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平成19(行ケ)10256審決取消請求事件

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所
裁判年月日 平成20年1月30日
事件種別 民事
当事者 被告Y
原告日本合成化学工業株式会社
対象物 耐久性の優れた偏光フィルムの製造法
法令 特許権
特許法29条2項2回
キーワード 実施50回
審決31回
進歩性6回
無効6回
無効審判2回
新規性2回
特許権1回
分割1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 本件は,原告が有する,発明の名称を「耐久性の優れた偏光フィルムの製造 法」とする後記特許の請求項1(本件発明)について,被告が無効審判請求を したところ,特許庁がこれを無効とする旨の審決をしたことから,特許権者で ある原告がその取消しを求めた事案である。

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判決文

平成20年1月30日判決言渡

平成19年(行ケ)第10256号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成20年1月23日

判 決

原 告 日本合成化学工業株式会社

訴訟代理人弁理士 花 田 吉 秋

被 告 Y

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が無効2006−80212号事件について平成19年6月6日にした審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告が有する,発明の名称を「耐久性の優れた偏光フィルムの製造法」とする後記特許の請求項1(本件発明)について,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁がこれを無効とする旨の審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。争点は,本件発明が,欧州特許出願公開第0297927号明細書(出願人ユニチカ株式会社,出願公開日 1989年〔昭和64年〕1月4日,甲2)との関係で進歩性(特許法29条2項)を有するかである。

第3 当事者の主張

請求の原因

(1) 特許庁における手続の経緯

原告は,平成元年3月27日になした原出願(特願平1−76295号)からの分割出願として,平成8年2月9日,名称を「耐久性の優れた偏光フィルムの製造法」とする発明について特許出願(特願平8−48143号)をし,平成11年3月5日に特許第2895435号として設定登録を受けた(請求項の数1,以下「本件特許」という。特許公報は甲9 )。これに対し株式会社クラレから,平成11年11月22日,特許異議の申立てがなされ,同申立ては平11年異議第74344号事件として審理されたが,その中で原告は,請求項1等について訂正請求(以下「本件訂正」という。甲10)をしたところ,特許庁は,平成12年11月9日 ,「訂正を認める。特許を維持する。」との異議の決定をした(甲11)。そこで被告は,平成18年10月20日付けで本件特許(訂正後)の請求項1について無効審判請求を行い,同請求は無効2006−80212号事件として審理されたところ,特許庁は,平成19年6月6日,「特許第2895435号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決をし,その謄本は平成19年6月18日原告に送達された。

(2) 発明の内容

本件訂正後の【請求項1】は,次のとおりである(以下「本件発明」という。下線は訂正部分)「 請求項1】 平均重合度2600以上のポリビニルアルコール系樹脂フィ【ルムを該樹脂の水溶液を流延することにより製膜した後,得られたフィルムに対してヨウ素染色,一軸延伸及びホウ素化合物溶液中での浸漬処理を行って偏光フィルムを製造するに当たり,ホウ素化合物溶液中での浸漬処理中に一軸延伸し,延伸後のフィルム巾が延伸前のフィルム巾の60%以下(ただし40%を下限とする)になるように,一軸延伸することを特徴とする耐久性の優れた偏光フィルムの製造法。」

(3) 審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件発明は,欧州特許出願公開第0297927号明細書(出願人 ユニチカ株式会社,公開日 1989年〔昭和64年〕1月4日,以下「引用例」といい,同記載の発明を「引用発明」という。甲2)に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明することができたから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。イ なお審決は,引用発明の内容,本件発明と引用発明との一致点及び相違点を,次のとおり認定している。〈引用発明の内容〉「少なくとも2500の重合度を有するポリビニルアルコールを溶剤に溶解し,得られたポリビニルアルコール溶液からフィルムを形成した後,ヨウ素染色,一軸延伸及びホウ酸溶液中で架橋処理して,偏光フィルムを製造するに当たり,ホウ酸溶液中で一軸延伸する改良された,耐熱性と耐湿熱性を有する偏光フィルムの製造法。」〈一致点〉「所定の平均重合度以上のポリビニルアルコール系樹脂を溶解してフィルムを製膜した後,得られたフィルムに対してヨウ素染色,一軸延伸及びホウ素化合物溶液中での浸漬処理を行って偏光フィルムを製造するに当たり,ホウ素化合物溶液中での浸漬処理中に一軸延伸することを特徴とする耐久性の優れた偏光フィルムの製造法。」〈相違点1〉所定の平均重合度が,本件発明は,2600以上であるのに対して,引用発明は,少なくとも2500である点。〈相違点2〉製膜に当たり,本件発明は,樹脂の水溶液を流延することにより製膜したのに対し,引用発明は,溶剤に溶解したものであり,流延については記載がない点。〈相違点3〉本件発明は,延伸後のフィルム幅が延伸前のフィルム幅の60%以下(ただし40%を下限とする)になるように,一軸延伸するのに対して,引用発明は,幅についての限定がない点。

