令和4(行ケ)10061審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
令和5年3月16日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
原告住友建機株式会社同訴訟代理人弁理士山口昭則 被告特許庁長官同指定代理人土屋真理子
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対象物 |
ショベル |
法令 |
特許権
特許法17条の29回 特許法29条2項1回
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キーワード |
実施37回 審決14回 拒絶査定不服審判1回
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主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
⑴ 原告は、平成25年3月6日に出願された特願2013-44534号の25
出願の一部を、平成29年8月3日に特願2017-150739号として
出願し、さらに、その一部について、平成30年10月9日、発明の名称を
「ショベル」とする、特許出願(2018-191260号。請求項の数8。
以下「本願」という。)をした。 |
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判決文
令和5年3月16日判決言渡
令和4年(行ケ)第10061号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年1月26日
判 決
原 告 住 友 建 機 株 式 会 社
同訴訟代理人弁理士 山 口 昭 則
同 川 村 雅 弘
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 土 屋 真 理 子
同 居 島 一 仁
同 住 田 秀 弘
15 同 小 島 寛 史
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
20 第1 請求
特許庁が不服2020-9131号事件について令和4年5月9日にした審
決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない。)
25 ⑴ 原告は、平成25年3月6日に出願された特願2013-44534号の
出願の一部を、平成29年8月3日に特願2017-150739号として
出願し、さらに、その一部について、平成30年10月9日、発明の名称を
「ショベル」とする、特許出願(2018-191260号。請求項の数8。
以下「本願」という。)をした。
原告は、令和元年8月2日付けで拒絶理由通知書を受けたため、その指定
5 期間内の同年12月12日に、意見書を提出すると共に、特許請求の範囲全
文及び明細書について手続補正(以下「第1次補正」という。)をしたが、
令和2年3月26日付けで、拒絶査定を受けた。
⑵ 原告は、令和2年6月30日、拒絶査定不服審判を請求すると共に、特許
請求の範囲全文及び明細書について手続補正(補正後の請求項の数7。以下
10 「第2次補正」という。)をした。
特許庁は、上記審判請求を不服2020-9131号事件として審理した。
特許庁が、令和3年4月5日付けで拒絶理由通知書を発したので、原告は、
同年6月7日に、意見書を提出すると共に、特許請求の範囲全文及び明細書
について手続補正(以下「第3次補正」という。)をした。
15 特許庁は、同年9月17日付けで拒絶理由(最後の拒絶理由)通知書(以
下「本件拒絶理由通知書」という。)を発したので、原告は、同年12月2
0日、意見書を提出すると共に、特許請求の範囲全文及び明細書について手
続補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は、令和4年5月9日、本件補正を却下した上、「本件審判の請求
20 は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄
本は、同月24日、原告に送達された。
⑶ 原告は、令和4年6月22日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2 特許請求の範囲の記載
25 ⑴ 本件補正前の請求項1に基づく発明(以下「補正前発明」という。)は、
以下のとおりである(下線部が本件補正の対象となった部分)。
【請求項1】
下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上
部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメントを含んで構成される
ショベルであって、
5 前記上部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の人を検知
