平成19(行ケ)10401審決取消請求事件
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裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
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裁判年月日 |
平成20年9月10日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告旭硝子株式会社 原告スリーエムカンパニー
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法令 |
特許権
特許法36条5項1号1回
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キーワード |
実施36回 無効33回 審決31回 優先権3回 無効審判3回 特許権2回 拒絶査定不服審判1回 刊行物1回 進歩性1回
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主文 |
原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。。この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める |
事件の概要 |
本件は,原告の有する下記1(1)の特許(以下「本件特許」という )について,。
被告が無効審判請求をしたところ,特許庁は,本件特許を無効とするとの審決をし
たため,原告が,同審決の取消しを求める事案である。 |
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判決文
平成19年(行ケ)第10401号 審決取消請求事件
平成20年9月10日判決言渡,平成20年7月16日口頭弁論終結
判 決
原 告 スリーエム カンパニー
訴訟代理人弁護士 大野聖二
訴訟代理人弁理士 片山健一
被 告 旭硝子株式会社
訴訟代理人弁理士 志賀正武,高橋詔男,柳井則子,勝俣智夫
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2006−80108号事件について平成19年7月24日にし
た審決を取り消す。」との判決
第2 事案の概要
本件は,原告の有する下記1(1)の特許(以下「本件特許」という 。)について,
被告が無効審判請求をしたところ,特許庁は,本件特許を無効とするとの審決をし
たため,原告が,同審決の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲第22号証)
特許権者:原告
発明の名称: 物品の溶剤清浄化方法」
「
出願日:平成3年4月4日(特願平3−71406号)
優先権主張日:1990(平成2)年4月4日(英国)
設定登録日:平成11年8月6日
特許登録番号:第2961924号
(2) 特許異議手続(甲第24号証)
申立日:平成12年4月12日
訂正請求日:平成15年3月28日(以下「異議時訂正」という。)
決定日:平成15年4月18日
決定の結論: 訂正を認める。特許第2961924号の請求項1ないし9に係
「
る特許を維持する。
」
(3) 本件手続(甲第18号証)
審判請求日:平成18年6月8日(無効2006−80108号)
審決日:平成19年7月24日
審決の結論: 特許第2961924号の請求項に係る発明についての特許を無
「
効とする。 (ただし ,
」 「請求項」との記載が「請求項1∼9」を意味することにつ
いて当事者間に争いがない。)
審決謄本送達日:平成19年8月3日(原告に対し。なお,出訴期間として90
日が附加されている。)
2 特許請求の範囲の記載及び本件発明の要旨
異議時訂正後の本件特許出願に係る明細書(甲第23号証。以下「本件明細書」
という。)の特許請求の範囲の請求項1∼9の記載は次のとおりであり,本件特許
に係る発明の要旨は,同各請求項の記載のとおりである 以下,
( 請求項の番号に従っ
て,「本件発明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。なお,請
求項は全9項である。。
)
「 請求項1】清浄化すべき電子部品または印刷回路板を,54.5℃∼120℃
【
の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子
とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテルの溶剤組成物の液体
に浸漬して清浄化し,該溶剤組成物を含む浴槽の上部に冷却コイルを備えることか
らなる物品の溶剤清浄化方法。
【請求項2】溶剤組成物は更に補助溶剤も含有する請求項1記載の方法。
【請求項3】補助溶剤はアルコールである請求項2記載の方法。
【請求項4】補助溶剤は1∼4個の炭素原子を有する低級脂肪族アルカノールであ
る請求項3記載の方法。
【請求項5】溶剤組成物はフッ素化エーテルの共沸混合物よりなる請求項1記載の
方法。
【請求項6】溶剤組成物はフッ素化エーテルを含有する三元共沸混合物よりなる請
求項1記載の方法。
【請求項7 】(i)54.5℃∼120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個
の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子
量のフッ素化エーテル及び(ii)補助溶剤としての極性化合物を含有してなる,
請求項1∼6に記載の物品の溶剤清浄化方法に用いる溶剤組成物。
【請求項8】前記の極性化合物はアルコールである請求項7記載の溶剤組成物。
【請求項9】溶剤組成物は前記のフッ素化エーテルとアルコールとの共沸混合物よ
りなる請求項7記載の溶剤組成物。」
3 審決の理由の要点
審決は,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないか
ら,平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号が定める要件を
満たしておらず,また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属す
る技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる
程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものということはできないから,
同条4項が定める要件も満たしていないとして,本件特許は無効とすべきものと判
断した。
審決の理由中 ,「請求人(判決注・被告)の主張 」 「被請求人(判決注・原告)
,
の主張」及び「当審の判断」の部分は,以下のとおりである(誤記を訂正した部分
がある。。なお,審決中の甲号証の番号は本訴におけるものと共通であり,また,
)
審決中の乙第1∼第5号証は,順次,本訴の甲第13∼第17号証である。
(請求人の主張)
請求人は,本件特許第2961924号についての特許を無効にする,審判費用は,被請求
人の負担とする旨の審決を求めて,証拠方法として甲第1号証∼甲第12号証を提出して,大
略以下のような無効理由を主張している。
(1) 無効理由ア 本件発明1は,甲第1号証∼第4号証に記載された発明に基づいて,出願
前に当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2∼9は,甲第1号証∼第
5号証に記載された発明に基づいて,出願前に当業者が容易に発明をすることができたもので
あるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,その
特許は,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。
(2) 無効理由イ 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1∼9について当業者が容
易に実施できる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されておらず,本件特許の特許請
求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明の欄に記載されたものでは
なく,また,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したもの
ではないから,平成6年改正前特許法第36条(以下,「特許法第36条」という 。
)第4項及
び同条第5項第1号,第2号に規定する要件を満たしておらず,本件特許は,特許法第123
条第1項第4号に該当し,無効とすべきである。
その具体的主張は,以下のイ−1乃至イ−5のとおりである。
(2-1) 無効理由イ−1
本件明細書には,本件発明に用いる清浄化剤が最低限備えるべき特性である化学的不活性,
不燃性,安全性(毒性上)について,これらの特性を備えていることを実証する記載が存在し
ない。甲第2号証には,本件フッ素化エーテルに該当する「1‐メチル=1‐ヒドロパーフル
オロエチル=2’‐ヒドロパーフルオロエチル=エーテル」について, 可燃性に関してはボー
「
ダーラインである。」と記載されており,本件フッ素化エーテルが例外なく上記最低限の特性
を備えているか否かは疑わしく,本件フッ素化エーテルが不燃性等の特性を備えているか否か
は,個別に検証しなければ分からない。
このような状況に鑑みれば,これらの特性を備えていることを実証する記載がないことは,
本件発明が発明として成立しているか否か不明であることを意味する。また,本件発明が発明
として成立している範囲を超えている可能性があることを意味する。
