平成22(行ケ)10125審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成22年12月8日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官手島聖治 原告ヤフー株式会社
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法令 |
特許権
特許法36条4項3回 特許法29条2項3回 特許法36条4項2号3回 特許法29条1項3号1回
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キーワード |
審決52回 実施15回 刊行物5回 進歩性1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒
絶不服審判の請求について,特許庁において,下記2のとおりの本件補正を却下し
た上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要
旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求
める事案である。 |
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判決文
平成22年12月8日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10125号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成22年11月24日
判 決
原 告 ヤ フ ー 株 式 会 社
同訴訟代理人弁理士 佐 藤 武 史
被 告 特 許 庁 長 官
同 指 定 代 理 人 松 田 直 也
手 島 聖 治
須 田 勝 巳
岩 崎 伸 二
豊 田 純 一
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2008−16145号事件について平成22年3月15日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒
絶不服審判の請求について,特許庁において,下記2のとおりの本件補正を却下し
た上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要
旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求
める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願及び拒絶査定
発明の名称:電子商店における商品の陳列決定装置
出願番号:特願2000−198633
出願日:平成12年6月30日(甲6)
手続補正日:平成20年2月29日(甲8)
拒絶査定日:平成20年5月20日
(2) 審判請求及び本件審決
審判請求日:平成20年6月25日
手続補正日:平成20年7月23日(甲11。以下,同日付け手続補正書による
補正を「本件補正」という。)
審決日:平成22年3月15日
審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。
原告に対する審決謄本送達日:平成22年3月30日
2 本件補正の内容
(1) 本件補正前の特許請求の範囲の記載(ただし,平成20年2月29日付け
手続補正書による補正後のものであり,「/」は,「HTTPリクエスト/レスポ
ンス」中の「/」を除き,原文における改行箇所である。以下,本件補正前の請求
項1に記載された発明を「本願発明」という。)
【請求項1】インターネットを通じて利用者コンピュータとHTTPリクエスト/
レスポンスをやり取りし,利用者コンピュータのブラウザにより可視化される電子
商店をWebページにより表現して送達するとともに,その電子商店を介して商品
の販売手続きを処理する電子商店サーバーにおいて,電子商店における商品の陳列
決定装置であって,/販売対象商品に関する情報を各商品ごとに区分して集約して
商品データが記録されると共に,各商品データに付帯して,各商品のカテゴリーな
どの属性情報や各商品に関心を抱くと予測される消費者に関する属性情報を体系化
してデータ表現した商品属性データが記録された商品データベースと,/利用者コ
ンピュータにより当該電子商店サーバーにアクセスしてくる来店者の個人情報を含
む来店者データを取得する手段と,/アクセスしてきた来店者についての前記来店
者データに含まれる個人情報と,前記商品データベースにおける各商品属性データ
とを照合して所定のマッチング演算処理にかけ,前記個人情報と前記商品属性デー
タとの一致度,類似度,あるいは関連性を判定して点数化することにより,その来
店者が各商品に抱く関心の大きさに相関する予測の数値である訴求点を計算する手
段と,/一定以上の訴求点が計算された商品群の中から所定の規則でまたはランダ
ムに陳列対象商品を選出する手段と,/前記陳列対象商品として選出された各商品
の陳列位置を,各商品の訴求点と,商品データの画像の大きさ又は色とに基づいて
決定し,各商品を前記決定した陳列位置に割り当てた電子商店を表現する前記We
bページのデータを生成する手段と,を備えることを特徴とする電子商店における
商品の陳列決定装置
【請求項2】請求項1に記載の電子商店における商品の陳列決定装置であって,前
記マッチング演算処理により計算される前記訴求点に対して,前記マッチング演算
処理とは別個に特別に加算する特別加算点を商品データに付記できるようにしたこ
とを特徴とする電子商店における商品の陳列決定装置
【請求項3】請求項2に記載の電子商店における商品の陳列決定装置であって,前
記特別加算点には有効期間または有効時間のデータを対応づけしておき,来店者に
送達する電子商店Webページを生成する日時が前記有効期間または有効時間に該
当する場合に前記特別加算点を有効にすることを特徴とする電子商店における商品
の陳列決定装置
(2) 本件補正後の特許請求の範囲の記載(ただし,下線部分は本件補正による
補正箇所であり,「/」は,「HTTPリクエスト/レスポンス」中の「/」を除
き,原文における改行箇所である。以下,本件補正後の請求項1に記載された発明
を,「本件補正発明」というほか,本件補正発明に係る明細書(甲6,8,11)
を「本件補正明細書」という。)
【請求項1】インターネットを通じて利用者コンピュータとHTTPリクエスト/
レスポンスをやり取りし,利用者コンピュータのブラウザにより可視化される電子
商店をWebページにより表現して送達するとともに,その電子商店を介してデジ
タルコンテンツの販売手続きを処理する電子商店サーバーにおいて,電子商店にお
ける商品の陳列決定装置であって,/販売対象商品であるデジタルコンテンツに関
する情報であって当該デジタルコンテンツ自体を含む情報が各商品ごとに区分して
集約して商品データとして記録されると共に,各商品データに付帯して,各商品の
カテゴリーなどの属性情報や各商品に関心を抱くと予測される消費者に関する属性
情報を体系化してデータ表現した商品属性データが記録された商品データベースと,
/利用者コンピュータにより当該電子商店サーバーにアクセスしてくる来店者の個
人情報を含む来店者データを取得する手段と,/アクセスしてきた来店者について
の前記来店者データに含まれる個人情報と,前記商品データベースにおける各商品
属性データとを照合して所定のマッチング演算処理にかけ,前記個人情報と前記商
