ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和5(ワ)70607 民事訴訟 特許権
| 裁判所 | 請求棄却 東京地方裁判所東京地方裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和6年10月22日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告コデン株式会社 被告株式会社ハイドロシステム開発 |
| 法令 |
特許権 |
| キーワード | 侵害16回 特許権10回 実施8回 無効7回 進歩性3回 損害賠償3回 無効審判2回 |
| 主文 | 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 1 の発明を「本件発明」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。) 5500 万円の損害の一部請求として 1000 万円の損害賠償及びこれに対する不法5 1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣 2 争点 3 争点に関する当事者の主張 44V とされているが、これはあくまでも標準設定されている値に過ぎず、 49V は電圧が約 14%低下した状態を意味するところ、電圧が 14%程度低 11%未満となった場合に、自動回帰システムが作動するように設定されて 5 発明は、電源補給を効率的に行い長時間の探査を可能とすることを目的 2002 年(平成 14 年)12 月 10 日までに一般公開された論文「FIELDING5 5 発明’は、電源の残量が少なくなる所定の時間を記憶する記憶手段を備え 5 発明’の構成 j’を維持することができず、「前記初期位置に自動回帰させ 1 争点 1-1(構成要件 D の充足性)について20 1 送受信アンテナと、前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、前記電源 15 は、上記各構成の他に、GPS アンテナ 16、記憶装置 17 および観測機 18 2 争点 1-4(構成要件 J の充足性)について 3)により、原告に対し、本件特許の出願に対する拒絶理由を通知した。その 49V に設定されている場合には、満充電圧から約 14%電圧が低下した状態 4.1V 程度から 14%低下して電圧 3.53V 程度まで低下したときには、充電状態 3 争点 1-5(均等侵害の成否)について5 4 まとめ |
| 事件の概要 |
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令和 6 年 10 月 22 日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和 5 年(ワ)第 70607 号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和 6 年 8 月 5 日
判 決
原 告 コ デ ン 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 三 縄 隆
同訴訟復代理人弁護士 青 木 悠 夏
被 告 株式会社ハイドロシステム開発
同訴訟代理人弁護士 森 直 也
同 知 花 鷹 一 朗
同 井 﨑 康 孝
同 菱 田 優
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、1000 万円及びこれに対する令和 5 年 6 月 28 日から支払済みまで年 3%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、発明の名称を「遠隔操縦無人ボート」とする発明に関する特許(特許第 3939710 号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許請求の範囲請求項
1 の発明を「本件発明」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた原告が、別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」という。)は本件発明の技術的範囲に属することから、被告による被告製品の製造、販売等は本件特許権の侵害に当たると主張して、被告に対し、不法行為に基づき、総額
5 5500 万円の損害の一部請求として 1000 万円の損害賠償及びこれに対する不法行為後の日である令和 5 年 6 月 28 日から支払済みまで民法所定の年 3%の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記しない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる。なお、書証の番号は特に断らない限り枝番号を含む(以下同じ。。))
(1) 当事者ア 原告は、人用医療機器、調査用無人ボート、動物用医療機器等の開発、製造、販売等を業とする株式会社である。(甲 3、弁論の全趣旨)イ 被告は、水中計測機器、プラットフォームの輸入販売、システム開発、フィールドカスタマーサービス等を業とする株式会社であり、自律航行型ラジコンボートの製造及び販売を業として行っている。
(2) 本件特許権及び本件発明原告は、次の特許権(本件特許権)を有していたが、本件特許権の存続期間は既に満了している(以下、本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。また、「/」は改行部分を示す(以下同じ。。。))特許番号 特許第 3939710 号発明の名称 遠隔操縦無人ボート出願日 平成 16 年 6 月 4 日登録日 平成 19 年 4 月 6 日特許請求の範囲(請求項 1)「遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、/人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、/前記 GPS アンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、/初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、/推進動力を発生する推進動力源と、/進行方向を自在に変
5 更する操舵装置と、/前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第 1 送受信アンテナと、/前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、/前記電源の残量を検出する残量検出装置と、/前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第 1 制御装置と、/を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。」
(3) 本件発明の構成要件の分説A 遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、B 人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、C 前記 GPS アンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、D 初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、E 推進動力を発生する推進動力源と、F 進行方向を自在に変更する操舵装置と、G 前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第 1 送受信アンテナと、H 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、I 前記電源の残量を検出する残量検出装置と、J 前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第 1
5 制御装置と、K を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。
(4) 被告の行為等ア 被告製品の販売等被告は、被告製品の販売及び販売の申出をしている。イ 被告製品の構成被告製品の構成に係る原告の主張は、 「被告製品の構成別紙 (原告の主張)」記載のとおりであるところ、被告製品が構成 a~e、g、h 及び k を備えることは、当事者間に争いがない。また、被告製品の構成 a~c、 g、 及び k が本件発明の構成要件 A~C、e、 hE、G、H 及び K を充足することは、当事者間に争いがない。
2 争点
(1) 被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(争点 1)ア 構成要件 D の充足性(争点 1-1)イ 構成要件 F の充足性(争点 1-2)ウ 構成要件 I の充足性(争点 1-3)エ 構成要件 J の充足性(争点 1-4)オ 均等侵害の成否(争点 1-5)
(2) 無効理由の有無(争点 2)ア 無効理由 1乙 5 発明を主引例とする進歩性欠如(争点 2-1)イ 無効理由 2サポート要件違反(争点 2-2)
