平成26(ワ)771商標権侵害差止請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成27年4月27日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告テバ製薬株式会社 原告興和株式会社
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法令 |
商標権
商標法4条1項7号6回 商標法3条1項3号5回 商標法4条1項16号4回 民事訴訟法143条4項2回 商標法3条1項6号2回 商標法26条1項2号1回 商標法37条2号1回 商標法50条1項1回
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キーワード |
商標権82回 無効16回 無効審判8回 許諾6回 特許権6回 侵害5回 差止5回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 本件は,原告が,被告に対し,別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告
標章」という。)を付した薬剤を販売する被告の行為 は,商標法37条2号
により原告の有する商標権を侵害するものとみなされると主張して,同法36
条1項及び2項に基づき,同薬剤の販売の差止め及び廃棄を求める事案である。 |
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判決文
平成 27年 4月27 日判決言渡 同日原 本 領収 裁判所書記 官
平成 26年 (ワ)第 7 71 号 商標権侵害 差止 請求事件
口頭 弁 論 終 結日 平 成 27 年2 月27日
判 決
名 古 屋市<以下 略>
原 告 興 和 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 北 原 潤 一
同 江 幡 奈 歩
同 梶 並 彰 一 郎
名 古 屋市<以下 略>
被 告 テ バ 製 薬 株 式 会 社
同訴訟 代理人弁護士 長 沢 幸 男
同 笹 本 摂
同 向 多 美 子
同補佐 人弁理士 小 谷 武
同 伊 東 美 穂
同 長 谷 川 綱 樹
同 永 露 祥 生
同 木 村 吉 宏
主 文
1 原告の 請求を いずれ も棄却する。
2 訴訟費用は原告の負 担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,別紙被 告標章目録記載の標 章を付した薬剤を販 売してはならない。
2 被告は,前項記 載の薬剤を廃棄せよ 。
第2 事 案の概要
1 本件は,原告が,被告に対し,別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告
標章」という。)を付した薬剤を販売する被告の行為は,商標法37条2号
に よ り原告の有する 商標権 を侵害する も のとみなされる と主 張して, 同 法 3 6
条1 項及び2項 に基 づき, 同薬剤の販売 の差止め及び廃棄を 求め る事案である 。
なお,被告は,本件訴訟の係属中に商標権の分割があったことに伴い,原
告が平成27年2月27日の当審第5回弁論準備手続期日( 以下,単に「第
5回弁論準備手続期日」という。)において平成26年12月25日付け原
告 準 備 書 面 (3)を 陳 述 し た こ と に つ い て , 請 求 原 因 の 変 更 ( 訴 え の 変 更 ) に 該
当するとして,民事訴訟法143条4項に基づきその不許を求める申立てを
した 。
2 前 提事実(当事 者間に争いがないか ,後掲各証拠 及び弁 論の全趣旨 に よ り 容
易 に 認められる 事実 )
(1) 原告及び被告は,いずれも医薬品等の製造・販売等を業とする 株式会社
で ある。
(2) 原告は,「PITAVA」と標準文字で書してなる商標( 以下「本件商
標」という。)につき,別紙商標権目録記載1のとおり,指定商品を「薬
剤」とする商標登録第4942833号に係る商標権(以下「本件商標権」
という。)を有していたが,同商標権につき,平成26年11月17日,
商標権の分割を申請した(以下,同申請に基づく手続を「本件分割手続」
という。)。本件分割手続により,本件商標権は,同目録記載2のとおり,
指定商品を「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く 」
とする商標登録第4942833号の1に係る商標権(以下「原告商標権
1」という。)となるとともに,本件商標権から,同目録記載3のとおり,
指定商品を「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」とする商標登録
第4942833号の2に係る商標権(以下「原告商標権2」という。)
が分割され た(甲 1 ,2,19, 20の 1 ・2)。
(3) 被告は,別紙被告商品目録記載の販売名の商品(以下「被告商品」とい
う。なお,被告商品の錠剤表面には,同目録の写真に示されるとおりの印
字からなる標章〔以下「被告全体標章」という。〕があり,被告標章は,
そ の一部である 。) を販売 している。
(4) 原告は,平成15年9月以降,ピタバスタチンカルシウムを有効成分と
するHMG-CoA還元酵素阻害剤につき,販売名を「 リバロ錠1mg」,
「リバロ錠2mg」,「リバロ錠4mg」,「リバロOD錠1mg」,
「リバロOD錠2mg」又は「リバロOD錠4mg」とする先発医薬品
(新薬)(以下「原告商品」という。)を製造販売してきた。その後,原
告の提携先である日産化学工業株式会社の有していた上記有効成分に関す
る特許権(以下「本件特許権」という。)の存続期間が平成25年8月に
満了したことから,多数の後発医薬品(ジェネリック医薬品)の製造販売
が承認され,薬価収載のあった同年12月以降,その製造販売が開始され
た。被告商品は,当該後発医薬品の一つである(甲7,14,乙1,11,
14の1ないし5,17の1・2,19,30,32,35の1・2,3
6 ,37,39 ,弁 論の全趣旨 )。
(5) 被告商品は, 原告商標権2に係る 商標登録の指定商品 と同一である。
3 争点
(1) 被 告標章 が 本 件 商標と 類 似するか
(2) 被 告標章の 使 用 が商標的使用に当 たるか
(3) 被告標章が普通名称などを普通に用いられる方法で表示する商標に当た
るか
(4) 原告商標権2に係る商標登録が無効審判により無効とされるべきものと
認 められ,又は原告 による 原告商標権2 の行使が 権利の濫用 に当たる か
第3 争 点に対する 当事者の主張