品属性データとの一致度,類似度,あるいは関連性を判定して点数化することによ
り,その来店者が各商品に抱く関心の大きさに相関する予測の数値である訴求点を
計算する手段と,/一定以上の訴求点が計算された商品群の中から所定の規則でま
たはランダムに陳列対象商品を,陳列対象商品の陳列占有面積に応じた数だけ選出
する手段と,/前記陳列対象商品として選出された各商品の陳列位置を,各商品の
訴求点と,商品データの画像の大きさ又は色とに基づいて決定し,各商品を前記決
定した陳列位置に割り当てた電子商店を表現する前記Webページのデータを生成
する手段と,を備えることを特徴とする電子商店における商品の陳列決定装置
【請求項2】請求項1に記載の電子商店における商品の陳列決定装置であって,前
記マッチング演算処理により計算される前記訴求点に対して,前記マッチング演算
処理とは別個に特別に加算する特別加算点を商品データに付記できるようにしたこ
とを特徴とする電子商店における商品の陳列決定装置
【請求項3】請求項2に記載の電子商店における商品の陳列決定装置であって,前
記特別加算点には有効期間または有効時間のデータを対応づけしておき,来店者に
送達する電子商店Webページを生成する日時が前記有効期間または有効時間に該
当する場合に前記特別加算点を有効にすることを特徴とする電子商店における商品
の陳列決定装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件補正発明並びにこれに従属する本件補
正後の請求項2及び3に記載の発明は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に
詳細な説明が記載されておらず,仮にこれが当業者が実施できる程度に明確かつ十
分に記載されていると仮定しても,本件補正発明は下記アの引用例の発明の詳細な
説明欄の従来の技術欄(【0002】)に記載された発明(以下「引用発明」とい
う。)及び下記イないしオの周知例に記載された技術(以下,順に「甲2技術」な
いし「甲5技術」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたも
のであるから,独立特許要件を満たさないとして,本件補正を却下し,本件出願に
係る発明の要旨を本願発明のとおり認定した上,本願発明は引用発明及び甲2,甲
3及び甲5技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,と
したものである。
ア 引用例:特開平11−66160号公報(甲1)
イ 周知例:吉川和宏「ついに本格化!個客つかむウェブ・マーケティング」日
経情報ストラテジー(日経BP社)2000年7月24日,第9巻第7号76頁∼
84頁(甲2)
ウ 周知例:永井学「Webマーケティング・ツール 顧客プロフィールと連動
したワン・トゥ・ワン型が主流に」日経マルチメディア(日経BP社)1999年
2月15日,第44号66頁∼70頁(甲3)
エ 周知例:特開平10−275186号公報(甲4)
オ 周知例:特開平11−312190号公報(甲5)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件補正発明と引用発明との一
致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:ネットワークを通じて利用者側に設けられた購入者装置とやり取
りをし,購入者装置が備えるディスプレイ等の表示手段に販売者が扱っている商品
を利用者に提示するための商品名等の情報を送達し,購入者装置が備えるディスプ
レイ等の表示手段に表示された商品名等の情報を介して商品の販売手続のための処
理を行う商店側に設けられた販売者装置であって,利用者属性値と商品属性値を用
いて購入者の利用の興味に応じた商品を動的に利用者に紹介する手段を備える販売
者装置
イ 一致点:通信網を通じて利用者コンピュータと利用者コンピュータの表示画
面に表示される利用者に提示する商品情報を送信するとともに,その商品情報を介
して商店取扱品の販売手続を処理する商店側のコンピュータにおいて,利用者に関
する情報と商店取扱品に関する情報に基づいて利用者に提示する商店取扱品画面を
生成する手段を備える商店側のコンピュータ
ウ 相違点1:本件補正発明では,通信網が「インターネット」であり,利用者
コンピュータと電子商店サーバーとが「HTTPリクエスト/レスポンス」をやり
取りし,利用者に提示する商品情報が「利用者コンピュータのブラウザにより可視
化される電子商店」であり,電子商店を表現する「Webページのデータを生成す
る」のに対し,引用発明では,そのような構成は記載されていない点。
エ 相違点2:本件補正発明では,「電子商店サーバー」が,その有する機能を
実現するために「商品の陳列決定装置」を備え,商店取扱品が「デジタルコンテン
ツ」であり,商店取扱品に関する情報が「デジタルコンテンツ自体を含む情報が各
商品ごとに区分して集約して商品データとして記録されると共に,各商品データに
付帯して,各商品のカテゴリーなどの属性情報や各商品に関心を抱くと予測される
消費者に関する属性情報を体系化してデータ表現した商品属性データ」であり,商
店取扱品に関する情報である商品属性データが「商品データベース」に記録され,
利用者に関する情報が「来店者の個人情報を含む来店者データ」であり,来店者デ
ータは「電子商店サーバーにアクセスしてくる来店者の個人情報」を含み,「来店
者データを取得する手段」により取得され,このとき商品の陳列決定装置が,「商
品データベース」,「来店者データを取得する手段」,「アクセスしてきた来店者
についての前記来店者データに含まれる個人情報と,前記商品データベースにおけ
る各商品属性データとを照合して所定のマッチング演算処理にかけ,前記個人情報
と前記商品属性データとの一致度,類似度,あるいは関連性を判定して点数化する
ことにより,その来店者が各商品に抱く関心の大きさに相関する予測の数値である
訴求点を計算する手段」,「一定以上の訴求点が計算された商品群の中から所定の
規則でまたはランダムに陳列対象商品を,陳列対象商品の陳列占有面積に応じた数
だけ選出する手段」,「前記陳列対象商品として選出された各商品の陳列位置を,
各商品の訴求点と,商品データの画像の大きさ又は色とに基づいて決定し,各商品
を前記決定した陳列位置に割り当てた電子商店を表現する前記Webページのデー
タを生成する手段」を備えるのに対し,引用発明では,そのような構成は記載され
ていない点。
4 取消事由
(1) 実施可能要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤り(取消事
由1)
(2) 独立特許要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤り(取消事
由2)
ア 引用発明の認定の誤り
イ 相違点1の認定の誤り
ウ 相違点2についての判断の誤り
第3 当事者の主張
1 取消事由1(実施可能要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤
り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本件補正明細書には,商品データベースに登録され,商品I
Dに対応付けられているマルチメディア情報が,商品データの画像の大きさを含む
ことは記載されておらず,しかも,商品データの画像の大きさが,商品ごとに同じ
であるとは限らないから,商品データの画像の大きさと陳列占有面積を考慮して選
