平成19(行ケ)10236審決取消請求事件
判決文PDF
▶ 最新の判決一覧に戻る
裁判所 |
請求棄却 知的財産高等裁判所
|
裁判年月日 |
平成20年2月29日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告特許庁長官 原告ティロッツ・ファルマ・(TillottsPharmaAktiengesellschaft)
|
対象物 |
オメガ−3ポリ不飽和酸の経口投与剤(補正後) |
法令 |
特許権
特許法36条6項1号5回
|
キーワード |
実施35回 審決17回 優先権1回 進歩性1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事件の概要 |
本件は,発明の名称を「オメガ−3ポリ不飽和酸の経口投与剤 (補正後)」
とする後記特許の出願人である原告が,拒絶査定を受けたので,これに対する
不服の審判請求をしたところ,特許庁が同請求不成立の審決をしたことから,
その取消しを求めた事案である。 |
▶ 前の判決 ▶ 次の判決 ▶ 特許権に関する裁判例
本サービスは判決文を自動処理して掲載しており、完全な正確性を保証するものではありません。正式な情報は裁判所公表の判決文(本ページ右上の[判決文PDF])を必ずご確認ください。
判決文
判決言渡 平成20年2月29日
平成19年(行ケ)第10236号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成20年2月25日
判 決
原 告 ティロッツ・ファルマ・
アクチエンゲゼルシャフト
(Tillotts Pharma Aktiengesellschaft)
訴訟代理人弁理士 岡 本 昭 二
被 告 特 許 庁 長 官
肥 塚 雅 博
指 定 代 理 人 塚 中 哲 雄
同 穴 吹 智 子
同 徳 永 英 男
同 内 山 進
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
特許庁が不服2004−18296号事件について平成19年2月6日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,発明の名称を「オメガ−3ポリ不飽和酸の経口投与剤」(補正後)
とする後記特許の出願人である原告が,拒絶査定を受けたので,これに対する
不服の審判請求をしたところ,特許庁が同請求不成立の審決をしたことから,
その取消しを求めた事案である。
争点は,本願の特許請求の範囲の記載が,明細書の発明の詳細な説明に記載
されているかどうか(特許法36条6項1号,いわゆるサポート要件 ),であ
る。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,1995年(平成7年)5月15日の優先権(英国)を主張して,
1996年(平成8年)5月13日,名称を「オメガ−3ポリ不飽和酸の経
口投与剤を用いた炎症性腸疾患の治療方法」とする発明について,国際出願
(PCT/EP96/02038,特願平8−534539号)をし(以下
「本願」という ),平成9年11月14日日本国特許庁に翻訳文を提出(国
内公表は平成11年8月24日。特表平11−509523号,甲13)し
たが,平成16年5月31日拒絶査定を受けたので ,不服の審判請求をした 。
特許庁は同請求を不服2004−18296号事件として審理し,その手
続きの中で原告は,平成16年10月4日付けで特許請求の範囲を変更する
補正(第1次補正,甲10)を,平成18年9月5日付けで明細書全文を変
更する補正(第2次補正,発明の名称を「オメガ−3ポリ不飽和酸の経口投
与剤」とするとともに請求項の数を6とした。以下「本件補正」という。甲
4)したが,特許庁は,平成19年2月6日 ,「本件審判の請求は,成り立
たない 。 との審決をし,その謄本は平成19年3月5日原告に送達された。
」
なお,出訴期間として90日が附加された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項の数は上記のとおり6であるが,そのうち請求項1は,
下記のとおりである(以下この発明を「本願発明」という。。
)
記
【請求項1】有効成分としてオメガ3−ポリ不飽和酸を遊離酸として又は薬
学的に許容可能なその塩として含有する経口製剤において,カプセルのコ
ーティングが,pH依存性態様ではなく時間依存性態様で溶解する中性の
ポリアクリル酸エステルから成り而もpH5.5において30乃至60分
間溶解することがなく,かくして前記酸が,回腸内において放出されるこ
とになることを特徴とする経口製剤。
(3) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本願発明は,明細書の発明の詳細な説明に記載した発
明ということはできないから,特許法36条6項1号の規定を満たしていな
い,というものである。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,本願発明が本願明細書の発明の詳細な説明に記載されてい
ないとして特許法36条6項1号違反をいう審決は,以下に述べる次第によ
り誤りであるから,違法として取り消されるべきである。
ア 審決は,本願明細書 甲4) 「…実施例2は, 魚油濃縮液("Purepa")』
( の 『
と『プラセボ(ミグリオール(Miglyol(R))812)』とを同一のカプセルを
用いて比較した試験であって,カプセルの崩壊時間が異なるものを用いて
比較した試験ではないから,実施例2の結果から該酸が回腸で放出された
ものと推認することはできない。(4頁24行∼28行)として,本願発
」
明は,明細書の発明の詳細な説明に記載した発明であるということはでき
ないとした。
しかし,上記認定は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載内容及び本
