平成23(ネ)10035実用新案権侵害差止等請求控訴事件
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裁判所 |
控訴棄却 知的財産高等裁判所 大阪地方裁判所
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裁判年月日 |
平成24年3月14日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
控訴人株式会社タダプラ岡田健一 被控訴人株式会社伸晃
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法令 |
実用新案権
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キーワード |
実用新案権7回 侵害6回 無効6回 無効審判3回 差止2回 実施1回 損害賠償1回
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主文 |
本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事件の概要 |
本判決の略称は,当事者の呼称を含め,審級に応じた読替えをするほか,原判
決に倣う。 |
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判決文
平成24年3月14日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成23年(ネ)第10035号 実用新案権侵害差止等請求控訴事件
原審・大阪地方裁判所平成22年(ワ)第8024号
口頭弁論終結日 平成24年2月15日
判 決
控 訴 人 株 式 会 社 タ ダ プ ラ
同訴訟代理人弁護士 石 井 義 人
岡 田 健 一
石 田 大 輔
白 井 一 成
同訴訟代理人弁理士 内 山 邦 彦
岡 田 充 浩
同補佐人弁理士 杉 本 勝 徳
被 控 訴 人 株 式 会 社 伸 晃
同訴訟代理人弁護士 白 波 瀬 文 夫
同訴訟代理人弁理士 濱 田 俊 明
主 文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告商品目録記載の各商品を製造し,販売し,若
しくは輸入し,又は販売のために展示してはならない。
3 被控訴人は,前項記載の商品及び同商品製造のための金型を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1050万円及びこれに対する平成22年6
月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
6 仮執行宣言
第2 事案の概要
本判決の略称は,当事者の呼称を含め,審級に応じた読替えをするほか,原判
決に倣う。
1 本件は,被控訴人が被控訴人各商品を製造,販売した行為について,控訴人
が,被控訴人の上記行為は控訴人の有する本件実用新案権を侵害すると主張して,
被控訴人に対し,①本件実用新案権に基づき,被控訴人各商品の製造,販売等の差
止め並びに被控訴人各商品及び同各商品製造のための金型の廃棄を求めるとともに,
②不法行為に基づく損害賠償として,1050万円及びこれに対する平成22年6
月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は,被控訴人各商品における棚板の円形の穴は,本件考案の「横桟部材に
着脱可能に接合することができる掛合部」には当たらないから,構成要件を充足せ
ず,均等侵害も成立しない旨を判示して,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人は,原判決を不服として控訴した。
2 前提となる事実
控訴人の請求について判断の前提となる事実は,原判決2頁15行目から4頁5
行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。
なお,本件考案の構成要件は,以下のとおり分説することができる。
① 上面に靴載せ部が形成された板状部材の一端に靴収納庫に設けられた横桟
部材に着脱可能に掛合する掛合部と,
② 他端に靴止め部を形成し,
③ 靴載せ部の上面と靴載せ部の下方とに靴を収納した収納姿勢と,掛合部を
回転中心として靴止め部側端部を跳ね上げ靴載せ部の下方に靴を出し入れする跳ね
上げ姿勢とに回動可能で,
④ 且つ掛合部で横桟部材の長手方向に摺動可能に構成し,
⑤ 靴載せ部の靴止め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部を形成したことを
特徴とする,靴載置用棚板
3 本件訴訟の争点
(1) 被控訴人各商品が本件考案の構成要件を文言上充足するか(争点1)
(2) 被控訴人各商品が本件考案と均等なものとしてその技術的範囲に属するか
(争点2)
(3) 本件考案が実用新案登録無効審判により無効とされるべきものか(争点
3)
(4) 損害の額(争点4)
第3 当事者の主張
1 原審における主張
当事者の原審における主張は,原判決4頁20行目から14頁12行目までに摘
示のとおりであるから,これを引用する。
2 争点1(被控訴人各商品が本件考案の構成要件を文言上充足するか)につい
ての当審における補充主張
〔控訴人の主張〕
(1) 横桟部材について
ア 原判決は,構成要件①の「横桟部材」とは,あらかじめ靴収納庫に設けられ
ていることが前提であるとする。
しかしながら,本件実用新案権の請求項及び本件明細書には,構成要件①の「靴