する検知手段と、
油圧ロックレバーにより動作され、油圧回路の油圧ロック状態と油圧ロッ
ク解除状態とを切り替えるシャット弁と、
前記シャット弁を用いて油圧回路を遮断した全ての油圧アクチュエータ
10 が動作していない油圧ロック状態で前記検知手段により前記所定範囲内に人
を検知したか否かを判定するコントローラと、を有し、
前記所定範囲内に人が検知された後において、操作レバーが動かされても
前記油圧ロック状態により旋回動作、走行動作、及び掘削動作は禁止される
とともに、
15 前記コントローラは、前記シャット弁が油圧ロック解除状態における動作
中に、前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて
危険である場合に警報を行う、
ショベル。
⑵ 本件補正後の請求項1は、以下のとおりである(これに基づく発明を、以
20 下「補正発明」という。下線部が本件補正によって加えられた部分)。
【請求項1】
下部走行体と、(中略)
前記所定範囲内に人が検知された後において、操作レバーが動かされても
前記油圧ロック状態により旋回動作、走行動作、及び掘削動作は禁止され、
25 前記コントローラは、前記シャット弁が油圧ロック解除状態における動作
中に、前記検知手段が人を検知している場合にオペレーターに対して警報を
行う、
ショベル。
3 本件審決の理由の要旨等
⑴ 本件審決においては、①本件補正は特許請求の範囲の減縮を目的とするも
5 のでも、明りょうでない記載の釈明を目的とするものでも、請求項の削除や
誤記の訂正を目的とするものでもないから、特許法17条の2第5項各号に
掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当しない、②仮にいずれかに該
当するとしても、新規事項を追加するものである、③仮に本件補正が減縮に
該当するとした場合、補正発明は、実願昭63-51427号(実開平1-
10 156256号)のマイクロフィルム(以下「引用文献1」という。)に記
載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開2005-3074
91号公報(以下「引用文献2」という。)に記載された発明(以下「引用
発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたの
で、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けること
15 ができないとして、本件補正が却下された。
その上で、第3次補正は新規事項を追加するものであり、補正前発明には
明確性要件違反、サポート要件違反があり、また、補正前発明は、引用発明
1、引用発明2及び特開2010-198519号公報(以下「特許文献1」
という。)に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることがで
20 きたものである、として、本願は拒絶されるべきものと判断された。
⑵ 本件審決中、本件の取消事由に関連する部分についての本件審決の判断の
要旨は以下のとおりである。
ア 本件補正は、「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作と
に対応させて危険である場合」との記載を削除し、「前記検知手段が人を
25 検知している場合」との記載を追加する補正を含むものであるところ、本
件補正前に「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作とに対
応させて危険である場合」に「警報を行う」ことが特定されていたのが、
本件補正により、「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作
とに対応させて危険である場合」であっても「警報を行」わないことが含
まれることとなるので、特許請求の範囲の減縮を目的とするものでない。
5 「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて
危険である場合」との記載に代えて「前記検知手段が人を検知している場
合」とすることで、本件補正前に記載の「前記検知手段の出力と前記油圧
アクチュエータの動作とに対応させて危険である場合」の意味内容が明り
ょうになるというものでもなく、明りょうでない記載の釈明を目的とする
10 ものとも認められないし、請求項の削除や誤記の訂正を目的とするものに
も該当しない。
したがって、本件補正は、特許法17条の2第5項各号に掲げるいずれ
の事項を目的とするものにも該当しない。
イ 念のため、本件補正が特許法17条の2第5項各号に掲げるいずれかの
15 事項を目的とするものに該当すると仮定して検討しても、本願の願書に最
初に添付した明細書(以下「当初明細書」といい、特許請求の範囲及び図
面と併せて「当初明細書等」という。)の【0002】には、「警報を行
う」点について記載されているが、当該記載は特許文献1に記載された従