1 争 点(1)( 被告 標章 が本件商標 と類 似するか )について
【 原 告の主張】
(1) 被告標章と本 件商標との対比
本件商標 は,欧文字 の 「PITAVA 」 との外観を有し,「 ピタバ」との
称呼を生じるが,特段の観念は生じない。他方,被告標章は,片仮名の
「ピタバ」との外観を有し,その称呼は「ピタバ」であり,特段の観念は
生じない。そうすると,本件商標と被告標章とは,外観が異なるものの,
称呼が同一であり,特定の観念を生じない点も同一であるから,両者は類
似す る。
(2) 被 告の主張に 対して
ア 被告は,被告全体標章を一体性のある結合標章のごとく「ピタバ1テ
バ」 とみて ,本件商 標と対比 すべき であ る旨主張 する。 しか し, 被 告 商 品
には, ① 「ピタバ」 ,② 「1」, ③「テ バ」の 各文字が異な る段に分かれ
て付されており,「ピタバ」と「テバ」の間に識別力を持たない数字の
「1」が入り,両者 を分断している こと ,「ピタバ」は上段 にアーチ 状 に ,
「テバ」は下段に直 線状に表記されてい ることから すれば , 外観上 , 上 記
①ないし③の各文字 は, 明らかに分離表 記されており, これ らを 一 体 と し
て捉えること により 特定 の意味・観念を 生じるものでもない から, 被 告 全
体標章 を一体 性のあ る結合 標章 のごとく 「ピタバ1テバ」 と みるこ と は 相
当で ない。
被告は,この点に関 連して,患者を 被告 商品のような 医療用 医薬品の 取
引者,需要者(以下「需要者等」という。)とみるべきでないかのごと
き主張もするが,医師や薬剤師などの医療関係者(以下「医療従事者」
という。)のみならず,患者も,自らの意思と支出において当該医薬品
を購入するものであ るから, 需要者等に 当たるというべきで ある。
イ 仮に,被告全体標章を一体性のある結合標章のごとく「ピタバ1テバ」
とみて, 本件商標と 対比したとしても, 上記アで述べたとこ ろによれば,
「ピタバ」 の文字 は , 他の文字と異なり ,被告商品の錠剤の 表示に 接 し た
者に強い印象を与え る から,被告の主張 に係る 「ピタバ1テ バ」 な る 表 示
の 要 部 と い え る の で あ り , 前 記 (1)の と お り , 被 告 標 章 「 ピ タ バ 」 と 本 件
商標 が称呼 及び 観念 にお いて共通 するこ とからすれば,被告 全体標 章 は,
本件商標と類似する 。
【 被 告の主張】
(1) 対比の対象に ついて
ア 被告が被告商品において実際に使用している標章は,下記イのとおり,
被告全体標章 を一体 として 把握すること により, 「ピタバ1 テバ」 と み る
べき であり , 被告標 章 (「ピタバ」 )と みるべき ではない 。 そして ,被 告
全体標章 (「ピタバ 1テバ」 ) と本件商 標 (「PITAVA 」 )と を 対 比
すれば,両者 は,外 観 ,称呼, 観念いず れの点 において も類 似しない。
イ 被告商品は,厚生労働大臣の指定に基づくいわゆる処方箋医薬品であ
り,医師の処方箋の 交付又は指示を受け た者以外の者に販売 又は授与 で き
ない ことなど, 薬事 法 その他の 法令 の規 制に従った 取引 の 実 情が存 在 す る 。
すなわち,被告商品については,製造業者の出荷から病院や薬局(以下
「医療機関」という。)への納入までが流通過程であり,医療機関への
納 入から 患者 への支 給まで が医療従事者 による医療の提供で あ って (医 師
の処方箋の交付又は指示を受けた者〔以下「特定の患者」という。〕以
外の者に は, 販売又 は授与でき ない。) ,処方箋による調剤 後はも は や一
般への流通はな く, 専ら 特定の患者の治 療 に用いられ る。 こ のように, 医
療従事者 が商品 たる 処方箋医薬品 の購買 を決定し,患者は , 医療従 事 者か
ら 医療の提供 として 当該 医薬品の支給を 受ける にすぎない と いう取 引の 実
情に照らせば,商品 の選択 ・決定権を有 する 医療従事者 が類 否の判断 の 主
体であり,商品の選 択 ・決定権のない患 者は類否の判断主体 とはいえない 。
そして, 被告 商品の 錠剤は, PTPシー トに包含され内袋に 封入され又
はボトルに充填され た状態で , 添付文書 とともに外箱に入れ られる か ら ,
類否 判断 の主体 たる 医療従事者 とすれば ,被告商品の包装( 外箱 , ボ ト ル ,
内袋 ,PTPシート )及び添付文書に一 体不可分に表示され た 被告 商 品 の
販売名の表示を繰り 返し観察 ・ 認識し , これを前提に 被告全 体標章 (「 ピ
タバ1テバ」 )を観 察するから , 被告全 体標章 を被告商品の 販売名 の 略 記
として一連一体に理解するものであって,被告全体標章から被告標章
( 「ピタバ」 )のみ を抽出し て 観察 ・認 識することはない。
ウ この点,原告は,被告全体標章を一体として「ピタバ1テバ」とみた
としても, その 要部 が「 ピタバ」である 旨 主張する。
しかし ,被告全体標 章 のうち, 「ピタバ」の部分が出所識別標 識として強
く支配的な印象を与 える等の事情はなく ,「ピタバ1テバ」 から「ピタバ 」
の部分を取り出して 観察することは 不相 当である 。被告全体 標章 の う ち ,
「ピタバ」は有効成 分「ピタバスタチン 」を,数字の「1」 は1mg の 有
効成分含量を,「テ バ」は会社名を表し ており,これらの要 素があっ て 初
めて医療事故の防止 が可能 となるのであ るから,被告 全体標 章 を一 体 と し
て捉えるのが取引 の 実情 に沿う 。
なお, 仮に,「ピタ バ」が要部になり得 たとしても,少なく とも医療 従
事者 は「ピタバ」か ら「ピタバスタチン 」を想起するだけで あり,「ピタ
バ」 が処方箋医薬品 であ る被告商品 の出 所識別に機能するこ とはない。
(2) 被告標章につ いて
仮に,被告標章につ いて議論するとして も,被告商品の需要 者 等で あ る医
療従事者は,被告商品の購買に際し,医薬情報担当者(いわゆるMR)か
ら商品の機能及び効能,安全性等につき詳細な説明を受け,製造業者につ
いても吟味するから,被告商品の出所は常に明らかであ り,被告商品につ
い て出所の混同を生 じる可能性は著しく 低い。
また, 仮に,患者の 認識を問題にし たと しても ,患者は , 薬 剤師の服薬指
導,薬剤情報提供書,お薬手帳,後発医薬品情報提供書等によって,正式
な販売名,効能,用法・用量等の情報を総合的に与えられた上で,被告商
品を認識するから,被告標章に接することにより,出所の混同を生じる可
能 性は著しく低い 。
したがって,仮に, 本件商標と対比すべ き対象を被告標章と し, 類 否 判 断
