平成19(行ケ)10306審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成20年10月28日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告東洋紡績株式会社
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対象物 |
側面衝突エアバッグ用袋体 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
実施32回 審決16回 刊行物1回 進歩性1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「側面衝突エアバッグ用袋体」とする発明につき,平
成11年9月2日に特許出願をした(平成11年特願第249066号。以下
「本願」という。出願当初の請求項の数は5であった 。。)
原告は,本願につき平成16年1月9日付け手続補正書(甲6)により明細
( 【 】 。書の補正をしたが 特許請求の範囲及び段落 0010 が補正対象とされた
同補正後,請求項の数は4となった ,同年8月27日付けで拒絶査定を受け。)
たので,同年10月1日,これに対する不服の審判請求をするとともに(不服
2004−20373号事件 ,同日付け手続補正書(甲7)により明細書の)
補正をした(段落【0006】が補正対象とされた。同補正後の明細書を「本
」 。)。 , ,「 ,願明細書 という 特許庁は 平成19年7月24日 本件審判の請求は
成り立たない 」との審決をし,その謄本は,同年8月3日,原告に送達され。
た。
2 特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下, |
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判決文
平成20年10月28日 判決言渡 同日原本領収
平成19年(行ケ)第10306号 審決取消請求事件
平成20年9月16日 口頭弁論終結
判 決
原 告 東 洋 紡 績 株 式 会 社
訴訟代理人弁理士 風 早 信 昭
同 浅 野 典 子
被 告 特 許 庁 長 官
指 定 代 理 人 藤 井 俊 明
同 高 木 彰
同 小 林 和 男
同 紀 本 孝
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2004−20373号事件について平成19年7月24日に
した審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「側面衝突エアバッグ用袋体」とする発明につき,平
成11年9月2日に特許出願をした(平成11年特願第249066号。以下
「本願」という。出願当初の請求項の数は5であった。。
)
原告は,本願につき平成16年1月9日付け手続補正書(甲6)により明細
書の補正をしたが 特許請求の範囲及び段落 0010 】
( 【 が補正対象とされた。
同補正後,請求項の数は4となった。,同年8月27日付けで拒絶査定を受け
)
たので,同年10月1日,これに対する不服の審判請求をするとともに(不服
2004−20373号事件),同日付け手続補正書(甲7)により明細書の
補正をした(段落【0006】が補正対象とされた。同補正後の明細書を「本
願明細書」という。。特許庁は,平成19年7月24日 , 本件審判の請求は,
) 「
成り立たない 。」との審決をし,その謄本は,同年8月3日,原告に送達され
た。
2 特許請求の範囲
本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,
この発明を「本願発明」という。。
)
「2枚の布帛を接合して形成された側面衝突エアバッグ用袋体であり,該布帛
を構成する解反原糸の単糸繊度が4デニール(以下dと略称)以下,強度が
7.5グラム/デニール(以下g/dと略称)以上であること,及び布帛を
構成する製織前の使用原糸の乾熱収縮率が180℃で30分間の処理におい
て5∼15%であることを特徴とする側面衝突エアバッグ用袋体。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,いずれも本願
の出願前に頒布された刊行物である特開平10−109607号公報(以下
