年6月1日に原告に送達された(附
15 加期間90日)。
原告は、令和4年9月29日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2 本件審決の要旨
本願商標は、パリ条約6条の3 により世界知的所有権機関(以下「WIP
20 O」という。 の国際事務局から通知され、
) 商標法4条1項5号の規定に基づき、
経済産業大臣が指定、告示した「マレーシア監督用又は証明用の印章又は記号
指定」
(平成26年9月26日経済産業省告示第196号)に係る標章(別紙2
の1)とその構成を同一にするものである。
また、本願商標の本件補正後の指定商品は、上記の経済産業大臣が指定する
25 印章又は記号が用いられる商品及び役務(別紙2の2) 少なくとも、
中、 「食肉。
魚。家禽肉及び食用鳥獣肉。肉エキス。保存処理、乾燥処理及び調理をした果
実及び野菜。ゼリー。ジャム。コンポート。卵。ミルク及び乳製品。食用油脂。
加工水産物。米。大豆。ミネラルウォーター。炭酸水及びアルコールを含有し
ないその他の飲料。果実飲料及び果汁」と同一又は類似の商品である。
そうすると、本願商標は、マレーシア政府又は地方公共団体の監督用の印章
5 又は記号が用いられている商品と同一又は類似の商品について使用するもので
あるから、商標法4条1項5号に該当する。
3 取消事由
商標法4条1項5号該当性の判断の誤り
第3 当事者の主張
10 1 原告の主張
商標法4条1項5号はパリ条約6条の3の解釈を誤って制定されており、
条約の義務を履行していないこと
ア パリ条約29条(1)(c)は、「条約文の解釈に相違がある場合には、
フランス文による。」と規定するところ、パリ条約6条の3のフランス文
15 は、次のとおりである。
「 Les pays contractants conviennent de refuser ou d'invalider
l'enregistrement et d'interdire, par des mesures appropriées,
l'utilisation, à défaut d'autorisation des pouvoirs compétents,
soit comme marques de fabrique ou de commerce, soit comme éléments
20 de ces marques, des armoiries, drapeaux et autres emblèmes d'Etat
des pays contractants, signes et poinçons officiels de contrôle et
de garantie adoptés par eux, ainsi que toute imitation a point de
vue héraldiqne.」
同条の定訳文は、「締約国は締約国の国の紋章、徽章その他の徽章、締
25 約国により採用せらるる監督用及証明用の官の記号及印章並に紋章学上
の見地に於けるこれらの模倣の製造標若は商標としての又は其の要部と
しての登録を拒絶し又は無効とし且権限ある官憲の許可なき使用を適当
なる方法に依り禁止することを約す」となっている。しかし、
「l'utilisation, à défaut d'autorisation des pouvoirs compétents,」
(所管官庁の許可がない場合)の副詞句が「,」を介して記述されている
5 ことから、前段部の「, par des mesures appropriées,」(適当なる方法に
依り禁止する)だけに係るのではなく、「de refuser ou d'invalider
l'enregistrement et d'interdire,」(登録を拒絶し又は無効とし)にま
で係るものとみるべきである。なお、【A】教授が作成した意見書(甲1
11。以下「【A】意見書」という。)においても、「管轄当局の認可が
10 ない限り、拒絶又は無効とすること並びに適切な措置により禁止すること
に合意する」と訳するのが適切であると言及されている。
イ WIPOにおいて、2005年11月28日から12月3日まで開催さ
れた第15回「商標法・工業意匠法・地理的表示法に関する常任委員会」
の会議資料SCT/15/3(甲78)には、「10. Pursuant to Article
15 6ter(1)(a) of the Paris Convention, armorial bearings, flags and
other State emblems as well as official signs and hallmarks
indicating control and warranty adopted by States enjoy protection
against unauthorized registration or use as trademarks. In
accordance with this provision, countries member of the Paris Union
20 are required to refuse or invalidate such trademark registrations
and to prohibit by appropriate measures the use of such marks. The
protection of State emblems falling under Article 6ter(1)(a)
extends to any imitation “from a heraldic point of view”.」(10.