の主体に患者を含めたとしても,被告商品に関する具体的な取引の実情に
照 らせば, 被告標章 と 本件 商標は , 類似 しない。
2 争 点(2)( 被告 標章の 使用 が商標的 使用に当 たるか)に ついて
【 原 告の主張】
(1) 被告標章は,少なくとも薬剤の購入決定の過程に影響を及ぼすことので
きる患者が購入・使用する場面において出所識別機能を発揮しており,商
標として使用されている。すなわち,被告商品のような高脂血症治療剤は,
長期間にわたり反復して購入・服用されるものであるところ,そのような
薬剤の場合,患者は,購入する薬剤を実質的に選択することができるとい
えるし,少なくとも購入する薬剤が決定される過程に影響を与えることが
できる。そして,購入決定権を有する者はもちろん,購入決定の過程に影
響を及ぼす者との関係においても,当該表示が出所識別機能を発揮してい
る場合には,商標的使用に当たるというべきであるから,被告標章の表示
が 商標的使用 に該当 することは,明らか である 。
被告 は, 商標的使用 に当たらない 旨主張 するが,医療従事者 のみが 判 断 主
体 であるという誤っ た前提に基づ くもの であり, 失当である 。
(2) 患者は,自らの症状を治すために薬剤を服用し,薬剤の効果や副作用に
ついて興味を持つことはあるとしても,当該薬剤の化学物質である有効成
分の名称が何であるかということには興味や知識を持っていないのが通常
である。また,医療従事者も,患者に対して薬剤を処方するに際し,薬剤
の効果や副作用についての説明をすることはあるが,通常,当該薬剤の有
効成分の名称が何であるかを説明することはない。そうだとすれば,患者
が,被告標章(「ピタバ」)に接したときに,それが「有効成分」を示す
ものであると認識するとはいえない。むしろ,錠剤に数文字の片仮名が表
示されている場合,当該片仮名は薬剤の名称又はその一部を示すものであ
ることが多いことに照らせば,被告標章(「ピタバ」)に接した患者も,
「 ピタバ」は薬剤の 名称 又はその一部で あると認識するのが 通常である。
商品に販売者の名称 に 係る標章と ,それ とは別に商品の名称 に係る標章を
併記することは,一般的に行われていることであり,片方に出所識別機能
があるからといって,他方に出所識別機能がないということにはならない
から,仮に,被告商品の錠剤表面の印字中の「テバ」の文字によって,患
者が被告商品の出所を識別することがあるとしても,同印字中の被告標章
(「ピタバ」)が出所識別機能を有しないことにはならないし,患者がこ
れを有効成分である と認識することにも ならない。
仮に,患者が,被告 商品のPTPシート 等に付された「ピタ バスタチ ン C
a錠1mg『テバ』」の表示に接したうえで,被告標章(「ピタバ」)に
接したときに,「ピタバ」が,販売名たる「ピタバスタチンCa錠1mg
『テバ』」のうち「ピタバスタチンCa」の一部の表示あるいはそれに由
来する表示であると認識することがあったとしても,被告商品の有効成分
の名称が何であるかということについて興味も知識もなく,説明も受けて
いないから,「ピタバ」を「有効成分としての」ピタバスタチンCaを意
味 するものと認識す ることはない。
(3) 被告は,「医療事故防止の機能を果たす表示である」から「商標」でな
いと主張するが,医療事故防止の表示であることが商標的使用でないこと
の根拠にはならない。そもそも被告は,「ピタバ1テバ」が被告商品の販
売名たる「ピタバスタチンカルシウム錠1mg『テバ』」の略記であると
繰り返し述べており,「ピタバ1テバ」の表示を商標として使用していな
い などと主張するこ とはできない。
【 被 告の主張】
(1)ア 本件商標と対比すべき対象を被告全体標章(「ピタバ1テバ」)とす
るか,被告標章(「ピタバ」)とするかにかかわらず,これら(少なく
とも,「ピタバ」の文字)は,取引において自他商品識別標識として機
能するものではなく,被告商品の内容を理解させたり,医療事故を防止
したりする ための表 示である。
イ 商標類否(出所混同)の判断主体である医療従事者は,被告全体標章
について 有効成分・ 含量・屋号 (又は被 告商標について有効 成 分) を 表 し
たものであると理解 する から, 被告全体 標章 (又は被告標章 ) は商 標 と し
て機能するものでは ない。 また, 被告商 品 の錠剤 表面の印字 ( 「ピ タ バ1
テバ」 ) あるいは 同 印字中の 「ピタバ」 との表示は ,医療従 事者 の 目 には
触れ ないものである し, 医療従事者 は, 添付文書 ,MR の説 明などから商
品の機能及び効能 , 安全 性等に関する詳 細な情報を得た上で 購買決 定 す る
のであ るから ,被告 商品 の錠剤 表面の印 字 のみに基づいて購 買決定す る こ
とはない。
ウ 患者についても,薬剤師の服薬指導,薬剤情報提供書,お薬手帳,後
発医薬品情報提供書等によって,医薬品の正式な販売名,効能,用法・
用量等の情報を総合的に与えられた上,患者は薬についての希望を医師
に伝えたり,薬局で先発医薬品・後発医薬品の選択をするなど,処方さ
れる医薬品に対して意識的なのであるから,患者は,被告商品(錠剤)
上の「ピタバ」の表示をもって,「有効成分としての」ピタバスタチン
カルシウムを意味するものと認識するとともに,商品の品質,原材料の
表示(説明的表示) であると理解する。
また,①錠剤上の表示は医療事故防止のための表示であること,②被
告商品は,医師の処方箋が不可欠な,処方箋医薬品であり,患者が自ら
錠剤の表示に基づいてその出所を識別して薬剤の処方を受けることはな
いこと,③患者が,薬局において,先発医薬品と後発医薬品の選択をす
る場合,あるいは,患者が医者に対して,効き目や副作用の点から薬の
変更や新しい薬の処方を依頼するといった場合において,患者が薬剤の
表面に付された表示に基づき,その出所を識別して薬剤の処方を受ける
という取引の実情はないことに照らせば,被告商品(錠剤)上に表示さ
れた被告標章は,患者との関係においても,商標として使用されるもの
ではない。
3 争 点 (3)( 被 告 標 章 が 普 通 名 称 な ど を 普 通 に 用 い ら れ る 方 法 で 表 示 す る 商 標
に 当たるか )につい て
【 被 告の主張】
本件商標と対比すべき対象を被告標章(「ピタバ」)と解しても,被告標
章の表示は,被告商品の「品質」,「原材料」を「普通に用いられる方法で
表示」するものであり,原告商標権2の効力は及ばない(商標法26条1項
2 号 )。
【 原 告の主張】
争 う。
4 争 点 (4)( 原 告 商 標 権 2 に 係 る 商 標 登 録 が 無 効 審 判 に よ り 無 効 と さ れ る べ き