(4) 審決の取消事由

しかしながら,審決は,上記相違点3についての判断を誤り 取消事由1)( ,本件発明の顕著な効果を看過して(取消事由2),本件発明の容易想到性の判断を誤ったから,審決は違法として取り消されるべきである。ア 取消事由1(相違点3についての判断の誤り)(ア) 動機付けの欠如a 甲3(永田良監修「偏光フィルムの応用」株式会社シーエムシー・1986年〔昭和61年〕2月10日第1刷発行。以下「甲3文献」という。)に「…偏光度の改良は延伸工程はもとより,延伸後の処理工程においても横幅の収縮が大きいほど,その効果は大きい。…」 8(3頁20行∼21行)と記載されていること,及び甲4(特開昭54−40874号公報,発明の名称「一軸延伸フィルムの製造方法 」,出願人 東洋紡績株式会社,公開日 昭和54年3月31日。以下「甲4公報」という。)に積極的に幅方向の収縮を行わせることにより長さ方向の一軸配向性は極めて良好なものが得られる旨が記載されていることを根拠として,審決は,ポリビニルアルコール(PVA)フィルムにおいて「…巾方向が収縮するように一軸延伸することは当業者にとって何ら格別のことではない。(12頁20行∼21行)とする」が,以下に述べるとおり,上記文献等には,幅方向が縮小するように一軸延伸することの動機付けの記載がないから,審決の上記判断は誤りである。b すなわち,本件明細書(全文訂正明細書,甲10)に記載されているとおり,代表的なPVA偏光フィルムにはヨウ素を染色させたものと染料を染色させたものがあるところ(段落【0002】,ヨウ素系)PVA偏光フィルムは,偏光性は良好であるが耐湿性や耐熱性に劣り,高湿度雰囲気下や高熱雰囲気下にさらされると偏光度の低下,いわゆる耐久性が劣るという難点があり,これとは逆に,染料系PVA偏光フィルムは,偏光性能は劣るが,耐久性は優れているという利点を持っている(段落【0003】。)そして,本件発明はヨウ素系PVA偏光フィルムの製造法に関するものであるのに対し,審決が引用する甲3文献の上記記載は染料系偏光フィルムに関するものであり,そこに記載されたメカニズムも, …「浸漬染料PVAフィルムを一方向に延伸すると…PVA高分子鎖にそって,二色性染料の長いセグメントが配列する。この結果,染料による偏光効果が得られると考えられる。…」(83頁16行∼20行)と説明されているように,染料系偏光フィルムに関するものである。さらに,甲3文献の上記記載は偏光度の改良のためであって,耐湿熱性(耐久性)の改良のためではない。染料系PVA偏光フィルムは,上記のとおり,もともと耐湿熱性(耐久性)の点で優れており,甲3文献の当該記載に接した当業者にとってみれば,フィルム幅方向を収縮させるという手段は,飽くまで偏光性を改良するためとしか示唆されないはずである。このことは,甲3文献に,審決の引用する記載に続けて,「…耐湿熱性の改良は,高く結晶化した高分子が高湿熱で劣化しない処理条件にすること,および二色性比の高い耐酸性染料を開発することを重要視している 。(83頁21行∼22行)として,耐」湿熱性の改良につきフィルム幅方向を収縮させるのとは異なる技術的手段が示唆されていることからも明らかである。このように,PVA偏光フィルムにおいては,偏光性能と耐湿性・耐熱性とは独立した技術課題として認識されており,決して偏光性能を向上させれば耐湿性・耐熱性が向上されるものではない。そして,本件発明は,耐久性が劣るというヨウ素系PVA偏光フィルムの難点を解決する目的でフィルム幅方向を収縮するよう一軸延伸するものであって,甲3文献に記載された偏光性の改良という目的とは異なるから,単にフィルム幅方向を収縮するように一軸延伸する方法が公知であるというだけでは,当業者にとって同方法をヨウ素系PVA偏光フィルムに採用する動機付けにはならないというべきである。c また,甲4公報には,一般的な一軸延伸方法として,延伸前後のフィルム幅を出来るだけ等しくする延伸方法(ワイド・ストレッチ)と,これとは逆に幅方向の収縮を積極的に行う延伸方法(ピュアー・ストレッチ)とがあること,ピュアー・ストレッチでは積極的に幅方向の収縮を行なわせることにより長さ方向の一軸配向性は極めて良好なものが得られることなどは記載されているが ,「一軸配向性が良好になる」ことと,本件発明の「耐久性を改良する」こととの関係について示唆するところはないし,偏光フィルムの製造方法において,フィルム幅の収縮率を限定するという技術思想の開示も示唆もなく,本件発明のように,横方向の収縮をいくらにしようという思想の下に縦方向の倍率やPVA種,延伸条件を調整しようという技術思想などは全く開示されていない。しかも,延伸方法には,従来通常行われてきた大気中(空気中)で行う乾式延伸と,本件発明のような湿式延伸(ホウ素化合物溶液中での浸漬処理)とがあるところ,甲4公報において延伸方法は特に限定されていない以上,その方法は一般的な乾式延伸と考えるのが自然な理解である。本件発明は溶液中での湿式延伸技術を例外的に実用可能としたものであるから,乾式延伸技術に係る甲4公報記載の発明と同一に対比することはできない。さらに,対象とするポリマーフィルムについてみても,本件発明のフィルムであるPVAフィルムは水溶性であり,水溶液中で膨潤し形状拡張する性質を有しているが,甲4公報に具体的に実施例として示されたポリマーフィルムはポリ塩化ビニルである。ポリ塩化ビニルは通常のプラスチックフィルムと同様に疎水性であり,水溶液中においても全く膨潤せず形状変化しないものであり,フィルム特性が異なる。このように,水溶性であるポリビニルアルコール系樹脂フィルムを原料とし,これをヨウ素染色とホウ素化合物溶液中での一軸延伸(湿式)を含む工程で偏光フィルムを製造するに当たり,フィルム幅を特定の範囲内に収縮させることにより ,「耐久性に優れ」かつ「高偏光度を有する」偏光フィルムを製造する本件発明について,甲4公報は何ら示唆するところがなく,当業者にとって,ヨウ素系PVAフィルムの幅方向を収縮するように一軸延伸(湿式)することの動機付けとはならないというべきである。(イ) 本件発明の構成を限定することの非容易想到性a 審決は,引用例(甲2)には,延伸倍率について,本件発明の実施例の延伸倍率数値と重複する数値が記載されているとした上で,これをもって,相違点3に係る本件発明の構成を限定することが当業者にとって容易であることの論拠とする。しかし,フィルムを同じ倍率に延伸したとしても,フィルムには長さ方向以外に,幅,厚み方向があり,延伸条件により延伸後のフィルム状態は様々である。したがって,延伸前のフィルムの厚みと延伸後のフィルムの厚みが明らかでなければ,フィルム幅の収縮率は不明であり,比較の対象とはなり得ない。引用例の実施例5,6には,最終偏光フィルムの厚さは「厚み11μm」と記載されているのに対し,延伸前のフィルム厚さは不明であるから,フィルム幅の収縮率は不明であるといわざるを得ない。そして,引用例には,他に延伸前後のフィルム幅の収縮率を特定範囲に制御するという本件発明の最大の特徴に係る技術思想は何ら開示されていないから,これをもって本件発明の構成を限定することが容易想到であることの根拠とすることはできない。