したがって,本件特許は,特許を受ける発明が発明の詳細な説明に記載したものであること
という要件(特許法第36条第5項第1号)を満たしていない。
(2-2) 無効理由イ−2
本件明細書には,化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)を備えることが実証された化合
物が全く記載されていない。したがって,当業者は,どのような化合物が,係る最低限の特性
を備えているのか,また,どのようにしてそのような化合物が得られるのか理解できない。
すなわち,当業者は,清浄化剤を選択することができず,本件明細書の記載に従って本件発
明を実施することができない。
したがって,本件特許は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
(2-3) 無効理由イ−3
本件明細書には,どの程度の化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)を備えれば,本件発
明の清浄化剤として使用可能なのか記載されていない。すなわち,当業者は,本件発明に使用
可能な清浄化剤を選択することができず,本件明細書の記載に従って本件発明を実施すること
ができない。
したがって,本件特許は,特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
(2-4) 無効理由イ−4
仮に,本件発明1∼9に顕著な効果を認めるとすれば,本件明細書には,本件発明が係る顕
著な効果を有することについて,これを裏付ける記載が必要である。しかしながら,本件明細
書には,そのような裏付けとなる記載がなされていない。
また,平成13年11月12日付け回答書第5頁第12∼14行に ,「本件特許発明のエー
テル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素エーテルは,刊行物1 ,2に開示されているエー
テル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテルと比べて,有意に優れた洗浄能力を有し
ています。」と記載されているように,「エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エー
テル」は,従来技術と比較して,顕著な清浄化性能を有しないものであり,清浄化性能につい
て顕著な効果を主張するとすれば,本件発明が係る効果を奏しない部分を含むという不備を有
するものであり,本件明細書は,サポート要件(特許法第36条第5項第1号)並びに実施可
能要件(特許法第36条第4項)を満たしていない。
(2-5) 無効理由イ−5 平成19年4月18日付け上申書における請求人のフッ素化エーテ
ルの沸点に関する主張
被請求人は,平成19年3月28日付け上申書において,例1に記載されている2−クロロ
−1,1,2−トリフルオロエチルメチルエーテルの沸点が630mmHgの圧力下で測定き
れたものであると説明しており ,「大気圧下で測定した沸点」であるとの解釈を否定した。ま
た,「630mmHgなど各種圧力下測定」と「630mmHg」に特定されない旨も説明し
ている。すなわち,本件発明の沸点は,測定時の圧力が不明であり,これにより規定されるフッ
素化エーテルの範囲も不明である。
したがって,当業者は,本件発明のフッ素化エーテルの範囲を理解できないため本件発明を
容易に実施することができず,係る観点から見ても,本件特許は実施可能要件を満たしておら
ず(特許法第36条第4項違反) また,本件特許の特許請求の範囲の記載は,明確性を欠き ,
,
特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項が記載されているとは言えない
(特許法第36条第5項第2号違反)
。
(被請求人の主張)
被請求人は,本件審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする旨の審決を求
め,証拠方法として乙第1号証∼乙第5号証を提出して,請求人の主張する本件特許の無効理
由のいずれにも理由がない旨の下記の主張をしている。
(1) 無効理由アについて
本件発明1について
甲第1号証は,洗浄の対象物として,ICリードフレームの洗浄を記載し,また,洗浄の目
的及び用途として脱脂を記載しているが,洗浄の対象物として塗装前の金属表面の脱脂洗浄は
記載しておらず,公知のフロン代替品を列挙しているが,その中にフッ素化エーテルについて
の記載はなく,フッ素化エーテルを用いる洗浄化方法の記載もない。
甲第2号証は,1−メチル−1−ヒドロペルフルオロエチル2’−ヒドロペルフルオロエチ
ルエーテルを麻酔剤として開示し,この化合物が「脱脂剤」として使用でき,脱脂剤の用途に
おいて,塗装されるべき金属表面の脱脂用溶剤として使用可能である」と記載している。しか
しながら,本件発明の電子部品又は印刷回路板の清浄化用途の溶剤組成物を開示又は示唆する
ものではないし,同用途のフロン代替品として有用であることは教示も示唆もない。
甲第2号証の単なる脱脂という記載に基づいて,甲第2号証の化合物を甲第1号証のフロン
あるいはフロン代替品に代えて置換使用して本件発明1を想到することは,当業者といえども
容易にできるものではない。
甲第3号証には,アルミニウムその他の金属表面に付着した油脂分や汚れを除去することを
脱脂ということが記載されているにすぎず,また,甲第4号証は,ICリードフレームが溶剤
洗浄により脱脂されることを記載しているが,これはICリードフレームの清浄化が脱脂と表
現されることがあるということにすぎない。
甲第3号証,甲第4号証を考慮しても甲第2号証には,麻酔剤である同化合物が「塗装前の
金属表面の脱脂」に使用できるとの記載があるにすぎないので,甲第2号証に記載の化合物が
甲第1号証のフロンあるいはフロン代替品に置換することが容易であるということはできな
い。
本件発明2∼9について
請求人は,非極性溶剤と極性溶剤との組合せの有用性を示すものとして甲第5号証を提出し
ているが,非極性溶剤と極性溶剤との一般的な組み合せの有用性が公知であるとしても,低分
子量フッ素化エーテルという特定のフロン代替品と他の補助溶剤との組合せから得られる特定
の有用性については,容易に類推できるものではない。
(2) 無効理由イについて
(2-1) 無効理由イ−1について
本件発明は,少なくとも従来技術において知られているフロンおよびフロン代替品との対比
において,必要な化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)の特性を具備し,さらに清浄化性
能およびオゾン層破壊防止,蒸気消失の抑制の効果を奏する優れたフロン代替品を教示するも
のである。本件発明のフッ素化エーテルが,必要な化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)
の特性を具備していることは,本件明細書に完全に開示されている。
本件特許は特許法第36条第5項第1号に規定する要件を満たしている。
(2-2) 無効理由イ−2について
本件発明は,本件発明のフッ素化エーテルが,基本的に ,化学的不活性 ,不燃性,安全性(毒
性上)の特性を具備することを開示するものである。化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)
に程度の差があるとしても,本件発明の清浄化剤としての基本的な有用性,本件発明の開示の
有用性は当業者には明らかである。
本件明細書は,本件発明のフッ素化エーテルが,フロン代替物として好適なあるいは必要な
化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)の特性を具備することを十分に開示している。
本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしている。
(2-3) 無効理由イ−3について
本件発明のフッ素化エーテルは,基本的に,化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)の特
性を具備する化合物群であることを開示するものであり,特定の化合物により化学的不活性,
不燃性,安全性(毒性上)に程度の差があるとしても,本件発明の清浄化剤としての基本的な
有用性,本件発明の開示の有用性は当業者には明らかである。
また,請求人のこの主張は,甲第2号証(甲第1号証と組み合わせて)が本件発明を十分に
開示しているという主張との間に根本的な矛盾があり,この主張は疑わしいものである。
本件特許は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしている。
(2-4) 無効理由イ−4について
本件発明の効果を裏付ける記載は,本件明細書に存在するので,特許法第36条第5項第1
号に規定する要件(サポート要件)を満たしている。
請求人は,『エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素エーテル』は,従来技術と比
「
較して,顕著な清浄化性能を有しないものであり同回答書では,エーテル結合の片側にハロゲ
ンが存在しないフッ素化エーテルは,エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エー
テルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べたにすぎない 。」と主張しているが,回答書
では,エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルは,エーテル結合の両側
にハロゲンが存在するフッ素化エーテルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べたにすぎ
