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令和5(ワ)70041発信者情報開示請求事件

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裁判所 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所
裁判年月日 令和5年12月12日
事件種別 民事
当事者 原告有限会社プレステージ
被告ソフトバンク株式会社
法令 著作権
著作権法2条1項9号15回
キーワード 侵害28回
損害賠償3回
分割1回
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。15
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 事案の要旨 本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本 件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるB itTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワー ク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙作品目録記25 載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイルを、本 件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動 的に送信し得る状態とすることによって、本件動画に係る原告の公衆送信権を 侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、 被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」 という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務5 提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロ バイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求 める事案である。

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判決文

令和5年12月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(ワ)第70041号 発信者情報開示請求事件
口頭弁論終結日 令和5年9月26日
判 決
原 告 有限会社プレステージ
同訴訟代理人弁護士 戸 田 泉
同訴訟復代理人弁護士 新 英 樹
被 告 ソフトバンク株式会社
同訴訟代理人弁護士 金 子 和 弘
主 文
15 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、別紙発信者情報目録記載の各情報を開示せよ。
20 第2 事案の概要等
1 事案の要旨
本件は、原告が、電気通信事業を営む被告に対し、氏名不詳者ら(以下「本
件各氏名不詳者」という。)が、P2P方式のファイル共有プロトコルであるB
itTorrent(以下「ビットトレント」という。)を利用したネットワー
25 ク(以下「ビットトレントネットワーク」という。)を介して、別紙作品目録記
載の動画(以下「本件動画」という。)を複製して作成した動画ファイルを、本
件各氏名不詳者が管理する端末にダウンロードし、公衆からの求めに応じ自動
的に送信し得る状態とすることによって、本件動画に係る原告の公衆送信権を
侵害したことが明らかであり、本件各氏名不詳者に対する損害賠償請求のため、
被告が保有する別紙発信者情報目録記載の各情報(以下「本件各発信者情報」
5 という。)の開示を受けるべき正当な理由があると主張して、特定電気通信役務
提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロ
バイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、本件各発信者情報の開示を求
める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠(特記しない限り枝
10 番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
原告は、ビデオソフト、DVDビデオソフトの制作及び販売等を目的とす
る特例有限会社であり、著作物である本件動画の著作権者である(甲1、7、
11、弁論の全趣旨)。
