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令和6(ワ)8646民事訴訟 その他

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裁判所 一部認容 大阪地方裁判所
裁判年月日 令和8年7月9日
事件種別 民事
当事者 原告医療法人社団メディカルフロンティア
被告
法令 その他
キーワード 無効8回
実施5回
損害賠償2回
抵触1回
差止1回
侵害1回
主文 1 被告は、原告に対し、2200万円及びこれに対する令和6年9月13日か
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その7を原告の負担とし、その余は被告の負担
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事件の概要 1 本判決で用いる呼称(略語) (1) 原告グループ:TCB東京中央美容外科グループ (2) 本件分院:TCB心斎橋御堂筋院 (3) 被告クリニック: C (4) 本件就業規則:原告グループの職員就業規則(甲5) (5) 本件変更確認書:競業禁止に関するルール変更確認書(甲6) (6) 分院A:TCB心斎橋筋院 (7) B: B (8) 本件資料: 「競業の禁止緩和のご案内-開業サポートについて」と題する 資料 (9) 販管費:販売費及び一般管理費 2 原告の請求 本件は、美容外科クリニックの経営を全国展開する医療法人社団である原告 が、原告の理事兼原告グループの分院の院長を務めていた美容外科医師である

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判決文

令和8年7月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和6年(ワ)第8646号 損害賠償等請求事件
口頭弁論終結日 令和8年5月11日
判 決

原 告 医療法人社団メディカルフロンティア
代 表 者 監 事
訴訟代理人弁護士 山 岸 純
同 水 野 太 樹
10 同 繁 田 達 成
被 告 Y
訴訟代理人弁護士 井 口 敦
訴訟復代理人弁護士 畑 中 結
15 主 文
1 被告は、原告に対し、2200万円及びこれに対する令和6年9月13日か
ら支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを8分し、その7を原告の負担とし、その余は被告の負担
20 とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は、原告に対し、1億6120万6340円及びこれに対する令和6年
25 9月12日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本判決で用いる呼称(略語)
(1) 原告グループ:TCB東京中央美容外科グループ
(2) 本件分院:TCB心斎橋御堂筋院
5 (3) 被告クリニック: C
(4) 本件就業規則:原告グループの職員就業規則(甲5)
(5) 本件変更確認書:競業禁止に関するルール変更確認書(甲6)
(6) 分院A:TCB心斎橋筋院
(7) B: B
10 (8) 本件資料:「競業の禁止緩和のご案内-開業サポートについて」と題する
資料
(9) 販管費:販売費及び一般管理費
2 原告の請求
本件は、美容外科クリニックの経営を全国展開する医療法人社団である原告
15 が、原告の理事兼原告グループの分院の院長を務めていた美容外科医師である
被告において、原告を退職後、上記分院の近隣で美容外科クリニックを開設し、
原告との合意に基づく競業避止義務に違反したとして、被告に対し、債務不履
行に基づき、逸失利益合計1億6120万6340円の損害賠償及びこれに対
する訴状送達の日(令和6年9月12日)から支払済みまで民法所定の年3%
20 の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
3 前提事実(争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定
できる事実)
(1) 当事者
ア 原告は、全国に美容外科クリニック(原告グループ)を展開する医療法
25 人社団である。なお、原告は、令和5年3月1日、後記のとおり被告と雇
用契約を締結した医療法人創青会(原告グループを構成していた。)を吸
収合併し、その権利義務関係を包括的に承継している。
イ 被告は、以前に原告の理事兼原告グループの分院である本件分院におい
て院長を務め、現在は、大阪市西区千代崎所在の美容外科クリニック(被
告クリニック)で院長を務めている美容外科医師である。
5 (2) 被告による理事及び本件分院長への就任等
ア 被告は、令和2年4月1日、医療法人創青会との間で雇用契約を締結し
(上記吸収合併により、本雇用関係も原告に承継された。)、同年8月2
0日、福岡県北九州市小倉北区に新設された、原告グループ小倉院の院
長兼管理者に就任するとともに、原告の理事に就任し(甲2、3)、その
10 後、令和3年11月1日付けで、大阪市中央区南船場所在の本件分院の
院長兼管理者に変更となった(甲4)。
イ 原告は、本件就業規則(甲5)84条(競業の禁止)において、「職員
は、当グループの許可を得ないで同一都道府県内および近接地域(勤務
地から半径【例:10~20km】以内)の競業法人等への転職または
15 独立自営を退職の日から1年間おこなってはならない。」(同条1項)、
「職員は、在職中および退職の日から1年間、当グループの顧客に個人
として営業活動をしたり、在職中に担当した顧客と取引を行うことを禁
止する。」(同条2項)、「職員は、在職中および退職の日から1年間、当
グループの職員に対し、当グループと競業関係に立つ事業への就職等の
20 勧誘をすることを禁止する。」(同条3項)との競業禁止を定めていた。
原告は、令和5年1月頃、競業避止に関する規則を変更することとし、