出すべき商品の数を算出し,算出された商品の数が適切か否かを判断するために,
商品データの画像の大きさに基づいて商品データの画像の陳列位置の割当を行う必
要があるのに,そのための具体的な情報処理が記載されていないとして,当業者が
本件補正発明並びにこれに従属する本件補正後の請求項2及び3に記載の発明を実
施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない旨を判断し
た。
(2) しかしながら,本件補正により,本件補正発明の対象商品は,無体のコン
ピュータプログラムであるデジタルコンテンツに限定されたから,視認しうるよう
な商品の画像データは,観念できない。すなわち,本件補正発明では,商品が被写
体となることはあり得ず,商品の画像は,その商品が化体されたアイコン等の画像
で代替表示されるにとどまり,その場合,商品画像の大きさや形状については,甲
15記載の技術により定型化が行われるので,表示画面及び販売画面において,本
件審決が指摘するような問題は生じない。
また,本件補正明細書には,商品データの画像のレイアウト及び陳列位置が決ま
っていることが記載されており,しかも,画像データが定型化された状態を崩さな
い程度に少し変化させる旨の記載もある(【0014】)ところ,この記載は,商
品データの画像の大きさが定型であり,実施の際にこれを変化させる可能性を記述
したことが明白である。
(3) したがって,本件補正明細書は,当業者が本件補正発明並びにこれに従属
する本件補正後の請求項2及び3に記載の発明を実施することができる程度に明確
かつ十分に記載されている。本件審決は,商品データの画像の存在を観念した上で,
その大きさが商品ごとに同じであるとは限らないという誤った推測を判断の前提と
しており,特許法36条4項に規定する要件の判断を誤っている。
〔被告の主張〕
(1) 本件補正明細書には,販売対象商品であるデジタルコンテンツについて,
商品IDに対応付けされて商品データベースに登録されている旨しか記載がなく
(【0008】),しかも,商品画像の大きさが定型化されるのならば,商品デー
タの画像の大きさが陳列位置を決定する要素にはなり得ないはずなのに,商品デー
タの画像の大きさが商品の陳列位置を決定する要素になる旨の記載がある(【00
14】)。以上によれば,本件補正発明においてデジタルコンテンツを商品とする
場合,商品データの画像の大きさや形状が定型化されていることが自明であるとま
ではいえず,これは,商品ごとに同じであるとは限らないと理解するのが自然であ
る。
(2) 原告は,デジタルコンテンツが無体物に限定されることから,商品画像の
大きさや形状については定型化が行われる旨を主張するが,原告の上記主張は,本
件補正明細書に記載がない。
また,原告は甲15には商品画像の定型化に関する技術が記載されている旨を主
張するが,甲15の図7,図8,図13及び図14は,いずれも動画配信サイトの
画面であって,これをもって商品画像の大きさや形状の定型化が行われているとは
いえないし,特に図7においては,商品画像の大きさが掲載場所によって異なる大
きさで表示されている。したがって,甲15は,商品がデジタルコンテンツである
場合にその画像の大きさや形状が定型化されていることを裏付けるものとはいえず,
それを示唆するものでもない。
(3) 本件補正発明の特許請求の範囲の記載及び本件補正明細書によれば,陳列
対象商品の数は,商品の陳列占有面積に応じて決定される(【0013】)一方,
陳列対象商品の陳列位置の決定は,商品データの画像の大きさ等に基づいて決定さ
れることになる(【0014】)結果,最終的な陳列位置の決定には,陳列占有面
積と陳列対象商品の画像の大きさの総和とを比較する必要があることになる。
しかるに,前記のとおり,デジタルコンテンツの商品画像の大きさや形状は,商
品ごとに同じであるとは限らないから,陳列対象商品を決定するためには,商品画
像の大きさや形状の情報を用いて最適化処理等を行う必要があるところ,本件補正
明細書には,これらの大きさや形状を管理することは記載も示唆もされておらず,
また,当業者にも自明でもない。このように,本件補正明細書には,商品データの
画像の大きさと陳列対象商品の占有面積に基づいて,どのようにして陳列対象商品
の数を算出し,どのようにして商品データの画像の最終位置を決定するのかについ
て,具体的な情報処理の記載がない。
(4) したがって,本件補正明細書には,当業者が本件補正発明を実施すること
ができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
2 取消事由2(独立特許要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤
り)について
〔原告の主張〕
(1) 引用発明の認定の誤りについて
ア 本件審決は,引用例(甲1)の発明の詳細な説明欄に記載の「従来の技術」
(【0002】)から引用発明を認定している。
しかしながら,引用例は,平成14年法律第24号による特許法改正前である平
成9年8月15日に出願されており,当時は,先行技術文献情報の開示を義務化し
た現行特許法36条4項2号がなかった。したがって,引用例記載の従来の技術
(引用発明)については,何らの裏付けもなく信憑性に欠けるばかりか,所期の目
的を達成し得るという効果の確認(知財高裁平成19年(行ケ)第10369号同
20年6月24日判決参照)もないから,引用発明としての適格性を欠く。このよ
うな引用例の記載から引用発明を認定した本件審決は,違法である。
イ 本件審決は,引用例の「利用者側に設けられた購入者装置と該購入者装置に
ネットワークを介して接続され,商店側に設けられた販売者装置との間でオンライ
ンにより商品の販売購入を行う」(【0002】)との記載から引用発明を認定す
るに当たり,引用例に記載のない「購入者装置が備えるディスプレイ等の表示手段
が扱っている商品を利用者に提示するための商品名等の情報を送達し」との構成を
理由なく付加している。しかし,ディスプレイを備えないコンピュータが普通に存
在することは,技術常識である(甲16,17)し,オンラインとの用語も,当業
者にとって必ずしも電子計算機(コンピュータ)の接続のみを指すものではない
(甲18)から,本件審決による引用発明の上記認定は,誤りである。
ウ 引用例の「利用者属性値と商品属性値を用いて購入者の利用者の興味に応じ
た商品を動的に利用者に紹介する」(【0002】)との記載は,素直に読む限り,
購入者への商品情報が画一的に固定されているわけではなく,購入者ごとに情報の
内容を柔軟に変更する,という意味であろうから,例えば購入者ごとに異なる商品
情報をファクシミリにより送信することで,異なる商品情報が購入者装置で印字さ
れれば,商品が「動的に利用者に紹介」されていることとなる。したがって,引用
発明では,購入者装置が「コンピュータ」であったり,商品情報が「表示画面に表
示」されることは,必須な構成とはならない。
しかるに,本件審決は,本件補正発明と引用発明との一致点を認定するに当たり,
引用発明について「利用者コンピュータ」及び「利用者コンピュータの画面表示に
表示」との誤った認定をした違法がある。
エ 引用例にいう「販売者装置」は,単にネットワークを介して「購入者装置」
に接続されているだけで,「販売者装置」が「利用者属性値と商品属性値を用いて
購入者の利用者の興味に応じた商品を動的に利用者に紹介する」処理を行うことは
記載されていないし,この処理を行うその他の装置についての記載もない。したが