15 被告は、電気通信事業等を目的とする株式会社であり、利用者に向けて広
くインターネット接続サービスを提供しているアクセスプロバイダである。
(2) ビットトレントの仕組み(甲2、12、14、弁論の全趣旨)
ア ビットトレントは、P2P方式のファイル共有プロトコルである。
ビットトレントを利用したファイル共有は、その特定のファイルに係る
20 データをピースに細分化した上で、ピア(ビットトレントネットワークに
参加している端末。「クライアント」とも呼ばれる。)同士の間でピースを
転送又は交換することによって実現される。上記ピアのIPアドレス及び
ポート番号などは、「トラッカー」と呼ばれるサーバーによって保有されて
いる。
25 共有される特定のファイルに対応して作成される「トレントファイル」
には、トラッカーのIPアドレスや当該特定のファイルを構成する全ての
ピースのハッシュ値(ハッシュ関数を用いて得られた数値)などが記載さ
れている。そして、一つのトレントファイルを共有するピアによって、一
つのビットトレントネットワークが形成される。
イ ビットトレントを利用して特定のファイルをダウンロードしようとする
5 ユーザーは、インターネット上のウェブサーバー等において提供されてい
る当該特定のファイルに対応するトレントファイルを取得する。端末にイ
ンストールしたクライアント用のソフトウェアに当該トレントファイルを
読み込ませると、当該端末はビットトレントネットワークにピアとして参
加し、定期的にトラッカーにアクセスして、自身のIPアドレス及びポー
10 ト番号等の情報を提供するとともに、他のピアのIPアドレス及びポート
番号等の情報のリストを取得する。
このような手順でピアとなった端末は、トラッカーから提供された他の
ピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働
しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認するための通信
15 を行い、当該他のピアがこれに応答することを確認した上(以下、この当
該他のピアとの通信を「ハンドシェイクの通信」という。 、当該他のピア

が当該ピースを保有していれば、当該他のピアに対して当該ピースの送信
を要求し、当該ピースの転送を受ける(ダウンロード)。また、上記のピア
は、他のピアから自身が保有するピースの転送を求められた場合には、当
20 該ピースを当該他のピアに転送する(アップロード)。このように、ビット
トレントネットワークを形成しているピアは、必要なピースを転送又は交
換し合うことで、最終的に共有される特定のファイルを構成する全てのピ
ースを取得する。
ウ ハンドシェイクの通信は、次の通信から構成されている。
25 HANDSHAKE 相手の端末がビットトレントネットワーク
に参加しているピアであることを確認する。
ACK 他のピアとの接続が完了したことを通知す
る。
BITFIELD 他のピアが、共有しているファイルを構成
するピースのうち、いずれのピースを保有し
5 ているかについての情報を交換する。
INTERESTED 他のピアに対し、自身がダウンロードを希
望するピースを当該他のピアが保有している
ことを通知する。
UNCHOKE 「INTERESTED」の通知を受けた
10 ピアから、当該通知をしたピアに対し、当該
ピースのアップロードが可能であることを通
知する。
(3) 株式会社HDR(以下「本件調査会社」という。)による調査(甲3ないし
5、12、14、弁論の全趣旨)
15 本件調査会社は、別紙ピア目録記載の各IPアドレス、各ポート番号及び
各発信時刻を以下の方法により特定した。
ア 本件調査会社担当者は、ビットトレントネットワーク上で共有されてい
るファイルの中から、本件動画の作品名、品番、ファイル名等に基づいて、
本件動画と同一であることが疑われるファイルのハッシュ値を探索し、誤
20 りの有無をチェックした上で、当該ハッシュ値を監視対象とした。別紙ピ
ア目録記載のハッシュ値は、上記の手順で特定されたものである。
イ 前記アの監視に用いられたソフトウェア(以下「本件監視ソフトウェア」
という。)が、トラッカーに接続し、監視対象である前記アのハッシュ値を
有する特定のファイルを共有しているピアに関する情報のリストを要求し
25 たところ、トラッカーから当該ピアのIPアドレス及びポート番号の情報
のリストが返信された。別紙ピア目録記載の各IPアドレス及び各ポート
番号は、当該リストに記載されていたものである。
本件監視ソフトウェアは、トラッカーからピアの情報のリストが返信さ
れた後、実際に各ピアとの間でハンドシェイクの通信を行い、各ピアが応
答することを確認した。別紙ピア目録記載の各発信時刻は、本件監視ソフ
5 トウェアと各ピアとの間で、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCH
OKE」の通信が行われた時刻である。
なお、本件監視ソフトウェアは、当該各ピアが、本件調査会社の管理す
る端末に対し、当該各ピアの共有しているファイルに係るピースを送信し
たか否かを確認していない。
10 (4) 被告における本件各発信者情報の保有状況
被告における本件各発信者情報の保有状況の確認は未了である。
3 争点
(1) 特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害されたことが
明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か(争点1)
15 (2) 本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任
制限法5条1項柱書)に当たるか(争点2)
(3) 本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバイダ責
任制限法5条1項2号)か(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
20 1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害された
ことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
(原告の主張)
(1) 本件各氏名不詳者が共有していたファイルは本件動画を複製して作成され
たものであること
25 ビットトレントでは、共有されているファイルを特定するために、ファイ
ル毎に生成される英数字の羅列であるハッシュ値を利用している。本件各氏
名不詳者は、ビットトレントネットワークにおいて、別紙ピア目録記載のハ
ッシュ値により特定されるファイル(以下「本件ファイル」という。)をアッ
プロードできる状態にしていた。
本件動画と本件ファイルを再生して表示される動画とを比較すると、本件
5 ファイルは、本件動画を複製して作成されたものであることが明らかである。
(2) 本件各氏名不詳者は本件動画を送信可能化したこと
ア ビットトレントネットワークにおける送信可能化について
(ア) 著作権法2条1項9号の5イ所定の行為による送信可能化
ビットトレントネットワークにおいて、あるファイルを送信しようと
10 する者が、当該ファイルを自身の管理する端末の共有フォルダに蔵置し
て、クライアント用のソフトウェアを起動すると、当該端末は、トラッ
カーに接続し、ビットトレントネットワークを形成するピアとして、当
該ファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等をトラッカーに通知する。
トラッカーは、当該通知に係る情報を記録し、当該情報に基づいて当該
15 ファイルを保有するピアのリストを作成する。
そして、上記ファイルを受信しようとするピアが、トラッカーに接続
すると、トラッカーから当該ファイルを保有するピアのリストが提供さ
れる。当該ファイルを受信しようとするピアは、このリストに基づいて、
当該ファイルを保有するピアに接続し、当該ピアから当該ファイルを受
20 信することになる。
このような一連の流れに照らせば、トラッカーは、著作権法2条1項
9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続してい
る自動公衆送信装置」に当たる。また、ファイルを送信しようとするピ
アが、トラッカーサーバーに対し、当該ピアの保有するファイルの情報、
25 当該ピアのIPアドレス等を通知し、トラッカーがこれを記録すること
は、同号イ所定の「情報を記録し」たといえる。これにより、ファイル
を送信しようとするピアは、当該ファイルを、受信しようとするピアか
らの求めに応じて「自動公衆送信し得るように」なる。
したがって、ファイルを送信しようとするピアは、トラッカーに当該
ピアの保有する当該ファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等を通知
5 することにより、送信可能化されたといえる。
(イ) 著作権法2条1項9号の5ロ所定の行為による送信可能化
ビットトレントネットワークにおいて、あるファイルを送信しようと
する者が、当該ファイルを自身の管理する端末の共有フォルダに蔵置し
て、クライアント用のソフトウェアを起動すると、当該端末は、トラッ
10 カーに接続し、ビットトレントネットワークを形成するピアとして、ト
ラッカーに接続して当該ファイルを受信しようとする他のピアからの求
めに応じ、自動的にファイルを送信し得る状態となる。
したがって、ファイルを共有フォルダに蔵置したままトラッカーに接
続して上記状態に至った端末は、トラッカーと一体となって「情報が記
