ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 令和7(行ケ)10049 審決取消請求事件
| 裁判所 | 請求棄却 知的財産高等裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 令和8年1月27日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 原告フジテック株式会社 被告特許庁長官 |
| 対象物 | マンコンベヤ |
| 法令 |
特許権 特許法29条2項1回 |
| キーワード | 審決45回 進歩性8回 実施3回 |
| 主文 | 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は、原告の負担とする。 |
| 事件の概要 | 1 特許庁における手続の経緯等 ⑴ 原告による出願と拒絶理由通知の発出、意見書及び手続補正書の提出等 原告は、令和6年3月15日、名称を「マンコンベヤ」とする発明につき 特許出願(特願2024-40881号。以下「本願」という。請求項の数 5、 甲3ないし5) をし、 令和6年10月7日付けで拒絶理由通知を受け (甲 6) 、同年11月14日、意見書(甲8)及び手続補正書(甲7)を提出した が、令和6年12月24日付けで拒絶査定(甲9)を受けた。 原告は、令和7年1月24日、上記拒絶査定に対し不服の審判請求(不服 2025-1029号。甲10)をした。 |
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令和8年1月27日判決言渡
令和7年(行ケ)第10049号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和7年11月26日
判 決
原 告 フ ジ テ ッ ク 株 式 会 社
同訴訟代理人弁理士 鶴 亀 史 泰
同 尾 畑 誠 治
同 大 野 佑 輔
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 伊 藤 紀 史
同 中 屋 裕 一 郎
同 石 井 孝 明
同 田 邉 英 治
同 阿 曾 裕 樹
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 特許庁が不服2025-1029号事件について令和7年3月26日にした審決を取り消す。2 訴訟費用は、被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告による出願と拒絶理由通知の発出、意見書及び手続補正書の提出等原告は、令和6年3月15日、名称を「マンコンベヤ」とする発明につき特許出願(特願2024-40881号。以下「本願」という。請求項の数5、甲3ないし5)をし、令和6年10月7日付けで拒絶理由通知を受け(甲6)、同年11月14日、意見書(甲8)及び手続補正書(甲7)を提出したが、令和6年12月24日付けで拒絶査定(甲9)を受けた。原告は、令和7年1月24日、上記拒絶査定に対し不服の審判請求(不服2025-1029号。甲10)をした。
⑵ 審決と原告による本件訴訟提起令和7年3月26日、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。その内容は別紙審決書(写し)のとおりである。)をし、その謄本は同年4月17日、原告に送達された。原告は、令和7年5月15日、本件訴訟を提起した。2 発明の内容本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」といい、その明細書(ただし、令和6年11月14日付け手続補正書による補正後のもの)及び図面(甲4、5、7)を「本願明細書等」という。)は、以下のとおりである。「人を搬送するために走行するステップと、乗り部の第1定位置の人を検出する第1人検出部と、前記乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部と、前記ステップの走行速度を制御する処理装置と、を備え、前記処理装置は、前記第1人検出部及び前記第2人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算し、前記ステップの走行速度が設定速度よりも速いときに前記演算した歩行速度が設定歩行速度以下である場合に、前記ステップの走行速度を設定走行速度以下へする低速制御を実行する、マンコンベア。」3 本件審決の内容
⑴ 本件審決の理由の要点は、本願発明は、引用文献1(特開2017-214180号公報、甲1。以下、その文献を「甲1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づき、相違点1、2に係る構成について、例えば引用文献2(特開2008-273728号公報(発明の名称は「乗客コンベアの制御装置」)、甲2。以下、その文献を「甲2」という。)に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから、特許法29条2項により特許を受けることができない、というものである。
⑵ 本件審決は、上記判断をするに当たり、引用発明の内容、本願発明と引用発明との一致点及び相違点並びに周知技術を、次のとおり認定した。本件審決における引用発明の内容、本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定については当事者間に争いがない。[引用発明の内容]「乗客が乗り、走行する踏段30と、乗降板32に設けられ、マット72の上を歩いた乗客の足跡の面圧分布を検出するマット72と、前記踏段30の走行速度vを制御する制御部50と、を備え、前記制御部50は、前記マット72が検出した足跡の面圧分布と当該足跡の入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出し、前記踏段30の走行速度vが第1基準走行速度v1(25m/分)よりも速い通常速度v0(30m/分)のときに算出した歩行速度wが第1基準歩行速度k1(50m/分)より遅ければ、前記踏段30の走行速度vを通常速度v0から第1基準走行速度v1(25m/分)に下げる制御を実行する、エスカレータ10。」[一致点]「人を搬送するために走行するステップと、乗り部の人を検出する人検出部と、前記ステップの走行速度を制御する処理装置と、を備え、前記処理装置は、前記人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算し、前記ステップの走行速度が設定速度よりも速いときに前記演算した歩行速度が設定歩行速度以下である場合に、前記ステップの走行速度を設定走行速度以下へする低速制御を実行する、マンコンベア。」である点。[相違点]【相違点1】「乗り部の人を検出する人検出部」に関して、本願発明では、「乗り部の