「当グループの院長を経験した者は、当グループの許可を得ないで一定
基準を満たす市区町村区域(※2)において競業法人等への転職または
独立自営を退職の日から1年間行ってはならない。(※2)退職前直近1
25 年以内に院長として勤務経験のあるクリニックが所在する市区町村内、
かつそのクリニックから半径10キロ以内(ただし、当該クリニックが
東京23区内所在の場合は同一区及び当該区に隣接する区または市町村)」
と改定した。
(以上につき、甲5、6、46)
ウ 原告は、原告グループ内の分院の各院長に対して、個別に競業避止に関
5 する規則変更に係る説明を実施することとし、被告に対しても、令和5
年4月14日、上記規則変更に係る説明を実施した。これを受け、被告
は、同日付けで、原告に対し、「本件変更確認書」(甲6)を提出した。
本件変更確認書には、上記のとおり、変更後の競業避止に関する規則の
内容が記載されている。
10 (以上につき、甲6、17、46、証人B)
(3) 被告の退職・退任、被告クリニックの開設
ア 被告は、令和5年10月20日、原告に対し、退職願及び退職に関する
誓約書を提出し、上記退職願等を提出した3日後の同月23日、大阪市
西区千代崎に被告クリニックを開設して、その管理者となり、同年11
15 月30日付けで、原告を退職するとともに、原告の理事を退任した。な
お、被告クリニックは、本件分院から直線距離で約2キロメートル離れ
た場所に所在している。(甲7から11まで)
イ 被告は、令和6年4月4日頃、原告に対し、本件変更確認書に係る自ら
の意思表示について、表示行為の錯誤及び動機の錯誤があるとして、こ
20 れを取り消す旨の意思表示をした(乙4)。
ウ 原告は、令和6年8月27日、本訴を提起し、同年9月12日に被告に
対して訴状が送達された。なお、当初、原告の請求には、被告が被告クリ
ニックのウェブサイトに掲載する被告の肖像写真につき、原告が著作権を
有するとして、その公衆送信等の差止請求も含まれていたが、原告は、令
25 和7年2月18日、これを取り下げ、その被告への送達の日から2週間の
経過によって、被告は同意したものとみなされた。
4 争点
(1) 被告の競業避止義務の有無(争点1)
(2) 競業避止義務違反による損害の有無及びその金額(争点2)
第3 争点に対する当事者の主張
5 1 争点1(被告の競業避止義務の有無)について
【原告の主張】
(1) 被告は、本件変更確認書に基づいて、退職の日から1年間、本件分院から
半径10キロメートル以内の区域において競業関係となる独立・自営を行って
はならないとの競業避止義務を負っていた。
10 退職後の競業避止義務の合意の有効性については、競業避止によって守られ
る利益の性質、従業員の地位、代償措置の有無及びその内容、禁止行為の範囲
や禁止期間が適切に限定されているかどうかなどによって判断されるところ
(大阪地判平成15年1月22日労判846号39頁等参照)、以下の事情か
らすれば、競業避止義務の合意は有効である。
15 すなわち、①競業避止によって守られる重要な利益が存在する。美容医療ク
リニックにおいては、SNSを活用したマーケティングが売上を左右するとこ
ろ、原告は、原告グループに属する各分院とその院長の認知を拡大するために
SNS広告を打ち、また、院長名義のSNSアカウントを作成して、症例や口
コミの発信等のマーケティング活動を行っており、その結果として、各分院と
20 その院長の認知度が向上するとともに、当該分院の患者の獲得に繋がっている。
しかるに、原告のマーケティング活動によって認知度や患者を獲得した院長が、
当該クリニックを退職後直ちに近隣で競業を開始する場合には、原告のマーケ
ティング活動の成果としての認知度や患者をそのまま流用することができ、営
業秘密である顧客情報を利用するに等しい結果となる。また、原告がこれまで
25 多額のコストを投じたマーケティング活動によって構築してきた顧客との関係
性も無償で利用することになり、原告の営業利益を不当に侵害するから、競業
避止義務は、原告の営業秘密である顧客情報や顧客との間で構築してきた関係
性を守るために必要なものである。
②被告の地位が高い。被告は、令和2年8月20日から、原告グループの分
院の院長兼管理者及び原告の理事の地位にあったものであり、それゆえに、原
5 告は、令和3年10月末までは小倉院の院長、同年11月から退職までは本件
分院の院長であった被告のマーケティング活動を行ってきたのであるから、被
告は、原告のマーケティング手法や営業秘密を把握しており、競業避止義務を
課す高度の必要性がある。
③代償措置が定められている。被告は、原告との雇用契約に基づき、賃金年
10 額2500万円のほか、売上に応じたインセンティブが支給される厚遇であっ
た。また、原告は、本件変更確認書に基づいて、被告ら院長経験者に対し、競
業禁止の代償として、独立サポート制度や、取引業者の紹介、資金調達支援、
WEB広告支援等の優遇制度を提供しており、一定の競業避止義務を課すこと
に対する十分な代償措置を講じている。
15 ④禁止行為の範囲や禁止期間が適切に限定されている。競業避止義務の範囲
は、勤務経験のある分院から半径10キロメートル以内とかなり限定されてい
る上、競業を禁止する期間も1年間と短期間に限定されており、被告の不利益
は限定的である。
したがって、競業避止義務の合意は有効である。
20 (2) 被告が、競業避止義務の根拠となる本件変更確認書を提出した経緯は、以
下のとおりであり、何らその手続に問題はない。
原告のドクターサポート部のスタッフは、令和5年4月14日、本件変更確
認書の取り交わしにあたって被告に対する説明を実施した。原告は、本件資料
を示しながら(甲17)、その導入の経緯、独立サポート制度の内容を説明し、
25 競業避止義務に関し、退職後は、美容業界でなければ自由診療であっても本件
分院の近場で転職は可能である一方、美容業界であれば本件分院から離れる必
要がある旨の説明をした。被告は、これらの説明を聞いたうえで、その場で、