収納庫に設けられた横桟部材」について,靴収納庫内に横桟部材を設ける方法を限
定する旨の記載はない。本件明細書【0019】には,「突っ張り棒」や「螺子式
固定具」の構造を例示しているが,同記載は,本件考案を実施するための最良の形
態にすぎず,その他の横桟部材の設置方法を排除するものではない。
イ 構成要件①における「横桟部材」は,あらかじめ靴収納庫内に設置されてい
る場合のみならず,事後的に任意の方法で横桟部材を設置する場合も含むと解すべ
きである。
ウ したがって,被控訴人各商品のように,靴収納庫内に横桟を設置するため
に横桟の両側に設置用の脚を設ける方法も,構成要件①の「靴収納庫に設けられた
横桟部材」に相当するものというべきである。
(2) 着脱可能な掛合部について
ア 原判決は,構成要件①の「掛合」とは,漢字の意味や技術用語集の記載か
らすると,当業者は,「引っ掛ける」程度の比較的簡易な態様で接合させることを
意味するものと理解するとする。
しかしながら,実用新案権の技術的範囲に関する文言の定義は必ずしも辞典の記
載に拘束されるものではなく,同考案の技術思想や作用効果を参考に,当該文言の
国語的意味について解釈されるべきものである。
イ 本件考案において,請求項1の構成に「フックもしくは下向きU字形に掛
合部を形成されていること」を加えた構成が請求項2とされていることからすると,
請求項1における「掛合部」とは,必ずしもフックや鉤状の掛合部に限定されず,
請求項2の構成以外の掛合部を広く含むものと解すべきである。
また,「掛合」のうち,「掛」の漢字や,「掛ける」の単語の第一義的意味は,
「上が固定された状態で,高いところからぶらさがる。」ものであるから,「掛
合」とは,「ぶらさがる態様で部材が接合する」ことを意味すると解すべきである。
ウ 原判決は,本件考案の作用効果の観点から,構成要件①における「掛合
部」とは,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で横桟部材に棚板を着脱可能
に接合することができる部分であり,かつ,これにより回動及び摺動が可能となる
ものと解すべきであって,被控訴人各商品における棚板の円形の穴は,横桟部材に
着脱可能に接合することができる掛合部には当たらないとする。
しかしながら,先に述べたとおり,本件明細書には,横桟部材の構造,設置方法
及び棚板の着脱方法について限定する旨の記載はない。被控訴人各商品のように,
横桟部材を伸縮自在のパイプとし,靴収納庫内に両脚を用いて設置すれば,容易に
棚板を靴収納庫内の横桟部材に着脱することが可能である。着脱可能とは,横桟部
材に棚板を着脱することができる構造を有することを意味するものであって,随時
かつ任意に棚板の着脱を行うことができる「着脱自在」とはその意義が異なる。
確かに,被控訴人各商品における棚板は,特定の横桟部材に対して着脱困難な場
合があるが,横桟部材の長さ,太さ,形状等によっては,いかなる棚板でも着脱不
可能となる場合があるから,このような事情をもって「棚板が靴収納庫内に設けら
れた横桟部材と掛合する」との構成要件を充足しないと判断することは不当である。
エ したがって,被控訴人各商品における棚板は,横桟部材に棚板を着脱する
ことができる構造を有しているから,「着脱可能な掛合部」を充足する。
(3) 小括
以上からすると,被控訴人各商品は,本件考案における構成要件①を充足する
ものというべきである。
被控訴人各商品が,構成要件①を除く他の構成要件を充足していることについ
て,当事者間に争いはないから,被控訴人各商品は本件考案の技術的範囲に属し,
控訴人の本件実用新案権を侵害するものというべきである。
〔被控訴人の主張〕
(1) 横桟部材について
ア 本件明細書の記載からすると,構成要件①の横桟部材とは,あらかじめ靴
収納庫に設けられているものであり,本件明細書に記載された構成以外の「その他
の横桟部材の設置方法」についても含まれるものではない。
イ 被控訴人各商品は,それ自体独立した靴収納具であり,靴収納庫に設置す
るものではない。仮に被控訴人各商品を既存の靴収納庫内で利用する場合を想定し
たとしても,靴収納具の置き場所の問題にすぎず,横桟部材そのものが靴収納庫に
設けられることを必須の構成とする本件考案の技術とは本質的に異なるものである。
ウ 被控訴人各商品は,棚板と伸縮パイプとフレームとをセットで販売し,購
入者が自分で組み立てて使用するものであるから,被控訴人各商品における棚板は
常に同梱された伸縮パイプに挿通して使用される。
したがって,被控訴人各商品の伸縮パイプが構成要件①の「横桟部材」に相当し
ない以上,被控訴人各商品における棚板は本件考案の「横桟部材」に掛合する構成
を有しているものということはできない。
エ 以上からすると,被控訴人各商品の伸縮パイプは,構成要件①の「横桟部
材」に相当しないものというべきである。
(2) 着脱可能な掛合部について
ア 「掛合」とは,「引っ掛ける」という比較的簡易な態様で接合させることを
意味し,「ぶらさがる」態様の全ての接合を意味するものと解することはできない。
また,本件考案の請求項2に記載された「掛合部」が「フックもしくは下向きU
字形」であるからといって,請求項1に記載された「掛合部」が常にそれより広い
概念であると解することはできないから,請求項1の「掛合部」には,請求項2の
構成以外の掛合部が広く含まれると解することもできない。
イ 本件考案において,掛合部が着脱可能に掛合する箇所は,「あらかじめ靴収
納庫に設けられている」横桟部材であり,棚板は,このような横桟部材に「着脱可
能」なものである。
被控訴人各商品は,棚板の一端に円形の穴が形成されており,横桟部材を靴収納