って,この紹介は,人による作業と解釈するのが自然である。
しかるに,本件審決は,本件補正発明と引用発明との一致点を認定するに当たり,
引用例にいう「商店側に設けられた販売者装置」を,理由なく「商店側のコンピュ
ータ」に置き換え,これが「送信」したり「商品取扱品の販売手続を処理」したり,
更には「利用者に関する情報と商店取扱品に関する情報に基づいて利用者に提示す
る商店取扱品画面を生成する手段を備える」との誤った認定をした違法がある。
(2) 相違点1の認定の誤りについて
本件審決は,引用発明の「ネットワーク」と本件補正発明の「インターネット」
が「通信網」で共通するとして一致点を認定しているので,相互に置き換え可能な
ものとして認識していることができるのに,他方で,「本件補正発明では通信網が
「インターネット」であり…引用発明では,そのような構成は記載されていない」
と相違点1を認定して,引用発明の「ネットワーク」と本件補正発明の「インター
ネット」が相互に置き換えることができない旨を説示している。このように,本件
審決は,一致点と相違点とを混同して認定した違法がある。
(3) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 本件審決は,相違点2に係る本件補正発明の構成のうち,商店取扱品が「デ
ジタルコンテンツ」であり,商店取扱品に関する情報が「デジタルコンテンツ自体
を含む情報」が各商品ごとに区分して集約して商品データとして記録されることに
ついて,甲4技術に基づいて容易想到である旨の判断をした。
イ ところで,ここでいう「デジタルコンテンツ自体を含む情報」とは,音楽フ
ァイルや動画ファイルといったデジタルコンテンツ(商品)自体の情報(それ自体
を商品説明等の情報とは分離して格納できる。)に加えて,当該デジタルコンテン
ツのファイルの容量(バイト数)や保存形式(mp3ファイル等)などのプログラ
ム自体の属性を示すプロパティ情報を含むことは,自明である(甲14)。そして,
本件補正発明は,このようなプロパティ情報をも併せてデータベースで管理するこ
とで,購入者が購入時の判断要素として考慮することが可能となるという格別の効
果を有しており,この点に進歩性が認められる。
しかしながら,本件審決が容易想到性の判断の基礎とした甲4技術は,デジタル
コンテンツ自体についてのみ扱い,プロパティ情報を扱っていない。
したがって,本件審決には,「デジタルコンテンツ自体を含む情報」が各商品ご
とに区分して集約して商品データとして記録されるとの構成を看過し,この点につ
いて何ら判断を示していないという違法がある。
ウ 本件補正発明は,「一定以上の訴求点が計算された商品群の中から所定の規
則でまたはランダムに陳列対象商品を,陳列対象商品の陳列占有面積に応じた数だ
け選出する手段」についてのものであり,この中で「ランダムに」との構成は,同
一の来店者URLが同一の電子商店にアクセスしても,ブラウザで可視化される電
子店舗の品揃えや陳列形態が一定の規則性をもって再現されてしまうのを防止でき
るという格別な効果を有している。
しかしながら,本件審決は,所定の規則で陳列商品を選出する手段を容易に想到
可能であると判断する一方で,この格別な効果を有する「ランダムに」との構成を
看過して本件補正発明が容易想到可能であると判断した違法がある。
エ 本件補正発明は,「陳列対象商品として選出された各商品の陳列位置を,各
商品の訴求点と,商品データの画像の大きさ又は色とに基づいて決定し,各商品を
前記決定した陳列位置に割り当て」るものであり,この中で「陳列位置の割り当
て」との構成の有する効果は,「URLが同じ同一電子商店にアクセスしても,来
店者によってブラウザで可視化される電子店舗の品揃えや陳列形態を異な」らせる
(【0016】)点にある。
しかしながら,本件審決は,「陳列位置の割り当て」の効果を「利用者に対して
より宣伝効果の高いようにしようとすること」と独自に解釈した上で,当業者の技
術常識等を示す証拠を示さずに,このような割当ては,当業者が当然に行い,ある
いは適宜決定し得たものと判断した違法がある。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明の認定の誤りについて
ア 本件審決は,特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」の解釈に
従い,引用例の従来の技術欄に記載されている事項及び記載されているに等しい事
項から把握できる発明を認定したものであるが,当該認定と特許法36条4項2号
の立法趣旨とは,無関係である。
イ 引用例記載の「従来の技術」(【0002】)は,前記第2の3(1)ア記載
のとおり,「従来提案されているマーケティング手法及びシステム」を前提に,
「オンライン」により商品の販売購入を行うものである。そして,「従来提案され
ているマーケティング手法及びシステム」とは,当該発明の属する技術分野(【0
001】)を示すことが明白であり,「オンライン」とは,本件出願当時の各種辞
典(乙1∼3)によれば,例えば「電子計算機の入出力装置が計算機本体に直接連
結されて,情報が直接出し入れされる状態」(乙1)である。
してみると,上記「従来の技術」とは,利用者側に設けられた購入者装置と商店
側に設けられた販売者装置とをネットワークを介して接続したシステムであって,
オンライン(電子計算機の入出力装置が計算機本体に直接連結されて,情報が直接
出し入れされる状態)を技術の前提として,商品の販売購入を行うシステムである
から,コンピュータを用いたシステムによって行われていることも,自明である。
そして,コンピュータを用いたシステムがディスプレイ等の表示手段を備えること
は,技術常識であるから,たとえ「従来の技術」にディスプレイ等の表示手段の明
示がないとしても,購入者装置や販売者装置がディスプレイ等の表示手段を備える
ことは,自明であるし,商品を動的に利用者に紹介するに当たり,表示画面に表示
するという構成は,何ら排斥されない。
また,引用例には,「利用者の興味の把握と商品の分類を動的に行い,利用者属
性値と商品属性値を用いて購入者の利用者の興味に応じた商品を動的に利用者に紹
介する」(【0002】)旨の記載があるところ,そのために,販売者装置側で,
購入者装置側で表示させるための情報(画面)を生成することも,コンピュータを
用いたシステムにおいて当然に採用する事項にすぎない。
さらに,ネットワークで接続されたコンピュータシステムを用いて商取引が行わ
れる場合,販売者装置が商店取扱品の販売手続を処理するのは当然であるし,商品
を利用者に紹介する処理を行うのが販売者装置であることは,明らかであるから,
本件審決が引用発明を「利用者に関する情報と商店取扱品に関する情報に基づいて
利用者に提示する商店取扱品画面を生成する手段を備える」ものと認定したことに
誤りはない。
ウ 以上のように,本件審決は,引用例に記載又は記載されているに等しい事項
から把握される発明を引用発明として適切に認定したものである。
(2) 相違点1の認定の誤りについて
本件審決は,引用発明の「ネットワーク」と本件補正発明の「インターネット」
とは,「通信網」という共通の上位概念で一致することを認定したものであって,
引用発明の「ネットワーク」が本件補正発明の「インターネット」に一致すると認
定したわけではないから,本件審決の認定には,矛盾はない。
(3) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 本件補正発明の特許請求の範囲には,「デジタルコンテンツ自体を含む情