第1定位置の人を検出する第1人検出部と、前記乗り部の第2定位置の人を
検出する第2人検出部と」であるのに対して、引用発明では、「マット72の上を歩いた乗客の足跡の面圧分布を検出するマット72」である点。【相違点2】「前記人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算する」点に関して、本願発明は、「第1人検出部及び前記第2人検出部の検出に基づいて」演算するのに対して、引用発明は「前記マット72が検出した足跡の面圧分布と当該足跡の入力時刻tを用いて」演算する点。[周知技術](本件審決10頁17行目ないし19行目)「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」4 原告の主張する本件審決の取消事由本願発明の容易想到性の判断の誤り。具体的には、引用発明に、本件審決が周知技術と認定した、甲2記載の構成(以下、「甲2構成」という。甲2構成の内容は、上記3⑵の本件審決が認定した周知技術の内容と同一である。)を適用する動機付けの不存在(後記理由1、2)及び甲2構成の周知性の欠如を主張する。
第3 取消事由に対する各当事者の主張
〔
(原告の主張)
〕
1 引用発明に甲2構成を適用する動機付けが当業者に存在しない理由1
⑴ 本願明細書等の段落【0002】ないし【0006】、【0067】及び
【0068】の記載によれば、本願発明は、「歩行速度が遅い人が一人でステップに乗る場合に、ステップの走行速度を適切な速度にすることができるマンコンベヤを提供する」という課題を、「乗り部の第1定位置の人を検出する第1人検出部と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部とを備え、処理装置は、第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて、人の歩行速度を演算し、ステップの走行速度が設定走行速度よりも速いときに演算した歩行速度が設定歩行速度以下である場合に、ステップの走行速度を設定走行速度以下へする低速制御を実行する」という構成を採用することによって解決する発明である。一方、引用発明は、甲1の段落【0002】ないし【0006】の記載によれば、「高齢者などの歩行速度が遅い乗客の場合には、踏段を低速にして、安全性を確保できる乗客コンベアを提供する」という課題を、「乗降口に設けられて且つ上を歩いた乗客の足跡を検出するマット(72)を備え、制御部
(50)は、マット(72)が検出した足跡を用いて、乗客の歩行速度を演
算し、歩行速度が第1基準歩行速度k1より遅いときに、踏段(30)の走行速度を、通常速度v0より遅い第1基準走行速度v1に下げる」という構成を採用することによって解決する発明である。
⑵ 本願発明の課題と引用発明の課題は上記のとおり共通することが明らか
であるが、課題解決手段は上記のとおり、本願発明と引用発明とでは異なっている。
⑶ ところで、引用発明に、甲2構成を適用できた場合には、確かに、本願発
明に到達するかもしれない。しかし、本願発明の課題解決手段と引用発明の課題解決手段とは異なっており、引用発明は、本願発明の課題と共通する引用発明の課題を、本願発明の課題解決手段とは異なる別の引用発明の課題解決手段で既に解決している。そうすると、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の課題解決手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に換えて、甲2構成とする必要はない。したがって、仮に、甲2構成が周知技術であり、且つ、引用発明の事項と甲2構成の事項とが共通の作用・機能を有していたとしても、引用発明に甲2構成を適用する動機付けが、当業者であっても存在しないことは明らかである。この点につき、引用発明に、本願発明の構成を適用する動機付けが、当業者であっても存在しないとの判断がされた裁判例は、知的財産高等裁判所令和3年(行ケ)第10082号事件(甲11)、同平成28年(行ケ)第10103号事件(甲12)、同平成19年(行ケ)第10238号事件(甲13)、同平成18年(行ケ)第10251号(甲14)事件等、多数存在する。
⑷ 本件審決は、引用発明に示された事項と周知技術とは、人の歩行速度に応
じた制御を行うという共通の課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算するという共通の作用・機能を有しており、引用発明において乗客を検出し、乗客の歩行速度を演算するために、様々な既知の手段の中から、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味し、適した手段を採用することは、当業者であれば通常なし得る程度の事項であり、引用発明に周知技術を適用することに動機付けがないとはいえないと判断した。しかし、引用発明の事項と甲2構成との事項とが、共通の作用・機能を有しているというだけでは、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは、認められない。引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明とは異なる別の課題解決手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に換えて、甲2構成とする必要はない。また、「様々な既知の手段の中から、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味し、適した手段を採用する」というだけで、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは、認められない。しかも、甲1及び2には、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味して甲2構成を適用することをうかがわせる記載は見当たらないし、そのような記載を有する証拠も一切挙げられていない。したがって、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは、当業者であっても存在せず、甲1及び2に記載された発明に基づいて当業者が本願発明を容易に想到することができないため、本願発明は進歩性を否定されない。