も の と認められ,又 は原告による原告商 標権2の行使が 権利 の濫用 に当 た る か )
に つ いて
【 被 告の主張】
(1) 商標法4条1項16号に該当すること(本件商標権又は原告商標権1の
行 使につき)
「ピタバ」及び「 P ITAVA 」 は,「 ピタバスタチン」及 び 「P I T A
VASTATIN」の略称としてこれらと同一の意味に理解され,周知,
慣用されている。このため,本件商標(「PITAVA」)を「ピタバス
タチン」を含まない「薬剤」に使用した場合,あたかも「ピタバスタチン
(カルシウム)剤」(以下「ピタバスタチンカルシウム製剤」もしくは
「ピタバスタチン製剤」ということがある。)であるかのように品質の誤
認を生じるおそれがあるから,本件商標は,商標法4条1項16号に該当
し,本件商標権又は原告商標権1に係る商標登録は,同法46条1項1号,
5号の無効理由を有し,原告は,本件商標権又は原告商標権1を行使する
ことができない(なお,被告は,原告が第5回弁論準備手続期日において
平 成 2 6 年 1 2 月 2 5 日 付 け 原 告 準 備 書 面 (3)を 陳 述 し た こ と に つ き , 本 件
商標権に基づく請求を取り下げるとともに,原告商標権2に基づく請求を
追加する旨の請求原因の変更を意味するから,これに異議を述べるととも
に,民事訴訟法143条4項に基づきその不許を求める申立てをした。し
たがって,本件商標権又は原告商標権1に基づく請求が本件の審理の対象
で ある。) 。
(2) 商 標法4条 1 項7号 に該当するこ と(原告商標権2の 行使につき)
ア 「PITAVA」及び「ピタバ」は,医薬品の一般的名称たる「PI
TAVASTATI N」 及び「ピタバス タチン」の略称とし て周知 ,慣 用
され ,医療・製薬業 界で用いられている ところ ,原告商標権 2の 指 定 商 品
「ピタバスタチンカ ルシウムを含有する 薬剤」に 本件商標 ( 「PI T A V
A」 )を使用しても , 医療従事 者は本件 商標を指定商品の内 容(成分)表
示としてしか認識で きず ,原告の出所を 認識させ ,自他商品 の識別として
機能することができ ない。
イ 本件商 標 ( 「 P ITAVA 」 ) と , 医薬品の一 般的名 称 ( 「PIT AV
ASTA TIN」 及 び「ピタ バスタチ ン 」)の略 称( 「P I TAVA 」 及
び「ピタ バ」)と は , 外観, 称呼及び 観 念におい て類似し , 混同を生 ずる
おそれが ある。 W H O は,一 般名を保 護 する立場 から , 一 般 名に由来 する
商標の採 用を避け る よう加盟 各国に勧 告 しており (乙3の 2 の1) , こ の
趣旨に照ら しても 「 PITAV A」 の 登 録商標は , 公序良 俗 に反してい る。
ウ したがって,指定商品を「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」
とする 原告商標 権2 に係 る商標登録が認 められると ,医薬品 の一般的名称
の 略称の使用が制限 され ,公序良俗を害 するおそれがあるか ら ,本 件 商 標
は商標法4条1項7 号に 該当し,原告商 標権2に係る商標登 録は, 同 法 4
6条1項1号,5号 の無効理由を有 し, 原告は,原告商標権 2を行使する
ことができない 。
(3) 権 利濫用
以下の ア ないし オの とおり,本件商標権 (若しくは原告商標 権1) 又 は 原
告 商標権2に基づく 原告の権利行使は権 利の濫用である。
ア 独占適応性を欠くパブリックドメインについての権利取得,行使であ
ること
後発医薬 品である錠 剤の限られたスペー スの中で ,誤投与・ 誤服用防止
のために販売名を略 記することは社会的 要請である 。誤投与 ・誤服用防止
のためには , 錠剤上 に販売名等の表記が 求められており , 錠 剤という限ら
れたスペースの中で 販売 名を表記する場 合 ,行政上要請され た販売名「ピ
タバスタチンカルシ ウム錠 1mg『 テバ 』」を表記すること は視認性 の 観
点から問題があるか ら ,その略記を行う ものである。誤投与 ・誤服用防止
のために ,販売名を 表示する被告錠剤で は ,視認性の点より ,略記 の 表 示
以外の手段がないか ら ,本件商標権又は 原告商標権2に基づ く請求は 権 利
濫用として許されな い。
イ 本件商標 が商標 法3条1項3号に 該 当 すること
「PITAVA」 が 「PITAVAST ATIN」 の冒頭部 分に一致し ,
後半部分の「 STA TIN」 の語がスタ チン系薬剤すなわち 高脂血症治療
薬を意味する記述的 な部分である以上 , 冒頭の 「PITAV A」 の 語 は 他
のスタチン系薬剤との識別に必要な主要な部分となるので,本件商標
( 「PITAVA」 ) が,その査定時に おいても ,指定商品 (ピタバスタ
チンカルシウムを含 有する薬剤)の原材 料 ,品質を普通に用 いられる方法
で表示する標章のみ からなる商標である ことは明らかである 。
また,本件 商標権の 分割により ,本件商 標( 「PITAVA 」 ) は, そ
の指定商品 そのもの である薬剤「ピタバ スタチンカルシウム 製剤」に使用
され ることになった もので, 本件商標 は ,指定商品の「品質 」「原材 料 」
をそのまま記述的に 表示するものに ほか ならない。
したがって,本件商 標は ,商標法3条1 項3号に 該当 する 。
ウ 本件商標 が 商標 法3条1項6号に 該 当 すること
「PITAVA」 及 び「ピタバ」は ,医 薬品の一般的名称( 「P I T A
VASTATIN」 及び 「ピタバスタチ ン」)の略称として 周知 , 慣 用 さ
れ ,医療・製薬業界 で用いられているか ら ,本件商標( 「P ITAVA」 )
を指定商品である「 ピタバスタチンカル シウムを含有する薬 剤」に使 用 し
た場合 , 需要者等 た る医療 従事 者は ,商 品の有効成分の一般 的名称の略称
と理解するので ,本 件商標 は, 特定の出 所を表示する機能を 欠いて お り ,
商標法3条1項6号 に 該当する。
エ 本件商標の 不使 用
本件商標 は ,不使用 取消審判 により 取り 消されるべきことが 明らかであ
るから , その商標登 録に係る商標権に基 づく差止請求は , 権 利の濫用に当
たり許されない。すなわち,原告とキョーリンリメディオ株式会社(以
下「キョーリンリメディオ」という。)の間で締結された平成25年1
2月19日付け「商標使用許諾契約書」による契約(以下「本件商標使
用許諾契約」という。)は,本件商標の積極的な使用を許諾する契約で