「引用例1」という。甲1)に記載された発明及び特開平8−2359号公
報(以下「引用例2」という。甲2)に記載された技術事項,並びに特開平
8−11661号公報(以下「周知例1」という。甲3 ),特開平7−48
717号公報(以下「周知例2」という。甲4)に記載された技術事項に基
づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29
条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
(2) 審決が,本願発明に進歩性がないとの結論を導く過程において認定した
引用例1に記載された発明(以下「引用例1発明」という。,引用例2に記
)
載された技術事項,周知例1,周知例2に記載された技術事項の各内容,及
び本願発明と引用例1発明の一致点,相違点は,次のとおりである。
ア 発明,技術事項の内容
(ア) 引用例1発明
「2枚の織布の外周部同士を接合することにより袋部を形成し,この袋
部を車両の窓部付近に展開させる側部用エアバッグであって,上記織布
同士の接合部を,各布の織り組織を構成する織り糸を共通の織り組織に
製織することにより形成すると共に,上記袋部全体を非透気性コーティ
ング材によりシールしたことを特徴とする側部用エアバッグ。 ( 特許
」【
請求の範囲】【請求項1】,甲1)
(イ) 引用例2に記載された技術事項
引用例2には,高滑脱抵抗性エアーバッグ用織物に関し,次の技術事
項が記載されている。
「原糸の乾熱収縮率
フィラメント原糸を無撚のまま150℃で30分間収縮させてから,
以下の式により算出した。乾熱収縮率=〔 L−L 0 )/L〕×10
(
0(% )(ここで,Lは収縮前のフィラメント糸長,L 0
, は収縮後
のフィラメント糸長)( 0041 】
」【 ,甲2),
「実施例1
種類 ポリエステル
原糸
ヤーンデニール(de) 420
フィラメント数(本) 249
単糸デニール(de) 1.7
引張切断強度(g/de) 9.6
150℃乾熱収縮率(%) 6.5」【0049 】
( 【表1】,甲2)
(ウ) 周知例1に記載された技術事項
周知例1には,破裂強度と難燃性の改良された柔軟性ポリエステルエ
アーバッグ用織物及びその製造方法に関する発明に関し,エアーバッグ
用織物の糸の物性が,次のとおり示されている。
「実施例1
種類 ポリエステル
原糸物性
ヤーン繊度(de) 420
フィラメント数(本) 249
単糸繊度(de) 1.7
引張強度(g/de) 9.6
抜糸物性
ヤーン繊度(de) 439
フィラメント数(本) 249
単糸繊度(de) 1.8
引張強度(g/de) 9.2」【 0042】
( 【表1 】,甲3)
(エ) 周知例2に記載された技術事項
エアバッグ基布用ポリエステル繊維に関する発明に関し,次の技術事
項が記載されている。
「180℃乾熱収縮率 %
実施例1 11.2 実施例2 14.2 実施例3 17.5
実施例4 19.5 比較例1 10.5 比較例2 9.2
比較例3 6.0 比較例4 10.2 比較例5 11.0」
( 0028】
【 【表1】,甲4)
イ 本願発明と引用例1発明の対比
(ア) 一致点
本願発明と引用例1発明は ,「2枚の布帛を接合して形成された側面
衝突エアバッグ用袋体」である点で一致する。
(イ) 相違点
a 本願発明では,「布帛を構成する解反原糸の単糸繊度が4デニール
(d)以下,強度が7.5グラム/デニール(g/d)以上である」
のに対して,引用例1発明では,このような構成かどうか明らかでな
い点(以下「相違点(1)」という。。
)
b 本願発明では,「布帛を構成する製織前の使用原糸の乾熱収縮率が
180℃で30分間の処理において5∼15%である」のに対して,
引用例1発明では,このような構成かどうか明らかでない点 以下 相
( 「
違点(2)」という。。
)
第3 原告主張の取消事由
審決は,次に述べるとおり,本願発明の認定の誤り(取消事由1),引用例
の組合せについての容易想到性の判断の誤り(取消事由2 ),相違点(1)に
関する容易想到性の判断の誤り(取消事由3),相違点(2)に関する容易想
到性の判断の誤り(取消事由4)があるから,違法として取り消されるべきも
のである。
1 本願発明の認定の誤り(取消事由1)
本願発明は,引用例1に示されるようなコーティングを施された袋織りタイ
プの側面衝突エアバッグに特有の二つの問題点,すなわち「目ずれの発生によ
