平成17(ワ)25426損害賠償請求事件
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裁判所 |
請求棄却 東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成18年10月26日 |
事件種別 |
民事 |
当事者 |
被告有限会社海宝堂 原告A
|
法令 |
商標権
商標法26条1項2号9回 商標法26条1項4号3回 商標法32条1項2回 商標法3条1項3号2回 商標法26条1項1回 商標法3条1項1号1回
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キーワード |
商標権55回 侵害7回 無効6回 損害賠償5回 実施1回
|
主文 |
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事件の概要 |
本件は,被告が三味線用バチに付していた標章が原告の商標権を侵害してい
るとして,原告が被告に対し損害賠償を求めた事案である。被告は,( )原告1
の商標権と被告の標章が類似しないこと,( )被告の標章が商標的使用に該当2
しないこと,( )商標法26条1項2号によって原告の商標権の効力が及ばな3
いこと,( )先使用権が成立すること,( )原告の商標権には無効理由が存する4 5
こと等を主張して,原告の請求を争っている。 |
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判決文
平成18年10月26日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官
平成17年(ワ)第25426号損害賠償請求事件
(口頭弁論終結の日 平成18年9月25日)
判 決
東京都文京区<以下略>
原 告 A
同訴訟代理人弁護士 池 原 毅 和
東京都江戸川区<以下略>
被 告 有 限 会 社 海 宝 堂
同訴訟代理人弁護士 井 田 吉 則
同 丸 山 和 広
同 大 森 啓 子
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
被告は,原告に対し,金3000万円及びこれに対する平成17年12月2
3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告が三味線用バチに付していた標章が原告の商標権を侵害してい
るとして,原告が被告に対し損害賠償を求めた事案である。被告は,( 1)原告
の商標権と被告の標章が類似しないこと,( 2)被告の標章が商標的使用に該当
しないこと,(3)商標法26条1項2号によって原告の商標権の効力が及ばな
いこと,(4)先使用権が成立すること,( 5)原告の商標権には無効理由が存する
こと等を主張して,原告の請求を争っている。
1 判断の前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠によって認め
られる。)
(1) 当事者
原告は ,「高山商店」の屋号で象牙バチ,べっ甲先付きバチを製造販売す
る者である。
被告は,三味線用バチの製造,修理等を目的として,昭和62年3月2日
に設立された有限会社である。
(2) 原告の商標権
原告は,次の商標権を有している(以下,あわせて「本件各商標権」とい
い,その登録商標をあわせて「本件各商標」という 。 。本件各商標権は,
)
いずれも存続期間の更新登録がされて現在に至っている。なお,本件第2商
標権は本件第1商標権の連合商標として登録されたものである。
ア 本件第1商標権(甲4の3,4)
登録番号 第1366281号
出願年月日 昭和50年1月21日
登録年月日 昭和53年12月22日
登録商標 「一枚甲」の縦書き文字及び「亀」の模様を ,「ばち」
形の輪郭線で囲んだもの(別紙原告商標権目録1記載の
とおり。以下「本件第1商標」という。)
商品の区分 第24類
指定商品 和楽器,その他本類に属する商品
イ 本件第2商標権(甲4の5,6)
登録番号 第1569626号
出願年月日 昭和53年4月25日
登録年月日 昭和58年2月25日
登録商標 「一枚甲」の横書き文字のもの(別紙原告商標権目録2
記載のとおり。以下「本件第2商標」という 。)
商品の区分 第15類(指定商品の書換登録前は第24類)
指定商品 ばち
(3) 被告の使用していた標章
被告は,平成5年ころから平成16年2月ころまで ,べっ甲バチの才尻 グ
(
リップエンドの端面)に別紙被告標章目録記載の標章(以下「被告標章」と
いう 。)を付してこれを販売していた(甲4の13,9の1 )。被告標章は,
金色の六角形の形をしたシールに ,「一枚甲」の黒文字を縦書きしたもので
あり,べっ甲バチの才尻に貼付して使用されていた。
(4) 原告による侵害警告と被告標章の使用中止
原告は,被告に対し,平成16年2月12日付け内容証明郵便において,
被告標章が本件第2商標権を侵害するとして,被告標章の使用停止と損害の
賠償を求めた(甲1 )。
