ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和4(ワ)70057 民事訴訟 不正競争
| 裁判所 | 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和6年2月19日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告株式会社マサムネ 被告A |
| 法令 |
不正競争 |
| キーワード | 差止15回 無効8回 損害賠償6回 侵害6回 許諾5回 |
| 主文 | 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
| 事件の概要 |
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令和 6 年 2 月 19 日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和 4 年(ワ)第 70057 号 不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日 令和 5 年 11 月 30 日
判 決
原 告 株 式 会 社 マ サ ム ネ
同訴訟代理人弁護士 岡 本 順 一
同 赤 堀 太 紀
被 告 A
同訴訟代理人弁護士 森 永 真 人
同 舩 津 丸 健
同 小 林 一 樹
同 坂 根 健
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は、別紙被告製品目録記載の製品を製造、使用、販売、販売の申し出、頒布又は輸出してはならない。
2 被告は、前項記載の製品並びにその試作品及び半製品を廃棄せよ。
3 被告は、別紙被告ホームページ、SNS 目録記載のホームページ及び SNS から第 1 項記載の製品の掲載情報を全て削除せよ。
4 被告は、原告に対し、900 万円及びこれに対する令和 5 年 1 月 17 日から支払済みまで年 3%の割合による金員を支払え
第2 事案の概要
1 事案の要旨本件は、アパレル事業等を営む会社である原告が、原告の従業員であった被
5 告に対し、以下の請求をする事案である。
(1) 本件合意等に基づく差止請求被告が、雇用契約書(以下「本件契約書」という。)記載の合意(以下「本件合意」という。)及び退職時誓約書(以下「本件誓約書」という。)記載の誓約(以下「本件誓約」という。また、これと本件合意とを併せて「本件合意等」という。)に反し、原告を退職後に原告の製品である服のパターン(別紙営業秘密目録記載のもの。以下「本件パターン」という。)を流用して、これとほぼ同一の製品である別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。)の製造、販売等を行っている旨を主張して、本件合意等に基づく被告製品の販売等の差止を請求するもの。
(2) 不競法 3 条に基づく差止及び廃棄等請求被告が、原告の営業秘密である本件パターンを流用して被告製品を製造、販売等する行為は、原告から示された営業秘密を図利加害目的で使用する不正競争(不正競争防止法(以下「不競法」という。 条 1 項 7 号)に該当し、)2原告の営業上の利益を侵害し、また、侵害するおそれがある旨を主張して、不競法 3 条に基づく被告製品の販売等の差止め(同条 1 項)並びに被告製品等の廃棄及び SNS 等からの被告製品に係る投稿の削除を請求するもの。
(3) 損害賠償請求被告の上記行為は本件合意等に違反すると共に不正競争に該当するところ、これに対する対応に追われて本来予定していた製品発表を行うことができなかったことにより少なくとも 1800 万円の損害が生じたと主張して、本件合意等の債務不履行又は不競法 4 条に基づく 900 万円の損害賠償(一部請求)及びこれに対する訴状送達日の翌日(令和 5 年 1 月 17 日)から支払済みまで民法所定の年 3%の割合による遅延損害金の支払を請求するもの。
2 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は、当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、枝番号の記載を省略したものは枝番号を
5 含む。以下同じ。)
(1) 当事者原告は、アパレル事業等を営む会社である。被告は、平成 29 年 11 月 13 日に原告に入社し、令和 4 年 1 月 31 日まで原告にてデザイナーとしてアパレルの制作業務等に従事していた者である。
(2) 被告が原告に入社した経緯被告は、原告入社前から原告代表者とは知人同士であったところ、原告代表者の提案を受けて原告の従業員となり、原告のアパレル事業をスタートすることとなった。