(3) 原告の損害(争点 3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点 1-1(構成要件 D の充足性)
5 (原告の主張)ア (構成要件 D)とは、以下の理由から、本件発明における「初期位置」 「最初に設定して記憶された位置」という意味に理解すべきであり、被告が主張するような「ボートが通過したルート上の『運転開始時の位置』 等に限定し」て解釈すべきではない。(ア) 本件発明の特許請求の範囲の記載からは、「初期位置」について、「最初に設定して記憶された位置」といった程度の意味しか読み取れない。(イ) 本件明細書には、明確に「初期位置としては、いかなる場所も設定できる」と記載されており(【0029】、記憶装置が、初期位置として設定され)た位置を記憶することも記載されていることに鑑みると、本件明細書を参酌したとしても、「初期位置」とは、「最初に設定して記憶された位置」という意味と理解される。(ウ) 本件発明は、ボートが「初期位置」に戻るので人がボートを捜索する必要はないという作用効果を奏する発明であるところ、「初期位置」 「最初がに設定して記憶された位置」であれば、十分にこの作用効果を奏する。イ 被告製品において、ホームポジションは最初に設定して記憶された位置であり、「初期位置」に該当するから、被告製品は、本件発明の構成要件 D を充足する。(被告の主張)本件明細書によれば、「初期位置」とは、「ボートの運転開始時の位置」と説明されている(【0029】。また、作業者が遠隔操縦装置のボタンを押下するこ)とによってボートの現在位置を初期位置として記憶すること(【0050】)から、ここにいう「初期位置」とは、ボートが通過したルート上の「運転開始時の位置」を意味する。これに対し、被告製品においては、ユーザーが事前に GoBack ルート(以下「GB ルート」という。)を設定する際にホームポジション(帰着地点)を任意
5 に設定できるため、ボートが通過したルート上の「初期位置」を記憶する必要がなく、「初期位置」という概念そのものを採用していない。したがって、被告製品は、「初期位置」を記憶する「初期位置」記憶手段を備えておらず、構成要件 D を充足しない。
(2) 争点 1-2(構成要件 F の充足性)(原告の主張)「操舵」「かじ」及び「かく」の辞書的意味を参照すると、、 「操舵」とは、水をおしのけて船を進めるのに用いる道具を操って船の進路を保ち、又は方向を変えること、を意味すると理解される。また、本件明細書には「操舵」について詳しく説明した箇所はなく、本件発明の作用効果からしても、「操舵」の意義を上記のとおり解釈することに問題はない。他方、被告製品のスラスターはスクリューであり、これを操作してボートの航行を制御している以上、被告製品は、水をおしのけて船を進めるのに用いる道具を操って船の進路を保ち、又は方向を変える装置を備えているといえる。そうすると、被告製品のスラスターは、 (構成要件 F)「操舵装置」 に該当する。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件 F を充足する。(被告の主張)ア 以下の理由から、本件発明における「操舵装置」の「舵」とは、船尾等について船の針路を定める板状の船具を意味するものと解される。(ア) 本件明細書には、上記の意味における舵が図示されている(図 2)。また、同図において「スクリュー」を「舵」や「操舵装置」に含めず「推進動力源」と定義して図示していることから、本件発明において、スクリュープロペラは、「舵」や「操舵装置」と区別されている。(イ) 原告の主張する「水をかいて船を進めるのに用いる道具」とは、 櫂、櫓、打櫂といった人力で漕ぐための漕ぎ棒を意味するものでしかなく、スクリュープロペラといった推進器を含意しない。実際、被告製品のように、2
5 機のスラスターで進行方向を制御する船は「舵なし船」と呼ばれ、「舵」なしで向きを制御する方法として一般に知られている。イ 被告製品は、2 機のスラスターにより進行方向を変更する仕組みを採用しており、これは、「舵」又は「操舵装置」に該当しない。したがって、被告製品は、構成要件 F を充足しない。
(3) 争点 1-3(構成要件 I の充足性)(原告の主張)(構成要件 I)とは、電源の残量を直接検出するこ「電源の残量を検出する」とのみを指すのではなく、電源の残量を推定できる何らかの値を検出し、それをもとに電源の残量を推定することも含む。被告が自ら主張するように、被告製品において電圧を検出するのは、電源の残量を推定するためである。すなわち、被告製品の電圧検出回路は、電源の残量を推定できる電圧の値を検出し、それをもとに電源の残量を推定しているのであるから、「電源の残量を検出する残量検出装置」に該当する。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件 I を充足する。(被告の主張)「電源の残量」とは電力量の残量を意味するから、構成要件 I は、電力量の残量を検出する装置を備えることを要素としている。これに対し、被告製品は、電源の「電圧」を検出する回路(装置)を備えるのみで、電力量の残量を検出する装置を備えていないから、構成要件 I を充足しない。
(4) 争点 1-4(構成要件 J の充足性)(原告の主張)ア 自動回帰のための動作制御の条件本件発明の構成要件 J には、「前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」(以下「自動回帰発動条件①」という。 に) 「前記初期位置に自動回帰させるため、
5 前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ことと、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(以下「自動回帰発動条件②」という。)に、同様の動作を制御することの 2 つが規定されている。このうちどちらかを充足すれば、構成要件 J を充足することとなる。イ 自動回帰発動条件①について(ア) 被告製品は、自動航行の航行プランが終了した場合、GB ルートを通って、ホームポジションに行く。GB ルートはユーザーが任意に設定するルートであり、これを設定しない場合、被告製品は、自動航行の航行プランが終了すると、ホームポジションまで直線で移動する。ここで、被告製品は、自動航行ルートを航行する途中で遠隔操縦装置であるラジコン送信機(以下「プロポ」という。)による操作に切り替えて航行している最中に、プロポからの信号が途切れた場合、被告の説明によれば自動航行ルートに戻るが、自動航行ルートに戻ったとしても、自動航行が終了すれば GB ルートを通ってホームポジションに戻る。そうすると、被告製品は、プロポからの信号が途切れた場合(自動回帰発動条件①)に「初期位置」に自動回帰しているといえるから、構成要件 J の前段を充足する。(イ) 被告製品においては、自動航行ルート、GB ルート及びホームポジションを設定している場合、自動航行ルートでの航行が終わった後に、プロポを操作して追加の航行をすることも可能である。この状態で、プロポによる操縦中にプロポからの信号が途切れると、被告製品は、GB ルートを通ってホームポジションに戻る。したがって、被告製品は、構成要件 J の前段を充足する。また、被告製品において、自動航行ルート、GB ルート及びホームポジションを設定した後に自動航行ルートに関する設定を削除すれば、GB ル
5 ート及びホームポジションのみを設定しているのと変わりがない状態となる。この状態でプロポによる操縦中にプロポからの信号が途切れると、被告製品は、GB ルートを通ってホームポジションに戻るので、構成要件J の前段を充足する。(ウ) 被告製品では、ホームポジションのみを設定し自動航行が行われていない状態でプロポによる操縦をすることもできる。この場合、プロポによる操縦中にプロポからの信号が途切れると、被告製品は、ホームポジションまで直線で移動するので、構成要件 J の前段を充足する。ウ 自動回帰発動条件②について(ア) 被告製品においては、自動回帰システムが作動する際の電圧の値を「下限電圧」として設定することができる。この下限電圧のデフォルト値は44V とされているが、これはあくまでも標準設定されている値に過ぎず、ユーザーは、この値を自由に変更することができる。電力量換算が 50%となる電圧は理論的に必ず存在していることから、被告製品では、当該電圧を下限電圧として設定することも可能である。そうすると、被告製品では、電力量換算が 50%となるように下限電圧を適切に設定すること可能であり、そのような設定をした場合、電源の残量が半分以下となったと判断されたときに、自動回帰システムが作動することとなる。したがって、被告製品は、構成要件 J の後段を充足する。(イ) 被告製品において設定可能な下限電圧の最大値が 49V であるとする被告の主張を前提にした場合であっても、以下のように、リチウムイオン電池が劣化することを考慮すれば、被告製品は構成要件 J の後段を充足する。すなわち、被告製品の新品時の放電電圧は 57V であるから、下限電圧49V は電圧が約 14%低下した状態を意味するところ、電圧が 14%程度低下した状態は、新品のリチウムイオン電池では電力量換算で 30%程度の状態を意味するが、充電容量が 80%まで劣化したリチウムイオン電池では、