被告は,原告に対し,同年3月3日付け回答書において,①被告標章につ
き先使用権が成立していること,②商標法26条1項2号により本件第2商
標権は被告標章の使用には及ばないこと,③トラブルを避けるため,今後,
三味線バチに「一枚甲」の名称の使用をしないことを回答した(甲2)。
2 争点
(1) 本件各商標と被告標章とが類似するか 。(争点1)
(2) 被告標章の使用は,商標的使用に該当するか。(争点2)
(3) 被告標章の使用は,普通名称の表示〔商標法26条1項2号〕に該当する
か。(争点3−1)
(4) 被告標章の使用は,商品の品質,原材料の表示〔商標法26条1項2号〕
に該当するか。(争点3−2)
(5) 被告標章の使用は ,慣用商標〔商標法26条1項4号 〕に該当するか 。 争
(
点4)
(6) 被告は,被告標章について先使用権〔商標法32条1項〕を有するか 。 争
(
点5)
(7) 本件各商標権に無効理由が存在するか 。(争点6)
(8) 損害の額(争点7)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点1(本件各商標と被告標章とが類似するか)について
【原告の主張】
ア 本件第1商標について
本件第1商標と被告標章は ,「イチマイコウ」という称呼において同一
であり,その称呼が意味する観念も,いずれも三味線バチに貼付されるシ
ール等であることから同一である。また,本件第1商標は三味線バチのデ
ザインのバチ先の方に亀の図案が記載されており,他方,被告標章では三
味線のバチの図案はないものの,六角形の図案は典型的な亀甲形を用いた
ものであり亀を連想させ,本件第1商標の亀の図案と共通している。確か
に被告標章においては三味線バチの図案はないとはいうものの,本件第1
商標も被告標章も三味線バチに貼付されるので ,三味線バチの図案よりも ,
べっ甲を指し示す亀甲を連想させる図案が重要である。この点において,
本件第1商標の亀の図案と被告標章の亀甲形の図案は極めて類似してお
り,三味線バチに貼付されている状況では,三味線バチの図案の有無は外
観上主要な関心を引き起こすものではない。
イ 本件第2商標について
本件第2商標と被告標章は ,「イチマイコウ」という称呼において同一
であり,その称呼が意味する観念も,いずれも三味線バチに貼付されるシ
ール等であることから同一である。外観も ,「一枚甲」という表記におい
て共通する。
ウ 商品の販路について
三味線バチの販路は,被告が主張するように分別されているわけではな
い。被告自身,有限会社東邦楽器製作所,日本和楽器製造株式会社等に卸
売も行っている。また,原告が直接販売を行う場合もある。
【被告の主張】
ア 本件第1商標について
確かに ,本件第1商標と被告標章は ,その称呼については,それぞれ イ
「
チマイコウ」であり同一である。
しかし,本件第1商標の外観は,三味線バチをかたどった外枠の中の上
部に一枚甲と記載され,その下には亀の絵が施されている。これに対し,
被告標章は,三味線バチの外観を全く採っておらず,亀の絵もなく,単に
六角形の金色の下地に黒字で一枚甲と記したものにすぎないのであって,
その外観は著しく異なる。
また,上記の外観からすると,本件第1商標からは,一枚のべっ甲で作
製された三味線バチとの観念が生じる。これに対し,被告標章は,一枚の
べっ甲で作製されたものという観念を生じさせるだけである。したがって ,
観念についても異なる。
さらに,原告は,主に,原告から卸売業者,小売業者へと順々に商品を
流通させているのに対し,被告は,主に,直接,顧客に販売しているとい
う取引の実情を併せ考えると,何ら原告の商品と被告の商品とで商品の出
所について誤認混同をきたすおそれはない。
したがって,本件第1商標と被告標章は類似しない。
イ 本件第2商標について
確かに ,本件第2商標と被告標章は ,その称呼については,それぞれ イ
「
チマイコウ」であり同一であり,また,その観念の点でも,それぞれ「一
枚のべっ甲で作製されたもの」との観念を生じ,類似する。
しかし,本件第2商標の外観は,一枚甲とのみ横文字で書かれた文字だ
けのものである。これに対し,被告標章は,六角形の金色の下地に黒字で
一枚甲と記したものである。したがって,その外観は著しく異なる。
さらに,前記アの取引の実情を併せ考えると,何ら原告の商品と被告の
商品とで商品の出所について誤認混同をきたすおそれはない。
したがって,本件第2商標と被告標章は類似しない。
(2) 争点2(被告標章の使用は,商標的使用に該当するか)について
【被告の主張】
商標の本質は,自他商品の識別機能,すなわち,①誰の商品であるかを示
す出所表示機能,②一定の品質を保証する品質保証機能,③商標のシンボル
性により商品を広告・宣伝する宣伝・広告機能であると解されている。
そのため,第三者の商標の使用が,自他商品の識別標識としての機能を果
たす態様で使用されていると認められないときは,その商標の使用は本来の
商標としての使用ということができず,商標権者は,自己の登録商標の本来
の機能の発揮を妨げられないがゆえに,その商標の使用を禁止することがで