なお審決は,相違点3に係る本件発明のフィルム幅の収縮率に格別臨界的意義がないとするが,特許庁の審査基準(甲16)は,数値限定の臨界的意義に関し,「請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき,すなわち,両者の相違が数値限定の有無のみで,課題が共通する場合は,有利な効果について,その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される 。」として,請求項に係る発明と引用発明との相違が数値限定の有無のみであることを要件の一つとしている。本件発明の場合は前記のとおり相違点1ないし3を有するものであり,数値限定の有無のみを相違とするものではない。本件明細書(全文訂正明細書)の発明の詳細な説明には,実施例に関する具体的記載を含め,本件発明の請求項1に記載した事項が,その技術的思想とともに明確に記載されており,かつ,引用発明には,上記したように,延伸前後のフィルム幅の収縮率を特定の範囲に制御するという本件発明の技術思想は何ら開示されていない以上,臨界的意義云々の議論によって,本件発明の進歩性が否定されるものではない。b 審決は,相違点3に係る本件発明の構成は格別のものであるといえないことの根拠として,甲5(特開昭61−24425号公報,発明の名称「偏光フィルムの製造方法」,出願人 三井東圧化学株式会社,公開日 昭和61年2月3日。以下「甲5公報」という。 及び甲6(特)開昭60−218603号公報,発明の名称「偏光フィルムの製造方法」 出願人 三井東圧化学株式会社,公開日 昭和60年11月1日。,以下「甲6公報」という 。)には,フィルム幅の減少率が0.69及び0.59(甲5)とか,0.68,0.57及び0.48(甲6)のものが記載されていることを挙げる。しかし,たとえ本件発明の一部の構成が公知であるとしても,これを組み合わせてなる本件発明が容易想到であるとするためには,その発明の具体的な課題,構成を示唆する先行技術の存在を示した上で,それらとの比較検討がされるべきである。この点,甲5公報には,樹脂フィルムを延伸することにより光二色性物質を一方向に配向せしめる偏光フィルムの製造において,延伸方向に垂直な方向のフィルム見掛け長さが実長さに対して延伸倍率のほぼ立方根分の1となるよう短縮された未延伸フィルムを延伸することが記載されているのに対し,本件発明は,ホウ素化合物溶液中での浸漬処理中に一軸延伸し,特定の範囲にフィルム幅を収縮するものであるから,両者は全く別の技術である。審決は,甲5公報の表−1に記載されている「短縮比」の数値にとらわれ,その技術的意義を精査することなく上記のとおり判断しており,結果としてその技術内容を誤認している。また,甲6公報は,従来のポリビニルアルコールの代わりに「疎水性樹脂」を用い,これと「光二色性有機色素」とからなる偏光フィルムに係る技術である。この疎水性樹脂に本件発明の前提とするポリビニルアルコール系樹脂は含まれないのみならず,光二色性有機色素には本件発明の前提とする無機化合物であるヨウ素は含まれない。PVA系偏光フィルムは,前記のように,耐湿性,耐熱性に課題があるのに対し,疎水性樹脂系偏光フィルムは,本来的に耐湿性,耐熱性に優れているものである。このように,偏光フィルムは,樹脂フィルムとしてどのようなフィルムを選択するか,色素としてとしてどのようなものを選択するか,また,延伸条件をどう選択するのか等によってその性能を異にするものであって,このような意味において,偏光フィルム自体,その効果の予測が困難な素材分野に係る技術といえる。その上,本件発明のように,ホウ素化合物溶液中での湿式延伸を,水溶性であるPVAフィルムを原料として製造する場合の技術については,当業者にとって予測が非常に困難なものである。それにもかかわらず,審決は,素材としての樹脂フィルム,色素の組合せを精査することなく,単に甲6公報から一部の構成が公知であるとして相違点3に係る構成の容易想到性を肯定しており,誤りである。イ 取消事由2(顕著な効果の看過)(ア) 審決は,「…本件発明の効果も,引用発明,甲第3,4,10,11号証に記載された周知技術,及び他の周知技術から,当業者が予測できる範囲のものである。(13頁1行∼3行)とする。」しかし,取消事由1に関して述べたとおり,甲3文献,甲4ないし甲6公報(なお,甲5公報は審決の甲10,甲6公報は審決の甲11にそれぞれ該当する。)には,ヨウ素染色PVA偏光フィルムの耐熱性と耐湿熱性の改良ついて何ら言及されていないから,これらの効果と本件発明の効果を比較することはできない。(イ) また,本件発明と引用発明の効果を比較しても,以下のとおり,本件発明は顕著な効果を有するというべきである。すなわち,本件明細書(全文訂正明細書)に記載された実施例によれば,本件発明の偏光フィルムの耐久性は,耐湿テスト後(60℃,相対湿度90%,20日放置後の偏光度)で(99.89%→)99.43%, 99.78%→)97.45%, 99.89%→)99.45%,( ((99.23%→)98.74%,耐熱テスト後(80℃,ドライ雰囲気,20日放置後の偏光度)で(99.89%→)99.87%,(99.78%→)99.76%, 99.89%→)99.87%, 99.( (23%→)99.22%,であることが示されている。他方,引用発明における偏光フィルムの耐久性につき,耐湿性の結果が唯一記載されている実施例1の場合をみると,60℃,90%R.H.の恒温恒湿槽中に5時間放置後の偏光度が(99.9%→)93.0%であり,また,引用発明には,具体的な耐熱性の結果については開示されていない。以上の試験結果によれば,本件発明は耐湿性条件で20日放置しても偏光度の低下率は低いところ,引用発明では,5時間後に93.0%に低下しており,また,耐熱性について,本件発明は20日放置しても偏光度の低下率は低く,明らかに本件発明の偏光フィルムの耐久性(耐湿性,耐熱性)の方が格段に優れている。(ウ) 本件発明の前提とするヨウ素系PVA偏光フィルムにおいては,偏光性能を維持しながら,いかにして耐熱,耐湿の耐久性を向上させるかが大きな課題であったが,本件発明のような効果の予測が困難な素材分野においては,一方向的な研究開発では課題を解決できず,試行錯誤しながら研究開発を行っていたというのが実情であった。しかるに,本件発明は,思いもかけず,ヨウ素染色PVAフィルムをホウ素化合物溶液中で一軸延伸するに当たり,PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させることにより,「耐久性に優れ 」,かつ ,「高偏光度を有する」偏光フィルムが得られることを見出した点に,その本質がある。このように,本件発明は,取消事由1に関して述べたとおり,相違点3に係る構成の困難性を有するばかりでなく,効果の予測が困難な技術分野において,当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果を有するものであることは明らかであり,これを看過した審決の判断は誤りである。請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。被告の反論審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