5 電力量換算で 60%程度の状態を意味する。したがって、下限電圧 49V は、充電容量が 80%程度まで劣化した電池、又は、そこまでではなくてもある程度劣化した電池においては、電力量換算で 50%程度になる値である。(被告の主張)ア 被告製品は自動回帰発動条件①の場合に自動回帰システムが作動するものではないこと(ア) 被告製品が自動航行ルートを航行する途中にプロポによる操作に切り替えて操作した後、プロポからの信号が途切れた場合、被告製品は、予め設定されたルート上に戻り自動航行を再開する。この場合、プロポからの信号が途切れたことを契機として「初期位置」へ向けた進路を取るものではなく、予め設定されたルートの自動航行が終了した時点で、その終了を契機としてホームポジションへ移動するに過ぎない。すなわち、被告製品は、プロポによる信号が途切れたことを契機として「自動回帰」するものではない。このように、被告製品は、「遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」に「初期位置に自動回帰させる」とする本件発明とはその技術的思想を異にするものであり、構成要件 J のうち、自動回帰発動条件①の場合の動作制御に関する構成を備えていない。(イ) 被告製品につき、自動航行を終了した後にプロポを操作して追加の航行をさせることは可能である。しかし、被告製品は、プロポの信号が途切れてもホームポジションに戻る機能を有していない。そのため、自動航行ルートの航行が終了し、GB ルートをたどってホームポジションにたどり着いた後に、プロポで操作している際にその信号が途切れた場合、被告製品は無制御の状態となり、漂流する。イ 被告製品は自動回帰の際に必ずしも「初期位置」に戻るものではないこと自動航行型のボートである被告製品において、自動回帰先となるホームポジションは、被告製品の回収位置として設定される任意の地点であって、基
5 本的には、これまでに通ってきた航行ルートを後戻りして運転開始時の位置に戻ることは想定されていない。ホームポジションは、「初期位置」(ボートが通過したルート上の運転開始時の位置)とは必ずしも同一の地点ではないから、被告製品は、「初期位置」に自動回帰するという構成を備えていない。ウ 自動回帰発動条件②の場合も自動回帰しないこと(ア) 被告製品において下限電圧が計測された際に自動回帰するシステムを実装したのは、制御不能による紛失を防止するためではなく、その搭載するバッテリーに蓄電された電力を最大限使い切った状態でバッテリー交換をすることによって現場作業の効率化を図るためである。そのため、航行ルート設定に際しては GB ルートとしてホームポジションまでの最短距離を設定することを求めており、下限電圧については、その最短距離を航行できる程度の電力量のみ確保できるように設定している。(イ) 被告製品は、バッテリーが新品時の標準設定値として、電圧が約 23%低下(初期値 57V に対して下限値 44V)した場合、電力量に換算すれば約11%未満となった場合に、自動回帰システムが作動するように設定されている。被告製品において下限電圧の設定を変更することは可能であるが、通常の使用で設定の変更が可能な上限は 49V までであり、動作テストのために特殊な方法を用いて更に 50V までは設定できるが、電力量に換算すればバッテリー最大容量の概ね 20 数%程度になることを想定している。現に、被告による被告製品の検証では、電圧が 57V から 49V まで 14%低下した状態における電力残量は 20%台となった。さらに、被告は、被告製品を使用する顧客に対し、下限電圧の設定を 46Vより上の値には絶対にしないように説明している。(ウ) リチウムイオン電池が充放電を繰り返すことで劣化するとしても、充電容量が 80%に低下するまで劣化するには、少なくとも 3000 回以上の充放
5 電のサイクルを繰り返す必要がある。被告製品の通常の使用として想定される限りにおいては、そのバッテリーの充電容量が 80%まで劣化することはない。(エ) 以上より、被告製品においては、下限電圧を 49V と設定した場合でも、電力量に換算して 50%程度で自動回帰することはない。したがって、被告製品は、構成要件 J のうち、自動回帰発動条件②の場合の動作制御に関する構成を備えていない。
(5) 争点 1-5(均等侵害の成否)(原告の主張)ア 仮に、 (構成要件 F)について、狭義の意味における舵(推進「操舵装置」力の下流側に設置された板状の部材を備えた装置)であると解し、被告製品のスラスターが「操舵装置」に該当しないとされたとしても、以下の理由から、被告製品につき、本件発明の均等侵害が成立する。(ア) 本件発明の解決すべき課題及び作用効果に照らすと、本件発明の特許請求の範囲の記載のうち従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は構成要件 J の部分であり、「操舵装置」によって船の進行方向を決定するか、舵を用いずに船の進行方向を決定するかの相違は、本件発明の本質的部分の相違ではない。(イ) 被告製品は、舵を用いずに船の進行方向を決定するものであるとしても、本件発明の作用効果を享受し、本件発明の目的を達することができる。(ウ) 舵を用いない船が被告製品の製造等の時点において知られている以上、舵を用いずに船の進行方向を決定する構成を採用することは、被告製品の製造等の時点において、当業者にとって容易に想到できる。(エ) 被告製品は、本件特許出願時、公知技術と同一又は当業者が容易に推考できたものではない。(オ) 被告製品が、本件特許の審査の過程において意識的に除外されたものに
5 当たるなどの特段の事情はない。イ 仮に、被告製品が、電源の残量に着目した自動回帰のための動作制御の条件につき、自動回帰発動条件②ではなく、「電源の残量が半分ではない所定量以下になったと判断された場合」という構成を備えるものであったとしても、以下の理由から、当該構成は本件発明の構成要件 J の均等の範囲に属するといえ、被告製品につき、本件発明の均等侵害が成立する。(ア) 本件発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、「電源の残量」に着目して、所定条件の場合に「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」という部分である。したがって、その条件を電源の残量が半分以下となった場合とするか、他の所定量以下となった場合とするかの相違は、特許請求の範囲の文言とは無関係な部分での相違に過ぎず、本件発明の本質的部分の相違ではない。(イ) 本件発明は、構成要件 J の後段との関係で、駆動電力が供給され難くなると自動的にボートは初期位置に戻るので、帰還する電源が残っていないという不都合が生じることがなく、人がボートを捜索する必要はないという作用効果を奏するものである。被告製品のように、電源の残量に関して半分でない所定量以下とする条件を採用したとしても、上記作用効果を奏することに変わりはなく、本件発明の目的を達することができる。(ウ) 電源の残量に関する条件の設定は、当業者が具体的技術の適用において適宜設計すべき事項であって、半分でない所定量以下とする条件を採用することは、当業者が容易に想到することができる。(エ) 被告製品は、本件特許出願時、公知技術と同一又は当業者が容易に推考できたものではない。(オ) 被告製品が、本件特許の審査の過程において意識的に除外されたものに
5 当たるなどの特段の事情はない。原告は、本件特許の審査の経過において、自動回帰を開始する電源の残量につき「半分以下」とする補正をしたが、それ以外の数値を除外することが客観的に明らかになるような外観はなく、「半分以下」以外のものを意識的に除外したとはいえない。(被告の主張)以下のとおり、本件発明の構成要件 J の定める自動回帰システムの作動条件に関し、被告製品は、均等侵害の第 1 要件、第 2 要件及び第 5 要件を充たさないから、本件発明の均等の範囲に属さない。ア 本件発明は、遠隔操縦型の無人ボートが、遠隔操縦装置の電波が届かない場所まで流されるなどして同装置からの信号を受信できなくなった場合や帰還するだけの電源が残っていない場合に、当該ボートの捜索や紛失を防ぐことを課題とする。そうである以上、単に自動回帰システムを有するというだけではなく、システムの作動条件も含めなければ、本件発明は、当該課題の解決手段としての実質的価値を有しない。したがって、本件発明の本質的部分にはその点も含まれるというべきである。本件発明は、障害物との衝突を避けて初期位置に戻ることによってボートの紛失を防止するという効果を得るために、これまで通ってきた経路を回帰するという方法を採用した。このため、本件発明においては、電源の残量が半分以上あることを条件にすることが必須となり、あえて「電源の残量が半分以下」と数値を限定したのである。したがって、この数値の限定も本件発明の特徴的部分であって、その本質的部分に含まれる。そうすると、被告製品は、電源を半分以上確保することを要しない点で、本件発明とはその本質的部分において異なるものであり、均等侵害の第 1 要件を充たさない。イ 本件発明は、遠隔操縦無人ボートの紛失を防止するとの目的のもと、電源量を半分以上確保した状態で自動回帰システムを作動させ、自動操縦により、