きない。
被告標章は ,「商品が一枚のべっ甲で作製されたこと」を示すのみであっ
て,それ以上,自他商品の識別標識としての機能,すなわち,①出所表示機
能も,②品質保証機能も,③宣伝・広告機能も有していない。また,被告が
被告標章を才尻に貼付したのは,才尻が,バチの外見上及び使用上,邪魔に
ならないところだからであり,才尻に標章を貼付したからといって,自他商
品の識別機能が発揮されることはない。
したがって,被告標章の使用は ,本来の商標としての使用といえないから ,
被告標章の使用が本件各商標権を侵害することはない。
【原告の主張】
被告は,才尻に標章を貼付したからといって,自他商品の識別機能が発揮
されることはないという。しかし,才尻は,自他商品識別のためにむしろ好
んで用いられる場所である。それ以外のバチの面に貼付すると,外観を損ね
たり,操作の邪魔になったりして,長期間貼付されずに剥がした上で用いら
れることになりやすく,自他商品識別に適さないからである。
(3) 争点3−1 被告標章の使用は,
( 普通名称の表示 商標法26条1項2号 〕
〔
に該当するか)について
【被告の主張】
ア べっ甲業,三味線バチの製造業,卸業,販売業及びその顧客は,いずれ
も,三味線バチに付された「一枚甲」という名称を,分厚い一枚のべっ甲
でバチ先を作製したものを意味し,薄い2枚のべっ甲を張り合わせて作製
された「合わせ甲」と区別されるものだと理解する。そして ,「一枚甲」
という名称は,遅くとも昭和40年ころから,三味線バチの製造販売等の
業界では,上記の意味で使用されていた。したがって,被告標章は,被告
製造にかかる三味線バチの「普通名称」を表示したものにほかならない。
「一枚甲」という名称が,本件各商標権の商標登録出願以前から,べっ
甲業界及び邦楽器業界において普通名称として使用され,本件各商標権の
登録後も,広く普通名称として使用されてきたことは,昭和27年当時す
でに「長崎の鼈甲細工について(二)」と題する文献において ,「一枚甲」
という名称が用いられていたこと,並びに,べっ甲職人等,製造卸業者,
小売店等,演奏家及び業界組合から提出された各陳述書によって裏付けら
れる。
イ 被告標章は,その外観・称呼・観念を通じ,被告製造にかかる三味線バ
チは ,分厚い一枚のべっ甲を使用してバチ先を作製したものであるという ,
その「普通名称」を直感させ,それ以上に,自他商品の識別標識としての
機能を果たす態様で使用されているとは認められないから ,「普通に用い
られる方法」で表示されたというべきである。
したがって ,被告標章の使用については ,商標法26条1項2号により ,
本件各商標権の効力が及ばない。
【原告の主張】
ア 「一枚甲」は,三味線のバチについての普通名称ではない。
「一枚甲」の用語は,広辞苑などの国語辞典に現れておらず,日常的に
使用されている用語ではない。
被告は,昭和27年当時すでに「長崎の鼈甲細工について(二 )」と題
する文献において ,「一枚甲」という名称が用いられていたことを指摘す
る。
しかし,べっ甲細工の原料となる亀の甲羅は屋根瓦状または石垣状に組
み合わさった13枚の甲からできており,上記文献は13組の甲を「一鼈
甲」と呼んでおり,これに対して甲羅を構成する13枚の各甲を 一枚甲」
「
と呼んでいるものである。同文献は,被告が指摘するように ,「本邦に於
ける当初の細工は,現今に於ける外国人の細工と同様,一枚甲からの挽抜
であった 。」とし,「前記したプレス台上に於いて十分に締め圧縮すると,
蒸気に依って接着し,殆ど合わせ目が不明となり,元の一枚甲の如き物質
となる 。」としている。しかし,ここにおける「一枚甲」の意味は物質的
な意味で甲羅を構成する13枚中の一枚の甲という意味にすぎず,一枚甲
という名称をべっ甲細工の原材料や品質を示す名称として使用しているの
ではない。
上記文献によれば,わが国における当初の細工や外国人の細工は,一枚
甲を挽抜する方法で行われていた。その後,甲の複数の切片を接着する技
術によって接着したものも一枚の甲から挽抜したものと区別できない状態
になるとしている。したがって,べっ甲細工において,一枚の甲から挽抜
した製品であるか甲の切片を接着した製品であるかは,わが国のべっ甲細
工の歴史では区別する実益がなく,べっ甲細工において一枚の甲から挽抜
した製品であるか,複数の甲を接着した製品であるかは,特に区別されて
いなかった。同文献のいう「一枚甲」は,同文献の文脈上で一頭のウミガ
メから取れる甲羅に対してそれを構成する一枚を意味するために用いられ
ている用語にすぎず,日常語的にもべっ甲細工の業界の用語としても「一
枚甲」という用語例は他に見られない。
実際,べっ甲によって作製される櫛や眼鏡のフレーム,装飾品等につい
て「一枚甲」という使用例はなく,同様に三味線のバチについても「一枚
甲」という使用例は原告が用いるまでなかった。
イ 邦楽器の業界では昭和32年に初めて全国組織として「全国邦楽器組合
連合会」が結成された。昭和38年9月1日現在の小売標準価格表には,