2 引用発明に甲2構成を適用する動機付けが当業者に存在しない理由2
⑴ 甲1の段落【0028】及び【0044】等の記載によれば、引用発明に
おいては、乗降口の人を検出する構成として「マット72」を採用することにより、複数人の乗客がマット72の同じ場所を同時に踏むことはなく、乗客の歩行速度はマット72の足跡に基づいて判断するため、確実に歩行速度を算出することができる。このように引用発明は「マット」によって「確実に歩行速度を算出することができる」ため、「高齢者などの歩行速度が遅い乗客の場合には、踏段を低速にして、安全性を確保できる乗客コンベアを提供する」(段落【0005】)発明である。このため引用発明は、「乗降口に設けられて且つ上を歩いた乗客の足跡を検出するマット72を備え、制御部50は、マットで検出した足跡から乗客の歩行速度を演算する」という構成によって、「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という技術的意義を備えるものである。なお、甲1の【請求項1】において、乗降口の人を検出する構成として「マット」と特定していることからも、引用発明が、乗降口の人を検出する構成として「マット」を採用することを前提としていることは明らかである。そうすると、引用発明の上記構成を甲2構成に変更した場合には、引用発明の「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という技術的意義が失われてしまうことになる。その一方で、引用発明の上記構成を甲2構成に変更した場合に、何らかの有利な効果がもたらされることをうかがわせる記載は、甲1及び2には一切存在せず、しかも、そのような記載を有する証拠も一切挙げられていない。したがって、引用発明に甲2構成を適用すると、引用発明の技術的意義が失われるだけで、何らかの有利な効果がもたらされるものではないため、仮に甲2構成が周知技術であったとしても、引用発明に、敢えて甲2構成を適用する動機付けが当業者にあるとは認められない。
⑵ 本件審決は、甲1から理解できる引用発明の技術的意義は、「歩行速度が
遅い乗客の場合には、踏段を低速にして、安全性を確保できる乗客コンベアを提供する」ことであり、その技術的意義を実現するに当たり乗客の歩行速度の演算のための具体的な手段として、マット72で検出した足跡から歩行速度を演算する手段を採用しているところ、甲1中に、マット72による歩行速度の演算手段が他の手段より「正確」である旨の記載はないし、乗客の歩行速度の演算手段として、「正確」性に優れたマット72による歩行速度の演算手段を採用しているからこそ、上記の技術的意義が実現できているという旨の記載がある訳でもないと判断した。しかし、甲1の段落【0028】及び【0044】等の記載によれば、引用発明が、「乗降口に設けられて且つ上を歩いた乗客の足跡を検出するマット72を備え、制御部50は、マットで検出した足跡から乗客の歩行速度を演算する」という構成によって、「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という技術的意義を備えていることは明らかであるし、しかも、甲1の【請求項1】等に記載によれば、引用発明が、乗降口の人を検出する構成として「マット」を採用することを前提としていることは、明らかである。したがって、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは、当業者であっても存在しない。
3 甲2構成の周知性の欠如
甲2には、「乗り部(乗込み口1e)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(第1投受光器30a)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(第2投受光器30c)とを備え、処理装置(モータ制御装置50)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」という構成(本件審決が認定した甲2構成に、対応する甲2の記載を当てはめたもの)が開示されている。したがって、甲2構成は、公知技術であることは認められる。しかし、甲2だけの証拠に基づいて、甲2構成が周知技術であるとは到底認められない。なお、万が一、甲2構成が周知技術であったとしても、引用発明に甲2構成を適用する動機付けが当業者であっても存在しないことに、変わりはない。このように、甲1及び2に記載された発明に基づいて当業者が本願発明を容易に想到することができないため、本願発明は、進歩性を否定されるものではない。よって、本件審決の判断の誤りは結論に影響を及ぼすものであるから、本件審決は取り消されるべきである。〔
(被告の主張)
〕
1 本件審決の判断について
⑴ 本願発明の容易想到性が肯定されるためには、主引用発明に、副引用例に
記載された発明又は周知技術を組み合わせることについて、原則として動機付けがなければならないと解されるが、主引用発明に、その課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項を採用することによって本願発明に至る場合は、そのような設計変更や設計的事項の採用は、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないから、それについて特段の動機付けがなくても本願発明の容易想到性が認められるというべきである(知的財産高等裁判所令和4年(行ケ)第10007号同5年1月18日判決参照)。上記の当業者の通常の創作能力の発揮としては、上記に挙げられたその課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項を採用することの他に、その課題を解決するための均等物による置換が挙げられる(乙1)。