(1) 取消事由1に対し

ア 甲3文献の評価PVAフィルムは,より高い倍率で一軸延伸すると,より①縦方向(一軸延伸方向)に伸び,②横方向(一軸延伸方向と垂直な方向)に縮小し,

③PVA高分子鎖の縦方向配向が高まり,④PVA高分子鎖に付着した光

学異方性材料(ヨウ素あるいは二色性染料)の配向性が高まる結果偏光性能が向上する。PVA分子鎖の縦方向配向が高まるほど偏光性能が向上するという事実は,染料系PVA偏光フィルムにおいてもヨウ素系PVA偏光フィルムにおいても何ら変わることはない。甲3文献に染料系偏光フィルムのこととして記載されている説明,すなわち,PVA延伸により配向性を高めて偏光性能を改良するとか,偏光度の改良は延伸工程はもとより,延伸後の処理工程においても横幅の縮小が大きいほどその効果は大きいとの説明は,このような染料系PVA偏光フィルム/ヨウ素系PVA偏光フィルムに共通する一般的知見を記述したものにすぎない。当業者は,甲3文献から,染料系PVA偏光フィルムであろうとヨウ素系PVA偏光フィルムであろうと,横幅の収縮を大きくするような態様で延伸した方がPVA高分子鎖の配向性が高まる結果,偏光性能が向上することを容易に読み取ることができる。これに対し原告は,甲3文献の記載が偏光度の改良のためであり,耐湿熱性の改良のためではないことを指摘するが,このことは甲3文献をヨウ素系PVA偏光フィルムの発明に適用することの障害となるものではない。そもそも,本件明細書(全文訂正明細書)には本件発明の構成と耐湿熱性との関連性が示されていないし,後記(2)で述べるとおり,本件発明の結果耐湿熱性が向上するのかさえ明らかでない。ホウ素化合物処理を施せばヨウ素系PVA偏光フィルムの耐湿熱性が向上するのは周知の事実であって,それ以外に本件発明の実施例に示される効果に貢献するものがあるのか,あるとしてもそれが幅収縮率の調整によるものなのか,延伸倍率の調整によるものなのか,延伸方法の違いによるものなのか,膜厚の調整によるものなのか,重合度の調整によるものなのか,保護膜形成の効果なのか,あるいはその他の条件に影響されたのか明らかでない。したがって,甲3文献の記述がヨウ素系PVA偏光フィルムの発明の動機付けにならない旨の

(原告の主張)

は理由がない。イ 甲4公報の評価甲4公報の2頁右上欄16行∼17行に記載されているとおり,甲4公報の発明は明らかにPVAを含む(審判段階で提出された甲4文献には,当該箇所に下線が引かれていた。乙3参照 )。そして,甲4公報で紹介されているピュアー・ストレッチとは,甲4公報の引用する米国特許第2547763号明細書の column 7に明確に記載されているように,横方向(一軸延伸方向と垂直な方向)に力を加えないで一軸延伸することにより,フィルムを縦方向(一軸延伸方向)に伸ばしつつ横方向に縮小させる,単純な延伸方法である(なお,横方向の縮小を抑えるよう特別な工夫をしたのがワイド・ストレッチである 。。そして,甲4公報には,PVAにピュ)アー・ストレッチを施し,縦方向(長軸方向)に延伸し,横方向(短軸方向)に縮小させることにより長軸/短軸の値を大きくするほど一軸配向性が良くなる旨が記載されている(3頁左上欄1行∼9行)。本件発明に係る出願の原出願(特願平1−76295号)の明細書(乙)の記載をみる限り,本件発明においては延伸倍率を上げて縦方向(一軸延伸方向)にフィルムを伸ばすことの結果として横方向の縮小(フィルム幅の縮小)を大きくしているにすぎない。実施例・比較例における延伸倍率とフィルム幅の収縮率との関係は次のとおりである。なお,これらの実施例は,実施例3を除いて実質上本件発明の実施例と共通である。実施例3 4倍に延伸 →フィルム幅が70%に減少実施例5 5.4倍に延伸 →フィルム幅が53%に減少実施例1 6倍に延伸 →フィルム幅が50%に減少実施例4 6.5倍に延伸 →フィルム幅が46%に減少さらに,上記実施例3には, 4倍に延伸/フィルム幅が70%に減少」「の処理の後,更に1.5倍の再延伸を行うことによりフィルム幅が52%に減少すると記載されている。すなわち,本件発明は正に甲4公報におけるピュアー・ストレッチを実践して,単なる一軸延伸における延伸倍率を上げていくことによってフィルム幅を減少させているにすぎない。PVA偏光膜の当業者は,PVA高分子鎖の一軸配向性を高めて偏光性能を向上させたいという動機を共通して持っていたから,甲4公報に触れた当業者は,当然,PVA高分子鎖の一軸配向性を高めて偏光性能を向上させるためにピュアー・ストレッチを実行して積極的にフィルム幅を縮小させようとするであろうし,他方,歩留りを向上させる観点からはフィルム幅を縮小しない方が望ましいのも当然である。したがって,フィルム幅の適当な縮小を許容するのは,当業者が偏光性能向上と歩留り向上とのバランスがうまくとれるように適宜選択して行うことであり,このことに進歩性が認められるだけの技術的価値はない。この点原告は,甲4公報における「一軸配向性が良好になる」ことと本発明の「耐久性を改良する」こととの関係が示唆されていないと指摘する。しかし,上記アに述べたとおり,このことは甲4公報をヨウ素系PVA偏光フィルムの発明に適用するのを妨げる根拠にならないし,後記(2)のとおり,そもそも本件発明に「耐久性を改良する」効果があるのか明らかでない。また原告は,甲4公報の延伸方法は乾式延伸に限定されると主張するが,そのような主張の根拠はない。ウ 引用例(甲2)の評価引用例には,PVAフィルムの延伸倍率は5倍以上で,破断に至らない範囲で高いほどよい旨が記載されている。また,実用的な上限として約20倍という数値が記載されている。すなわち,引用例には,PVAフィルムの好適な延伸倍率として5倍∼20倍が示されている。PVAフィルムを破断しないように20倍にまでピュアー・ストレッチを実行すれば,通常,フィルム幅は40%以下に縮小する。原告は,フィルムの厚さが明らかにならない限りフィルム幅収縮率は不明であると主張するが,20倍にまで延伸しつつフィルム幅を延伸前の40%以上に保つのは極めて特殊な条件下でしかなし得ない。他方,ネックイン(過度な幅縮小)を避けるようにPVAフィルムを5倍しか延伸しない場合,フィルム幅が延伸前の60%以上であるのが通常である。したがって,延伸倍率5倍∼20倍でピュアー・ストレッチを実行すれば,少なくとも一部の倍率範囲では幅収縮率が40%∼60%に収まるのであり,この数値限定に新規性はない。引用発明は,本件発明の目的と同じく,耐熱性並びに耐湿熱性(すなわち,耐久性)が改善され,しかも偏光度,透過度等の光学的特性に優れた偏光フィルム及びその製造法を提供することを目的とする。仮に実際に本件発明の数値限定が格別・顕著な効果を奏するものであるとすると,引用例に接した当業者が,この共通の発明の目的を念頭に置き,ホウ素化合物処理中の一軸延伸の倍率を5倍∼20倍の範囲で変動させつつ優れた耐久性と光学的特性を有する偏光フィルムを得るための実験を行えば,自ずと本件発明の数値範囲になる延伸の程度が格別に好適であることが見出される。また,本件発明は,引用発明,甲3文献,甲4公報の発明と同様に,PVA偏光フィルムの一軸配向性を高めるような一軸延伸を行うことにより偏光性能を向上させることを原理とするものであり,これらの発明の延長線上にある。したがって,幅収縮率の数値限定40%∼60%に進歩性が認められるためには,この数値限定の臨界的意義が立証される必要がある。しかし,本件発明の明細書(全文訂正明細書)では,実施例として幅収縮率46%,50%,53%,比較例として幅収縮率70%の条件が開示されているにすぎず,臨界的意義が立証されているとはいえない。よって,仮に本件発明が引用例に対して新規性があったとしても,本件発明は引用例に対して進歩性を有しない。エ 甲5公報の評価甲5公報には,ポリマーフィルムを単純に一軸延伸すると,幅方向に抵抗力(抗張力)が発生して一軸延伸方向の配向性が低下するから,自由延伸の採用を考えるべきであるとの知見が示されている。したがって,甲5公報の技術は,少なくとも甲3文献及び甲4公報と同様に,一軸延伸をする際には適度に幅を縮小させるのが望ましいとの動機付けを提示するものである。