「ばち類」の欄には「一枚甲」の商品名はなく , 一枚甲」は商品「ばち 」
「
について普通名称として使用されていなかったことは明らかである。
価格表や広告などに「一枚甲」が使用され始めるのは,原告による本件
各商標権の登録出願時以降である。
被告の提出する陳述書は,東京邦楽器商工業協同組合の会員が提出する
ものである。同組合は,主として小売業者を中心とする組合であり,当業
界で最も歴史のある全国組織である全国邦楽器商工業組合連合会には所属
していない。東京には,他に東京邦楽器商工業協同組合,東京和楽器製造
卸組合,東京和楽器商組合があって,営業上の利害関係から内部的な対立
が生じて分裂した経緯がある。したがって,被告が集約して提出した陳述
書は,公正中立な立場からの陳述ではない。
(4) 争点3−2(被告標章の使用は,商品の品質,原材料の表示〔商標法26
条1項2号〕に該当するか)について
【被告の主張】
ア 昭和27年当時,べっ甲細工を施す「原材料」として,また,べっ甲細
工の「品質 」を示すものとして , 一枚甲」という名称が使用されていた 。
「
「一枚甲」という名称は,一枚のべっ甲を用いて作製されたものを意味す
るものであり,べっ甲バチの「品質」ないし「原材料」を示すものにすぎ
ない。
イ 被告標章は,その外観・称呼・観念を通じ,被告製造にかかる三味線バ
チが ,分厚い一枚のべっ甲を使用してバチ先を作製したものであるという ,
その「品質 」 「原材料」を直感させ,それ以上に,自他商品の識別標識
,
としての機能を果たす態様で使用されているとは認められないから ,「普
通に用いられる方法」で表示されたというべきである。
ウ したがって,被告標章の使用は,記述的商標の使用であることは明らか
であるから,商標法26条1項2号により,本件各商標権の効力は及ばな
い。
【原告の主張】
ア わが国のべっ甲細工の技術においては,もともと,複数の甲を張り合わ
せたものであるか,一枚の甲を挽抜したものであるかは,判別し難い物と
なるところに「細工」の本質があり,べっ甲細工の品質や原材料の表示方
法として「一枚甲」が用いられてきた事実はない。また,日常語にもその
使用例はなく,べっ甲細工の専門家でもなければ,亀の甲羅が13枚の甲
から成っていることを知らず,また,13枚の甲羅の一枚を一般に一枚甲
と呼んでいる事実もない。
イ したがって ,「一枚甲」という表示は,三味線演奏家や一般の三味線愛
好家を含めた需要者が,もともと13枚ある亀の甲羅のうちの一枚の甲か
ら作製されたべっ甲バチであると説明を受けずにその用語に接した場合,
通常はその意義を容易に理解し得ない。品質や原材料を記述するためには
普通の日常語を用いて説明的に表示する必要があり ,「一枚甲」は記述的
表示の情報伝達機能に乏しい。他方,本件各商標権の登録後に,一部の業
者が「一枚甲」の用語を使用した事実は認められるものの,伝統業界の大
勢は「一枚甲」を「原告のべっ甲バチ」として高く評価している事実があ
り,「一枚甲」の出所識別表示の機能は十分に認められ,保護の必要性が
ある。
ウ 以上のとおり ,「一枚甲」はべっ甲細工やべっ甲バチの「品質」ないし
「原材料」を示す表示とはなっておらず,また,普通に用いられる方法で
の表示とも認められない。
(5) 争点4(被告標章の使用は,慣用商標〔商標法26条1項4号〕に該当す
るか)について
【被告の主張】
仮に,被告標章が普通名称とまでいえないとしても,べっ甲バチに関する
業界において ,「一枚甲」は,一枚のべっ甲を用いて作製されたべっ甲バチ
を指す名称として慣用的に使用されてきたのであり,被告標章はいわゆる慣
用商標に該当する。
ア 「一枚甲」とは,原告が作った造語などではなく,その名称からも明ら
かなとおり,べっ甲業者,三味線バチの製造業者,卸売業者,販売業者,
顧客等においては,一枚のべっ甲を用いて作製されたバチ等を指すもので
ある。
イ 「一枚甲」の名称は,製造会社,小売店等の価格表やカタログ,ホーム
ページ等に記載されている。これらは,原告が作製したべっ甲バチを指す
ものとして記載されたものではなく,一枚のべっ甲を用いて作製されたべ
っ甲バチを指すものとして記載されている。
ウ 業界内においても ,「一枚甲」とは,原告が作製したべっ甲バチではな
く,一枚のべっ甲を用いて作られたべっ甲バチを指すものと認識され,そ
のような意味で取り扱われている。
エ したがって,被告標章は,慣用商標であり,商標法26条1項4号によ
り,被告標章の使用について,本件各商標権の効力が及ばないのである。
【原告の主張】
ア 被告の提出する陳述書は,東京和楽器製造卸組合と対立的な関係にある
東京邦楽器商工業協同組合傘下の新規参入業者等に,本件各商標権の効力
を及ばせない意図の下に呼びかけて被告が集約したものであって,にわか
に信用できない。むしろ,全国には700ないし800軒程度の三味線バ
チを扱う小売店があるにもかかわらず ,「一枚甲」が普通名称であるとか
慣用化されていると認めているのは,20社程度しかない。20社程度の
一部の業者が意図的に「一枚甲」の名称を使用しているとしても,業界全