パリ条約6条の3(1)(a) に基づき、紋章、国旗及びその他の国家の
25 紋章、並びに国家が採用する管理及び保証を示す公式標識及びホールマー
クは、商標としての許可得ない登録又は使用に対する保護を享受する。こ
の規定に基づき、パリ同盟加盟国は、このような商標登録を拒絶または無
効とし、適切な手段でその使用を禁止することが要求される。)、「15.
Article 6ter(1)(a) prohibits the unauthorized registration or use,
as trademarks, of State emblems. The competent authorities of the
5 State to which the emblem belongs are free to authorize such
registration and use. Nationals of a country who have obtained from
such authorities permission to use certain State emblems of their
country may use them, in line with Article 6ter(8), even if they
are similar to the signs of another country.」(15. 6条の3(1)
10 (a)は、国の紋章を商標として不正に登録又は使用することを禁止して
いる。国章が属する国の権限ある当局は、そのような登録及び使用を自由
に許可することができます。当該当局から自国の特定の国章を使用する許
可を得た国の国民は、それが他国の標章と類似している場合であっても、
6条の3(8)に従って、それらを使用することができる。)と記述され、
15 「許可を得ていない」という副詞句が「登録の禁止」にかかっていること
を示すものである。
また、2022年9月1日にアップロードされたWIPOのウェブペー
ジ(甲79)の第6条の3に関する一般的な情報の冒頭に、「The purpose
of Article 6ter is to prevent that the signs covered by that
20 provision are registered or used as trademarks, or as elements of
trademarks, without the authorization of the competent authority.」
(6条の3は、この規定の対象となる標識が、権限のある当局の許可なく
商標又は商標の要素として登録又は使用されることを防止することを目
的とするものである。)と目的が記載され、「Authorization to register
25 or use a communicated sign as a trademark」(通知された標識の商
標登録・使用の許可)において、「Article 6teroffers protection to
the communicated signs against their registration or use as
trademarks without the authorization by the competent authorities
of the communicating party.」(6条の3は、通知された標識に対して、
伝達当事者の権限ある当局による許可なく商標として登録又は使用する
5 ことに対する保護を提供します。)と記述され、「当局による承認を得てい
ない」という副詞句が「登録又は使用されない」にかかっていること、
「国
の権限ある当局は、そのような登録及び使用を許可することができる」こ
とを示している。
なお、WIPOは、原告代理人からの問い合わせに対し、第6条の3
「 (1)
10 (a)の第1文の「同盟国は、権限のある当局による認可がない場合には、
登録を拒絶し、若しくは無効にし、及び適当な措置により使用を禁止する
ことに同意する・・・」は、第6条の3を適用する締約国が、伝達当事者
の権限のある当局によってかかる登録又は使用が明確に認可されない限
り、伝達される商標として登録又は使用から保護すべきであることを意味
15 すると理解される。」と非公式ながら回答している。
ウ 一般社団法人知的財産研究所が作成した「未登録の技術・ブランドの保
護の在り方に関する調査研究報告書」(甲81)によれば、英国、オース
トラリア、韓国、シンガポール、スイス、デンマーク、ドイツ、ポルトガ
ル、OHIMの9か国では、過去にWIPOに通知された記章、紋章、公
20 の記号及び国際機関の標章等と同一のものについて商標出願があった場
合について、権限を有する者又は許可を得た者であれば、商標登録の可能
性がある法制度になっている(その他、同様の立法例は多数ある。)。
エ 工業所有権法逐条解説第22版の商標法4条1項5号に関する該当箇所
には、「五号は旧法(大正一〇年法)二条一項三号ノ二に相当する規定で
