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平成20(ネ)10070損害賠償請求控訴事件

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裁判所 控訴棄却 知的財産高等裁判所 東京地方裁判所
裁判年月日 平成21年1月28日
事件種別 民事
当事者 控訴人株式会社石の湯総本部 K ら訴訟代理人弁護士柿崎喜世樹
被控訴人株式会社石の湯岐阜
法令 特許権
民法95条1回
キーワード 実施42回
無効16回
特許権14回
許諾6回
損害賠償4回
審決3回
侵害3回
無効審判1回
進歩性1回
差止1回
主文 1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事件の概要 1 原審の経緯等 被控訴人(原審原告。以下「原告」という。)は,控訴人K(原審被告。以 下「被告K」という。)との間で,被告Kが特許権を有していた発明の名称 「石風呂装置」の特許(特許第3396776号。以下「本件特許」といい, その発明を「本件発明」という。)について,専用実施権設定契約(以下「本 件実施契約」という場合がある。)を締結し,同契約に基づいて被告Kに対し 契約金3000万円を支払ったが,その後,本件特許を無効とする審決が確定 した。原告は,被告K及び同人の経営する控訴人株式会社石の湯総本部(原審 被告。以下「被告石の湯総本部」といい,被告Kと併せて,以下「被告ら」と いう。)に対して,以下のとおりの請求をした。

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判決文

平成21年1月28日判決言渡
平成20年(ネ)第10070号 損害賠償請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成19年(ワ)第17344号)
口頭弁論終結日 平成20年11月27日
判 決
控 訴 人 株 式 会 社 石 の 湯 総 本 部
控 訴 人 K
控訴人ら訴訟代理人弁護士 柿 崎 喜 世 樹
被 控 訴 人 株 式 会 社 石 の 湯 岐 阜
同訴訟代理人弁護士 御 器 谷 修
同 島 津 守
同 梅 津 有 紀
同 栗 田 祐 太 郎
主 文
1 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要
1 原審の経緯等
被控訴人(原審原告。以下「原告」という。)は,控訴人K(原審被告。以
下「被告K」という。)との間で,被告Kが特許権を有していた発明の名称
「石風呂装置」の特許(特許第3396776号。以下「本件特許」といい,
その発明を「本件発明」という。)について,専用実施権設定契約(以下「本
件実施契約」という場合がある。)を締結し,同契約に基づいて被告Kに対し
契約金3000万円を支払ったが,その後,本件特許を無効とする審決が確定
した。原告は,被告K及び同人の経営する控訴人株式会社石の湯総本部(原審
被告。以下「被告石の湯総本部」といい,被告Kと併せて,以下「被告ら」と
いう。)に対して,以下のとおりの請求をした。
(1)(主位的主張)①被告らが,共謀の上,本件特許に無効原因のあることを
知りながら,原告にそのことを告げずに本件特許が有効であると誤信させ,
また,本件発明の実施品ではない石風呂装置を,本件発明を実施したもので
あると誤って説明し,原告をして本件実施契約を締結させ,契約金3000
万円を支払わせたことが共同不法行為を構成する,②被告らが本件特許の無
効を招き,本件特許に係る石風呂装置を原告が独占的に使用できなくさせた
ことが共同不法行為を構成する(被告石の湯総本部に対しては予備的に会社
法350条)と主張して,損害金3000万円及びこれに対する平成18年
10月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求めるとともに,
(2)(予備的主張)被告らが,本件特許の無効を招来させて,本件特許に係る
石風呂装置を独占的に使用できなくさせたことは,債務不履行に当たると主
張して,被告K及び実質的な契約当事者である被告石の湯総本部に対し,同
額の損害賠償金の支払を求め,
(3)(予備的主張)本件実施契約は錯誤により,又は公序良俗違反により,無
効であると主張して,被告らに対し,不当利得返還請求権に基づき上記契約
金等と同額の返還を請求した。
原判決は,(1)不法行為に係る主張,及び(2)債務不履行に係る主張をいずれ
も排斥したが,(3)要素の錯誤に係る主張を認めて,原告に被告らに対する,
各自契約金相当額の不当利得金3000万円及びこれに対する平成18年12
月1日(返還催告の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金(不可分債務)の支払を命ずる旨の一部認容判決をした。
被告らは,原判決を不服として本件控訴を提起した。
当事者の主張は,次の2のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」