庫から取り外さない限り着脱できない構造を有するのであるから,構成要件①の
「着脱可能な掛合部」を充足しないことは明らかである。
控訴人は,本件明細書には,棚板の着脱方法を限定する旨の記載はないなどと
主張するが,このような主張は,本件明細書に開示された技術内容を無視するに等
しいものであり,失当である。
ウ 本件明細書には,本件考案の効果として,既存の靴収納庫にも必要に応じ
て所望する箇所に取り付けて使用することが可能である旨記載されているところ,
当該効果を達成するためには,棚板の掛合部は,既存の靴収納庫における「(横桟
部材の)所望する箇所」に必要に応じて取り付けられる構成であることを要するか
ら,横桟部材を既存の靴収納庫から取り外さない限り取り付けできない構成では,
上記効果を奏することはできない。そして,既存の靴収納庫にあらかじめ設けられ
た横桟部材のうち,①靴収納庫に当初から設けてある横桟部材は,通常は釘や接着
剤で固定されて取り外しができない構造を有しており,また,②靴収納庫の左右内
壁間に突っ張り棒や螺子式固定具の構成により後発的に設けた横桟部材も,必要に
応じてその取り外し等を容易に行うことができるものではない。
エ 本件明細書には,「棚板を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさせた
り,棚板を横桟部材に付け替えたりすること」が可能である旨が記載されていると
ころ,棚板を「付け替え」るとは,「スライド」との対比からすると,横桟部材を
靴収納庫に設置した状態で棚板を「取り外し,取り付ける」ことを意味すると解す
べきであるから,被控訴人各商品のように,伸縮パイプを分解しなければ棚板を
「取り外し,取り付ける」ことができない構成は,「着脱可能」とはいえない。
オ したがって,被控訴人各商品は,棚板に円形の穴を形成し,これを伸縮パ
イプに「挿通」して,靴収納具を分解しない限り取り外せない構成を有するもので
あるから,「着脱可能な掛合部」を有するということはできない。
(3) 小括
以上からすると,被控訴人各商品は,本件考案における構成要件①を充足する
ものということはできない。
3 争点2(被控訴人各商品が本件考案と均等なものとしてその技術的範囲に
属するか)についての当審における補充主張
〔控訴人の主張〕
(1) 仮に,被控訴人各商品における棚板の一端に設けられた穴が,本件考案の
構成要件①の「掛合部」に相当しないとしても,同棚板の一端に設けられた穴と本
件考案の「掛合部」とは均等なものである。
原判決は,本件考案の作用効果について,横桟部材を靴収納庫に設置したままの
状態で棚板を着脱可能に接合させることにより,既存の様々な靴収納庫や横桟部材
に対応することができる点にあるとして,被控訴人各商品における棚板の穴は,本
件考案の作用効果を奏することができず,また,同接合部は本件考案の本質的部分
に当たるから,均等侵害は成立しないとする。
しかしながら,靴収納庫内に無駄なスペースを作らず,効率的に靴を収納する
ため,横桟部材に靴収納用棚板を設けて同棚板の上下に靴を収納する技術は従来か
ら存在しており,同部分は本件考案の本質的部分にはなり得ない。当該棚板を横桟
部材と接合させることができるか否かは,当該接合部の形状,横桟部材の長さ,太
さ,形状によって当然に変わり得るものであって,本件考案は,「既存の様々な靴
収納庫や横桟部材に対応できる」棚板の考案ではない。
(2) 本件考案の本質的部分である技術思想及び中核的な作用効果は,靴収納庫
内に設けられた靴収納用棚板の上下に靴を収納する従来技術において,棚板下部に
収納した靴が取り出しにくいという課題を解決するため,同棚板が接合されている
靴収納庫内の横桟部材を回転中心として跳ね上げ姿勢の体勢をとることができるよ
うにし,あるいは同棚板を横桟部材の長手方向に摺動可能としたことにある。
そうすると,構成要件①の「掛合する掛合部」を被控訴人各商品のように横桟部
材を貫通させる穴に置換しても,本件考案の上記中核的な作用効果を奏することが
可能である。
また,棚板の一方を横桟部材に接合させて,横桟部材を回転中心として跳ね上げ
姿勢の体勢をとり,あるいは同棚板を横桟部材の長手方向に摺動可能なようにする
ため,棚板の一方に設置された「掛合部」を横桟部材に貫通させるための穴に置換
することは,本件明細書の記載を参考にすれば,当業者にとって,被控訴人各商品
の製造時点において容易に想到することが可能である。
(3) 以上からすると,仮に被控訴人各商品における棚板の接合部が,構成要件
①の「掛合部」に相当しないとしても,被控訴人各商品の接合部は本件考案の掛合
部に均等なものである。
したがって,被控訴人各商品は,本件考案の技術的範囲に属するものというべ
きである。
〔被控訴人の主張〕
(1) 本件考案の本質的部分は,棚板が接合されている靴収納庫内の横桟部材を
回転中心として跳ね上げ姿勢の体勢をとることが可能であったり,棚板を横桟部材
の長手方向に摺動可能とした点にあるのではない。本件考案の棚板は,横桟部材を
靴収納庫に設置したままの状態で着脱が可能となる態様で棚板を横桟部材に接合さ
せているために,既存の様々な靴収納庫や横桟部材にも対応することができるとい
う点にその利点があるものであって,このような接合部が本件考案の本質的部分で
ある。
被控訴人各商品は,本件考案の本質的部分である「着脱可能な掛合部」の構成
を有しない以上,均等論が成立する余地はない。
(2) 本件考案の効果は,先に指摘したとおり,既存の靴収納庫にも必要に応じ
て所望する箇所に取り付けて使用することができる点にあるところ,被控訴人各商
品は,棚板に円形の穴を形成して,伸縮パイプに挿通して接合する構成を有するか