⑵ 本件審決の進歩性判断に誤りがないこと
引用発明が解決しようとする課題は、従来は「乗客が有する携帯端末の識別情報を読み取り、その識別情報に対応した乗客が高齢者などの乗客である場合に、踏段を低速にしていた」「ため、このような携帯端末を有さない高齢者などの乗客が乗客コンベアを乗る場合には、踏段が低速にならないという問題点があった」(甲1、段落【0004】)ことに鑑み、「高齢者などの歩行速度が遅い乗客の場合には、踏段を低速にして、安全性を確保できる乗客コンベアを提供することを目的とする」(段落【0005】)ことである。そして、引用発明の課題の解決手段は、具体的には、マット72を設け、そのマット72が検出した足跡の面圧分布と入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出することであるところ、上記引用発明の課題が「携帯端末を有さない高齢者などの乗客が乗客コンベアを乗る場合」の問題への対応であることを踏まえれば、引用発明の課題の解決は、乗客の歩行速度wを算出して踏段の走行を制御することで達成され、この乗客の歩行速度wを算出する具体化手段として、マット72を設け、そのマット72が検出した足跡の面圧分布と入力時刻tを用いているものと理解される。そこで、本件審決は、「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、
第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」
という周知技術を示した上で、人の歩行速度を算出することについて、引用発明における「マット72を設け、そのマット72が検出した足跡の面圧分布と入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出する」という事項と周知技術の「第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算する」という事項とは、人の歩行速度に応じた制御を行うという共通の課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算するという共通の作用・機能を有していることを示すとともに、引用発明における乗客の歩行速度wを算出する手段について、様々な既知の手段の中から適した手段を採用することについて、当業者であれば通常なし得る程度の事項であることを併せて示しているところである。すなわち、本件審決は、引用発明における「マット72を設け、そのマット72が検出した足跡の面圧分布と入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出する」という事項と周知技術の「第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算する」という事項が、前記引用発明の課題を解決する乗客の歩行速度wを算出する手段として均等物たり得ること及び引用発明における乗客の歩行速度wを算出する手段について既知の手段の選択が当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないことを示しているのである。その上で、本件審決は、「引用発明における乗客の歩行速度wを算出する手段として、周知技術を採用し、第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算するようにする」、すなわち、引用発明における「マット72を設け、そのマット72が検出した足跡の面圧分布と入力時刻tを用いて乗客の歩行速度wを算出する」という事項に換えて周知技術の「第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算する」という事項を採用するとしている。そうすると、本件審決の進歩性判断は、上記⑴に沿うものであるから、進歩性の判断には誤りがない。
2 上記〔
(原告の主張)
〕1について
⑴ 原告は、本願発明の課題と引用発明の課題は共通する一方で、本願発明の
課題解決手段と引用発明の課題解決手段は異なり、引用発明においては、本願発明と共通する課題が本願発明の課題解決手段とは異なる別の課題解決手段によって既に解決されているのであるから、当該課題解決手段に換えて甲2構成を適用する動機付けが存在しない旨を主張する。しかし、本件審決の進歩性判断は上記1のとおりであるから、原告が主張する動機付けの有無は本件審決の結論を左右するものではない。その点を措くとしても、主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断する際には、主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆、技術分野の関連性、課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮するのであって、原告が主張する引用発明において本願発明の課題と共通する課題が本願発明の課題解決手段とは異なる別の解決手段によって既に解決しているか否かは、上記を総合的に考慮する際の一事情にはなり得るかもしれないが、その一事をもって直ちに動機付けの有無が決するとはいえない。
⑵ 原告は、引用発明において、本願発明と共通する課題が本願発明とは異な
る別の課題解決手段によって既に解決されている場合に、引用発明に、当該課題解決手段に換えて、本願発明の構成とする必要はない旨の判断がされたことによって、引用発明に、本願発明の構成を適用する動機付けが当業者であっても存在しないとの判断がされた裁判例は、多数存在する旨主張する。原告が援用する裁判例は本件とは無関係の全く別の事件であって、事案も異なるから、上記裁判例における判断を根拠とする原告の上記主張はそれ自体失当である。なお、援用された甲11ないし14のいずれの裁判例も、引用発明において本願発明の課題と共通する課題が本願発明の課題解決手段とは異なる別の解決手段によって既に解決していることのみを根拠に動機付けがないと判断したものではなく、事情も異なるから、本件の判断に参考となるものではない。
⑶ 原告は、引用発明の事項と甲2構成の事項とが、共通の作用・機能を有し
