平成16(ワ)21737特許権侵害差止等請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成19年3月16日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告松下電器産業株式会社
パナソニックモバイルコミュニケー
ら訴訟代理人弁護士大武和夫
ら補助参加人北辰工業株式会社 原告大成プラス株式会社
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法令 |
特許権
特許法167条4回 特許法102条3項2回 特許法29条2項123条1項2号1回 民事訴訟法2条1回 特許法29条の21回 特許法29条2項1回 特許法104条の31回
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キーワード |
無効18回 特許権14回 審決11回 実施9回 差止9回 無効審判8回 侵害7回 進歩性7回 刊行物5回 損害賠償5回 間接侵害1回
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主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,補助参加によって生じた費用を含め,原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,記録再生装置の防振装置に関する特許権を有する原告が,被告らに対
し,被告らによる防振装置の製造販売が本件特許権を侵害すると主張して,その
製造販売の差止め並びに不法行為に基づく損害賠償の支払又は不当利得の返還を
求めた事案である。 |
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判決文
平成19年3月16日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成16年(ワ)第21737号のイ 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成18年12月12日
判 決
東京都中央区<以下略>
原 告 大成プラス株式会社
同訴訟代理人弁護士 赤尾直人
同訴訟代理人弁理士 富崎元成
大阪府門真市<以下略>
被 告 松下電器産業株式会社
(以下「被告松下」という。)
横浜市<以下略>
被 告 パナソニックモバイルコミュニケー
ションズ株式会社
(以下「被告パナソニック」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 大武和夫
同 山内貴博
同 玉井裕子
同訴訟復代理人弁護士 金山卓晴
横浜市<以下略>
被告ら補助参加人 北辰工業株式会社
(以下「補助参加人北辰」という。)
同訴訟代理人弁護士 酒井正之
同補佐人弁理士 栗原浩之
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,補助参加によって生じた費用を含め,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告松下は,別紙1「イ号装置目録」記載の記録再生装置の防振装置を製
造し,販売してはならない。
2 被告松下は,原告に対し,3552万6316円及びこれに対する平成1
6年8月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告パナソニックは,原告に対し,7500万円及びこれに対する平成1
6年8月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,記録再生装置の防振装置に関する特許権を有する原告が,被告らに対
し,被告らによる防振装置の製造販売が本件特許権を侵害すると主張して,その
製造販売の差止め並びに不法行為に基づく損害賠償の支払又は不当利得の返還を
求めた事案である。
1 前提となる事実
(1) 当事者
ア 原告は,合成樹脂製品及び原料の製造,販売及び輸出入の事業等を目的と
する会社である。
イ 被告松下は,電気,通信,電子及び照明機械器具の製造,販売等を目的と
する会社である。
ウ 被告パナソニックは,音響・映像機器などの製造,販売等を目的とする会
社である。
(以上,争いのない事実)
(2) 本件特許権(甲1,2の1及び2)
原告は,次の特許権を有している(以下「本件特許権」といい,本件特許権に係
る特許を「本件特許」,訂正後の請求項1の発明を「本件発明」,本件特許の明細書
及び図面(甲2の1及び2。別紙2)を「本件明細書」とそれぞれいう。)。
特許番号 第2138602号
発明の名称 記録再生装置の防振装置
出願年月日 平成2年10月22日
出願番号 特願平2−281847号
出願公告年月日 平成7年12月25日
出願公告番号 特公平7−122983号
訂正を認める審決確定日 平成14年11月12日
請求項1 別紙2の該当欄に記載のとおり
(争いのない事実)
(3) 本件発明の分説
本件発明を分説すると,次のとおりである(以下,各構成要件を「構成要件A」
のようにいう。)。
A 内部に空間を区画する筐体と,この筐体の一部に設けられ,記録再生装置を
支持するための弾性支持具と,前記筐体の一部に設けられ,前記記録再生装置を
支持し,かつその振動を減衰するための減衰手段とを備えた防振装置であって,
B 前記減衰手段は,
a 前記筐体にその内方を向くように設けられた,熱可塑性樹脂のエンジニア
リングプラスチックからなる複数の中空の筒状部と,
b この筒状部内に収容された減衰材と,
c 前記筒状部の前記筐体内方側の端部のみに射出成形により一体に熱融着さ
れた軟質の熱可塑性弾性体からなり,略中央部に前記記録再生装置に設けた突起
を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材と,
d 前記筒状部の他端部に固着された第2密封部材とを有する
C 記録再生装置の防振装置。
(争いのない事実)
(4) イ号装置等
ア 被告松下による本件CDチューナーの販売
被告松下は,平成15年以降,別紙1「イ号装置目録」に記載された商品名及
び品番の記録再生装置を販売している(以下,この記録再生装置を「本件CDチュ
ーナー」という。)。
イ 被告パナソニックによる本件CDチューナーの販売
被告パナソニックは,本件CDチューナーを販売していない。
ウ イ号装置
本件CDチューナーは,別紙1「イ号装置目録」記載の防振装置を使用してい
る(以下,この防振装置を「イ号装置」という。)。
(以上,争いのない事実,弁論の全趣旨)
エ イ号装置の製造者
イ号装置は,タナシン電機株式会社の関連会社が製造している。
(弁論の全趣旨)
オ イ号減衰手段の製造者
イ号装置のうち,構成要件Bにいう「減衰手段」に該当する部材は,補助参加
人北辰が製造したものである(以下,「減衰手段」に該当する部材を「イ号減衰手
段」といい,個別に品番CQ−DPX153Dに使用されている減衰手段を「1
53ダンパ」 CQ−C1101Dに使用されている減衰手段を 1101ダンパ 」
, 「
ということがある。)。
(争いのない事実)
カ イ号装置の構造
(ア) イ号装置の構造につき,原告は,別紙1「イ号装置目録」添付の「イ号
装置説明書」のとおり主張する。
(イ) 補助参加人北辰は,平成14年2月ころ以降,従来と異なる金型,接着
剤の成分等により,イ号減衰手段の製造を開始した。
(弁論の全趣旨)
(ウ) 原告が別紙1「イ号装置目録」で特定するイ号装置は,いずれも平成1
4年2月ころ以降に製造されたイ号減衰手段を使用している。
(弁論の全趣旨)
(エ) イ号減衰手段は,後記の奥山金型とは異なる金型を使用し,筒状部に接
着剤として変性ポリエチレンが配合され,ガラス繊維も配合されている。
(争いのない事実,弁論の全趣旨)
(オ) イ号減衰手段を使用したイ号装置は,別紙1「イ号装置目録」添付の「イ
号装置説明書」の第2( a)のうち「,又は商品名を「モディック・AP P505」
とするポリプロピレンと無水マレイン酸との接合によるポリマーによる接着剤(三
菱化学株式会社製造)」,及び同(c)のうち「一体に熱融着された」ことを除く構成
を有する。
(争いのない事実,乙14の1及び2,弁論の全趣旨)
キ 構成要件の一部充足
したがって,イ号装置は,構成要件のA,構成要件Ba(筒状部)のうち「エン
ジニアリングプラスチックからなる」を除く部分,構成要件Bb(減衰材),構成
要件Bc(第1密封部材)のうち「一体に熱融着された」を除く部分,構成要件B
d(第2密封部材),及び構成要件 C を充足する。
(5) 異議申立て
ア Aは,平成8年3月22日,本件特許に対して特許異議の申立てをした(甲
8の1)。特許異議の理由として①本件発明(訂正前のもの)は,実願平1−152
198号(実開平3−91548号公報 。同特許異議申立事件における甲第1号証 。
本訴甲8の2)の願書に最初に添付された明細書及び図面に記載された考案と同一
であるから,特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない,
②本件発明(訂正前のもの)は,本願出願前に国内において頒布された実開平1−
139240号公報(同特許異議申立事件における甲第2号証)に記載された発明
に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条
2項の規定により特許を受けることができない旨主張した。
イ 原告は,平成8年12月16日付けで特許異議答弁書(甲9)を提出した。
その中には,「甲第1号証の説明によると,甲第1号証の軟質樹脂部材は,…サー
モプラスチックラバーです。このサーモプラスチックラバーは,硬質樹脂部材の
ポリプロピレンとは融着も溶着もしません。樹脂同士の融着とか溶着の技術は,
全世界的な開発競争が行われた技術であり,一般に異なる樹脂同士は溶着・融着
せず,2色成形により溶着・融着する樹脂同士の組み合わせは限られています。」
(4頁)との記載がある。
ウ 特許庁は,①先願発明(甲第1号証)の明細書及び図面には,訂正前の本件
発明(以下,同じ。)の「筒状部の筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融着
された軟質の熱可塑性弾性体からなり,略中央部の記録再生装置に設けられた突
起を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材」は記載されておらず,先
願考案は,本件発明の前記構成を欠いている。先願の明細書には「接着」の語が
使用されているが,その意味は不明瞭であり,本体12の貫通孔36により「形
状的に連結されている」という記載からみれば,本件発明の「熱融着」を意味す
るとはいえない,②甲第2号証には,本件発明の上記構成は記載されていない,
③本件発明は,上記構成により明細書記載の格別な効果を期待できるものである
から,甲第2号証に記載された発明から容易に発明できたものではない旨認定し
て,同特許異議の申立ては理由がないものと判断した(甲10)。
(争いのない事実)
(6) 無効審決及び審決取消訴訟
ア 無効審決
(ア) 補助参加人北辰は,平成11年10月20日,本件特許に対して無効審
判の請求をした(平成11年審判第35576号。以下,この手続を「平成11年
無効審判」という。)。
補助参加人北辰は,引用刊行物1(実願昭63−151566号(実開平2−7
2834号)のマイクロフィルム。乙28)記載の発明に,引用刊行物2(特開昭6
1−189336号公報)記載のプラスチックをダンパー材料として適用するとの
思想を基に,引用刊行物3∼5(特開平1−139240号公報,特開平2−10
7415号公報,特開平1−139241号公報)記載の硬軟プラスチックを組み
合わせ,これに周知の固着技術である熱融着の方法を適用して本件発明を想到す
るのに格別の困難性はなく,本件発明には無効理由がある旨主張した。
(イ) 原告は,平成13年2月26日,同手続の中で,本件発明について ,「…
端部に型成形により…」を「…端部のみに射出成形により…」に訂正すること等
を内容とする訂正請求をした。
(ウ) 特許庁は,平成13年10月2日 ,「訂正を認める。本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をした。
イ 審決取消訴訟
(ア) 補助参加人北辰は,上記審決につき,審決取消訴訟を提起した(平成13
年(行ケ)第505号審決取消請求事件)。
(イ) 東京高等裁判所は,平成14年10月29日,粘性液体を封入した振動
減衰ダンパーの技術分野においては,液体封入容器本体を硬質材料で形成し,支
持軸を需要する袋体を軟質材料とすることが,適切な減衰特性を得るために重要
であるところ,このような硬質と軟質の別材料を液密に固着すること,粘性流体
を密封するために部材を接着することが振動減衰ダンパーの技術分野において解
決困難な技術課題であったと認定した上で,「原告は特に(引用刊行物1の)第5図
の構造に,公知の硬質材料と軟質材料の熱融着技術を適用することは容易である
と主張する。しかしながら,たとえ,熱可塑性エンジニアリングプラスチックと
熱可塑性弾性体を熱融着することが公知の技術であったとしても,これを適用す
ることで上記の困難な技術的課題を解決されるのであれば,そのような技術は振
動減衰ダンパーの技術分野において十分な進歩性を有する発明として評価されな
ければならない 。 「原告は,引用刊行物1の第2図の実施例に基づく容易想到性
」
を主張する。…しかしながら,容器部と蓋部の接合には接着剤を用いた接着とい
う手段をとることになるが,接着剤による接合は,強度的に,また密封性に不安
があるのは自明の事項である。訂正発明1(本件発明)はこの課題を解決したもの
であって,この解決に伴う相違点3をもって容易想到であったとする原告の主張
は,理由がない。」等と判示して,補助参加人北辰の請求を棄却する旨の判決をし
(甲47),同判決は,確定した。
(争いのない事実)
(7) 北辰前訴
ア 原告は,東京地方裁判所に対し,平成11年9月17日,補助参加人北辰
を被告とし,補助参加人北辰による記録再生装置用の防振装置の減衰手段の製造
販売が本件特許権の間接侵害に当たると主張し,その製造販売の差止め及び平成
7年12月25日(出願公告日)から平成11年7月末までの製造販売分につき実
施料相当額の不当利得返還を求める訴えを提起した(平成11年(ワ)第20766
号特許権侵害差止等請求事件。以下,この訴訟を「北辰前訴」という。)。
イ 北辰前訴における主要な争点は,補助参加人北辰が製造販売する減衰手段
において,ポリプロピレンが溶融してエラストマーと熱融着しているか否かであ
った。
ウ 東京地方裁判所は,平成14年1月29日,補助参加人北辰が製造販売す
る減衰手段は,本件発明の構成要件Bcにいう「熱融着した」という構成要件を
充足しないと判断して,原告の請求を棄却した(乙1)。
エ 東京高等裁判所は,平成14年9月3日に口頭弁論を終結した上,同年1
0月29日,控訴棄却の判決をし(平成14年(ネ)第1250号。乙2),最高裁
判所も,平成15年3月27日,上告棄却及び上告不受理の決定をした(平成15
年(オ)第195号,平成15年(受)第208号)。
(争いのない事実)
(8) ポリプロピレンの融点
通常,ポリプロピレンの融点は,165∼176℃である。
(甲7の1及び2)
2 争点
(1) 争点1 本訴提起の信義則違反
(2) 争点2 先願発明との同一性
(3) 争点3 進歩性の欠如
(4) 争点4 構成要件Ba中の「エンジニアリングプラスチック」の充足
(5) 争点5 構成要件Bc中の「熱融着」の充足
(6) 争点6 損害額
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本訴提起の信義則違反)
(被告らの主張)
(以下,「被告らの主張」というとき,補助参加人北辰の主張を含む。)
ア 北辰前訴の蒸し返し
本訴の提起は,次のとおり,実質的に北辰前訴の蒸し返しであり,信義則(民事
訴訟法2条後段)に違反するから,直ちに却下されるべきである。
イ(ア) 請求の実質的同一性
北辰前訴も本訴も,補助参加人北辰の製造に係る減衰手段の製造販売の差止め
を意図している。