ら,「既存の靴収納庫に必要に応じて所望する箇所に取り付けて使用することがで
きる」という作用効果を奏することはできない。
(3) 以上からすると,被控訴人各商品の接合部は本件考案の掛合部に均等なも
のということはできない。
したがって,被控訴人各商品は,本件考案の技術的範囲に属するものというこ
とはできない。
4 争点3(本件考案が実用新案登録無効審判により無効とされるべきものか)
についての当審における補充主張
〔被控訴人の主張〕
(1) 「長手方向に摺動可能であること」について
乙1考案のパレット状棚部材が棚パイプの長手方向に摺動可能であることは,
乙1公報の各図の記載,特に,パレット状棚部材と棚パイプとの掛合部の構造から
すると,明らかである。
(2) 相違点2について
ア 本件考案における「跳ね上げ姿勢」とは,板状部材が横桟部材に「掛合」さ
れているため,掛合部を支点として「跳ね上げ姿勢」と「収納姿勢」との2つの態
様にすることができるという,作用的な構成を意味するものである。両態様は,使
用時の用法を記載したものと解されるから,乙1考案の靴整理棚の利用者が,下側
の靴を取り出すときにパレット状棚部材の下部を持ち上げて,「跳ね上げ姿勢」を
実現することができるか否かの観点から,検討すべきものである。
イ 乙1公報の意匠に係る物品の説明の欄には,靴を取り出すときにはパレッ
ト状棚部材を外す旨の記載があるが,使用状態参考図1及び2からすると,パレッ
ト状棚部材は一端側の横桟部材を支点として極めて容易に回動させることができる
ことは明らかであり,利用者がパレット状棚部材を跳ね上げて下側の靴を取り出す
態様は容易に想定することができるものである。利用者がパレット状棚部材の裏側
に収納した靴を取り出す場合,あえてパレット状棚部材を取り外すことなく,その
一端側のフックを回転中心として他端を跳ね上げるだけで足りるものであるし,こ
れを実現するについては何ら阻害事由は存在しない。
ウ 乙1考案には,前側の棚パイプがあるが,靴を取り出す際,パレット状棚
部材を跳ね上げれば,前側の棚パイプの存在が障害となるものではない。本件明細
書にも,跳ね上げて取り出すという記載があるのみである。本件考案においては,
床を滑らせて靴を取り出すことが可能であり,乙1考案では,棚パイプを跨がせて
靴を取り出す必要がある点において相違するが,パレット状棚部材を跳ね上げれば,
いずれの構成でも靴を取り出すことは可能で,その効果に決定的な差異はない。
エ 以上からすると,構成要件③の「跳ね上げ姿勢」は,当業者が乙1公報に
基づいて極めて容易に想起し得る作用の記載にすぎない。
(3) 脚部について
ア 控訴人は,「脚部間の隙間から手を入れて靴収納用棚板の跳ね上げ操作を楽
に行う」ことが,本件考案の構成であるかのように主張するが,これは,技術思想
ではなく,考案の課題にすぎず,その課題解決のために,構成要件⑤の構成(靴載
せ部の靴止め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部)が採用されたものである。
乙3公報の各図からすると,乙3公報に記載された考案(以下「乙3考案」と
いう。)でも,支脚が設けられているために,容易に脚部の隙間から手を入れるこ
とが可能である。そのこと自体は,「靴載せ部の靴止め部側端部の両隅部に下方に
延びる脚部」構成から導き出される用法にすぎず,脚部が存在する限り,利用者が
極めて容易に選択できる程度の用法である。
イ 乙3考案と乙1考案とは,同一の利用分野に属する考案であるから,乙1
考案に乙3考案を適用することについて何らの阻害要因は存在しない。
乙1考案には,手前側に棚パイプが存在するところ,当該パイプは,パレット
状棚部材を掛合するという作用と,左右の側板を結合するという作用を有するもの
である。もっとも,左右の側板を結合する作用については,後側の棚パイプ1本だ
けでも可能であるし,手前側の棚パイプについても,技術上,必須の構成であると
いうこともできない。
そうすると,乙1考案の構成から手前側の棚パイプを取り除き,乙3の脚部の
構成を適用することについて,当業者が極めて容易に想到し得るものということが
できる。
(4) 小括
以上からすると,本件考案は,乙1考案及び乙3考案に基づいて,当業者が容易
に考案することができたものであり,実用新案登録無効審判により無効にされるべ
きものであって,本件実用新案権に基づく権利行使は許されない。
〔控訴人の主張〕
(1) 「長手方向に摺動可能であること」について
乙1公報には,棚板が横桟部材の「長手方向に摺動可能」であること(構成要件
④)に関する記載も示唆もない。同公報には,「大径のパイプ内に小径のパイプが
摺動可能」と記載されているにすぎず,これは,棚パイプが摺動の方法により伸縮
できることを示唆しているにすぎない。
乙1考案は,フック部分を2本の棚パイプに架け渡すことを想定しているため,
フック部分がパイプの径とほとんど等しく,かつ,大径と小径のパイプの連結部分
には,より大きな固定具が設置されているため,横に摺動させることは不可能であ
る。乙1考案は,パイプ上の所望の位置に取り付け,あるいは取り外して使用する
ことを想定しているものであって,パレット状棚部材を摺動させることはできない。
(2) 相違点2について
ア 当業者は,乙1公報の使用状態参考図1から,「パレット状棚部材上の靴
を置くとともに裏側にも靴を収納でき,裏側の靴はパレット状棚部材を外して取り
出すことができる」ことを,同図2をから,「前後棚パイプをいずれも左右側板の
中段に懸架してパレット状棚部材を水平に掛け渡せば,棚部材のある部分にはその
上下に靴を収納するとともにパレット状棚部材のない部分には例えばブーツなどの