(2) 取消事由2に対し

原告は,本件発明は引用例(甲2)に対して格段に優れた耐久性を実現させている旨主張する。しかし,本件発明の実施例では偏光フィルムの両面にトリアセチルセルロースの保護膜が形成された状態で耐久性試験が行われているので,保護されていない状態の偏光フィルムを対象とする引用例の実施例1と比較して本件発明が耐久性に関して格別の効果を奏するのか否かは明らかでない。トリアセチルセルロース膜はPVA偏光フィルムの保護膜として最も優れた性能を示すものであり(これも周知技術である。,本件発明に従った製造方法でな)くてもトリアセチルセルロース膜の効果により当然に耐久性は優れたものになる。なお,本件発明に係る出願の原出願の審査過程で提出された平成8年2月9日付け手続補正書(乙5)に記載された実施例6及び7には,ホウ素化合物処理工程以外の工程で一軸延伸しても本件発明の実施例と同等の効果を得られるとの実験結果が示されている。このように,本件明細書(全文訂正明細書)が,本件発明が偏光性能及び耐久性について極めて優れた効果を奏しており,それが当時の技術水準から予測される範囲を超える顕著なものであることを十分に立証していないのは明らかである。したがって,本件発明の進歩性の根拠を顕著な効果に求める

(原告の主張)

は失当である。

第4 当裁判所の判断

請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容 ),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。取消事由1(相違点3についての判断の誤り)について