本件変更確認書に自ら署名・押印し、原告にこれを提出している。
したがって、競業避止義務の合意には表示行為の錯誤も動機の錯誤もなく、
有効である。
5 なお、本件就業規則は、その制定及び改定に際して周知手続が採られており、
この点で無効とすべき理由はない。
【被告の主張】
(1) 本件変更確認書に係る合意は、公序良俗に反し無効であるから、被告は、
原告に対する競業避止義務を負わない。
10 競業避止義務特約は、労働者の職業選択の自由との抵触が問題となるため、
その合理性は、①労働者の地位、②使用者の営業秘密等の保護を目的とするこ
と、③制限される競業行為の内容、期間、地理的範囲、④代替措置の有無等を
総合的に考慮して慎重に判断されるべきである。
原告は、競業避止義務によって守られるべき利益は、原告の営業秘密である
15 顧客情報や顧客との間で構築してきた関係性である旨主張するが、当該利益と
の関係では、競業行為の内容として、原告グループの顧客に対する営業活動の
禁止や原告在籍時に担当していた顧客との取引を禁止すれば足り、顧客情報の
利用や顧客へのアクセスの有無を問わずに、労働者に対して、一定の地理的範
囲において一定の期間、競業避止義務を課す必要性・合理性はない。また、特
20 段の代償措置も講じられていないから、本件変更確認書による競業避止義務の
合意は、被告の職業選択の自由を過度に制限するものであり、公序良俗に反し
無効である。
(2) 仮に本件変更確認書による合意が公序良俗に反しないとしても、被告は、
表示行為の錯誤により、その意思表示を取り消したから、被告は、原告に対す
25 る競業避止義務を負わない。
被告は、本件分院の通常の診察日に、アポイントもなく、突然来院した原告
スタッフから「良い提案があるので聞いてください」などと、開業支援につい
て延々と説明され、「メリットしかなくデメリットはない」などと繰り返し言
われ、被告が、患者対応で退室しなければならない状況になって、原告スタッ
フから、「メリットしかないのでサインをください」、「話を聞いたというサイ
5 ンをして下さい」などと言われて、よく見る時間も与えられずに、提示された
書面に署名させられた。後に、その際の文書が本件変更確認書であったことが
判明したが、被告は、その写しの交付を受けておらず、本件訴訟提起前に、原
告訴訟代理人から送付を受けて、初めて本件変更確認書の内容を了知した。被
告は、本件変更確認書に記載されている競業避止義務を負う意思はなかったに
10 もかかわらず、原告に言われるがまま本件変更確認書に署名・押印したのであ
り、本件変更確認書に係る意思表示には、表示行為の錯誤がある。
被告は、令和6年4月4日付け回答書を原告訴訟代理人にFAXで送信する
ことにより、本件変更確認書に係る意思表示を取り消した。したがって、被告
は、競業避止義務を負わない。
15 (3) 仮に本件変更確認書による合意が公序良俗に反しないとしても、被告は、
動機の錯誤により、その意思表示を取り消したから、被告は、原告に対する競
業避止義務を負わない。
本件変更確認書は、本件就業規則84条(競業の禁止)の定めが有効である
ことを前提として、競業避止の地理的範囲を緩和するものであるが、元々の本
20 件就業規則84条は、労働者の職業選択の自由を過度に制限するものとして合
理性を欠き、かつ、労働者への周知手続も採られていなかったものであるため、
契約内容補充効が生じず、公序良俗にも反するものとして無効である。このよ
うな本件就業規則の有効性は、本件変更確認書による合意をする際に基礎とす
べき重要な事情であるところ、被告は、真実に反し本件就業規則が有効である
25 と認識し、本件変更確認書には、本件就業規則84条(競業の禁止)の定めを
緩和するものであることが表示されていたから、動機の錯誤がある。
被告は、上記のとおり、本件変更確認書に係る意思表示を取り消した。した
がって、被告は、競業避止義務を負わない。
2 争点2(競業避止義務違反による損害の有無及びその金額)について
【原告の主張】
5 (1) 本件分院は、被告が退職届を提出する以前の令和5年5月から同年10月
までの6か月間において、1か月当たり概ね4000万円前後の売上で推移し
ていたが、被告が退職届を提出した後、令和6年1月には売上が2724万2
399円に大きく減少し、直近の同年6月には売上が2076万2051円に
まで減少している。令和5年10月との比較で、割合にして約46.8%の減
10 少となっている。来院者数の推移を見ても、被告が退職届を提出する以前の令
和5年5月から同年10月までの6か月間においては、概ね300名前後の来
院者数で推移していたが、被告が退職届を提出した後、令和6年1月には来院
者数が227名に大きく減少し、同年4月には来院者数が203名にまで減少
している。令和5年10月との比較で、割合にして約34.3%の減少となっ
15 ている。
院長が退職した場合であっても、当該院長が競業避止義務に違反していない
ときには、当該分院の売上は顕著に減少していないから、本件分院の売上減少
は、被告の競業行為によって生じたものである。
(2) 被告が退職届を提出した後、令和5年11月から令和6年7月までの売上
20 減少額は1億3433万8616円である。同月末日には、本件分院と分院A
との統廃合が行われたため、同年8月以降は、本件分院の売上に基づいて原告
の損害を算出することはできないものの、令和5年11月から令和6年7月ま
での月間平均売上減少額は1492万6513円(1億3433万8616円
÷9か月)であるから、同年8月から同年10月までの売上減少額は、447
25 7万9539円(1492万6513円×3か月)となる。
したがって、本件分院の令和5年11月から令和6年10月までの売上減少
額は合計1億7911万8155円である。
(3) 本件分院における粗利率は概ね90%である。例えば、被告が退職届を提
出した令和5年10月の本件分院の売上高は3904万2200円であるのに
対し、同月の売上総利益は3532万0407円であるから、粗利率は90.