(3) 本件合意被告は、原告への入社にあたり、原告との間で平成 29 年 11 月 13 日付け「雇用契約書(制作)(甲 2。」 本件契約書)を作成して雇用契約を締結した。本件契約書には、雇用期間、従事する職務、賃金等の定めのほか、「業務上知り得た会社の機密事項、個人情報を他に漏らさないこと(退職後も同様とする)」との規定がある(本件合意)。
(4) 原告入社後の被告の業務等被告は、原告入社後、アパレルのデザイナーとして業務に従事し、入社前から培ってきたデザイナーとしての知識と経験を活かし、それまでアパレル事業を展開していなかった原告において、「sus-sous」というデザインブランド(以下「本件ブランド」)を一から作り上げるなど、原告におけるアパレル事業を成長させた。他方で、被告は、原告在職中、原告の経費で購入した生地のうち製品作成後に余った生地を一部利用して製造した衣服を販売し、その売上金を被告が受領したことがあった。この点について、被告は、後日、原告に謝罪して解決金を支払った。
(5) 本件誓約
5 被告は、令和 3 年 12 月ないし令和 4 年 1 月頃、原告に対し、精神的に衰弱したことなどを理由として退職の意思を伝え、令和 4 年 1 月末日付けで原告を退職した。退職にあたり、被告は、同月 27 日付け「退職時誓約書」(甲 3。本件誓約書)を作成し、原告に提出した。本件誓約書には、本件誓約に関し、以下の記載がある(「/」は改行を意味する。。)「1.退職後 3 年間は、貴社所属時に業務上関係ができた取引先(販売先、仕入先、製造委託先)に対して、貴社の許可を得ずに連絡をする又は取引を行わない/2.退職後 3 年間は、貴社所属時に業務上知った情報(受領した名刺情報、貴社経営関係情報等)について、一切口外しません。」
(6) 本件退職後合意書の締結原告は、被告からの退職の申し出を受けたものの、被告が原告在職中に原告の売上金を被告名義の個人口座に入金するなどして横領したことを疑い、調査を進め、本件誓約書を得つつ、被告につき、令和 4 年 1 月末日付けでの退職とした。その上で、同年 3 月頃、原告が被告に対し横領行為について問い質したところ、被告は、当該入金は、被告の私物の販売による売上を入金したものであるなどと回答した。その後、被告は、原告との間で、同年 5 月 19 日付け「合意書」を締結した(乙 2。以下「本件退職後合意書」という。 。)本件退職後合意書には、以下の定めがある。・ 被告は、原告に対し、原告に在職中、原告の売上を着服したことを認め、自筆による謝罪文を提出する。 項)(1・ 被告は、原告に対し、前項の損害の一部として、28 万 3290 円を返還する義務があることを認め、これを、令和 4 年 5 月 31 日限り原告が指定する口座宛に送金する方法により支払う。 項)(2
5 ・ 被告は、本日以降、被告が行う活動において、不特定多数に拡散する方法(ウェブサイト、SNS、雑誌等)のみならず、業務委託契約等、個別契約先に提供するプロフィールで使用する場合においても、本件ブランドの名称を使用する場合は、原告に対し、許可を求めなければならない。また、被告は、原告に対し、本件誓約書を遵守することを約する(但し、退職後 3 年間は、顧客から競業依頼があった場合、原告に告知するものとする。但し、この告知は、原告の許諾を要する意味ではない。 。 5 項))( 。・ 原告と被告は、原告被告間に、本合意書に定めるもののほか、何らの債権債務もないことを相互に確認し、互いに裁判上裁判外の請求を一切しない。 項)(7 。
(7) 被告の行為被告は、原告を退職後、SNS を利用して被告製品を含む被告の製品やその展覧会の宣伝等をしている。
3 主な争点
(1) 本件合意等に基づく販売等差止請求権等の有無(争点 1)
(2) 不競法に基づく販売等差止請求権等の有無(争点 2)
4 主な争点に関する当事者の主張
(1) 争点 1(本件合意等に基づく販売等差止請求権等の有無)について(原告の主張)ア 被告は、原告との間で、本件合意等を締結したにもかかわらず、原告入社当時に知った原告の製品である服のパターン(本件パターン)を流用し、原告の商品とほぼ同一の被告製品を製作し、SNS 等を利用して、その販売や営業行為を繰り返し行っている。服のパターンは、製品のデザインの根幹をなすものであり、他の製品との差異が最も生じる点である。また、服という製品の性質上、そのデザインが最も有力な顧客の購買理由となる。そのため、服のパターンは、原告