はなく , キョーリン リメディオが本件商 標と類似する「ピタ バ」の表示の
使用を速やかに中止 することを前提に , 既に製造し在庫を保 有してい る 商
品 の限度内でその販 売等に対する本件商 標権侵害に基づく差 止め等を 行 わ
ないという , 禁止権 行使の猶予を合意し たものと 解される。 他方 , 商 標 法
50条1項の制度趣 旨(実際に使用され る商標の保護を通じ て商標に 化 体
されている商標権者 の業務上の信用を保 護するという商標制 度の目的 に そ
ぐわない商標を整理 する こと)に照らせ ば ,商標権者から禁 止権行使の猶
予を受けたにすぎな い者は ,同項所定の 「通常使用権者」に 当たらないか
ら ,キョーリンリメ ディオによる「ピタ バ」の使用をもって 同項にいう通
常使用権者による本 件商標又はこれと社 会通念上同一と認め られる商 標 の
使用があるというこ とはできない。さら に ,キョーリンリメ ディオが使用
した「ピタバ」の 表 示 も医療事故防止の ために「ピタバスタ チン」 の 略 語
として使用されてい たのであって ,キョ ーリンリメディオと いう商品の出
所を表示するもので も ,もちろん原告の 出所を表示するもの でもないので ,
自他商品識別のため の商標として使用さ れたものではない 。
したがって ,本件商 標権 又は 原告商標権 1 及び 原告商標 権2 に係 る商 標
登録は , 不使用取消 審判により取り消さ れるべきことが明ら かである。
オ 後発医薬品の普及を不当に阻み,先発医薬品市場を守るための訴訟で
あること
(ア) 後発医薬品の普及促進は日本国の国策,施策であり,原告による本
件訴訟は権利の濫用 として制限されなけ ればならない。
後発医薬品について は ,販売名等の類似 性に起因する医療過 誤防止の
ため, 薬事行政上 , 有効成分の一般的名 称 , 剤型,含有量 , 会社 名 ( 屋
号等)から なる販売 名の使用が要請され ている。このように して認めら
れた販売名について ,その略記を ,誤投 与 , 誤服用という医 療過誤を防
止するために錠剤上に表示するという適正な表示方法を ,先発医薬品
メーカーが 保有する 商標権によって阻止 しようとすることは ,国 家 政 策
に反し ,商標権 の 濫 用となる行為である 。
原告は , 先発医 薬品 メーカー として ,本 件 特許 権 の存続 期間 が 満 了 し
た後に後 発医薬 品メ ーカーに よって 現在 の事態が 引き起 こさ れることを
本件商標 登録出 願当 時に予期 して , 本件 商標を登 録して おい たというこ
とが推認できる。
(イ) また,医療,製薬に関わる学会,業界等の関係者によって,「PI
TAVASTATI N」 (ピタバスタチ ン)」が「 PITA VA ( ピ タ
バ)」と略称される であろうことは誰の 眼にも明らかなこと であっ た の
であり ,原告が , 国 際一般名称ないし一 般的名称である 「P ITAVA
STATIN」(ピ タバスタチン)」 , 「ピタバスタチンカ ルシウ ム 」
の要部であり略称と され るべき 「PIT AVA 」の語を商標 登録するこ
と自体 ,非難される べきであり ,まして やそのような商標権 に基づいて ,
本来許されるべき他 人の使用を制限しよ うすることは , 商標 権の濫用に
ほかならない。
【 原 告の主張】
(1) 商標法4条1 項16号に該当する との主張 について
本件請求は, 原告商 標権2 に基づくもの であるところ,同商 標権に係る 指
定商品は「ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤」であって,ピタバ
スタチンカルシウムを含有しない薬剤は指定商品ではないから,被告が主
張するような品質誤認の問題は生じず,本件請求に対する抗弁とはならな
い。
(2) 商標法4条1 項7号に該当する と の主張 について
「ピタバ」は, 需要 者等 ,とりわけ患者 において,「ピタバ スタチンカル
シウム」の略称であると認識されているとはいえず,「「ピタバ」及び
「PITAVA」は,「ピタバスタチン」及び「PITAVASTATI
N」の略称として,これらと同一の意味に理解され,周知,慣用されてい
る 」とはいえず,被 告の主張はその前提 を欠くものである。
(3) 権 利濫用 との 主張 について
(ア) 独占適応性を欠くパブリックドメインについての権利取得,行使で あ
る との主張 について
被告は, 「PITA VA」 が 「PITA VASTATIN」 及び「ピタ
バスタチン」の略称 として ,これらと同 義に理解され , 周知 ,慣用 さ れ て
いる 旨主張するが, 当該 前提自体 が誤り である。
被告は ,後発医薬品 メーカ ー は ,後発医 薬品について販売名 の自由な選
択が許されておらず , 医薬品の有効成分 名等を使用すること が行政 上 要 請
されていると も主張 す るが,錠剤にどの ような表示をするか については何
ら制限がない。
加えて ,被告は , 「 ピタバ」及び「PI TAVA」は , 「ピ タバスタチ
ン製剤」の製造販売 において , 他に選択 する語が見つけ難い ,代替 が 容 易
でない語である 旨の 主張も するが,「ピ タバ」の表示をして いる錠剤は6
1品目中14品目(約23%)であり,多くの後発医薬品企業は錠剤に
「ピタバ」以外の様 々な表示をしている のであって ,「ピタ バ」が「取引
に際して 必要適切な 表示として何人もそ の使用を欲するもの 」に該当しな
いことは明らかであ る。
(イ) 本件商標 が 商 標法3条1項3号に 該当 するとの主張 に ついて
「PITAVA」は ,「PITAVAS TATIN」及び「 ピタ バ ス タ
チン」の略称として , これらと同義に理 解され ,周知, 慣用 されていると
の 前提が誤りであ り ,被告の主張は失当 である。
また, 本件 では, 5 年の除斥期間 が経過 しているため, 商標 法3条1項
3号 に該当すること を理由とする 無効審 判を 請求することが できない 以 上 ,
同号該当性を 抗弁と して 主張することも できない と解すべき である 。
(ウ) 本件商標 が商 標法3条1項6号に 該当 するとの主張に ついて
争う。
なお, 同号に該当す ることを理由とする 無効 審判を請求する ことができ
ない 以上 ,同号該当 性を 抗弁として 主張 することもできない と解すべ き で
ある。
(エ) 本件商標の不 使用 との主張につい て
原告は ,キョーリン リメディオに対して ,本件商標使用許諾 契約に 基 づ
き ,本件 商標 の通常 使用権を許諾してお り ,同社において「 ピタバ」の使
用実績がある。