願出願時における当業者の通常の知識の認識を誤ったものである。
イ すなわち,本願明細書(甲4)には,クローン病に罹患している患者の
グループにおける,魚油由来の遊離脂肪酸混合物( Purepa」
「 )に抵抗性の
ある患者を研究したAらによって発表された研究につき,論文名を記載し
(A et al.,Dig.Dis.Sci.39(1994) 2589-2594),その要約を盛り込んで
いる(段落【0011】∼【0018】。そうすると当業者は,本願明細
)
書の検討において,上記Aの研究論文(甲5)を考慮に入れるはずである
といえる。
Aの研究の結果(甲5,そこに記載の【表5】等)によれば,上部胃腸
管(胃−十二指腸)におけるPurepaの放出によって,おくび(げっぷ)及
び口臭などの不快な副作用を生じることが多く(例えば【表5】A群 ),
下部胃腸管(例えば,結腸)における放出によって,下痢を生じることが
多い(例えば同D群)ことが示唆されている。これに対しC群(甲5, 表
【
5】)の患者は,胃,十二指腸又は結腸における放出と通常関連する副作
用のいずれにも遭わなかったことが示されているから,当業者は,C群の
患者に投与されたPurepaカプセルが,相当の量のPurepaを空腸及び回腸に
おいて放出したと推測する。そうすると本願明細書に接した当業者は,本
願明細書の実施例2に示されたPurepaカプセルとAの研究においてC群の
患者に投与されたカプセルとの唯一の違いは,遅延性放出コーティング材
の違いにあることを両カプセルの説明から容易に理解し得る。
ウ このような観点からすると,審決が上記のように「実施例2は ,『魚油
濃縮液("Purepa")』と『プラセボ(ミグリオール(Miglyol(R))812)』と
を同一のカプセルを用いて比較した試験であって,カプセルの崩壊時間が
異なるものを用いて比較した試験ではない」としたのは,実施例2の評価
として妥当でないことが明らかである。
すなわち,本願明細書の実施例2の寛解状態のクローン病である38人
の患者は,12ヶ月間にわたって本願発明の遅延性放出のPurepaカプセル
を投与されたところ,本願明細書(甲4)にはPurepaが,小腸において該
カプセルから放出されることを開示している( 0030】。この結果は,
【 )
もとの38人の患者のうちわずか4人だけが,不快な副作用のために研究
から脱落した結果によって確かめられる( 0035】。その他の患者は,
【 )
この理由では研究から脱落しなかった。つまり,Aの研究の結果に基づい
て,当業者は,症例の大部分において少なくとも相当な量のPurepaが空腸
及び回腸において放出されたと判断し得る。その詳細は,下記エ,オのと
おりである。
これらの研究において,Purepaの一部は,胃,十二指腸又は結腸におい
て放出されたかも知れない。しかしながら,これらの領域において放出さ
れた量は不快な副作用を引き起こすのに十分な量ではないと考えられる。
エ Aの研究におけるC群の患者は,カプセルからPurepaを放出させるのを
60分間遅延させるトリメリット酸酢酸セルロース( CAT 」
「 )でコーテ
ィングされたPurepaカプセルを投与された(甲5訳文の4頁22行∼23
行,本願明細書〔甲4〕の段落【0014】。胃の通過時間は人によって
)
変化するので,当業者は,これらのカプセルが60分後に位置する場所を
正確には知り得ない。しかしながら,甲6( 投薬形態による小腸通過時
「
間」"Transit of pharmaceutical dosage forms through the small intestine" Davies
,
他,Gut, 1986,27,886−892)によれば,絶食患者において
カプセルが胃を通過する平均時間は約30分∼約2時間であり(甲6,図
1のT2,T3,T6)。Aの研究におけるC群の患者のように(甲5訳
文の5頁1行),胃に食物があれば胃の通過がさらに遅れる。このC群の
患者において,Purepaカプセルが60分後に幽門(胃と十二指腸の間に位
置する)を超えていたことはありえなかったであろうことはこれにより明
らかである。
A文献は,上記CATが,pH依存性の放出コーティング材であること
を示唆しており,当業者は,一旦,溶液のpHが,問題のコーティング材
のpH許容限界に達すると,このような材料は,水溶液に容易に溶解する
ことを認識し得る。そしてA文献は,CATに対するpH許容限界が5.
5であることを示唆している(甲5訳文の4頁22行∼23行)。この文
献はまた,十二指腸のpHが(Bらによって計測されたように)6.63
±0.5であることを示唆する(甲5訳文の9頁14行∼15行)
。
本願明細書においても,このpHにおいてCATで被覆処理したカプセ
ルが全て15分以内に崩壊すると述べている(甲4,段落【0016 】。
)
従って,当業者は,一旦Purepaカプセルが十二指腸に到達すると,コーテ
ィング材が急速に溶解することを理解し得る。
本願出願時における当業者は,一旦ゼラチンカプセルが腸液に触れると,
該カプセルは,数分で膨張し,破裂してその内容物を一斉に放出すること
を認識していることは,甲7の1( 薬剤賦形剤ハンドブック」 Handbook
「 ”
of Pharmaceutical Excipients”〔第2版1994年〕"Gelatin" 199ー20
1頁)から明らかである。甲7の1,199頁には「ゼラチンは冷水には
難溶であるが,ゼラチンカプセルは,胃液に触れると急速に膨張してその
内容物を放出する」とある。さらに甲8( 崩壊試験」"Disintegration Test",
「
1993年〔平成5年〕9月13日第2号)によれば,ハードゼラチンカ
プセルは,ほぼ体温(約37℃)の水(湯)につけられる。このときの湯
のpHは明記されていないが,胃液(低pH)ではより早く溶解するとあ
るので,中性(6.5∼7.5)であると推定される。腸液のpHは6.