5 の優位性、競争力の根幹をなし、その利益の多寡を決する重要な要因となるものであるから、重要な機密情報として当然保護される情報である。また、アパレルという分野ではリピーターが多く、顧客の属性や購入した製品に関する情報は財産的価値が高い。そのため、企業の利益や商品価値を守るためにも、退職した者が直接従来の顧客と取引を行うことを禁ずる必要性は高く、相当性もある。したがって、原告は、被告に対し、本件合意等に基づき、被告製品の販売等の差止請求権を有する。イ 原告は、被告の上記行為への対応に追われ、販売製品の見直しの必要が生じたため、本来予定していた秋冬の製品の発表を行うことができず、少なくとも 1800 万円の損害を生じた。したがって、原告は、本件合意等による債務の不履行に基づき、被告に対し、その一部である 900 万円の損害賠償及びこれに対する遅延損害金を請求する。(被告の主張)ア 被告が SNS 等により被告の製品の宣伝を行っていることは認め、その余は否認ないし争う。イ 原告は、被告が本件パターンを流用し、原告の製品とほぼ同一の製品を製造したなどと主張するが、その主張は抽象的で、意義が明らかでない。ウ 以下のとおり、本件合意等はいずれも公序良俗に違反し無効である。(ア) 秘密保持特約は、対象とする営業秘密等の特定性や範囲、秘密として保護する価値の有無及び程度、退職者の従前の地位等の事情を総合的に考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗違反により無効になると解される。本件の場合、本件合意には保持の対象となる機密事項等についての具体的な定義がなく、その例示もない。本件誓約においても、機密事項等
5 の定義がなく、その例示も秘密保持の態様を特定するに至る程度のものではない。このため、本件合意等においては、秘密保持の対象となる情報の範囲等が不明であり、退職後に被告に課される制限は必要かつ合理的な範囲を超える。このような本件合意等により秘密保持義務が合意されていたとしても、公序良俗に違反し無効である。(イ) 従業員の退職後の競業避止義務を定める特約については、これにより守られるべき使用者の利益、これにより生じる従業員の不利益の内容及び程度並びに代償措置の有無及びその内容等を総合的に考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗違反により無効になると解される。本件の場合、本件誓約書に退職後の競業避止義務に関する定めがあるものの、競業避止により守られる原告の利益は具体的には想定されない。他方、被告においては、自らの手腕により開拓した取引先との折衝全体が禁じられ、アパレルのデザイナーとして活動することが困難になるという多大な不利益を被る。加えて、原告による代償措置は一切存しない。したがって、本件誓約に基づく競業の制限は必要かつ合理的な範囲を超えるものであり、公序良俗に違反し無効である。エ 原告は、被告との間で、本件合意等の締結後に、本件退職後合意書を締結することにより、これに定められたもの以外の債権債務を全て清算したところ、同合意書には、被告の秘密保持義務については何ら規定されていない。また、競業に関しては、同合意書によれば、被告は、原告入社以前に関係を築いた取引先との関係では原告に対し何ら義務を負っておらず、原告在職中の取引先から取引を持ちかけられた際には、原告に対する告知を要するものの、その許諾を要することなく取引することができるとされている。
5 実際に、被告は、取引先から取引を持ち掛けられた際には原告に告知しており、本件退職後合意書により被告が負う義務には違反していない。以上のとおり、被告は、原告に対し、退職後の競業避止義務を負っておらず、また、本件退職後合意書により被告が負う義務にも違反していない。
(2) 争点 2(不競法に基づく販売等差止請求権等の有無)について(原告の主張)ア 服のパターンとは、服の型紙つまり服の設計図であり、服はこれをもとに製作される。そのため、服のパターンは、商品の生産方法であるといえる。また、服のパターンは、原告にとって優位性、競争力の根幹をなし、その利益の多寡を決する重要な要因となるものであり、高い財産的価値を有する。このような服のパターンは、原告にとって重要な秘密情報として認識されており、原告の従業員にも業務目的外の利用の禁止が周知され、目的外利用が禁じられた状態で保管されている。加えて、本件パターンは、公然と知られた情報ではない。したがって、本件パターンは営業秘密に該当する。イ 被告は、原告在職中、従業員として原告の製品の製作業務を行っていたため、原告から、原告の製品のパターンを示されていた。被告は、それを奇貨として、本件パターンを流用して原告の製品とほぼ同一の被告製品を製作し、SNS 等を利用してその販売や営業行為を繰り返している。また、被告は、その営業行為の中で、「原告は服を作ることは出来ない、sus-sous は実質俺だ。」などと、原告の信用を毀損し、顧客の奪取を目的とする発言を行っている。このような被告の言動に加え、原告の服のパターンを流用した製品を原告の顧客に販売すれば原告に損害が生じることは明らかであるから、本件パターンの流用は、原告の営業秘密の図利加害目的による使用といえる。