ない。
本件発明の電子部品または印刷回路板の清浄化方法は,エーテル結合の片側にハロゲンが存
在しないフッ素化エーテルのみならず,エーテル結合の両側にハロゲンが存在するフッ素化
エーテルを用いる場合にも,所期の清浄化性能,すなわち,電子部品または印刷回路板の特に
半田フラックス残渣を上部に冷却コイルを備える浴槽で液体に浸漬して洗浄する清浄化能力を
発揮するとともに,さらにフロン代替物として使用するために有用な化学的安定性,不燃性,
無毒性,オゾン層破壊防止,蒸気消失の抑制等の効果を発揮することは,先に述べたとおりで
あり,明らかである。
したがって,本件明細書は実施可能要件(特許法第36条第4項)を満たしている。
(当審の判断)
特許法第29条第2項で規定する発明の進歩性の判断にあたっては,本件明細書の発明の詳
細な説明が特許法第36条第4項で規定する要件を満足し,特許請求の範囲の記載が同条第5
項各号に規定する要件を満足するものでなければならないから,まず,請求人が主張する特許
法第36条第4項及び同条第5項第1号,第2号に規定する要件を満たしているか否か,すな
わち請求人の主張イについて検討する。
(1) 無効理由イ−5について
請求人は,本件発明のフッ素化エーテルの沸点は,測定時の圧力が不明であり,これにより
規定されるフッ素化エーテルの範囲も不明であるから,本件発明のフッ素化エーテルの範囲を
理解できないため,本件特許は実施可能要件を満たしておらず(特許法第36条第4項違反),
また,本件特許の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことので
きない事項が記載されているとは言えない(特許法第36条第5項第2号違反)と主張してい
るのでこの点から検討する。
沸点については,特定の気圧で測定することを規定していなければ,1気圧における沸点を
指すものと認められること( 化学大辞典7縮刷版 」
「 ,共立出版株式会社,1989年8月15
日発行,縮刷版第32刷,896頁に記載された ,「ある外圧のもとで沸騰が起こる温度を沸
点という。・・・通常,1気圧における沸点をさすが,特に厳密に言う場合には標準沸点とい
う。 を参照) また,例1に示された2−クロロ−1,1,2−トリフルオロエチルメチルエー
」 ,
テルの沸点について,「630mmHgで沸点65℃」と示されているのは,特に特定の気圧
で測定したことを明記しているのであり,本件明細書に記載された他のフッ素化エーテルにお
いて,単に「沸点」と記載されている箇所は,1気圧における沸点を指すものと解するのが自
然であり,本件発明の「54.5℃∼120℃の範囲の沸点」とは1気圧における沸点と特定
できるものである。
したがって,この点において不明瞭な記載はなく,請求人の上記主張は採用することができ
ない。
(2) 無効理由イ−1について
(2-1) 本件発明1について
特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第5項第1号所定の,明細書のサポート要件を満
たしているか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求
の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決で
きると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである必要がある。
本件についていえば,本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶
剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬し清浄化する物品の溶剤清浄化方法に
おいて,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,
又は,特許出願時の技術常識を参酌して,本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテル
を含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清
浄化方法であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体
例を開示して記載することを要する。
しかしながら,本件明細書には,本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当
する化合物としては,例10及び11にテトラフルオロエチルエチルエーテルが取り上げられ
ているだけであって,当該エーテル化合物についても,その沸点及び該エーテル化合物とメタ
ノールとの共沸混合物の沸点 ,エタノールとの共沸混合物に1,1,2−トリクロロ−1,2,
2−トリフルオロエタンを含有させた組成物の沸点が記載されているだけであって,本件発明
1に記載されたフッ素化エーテル化合物を含有する溶剤組成物について,化学的不活性,不燃
性,安全性(毒性上)はもちろんのこと,イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性の記載も
ない。本件明細書には,実施例なる記載のもと塩素原子を含むフッ素化エーテル(例1∼4)
又は低沸点のフッ素化エーテル 例5∼9)
( について具体的に回路板から融剤残渣を清浄化し,
イオン系融剤残渣の除去割合を測定した例が記載されているが,これらはいずれも本件発明の
実施例ではない。
そもそも,本件明細書には,課題の解決手段として,低分子量のフッ素化エーテルにおいて,
「塩素原子を含まない」こと及び沸点範囲を「54.5℃∼120℃」とすることは記載され
ていない。したがって,塩素原子を含まず,沸点範囲が「54.5℃∼120℃」であるフッ
素化エーテルについては,例10及び11にテトラフルオロエチルエチルエーテルついて,そ
の沸点及び該エーテル化合物とメタノールとの共沸混合物の沸点,エタノールとの共沸混合物
に1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンを含有させた組成物の沸点が記
載されているに過ぎないものである。
組成物の発明やその組成物を使用する発明においては,その効果の予測が困難であるから,
代表的な実施例が必要であるところ,本件発明については ,代表的な実施例の記載はないから,
本件発明が奏する作用効果について当業者に自明であると解すべき根拠もないものである。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明におけるこのような記載だけでは,本願出願時
の技術常識を参酌して,本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶
剤組成物に清浄化すべき電子部品又は印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清浄化方法におい
て,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記
載しているとはいえないから ,本件の請求項1の記載が,特許法第36条第5項第1号所定の,
明細書のサポート要件に適合するということはできない。
(2-2) 被請求人の主張についての検討
この点について被請求人は,当審が「口頭審理陳述要領書(無効 2006 ‐ 80108)の記載事項
について」で説明を求めた事項1,2及び4に対して平成19年2月28日付けの口頭審理陳
述要領書において,次の主張をしている。
(2-2-1) 事項1についての主張
「本件明細書の例1∼3は,沸点65℃の塩素含有低分子量フッ素化エーテルの清浄化性能
を開示しています。例4は,沸点65℃の塩素含有低分子量フッ素化エーテルの化学的安定性
を開示しています。例5は,沸点33∼35℃の塩素不含低分子量フッ素化エーテルの清浄化
性能を開示しています。本件特許の請求項に記載された沸点の限定は蒸発及び消失を抑制及び
減少させるものです。これらの例は,全体として,沸点54.6℃以上の塩素不含低分子量フッ
素化エーテルの有効性を開示しています。したがって,本件明細書の例1∼11は,訂正後の
本発明の実施例として機能しています 。・・・例10及び例11に開示された共沸混合物の清
浄化性能は,当業者には容易に理解されることが可能です。例2及び例3は,低分子量フッ素
化エーテルにアルコールを添加することが清浄化性能に関して有効であることを開示していま
す。添加されたアルコールは溶液の清浄化性能を改良しますが,これと同じ理論が例10及び
例11にも適用されます。
このように。例10及び例11は本発明の実施例に関するものです。」
(2-2-2) 事項2についての主張
「例1及び例5が,塩素を含有しあるいは含有しない低分子量フッ素化エーテルが両方とも
清浄化性能を有することを示しています。そして,これらの化合物が共沸混合物を形成するこ
とは,例2及び例10に示されています 。・・・沸点の下限値54.6℃の限定の意義は蒸発
及び消失の抑制という観点からのものです。より高沸点の低分子量フッ素化エーテルの方が蒸
発及び消失の抑制の点でより優れていることは自明です。例1及び例5は,異なる沸点(65
℃及び33∼35℃)の低分子量フッ素化エーテルが清浄化性能を有することを示しています 。
上記の事実のほか,本発明の低分子量フッ素化エーテルは共通の構造的特徴,すなわち , 少
「
なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有する」という構造的特徴を有し
ています。本件明細書に開示されている事実及び本件明細書に記載の低分子量フッ素化エーテ
ルの構造の共通性から,訂正後の本発明の有用性及び有効性は本件明細書に十分に開示されて