5∼7.5であるので,前記崩壊試験における水(湯)は腸液とほぼ同じ
条件である。甲8は,ゼラチンカプセルが15分以内に崩壊すれば,ハー
ドゼラチンカプセルは合格であるとしている。このように短時間で崩壊す
るカプセルは,腸においてその内容物を一斉に放出する。
従って,一旦C群の患者によって取り込まれたPurepaカプセルの胃抵抗
性のコーティング材が溶解すると,わずか数分の間にカプセル自体が崩壊
してその内容物を放出する。カプセルが小腸を通過する平均時間は,約3.
5時間∼約4.5時間である(甲6,図2のT2,T3,T6)ことを考
慮すると,一旦保護コーティング材が溶解してしまえば,カプセルが小腸
に沿ってそう遠くまで移動しないうちに,カプセルの内容物が放出される。
従って,当業者は,カプセルが,小腸に入るとすぐ(例えば,回腸よりも
むしろ主に空腸で),急速かつ直ちにその内容物を放出する傾向にあるこ
とを理解する。
オ 本願明細書(甲4)の実施例2において開示されたカプセルは,オイト
ラギットNE30−D(Roehm Pharma GmbH によって製造されている,ア
クリル酸エチル及びメタクリル酸メチルのモノマーから成る中性のポリア
クリル酸エステル)でコーティングされており,時間依存性(pH依存性
ではない)の態様で該カプセルからPurepaを胃通過後に放出する。平成7
年(1995年)5月には,オイトラギットNE30Dは,水に不溶性で
あり,水と接触すると膨張すること及び徐放マトリックス用のマトリック
ス材料としての用途があることが知られていた(甲7の2)
。
本願明細書は,オイトラギットNE30Dが,遊離酸としてPUFA オ
(
メガ3−ポリ不飽和酸)を含むゼラチンカプセル用の時間依存性の(pH
依存性ではない)放出コーティング材として使用され得ることを明らかに
しており,当業者の通常の知識からすれば,このコーティング材が,一旦,
胃液および腸液と接触すると膨張して膨張層を形成し,徐々に消滅する前
にしばらくの間カプセルのまわりにそのまま残存することを理解できる。
当業者は,このような膨張がコーティング材の完全性を危うくし,これに
よって腸液がカプセルのゼラチンと接触するようになり,腸液によって,
ゼラチンが膨張することを理解する。しかし,一旦,ゼラチンカプセルの
完全性が危うくなり,Purepaがカプセルから漏れ出ると,膨張層は,Pure
paの急速な放出を防ぐ物理的な遮断物となる。Purepaが小腸に放出される
前にその遮断物を通過しなければならないからである。
従って,当業者は,本願発明のPurepaの放出が,Aの研究のC群の患者
に投与されたPurepaカプセルの場合のように急速に生起せず,徐放的態様
で生起することを理解する。放出が,その膨張層によってさらに遅延され,
そして回腸が空腸よりもかなり長いので,当業者は,Purepaが空腸よりも
回腸において多く放出され得ることを理解する。さらに,放出は,結腸の
開始部分までには大部分完了することも理解する。さもないと,下部胃腸
管の副作用がより多く観察されるはずだからである。
カ そうすると,当業者は,通常の一般的な知識とともに,A文献を含む本
願明細書の検討から実施例2のPurepaカプセルが回腸において相当の量の
内容物を放出したことを理解し得る。審決はこの点を見逃したものである。
キ 回腸におけるPurepaの徐放のさらなる証拠が,平成17年 2005年〕
〔
6月21日に特許庁に提出された物件提出書(ビデオクリップの提出,甲
9)において提供されている。この証拠は本願発明の優先日の後のもので
あるが,相当な量のカプセル内容物が回腸において放出されることについ
て原告の主張を明らかに裏付けるものである。
ク なお,本願明細書の実施例2のカプセルについて,「崩壊」の語を用い
ているのは今となれば適当ではなく,実際はコーティングの完全性が60
分以内に低下して,周囲の液体がコーティング内に侵入するのを許容し,
カプセルの殻と接触するようになる。その後,コーティングは膨張し,カ
プセルの内容物を微量滴ずつ回腸の全長にわたって放出するというのが真
相である。
ケ 本願は,日本及び諸外国で今までに広範囲の審査を経て来ており,本願
発明の組成物は,特許性を有すること,すなわち,引用文献にかんがみ,
新規で進歩性を有し,産業上利用可能であることを証明できたものと原告
は考えている。事実,対応外国出願はほとんどが既に特許されている(欧
州〔EP〕特許第0825858号,アメリカ〔US〕特許第59488
18号,カナダ〔CA〕特許第2221356号,中国〔CN〕特許第1
104237号,オーストラリア〔AU〕特許第5895596号,台湾
〔TW〕特許第397683号等。甲17)。原告は,特許可能な発明を
有しており,特許を受ける資格がある。
唯一の問題は,実施例中の用語において,些細と思われる不一致がある
ことである。もし,実施例2において,相当な量の該酸が「小腸」でなく,
「回腸 」(繰り返すが,小腸の約3/5を占める)で放出されると書いて
いたら,問題は起きなかったと考えられる。このような問題が発生したの
は,もちろん原告にも責められる点はあるが,被告が特許法の規定をあま
りにも杓子定規に適用したことが大きく関係している。そのような些細な
不一致を理由に,特許可能で社会に有益な発明の特許付与を否定するのは,
発明を保護奨励しようとする特許法の目的に反することであり,不当であ
る。