(オ) 後発医薬品の普及を不当に阻み,先発医薬品市場を守るための訴訟で
ある との主張につい て
原告は ,単に ,被告 による被告標章の使 用が原告商標権 2を 侵害すると
して ,そ の差止 等を 求めているだけであ って , 後発医薬品を 販売すること
自体を問題としてい るわけではない。
第4 当裁判所の判 断
1 当 裁判所は, 被 告標章 の使用は,商 標的使用に該当せず ,また, 本件商標は ,
公 の 秩序又は善良の 風俗を害するおそれ がある商標 (商標法 4条1項7号 ) に
該 当 するから,原告 商標権 2に係る商標 登録 は,無効審判に より無効とされる
べ き ものであって, 原告は原告 商標権 2 を行使することがで きない から , 原 告
の 本 件請求は棄却す べきものと判断する 。その理由は,以下 のとおりであ る 。
な お , 前 記 前 提 事 実 (2)の と お り , 本 件 分 割 手 続 に よ り , 本 件 商 標 権 は 原 告
商標権1となるとともに,本件商標権から原告商標権2が分割され たという
経緯があるところ,被告は,原告が第5回弁論準備手続期日において平成2
6 年 1 2 月 2 5 日 付 け 原 告 準 備 書 面 (3)を 陳 述 し た こ と に つ き , 本 件 商 標 権 に
基づく請求を取り下げるとともに,原告商標権2に基づく請求を追加する旨
の請求原因の変更(訴えの変更)を意味するとした上,請求の取下げ(訴え
の一部取下げ)に異議を述べるとともに,請求の追加につき民事訴訟法14
3条4項に基づきその不許を求める申立てをした。しかし,原告商標権2は,
本件商標権から分割されたものであって,原告は,本件分割手続の前後を通
じ,一貫して,被告商品が指定商品と同一である旨の主張をしていることか
らすれば,原告の上記陳述は,本件分割手続を踏まえて,訴訟物としての同
一性を失わない範囲で請求原因を補正したにすぎず(原告は,本件商標権の
うち,原告商標権2に分割された部分に基づく請求をしていたと解されるの
であって,原告商標権1となった部分に基づく請求をしていたとは解されな
い。),請求原因の変更(訴えの変更)には当たらないと解するのが相当で
ある(仮に,請求原因の変更〔訴えの変更〕に当たるとする被告の主張によ
るべきであるとしても,原告商標権2に基づく請求と本件商標権に基づく請
求とは,請求の基礎を同一とするものであり,著しく訴訟手続を遅滞させる
ものでないことは,明らかであるから,これを許さないとすべき理由はな
い 。)。
2 認 定事実
(1) 前記前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事
実 が認められる。
ア 被告商品 は,ピタバスタチン カルシウムを有効成 分とする医療用後発 医
薬品 であり,直径6 mm程の円形の錠剤 である。その錠剤 両 面上部 に は ,
略円弧状に横書きで 片仮名の「ピタバ」 (被告標章)の文字 が ,錠 剤 の 中
央部 には数字の 「1 」 が,下部 には片仮 名の 「テバ」 の文字 が表記されて
いる(乙 1)。
イ 「ピタバ スタチンカルシウム 」 又は「 Pitav astatin Ca
lcium 」 は,医 薬品の一般的名称( 厚労省の医薬品名称 調査会が 定 め
る 医 薬 品 の 名 称 で 「 J A N 」 〔 「 Japanese Accepted Names 」 の 略 〕 と 称
される 。 )であ り( 当初登録名は「 ニス バスタチンカルシウ ム」(nis
vastatin ca lcium)) , 「pitavas tatin 」
は ,国際一般名称( 世界保健機構( WH O )が定める医薬品 の名称 で「 I
NN」 〔「 International Nonproprietary Name」の略〕と 称される 。 )
である (乙2の1 ・ 2 ,3の2の1 ・2 ,弁論の全趣旨 )。
ウ HMG- CoA 還元酵素阻害 薬(スタチン) 系化 合物が ,高脂血症治 療
薬として有効である ことは広く知られ, 「ピタバスタチン カ ルシウム 」 は ,
従来よりも有効性に 優れるスタチンとし て開発された。
また, 医学分野の学 会発表や研究報告 に おいて, スタチン系 化合物は ,
「スタチン」 ,「ス タチン類」 , 「スタ チン系」 ,「スタチ ン系薬剤」な
どと呼ばれ,スタチ ン系化合物である「 プラバスタチン」 , 「シン バ ス タ
チン」 , 「フルバス タチン」 , 「アトル バスタチン」 , 「ロ スバスタチン 」
等は,「スタチン」を省略した上で,「プラバ」,「シンバ」,「フル
バ」 ,「アトルバ」 , 「ロスバ」等と 慣 用的に 称されること があ り , こ れ
らと 同様に,「ピタ バスタチン」又は「 pitavasta tin 」 も,
「ピタバ」 又は 「p itava 」と称さ れ ること がある (乙 4 ,5 の 1な
いし 12,6の1 の 1・2,6の2ない し 8, 7の1,7の 2の1・2,
7の 3, 8の1 ない し1 0)。
エ 特許庁は , 原告を出願人とす る 「ピタバ」の標準 文字からなる商 標 の 登
録出願(商願201 3-080944) に対し ,平成26年 3月4日付 け
(起案日)で拒絶理 由を通知した。その 理由は ,指定商品を 取り扱う業界
において,「ピタバ 」の文字は,「ピタ バスタチンカルシウ ム」又は 「 ピ
タバスタチン」の略 称として使用されて いることから , 指定 商品中,「ピ
タバスタチンカルシ ウムを有効成分とす る薬剤」に使用した ときは, 「 ピ
タバスタチンカルシ ウムを有効成分とす る商品」等の意味合 いを理解 さ せ
るにとどまり,単に 商品の 原材料 ,品質 を普通に用いられる 方法で表 示 す
る標章のみからなる 商標と認められるか ら商標法3条1項3 号に該当 し ,
上記以外の商品に使 用するときは商品の 品質の誤認を生じさ せるおそ れ が
あるとして同法4条 1項16号に該当す るとした 。
その後,上記 拒絶 理 由が解消されなかっ たとして,同出願は 拒絶査定さ
れ た(乙 9の1, 9 の2)。
オ 平成17年9月22日付け薬食審査発第0922001号厚生労働省
医薬食品局審査管理 課長 通知「医療用後 発医薬品の承認申請 にあたっての
販売名の命名に関する留意事項について」(以下「厚労省通知」とい
う。)によれば,医療事故防止等のため,一般的名称を基本とした販売
名を命名する際の取 扱い のうち,「 (1 ) 全般的事項」と し て,「販売名
の記載にあたっては ,含有する有効成分 に係る一般的名称に 剤型,含 量 及
び会社名(屋号等) を付すこと。なお, 一般的名称を基本と した記載 を 行