報」との記載があるが,本件補正明細書には,これが「プロパティ情報」を含むこ
とについての記載がない(【0008】【0009】)。
仮に,この点が自明であるとするならば,甲4にいう「デジタル情報」も,本件
補正発明と同様,ネットワークを通じて提供可能なものであるから,プロパティ情
報を含むことが自明であるといえる。
また,本件補正明細書の記載によれば(【0008】【0009】【図1】),
商品データベースには,商品データと商品属性データが記録されており,商品がデ
ジタルコンテンツの場合にはデジタルコンテンツそのものと商品属性データとに商
品IDが付与されているので,商品データには商品IDをキーとして商品属性デー
タが付帯されている。そして,商品属性データは,項目に「商品区分」を含んでい
るから,商品データは,付帯する商品属性データに含まれる「商品区分」に基づい
て各商品ごとに区分されるものであると解釈するのが自然である。
ところで,本件審決は,引用発明において,商品データベースにデジタルコンテ
ンツとともに,各商品データに付帯する商品属性データを記録することは,当業者
が容易になし得たものである旨の判断を示しているから,商店取扱品に関する情報
が,デジタルコンテンツ自体を含む情報が各商品ごとに区分して集約して商品デー
タとして記録されることについて判断を示している。
したがって,この点に関する原告の主張は,失当である。
イ 本件審決は,陳列対象商品を「ランダムに」選出する手段についての判断を
示していない。しかしながら,本件補正発明の特許請求の範囲には,「所定の規則
でまたはランダムに」と記載されているところ,本件審決は,そのいずれか一方で
ある「所定の規則で」選択される場合については当業者が適宜決定し得たものであ
る旨の判断を示しているから,その判断に不足はなく,「ランダムに」の場合につ
いてまで判断を示す必要はない。
なお補足するに,一定以上の訴求点が計算された商品群の中から陳列対象商品を
「ランダムに」陳列対象商品の陳列占有面積に応じた数だけ選出することには,格
別の技術的意義及び技術的困難性を見出すことはできず,やはり当業者が適宜に採
用し得る範疇を超えるものではない。
ウ 本件補正明細書の記載によれば,本件補正発明は,売上げ成績に直結する魅
力的なレイアウトで商品群を陳列し来店者に提示することを目的としているから
(【0003】【0004】),「陳列位置に割り当て」が「利用者に対してより
宣伝効果の高いようにしようとすること」を目的としていることは,明らかである。
他方,本件補正発明の特許請求の範囲には,各商品の陳列位置を商品データの画
像の大きさ等に基づいて決定する旨の記載があるが,本件補正明細書によっても,
そのために具体的にどのような情報処理を行うのかについて記載も示唆もないから,
結局のところ,「陳列位置の割り当て」が解決しようとする技術的課題及びその技
術的解決手段についての記載も示唆もない。
したがって,本件補正発明の「陳列位置の割り当て」は,販売促進それ自体を目
的とするものであって,商品の陳列決定装置によって実現するに当たっての技術的
課題及びこれを達成するものとはいえず,当業者が適宜に実施し得る事項である。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(実施可能要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤
り)について
(1) 本件補正発明は,前記第2の2(2)に記載のとおり,商品データ及び商品属
性データが記録された商品データベース並びに来店者の個人情報を含む来店者デー
タを取得する手段を有し,当該個人情報と商品属性データとの関連性等を点数化す
ることで来店者が各商品に抱く関心の大きさに関する訴求点を計算し,Webペー
ジ上に陳列すべき商品(陳列対象商品)を,その「陳列占有面積に応じた数だけ選
出する手段」と,その「陳列位置を,各商品の訴求点と,商品データの画像の大き
さ又は色とに基づいて決定し,各商品を前記決定した陳列位置に割り当てた電子商
店」を生成する手段を備えることを特徴とする商品の陳列決定装置である。
そして,上記特許請求の範囲の記載によれば,本件補正発明が販売対象商品とす
るデジタルコンテンツについては,いずれも一定の大きさを有する商品データの画
像が存在することを前提としており,かつ,当該画像の大きさが陳列位置を決定す
る条件となっていることから,各販売対象商品ごとに陳列位置を割り当てることが
できるものであると認められる。
したがって,本件補正発明を実施する上では,商品の陳列決定装置が,そのよう
な商品データの画像の大きさに関する情報をいかなる形態で保存・管理し,また,
どのようにWebページ上に陳列される商品を選出し,かつ,陳列位置を決定する
のかが明らかにされる必要がある。
しかしながら,本件補正発明の特許請求の範囲の記載からは,商品データの画像
が何をいうかを含め,これらの点は,一義的に明らかとはいい難い。
(2) そこで,本件補正明細書の発明の詳細な説明欄の記載を参酌すると,本件
補正明細書には,商品データベース中に商品データとして,「商品の外観などを示
す図案や写真などの画像データ」が登録されている旨が記載されており(【000
8】),「訴求点の大きい順に一定数の商品を陳列対象商品として選出する。ここ
で,陳列対象商品の選出数は固定的に決めておく必要はない。選出された商品の陳
列占有面積に応じて最終的に商品数を増減してもよい。」(【0013】),「陳
列する商品群が決定したならば,商品データベースから必要な情報を取り出してき
て,それらの商品を仮想店舗に陳列した仮想商店Webページを生成する。…そし
て各商品をその訴求点の大きい順により優位の陳列位置に割り当ててレイアウトを
決めていく。ここで,訴求点以外の要素が陳列レイアウトを少し変化させる仕組み
を採用してもよい。たとえば訴求点によりいくつかの陳列位置の候補を決め,その
中から商品データの画像の大きさとか色などの要素により最終位置を決定するよう
にしてもよい。」(【0014】)と記載されている。
(3) しかしながら,本件補正発明は,販売対象商品をデジタルコンテンツに限
定しているところ,そもそも,そのような無体のデジタルコンテンツについて,W
ebページ上に陳列されて視認可能となるような「商品の外観など」(【000
8】)に関する画像データを観念することは,それ自体困難である。しかも,本件
補正明細書は,ここにいう「商品の外観など」と販売対象商品であるデジタルコン
テンツとの関係について何ら説明を加えていないから,本件補正明細書の記載によ
っても,本件補正発明の請求項に記載された「商品」であるデジタルコンテンツに
関する「データの画像」という技術的意義は,明らかではない。そのため,本件補
正明細書は,商品データの画像の大きさに関する情報をいかなる形態で保存・管理
しているかや,陳列対象商品として選出された商品(の画像データ)の占有面積
(【0013】)に応じてどのように陳列される商品数を決定し,更に最終的な商
品の陳列位置を決定する(【0014】)に当たり,商品データの画像の大きさを
どのように要素として考慮しているのかを,当該商品であるデジタルコンテンツを
対象としてみた場合に,いずれも明らかにしているとはいえない。
よって,デジタルコンテンツに関する「商品データの画像」を前提にして本件補
正発明をどのように実施することができるのかは,本件補正明細書の発明の詳細な
説明欄の記載を参酌しても不明確であるといわざるを得ず,したがって,同欄の記