特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されていなければ
ならないと被告は指摘した。被告の見解によれば,実施例中において相当
な量の該酸が回腸において放出したと明記しなかったがために,出願全体
が拒絶されるべきであるとする。これは,あまりにも硬直な考えで不当で
ある。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
審決には,原告主張の誤りはない。
(1) 原告は,当業者であれば,実施例2と本願明細書(甲4)に概要が紹介
されているAの研究論文を検討し,本願発明の実施例2において,オメガ3
−ポリ不飽和酸が回腸で放出されることを確認できると主張する。
しかし,特許法36条6項1号は,特許を受けようとする発明が発明の詳
細な説明に記載したものであることを規定しているところ,本願発明におけ
るカプセル内のオメガ3−ポリ不飽和酸の回腸内における相当の量の放出は
本願明細書の発明の詳細な説明に記載された事項によって裏付けられること
が必要である。
Aの研究論文は,本願明細書中,従来技術として記載されているものであ
り,実施例2を理解するための資料として記載されるものではなく,Aの研
究論文を引用し,論文の記載事項と実施例を対比し,オメガ3−ポリ不飽和
酸が回腸で放出されることを確認できるとする主張は,明細書の記載の解釈
における技術常識の参酌の範疇を越えたものであり,そもそも認められるも
のではない。
(2) 加えて,原告は,本願発明の「前記酸が,回腸内において放出されるこ
とになること」が,本願明細書の記載である実施例2と甲5に記載された試
験例との比較検討により裏付けられると主張するところ,甲5を参酌しても
カプセル内のオメガ3−ポリ不飽和酸の相当の量が回腸内において放出され
ることが,本願明細書中に裏付けられているとはいえない。
ア まず,原告は,当業者であれば,Aの研究におけるC群のカプセルは,
小腸に入るとすぐ(例えば,回腸よりもむしろ主に空腸で),急速かつ直ち
にその内容物を放出する傾向にあることを理解すると主張するが,この主
張は単に,C群のカプセルの放出プロフィルについて述べるだけであり,
実施例2のカプセルがオメガ3−ポリ不飽和酸の相当の量が回腸で放出さ
れることを裏付けるものであるとの説明は何もない。
イ また原告は,当業者であれば,Purepaが空腸よりも回腸において多く放
出され得ること,さらに,放出は,結腸の開始部分までには大部分完了す
ることも理解すると主張するが,本願明細書の実施例2には,「…二種類
のカプセルは何れも,オイトラギットNE 30Dで被覆処理して,少な
くとも30分間は胃液及び腸液には溶解せずまたpH5.5において60
分以内に崩壊しかくして小腸内において魚油を放出せしめるようにした。」
と記載されている。(甲4【0030】)
この点につき,原告自身が,本願発明の ,「pH5.5において30乃
至60分間溶解することがなく」との記載は,単に,溶解試験を行ったp
Hを示すだけであり,pHに依存することなく,時間依存性態様で溶解す
ると説明していること(甲3〔特許庁審判長に対する平成18年9月5日
付け意見書〕の2頁∼3頁4.ご指摘の第2点について)に照らせば,実
施例2における ,「pH5.5において60分以内に崩壊し」は,強酸性
の胃からpHの5.5以上である十二指腸へ移行してからという意味では
なく,投与され胃液と接触してから60分という意味であると解される。
そして ,「60分以内に崩壊し」と記載されているのであるから,実施例
2のカプセルは,投与され胃液と接触してから60分以内に崩壊する。
そうすると,絶食患者において投薬されたカプセルの胃での滞留時間は,
30分から2時間であるが,食事とともに投与されると,さらに,胃の通
過が遅れること,また,投与されたカプセルが小腸を通過する平均時間は,
約3.5時間∼約4.5時間であることを勘案すれば,実施例2のカプセ
ルが,有効成分である魚油を小腸の後半部分である回腸で相当の量放出す
ると,当業者が本願明細書の記載から理解するとは認められない。
したがって,上記原告の主張は,本願明細書の記載と矛盾するものであ
り,誤りである。
(3) 原告はビデオクリップ(甲9)を証拠として提出するが,これは出願か
ら9年以上経過した,平成17年〔2005年〕6月21日に特許庁に提出
されたものであり,これにより本願明細書の記載不備を補うことはできない。
さらに,ビデオクリップに記録された映像は,EPANOVAカプセル剤の小腸
内での油状内容物の放出映像というが,EPANOVAカプセル剤は,本願明細書
の実施例2で使用された同書の実施例1に記載されたカプセル剤ではない
し,陳述証明書には,EPANOVAカプセル剤は本願発明の技術範囲に含まれる
と記載されているが,その妥当性を判断するのに必要なEPANOVAカプセル剤
の具体的な説明もなく,本願発明の製剤であるかどうかも不明である。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯 ),(2)(発明の内容 ),(3)(審決
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 本願は特許法36条6項1号の規定する要件を満たしているか
(1) 本願に適用される特許法36条(平成14年法律第24号による改正前