来技術について説明するもので、補正前発明が有する課題解決手段及びそ
20 の実施形態について記載するものではないし、本件補正における「前記検
知手段が人を検知している場合に」警報を行うこと及び「オペレーターに
対して」警報を行うことについて何ら記載ないし示唆するものではない。
また、当初明細書には、本発明と従来技術との関係を示す記載は一切なく、
「検知手段」により「人を検知している場合」に警報を行うという技術的
25 事項や、「コントローラ」が「前記シャット弁が油圧ロック解除状態にお
ける動作中に、前記検知手段が人を検知している場合」に「オペレーター
に対して」「警報を行う」という技術的事項を記載ないし示唆するもので
はない。よって、「前記検知手段が人を検知している場合にオペレーター
に対して警報を行う」とする補正は、当初明細書等のすべての記載を総合
することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項
5 を導入するものであるから、当初明細書等に記載した事項の範囲内でなさ
れたものということはできない。
4 取消事由
⑴ 本件補正の目的要件の判断の誤り(取消事由1)
⑵ 本件補正における新規事項の追加に対する判断の誤り(取消事由2)
10 第3 当事者の主張
1 取消事由1(本件補正の目的要件の判断の誤り)
⑴ 原告の主張
ア 補正前発明の「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作と
に対応させて危険である場合」との記載事項は、「警報を行う」条件を特
定する記載であったが、本件拒絶理由通知書において、①「検知手段のど
のような出力をどのように用いているのか、不明である」、②「「対応さ
せ」てが何を意味するのか不明である」、③「「コントローラ」は、「危
険である場合」をどのように判断しているのか不明である」、④「「コン
トローラ」は、誰に対して、どのような目的で「警報を行う」のか不明で
ある」との指摘がされた(以下「本件指摘事項①」などといい、包括して
「本件指摘事項」という。)ことを踏まえ、「警報を行う」条件を「前記
検知手段が人を検知している場合」に特定することにより、「前記検知手
段の出力と前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて危険である場
合」の意味内容を明確にしたものである。
イ したがって、本件補正は、「明りょうでない記載の釈明」に該当するか
ら、本件補正が特許法17条の2第5項各号に掲げるいずれの事項を目的
とするものにも該当しないとした本件審決の判断は誤りである。
⑵ 被告の主張
ア 本件補正が「明りょうでない記載の釈明」に該当するためには、少なく
とも本件補正前の「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動
作とに対応させて危険である場合に警報を行う」という記載が、当該記載
を削除するとともに「前記検知手段が人を検知している場合にオペレー
ターに対して警報を行う」という記載を追加することによって、その本来
の意味内容が明らかになるものであることを要する。
しかし、本件補正前の記載は、警報を行うための条件を判断するために
必須なものとして、少なくとも「検知手段の出力」と「油圧アクチュエー
タの動作」の両方を用いることをその意味内容とするのに対して、本件補
正後の記載は、警報を行うための条件を判断するために、「検知手段が人
を検知している」かの情報を要するものの、
「油圧アクチュエータの動作」
を必須のものとはしていない。
そうすると、本件補正の前後でその意味内容が実質的に変更されてお
り、本件補正後の記載は本件補正前の記載本来の意味内容とは異なるも
のになっているから、本件補正は、本件補正前の記載本来の意味内容を明
らかにするものにはなっていない。
したがって、本件補正は、「明りょうでない記載の釈明」を目的とする
ものとはいえないから、本件審決の判断に誤りはない。
イ 「明りょうでない記載の釈明」は、特許法17条の2第5項4号括弧書
きの規定により拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてする
ものに限られるところ、本件補正のうち、「前記コントローラは、前記シ
ャット弁が油圧ロック解除状態における動作中に、前記検知手段の出力
と前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて危険である場合」から、
「前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて」との記載を削除する
部分に着目すると、当該補正事項は、本件指摘事項のいずれの事項につい
ても、その記載の意味内容を明らかにするものではないから、本件補正は
「拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの」ではな
い。