載は,当業者が本件補正発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載
したものであるとはいえない。
(4) 以上に対して,原告は,「商品データの画像の大きさ」について,商品で
あるデジタルコンテンツが化体されたアイコン等の画像で代替表示され,その大き
さや形状については,甲15記載の技術により定型化が行われるから,本件補正発
明が実施可能である旨を主張する。
しかしながら,商品であるデジタルコンテンツがアイコン等の画像で代替表示さ
れることについては,本件補正明細書に何ら記載がない。また,甲15は,複数の
動画というデジタルコンテンツについて,その動画中の特定の場面を特定の大きさ
の静止画像としてコンピュータの画面上に並べて表示する技術について記載してい
るものの,これは,平成19年4月25日に発行された文献であるから,本件出願
当時(平成12年6月30日)の技術常識を直ちに立証するものではない。また,
なにより,本件補正発明の請求項に記載の「商品データの画像の大きさ」を観念す
ることが困難である以上,甲15記載の技術が存在するからといって,これにより
請求項中の上記記載の意義が明らかになるものではない。
(5) 本件補正後の請求項2記載の発明は,本件補正発明を,同じく請求項3記
載の発明は,請求項2記載の発明を,それぞれ引用しているから,以上によれば,
本件補正明細書の発明の詳細な説明欄の記載は,当業者が本件補正発明並びにこれ
に従属する本件補正後の請求項2及び3に記載の発明の実施をすることができる程
度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえず,平成14年法律第24号によ
る改正前の特許法36条4項の要件を充たすものではない。したがって,これと同
旨の本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(独立特許要件を充たさないとして本件補正を却下した判断の誤
り)について
(1) 引用発明の認定の誤りについて
ア 原告は,引用例の発明の詳細な説明欄に記載の従来の技術(【0002】)
は,引用発明としての適格性を欠く旨を主張するほか,本件審決による引用発明の
認定を争っている。
イ そこで,引用例の記載を見ると,引用例が特許出願をしている発明(以下
「甲1発明」という。)は,「複数の利用者側に設けられた複数の購入者装置と複
数の商店側に設けられた複数の販売者装置とがネットワークを介して互いに接続さ
れ,オンラインにより商店が商品を販売し,利用者が商品を購入するマーケティン
グ手法およびシステムに関し,更に詳しくは,利用者の商品に対する興味を把握し,
ネットワークに接続された任意の販売者装置から興味に応じた商品を選択的に紹介
し得るマーケティング手法およびシステムに関する」(【0001】)ものである
が,本件審決が引用発明として認定したものは,甲1発明に先行する従来の技術で
あって,「この種の従来提案されているマーケティング手法およびシステムでは,
利用者側に設けられた購入者装置と該購入者装置にネットワークを介して接続され,
商店側に設けられた販売者装置との間でオンラインにより商品の販売購入を行うと
ともに,利用者の興味の把握と商品の分類を動的に行い,利用者属性値と商品属性
値を用いて購入者の利用者の興味に応じた商品を動的に利用者に紹介することがで
きるようになっている。」(【0002】)というものである。
なお,甲1発明は,上記の従来の技術では商店(販売者装置)が複数存在する場
合に利用者が商店ごとに購入者装置を持つか,商店ごとに情報を蓄積できる購入者
装置を持つ必要があり(【0003】),また,各販売者装置間で利用者の興味の
情報を共有できない(【0004】)という問題を解決し,利用者がどの商店から
商品を購入しても利用者の興味に応じた適確な商品の紹介を商店から受けることが
できるようにすることを目的としたものである(【0005】)。
ウ 特許法29条2項は,同条1項各号に掲げる発明に基づいて特許出願に係る
発明が容易に発明をすることができたか否かを判断する旨を規定しているところ,
同条1項3号は,「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に
記載された発明」と規定しているにとどまり,それ以上に,「刊行物に記載された
発明」の適格性について何ら制限をしていない。そして,引用例(甲1)は,特許
庁作成の公開特許公報(特願平9−220490号・特開平11−66160号,
平成11年3月9日公開)であるから,本件出願日(平成12年6月30日)の前
に日本国内において頒布された刊行物であり,引用例記載の前記従来の技術(引用
発明)は,このような刊行物に記載された発明であるから,これに基づいて本願発
明及び本件補正発明の容易想到性を判断することに何ら妨げはないというべきであ
る。
この点について,原告は,平成14年法律第24号により先行技術文献の開示を
義務化した特許法36条4項2号が立法される前である平成9年8月15日に引用
例が特許出願されており,引用例にいう従来の技術には裏付けがないから引用発明
としての適格性を欠く旨を主張する。
しかしながら,特許法36条4項2号は,出願人の有する先行技術文献情報を有
効活用するために出願人による積極的な情報開示を促すものであって,そのことか
ら,反対に,平成14年法律第24号による改正前に出願された発明の明細書であ
れば,そこに従来の技術として記載された発明に裏付けがないというわけではなく,
平成9年8月15日に特許出願された引用例の発明の詳細な説明欄に従来の技術と
して記載されている引用発明をもって,本件補正発明の容易想到性について判断す
る根拠としての適格性を欠くということはできない。むしろ,引用発明は,前記の
とおり,引用例において甲1発明がその課題を解決すべき先行技術として紹介され
ており,その記載内容にも何ら不自然な点がないから,これに基づいて本願発明及
び本件補正発明の容易想到性を判断する適格性に欠けるところは見当たらない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
エ 原告は,本件審決が引用発明を認定するに当たり,購入者装置にディスプレ
イが備わっている旨を理由なく付加したほか,購入者装置及び販売者装置を表示画
面などの表示手段を備えたコンピュータと認定し,購入者装置の表示画面に商品情
報が表示され,あるいは販売者装置が商品を動的に紹介して情報を送信し,販売手
続を処理し,更には利用者に提示する商店取扱品画面を生成する手段を備えている
などの認定をした誤りがある旨を主張する。
しかしながら,引用例の従来の技術(【0002】)及びその前提となる部分
(【0001】)に関する記載は,前記のとおりであるところ,これに引き続く記
載(【0003】【0004】)及び甲1発明の特許出願当時(平成9年8月15
日)の技術常識を踏まえてこれらを解釈すると,まず,引用発明においては,複数
の購入者装置と販売者装置は,ネットワークを介して互いに接続されたオンライン
で結ばれており,かつ,「オンライン」とは,通常,電子計算機(コンピュータ)
間で入出力装置が連結されて情報を送受信できる状態をいう(乙1∼3参照)一方,
購入者装置及び販売者装置がコンピュータ以外の機械であることや,これらが行う
作業を人間が実行することを窺わせる記載は皆無であるから,購入者装置及び販売
者装置は,いずれも,コンピュータであると認めるのが自然である。
そして,コンピュータがオンラインを経由して他のコンピュータに対して情報を