15 録され」た「自動公衆送信装置」に当たるといえ、その時点で、「公衆の
用に供されている電気通信回線への接続」がされ、送信可能化されたと
いえる。
イ 本件各氏名不詳者により本件動画が送信可能化されたと認められるこ

20 (ア) 本件各氏名不詳者は、著作権法2条1項9号の5イ及びロのいずれ
にも該当する態様により、本件動画を送信可能化した。
(イ) 本件監視ソフトウェアは、本件ファイルを構成するピースを実際に
保有しており、かつ、いつでもアップロード可能な状態にあるピアに
関する情報のみを記録しており、ピースの保持率が0パーセントであ
25 るピアに関する情報を記録していない。そして、ビットトレントネッ
トワークで共有されている動画ファイルについて、あるピアが、ファ
イル全体を構成するピースのうち僅か1パーセントにすぎないピース
しか保有していなくても、当該ピースから元の動画の一部を再生でき
ることが確認されている。
実質的にみても、ビットトレントネットワークを介して動画をダウ
5 ンロードする目的は、当該動画を閲覧することにあるから、再生でき
ないような一部のピースのみをダウンロードし、これを削除せずに保
持するという状況は考え難い。
したがって、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していた本件
ファイルに係るピースは、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感得
10 できるものである。
(ウ) そもそも、本件では、ビットトレントネットワークに参加している
ピアの管理者が、本件ファイルに係るピースを融通し合い、共同で本
件ファイルを送信可能化したとの点で、共同不法行為が成立する。
すなわち、各ピアを管理する本件各氏名不詳者は、ビットトレント
15 ネットワークを通じて繋がっているから、場所的接着性が認められる。
また、当該各ピアがビットトレントネットワークを通じてピースをダ
ウンロードした後、当該各ピアにおいて、当該ピースをいつでもアッ
プロードできる状態が継続されるから、継続的に送信可能化による公
衆送信権侵害が行われているといえ、時間的接着性が認められる。し
20 たがって、本件各氏名不詳者において、客観的共同関係が認められる
といえる。
以上によれば、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有していたピ
ースから動画が再生可能か否かや、再生される動画と本件動画との同
一性は問題にならない。
25 (3) 特定電気通信による情報の流通によって原告の権利が侵害されたこと
ビットトレントネットワークにおいて、あるピアがデータをダウンロード
すると、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアに対し、
いつでも当該データをアップロードできる状態となる。このように、ビット
トレントネットワークに参加しているピアを管理するユーザーは、誰もが当
該ビットトレントネットワークで共有されているデータを取得することがで
5 きる状態にある。したがって、ピアがトラッカーに接続し、トラッカーから
他のピアの情報を取得して、他のピアとの間でファイルのピースを相互にダ
ウンロード及びアップロードするとの流れ全体が、「不特定の者によって受信
されることを目的とする電気通信…の送信」としての性質を有するから、「特
定電気通信」(プロバイダ責任制限法2条1号)に当たる。
10 また、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通信だけを
見ても、これは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信
…の送信」であるから、「特定電気通信」(同号)に当たる。
(4) 違法性阻却事由の不存在
本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことに関し、違法性阻却事
15 由に該当する事実は存在しない。
(5) 小括
以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって、原告の著作権
(公衆送信権)が侵害されたことが明らかである(プロバイダ責任制限法5
条1項1号)。
20 (被告の主張)
(1) 特定電気通信による情報の流通について
ア ビットトレントネットワークにおいて行われる通信のうち、特定電気通
信と評価し得るのは、ピアがトラッカーへ通知を送信する通信そのもので
ある。
25 イ 電気通信は、接続元、接続先、発信時刻及び終了時刻の4要素によって
特定される。そのため、これらの4要素のうち一つでも異なっていれば、
別個の独立した電気通信となる。
ビットトレントネットワークにおいて、あるピアがトラッカーとの間で