体の総体数に照らせば,極めて一部の少数の者にとどまっており ,「一枚
甲」は未だ一般的名称として通用しているとは到底認められない。
イ 一方 ,「一枚甲」が原告の製造にかかる三味線バチであるという認識は
多くの業者や演奏家が有しており ,「一枚甲」には出所識別機能及び自他
商品識別力が認められる。また,日常用語として,「一枚岩 」 「一枚絵」
, ,
「一枚落 」 「一枚看板 」 「一枚起請文 」 「一枚刷り 」 「一枚盾 」 「一枚
, , , , ,
棚」「一枚版」「一枚交」はあるものの, 一枚甲」という日常語はない。
, , 「
べっ甲細工の業界でも ,「長崎の鼈甲細工について(二 )」と題する文献
を除けば ,「一枚甲」という用語は見られない。一枚甲の櫛,一枚甲の眼
鏡,一枚甲の簪等がないことはもとより,一枚甲のバチも一般的な用語と
しては存在しない 。 一枚甲」は原告製造のバチであることに意味があり,
「
一枚の甲から作製されたものであるかどうかを示すことに意味があるので
はない。
(6) 争点5(被告は,被告標章について先使用権〔商標法32条1項〕を有す
るか)について
【被告の主張】
ア 本件各商標権出願前からの使用
被告代表者の父は,本件第2商標権の出願に先立つ昭和50年3月1日 ,
三味線バチの製造・販売業を始めて以来 ,「一枚甲」という名称を使用し
てきた。
イ 不正競争の目的の不存在
「一枚甲」という名称は,昭和40年ころから,既に三味線バチの製造
販売等の業界で使用されていた。また,昭和50年当時,原告により本件
第1商標権が登録出願されていた事実を,被告代表者の父は知らなかった 。
そのため,被告には,出所の混同を生じさせる意図(ないし「ただ乗り」
しようとする意思)など存在していない。
ウ 周知性
被告代表者の父は,昭和50年3月 ,「一枚甲」という名称を使用して
三味線バチの販売を始めた。同人は,三味線のバチ先は ,「一枚甲」で作
るものだと思い,長年 , 一枚甲」のバチを製造販売してきた 。そのため ,
「
多くの顧客及び仕入先等の間において,同人の製造販売する三味線バチが
「一枚甲」であることは,広く認識されていた。
エ 継続使用
被告は,被告代表者の父が,昭和50年3月から「一枚甲」という名称
を使用して以降,平成16年2月に使用を停止するまで,約29年間,被
告標章の使用を継続してきた。被告が,平成16年2月,被告標章の使用
を中止したのは,原告から警告文が届き,無用な争いを避けるための一時
的な措置にすぎない。
オ 以上のとおりであるから,少なくとも,本件第2商標権に対しては,被
告の先使用権が成立する。
【原告の主張】
被告が当初実際に使用していた標章は「本べっ甲」であり ,「一枚甲」の
使用は平成5年からである。したがって,被告が昭和50年ころから被告標
章を使用していた事実はなく,また,被告の製造販売する三味線バチが「一
枚甲 」であることが広く認識されていたという事実もない。さらに,被告は,
「今後」すなわち,将来に向けて無期限に被告標章を使用しないことを表明
している。
(7) 争点6(本件各商標権に無効理由が存在するか)について
【被告の主張】
ア 本件第1商標権について
本件第1商標権の外観は,三味線バチをかたどった外枠に一枚甲と記載
され,その下に亀の絵が施されている。これに,その観念及び「イチマイ
コウ」との称呼を併せ考えると,本件第1商標権からは,分厚い一枚のべ
っ甲で作製された三味線バチが想起される。これは,商標法3条1項3号
の「品質 」 「原材料 」 「形状」を表示するものである。
, ,
加えて,本件第1商標権は,その外観・称呼・観念を通じ,原告製造に
かかる三味線バチは,分厚い一枚のべっ甲を使用してバチ先を作製したも
のであるという,その「品質 」 「原材料 」 「形状」を直感させ,それ以
, ,
上に,自他商品の識別標識としての機能を果たす態様で使用されていると
は認められないから ,「普通に用いられる方法」で表示されたというべき
である。
したがって,本件第1商標権は,商標法3条1項3号に違反するもので
あり,その登録に無効理由が存在する。
イ 本件第2商標権について
本件第2商標権は ,「一枚甲」という横文字からなる商標である。この
「一枚甲」なる名称は「普通名称」にほかならない。そして,本件第2商
標権は,その外観・称呼・観念を通じ,原告製造にかかる三味線バチは,
分厚い一枚のべっ甲を使用してバチ先を作製したものであるという,その
「普通名称」を直感させ,それ以上に,自他商品の識別標識としての機能
を果たす態様で使用されているとは認められないから ,「普通に用いられ
る方法」で表示されたというべきである。
したがって,本件第2商標権は,商標法3条1項1号に違反するもので
あり,その登録に無効理由が存在する。
ウ 以上のとおり,本件各商標権の登録には無効理由が存在していることが
明らかであるから,原告の被告に対する商標権に基づく損害賠償請求は許
されないというべきである。
【原告の主張】
「一枚甲」は,既に述べたとおり ,「品質 」 「原材料 」 「形状」を表示す
, ,