送信するほか,特に商店側のコンピュータが販売手続を処理し,あるいは利用者に
関する情報と商店取扱品に関する情報に基づいて利用者に提示する商店取扱品画面
を生成する手段を備え得ることは,本件出願当時の技術常識に照らして明らかであ
る。さらに,コンピュータは,多くがディスプレイなどの表示手段を備えており,
かつ,引用発明における利用者は,購入者装置を介して商品を購入する一方,商店
は,販売者装置により利用者の興味の把握と商品の分類等を動的に行うのであるか
ら,利用者及び販売者の利便を考慮すれば,これらの装置は,いずれもディスプレ
イなどの表示手段を備えていると考えるのが技術常識に照らして自然である。
以上のとおり,引用例の従来の技術に関する部分には,直接には,購入者装置及
び販売者装置が表示画面などの表示手段を備えたコンピュータであり,販売者装置
が,商店取扱品の販売手続を処理するほか,利用者に関する情報と商店取扱品に関
する情報に基づいて利用者に提示する商店取扱品画面を生成する手段を備えるもの
であるとの記載はないとしても,引用例の記載に甲1発明の特許出願当時の技術常
識を参酌すると,引用例は,従来の技術についてこれらの構成を備えている旨を記
載しているものと認めることができる。したがって,前記第2の3(2)アに記載の
とおり引用発明を認定した本件審決に誤りはない。
オ 以上に対して,原告は,オンラインとの用語がコンピュータの接続のみを指
すものではなく,商品の動的な紹介等の作業は人間が行うと考えるのが自然である
から,購入者装置及び販売者装置がいずれもファクシミリで足りるなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,引用例には,商品の動的な紹介等をコンピュータ
以外の機械又は人間が行う旨を窺わせる記載は皆無であるばかりか,引用例に記載
の甲1発明の内容に照らしても,その従来技術である引用発明を原告主張のように
理解することは,それ自体著しく不自然である。
したがって,原告の上記主張は,牽強付会というべきものであって,到底採用で
きない。
(2) 相違点1の認定の誤りについて
ア 原告は,本件審決が,引用発明の「ネットワーク」と本件補正発明の「イン
ターネット」が「通信網」で共通すると認定する一方で,引用発明にはインターネ
ットを用いた構成がない(相違点1)と認定しており,一致点と相違点とを混同し
て認定した違法がある旨を主張する。
しかしながら,「通信網」は,引用発明の「ネットワーク」及び本件補正発明の
「インターネット」を包含する上位概念であるから,本件審決が両者を共通するも
のとして一致点を認定する一方で,本件補正発明の「通信網」が「インターネッ
ト」である点を相違点1として認定したことは,何ら矛盾しておらず,一致点と相
違点との混同は認められない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
イ そして,相違点1の認定には他にも誤りは認められないところ,レコメンデ
ーション・エンジンというソフトウェアを利用し,顧客がインターネットを経由し
て買物をする際に,当該顧客の嗜好を考慮して電子商店で商品を販売するいわゆる
Webマーケティングについては,一般的な文献にも記載があることから,本件出
願当時には周知技術であったと認められ(甲2,3),かつ,このような手法で商
品を販売する者(商店側)がWebページを生成することも普通のことであるとい
える。
したがって,引用発明を基に,そのネットワークをインターネットで構成し,電
子商店側が,電子商店を表現するWebページを生成して,利用者コンピュータの
ブラウザにより可視化される電子商店で商品情報を利用者に提示し,利用者コンピ
ュータと電子商店サーバーとが「HTTPリクエスト/レスポンス」をやり取りす
る構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものというべきで
ある。
よって,相違点1を容易想到であるとした本件審決の判断にも誤りはない。
(3) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 引用例は,引用発明について,「利用者の興味の把握と商品の分類を動的に
行い,利用者属性値と商品属性値を用いて購入者の利用者の興味に応じた商品を動
的に利用者に紹介することができるようになっている」(【0002】)旨を記載
しているところ,このような分類や紹介といった機能を果たすため,より具体的に,
本件補正発明の相違点2に係る構成のように「電子商店サーバー」による「商品の
陳列決定装置」を備えることは,本件出願当時の技術常識に照らして当業者が容易
に想到できたというべきである。
イ 次に,引用発明は,商店が取り扱う商品を特定していないが,ネットワーク
を介してソフトウェア等の情報(音楽やプログラム。すなわち,本件補正発明にい
うデジタルコンテンツに相当する。)を販売する技術(甲4技術)は,本件出願当
時,周知であったものと認められるから,「デジタルコンテンツ」を電子商店の取
扱商品とすることも,当業者が容易に想到できたといえる。
ウ ところで,本件補正発明の取り扱う商品がデジタルコンテンツであることは,
前記のとおりであるところ,その特許請求の範囲の「デジタルコンテンツ自体を含
む情報」との記載の意義は,一義的に明らかではない。そこで,本件明細書の記載
を参酌すると,これは,商品そのものであるデジタルコンテンツのほか,商品を陳
列する際に必要となるすべての情報であって,たとえば,商品を説明するテキスト
ベースのデータや音声で商品説明などをする音声データなどであって,商品データ
ベースに,各商品ごとに区分されて登録されているものである旨の記載がある
(【0008】)。
そして,引用発明及び本件補正発明は,いずれも,「利用者に関する情報と商店
取扱品に関する情報に基づいて利用者に提示する商店取扱品画面を生成する」もの
である(一致点)一方,インターネットを介して利用者にコンテンツ情報を提供す
るに当たり,利用者から取得した個人やその嗜好に関する情報の属性と,コンテン
ツ情報の属性とを,コンテンツ情報に対応付けて作成された広告リストを介してマ
ッチングさせてその一致の度合いにより提供すべき商品情報の表示優先度を決定す
る技術(甲5技術)は,本件出願当時,周知技術であったと認められる。したがっ
て,引用発明を基にして,前記のとおり商店取扱商品をデジタルコンテンツとした
上で,上記周知技術を採用し,上記のような商品を陳列する際に必要となる情報を
含めて,「デジタルコンテンツ自体を含む情報が各商品ごとに区分して集約して商
品データとして記録されると共に,各商品データに付帯して,各商品のカテゴリー
などの属性情報や関心を抱くと予想される消費者に関する属性情報を体系化してデ
ータ表現した商品属性データ」と構成し,これを「商品データベース」に記録する
一方,利用者に関する情報について,「電子商店サーバーにアクセスしてくる来店
者情報」及び「来店者の個人情報を含む来店者データ」と構成し,これを「来店者
データを取得する手段」により取得するものと構成した上で,さらに,これらの
「アクセスしてきた来店者についての前記来店者データに含まれる個人情報と,前
記商品データベースにおける各商品属性データとを照合して所定のマッチング演算
処理にかけ,前記個人情報と前記商品属性データとの一致度,類似度,あるいは関
連性を判定して点数化することにより,その来店者が各商品に抱く関心の大きさに
相関する予測の数値である訴求点を計算する手段」を備えた商品の陳列決定装置を