います。」
(2-2-3) 事項4についての主張
「塩素不含低分子量フッ素化エーテルの清浄化性能は分子中の水素原子からもたらされます 。
もし分子が完全にフッ素化されている場合(ペルフルオロ)には,清浄化性能は有していない
か,あっても非常に乏しいものとなります。本発明の低分子量フッ素化エーテルは少なくとも
1個の水素原子を含んでおり,ゴシック体で示された12個の化合物は少なくとも2個の水素
原子を含んでいます。これらの分子におけるこの共通の特徴から,当該12個の化合物は清浄
化性能を有することが言えます。
塩素不含の低分子量フッ素化エーテルの化学的安定性は,分子中にフッ素を含むことからも
たらされます。本発明の化合物はフッ素化エーテルであるので ,分子中に少なくとも1個のフッ
素原子を含んでおり,ゴシック体で示された12個の化合物は少なくとも2個の水素原子を含
んでいます。これらの分子におけるこの共通の特徴から,当該12個の化合物は化学的安定性
を有することが言えます。
オゾン層破壊防止性に関しては,本件特許出願時点において,塩素原子がオゾン層破壊の原
因であることが知られていました。訂正後の本発明の化合物は分子中にフッ素原子を含んでい
ませんので,本発明の化合物及びゴシック体で示された12個の化合物は同様にオゾン層破壊
防止の効果を有しています。
蒸気消失の抑止は,化合物の沸点に基づくものであることは上記のとおりであり,また自明
の事実です。ゴシック体で示された12個の化合物は54.5℃以上の高い沸点を有する化合
物であり,蒸気消失の抑止の効果を奏することは明らかです 。」
(2-2-4) 事項1,2及び4についての合議体の判断
しかしながら,一般に化合物が異なれば ,「回路板に塗布されたハンダクリーム等の被洗浄
物質との親和性,反応性,人体に対する安全性」などは異なるから,例1に記載された2−ク
ロロ−1,1,2−トリフルオロエチルメチルエーテル及び例5に記載されたテトラフルオロ
エチルメチルエーテルを含有する溶剤組成物についての清浄化性能,化学安定性等が示されて
いるとしても,これらの試験結果から,本件明細書の例10及び11に化合物としての沸点や
これとメタノール等との共沸混合物の沸点が記載されているだけに過ぎないテトラフルオロエ
チルエチルエーテルについてイオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性,不燃
性,安全性(毒性上)を予測することは困難であると言わざるを得ない。さらに,本件明細書
には,段落【0010】に使用できるエーテルとして,テトラフルオロエチルエチルエーテル
を含む54.5℃∼120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそ
れ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテルが12個記載
されているが,それらについては,化合物の沸点が記載されているだけであって,イオン系融
剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)を予測することは
できないし,さらにこの12個のフッ素化エーテルを含む「54.5℃∼120℃の範囲の沸
点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子
を含まない低分子量のフッ素化エーテル」について,イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄
性や化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)を予測することは不可能である。
(2-2-5) 事項3についての合議体の判断
被請求人は,上記口頭審理陳述要領書において,当審が説明を求めた事項3について,乙第
1号証の清浄化の例に記載された水素化フッ素化エーテルCF2HCF 2OC 2H 5と1,1,
2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンとの清浄化性能の比較から,訂正後の本発
明の低分子量フッ素化エーテルが本件明細書の例に示された清浄化性能と同じレベルの清浄化
性能を有している旨主張している。
しかしながら,乙第1号証で試験している化合物はCF2HCF2OC2H5の一種類のみで
あり,しかも試験項目も清浄化性能及び相溶性/安定性だけであって,この試験結果からは,
この化合物の不燃性,無毒性は不明であるし,この化合物以外の本件発明の低分子量フッ素化
エーテルについてイオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性や化学的不活性,不燃性,安全性
(毒性上)を予測することは不可能である。
してみれば,被請求人の上記主張はいずれも採用することができない。
(2-3) 本件発明2∼9について
本件発明2は,請求項1記載の方法において,溶剤組成物が更に補助溶剤も含有するもので
あり,本件発明3は,請求項2記載の方法において,補助溶剤がアルコールであるであるもの
であり,本件発明4は,請求項3記載の方法において,補助溶剤は1∼4個の炭素原子を有す
る低級脂肪族アルカノールであるものであり,本件発明5は,請求項1記載の方法において,
溶剤組成物がフッ素化エーテルの共沸混合物よりなるものであり,本件発明6は,請求項1記
載の方法において,溶剤組成物がフッ素化エーテルを含有する三元共沸混合物よりなるもので
あり,本件発明7は,請求項1∼6に記載の物品の溶剤清浄化方法に用いる溶剤組成物であっ
て,(i)54.5℃∼120℃の範囲の沸点を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又
はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテル及び(i
i)補助溶剤としての極性化合物を含有してなるものであり,本件発明8は,請求項7記載の
溶剤組成物であって,請求項7に記載された極性化合物がアルコールであるものであり,本件
発明9は,請求項7記載の溶剤組成物であって,溶剤組成物が同請求項記載のフッ素化エーテ
ルとアルコールとの共沸混合物よりなるものである。
本件発明2∼9は,いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用するものであるから,溶剤
組成物に本件発明1における特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有することを必須の構成要
件とするものである。してみれば,本願明細書の特許請求の範囲請求項1の記載が,本件にお
ける特定の低沸点のフッ素化エーテルを含有してなる溶剤組成物に清浄化すべき電子部品又は
印刷回路板を浸漬させる物品の溶剤清浄化方法において,所望の効果(性能)が得られると当
業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載しているとはいえないものであって,
特許法第36条第5項第1号所定の,明細書のサポート要件に適合するということはできない
ものである以上,本件発明2∼9についても特許法第36条第5項第1号所定の,明細書のサ
ポート要件に適合するということはできないものである。
(3) 無効理由イ−2及びイ−3について
特許法第36条第4項には ,「前項第3号の発明の詳細な説明には,その発明の属する技術
の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の
目的,構成及び効果を記載しなければならない。」と規定されている。
そして,「発明の構成」として,組成物の発明等,効果の予測が困難な分野においては,当
業者が容易にその実施ができるように,通常,代表的な実施例が必要であり ,「発明の効果」
として,特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項によって奏される効果 特
(
有の効果)を裏付けることが必要である。
被請求人は,無効理由イ−2について ,「本件明細書は,本件発明のフッ素化エーテルが,
フロン代替物として好適なあるいは必要な化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)の特性を
具備することを十分に開示している。」と主張し,無効理由イ−3について ,
「本件発明のフッ
素化エーテルは,基本的に,化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)の特性を具備する化合
物群であることを開示するものであり,特定の化合物により化学的不活性,不燃性,安全性(毒
性上)に程度の差があるとしても,本件発明の清浄化剤としての基本的な有用性,本件発明の
開示の有用性は当業者には明らかである 。」と主張しているが,本件明細書には,低分子量の
フッ素化エーテルにおいて ,「塩素原子を含まない」こと及び沸点範囲を「54.5℃∼12
0℃」とすることを課題の解決手段とすることは記載されておらず,したがって,本件明細書
には,例10及び11に本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物
であるテトラフルオロエチルエチルエーテル及びその共沸混合物の沸点が記載されているだけ
であって,イオン系融剤残渣の除去割合を含む清浄性ばかりでなく,化学的不活性,不燃性及
び安全性(毒性上)に関する試験結果の記載がないことは ,前記イ−1で述べたとおりである。
してみれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)
を備えることが実証された化合物が具体的に全く記載されておらず,当業者は,どのような化
合物であれば,かかる最低限の特性を備えているのか理解できず,どの程度の化学的不活性,