の「第2 事案の概要」の「1 当事者間に争いのない事実等」及び「2 争
点」並びに「第3 争点に関する当事者間の主張」のとおりであるから,これ
を引用する。
なお,略語については,当裁判所も原判決と同一の表記を用いる。
2 当審における主張
(1) 原判決11頁10行目の次に行を改め,以下のとおり加える。
「(4) 錯誤の不存在
ア Z装置が本件発明の技術的範囲に属するか,又は,本件発明の均等の
範囲に属するから,原告には,本件実施契約を締結するに当たって,錯
誤はなかった。
イ また,仮にZ装置が本件発明の技術的範囲又は均等の範囲のいずれに
も属さないものであり,原告の本件発明の技術的範囲の認識に錯誤があ
ったとしても,動機の錯誤にすぎないのであって,その表示もないか
ら,要素の錯誤には当たらない。
なお,原告は,本件実施契約に基づく再許諾権限に基づいて,湯本館
に対して,通常実施権を付与しているが(乙38,39),湯本館の装
置は,Z装置と同一の構成ではない(乙40∼43)。
(5) 錯誤についての原告の重過失の存在(再抗弁)
仮に原告に錯誤があるとしても,原告には重過失があるから,被告らに
対しその無効を主張することができない(民法95条但書)。
原告は,石風呂及び浴場の経営等を目的として設立された法人である。
したがって,法人の目的に沿った事業を遂行するために,通常実施権許諾
契約を締結する際に,必要な調査をするのは当然であり,しかも,当該特
許権の内容を調査するのに困難な点はないから,仮に,本件実施契約を締
結するに当たって,特許権の内容に錯誤があったとしても,事業者として
重大な過失に基づくものというべきである。」
(2) 原判決11頁13行目の次に行を改め,以下のとおり加える。
「[原告の再主張] 原告が錯誤に陥ったことについて,重過失はない。ま
た,被告らは,被告ら自身も,本件発明とZ装置との差異を十分認識してい
なかった点を認めているのであるから,原告が錯誤に陥ったことにつき,原
告に重過失はないというべきである。」
第3 当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張に係る,(1)不法行為に基づく損害賠償請求,(2)債務
不履行に基づく損害賠償の請求,及び(3)要素の錯誤又は公序良俗による無効又
は信義則違反による不当利得返還請求のいずれも排斥すべきものと判断する。
その理由は,(1)及び(2)の請求については,原判決のとおりであるから,原判
決12頁17行目から22頁22行目を引用する。
1 要素の錯誤の有無及び錯誤に関する重過失の有無について
(1) 事実経緯
本件実施契約締結の前後の事情は,原判決2頁21行目から5頁25行目
及び12頁17行目から19頁12行目に記載とおりであるから,同部分を
引用する。
引用部分を要約すれば,以下のとおりとなる(前記当事者間に争いのない
事実等のほか,証拠(甲1,9,12ないし14,20,乙1,20ないし
23,29,30,35ないし37,丙1ないし3,丙4の1及び2,丙
5,丙8の1及び2,丙9ないし14,丙15の1及び2,丙16ないし1
8,原審のF証言,原審の被告K供述,原審の共同被告Z供述))。
ア 石風呂装置の研究開発をしていた被告Kと,「嵐の湯」(当時の名称は
「有限会社みんなの石の湯」)を経営するZは,平成15年3月,本件発
明に係る石風呂装置を,共同して販売する事業を進めることとし,共同事
業の遂行に当たって,被告Kは,「嵐の湯」に対して,本件特許の通常実
施権を設定する旨の契約を締結した。
Zは,平成15年3月ころ,石風呂装置販売のモデルにするため,被告
Kの指導を受けて,「嵐の湯」の経営に係る温泉宿泊施設「たびやかた嵐
湯」(山形県)内に石風呂装置1号を設置した。また,Zは,平成15年
10月ころ,石風呂装置1号の薬石層に温泉水を導入して蒸気化し,石風
呂内を温泉水の蒸気で充満させる構成を付加したZ装置(石風呂装置2
号)も「たびやかた嵐湯」内に設置した。
イ F(後に設立される原告の役員)らは,平成15年10月ころ,石風呂
装置を用いた施設に関連する事業を行おうと考えて,「たびやかた嵐湯」
を訪れた。そして,Zから,Z装置の構造の概要,Z装置が被告Kの有す
る本件特許権を実施したものである等の説明を受けた。
Fらは,平成15年11月ころ,石風呂装置を用いた施設を自ら設置し
て経営するには資金が足りないので,むしろ,本件特許の専用実施権の設
定を受けて,第三者に再許諾するビジネスを行うことを考えた。そして,
平成15年12月に,被告KらとFらが協議した。その際に,被告Kら
は,Fらに対し,上記実施契約書案の契約条項の内容について説明し,特
に,本件実施契約書6条1項については,特許が無効になっても契約金等
の返還をしない等の趣旨を説明し,Fらも,実施契約書案の内容を了解し
た。その直後の平成15年12月12日に,原告が株式会社として設立さ
れた。
平成15年12月22日に,被告K,原告代表者,F,Zらが同席して
本件特許権について専用実施権を設定する旨の契約を締結した。実施地域
は岐阜県及び長野県であり,その代金は3000万円であった。原告は,
専用実施権者であり,被告Kの承諾を得て他人に通常実施権を許諾するこ