5 5%である。また、被告が退職した同年11月の本件分院の売上高は3840
万9176円であるのに対し、同月の売上総利益は3548万4293円であ
るから、粗利率は92.4%である。原告グループの粗利率をみても、同年1
0月は90.2%、同年11月は89.9%であるから、本件分院の粗利率は
概ね90%といえる。
10 そうすると、被告の競業行為によって、競業行為禁止期間に相当する1年間
で生じた原告の損害額は、1億7911万8155円(売上減少額)に90%
(粗利率)を乗じた1億6120万6340円となる。
【被告の主張】
(1) 本件分院の売上減少は、被告クリニックの開設とは無関係であるから、被
15 告の競業行為と因果関係のある損害が存在しない。
ア 被告は、原告を退職するに当たり、顧客情報を持ち出したことはないし、
退職後に、原告在籍時に担当していた顧客に対して営業をしたこともな
く、原告在籍時に担当していた顧客で被告クリニックを受診した患者は
数名しかいない。被告が、本件分院の顧客を奪取したという事実が存在
20 しない。
原告グループは、全国に多数の分院を展開し、テレビCMやSNSでの
ウェブ広告を行い、安価な価格設定をすることで顧客を獲得しており、
その客層は20代から30代の一見客が中心であるのに対し、被告クリ
ニックは、大規模商業施設に入居し、被告クリニック前に貼付している
25 チラシ等や既存顧客の紹介によって、顧客を獲得することを目指してお
り、客層は40代から50代が中心で、リピーターも多い。このように、
原告グループと被告クリニックとでは、マーケティング手法が異なり、
客層も全く異なるため、被告クリニックの開設により、本件分院の顧客
が被告クリニックに流れたという事実自体が存在しない。本件分院の売
上減少は、被告クリニックの開設とは無関係である。
5 イ 本件分院は、少なくとも、被告が院長に就任した令和3年11月当時か
ら、売上下落傾向にあったのであるから、被告の独立・開業にかかわら
ず、被告が退職した令和5年11月以降も、本件分院の売上下落傾向が
続いただけである。被告クリニックの開設にかかわらず、被告の退職後
に本件分院の売上が減少した理由については、以下のとおり、複数の理
10 由が考えられる。
すなわち、過剰出店に伴い、特にSNS等で顧客の食い合いが起こった
ことが売上減少の要因の一つであると考えられる。被告が退職した令和
5年11月30日時点で、大阪市内では、原告グループの分院が約5キ
ロメートル圏内に8院も存在したが、同年10月から令和7年3月まで
15 の間に、5院が閉院していることからも、過剰出店であったことは明ら
かである。特に、分院Aは、本件分院から約600メートル(徒歩8分)
の近接した場所にあり、同院は、令和6年7月末日に閉院して本件分院
と統合されたことからも、本件分院との間で、顧客を食い合う状況にあ
ったとみることができる。なお、原告グループに限らず、令和5年から
20 令和6年の間に、本件分院の近隣1キロメートル圏内には、本件分院と
施術メニューが一致する美容クリニックが5院開院している。本件分院
は、上記のとおり、原告グループに属する別の分院と顧客を食い合うだ
けでなく、同業他社との過当競争により、売上減少が止まらなかったも
のと考えられる。
25 また、原告グループは、大規模な人員削減策を採るなど、業績は悪化傾
向にあったことに加え、その強引な営業手法に問題がある旨の口コミや、
不適切な施術を受けた患者の症状等がインターネット上で拡散するなど
して、業界内の評判も下落傾向にあった。本件分院の売上減少も、その
流れの一環にすぎない。
さらに、被告の後任として就任した本件分院の院長は短期間で2回交代
5 しているところ、いずれの医師も被告に比べて、対応できる手術メニュ
ーが限られていた上、うち1名の医師は、中国人であり日本語でのコミ
ュニケーションが必ずしも十分に取れなかった。後任の院長の技術面に
加え、本件分院の院長が短期間で複数回交替しており、手術を担当した
医師による安定したアフターケアを期待できないことなどに不安を覚え
10 た潜在的顧客が本件分院を選択しなかった結果として、本件分院の売上
減少の傾向が加速したと考えられる。
以上のとおり、本件分院の売上減少は、上記各要因が重なった結果であ
り、被告クリニックの開業とは因果関係がないから、原告が主張する損
害は存在しない。
15 (2) 仮に、本件分院の売上減少と被告クリニックの開業との間に因果関係があ
るとしても、大阪市内で美容医療を求める顧客が本件分院を選択する確率を考
慮すると、その損害は極めて限定的である。
また、損害額の算定に当たっては、原告の売上げから、売上原価だけでなく、
販管費のうち変動費を控除した限界利益を把握すべきであり、少なくとも、広
20 告宣伝費、支払手数料(送客手数料(予約プラットフォームを利用した顧客が
来店し、施術を受けた場合に、当該店舗から予約窓口となった予約プラットフ
ォームに対して支払われる手数料)・決裁手数料等を含む。)、インセンティ
ブ給与(基本給に加えて、売上金額や売上目標達成率に応じて医師らに支払わ