ている、様々な既知の手段の中から、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味し、適した手段を採用するというだけで、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは認められないとし、甲1及び2には、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味して甲2構成を適用することをうかがわせる記載は見当たらないし、そのような記載を有する証拠も一切挙げられていないから、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは、当業者であっても存在しない旨を主張する。しかし、本件審決の進歩性判断は上記1のとおりであるから、原告の動機付けに係る主張は、本件審決の結論を左右するものではない。念のため、動機付けの観点から検討するとしても、本件審決は上記1のとおり、引用発明及び周知技術について、人の歩行速度に応じた制御を行うという課題、人を検出し、人の歩行速度を演算するという作用・機能の共通性を挙げており、かつ、引用発明及び周知技術はいずれも乗客コンベアという技術分野においても共通しているのであるから、上記1に沿って、これらを総合的に考慮すれば、十分に動機付けがあるといえる。そして、本件審決の「様々な既知の手段の中から、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味し、適した手段を採用することは、当業者であれば通常なし得る程度の事項である」とは、「設置環境」が当業者がエスカレータを設計する際に通常検討し得る事項であること(乙2段落【0019】)、また、需要者への販売を予定している工業製品であれば「費用」を一切考慮しないとは考え難いことから、必ずしも、このような事項には限られないが、当業者が設計する際に通常検討し得る事項の具体例として前記「設置環境や費用など」を挙げ、当業者の通常の創作能力の発揮について、いわば確認的に示したのであって、このような当業者の通常の創作能力の発揮に係る記載が甲1及び2に存在しないからといって、ただちに本件審決の結論に誤りがあるとはいえない。
3 上記〔
(原告の主張)
〕2について
⑴ 原告は、甲1の段落【0028】及び【0044】等の記載によれば、引
用発明において、乗降口の人を検出する構成として、「マット72」を採用することによって、確実に歩行速度を算出することができることは明らかであり、引用発明に甲2構成を適用すると、引用発明の「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という技術的意義が失われてしまうだけで、何らかの有利な効果がもたらされるものではないため、仮に、甲2構成が周知技術であったとしても、引用発明に、あえて甲2構成を適用する動機付けが当業者にあると認めることはできない旨を主張する。しかし、引用発明の技術的意義は、「従来、エスカレータや動く歩道などの乗客コンベアにおいては、乗客が乗る踏段の速度は、一定の通常速度で走行させてい」たが、「高齢者や体に障害を持つ乗客が利用する場合に、その乗り降りの安全性を確実にするため踏段を通常速度よりも低速にする技術が提案されている」(段落【0002】)ところ、「乗客が有する携帯端末の識別情報を読み取り、その識別情報に対応した乗客が高齢者などの乗客である場合に、踏段を低速にしていた」「ため、このような携帯端末を有さない高齢者などの乗客が乗客コンベアを乗る場合には、踏段が低速にならないという問題点があった」(段落【0004】)ので、「本発明の実施形態は、上記問題点に鑑み、高齢者などの歩行速度が遅い乗客の場合には、踏段を低速にして、安全性を確保できる乗客コンベアを提供する」(段落【0005】)ことを課題とし、「本発明の実施形態は、無端状に連結された複数の踏段と、前記踏段を駆動するモータと、前記踏段の乗降口に設けられたマットと、前記モータの回転速度を制御する制御部と、前記マットは、前記マットの上を歩いた乗客の足跡を検出し、前記制御部は、検出した前記足跡から前記乗客の歩行速度を算出し、前記歩行速度が第1基準歩行速度k1より遅いときに、前記踏段の走行速度を、通常速度v0より遅い第1基準走行速度v1に下げる、ことを特徴とする乗客コンベア」(段落【0006】)とした結果、「本実施形態によれば、高齢者などの乗客が、踏段30に乗ろうとするときに、踏段30の走行速度vが下がるため、乗客の安全性を確保でき」(段落【0043】)、「また、乗客の歩行速度wは、乗客が歩くマット72の足跡に基づいて判断するため、確実に歩行速度wを算出できる。」(段落【0044】)との効果を奏するものである。すなわち、引用発明の技術的意義は、乗客が有する携帯端末の識別情報を必要とすることなく、高齢者などの歩行速度が遅い乗客の場合に踏段を低速に制御することができる点にあるのであって、原告が主張するように「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という点に引用発明の技術的意義があるのではないから、上記
(原告の主張)
は失当である。仮に、原告が主張するように、引用発明の技術的意義が「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という点にあるとしても、それを実現するために必要な事項は、乗客が有する携帯端末の識別情報を必要とすることなく「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」ことなのであって、原告が主張する「マットの上を歩いた乗客の足跡を検出し、前記制御部は、検出した前記足跡から前記乗客の歩行速度を算出」することは、上記乗客が有する携帯端末の識別情報を必要とすることなく「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」手段の一つということに尽きる。
⑵ 原告は、引用発明が、「乗降口に設けられて且つ上を歩いた乗客の足跡を