原告は,北辰前訴において,審理の対象を,補助参加人北辰が当時製造してい
たものと広く特定していた。
本訴における対象物であるイ号減衰手段は,北辰前訴が係属していた平成14
年2月ころから製造していたものであるから,北辰前訴の対象物に含まれる。
(イ) 結論の論理的関係
イ号減衰手段は,部品として本訴のイ号装置に組み込まれるものであり,イ号
減衰手段が本件発明の構成要件を充足しなければ,イ号装置も本件発明の構成要
件を充足しないという関係にある。
したがって,北辰前訴の判断がイ号減衰手段にも及ぶとすると,イ号装置も本
件発明の構成要件を充足しないという結論が自動的に得られる。
(ウ) 争点の共通性
a 本件訴訟の主要な争点も,北辰前訴の争点と同一である。
b 原告は,北辰前訴において実験に十分な証拠提出の機会が与えられてい
たのであり,本訴において重ねてその機会を与える必要はない。
c しかも,北辰前訴の被告であった補助参加人北辰は,減衰手段の製造者
であり,本件訴訟の被告らは,当該減衰手段が組み込まれた部品の購入者にすぎ
ない。したがって,本件訴訟の被告らよりも北辰前訴の被告の方が豊富な情報を
有しており,充実した審理がされたものである。
d また,原告は,北辰前訴において,被告らを共同被告とすることに何ら
支障はなかった。
e 原告は,実体真実追求の原則という独自の原則についてるる述べるが,
原告が本件訴訟で提出している甲号証こそが実体真実と無関係のものである。
(エ) まとめ
したがって,本件訴訟は,原告が敗訴した北辰前訴の実質的な蒸し返しにすぎ
ず,信義則に反し許されないものとして却下されるべきである。
(原告の主張)
ア 被告らの主張ア(北辰前訴の蒸し返し)は,否認する。
イ(ア) 同イ(ア)(請求の実質的同一性)は否認する。
(イ) 同イ(イ)(結論の論理的関係)は明らかに争わない。
(ウ) 同イ(ウ)(争点の共通性)のうち,aないしdは否認する。
北辰前訴における争点は,原告提出の訴訟資料によって「熱融着」が成立して
いるか否かであったが,立証不十分と判断されて請求が棄却された。しかし,本
件訴訟において,原告は,北辰前訴当時に提出することができなかった新たな証
拠を提出し,新たな主張立証を行うものであり,前訴とは紛争の実態が同一であ
ると評価することはできない。
また,実体真実主義との関係においても,信義則違反は成立しない。すなわち,
北辰前訴は,金型内ピーク温度について,実際の温度よりも低い測定値を示すキ
ャビサーモの誤った測定値が採用された結果,原告が敗訴するに至ったものであ
る。これは,実体真実追求の原則という訴訟の根本的制度趣旨及び目的に反する
ものである。したがって,本件訴訟の提起は,信義則に違反しない。
(エ) 同(エ)(まとめ)は否認する。
(2) 争点2(先願発明との同一性)
(被告らの主張)
ア 本件特許権の出願日前の出願であって本件特許権の出願後に出願公開され
た実願平1−152198号(実開平3−91548号)のマイクロフィルム(甲8
の2。以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という 。)
は,次の構成を有する。
すなわち,先願明細書には,先願発明である液体封入減衰手段が「2色成形法」
によって形成できること(9頁4行),この2色成形法によれば「軟質樹脂材が,
先に成形された硬質樹脂材とその接合面で接着する」(9頁5行,6行)ことが記
載されている。
この記載によれば,先願発明は,2色成形によって溶融状態のサーモプラスチ
ックラバーを外周壁部32の端部のみに熱融着させることで,可撓部26を形成
するという技術的思想を有している。
イ したがって,先願発明の「可撓部26」は,本件発明の構成要件Bcの第
1密封部に相当する。
ウ よって,本件特許は,特許法29条の2に違反して特許された無効なもの
であり,原告は,特許法104条の3により,その権利行使をすることができな
い。
(原告の主張)
ア 認否
被告らの主張は否認する。
先願明細書には,「端部のみに 」「熱融着」が行われていることを裏付ける記載
は存在しない。かえって,先願発明は,形状的な連結方法を採用している。
イ 接着
先願明細書には,「軟質樹脂材が,先に成形された硬質樹脂材とその接合面で接
着する」(9頁5行,6行)と記載されているが,上記「接着」が「熱融着」を指
すことを裏付ける記載はない。
また,先願明細書の実用新案登録請求の範囲には,容器状本体とその開口を閉
塞する蓋体とは「固着」されていると記載されている。この「固着」は,先願明
細書の考案の詳細な説明によれば,
「蓋体14を嵌合凹部41に嵌合した上それら
の硬質樹脂部分を超音波溶着すると,容器状本体12と蓋体14とが一体に且つ
強固に固着する 。」(9頁14行∼17行)と記載されており,先願明細書は ,「接
着」と「溶着」とを明白に使い分けている。
ウ 端部のみ
先願発明の軟質樹脂材で構成された内周壁部34は,硬質樹脂材で構成された
外周壁部32の全長にわたって形状的に連結されている(先願明細書の第1及び第
2図参照)。
このように全長にわたって形状的に連結されているものは,「端部のみ」とはい
えない。
エ 形状的な連結方法
(ア) 先願明細書の実用新案登録請求の範囲には,「該容器状本体の可撓部分を
含む他部を軟質樹脂材で構成してそれらを一体成形し,且つ一方の樹脂構成部分
に連結用の凹形状部を形成する一方,他方の樹脂構成部分に連結用凸形状部を形
成し,それらにより硬質樹脂部分と軟質樹脂部分とを形状的に連結した」と記載
されている。
(イ) 先願明細書の実施例にも,「第2図に詳しく示しているように…この貫通
孔18内に本体部15を構成する軟質樹脂材が入り込んでおり,それら貫通孔1
8及び貫通孔18内に入り込んだ棒状部20により本体部15と外周縁部17と
が形状的に連結されている 。」(7頁9行∼15行)。さらに,「このとき後にモー
ルドされた軟質樹脂材が,先に成形された硬質樹脂材とその接合面で接着すると
同時に,貫通孔18,36内に流れ込んで形状的構造部を形成する。」(9頁4行
∼8行)と,形状的な連結構造である旨が記載されている。
(3) 争点3(進歩性の欠如)について
(被告らの主張)
ア 進歩性の欠如
(ア) 防振装置
実願昭63−151566号(実開平2−72834号)のマイクロフィルム(乙
28。以下「乙28公報」という。)は,本件特許の出願前に出願公開され,防振
装置に関する技術を開示している。
(イ) 熱融着
特開昭61−213145号公報(特願昭60−57383号。乙27。以下 乙
「
27公報」という。)は,本件特許の出願前に出願公開され,熱融着に関する技術
を開示している。
(ウ) 組合せの容易想到
a 熱融着の汎用性
乙27公報に記載された発明は,熱融着を,接合する部材,製品を限定せず,
あらゆる製品分野に用いることを前提としている。
b 課題の共通性
乙27公報には,製造工程を簡素化し,製造工数を減らすという課題が開示さ
れており,この課題は,本件発明の課題と共通である。
c 技術の共通性
乙27公報は,射出成形に熱融着を用いることを開示しているところ,防振装
置を射出成形にて成形することは,周知技術である。
乙28公報に開示された防振装置では,容器部(筒状部に相当)が蓋部(第1密封
部材に相当)より硬質である。乙27公報に開示されている熱融着技術も,硬質の
ものと軟質のものとを接合する技術であるから,技術としての共通性がある。
d 接着の共通性
乙28公報には,「容器部」と「蓋」を「接着」することが開示されている。
「接着」という技術は,「くっつくこと」を意味する上位概念であり,その下位
概念に「接着剤を用いる技術」と「接着剤を用いない熱融着といった技術」がある。
本件発明は,乙28公報に開示された上位概念である「くっつける」技術の中
から,その下位概念であり公知であった「熱融着」という技術を選択したにすぎ
ない。
e 組合せの容易性
( a) 上記aないしdによれば,乙28に開示された防振装置に乙27に開示
された熱融着技術を組み合わせる動機が存在し,その組合せは容易である。
(b) 仮に,製造工程で底部から金型を抜かなければならないのであれば,底
部が別部材とすることができることを開示している乙28の図5の防振装置を適
用すればよい。
f まとめ
よって,本件特許には特許法29条2項,123条1項2号の無効理由があり,
原告は,特許法104条の3第1項により本件特許を行使することができない。
イ 特許法167条違反の主張に対する反論
(ア) 後記原告の主張イ(ア)は否認する。
本訴において被告らが主張している無効理由は,乙28の防振装置発明,乙2
8の図5及び乙27公報の3つの文献に依拠している。
平成11年無効審判で審理判断された無効理由は,乙28の図5又は乙27公
報を含んでいない。形式上1つの文献であっても引用箇所が違う場合には,特許
法167条との関係では,
「同一の事実及び同一の証拠」には当たらない。
(イ) 同イ(イ)は否認する。
被告らは,平成11年無効審判に関与していなかったところ,特許法167条
が第三者の無効審判申立権まで奪っていることには憲法上の疑義があり,特許法
167条の適用は謙抑的になされるべきである。
よって,仮に本訴における被告の主張が「同一の事実及び同一の証拠」に当た
るとしても,被告らが侵害訴訟である本訴において特許無効の主張をすることは
排除されないというべきである。
(原告の主張)
ア 進歩性の欠如
(ア) 被告らの主張ア(ア)(防振装置)は認める。
(イ) 同(イ)(熱融着)は認める。
(ウ)a 同(ウ)(組合せの容易想到)のうちa(熱融着の汎用性)は否認する。
b 同b(課題の共通性)は否認する。
c 同c(技術の共通性)は否認する。
乙28公報に開示された防振装置は,筒状部と底部(第2密封部材)とを一体成
形したことによる容器部(筒状部と底部)と蓋部(第1密封部材)という2体構成で
あり,容器部の端部である開口部と蓋部(第1密封部材)とを接着することによっ
て,簡単な構造のダンパーを得た上で,粘性流体(減衰材)の注入作業を容易とす
るというものである。よって,乙28公報に開示された防振装置は,全体構成に
おいて,乙27に開示された発明と技術上の共通性を有していない。
また,乙28に開示された防振装置は,ブチルゴム等の軟質性プラスチックに
よる蓋部と容器部とを接着しており,金型の残留を考慮すると,成形と同時に融
着することは不可能である。よって,成形と融着とを同時に実現することを基本
的技術思想としている乙27に開示された発明とは両立し得ない。
d 同d(接着の共通性)は否認する。
乙28公報における「接着」は,接着剤による接着を意味しており,熱融着を
包摂していない。
e 同e(組合せの容易性)は否認する。
被告らの主張は,本件発明の構成を参照した上で,本来結合が不可能である乙
28に開示された発明と乙28の第5図の防振装置とを都合よく取捨選択してい
るにすぎず,後知恵論というべきである。
イ 特許法167条違反
(ア)a 進歩性に関する被告らの主張は,平成11年無効審判における主張と
実質的に同一である。
b 被告らは,乙28の第5図の構成は無効理由として主張されていなかっ
た旨主張するが ,平成11年無効審判においては,相違点3に対する判断として,
乙28の第5図の構成を斟酌することによって前記相違点3のように構成するこ
とが容易かの点についても認定判断されている(甲47の別紙8頁)。審決に対す
る審決取消請求訴訟において,補助参加人北辰は,乙28の発明において「熱融
着」を適用することの想到容易性,及び第5図の構成に「熱融着」を適用するこ
との想到容易性について論じ,東京高裁判決も,その点について判断を示してい
る(甲47の15頁∼17頁)。
(イ) したがって,本訴における進歩性に関する被告らの主張は,特許法10
4条の3第1項の「当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認め
られるとき」との要件を満たさないものである。
(4) 争点4(構成要件Ba中の「エンジニアリングプラスチック」の充足)
(原告の主張)
ア 構成要件Ba「エンジニアリングプラスチック」は,ポリプロピレンを包
含している。
イ(ア) 本件明細書の第1実施例には,「ブラケットの材質は・・・ポリプロピ
レン(PP)・・・など,機械的強度,成形性が良いもの,いわゆるエンジニアリ
ングプラスチックと呼ばれるものであればどんな合成樹脂でも良い。」(別紙2の
3枚目6行∼8行)と記載されており,ブラケットを一体成形する筒状部11の素
材に該当する「エンジニアリングプラスチック」として,ポリプロピレンが包摂
されることを明らかにしている。
(イ) このような一体成形の場合において,ポリプロピレンが「エンジニアリ
ングプラスチック」に該当する以上,一体成形が行われていない場合の実施例に
おいて,ポリプロピレンを筒状部の素材である「エンジニアリングプラスチック」
から除外しなければならない理由はない。
ウ 「エンジニアリングプラスチック」とは,機械的強度及び成形性が良好で
あって,機械材料に使用されるプラスチックを意味しており,学術上の概念とし
て正確な定義付けはされていない(甲3)。
エ ポリプロピレンは「エンジニアリングプラスチック」に分類される旨の技
術文献がある(甲21の195頁,乙9の2の4頁左欄29行∼30行)。
(被告らの主張)
ア 原告の主張ア(ポリプロピレンの包含)は否認する。
イ 同イ(本件明細書の記載)のうち,(ア)は認め,(イ)は否認する。
原告が指摘するとおり,本件明細書には,ブラケットの材質が記載されている
だけであり,筒状部がブラケットとは別体で形成される場合の筒状部の材質につ
いては全く言及されていない。ブラケットの材質の説明にしても,具体例を例示
する記載になっているだけであり,これらの記載がエンジニアリングプラスチッ
クの定義や説明になっていないことも,明らかである。
よって,特許請求の範囲における「エンジニアリングプラスチック」は,当業
界における一般的な解釈に委ねられるべきである。
ウ 同ウ(正確な定義の不存在)は否認する。
ポリプロピレンは,当業界においては ,「エンジニアリングプラスチック」とは
理解されず,「汎用プラスチック」に分類されている(乙15等)。よって,ポリプ
ロピレンは,エンジニアリングプラスチックに含まれない。
エ 同エ(文献)は,明らかに争わない。
(5) 争点5(構成要件Bc中の「熱融着」の充足)
ア 「熱融着」の意義
(原告の主張)
(ア) 本件明細書の記載
本件明細書には,熱可塑性弾性体(エラストマー)が,それ自身の溶融熱によっ
て,筒状部を構成する樹脂(エンジニアリングプラスチック)の表面部分を一部溶
かした上で接着することにつき ,「両者は混合又は凝着して熱融着面を作る」(別
紙2の3枚目15行,16行)と記載されている。
(イ) 混合及び凝着の意義
双方のポリマーが「接着し合う」状態として想定し得るのは,流動可能な状態
となっているポリマーが相互に混合し合うか,又は相互に凝着(個別に分かれた物
が一体となる現象)し合うかのいずれかであって,これらの状態以外に相互に接着
し合う状態を想定することができない。
(ウ) 熱融着
a 熱融着の定義
よって,熱融着とは,加熱を原因として双方のポリマーが流動可能な液層状態
と化し,相互に混合又は凝着することによって接合し合うことをいう。
b 熱融着の程度
(a) 本件発明は,減衰手段における熱融着の強度を何ら構成要件としていな
いが,記録再生装置の防振装置における減衰手段であることから,少なくとも通
常の使用に伴って生ずる振動に遭遇しても剥離が生じない程度であることが必要
である。
(b) エラストマー(軟質の熱可塑性弾性体)が破断するような引っ張り力は,
人為的に加えた異常な力であって,通常の使用状態において生ずる振動に基づく
引っ張り力よりも大きいから,エラストマーが手で引っ張られて破断したことは,
通常の使用に伴って生ずる振動に遭遇しても剥離が生じない程度の強度を有する
ことを意味する。
c 海島状
(a) 後記被告らの主張(ウ)cは否認する。
海島状であることは,熱融着の不可欠の要件ではない。被告らが引用している
乙号証は,本件特許出願当時の技術常識を反映した技術文献ではない。
(b) 仮に「海島状」であることが熱融着の要件であるとしても,甲29の写
真4及び5,甲31の写真1A及び3並びに乙21の写真1,乙22の写真1及