高さのある靴を収納できる」ことを理解することができるものである。
しかしながら,上記各図は,「パレット状棚部材は一端側の横桟部材を支点と
して極めて容易に回動させることができること」や「パレット状棚部材は一端側の
フックを回転中心として回動可能に構成されており,利用者がパレット状棚部材の
裏側に収納した靴を取り出す場合に,あえてパレット状棚部材を取り外すことなく,
その一端側のフックを回転中心として他端を跳ね上げるだけで足りること」につい
て,当業者に何らの示唆を与えるものではない。
特に,使用状態参考図1から明らかなとおり,仮に,乙1考案において,パレ
ット状棚部材が一端側のフックを回転中心として回動可能に構成されていたとして
も,パレット状棚部材の裏側に収納した靴は,パレット状棚部材の他端を跳ね上げ
ても,前側の棚パイプが存在するために前側に取り出すことができないものである。
したがって,パレット状棚部材の裏側に収納した靴は,乙1公報の意匠に係る物
品の説明の欄に明記されているように,パレット状棚部材を外して上方から取り出
すほかはないから,乙1考案において,パレット状棚部材を取り外すことなく,そ
の一端側のフックを回転中心として他端を跳ね上げて前側に取り出すことを実現す
ることについて,阻害事由が存在することは明らかである。
イ 乙1考案と本件考案とでは,技術思想が全く異なるから,乙1考案では,必
然的にその構成においても,跳ね上げ姿勢を取ることを想定していないものである。
ウ したがって,相違点2について,当業者が乙1公報に基づいて極めて容易に
想起し得る作用の記載にすぎないということはできない。
(3) 脚部について
ア 本件考案は,本件実用新案登録の請求項1又は2の構成を備えていることを
前提として,「靴載せ部の靴止め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部を形成し
た」ことにより,「脚部間の隙間から手を入れて靴収納用棚板の跳ね上げ姿勢を楽
に行う」効果を奏するものである。
これに対し,乙3公報の記載からすると,乙3考案における脚部の構成は,
「靴受け板の傾斜角度・高さの調節操作を容易にする」という技術思想に基づくも
のであって,「脚部間の隙間から手を入れて靴収納用棚板の跳ね上げ操作を楽に行
う」という技術思想に基づく構成とは全く異質である。
しかも,乙3公報の図4(B)によると,靴受け台は,本件考案における「掛合
部を回転中心として靴止め部側端部を跳ね上げ靴載せ部の下方に靴を出し入れする
跳ね上げ姿勢とに回動可能」な構成を備えるものではない。仮に,乙3考案の支脚
対部材の下端を支点として靴受け板のストッパ側端部について跳ね上げ操作を行う
と,回動支点が靴受け板の一端に位置していないため,靴受け板の一端が下方に下
がることとなり,靴受け板の下面側の棚板に収納した靴にぶつかって,跳ね上げ操
作ができないものである。
したがって,乙3公報の図4(B)に記載された靴受け台において,靴受け板
の下面側の棚板に収納した靴を取り出す場合,靴受け台を外さざるを得ないのであ
るから,同図には,本件考案の構成についての技術思想が全く示唆されていないも
のである。
イ 乙1考案においては,パレット状棚部材の裏側に収納した靴は,パレット状
棚部材を外して上方から取り出すしかなく,その一端側のフックを回転中心として
他端を跳ね上げて前面に取り出すことはできない。
さらに,乙1公報の使用状態参考図2から明らかなとおり,乙1考案は,前後棚
パイプをいずれも左右側板の中段に懸架してパレット状棚部材を水平に掛け渡して
棚部材の上下に靴を収納することも予定しているから,一対の前後棚パイプは必須
であり,前側のパイプにつき,乙3考案の固定脚を適用することについて,当業者
が容易に想到し得るものということはできない。
しかも,仮に,乙1考案のパレット状棚部材の他端の靴止め部の両側隅部に,乙
3考案の固定脚を適用したとしても,乙1公報及び乙3公報には,本件考案の靴収
納用棚板の跳ね上げ操作について,何らの記載も示唆もされていないのであるから,
本件考案の構成を実現することは不可能である。
(4) 小括
以上からすると,本件考案は,乙1考案及び乙3考案に基づいて,当業者が容
易に考案することができたものということはできない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(被控訴人各商品が本件考案の構成要件を文言上充足するか)につい
て
(1) 被控訴人各商品について
ア 被控訴人各商品が,以下の①ないし⑤の各構成のうち,②以外の構成を有す
ることについては,当事者間に争いがない。
① 上面に靴載せ部が形成された板状の棚板の一端に円形の穴が形成されてい
る。
② 伸縮パイプ大と伸縮パイプ小は,同軸に挿し込んで一体とすることができ
る構造となっており,靴収納具として使用する際は伸縮パイプ大と伸縮パイプ小と
を組み立てて一体として使用する。棚板は,伸縮パイプに取り付ける際には,組み
立てて一体とする前の伸縮パイプに円形の穴を貫通させるが,伸縮パイプを組み立
てて一体とした状態においては,取り付け,取り外すことができない。
③ 棚板の他端には靴止め用の突出部が形成されている。
④ 棚板は,棚板の上面と棚板の下方とに靴を収納した収納姿勢と,円形の穴
を回転中心として靴止め部側端部を跳ね上げ,棚板の下方に靴を出し入れする跳ね
上げ姿勢とに回動可能である。
⑤ 伸縮パイプは,伸縮自在であり,棚板を伸縮パイプに取り付けた状態で伸
縮パイプの長手方向に移動することができる。
⑥ 棚板の突出部側の端部の両隅部に下方に延びる脚部が形成されている。