わない場合は,その 理由を明らかにする 文書を承認申請書に 添付して 提 出
すること」 とされ, 「 (2)語幹に関す る事項」として,「 有効成分の一
般的名称については ,その一般的名称の 全てを記載すること を原則と す る
が,当該有効成分が 塩,エステル及び水 和物等の場合にあっ ては,こ れ ら
に関する記載を元素 記号等を用 いた略号 等で記載して差し支 えないこと。
また,他の製剤との 混同を招かないと判 断される場合にあっ ては,塩 , エ
ステル及び水和物等 に関する記載を省略 することが可能であ ること。 」 と
されている(乙10 )。
カ 被告商品は,PTPシートに包含され,内袋に封入されて外箱に入れ
られるか,ボトルに 入れられて販売され ,PTPシート,内 袋,外箱 , ボ
トルには,すべて販 売名である「ピタバ スタチンカルシウム 錠」,「 1 m
g」,「テバ」の表 示が記載されている (乙11) 。
キ 後発医薬品においては,誤投与,誤飲の医療事故防止の観点から,
「ピタバスタチンカ ルシウム錠1mg」 の錠剤上に ,「ピタ バ1アメル」 ,
「 SWピタバ1」 , 「ピタバ1杏林」 , 「1mgピタバ ME EK 」 , 「 ピ
タバ1明治」などと 販売名を略記してい るものがあ り,錠剤 上の表記につ
き「一錠毎に成分名 と含量を表示」と成 分名を表示している と説明し て い
るものもある (乙1 4の1ないし5 ,3 9 )。
なお, ピタバスタチ ンカルシウム以外の 薬剤でも ,誤投与 , 誤飲 防 止 の
ために , 錠剤上に , 販売 名が略記されて いる ものもある (乙 15の1 な い
し7 )。
ク 被告商品 は, 処方箋 医薬品で あり,患者に 処方箋 医薬品が 交付される 際 ,
薬剤情報提供書(処 方される薬剤の販売 名 ,効能 ,用法・用 量 ,副 作 用,
他の薬等との相互作 用に関する主な情報 ,写真 ,薬価等が記 載されたもの )
が添付され , お薬手 帳を保有する患者に は ,新たに処方され る薬剤の販売
名 ,効能 ,用法・用 量等が記載され ,後 発医薬品については 後発医薬品情
報提供書が添付され る(乙23,24, 29の1,29の2 ,29の 4 ) 。
3 争 点(2)(被告 標章の使用が商標的 使用に当たるか )に ついて
(1) 前記前提事実及び上記2の認定事実によれば,被告商品の販売にあたっ
ては,その外箱,内袋,PTPシートに,薬剤の有効成分である「ピタバ
スタチンカルシウム」,薬剤の有効成分の含有量である「1mg」,被告
が販売する医薬品であることを示す被告会社名「テバ」が示されているこ
とが認められるところ,これは,後発医薬品に関する厚労省通知に従って,
医療事故防止のため,被告商品の販売名を,薬剤の有効成分を示す「ピタ
バスタチンカルシウム」としたものと認められ,薬剤に含有する有効成分
に係る一般的名称を販売名として表記したものと認められる。さらに,一
般に,誤飲防止等のため,錠剤の表面上に販売名,含有量等が記載される
こと,後発医薬品の販売名として他の製剤との混同を招かない場合には,
塩に関する記載を省略することが可能であり,医学分野の学会発表や研究
報告において「ピタバスタチンカルシウム」又は「ピタバスタチン」の略
称として「ピタバ」を用いることがあること,被告商品(錠剤)上の「ピ
タバ」の片仮名文字は,ピタバスタチンカルシウムの略記であると認める
の が相当である。
このように, 後発医 薬品においては, 厚 労省通知に従い, 基 本的に,有効
成分に係る一般的名称を販売名として付すこととされているから,同一の
有効成分や含量のものを用いている以上,同一の販売名にならざるを得ず,
有効成分に係る一般的名称やその含有量の表示に当該商品の出所識別機能
を認めることは困難である。この点,被告商品(錠剤)上の「ピタバ」は,
「ピタバスタチンカルシウム」の略記として表示されていると認められる
ことは上記のとおりであるから,単に一般的名称の略記として被告商品
(錠剤)上において使用されている「ピタバ」(被告標章)の表記は,商
標 的使用に当たらな いというべきであ る 。
(2) この点,原告は,患者の認識を基準とすれば,販売名と認識し得るとし
て も,これ を有効成 分であるとの認識ま では有しない旨主張 する。
確かに, 被告商品の 最終 の需要者である 患者にとっては,被 告商品 (錠剤 )
上の表記が販売名であるのか,有効成分の表示であるかについては明確に
は 認識できないと も いえる。
しかし, 被告商品は ,「ピタバスタチン カルシウム錠 1m g 『 テ バ』 」
との記載のあるPTPシート,内袋,外箱,ボトルに入れられた状態 で患
者の手元に届けられるものであって,シートから取り出された錠剤として
手渡されることが想定されているものではないから,被告商品(錠剤)上
の「ピタバ」の文字を患者が認識した際には,PTPシート等に記載され
た「ピタバスタチンカルシウム錠」の頭部分の3文字を略記したものであ
ると認識するものと解され,被告商品(錠剤)上の「ピタバ」の文字のみ
に より商品の出所を 識別する もの とは解 されない。
また,原告は, 患者 の選択に基づき薬品 を調剤することがあ ること等 か ら
患者を被告商品の取引主体として基準とすべきと主張し,甲15ないし1
7を掲げるが,上記のとおり,患者は,医薬品の正式な販売名,効能,用
法・用量等の情報を総合的に与えられた上で,被告商品を識別するので
あって,被告商品(錠剤)上の表示に着目して被告商品を識別するとはい
え ないから,原告の 主張は採用できない 。
4 争 点 (4)( 原 告 商 標 権 2 に 係 る 商 標 登 録 が 無 効 審 判 に よ り 無 効 と さ れ る べ き
も の と認められ,又 は原告による 原告商 標 権2の行使が 権利 の濫用 に当 たる か )
に つ いて
(1) 商標法4条1 項7号 該当性につい て
ア 商標法4条1項7号は,商標登録を受けることができない商標として,
「公の秩序又は善良 の風俗を害するおそ れがある商標」を規 定してい る と
ころ,ある商標を指 定商品又は指定役務 について使用するこ とを特定 人 に
独占させることが著 しく社会的妥当性を 欠くと認められるよ うな場合 に は ,
当該商標は,同号に 該当するものと解す るのが相当である。
イ これを本件についてみるに,前記前提事実,前記2の認定事実及び弁
論の全趣旨(当裁判 所に顕著な事実を含 む。)を総合すれば ,①本件 商 標
を構成する「PIT AVA」の文字は, 医学分野の学会発表 や 研究 報 告 に
おいて,「 pita vastatin 」 (原告商品及び被告 商品の有効成