び2によると,イ号筒状部とイ号エラストマーとの界面においては,立体的な凹
凸嵌合状態が形成されており,海島状の要件を満たしている。
d 接着剤による接合方法等
後記被告らの主張(ウ)dは否認する。
解決すべき課題として認識した接着剤による接合方法とは,飽くまで熱融着に
対比されるような塗布工程を要する工法による場合を指しており,接着剤を配合
することにより熱融着による接着力を増強する場合は,本件発明の利用発明に該
当する。被告らの主張は,接着剤による接合と,熱融着に際しエンジニアリング
プラスチックに付加される接着剤とを混同したものである。
(被告らの主張)
(ア) 本件明細書の記載
原告の主張(ア)は認める。
(イ) 混合及び凝着の意義
同(イ)は否認する。
「混合」という言葉には「接着」するという意味が含まれていないから,「溶融
して混合することによって接着する」という定義は,論理的に成立し得ない。ま
た,「凝着」という文言は,広辞苑でも示されているように,「付着」と同義であ
り,一般的に「くっつく」ことを意味する 。また, 接着」も同義であることから,
「
「凝着した上で接着する」ということを定義として認めるということは ,「くっつ
いた上で,くっつくこと」を定義として認めることを意味することになり,誤っ
ている。
(ウ)a 熱融着の定義
同(ウ)aは否認する。
本件明細書の記載からすれば,流入したエラストマーからポリプロピレンに移
動した熱によって,ポリプロピレンが溶融することは,熱融着といえるために最
低限必要な条件にすぎない。
b 熱融着の程度
同bは否認する。
エラストマー部分は,厚さが約0.3mm∼0.4mmと極めて薄いものである
から,材料破断という事実が生じたからといって,熱融着であると結論付けること
はできない。
c 海島状
( a) 原告技術者の講演内容等(乙9∼11,検乙1)によると,原告は ,「熱
融着」においては,両材料が溶け合って海島状に入り込む物理的状態になると考
えていることが分かる。したがって,熱融着といえるためには,軟質の熱可塑性
弾性体とエンジニアリングプラスチックとが溶け合って海島状に入り込み合う物
理的状態で融合することが必要である。
(b) 原告の主張c( b)(海島状の充足)は否認する。
d 接着剤による接合方法等
本件明細書の[発明が解決しようとする課題]や[発明の効果]の記載による
と,原告は,解決すべき課題として,従来技術である機械的接合方法や接着剤に
よる接合方法には,工程数が多くなる,防水効果が充分ではない,接着剤の塗布
などの工程を要する,接合強度が弱い等の制約や問題があることを認識し,かか
る課題を克服するために,接着剤による接合方法等ではなく,効率的で簡便な方
法と称して,熱融着なる方法を用いている。
したがって,熱融着といえるためには,接着剤による接合方法等を用いないこ
とが必要である。
イ 熱融着の有無
(原告の主張)
(ア) 原告実験による熱融着の立証
a 先端頂部の形状の変形(甲4)
(a)一 株式会社ダイヤ分析センター(以下「ダイヤ分析センター」という。)
の平成15年11月25日付け異樹脂界面の観察(1)に関する測定分析結果報告書
(甲4の1。以下「甲4の1報告書」といい,他の報告書,実験,写真等について
も同様に略称する。)は,イ号筒状部(153ダンパ)の先端断面写真である。
二 甲4の1報告書によれば,イ号筒状部(153ダンパ)の先端頂部が丸み
を帯びた形状になっている。
(b)一 ダイヤ分析センターの平成15年12月17日付け偏光顕微鏡観察に
関する測定分析結果報告書(甲4の4)は,金型内温度を変化させて製作したサン
プル(甲4の3)の先端頂部の形状写真である。
二 甲4の4報告書によれば,金型内エラストマー温度がポリプロピレンの
融点を超えた場合には,サンプルの先端頂部の直角形状は完全に変形され,丸み
を帯びた状態になっている。
三 金型内の温度測定は,光学式樹脂温度計及び微小表面用温度計を併用して
行ったものであり,信頼性がある(甲4の3)。
(c)一(一) 甲4の1報告書のイ号筒状部の先端頂部の形状は,甲4の4報告
書の金型内エラストマー温度がポリプロピレンの融点を超えた場合の先端頂部の
形状と一致する。
(二) 被告らは,金型の相違を指摘するが,甲4の1と甲4の4の対比は,
先端頂部の形状の変化に由来しており,双方の金型の相違は何ら影響しない。
二(一) 先端頂部の形状の変形の原因は,最高溶融温度を超えたエラストマ
ーとの衝突以外には考えられない。
(二) 被告らは,甲4の1の丸みを帯びた変形の原因として,ショートの可
能性を指摘するが,その場合,先端頂部は窪んだ状態(凹状態)の丸みを帯びるは
ずである。甲4の1は,突出した状態(凸状態)の丸みを帯びており,被告らの指
摘は成り立たない。
(三) また,被告らは,ポリプロピレンが軟化し,エラストマーの圧力によ
って変形した可能性がある旨指摘する。しかし,仮にそのとおりであるならば,
甲4の4のサンプルの1∼3のように軟化温度を超えているものも,丸みを帯び
るはずであるが,そのような状態を示していない。
三 よって,甲4の1の形状の変形は,最高融解温度を超えたイ号エラスト
マーの衝突による熱融着によるものである。
b 剥離実験(甲6,甲41,甲64,甲69)について
( a) 甲6実験
一(一) 前橋地方法務局所属公証人新井克美作成の平成16年第39号事実
実験公正証書(甲6)は,平成16年1月13日,株式会社アイリス経営管理に係
る新田工場で行われた実験結果を記載したものである。
(二) 甲6実験によると,①接着性ポリマーであるモディックを含むイ号ポ
リプロピレンで成る筒状部について,株式会社奥山製作所より入手したオイルダ
ンパー量産用2色成形金型(8個取り。以下「奥山金型」という。)を使用して,
ノズル温度を変化させ,金型内ピーク温度を測定し,エラストマーを射出成形し
たサンプルについて剥離試験を行ったところ,微小表面用温度センサによる金型
内ピーク温度が166.4℃の場合には剥離可能な状態にあり,188.5℃を
超えている場合には剥離不能状態にあり,その中間の171.2℃の場合には一
部剥離の状態を示したが,②モディックを添加していないポリプロピレンを筒状
部として同様に射出成形したサンプルも,同じ結果を示した。
(三) 甲6実験の結果は,モディックの添加の有無にかかわらず,熱融着に
よって剥離不能な減衰手段が形成されていることを示している。
二 後記被告らの主張(a)二(金型の相違)は否認する。
奥山金型は,補助参加人北辰が平成12年以前に量産用に使用していたものと
同じ金型である(甲60,61)。さらに,甲6実験の目的は,イ号減衰手段の製
造工程の再現ではなく,筒状部先端における温度変化と熱融着の成否との関係を
明らかにすることであるから,被告らの上記主張は的はずれである。
三 同三(金型内温度測定の信頼性)は否認する。
数値のばらつきについては,粘性状態となっているエラストマーがノズルから金
型まで移動する場合には,パイプとの間で粘性抵抗が生じるが,摩擦状態が同一
でないため,粘性抵抗に偏差がある。そのため,エラストマーの速度の偏差,ひ
いては金型に至る時間の偏差が生じ得,その結果,下降する温度幅が変化し,金
型内温度の変化が生ずる。したがって,甲4の3実験と甲6実験との間で,同一
のノズル温度でありながら金型内温度が相違していることは,エラストマーのパ
イプ内の移動速度,移動時間の相違を示しているだけであり,各測定段階におけ
る測定に信頼性がないことを示すものではない。
微小表面用温度センサとキャビサーモの応答速度については,微小表面用温度
センサの方が応答速度が速い(甲15,16,26,27)。キャビサーモによる
測定値が正しいとすると,145.7℃という軟化点を越える温度で,剥離不能
な接合状態を実現することになってしまうが(甲15の表2−1),この結果が不
合理であることも,上記の点を裏付けている。
(b) 甲41実験
一 前橋地方法務局所属公証人新井克美作成の平成17年第168号事実実
験公正証書(甲41)は,平成17年7月13日,株式会社アイリス経営管理に係
る新田工場で行われた実験結果を記載したものである。
二 甲41実験によると,①ポリプロピレン樹脂のみで成形した筒状部(P
P−1),②接着性付与剤「OPTEMA EMA TC110」を30%配合した筒状部(P
P−2),③接着性付与剤「エポ フレンド AT501」を20%配合した筒状部(P
P−3)について,奥山金型を使用して,ノズル温度を変化させて,エラストマー
を射出成形したサンプルについて剥離試験を行ったところ,いずれのサンプルに
ついても,金型内ピーク温度がポリプロピレンの最高融解温度(170℃強∼18
0℃弱)を超えた段階で剥離不能な状態が生じ,最高融解温度領域では一部剥離状
況が生じ,最高融解温度未満の領域では剥離状態となっていた。
三 甲41実験の結果は,接着性付与剤の添加の有無にかかわらず,熱融着
によって剥離不能な減衰手段が形成されていることを示している。
( c) 甲64実験
一(一) 前橋地方法務局所属公証人新井克美作成の平成18年第100号事
実実験公正証書(甲64)は,平成18年4月7日,株式会社アイリス経営管理に
係る新田工場で行われた実験結果を記載したものである。
(二) 甲64実験によると,1101ダンパの筒状部について,奥山金型を
使用して,ノズル温度を変化させ,エラストマーを射出成形したサンプルについ
て剥離試験を行ったところ,甲6実験及び甲41実験と同様の結果を示した。
(三) 甲64実験及び甲69実験で,奥山金型の内側部分とイ号筒状部との
間にわずかな隙間が存在し,そのため薄膜が形成されているが,この点は,イ号
筒状部の先端部位におけるイ号エラストマーの接合状態,さらには剥離の可否に
格別影響を与えるものではない。
(四) しかも,イ号減衰手段の製造に使用される金型の方が,奥山金型より
も第1密封部材の肉厚が厚く,温度降下の程度が緩慢であるから,奥山金型の採
用は,被告らに有利ではあっても不利をもたらすものではない(甲70鑑定書参
照)。
(五) 甲64実験の結果は,1101ダンパのイ号接着剤はイ号エラストマ
ーの接合において格別の接着力を発揮しておらず,熱融着によって剥離不能な減
衰手段が形成されていることを示している。
二 甲64実験及び甲69実験のとおり,熱融着において桁違いの接着強度
が実現している場合には,後記乙23実験が示すようにイ号接着剤により接着力
が多少向上しているとしても,イ号接着剤の配合は,「熱融着」を充足することの
支障にならないと解すべきである。
三 後記被告らの主張(c)三(クロロホルムの影響)は否認する。
クロロホルムにより,イ号筒状部に対するエッジングを生じるものではない(乙
21)。また,イ号接着剤は界面に偏在しないので,クロロホルムの使用により,
イ号接着剤を集中的に除去することはあり得ない。さらに,イ号接着剤の接着機
能は,被告ら主張の接着原理(後記被告らの主張(イ)a)によれば,クロロホルムの
化学作用によって損なわれることはない。
( d) 甲69実験
一 前橋地方法務局所属公証人新井克美作成の平成18年第157号事実実
験公正証書(甲69の1)は,平成18年6月14日,株式会社アイリス経営管理
に係る新田工場で行われた実験結果を記載したものである。
二 甲69実験によると,153ダンパの筒状部について,奥山金型を使用
して,ノズル温度を変化させ,エラストマーを射出成形したサンプルについて剥
離試験を行ったところ,甲6実験及び甲41実験と同様の結果を示した。
三 甲69実験の結果は,153ダンパのイ号接着剤はイ号エラストマーの
接合において格別の接着力を発揮しておらず,熱融着によって剥離不能な減衰手
段が形成されていることを示している。
( e) 甲70,甲73,甲75,甲91説明書等との整合
甲64実験結果及び甲69実験結果は,B助教授の平成18年6月26日付け
鑑定書(甲70の1),赤尾直人弁護士らの平成18年6月29日付け技術説明書
(3)(甲73の1),赤尾直人弁護士らの平成18年7月27日付け技術説明書( 4)
(甲75),及び赤尾直人弁護士らの平成18年11月16日付け技術説明書(6)(甲
91の1)の計算結果等と一致し,信用することができる。
c 界面写真及び断面写真による裏付け
( a) 甲29,甲44,甲80写真
一 ダイヤ分析センターの平成17年4月20日付けオイルダンパー形態観
察に関する測定分析結果報告書(甲29)は,甲6実験で作成されたサンプルのエ
ラストマーとポリプロピレンとの接合部の断面写真及びイ号減衰手段(153ダン
パ)の同断面写真である。
二(一) ダイヤ分析センターの平成18年8月11日付けオイルダンパー形
態観察・再観察結果に関する測定分析結果報告書(甲80)は,甲6実験でノズル
温度190℃と230℃で作成されたサンプルの断面写真を再観察したものであ
る。
(二) 被告らは,甲29の写真4及び5並びに甲31の写真1A及び3は乙
21の写真1等と相違しているので,信用できない旨主張するが,甲29写真及
び甲31写真はイ号筒状部の最先端頂部を撮影したものであるのに対し,乙21
の写真1等は先端部の側部の撮影写真であり,撮影箇所が相違している。筒状部
の最先端頂部と側部では,エラストマーが衝突する圧力が異なるので,熱融着の
原因となる双方の混合,凝着の程度も異なる。
また,乙22の写真2は,ポリプロピレンとエラストマーが交互に交錯し合っ
たことによる凹凸形状を呈しているから,乙22の写真2を根拠に,甲29の写
真4及び5が信用することができないと認めることはできない。
三(一) 熱融着の状態である「混合」又は「凝着」状態は,必然的に界面に
おいて起伏状態を形成する。
(二) ノズル温度150℃で作成されたサンプルは,エラストマーとの界面
が平坦形状を示している(甲29の写真1)。
(三) ノズル温度190℃で作成されたサンプルは,エラストマーとの界面
はやや凹凸形状が生じた状態にあるが,後記(四)の形状とは大きな違いがある(甲
29の写真2)。
(四) ノズル温度230℃で作成されたサンプルは,エラストマーとの界面
は,複雑な凹凸形状を呈している(甲29の写真3)。
(五) イ号減衰手段のうち,エラストマーと接合していない領域の境界面の
断面写真(甲29の写真6)は,平坦形状を呈しており,エラストマーと接合して
いる領域の境界面の断面写真(甲29の写真4及び5)は,(四)と同様に複雑な凹
凸形状を呈している。
(六) これらの断面写真によれば,イ号減衰手段は,ノズル温度230℃で
作成されたサンプルと同様に,複雑な凹凸形状を呈しており,熱融着している。
四(一) また,ポリプロピレンが溶融していないのであれば,主成分である
ポリプロピレンの結晶構造が維持され,黒色の配合物は,甲29の写真1及び写
真6の場合と同様に,扁平形状を呈していなければならない。
(二) ところが,甲29の写真4及び5においては,混在している配合物の
断面がほぼ円形を呈している。
(三) この結果は,イ号減衰手段のうちエラストマーと接合している領域の
境界面で,ポリプロピレンの結晶構造が崩壊し,熱融着していることを示してい
る。
五(一) 接着剤による接着の場合,接着し合う双方のポリマーの間において,
少なくとも一部の領域に接着剤が介在していることを不可欠とする。
(二) 153ダンパについての甲29写真及び1101ダンパについての甲
44写真(ダイヤ分析センターの平成17年7月21日付けオイルダンパー形態観
察に関する測定分析結果報告書)によれば,10万倍の拡大写真においても,イ号
エラストマーとイ号筒状部との境界領域に接着剤層は存在しない。
( b) 甲31写真
一 ダイヤ分析センターの平成17年4月27日付けオイルダンパー表面形
態観察に関する測定分析結果報告書(甲31)は,甲6実験の230℃品のサンプ
ル及び153ダンパについて,エラストマーとの接合部においてエラストマー部
分を薬剤によって除去した後のポリプロピレン部分の界面を,表面に対する非傾
斜方向(垂直方向)及び傾斜方向から撮影した電子顕微鏡写真と,エラストマーと
の非接合部における界面を,表面に対する非傾斜方向及び傾斜方向から撮影した
電子顕微鏡写真である。
二 甲31写真によると,230℃サンプルもイ号減衰手段も,ポリプロピ
レンとエラストマーとの接合領域において,凹凸形状を呈し,かつ相互に嵌合し
合った状態を呈している。
( c) 甲44写真
一 ダイヤ分析センターの平成17年7月21日付けオイルダンパー形態観