2 取消事由2(本件補正における新規事項の追加に対する判断の誤り)
⑴ 原告の主張
本件審決は、前記第2の3⑵イのとおり、当初明細書には、補正前発明と
従来技術との関係を示す記載は一切ないとして、本件補正における「前記コ
ントローラは、前記シャット弁が油圧ロック解除状態における動作中に、前
記検知手段が人を検知している場合にオペレーターに対して警報を行う」と
の事項を追加する補正は、新規事項を追加するものであるとしている。
しかしながら、当初明細書の【0004】及び【0005】では、【00
02】に引用されている特許文献1に記載の従来技術では「建設機械の周辺
の作業員の安全を確保する技術については開示されていない」として、本発
明は「より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提
供することを目的とする」と記載されている。
そうすると、補正前発明は、特許文献 1 に記載されている従来技術におい
ては開示されていない建設機械の周辺の作業員の安全を確保する技術につい
て、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供
することを目的としたものであるから、従来技術が開示している技術と関連
していることは明らかである。
⑵ 被告の主張
ア 当初明細書の【0002】ないし【0005】によれば、「ショベル等
の建設機械として例えば特許文献1に記載のものがあ」り、「この技術に
おいては、機械と周囲の作業員等の障害物との接触を防止するため、障害
物との距離や建設機械の切削や旋回などの動作に対応させて危険である
場合に警報を行うことが提案されている」が、「上述した特許文献1に記
載の従来技術においては、建設機械の周辺の作業員の安全を確保する技術
については開示されていない」ために、「本発明においては、より確実に
周辺の作業員の安全を確保することができるショベルを提供する」もので
あることが把握される。
そうすると、補正前発明は、文理上、「特許文献1に記載されている従
来技術においては開示されていない建設機械の周辺の作業員の安全を確
保する技術」を導入することにより、「より確実に周辺の作業員の安全を
確保することができるショベルを提供することを目的とした」ものであ
り、特許文献1に開示されていない新たな技術に関するものである。
イ 原告は、前記⑴のとおり、従来技術と補正前発明とが技術的に関連して
いることを主張するが、当初明細書の【0004】及び【0005】を考
慮しても、【0002】の「機械と周囲の作業員等の障害物との接触を防
止するため、障害物との距離や建設機械の切削や旋回などの動作に対応さ
せて危険である場合に警報を行う」ことは、補正前発明の説明として記載
されたものとは理解できず、補正前発明が「機械と周囲の作業員等の障害
物との接触を防止するため、障害物との距離や建設機械の切削や旋回など
の動作に対応させて危険である場合に警報を行う」従来技術の構成を有す
ることを前提としたものであることを、当初明細書等全体から把握するこ
とはできない。
第4 当裁判所の判断
1 明細書の記載事項について
⑴ 当初明細書等には、別紙の記載がある。
⑵ 前記⑴の記載事項によれば、当初明細書等には、次のような開示があるこ
25 とが認められる。
ア 補正前発明は、安全性を確保するショベルに関する(【0001】)。
イ 従来技術である特許文献1では、機械と周囲の作業員等の障害物との接
触を防止するため、障害物との距離や建設機械の切削や旋回などの動作に
対応させて危険である場合に警報を行うことが提案されている(【000
2】、【0003】)。
5 しかし、従来技術では、建設機械の周辺の作業員の安全を確保する技術
については開示されていないので、補正前発明は、より確実に周辺の作業
員の安全を確保することができるショベルを提供することを目的とする
(【0004】、【0005】)。
ウ 補正前発明は、前記課題を解決するため、下部走行体と、該下部走行体
10 に旋回自在に搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備え
られる掘削アタッチメントを含んで構成されるショベルであって、前記上
部旋回体に備えられ、前記ショベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知す
る検知手段と、油圧アクチュエータが動かされる前に、前記検知手段が障
害物を検知したか否かを所定の制御周期毎に判定し、障害物が検知される
15 と、旋回動作、走行動作、掘削動作の何れかを禁止するコントローラと、
を有する(【0006】)。
エ これにより、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるシ
ョベルを提供することができる(【0007】)。
2 取消事由1(本件補正の目的要件の判断の誤り)について
20 ⑴ 本件補正の目的について
ア 本件補正が特許法17条の2第5項1号に掲げる請求項の削除や同3号
に掲げる誤記の訂正を目的とするものに該当しないことは明らかである。
