平成16(行ケ)193審決取消請求事件
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成16年12月27日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項1回
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キーワード |
刊行物74回 分割57回 審決18回 実施14回 進歩性2回 優先権1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成16年(行ケ)第193号 審決取消請求事件
平成16年12月15日口頭弁論終結
判 決
原 告 エルジー電子株式会社
訴訟代理人弁理士 山川政樹,黒川弘朗,紺野正幸,西山修,山川茂樹
被 告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 樋口信宏,瀧廣往,高橋泰史,大橋信彦,井出英一郎,尾崎淳史
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
以下において,「および」は「及び」と統一して表記した。その他,引用箇所に
おいても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-4191号事件について平成15年12月15日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成9年9月3日(大韓民国1996年9月3日の優先権主張),「プ
ラズマディスプレイパネル及びその分割方法」なる名称の発明(平成15年10月
14日付け手続補正書により,名称を「3電極面放電方式のプラズマディスプレイ
パネル」に補正)について特許出願し,平成13年11月13日拒絶査定を受けた
ので,これを不服として平成14年3月11日拒絶査定不服の審判を請求した。こ
れに対して特許庁は,平成15年12月15日「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,その謄本は平成16年1月6日原告に送達された。
2 本願発明(請求項1に係る発明)の要旨(平成15年10月14日付け手続
補正書における特許請求の範囲の請求項1の記載)
上下基板の間に共通電極,走査電極及びデータ電極が配置されるとともに,共通
電極と走査電極とは互いに平行に配列され,かつデータ電極は上記共通電極及び走
査電極に対して直角に配列される一方,上記上下基板のうち一方の基板に形成され
た上記共通電極及び走査電極と上記上下基板のうち他方の基板に形成された上記デ
ータ電極とを覆うように絶縁膜が形成され,上記共通電極と上記走査電極とが上記
データ電極と交差するところにセルが形成されている3電極面放電方式のプラズマ
ディスプレイパネルにおいて,
上記データ電極は,複数の電極に分割され,
上記データ電極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対し
て独立に印加され,
上記データパルスの印加と同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走
査パルスの時間幅と,このアドレッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に
印加される維持パルスの時間幅と,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走
査電極に印加される維持パルスの時間幅との和からなる維持周期の最小値は5.5
μSであるとともに,上記維持周期の許容値は上記データ電極の分割数の増加につ
れて増加することを特徴とする3電極面放電方式のプラズマディスプレイパネル。
3 審決の理由の要点
(1) 引用刊行物に記載された発明
刊行物1(特開平4-42289号公報,本訴甲4)には,以下の発明が記載さ
れている。
「第1絶縁基板と第2絶縁基板の間に共通行電極,走査電極及び列電極が配置さ
れるとともに,共通行電極と走査電極とは互いに平行に配列され,かつ列電極は上
記共通行電極及び走査電極に対して直角に配列される一方,上記第1絶縁基板と第
2絶縁基板のうち一方の基板に形成された上記共通行電極及び走査電極と上記第1
絶縁基板と第2絶縁基板のうち他方の基板に形成された上記列電極とを覆うように
絶縁層が形成され,上記共通行電極と上記走査電極とが上記列電極と交差するとこ
ろに画素が形成されているプラズマディスプレイパネルにおいて,多数の走査線を
有するプラズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手段を適用し,また,プラ
ズマディスプレイパネルは,上記列電極に印加されるデータパルスの印加と同時に
走査電極に印加される走査パルス,この走査パルスの印加後に共通行電極に印加さ
れる維持パルスA,共通行電極への維持パルスAの印加後に走査電極に印加される
維持パルスB,によって駆動されるものである,プラズマディスプレイパネル。」
刊行物2(特開平2-136889号公報,本訴甲5)には,以下の発明が記載
されている。