るものではないし ,「普通名称」でもない。したがって,本件各商標権に無
効理由は存しない。
(8) 争点7(損害の額)について
【原告の主張】
被告は,本件各商標を原告の許可なく使用してべっ甲バチを製造販売し,
年間800万円を越える純利益をあげている。また,仮に原告が被告に対し
て本件各商標権の使用を許すとすれば,その実施料相当額は年間800万円
を下ることはない。被告が,被告標章の使用を中止したとしても,原告は被
告標章の使用が中止されるまでの過去20年余りの間に1億6000万円近
い損害を被った。
原告は,本件商標権侵害の不法行為に基づく損害賠償の一部請求として,
3000万円及びこれに対する平成17年12月23日(本訴状送達の日の
翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める。
【被告の主張】
争う。
第3 争点に対する判断
1 争点3−2(被告標章の使用は,商品の品質,原材料の表示〔商標法26条
1項2号〕に該当するか)について
本件事案の内容及び当事者双方の主張立証などに鑑み,被告標章の使用が商
標法26条1項2号に該当するか否かについて判断する。
(1) 被告標章は,三味線のバチの「品質」ないし「原材料」を表示する用語で
あるかについて
ア 「一枚甲」という用語は,それ自体は広辞苑等の国語辞典に掲載されて
いないものの , 一枚 」と「甲」を併せた用語であることは明らかである 。
「
そして,「甲」には「蟹または亀などの外表を被う殻 。」との意味があり,
この意味では , 甲羅 ,…,亀甲 」との用例が広辞苑に記載されている(甲
「
6(広辞苑第5版 ) 。
)
イ 陳述書及び業界組合の意見等について
a) 被告が提出するべっ甲職人等(乙2ないし4 ),製造卸業者(乙5な
いし15 ),小売店等(乙16ないし38の2 ),演奏家(乙39)な
いし業界組合(乙40)作成の陳述書には,次の記載がある。
① 三味線のバチの台材の先に付けるべっ甲について,一枚の厚いべっ
甲を割いて先付けした三味線のバチを「一枚甲 」,一枚のべっ甲で作
れるほど厚くないべっ甲2枚以上を両方から合わせて台材に張り合わ
せる方法で先付けした三味線のバチを「合わせ甲」ないし「二枚甲」
といい,一枚甲であるか合わせ甲ないし二枚甲であるかにより,弾く
ときの感触や音色の点で違いがあり,価格も一枚甲の方が高いもので
あることから,取引時には,一枚甲か合わせ甲ないし二枚甲かを問い
合わせるのが通常である(乙2ないし5,7,8,13,16ないし
18,19の1,20ないし37,39)。
② 昭和26,27年ころには,分厚い一枚のべっ甲を先端に取り付け
た三味線のバチを意味する一枚甲という名称が使用されていた(乙1
6,17 )。
③ 昭和30年ころには,分厚い一枚のべっ甲を先端に取り付けた三味
線のバチを意味する一枚甲という名称が使用されていた(乙18 )。
昭和35年ころには,一枚の厚い甲羅から製造されるバチについて
「一枚甲」の名称が使用されていた(乙5,7,19の1 )。
昭和38年ころには,分厚い一枚のべっ甲を先端に取り付けた三味
線のバチを意味する一枚甲という名称が使用されていた(乙20 )。
④ 昭和40年代には一枚の厚い甲羅から製造されるバチについて「一
枚甲」の名称が使用されていた(乙3,4,8,21ないし32 )。
⑤ 昭和50年ころには,分厚い一枚のべっ甲を先端に取り付けた三味
線のバチを意味する一枚甲という名称が使用されていた(乙33ない
し35)。
⑥ 昭和52年以来,約500軒程度の小売店(全国で700ないし8
00軒程度と思われる 。)と取引を行ってきた 。「一枚甲」は台の先
に取り付けられているべっ甲が一枚の物を指す言葉として使用されて
きた(乙13 )。
b) 一方,原告が提出するべっ甲職人等,製造卸業者,小売店等,演奏家
ないし業界組合作成の陳述書には,次の記載がある。
① べっ甲細工の業界において,一枚の甲羅から三味線のバチを作成す
ることは一般的ではなく,また,一枚のべっ甲から作成された製品と
数枚のべっ甲から作成された製品とで,その特質に特に相違はなく,
外観上も識別し得ないものであるから,一枚のべっ甲から作成された
三味線のバチを特に「一枚甲」という呼称を用いて区別したことはな
い(甲4の8 )。
② 「一枚甲」は,技術的に優れた原告のバチに表示された原告の商標
であると認識していた(甲4の9・10・18・23,10の1ない
し9,11ないし15,21,30,31 )。
c) 三味線のバチの業界における「一枚甲」という名称の使用状況につい
て,小売業者を主な組合員とする東京邦楽器商工業協同組合は,本訴に
おける被告の立場を支持する旨の決議をし,一方,卸業者を主な組合員
とする東京和楽器製造卸組合は,本訴における原告の立場を支持する旨
の決議をしている(東京和楽器製造卸組合が加盟している全国邦楽器商
工業組合連合会は,同組合の決議を支持している 。 (甲25ないし2
)
9,乙40,41)。
ウ このように,三味線バチ業界においては,業界を二分して ,「一枚甲」