りガス漏れが起こり,比較的長い内圧保持時間を確保できなくなる」という問
題点と「袋部の端(1重部)に必要以上の厚いコーティング材が積層され,収
納性の低下や重量の増大及び柔軟性の低下をもたらす」という問題点を,特定
の範囲の単糸繊度及び熱収縮率を有する糸を使用してエアバッグを構成するこ
とにより解決したものであって,本願発明は,引用例1発明の改良発明である 。
そして,側面衝突エアバッグ用袋体が袋織りタイプで,かつその表面にコーテ
ィングを施されたものであることは,引用例1の他,特開平11−48903
号公報(甲15,請求項1,3,【0008】 ,特開2001−97170号
)
公報(甲16,請求項1,2)に記載されたように,本願出願当時,当業者に
は周知であった。また,側面衝突エアバッグ用袋体として技術的要請を満たす
ためには袋織りタイプである必要があり,縫製タイプのもので現に市販されて
いるものはない。そのため,側面衝突エアバッグ用袋体といえば,技術的には,
袋織りタイプでその表面にコーティングを施されたものに限定して解釈せざる
をえない。
したがって,審決には,本願発明の側面衝突エアバッグ用袋体を,袋織りタ
イプのもの,表面にコーティングを施されたものに限定して認定しなかった点
において,本願発明の認定の誤りがある。
2 引用例の組合せについての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
引用例1は,袋織りタイプの側面衝突エアバッグに関するものであるのに対
し,引用例2は,縫製タイプの正面衝突エアバッグに関するものであって,引
用例1と引用例2に記載されたエアバッグは,布の継ぎ合わせの形態も設置場
所・用途も異なる。そのため,引用例1の袋織りタイプの側面衝突エアバッグ
に,引用例2の縫製タイプの正面衝突エアバッグの乾熱収縮率や単糸繊度など
の数値を適用することには,合理的な理由はなく,引用例1に引用例2を組み
合わせることについて,動機付けは全く存在しない。
したがって,審決には,引用例1に引用例2を組み合わせることによって本
願発明が容易想到であったという点について,容易想到性の判断の誤りがある 。
3 相違点(1)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
引用例2には単糸繊度が4d以下の実施例が開示される一方,単糸繊度が4
dを超える実施例(実施例2)も開示されており,引用例2からは,単糸繊度
を4d以下とすることによって何らかの好適な効果又は影響があることを全く
うかがい知ることができない。ましてや,4d以下の範囲の単糸繊度が袋部 2
(
重部)と袋部の端(1重部)における布帛の厚み差の防止に好適に寄与するこ
とは,引用例2には全く開示されていない。周知例1にも,単糸繊度の数値と
本願発明の効果との間の因果関係は何ら開示されていない。
そうすると,引用例1発明における問題点( 袋部の端(1重部)に必要以
「
上の厚いコーティング材が積層され,収納性の低下や重量の増大及び柔軟性の
低下をもたらす」という問題点)を解決するために,引用例2に開示されてい
る単糸繊度の値から好適な数値範囲を選択してそれを引用例1発明に適用する
ことは困難である。
したがって,審決には,相違点(1)に関する容易想到性の判断の誤りがあ
る。
4 相違点(2)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由4)
引用例2には,エアバッグ用織物につき,乾熱収縮率が本願発明で規定する
範囲(5∼15%)の実施例が開示されているが,この範囲外の実施例(実施
例2)も開示されており,引用例2からは,乾熱収縮率を本願発明で規定する
範囲内にすることによって何らかの好適な効果又は影響があることをうかがい
知ることができない。したがって,引用例2には,5∼15%の範囲の乾熱収
縮率が目ずれの発生を防止するために好適に寄与するということは開示されて
いない。
また,周知例2には,乾熱収縮率を10%以上にすることが記載されている
が(周知例2,請求項1),乾熱収縮率を高くするのは,布帛を作成した後に
熱処理を施して布帛全体を収縮させて高密度化し,それにより布帛自体の通気
性を低くすることによって,コーティングを施さなくても使用できるノンコー
トエアバッグ用基布を得るためである(周知例2, 0017】。これに対し,