れる給与)、消耗品費、旅費交通費及び外注費は、変動費に該当し、また雑費
25 についても、その内訳によっては外注費その他の変動費が含まれる可能性が高
いから、これらを控除した上で、損害額を算定すべきである。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実並びに掲記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認
められる。
5 (1) 被告は、令和3年11月1日付けで、本件分院の院長となったが、原告に
おける賃金は、年額2500万円の固定給に加え、インセンティブ給与として、
院ないし個人の売上げが固定給を上回った場合にその超過額に応じた金額が支
給されると定められたもので、実際にも、その在職中、月額約76万円から約
349万円の支給を受けていた(前提事実(2)ア、甲2、乙48の11から3
10 2まで)。
(2) 原告は、令和5年1月頃、それまで本件就業規則84条において定めてい
た競業禁止に関する規則を変更することとし、「当グループの院長を経験した
者は、当グループの許可を得ないで一定基準を満たす市区町村区域(※2)に
おいて競業法人等への転職または独立自営を退職の日から1年間行ってはなら
15 ない。(※2)退職前直近1年以内に院長として勤務経験のあるクリニックが
所在する市区町村内、かつそのクリニックから半径10キロ以内(ただし、当
該クリニックが東京23区内所在の場合は同一区及び当該区に隣接する区また
は市町村)」と改定した(前提事実(2)イ)。
(3) 原告は、令和5年1月以降、全国に所在する原告グループに属する分院
20 の各院長に対して、上記競業禁止の規定変更について個別に説明を実施するこ
ととし、業務委託先である株式会社メディカルフロンティア(当時)のドクタ
ーサポート部門のスタッフを介し、その説明を行った。
上記ドクターサポート部門ゼネラルマネージャーであったBは、令和5年4
月13日、翌日に競業禁止の規定変更の件で本件分院を訪ねる旨、被告に伝え
25 た上、翌14日、本件分院を訪れ、被告に対し、本件資料をパソコンで示しな
がら、他の院長に対するのと同様の説明を実施した。
本件資料には、従来の本件就業規則84条(競業の禁止)の規定が引用され
ているほか、「競業の禁止 新たなルール」、「競業の禁止内容緩和」として、
「当グループの院長を経験した者は、当グループの許可を得ないで一定基準を
満たす市区町村区域(※2)において競業法人等への転職または独立自営を退
5 職の日から1年間行ってはならない。(※2)退職前直近1年以内に院長とし
て勤務経験のあるクリニックが所在する市区町村内、かつそのクリニックから
半径10キロ以内(ただし、当該クリニックが東京23区内所在の場合は同一
区及び当該区に隣接する区または市町村)」と記載され、その注釈として、「➡
退職から1年間は・・①退職前1年間で院長として務めた地域にある同業クリ
10 ニックでは、勤務することができません。②退職前1年間で院長として務めた
地域では、開業することができません。」と記載されている。また、「開業サポ
ートについて」、「独立サポート制度」として、「当グループの院長を経験者は、
当グループを退職後に独立開業する際、当グループが提供する「独立サポート
制度」を利用することができます。」、「利用期間は退職の日から1年間となり
15 ます。」、「提供内容 取引業者様の紹介、資金調達支援、WEB広告支援、ホ
ームページ作成支援、スタッフ採用支援、クリニック運営指導、各種研修会や
講習会の優先参加、など」と記載されていた。
(以上につき、前提事実⑵ウ、甲17、46、証人B)
(4) 被告は、Bの説明を受けた上、その場で、同人に、この内容を受け入れる
20 ことに伴う不利益の有無を質問し、同人から近い将来に開業を予定していない
のであれば不利益はない旨の回答を得た後、本件変更確認書に署名・押印し、
これを同人に提出した。
本件変更確認書は、「競業禁止に関するルール変更確認書」との表題が、本
文よりもやや大きいフォントサイズで印字され、「TCBグループ医療法人理
25 事長殿」が宛先とされ、冒頭文の「私は、下記競業禁止に関するルール変更
(1)および(2)を確認しました。」との記載の下に、「(1) 独立サポート制度の
提供」、「(2) 競業等の禁止」として、本件資料に記載されていた独立サポー
ト制度と変更後の競業禁止規則と同じ内容が記載され、「(ご参考)」として、
従来の本件就業規則84条の内容も記載されているもので、作成日付、被告の
住所及び氏名が被告によって自署され、押印がされている。
5 (以上につき、前提事実⑵ウ、甲6、17、46、証人B)
(5) 被告は、令和5年10月20日、原告に退職届を提出し、その3日後の同
月23日、本件分院から直線距離で約2キロメートル離れた場所に被告クリニ
ックを開設し、同年11月30日付けで、原告を退職した(前提事実(3)ア)。
2 争点1(被告の競業避止義務の有無)について
10 (1) 上記のとおり、被告は、令和5年4月14日、本件変更確認書に署名・押
印をした上で、これを原告に提出しているから、原告と被告との間で、本件変