「プラズマディスプレイパネルにおいて,データ電極群は,複数分割され,上記
データ電極群に供給されるデータ信号は,上記分割された複数のデータ電極群のそ
れぞれに対して独立に供給されるようにしたプラズマディスプレイパネル。」
(2) 対比
本願発明と刊行物1に記載された発明とを対比する。
第1に,刊行物1に記載された発明の「第1絶縁基板と第2絶縁基板」,「共通
行電極」,「走査電極」,「列電極」,「絶縁層」,「画素」,及び,「走査パル
ス」は,それぞれ,本願発明の「上下基板」,「共通電極」,「走査電極」,「デ
ータ電極」,「絶縁膜」,「セル」,及び,「アドレッシング用走査パルス」に相
当する。
第2に,刊行物1全体の記載,特に,第7図(a)(b)を見れば,刊行物1に
記載された発明の「プラズマディスプレイパネル」は「3電極面放電方式のプラズ
マディスプレイパネル」である。
第3に,本願発明の「上記データ電極は,複数の電極に分割され,上記データ電
極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対して独立に印加さ
れ,」という構成は,段落番号【0013】「まず,画面を上下に2等分する場合
に対して説明する。・・・したがって,同一の1280×1024の解像度を有す
る表示素子を本実施形態による方法で駆動する場合,従来技術による方法に比べて
維持パルスの周期が2倍に増加してプラズマディスプレイパネルセルの放電特性か
ら与えられる放電に必要な最少要求時間を充足できることを分かる。」などの作用
効果に関する記載からみて,刊行物1に記載された発明の「多数の走査線を有する
プラズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手段」に対応する。
第4に,本願発明のプラズマディスプレイパネルは「データパルスの印加と同時
に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査パルスの時間幅と,このアドレ
ッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加される維持パルスの時間幅
と,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加される維持パルス
の時間幅との和からなる維持周期の最小値は5.5μSであるとともに,上記維持
周期の許容値は上記データ電極の分割数の増加につれて増加する」という記載によ
って特定されるものであるから,「データ電極に印加されるデータパルスの印加と
同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査パルス,このアドレッシン
グ用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加される維持パルス,共通電極への上
記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加される維持パルス,によって駆動され
るもの」という点において,刊行物1に記載された発明と対応する。
したがって,本願発明と刊行物1に記載された発明とは,「上下基板の間に共通
電極,走査電極及びデータ電極が配置されるとともに,共通電極と走査電極とは互
いに平行に配列され,かつデータ電極は上記共通電極及び走査電極に対して直角に
配列される一方,上記上下基板のうち一方の基板に形成された上記共通電極及び走
査電極と上記上下基板のうち他方の基板に形成された上記データ電極とを覆うよう
に絶縁膜が形成され,上記共通電極と上記走査電極とが上記データ電極と交差する
ところにセルが形成されている3電極面放電方式のプラズマディスプレイパネルに
おいて,多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手
段を適用し,また,プラズマディスプレイパネルは,上記データ電極に印加される
データパルスの印加と同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査パル
ス,このアドレッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加される維持パ
ルス,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加される維持パル
ス,によって駆動されるものである,3電極面放電方式のプラズマディスプレイパ
ネル。」の点で一致し,他方,以下の点において相違する。
(相違点1)
本願発明における「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定的
に駆動する手段」は,「上記データ電極は,複数の電極に分割され,上記データ電
極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対して独立に印加さ
れ」るものであるのに対して,刊行物1に記載された発明のそれは,これとは異な
る構成である点。
(相違点2)
本願発明におけるプラズマディスプレイパネルは「データパルスの印加と同時に
上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査パルスの時間幅と,このアドレッ