【 )
本願発明や引用例1発明のような袋織りタイプの側面衝突エアバッグは,コー
ティングを施すことが前提であるので,周知例2のように高い乾熱収縮率の糸
を用いて布帛自体の通気性を低く抑える必要がない。
さらに,エアバッグ用基布の分野では,乾熱収縮率は低い方が良いとする考
え方も一般的である(甲11ないし14 )。
そうすると,引用例1発明における問題点( 目ずれの発生によりガス漏れ
「
が起こり,比較的長い内圧保持時間を確保できなくなる。」という問題点)を
解決するために,引用例2の乾熱収縮率の値から好適な数値範囲を選択してそ
れを引用例1発明に適用することは困難である。
したがって,審決には,相違点(2)に関し,容易想到性の判断の誤りがあ
る。
第4 取消事由に関する被告の反論
1 本願発明の認定の誤り(取消事由1)について
本願発明の特許請求の範囲の記載は,その技術的意義が一義的に明確に理解
することができないとか,一見して誤記であることが明細書の発明の詳細な説
明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情はないから,本願発明は,
特許請求の範囲の記載に基づいて把握されるべきである 。本願の請求項1には,
袋織りタイプに限定すること,コーティングされたものに限定することなどの
記載はないから,本願発明に係る袋体を袋織りタイプのもの,コーティングを
施されたものに限定する原告の主張は失当である。
2 引用例の組合せについての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
収納性を向上させることは,正面衝突エアバッグであるか,側面衝突エアバ
ッグであるか,又は袋織りタイプであるか縫製タイプであるかにかかわらず,
エアバッグの技術分野における一般的な課題であるから,引用例2が正面衝突
エアバッグの発明に係るものであったとしても,引用例2に記載された布帛を
側面衝突エアバッグの布帛として採用することは,当業者が通常試みることで
あり,引用例1発明に引用例2記載の技術事項を適用しようとする動機付けは
存在する。
3 相違点(1)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由3)について
引用例2にも,収納性向上の目的で2.5dを超えない繊度の単糸を用いる
との記載があるから,単糸繊度を本願発明の数値範囲である4d以下とするこ
とによって収納性が向上することは,引用例2から知ることができる。
引用例1の袋体の原糸として,2.5dを超えない引用例2の実施例1のエ
アバッグ用織物の原糸を採用し,4d以下という本願発明の数値範囲を満たす
構成とすることについて,当業者は容易に想到し得る。
4 相違点(2)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由4)について
引用例2には,滑脱抵抗力の向上,すなわち目ずれ発生の防止という課題解
決のため,一定以上の乾熱収縮率とすることが有効であるとの技術思想が開示
されている。
また,引用例2には,実施例1として,150℃で30分間の処理において
乾熱収縮率が6.5%である原糸が記載されており,周知例2には,180℃
の処理による乾熱収縮率が本願発明に定められた乾熱収縮率(5∼15%)の
範囲内であるエアバッグ基布用ポリエステル繊維が記載されている。
したがって,乾熱収縮率が180℃で30分間の処理において5∼15%の
範囲になるような原糸を用いてエアバッグの布帛を構成することは,当業者で
あれば容易に想到し得る。
第5 当裁判所の判断
1 本願発明の認定の誤り(取消事由1)について
(1) 袋織りタイプへの限定の有無
弁論の全趣旨によれば,エアバッグ用袋体には,袋体のいずれの場所にも
縫製糸が存在せず,端部が1枚の布から構成される袋織りタイプのものと,
2枚の布の端部が上糸と下糸の縫製糸で縫製される縫製タイプのものがある
ことが認められる。甲1(引用例1 ),甲15によれば,袋織りタイプの袋
体は,本願出願当時既に知られていたことが認められ ,甲11 請求項20,
(
【0015 】 ,甲12(請求項17,18 ,
) 【0016 】 ,甲15( 00
) 【
07】)によれば,縫製タイプのものも,本願出願当時既に知られていたこ
とが認められる。