検出するマット72を備え、制御部50は、マットで検出した足跡から乗客の歩行速度を演算する」という構成によって、「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」という技術的意義を備えていることは、明らかであるし、しかも、甲1の特許請求の範囲請求項1等の記載によれば、引用発明が、乗降口の人を検出する構成として「マット」を採用することを前提としていることは明らかであり、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは存在しない、したがって、甲1及び2に記載された発明に基づいて当業者が本願発明を容易に想到することができない旨を主張する。しかし、既に述べたとおり、本件審決で認定した周知技術である「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」は、確実に歩行速度を算出できるのであり、その限りで引用発明におけるマットと異なるところはないから、引用発明におけるマットを上記周知技術に換えたことで、ただちに上記課題が解決できないであるとか、上記効果を奏しないということにはならず、上記技術的意義が失われるということにもならない。
4 甲2構成の周知性について
原告は、甲2構成は、公知技術であることは認められるが、甲2だけの証拠に基づいて、甲2構成が周知技術であるとは到底認められない旨を主張する。周知技術とは、一々例を挙げるまでもなく当業者にとって周知の技術であるということであるから、審決が周知技術であることの例を示していないからといって、そのことだけで審決を違法することはできない(東京高裁昭和55年(行ケ)第365号同60年2月28日判決)ところ、本件審決は甲2を例示しているのであるから、例示文献が一つであったことにより、ただちに本件審決の結論に誤りがあるとはいえない。念のため、周知技術について、更に例を挙げると、乙3には、乗客コンベア1の乗降口に二つの乗客検出部31(第1定位置に設けられた第1人検出部に相当)及び32(第2定位置に設けられた第2人検出部に相当)を備えている乗客検出装置3を設け、二つの乗客検出部31と32の間の距離Dを、乗客検出部32で乗客を検出した時間Ta2と乗客検出部31で乗客を検出した時間Ta1の差(Ta2-Ta1)で除することにより、乗客の推定移動速度Vを算出し(第1人検出部と第2人検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算することに相当)、乗客の移動速度が所定速度以下の場合には乗客コンベア1を停止させ、乗客の移動速度が上記所定速度を超える場合には乗客コンベア1を停止させない(人の歩行速度に応じた踏段の制御に相当)ことが記載されている。また、乙4には、エスカレーター1の乗降口近傍に、それぞれ間隔Lをおいて、縦柱10及び11と、縦柱12及び13を設け、縦柱10と縦柱12に乗客移動速度検出装置15D(第1定位置に設けられた第1人検出部に相当)と15U(第1定位置に設けられた第1人検出部に相当)、縦柱11と13に乗客移動速度検出装置16D(第2定位置に設けられた第2人検出部に相当)と16U(第2定位置に設けられた第2人検出部に相当)を設け、乗客移動速度検出装置15Dと16D及び乗客移動速度検出装置15Uと16Uとで乗客の移動時間を測定し、乗客の移動速度を演算手段17が演算し(第1人検出部と第2人検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算することに相当)、その演算結果に基づいて踏段5の移動速度を決定し、その決定された移動速度を前記制御装置18に発して前記駆動機Mを加減速する(人の歩行速度に応じた踏段の制御に相当)ことが記載されている。したがって、本件審決で述べたとおり、「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2人検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」は周知技術であるといえる。
第4 当裁判所の判断
1 原告の主張する取消事由(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について
⑴ 本件審決が認定した本願発明の内容、引用発明の内容、本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定については当事者間に争いがなく、本願発明と引用発明とを対比した場合の相違点は、前記第2の3⑵のとおりの相違点1及び2である。また、甲2に、本件審決が周知技術として認定した内容の構成(甲2構成)が開示されていることについても当事者間に争いがない。
⑵ そこで、甲2構成が周知技術であるか否かにつき検討する。被告が証拠として提出する、本願の出願日(令和6年(2024年)3月15日)以前に公開された文献には、以下の記載がある。ア 特許第7416311号公報(発明の名称「乗客コンベア」。令和6年(2024年)1月17日発行。乙3)(下線は判決で付記)(ア) 発明の詳細な説明・「乗客検出装置3は、乗客コンベア1に乗り込もうとする乗客を検出する。乗客検出装置3は、乗客コンベア1の一方の乗降口と他方の乗降口とのそれぞれに対して設けられている。乗客コンベア1が上り専用または下り専用であり、乗り口と降り口が定まっている場合には、乗り口のみに乗客検出装置3を設けてもよい。カメラ4は、乗客コンベア1の一方の乗降口と他方の乗降口とのそれぞれに対して設けられている。」(段落【0011】)・「図2は、乗客検出装置3の斜視図である。乗客検出装置3は、2個の乗客検出部31及び乗客検出部32を備えている。乗客検出部31及び乗客検出部32は、乗客の移動速度を検出する移動速度検出部としての機能も有している。」(段落【0014】)・「遠隔制御装置5から起動指令を制御装置2が受け取ってから、起動を開始するまでに乗客が乗客検出部31及び32で検出された場合には、移動速度検出部が乗客の移動速度を測定する。2つの乗客検出部31、32間の距離Dと、乗客検出時の時間差から、次式により、乗客の移動速度を算出できる。」(段落【0015】)・「V= D/( Ta2-Ta1)ただし、V:乗客の推定移動速度、D:2つの乗客検出部31、32間の距離、Ta2: 乗客検出部32で乗客を検出した時間、Ta1:乗客検出部31で乗客を検出した時間、である。乗客検出部32がステップに近い側にある。」(段落【0016】)・「制御装置2は、遠隔操作による停止指令が出された後に乗客検出装置3が乗客を検出した場合において、当該乗客の移動速度が所定速度以下の場合には乗客コンベア1を停止させ、当該乗客の移動速度が上記所定速度を超える場合には乗客コンベア1を停止させないようにしてもよい。