不燃性,安全性(毒性上)を備えれば,本件発明の清浄化剤として使用可能なのか記載されて
いないものであって,本件発明に使用可能な清浄化剤を選択することができないから,当業者
が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されている
とすることはできず,本件明細書は特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないも
のである。
(4) 無効理由イ−4について
請求人は,本件発明1∼9に顕著な効果を認めるとすれば,本件明細書には,これを裏付け
る記載が必要であるところ,そのような裏付けとなる記載がなされていないから,本件明細書
は,サポート要件(特許法第36条第5項第1号)を満たしておらず,また,エーテル結合の
両側にハロゲンが存在するフッ素エーテルは,従来技術と比較して,顕著な清浄化性能を有し
ないものであり,本件発明が係る効果を奏しない部分を含むという不備を有するものであり,
本件明細書は,サポート要件(特許法第36条第5項第1号)並びに実施可能要件(特許法第
36条第4項)を満たしていない旨主張し,被請求人は,本件発明の効果を裏付ける記載は,
本件明細書に存在するので,特許法第36条第5項第1号に規定する要件(サポート要件)を
満たしており,エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテルは,エーテル結
合の両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルと比べて優れた洗浄能力を有することを述べ
たにすぎず,いずれも清浄化能力を発揮するとともに,さらにフロン代替物として使用するた
めに有用な化学的安定性,不燃性,無毒性,オゾン層破壊防止,蒸気消失の抑制等の効果を発
揮することは,明らかであるから,本件明細書は実施可能要件(特許法第36条第4項)を満
たしている旨主張している。
しかしながら,本件明細書には,低分子量のフッ素化エーテルにおいて ,「塩素原子を含ま
ない」こと及び沸点範囲を「54.5℃∼120℃」とすることを課題の解決手段とすること
は記載されておらず,本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当するフッ素化
エーテルについては,具体的な洗浄性能等の記載はなく,イオン系融剤残渣の除去割合を含む
清浄性,化学的不活性,不燃性及び安全性(毒性上)に関する試験結果の記載,すなわち,本
件発明の効果についての記載がないことは上記無効理由イ−1∼イ−3で述べたとおりであ
り,これは,エーテル結合の片側にハロゲンが存在しないフッ素化エーテル,エーテル結合の
両側にハロゲンが存在するフッ素化エーテルに関わりなく,記載のないものである。
したがって,本件発明1及びこれを直接的又は間接的に引用する本件発明2∼9については ,
本件明細書にそれらの発明の効果を裏付ける記載がなく,それらの発明に顕著な効果は認めら
れないから,本件発明1∼9について特許法第36条第5項第1号所定の,明細書のサポート
要件に適合するということはできず,また,本件明細書は特許法第36条第4項に規定する要
件を満たしていないものである。
(5) まとめ
したがって,本件請求項1及びこれを直接的又は間接的に引用する請求項2∼9の記載は特
許法第36条第5項第1号及び第2号(判決注・審決は,請求項1∼9の記載が同項2号に規
定する要件を満たすか否かについては判断をしていないから ,「及び第2号」の部分は誤記で
あるものと認められる。)に規定する要件を満たしておらず,また本件明細書の発明の詳細な
説明の記載も特許法第36条第4項の規定を満たしていない。
第3 原告の主張の要点
1 取消事由1( サポート要件」についての判断の誤り)
「
(1) 審決は,本件明細書には ,「塩素原子を含むフッ素化エーテル(例1∼4)
又は低沸点のフッ素化エーテル(例5∼9)について具体的に回路板から融剤残渣
を清浄化し,イオン系融剤残渣の除去割合を測定した例が記載されている」こと,
「本件発明における特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物としては,
例10及び11にテトラフルオロエチルエチルエーテルが取り上げられて」いるこ
と,そして,当該エーテル化合物について ,「その沸点及び該エーテル化合物とメ
タノールとの共沸混合物の沸点,エタノールとの共沸混合物に1,1,2−トリク
ロロ−1,2,2−トリフルオロエタンを含有させた組成物の沸点が記載されてい
る」ことは認めながらも,例1∼9は「いずれも本件発明の実施例ではない」ので,
「本件発明1に記載されたフッ素化エーテル化合物を含有する溶剤組成物について,
化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)はもちろんのこと,イオン系融剤残渣の
除去割合を含む清浄性の記載もない 。」と結論付け,本件明細書はサポート要件を
満たさないと判断したが,この判断は誤りである。
(2) 本件明細書の段落【0013】に「 実施例】本発明を次の例により例示す
【
る。 と記載されているように ,
」 例1∼11は何れも, 普通に用いた溶剤よりもずっ
「
と安定である傾向があり,一般に分解に対する安定化を必要としないもの 」(段落
【0011】)であって,「既知の清浄化方法の何れかで用いた溶剤類の代りに代替
品として使用できしかも該エーテル(判決注・ 本件発明の)フッ素含有エーテル)
(
が代替する溶剤よりもアルミニウムに対してずっと安定であるという利点を有し得
る」(段落【0012 】 ,
) 「該エーテルを使用して既知の清浄化方法で用いた溶剤
類の一部の代りに代用でき 」(同)る溶剤組成物およびそれを用いた清浄化方法の
「代表的な例」として記載されているものである。
そして,例10及び11に先立って記載されている例1∼4 塩素原子を含むフッ
(
素化エーテル)や例5∼9(低沸点のフッ素化エーテル)には ,「具体的に回路板
から融剤残渣を清浄化し,イオン系融剤残渣の除去割合を測定した例が記載されて」
おり,例10及び11はいずれも,これら例1∼9に具体的に記載されているもの
と同様の効果(回路板からの融剤残渣の清浄化,イオン系融剤残渣の除去割合)が
得られる「特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物」の代表的な例とし
ての「テトラフルオロエチルエチルエーテル」を記載したものである。
加えて,当該「特定の低沸点のフッ素化エーテル」がオゾン層破壊の原因である
「塩素原子」を含まない「低分子のフッ素化エーテルの溶剤組成物」であることか
ら,例10及び11には,オゾン層破壊防止効果(フロン代替物)という効果をも
奏する溶剤組成物の 代表的な例」
「 が記載されているということができるのである 。
つまり,例10及び11には ,「特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化
合物」の代表的な実施例として「テトラフルオロエチルエチルエーテル」が記載さ
れており,当該実施例に記載された溶剤組成物が奏する効果として,例1∼9に具
体的に記載されているものと同様の「回路板からの融剤残渣の清浄化,イオン系融
剤残渣の除去割合」が得られる,フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果とい
う「所望の効果(性能)」が記載されているのである。
(3) これらによれば,本件明細書は,本件発明1についてサポート要件を満たし
ているというべきであり,審決の判断は誤りである。
そして,「本件発明2∼9についても特許法第36条第5項第1号所定の,明細
書のサポート要件に適合するということはできないものである 。」との審決の判断
の理由は,「本件発明2∼9は,いずれも直接的又は間接的に請求項1を引用する
ものであるから 」,請求項1の記載が「特許法第36条第5項第1号所定の,明細
書のサポート要件に適合するということはできないものである以上・・・」という
ものであるから,本件発明1についての審決の判断が誤りである以上,本件発明2
∼9についての審決の判断も誤りである。
2 取消事由2( 実施可能要件」についての判断の誤り)
「
(1) 審決は ,「本件明細書には,例10及び11に本件発明における特定の低沸
点のフッ素化エーテルに該当する化合物であるテトラフルオロエチルエチルエーテ
ル及びその共沸混合物の沸点が記載されているだけであ」り,「本件明細書の発明
の詳細な説明には,化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)を備えることが実証
された化合物が具体的に全く記載されておらず,当業者は,どのような化合物であ
れば,かかる最低限の特性を備えているのか理解できず,どの程度の化学的不活性,
不燃性,安全性(毒性上)を備えれば,本件発明の清浄化剤として使用可能なのか
記載されていないものであって,本件発明に使用可能な清浄化剤を選択することが
できない」と判断したが,この判断は誤りである。
(2) 取消事由1において主張したとおり,本件明細書には,「本発明で使用した
フッ素含有エーテルは普通に用いた溶剤よりもずっと安定である傾向があり,一般
に分解に対する安定化を必要としないものである。 (段落【0011 】 ,
」 ) 「フッ素
含有エーテルは既知の清浄化方法の何れかで用いた溶剤類の代りに代替品として使
用できしかも該エーテルが代替する溶剤よりもアルミニウムに対してずっと安定で
あるという利点を有し得る。該エーテルを使用して既知の清浄化方法で用いた溶剤
類の一部の代りに代用できる。(段落【0012 】
」 )と記載されている。
そして,発明の詳細な説明に記載されている溶剤組成物は何れも,少なくとも従