本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体は ,「2枚の布帛を接合して形
成された」(請求項1)ものである。「接合」とは,「つぎあわすこと」とい
う意味であり(広辞苑,乙1),その文言は,袋織りタイプ及び縫製タイプ
のいずれの継ぎ合わせ形態をも包含するものと認められる。そして,本願の
請求項1には,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体について,袋織り
タイプ又は縫製タイプのいずれかに限定する旨の記載はない。
本願の願書に添付された図面の図1(甲5)からは,本願発明の実施の一
形態として袋織りタイプのものが存在することがうかがわれる。しかし,本
願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋
体を,袋織りタイプのものに限定して解釈すべきことを裏付ける記載はない 。
したがって,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体を,袋織りタイプ
のものに限定して解する理由はない。
(2) 表面にコーティングが施されたものへの限定の有無
本願の請求項1には,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体について,
表面にコーティングが施されたものに限定する旨の記載はない。
本願明細書の発明の詳細な説明には ,「コーティングはこの側面衝突用エ
アバッグの場合,必要となることが通常ある 。 (甲5 ,
」 【0007 】 ,
) 「本
発明の・・・第3は袋体の外側全表面にコーティング処理,ラミネート処理 ,
またはコーティング処理とラミネート処理の両方が施されており・・・」甲
(
6,【0010 】 ,
) 「またコート材としては特に限定するものではなく,ク
ロロプレン,クロルスルフォン化オレフィン,シリコーンなどの合成ゴムを
塗布またはゴム状のものを接着剤を介してラミネートしても良い。(甲5,
」
【0018】, 実施例4・・・その基布にクロロプレンゴムシート 0.05mm
)「 (
厚み)を接着剤を介し両面に貼付し仕上げた 。
・・・ 」(甲5,【0030】)
と記載されている。このように,本願明細書の発明の詳細な説明には,袋体
の表面に施される処理として,コーティング処理のほか,ラミネート処理,
又はコーティング処理とラミネート処理の両方を施すことが記載されている
が,このうち,ラミネート処理や,コーティング処理とラミネート処理の両
方が施されたものを排除して,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体を ,
特にコーティング処理が施されたもののみに限定して解釈すべきことを裏付
ける記載はない。
したがって,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体を,コーティング
処理が施されたものに限定して解する理由はない。
(3) 小括
以上によれば,本願発明に係る側面衝突エアバッグ用袋体を,袋織りタイ
プのもの又は表面にコーティングが施されたものに限定する理由はなく,審
決に本願発明の認定の誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 引用例の組合せについての容易想到性の判断の誤り(取消事由2)について
(1) エアバッグの設置場所・用途の差異について
ア 収納性を向上させることは,側面衝突エアバッグ用袋体の技術課題であ
り,本願発明の課題でもある。その点に関し,本願明細書には,「ところ
で,側面衝突用のエアバッグは・・・収納スペースが大きくない場所に収
納するため,エアバッグ袋体の折り畳み時の体積を大きくできず,エアバ
ッグ袋体としてはより収納性に優れていることが要求される。 甲7, 0
」
( 【
006 】 ,
) 「ここで,解反原糸の単糸繊度が4dより大きくなると原糸単
糸径が大きくなり,嵩高の布帛となり厚みが大きくなり,収納性に問題と
なる 。 (甲5 ,
」 【0011 】)と記載されている。また,側面衝突エアバ
ッグに係る発明である引用例1には ,「本発明は・・・ピラー部やルーフ
サイドレール部に収納されるエアバッグにおいて ,・・・折り畳んだエア
バッグのかさを減じ上記ピラー部等への収納性を向上させることを目的と
するものである。(甲1,