察に関する測定分析結果報告書(甲44)は,1101ダンパについて,エラスト
マー接合部と非接合部の断面を,透過型電子顕微鏡により1万倍,5万倍で拡大
し,ネガを2倍に引き延ばした写真である。その結果,最終倍率は,それぞれ2
万倍,10万倍となる。
二(一) 甲44の写真1及び2は,エラストマー接合部の断面の拡大写真で
あるが,接合部分は筒状部とエラストマーが入り組んだ凹凸形状となっており,
また,筒状部の分散体は,100㎜から500㎜の球状に近い形状で分散してい
る。
(二) これに対し,エラストマー非接合部の断面は,平滑な表面形状であり,
筒状部内の分散体は,100㎜以下の球状に近い粒子形状が多く,細長く配向し
たものも観察される。
( d) 甲68写真
一 日本電子データム株式会社作成の平成18年5月16日付け「TEM 用
試料作製および写真撮影結果ご報告」と題する書面(甲68)は,甲41実験で用
いた接着剤を配合していないポリプロピレン樹脂(PP−1)により筒状部を成形
し,ノズル温度160℃,220℃で射出成形した成形品について,エラストマ
ーとの接合部の断面を,透過型電子顕微鏡により拡大した写真である。
二 甲68写真によれば,ノズル温度が220℃の場合,エラストマーとの
接合面が凸凹していることが認められる。
( e) 甲78写真
一 ダイヤ分析センターの平成18年4月4日付け成形品界面の形態観察に
関する測定分析結果報告書(甲78の1)は,甲41実験で用いた接着剤を配合し
ていないポリプロピレン樹脂(PP−1)により筒状部を成形し,ノズル温度16
0℃,220℃で射出成形した成形品について,エラストマーとの接合部の断面
を,透過型電子顕微鏡により拡大した写真である。
二 甲78の1写真によると,220℃の場合は凹凸形状が生じている。
三 ダイヤ分析センターの平成18年8月7日付けオイルダンパー表面形態
観察に関する測定分析結果報告書(甲78の2)は,甲41実験のPP−1のノズ
ル温度160℃,220℃の界面を,走査型電子顕微鏡により拡大した写真であ
る。
四 甲78の2写真によると,220℃の場合は凹凸形状が生じている。
(イ) 被告らの反論に対する認否等
a イ号減衰手段における接着原理
( a) ポリプロピレンと接着剤との相溶性
後記被告らの主張(イ)a(a)は不知。
( b) 接着剤の表面偏在
同(b)のうち,一は不知,二は否認する。
イ号接着剤は,硬質樹脂の表面に偏在していない(甲29の写真4及び5,甲4
4の写真1及び2,乙43の写真3,甲52)。
( c) イ号減衰手段における接着
一 同(c)は否認する。
二 変性ポリエチレンは本来極性しており,イ号エラストマーを構成してい
る「SEPS」の成分である非極性のオレフィンブロック及びスチレンブロック
との間において親和性を有しておらず,水酸基を有しているガラス繊維との間に
おいて親和性を有している(甲77)。乙23実験によっても,接着力の増強は2
倍を有しておらず,かつイ号ポリプロピレンの溶融温度(161∼164℃)にお
いては,1.44∼1.46倍の接着力の増強を呈しているにすぎない。したが
って,イ号接着剤は,イ号エラストマーとの接着力の増強ではなく,ガラス繊維
との結合力増強を目的としており(甲85∼87),イ号筒状部とイ号エラストマ
ーの熱融着の成否に格別に寄与している訳ではない(甲41,64,69)。
( d) イ号減衰手段における接着の特徴
同(d)は否認する。
甲4の1写真は,イ号筒状部の先端部分はポリプロピレン成形品の形状が崩れ
た状態にあることを示しており,実際の製造条件が北辰特許(乙14の1及び2)
とは全く異なることを証明している。
b イ号減衰手段製造の実際
(a) 基礎的知見
一 同(a)一(金型)は否認する。
金型内のエラストマーの温度は,金型に至るまでの経路を通過する際の温度効
果によって左右され,金型の大小や金型の肉厚によって左右されることはない。
二 同二(乱流)は否認する。
エラストマーが筒状部の内側端部と金型によって囲まれた領域に突入した段階
では,層流状態は成立せず,衝突する側のエラストマーの流れと筒状部に衝突し
て放出されたエラストマーの流れとによって,乱流が形成される(甲57)。
三 同三(融点以上の温度の保持)は不知。
熱融着の成否は,ポリプロピレンと衝突する圧力,速度によっても左右される
が,乙37は,せいぜい静的な状態にあるポリプロピレンが0.5秒,230℃
の状態で融解するか否かを述べているにすぎず,イ号減衰手段における熱融着の
成否とは無関係である。
(b) イ号減衰手段製造の実際
一 同(b)一(エラストマーの肉厚等)は否認する。
二 同二(成形時間)は不知。
イ号減衰手段の成形時間が0.4秒であることの裏付けはなく,甲15実験と
乙33実験を対比すると,0.4秒で固化に至ることは客観的にあり得ない。
三 同三(瞬時の冷却)は否認する。
境界面における筒状部を構成するポリプロピレンの表面温度とエラストマーの
表面及び内部温度は等しいものというべきである(甲24,25,38)。熱平衡
の原理は,表面の温度変化という非定常状態,すなわちエラストマーが接した直
後に一方が他方の温度の影響を受けるという過渡的な状況について考慮していな
い。
c 乙23実験
( a) 後記被告らの主張(イ)c(a)(実験内容)は不知。
乙23実験で使用された物は,具体的な素材が特定されていないため,イ号減
衰手段と同じ素材であるか否かは明らかではない。
(b) 同(b)(組合せ①及び②の界面剥離)は不知。
熱融着によって剥離不能状態に至るか否かは,成形部分に衝突するエラストマ
ーの圧力によって左右され,圧力はエラストマーの速度によって左右される(甲4
2,43)。乙23実験において,衝突するエラストマーの流量及び衝突の段階に
おける断面積は,イ号エラストマーの場合よりも明らかに大きいため,乙23実
験における速度及び圧力は,イ号エラストマーがイ号筒状部に衝突する場合の速
度及び圧力よりもはるかに小さい状態にある。したがって,このような条件下に
ある乙23実験に基づく剥離強度自体は,イ号成形金型を使用した場合のイ号エ
ラストマーとイ号筒状部との接着強度を表わしているわけではなく,せいぜい双
方の比率によって接着強度がどの程度増加するかを示すにすぎない。
組合せ①及び組合せ②においてノズル温度が230℃の場合でも界面剥離した
としても,これは,イ号エラストマーの溶融粘度が他の素材に比べて高く,粘性
抵抗により,金型に衝突する速度及び圧力が小さくなるため,剥離不能状態に至
っていないというにすぎない。
( c) 同(c)(組合せ③及び④の材料破断)は不知。
( d) 同(d)(組合せ①及び②における温度上昇による強度向上)は不知。
甲45によると,変性ポリエチレンを素材とする接着剤において,150℃以
上の段階では接着強度が飽和することが分かる。他方,熱融着の程度は一定では
なく,融着する際の温度が高い方が溶融させる領域を大きくさせる以上,接着強
度は増大する。したがって,乙23実験でノズル温度が上昇したことに対応して
接着力が増大したのは,接着剤ではなく,熱融着によるものである(甲6,41)。
( e) 同(e)(組合せ①のおける強度向上)は不知。
乙23実験によれば,イ号ポリプロピレンの融点(約161∼164℃)に至っ
ても,イ号接着剤の配合による接着強度の上昇は約1.4倍程度にすぎないとい
うものであり,この程度では,剥離不能な接着状態を実現しない(甲39)。
(f) 同(f)(接着剤含有による強度向上)は不知。
( g) 同(g)(サンプル試験の限界)は認める。
d 乙44実験
(a) 同d(a)(実験内容)は不知。
乙44実験は,次の理由により,信用性に欠ける。
・イ号ポリプロピレンのみによる筒状部との対比が行われていないこと,
・金型内の温度変化状況に関する客観的データ(数値及びグラフ)を提示していな
いこと,
・乙23実験によると,ノズル温度が150℃の場合に界面剥離していること,
・接着剤の配合により接着強度がせいぜい1.22倍しか向上していないことと
矛盾すること
(b) 同(b)(材料破断)は不知。
甲41実験によれば ,イ号ポリプロピレンのみの筒状部(PP−1)の場合には,
ノズル温度が150℃の場合は剥離状況を示す。乙23実験によれば,接着強度
は接着剤の添加によりせいぜい約1.22倍しか向上していない。乙44実験の
結果は,これらの試験結果と整合していない。
(c) 同(c)(刃物の押し圧)は不知。
e 乙48実験
( a) 乙48実験の条件
後記被告らの主張(イ)e(a)は不知。
乙48実験は,イ号ポリプロピレン,イ号接着剤,イ号エラストマーの各材料
及びその製造メーカーも,実験場所も特定されていないものである。
また,乙58には1単位の目盛りが3℃を示す旨が記載されているが,客観的
な裏付けはない。
(b) 金型内温度
一 同(b)一(金型内温度)は否認する。
乙48実験の測定空間は,甲62のセンサ設置図面のBとCの中間程度の位置
及び大きさであるが,その場合でも測定空間の上側にある金型壁部との衝突によ
って,実際よりも低い温度が測定される(甲59,60,62,乙12)。
111℃という測定値は,後記岡崎センサよりも少なくとも30℃低い値を測
定するキャビサーモによる乙33実験及び乙35実験の測定値よりも低くなって
おり,極めて不合理である。
二 同二(一)(測定空間)は不知。
三 同三(岡崎センサ)は否認する。
四 金型内ピーク温度が111℃では,エラストマーの流動性を考えると,
エラストマーが第1密封部材の成形領域まで流動し,かつ第1密封部材の成形を
行うことはできない(甲71)。
(c) 接着剤の有無による差異
一 同(c)のうち,一∼三(剥離試験の結果)は不知,四(理由)は否認する。
二 接着剤を加えたポリプロピレンを用いた成形品(検乙6)が153ダンパと
同じものだとすると,イ号エラストマーとの界面においては,イ号ポリプロピレ
ンによる起伏状態が生じているはずである(甲6,41,64,69の実験結果並
びに甲29,31,68,78,80等の写真)。また,同一の成形条件で成形し
た接着剤を加えないポリプロピレンを用いた成形品(検乙7)も,同様に起伏状態が
生じているはずである。
したがって,温度測定値が111℃であること及び接着剤を加えないポリプロピ
レンを用いた成形品(検乙7)のみが剥離可能な状態になっていることは,上記の両
方とも起伏状態を生じるはずであることと矛盾する。
三 乙23実験によれば,イ号ポリプロピレンの融点に至ったとしても,イ
号接着剤の配合によって接着強度が約1.4倍程度増強されるにすぎない。甲6
9実験から,金型内ピーク温度が111℃の場合には剥離するから,1.4倍程
度の接着強度の増強によって剥離不能状態に至ることは不可能である。
四 甲64実験及び甲69実験における170℃に対応する筒状部は光沢状
況を呈しているが,230℃に対応する切断片は先端部は光沢を失っている(甲8
6)。これは,凹凸状態が形成され,光の散乱状態が生じているからである。
同じ成形条件でありながら,接着剤を加えたポリプロピレンを用いた成形品(検乙
6)は光沢状態を呈しておらず起伏状態を形成し,接着剤を加えないポリプロピレ
ンを用いた成形品(検乙7)は光沢状態を呈し,起伏状態が形成されていないことは,
甲64実験及び甲69実験と矛盾する。
( d) バイト傷
一 同(d)一(バイト傷の存在)は否認する。
仮にバイト傷が存在したとしても,約170倍の倍率で観察できるバイト傷(乙
56)と2万倍又は10万倍の倍率で確認できる起伏状態(甲29,31,68,
78,80等)とは,大きさの単位だけでなく,形状が形成される原因が異なって
いる。また,バイト傷は,金型との接触面において形成されるのに対し,界面の
起伏状態は金型と接触していないエラストマーと衝突する端面において形成され
るのであり,双方は形成される部位が異なっている。したがって,バイト傷が存
在することは,起伏状態を否定する要因にならない。
二 同二及び三(不溶融)は否認する。
( e) 原告の反論
一 乙48実験については,①単位時間当りの移動量(Ⅴ)について異なる状
態の設定,及び②温度表示におけるスケール変換及び基準位置(零点)の変更の工
作が不可避である。
二 この工作が行われたことは,
(一) 検乙6サンプルと検乙7サンプルのデータにおける標準偏差値の相
違,
(二) 金型冷却温度(18℃)とピーク値に至る前の実際の温度(約24℃)と
の相違
によって窺い知ることができる。
三 前記工作が不可避であることは,C博士の平成18年8月31日付け鑑
定書(甲77)に立脚した上で,B助教授の平成18年8月31日付け鑑定書(甲7
9)が明瞭に指摘するところである。
四 また,現実に当該工作が可能であることについては,Dの平成18年9
月15日付け実験報告書(4)(甲82)及びDの平成18年9月26日付け写真撮影
報告書(3)(甲83の1及び2)によって証明されている。
(f) まとめ
同(f)は否認する。
f 乙43写真
(a) 同 f(a)(熱融着とラメラの崩壊)は否認する。
既に結晶化しているポリマー分子が溶融することによって再結晶する場合,必
ずしも球晶に至るとは限らず,折りたたみ構造の結晶が形成されることもある(甲
53)。
( b) 同(b)(ラメラの存在)は否認する。
球晶は,ラメラよりも1桁以上大きい状態にある(甲54)。したがって,乙4
3の写真3のように10万倍の視野におけるnm単位では,球晶の存否を観察す
ることはできない。
乙43の写真3は,配列状態がいろいろな方向を示しており,ポリプロピレン
がいったん溶融し,再結晶に至ったものであることが疑われる。
(被告らの主張)
(ア) 原告実験による熱融着の立証
a 先端頂部の形状の変形(甲4)
(a) 原告の主張(ア)a(a)(甲4の1報告書)は不知。
( b) 同a(b)(甲4の4報告書)は不知。
甲4の4報告書で取り扱われたサンプル製作時の金型内の温度測定に信用性がない
理由は,後記b(a)三のとおりである。
(c)一 同a(c)(熱融着の証明)のうち,一(形状の一致)は否認する。甲4の
1の形状と甲4の4のそれは相当異なっている。
また,イ号減衰手段の製作に用いた金型とは異なる奥山金型で試作したサンプルの
形状とイ号減衰手段とを比較することには,何の意味もない。
二 同二(一)(他原因の不存在)は否認する。
先端部が丸い原因としては,成形する金型自体が丸くなっていること,ポリプロピ
レンが金型の先端部まで入らないこと(ショート)が考えられる。
また,先端部が湾曲している原因についても,撮影用のサンプルを調整するときに
曲がった可能性や成形時にポリプロピレンが軟化し,エラストマーの圧力によって変
形した可能性も考えられる。
三 同三(結論)は否認する。
b 剥離実験(甲6,甲41,甲64,甲69)について
(a) 甲6実験
一 原告の主張(a)一のうち,(一)及び(二)(実験内容)は不知,(三)(熱融着の
証明)は否認する。
二 イ号減衰手段の金型ではない奥山金型を使用して行われた甲6実験には,
何ら意味はない。
三 甲6実験における温度測定結果には,信頼性がない。
すなわち,甲4の3実験と甲6実験とを比較すると,数値のばらつきが大きい。
また,原告が金型内温度の測定に使用した微小表面用センサは,キャビサーモ
に比べて応答速度が遅く,性能が劣るものである。
(b) 甲41実験
一 原告の主張(b)のうち,一及び二(実験内容)は不知,三(熱融着の証明)は否
認する。
二 甲41実験は,甲6実験と同一の原理に基づいた実験であるから,甲6実
験と同じ問題がある。
(c) 甲64実験
一 原告の主張(c)一のうち,(一)及び(二)(実験内容)は不知,(三)(薄膜の影
響),(四)(奥山金型の影響)及び(五)(接着剤の影響)は否認する。
二 同二(熱融着の証明)は否認する。
甲64実験は,甲6と同一の原理に基づいた実験であるから,甲6実験と同じ問題
がある。
三 甲64実験及び甲69実験においては,イ号減衰手段からエラストマーを
剥がし取っているが,クロロホルム等の有機溶剤の使用で接合表面の硬質樹脂はエッ
ジングされている可能性が高く,有機溶剤に侵食される前の硬質樹脂表面とは化学的
な活性が異なる(乙21)。
(d) 甲69実験
原告の主張(d)のうち,一(実験の存在)は不知,二(実験内容)及び三(熱融着の証明)
は否認する。
甲69実験に用いられた153ダンパの入手経路には疑問があり,甲69実験にお
いて,153ダンパは用いられていない。