25 あり、パリ条約六条の三に対応するものである。旧法(大正一〇年法)と
の相違点は、解釈をはっきりさせるために日本国のものについても本号の
適用があるものとしたことである」と解説しているが、WIPOに通知さ
れた日本の国の紋章等について経済産業大臣の指定がされたものは存在
しないため、日本国政府のものは出願すれば商標登録により保護される一
方で、他の同盟国の「国の紋章その他の記章」、「国際機関を表示する標
5 章」、「監督用又は証明用の印章又は記号」が登録により保護されないと
すれば、権利を欲する同盟国の政府機関からすれば著しく不合理である。
実際のところ、農林水産省輸出・国際局長の商標登録出願(日本/地理的
表示/GIマーク)は、平成27年4月1日に商標登録され(登録番号第
5756405号)、また、国際登録出願をして登録第1284119号
10 で各指定国に送付され、複数国で登録されており、その他、日本政府から
パリ条約6条の3の保護を求めた標章は8件の登録が存在している。
このように、日本国政府と同盟国の政府の商標と商標登録出願に関して
商標登録による保護の観点で著しい差別が生じている。
オ 以上によれば、商標法4条1項5号は、パリ条約6条の3の解釈を誤っ
15 て制定されており、条約の義務を履行していない。憲法98条は、国際条
約順守義務を定めており、商標法77条4項で準用する特許法26条によ
れば、パリ条約6条の3は、自動執行的国際法として法的効力を持つとい
うべきであるし、そうではないとしても、商標法4条1項5号の適用にお
いては、パリ条約6条の3の正文の正しい解釈基準に基づいて適用されな
20 ければならない。
そして、本願は、権限のある官庁本人の出願であり、当該官庁の許可を
受けていることから、パリ条約6条の3の例外要件を満たしているため、
本願商標には、商標法4条1項5号の適用はない。
これと異なり、商標法4条1項5号の規定に基づいて本願の設定登録を
25 拒絶した本件審決の判断は誤りである。
被告の主張について
ア 被告は、後記2 アのとおり、【A】意見書の一部を取り上げて、パリ
条約6条の3(1)(a)の日本語の公定訳(乙7ないし10。以下「公
式日本語訳」という。)は誤りではない旨主張するが、同意見書には、「文
法的に複数の読み方が可能である以上、本条約規定は、国際法の原則に従
5 って解釈される必要がある」、「文脈と条約の準備作業の観点から、スト
ックホルム条約6条の3第1項の解釈について検討してみる」とし、スト
ックホルム条約による改正後のパリ条約6条の3第1項の解釈について、
①ヘーグ条約の成立前では、公の紋章等の商標としての使用が公序に違反
する可能性があることから、同盟国は、その登録を不可とし得るが、本国
10 官庁の許可を得てその構成に含めた商標はもはや公序に違反せず、ゆえに
登録も可能になるという解釈が関係合意によって支持されてきた、②ヘー
グ条約による改正後のパリ条約6条の3第1項の規定等は、同盟国が公的
商標の登録について公序違反を理由に拒絶したり無効とすることを妨げ
るものではないが、その適用範囲は、本国官庁の許可を得ずに国の紋章等
15 をその構成に含めた商標に限定されている、③ヘーグ条約による改正後の
パリ条約によって公的商標の登録が本国官庁の許可を得ていても不可能
だとすれば、ヘーグ条約による改正後のパリ条約6条の3第10項がその
適用範囲を限定している意味を失わせるものであるなどと指摘している
のであって、文法上の二面性があるというところを取り上げて、公式日本
20 語訳が正しい解釈であるとされるべきではない。
また、公式日本語訳は、非公式なものであり(パリ条約29条(1)
(b)
参照)、条約文の解釈に相違がある場合にはフランス文によるべきである
から、フランス文に基づいて解釈されるべきであるところ、被告は、後記
2 アのとおり、パリ条約6条の3を我が国で実施するに当たってどのよ
25 うな立法上の手当とするかは、我が国の立法裁量である旨主張するが、前
記 オのとおり、国際条約順守義務があり(憲法98条)、特許法77条
4項で準用する特許法26条には、条約に別段の定めがあるときは、その
規定によるとされていることから、パリ条約6条の3は、自動執行的国際
法として法的効力を持つというべきであるし、そうではないとしても、商
標法4条1項5号の適用においては、パリ条約6条の3の正文の正しい解
5 釈基準に基づいて適用されなければならず、被告の主張は失当である。
イ 被告は、後記2 イのとおり、原告が指摘する商標登録は、WIPO国
際事務局の通知日において既に我が国で商標登録出願又は商標出願がさ
れていたものであり、経済産業大臣の指定が行われていない以上は商標法
4条1項5号の適用はない旨主張するが、日本国政府は、乙第18号証又
10 は第26号証の商標は、商標登録出願の登録査定前にWIPOに通知して
おり、その時点で経済産業大臣の指定がなかったとしても、WIPOに通
知した時点で通知を受けた他の標章と同様に一覧を適宜公衆の利用に供
することでパブリックコメントに付すべきであって、他の同盟国と異なる
著しい不合理な取扱いである。