」 【0005】)と記載されている。
他方,弁論の全趣旨によれば,正面衝突エアバッグであっても,その用
途,設置場所等に鑑みると,収納性を向上させることは,技術課題である
ものと認められる。正面衝突エアバックに関する発明に係る引用例2にも ,
「本発明のエアーバッグ用織物は,経糸と緯糸がともに単糸繊度が1.0
∼2.5deである合成繊維フィラメント原糸により製織されてなること
が好ましい 。・・・一方,単糸繊度が2.5deを超えると,粗剛が織物
になるので収納性が低下し ,・・・ 」(甲2 ,【0017 】)と記載され,
収納性が要求されることが示されている。
もっとも,本願明細書には,「側面衝突用のエアバッグは従来の運転席
用や助手席用と異なり,収納場所がフロントピラー部,ルーフサイドレー
ル部,センターピラー部,クウォーターピラー部など収納スペースが大き
くない場所に収納するため,エアバッグ袋体の折り畳み時の体積を大きく
できず,エアバッグ袋体としてはより収納性に優れていることが要求され
る 。 (甲7 ,
」 【0006 】)と,側面衝突エアバッグを正面衝突エアバッ
グと比較していると理解される記載も存在する。しかし,上記記載は,運
転席用や助手席用の正面衝突エアバッグについて収納性が要求されないこ
とを述べたものではなく,むしろ,「より収納性に優れていることが要求
される」と記載されていることからして,正面衝突エアバッグについて収
納性が要求されることを前提として,側面衝突エアバッグにはそれ以上に
収納性が要求されることが記載されているものと認められる。
このように,収納性を向上させることは,正面衝突エアバッグであるか
側面衝突エアバッグであるかを問わずエアバッグ技術一般における共通の
課題であるといえる。
イ そうすると,引用例1が側面衝突エアバッグに関するものであり,引用
例2が正面衝突エアバックに関するものであるという違いが存在するとし
ても,そのような違いの存在は,収納性の向上というエアバッグの技術分
野における一般的な課題を解決するに当たり,引用例1発明に引用例2記
載の技術事項を適用しようとする動機付けを否定する理由とはならないと
いうべきである。
(2) 布の継ぎ合わせの形態の差異について
布の継ぎ合わせの形態が袋織りタイプ,縫製タイプのいずれであっても,
エアバッグにおいて,収納性の向上は技術課題であるし,前記1のとおり,
本願発明は,袋織りタイプのものに限定されない。
したがって,仮に布の継ぎ合わせの形態について袋織りタイプと縫製タイ
プの違いが存在するとしても,そのような違いの存在は,収納性の向上とい
うエアバッグの技術分野における一般的な課題を解決するに当たり,引用例
1発明に引用例2記載の技術事項を適用しようとする動機付けを否定する理
由とはならないというべきである。
(3) 小括
したがって,引用例1に引用例2を組み合わせることによって本願発明が
容易想到であったという審決の判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
3 相違点(1)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由3)について
(1) 単糸繊度についての容易想到性
ア 前記2(1)アのとおり,本願発明が単糸繊度を4d以下と特定する技術
的意義は,エアバッグの収納性の向上にあり(本願明細書,甲5 ,【00
11】,引用例2にも,収納性向上の目的で本願発明の数値範囲を満たす
)
2.5dを超えない繊度の単糸を用いるとの記載がある(甲2,【001
7】)から,単糸繊度を4d以下とすることによって収納性が向上するこ
とは,引用例2から知ることができる。
イ この点に関し,原告は,4d以下の範囲の単糸繊度が袋部(2重部)と
袋部の端(1重部)における布帛の厚み差の防止に好適に寄与することは
引用例2には全く開示されていないと主張する。
しかし,袋部(2重部)と袋部の端(1重部)における布帛の厚み差の
防止に好適に寄与するという作用効果は,袋織りタイプの袋体についての
作用効果であり,原告の上記主張は,本願発明が袋織りタイプに限られる
ことを前提とするところ,前記1のとおり,本願発明の袋体は,袋織りタ
イプに限られないから,原告の上記主張は,前提を異にするものであり,
採用することはできない。
ウ 引用例2には,4d以上の実施例(実施例2 )が記載されているが,2.