( e) 甲70,甲73,甲75,甲91説明書等との整合
一 同(e)は否認する。
二 甲70鑑定書は,ポリプロピレンの温度や金型温度の影響を考慮しておら
ず,また,シミュレーションの基本となる一般式の根拠や金型内を流動する物体の
温度の解析に用いることができるかどうかという理論的根拠について説明してお
らず,信用性がない。
三 甲73技術説明書は,甲70鑑定書を前提に,原告訴訟代理人が作成した
ものであること,
「金型内移動成形サンプル」と称するサンプルの入手経路を明らか
にしていないことから,信用性はない。
四 甲75技術説明書及び甲91技術説明書についても,甲70鑑定書を前提
に,原告訴訟代理人が作成したものであることから,信用性はない。
さらに,甲75技術説明書の理論式(a)によれば,エラストマーが充填される時
間経過,エラストマーの重量により結果が異なってくるから,複雑な金型形状に
合わせて流動したエラストマーの体積を個別に算出する必要がある。しかし,甲
75技術説明書は,全体を1つとして扱い,エラストマー重量を3.8gとして
エラストマーの流動を仮定しているから,その算定結果に信用性はない。
c 界面写真及び断面写真による裏付け
( a) 甲29,甲44,甲80写真
一 原告の主張c(a)一(甲29)のうち,甲29の写真4及び5がイ号減衰手段
の断面写真であることは否認し,その余は不知。
二 同二(一)(甲80)は否認する。
甲80報告書によっても,甲29の写真4及び5がイ号減衰手段の写真ではな
いとの疑問は,払拭されていない。
株式会社ユービーイー科学分析センター(以下「UBE科学分析センター」とい
う。)の平成17年5月26日付け界面分析(分析依頼A)に関する分析結果報告書
(乙21)の写真1,並びに同センターの平成17年5月30日付け硬質樹脂・軟
質樹脂断面分析(分析依頼B−2)に関する分析結果報告書(乙22)の写真1及び
2は,イ号減衰手段の筒状部のエラストマーとの接合部の断面写真であるが,海
島状になっていない。したがって,これらと異なる甲29の写真4及び5並びに
甲31の写真1A及び3は,信用できない。
三 同三(甲29の界面)のうち,(二)∼(四)は不知,(一),(五)及び(六)は
否認する。
四 同四(結晶構造)は否認する。
五 同五(接着剤層)は否認する。
( b) 甲31写真
一 同( b)一(撮影対象)のうち,甲31の写真1及び3がイ号減衰手段の断面
写真であることは否認し,その余は不知。甲31の写真1及び3は,イ号減衰手段の
界面写真である乙21写真と大きく異なっている。
二 同二(凹凸形状)は否認する。
( c) 甲44写真
一 同(c)一(撮影対象)は不知。
二 同二(凹凸形状等)は否認する。
( d) 甲68写真
一 同(d)一(断面撮影)は不知。
二 同二(凹凸形状)は否認する。
( e) 甲78写真
一 同(e)一(断面撮影)は不知。
二 同二(凹凸形状)は否認する。
三 同三(界面撮影)は不知。
四 同四(凹凸形状)は否認する。
(イ) 被告らの反論
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(e) 原告の反論に対する認否等
一 認否
同(e)は否認する。
射出成形を繰り返した場合に,当初の18℃に設定した場合でも,実際の測定
値が24℃に上昇することは十分あり得る範囲の温度差である。
二 甲77鑑定書
(一) 甲77鑑定書は,「乙48実験における約120℃の温度低下は,極め
て異常である」(15頁下から12行,11行)と述べるが,甲77鑑定書の作成
者は,高分子の専門家であり,金型成形の専門家ではない。
(二) 「当該コンパウンドを用いる場合の射出温度200℃∼230℃が推
奨されており,その場合の金型内温度は170℃以上と推定されている」(15頁
下から9行∼7行)というが,コンパウンドの製造元である会社から得た情報にす
ぎない。
(三) また,前記e(b)四のとおり,乙48実験で得られた温度測定結果は ,
エラストマーが流動してポリプロピレン筒状部に到達した末端の温度測定結果で
あり,エラストマーが流動している途中経路の温度ではない。
(四) 甲69の試作品とイ号減衰手段との同一性や乙48実験における試作
品との同一性については,原告の説明に依拠することが明示されており,前提が
誤っている。
三 甲79鑑定書
(一) 甲79鑑定書は,甲77鑑定書において「接着剤配合の筒状部の金型
内ピーク温度が相違している」(4頁10行,11行)との見解が示されていると
いうが,甲77鑑定書は「射出条件」が異なる可能性があるといっているにすぎ
ない。
(二) 甲79鑑定書は,接着剤ありの場合と接着剤なしの場合で実際には金
型内ピーク温度が異なることを前提に,同じ金型内ピーク温度が示されていると
いうことは,製造条件又は温度測定器に工作があったに違いないということを述
べているだけであり,信用性はない。
四 甲82実験及び甲83写真
甲82実験及び甲83写真は,イ号減衰手段の金型とは異なる奥山金型を用い,イ
号減衰手段の成形条件とは異なる成形条件によってサンプルが製造されているなど,
根本的な問題点があり,証拠価値はない。
(f) まとめ
よって,イ号減衰手段においては,ポリプロピレンに加えた接着剤の作用により,
ポリプロピレン部分とエラストマー部分の接着が実現されており,熱融着は生じてい
ないことが明らかである。
f 乙43写真
(a) イ号減衰手段に用いられているポリプロピレンは,結晶性のポリマーで
あり,高分子鎖の折りたたみによってできたラメラと呼ばれる薄板状の微結晶が
観察される。このラメラ構造が壊れることが,すなわち結晶の崩壊であり,ポリ
マー(ポリプロピレン)の溶融である。
ポリプロピレンの表面がエラストマーの熱で融解した場合,いったんラメラは
崩壊するが,溶けて流動するポリプロピレンの分子は,冷やされる過程で再結晶
化し,又は再結晶化せず非晶質(アモルファス)となる。再結晶化する場合には,
ラメラが多数集合して球状の特徴的な形態を呈する構造体となるが,これを「球
晶」という。
したがって,イ号減衰手段において,もしエラストマーとポリプロピレンの間
で熱融着が起きているとすれば,ポリプロピレンの表面のラメラはそのままの形
では残っておらず,球晶又はアモルファスに姿を変えているはずである。
(b) しかし,UBE科学分析センターの平成17年7月1日付け断面 TEM
観察(追加)に関する分析結果報告書(乙43)の写真3によれば,イ号減衰手段の
ポリプロピレンとエラストマーとの界面付近には,ラメラが完全な形で残存して
おり,球晶もアモルファスも全く認められないことが明らかである。
ウ 手続上の信義則違反
(被告らの主張)
(ア) 特許異議答弁書における主張
前提事実(5)イのとおり,原告は,特許異議答弁書(甲9)で,「サーモプラスチ
ックラバーは,硬質樹脂部材のポリプロピレンとは融着も溶着もしません。」と主
張したが,この主張は,原告の一般的な認識を述べたものである。
(イ) 信義則違反
よって,原告が本訴においてイ号ポリプロピレンとイ号エラストマーとが熱融
着していると主張することは,手続上の信義則に反し許されない。
(ウ) 因果関係
a 手続上の信義則の適用に当たり,異議決定においてその主張が採用され
たか否かは関係ない。
b また,原告が公知技術との差別化により本件発明の特許性を主張するこ
とを意図して,前記特許異議答弁書の記載部分を主張し,同記載部分が本件特許
権の成否に影響を及ぼしたことは,明らかである。
(原告の主張)
(ア) 特許異議答弁書における主張
被告らの主張(ア)は否認する。
この記載部分は,2色成形に関する一般論に即した場合,先願発明における硬
質樹脂材料と軟質樹脂材料とが熱融着していないことを指摘しただけである。
(イ) 信義則違反
同(イ)は争う。
(ウ) 因果関係
同(ウ)a(因果関係不要)は争い,b(因果関係の存在)は否認する。
仮に原告の一般的な認識を述べたものだとしても,先願発明と本件発明とは,
前提事実( 5)ウのとおり,「筒状部の筐体内方側の端部に型成形により一体に熱融
着された軟質の熱可塑性弾性体からなり,略中央部に記録再生装置に設けた突起
を受け入れるための凹部が設けられた第1密封部材」という訂正前の構成要件が
記載されていないという理由によって異議申立てが棄却されたものであり,前記
特許異議答弁書の記載部分と異議申立ての棄却との間に因果関係はない。
(6) 争点6(損害額)
(原告の主張)
ア 被告パナソニック
(ア) 被告パナソニックは,平成8年から平成14年まで,本件CDチューナ
ーを10万個販売した。
(イ) その販売価格は,1個当たり2万5000円である。
(ウ) 特許法102条3項のロイヤリティ相当額又はロイヤリティの不当利得
額は,その3%である。
(エ) よって,損害額又は不当利得額の合計は,7500万円となる。
2万5000円×10万個×3%=7500万円
(オ) 原告は,本訴提起から3年以内である平成13年8月4日以降の分は不
法行為に基づき,平成13年8月3日以前の分は不当利得に基づき,請求する。
イ 被告松下
(ア) 被告松下は,平成15年1月から平成16年7月まで,本件CDチュー
ナーを2万個販売した。
被告松下は,平成15年1月から平成18年9月まで,本件CDチューナーを
4万7368.42個販売した。
2万個÷19か月(平成15年1月から平成16年7月まで)×45か月(平成15
年1月から平成18年9月まで)=4万7368.42個
(イ) その販売価格は,1個当たり2万5000円である。
(ウ) 特許法102条3項のロイヤリティ相当額は,その3%である。
(エ) よって,損害額は,3552万6316円となる。
2万5000円×4万7368.42個×3%=3552万6316円
(被告らの主張)
原告の主張は否認する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(本訴提起の信義則違反)について
(1) 事実認定
各項に掲記の証拠によれば,次の事実を認めることができる。
ア 北辰前訴
(ア) 北辰前訴は,原告が補助参加人北辰を被告として,本件特許権に基づい
て,補助参加人北辰の減衰手段の製造販売の差止め及び平成7年12月25日(出
願公告日)から平成11年7月末までの期間の製造販売分につき実施料相当額の不
当利得返還を求めたものであり,その対象物である減衰手段は,品番ではなく,
構造の説明と図面によって特定されていた。
(前提事実(7)ア,乙1)
(イ) 北辰前訴における主要な争点は,補助参加人北辰が製造販売する減衰手
段において,ポリプロピレンが溶融してエラストマーと熱融着しているか否かで
あった。
(前提事実(7)イ)
(ウ) 第一審判決は,熱融着していることを認めるに足りる証拠はないとして
原告の請求を棄却したが,同判決は,平成15年3月27日に確定した。事実審
の口頭弁論終結時は,平成14年9月3日である。
(前提事実(7)ウ及びエ)
(エ) 原告は,北辰前訴において実験に十分な証拠提出の機会が与えられてい
た。控訴審判決は,原告の弁論再開の申立てを認めなかったが,当時原告が行い
得た追加実験により,異なる判決内容に至ったことを認めるに足りる証拠はない 。
(乙2,弁論の全趣旨)
(オ) 北辰前訴の被告であった補助参加人北辰は,減衰手段の製造者であった
が,本件訴訟の被告らは ,当該減衰手段が組み込まれた部品の購入者にすぎない。
また,原告が北辰前訴において被告らを共同被告として訴えることは,やろうと
思えばできないことではなかった。
(弁論の全趣旨)
(カ) 補助参加人北辰は,平成14年2月ころ以降,従来と異なる金型,接着
剤の成分等により,イ号減衰手段の製造を開始した。
(前提事実(4)カ)
(キ) 上記製造方法の変更は,北辰前訴の第一審の口頭弁論終結後ではあるが,
控訴審の口頭弁論終結前に行われたことになる。
しかしながら,原告及び裁判所は,上記製造方法の変更がされたことを認識し
ないまま,北辰前訴の控訴審の審理を進め,控訴審判決に至った。
(乙2,弁論の全趣旨)
イ 本訴
(ア) 本訴は,平成16年8月4日に提起され,その請求内容は,原告が被告
松下及び被告パナソニックに対し,本件特許権に基づき,補助参加人北辰の製造
販売する減衰手段を搭載した防振装置の製造販売の差止めと,被告パナソニック
に対しては平成8年1月から平成14年12月まで,被告松下に対しては平成1
5年1月から平成18年9月までの製造販売分に対する実施料相当額の不当利得
返還又は不法行為に基づく損害賠償の支払を求めたものである。
(イ) その対象物は,被告品番「CQ−DPX153D」及び「CQ−C11
01D」のCDチューナーに搭載されている防振装置であると商品名及び品番に
よって特定されている。
(ウ) 本件訴訟の主要な争点も,北辰前訴と同様に,補助参加人北辰が製造販
売する減衰手段において,ポリプロピレンが溶融してエラストマーと熱融着して
いるか否かである。
(エ) イ号減衰手段は,部品として本訴のイ号装置に組み込まれるものであり,
イ号減衰手段が本件発明の構成要件を充足しなければ,イ号装置も本件発明の構
成要件を充足しないという関係にある。
したがって,北辰前訴の判断がイ号減衰手段にも及ぶとすると,イ号装置も本
件発明の構成要件を充足しないという結論にならざるを得ない。
(2) 判断
ア 補助参加人北辰の減衰手段の製造方法は,技術革新等に伴い変更されるも
のであるから,本訴の口頭弁論終結時点における侵害の有無を問題とする被告松
下に対する差止請求,並びに北辰前訴の口頭弁論終結時以後の期間における侵害
の有無を問題とする被告パナソニックに対する損害賠償請求のうち平成14年9
月4日以降の部分及び被告松下に対する損害賠償請求は,何ら訴訟上の信義則に
反するものとは認められない。
この点は,北辰前訴における差止め及び不当利得の対象物である減衰手段が構
造の説明と図面によって特定されていたことを考慮しても,同様である。
イ 被告パナソニックに対する不当利得返還又は損害賠償請求のうち平成14
年9月3日以前の部分についても,北辰前訴とは被告が異なるから,北辰前訴の
既判力が及ぶ関係にはない。さらに,平成11年8月以降の部分は北辰前訴にお
ける不当利得返還請求の対象となっていなかったし,北辰前訴の控訴審の口頭弁
論終結前に行われた減衰手段の製造方法の変更を認識した審理は行われていない
ことを併せ考慮すると,上記請求部分についての本訴提起が信義則に違反するも
のとまで認めることはできない。
ウ よって,本訴提起の信義則違反をいう被告らの主張は,理由がない。
2 争点5(構成要件Bc中の「熱融着」の充足)について
(1) 熱融着の意義
ア 一般的意味
「融」とは,「①とけること。とかすこと。 ,
」 「着」とは,「②くっつくこと 。」
を意味する(広辞苑第5版)。
イ 当時の文献等
各項に掲げた証拠によれば,本件特許出願当時の熱融着に関する当時の文献等
に次の記載があることが認められる。
(ア) 「プラスチック読本改訂第8版(昭和46年発行)」(乙8)
上記文献には ,「融着」について,「接着剤,溶剤を使用するのではなくて,被
着面を加熱,軟化溶融させて接合する方法。」と記載されている。
(イ) 乙27公報
乙27公報(特開昭61−213145号(特願昭60−57383号)公報)に
は,次の記載がある。
「従来は,これらの硬質プラスチックと軟質プラスチックあるいはゴムとは異
質の材料であるため,それらの一体化には,接着剤を用いる方法や,両者の結合
部位をオス−メス型の凹凸形状として嵌合させる方法が行われている 。」(1頁右
欄11行∼16行),
「しかしながら,接着剤による一体化方法の場合には,両部材が異質であるた
めに,時々接着不良を生じて不良品が発生することが多い。また接着剤の使用に
は,殆どの場合に有機溶剤が使用されるため,衛生上も好ましくなく,また製造
上非常に煩雑である。また,両部材を嵌合させる方法では,各々の部材を成形す
るための金型が複雑で高価であり,また嵌合させる作業が非常に煩雑である。…
本発明者は上記の如き従来技術の欠点を解決すべく鋭意研究の結果,硬質プラス
チックとして特定の材料を選択し,且つ軟質プラスチックとして別の特定の材料
を選択し,両者を組合せて複合プラスチック成形品を得るときは,何らの接着剤
も嵌合技術をも使用しないで十分に一体化した複合プラスチック成形品が得られ
ることを知見して本発明を完成した。」(1頁右欄18行∼2頁左上欄18行),