やりとりした電気通信と、他のピアとの間でやりとりした電気通信とは、
上記4要素が異なるため、別個の電気通信である。したがって、あるピア
5 がトラッカーに接続し、トラッカーから他のピアの情報を取得して、他の
ピアとの間でファイルのピースを相互にダウンロード及びアップロードす
るとの流れ全体が、特定電気通信となることはない。
ウ また、本件監視ソフトウェアと別紙ピア目録記載の各ピアとの間でされ
たハンドシェイクの通信は、本件監視ソフトウェアと当該各ピアとの間で
10 応答確認をするためだけの一対一の閉ざされた通信にすぎず、「不特定の者
によって受信されることを目的とする電気通信…の送信」ではない。そし
て、別紙ピア目録記載の各発信時刻に行われたハンドシェイクの通信にお
いて、本件動画に係るデータの送信が予定されていたとはいえないから、
侵害情報を実際に送信する特定電気通信により、侵害情報が現実に流通し、
15 原告の権利が侵害されたとはいえない。
(2) ビットトレントネットワークにおける送信可能化について
ア ビットトレントネットワークにおいて、著作権法2条1項9号の5イ所
定の送信可能化がされるのは、著作物に係るファイルが、ビットトレント
ネットワークを介して、ピアにダウンロードされた時点である。
20 また、ハンドシェイクの通信は、同号ロ所定の「公衆の用に供されてい
る電気通信回線への接続」に当たらない。
イ 原告は、トラッカーが著作権法2条1項9号の5イ所定の「自動公衆送
信装置」に当たり、ファイルを送信しようとするピアが、トラッカーに当
該ピアの保有するファイルの情報、当該ピアのIPアドレス等を通知する
25 ことにより、送信可能化されたと主張する。しかし、同号所定の「自動公
衆送信装置」とは、著作物自体の情報を自動公衆送信する機能を有する装
置のことをいうところ、トラッカーには、共有されるファイルの情報やピ
アのIPアドレス等が記録されるにすぎず、著作物自体の情報は記録され
ないから、トラッカーは、「自動公衆送信装置」に当たらない。
したがって、原告の上記主張は失当である。
5 (3) 本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことは立証されていないこ

本件各氏名不詳者の管理するピアにおける本件ファイルに係るピースの保
持率が明らかでない以上、ピアの中には保持率が0パーセントのピアも含ま
れている可能性が否定できない。
10 また、本件監視ソフトウェアは、本件各氏名不詳者の管理するピアが保有
していたピースをダウンロードしていないというのであるから、それらのピ
アがそれぞれ保有していたピースから本件動画の表現上の本質的特徴を直接
感得できる映像を再生できるか否かも明らかではない。
したがって、本件各氏名不詳者が本件動画を送信可能化したことが立証さ
15 れているとはいえない。
(4) 小括
したがって、本件において、特定電気通信による情報の流通によって、原
告の権利が侵害されたことが明らかとはいえない。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイ
20 ダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について
(原告の主張)
送信可能化による公衆送信権侵害は、ある一時点における権利侵害行為によ
ってもたらされるものではなく、送信可能化の状態にある間、権利侵害が継続
しているものと解すべきである。
25 本件において、本件各氏名不詳者が管理するピアは、ビットトレントネット
ワークを通じてダウンロードした本件ファイルに係るピースを、アップロード
可能な状態に置いているのであるから、本件各氏名不詳者は、本件動画に係る
原告の著作権(公衆送信権)を常に侵害し続けている。そして、本件監視ソフ
トウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間で、「UNCHOKE」の通
信がされたということは、当該ピアにおいて本件ファイルに係るピースをアッ
5 プロード可能な状態に置いている、すなわち本件動画に係る原告の著作権(公
衆送信権)が侵害されていることを示すものであるから、当該「UNCHOK
E」の通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の
「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たる。
(被告の主張)
10 (1) 本件各氏名不詳者はプロバイダ責任制限法2条4号所定の「発信者」に当
たらないこと
プロバイダ責任制限法2条4号所定の「発信者」とは、特定電気通信設備
の記録媒体に侵害情報を記録した者等をいうところ、本件各氏名不詳者は、
別紙ピア目録記載の各発信時刻において、当該記録媒体に何ら侵害情報を記
15 録するなどしていないから、同号所定の「発信者」に当たらない。