また、本件補正は、「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの
動作とに対応させて危険である場合」との記載を削除し、「前記検知手段
25 が人を検知している場合」との記載を追加する補正を含むところ、「前記
検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動作とに対応させて危険であ
る場合」であっても警報を行わない場合を含むことになるから、同5項2
号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものでない。
イ 原告は、前記第3の1⑴アのとおり、本件補正は、本件拒絶理由通知書
の指摘に応じ、「警報を行う」条件を「前記検知手段が人を検知している
5 場合」に特定することにより、「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュ
エータの動作とに対応させて危険である場合」の意味内容を明確にしたも
のであるから、特許法17条の2第5項4号の明りょうでない記載の釈明
に当たる旨主張する。
しかし、本件補正後の「前記検知手段が人を検知している場合」との記
10 載は、本件補正前の「前記検知手段の出力と前記油圧アクチュエータの動
作とに対応させて危険である場合」との記載の本来の意味内容に含まれる
べき「前記油圧アクチュエータの動作」との対応関係を明らかにするもの
と理解することはできず、本来の意味内容において「警報」を行う対象が
オペレーターであったと理解することもできない。
15 そうすると、本件補正後の記載は本件補正前の記載本来の意味内容とは
異なるものになっているから、本件補正は、本件補正前の記載本来の意味
内容を明らかにするものにはなっておらず、明りょうでない記載の釈明に
当たるとは認められない。
⑵ 小括
20 以上によれば、本件補正は、特許法17条の2第5項各号に掲げるいずれ
の事項を目的とするものにも該当しないとした本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2(本件補正における新規事項の追加に対する判断の誤り)につい
て
⑴ 前記2において説示したとおり、本件補正は、特許法17条の2第5項各
25 号に掲げるいずれの事項を目的とするものにも該当せず、認められないもの
であるから、この点で既に却下されるべきものであるが、なお念のため、本
件補正が新規事項を追加するものであるかについても検討する。
本件補正では、「前記検知手段が人を検知している場合に」警報を行うこ
と及び「オペレーターに対して」警報を行うことを発明特定事項として新た
に導入するものであるが、当初明細書等には、そもそも、コントローラが何
5 らかの条件で警報を行う構成すら記載されていない。
当初明細書における【0002】の「機械と周囲の作業員等の障害物との
接触を防止するため、障害物との距離や建設機械の切削や旋回などの動作に
対応させて危険である場合に警報を行う」との記載は、その前の「この技術
においては、」という主語からみれば、特許文献1に記載された従来技術に
10 ついての説明であり、このような従来技術の構成を【発明を実施するための
形態】に記載の構成が備えることを開示するものではないし、このような構
成を前提としなければ【発明を実施するための形態】に記載の構成が成立し
ないという事情もなく、その他【発明を実施するための形態】に記載の構成
が従来技術の構成を前提とするものであることをうかがわせる記載もない。
15 そして、上記記載の本件補正による新たな発明特定事項は、当初明細書にお
ける【発明を実施するための形態】に記載されていないことはもちろん、背
景技術に関する【0002】にも記載されていない。
よって、本件補正は、新規事項を導入するものであるといえる。
⑵ 原告は、前記第3の2⑴のとおり、補正前発明は従来技術が開示している
20 技術と関連している旨主張するが、仮に、補正前発明が従来技術が開示する
技術と関連性を有するとしても、当初明細書等に、補正前発明に関する構成
として、従来技術の構成が開示されているとはいえないことは明らかである
から、いずれにしても、本件補正は、新規事項を導入するものというべきで
ある。
4 結論
以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決につい
て取り消されるべき違法は認められない。
したがって、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
菅 野 雅 之
裁判官
本 吉 弘 行
15 裁判官
岡 山 忠 広
(別紙)
【0001】
本発明は、安全性を確保するショベルに関する。
【背景技術】
5 【0002】
ショベル等の建設機械として例えば特許文献1に記載のものがある。この技術に
おいては、機械と周囲の作業員等の障害物との接触を防止するため、障害物との距