5dを超えない実施例(実施例1等)も記載されている。そして,引用例
2にも,収納性向上の目的で本願発明の数値範囲を満たす2.5dを超え
ない繊度の単糸を用いるとの記載があるから(前記ア,2(1)ア),収納性
向上のために,引用例1の袋体の原糸として,2.5dを超えない引用例
2の実施例1等のエアーバッグ用織物の原糸を採用し,引用例1発明と本
願発明の相違点(1)に係る4d以下という数値範囲を満たす構成とする
ことについて,当業者は容易に想到し得たものと認められる。
(2) 強度についての容易想到性
原糸の強度について,引用例2の実施例は,いずれも,本願発明の数値範
囲(7.5g/d以上)を満たしており,そのような強度の原糸を用いるこ
とは容易に想到し得たものと認められる(なお,この点について,原告は明
確には争っていない。。
)
(3) 小括
したがって,審決に,相違点(1)に関する容易想到性の判断の誤りはな
く,取消事由3は理由がない。
4 相違点(2)に関する容易想到性の判断の誤り(取消事由4)について
(1) 目ずれ防止のための乾熱収縮率向上についての容易想到性
ア 本願明細書には,「目ずれ」について,次のとおり記載されている。
「・・・原糸の収縮を・・・発現させることで原糸同士がお互いを拘束
する力が働き,糸−糸間の摩擦抵抗が大きくなり目ずれを起こしにくく
なる・・・。乾熱収縮率が5%未満の場合には収縮加工後の収縮力が十
分ではなく,糸−糸間摩擦が十分大きくならず織物の目ずれが起こり易
く,・・・」(甲5,【0013】)
「目ずれ性能:バイアス強力で代表(バイアス強力アップで目ずれしに
くい方向となる)経方向,緯方向の中間(45°)のバイアス方向に幅
3cmのサンプルを切取り,チャック間距離5cmでサンプルを測定中
にチャック内サンプル滑りが発生しないよう引張速度5cm/min.
で引張り,その時の最大強力を測定する。(甲5,
」 【0025】)
上記記載によれば,本願明細書でいう「目ずれ」とは,互いに接する経
糸と緯糸の接触位置がずれること,言い換えれば,2本の隣り合う経糸と
緯糸に囲まれた領域に着目したとき,それら2本の経糸あるいは緯糸の間
隔(値)が本来の値からずれること,を意味すると解される。
イ 他方,引用例2には「滑脱抵抗力」について,次のとおり記載されてい
る。
「本発明のエアーバッグ用織物は,ピン引掛法による滑脱抵抗力が経緯
ともに20∼100kg/5cmであることが必要である 。・・・滑脱
抵抗力を向上させるには,縫目においてヤーンとヤーンが滑らないよう
にする必要がある。・・・」(甲2,【0014】
)
「本発明のエアーバッグ用織物は,生機のままでも使用可能であるが,
生機または生機を精練した織物を最終的に収縮セットしてなることがさ
らに好ましい。収縮セットを施す方が ,滑脱抵抗力は増大する 。・・・」
(甲2,【0036】)
上記記載によれば,引用例2でいう滑脱抵抗力の増大(向上)とは,本
願明細書でいうところの目ずれ発生の防止とほぼ同義であると解され,ま
た,エアーバッグ用織物は,生機状態よりも収縮セットした方が滑脱抵抗
力は増大するとの技術が開示されていると認められる。したがって,引用
例2には,滑脱抵抗力の向上,すなわち目ずれ発生の防止という課題解決
のため,一定以上の乾熱収縮率とすることが有効であるとの技術事項が開
示されているものと認められる。
(2) 乾熱収縮率の数値範囲についての容易想到性
そこで,本願発明の乾熱収縮率の数値範囲(180℃で30分間の処理に
おいて5∼15%)に関する容易想到性について,更に検討する。
ア 引用例2には,実施例1として,150℃で30分間の処理において乾
熱収縮率が6.5%である原糸が記載されている。また,周知例2には,
180℃の処理による乾熱収縮率が本願発明に定められた乾熱収縮率(5
∼15%)の範囲内である11.2%(実施例1 ),14.2%(実施例
2),10.5%(比較例1 ),9.2%(比較例2),6.0%(比較例
3),10.2%(比較例4 ),11.0%(比較例5)のエアバッグ基布
用ポリエステル繊維が記載されている。これらの引用例2,周知例2の記
載からすると,エアバッグの布帛を構成する原糸の熱処理の温度が180
℃であること,その場合の乾熱収縮率が5∼15%であることは,数値と
して特異なものではなく,通常のものであると認められる。