5 これまでに通ってきた経路をたどり障害物との衝突を避けて初期位置まで航行させるとの作用効果を奏するものである。これに対し、被告製品は、ここまで通って来た経路をたどらずにユーザーが任意に設定した帰着地点であるホームポジションへ自動航行するものであり、ホームポジションへは安全でできる限り最短経路を航行する。この点において、被告製品は、本件発明と同一の作用効果を奏するものではなく、その目的も達し得ないため、均等侵害の第 2 要件を充たさない。ウ 原告は、本件特許の出願に対する審査の経過において、自動回帰の条件に関する請求項 1 の文言を「所定の条件」から「電源の残量が半分以下」などと数値を限定して補正することにより拒絶理由を回避して特許査定を受けた。このような経緯及び数値を限定した趣旨から、原告は、拒絶理由を解消するため、その他の数値については意識的に除外したといえる。これに対し、被告製品は、電圧が 44V ないし 46V を下回った場合に自動回帰するシステムを採用しているが、これを電力量に換算すると概ね 11%ないし 20%程度である。このような被告製品の構成は、本件発明の審査経過において意識的に除外された範囲に属するものであるため、被告製品は、均等侵害の第 5 要件を充たさない。
(6) 争点 2-1(乙 5 発明を主引例とする進歩性欠如)(被告の主張)ア 乙 5 発明特許第 2898050 号公報(公開日平成 3 年 11 月 27 日。乙 5。以下「乙 5文献」という。)に記載された発明(以下「乙 5 発明」という。)は、概略、無索式(コードレス)無人潜水艇と、同潜水艇を複数格納し得る格納容器と同潜水艦を充電又は電源を交換する装置とを備えた水中ステーション、及び同潜水艇を誘導する複数のトランスポンダーからなる水中探査システムであり、母船から探査域周辺に誘導用のトランスポンダーを適度の間隔で複数
5 投下し、潜水艇を複数格納した水中ステーションを海中に投下した後、同ステーションに格納された複数の潜水艇が出船して探査等を行い、潜水艇が、水中での作業中に電源のパワーが残り少なくなると、水中ステーションの近くに自動誘導され、同ステーションの格納容器の中に格納され、充電又は電源交換が行われる、というものである。イ 本件発明と乙 5 発明との相違点(ア) 相違点 1本件発明においては、ボートの紛失防止を目的としているのに対し、乙
5 発明は、電源補給を効率的に行い長時間の探査を可能とすることを目的としている点。(イ) 相違点 2 及び 3本件発明においては、電源の残量が半分以下である場合に加え、遠隔操縦装置からの信号を受信しなかった場合にも初期位置に自動回帰するのに対し、乙 5 発明においては、これに関する記載が存在しない点(電源残量の場合につき「相違点 2」 信号を受信しなかった場合につき、 「相違点 3」という。。)ウ 容易想到性(ア) 特開 2004-166968 号公報(乙 6。以下「乙 6 文献」という。)には、自立走行又はリモートコントロールにより走行しながら集塵する自走式掃除ロボットに係る発明が記載されているところ、 6 文献記載のロボット乙は、集塵用ブラシローラ駆動用のモータ及び走行用車輪駆動用モータに電力を供給するための電池を備え、同電池の電圧が所定電圧以下になると自走モードのスタート地点に戻り停止する機能を有していること、及びその目的が電池の電力がなくなり自走式掃除ロボットが隠れた場所で停止して行方不明になることを防止できるためであることが記載されている。(イ) アメリカ航空宇宙局のエイムズ研究センターの会議にて発表され、
5 2002 年(平成 14 年)12 月 10 日までに一般公開された論文「FIELDINGAN AMPHIBIOUS UAV: DEVELOPMENT, RESULTS, AND LESSONSLEARNED」(「水陸両用 UAV の飛行:開発、結果、得られた知見」 乙 7。。以下「乙 7 文献」という。)には、UAV(いわゆるドローン)に関し、「リターントゥホーム機能は、陸上から送信される信号が失われた場合に UAVが事前にプログラムされた位置に確実に戻るように開発及びテストされました。」との記載があり、遠隔操縦装置からの信号が失われた場合に自動回帰する技術が公開されている。(ウ) 本件特許の出願時において、 5 発明のとおり、乙 電源が残り少なくなった際に自動回帰するという技術は既に存在していた。また、電源残量に着目した自動回帰システムを紛失防止のために転用するという技術的発想は、乙 6 文献において既に存在していた。遠隔操縦装置からの信号が遮断された際に自動回帰するという技術的発想も、 7 文献において既に存在乙していた。さらに、当業者において一般的な安全性・信頼性の検討方法である FTA方式(Fault Tree Analysis:故障樹解析)による検討を行えば、紛失という事故を防止する手段として、電源が少なくなった場合や遠隔操縦装置からの信号が遮断された場合に自動回帰する技術を転用することは、当業者であれば容易に想到できるものであった。加えて、電源の残量が「半分以下」になった場合を自動回帰の条件とすることは、乙 5 発明でいう「電源のパワーが残り少なくなる」ことに当然含まれており、当業者が容易に行い得る設計事項である。したがって、相違点 1~3 に係る本件発明の構成は、乙 5 発明に乙 6 文献及び乙 7 文献の各記載事項を組み合わせることにより当業者が容易に想到し得るものであるから、本件発明には進歩性が欠如している。すなわち、本件特許は、特許法 29 条 2 項に違反してされたものであり、特許無
5 効審判により無効にされるべきものであるから(同法 123 条 1 項 2 号)、原告は、被告に対し、本件特許権を行使できない(同法 104 条の 3 第 1項)。(原告の主張)ア 乙 5 発明’乙 5 文献記載の発明(以下「乙 5 発明’」という。)は、以下のとおりである。a’ 予め設定されたプログラムに基づいて航行する無索式無人潜水艇であって、e’ 推進動力を発生する推進動力源と、f ’ 進行方向を自在に変更する操舵装置と、h’ 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、i’ 前記電源の残量が少なくなる所定の時間を記憶する記憶手段と、j’ 前記記憶手段によって記憶された時間になると、海底に設置された音響トランスポンダー10 との交信によって、水中ステーションまで戻るよう制御する制御手段と、k’ を有することを特徴とする無索式無人潜水艇。イ 本件発明と乙 5 発明’との相違点(ア) 相違点 1’本件発明は、遠隔操縦無人ボートに関する発明であるのに対し、乙 5 発明’は、無索式無人潜水艇に関する発明である点。(イ) 相違点 2’本件発明は、遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第 1 送受信アンテナを備え、遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御されるのに対し、 5 発明’は、乙 予め設定されたプログラムに基づいて航行する点。
5 (ウ) 相違点 3’本件発明は、人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、前記 GPS アンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、を備えるのに対し、 5 発明’は、乙 GPS アンテナを有さず、現在位置も算出しておらず、初期位置を記憶していない点。(エ) 相違点 4’本件発明は、電源の残量を検出する残量検出装置を備えるのに対し、乙
5 発明’は、電源の残量が少なくなる所定の時間を記憶する記憶手段を備えている点。(オ) 相違点 5’本件発明は、前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御するのに対し、 5 発明’は、乙 前記記憶手段によって記憶された時間になると、海底に設置された音響トランスポンダー10 との交信によって、水中ステーションまで戻るよう制御する点。ウ 相違点の非容易想到性(ア) 相違点 1’について被告の提出する証拠には遠隔操縦無人ボートに関する証拠はない。加えて、 5 発明’は、乙 無索式無人潜水艇だからこそ採用された構成を備える発明であり、無索式無人潜水艇以外のものに置き換えることは、当業者が容易に想到できるものではない。また、遠隔操縦無人ボートは水中ステーションに戻ることができず、音
5 響トランスポンダー10 による誘導もできないことから、乙 5 発明’をもとに、無索式無人潜水艇を遠隔操縦無人ボートに置き換えるのであれば、乙
5 発明’の構成 j’を維持することができず、「前記初期位置に自動回帰させ(構成要件 J)との点が新たな相違点となり、本件発明の構成に至るこる」とはない。(イ) 相違点 2’について乙 5 発明’は、予め設定されたプログラムに基づいて航行するものであり、遠隔操縦をすることができないことが前提となっている。このため、乙 5 発明’をもとに遠隔操縦をする技術を適用することは、当業者にとって容易に想到できるものではない。また、仮に、乙 5 発明’をもとに、遠隔操縦をする技術を適用するのであれば、遠隔操縦をして水中ステーションまで戻ればよいことになる。すなわち、 5 発明’の構成 j’の乙 「海底に設置された音響トランスポンダー10 との交信によって、水中ステーションまで戻る」との制御をする必要がなくなるため、 (構成要件 J)「自動回帰させる」 との点が新たな相違点となり、本件発明の構成に至ることはない。(ウ) 相違点 3’について乙 5 発明’は、深海で探査等を行う無索式無人潜水艇に関する発明であるところ、深海では GPS 通信ができないため、当業者は、潜水艇に GPSアンテナを備えようとはしない。したがって、 5 発明’をもとに、乙 GPS アンテナを設け、相違点 3’に係る本件発明の構成を採用することは、当業者が容易に想到できるものではない。(エ) 相違点 4’について乙 5 発明’の無索式無人潜水艇は、小型であるため種々の装置を十分に搭載できないことが前提となっており、極力不要な装置を排除した発明といえる。したがって、時間を基準に電源の残量を推定する方法を採用して