15 2 被告の主張
本願商標は商標法4条1項5号に該当すること
ア マレーシア国は、1988年6月23日に、パリ条約の1967年スト
ックホルム改正条約に加盟し(1989年1月1日発効)、現在も同条約
の同盟国である。また、同国は、1995年1月1日に、世界貿易機関に
20 加盟し、現在も同機関の加盟国である。
イ 本願商標は、別紙1の1のとおりであり、マレーシア国の監督用・証明
用の印章・記号は、別紙2の1の構成からなるものであって、同一の構成
からなるものである。
また、本願商標の指定商品は、別紙1の2のとおりであり、マレーシア
25 国の監督用又は証明用の印章・記号が用いられている商品・役務(別紙2
の2)中「食肉。魚。家禽肉及び食用鳥獣肉。肉エキス。保存処理、乾燥
処理及び調理をした果実及び野菜。ゼリー。ジャム。コンポート。卵。ミ
ルク及び乳製品。食用油脂。加工水産物。米。大豆。ミネラルウォーター。
炭酸水及びアルコールを含有しないその他の飲料。果実飲料及び果汁。」
と同一又は類似の商品である。
5 ウ 以上によれば、マレーシア国は、パリ条約の同盟国及び世界貿易機関の
加盟国であり、引用標章は、マレーシア国の監督用又は証明用の印章又は
記号として、経済産業大臣が指定するものである。そして、本願商標は、
引用標章と同一又は類似の標章を有する商標であって、その印章又は記号
が用いられている商品又は役務と同一又は類似の商品又は役務について
10 使用をするものである。
したがって、本願商標は、商標法4条1項5号に該当し、商標登録を受
けることができない。
原告の主張について
ア 原告は、前記1 アないしウのとおり主張するが、パリ条約6条の3(1)
15 (a)の規定は、ヘーグ(1925年)、ロンドン(1934年)、リス
ボン(1958年)、ストックホルム(1967年)における各改正条約
の発効に当たって官報により累次公布された公式な日本語訳において、
「同盟国は、同盟国の国の紋章、旗章その他の記章、同盟国が採用する監
督用及び証明用の公の記号及び印章並びに紋章学上それらの模倣と認め
20 られるものの商標又はその構成部分としての登録を拒絶し又は無効とし、
また、権限のある官庁の許可を受けずにこれらを商標又はその構成部分と
して使用することを適当な方法によつて禁止する。」のように、「権限の
ある官庁の許可を受けずに」の文言は、いずれも使用の禁止に係るものと
して訳されている。原告は、【A】意見書をその論拠とするようであるが、
25 同意見書によると、 パリ条約6条の3(1)
(a)のフランス文は、 ・
「・ ・
文法的には、本国官庁の許可によって可能となる公的商標の使用に限られ
る(すなわち、à défaut 以下の挿入文は d'interdire(禁止する)だけに
係る)と読むことも可能である。日本国政府訳はこちらの読み方を採用す
るものといえる。」、 「・・・以下の事実が判明する。・・・当初の草
案では「権限のある官庁の許可を得ていない」という文言は、non autorisée
5 par les pouvoirs compétents というように過去分詞を用いて表現され、
そ の 直 前 の 文 言 de refuser ou d'invalider l'enregistrement et
d'interdire (...) l'utilisation(登録を拒絶又は無効とし、及び使用を
禁じる)のうちどの名詞を形容しているのかといえば、当該分詞( non
autorisée)の性数が女性単数であることから、l'enregistrement
(登録[男
10 性 名 詞 ] ) と l'utilisation ( 使 用 [ 女 性 名 詞 ] ) の 双 方 で は な く 、
l'utilisation のみを形容していることは明らかといえた。つまりこの段
階では、本国官庁の許可を得ているか否かは、公的商標の使用についてだ
け問題になるように読める、ということである。そしてこの条約案は、起
草委員会(Commission de rédaction)が総会(Séance plénifère)に報告
15 書を提出するまで、基本的に維持され続けた。しかし、起草委員会が総会
に示した条約案では、à défaut d'autorisation des pouvoirs compétents
(権限を有する官庁の許可がなければ)というように、当該部分は挿入句
に書き換えられていた。そしてこれがそのまま確定して、へーグ規定6条
の3第1項になり、ひいてはストックホルム規定6条の3第1項になった
20 のである。Iで指摘したように、これによって文法的には二通りの解釈が
可能になったといえる。この書き換えがどのような意図の下で行われたか
は不明であり、当初の草案通りに解することが明示的に禁じられた形跡も
ない(そもそも本条をめぐる当時の審議では本国官庁の許可がある場合に
ついてはほぼ議論されていない)。こうした事情を踏まえると、当時の日
25 本政府が、同条項中の à défaut 以下を従前の草案通り d'interdire (...)