(1)ア 原告は,甲3文献や甲4公報は幅方向が縮小するように一軸延伸することについての動機付けとなる記載に欠けるから,これを根拠とした審決の「…巾方向が収縮するように一軸延伸することは当業者にとって何ら格別のことではない。(12頁20行∼21行)との判断は誤りであると主張」する。イ ところで,甲3文献及び甲4公報には,一軸延伸に関し次の記載がある。(ア) 甲3文献「3.2.1 ヨウ素系偏光フィルム近年,TN電界効果形液晶表示素子を中心に偏光フィルムが使用され,ヨウ素系偏光フィルムは最も多く製造されている。代表的製造方法は,偏光素子としてポリビニルアルコール(PVA)の薄いフィルムに異方性の高いヨウ素をヨウ化カリ水溶液中で吸着させ,これを速度の異なるロールを組み合わせた延伸装置を用い,ホウ酸水溶液中で一方向に4倍程度に引き延ばすことによって,ヨウ素は長い鎖状の重合分子として配列し,高い偏光性を示す。この偏光素子の両面をトリアセテート(TAC)透明フィルムではり合わせ,積層構造にする。ヨウ素−PVA偏光フィルムは,広い波長範囲にわたってすぐれ,かなり広い温湿度範囲で安定に使用できる。しかし,ヨウ素錯体はもともと昇華性であるため,高温,高湿における一般の電子部品試験条件では,しばしば問題にされる。最近はフィルドデータも重視されるようになった。.2.2 染料系偏光フィルムヨウ素系偏光フィルムに比較して,今までは十分な偏光特性が得られないとされてきたPVA−染料系偏光フィルムに,耐湿熱性の観点から車載用として注目されるに至って,ニュートラル(中性色 ),赤,緑,青などのカラー偏光フィルムの開発が進められてきた。染料系偏光フィルムはPVA−ヨウ素系に比較して偏光性が劣るのは染料自身の異方性(二色性)がヨウ素錯体に比較して低いためと考えられている。しかし,最近はPVA延伸による配向性を高めることによっても,偏光性能を改良するようになっている。染料系偏光フィルムの製造プロセスは,ヨウ素系と同じように,薄いPVAフィルムに二色性の高い直接染料を拡散吸着させ,これをホウ酸水溶液中で4倍程度に延伸する(湿式法)。浸漬染色PVAフィルムを一方向に延伸するとPVAポリマーに微結晶化が起こり,非結晶領域に強い配向性がみられ,これと同時にPVAフィルムの表面から拡散吸収した染料が運動性の高い非結晶領域に優先的に吸着するので,PVA高分子鎖にそって,二色性染料の長いセグメントが配列する。この結果,染料による偏光効果が得られると考えられる。偏光度の改良は延伸工程はもとより,延伸後の処理工程においても横幅の収縮が大きいほど,その効果は大きい。また,耐湿熱性の改良は,高く結晶化した高分子が高湿熱で劣化しない処理条件にすること,および二色性比の高い耐酸性染料を開発することを重要視している 。(甲3,8」2頁下3行∼83頁23行)(イ) 甲4公報「本発明の延伸に供するフィルムは特に限定するものではなく未延伸フィルムまたはさらに延伸可能な一軸あるいは二軸延伸フィルムである。本発明者らは本発明の最も興味ある適用対象として偏光フィルム製造を提案するものであるが,周知の様に偏光フィルムとしては,ポリ塩化ビニル,ポリビニルアルコールを基体とするものが考案されている。…」(下線は判決付記。2頁右上欄11行∼下3行)「一軸延伸方法自体の具体化は本発明の必須構成要件ではないが,代表的な方法が米国特許第2547763号明細書に詳しく記載されている。即ち,延伸前後のフィルム幅を出来るだけ等しくする延伸方法(以後この方法をワイド・ストレッチと言う)及び,これとは逆に幅方向の収縮を積極的に行なう延伸方法(以後この方法をピュアー・ストレッチと言う)の両方法について述べられている。両者とも熱可塑性ポリマーのシート状物質を一軸方向に分子配向させると言う目的は同じであり,原理的には原料シートの供給側と巻き取り側の前後2対のニップロールの周速差を利用して長さ方向の一軸に延伸するものである。…分子配向という点では積極的に幅方向の収縮を行なわせるピュア・ストレッチの方が優れているとされている。…均一な配向を必要とする用途としては好適な延伸方法と言える。…」(2頁左下欄下6行∼右下欄下1行)ウ 以上によれば,PVAフィルムを使用して偏光フィルムを製造する際,フィルムを一方向に延伸するという一軸延伸工程の意義は,ポリビニルアルコールを一軸方向に分子配向することにより偏光効果を高めるという点にあり,しかも,幅方向に収縮しないよう延伸する方法(ワイド・ストレッチ)より,積極的に幅方向の収縮を行わせる延伸方法(ピュアー・ストレッチ)の方が分子配向性に優れ,その結果,偏光効果が高まることが認められる。そして,本件発明は ,「耐久性に優れ且つ高偏光度を有する偏光フィルムの製造法に関する」(甲10段落【0001 】)ものであり,解決しようとする課題は,偏光性能と耐久性のいずれもが優れたPVA系偏光フィルムを開発しようとするものであるから(段落【0003】,耐久性の向上)のみを課題とするものではなく,むしろ偏光性と耐久性のバランスをより高いレベルで保持することに課題があるということができる。そうすると,偏光性能の改良に関する甲3文献及び甲4公報の上記記載に基づきピュアー・ストレッチによる延伸方法(幅方向を収縮するような一軸延伸方法)を採用することは,正に本件発明の技術課題に関係し,かつ,本件発明の課題解決に資するものということができるから,本件発明のような偏光フィルムの製造に関する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)は,引用例(甲2)の「発明の要約 」「本発明の目的の一(つは改善された耐熱性や耐湿熱性を有する偏光フィルムを提供することである」との記載,訳文2頁下1行∼3頁1行)のほか甲3文献及び甲4公報の上記記載に接することで,偏光効果の高いPVA偏光フィルムを製造するために幅方向の収縮を行わせる一軸延伸方法を試みることを容易に想到することができるというべきであって,その際,甲3文献及び甲4公報の上記記載が耐久性に直ちに関係しないとしてもなお,本件発明に適用することについて動機付けに欠けることにはならないというべきである。これに反する原告の主張は採用することができない。エ 原告は,審決(12頁16行∼18行)が引用する甲3文献の「偏光度の改良は延伸工程はもとより,延伸後の処理工程においても横幅の収縮が大きいほど,その効果は大きい 。」との記載は染料系偏光フィルムに関するものであり,本件発明のようなヨウ素系偏光フィルムではないとして,これが甲3文献を適用する際の阻害要因となる旨主張するが,前記ウに述べたとおり,ピュアー・ストレッチの効果は分子配向性を高めるという点にあり,これが偏光フィルムの染色方法(ヨウ素系か染料系か)により異なるものとは認められないから,染色方法の違いにより上記結論が左右されるものではない。また原告は,甲4公報に記載された延伸方法は本件発明とは異なり乾式延伸であると主張するが,甲4公報の前記記載に乾式延伸を前提とすべき記載は見当たらず,原告の主張は前提を欠くといわざるを得ない。同様に,原告は甲4公報の実施例に使用されたフィルムはポリ塩化ビニルであって,本件発明におけるPVAフィルムとはフィルム特性が異なるとも主張するが,甲4公報には,同発明の延伸に供するフィルムは特に限定されておらず,むしろ,ポリビニルアルコールを基体とするものも含まれる旨が記載されている(前記イ(イ)の各下線部分)のであるから,原告の主張は前提を欠くといわざるを得ない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