「すなわち,本発明は,硬質プラスチック成形部材および軟質プラスチック成
形部材からなる複合プラスチック成形品において,上記硬質プラスチックがポリ
プロピレン樹脂であり,上記軟質プラスチックが熱可塑性エラストマーであり,
且つ上記両部材が一体的に融着していることを特徴とする複合プラスチック成形
品である。…本発明の複合プラスチック成形品は,硬質プラスチック成形部材と
軟質プラスチック成形部材との一体化に,…両部材のオス−メス型の凹凸嵌合手
段,および…接着剤をも必要とせず,両部材がその接合部で強固に一体的に融着
していることを特徴としている。以上の如き従来技術の接着剤や嵌合技術を使用
することなく,本発明において両部材の一体化が実現できたのは,本発明におい
て,硬質プラスチックとしてポリプロピレンを採用し,且つ軟質プラスチックと
して熱可塑性エラストマーを採用し,且つ両部材を融着することによる。」(2頁
左上欄20行∼左下欄11行)
ウ 本件明細書の記載
甲2の1及び2によれば,「熱融着」の意義について,本件明細書には以下の記
載があることが認められる。
(ア) 「・・・キャビティ部に流入した熱可塑性弾性体は,それ自身の溶融熱
で環状段部13の表面部分を一部溶かして,両者は混合または凝着して熱融着面
を作る。このようにして第1密封部材14が熱融着されたブラケットを金型から
取出し,他の必要な処理を行なう 。」(別紙2の3枚目14行∼17行)
(イ) 「しかし,上記減衰手段71にあっては,ブラケット72と密封部材7
5はそれぞれ個別に成形される。このため,ブラケット72に密封部材75を前
記のようにして取付けなければならない。したがって従来のものは組立てのため
の工数が多く,しかも取付け作業が面倒であるという問題点があった。この発明
は,上述のような技術的背景のもとになされたものである。この発明の目的は,
減衰手段の組立て工数が少なく,製作が簡単な防振装置を提供することにある。」
(同1枚目末行∼2枚目4行),
「前記第1密封部材は ,型成形により一体に筒状部に熱融着される。このため,
従来のような密封部材を筒状部に取付けるための作業が省略される。」(同2枚目
23行,24行)
「以上のようにこの発明によれば,第1密封部材が型成形により一体に筒状部
に金型内で熱融着される。したがって,この密封部材の組付作業が自動化できる
ので,工数が少くて済み,製造コストを安価なものとすることができる 。」(同3
枚目下から2行∼4枚目1行)
エ まとめ
(ア) 以上に認定の事実によれば,構成要件Bcにいう「熱融着」は,接着剤
による接着や機械的接着方法によらずに,熱可塑性弾性体自身の溶融熱で筒状部
の表面部分を一部溶かし,接着することを意味すると認められる。
(イ) 接着剤の配合の点については,前記ウのとおり,本件発明は,接着剤に
よる接着方法や機械的接合方法を一切使用しないで,熱融着のみで減衰手段とし
て必要な接着強度を確保しようとするものであり,それ以外の接着方法を併用し
なければ必要な接着強度を確保できない場合は,本件発明の技術的範囲には含ま
れないものと解するのが相当である。
(ウ) これに反する原告の主張は,採用することができない。
(エ) また,被告らが指摘する原告技術者の講演内容等(乙9∼11,検乙1)
から,両材料が溶け合って海島状に入り込むことが最良の実施形態であるとはい
えても,海島状に入り込むことが構成要件Bcにいう「熱融着」の必須要件であ
るとまで認めることはできないから,この点の被告らの主張も,採用することが
できない。
(2) イ号減衰手段における熱融着の有無について
ア イ号減衰手段の特定及び製造方法について
(ア) 筒状部
a イ号減衰手段の筒状部は,ポリプロピレンにガラス繊維と接着剤として
変性ポリエチレンが配合されている(前提事実(4)カ(エ))。
b イ号ポリプロピレンの融点は,約162℃である(乙17の1及び2,5
4)。
c 接着剤として配合されている変性ポリエチレンの融点は,約100℃で
ある(乙17の2,54)。
d ガラス繊維及び変性ポリエチレンの製品名,化学構造,配合割合等は,
特定されていない。
甲40(ダイヤ分析センターの平成17年7月1日付けオイルダンパーポリプロ
ピレン部の成分調査(2)に関する測定分析結果報告書)及び弁論の全趣旨によれば,
イ号筒状部に配合されている接着剤がエステル基,エチレン連鎖を含有している
こと,10∼30%の範囲でTC110(メタクリレート基修飾による変性ポリエ
チレンである接着剤)を配合したポリプロピレンのスペクトルと比較すると,イ号
筒状部はメタクリレート基修飾による変性ポリエチレンを約20%程度含有する
と推算できること,乙14の1(補助参加人北辰特許)によると,接着剤の配合比
率は10∼30%程度が望ましい旨の記載があること(4欄31行),甲40の1
101ダンパのスペクトルと乙54の153ダンパのスペクトルは類似している
ことがそれぞれ認められ,これらの事実からすると,イ号減衰手段の筒状部には,
20%前後の変性ポリエチレンが配合されているものと推定することができる。
e 乙18によると,乙18試験は,イ号減衰手段に使用されている硬質樹
脂表面を,ATR(減衰全反射)法により,FT−IR(フーリエ変換赤外吸収スペ
クトル)分析したものであり,この試験結果によると,イ号減衰手段の接着剤が表
面に存在していることは認められるものの,偏在していると認めることはできな
い。他に,接着剤が表面に偏在していることを認めるに足りる証拠はない。
しかし,仮に,接着剤が表面に偏在していないとしても,上記認定のとおり,
接着剤がエラストマーとの界面に存在し,後記のとおり,接着剤に接着効果があ
ることが認められるのであるから,表面に偏在していなければ,イ号減衰手段に
おいて接着剤が接着効果を奏し得ないということはできない。
(イ) エラストマー
イ号エラストマーとして,スチレン系熱可塑性エラストマーが使用されている 。
ただし,エラストマーの製品名,化学構造等は特定されていない。
(前提事実(4)カ(オ))
(ウ) 成形条件
a イ号減衰手段は,先に接着剤を配合したポリプロピレンを射出成形し,
続いて,エラストマーを射出成形して,両者を接合して製造されている。
(前提事実(4)カ(オ),弁論の全趣旨)
b 成形機は,住友重機械製のものが使用されている。金型は奥山金型とは
異なる金型が使用されている。イ号エラストマーの射出温度(ノズル温度)は,季
節により若干変動があるも230℃程度であり,金型温度は18℃に設定されて
いるが,そのほかの成形条件は明らかではない。
(前提事実(4)カ(エ),乙44,51,弁論の全趣旨)
(エ) 北辰特許
a 補助参加人北辰は,二色成形体の製造方法について,特許第35209
75号(乙14の1)及び特許第3601692号(乙14の2)の特許(北辰特許)
を有し,本訴において,北辰特許の実施としてイ号減衰手段を製造している旨主
張している。
b 北辰特許(乙14の1)の【課題を解決するための手段】の欄には,【0
「
016】かかる本発明のポリプロピレン組成物は,接着性付与剤が添加されてい
るので,通常では接着されないとされている熱可塑性エラストマーと,界面に接
着剤や粘着剤を塗布することなく接着することができる。すなわち,ポリプロピ
レン組成物にブレンドされている変性ポリエチレンは基本的にはポリプロピレン
と相溶しないが,ポリプロピレン成形品と熱可塑性エラストマー成形品との界面
で接着剤として作用し,両者の間に分散力又は分子間力などによる接着力が発生
すると推察される 。・・・ 」【 0018】かかる変性ポリエチレンの配合量は,
「
…好適には,5重量部∼100重量部であり,さらに好適には,10∼30重量
部添加することにより,約2∼3倍以上の剥離強度を得ることができる 。 「 0
」【
019】かかる変性ポリエチレンは,2色成形品の成形時に容易に溶融して熱可
塑性エラストマーと良好に接着する。この場合,先にポリエチレン組成物を成形
し,次いで,熱可塑性エラストマーを成形する際に,変性ポリエチレンが溶融す
る条件とするのが好ましい。この条件は,成形方法,成形材料により異なるが,
例えば,成形型を80∼100℃程度,溶融熱可塑性エラストマーの温度を15
0∼250℃程度にする。一方,この成形条件は,ポリプロピレン自体が溶融す
るような条件とするのは好ましくない。先に成形したポリプロピレン成形品の形
状が崩れ,また,クラック発生等の原因になるからである。」との記載がある。
乙14の2の【0020 】【0023】【0024】にも同趣旨の記載がある。
c 上記北辰特許の記載及び弁論の全趣旨によると,北辰特許における減衰
手段の接着原理は,エラストマーとしてスチレン系熱可塑性エラストマーを使用
し,エラストマーのうちポリプロピレンの構造と似たエチレンやプロピレンブロ
ックを有する部分では,ポリプロピレンと分子間力により比較的弱い接着をし,
それ以外の部分では,ポリプロピレンに熱可塑性エラストマーに似た構造を有す
る接着剤を配合することにより,接着剤とエラストマーとを強固に接着し,全体
として製品として成り立つ接着強度を得ているものであることが認められる。
イ 原告立証の検討
(ア) 先端頂部の形状の変形(甲4)について
a 原告は,イ号筒状部(153ダンパ)の先端頂部は丸みを帯びた形状にな
っており(甲4の1),金型内エラストマー温度がポリプロピレンの融点を超えた
場合のサンプルの先端頂部の形状の変化(甲4の4)と合致するので,甲4の1の
形状の変形の原因はエラストマーの熱によりポリプロピレンが溶融したためであ
る旨主張する。
b 確かに,甲4の1によると,イ号減衰手段のポリプロピレンとエラスト
マーの接触している部分の切片の断面を,光学顕微鏡を用いて,40倍,160
倍に拡大すると,エラストマーと接触しているポリプロピレンの先端部は湾曲し,
丸みを帯びた形状をしていることが認められる。
しかしながら,対比すべき試作品が,甲4の3及び4に記載されているとおり,
エラストマーとしてスチレン系熱可塑性エラストマーである「セプトン」,ポリプ
ロピレンとして日本ポリプロ株式会社製BC03Cを使用し,奥山金型により,
金型温度を30℃,エラストマーのノズル温度を150℃,160℃,170℃,
180℃,190℃,215℃,230℃と変化させ,射出圧力60MPa,射
出速度48cc/秒,射出時間1.5秒で製作したものであるとしても,イ号筒
状部の先端頂部の形状(甲4の1)は,試作品の先端部の形状(甲4の4)とは相当
異なっていること,イ号筒状部の先端頂部の形状につき,成形前の筒状部の形状
と成形後の形状と対比していないため,変形の有無や程度が明らかではないこと,
イ号筒状部の厚さは1㎜以下という薄いものであり(弁論の全趣旨),射出成形時
の圧力又は製品断面を観察するために切断した時の刃物の押し圧により変形する
可能性も否定できないところ(乙44),試作品の射出成形時の圧力がイ号エラス
トマーの射出成形時の圧力と同じであることの立証がないことからすると,甲4
の4の写真との対比から,甲4の1の先端頂部の丸みを帯びて湾曲していること
の原因が,イ号ポリプロピレンが溶融して変形したためであると認めることはで
きない。
(イ) 剥離実験(甲6,甲41,甲64,甲69)について
a 甲6実験
甲6によれば,甲6実験は,筒状部の素材として,日本ポリプロ株式会社製造
の「ノバテックC520X」(ガラス繊維20%含有)に三菱化学株式会社製造の
接着性ポリマー「モディック・AP P505」を20重量%含有させたもの(P
P−1)と日本ポリプロ株式会社製造の「ノバテックBC03C」(PP−2)を,
エラストマーとしてセプトンを使用し,奥山金型を用い,エラストマーの射出時
のノズル温度を150℃,170℃,190℃,210℃,230℃,射出圧力
60MPa,射出速度48cc/秒 射出時間1.5秒,金型温度30℃に設定
して,射出成形を行い,その際,微小表面用温度センサ(ST−55)又は光学式
樹脂温度計(M721)を金型内に挿入してエラストマーの温度を測定し,これに
より作成されたサンプルの切片を手指により引っ張って,筒状部とエラストマー
の界面で剥離するか否かの実験をしたものであること,甲6実験によると,接着
剤の有無により剥離実験結果に差異はなく,ノズル温度が210℃,230℃の
場合に,金型内の微小表面センサや光学式樹脂温度計による測定値はポリプロピ
レンの融点を超えており,筒状部とエラストマーの界面で剥離しないという結果
になったことが認められる。
b 甲41実験
甲41及び弁論の全趣旨によれば,甲41実験は,筒状部の素材として,接着
剤を配合していないポリプロピレン樹脂(「ノバテックPP C520X」)(PP
−1),ノバテックPP C520Xにメタクリレート基修飾した変性ポリエチレ
ンである接着剤(エクソンモービル有限会社製OPTEMA EMA TC11
0)を30重量%配合したもの(PP−2),及びノバテックPP C520Xにエ
ポキシ化スチレン系エラストマーである接着剤(エポ フレンド AT501)を
20重量%配合したもの(PP−3)を,エラストマーとしてセプトンを使用し,
奥山金型を用い,射出時のノズル温度を140℃,160℃,190℃,220
℃,射出圧力60MPa,射出速度48cc/秒 射出時間1.5秒,金型温度
30℃に設定して,射出成形を行い,その際 ,微小表面用温度センサ(ST−55)
を金型内に挿入してエラストマーの温度を測定し,これにより作成されたサンプ
ルの切片を手指により引っ張って,筒状部とエラストマーの界面で剥離するか否
かの実験をしたものであること,甲41実験によると,接着剤の有無により剥離
実験結果に差異はなく,ノズル温度が220℃の場合に,金型内の微小表面セン
サによる測定値はポリプロピレンの融点を超えており,剥離実験の結果,筒状部
とエラストマーの界面で剥離しないという結果になり,ノズル温度が140℃,
160℃の場合には,エラストマーと筒状部は容易に剥離し,ノズル温度が19
0℃の場合には,PP−1,PP−2については一部剥離し,PP−3はすべて
剥離するという結果になったことが認められる。
c 甲64実験
甲64によれば,甲64実験は,イ号減衰手段(1101ダンパ)から取り出し
た筒状部を使用し,奥山金型の筒状部の成形位置内に装着した上で,射出時のノ
ズル温度を170℃,190℃,235℃,射出圧力60MPa,射出速度48
cc/秒,射出時間1.5秒,金型温度30℃に設定して,射出成形を行い,そ
の際,微小表面用温度センサ(ST−55)を金型内に挿入してエラストマーの温
度を測定し,これにより作成されたサンプルの切片を手指により引っ張って,筒
状部とエラストマーの界面で剥離するか否かの実験をしたものであること,射出
成形の際に,金型の内側部分とイ号筒状部との間にわずかな隙間が存在し,薄膜
が形成されていたこと,甲64実験によると,ノズル温度が235℃の場合に,
金型内温度の測定値はポリプロピレンの融点を超える223℃になっており,手
指による切片の剥離実験の結果,エラストマー部分が剥離せず断裂したことが認
められる。
d 甲69実験
甲69によれば,甲69実験は,イ号減衰手段(153ダンパ)から取り出した
筒状部を使用し,甲64と同じ条件で実験を行ったものであること,金型の内側
部分とイ号筒状部との間にわずかな隙間が存在し,薄膜が形成されていたこと,
甲69実験によると,ノズル温度が230℃の場合に,金型内温度の測定値はポ
リプロピレンの融点を超える221.7℃になっており,手指による切片の剥離
実験の結果,エラストマー部分が剥離せず断裂したことが認められる。
e 検討
( a) 乙29∼31及び33∼35並びに弁論の全趣旨によれば,射出成形は,
高い圧力と速い速度で成形材料を射出し,金型のすみずみまで均一に充填し,充
填された材料が収縮するのを補うように圧力をかけながら,金型で冷却して固め
るという工程を採るので,成形材料であるエラストマーの温度は,金型の冷却効
果によって低下し,筒状部に到達する時点での温度は,射出時のエラストマーの
温度や金型温度だけでなく,射出速度,射出圧力,射出時間,エラストマーの粘
性,金型内の経路・体積等によって影響を受けることが認められる。
( b) 甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験は,直径5㎜の測定
空間を設け,その中央部分に微小表面センサあるいは光学式センサを設置して金