更確認書に記載のとおり、変更後の競業禁止規則と内容を同じくする競業避止
義務に係る個別の合意が成立したと認められる。
これに対し、被告は、本件変更確認書による競業避止義務の定めは、公序良
15 俗に反し無効である旨主張する。
そこで検討すると、一般に、退職後の競業避止義務は、職業選択の自由、営
業の自由を制限するものであるから、競業を禁止する合意をした場合であって
も、当然にその文言どおりの効力が認められるものではないことは確かである
ものの、その制限が、競業禁止によって守られる利益の内容及び性質、在職中
20 の地位、代償措置の有無、禁止行為の範囲や期間等を総合的に考慮し、合理的
かつ必要な範囲を超えない場合には、公序良俗に反して無効となるものではな
いと解される。
(2) 本件についてみると、被告は、上記のとおり、令和3年11月から令和5
年11月に退職するまでの約2年間、本件分院の院長兼管理者の地位にあり、
25 それ以前も、原告グループに属する別の分院の院長兼管理者の地位にあるとと
もに、長らく原告の理事でもあり、美容外科クリニックを経営・管理する立場
にあった。これに加えて、美容医療という業務の性質上、審美上の悩みや施術
履歴を含めた顧客情報は、事業上の有用性、必要性の高い情報であるといえる
が、被告はそういった情報にアクセスすることができた上、医師として個別の
顧客との人的関係を構築する立場にもあったもので、被告の存在自体が、顧客
5 の誘引、維持上も役割を果たしていたといえることも踏まえると、競業避止義
務を課す必要性自体は高いといわざるを得ない。
そして、本件変更確認書に基づく競業避止義務によって禁止される競業の範
囲は、退職前直近1年以内に院長として勤務経験のある分院が所在する市区町
村内、かつその分院から半径10キロメートル以内と、期間としても、地理的
10 範囲としても限定されており、被告が上記のとおりの地位や役割にあったこと
との対比において、その制限の程度も過度なものとはいえない。
他方、被告は、上記のとおり、原告から年額2500万円という高額の固定
給を支給されていた上、これに付加して、相当額に及ぶインセンティブ給与の
支給も受けるなど(乙48)、経済的に厚遇であったこと、上記競業禁止と表
15 裏のものとして、退職の日から1年間、取引業者の紹介、資金調達支援、WE
B広告支援等の独立サポート制度の提供を受けることができるとされていたこ
とからすると、上記制限の内容、程度に照らし、十分な代償措置も講じられて
いたといえる。
これらの事情を総合的に考慮すると、本件変更確認書に基づく競業避止義務
20 は、その制限が合理的かつ必要な範囲を超えるものではなく、公序良俗に反し
て無効とはいえない。
(3) 被告は、競業避止義務の特約が公序良俗に反しないとしても、その意思表
示には表示行為の錯誤又は動機の錯誤があった旨主張する。
そこで検討すると、まず被告は、本件変更確認書に署名・押印したもので、
25 文書の成立の真正を否定すべき事情は見当たらないのであるから、被告におい
て、前記1(4)で認定した本件変更確認書の内容のとおりに意思表示をしたも
のと認めるほかない。この点、被告は、当該表示と自らの内心とが一致してい
なかったとして、表示行為の錯誤を主張する趣旨と理解されるが、本件変更確
認書は、「競業禁止に関するルール変更確認書」との表題からしてその目的が
明確に示され、「競業等の禁止」の項の内容も特に分かりにくいものではなく、
5 被告の経歴等に照らしても、被告がその内容を誤解し、表示と意思に不一致が
あったと解することは困難である。このことは、被告が、前記1(3)(4)の認定
のとおり、本件変更確認書の署名・押印に先立って、Bからの説明を受け、質
疑応答の機会もあったことを踏まえると、なおのことであって、被告の主観と
して、署名・押印前に十分な時間を与えられなかったなどと感じる部分があっ
10 たとしても、表示行為の錯誤を十分に根拠付ける事情とはいえず、被告の主張
は、採用することができない。
また、被告は、動機の錯誤も主張するが、上記のとおり、本件変更確認書に
は、被告が負うことになる競業避止義務の内容が、被告に十分理解可能な表現
で明示されており、これに署名・押印することで、その内容を受け入れる旨の
15 意思表示をしたものといえるのであるから、動機や経過に係る部分で錯誤があ
ったとみることもできない。この点、被告は、本件変更確認書に「ご参考」と
して記載された本件就業規則84条の従来規定がその内容及び周知手続に照ら
して無効とされるべきものだったのであるから、前提事情について被告に錯誤
があった旨主張する趣旨と解されるが、本件変更確認書が規定する競業避止義
20 務の内容自体は、上記のとおりに明示されていた上、前記(2)で説示のとおり、
その内容は被告に過度な制限を課すものではなかった一方、本件就業規則84
条の従来規定はあくまで参考との位置付けで記載されているにとどまること、
少なくとも本件就業規則84条の従来規定の存在自体に誤りはないことからす
ると、被告の主張するようなその有効性に係る評価は、本件変更確認書に係る