(2)ア 次に原告は,引用発明その他の文献には,延伸前後のフィルム幅の収縮率を特定範囲に制御するという本件発明の最大の特徴に係る技術思想が何ら開示されていないから,これをもって本件発明の構成を限定することが容易であるとはいえない旨主張する。イ この点,本件明細書(全文訂正明細書)には,実施例及び対照例において収縮率(幅減少率)が46%,50%,53%,70%の例が挙げられているものの(段落【0013】∼【0018】,40%未満の例は挙げ)られておらず,その他本件明細書において40%∼60%の収縮率という数値限定の臨界的意義を明らかにする記載や,同数値限定外の収縮率を採用する場合の阻害事由に関する記載は見当たらず(なお,上記数値限定の効果については,後記3で更に検討する。,他に上記臨界的意義や阻害事)由を認めるに足りる証拠もない。ウ 一方,引用例(甲2)その他の文献等には,PVA偏光フィルムの延伸倍率ないし延伸前後のフィルム幅の収縮率に関し,次の記載がある。(ア) 引用例(甲2)「このようにして得られた未延伸フィルムを約5倍あるいはそれ以上に,好ましくは約7倍あるいはそれ以上に,破断を避ける範囲で一軸延伸する。延伸比が約5倍未満であれば,でき上がった偏光フィルムは偏光係数と透過率の点で不満足なものとなろう。延伸比は高い方が良いが,実務的観点からはおよそ20倍が上限である。最も好ましい延伸比は約8倍ないし15倍であろう。(訳文6頁7行∼11行)」(イ) 甲3文献「偏光度の改良は延伸工程はもとより,延伸後の処理工程においても横幅の収縮が大きいほど,その効果は大きい。(83頁20行∼21行)」(ウ) 甲4公報・ 「高度に配向した一軸延伸フィルムの延伸時のトラブルに関して言及する。当業者には容易に理解されることと思われるが,一軸延伸を実施するに当たり,長さ方向の配向度があがればあがる程,即ち,延伸倍率が高くなる程割繊維化の傾向が進み延伸操作時にフィルムの縦割れを生じ易い。…」(1頁右欄下5行∼2頁左上欄1行)・ 「…一方,分子配向という点では積極的に幅方向の収縮を行なわせるピュア・ストレッチの方が優れているとされている。しかし,ピュア・ストレッチによれば,装置スペース的に不利,即ち,送り出しローラと巻き取りローラ間の距離はフィルム幅の通常1∼5∼∞倍程度要するとされワイド・ストレッチに比し大きなものになる。… 」(2頁右下欄11行∼17行)・ 「…一軸延伸の際特に高度に一軸延伸する際に発生の傾向のある縦じわ…」(3頁右上欄10行∼11行)(エ) 甲6公報・ 「本発明者らは,偏光性能,耐熱安定性,光学的均一性にすぐれた偏光フィルムを得るべく鋭意検討した結果,同一の延伸倍率においても偏光性能に差があり,特に延伸前後の厚みと延伸方向に垂直な方向の実長さとの間に特定の関係で延伸されたものがすぐれた偏光フィルムとなりうることを見い出し,更に検討を行い,遂に本発明に至った。」(2頁左上欄下8行∼下2行)・ 「本発明においては上記未延伸フィルムを倍率2.5以上で少なくとも一方向に延伸する。延伸方式は公知の引張延伸,ロール圧延延伸等を採用することができるが,延伸倍率が2.5未満では偏光フィルムとしての充分な偏光性能が付与されないので不適である。延伸倍率が高くなればなるほど偏光性能に対しては好ましいものであるが,通常は10を越えると延伸切れ等により作業性が悪化するので,好ましい延伸倍率としては3∼10である 。(2頁左下欄下2行∼右下欄7」行)エ 以上によれば,偏光フィルムの一軸延伸を行う場合,一般論としては,延伸比ないし延伸倍率が高いほど,また,延伸後の横幅の収縮が大きいほど偏光性能が高くなるといえるものの,これが行き過ぎると, 破断」「縦「 ,割れ 」 「縦じわ」 「延伸切れ」といったフィルムの強度上の問題や,, , 「装置スペース」といった物理的な問題が顕在化すること,したがって,現実には延伸倍率(収縮率も同様)には適正範囲(引用例〔甲2〕でいえば約8倍∼15倍,甲6公報でいえば3∼10倍)の存在を観念できるが,その際,幅方向の収縮率を40%∼60%に限定することは,前記イのとおり格別な技術的意義があると認めることはできないから,その範囲は当業者が適宜設定すべきものというほかない。そして,本件発明における幅の収縮率の数値限定は,上記「破断」等の問題が起こらない程度の延伸倍率における横幅の収縮の程度に着目してこれを数値で表現したにすぎないものであるから,このような観察をして,最適な収縮率の範囲を特定すべく試行錯誤をすることは,当業者における日常的,設計的な業務にすぎないと認められる。そうすると,引用例その他の文献等に現れた本件発明の出願当時の周知技術を本件発明に適用して,延伸後の横幅の収縮率につき適正な限定を行うことは,当業者が容易に想到し得ることというべきである。オ(ア) これに対し原告は,フィルムを同じ倍率に延伸したとしても,フィルムには長さ方向以外に,幅,厚み方向があり,延伸条件により延伸後のフィルム状態は様々であるから,延伸前のフィルムの厚みと延伸後のフィルムの厚みが明らかでなければ,フィルム幅の収縮率は不明であり,比較の対象とはなり得ないと主張する。確かに,延伸倍率や収縮率は,未延伸フィルムの幅,長さ,厚み等の諸条件により異なるから,前記各文献等に現れた数値を単純に比較することはできないが,それらの数値がいずれであったとしても,上記のようなフィルム強度上の問題等により,延伸倍率や延伸後の横幅の収縮率の限定が不可避であることには変わりはないから,原告の主張は理由がない。なお原告は,引用例には延伸前後のフィルム幅の収縮率を特定範囲に制御するという本件発明の技術思想は開示されていないとも主張するが,上記エに延べたとおり,引用例は,偏光フィルムの一軸延伸をするに当たり,偏光性能の高度化を指向しつつ,その際に生じる問題を回避するため,延伸倍率ないし延伸後の横幅の収縮率を調節ないし限定することが不可避であることを開示するものであるということができるから,原告の上記主張は採用することができない。(イ) また原告は,甲6公報はPVAの代わりに疎水性樹脂を用いたものであり,色素も光二色性有機色素である点で本件発明と異なるから,これを根拠に容易想到性を肯定することはできない旨主張するが,甲6公報に記載された一軸延伸を行う場合のフィルム強度上の限界という問題は,フィルム原料としてPVAを用いるか疎水性樹脂用いるか,また染色方法としてヨウ素系染料を用いるか光二色性有機色素を用いるかにより左右されるものではないから,原告の上記主張は採用することができない。(ウ) さらに原告は,甲5公報は,延伸方向に垂直な方向のフィルム見掛け長さが実長さに対して延伸倍率のほぼ立方根分の1になるよう短縮された未延伸フィルムを延伸する技術に関するものであって,本件発明とは全く別の技術に関するものであるから,これを参酌して容易想到性を肯定した審決の判断は誤りである旨主張する。確かに,甲5公報では一度フィルムを短縮させた上で,更にこれを延伸するのに対し,本件発明は通常の未延伸フィルムを延伸するものであるから,両者は対象となるフィルムを異にし,かつ,述べられる収縮率も場面を異にするものということができ,前提とする技術が異なるとの原告の指摘は首肯できないではないが,甲5公報の記載を参酌しなくとも,延伸後の横幅の収縮率につき適正な限定を行うことが容易想到であると認めるべきことは前記エのとおりであるから,この点に関する審決の判断の誤りは結論を左右するものではない。カ 以上のとおり,相違点3の構成は容易想到であると認められるところ,その余の相違点(前記第3の1(3)イの〈相違点1〉及び〈相違点2〉)の構成が容易想到であることは当事者間に争いがないから,当業者は本件発明の構成を容易に想到することができたということができる。取消事由2(顕著な効果の看過)について(1) 原告は,本件発明は,ヨウ素染色PVAフィルムをホウ素化合物溶液中で一軸延伸するに当たり,PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させることにより,「耐久性に優れ」,かつ,「高偏光度を有する」偏光フィルムが得られることを見出した点に本質があり,審決にはこのような本件発明の顕著な効果を看過した誤りがある旨主張するので,以下検討する。(2) 本件明細書(甲10,全文訂正明細書)には,本件発明の効果に関し,次の記載がある。ア 「実施例1平均重合度3800、平均ケン化度99.5モル%のポリビニルアルコールを水に溶解し、5.0重量%濃度の水溶液を得た。該液をポリエチレンテレフタレートフイルム上に流延後、乾燥して膜厚60μのフイルムを得た。このフイルムを10 cm 巾に切断しチャックに装着した。該フイルムをヨウ素0.2g/ℓ、ヨウ化カリ50g/ℓよりなる水溶液中に30℃にて120秒浸漬し、ついでホウ酸60g/ℓ、ヨウ化カリ30g/ℓの組成の水溶液に浸漬すると共に、同時に6倍に一軸延伸しつつ5分間にわたってホウ酸処理を行った。最後に室温で24時間乾燥した。得られたフイルムの膜厚は25μ、巾は5 cm でフイルム巾の減少率(以下単に減少率と略記する)は50%であった。該フイルムの両面にポリビニルアルコール水溶液を接着剤として用いて膜厚80μのトリアセチルセルロ−スを貼着し、50℃で乾燥して偏光板を得た。この偏光板の単体透過率は43.05%、偏光度は99.89%であった。更にこのフイルムを60℃、相対湿度90%の雰囲気中に20日間放置した後同様の測定を行ったところ、単体透過率は43.08%、偏光度は99.43%であった。又、80℃でドライ雰囲気下で20日放置して、耐熱テストを行ったところ、単体透過率は43.05%、偏光度は99.87%であった 。(段」落【0014】)イ 「対照例1平均重合度1700、平均ケン化度99.8モル%のポリビニルアルコールを用いて実施例1と同一の実験を行った。製造直後の偏光板の単体透過率は43.19%、偏光度は99.14%であり、60℃、相対湿度90%、放置日数20日間後の単体透過率は44.83%、偏光度は95.89%であった。耐熱テスト後の単体透過率は44.82%、偏光度は95.87%であった 。 (段落【0015 】」 )ウ 「対照例2フイルム巾の減少率を70%に変更した以外は実施例1と同じ実験をした。製造直後の単体透過率は43.26%、偏光度は99.36%、60℃、相対湿度90%、放置日数20日間後の単体透過率は44.88%、偏光度は97.66%であった。耐熱テスト後の単体透過率は44.87%、偏光度は97.64%であった。(段落【0016】」 )エ 「実施例2平均重合度4500、平均ケン化度99.3モル%のポリビニルアルコールを用いた以外は実施例1と同一の実験を行った。製造直後の偏光板の単体透過率は44.05%、偏光度99.78%であり、60℃、相対湿度90%、放置日数20日間後の単体透過率は44.88%、偏光度は97.45%であった。耐熱テスト後の単体透過率は44.05%、偏光度は99.76%であった。(段落【0017】」 )オ 「実施例3∼4実施例1においてフイルムの巾の減少率を46%(6.5倍延伸)[実施例3]及び53%(5.4倍延伸)[実施例4]に変更した以外は同じ実験を行った。結果は次の通りであった。実施例3 実施例4単体透過率 偏光度 単体透過率 偏光度製造直後 43.14% 99.89% 43.24% 99.23%耐久テスト後 43.74% 99.45% 44.53% 98.74%耐熱テスト後 43.14% 99.87% 43.24% 99.22%」(段落【0018】)