のもの。現行法も実質的な変更はない)は,その1項で「特許を受けようと
する者は,次に掲げる事項を記載した願書を特許庁長官に提出しなければな
らない」とし,その2項で「願書には,明細書,必要な図面及び要約書を添
付しなければならない」とし,その3項で「前項の明細書には,次に掲げる
事項を記載しなければならない」とした上,1号で「発明の名称」・2号で
「図面の簡単な説明」・3号で「発明の詳細な説明」・4号で「特許請求の範
囲」とし,その6項で「第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号
に適合するものでなければならない」とした上,1号は「特許を受けようと
する発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」としているところ,
前記のとおり,審決は,本願は特許法第36条6項1号の規定の要件を満た
していないから審査官が拒絶査定をしたのは相当である,としたものである。
これに対し出願人である原告は,本願は上記要件を具備していると主張する
ので,以下その主張の当否について判断する。
(2) 本願発明は,前記のとおり発明の名称を「オメガ−3ポリ不飽和酸の経
口投与剤」とし,特許請求の範囲の記載には ,「有効成分としてオメガ3−
ポリ不飽和酸を遊離酸として又は薬学的に許容可能なその塩として含有する
経口製剤において,カプセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時
間依存性態様で溶解する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH
5.5において30乃至60分間溶解することがなく,かくして前記酸が,
回腸内において放出されることになることを特徴とする経口製剤。」とある
ところ,本願明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,酸が回腸で放出され
るとの点については,以下の説明があるのみある。
「 発明が解決しようとする課題】
【
【0019】
驚くべきことに,ポリ不飽和脂肪酸の放出を回腸内で,特に回腸中央部
内で生起するように制御した場合に,吸収と副作用解消という最適の組み
合わせが得られることがここで見出されたのである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
即ち,本発明によって,有効成分としてオメガ3−ポリ不飽和酸を遊離
酸として又は薬学的に許容可能なその塩として含有する経口製剤におい
て,カプセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時間依存性態様
で溶解する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH5.5におい
て30乃至60分間溶解することがなく,かくして前記酸が,回腸内にお
いて放出されることになることを特徴とする経口製剤が提供されるのであ
る。…
【0024】
当該被覆コ−ティング膜は,該酸を回腸,好ましくは回腸中央部で放出
させるものでなくてはならない。通常は,当該被覆コ−ティング膜は,完
全に時間依存性のものであるが,時間依存性とpH依存性とを組み合わせ
て有するコ−ティング剤を使用することが出来る。当該被覆コ−ティング
は…オイトラギット(Eudragit)NE 30−D(Roehm Pharma GmbH)であ
る。」
(3) これに対し原告は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常
の知識を有する者)の本願出願当時の技術常識,Aの文献及び本願明細書 甲
(
4)の実施例2の記載(下記のとおり,そこには「小腸」との記載がある)
からすれば,本願明細書には本願発明の発明特定事項であるオメガ3−ポリ
不飽和酸が回腸で放出されることが記載されているといえるから,審決の認
定は誤りであると主張する。
ア ところで本願発明は,有効成分としてオメガ3−ポリ不飽和酸を遊離酸
として又は薬学的に許容可能なその塩として含有する経口製剤につき ,カ
「
プセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時間依存性態様で溶解
する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH5.5において30
乃至60分間溶解することがなく,かくして前記酸が,回腸内において放
出されることになる」ことを発明特定事項としている 。ここで,回腸とは,
小腸の一部をいうところ,消化管のうち胃と大腸との間をなす長さ6∼7
メートルの管状の器官が小腸であるが,その初部約25センチメートルを
十二指腸といい,その余の部分のうちの前半5分の2を空腸と,後半5分
の3を回腸という(南山堂「医学大辞典」第19版1160頁。甲20 )。
空腸と回腸との境界は明確ではないが,回腸粘膜には,小判型をした集合
リンパ小節(パイエル板)が肉眼でみられるが,空腸ではみられない(堺
章「目でみるからだのメカニズム」医学書院 1994年〔平成6年〕4
月1日第1版第2刷発行70頁。甲18)。
イ 一方,本願明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある
(下線は判決で付記)。