l'utilisation にだけ係るものと理解し、そのように訳出したこともそれ
なりの理由があったということができる。」とも記載されているから、公
式日本語訳は、正文であるフランス語に照らして許容され得るものであっ
て、誤訳であるということはできない。
その上で、前記の公式日本語訳に沿って、我が国の商標法4条1項5号
5 は、同項2号及び3号とともにパリ条約6条の3に対応する公益的不登録
事由を定め、登録後に同項5号に該当する商標についても無効とする旨の
規定を定める(商標法46条1項)ところ、条約の国内実施は、通常は立
法上の手当が必要であり、条約の国内効果をいかに確保するかは各国の裁
量に委ねられているから、パリ条約6条の3を我が国で実施するに当たっ
10 てどのような立法上の手当を行うかは我が国の立法裁量の問題である。商
標法4条1項5号は、国際事務局から通知された監督用・証明用の公の記
号・印章を経済産業大臣が指定することにより、拒絶、無効の対象となる
標章を明らかにし、いかなる者からの商標出願に対しても拒絶理由、無効
事由とする旨を定めて、パリ条約6条の3に規定する監督用・証明用の記
15 号・印章の公益性を重視し、手厚く保護しているから、商標法4条1項5
号は、パリ条約6条の3の義務を履行する正当な規定である。
そして、前記のとおり、本願商標は、商標法4条1項5号に該当するも
のであり、同号は、適用除外の規定、商標権の移転禁止の規定(24条の
2)、専用使用権の設定の制限規定(30条1項)も存在しないから、出
20 願人が「権限ある官庁本人」であることや「権限のある官庁の許可」を受
けていることを理由として、商標登録を受けることはできない。
原告の主張は、結局のところ、立法論であって、理由がない。
イ なお、原告は、前記1 エのとおり、日本国政府のものは出願すれば商
標登録により保護される一方で、他の同盟国の「国の紋章その他の記章」、
25 「国際機関を表示する標章」、「監督用又は証明用の印章又は記号」が登
録により保護されないとすれば、権利を欲する同盟国の政府機関からすれ
ば著しく不合理であり、その例として、農林水産省等に係る商標登録出願
を挙げる。
しかし、原告が指摘する商標登録は、WIPO国際事務局の通知日にお
いて我が国において既に商標登録又は商標登録出願がされていたのであ
5 り、国内においては通常の商標権の保護が求められていた。そして、経済
産業大臣の指定が行われていない以上、商標法4条1項5号の適用対象と
することができないものであるが、同時に、いかなる者からの商標登録出
願に対しても拒絶理由、無効事由とする同号の利益も受けられない。他方、
マレーシア国の監督用・証明用の印章・記号は、その商標登録出願時(令
10 和元年9月4日)時点で既に商標法4条1項5号に基づく経済産業大臣の
指定が行われており、同号の利益を既に受けているものというべきである
から、同号の適用対象となり、本願商標の商標権を得られないとしても不
合理なものではない。原告が指摘する商標登録は、出願と通知のタイミン
グや権利者又は出願人の意向が反映されたものにすぎず、日本国政府の出
15 願と他の同盟国の出願を差別的に取り扱ったものではなく、原告の上記主
張も理由がない。
ウ パリ条約6条の3(1)(a)が規定しているのは、「・・・登録を拒
絶し又は無効とし、また、権限のある官庁の許可を受けずにこれらを商標
又はその構成部分として使用することを適当な方法によつて禁止する。」
20 ことであって、権限のある官庁の許可を受けたものについて、使用を禁止
してはならないとか、登録をしなければならないとか、無効としなければ
ならないなどと規定しているものではないから、権限のある官庁の許可を
受けた本願商標は、登録して保護すべきものである旨の原告の主張は、明
らかに論理に飛躍があるものであって、この点からも原告の主張は失当で
25 ある。
第4 当裁判所の判断
1 本願商標の商標法4条1項5号該当性について