型内温度を測定している。しかし,光学式センサによる計測は,「比較測定方式」
であり,その測定の正確性を担保するためには,光学式センサが正確な温度を表
示するよう温度の明らかな被測定試料を基準として較正を行い,温度表示を調整
する必要があると考えられるところ,この調整がどのように行われたかについて
の記載がなく,その測定結果を直ちに採用することができない(乙2,弁論の全
趣旨)。また,微小表面センサによる計測は,測温部が1.5㎜あるため,センサ
を設置するために,測定空間のエラストマーの肉厚は2㎜を超えており,イ号減
衰手段のエラストマーの肉厚が0.3㎜であることと比べると,金型の冷却効果
を大きく減殺し,金型内温度はイ号減衰手段の場合よりも高くなるものと考えら
れる(乙35,弁論の全趣旨)。
(c) 甲6実験,甲41実験,甲64実験及び甲69実験は,以上に認定のと
おり,いずれもイ号減衰手段とは異なる金型を用いていること,いずれもノズル
温度や金型温度以外の成形条件が同一であることの立証がないこと,エラストマ
ーについてはいずれも,接着剤については甲6実験及び甲41実験で素材の同一
性が認められないこと,上記(b)のとおり,金型内温度の測定方法に問題があるこ
とからすると,これらの実験結果から,イ号減衰手段の製造において,エラスト
マーのノズル温度を230℃に設定すれば,筒状部に到達する際のエラストマー
の温度がポリプロピレンの融点を超えると認めることはできない。
したがって,上記実験結果から,イ号減衰手段の筒状部のポリプロピレンがエ
ラストマーの熱により溶融したと推定することはできない。
(ウ) 界面写真及び断面写真による裏付け
a 甲29写真,甲31写真及び甲80写真
( a) 甲29の写真1∼3,甲31の写真2及び3(試料2接合部),甲80(サ
ンプルの写真)
甲29,30,31及び80によれば,甲29の写真1∼3は,甲6実験で2
0重量%の接着剤を混合させたポリプロピレン樹脂(PP−1)を使用し,ノズル
温度150℃,190℃,230℃でそれぞれ射出成形した成形品について,エ
ラストマーとの接合部の断面を,透過型電子顕微鏡により1万倍,5万倍に拡大
して撮影し,そのネガを2倍に引き延ばした断面写真であり,甲80の写真1及
び2は,上記190℃と230℃で射出成形した成形品について,同様に拡大し
た断面写真であること,甲31の試料2の写真は,上記230℃で射出成形した
成形品について,エラストマーを除去し,エラストマー接合部と非接合部の表面
を,通常の表面観察(非傾斜観察)及び試料面を30度傾けた観察(傾斜観察)によ
り,走査型電子顕微鏡で2000倍又は8000倍に拡大した写真であることが
認められる。
これらの写真によると,ノズル温度を高くすると,①接合部分の断面又は界面
が次第に凸凹すること,及び②ポリプロピレン内部の配合物の形状が扁平な形状
から丸みを帯びた形状に変化することが認められる。
(b) 甲29の写真4及び5(イ号減衰手段の写真)
原告は,甲29の写真4及び5はイ号減衰手段(153ダンパ)の断面写真であ
る旨主張する。しかし,写真3と写真4との取り違いの可能性は否定することが
できないし(甲80),甲29の写真4及び5は,原告がイ号減衰手段(1101ダ
ンパ)の拡大写真であると主張する甲44の写真1及び2やイ号減衰手段の拡大写
真であると認められる乙43の写真2及び3と比べると,これらの写真よりも,
むしろ甲29の写真3に似ていることからすると,甲29の写真4及び5の写真
がイ号減衰手段の写真であると認めることには疑問が残る。
b 甲68写真及び甲78写真(サンプルの写真)
( a) 甲68及び78によれば,甲68写真及び甲78写真は,甲41実験で,
接着剤を配合していないポリプロピレン樹脂(PP−1)により筒状部を成形し,
次いでノズル温度160℃ ,220℃でエラストマーを射出した成形品について ,
エラストマーとの接合部の断面又は界面を,透過型電子顕微鏡により撮影し,拡
大した写真であることが認められる。
(b) これらの写真によると,ノズル温度が220℃の方が,160℃のもの
よりも,エラストマーとの接合面が凸凹していることが認められる。
c 甲31,甲44,乙21,乙22,乙43写真(イ号減衰手段の写真)
(a) 甲31及び44並びに乙21,22及び43によると,甲31の写真1
A及び3(試料1接合部),甲44の写真1及び2,乙21の写真1及び2,乙2
2の写真1及び2並びに乙43の写真2及び3は,イ号減衰手段の筒状部のエラ
ストマーとの接合部の界面又は断面写真であることが認められる。
( b) 被告らは,乙21の写真1,乙22の写真1及び2は,海島状になって
いないから,これらと異なる甲31の写真1A及び3(試料1接合部)は信用でき
ない旨主張する。
しかし,甲31写真は筒状部の最先端頂部を撮影したものであるのに対し,乙
21,22写真は先端部の側部の撮影写真であり,撮影箇所が相違していること,
同じ乙21の写真1,乙22の写真1及び2について,原告は,凹凸状態が形成
されており,海島状になっている旨主張しており,どの程度の凹凸形状が観察さ
れれば海島状になっていると評価することができるのかについて客観的な判断基
準は明らかではないことからすると,乙21,22写真を根拠に甲31の写真1
A及び3(試料1接合部)が信用できないとはいえない。
( c) これらの写真によると,次の点が認められる。
①甲31の写真3(試料1接合部)の界面写真は凸凹しており,甲78の2のノズ
ル温度220℃のポリプロピレンの界面写真と似ていること,
②甲44の写真1及び2,乙21の写真1及び2,乙22の写真1及び2並びに
乙43の写真2及び3の界面の形状は,エラストマー非接触部の界面写真(乙43
の写真4及び5,甲44の写真3及び4)やエラストマー成形前の断面写真(乙2
1の写真2,乙43の写真1)に比べると,若干凸凹していること,
③乙43の写真3では,エラストマーとの接合界面部にポリプロピレンに起因す
ると考えられるラメラが製品全体にわたって観察されること
(d) 原告は,上記( c)③につき,ラメラが観察されるとしても,ポリプロピ
レンが溶融し,再結晶して折り畳み構造の単結晶が生じる可能性がある,乙43
の写真3のように10万倍の視野では,ラメラよりも桁違いに大きい球晶の存否
を判別することはできない旨主張する。
しかし,後記d(c)のとおり,ラメラは溶融すると消失するが,融液からの結晶
化では単結晶であるラメラを得ることは難しいこと,本件において,球晶を観察
した証拠は提出されていないことからすると,原告の上記主張は採用することが
できない。
d 検討
(a) 原告は,イ号減衰手段のエラストマー接触部で観察される凹凸形状は,
ポリプロピレンが熱により溶解したことを示している旨主張する。
しかしながら,どの程度,界面が凸凹していれば,ポリプロピレンが熱によっ
て溶解したことを裏付けるのかについての客観的な判断基準は明らかではないこ
とからすると,上記界面又は断面写真から,イ号減衰手段においてポリプロピレ
ンが熱により溶解したものと認めることはできない。
( b) 原告は,ポリプロピレンの配合物が扁平形状から円形に形状変化したこ
とは,ポリプロピレンが熱により溶解したことを裏付けている旨主張する。
確かに,乙43及び弁論の全趣旨によると,イ号減衰手段のポリプロピレンに
含まれている丸い配合物は有機充填剤であり,熱処理することで形状が変化する
ことが認められるが,その形状の変化がポリプロピレンの融点を超えた場合に初
めて生じることを認めるに足りる証拠はないから,上記配合剤の形状の変化をも
って,熱融着を裏付けるものということはできない。
( c) 甲53,54及び乙43並びに弁論の全趣旨によると,ラメラは,ポリ
プロピレンやポリエチレンのような結晶性高分子に特有の結晶構造であり,それ
らが溶融した場合には,ラメラは消失すること,融液からの結晶化では単結晶で
あるラメラを得ることは難しく,多くの場合,球晶が形成されるか,アモルファ
ス(非晶質)となり,結晶構造が確認できなくなること,ラメラは,厚さは数十n
m,平面方向に数百nmの薄い板状の結晶であるが,球晶は直径数百μmにまで
達することが認められる。
したがって,前記c( c)③のラメラの観察は,イ号減衰手段の接合部において,
ポリプロピレンが溶融していない可能性が高いことを示すものと認められる。
ウ 被告反証の検討
(ア) 乙23実験
a 乙23によれば,次の事実が認められる。
( a) 乙23実験は,イ号減衰手段のエラストマー部分は非常に薄く,容易に
破断してしまうため,米国材料試験協会で規格化されている「ASTM D42
9−73」に準拠した形状とし,ノズル温度は150℃,190℃,230℃と
し,第1部材として,ポリプロピレン(イ号減衰手段のポリプロピレン組成物から
接着剤を除いたもの。)とイ号減衰手段のポリプロピレン(接着剤が配合されてい
るもの。)を使用し,第2部材として,イ号減衰手段のエラストマー,ポリプロピ
レンと熱融着すると考えられるオレフィン系エラストマー「ゼラス」(三菱化学
製),ポリプロピレン(イ号減衰手段のポリプロピレン組成物から接着剤を除いた
ものから,更に無機充填材を除いたもの。)を使用し,日精樹脂工業製の成形機を
用いて射出成形し,引っ張り試験機を用いて成形品の接着強度測定を行ったもの
であること,
( b) その組合せを整理すると,次のとおりであること
組合せ①(イ号減衰手段に用いている接着剤が配合されたポリプロピレンとイ号減
衰手段に用いているエラストマーとの組合せ),
組合せ②(接着剤を用いないポリプロピレンとイ号減衰手段に用いているエラスト
マーとの組合せ),
組合せ③(接着剤を用いないポリプロピレンとエラストマー「ゼウス」との組合
せ),
組合せ④(接着剤を用いないポリプロピレンと接着剤を用いないポリプロピレンか
ら更に無機充填材と除いたポリプロピレンとの組合せ)
(c) 組合せ①及び組合せ②についての乙23実験によると,イ号エラストマ
ーを使用した場合,ノズル温度が150℃,190℃,230℃と上昇するに伴
い,第1部材に接着剤が配合されているものもされていないものも,接着強度が
上昇していること,
(d) 組合せ①及び組合せ②についての乙23実験によると,接着剤が配合さ
れている組合せ①の方が,接着剤が配合されていない組合せ②に比し,150℃
のときに22.5%,190℃のときに58%,230℃のときに35.4%接
着強度が向上していること,
( e) ノズル温度が230℃の場合に,イ号エラストマーを使用した場合(組
合せ①及び組合せ②)は,いずれも界面剥離の結果となったのに対し,第1部材に
接着剤を配合しないポリプロピレンを使用し,第2部材に熱融着しやすいと考え
られているポリプロピレンやエラストマーを使用した場合(組合せ③及び組合せ
④)は,格段に接着強度が高く,材料破断の結果となったこと
b( a) 上記a( d)のとおり,接着剤が入っているイ号ポリプロピレンを使用
した場合(組合せ①)には,接着剤が入っていないイ号ポリプロピレンを使用した
場合(組合せ②)よりも,どのノズル温度でも接着強度が高いことからすると,イ
号ポリプロピレンに配合されている接着剤が,接着強度の向上に寄与したものと
認められる。
( b) 上記a(e)のとおり,ノズル温度が230℃の場合に,組合せ①及び組
合せ②は界面剥離の結果となったのに対し,組合せ③及び組合せ④の場合は格段
に接着強度が高く材料破断の結果となったことからすると,組合せ①及び組合せ
②の場合は,熱融着はしていないものと認められる。
c 検討
(a) 乙23実験は,イ号減衰手段とは異なる米国材料試験協会で規格化され
ている形状を用い,成形条件もイ号減衰手段の製造方法とは異なっており,剥離
実験の方法も引っ張り試験機を用いて機械的に接着強度を測定したものであるか
ら,原告が主張するとおり,乙23実験の結果から,ノズル温度が230℃の場
合に,イ号減衰手段における接着が熱融着によるものではないと推定することは
できない。
( b) 原告は,乙23実験で使用したイ号ポリプロピレンやイ号エラストマー
についての具体的な特定がないことから ,同実験には信用性がない旨主張するが ,
これらの点が補助参加人北辰の営業秘密であり,それらを具体的に特定しないこ
とに正当な理由があると考えられることからすると,この点から乙23実験に信
用性がないと認めることはできない。
( c) 原告は,前記a(d)のとおり,イ号ポリプロピレンの融点に至っても,
接着剤が配合したことによる接着強度の上昇は1.4倍程度にすぎず,この程度
の上昇では剥離不能な接着状態を実現し得ないから,乙23実験はイ号減衰手段
において熱融着が生じていないことを裏付けるものではない旨主張する。
確かに,成形条件等が異なるから,乙23実験はイ号減衰手段において熱融着
が生じていないことを裏付けるものではない。他方,イ号エラストマーの厚さが
極めて薄いことや剥離実験の方法が異なることからすると,接着剤を配合した場
合の接着強度の向上が1.4倍程度であることと,イ号減衰手段において熱融着
によらずに手指で引っ張った場合に材料破断を生じる程度の接着強度が実現され
ていることとが矛盾するということもできない。
(イ) 乙44実験
a 乙44によれば,乙44実験は,イ号ポリプロピレン(接着剤入り)とイ
号エラストマーの素材を使用し,イ号減衰手段の金型とは異なる金型で,ノズル
温度を150℃,金型温度を70℃に設定して,減衰手段を射出成形したもので
あること,及び当該減衰手段の筒状部とエラストマーとを手指で引っ張ったが,
界面で剥離しなかったことが認められる。
乙44実験の結果からすると,ポリプロピレンの融点以下の温度であっても,
接着剤の接着力により剥離不能な程度の接着を実現することは可能であることが
認められる。
b(a) 原告は,接着剤の入っていない筒状部との比較がされていないことを
指摘するが,乙44実験の結果から,ポリプロピレンの融点以下の温度であって
も,接着剤の接着力により剥離不能な程度の接着を実現することは可能であると
の限度では,上記比較は必要ではないから,原告の上記主張は理由がない。
( b) 原告は,金型内の温度変化状況に関する客観的データ(数値及びグラフ)
を提示していないことを指摘するが,ノズル温度を150℃と設定した場合,金
型内温度がポリプロピレンの融点を超える温度になることはないと考えられるか
ら,原告の上記主張は理由がない。
( c) 原告は,乙23実験によると,ノズル温度が150℃の場合に界面剥離
していること,接着強度がせいぜい1.22倍しか向上していないことと矛盾す
る旨主張するが,乙23実験と乙44実験とは成形条件も剥離実験の方法も異な
るので,矛盾しているとはいえず,原告の上記主張は理由がない。
(ウ) 乙48実験
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( b) さらに,乙54及び55によると,接着剤入りのポリプロピレンによる
完成品(検乙6)に使用された第1部材と第2部材の成分分析結果は,イ号減衰手
段(153ダンパ)のそれと一致していることが認められるから,接着剤入りのポ
リプロピレンによる完成品(検乙6)は,イ号減衰手段と同一の素材を使用して成
形されたことが裏付けられる。
(c) さらに,乙56によれば,乙48実験において,接着剤なしのポリプロ
ピレンにイ号エラストマーを使用して製作したサンプル3及びサンプル4につい
て,ポリプロピレンのエラストマーとの剥離界面を観察したところ,金型を加工
するときに金型に残る微細なバイト傷が観察されたことが認められる。
この事実は,接着剤なしのサンプルについては,ポリプロピレンが融点を超え
て溶融していないことを示しているが,さらに,接着剤ありのサンプルについて
も同様であることを示していると認められる。
これに反する原告の主張は採用することができない。
b(a) 原告は,金型内温度が111℃しかないと,エラストマーは流動性を
有しておらず,成形ができない旨主張する。
しかし,筒状部との接合部分のエラストマーの温度測定値が111℃であると
しても,射出時のノズル温度は230℃であること,後記(c)のとおり,温度セン
サによる測定値は応答速度や測定空間による影響を受けて実際の温度よりもある
程度低くなっているものと考えられることからすると,測定値が111℃である
ことから,エラストマーが金型内を流動できず,成形が不可能であると認めるこ
とはできない。