「 【0023】
…当該経口製剤は,被覆処理カプセル,特にソフトの,更にはハードの
ゼラチンカプセルであることが好ましいのである。
【0024】
当該被覆コーティング膜は,該酸を回腸,好ましくは回腸中央部で放出
させるものでなくてはならない。通常は,当該被覆コーティング膜は,完
全に時間依存性のものであるが,時間依存性とpH依存性とを組み合わせ
て有するコーティング剤を使用することが出来る。当該被覆コーティング
は,pH5.5において30ないし60分間は溶解しないものが適当であ
る。目下のところ好ましい被覆コーティングは,中性のポリアクリル酸エ
ステルであって,例えばポリアクリル酸エチル−メタアクリル酸メチル,
特に平均分子量がほぼ800,000であるオイトラギット(Eudragit)N
E 30−D(Roehm Pharma GmbH)である。…
【実施例2】
【0029】
二重盲検−プラセボコントロ−ル−無作為実験研究を,クロ−ン病活性
度指数(CDAI)に従って臨床上寛解状態のクロ−ン病であると確定診
断され且つ下記の基準を満たした患者78名に対して実施した:
(a)少なくとも3カ月間−但し2年以内−はCDAI<150であるこ
と;
(b)アルファ−1酸グリコプロテイン(>130mg/dl),赤血球沈
降速度(ESR)の内の少なくとも一種の数値が異常であること;
(c)(>40mm/h ),又はアルファ−2グロブリン(>0.9g/d
l);
(d)過去3カ月において5アミノサルチル酸エステル,スイファサラジン
若しくはコルチコステロイド類での治療又は過去6カ月において免疫抑制
療法による治療を受けていないこと;
(e)過去において1m以下の腸切除がないこと;及び
(f)年齢が18−75歳であること。
【0030】
患者は,盲検法により無作為に39名ずつの二群に分けて,500 mg
の魚油濃縮液(”Purepa”;表1を参照)を含有する腸溶性被覆処理した ,
ハードゼラチンカプセルを9錠,又は500 mg のプラセボ(ミグリオー
ル( Miglyol( R) 812)を含有する腸溶性被覆処理した,外観が同一であ
るカプセル9錠の何れかを服用せしめた。なお,この魚油濃縮液は40%
のEPAと60%のDHAを含有するものであった(判決注:表1では下
記のとおりDHAは19.9%とある)。二種類のカプセルは何れも,オ
イトラギットNE 30Dで被覆処理して,少なくとも30分間は胃液及
び腸液には溶解せずまたpH5.5において60分以内に崩壊しかくして
小腸内において魚油を放出せしめるようにした。この治療中において,患
者は他の如何なる医薬品も服用しなかった。これら二群の患者の臨床上の
特徴を表2に掲げる。
【0031】
【表1】カプセル内容物の組成
【0032】
【表2】
…
【0035】
魚油投与群においては,1人の患者が途中で中止(脱退)しまた4人の
患者が下痢が原因で脱落した。プラセボ投与群では,1人の患者が途中で
中止 外来へ来院しなくなった)
( また1人の患者が下痢が原因で脱落した。
下痢は,これら5つの症例( 奨励」は誤記)の全てにおいて治療開始後
「
最初の一カ月以内で生起し,また症状は毎日のカプセル飲用を減量しても
改善しなかった。この下痢は,カプセル内容物が腸の遠位部において放出
されたことに因るものであったかもしれない。このコ−ティングは,時間
依存性であるので(pH5.5において30−60分 ),通過時間が短い
場合,カプセルは腸内を更に移行しても変化することなく留まることにな
ろう。」
ウ そして原告は,本件補正と同日付けで特許庁に提出した平成18年9月
5日付け意見書(甲3)において,以下のとおり述べている。
「…特定の時間経過後にコーティングが分解する特定のpHの値を特定
することは,コーティングがその特定のpH値で分解したことを示す
にすぎません。この特徴は,単独では,コーティングが…時間依存性
であるがpH依存性ではない…のか,または…pH依存性である…の
かを示していません。…クレームは,コーティングが時間依存性であ
るがpH依存性ではない放出コーティング材料であることを必要とし
ます。…pH依存性放出コーティング材料であるいかなるコーティン
グ材料をも特別に排除しなければならないからです。(2頁下11行
」
∼末行)
「国際出願時のクレーム4は,コーティングの溶解の遅延は時間依存性
であるが,pH依存性ではないことを要件とします。国際出願時のク
レーム5は,コーティングがpH5.5において30ないし60分の
時間溶解しないことを要件とします。国際出願時のクレーム5は,国
際出願時のクレーム4のみに従属します。従って,出願時から,コー
ティングがpH5.5において30ないし60分の時間溶解しない場
合,コーティングの溶解の遅延は時間依存性であるが,pH依存性で
はありません。この特徴にはいかなる他の解釈の余地もありません。」
(3頁1行∼7行)
「国際出願時のクレーム5(および現在のクレーム1)にpH値が含ま
れているのは,単に溶解試験を行ったpH値を示すためです 。例えば ,
pH2またはpH7で試験を行ったならば,同じ時間で溶解したで
しょう。本発明者らは,とにかく試験を行った全てのpH値に言及し
たことによって単に綿密であっただけにすぎません。(3頁8行∼1
」
1行)
エ また,証拠によれば,以下の各記載があることが認められる。
(ア) 甲7の1( 薬剤賦形剤ハンドブック」 Ainley Wade and Paul J.