5 ウ 本件パターンを流用して製品を製造及び販売しようとする被告の行為により、原告の営業上の利益の侵害が生じるおそれは高い。実際に、原告には、関係者への対応や自己の製品の見直しを図る必要が生じており、本来予定していた製品の発表、販売を予定通り行えない状態にある。そのため、原告には営業上の利益の侵害が現に生じている。エ したがって、原告は、被告に対し、不競法 3 条(2 条 1 項 7 号)に基づき、被告製品の販売等の差止請求権(3 条 1 項)を有すると共に、被告製品等の廃棄及び侵害行為に利用しているホームページや SNS の投稿の削除請求権(同条 2 項)を有する。オ 不競法 4 条に基づく損害賠償請求については、前記(1)(原告の主張)イと同旨である。(被告の主張)被告が SNS 等により被告の製品の宣伝を行っていることは認め、その余は否認ないし争う。原告は、本件パターンが営業秘密の要件を充足することや被告によるその使用について、具体的な主張立証をしていない。そもそも、服のパターンは縫製を解けば再現することができることから、非公知性の要件を充足しない。このため、服のパターンは不競法上の営業秘密に該当しない。
第3 当裁判所の判断
1 争点 2(不競法に基づく販売等差止請求権等の有無)について事案に鑑み、まず争点 2 について検討する。原告は、本件パターンは原告の営業秘密に該当し、被告がこれを利用して被告製品を製造販売した行為につき、図利加害目的による営業秘密の使用に当たる旨を主張する。しかし、原告は、一般的に服のパターンがアパレル事業において重要な情報
5 である旨を主張するものの、本件パターンについては、別紙営業秘密目録各記載のとおり、原告の製品の品名、品番等を摘示するにとどまり、本件パターンそのものの具体的な内容、形状等については具体的に主張せず、これに関する証拠も提出しない。このため、本件パターンに係る情報の具体的な内容等は不明というほかなく、そうである以上、これが、事業活動において有用性のある技術上又は営業上の情報であるとも、公然と知られていない情報であるともいえない。また、本件パターンが原告社内で重要な秘密情報として認識されていること、原告従業員にその業務目的外の利用の禁止が周知されていること、目的外利用が禁じられた状態で本件パターンが保管されていることといった情報の具体的な管理状況等に係る原告の主張を認めるに足りる証拠もない。このため、本件パターンが秘密として管理されていたことも認められない。以上より、一般論として服のパターンが営業秘密となり得るか否かはさておき、本件パターンが原告の営業秘密であるとは認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。したがって、その余の点について検討するまでもなく、原告は、被告に対し、不競法に基づく被告製品の販売等差止請求権(3 条 1 項)、廃棄請求権及び投稿削除請求権(同条 2 項)並びに損害賠償請求権(4 条)を有しない。
2 争点 1(本件合意等に基づく販売等差止請求権等の有無)について
(1) 原告は、被告が本件パターンを利用して原告の商品とほぼ同一の被告製品を製造、販売等したことを前提に、本件パターンが本件合意等における秘密保持義務の対象となる情報であり、かつ、被告製品を販売等することが本件誓約に基づく競業避止義務に違反する旨を主張する。しかし、前記のとおり、本件パターンの具体的内容等は不明である。また、原告の製品についても、品名及び品番のほか、対応する被告製品が原告の製品と同一のデザインである旨主張するにとどまり、製品そのものの外観、形
5 状等に関する具体的な主張はなく、これに関する証拠も提出しない。そうである以上、被告製品が本件パターンを利用して製造され、原告の製品とほぼ同一の形状等を有するものと認めることはできない。したがって、原告の上記主張はその前提を欠き、採用できない。
(2) 秘密保持義務及び競業避止義務についてア この点を措くとしても、原告と被告は、本件退職後合意書により、原告と被告との間には、同合意書に定められたもののほか何らの債権債務がないことを相互に確認しているところ、同合意書には、秘密保持及び競業に関しては、被告が、原告に対し、本件誓約書の定めを遵守すること、すなわち、退職後 3 年間、「貴社所属時に業務上関係ができた取引先(販売先、仕入先、製造委託先)に対して、貴社の許可を得ずに連絡をする又は取引を行わない」「貴社所属時に業務上知った情報(受領した名刺情報、貴社、経営関係情報等)について、一切口外し」ない旨を約するとした上で、但書として、被告は、退職後 3 年間は、顧客から競業依頼があった場合、原告に対してその旨告知することとするが、その告知は原告の許諾を要する意味ではない旨が定められている(前提事実(6))。イ 従業員の退職後の秘密保持義務を定める特約は、雇用者の営業秘密等の情報の漏洩等を防止するものであるが、これに定められた営業秘密等の範囲が不明確で過度に広範であったり、そもそも営業秘密等として保護する必要がないような場合、当該特約は、従業員の職業選択の自由や営業の自由を不当に侵害するものとなり得る。したがって、上記のような秘密保持特約は、対象とする営業秘密等の特定性や範囲、秘密として保護する価値の有無及び程度、退職者の従前の地位等の事情を総合的に考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には、公序良俗に違反し無効となるものと解される。本件退職後合意書が遵守すべきものとする本件誓約書には、前記のとお