との用語について,対立する見解を述べた陳述書が提出され,組合決議が
なされているため,ここで文献や過去の取引書類等の客観的な資料を検討
する。
a) 文献
① 昭和27年発行の「長崎の鼈甲細工について(二 )」と題する文献
には ,「本邦に於ける当初の細工は,現今に於ける外国人の細工と同
様,一枚甲からの挽抜であった 。 ,
」 「前記したプレス台上に於て充分
に締め圧縮すると,蒸気に依る鼈甲自体の粘力に依って接着し,殆ん
ど合せ目が不明となり,元の一枚甲の如き物質となる 。」との記載が
ある(乙1)。
② 上記記載は,べっ甲細工の細工技術を述べるものであって,亀の甲
羅が複数の六角形の部分の組み合わせから成っていること(甲5)に
照らせば,亀の甲羅の複数の六角形の部分の内の一枚を「一枚甲」と
称し,これを材料としたべっ甲細工について説明したものである。し
たがって,上記記載によっては,一枚のべっ甲から作製された三味線
のバチを「一枚甲」と称していたことまでを認めることはできないも
のの ,亀の甲羅の複数の六角形の部分の内の一枚を 一枚甲」
「 と称し,
これをもって作成された三味線のバチとそうでないバチとがあったこ
とは認めることができる。
b) 定価表等の書類
① 昭和56年1月及び昭和59年1月作成の株式会社大瀧邦楽器・株
式会社九州オータキの定価表には ,「ふじ印 」(有限会社山口製作所
のブランド名)の「惣甲撥」の中に「一枚甲」という名称の商品区分
が設けられている(乙6の1・2 )。
なお,原告が有限会社山口製作所に対し,平成16年2月12日付
け内容証明郵便で,本件第2商標権に基づく侵害警告を行ったのに対
し,同社は,同年3月4日付け内容証明郵便で ,「一枚甲なる表現を
当該ばちの品質,生産の方法等を普通に用いられる方法で表示するも
のとして使用しており,また,当該表示を付した商品については,既
に,貴殿の商標登録出願に先立つ昭和30年代頃より,その販売を開
始しております。」と回答している(甲20の1・2 )。
② 昭和55年3月及び平成4年7月発行の牧本楽器株式会社の価格表
(牧本商報)には ,「象牙代用撥」について「一枚甲」という名称の
商品区分が設けられている(乙10の1・2)。
③ 日本放送出版協会が昭和57年10月に発行した「箏のおけいこ」
と題するテキストに掲載された有限会社山口製作所の広告には ,「亀
甲入り撥の部」に「一枚甲」という商品区分が記載されている(乙1
4)。
④ 昭和61年1月作成の小川楽器製造株式会社のカタログには, 撥」
「
について「一枚甲」という名称による商品区分が設けられている(乙
11 )。また,平成3年11月及び平成8年5月作成の同社卸売価格
表にも ,「撥」について「一枚甲」という名称の商品区分が設けられ
ている(乙12の1・2)。
なお,小川楽器製造株式会社は,原告の申入れを受け,平成16年
6月27日 ,「一枚甲」という名称を使用しない旨の覚書を原告と締
結した(甲4の20,9の3)。
⑤ 平成元年3月作成の株式会社銀河楽器の定価表には ,「ふじ印」の
「べっ甲撥」の中に「一枚甲」という名称の商品区分が設けられてい
る。また,これとは別に「べっ甲撥(関東製一枚甲 )」との記載もあ
る(乙9 )。
⑥ これに対し,昭和38年9月に発行された「邦楽器商報」に掲載さ
れた小売標準価格表のばち類欄には ,「一枚甲」という名称の商品名
は記載されていない(甲9の2 )。また,平成15年ころに株式会社
柏屋が使用していた 楓印 ,
「 雅印及びお勧め商品 」と題する冊子にも ,
「一枚甲」という商品名は記載されていない(甲22 )。
c) ホームページ
① 有限会社弦匠のホームページには ,「当社では(並)から(特上)
まで撥先は全て一枚甲で,欠けにくい撥を取り扱っています 。」との
記載がある(乙15)。
② 和楽器市場と題するホームページには ,「こちらの撥は貼り合わせ
の二枚甲ではなく,一枚甲の作りになっておりますので ,」との記載
があり ,「鼈甲撥(一枚甲 )」との商品表示がされている(乙38の
1・2)。
d) 上記認定事実によれば ,三味線のバチにおける 一枚甲」
「 との用語は ,
被告が提出している上記各陳述書に記載されたとおり,遅くとも昭和5
0年代半ば以降に,三味線のバチの台材の先に,一枚の厚いべっ甲を割
いて先付けしたものを意味する用語として,少なくとも業界の一部の業
者において使用されていたものと認められる。そして ,「一枚甲」の三
味線バチは,一枚甲で作れるほど厚くないべっ甲2枚以上を両方から合
わせて台材に張り合わせる方法で先付けしたものである「合わせ甲」な
いし「二枚甲」の三味線バチとは,その品質が異なり,原材料となるべ
っ甲の品質及び枚数が異なることから,その価格も異なるものであるた
め,その取引時には,三味線のバチのこの品質及び原材料を明らかにす
るために ,「一枚甲」か「合わせ甲」ないし「二枚甲」かを明示する必
要がある場合が少なくはないと考えることは合理的である。
以上によれば,被告標章を構成している「一枚甲」との用語は,少な
くとも被告標章が使用され始めた平成5年当時とそれ以降においては,