これにより、所定速度以上の速度で進入した乗客に対しては乗客コンベア1を停止させずに運転を継続することで高い安全性を確保できる。」(段落【0027】)(イ) 図面【図2】イ 特開2004-99266号(発明の名称「乗客コンベア」。平成16年(2004年)4月2日公開。乙4)(ア) 発明の詳細な説明・「また、前記枠体4の上下端部の上部には夫々乗降床8、9が設置され、前記踏段5へ乗降する乗降口を形成している。この乗降口の近傍には縦柱10、11及び12、13が立設されている。縦柱10と12は前記踏段5から離れた位置に設置され、縦柱11と13は前記縦柱10と12から夫々同じ間隔Lをおいて前記踏段5に接近する位置に設置される。そしてこれら縦柱10~13は夫々一対ずつ設置されている。」(段落【0010】)・「さらに縦柱10と12には、乗客の移動速度を検出する例えば光電式の乗客移動速度検出装置15Dと15Uが装備され、縦柱11と13にも乗客の移動速度を検出する例えば光電式の乗客移動速度検出装置16Dと16Uとが装備されている。このような乗客移動速度検出装置15D、15U及び16D、16Uのうち、乗客移動速度検出装置15Dと16D及び乗客移動速度検出装置15Uと16Uとで乗客の移動時間を測定して移動速度を検出するのである。」(段落【0012】)・「上記構成において、エスカレーター1の下方(上方)の乗降口から上階床(下階床) に移動しようと乗客が接近すると、乗客検出装置14D(14U)と乗客移動速度検出装置15D(15U)とが乗客を検出する。」(段落【0015】)・「他方、乗客移動速度検出装置15D(15U)で検出された乗客が乗客移動速度検出装置16D(16U)で検出されると、乗客移動速度検出装置15D(15U)と16D(16U)によって測定された乗客の移動速度を演算手段17(判決注:『11』は誤記)が演算する。その演算結果に基づいて踏段5の移動速度を決定し、その決定された移動速度を前記制御装置18に発して前記駆動機Mを加減速する。」(段落【0017】)(イ) 図面【図1】
⑶ 上記乙3及び4はいずれも発明の名称を「乗客コンベア」とする、本願と同じ技術分野に属するものである。乙3の上記記載によれば、乙3には、乗客コンベアの制御装置である甲2構成と同じく、「乗客コンベアにおいて、乗り部(乗降口)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(乗客検出部31)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(乗客検出部32)とを備え、処理装置(移動速度検出部)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する乙3の記載)が開示されているものといえる。また、乙3に記載の技術は、人の歩行速度に応じた制御を行うという課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算する作用・機能を有している。上記乙4の記載によれば、乙4には、同じく「乗客コンベアにおいて、乗り部(乗降口の近傍)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(乗客移動速度検出装置15D)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(乗客移動速度検出装置16D)とを備え、処理装置(演算手段17)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する乙4の記載)が開示されているものといえる。また、乙4に記載の技術は、人の歩行速度に応じた制御を行うという課題を有し、人を検出し、人の歩行速度を演算する作用・機能を有している。そして、甲2に記載された、「人の歩行速度に応じた踏段の制御を行うために、第1定位置と第2定位置に人を検出する第1人検出部及び第2人検出部を設け、第1人検出部と第2人検出部の検出に基づいて人の歩行速度を演算すること」との構成が、本願の出願前に公知となったことについても当事者間に争いがない。乙3、4及び甲2の記載は、本願出願前に公開され、いずれも「乗客コンベア」の技術分野に属するものであるから、本願の技術分野である当該分野において、甲2に記載の「乗り部(乗込み口1e)の第1定位置の人を検出する第1人検出部(第1投受光器30a)と、乗り部の第2定位置の人を検出する第2人検出部(第2投受光器30c)とを備え、処理装置(モータ制御装置50)は、人の歩行速度を第1人検出部及び第2人検出部の検出に基づいて演算する」技術(カッコ内は対応する甲2の記載)は、本願の出願時において、周知技術であると認められる。
⑷ 甲2に前記第2の3⑵の[周知技術]に記載の内容の甲2構成が開示されていること自体は当事者間に争いがないところ、上記⑶によれば、甲2構成は周知技術であると認められる。そして、周知技術である甲2構成は、人の歩行速度に応じた制御を行うために、甲2構成に記載された第1人検出部と
第2人検出部を設けて人の歩行速度を演算するとの作用・機能を有している
のであるから、本願発明と同一の課題解決のための手段となり得る。そうすると、本願発明と引用発明との相違点1及び2に係る構成の差異を、この甲2構成の周知技術で代替することは、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎないものといえる。加えて、引用発明と甲2構成の周知技術とは、同一の課題解決原理に属し、作用機能も同一のものであるから、上記本願発明と引用発明との相違点1及び2に係る構成の差異を、甲2構成の周知技術で埋めることについての動機付けも存在する。そうすると、本願発明は、引用発明から当業者において容易に想到し得たものであるということができ、本件審決が、本願発明に進歩性が欠如する旨判断したことに誤りはないというべきである。