とができる。また,既払分については返還しない旨の特約が付されてい
る。平成15年12月24日,原告は,被告Kに対し,本件実施契約に基
づき,本件契約金3000万円を支払った。
ウ その後,被告Kと,通常実施権者であった「嵐の湯」(被告Z経営)と
の間で,特許の有効性の認識について見解の相違が生じ,原告は通常実施
権契約を解除するとともに,「嵐の湯」に対して,Z装置が本件特許権を
侵害すると主張して,特許権侵害差止訴訟を提起した。しかし,被告Kの
「嵐の湯」に対する同侵害訴訟提起が契機となり,「嵐の湯」が無効審判
請求を提起したところ,平成17年4月特許庁は,進歩性なしとの理由に
より,本件特許を無効とする審決をし,その後平成18年10月に同審決
は確定した。
(2) 判断
上記の本件実施契約の締結前後の事実経緯に照らすならば,本件実施契約
を締結するに当たり,Z装置が本件発明の技術的範囲に含まれると原告が誤
信した点は,要素の錯誤に当たると解すべきではなく,また,原告の認識し
た事実に何らかの点で誤りがあったとしても,それは重大な過失に基づくも
のというべきであるから,原告は本件実施契約の無効を主張することができ
ない。
その理由は,以下のとおりである。
すなわち,本件実施契約は,営利を目的とする事業を遂行する当事者同士
により締結されたものであり,その対象は,本件特許権(専用実施権)であ
るから,契約の当事者としては,取引の通念として,契約を締結する際に,
契約の内容である特許権がどのようなものであるかを検討することは,必要
不可欠であるといえる。すなわち,合理的な事業者としては,「発明の技術
的範囲がどの程度広いものであるか」,「当該特許が将来無効とされる可能
性がどの程度であるか」,「当該特許権(専用実施権)が,自己の計画する
事業において,どの程度有用で貢献するか」等を総合的に検討,考慮するこ
とは当然であるといえる。そして,「技術的範囲の広狭」及び「無効の可能
性」については,特許公報,出願手続及び先行技術の状況を調査,検討する
ことが必要になるが,仮に,自ら分析,評価することが困難であったとして
も,専門家の意見を求める等により,適宜の評価をすることは可能であると
いうべきである。
本件では,原告は,被告Kから,専用実施権の設定を受け,その権利に基
づいて,第三者に再許諾(通常実施権)をし,また,自ら施設を運営するす
ることによって,利益を図ることを計画していたのであるから,原告として
は,そのような事業目的との関連性において,本件特許権(専用実施権)の
価値(発明の技術的範囲等)を分析,評価及び検討をすべきであったという
べきである。
ところで,本件特許権は,当事者双方が予測しなかった事情によって,無
効とされるに至ったが,本件実施契約では不返還の特約が付されていたた
め,原告は,無効となったことを理由として,支払った金額の返還を求める
ことはできなかった。
しかし,仮に,本件特許が無効とされる事情が発生しなかったとすれば,
本件特許権は,その特許請求の範囲の記載のとおりの技術的範囲及びその均
等物に対する専有権を有していたのであり,その専有権は,原告の計画して
いた事業において,有益であったというべきである。実際にも,原告は,本
件実施契約に基づく再許諾権限に基づいて,湯本館に対して,通常実施権を
付与したことにより,525万円の契約金の支払を受けていた(乙38,3
9)。そうすると,技術的範囲についての原告の認識の誤りは,原告の計画
していた事業の妨げになったとは到底解することはできず,Z装置が本件発
明の技術的範囲又はそれと均等の範囲に含まれていない限り原告において本
件実施契約を締結する意思表示をすることがなかったであろうとまで認める
ことはできない。
以上のとおりであって,原告に,本件実施契約の対象たる特許権に係る発
明の技術的範囲についての認識の誤りがあったからといって,その点が,本
件実施契約についての「要素の錯誤」に該当するということはできない。ま
た,仮に,何らかの誤認があったとしても,それは,このような事業を遂行
する過程で契約を締結する際に,当然に調査検討すべき事項を怠ったことに
よるものであって,重大な過失に基づく誤認であるというべきである。
2 公序良俗違反又は信義則違反について
原告が誤信した点について被告らにおいて本件実施契約当初から悪意であっ
たと認めるに足りる証拠はなく,前記認定の本件の事実関係を併せ考慮すれ
ば,本件実施契約の締結が公序良俗に違反するとはいえず,また,被告らにお
いて本件不返還特約を援用することが信義則に反するということもできないか
ら,この点に関する原告の主張も理由がない。
3 結論
以上によれば,原告の被告らに対する請求は,いずれも理由がないからこれ
を棄却すべきであり,これと異なる原判決中被告ら敗訴の部分を取り消して原
告の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判 長裁判官 飯 村 敏 明
裁 判 官 齊 木 教 朗
裁 判 官 嶋 末 和 秀

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