( b) 原告は,111℃との測定値は,岡崎センサよりも少なくとも30℃低
い値を測定するキャビサーモによる乙33実験及び乙35実験の測定値よりも低
くなっており,不合理である旨主張する。
確かに,乙33によると,ノズル温度が230℃,金型温度が30℃で射出成
形をした場合,エラストマーの肉厚が当時の減衰手段に最も近い0.4㎜の場合
のキャビサーモによる測定値は平均135.3℃であること,乙35によると,
同様に肉厚が0.3㎜の場合のキャビサーモによる測定値は113℃であること
が認められるが,平成13年に行われた乙33実験及び乙35実験のノズル温度
や金型温度以外の成形条件や測定方法は,乙48実験と同一であるとは認められ
ないことからすると,これらの数値から乙48実験の測定値が不合理であるとい
うことはできない。
(c) 原告は,乙48実験では,測定空間の大きさ及び位置は,甲62実験の
中間程度の大きさ及び位置に配置しているにもかかわらず,それらよりも低い温
度が測定されており,不合理である旨主張する。
本件では,どの程度低い温度が測定されるか,実際の温度がポリプロピレンの
融点を超えるかが重要であるところ,甲62実験によると,原告の推奨する微小
表面用温度センサと被告が使用した岡崎センサとを使用して,測定空間及び温度
計設置箇所を変化させて測定温度の比較を行っても,測定値の差は,最大でも4
2.6℃であるが(222.1℃−179.5℃),乙48実験では,測定空間が
3㎜(甲62実験では1㎜又は5㎜)であり,温度センサの位置について,甲62
実験のB(筒状部最先端部の上1.8㎜)とC(筒状部最先端部の下1.2㎜)の中
間を採用していること(乙48の1の温度設定位置3D概略図)からすると,乙4
8実験の測定値と実際の温度との差は最大でも約40℃であると考えられる。そ
うすると,乙48実験で筒状部を製作した際の金型内温度は,いずれにしてもポ
リプロピレンの融点を超えるものではないと認められる。
( d) 原告は,接着剤入りのポリプロピレンによる完成品(検乙6)がイ号減衰
手段(153ダンパ)と同じであるとすると,甲6,41,64,69実験結果や
甲29,31,68,78,80等の断面,界面写真からすると,界面は凹凸形
状になっており,熱融着しているはずであるのに,測定値が111℃であること
や,同じ成形条件で成形しているにもかかわらず接着剤を加えないポリプロピレン
を用いた成形品(検乙7)が界面剥離という結果になることは,上記事実と矛盾する
旨主張する。
しかし,前記のとおり,甲6,41,64,69実験結果からイ号減衰手段に
ついて熱融着しているものと推定することはできないし,甲29の写真4及び5
はそもそもイ号減衰手段の断面写真であることに疑いがあり,甲31,44,乙
21,22,43のイ号減衰手段の断面や界面写真からイ号減衰手段が熱融着し
ていると推定することはできないものであるから,原告の主張は,前提を欠き,
理由がない。
(e) 原告は,乙23実験によれば,イ号ポリプロピレンの融点に至ったとし
ても,イ号接着剤の配合によって接着強度が約1.4倍程度に増強されるにすぎ
ないところ,甲69実験から,金型内ピーク温度が111℃の場合には剥離する
から,1.4倍程度の接着強度の増強によって剥離不能状態に至ることは不可能
である旨主張するが,この点については,前記ウ(ア)c( c)で述べたとおりである。
( f) 原告は,甲64実験及び甲69実験において,220℃の場合に切断片
の先端部が光沢を失っているのは,凹凸状態が形成され,光の散乱状態が生じて
いるからであるところ,同じ成形条件でありながら,接着剤を加えたポリプロピレ
ンを用いた成形品(検乙6)は光沢状態を呈しておらず起伏状態を形成し,接着剤を
加えないポリプロピレンを用いた成形品(検乙7)は光沢状態を呈し,起伏状態が形
成されていないのは矛盾する旨主張する。
しかし,甲86及び検甲1ないし3の170℃と220℃の写真及び切片の先
端部を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできないし,検乙6と
検乙7を対比しても,光沢状態に相違があると認めることはできない。また,仮
に,検乙6と検乙7の切断片の先端部の光沢状態に相違があるとしても,光沢状
態が起伏状態の存否と連動することについての客観的裏付けはなく,どの程度の
起伏状態があれば,ポリプロピレンが熱によって溶解したことを裏付けるのかに
ついての客観的な判断基準も明らかではないから,光沢状態の有無から検乙6と
検乙7が矛盾する旨の原告の主張は理由がない。
( g) 原告は,乙48実験よりも甲64実験及び甲69実験の方が信用できる
ことの証拠として,甲70,73,75,91の説明書等を提出し,乙48実験
は偽装工作が行われたことを裏付ける証拠として,甲77,79,82,83を
提出する。
一 甲70鑑定書について
(一) 甲70によれば,甲70鑑定書(B助教授の平成18年6月26日付
け鑑定書)は次のとおりであることが認められる。
比熱c,密度ρの流体が,周長pの管内を単位時間当り体積vの割合によって
移動した場合,管壁の熱通過率を K とし,環境温度をθ f とし,通過当初の温度
をθ i とした場合の移動距離xに対応する温度θに関し,
θ=(θ i −θ f)exp(−Kpx/cρv)+θ f
という一般式に立脚した上で,接合部に到達したエラストマーが何度となるかを机
上でシミュレーションしたものであること,
前提として,金型の形状及び寸法について,北辰前訴で補助参加人北辰が提出
した金型の平面図を参考に,金型の外表面との間に3㎝の幅が存在するとして,
ランナー部と直交している方向の金型の寸法を推定し,ダンパーの厚みを0.35
㎜,径を30㎜と推定して,ダンパーの体積を算出し,金型の熱伝導率を0.104
として計算したが,金型による冷却効果は,エラストマー自体が有している熱により
金型の温度も上昇するとして,考慮していないこと,
甲70鑑定書は,金型の寸法,熱が移動する平均距離を実際の場合よりも少な
い数値を設定し,熱通過率を大きめの数値とし,ダンパーの体積を小さめの数値
として設定しているので,実際に測定される数値は,計算値よりも高くなるはず
であり,200℃を超えていると結論付けていること
(二) しかし,甲70鑑定書は,
①基本となる一般式の根拠や,金型内を流動する物体の温度の解析に用いることが
できるかどうかという理論的根拠についても説明がないこと,
②実際のイ号減衰手段の金型の形状や寸法,熱伝導率を前提としていないこと,
③金型による冷却効果を考慮していないこと,
④金型内のエラストマーの温度は,射出速度や圧力,エラストマーの粘性等によって
も影響を受けると考えられるところ,これらの条件を考慮していないこと
からすると,甲70鑑定書を根拠に,乙48実験が信用性を欠くということはで
きない。
二 甲73説明書について
(一) 甲73によれば,甲73説明書は,甲70鑑定書を前提として,原告が
入手したイ号減衰手段の金型の形状や寸法からエラストマーが流動する体積を計算
し,エラストマーの温度を算出したものであることが認められる。
(二) しかし,①原告が入手したという金型がイ号減衰手段の金型と同一であ
ると認めることができないこと(甲73の2では,甲73の1の計算の前提とした金
型のサンプルと検乙6及び検乙7とが異なることを自認している(1頁5∼7行)。),
②甲70鑑定書と同じ問題点を有していることから,甲73説明書を根拠に,乙48
実験が信用性を欠くということはできない。
三 甲75説明書について
(一) 原告は,甲75説明書のとおり,奥山金型を使用した場合を前提に,甲
64実験及び甲69実験における成形時間について,5℃を超える温度変化の時間を
基準とした上で,ピーク温度に至るまでの時間を成形時間と設定し,甲70鑑定書と
同様の計算方法でエラストマーの温度を計算すると,甲64実験及び甲69実験の測
定値と整合する旨主張する。
(二) しかし,①上記計算式によると,計算値は成形時間やエラストマーの体
積により異なるのであるから,成形時間やエラストマーの体積は正確に算出する
必要があるが,成形時間の算出方法について理論的な裏付けはないこと,②複雑
な金型の形状に合わせた体積を算出するのではなく,全体を1つとして扱い,エ
ラストマー重量を3.8gとして体積を算出していること,③甲70鑑定書と同
様の問題点があることからすると,甲75説明書から,乙48実験の信用性がな
いということはできない。
四 甲91説明書について
甲70鑑定書に問題があることは前記一(二)に記載のとおりであり,温度降下
の寄与度を考慮し,第1密封部材の体積算定による修正をしても,甲91説明書
は,甲70鑑定書を前提とするものである以上,甲91説明書から,乙48実験
の信用性がないということはできない。
五 甲77鑑定書について
(一) 甲77によれば,甲77鑑定書(C博士の平成18年8月31日付け
鑑定書)は,乙48実験の結果について ,「ノズル温度が230℃であるにもかか
わらず,金型内ピーク温度は約111℃と異常に低く見積もられており,…乙4
8実験の結果をもって,オイルダンパーの筒状部とエラストマーとの接着が,ポ
リプロピレンとエラストマーとの熱融着ではないと断定し得ない以上,前記結論
は不合理であって,客観的に妥当であると見なすことはできない」と結論づけて
いるが(3頁),その理由として,①射出成形時における金型内ピーク温度につい
て,甲64実験及び甲69実験において,射出温度が235℃,230℃である
場合,金型内ピーク温度は,それぞれ222.3℃,221.5℃で約10℃の
温度低下であるのに対して,乙48実験では120℃の大幅な温度低下があるこ
と(15頁),②セプトンの製造元である会社の関係者から得た情報によれば,セ
プトンを用いる場合の射出温度は200℃∼230℃が推奨されており,その場
合の金型内ピーク温度は170℃以上と推定されていること(同),③甲73説明
書の計算結果から,乙48実験における金型内温度が約111℃というのは,不
合理であること(15∼16頁),④甲64実験及び甲69実験や甲29及び甲3
1の断面,界面写真から理解することができること(16頁)を指摘していること
が認められる。
(二) しかしながら,①甲64実験及び甲69実験の金型はイ号減衰手段の
金型と相違しており,成形条件も同一であるとはいえない点で問題があること,
②甲29の写真4及び5がイ号減衰手段のものであることは確認できていないこ
とは前記認定のとおりであり,甲77鑑定書は,その前提において誤っているか
ら,甲77鑑定書から乙48実験の信用性がないということはできない。
(三) また,甲77鑑定書は,接着剤として約20重量%の変性ポリエチレ
ンが配合され,エラストマーとしてセプトンが使用されていることを前提として
(4∼5頁),「変性ポリエチレンが接着剤的効果示すことは知られて,それは対象
のポリマーが変性ポリエチレンと同様の置換基を有する場合であり,本件のよう
な,非極性のセプトン系エラストマーに対する当該変性ポリエチレンの接着性が
特に優れているとは認め難い。…前記断面写真(引用者注:甲29)4,5からも
明らかなように,変性ポリエチレンは,筒状部のポリプロピレン中では均等に分
散された状態で分布しており,特にエラストマーとの境界領域に局在していると
は認められない。従ってこのような状態の変性ポリエチレンが格別の接着力を発
揮することはあり得ない 。」(17頁)と判断しているところ,原告は,甲77鑑定
書の上記記載に基づき,変性ポリエチレンはイ号エラストマーと親和性を有して
いないので,イ号エラストマーとの間で格別の接着力を発揮する要因等は存在し
ない旨主張する。
(四) しかしながら,イ号ポリプロピレンに配合されている変性ポリエチレ
ンやエラストマーの製品名や化学構造は明らかではないこと,前記ウ(ア)のとおり,
乙23実験によれば,イ号ポリプロピレンに配合された接着剤に一定の接着効果
があることが認められることからすると,変性ポリエチレンとエラストマーの性
質から,イ号ポリプロピレンに配合されている変性ポリエチレンによる接着効果
を否定することはできず,原告の上記主張は採用することができない。
六 甲79鑑定書,甲82実験報告書及び甲83写真撮影報告書について
(一) 甲79によると,甲79鑑定書は,甲77鑑定書に基づいて乙48実
験を評価した場合,接着剤なしの筒状部の場合の単位時間当たりの移動体積を減
少させるという工作,双方の筒状部における零点の位置の変更,接着剤配合の筒
状部の温度表示におけるスケール変換が不可欠の工作方式として想定できると指
摘していることが認められ,原告がこれらの偽装工作が実際に可能であることの
裏付けとして提出した甲82及び83によると,射出条件のうち,ノズル温度を
230℃,金型温度を30℃に設定したままで,射出時間,射出圧力,射出量を
変えると,成形品の接着強度に明らかな違いが生じること,スケール変換と零点
の位置を調整することによって,測定値を下げることが可能であることが認めら
れる。
(二) しかしながら,甲79鑑定書等が前提とする甲77鑑定書には,前記
五のとおりの問題点があるものであるから,甲79鑑定書,甲82実験報告書及
び甲83写真撮影報告書をもって,乙48実験について偽装工作が行われたとの
疑いを生じさせるものではない。
( h) その他の点
一 乙48の1の検乙6サンプルと検乙7サンプルの金型内温度の測定値の
平均値はいずれも約111℃であるが,標準偏差値は,検乙6が約3.72℃,
検乙7が約8.36℃と相違があることが認められる。しかし,検乙6の5回の
測定値は,106℃から117℃,検乙7の5回の測定値は,102℃から12
7℃の範囲内に分布しており,検乙7の方が標準偏差値が大きいのは,5回の測
定値のうち,2回が127℃と102℃とやや開きがあるためであり,残り3回
の測定値はほぼ近い数値になっていることからすると,検乙7について,何らか
の工作が行われたことが疑われるほど不自然,不合理な相違であるということは
できない。
二 金型冷却温度とピーク値に至る前の実際の温度との相違について
原告は,乙48実験のチャートグラフの初期値の温度測定値が18℃ではなく
24℃になっている点を指摘するが,弁論の全趣旨によれば,射出成形を繰り返
した場合に,当初に18℃に設定した場合でも,実際の測定値が24℃に上昇す
ることは十分あり得るものと認められるから,この点から,乙48実験に偽装工
作が行われた疑いがあると認めることはできない。
三 公証人の立会等
乙48の1及び2並びに49によれば,乙48実験は,公証人の立会いの下に
行われ,その様子はビデオに撮影されて証拠として提出されていることが認めら
れる。このことからすると,乙48実験の途中で成形条件を変えたり,ポリプロ
ピレンの素材に何らかの工作を施された可能性は低いものと考えられる。
(3) まとめ
以上によれば,イ号減衰手段において熱融着していると認めるに足りる証拠は
ない。かえって,約20%程度の接着剤が配合されていること,接着剤を配合し
た場合に一定の接着効果があり,イ号減衰手段の金型を用いた実験においても,
接着剤の配合の有無により剥離実験の結果が異なること,接合部にラメラが確認
できることなどからすると,イ号減衰手段は,ポリプロピレンの融点以下の温度
であるため,ポリプロピレンが溶着せず,接着剤を併用して初めて必要な接着強
度を確保している可能性が高いものというべきである。
よって,イ号装置が本件発明の構成要件Bc中の「熱融着」を充足しているこ
との立証はないといわなければならない。
3 結論
(1) 以上によると,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくい
ずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(2) なお,本件におけるイ号装置の特定は,商品名及び品番により行われたも
のであるから,原告が損害額の項で主張する期間内に製造販売されたものであっ
ても,異なる商品名又は品番のものについては,本判決の既判力は及ばないこと
を念のため付言する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
市 川 正 巳
裁判官
大 竹 優 子
裁判官
杉 浦 正 樹
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