25 意思表示の要素を構成するような重要な動機部分とみることはできない。
したがって、動機の錯誤があった旨の被告の主張も、採用することができな
い。
(4) 以上によれば、被告は、本件変更確認書に基づいて、原告に対する競業避
止義務を負う。
3 争点2(競業避止義務違反による損害の有無及びその金額)について
5 (1) 上記2の説示によれば、被告は、本件変更確認書に基づく競業避止義務に
違反し、その競業禁止期間である退職後1年以内に被告クリニックを開設し、
競業避止義務に違反したと認められるから、被告は、原告に対し、競業避止義
務違反がなかったならば原告が顧客から得ていたであろう逸失利益に係る損害
を賠償する責任があるところ、原告は、被告の退職後1年間の売上減少額(1
10 億7911万8155円)に粗利率(90%)を乗じた売上総利益(1億61
20万6340円)、つまり、売上げから売上原価を控除した売上総利益の減
少額が、被告の義務違反と因果関係のある損害になると主張する。
この点、被告は、損害の算定の基礎として、本件分院の売上げから売上原価
を控除すべきであるとの限りにおいては原告と同一の見解である一方、これに
15 加えて、販管費のうち変動費も控除した限界利益を基礎とすべきである旨、さ
らに、そもそも原告の売上げ・利益の減少は、他要因によるものであって、被
告の競業避止義務違反との因果関係は認められない旨主張するので、順次検討
する。
まず、原告は、被告の競業避止義務違反による逸失利益を算定するにあたり、
20 被告の退職前後での本件分院の利益変動を基礎とするもので、これ自体は合理
的に想定できる算定方法の1つであるが、当該損害の性質上、売上げから控除
すべきは変動費全般、つまり、ここでの利益変動は、限界利益によるべきとい
える。本件では、売上げから売上原価を控除すべきことについては争いがない
一方、販管費のうちいずれの費用が変動費に当たるか、その金額ないし割合を
25 どう評価するかについては争いがあるため、以下、検討する。
(2) 販管費のうち、旅費交通費、消耗品費、支払手数料及び外注費については、
その詳細な内訳・費目等は明らかでないものの、その性質に照らし、大部分は
変動費に当たるものと解するのが相当である(甲45、47から49まで)。
また、原告グループにおいては、医師については、各人の固定給よりも売上
げが超過した際に、これに応じた上乗せ分が支払われ、看護師及びカウンセラ
5 ーについても、売上目標達成率等に応じて上乗せして手当が支払われるという
給与体系を採用している(インセンティブ給与。甲2、乙68から70まで)。
そのため、原告における人件費は、全くの固定費というわけではなく、変動費
としての性質を伴う部分も一部含んでいると解するのが相当である。
雑費についても、その内訳の詳細が明らかではないものの、令和5年5月か
10 ら令和6年4月までの金額の推移を見ると、19万4913円から375万4
481円と増減の幅が大きいなど(甲47、48)、本来的に変動費に当たる
ものが含まれているものと推認され、これに反する証拠も見当たらないから、
その多くは変動費に当たるものと解するのが相当である。
他方、広告宣伝費については、被告は変動費に当たると主張するものの、一
15 般には、売上げに直接連動することなく予めの計画に基づいて一定して出捐さ
れるものであることに加え、原告グループでは、原則として、全国をターゲッ
トとする広告(ウェブサイト、SNS広告等)は、全国の分院の数で分配し、
特に近畿地方をターゲットとする広告は近畿地方の分院の数で分配しており
(弁論の全趣旨)、令和5年5月から令和6年4月までの金額の推移も、42
20 万円から52万3764円と増減の幅が小さいことからすると(甲47、4
8)、原告の広告宣伝費は固定費に当たるものと解するのが相当である。
(3) 以上を前提に、被告退職前の本件分院に係る経理情報が証拠上存在する期
間のうち、被告が退職する前の6か月間(令和5年6月から同年11月まで)
のもの(甲34、43、47)を基礎として検討するに、まず本件分院の粗利
25 率を90%、つまり、売上原価の率を10%とするのは合理的で(甲36、弁
論の全趣旨)、被告もこの率自体に特段異を述べるものではない。そして、販
管費については、上記6か月間の売上げが2億3903万6519円であるの
に対し、同一期間に対応する旅費交通費(437万8950円)、消耗品費
(124万4421円)、支払手数料(432万0600円)、外注費(851
8円)、雑費(1028万7756円)は、その多くが変動費といえること、
5 人件費(ただし、給料手当と賞与の合計額。5964万3984円)について
も全面的に固定費なわけではなく、変動費としての性質を有する部分も一部含
まれていることを総合考慮すると、販管費のうち変動費の占める部分は売上げ
の10%、売上原価と併せると20%で、本件分院の限界利益率を80%とし
て、逸失利益算定の基礎とするのが相当である(甲34、47、乙47、48、
10 弁論の全趣旨。なお、美容医療に係る事業は、医師等の人件費や利便性の高い