5 いる乙 5 発明’において、敢えて不必要な装置である「電源の残量を検出する残量検出装置」を備えるようにすることは、当業者が容易に想到できるものではない。(オ) 相違点 5’について乙 5 発明’は、海底に設置された音響トランスポンダー10 との交信により水中ステーションまで戻るものであり、初期位置を記憶してそこに移動する、というものではなく、単に音響トランスポンダー10 の誘導に従って移動しているに過ぎない。広範に移動可能な装置において、初期位置を記憶してそこに移動する技術としては、GPS 信号を受信すること、すなわちGPS アンテナを備えることが必須である。しかし、乙 5 発明’において、GPS アンテナを備えることは、当業者は容易に想到できない。したがって、 5 発明’をもとに、乙 初期位置を記憶してそこに移動する技術を適用することは、当業者が容易に想到できるものではない。
(7) 争点 2-2(サポート要件違反)(被告の主張)本件明細書の記載によれば、ボートに①遠隔操縦装置からの信号の受信に関する監視機能と②電源の残量に関する監視機能の双方が備わっていることを前提に、①で信号を受信しなかったと判断された場合にはじめて②の電源残量の判断がされる発明のみが記載されており、①のみを監視して自動回帰する発明や、②のみを監視して自動回帰する発明は開示されていない。これら①のみ又は②のみを監視して自動回帰する発明まで本件発明の特許請求の範囲に含まれるとする原告の主張を前提とすると、本件特許に係る特許請求の範囲記載の発明は、発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を大幅に超えることとなり、サポート要件(特許法 36 条 6 項 1 号)に違反する。したがって、本件特許は、特許法 36 条 6 項 1 号所定の要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、特許無効審判により無効にされるべき
5 ものであるから(同法 123 条 1 項 4 号)、原告は、被告に対し、本件特許権を行使できない。(原告の主張)争う。
(8) 争点 3(原告の損害)(原告の主張)被告は、被告製品の製造、販売等により、現在に至るまで少なくとも 5000万円以上の利益を得ており、これは原告の損害と推定される(特許法 102 条 2項)。また、原告は、被告の行為により本件訴訟の提起を余儀なくされ、訴訟代理人費用として訴訟物の価額の 1 割を下回らない支出が見込まれる。これは、被告の行為と相当因果関係のある損害である。以上から、原告が被った損害は 5500 万円を下回らない。(被告の主張)争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点 1-1(構成要件 D の充足性)について
(1) 本件明細書の記載本件明細書(甲 2)には、次のような記載がある。ア 技術分野本発明は、ボートを遠隔操縦によって自在に動作させることができる遠隔操縦無人ボートに関する。【0001】( )イ 背景技術様々な場面で、自在に遠隔操縦可能な無人ボートが利用されている。(【0002】)たとえば、海、湖、池、川などの水底および水中の状態を調査するには、遠隔操縦可能な無人ボート…が用いられる。…操縦者は、離れた場所からボ
5 ートを操縦し、所望の場所の水底を調査できる…。これにより、有人ボートでは 行くことのできない、浅瀬や、狭い岸壁内などでも、容易に調査できる。【0003】( )ウ 発明が解決しようとする課題しかし、上記のようなボートを操縦する場合、常に操縦者がボートを制御できるとは限らない。たとえば、次のような場合には、ボートを制御することができなくなってしまう。【0004】( )ボートが波に乗って、リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合、波により船体が激しく揺れて、遠隔操縦装置からの電波を受信するアンテナが岩等に当たり破壊されてしまった場合、ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合である。【0005】( )このような場合、人がボートを捜索しなくてはならない。捜索の結果、結局見つけられずに回収できないという事態が起こりうる。【0006】( )本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、ボートを紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを目的とする。(【0007】)エ 課題を解決するための手段本発明の遠隔操縦無人ボートは、遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、前記 GPS アンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、初期位置を記憶する初期位置記憶手段と、推進動力を発生する推進動力源と、進行方向を自在に変更する操舵装置と、前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第
1 送受信アンテナと、前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、前記電源の残量を検出する残量検出装置と、前記第 1 送受信アンテナにより一定時間
5 以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第 1 制御装置と、を有することを特徴とする。(【0008】)オ 発明の効果本発明の遠隔操縦無人ボートによれば、一定時間以上遠隔操縦装置との間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合に、自動的にボートを初期位置に回帰させることができる。したがって、ボートを紛失してしまうことがない。【0009】( )カ 発明を実施するための最良の形態図 1 に示すように、本発明の遠隔操縦無人ボート、すなわちボート 10 と、遠隔操縦装置 20 とは互いに特定の周波数の電波により無線通信できる。(【0012】)ボート 10 は、遠隔操縦装置 20 から送られる電波によって、水上を自在に進行、旋廻および後退することができる。また、ボート 10 は、後述する所定の条件が満たされると、自動的に初期設定された初期位置まで回帰することができる。【0013】( )(ボート)図 2 はボート 10 の側方から見た部分断面図…である。ボート 10 は、推進動力源 11 と、電源 12 と、操舵装置 13 と、第 1 送受信アンテナ 14 と、第 1 制御装置(制御回路)15 と、GPS アンテナ 16 と、記憶装置 17 と、観測機 18 と、取手 19 とを有する。【0017】( )【図 2】モータ 113 は、電源 12 に接続されており、遠隔操縦装置 20 からの操作信号に基づいて、適宜電力が供給される。【0020】( )
5 電源 12 は、上記モータ 113 以外にも、ボート 10 の各部に電力を供給する。電力の供給は、第 1 制御装置 15 により制御される。電源 12 の残量は、第 1 制御装置 15 に監視されている。【0022】( )第 1 制御装置 15 は、ボート 10 全体を総合的に制御する。第 1 制御装置
15 は、上記各構成の他に、GPS アンテナ 16、記憶装置 17 および観測機 18に接続されている。【0027】( )GPS アンテナ 16 は、複数の人工衛星から発信されている電波を受信するアンテナである。GPS アンテナ 16 が受信した複数の人口衛星からの電波は、第 1 制御装置 15 に送信される。第 1 制御装置 15 は、受信した電波に基づいて演算を行い、ボート 10 の現在位置を特定する。【0028】( )記憶装置 17 は、第 1 制御装置 15 に接続されている。記憶装置 17 は、ボート 10 の初期位置として設定された位置を記憶する。ここで、初期位置は、たとえば、ボート 10 の運転開始時に、GPS アンテナ 16 および第 1 制御装置 15 により特定される位置である。初期位置としては、いかなる場所も設定できる。初期位置は、後述するボート 10 の自動回帰の際に、ボート 10 が帰ってくる位置である。【0029】( )記憶装置 17 は、初期位置のほかにも、GPS アンテナ 16 および第 1 制御
5 装置 15 によりこれまでに現在位置として算出された位置、すなわち、これまでボート 10 が通ってきた経路を随時記憶できる。【0030】( )(作用)図 8 は、ボート 10 の動作の流れを示すフローチャートである。(【0049】)【図 8】ボート 10 は、操作者が水底を調査したい場所まで走行しその場所の水面上に配置される。そして、ボート 10 の記憶装置 17 には、GPS を利用して取得された現在位置が初期位置として記憶される(ステップ S1) ボート 10。は、たとえば、作業者が遠隔操縦装置 20 のボタン 24 を押下して、所定の信号をボート 10 に送信することをトリガーとして、初期位置を記憶する。(【0050】)ボート 10 は、操作者による遠隔操縦装置 20 の操作に従って、観測機 18が起動され、水上を移動しながら水中および水底の観察に用いられる(ステップ S2)。このとき、ボート 10 は、自動的に GPS により取得された現在位