離や建設機械の切削や旋回などの動作に対応させて危険である場合に警報を行うこ
とが提案されている。
10 【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010-198519号公報
【発明の概要】
15 【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上述した特許文献1に記載の従来技術においては、建設機械の周辺の
作業員の安全を確保する技術については開示されていない。
【0005】
20 本発明においては、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショ
ベルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の実施形態に係るショベルは、下部走行体と、該下部走行体に旋回自在に
25 搭載される上部旋回体と、該上部旋回体の前方中央部に備えられる掘削アタッチメ
ントを含んで構成されるショベルであって、前記上部旋回体に備えられ、前記ショ
ベルの周辺の所定範囲内の障害物を検知する検知手段と、油圧アクチュエータが動
かされる前に、前記検知手段が障害物を検知したか否かを所定の制御周期毎に判定
し、障害物が検知されると、旋回動作、走行動作、掘削動作の何れかを禁止するコ
ントローラと、を有する。
5 【発明の効果】
【0007】
上述の手段により、より確実に周辺の作業員の安全を確保することができるショ
ベルを提供することができる。
【実施例1】
10 【0010】
本実施例1のショベルは、始動許可装置1を有し、図1に示すように、カメラ2
と、エンジン3をキースイッチ4の選択位置(スタート、オン、オフ)に基づいて
制御するコントローラ5とを含んで構成される。
【0013】
15 本実施例1のショベルの始動許可装置1は、図2に示すように、ショベル60(建
設機械)に適用される。ショベル60は、クローラ式の下部走行体61の上に、旋
回機構62を介して、上部旋回体63を旋回軸PVの周りで旋回自在に搭載してい
る。
【0014】
20 また、上部旋回体63は、その前方左側部にキャビン(運転室)64を備え、そ
の前方中央部に掘削アタッチメントE(ブーム、アーム、バケット)を備えている。
さらに、上部旋回体63は、その左側面、右側面及び後面にそれぞれ対応する上述
したカメラ2(カメラ2L、カメラ2R、カメラ2B)を備えている。
【0017】
25 本実施例1のショベルの始動許可装置1においては、上述したキースイッチ4の
選択位置がスタートとされ、かつ、以下に述べる実施例1の許可条件が成立した場
合に、始動手段5bがエンジン3に対して始動指令を出力する。エンジン3はこの
始動指令に基づいて始動されて、エンジン3の駆動軸に連結された図示しない油圧
ポンプが駆動される。
【0018】
5 この図示しない油圧ポンプは、ショベル60が含む周知の油圧回路においてパイ
ロット圧を生成している。キャビン64内の運転室に備えられる複数の操作レバー
(操作部)がオペレーターにより操作されると、対応する複数の切削用、旋回用、
前後進用の油圧アクチュエータのそれぞれにパイロット圧が送り込まれて動作され
る。つまり、ショベル60における掘削、旋回、前後進の動作が適宜、オペレータ
10 ーにより選択される。
【0019】
カメラ2は、図1に示したように、ショベル60の周囲を映し出す入力画像を取
得するための装置である。ここで、カメラ2は単眼タイプであり、例えばCCD(C
harge Coupled Device)やCMOS(Complement
15 ary Metal Oxide Semiconductor)等の撮像素子を
備える。実施例1におけるカメラ2は、図3に示すオペレーターの死角となりやす
い所定範囲CL、CR、CBをそれぞれ撮像する。
【0020】
カメラ2Lは左側面の一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CLを撮像し、カメラ2
20 Rは右側面の一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CRを撮像し、カメラ2Bは後面の
一点鎖線で示す扇形状の所定範囲CBを撮像する。なお、カメラ2の設置箇所は上
述した三箇所に限られるものではなく、オペレーターの死角となる範囲をカバーで
きるものであればよい。例えばカメラ2は、上部旋回体63の右側面及び後面のみ、
又は前面と右側面、後面と左側面の全てに取り付けられていてもよい。カメラ2は、
25 撮像により取得した入力画像をコントローラ5に対して出力する。
【0021】
コントローラ5の人検知手段5aは、三つのカメラ2からの入力画像について、
周知の画像処理により例えばオプティカルフローを求めて、ショベル60周辺の所
定範囲CL、CR、CB内の人を検知する。コントローラ5の始動手段5bは、キ
ースイッチ4の選択位置がスタートであって、本実施例1の判定手段5cによる許
5 可条件を満たす場合に、エンジン3を始動する始動信号をエンジン3に対して出力