地域での店舗賃料が費用の多くを占めることになるため、変動費が比較的少な
く、限界利益率が高くなることは、一般論としても了解可能である。)。
(4) そうすると、被告が原告を退職し、直ちに競業避止義務に違反して被告ク
リニックを開業して以降、競業避止義務の期間たる1年間の本件分院の利益減
15 少額は、原告が主張立証する被告退職後の本件分院の年間売上げ減少額(1億
7911万8155円。その算定方法は合理的なものと認められ[甲32~3
4、41~43、弁論の全趣旨]、この算定を妨げるに足りる反証はない。)に
限界利益率(80%)を乗じた、1億4329万4524円と認められる。
(5) 次に、このような限界利益の減少が、被告の競業避止義務違反によるもの
20 といえるかを検討する。
上記のとおり、被告は、退職後直ちに、本件分院から直線距離で約2キロメ
ートルという地理的に相当近接した場所で被告クリニックを開設して競業行為
を行ったもので、この一事をもってしても、原告の売上げ及び利益に、少なか
らぬ影響を与えたものといえる。加えて、美容医療という事業の性質上、診療
25 を担当する医師が誰であるかは、顧客の誘引、選択を左右する重要な要素とい
え、本件分院を含めた原告及び被告クリニックのいずれのウェブサイトにおい
ても、所属医師の氏名及び肖像写真が掲載されていること(甲10、乙7、弁
論の全趣旨)も考え併せれば、被告の競業行為と本件分院の利益減少との間に
一定程度の相当因果関係があるといえる。
他方、被告が、退職前に、本件分院の顧客に独立・開業する旨を伝えたり、
5 被告クリニックに勧誘するなどしたことを認めるに足りる証拠はなく、被告ク
リニックの顧客のうち、原告在職時からの顧客である旨証拠上確認できるのは
数名に限られ(乙44、被告本人)、原告在職時の既存顧客が被告クリニック
に多数流出したことを直接証するような証拠はないこと、本件分院の売上は、
被告が院長に就任した令和3年11月以降、被告の退職前から既に減少傾向に
10 あり、同月時点での売上は5152万8264円であったのに対し、被告が退
職した令和5年11月時点では4291万3050円にまで減少していたこと
(乙47)からすると、被告の退職後の利益減少についても、被告の競業行為
のみによるものとはいい難く、むしろ、被告退職前からの下降傾向の継続とい
う側面が相当に大きかったものといえる。
15 この点、本件分院の周辺の状況をみても、令和5年から令和6年にかけて、
本件分院の近隣1キロメートル圏内という近傍に、原告グループ以外の美容ク
リニックが5院開院しているところ、本件分院は、同一圏内で相当に厳しい競
争にさらされていたことが認められる(乙53)。また、本件分院が所在する
なんばエリアには、被告が退職する直前の令和5年10月時点で、南海電車な
20 んば駅を起点とする2キロメートル圏内に本件分院を含む原告グループの分院
が3院存在し、大阪・梅田エリアにも分院が5院存在したところ、そのうち分
院Aは令和6年7月末に閉院して本件分院に統合され、同年11月末には、T
CB梅田大阪駅前院と西梅田院が閉院するなど、グループ内での分院同士の競
業も生じていたことが認められる(甲11、乙49)。このような競業の状況
25 は、本件分院の売上げ及び利益の元々の減少傾向の背景事情といえ、ここに被
告クリニックという新たな競業が加わることで、競争がさらに厳しくなったと
いう一定の影響はあったにせよ、本件分院の売上げ及び利益の減少を、被告ク
リニックの競業のみに帰責させることは、上記実態に沿うものではない。
さらに、被告の退職後、本件分院の院長が複数回交代している(乙49の2)
など、被告の競業に関わらず、被告退職後の本件分院の経営状況そのものが、
5 本件分院が選択されず、あるいは、顧客離反の要因となった可能性も否定でき
ない。
(6) 以上の事情に照らせば、本件分院の利益減少には、被告の競業行為による
部分があったとはいえ、それ以外の要因による部分が相当に大きいものという
べきであるから、被告の競業避止義務違反による原告の損害は、上記で認定し
10 た利益減少額(1億4329万4524円)の20%に満たないもので、22
00万円の範囲に限って、因果関係のある損害と認めるのが相当である(なお、
本件の計算過程に照らし、損害額を低い位まで厳密に求めようとすることは、
有意なものとは解されず、いたずらに数字を細かくするのみで、相当なもので
はない。)。
15 第5 結論
よって、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるからこれを認容し(なお、
原告は、附帯請求について、訴状送達の日からの遅延損害金を請求するものであ
るが、訴状送達の日の翌日からの分を認容する。)、その余は理由がないからこれ
を棄却することとして、主文のとおり判決する。
20 大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官
松 川 充 康

裁判官
小 野 健

裁判官
横 井 真 由 美

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