イ 被控訴人各商品の写真(甲3)によると,被控訴人各商品は,上記②の構成
を有することが認められる。
(2) 本件考案について
ア 本件考案の構成要件
本件考案の構成要件は,前記第2の2のとおりである。
イ 本件明細書の記載
本件明細書(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア) 本件考案は,靴収納庫用棚板及び靴収納庫に関するものである。
玄関先の靴を収納する場合,靴を上下方向に並べ,靴の設置面積を少なくする
と,多くの靴を効率よく収納できる。
固定の棚板に靴を1列に載置して収納する従来の靴収納庫の場合,靴の上部空
間が無駄になり,収納量が少なくなるため,上部空間に傾斜棚を設け,靴を上下に
収納するようにしたものがある。このような靴の収納庫では,傾斜棚の前後の端縁
部分が収納庫の側面から内方に突出する掛止ピンで支えられていることから,傾斜
棚も下方の水平の棚板と同様に1枚の大きなものとなり,傾斜棚の下方の水平の棚
板にブーツ等の丈の長いものを1足でも載せた場合,傾斜棚を設けることができな
いので,傾斜棚はその丈の長い靴に合わせて設ける必要があり,靴収納庫の空間部
分を十分有効利用できないという問題があった。
また,傾斜棚が1枚の大きなものであることから,下方の靴を取り出す場合,
傾斜棚の靴を全部取り出して傾斜棚を跳ね上げる必要があり,また,傾斜棚が水平
棚と一体に固定されている場合,水平棚を傾斜棚とともに収納庫外に引き出して下
方の靴を取り出す必要があり,実用性に欠けるものであった。
本件考案は,ブーツのような丈の長い靴を収納した場合でも,丈の短い靴の上
部空間を有効に利用することができるとともに,上下に収納された靴を簡単に取り
出すことができる靴収納庫用棚板及び靴収納庫用棚板を設けてなる靴収納庫を提供
するものである(【0001】~【0005】)。
(イ) 本件考案に係る靴収納庫用棚板は,上面に靴載せ部が形成された板状部材
の一端に靴収納庫に設けられた横桟部材に着脱可能に掛合する掛合部と,他端に靴
止め部とを形成し,靴載せ部の上面と靴載せ部の下方とに靴を収納した収納姿勢と,
掛合部を回転中心として靴止め部側端部を跳ね上げ,靴載せ部の下方に靴を出し入
れする跳ね上げ姿勢とに回動可能で,かつ,掛合部で横桟部材の長手方向に摺動可
能に構成したことを最も主要な特徴とするものである。また,靴収納用棚板側面視
においてフック若しくは下向きU字形に掛合部を形成したことや,靴載せ部の靴止
め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部を形成したことを特徴とするものである
(【0006】【0007】)。
(ウ) 本件考案に係る靴収納庫用棚板では,上面に靴載せ部が形成された板状部
材の一端に靴収納庫に設けられた横桟部材に着脱可能に掛合する掛合部が,他端に
は靴止め部が形成されているので,既存の靴収納庫にも必要に応じて所望する箇所
に取り付けて使用することができるのみならず,靴収納用棚板側面視においてフッ
ク若しくは下向きU字形に掛合部を形成した場合,着脱操作を一層簡単に行うこと
ができる。
また,靴載せ部の靴止め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部を形成している
ことから,脚部間の隙間から手を入れて靴収納用棚板の跳ね上げ操作を楽に行うこ
とができるものである(【0010】~【0012】)。
(エ) 本件考案に係る靴収納庫用棚板及び靴収納庫用棚板を設けてなる靴収納庫
は,複数の水平に設置された可動棚板との間に靴収納用空間が形成されている。靴
収納用空間前面の開口部には開閉可能な蓋が設けられており,靴収納用空間に可動
棚板と棚板とにより靴が上下に収納される。
棚板は,略長方形に形成された板状部材の上面に複数の波型突起を形成した上
部の靴載せ部が形成され,板状部材の一端側に,靴収納庫に設けられた横桟部材に
着脱可能に掛合する掛合部が形成されるとともに,板状部材の他端側には,当該辺
の円弧状の部分に沿って靴止め部が上方に突出させてあり,靴止め部の下方に脚部
が形成されている。
板状部材の一端側に形成される掛合部は,板状部材の両側縁部分に下向きに開
口するU字形に形成された嵌合用切り込み部と,同切り込み部に嵌合された横桟部
材を保持するために板状部材の裏面に側面視において先端が鍵状をした押さえ部材
とにより形成されている。掛合部は,押さえ部材が横桟部材の側面部分を外れ止め
状に押圧しているだけなので,棚板は横桟部材をガイドにして,横桟部材の長手方
向に摺動並びに回動可能になっている。
掛合部が嵌合する横桟部材は,内外二重の円筒で伸縮可能に形成され,端部に
は滑り止め部材が取り付けられるともに,外筒内に組み込まれた圧縮スプリングに
よって内筒が突出する方向に常時付勢するように構成されている。
靴収納庫に既に設けてある筒状又は忠実の横柱状の横桟を横桟部材として使用
することも可能であるし,内外二重の円筒で伸縮可能に形成し,円筒が内外に嵌合
する部分の外筒の端部には横桟部材の伸縮姿勢を固定する螺子式固定具を設けるこ
ともできる。
なお,本件考案では,所望する位置に棚板を設けるようにしてあるので,棚板
を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさせたり,棚板を横桟部材に付け替えた
りすることにより,棚板を設置する場所を,ブーツのような丈の長いものを避けた
場所に設けることが可能であるし,丈の異なる靴が混在して収納される場合でも,
丈の短い靴の上方の空間を無駄なく利用することが可能である(【0015】【0
016】【0018】【0019】【0023】)。