来技術のものが備えている程度の「化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)」の
特性を備えるものであって,例10及び11に記載の溶剤組成物も上記特性を備え
るものである。
つまり,本件明細書には,本件発明に係る「54.5℃∼120℃の範囲の沸点
を有し且つ少なくとも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ
塩素原子を含まない低分子量のフッ素化エーテルの溶剤組成物」が,溶剤組成物と
して必要な「化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)」の特性を備えるものとし
て記載されているのであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が実施をす
ることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。
(3) したがって ,「例10及び11に本件発明における特定の低沸点のフッ素化
エーテルに該当する化合物であるテトラフルオロエチルエチルエーテル及びその共
沸混合物の沸点が記載されているだけ」であることを理由に「本件発明に使用可能
な清浄化剤を選択することができない」と結論付ける審決の認定・判断は,誤りで
ある。
第4 被告の主張の要点
1 取消事由1( サポート要件」についての判断の誤り)に対して
「
(1) 原告は,本件明細書中の段落【0011】【0012】の記載及び例1∼9
,
の記載並びに塩素原子がオゾン層破壊原因の一つであるという公知事実を参酌すれ
ば,本件明細書はサポート要件を満たしており,審決の判断は誤りである旨主張す
るが,失当である。
(2) 本件明細書中の記載
ア 段落【0011】【0012】の記載
,
本件明細書における段落【0011】【0012】の記載は,本件特許の出願当
,
初明細書 乙第5号証)
( に記載された発明における塩素原子を含有するフッ素化エー
テルをも含む「約20℃∼約120℃の範囲の沸点を有する低分子量フッ素含有
エーテル」に関する説明であって,本件特許発明における「特定の低沸点のフッ素
化エーテル」に関する説明ではないから,これらの記載が本件発明特有の効果を説
明するものであるということはできない。
また,仮にこれらの記載が,特に,本件発明における「特定の低沸点のフッ素化
エーテル」を対象として記載されたものであるとしても,組成物の発明やその組成
物を使用する発明においては,その効果の予測が困難であり,このように効果の予
測が困難な分野では,発明の詳細な説明に単に記載されているというだけでは,当
該記載通りの効果が得られると当業者において認識できないから,発明の構成と効
果との対応関係については,単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたもので
あることを明らかにしなければならないというべきである。
さらに,「例10及び11」以外の本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体を
見ても,フッ素化エーテルが「不燃性,無毒性」を有することを示す記載は存在し
ないから,当業者において,本件発明の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」がフ
ロン代替に求められる 不燃性,
「 無毒性」を有すると認識することは不可能である。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載全体に基づいて,サポート要
件が満たされるということはできない。
イ 例1∼9の記載
原告は,本件明細書中の例10及び11は,いずれも例1∼9に具体的に記載さ
れているものと同様の効果(回路板からの融剤残渣の清浄化,イオン系融剤残渣の
除去割合)が得られる「テトラフルオロエチルエチルエーテル」を記載したもので
ある旨主張するが,一般に化合物が異なれば,清浄性などの特性は異なるから,こ
れらの試験結果から,沸点等が示されているにすぎない「テトラフルオロエチルエ
チルエーテル」についても,同様の効果が得られると予測することは困難である。
さらに,本件発明の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」は ,「テトラフルオロ
エチルエチルエーテル」に限定されるものではないから,該「特定の低沸点のフッ
素化エーテル」全体について,同様の効果が得られると予測することは一層困難で
あり,例1∼9の記載に基づいてサポート要件が満たされるということはできない 。
ウ 塩素原子に関する公知事実
そもそも ,公知事実のみに基づいて説明できるような事項は,技術水準に対して,
何ら貢献をするものではないから,これをもって本件発明特有の効果ということは
できないし,オゾン層破壊の観点だけで,「フロン代替物足り得る」ということは
できないのであり,フロン代替用途として種々の「求められる特性を具備している
ことを確認」した実験結果を示さなければ ,「フロン代替物足り得る」ということ
はできない。
(3) 上記(2)のとおり,本件発明の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」は,本
件明細書において,フロン代替用途として「求められる特性を具備していることを
確認」されていないばかりでなく,実際にかかる特性を具備していないものを含ん
でいる。
例えば,甲第12号証(旭硝子株式会社による実験報告書)に示されるように,
本件特許の請求項1に記載する要件を満たすフッ素化エーテルには,フラックス洗
浄や油脂洗浄の能力が,フロンと同等といえないばかりか,電子部品洗浄の実用に
は供し得ない低いレベルのものが含まれている。
また,例10 ,11で示されている「テトラフルオロエチルエチルエーテル 」は,
沸点が56℃であることから,本件明細書の段落【0010】に記載された「1,
1,2,2−テトラフルオロエチルエチルエーテル 」(別名:1・エトキシ−1,
1,2,2−テトラフルオロエタン)であると考えられるが,このフッ素化エーテ
ルは,乙第7号証(株式会社東京化学分析センターによる分析試験結果報告書)に
示されるように,−14℃に引火点を持つ可燃性の液体で,第一石油類に分類され
るものである。したがって,本件特許の請求項1に記載する要件を満たすフッ素化
エーテルには,明らかに可燃性のものが含まれている。なお,例10ではこのフッ
素化エーテルとメタノールとの共沸物が使用されているが,共沸物を構成するフッ
素化エーテルとメタノールの両方が可燃性である以上,共沸物が可燃性であること
に変わりはない。
さらに,例10,11の各共沸物の沸点は,それぞれ48.6℃,46.3℃で
あって,本件発明1の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」の沸点54.5℃∼1
20℃よりも低い。してみれば,これらの共沸物は,原告が最終意見書において主
張した「沸点54.5℃以上」によって得られる「蒸気消失の抑制」の効果(乙第
6号証第11頁第3行∼第12頁第5行)を奏さないものであるほか,例11の共
沸物は,典型的な従来のフロンである1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリ
フルオロエタンを含むものであり,これは「オゾン層破壊防止」の効果を奏さない
ものである。
(4) 以上のとおり,本件明細書には本件発明1が所望の効果を奏することを当業
者が認識できる程度の記載はないから,本件発明1は本件明細書の発明の詳細な説
明に記載したものであるということはできず,同様の理由により,本件発明2∼9
も本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものということはできないから,本件
明細書がサポート要件を満たさないとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は
理由がない。
2 取消事由2( 実施可能要件」についての判断の誤り)に対して
「
(1) 原告は,本件明細書の「 本発明で使用した)フッ素含有エーテルは・・・
(
既知の清浄化方法の何れかで用いた溶剤類の代りに代替品として使用でき・・・。
該エーテルを使用して既知の清浄化方法で用いた溶剤類の一部の代りに代用でき
る。 (段落【0012】
」 )等の記載を挙げて,発明の詳細な説明に記載されている
溶剤組成物は何れも,少なくとも従来技術のものが備えている程度の「化学的不活
性,不燃性,安全性(毒性上)」の特性を備えるものであり,例10及び11に記
載の溶剤組成物も上記特性を備えるものであるとか,本件明細書には,本件発明に
係るフッ素化エーテルの溶剤組成物が,溶剤組成物として必要な「化学的不活性,
不燃性,安全性(毒性上)」の特性を備えるものとして記載されているのであり,
本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が実施をすることができる程度に明確か
つ十分に記載されているなどと主張するが,失当である。
「既知の清浄化方法で用いた溶剤類」,すなわちフロンを用いた溶剤に「代替で
きる」ということは,フロンを用いた溶剤と同程度の「化学的不活性,不燃性,安
全性(毒性上)」の特性を備えることを当然に意味するものではない。そして,本
件明細書には,本件発明の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」が,フロンと同程
度の「化学的不活性,不燃性,安全性(毒性上 )」の特性を備えていることは記載
されていないばかりか,本件発明の「特定の低沸点のフッ素化エーテル」には, 化
「