(3)ア 以上の実施例及び対照例のうち,PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させること自体の効果を比較できるもの,すなわち,PVA幅以外の条件が同一であるものは,実施例1(フィルム幅減少率50% ),対照例2(同70%),実施例3(同46%)及び実施例4(同53%)であるところ,これらの効果をフィルム幅減少率の順に並べて比較すると,下記1のとおりとなる 単位はいずれも%, 単】は単体透過率, 偏】は偏光度)( 【 【 。記1製造直後 耐久テスト後 耐熱テスト後幅減少率 【単】 【偏】 【単】 【偏】 【単】 【偏】実施例3 (46) 43.14 99.89 43.74 99.45 43.14 99.87実施例1 (50) 43.05 99.89 43.08 99.43 43.05 99.87実施例4 (53) 43.24 99.23 44.53 98.74 43.24 99.22対照例2 (70) 43.26 99.36 44.88 97.66 44.87 97.64これによれば,フィルム幅減少率を本件発明と同様の構成にした場合 実(施例1,3,4)は,そうでないもの(対照例2)と比べて,製造直後の偏光度においてはむしろ劣っている場合があり(実施例4の製造直後の偏光度参照),必ずしも本件発明の効果が顕著に優れているとまでは認め難い。また,上記比較においては,フィルム幅減少率を本件発明と同様の構成にした場合の方が耐久性は優れている傾向が認められる。しかし,引用例(甲2)には,高重合度のPVAを用いた偏光フィルムについて ,「…従来のものに比べて高い比率で延伸し得るこの偏光フィルムは光学特性に優れ,かつ高い耐熱性と耐湿熱性を有する。(訳文9頁17行∼19行)と」して,延伸比率を高めることが耐久性の向上に資する旨が開示されている。そうすると,引用例に接した当業者においては,延伸比率の低い対照例2(幅減少率70%)のものより同比率の高い他の実施例4(同53%)等の方が耐久性に優れたものとなり得ることは当然に予測できるものであって,これが格別のものであるとは認め難い。イ しかも,平均重合度と平均ケン化度は異なるが減少率は同一という条件下で測定した実施例1(段落【0014】)及び対照例1(段落【0015】)の効果を比較すると,下記2のとおりとなる(単位,略称は上記1に同じ)。記2製造直後 耐久テスト後 耐熱テスト後幅減少率 【単】 【偏】 【単】 【偏】 【単】 【偏】実施例1 (50) 43.05 99.89 43.08 99.43 43.05 99.87対照例1 (50) 43.19 99.14 44.83 95.89 44.82 95.87これによれば,両者は幅減少率が同一であるにもかかわらず,実施例1の方が偏光性,耐久性ともに明らかに優れており(ちなみに,その差異は幅減少率が異なる前記1の場合よりも顕著である。,したがって,本件発)明の効果は,幅減少率のみならず,それ以外の要因(平均重合度等)にもよるものと推認することができるから,PVAフィルム幅を特定の範囲内に収縮させることのみによる効果が格別顕著なものであるとまでは認めることができない。ウ これに対し原告は,本件発明の実施例と引用例記載の実施例とを比較の上,本件発明は耐久性に優れ,顕著な効果を有する旨主張する。しかし,上記(2)アのとおり,本件発明の実施例に用いられた偏光板は,一軸延伸により延伸されたフイルムの両面に膜厚80μのトリアセチルセルロ−スが貼着されており,これが保護膜(本件明細書〔全文訂正明細書〕段落【0011】参照)として作用しているのに対し,引用例記載の実施例においてはこのような保護膜は貼着されていないから,両者は比較の前提を欠くといわざるを得ない。エ そうすると,本件発明の効果が引用発明や周知技術から当業者が予測できる範囲内のものであるとした審決の判断が誤りということはできない。結論以上によれば,原告主張の取消事由はすべて理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所 第2部

裁判長裁判官 中 野 哲 弘

裁判官 森 義 之

裁判官 澁 谷 勝 海

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