三味線のバチに先付けするべっ甲の種類を表示するだけでなく,三味線
のバチそのものの品質及びその原材料を表示する用語として使用されて
いた名称(標章)であると認めることができる。
エ a) 原告は,品質や原材料を記述するためには普通の日常語を用いて説
明的に表示する必要があり ,「一枚甲」は記述的表示の情報伝達機能に
乏しい,と主張する。しかし,一般人が知らない用語であるとしても,
三味線のバチの取引者・需要者の多数がこのような品質ないし原材料を
表す用語であることが認識できるのであれば品質や原材料を表す表示と
いうべきである。そして ,「一枚甲」との用語は,三味線のバチの台材
の先に,一枚の厚いべっ甲を割いて先付けしたものを意味する用語とし
て,昭和50年代半ば以降は,少なくとも業界の一部の業者において使
用されていたものであり ,「合わせ甲」ないし「二枚甲」の三味線のば
ちとは,原材料となるべっ甲の品質及び枚数が異なるだけでなく,その
品質が異なり,その価格も異なるものであるため ,その取引時には , 一
「
枚甲」か「合わせ甲」ないし「二枚甲」かを明示する必要がある場合が
少なくはないことは前記認定のとおりであるから ,「一枚甲」との用語
は,三味線のバチの取引者・需要者がその取引の場においてその品質を
確認するのに必要な用語であり,それらの多くの者がこの用語の意味す
るところを認識しているものと認めるのが相当である。
b) 原告は,伝統業界の大勢は「一枚甲」を「原告のべっ甲バチ」として
高く評価している事実があり ,「一枚甲」の出所識別表示の機能は十分
に認められる,と主張する。しかし,原告が三味線のバチに使用してい
るのは ,「一枚甲」の縦書き文字及び「亀」の模様を ,「ばち」形の輪
郭線で囲んだ本件第1商標であることからすれば(甲5 ),業界が原告
の商標として認識しているものは,このような「一枚甲」と図形との組
合せ商標であり,これは単なる「一枚甲」との文字標章とは異なるもの
である。よって,原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 被告標章が「商品の…品質 ,原材料…を普通に用いられる方法で表示 」 商
(
標法26条1項2号)したものかについて
被告標章は,金色の六角形のシールに「一枚甲」という漢字表記をごくあ
りふれた字体で行うものであり,これをバチの才尻に貼付するものである。
被告標章のうち,シールの六角形の形状は,シールの形状としてはありふ
れたものであり,何らかの自他識別機能を有するものということはできない
(仮に,このシールの形状が六角形であることから,亀の甲羅を想起する者
がいたとしても,これ自体はありふれたシールの形状にすぎず,自他識別機
能を有するものということはできない 。 。そして,三味線のバチの使用方
)
法に照らせば,品質ないし原材料を表示する被告標章のシールをその握り手
の部分に貼付することは,その使用により容易に剥がれてしまうおそれがあ
ることを考えると一般的ではなく,これに対し,このようなシールをその才
尻の部分に貼付することは,バチの使用方法に照らし,合理的な方法である
ということができる。したがって,原告がバチの才尻部分に本件各商標を付
していること(甲5)を考慮しても,被告標章は,依然としてバチの品質な
いし原材料を「普通に用いられる方法で表示する」ものであるというべきで
ある。
( 3) 原告は,価格表や広告などに「一枚甲」が使用され始めるのは,原告に
よる本件各商標権の登録出願時以降である,と主張する。しかし,商標法2
6条1項2号は,商標権の効力が及ばない範囲を規定しているのであり,被
告による被告標章の使用時に,同標章の使用が同号の規定に該当すれば,本
件各商標権の効力が及ばないことになるのである。本件においては,原告が
本件各商標権侵害を理由とする損害賠償を求めている平成5年ころから本訴
提起時までの期間において,同号の規定の適用が認められれば,本件各商標
権の効力が及ばないというべきである。したがって,三味線のバチの品質な
いしは原材料を意味する用語として,価格表や広告などに「一枚甲」との用
語が使用され始めたのが,原告による本件各商標権の登録出願時以降である
昭和50年代半ばからであるとしても,前記認定のとおり,遅くとも平成5
年ころ以降には ,「一枚甲」との用語は,三味線のバチの品質ないし原材料
を意味する用語として使用されていたものと認められる以上,被告による被
告標章の使用には本件各商標権の効力は及ばないというべきである。
(4) 以上によれば,被告による被告標章の使用については,商標法26条1項
2号により,本件各商標権の効力は及ばないものというべきである。
2 結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない
からこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 吉 川 泉
(別紙目録省略)
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