(2) 別紙ピア目録記載の各発信時刻にされた通信から把握される情報は「当該
権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイダ責任制限法5条1項柱書)に当た
らないこと
ア 著作権法2条1項9号の5イ所定の行為による送信可能化について
20 仮に、本件各氏名不詳者の管理するピアが、本件ファイルの一部を保有
しているとしても、別紙ピア目録記載の各発信時刻までに、既にそれを取
得してしまっていたから、当該各発信時刻に行われたとされるハンドシェ
イクの通信は、本件ファイルを「公衆送信用記録媒体」に「記録」(著作権
法2条1項9号の5イ)する通信に当たらない。
25 イ 著作権法2条1項9号の5ロ所定の行為による送信可能化について
別紙ピア目録記載の各発信時刻における通信は、本件監視ソフトウェア
と本件各氏名不詳者の管理するピアとの間でされたハンドシェイクの通信
である。この通信は、単に本件各氏名不詳者の管理するピアからの応答を
確認するためのものであって、本件監視ソフトウェアから公衆へ本件ファ
イルを流通することは予定されていないから、本件動画を「自動公衆送信
5 し得るようにする」(著作権法2条1項9号の5柱書)ためのものではない。
したがって、ハンドシェイクの通信は、「公衆の用に供されている電気通
信回線への接続」(著作権法2条1項9号の5ロ)に当たらない。
(3) 小括
以上によれば、ハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通
10 信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該
権利の侵害に係る発信者情報」に当たらない。
3 争点3(本件各発信者情報の「開示を受けるべき正当な理由がある」(プロバ
イダ責任制限法5条1項2号)か)
(原告の主張)
15 原告は、本件各氏名不詳者に対し、損害賠償を請求する予定であるが、その
ためには、被告が保有する本件各発信者情報の開示を受ける必要がある。
したがって、本件各発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある。
(被告の主張)
否認ないし争う。
20 第4 当裁判所の判断
1 争点1(特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵害された
ことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)か)について
(1) 本件各氏名不詳者により本件動画が「送信可能化」されたか否かについて
ア 「送信可能化」(著作権法2条1項9号の5)に該当するには、「自動公
25 衆送信し得るようにすること」が必要であることから、まず、この点につ
いて検討する。
(ア) 証拠(甲4、7ないし9)によれば、ビットトレントネットワークに
おいて共有されていた本件ファイルは、別紙ピア目録記載のハッシュ値
を有するものであること、本件ファイルに係る動画を本件動画と対比す
ると、本件ファイルに係る動画は本件動画を複製して作成されたもので
5 あることが認められる。
しかし、別紙ピア目録記載の各ピアが、本件ファイルを構成するピー
スをどの程度保有していたのかを認めるに足りる証拠はないから、本件
各氏名不詳者が、本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得すること
のできる程度の情報を自動公衆送信し得るようにしたと認めることはで
10 きない。
(イ) 原告は、本件監視ソフトウェアは、本件ファイルを構成するピースの
保持率が0パーセントであるピアに関する情報を記録していないところ、
ビットトレントネットワークで共有されている動画ファイルについて、
あるピアが、ファイル全体を構成するピースのうち僅か1パーセントに
15 すぎないピースしか保有していなくても、当該ピースから元の動画の一
部を再生できることが確認されていると主張する。
確かに、証拠(甲12)によれば、本件監視ソフトウェアが、本件フ
ァイルに係るピースを少なくとも1ピース以上保有するピアに関する情
報のみを記録していると認められるものの、本件ファイルがビットトレ
20 ントネットワーク上でいくつのピースに分割されて共有されていたのか
を認めるに足りる証拠はないから、ビットトレントネットワーク上で共
有されている本件ファイルに係る一つのピースが、本件ファイルを構成
する全ピースの1パーセント以上に相当するのかは明らかではない。そ
うすると、本件各氏名不詳者の管理するピアが少なくとも本件ファイル
25 を構成する全ピースの1パーセントに相当するピースを保有していると
認めることはできないから、結局のところ、本件各氏名不詳者の管理す