採用することは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。
エ また,引用発明は,前記(1)エ記載のとおりディスプレイなどの表示手段を
備えていると認められるから,引用発明に周知技術を組み合わせて相違点2に係る
構成について前記のような陳列決定装置を採用した以上,商品属性データに商店取
扱商品に関する一定の大きさを有する画像が含まれるものと仮定した上で,計算手
段により得られた訴求点を基にして,上記ディスプレイ上に陳列する商品(ないし
商品の画像データ)の数を選出するに際して,「一定以上の訴求点が計算された商
品群の中から所定の規則でまたはランダムに陳列対象商品を,陳列対象商品の陳列
占有面積に応じた数だけ選出する手段」を備えたものとして引用発明を構成するこ
とは,当業者が容易に想到することができる。
オ さらに,引用発明は,利用者の興味に応じた商品を紹介するものである一方,
電子商店の商店側が表示優先度に従って表示する商品情報の順番を入れ替える技術
(甲5技術)は,本件出願当時,周知であったものと認められるから,引用発明に
上記周知技術を組み合わせることで,前記のように選出された陳列対象商品を,利
用者に対してより訴求効果の高い形態でディスプレイ上に配置するべく,「前記陳
列対象商品として選出された各商品の陳列位置を,各商品の訴求点と,商品データ
の画像の大きさ又は色とに基づいて決定し,各商品を前記決定した陳列位置に割り
当てた電子商品を表現する前記Webページのデータを生成する手段」を備えたも
のとして引用発明を構成することは,当業者が容易に想到することができる。
カ 以上によれば,当業者は,引用発明を基にして,甲2ないし甲5技術を組み
合わせることによって本件補正発明の相違点2に係る構成を容易に想到することが
できたものというべきであり,本件補正発明の効果も,引用発明及び上記周知技術
から当業者が予測可能なものである。したがって,本件補正発明は,特許法29条
2項により特許出願の際独立して特許を受けることができないものというべく,こ
れと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
キ 以上に対して,原告は,本件補正発明ではが「デジタルコンテンツ自体を含
む情報」すなわちプロパティ情報を利用者が商品購入時に判断要素として考慮する
ことが可能になるという格別な効果がある点や,「デジタルコンテンツ自体を含む
情報」が各商品ごとに商品データとして記録される点について本件審決が判断して
いない旨を主張する。
しかしながら,「デジタルコンテンツ自体を含む情報」にプロパティ情報が含ま
れるとしても,本件補正明細書の記載によっては,当該プロパティ情報が陳列対象
商品の選出や陳列位置の決定にどのように関係するのかが明らかではない。さらに,
本件補正発明は,電子商店における商品の陳列決定装置であって,その請求項及び
本件補正明細書の記載によっても利用者による購入時の判断に係る処理については
特定されていないから,利用者がプロパティ情報を購入時の判断要素として考慮す
ることが可能となるとの点は,本件補正発明の作用効果とはいえない。
しかも,「デジタルコンテンツ自体を含む情報」の意義については,前記ウ記載
のとおりであるから,本件補正発明は,「デジタルコンテンツ自体を含む情報」に
ついても,当然,各商品ごとに区分して集約して商品データとして記録されている
ということができる。そして,本件審決は,デジタルコンテンツとともに各商品デ
ータに付帯して商品属性データを記録することについて容易想到である旨の判断を
示しているから,原告の上記主張は,失当であるばかりか,原告の主張を踏まえた
としても,引用発明に相違点2に係る構成を採用することが容易であるとの前記判
断を左右するものではない。
ク また,原告は,本件審決が本件補正発明の特許請求の範囲に記載の「または
ランダムに」との構成を看過している旨を主張する。
しかしながら,本件補正発明の特許請求の範囲は,一定以上の訴求点が計算され
た商品群の中から「所定の規則でまたはランダムに」陳列対象商品を選出する旨を
記載しているところ,その記載に照らせば,所定の規則で選出するかランダムに選
出するかは任意に選択できる構成であると理解するのが自然であり,このことは,
本件明細書に,「また訴求点の大きい順に選ぶのではなく,一定以上の訴求点を得
た商品群の中からべつの規則でまたはランダムに所定数の商品を最終選出してもよ
い。」(【0013】)との記載があることによっても裏付けられる。したがって,
本件補正発明の容易想到性を判断するに当たっては,「所定の規則で」と「ランダ
ムに」とのいずれかの構成について判断すれば足りるから,本件審決が「ランダム
に」との構成について判断を明確に示していないとしても,違法ではない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
ケ さらに,原告は,本件補正発明の効果について,URLが同じ同一電子商店
にアクセスしても,来店者によってブラウザで可視化される電子店舗の品揃えや陳
列形態を異ならせる点にあるのに,本件審決がこの点について誤った解釈に基づい
て判断している旨を主張する。
しかしながら,原告主張に係る電子店舗の品揃えや陳列形態を異ならせるという
ことは,利用者に対してより訴求効果の高い形態でディスプレイ上に配置すること
を目的とするものであり,このことは,本件明細書の記載からも明らかであって
(【0003】∼【0005】),本件審決は,これをもって,「利用者に対して
より宣伝効果の高いようにしようとすること」と表現していると解されるから,そ
の判断に何ら誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。
3 小括
以上のとおり,本件補正発明並びにこれに従属する本件補正後の請求項2及び3
に記載の発明は,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項の要件
を充たすものではなく,仮にこの要件を充たすものとしても,本件補正発明は,特
許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないも
のであるから,本件補正について平成18年法律第55条による改正前の特許法1
7条の2第5項が準用する同法126条5項に違反するので同法159条1項が読
み替えて準用する同法53条1項により却下すべきものとした本件審決の判断に誤
りはない。
4 本願発明について
本願発明は,前記第2の2(1)に記載のとおりであるが,商店取扱商品がデジタ
ルコンテンツに限定されておらず,陳列対象商品の選出が陳列占有面積に応じてい
ない点を除き,本件補正発明の構成要件をすべて含むものである。したがって,前
記のとおり本件補正発明が引用発明及び甲2ないし甲5技術(なお,甲4技術は,
デジタルコンテンツを電子商店の取扱商品とするものである。)に基づいて当業者
が容易に想到することができたものである以上,本願発明も,引用発明並びに甲2,
甲3及び甲5技術に基づいて当業者が容易に想到することができたものであるとい
うべきである。
したがって,本願発明についても,特許法29条2項により特許を受けることが
できないとした本件審決の判断に,誤りはない。
5 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 井 上 泰 人
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