「 ,
Weller 編“Handbook of PHARMACEUTICAL EXCIPIENTS”1994年
〔平成6年〕199−201頁 , “Gelatin”の項)。
「ゼラチンは冷水には難溶であるが,ゼラチンカプセルは,胃液に触
れると急速に膨張してその内容物を放出する 。(訳文)
」
(イ) 甲7の2(上記同書,の362頁∼366頁 , “Polymethacrylates”
の項)。
「オイドラギットNE30Dは,ポリメタアクリル酸エステルからな
る中性コポリマーの水分散液である。この分散液は粘性に乏しい乳
白色液で,かすかに芳香を有する。そのラッカーから調製されたフ
ィルムは水中で膨張し,水に対して透過性となる。それ故,製造さ
れたフィルムは,水に不溶性であるが,pH非依存性の薬剤放出を
可能ならしめる。(訳文)
」
(ウ) 甲8( 崩壊試験」1993年〔平成5年〕9月13日第2号 )
「 。
「製品仕様
カプセルは15分以内に崩壊しなければならない。
試薬
公式の方法では液体媒体として水を使用する。もし試験をクロロヒ
ドリン又は胃液環境で行えば,崩壊時間は一般に水よりもやや短く
なる。
(中略)
好ましい装置では,水温は36℃∼38℃に保たれる。
(中略)
結果
15分後に装置のスクリーンに残存物がなくなるか又は残存物が
あっても殻の破片であれば,そのカプセルは合格である。(訳文)
」
(エ) 甲18(堺章「目でみるからだのメカニズム」第1版第2刷 19
94年(平成6年)4月1日 株式会社医学書院,70∼71頁)。以下
の記載のとおり,図の中に,胃がpH1∼3.5,十二指腸がpH5∼
6,空腸がpH6∼7,回腸がpH8,結腸がpH8∼8.5であるこ
とが示されている。
「●小腸のpHは弱酸性∼中性∼アルカリ性
小腸においては,十二指腸から回腸へと徐々にpHが上がっていま
す。小腸では,たくさんの酵素が,食物の消化・吸収のために働い
ていますが,その至適pHはほぼ弱酸性∼中性だからです。ですか
ら,胃から送られてきた酸の強い糜粥を,腸液・膵液・胆汁によっ
て急速に中和しています 。(71頁右欄下)
」
(オ) 甲6( 投薬形態による小腸通過時間」 Gut,1986年〔昭和61
「
年〕,27,886−892頁)の表(888頁)。
研究 形態 サイズ 患者 ラベル 薬剤入り 食事
(mm)
99m
T2 カプセル 25×9 男−6 Tc No 絶食
99m
T3 カプセル 25×9 女−5D Tc No 絶食
99m
T6 カプセル 25×9 女−5C Tc No 絶食
また,甲6の図1(889頁)は「投薬形態による胃通過時間…」と
するものであるところ,横軸には合計37の研究が並び ,内訳は 溶液」
「
が4,「顆粒」が14,「錠剤,カプセル1錠」が17(ここに,カプセ
ルについての上記「T2 」 「T3 」 「T6」の研究が含まれる 。 ,食
, , )
事が2であり,縦軸は「通過時間(時間)」である。剤形及び他の条件
により胃通過時間に大きな差異があり,グラフからみると,およそ「溶
液」では半時間未満∼2時間,「顆粒」では半時間∼5時間,「錠剤,カ
プセル1錠」では半時間∼10時間の範囲にある。 「T2」 T3」
上記 ,
「 ,
「T6」では,半時間∼2.1時間であるが,グラフのバー中央部にあ
たる「平均値」でみると0.7時間∼1.5時間であり ,個人データは,
0.1時間∼4時間の範囲にある。
また,甲6の図2(890頁)は「投薬形態による小腸通過時間…」
と題するもので,横軸,縦軸とも,図1と同じである。剤形及び他の
条件により小腸通過時間に大きな差異はなく ,グラフから読みとると ,
およそ「溶液」では3時間∼5時間, 顆粒」では2時間∼6時間, 錠
「 「
剤,カプセル1錠」では2時間∼4.5時間の範囲にある。上記「T
2」 「T3」 「T6」では,2.5時間∼4.2時間であるが,グラ
, ,
フのバー中央部にあたる「平均値」でみると3.3時間∼3.7時間
であり,個人データは,1時間未満∼6時間の範囲にある。
(4) 以上の事実に基づき判断する。
ア 本願発明は,「カプセルのコーティングが,pH依存性態様ではなく時
間依存性態様で溶解する中性のポリアクリル酸エステルから成り而もpH
5.5において30乃至60分間溶解することがな」いことを発明特定事
項として記載するところ,ここに記載されたpH値については,上記(3)
ウによれば,単に溶解試験を行ったpH値を示すにすぎず,コーティング
の溶解条件とは何ら関係がないことが認められる。
また,上記(3)エ(ア)∼(エ)によれば,カプセルのコーティングが崩壊
した後のカプセルのゼラチンは,胃液に触れると急速に膨張してその内容
物を放出し,36℃ないし38℃の温水において15分以内に崩壊するこ
とが認められるから,本願発明におけるカプセルの内容物であるオメガ3