商標法4条1項は、商標登録を受けることができない商標について規定す
るところ、同項5号は、「日本国又はパリ条約(当審注:同項2号の「千九
百年十二月十四日にブラッセルで、千九百十一年六月二日にワシントンで、
5 千九百二十五年十一月六日にヘーグで、千九百三十四年六月二日にロンドン
で、千九百五十八年十月三十一日にリスボンで及び千九百六十七年七月十四
日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する千八百八十三年
三月二十日のパリ条約(昭和50年3月条約第2号)」のことをいう。)の
同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国の政府・・・の
10 監督用又は証明用の印章又は記号のうち経済産業大臣が指定するものと同一
又は類似の標章を有する商標であつて、その印章又は記号が用いられている
商品又は役務と同一又は類似の商品又は役務について使用をするもの」と規
定する。
ア マレーシア国は、①1988年6月23日に1967年にストックホル
15 ムで改正されたパリ条約に加盟し、1989年1月1日に発効し、現在も
同条約の加盟国であり(乙5)、また、②1995年1月1日に世界貿易
機関(WTO)に加盟し、現在も同機関の加盟国である(乙6)である。
イ マレーシア国は、同国の監督用及び証明用の公の記号及び印章について、
世界貿易機関の国際事務局を通じて日本国に通知し、経済産業大臣は、平
20 成26年9月26日、マレーシア国から通知された別紙2の1の同国の監
督用又は証明用の印章又は記号を、同2の指定商品又は指定役務として指
定し、告示した(経済産業省平成26年告示第196号)。
ア 本願商標の構成は、別紙1の1のとおりであり、別紙1の2のマレーシ
ア国の監督用及び証明用の印章・記号として経済産業大臣が指定した別紙
25 1の2の構成と同一である。
イ 本願商標の指定商品又は指定役務は、別紙1の2のとおりであるところ、
別紙1の2の経済産業大臣が指定した、マレーシア国の監督用又は証明用
の印章・記号が用いられている商品・役務中「食肉。魚。家禽肉及び食用
鳥獣肉。肉エキス。保存処理、乾燥処理及び調理をした果実及び野菜。ゼ
リー。ジャム。コンポート。卵。ミルク及び乳製品。食用油脂。加工水産
5 物。米。大豆。ミネラルウォーター。炭酸水及びアルコールを含有しない
その他の飲料。果実飲料及び果汁。」と同一又は類似の指定商品である。
そうすると、原告が「マレーシア国の法律に基づく政府機関であって、財
産処分権限及び管理権限を有する」法人である(乙1)としても、本願商標
は、パリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国の政府の監督庁又は証明用の
10 印章又は記号のうち経済産業大臣が指定するものと同一の商標であって、そ
の印章又は記号が用いられる商品と同一又は類似の商品について使用するも
のであるから、商標法4条1項5号に該当する。
2 原告は、前記1 のとおり、パリ条約の解釈に相違があるときはフランス文
によるとの条項(29条(1)(c))を前提に、パリ条約6条の3(1)(a)
15 の「à défaut d'autorisation des pouvoirs compétents,」(所管官庁の許可
がない場合)が「, par des mesures appropriées,」(適当なる方法に依り禁止
する)だけに係るのではなく、「de refuser ou d'invalider l'enregistrement
et d'interdire,」(登録を拒絶し又は無効とし)にまで係るものと解釈される
べきであり、同条項の公定訳(「同盟国は、同盟国の国の紋章、旗章その他の
20 記章、同盟国が採用する監督用及び証明用の公の記号及び印章並びに紋章学上
それらの模倣と認められるものの商標又はその構成部分としての登録を拒絶し
又は無効とし、また、権限のある官庁の許可を受けずにこれらを商標又はその