5 り、秘密保持の対象となる情報につき、「貴社所属時に業務上知った情報(受領した名刺情報、貴社経営関係情報等)」とされているところ、「貴社所属時に業務上知った情報」というだけでは対象となる営業秘密等が具体的に特定されているとはいえず、その範囲も事実上無限定といってよいから、その範囲は過度に広範といえる。また、例示のうち「貴社経営関係情報等」も、その文言が抽象的である上、原告在職時の被告の地位等と結びつけられておらず、かつ、秘密として保護する必要性の有無ないし程度にかかわりなく対象となり得る点で、過度に広範なものといえる。以上の各事情を総合的に考慮すれば、本件退職後合意書(本件誓約書)における秘密保持に関する規定は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超えるものであり、公序良俗に違反し無効というべきである。本件合意に基づく秘密保持義務についても同様である。したがって、原告の主張は、この点でもその前提を欠き、採用できない。ウ 退職者が雇用者と競合する企業に就職したり自ら開業したりしないという競業避止義務につき,雇用者と退職者との間で個別に退職後の競業避止義務に関する合意をしたとしても,このような合意は,退職者の職業選択の自由,営業の自由を制限するものであるから,無条件にその効力が承認されることはなく,雇用者の利益,退職者の従前の地位,制限の範囲,代償措置の有無や内容から,退職者の競業避止義務を定める合意の効力を検討すべきである。「退職後 3 年間は、貴社所前記のとおり、本件誓約書には、競業に関し、属時に業務上関係ができた取引先(販売先、仕入先、製造委託先)に対して、貴社の許可を得ずに連絡をする又は取引を行わない」とされているが、この競業避止義務は、本件退職後合意書により、退職後 3 年間は、顧客から競業依頼があった場合には原告に告知することを要するものの、この告知は、原告の許諾を要する意味ではないと修正されている。
5 すなわち、本件退職後合意書は、被告の退職後の競業避止義務に関し、退職後 3 年間、被告が、原告在職時に業務上関係ができた取引先(販売元、仕入先、製造委託先)に対し、原告の許可を得ずに自ら連絡又は取引を行うことはできないとして規制しつつ、そのような顧客の側から依頼があった場合には、原告にその旨告知しさえすれば、その許諾を得ることなく連絡又は取引を行うことができる旨を定めるものと解される(なお、原告は、本件退職後合意書による競業避止義務の修正を含まない本件誓約に基づく競業避止義務の不履行を主張していることから、厳密には、その主張自体失当とみることも考えられる。もっとも、本件退職後合意書が本件誓約書の規定の遵守を定めていることを踏まえると、原告の主張は、本件退職後合意書の定める競業避止義務の不履行を主張するものとも解し得ることから、以下では、そのように解した上で論ずる。 。この競業避止義務を)被告に負わせることに対する代償措置は原告により講じられていないとみられるものの、その一事をもって、本件退職後合意書の定める被告の競業避止義務につき、公序良俗違反により無効とは必ずしもいえない。もっとも、本件において、原告は、被告の競業行為として、別紙被告ホームページ、SNS 目録記載の SNS 等における製品及びその展覧会の宣伝を挙げるほか、原告在職時に知った顧客に対する SNS による直接のメッセージ送付等を主張するものの、被告が原告退職後に連絡等をしたという具体的な取引先については明らかにしない。原告は、証拠として原告に対するクレームに関するメール(甲 5)を提出するが、これによっても、被告が退職後に競業行為を行ったという相手方及び競業行為に至る経緯等の詳細は具体的には明らかでない。また、本件退職後合意書に基づく被告の競業避止義務は、退職後被告がアパレル事業に従事することそれ自体は禁止していない。そうである以上、被告がホームページ及び SNS を通じて不特定多数の者に対し宣伝広告を
5 行うことは、この競業避止義務に違反するものとはいえない。その他被告の競業避止義務違反行為を認めるに足りる証拠はない。以上より、本件退職後合意書に基づく競業避止義務に違反する被告の行為は認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。
(3) 小括以上のとおり、本件合意等に基づく秘密保持義務は公序良俗違反により無効であり、また、競業避止義務については、被告によるその違反行為を認められない。したがって、原告は、被告に対し、本件合意等に基づく債務の不履行による被告製品の販売等差止請求権及び損害賠償請求権を有しない。
第4 結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第 47 部裁判長裁判官杉 浦 正 樹裁判官小 口 五 大裁判官吉 野 弘 子(別紙被告製品目録省略)(別紙被告ホームページ、SNS目録省略)
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