学的不活性,不燃性,安全性(毒性上)」の特性を備えていないものも含まれてい
る。
したがって, 特定の低沸点のフッ素化エーテル」
「 の選択基準は不明なままであっ
て,当業者は自ら実験をして選択をしなければならないから,過度の試行錯誤を要
求されることになる。
(2) 以上のとおり,原告の主張は失当であり,審決の判断に誤りはないから,取
消事由2は理由がない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1( サポート要件」についての判断の誤り)について
「
(1) 原告は,本件明細書の例10及び11には,「特定の低沸点のフッ素化エー
テルに該当する化合物」の代表的な実施例として テトラフルオロエチルエチルエー
「
テル」が記載されており,当該実施例に記載された溶剤組成物が奏する効果として,
例1∼9に具体的に記載されているものと同様の 回路板からの融剤残渣の清浄化 ,
「
イオン系融剤残渣の除去割合」が得られる,フロン代替物としてのオゾン層破壊防
止効果という「所望の効果(性能)」が記載されているから,本件発明1がサポー
ト要件を満たさないとした審決の判断は誤りである旨主張する。
また,原告は,本件発明1と同様の理由によって本件発明2∼9についてもサポー
ト要件を満たさないとする審決の判断は前提を誤っている旨主張する。
(2) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載さ
れた発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載によ
り当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,ま
た,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時(本件では優先権主張日)の技術常
識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを
検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒
絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成1
5年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請
求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消
訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部平成17
年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)24∼25頁参照)。
そこで,本件発明1が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説
明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであ
るということができるかどうかが問題となる。
(3) 発明の詳細な説明の記載
本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,次の記載がある。
ア 「 0001 】
【 【産業上の利用分野】本発明は,溶剤又は溶剤蒸気を使用して,電子部
品及び印刷回路板の如き汚染された物品を清浄化する,溶剤での清浄化(クリーニング)方法
しかもより詳しく言えば溶剤での清浄化方法での溶剤として低分子量エーテルの使用に関す
る。」
イ 「 0002】
【 【従来の技術及び問題点】・・・
【0003】既知の普通の溶剤清浄化方法においてはしかも特に溶剤を上昇した温度で使用し
た清浄化方法においては,溶剤蒸気が清浄化系から雰囲気中に消失する傾向がある。別量の溶
剤消失は溶剤を清浄化プラントに装填し且つこれを取出すのに生起してしまい且つ使用した溶
剤を蒸留により回収するのに生起してしまう。例えばプラントの設計及び蒸気の回収系を改良
することにより雰囲気中への溶剤の消失を最小とするのに注意を通常払うけれども,消失を全
て防止する経費は法外な程に多大でありしかも最も実用的な清浄化方法によって雰囲気中へ溶
剤蒸気が若干消失する。
【0004】最近まで,普通の清浄化溶剤を使用することは,該溶剤が環境への影響上良好で
あると考えられる安定で低毒性の不燃性物質である点で安全に実施されると考えられていた。
然しながら最近の徴候が示唆する所によれば普通の溶剤の少なくとも若干は成層圏言わゆるオ
ゾン層に長期の悪影響を及ぼしてしまうので代替溶剤が望ましいことが見られる 。」
ウ 「 0005 】
【 【問題点を解決するための手段,作用及び効果】本発明によると,清浄
化すべき電子部品または印刷回路板を,54.5℃∼120℃の範囲の沸点を有し且つ少なく
とも3個の炭素原子と1個又はそれ以上の水素原子とを有しかつ塩素原子を含まない低分子量
のフッ素化エーテルの溶剤組成物の液体に浸漬して清浄化し,該溶剤組成物を含む浴槽の上部
に冷却コイルを備えることからなる物品の溶剤清浄化方法が提供される。
【0006】低分子量のフッ素化エーテル即ちフッ素含有エーテルは54.5℃∼120℃の
範囲の沸点,好ましくは,54.5℃∼85℃の範囲の沸点を有するのでこれを慣用の浴槽の
上部に冷却コイルを備える且つ現存する清浄化装置に使用できる。何れかの特定の清浄化方法
については,エーテルはこれが代替している溶剤の沸点に近い沸点を有するように選択でき
る。」
エ 「 0011】本発明で使用したフッ素含有エーテルは普通に用いた溶剤よりもずっと
【
安定である傾向があり,一般に分解に対する安定化を必要としないものである。然しながら,
所望ならば安定剤を使用でき又は必要ならば特に厄介な清浄化方法に使用でき,普通の溶剤で
用いた安定剤特にニトロアルカン類及びエポキシド類を使用できる。
【0012】フッ素含有エーテルは既知の清浄化方法の何れかで用いた溶剤類の代りに代替品
として使用できしかも該エーテルが代替する溶剤よりもアルミニウムに対してずっと安定であ
るという利点を有し得る。該エーテルを使用して既知の清浄化方法で用いた溶剤類の一部の代
りに代用できる。」
オ 「 0013】
【 【実施例】本発明を次の例により例示する。
【0014】例1
本例は銅被覆回路板から融剤残渣を清浄化するのに2−クロロ−1,1,2−トリフルオロ
エチルメチルエーテルの使用を例証する。・・・
【0017】・・・イオン系融剤残渣の61%が供試板から除去された。
【0018】・・・大体120℃で蒸気圧のわずかな増大が認められたがこの温度で溶剤分解
の徴候は眼で見られなかった。
【0019】溶剤として1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンを用いる
比較試験では,イオン系融剤残渣の45%が除去された。
【0020】例2∼3
これらの例は銅被覆した印刷回路板から融剤残渣を清浄化するのに2−クロロ−1,1,2
−トリフルオロエチルメチルエーテルとメタノールとの混合物を使用することを例証する。
【0021】例2においては ,
・・・
【0022】・・・イオン系残渣の66.9%が除去された。
【0023】例3においては ,
・・・イオン系残渣の65.1%が除去された。
【0024】例4
本例はアルミニウムの存在下での2−クロロ−1,1,2−トリフルオロエチルメチルエー
テルの安定性を例証する。・・・
【0026】この安定性試験では,液相中に塩素イオン又はフッ素イオンの増大は認められな
かったし,試験後の溶剤のGC(ガスクロマトグラフィー)コン跡は変化を示さなかった。ア
ルミニウム金属試験片の有意な程大きな重量変化はなく,試験片は腐食の徴候を有さずに清浄
で輝いたまゝ安定性試験から取出した。
【0027】得られた結果が証明する所によれば,エーテルはアルミニウムの存在下でも高い
安定性を有し且つアルミニウムの清浄化方法で使用するのに適当である。エーテルを用いて金
属を清浄化する時に安定剤を添加してエーテル中に酸度が生成されるのを阻止できる。
【0028】例5
本例は銅被覆した回路板から融剤残渣を清浄化するのにテトラフルオロエチルメチルエーテ
ルの使用を例証する。
【0029】沸点33∼35℃(630mmHg)及び密度(25℃)1.28g/mlのテ
トラフルオロエチルメチルエーテルを使用して例1に記載の如く銅被覆回路板から融剤残渣を
清浄化した。イオン系融剤残渣の62%が除去された。
【0030】例6∼8
これらの例は本発明の方法で使用するのに適当な或る共沸混合物を例証する。
【0031】テトラフルオロエチルメチルエーテルはメタノールと共に共沸物を形成し,該共
沸物は4重量%のメタノールを含有し34.5℃の沸点を有する。
【0032】テトラフルオロエチルメチルエーテルは1,1,2−トリクロロ−1,2,2−
トリフルオロエタンと共沸物を形成し,該共沸物は39.5重量%のハロエタンを含有し約3
4.9℃の沸点を有する。
【0033】テトラフルオロエチルメチルエーテルは1,1,2−トリクロロ−1,2,2−
トリフルオロエタン及びメタノールと共に三元共沸物を形成し,該共沸物は41重量%のハロ
エタンと3重量%のメタノールとを含有し約34.5℃の沸点を有する。
【0034】例9
本例は本発明の方法に三元共沸混合物の使用を例証する。
【0035】例8で製造したテトラフルオロエチルメチルエーテルと1,1,2−トリクロロ
−1,2,2−トリフルオロエタンとメタノールとの三元共沸混合物を使用して,例1に記載
した方法により回路板からハンダの融剤残渣を除去した。イオン系融剤残渣の48.2%が除
去された。」
カ 「 0036】例10∼11
【
本例は本発明の方法に使用するのに別の共沸混合物を例証する。
【0037】沸点56℃,密度1.21g/mlのテトラフルオロエチルエチルエーテルはメ