構成部分として使用することを適当な方法によつて禁止する。」)は、誤訳で
あって、これを前提とした商標法4条1項5号は、パリ条約6条の3(1)
(a)
25 の国内法実施の義務を履行していない旨主張する。
し か し 、 原 告 が 指 摘 す る 「 à défaut d'autorisation des pouvoirs
compétents,」権限のある官庁の許可を受けずに) 原文上、 l'utilisation,」
( は、 「
と「,」で続けて副詞句として挿入されており、文言において、この「à défaut
d'autorisation des pouvoirs compétents, 」 が 「 d'interdire ・ ・ ・
l'utilisation」(使用を禁止する)のみに係るものであるのか、「de refuser
5 ou d'invalider l'enregistrement et d'interdire,」(登録を拒絶し又は無効
とする)にも係るものであるのか、文法的には、どちらと読むことも可能であ
ることや、「 権限のある官庁の許可を得ていない」という文言が、当初は
「d'interdire・・・l'utilisation」のみに係るものとして起草されていたと
ころ、起草委員会が総会に示した条約案では、上記原文に書き換えられ、その
10 まま確定したことにより、文法的には2通りの解釈が可能になったことは、 A】
【
意見書も指摘するとおり であるから、日本語公定訳のとおり、 「à défaut
d'autorisation des pouvoirs compétents, 」 が 、 「 d'interdire ・ ・ ・
l'utilisation」のみに係ることを前提としても、パリ条約6条の3(1)
(a)
の誤訳であると断じることはできない。
15 また、仮に、原告が指摘するような解釈、すなわち、「権限のある官庁の許
可を受けない」同盟国の紋章等の商標又はその構成部分としての登録を拒絶し、
又は無効とするとの解釈を採用するとしても、同規定は、「権限のある官庁の
許可」を受けた登録出願をどのように取り扱うについてまで規定するものでは
ない(これらの紋章等の「商標又はその構成部分としての登録を拒絶し又は無
20 効とし」とされていることの反対解釈として、それ以外の場合は当然に登録を
しなければならない義務を本条約が締結国に課したと解することはできない。)
から、そもそも同条に基づき、我が国が「権限のある官庁の許可」を受けた登
録出願を拒絶してはならない義務を負うものではないし、同条を根拠として商
標法4条1項5号の適用範囲を狭めて「登録をしなければならない」ものと解
25 釈されるべきものでもない。
3 その他に原告が種々主張する点を精査しても、権限のある官庁やその許可を
得た者がパリ条約6条の3(1)(a)に規定する監督用・証明用の記号や印
章について登録出願をした場合において、その登録をしなければならないこと
を根拠付けるものは見当たらない。したがって、同条に基づく義務の不履行を
理由とする原告の主張は、いずれにしても失当というほかない。
5 4 以上によれば,その他の点について判断するまでもなく、原告主張の取消事
由は理由がないから、原告の請求は棄却されるべきである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
菅 野 雅 之
15 裁判官
中 村 恭
裁判官
20 岡 山 忠 広
(別紙1)
1 本願商標
2 指定商品(本件補正後のもの)
第29類「食肉、魚、家きん肉、食用鳥獣肉、肉エキス、肉製品、砂糖漬けし
たしょうが、加工野菜及び加工果実、食用ゼリー、肉ゼリー、ゼリー状フルーツ、
10 ジャム、コンポート、卵、乳製品、食用油脂、魚のすり身を薄く揚げたクラッカ
ー、食用魚介類(生きているものを除く。 、加工水産物、乾燥ココナッツ、ココ
)
ナッツバター、ココナッツミルク、ココナッツミルクを主原料とする飲料、ココ