るピアが保有するピースから、本件動画の表現上の本質的特徴を直接感
得できる映像を再現できると認めるに足りないことに変わりはない。仮
に、本件ファイルに係るビットトレントネットワークに、本件各氏名不
詳者以外の者が管理するピアが参加していたとしても、同様の理由によ
5 り、これらのピアが保有するピースから、本件動画の表現上の本質的特
徴を直接感得できる映像を再現できると認めることはできない。
(ウ) したがって、本件各氏名不詳者が、それぞれ又は他のピアと共同して、
本件動画の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる情報を自
動公衆送信し得るようにしたと認めるに足りないというべきである。
10 イ まとめ
したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件各氏名不詳
者により本件動画が「自動公衆送信し得るように」されていたと認めるこ
とはできない。
(2) 小括
15 以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって原告の「権利が侵
害されたことが明らかである」(プロバイダ責任制限法5条1項1号)と認め
ることはできない。
2 争点2(本件各発信者情報が「当該権利の侵害に係る発信者情報」(プロバイ
ダ責任制限法5条1項柱書)に当たるか)について
20 仮に、別紙ピア目録記載の各発信時刻までに、各ピアにおいて本件動画が送
信可能化されていたとしても、以下のとおり、ハンドシェイクの通信を構成す
る「UNCHOKE」の通信から把握される情報は、プロバイダ責任制限法5
条1項柱書所定の「当該権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
(1) ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する行
25 為について
著作権法2条1項9号の5は、イ又はロ所定の行為により自動公衆送信し
得るようにすることを「送信可能化」と定義していることから、「送信可能化」
されたといえるには、同項9号の5イ又はロに該当する行為がされることが
必要であるところ、ビットトレントを利用したファイル共有における送信可
能化については、次の二つの場合が考えられる。
5 ア あるピアが、ビットトレントネットワークによって取得した特定のファ
イルを、当該ビットトレントネットワークに参加している他のピアとの間
で共有しようとする場合
前提事実(2)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、特定
のファイルに対応するトレントファイルを端末のクライアント用のソフト
10 ウェアに読み込ませることで、当該トレントファイルを共有するピアによ
って形成されるビットトレントネットワークに参加し、特定のファイルを
構成するピースを他のピアからダウンロードしたり、他のピアにアップロ
ードしたりすることができるようになる。
そして、あるピアがこのようなダウンロード及びアップロードを行うた
15 めには、他のピアがあるピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握
している必要があるから、そのダウンロード及びアップロードに先立ち、
あるピアがトラッカーに対して自身のIPアドレス及びポート番号の情報
をあらかじめ通知しているものと考えられる。すなわち、ビットトレント
ネットワークに参加しているピアは、特定のファイルを構成するピースを
20 他のピアからダウンロードしさえすれば、改めてトラッカーに自身のIP
アドレス及びポート番号の情報を通知するなど特段の手順を経ることなく、
自身のピアのIPアドレス及びポート番号の情報を把握しているピアに対
し、自身がダウンロードしたピースを他のピアにアップロードすることが
できる。
25 このようなビットトレントの仕組みに照らせば、共有しようとする特定
のファイルを構成するピースを何ら保有していないピアは、他のピアから
当該ピースの送信を受けることによって、別の他のピアからの要求があれ
ばいつでも当該ピースを送信し得る状態になったといえる。
そうすると、①共有しようとする特定のファイルを構成するピースを何
ら保有していないピアが、当該ピースを保有する他のピアから当該ピース
5 をダウンロードすること、又は、②当該ファイルを構成するピースを保有
するピアが、当該ファイルを構成するピースを何ら保有していない他のピ
アに対して当該ピースをアップロードすることをもって、著作権法2条1
項9号の5イ所定の「公衆の用に供されている電気通信回線に接続してい
る自動公衆送信装置…の公衆送信用記録媒体に情報を記録…すること」に
10 当たる(①の場合はダウンロードしたピアの備える記録媒体、②の場合は