タノールと共沸物を形成し,該共沸物は10.6重量%のメタノールを含有し48.6℃の沸
点を有する。
【0038】該テトラフルオロエチルエチルエーテルはエタノールと共沸物を形成し,該共沸
物は38.5重量%の1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンを含有し4
6.3℃の沸点を有する。」
(4) 上記(3)の各記載及び弁論の全趣旨によれば,本件明細書の発明の詳細な説
明の欄の記載について,次のようにいうことができる。
ア 本件発明は,電子部品又は印刷回路板のような汚染物品の清浄化に使用する
溶剤としての低分子量エーテルの使用に関する発明である(上記(3)ア)。
イ このような溶剤には,環境への影響上良好であり,安定性があり,低毒性で
あり,不燃性であるなどの性質が求められている。しかるところ,普通の清浄化方
法では,使用する溶剤が雰囲気中へ消失すること,すなわち大気中に残存すること
を完全に防止することはできないが,最近 ,「普通の溶剤」はオゾン層に長期の悪
影響を及ぼしてしまうことがわかり,代替溶剤が望まれている(上記(3)イ)。
ウ 本件発明1に係る物品の清浄化方法において使用される溶剤であるフッ素化
エーテルは ,「普通の溶剤」よりも安定性があり,従来の「普通の溶剤」類の代替
品として使用することができるところ,代替する「普通の溶剤」よりもアルミニウ
ムに対して安定的であるという利点がある(上記(3)ウ,エ)。
エ フッ素化エーテルを溶剤組成物として用いた例が例1∼11に示されている
が,例1∼4は,塩素原子を含むフッ素化エーテルである2−クロロ−1,1,2
−トリフルオロエチルメチルエーテル又はこれとメタノールとの混合物を用いた例
であり,例5∼9は,沸点33∼35℃(630mmHg)のフッ素化エーテルで
あるテトラフルオロエチルメチルエーテル又はテトラフルオロエチルメチルエーテ
ルとメタノールとの共沸混合物(沸点34.5℃),テトラフルオロエチルメチル
エーテルと1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンとの共沸混
合物(沸点34.9℃)若しくはテトラフルオロエチルメチルエーテルと1,1,
2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンとメタノールとの三元共沸混合
物(沸点34.5℃)を用いた例であって,これら例1∼9は本件発明1のフッ素
化エーテルの構成を備えていない(上記(3)オ。なお,630mmHgの圧力の下
で沸点33∼35℃であるテトラフルオロエチルメチルエーテルの沸点が,1気圧
(760mmHg)の下で54.5℃∼120℃となることが,本件特許出願に係
る優先権主張日当時の当業者の技術常識上明らかであると認めることはできな
い。。
)
オ 例1∼4については,清浄化試験の結果として,良好なイオン系融剤残渣の
除去率が示され(例1∼3 ),また,アルミニウムの存在下における安定化試験の
結果として,安定性が高いことが記載されている(例4)。例5∼9については,
清浄化試験の結果として,沸点33∼35℃(630mmHg)のフッ素化エーテ
ルであるテトラフルオロエチルメチルエーテルを用いたものについては良好なイオ
ン系融剤残渣の除去率が示され(例5),上記三元共沸混合物についてはやや良好
なイオン系融剤残渣の除去率が示されている(例9)
(上記(3)オ)。
カ 例10は,沸点56℃のフッ素化エーテルであるテトラフルオロエチルエチ
ルエーテルとメタノールとの共沸混合物(沸点48.6℃)を用いた例,例11は,
上記テトラフルオロエチルエチルエーテルとエタノールとの共沸混合物 沸点46.
(
3℃)を用いた例であるが,これら例10,11については,清浄化試験や安定性
試験の結果が記載されていない(上記(3)カ )。
(5) ところで,弁論の全趣旨によると,本件明細書において,従来例に係る「普
通の溶剤」として念頭に置かれているものはフロンであること,すなわち,本件発
明は,オゾン層破壊の原因物質であることが判明したフロンに代わる新たな溶剤 フ
(
ロン代替品)を用いた物品の溶剤清浄化方法の発明であることが認められるところ ,
甲第10号証 1989年 平成元年)
( ( 12月20日株式会社工業調査会発行の 代
「
替フロンの探索 環境保護と実用化への道」43∼44頁)によると,フロン代替
品については,オゾン破壊能力が小さく,かつ温室効果が小さいものである必要が
あるため,比較的安定しており,塩素の含量が少ないことが求められるほか,従来
のフロンの使用状況は開放的な場合が多いことから無毒か低毒性である必要があ
り,引火点以下の範囲での使用が望ましいことから可能な限り不燃性であることも
求められることが認められる。
このようなフロン代替品に求められる性質を踏まえ,上記(4)で認定した本件明
細書の発明の詳細な説明の記載内容を見ると,本件発明1の物品清浄化方法におけ
る溶剤であるフッ素化エーテルは,フロン代替品として共通に求められる性質(オ
ゾン層に長期の悪影響を及ぼさないという点を含めて環境への影響上良好であり,
安定性があり,低毒性であり,不燃性であるという性質)を満たすことを前提とし
て,清浄化機能に優れ,特にアルミニウムに対して安定的である点に特徴があるも
のであるということができる。このことは,上記(3)オのとおり,本件明細書の発
明の詳細な説明中,実施例の記載において,清浄化試験及びアルミニウム存在下に
おける安定性試験を行っていることとも整合するものである。
そうすると,本件発明1がサポート要件を満たすというためには,本件発明1の
物品の溶剤清浄化方法による清浄化機能が従来の溶剤であるフロンを使用したもの
とおおむね同等か,それ以上のものであること,及び,アルミニウム存在下におい
て安定していることが,発明の詳細な説明に記載されている必要があるというべき
である(なお,原告は「フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果」が本件発明
の効果であるかのように主張するが,上記に説示したところに照らし,採用するこ
とはできない。。
)
しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載されている例
1∼11のうち,例1∼9は,上記(4)のエのとおり,使用されているフッ素化エー
テルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないものであり,また,例
10,11は ,これに使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エー
テルの構成を備えているものであるとしても,上記(4)のカのとおり,清浄化試験
及びアルミニウム存在下における安定性試験の結果がいずれも記載されていないの
であるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1の実施例に相当
する例の記載を欠いたものといわざるを得ない。そして,本件明細書の他の記載に
おいて,本件発明1が上記の作用効果を奏することについて具体的に触れた部分は
ない。
この点に関して,原告は,例10及び11に先立って記載されている例1∼4 塩
(
素原子を含むフッ素化エーテル)や例5∼9(低沸点のフッ素化エーテル)には,
「具体的に回路板から融剤残渣を清浄化し,イオン系融剤残渣の除去割合を測定し
た例が記載されて」おり,例10及び11はいずれも,これら例1∼9に具体的に
記載されているものと同様の効果(回路板からの融剤残渣の清浄化,イオン系融剤
残渣の除去割合)が得られる 特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物」
「
の代表的な例としての「テトラフルオロエチルエチルエーテル」を記載したもので
あると主張するが,本件明細書中に原告主張のように理解する根拠となるような記
載は認められず,そうであれば,当業者が明細書の記載を理解する上において,本
件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないフッ素化エーテルを使用した場
合の作用効果についての記載が,本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えた
フッ素化エーテルを使用した場合についても当然に及ぶものと認識するようなこと
は,期待すべくもないといわざるを得ない。このことは,異議時訂正の経過を参酌
してもなお同様である。
したがって,原告の主張を採用することはできず,本件発明1に係る物品清浄化
方法は,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,その課題を解決す
ることができると認識できる範囲に含まれているということはできないというべき
であり,本件発明1がサポート要件を満たしているということはできない。
(6) 本件発明2∼9は本件発明1を直接又は間接に引用するものであり,本件発
明1に係る溶剤組成物を必須の構成要件とするものであるから,本件発明1と同様
の理由により,サポート要件を満たしているということはできない。
2 結論
以上のとおり,本件発明がサポート要件を満たしているということはできないと
した審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がないから,その余の点について
判断するまでもなく,本訴請求は理由がないというべきである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
石 原 直 樹
裁判官
榎 戸 道 也
裁判官
杜 下 弘 記
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