シング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加される維持パルスの時間幅と,
共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加される維持パルスの時
間幅との和からなる維持周期の最小値は5.5μSであるとともに,上記維持周期
の許容値は上記データ電極の分割数の増加につれて増加する」という記載によって
特定されるものであるのに対し,刊行物1にはこのような記載はない点。
(3) 審決の判断
(相違点1について)
本願発明と,刊行物2に記載された発明を比較すると,刊行物2に記載された発
明の「データ電極群」,「複数分割され」,「データ信号」,及び,「供給する」
は,それぞれ,「データ電極」,「複数の電極に分割され」,「データパルス」,
及び,「印加する」に相当する。
したがって,「プラズマディスプレイパネルにおいて,データ電極は,複数の電
極に分割され,上記データ電極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数
の電極に対して独立に印加されるようにした,プラズマディスプレイパネル。」の
発明は,刊行物2に記載されており,公知である。
また,刊行物2の2頁右下欄15行~3頁左上欄15行の記載を考慮すれば,刊
行物2に記載された発明は,「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネル
を安定的に駆動する手段」である。
そして,刊行物1及び刊行物2に記載された発明が,プラズマディスプレイパネ
ルに関するものであるという,産業上の利用分野の共通性を考慮すれば,刊行物1
に記載された多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定的に駆動す
る手段として,刊行物2に記載された「データ電極は,複数の電極に分割され,上
記データ電極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対して独
立に印加され」る構成を採用することは,当業者が容易にできることである。
(相違点2について)
「データパルスの印加と同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査
パルスの時間幅と,このアドレッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印
加される維持パルスの時間幅と,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査
電極に印加される維持パルスの時間幅との和からなる維持周期の最小値は5.5μ
Sであるとともに,上記維持周期の許容値は上記データ電極の分割数の増加につれ
て増加する」という記載によって特定されるものとしては,例えば,以下の
(ア),(イ),及び(ウ)の要件を備えたものが含まれる。
(ア)データパルスの印加と同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング
用走査パルス,このアドレッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加さ
れる維持パルス,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加され
る維持パルス,によって駆動されるもの。
(イ)維持周期は5.5μs以上であるもの。
(ウ)データ電極の分割数の増加につれて維持周期の許容値が増加する性質の
もの。
ここで,上記(ア)は,刊行物1に記載された発明が有するものである。
また,刊行物1に記載された発明のプラズマディスプレイパネルにおいて,走査
パルス,維持パルスの時間幅は各々5マイクロ秒であるから,「データパルスの印
加と同時に上記走査電極に印加されるアドレッシング用走査パルスの時間幅と,こ
のアドレッシング用走査パルスの印加後に上記共通電極に印加される維持パルスの
時間幅と,共通電極への上記維持パルスの印加後に上記走査電極に印加される維持
パルスの時間幅との和からなる維持周期」は15マイクロ秒であり,これは,上記
(イ)に該当する。
さらにまた,刊行物1に記載されたプラズマディスプレイパネルも,データ電極
を分割すれば走査線数は減少するから,維持周期の許容値は増加し得る性質のもの
である。
したがって,相違点2は,実質的な相違点ではない。
そして,本願発明の作用効果は,刊行物1及び刊行物2に記載された発明から予
期し得るものであって,刊行物1及び2に記載された発明を組み合わせたことによ
り予期し得ない格別な効果を奏しているとすることはできない。
したがって,本願発明は,刊行物1及び刊行物2に記載された発明に基づいて当
業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) 審決のむすび
以上のとおりであるから,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないものである。
また,本件出願の請求項1に係る発明が特許を受けることができないものである