分である「ピタバス タチンカルシウム」 について,塩に関す る記載を 省 略
した「ピタバスタチ ン」の英語表記 〔小 文字 表記〕 である。 )の略称とし
て用いられている 「 pitava」の大 文字表記 であること ,②被告標章
を構成する「ピタバ 」の文字は,被告商 品の有効成分である 「ピタバ ス タ
チンカルシウム」に ついて,塩に関する 記載を省略した「ピ タバスタ チ ン 」
の略称として用いら れるものであること ,③原告は,平成1 5年9月 以 降 ,
ピタバスタチンカル シウムを有効成分と する原告商品を製造 販売して き た
が,同商品の販売に 当たり,本件商標を 使用したことはない こと,④ 原 告
は,本件 特許権の存 続期間が平成25年 8月をもって満了し ,同年 1 2 月
以降, 原告商品に対 する 後発医薬品の製 造販売が開始された ことを受けて ,
当該後発医薬品の錠 剤自体に「ピタバ」 との記載を付してい る会社( 原 告
が本件商標につき通 常 使用権を 許諾した とする キョーリンリ メディオを除
く。) に対して,商 標権侵害訴訟を提起 したこと,⑤上記後 発医薬品(被
告 商品を含む。)の 錠剤に「ピタバ」と の記載がされた趣旨 は, 誤 投 与 ・
誤飲による医療事故 防止 等を目的とした 厚労省通知の要請に 従おうとした
ものであることが, いずれも認められる 。
そうとすれば,原告 による本件商標に係 る商標登録出願は, 本件特 許 権
の存続期間満了後, 原告のライセンシー 以外の者による後発 医薬品の 市 場
参入を妨げるという 不当な目的でされた ものであることが推 認される ば か
りか,本件商標を指 定商品「ピタバスタ チンカルシウムを含 有する薬 剤 」
に使用することを原 告に独占させること は,薬剤の取違え( 引いては , 誤
投与・誤服用による 事故)を回避する手 段が不当に制約され るおそれ を 生
じさせるものであっ て,公共の利 益に反 し,著しく社会的妥 当性を欠くと
認めるのが相当であ る。
なお,付言するに, 原告のような先発医 薬品を製造 ・ 販売す る者が後発
医薬品の市場参入を 阻止したいと考える こと自体は,無理か らぬとこ ろ で
あるが,その手段は ,特許権など医薬品 それ自体に関する権 利の行使 に よ
るべきであって,化 合物の一般的名称で ある「ピタバスタチ ンカルシ ウ ム 」
の略称として用いら れる「 PITAVA 」の文字を標準文字 で書して な る
本件商標と,薬剤の 取違えを回避するた め被告商品の錠剤表 面に印字 さ れ
た「ピタバ」(有効 成分である「ピタバ スタチンカルシウム 」 の略 称 と し
て用いられることは ,前示のとおりであ る。)との文字から なる標章 ( 被
告標章)とが類似す る旨主張することは ,公益上,容認する ことがで き な
いと いうべきである 。
(2) 小括
上記検討したところ によれば,本件商標 は, 公の秩序又は善 良の風俗を害
するおそれがある商標(商標法4条1項7号,46条1項1号)に該当し,
原告商標権2に係る商標登録は,無効審判により無効とされるべきものと
認められるから,原告は原告商標権2を行使することができない(商標法
3 9条により準用さ れる特許法104条 の3項) 。
第5 結論
以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はい
ずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決す
る。
なお,前述のとおり,原告の第5回弁論準備手続期日における平成26年
1 2 月 2 5 日 付 け 原 告 準 備 書 面 (3)の 陳 述 は , 請 求 原 因 の 変 更 ( 訴 え の 変 更 )
には当たらないと解するのが相当であり,仮に,請求原因の変更(訴えの変
更)に当たるとしても,請求の基礎を同一とし,著しく訴訟手続を遅滞させ
るものでないからこれを許さないとすべき理由はない。そして,被告の異議
により,従前の訴えの取下げが効力を生じないため,原告商標権1に基づく
請求があるとみたとしても,①ピタバスタチンカルシウムを含有する薬剤で
ある被告商品は,原告商標権1に係る登録商標の指定商品「薬剤但し,ピタ
バスタチンカルシウムを含有する薬剤を除く」と同一ではないこと,②被告
標章の使用は,既に説示したとおり,商標的使用に当たらないこと,③本件
商標を構成する「PITAVA」の文字は,既に説示したとおり,医学分野
の学会発表や研究報告において,「pitavastatin」(原告商品
及び被告商品の有効成分である「ピタバスタチンカルシウム」について,塩
に関する記載を省略した「ピタバスタチン」の英語表記である。)の略称と
して用いられている「pitava」の大文字表記であるところ,これを原
告商標権1に係る登録商標の指定商品「薬剤但し,ピタバスタチンカルシウ
ムを含有する薬剤を除く」に使用すれば,「ピタバスタチンカルシウムを含
有する薬剤」であるかのように品質の誤認を生じるおそれがあるから, 同商
標権に係る商標登録は,商標法4条1項16号に該当し,無効審判により無
効とされるべきものと認められ,原告は原告商標権1を行使することができ
ないこと(商標法39条により準用される特許法104条の3項) からすれ
ば , 当該請求に理由 がないことは,明ら かである。
東 京地方裁判所民事 第29部
裁 判長裁判官
嶋 末 和 秀
裁判官
鈴 木 千 帆
裁判官 本 井修平は 転 補のため ,署名押印できない 。
裁 判長 裁判官
嶋 末 和 秀
(別紙)
被告標章目録
(別 紙 )
商標権目録
1 登 録 番号 第4942 833号
出願日 平成17年8月 30日
登録日 平成18年4月 7日
登 録 商標 PITAVA( 標準文字)
商 品 及び役務の区分 第5 類
指 定 商品 薬剤
2 登 録 番号 第4942 833号の1
出願日 平成17年8月 30日
登録日 平成18年4月 7日
登 録 商標 PITAVA( 標準文字)
商 品 及び役務の区分 第5 類
指定商品 薬剤但し,ピタバスタチンカルシウムを含有する薬
剤を 除く
3 登 録 番号 第4942 833号の2
出願日 平成17年8月 30日
登録日 平成18年4月7日(商標登録原簿の甲区欄〔原告
を商標権者とする旨〕の登録は,平成26年12月
2日 )
登 録 商標 PITAVA( 標準文字)
商 品 及び役務の区分 第5 類
指 定 商品 ピタバスタチン カルシウムを含有す る薬剤
(別 紙 )
被告商品目録
( 販売名) ピタバ スタチンカルシウム 錠1mg 「テバ」
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