ウ 本件考案の技術内容
以上の記載からすると,本件考案は,靴収納庫用棚板及び靴収納庫において,
靴を上下に収納するための傾斜棚を設ける場合,水平の棚板と同様に1枚の大きな
傾斜棚を設けると,傾斜棚下方の水平の棚板に丈の長い靴を1足でも収納しただけ
で,靴収納庫の空間部分を十分有効利用できないという問題が生じるのみならず,
下方の靴を取り出す場合,傾斜棚の靴を全部取り出して傾斜棚を跳ね上げる必要が
あり,また,傾斜棚が水平棚と一体に固定されている場合,水平棚を傾斜棚ととも
に収納庫外に引き出して下方の靴を取り出す必要があるという問題点を解決する考
案である。
本件考案は,上記課題を解決するため,靴載せ部を有する板状部材の一端に靴
収納庫に設けられた横桟部材に着脱可能に掛合する掛合部と,靴載せ部の上面と靴
載せ部の下方とに靴を収納した収納姿勢と,掛合部を回転中心として靴止め部側端
部を跳ね上げ,靴載せ部の下方に靴を出し入れする跳ね上げ姿勢とに回動可能で,
かつ,掛合部で横桟部材の長手方向に摺動可能にする構成を採用している。本件考
案は,当該構成により,棚板を跳ね上げて靴を容易に取り出すことができるほか,
棚板が必要に応じて着脱可能で,希望する位置に設置することが可能であるのみな
らず,横桟部材をガイドにして,棚板を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさ
せたり,棚板を横桟部材に付け替えたりすることによって,ブーツのような丈の長
いものを避けた場所に棚板を設けることが可能であるし,丈の異なる靴が混在して
収納される場合でも,丈の短い靴の上方の空間を無駄なく利用することを可能とす
る点に,技術的特徴を有するものである。そして,フック若しくは下向きU字形に
掛合部を形成した場合,着脱操作を一層簡単に行うことができ,また,靴載せ部の
靴止め部側端部の両隅部に下方に延びる脚部を形成した場合,脚部間の隙間から手
を入れて靴収納用棚板の跳ね上げ操作を楽に行うことができるものである。
さらに,本件考案は,既存の靴収納庫にも必要に応じて取り付けて使用するこ
とができるという技術的特徴も有するものである。
(3) 被控訴人各商品の構成要件②ないし⑤の充足性について
被控訴人は,被控訴人各商品が構成要件②ないし⑤を充足することについては,
これを明確に争うものではない。
(4) 構成要件①の「着脱可能に掛合する掛合部」について
被控訴人は,被控訴人各商品における棚板は,構成要件①における「着脱可能に
掛合する掛合部」を有するものではないと主張するので,以下,この点について検
討する。
ア 「掛合部」の意義について
(ア) 本件考案に係る実用新案登録請求の範囲の記載によれば,「掛合部」とは,
「横桟部材に着脱可能に掛合する」ものである(構成要件①)とともに,「掛合」
の状態として,「収納姿勢」と「跳ね上げ姿勢」とに回動可能であり(同③),か
つ,横桟部材の長手方向に摺動可能なものである(同④)。
(イ) 特許技術用語集(乙6)において,「掛合」とは,「けいごう」と呼称し,
「掛け合わせること」という意味を有するものとされている。
また,「掛」という漢字は,「ぶらさげる。ひっかける。かかる。ひっかかる。
ぶらさがる。」との意味を有するものとされている(甲4,5)。
そうすると,「掛合」とは,部材同士がぶら下がったり,引っ掛かったりして
合わさった状態を意味するものということができる。
(ウ) したがって,本件明細書に記載された,下向きに開口するU字形に形成
された嵌合用切り込み部を有することで,引っ掛かって合わさる構成のみならず,
被控訴人各商品における棚板のように,円形の穴の形状を有することで,ぶら下が
って合わさる構成も,挿通により当該構成に至る点が異なるにすぎず,横桟部材に
接している部分において「掛合」していることには変わりはないというべきである。
イ 「着脱可能に掛合する」の意義について
(ア) 本件考案は,靴収納用の1枚の大きな傾斜棚を有する従来技術において,
靴収納庫の空間部分を十分有効利用できなかったり,下方の靴の取り出しが不便と
なることが生じるという課題を解決するために,棚板を跳ね上げて靴を容易に取り
出すことができるほか,棚板は必要に応じて着脱可能であって,希望する位置に設
置することが可能であるのみならず,横桟部材をガイドにして,棚板を横桟部材に
取り付けたまま横にスライドさせたり,棚板を横桟部材に付け替えたりすることに
よって,ブーツのような丈の長いものを避けた場所に棚板を設けることができるこ
とを目的とするものである。
そうすると,本件考案における「着脱可能」との技術的意義は,棚板を必要な
位置に設定できるようにする点にあるものと解されるところ,横桟部材を取り外さ
なければ着脱することができない形状の掛合部は,着脱が容易とはいえず,上記課
題の解決手段としての相当性を欠くものというべきである。
(イ) また,構成要件①は,靴収納庫に「設けられた」横桟部材に「着脱可
能」に掛合すると定めているものであることからすると,文言上,横桟部材が設置
された状態を前提として,棚板が「着脱可能」であることが前提となるものと解さ
れる。
(ウ) したがって,「着脱可能」とは,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状
態で着脱する形態を意味するものと解されるべきものであって,横桟部材を取り外
した上で着脱する構成をも含むものと解することはできない。
(エ) 以上からすると,構成要件①における「着脱可能に掛合する掛合部」と
は,横桟部材に「ぶら下がったり,引っ掛かったりして合わさった」状態となる部
分で,かつ,横桟部材を靴収納庫に設置したままの状態で,横桟部材に棚板を着脱