イ 前記( 1)のとおり,引用例2には,目ずれ発生の防止のために一定以上
の乾熱収縮率とすることが有効との技術思想が開示されており,前記アの
とおり,引用例2には,実施例1として,150℃で30分間の処理にお
いて乾熱収縮率が6.5%である原糸が記載されており,周知例2には,
180℃の処理による乾熱収縮率が本願発明に定められた乾熱収縮率(5
∼15%)の範囲内である実施例が記載されていて,エアバッグの布帛を
構成する原糸の熱処理の温度が180℃であること,その場合の乾熱収縮
率が5∼15%であることは,数値として特異なものではなく,通常のも
のであると認められる。そうすると,乾熱収縮率が180℃で30分間の
処理において5∼15%の範囲になるような原糸を用いてエアバッグの布
帛を構成することは,当業者であれば容易に想到し得るものと認められる。
ウ(ア) もっとも,引用例2に記載された実施例1は,180℃ではなく1
50℃の熱処理によるものである。
しかし,乾熱収縮率を測定する場合の温度に関連して,本願明細書に
は,次のとおり記載されているにとどまる。
「本発明の第1は,2枚の布帛を接合して形成された側面衝突エアバ
ッグ用袋体であり ,・・・布帛を構成する製織前の使用原糸の乾熱収
縮率が180℃で30分間の処理において5∼15%であることを特
徴とする側面衝突エアバッグ用袋体であり・・・」甲6,0010 】
( 【 )
「その時使用する原糸 織物になる前)
( は乾熱収縮率で5∼15% 1
(
80℃×30分間処理)であることは非常に重要なファクターである 。
何故ならば,布帛を製織した生機の状態においては原糸同士の拘束力
はあまり大きくないが,乾熱収縮率で5∼15%の原糸を用い,その
後原糸の収縮を沸水処理中,乾熱処理中で発現させることで原糸同士
がお互いを拘束する力が働き,糸−糸間の摩擦抵抗が大きくなり目ず
れを起こしにくくなることが判った。乾熱収縮率が5%未満の場合に
は収縮加工後の収縮力が十分ではなく,糸−糸間摩擦が十分大きくな
らず織物の目ずれが起こり易く,特に1重部と2重部の接合部での目
ずれがエアバッグ展開時に起こるとその部分からガス漏れが起こり,
乗員拘束の役目を果たさなくなる。また,15%より大きい原糸を作
製しようとすると,原糸製造工程での生産性悪化の原因となり経済上
好ましくない。(甲5,
」 【0013】)
「また,経糸,緯糸用に使用される原糸(織物になる前)の乾熱収縮
率は上記5∼15%(180℃×30分間処理)の範囲内であれば経
糸と緯糸で異なっていてもよい。(甲5,
」 【0014】)
「・・・次に150℃に加熱した金属ロール間で線圧30kg/cm
で両面カレンダー加工をした。その後シリコーン樹脂をナイフコータ
ーを用いて片面につき45g/m2のコートを両面に施し仕上げた。・
・・」(甲5 ,【0028】)
上記のとおり,本願明細書には,乾熱収縮率を測定する場合の温度を
特に180℃に設定した積極的な理由は記載されていないから,引用例
2の実施例1における収縮処理の温度が150℃であるとしても,それ
によって本願発明についての容易想到性が否定されることはないという
べきである。
(イ) また,周知例2には,180℃の処理による乾熱収縮率が,本願発
明に定められた乾熱収縮率(5∼15%)の範囲内ではない17.5%
(実施例3 ),19.5%(実施例4)であるエアバッグ基布用ポリエ
ステル繊維も記載されている。
しかし,本願明細書には,乾熱収縮率が「5∼15%」という数値範
囲の内にあるか外にあるかによって作用効果に顕著な差異を生ずる旨の
記載はないから,周知例2に,実施例として,乾熱収縮率が本願発明に
定められた乾熱収縮率(5∼15%)の範囲内ではないものが記載され
ていたとしても,それによって本願発明についての容易想到性が否定さ
れることはないというべきである。
(3) 小括
したがって,審決に,相違点(2)に関する容易想到性の判断の誤りはな
く,取消事由4は理由がない。
5 結論
以上のとおり,原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決にこれ
を取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 中 平 健
裁判官 上 田 洋 幸
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