5 置を記憶装置 17 に記憶し、これまで移動してきた経路の情報を作成する(ステップ S3)。同時に、ボート 10 は、現在位置および現在位置の水中および水底の状態を、遠隔操縦装置 20 に送信する(ステップ S4)(。【0051】)遠隔操縦装置 20 にボート 10 の現在位置および水底の状態の情報が受信されると、受け取った旨を示す受領信号が遠隔操縦装置 20 から返信される。ボート 10 は、遠隔操縦装置 20 から受領信号を所定の時間内に受信したかどうかを判断する(ステップ S5)(。【0052】)所定の時間とは、通信に異常が生じていると判断するのに十分な時間、たとえば、1 分である。…ボート 10 は、電波が届かない範囲までボート 10 が移動してしまった場合、第 1 送受信アンテナ 14 が折れてしまった場合、風が強くなったり、雨が降ったり、霧がでて電波の状態が悪くなった場合などに、受領信号を受け取れなくなる。【0053】( )所定時間内に受領信号を受信できない場合(ステップ S5:YES(判決注:「NO」の誤記と考えられる。、ボート 10 は、遠隔操縦装置 20 と通信がで)きなくなったと判断し、自動回帰を開始する(ステップ S6) 自動回帰とは、。ボート 10 が自動操縦で、初期位置に戻ることである。初期位置に戻る際には、ボート 10 は、記憶装置 17 を参照し、ここまで通って来た経路を戻る。これまでの経路を戻ることによって、自動回帰の途中にボート 10 が障害物に衝突することがない。【0054】( )一方、所定時間内に受領信号を受信した場合(ステップ S5:NO(判決注:)、ボート 10 は、電源 12 の残量が所定値以「YES」の誤記と考えられる。)下かどうかを判断する(ステップ S7)。所定値とは、たとえば、電源の最大容量の半分である。【0055】( )電源残量が所定値以下の場合(ステップ S7:YES)、ボート 10 は、上述のステップ S6 と同様の処理により初期位置に自動回帰する。【0056】( )以上のように、本発明のボート 10 では、遠隔操縦装置 20 と通信できなく
5 なった場合に、GPS を利用して初期位置に自動回帰するようにしている。したがって、ボート 10 を遠隔操縦装置 20 により操縦できなくなっても、ボート 10 の回収ができる。したがって、ボート 10 の紛失を防止できる。(【0057】)また、本発明の、ボート 10 では、ボート 10 の電源 12 の残量が所定値以下になった場合にも、初期位置に自動回帰する。したがって、ボート 10 は、途中で電源 12 の残量がなくなることがなく、必ず操作者の下に帰ってくる。(【0058】)また、上記実施形態では、自動回帰の際に、障害物に衝突しないように、通ってきた経路を戻っている。しかし、通ってきた経路を戻らなくてもよい。この場合、ボート 10 に障害物を検知するセンサを設け、自動的に障害物を回避できるようにすることが好ましい。電源 12 の残量が少ない場合にボート 10 を自動回帰させる場合、通ってきた経路を戻るのでは、少なくとも電源 12 の残量が半分以上あることを条件に戻す必要がある。障害物センサを設けることにより、電源 12 の残量が半分以下になって、自動回帰させても操作者の下までボート 10 が戻って来ることができる。【0061】( )
(2) 「初期位置」(構成要件 D)の意義ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、 (構成要件 D)「初期位置」は、「初期位置記憶手段」(以下単に「記憶手段」という。)によって「記憶」される位置であり(構成要件 D)「前記第 1 送受信アンテナにより一定時間、以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、「前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第 1 制御装置」の動作制御により、本件発明のボートを「自動回帰させる」先となる位置である(構成要件 J)。この記載によれば、「初期位置」とは、記憶手段によって記憶される位置で
5 あり、かつ、自動回帰発動条件①又は同②の少なくともいずれか一方の判断が行われた場合、第 1 制御装置の動作制御により、本件発明の遠隔操縦無人ボートが自動回帰させられる先となる位置であることが理解される。もっとも、そのような「初期位置」 例えばボートの運転開始時の位置のように、が、記憶手段により記憶される時点におけるボートの現在位置もしくはその時点までにボートが通過した過去のルート上の位置でなければならないか、又は、自動回帰が行われる場合の回帰先として設定され、記憶手段に記憶された任意の位置を意味するものかは、必ずしも明らかではない。「初期位置」の「初期」についても、第 1 制御装置による動作制御が「前記現在位置および前記初期位置に基づいて」行われることに鑑みると、遅くとも「前記現在位置」の特定以前の時期を示すことはうかがわれるものの、より具体的に何の「初期」を意味するものかは特定されていない。イ そこで、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明の解決しようとする課題は、遠隔操縦無人ボートにおいて、遠隔操縦装置によりボートを制御することができなくなった場合においても、ボートを紛失することなく、必ず回収できるようにすることであり(【0004】~【0007】、本件発明は、そのよ)うな課題の解決手段として、自動回帰発動条件①及び②の少なくともいずれか一方を満たせば、遠隔操縦無人ボートを「初期位置」に自動回帰させる動作制御を行う第 1 制御装置を備える構成を採用したものである(【0008】、【0009】【0013】【0052】~【0058】。本件明細書記載のこのような解決、 、 )すべき課題、課題解決手段及び作用効果等によれば、本件発明における「初期位置」は、その位置に赴くことでボートの操作者等がボートを回収することができる位置であれば十分といえる。すなわち、「初期位置」は、ボートを自動回帰させる回帰先として設定され、記憶手段により記憶された位置であれば足りるのであって、記憶手段により記憶される時点におけるボートの現在位置又はその時点までにボートが通過した過去のルート上の位置でなけ
5 ればならないなどと限定的に解すべき必要性はない。このことは、本件明細書において、「初期位置」につき、「初期位置としては、いかなる場所も設定できる。初期位置は、後述するボート 10 の自動回帰の際に、ボート 10 が帰ってくる位置である。(」【0029】)とされていることとも整合的である。本件「初期位置は、たとえば、ボート 10 の運転開始時に、GPS アン明細書には、テナ 16 および第 1 制御装置 15 により特定される位置である。(」【0029】)や「ボート 10 の記憶装置 17 には、GPS を利用して取得された現在位置が初期位置として記憶される」【0050】( )といった記載もあるが、前者は「たとえば」とあるとおり、また、後者も本件発明の実施例の説明において挙げられているものであって、いずれも例示にとどまり、「初期位置」の意義について限定的に解釈すべき根拠とはならない。ウ 小括以上によれば、 (構成要件 D)とは、ボートを自動回帰させる「初期位置」回帰先として設定され、記憶手段により記憶された位置を意味するものと解するのが相当である。この点に関する被告の主張は採用できない。
(3) 被告製品証拠(甲 5~7、乙 1)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品について、次の事実が認められる。ア 被告製品は、水中三次元測量等の用途に用いられるマルチビームソナー登載自動航行型ラジコンボートであり、予め定められたルートに沿って自動航行する機能及びプロポ操作により遠隔操縦をする機能の両者を備えている。イ 被告製品が自動的に航行するルートとしては、自動航行ルート及び GB ルートがある。自動航行ルートは、事前に作成された測線に沿った移動等、その用途に応じた航行をさせるために設定するルートである。GB ルートは、自動航行における回帰先(帰着地点)となるホームポジションを設定することを前提に、ホームポジションへ移動するために設定されるルートである。
5 使用者は、任意の地点をホームポジションとして設定することができる。ウ 自動航行ルート、GB ルート及びホームポジションの設定は、被告の提供するソフトウェア「AINavigator」(以下「本件ソフト」という。)を通じて、被告製品に搭載された航行制御ユニットにデータを送信することにより行われる。本件ソフトは、自動航行ルート、GB ルート及びホームポジションの全てを設定しなければ航行プランのデータ送信をすることができないようにプログラムされている。自動航行は、これらの設定後、航行開始のコマンドを送信することにより開始される。
(4) 検討上記各認定事実によれば、被告製品における「ホームポジション」は、自動航行における回帰先として使用者が設定する任意の地点であり、被告製品は、ホームポジションの設定を含む航行プランのデータ送信を受けた際にこれを記憶しているものといえる。したがって、被告製品における「ホームポジション」 「ボートを自動回帰させる回帰先として設定され、は、 記憶手段により記憶された位置」といえ、本件発明の「初期位置」(構成要件 D)に当たる。したがって、被告製品は、本件発明の構成要件 D を充足する。
2 争点 1-4(構成要件 J の充足性)について