ナッツの加工品、乾燥唐辛子、魚のペースト、肉のペースト、食用鳥獣肉のペー
スト、野菜のペースト、ナッツのペースト、大豆、保存加工をした大豆」
(別紙2)
1 マレーシア国の監督用・証明用の印章・記号
2 印章・記号が用いられている商品・役務
輸送。物品のこん包及び保管。旅行の手配。材料処理。科学的及び技術的サー
ビス並びにこれらに関する調査及び設計。工業上の分析及び調査。コンピュータ
15 のハードウェア及びソフトウェアの設計及び開発。法律業務。飲食物の提供。一
時宿泊施設の提供。医療サービス。獣医サービス。人又は動物に関する衛生及び
美容。農業、園芸及び林業サービス。工業用、科学用、写真用、農業用、園芸用
及び林業用の化学品。未加工人造樹脂、未加工プラスチック。肥料。消火剤。焼
戻し剤及びはんだ付け剤。食品保存用化学剤。なめし剤。工業用接着剤。酸類。
20 食品添加剤。香味料。食品用着色剤。炭素。ガス。洗濯用漂白剤その他の洗濯用
剤。洗浄剤、つや出し剤、擦り磨き剤及び研磨剤。せっけん。香料、薫料及び香
水類、精油、化粧品、ヘアローション。歯磨き。工業用の油及び油脂。潤滑剤。
塵埃吸収剤、塵埃湿潤剤及び塵埃吸着剤。燃料(原動機用燃料を含む。)及びイル
ミナント。ろうそく、灯芯。薬剤及び獣医科用剤。医療用の衛生剤。食餌療法用
25 食品、飲料及び薬剤、乳児用食品。膏薬、包帯類。歯科用充てん材料、歯科用ワ
ックス。消毒剤。有害動物駆除剤。殺菌剤。除草剤。健康用製品。栄養補助食品、
消毒薬。哺乳瓶及びおしゃぶり。外科用、内科用、歯科用及び獣医科用の機器並
びに義肢、義眼及び義歯。整形外科用品。縫合用材料。紙、厚紙及びこれらを材
料とする商品であって他の類に属しないもの。印刷物。製本用材料。写真。文房
具。文房具としての又は家庭用の接着剤。美術用材料(文房具)。絵筆及び塗装用
5 ブラシ。タイプライター及び事務用品(家具を除く。 。教材(器具を除く。 。プ
) )
ラスチック製包装用品(他の類に属するものを除く。 。トランプ。活字。印刷用
)
ブロック。ゴム、グタペルカ、ガム、石綿及び雲母並びこれらを材料とする商品
であって他の類に属しないもの。製造用に押出成形されたプラスチック。詰物用、
止具用及び絶緑用の材料。金属製でないフレキシブル管。革及び人工皮革並びに
10 これらを材料とする商品であって他の類に属しないもの。獣皮。トランク及び旅
行用バッグ。傘、日傘及びつえ。むち、引き革及び馬具。家庭用又は台所用の器
具及び容器(貴金属製又は貴金属を被覆したものでないもの。 。くし及びスポン
)
ジ。ブラシ(絵筆及び塗装用ブラシを除く。 。ブラシ製造用材料。清浄用具。清
)
浄用スチールウール。未加工又は半加工のガラス(建築用のものを除く。 。ガラ
)
15 ス製品、磁器製品及び陶器製品であって他の類に属しないもの。被服、履物、帽
子。食肉。魚。家禽肉及び食用鳥獣肉。肉エキス。保存処理、乾燥処理及び調理
をした果実及び野菜。ゼリー。ジャム。コンポート。卵。ミルク及び乳製品。食
用油脂。クラッカー。魚介類及び加工水産物。ココナッツ及びココナッツ加工品。
チリ。ペースト。コーヒー、茶、ココア、砂糖、米、タピオカ、サゴ、代用コー
20 ヒー。穀粉及び穀物からなる加工品。パン。ペストリー(生地)及び菓子。氷菓。
はちみつ。糖みつ。酵母。ベーキングパウダー。食塩。マスタード。食酢。ソー
ス(調味料)。香辛料。氷。食品香味料。ビスケット。大豆及び大豆製品。チョコ
レート及びチョコレート製品。ウコン。しょうが。かやつりぐさ。めん類。食品
添加剤。農業、園芸及び林業の生産物並びに穀物であって他の類に属しないもの。
25 生きている動物。生鮮の果実及び野菜。種子、自然の植物及び花。飼料。麦芽。
ミネラルウォーター、炭酸水及びアルコールを含有しないその他の飲料。果実飲
料及び果汁。シロップその他の飲料製造用調製品。
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