アップロード先のピアの備える記録媒体が、それぞれ「公衆送信用記録媒
体」に該当する。)と解するのが相当である。もっとも、動画に係るファイ
ルが多数のピースに細分化されている場合、一部のピースからなるファイ
ルを再生用ソフトウェア等に読み込ませたり、静止画又は動画として再生
15 したりすることができない場合も考えられるから、動画に係るファイルの
基となった著作物の表現上の本質的特徴が直接感得できるような状態で再
生し得る程度の数量ないし組合せのピースがダウンロード又はアップロー
ドされることが必要と解される。(以下、この態様を「類型1」という。)
イ あるピアが、ビットトレントネットワーク以外の手段によって取得した
20 特定のファイルをビットトレントネットワークにおいて共有しようとする
場合
前提事実(2)イのとおり、ビットトレントネットワークにおいては、トレ
ントファイルを共有するピアで形成されるビットトレントネットワーク内
でのみ当該トレントファイルに対応する特定のファイルが共有され、他の
25 ピアからのピースの送信要求は、トラッカーから提供されるピアのIPア
ドレス等の情報のリストに基づいてされるところ、当該情報は、各ピアが
定期的にトラッカーに通知した自身のIPアドレス等の情報が基礎となっ
ている。
このようなビットトレントの仕組みに照らせば、ピアは、トラッカーに
対して自身の情報を提供するための最初の通知の送信をしたことによって、
5 他のピアからの要求があればいつでもファイルを構成するピースを送信し
得る状態になったといえる。
そうすると、当該トラッカーに対する最初の通知の送信をもって、著作
権法2条1項9号の5ロ所定の「その公衆送信用記録媒体に情報が記録さ
れ…ている自動公衆送信装置について、公衆の用に供されている電気通信
10 回線への接続…を行うこと」に当たると解するのが相当である(以下、こ
の態様を「類型2」という。。

(2) ビットトレントを利用したファイル共有における送信可能化に該当する通
信について
ア 前記(1)のとおり、ビットトレントを利用したファイル共有においては、
15 当該ファイルを自動公衆送信し得るようにするための態様として、著作権
法2条1項9号の5イ所定の行為に対応する類型1及び同号ロ所定の行為
に対応する類型2を想定することができる。
しかし、前提事実(2)イのとおり、ハンドシェイクの通信は、ビットトレ
ントネットワークを形成しているピアが、トラッカーから提供された他の
20 ピアに関する情報に基づき、他のピアとの間で、当該他のピアが現在稼働
しているか否かや、当該他のピアのピース保有状況を確認する通信であっ
て、共有される特定のファイルを構成するピースをダウンロード又はアッ
プロードする通信(類型1)ではないし、トラッカーに対する通知の送信
(類型2)でもないから、類型1及び2のいずれにも該当しない。
25 そして、本件において、類型1及び2以外の態様である、本件監視ソフ
トウェアと本件各氏名不詳者の管理するピアとの間で行われるハンドシェ
イクの通信が、本件動画を「送信可能化」する行為に該当することについ
て、立証がされているとはいえない。
したがって、上記ハンドシェイクの通信が著作権法2条1項9号の5イ
又はロ所定の行為に該当するとは認められない。
5 イ また、同項9号の5イ又はロ所定の行為により「送信可能化」がされて
しまえば、自動公衆送信し得る状態が完全に実現される以上、「送信可能化」
に該当する行為が継続されることはないというべきである。
したがって、この観点からも、前記ハンドシェイクの通信が、本件動画
を送信可能化し、本件動画に係る原告の公衆送信権を侵害する通信である
10 と認めることはできない。
(3) 小括
以上によれば、本件監視ソフトウェアと本件各氏名不詳者の管理するピア
との間で行われたハンドシェイクの通信を構成する「UNCHOKE」の通
信から把握される情報が、プロバイダ責任制限法5条1項柱書所定の「当該
15 権利の侵害に係る発信者情報」に当たるとはいえない。
したがって、本件各発信者情報は、同項柱書所定の「当該権利の侵害に係
る発信者情報」に当たると認めることはできない。
第5 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいず
20 れも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
國 分 隆 文
裁判官
5 間 明 宏 充
裁判官
10 木 村 洋 一
(別紙)
発信者情報目録
別紙ピア目録記載の各IPアドレスを、同目録記載の各発信時刻頃に被告から割
り当てられていた契約者に関する以下の情報。
① 氏名又は名称
② 住所
③ 電子メールアドレス
以上
(別紙)
作品目録
以下省略
(別紙)
ピア目録
以下省略

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