(1) 本件特許の出願経過証拠(甲 2、乙 2~4)によれば、本件特許の出願経過について、次の事実が認められる。ア 本件特許の出願当初の特許請求の範囲請求項 1 の発明(以下「補正前請求項 1 発明」という。)は、次のとおりである。「推進動力を発生する推進動力源と、/進行方向を自在に変更する操舵装置と、/遠隔操縦装置から無線送信された信号を受信する第 1 送受信アンテナと、/前記第 1 送受信アンテナに受信された前記信号に基づいて、前記推進動力源および前記操舵装置を制御する第 1 制御装置と、/設定され
5 た初期位置を記憶する記憶装置と、/人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、/を有し、/前記第 1 制御装置は、/前記 GPSアンテナにより受信された電波に基づいて、現在位置を算出し、/所定の条件が満たされると、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、該初期位置に回帰するように、前記推進動力源および前記操舵装置の自動制御を開始する遠隔操縦無人ボート。」これによれば、補正前請求項 1 発明における「第 1 制御装置」に関する構成は、次のとおりのものといえる。すなわち、補正前請求項 1 発明の遠隔操縦無人ボートの「第 1 制御装置」は、「前記第 1 送受信アンテナに受信された前記信号に基づいて、前記推進動力源および前記操舵装置を制御する」も「前記 GPS アンテナにより受信された電波に基づいて、現在位置のであり、を算出し、所定の条件が満たされると、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、該初期位置に回帰するように、前記推進動力源および前記操舵装置の自動制御を開始する」ものである。イ 本件特許の出願当初の特許請求の範囲請求項 6 の発明(以下「補正前請求項 6 発明」という。)は、次のとおりである。「電力の供給を行う電源と、/前記電源の残量を検出する残量検出装置と、/をさらに有し、/前記第 1 制御装置は、前記電源の残量が所定値以下になった場合に、前記遠隔操縦装置からの信号にかかわらず、前記自動制御を開始する請求項 1 に記載の遠隔操縦無人ボート。」ウ 特許庁審査官は、平成 18 年 5 月 19 日を起案日とする拒絶理由通知書(乙3)により、原告に対し、本件特許の出願に対する拒絶理由を通知した。その拒絶理由には、「請求項 1 に記載された『所定の条件』とは何か、明確でない。また、『所定の条件』とは、実施例に記載されたものに比べて広い概念であり、実施例によって十分支持されていない。 との理由」 (明確性要件違反又はサポート要件違反)及び「請求項 6 に記載された『所定値』とは何か、明
5 確でない。」との理由(明確性要件違反)が含まれる。エ これに対し、原告は、平成 18 年 7 月 10 日に提出した手続補正書において、初期位置への回帰の条件に関する補正前請求項 1 発明に係る記載を、「所定の条件」から、「前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合」に補正すると共に(以下、この補正を「本件補正」という。、同日提出の意見書(乙 4)において、本件補正により、) 「所定の条件」(補正前の請求項 1)及び「所定値」(補正前の請求項 6)については明確にした旨の意見を提出した。オ 本件補正を受け、特許庁審査官は、平成 19 年 3 月 19 日、本件特許について特許査定をした。
(2) 被告製品被告製品については、前記 1(3)の各認定事実に加え、証拠(甲 5~7、乙 1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実がさらに認められる。ア 被告製品は、自動航行中(自動航行ルート又は GB ルートの航行中)である場合と自動航行が行われていない場合のいずれにおいても、プロポによる操縦を行うことができる。自動航行中にプロポからの信号を受信した場合、被告製品は、プロポからの信号を優先し、自動航行を一旦停止して、プロポからの信号に従って挙動する。この場合、プロポから信号を受信しなくなると、被告製品は、自動航行を再開し、設定済みの自動航行ルート又は GB ルートに復帰して航行することになる。イ 被告製品は、バッテリー容量を最大限活用するため、電力が枯渇する寸前まで計測し得るように、スラスターに電力を供給するバッテリーの電圧を監視し、予め設定された下限電圧を下回る電圧値を一定時間連続で検出した場
5 合、現在位置から GB ルートへ最短距離で移動して、 ルート上を航行し、GBGB ルートの終点からホームポジションへは直線で移動する機能を備えている。下限電圧は、被告製品が GB ルート沿いに 2km 程度航行できるために必要な電圧として想定されているところ、本件ソフトは、設定する下限電圧をデフォルトで 44V としている。これについて設定の変更は可能であるものの、通常の方法で設定することが可能な下限電圧の上限は 49V とされている。また、被告製品では、バッテリーが新品であるとき、満充電された状態の電圧(以下「満充電圧」という。)は 57V を示す。したがって、下限電圧が49V に設定されている場合には、満充電圧から約 14%電圧が低下した状態でホームポジションへの自動回帰を開始し、下限電圧が 46V に設定されている場合には、満充電圧から約 23%電圧が低下した状態でホームポジションへの自動回帰を開始することになる。
(3) リチウムイオン電池の電圧と充電容量の関係証拠(後掲のもの)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。「リチウムイオン電池の劣化診断について(詳報)_No.23」と題するコラム(甲 19)には、リチウムイオン電池(ただし、被告製品のバッテリーと同一ではない。)の電圧と充電容量の関係について、新品の電池と容量 80%まで劣化した電池とを比較すると、下図のような関係にあるとするデータが示されている。これによれば、新品のリチウムイオン電池が放電する際、満充電時の電圧4.1V 程度から 14%低下して電圧 3.53V 程度まで低下したときには、充電状態は初期容量に対して 30%強まで低下していることになる。これに対し、80%劣化したリチウムイオン電池では、放電電圧が 3.53V 程度まで低下した際の充電状態は 60%強の状態である。他方、被告が検証したところ、被告製品において、バッテリーの電圧が 57V
5 から 49V まで約 14%低下した状態における電力量の残量は、満充電時の電力量に対して 20%台であった。
(4) 「第 1 制御装置」(構成要件 J)が備えるべき構成ア 「第 1 制御装置」本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、 (構成要件 J)は、自動回帰発動条件①(「前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」、又は、)同② 「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」 のうち、( ) 「少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、本件発明の遠隔操縦無人ボートを、「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ものである(いずれも構成要件 J)。もっとも、この記載によっても、本件発明の「第 1 制御装置」は、自動回帰発動条件①及び②の各場合に自動回帰のための動作制御を行い得る構成をいずれも備えたものである必要があるか、いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りるかについては、必ずしも明らかでない。イ そこで、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明は、「ボートが波に乗っ
5 て、リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合」「波により船体が激しく揺れて、遠隔操縦装置からの電波を受、信するアンテナが岩等に当たり破壊されてしまった場合」及び「ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合」、すなわち、遠隔操縦装置との通信途絶(前 2 者)及び電源残量の不足(後者)という事態を具体例として示しつつ、そのような事態においてもなお紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを解決すべき課題とし(【0004】~【0007】、本件発明の構成を備えることに)よって、「一定時間以上遠隔操縦装置地の間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合」に、「自動的にボートを初期位置に回帰させることができ」「ボートを紛失してしまうことがない」として、この、課題を解決する作用効果が得られるとするものである(【0008】【0009】。、 )ここで、自動回帰発動条件①の場合に初期位置に自動回帰させること及び同②の場合に初期位置に自動回帰させることは、前者が遠隔操縦装置との通信途絶、後者が電源残量の不足という相互に原因の異なる危機的状況への対処を想定したものである。このため、本件発明は、その作用効果を奏するために、いずれの危機的状況にも対処できるようにすることを要するものと理解される。そうすると、本件発明における「第 1 制御装置」(構成要件 J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。本件発明の実施例としてはこのような装置のみが開示され、いずれか一方の機構のみを備えるものが本件発明の技術的範囲に含まれることの明示的な記載も示唆もない。これに加え、このように解することは、本件発明に係るボートが電源の残量を検出する残量検出装置(構成要件 I)を備えることを発明特定事項としていることによっても裏付けられる。仮に、自動回帰発動条件②に