−ポリ不飽和酸は,カプセルが胃液や腸液に接触するようになってから,
遅くとも15分以内に放出されることになる。
イ そこで上記を前提として,本願発明におけるカプセル内容物の放出に要
する時間を検討すると,次のとおりである。
本願明細書(甲4)の実施例2に記載されたものにおいて,コーティン
グが崩壊してゼラチンカプセルから内容物が放出されるまでにかかる時間
は,上記のとおり本願発明のコーティングは時間依存性態様であり,最長
60分間溶解することがないと規定されていることから,上記カプセルの
崩壊後のゼラチンの崩壊時間である15分を加えた,最長60分と15分
の合計75分となる。
その上で,上記( 3)エ(オ)から認められる胃及び小腸の通過時間につき
検討すると,上記甲6によれば,サイズが25 mm ×9 mm のカプセル
の絶食患者での胃通過時間は ,「T2 」「T3」「T6」の3つの研究にお
いて,平均値に所定の幅をもたせたものでみて,半時間∼2.1時間であ
る。カプセルのサイズや,胃に食物があるかないかによっても胃の通過時
間は変動すると考えられるものの,「顆粒」についての14の研究で半時
間∼5時間 ,「錠剤,カプセル1錠」についての17の研究で半時間∼1
0時間との結果が示されていることから,半時間より短い胃の通過時間と
なることは考えにくい。また,上記カプセルの,絶食患者での小腸通過時
間は,3つの研究において,平均値に所定の幅をもたせたものでみて2.
5∼4.2時間である。
そうすると,胃及び小腸の通過時間の最短は,胃の通過時間の半時間∼
2.1時間と小腸通過時間の2.5時間∼4.2時間から,胃での半時間
+小腸での2.5時間の合計3時間となる。その場合,胃の通過に30分
を要し,その後小腸に入って45分後までにカプセルの内容物が放出され
ることになるから,小腸通過時間の2.5時間は150分であるところ4
5分はその30%にあたる。
ところで,小腸は,初部約25センチメートルを十二指腸といい,その
余の部分のうちの前半5分の2が空腸で後半5分の3が回腸であるから,
カプセルの小腸内の通過速度が一定だとすると,小腸通過時間の30%に
あたる時間では,カプセルはまだ空腸の中にある。これは,上記のとおり
絶食患者を前提とした最短の時間で通過することを仮定した場合である。
この位置で,既にコーティングの崩壊後15分が経過して,カプセルも崩
壊し,カプセルの内容物は既に放出されていると考えられ,これより遠位
の回腸においてカプセルの内容物が放出されるとは考えられない。
そうすると,原告の主張する本願明細書の実施例2においても,本願発
明の「前記酸が,回腸内において放出される」ものに該当するとはいえな
い。
ウ 以上の検討によれば,実施例2は本願発明の実施例ということはできず,
また本願明細書(甲4)のそのほかの部分にもこれが記載されているとは
いえないから,審決が本願発明は明細書の発明の詳細な説明に記載した発
明ということはできないとした認定に誤りはない。
(5)ア 原告は,本願明細書の実施例2においては,不快な副作用が原因の脱
落患者は38人中4人だけであるから,症例の大部分において相当な量の
Purepa が空腸及び回腸で放出されたと推認できると主張する。
しかし,小腸のうち空腸での放出については,上記( 4)のとおり認めら
れるものの,回腸での放出は考え難いこともまた上記認定のとおりであり ,
原告の主張は採用することができない。
イ また原告は,本願明細書の実施例2のカプセルの放出は,甲5のように
急速な放出ではなく,徐放性態様となり,結腸の開始部分までに放出が完
了するとも主張する。
しかし,本願明細書(甲4)の実施例2に関する部分の記載には,明確
に「pH5.5において60分以内に崩壊し」(段落【0030】)とされ
ており,これとは異なる徐放性態様を与える溶解の形態であると解釈する
余地はない。原告の主張は採用することができない。
ウ さらに原告は,実施例2において用いた「崩壊」の語は,今からみれば
適当でなく,実際はコーティングの完全性が低下して,その後カプセルの
内容物が微量滴ずつ回腸の全長にわたって放出されるのだとも主張する
が,明細書の記載に基づかない主張というほかなく,採用することができ
ない。
エ 原告は,平成17年6月21日に特許庁に提出されたビデオクリップ 甲
(
9)についても述べるが,本願出願後のものであり,これにより本願明細
書の記載を補うことができないことは明らかである。
オ なお,原告は,被告は本願につき特許法の規定をあまりにも杓子定規に
適用している旨主張するが,独自の見解であって採用することができない 。
3 結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第2部
裁判長裁判官 中 野 哲 弘
裁判官 今 井 弘 晃
裁判官 田 中 孝 一
最新の判決一覧に戻る