する。
【0022】
本実施例1の許可条件は以下の通りである。つまり、コントローラ5の判定手段
5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートである場合に、人検知手段5aが人
10 を検知するか否かを判定し、この判定手段5cが否定と判定する場合にエンジン3
の始動手段5bによる始動を許可する。
【0023】
以下に本実施例1のショベルの始動許可装置1の制御内容について図4に示すフ
ローチャートを用いて詳細に説明する。ステップS1に示すように、コントローラ
15 5の判定手段5cは、キースイッチ4の選択位置がスタートであるか否かを判定し、
肯定であればステップS2にすすみ、否定であればENDにすすむ。
【0024】
ステップS2において、コントローラ5の人検知手段5aは、三つのカメラ2か
らの入力画像を上述した所定の画像処理を行って、所定範囲CL、CR、CBのい
20 ずれかに位置する人を検出する。つづいて、ステップS3において、コントローラ
5の判定手段5cは、人検知手段5aにより人が検出されて「人有り?」の状態で
あるか否かを判定する。
【0025】
ステップS3において、判定手段5cにより否定と判定される場合、つまり、所
25 定範囲CL、CR、CBに人がいない場合には、ステップS4にすすむ。ステップ
S4において、コントローラ5の許可手段5dはエンジン3の始動を許可する。こ
の許可に基づいて、コントローラ5の始動手段5bは、エンジン3に対して始動信
号を出力し、エンジン3が始動される。
【0026】
ステップS3において、判定手段5cにより肯定と判定される場合、すなわち、
5 所定範囲CL、CR、CBに人がいる場合には、ステップS5にすすんで、コント
ローラ5の許可手段5dは、エンジン3の始動を不許可とする。この不許可に基づ
いて、コントローラ5の始動手段5bは、ステップS1において、キースイッチ4
の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、始動信号をエンジン
3に対して出力しない。図4に示したフローチャートはコントローラ5の制御周期
10 毎に繰り返し実行されて、本発明のショベルの始動許可方法が実行される。
【0027】
上述した本実施例1に示したショベルの始動許可装置1は、ショベル60の周辺
の所定範囲CL、CR、CBにおいて人が存在する場合には、キースイッチ4の選
択位置がオペレーターによりスタートとされた条件でも、エンジン3の始動を不許
15 可とすることができる。
【0028】
つまり本実施例1は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベ
ル60の周辺に存在する条件を、エンジン3の始動の不許可条件とすることができ
る。これとともに本実施例1は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人
20 がショベル60の周辺に存在しない条件を、エンジン3の始動の許可条件とするこ
とができる。
【0029】
本実施例1は、この不許可条件と許可条件の切り分けにより、ショベル60に人
が存在する場合にはエンジン3の始動を禁止して、人特に作業者の安全を確保する
25 ことができる。特にオペレーターがキャビン64に乗り込む前の周囲の目視確認と
乗り込んだ後の警笛による警報を失念した場合でも、本実施例1によれば安全を確
保できる。これとともに、本実施例1は、ショベル60の周辺に人が存在しない場
合には、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエン
ジン3の始動を行うことができる。
【実施例2】
5 【0030】
上述した実施例1の許可条件については、オペレーターの実際の操作手順に併せ
て適宜変更することが可能である。以下それについての本実施例2のショベルの始
動許可装置11について述べる。既述した実施例1で示したショベルの始動許可装
置1と共通する構成については同一の符号を付し、以下、相違点を主に説明する。
10 【0031】
通常、ショベル60等の建設機械のエンジン3の始動の前には、オペレーターは
キャビン64に乗り込む前に周囲を目視確認し、キャビン64に乗り込んだ後、警
笛を鳴らして周囲に人がいる場合には退避を促してからエンジン3を始動させる。
【0032】
15 ここで図5に示すように、キャビン64内の座席Sの左方には通常、油圧ロック
レバー6が設置されている。この油圧ロックレバー6を手前側に引き図5中「L」
で示す位置まで移動させると「油圧ロック状態」が選択される。「油圧ロック状態」
においては、ショベル60内の油圧回路内に設けられたシャット弁が、キャビン6
4内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を遮断する。つまり、操
20 作レバーをオペレーターが操作しても対応する油圧アクチュエータが動作しない。
【0033】