可能に接合することができる部分と解するのが相当である。
(オ) この点について,控訴人は,本件明細書には,横桟部材の構造,設置方
法及び棚板の着脱方法について限定する旨の記載はなく,着脱可能とは,横桟部材
に棚板を着脱することができる構造を有することを意味するものであって,「着脱
自在」とはその意義が異なるなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,本件考案の技術的意義に照らすと,横桟部材を
靴収納庫から取り外さない限り着脱できない掛合部の形状が排除されることは明ら
かである。控訴人の主張は採用できない。
(5) 被控訴人各商品の構成要件①の充足性について
前記(1)のとおり,被控訴人各商品における棚板の一端には,いずれも円形の穴
が設けられており,横桟部材を挿通させることによって,部材同士が引っ掛かって
接合されるものではあるが,横桟部材は,棚板の円形の穴に挿通されていることか
ら,横桟部材を取り外さない限り,棚板を着脱することは不可能であって,着脱可
能に掛合するものということはできない。
そうすると,被控訴人各商品は,構成要件①を充足するものと認めることはで
きない。
(6) 小括
以上からすると,被控訴人各商品は,構成要件①を充足するものではないから,
本件考案の技術的範囲に属するものと認めることはできない。
2 争点2(被控訴人各商品が本件考案と均等なものとしてその技術的範囲に属
するか)について
(1) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場
合であっても,①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく,②当該部分を対象製
品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作
用効果を奏するものであって,③このように置き換えることに,当該発明の属する
技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時
点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の
特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考で
きたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請
求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,当
該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明
の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第10
83号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
そして,この理は,実用新案登録請求の範囲に係る技術的範囲についても同様に
妥当するものというべきである。
(2) これを本件についてみると,本件考案の技術的意義は,前記のとおり,棚
板を跳ね上げて靴を容易に取り出すことができるほか,棚板は必要に応じて着脱可
能であって,希望する位置に設置することが可能であるのみならず,横桟部材をガ
イドにして,棚板を横桟部材に取り付けたまま横にスライドさせたり,棚板を横桟
部材に付け替えたりすることによって,ブーツのような丈の長いものを避けた場所
に棚板を設けることができることにあり,そのために,横桟部材を靴収納庫に設置
したままの状態で着脱可能な形態の掛合部を採用するものである。
そして,本件考案における「掛合部」の形状を,被控訴人各商品のように横桟部
材を貫通させる穴の形状に置き換えると,横桟部材を取り外さない限り,棚板を着
脱することができないことは,争点1において先に述べたとおりである。
したがって,被控訴人各商品は,上記②の均等の要件を充足するものと認める
ことはできない。
この点について,控訴人は,本件考案の中核的な作用効果は,靴収納庫内に設
けられた靴収納用棚板の上下に靴を収納する従来技術において,棚板下部に収納し
た靴が取り出しにくいという課題を解決するため,同棚板が接合されている靴収納
庫内の横桟部材を回転中心として跳ね上げ姿勢の体勢をとることができるようにし,
あるいは同棚板を横桟部材の長手方向に摺動可能としたことにあるなどと主張する。
しかしながら,本件考案は,靴の取り出しの困難性を解消することのみならず,
効率的に靴の収納スペースを確保することをも目的とするものであることは,本件
明細書の記載から明らかである。控訴人の主張は,本件考案の目的のうち,その一
部のみを恣意的に取り上げて強調するものにすぎず,相当ではない。
(3) 以上からすると,被控訴人各商品は,少なくとも,均等侵害を成立させる
ための前記②の要件を具備しないので,被控訴人各商品における棚板の円形の穴が
本件考案の「掛合部」に均等なものとして,本件考案の技術的範囲に属すると認め
ることもできない。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の請求を棄却すべきものとした原判決は相当で
あって,本件控訴は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 井 上 泰 人
裁判官 荒 井 章 光
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