2 原告の主張に対する判断⑴ 原告は、上記第3〔原告の主張〕1⑴ないし⑶のとおり、本願発明の課題解決手段と引用発明の課題解決手段とは異なるところ、引用発明は、本願発明の課題と共通する引用発明の課題を、本願発明の課題解決手段とは異なる別の引用発明の課題解決手段で既に解決しているから、当該課題解決手段に換えて、甲2構成とする動機付けはなく、容易想到ではない旨を主張する。しかし、上記第4の1⑶、⑷のとおり、甲2構成は周知技術であると認められるところ、原告の主張するとおり、引用発明と本願発明の課題も同一であり、甲2構成も同じ課題の解決手段であるから、相違点1及び2に係る構成を甲2構成と置き換えることは、当業者の通常の創作能力の発揮に過ぎない。これを動機付けの観点からみても、技術分野が同一であり、課題が共通し、作用・機能も共通しており、置換えを阻害する要因がないのであるから、動機付けについても当然認められるところであり、異なる別の解決手段によって既に解決しているか否かは動機付けの有無とは関係しない。したがって、上記原告の主張は採用することができない。⑵ 原告は、上記第3〔原告の主張〕1⑶のとおり、引用発明に、当該課題解決手段に換えて、本願発明の構成とする必要はない旨の判断がされたことによって、引用発明に、本願発明の構成を適用する動機付けが存在しないとの判断がされた裁判例は、多数存在するとし、4件の知財高裁の裁判例を挙げる。しかし、原告が援用する上記裁判例はいずれも本件と事案を異にするものであるところ、甲11の裁判例は、相違点に係る構成の容易想到性につき、周知技術を適用する動機付けがあるとした上で、引用発明に周知技術の構成を加えると効果を損なうとの点を理由として容易想到性を否定したものであり、引用発明と本願発明とで共通する課題が別の解決手段によって既に解決していることは一つの事情として考慮されているに過ぎず、動機付けの有無の判断に当たって考慮されたものではない。また、甲12の裁判例は、相違点に係る構成が、出願時に周知慣用の技術であったとは認められないとの判断が前提とされており、相違点に係る構成が周知技術である事案ではない。甲13の裁判例は、既に独自の構成によって発明の目的を達成し本願発明にはみられない引用発明独自の効果を奏する引用発明に、更に相違点に係る構成を採用することは考え難いとする事案であって、甲14の裁判例も、枠部によってプリント回路板が強力に保持される引用発明に、この上更に、枠部が回路板を保持する力を強化することを目的として相違点に係る構成を採用することについて判断する事案であり、これら裁判例も、引用発明の課題解決手段を、同一の課題を解決して同一の作用効果を奏するものと替える事案ではない。したがって、上記原告の主張は採用することができない。⑶ 原告は、上記第3〔原告の主張〕1⑷のとおり、甲1及び2には、エスカレータ10の設置環境や費用などを加味して甲2構成を適用することをうかがわせる記載は見当たらないし、そのような記載を有する証拠も一切挙げられておらず、適用の動機付けは存しない旨主張する。しかし、本件審決は、当業者が設計する際に通常検討し得る事項の具体例として「設置環境や費用など」を挙げたものに過ぎない上、引用発明に甲2にも記載されたとおりの周知技術を適用するにつき、動機付けがあることについても前記1⑷のとおりであるから、本件審決に誤りはない。したがって、上記原告の主張は採用することができない。⑷ 原告は、前記第3〔原告の主張〕2⑴のとおり、引用発明に甲2構成を適用すると、引用発明の「確実に乗客の歩行速度を算出することができる」との技術的意義が失われてしまい、何らかの有利な効果がもたらされるものではないため、仮に甲2構成が周知技術であったとしても、引用発明に敢えて甲2構成を適用する動機付けがあるとは認められない旨を主張する。確かに甲1には、「乗客の歩行速度wは、乗客が歩くマット72の足跡に基づいて判断するため、確実に歩行速度wを算出できる。」(段落【0044】)との記載があるものの、この部分以外に歩行速度を確実に算定することに関する記載はなく、マットを採用することによる算定の確実性についての具体的な記載もない。一方、引用発明が解決しようとする課題については、携帯端末を有しない高齢者などの乗客が乗客コンベアに乗る場合に踏段を低速にするため、携帯電話の識別情報を必要とすることなく(甲1の段落【0004】及び【0005】。別紙審決書(写し)2頁)乗客の歩行速度を算出することについての記載があるのみなのであるから、引用発明の技術的意義が、原告が主張するような「確実に乗客の歩行速度を算出する」ことにあるものとは認められないというべきである。原告の主張する、引用発明に係る「マットの上を歩いた乗客の足跡を検出し、前記制御部は、検出した前記足跡から前記乗客の歩行速度を算出」することは、上記乗客が有する携帯端末の識別情報を必要とすることなく乗客の歩行速度を算出するための手段の一つに過ぎないものと認められる。したがって、上記原告の主張は採用することができない。
⑸ 原告は、前記第3〔原告の主張〕2⑵のとおり、引用発明が、乗降口の人を検出する構成として「マット」を採用することを前提としていることは明らかであり、引用発明に甲2構成を適用する動機付けは存しないから、甲1及び2に記載された発明に基づいて当業者が本願発明を容易に想到することができない旨を主張する。しかし、甲2構成に係る周知技術も、歩行速度を算出できることは当然の前提とされており、前記⑷のとおりの技術的意義を有する引用発明のマットと異なるところはないから、引用発明におけるマットを周知技術に置き換えたことで、直ちに発明の課題が解決できないとか作用効果を奏しないということにはならないし、その技術的意義が失われるということにもならないというべきである。したがって、上記原告の主張は採用することができない。
⑹ 原告は、上記第3〔原告の主張〕3のとおり、甲2構成が公知技術であることは認めるが、甲2だけに基づいて、甲2構成が周知技術であるとは認められない旨を主張する。しかし、前記1⑵、⑶のとおり、甲2のほかにも、乗客コンベアの技術分野における複数の公知文献(乙3、4)において、甲2構成に係る内容が開示されており、甲2構成の内容は、周知技術であることが認められる。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
3 結論以上のとおり、本件審決の認定及び判断に誤りは認められず、原告主張の取消事由は理由がない。よって、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
中 平 健
裁判官
今 井 弘 晃
裁判官
水 野 正 則
(別紙)
省略
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