油圧ロックレバー6を前方側に倒して図5中「U」で示す位置まで移動させると
「油圧ロック解除状態」が選択される。「油圧ロック解除状態」においては、シャ
ット弁はキャビン64内の操作レバーと油圧アクチュエータとの間の油圧回路を連
25 通させる。つまり、操作レバーをオペレーターが操作した場合に対応する油圧アク
チュエータは動作される。
【0034】
ここでオペレーターがキャビン64に乗り込むときには、図5に示す油圧ロック
レバー6は位置「L」に位置している。オペレーター自身がキャビン64に乗り込
み、座席Sに座ったときに、油圧ロックレバー6を位置「L」そのままとして「油
5 圧ロック状態」を保持した後、キースイッチ4の選択位置を操作して、適宜エンジ
ン3の始動を行う。始動を行った後は、油圧ロックレバー6を位置「U」とし「油
圧ロック解除状態」として、操作レバーによる油圧アクチュエータの動作を可能と
する。
【0035】
10 そこで本実施例2のショベルの始動許可装置11では、図5に示すように、油圧
ロックレバー6が「油圧ロック状態」か「油圧ロック解除状態」のいずれであるか
を、例えばポテンショメータなどの位置検出スイッチを用いてコントローラ5に入
力する構成とする。
【0036】
15 コントローラ5の許可手段5dは、実施例1で述べたものと同様の所定範囲CL、
CR、CBに人がおらず、キースイッチ4の選択位置がスタートとされ、かつ、油
圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」である許可条件にて、エンジン3の始動を
許可する。
【0037】
20 つまり本実施例2のショベルの始動許可装置11が含むコントローラ5の制御内
容は、図7に示すように、図4に示したフローチャートに比べて、ステップS6が
追加される。ステップS3にて、判定手段5cにより所定範囲CL、CR、CBに
人がいないと判定され、かつ、ステップS6において、油圧ロックレバー6が「油
圧ロック状態」である場合に、ステップS4にすすんで、許可手段5dにより、エ
25 ンジン3の始動が許可される。
【0038】
ステップS3において、判定手段5cにより、所定範囲CL、CR、CBに人が
いないと判定され、ステップS6にて、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」
でないと判定される場合には、ステップS5にすすむ。ステップS5において、許
可手段5dが、エンジン3の始動を不許可とする。
5 【0039】
なお、本実施例2においても、ステップS3において、所定範囲CL、CR、C
Bに人がいると判定手段5cにより判定される場合には、ステップS5にすすんで、
許可手段5dにより、エンジン3の始動は不許可とされる。図7に示したフローチ
ャートもコントローラ5の制御周期毎に繰り返し実行され、本発明のショベルの始
10 動許可方法が実行される。
【0040】
上述した本実施例2に示したショベルの始動許可装置11においても、建設機械
であるショベル60の周辺の所定範囲CL、CR、CBにおいて、人が存在する場
合には、キースイッチ4の選択位置がオペレーターによりスタートとされた条件で
15 も、エンジン3の始動を不許可とすることができる。
【0041】
さらに本実施例2は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人がショベ
ル60の周辺に存在する場合、又は、人がショベル60に存在せずかつ油圧ロック
レバー6が「油圧ロック状態」でない場合の双方を、エンジン3の始動の不許可条
20 件とする。また、本実施例2は、キースイッチ4の選択位置がスタートであって人
がショベル60の周辺に存在せず、かつ、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」
である場合を、エンジン3の始動の許可条件とする。
【0042】
本実施例2は、この不許可条件と許可条件の切り分けにより、ショベル60の周
25 辺に人が存在する場合にはエンジン3の始動を禁止して、人特に作業者の安全を確
保することができる。これとともに、本実施例2は、ショベル60の周辺に人が存
在しない場合には、油圧ロックレバー6が「油圧ロック状態」であることを追加条
件として、キースイッチ4の選択位置がスタートであることに基づいて速やかにエ
ンジン3の始動を行うことができる。
【0043】
5 本実施例2では特に、万一オペレーターが操作レバーに触れた状態で、キースイ
ッチ4の選択位置をスタートとした場合でも、意図しないショベル60の掘削、旋
回、前後進の動作を禁止できる。加えて、本実施例2ではエンジン3の始動直後の、
ショベル60の掘削、旋回、前後進の急激な動作を禁止できる。これにより本実施
例2では、周囲の人の安全を確保できる。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
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