5 係る判断を行い得る機構がなく、同①が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う機構のみを備えた装置も本件発明の技術的範囲に含まれるものと解した場合、本件発明の発明特定事項として電源の残量を検出する残量検出装置を備える構成を採用したことの技術的意義が理解し難いものとなるからである。ウ 小括以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の「第 1 制御装置」(構成要件 J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。これに反する原告の主張は採用できない。
(5) 文言侵害の成否ア 前記各認定事実(前記(2)、(3))によれば、被告製品は、自動航行中にプロポからの信号を受信した場合、自動航行を一旦停止して、プロポからの信号に従って挙動し、プロポから信号を受信しなくなると、自動航行を再開し、設定済みの自動航行ルート又は GB ルートに復帰して航行して、最終的にはホームポジションへ移動することになる点で、本件発明の「第 1 制御装置」(構成要件 J)のうち、自動回帰発動条件①に係る判断を行い得る機構を備えているとみることは可能である。他方、被告製品においては、新品のバッテリーを搭載している状態において、自動航行中にホームポジションへの移動を開始する下限電圧として上限値 49V を設定したとしても、バッテリーの電圧が満充電圧 57V から下限電圧 49V まで低下したときの電力量の残量は、満充電時の電力量に対して 20%台にまで低下していることが認められる。そうすると、被告製品は、バッテリーの電圧を監視することにより間接的に電力量の残量を監視する機能を
5 備えるものといい得るとしても、電力量の残量が満充電時の電力量の半分以下となったことを条件としてホームポジションへの移動を開始させる機能を備えているとはいえない。したがって、被告製品は、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)に、ボートを初期位置に自動回帰させるための動作制御を行うという構成を備えるものではなく、この点において、本件発明の「第 1 制御装置」(構成要件 J)を充足しない。イ これに対し、原告は、充電容量が 80%まで劣化したリチウムイオン電池では、電圧が満充電圧から 14%程度低下した状態は電力量換算で 60%程度の容量がある状態を意味するから、リチウムイオン電池が劣化することを考慮すれば、被告製品は本件発明の自動回帰発動条件②に係る構成要件 J を充足するなどと主張する。しかし、「リチウムイオン電池の劣化挙動調査」に係る調査報告書(乙 11)によれば、充電容量が 80%まで低下した状態は電池寿命といわれるとされている上、その程度にまで低下するのに要する放充電サイクル数は、試験条件(電池の正負極の材質の組合せやサイクル試験運転上のパラメータ)によって異なるものの、比較的劣化速度の速いものであっても 500 サイクル以上を要することがうかがわれる。そうすると、原告の主張は、被告製品のバッテリーの充電容量が 80%程度となるまで劣化したという特異な状態における被告製品の挙動について主張するものに過ぎないというべきであり、これをもって、被告製品の使用頻度等を考慮した通常の使用状態において、被告製品のバッテリーの電力量の残量が満充電時の電力量の半分以下となったことを条件としてホームポジションに自動回帰するような下限電圧の設定をすることが可能であるとはいえない。その他原告が縷々指摘する点を考慮しても、この点に関する原告の主張は採用できない。
5 3 争点 1-5(均等侵害の成否)について原告は、仮に被告製品が本件発明の構成要件 J を充足しないとしても、電源の残量に着目した自動回帰のための動作制御の条件として、電源の残量が半分以下となった場合とするか他の所定量以下となった場合とするかの相違は、本件発明の本質的部分の相違ではなく、本件特許の出願経過において意識的に除外されたものでもないことなどから、被告製品につき本件発明の均等侵害が成立する旨を主張する。しかし、前記認定事実(前記 2(1))によれば、本件特許の出願経過において、特許庁審査官から、拒絶理由として、補正前請求項 1 発明の「所定の条件」につき明確性要件違反及びサポート要件違反を指摘され、また、補正前請求項 6 発明の「所定値」につき明確性要件違反を指摘されたことを受け、原告は、本件補正により、自動回帰のための動作制御の条件につき、本件発明の構成要件 J のとおり補正したものである。原告によれば、本件補正は出願当初の明細書の記載内容の範囲内で行ったものであるところ(乙 4)、本件明細書には、自動回帰発動条件につき、本件発明の実施形態の 1 つとして、「上記実施形態では、自動回帰の際に、障害物に衝突しないように、通ってきた経路を戻っている。しかし、通ってきた経路を戻らなくてもよい。この場合、ボート 10 に障害物を検知するセンサを設け、自動的に障害物を回避できるようにすることが好ましい。電源 12 の残量が少ない場合にボート 10 を自動回帰させる場合、通ってきた経路を戻るのでは、少なくとも電源 12 の残量が半分以上あることを条件に戻す必要がある。障害物センサを設けることにより、電源 12 の残量が半分以下になって、自動回帰させても操作者の下までボート 10 が戻って来ることができる。 との記載があり」(【0061】、他に自動回帰発動条件としての電源の残量の数値に言及する記載は)見当たらない。この点を踏まえると、本件補正は本件明細書【0061】の記載に基づいて行われたものと理解される。そうすると、原告は、本件補正により、電源の残量に着目した自動回帰のため
5 の動作制御の条件につき、ボート 10 が通ってきた経路を戻るケースにも対応し得るものとする趣旨で、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)とする数値限定を行ったものとみるのが相当であり、「半分以下」とするもの以外は特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきである。したがって、本件発明の構成要件 J の文言非充足との関係における均等侵害の主張については、少なくとも均等の第 5 要件を欠き、自動回帰発動条件②に係る「半分以下」の構成を備えない被告製品について、均等侵害が成立するとは認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。
4 まとめ以上のとおり、被告製品は、本件発明の構成要件 J の文言を充足せず、均等侵害が成立するとも認められないから、本件発明の技術的範囲に属さない。したがって、その余の点につき論ずるまでもなく、被告による被告製品の販売等をもって本件特許権の侵害ということはできず、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。
第4 結論
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第 47 部裁判長裁判官杉 浦 正 樹裁判官細 井 直 彰裁判官志 摩 祐 介(別紙)被告製品目録自律航行型ラジコンボート(名称:T-Boat)以 上(別紙)被告製品の構成(原告の主張)a 遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、b 人工衛星から発信されている電波を受信する GPS アンテナと、c 前記 GPS アンテナが受信した電波により現在位置を算出する現在位置算出手段と、d 予め設定された位置を記憶する位置記憶手段と、e 推進動力を発生する推進動力源と、f 進行方向を自在に変更する操舵装置と、g 前記遠隔操縦装置との間で信号を送受信する第 1 送受信アンテナと、h 前記推進動力源に電力の供給を行う電源と、i 前記電源の残量を検出する残量検出装置と、j 前記第 1 送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、予め設定された位置に自動回帰させるため、前記現在位置および予め設定された位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御し、また、前記電源の残量が所定量以下になったと判断された場合に、前記予め設定された位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記予め設定された位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第 1 制御装置と、k を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。以 上
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