から,その余の請求項に係る発明について審究するまでもなく,本件出願は拒絶す
べきものである。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(1) 審決では,本願発明と技術的には無関係な刊行物1から本願発明を容易に発
明することができたという結論を導くために,本願明細書,刊行物1,2のいずれ
にも記載されていない「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定
的に駆動する手段」なる概念を勝手に持ち出して,その手段として刊行物2に記載
された「データ電極は,複数の電極に分割され,上記データ電極に印加されるデー
タパルスは,上記分割された複数の電極に対して独立に印加され」る構成を採用す
る(すなわち,置き換える)ことは,当業者が容易にできることであると認定して
いるが,そもそも「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定的に
駆動する手段」なる手段がどこにも記載されていないのであるから,このような認
定は無意味である。その上,刊行物2に記載された技術は対向放電型であって,そ
の技術をそのまま面放電型に利用できるという保障はなく,面放電型である刊行物
1に記載の技術に,「「データ電極は,複数の電極に分割され,上記データ電極に
印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対して独立に印加され」
る構成を採用することは,当業者が容易にできることである」ことは,通常ない。
(2) 刊行物1に記載された発明は,プラズマディスプレイパネルの駆動方法であ
り,その点において本願発明と共通しているが,それ以外に共通する部分はない。
すなわち,刊行物1に記載されたプラズマディスプレイパネルの駆動方法は,共通
電極に連続的に加えられる維持パルスの1周期の間に異なる複数の走査電極に走査
パルスを加えるようにしたことが特徴で,刊行物1はその説明に終始している。デ
ータ電極を分割することはもとより,維持周期の最小値を5.5マイクロ秒となる
ようにデータ電極を分割することに関しては一言の説明もない。確かに,二つの維
持パルスと走査パルスのパルス幅がそれぞれ5マイクロ秒であるという説明はある
が,それは刊行物1に記載された駆動方法においてそれぞれのパルス幅を5マイク
ロ秒としたということであって,維持周期の最小値を5.5マイクロ秒とすべきこ
とを示唆するものではない。
(3) 刊行物2にも同様に,プラズマディスプレイパネルの駆動方法が記載されて
おり,それにはデータ電極を分割して駆動することが記載されている。その限りに
おいて,本願発明と同じである。しかしながら,この刊行物2に記載されたプラズ
マディスプレイパネルは,本願発明のような面放電型ではなく,対向放電型プラズ
マディスプレイパネルである。対向放電型プラズマディスプレイパネルの技術を面
放電型プラズマディスプレイパネルの技術に利用することは,プラズマディスプレ
イであるという広い意味での技術分野においては共通するものの,放電のさせ方に
違いがあるため(対向放電は上下の基板の間に向き合っている電極の間で放電させ
る一方,面放電は一方の基板に隣接して並列に配置した電極の間で放電させ
る。),必ずしも容易ではない。しかも,この刊行物2には,維持周期の最小値を
5.5マイクロ秒となるようにデータ電極を分割することに関しては記載されてお
らず,それを示唆する記載もない。
(4) したがって,刊行物1に記載された発明と刊行物2に記載された発明とを組
み合わせることそれ自体が必ずしも容易ではなく,仮に組み合わせることができた
としても,本願発明を示唆することにはならない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
相違点2について判断するに際し,審決は,請求項1に記載された事項の一部を
部分的に取り出して,その取り出した部分が刊行物に記載されていないから相違点
であると認定し,発明思想を無視して単にその一部の記載だけを刊行物の一部の記
載と比較して,認定した相違点に実質的な相違はないとしている。請求項1の一部
の記載部分を,発明の本質と無関係に単に数字を並べてあるにすぎない他の刊行物
の記載と比較すること,それ自体が不当である。すなわち,審決でしたのは,発明
ではなく請求項に記載された事項の一部を,本願発明とは異なっている技術の本願
発明と無関係な記載と比較しているだけである。したがって,審決における本願発
明と刊行物の記載との比較は,技術的思想としての発明の容易性を導くための比較
ではない。
請求項1の記載を分割した(ア)の駆動方法(審決では「駆動されるもの」と表
現している。)は,本願発明や刊行物1に特有のものではなくプラズマディスプレ
イパネルなら当然の駆動方法である。請求項1における(ア)の部分の記載はあく
までも「維持周期」を定義するために記載したにすぎず,発明の特徴を表明したも
のではない。また,刊行物1の三つのパルスの時間幅の合計が5.5マイクロ秒以
上であっても,単にそういう事実があるというだけで,それ自体は発明の進歩性の
判断とは無関係である。刊行物1はそのパルスの時間幅を加えた時間をどの程度に
すべきかについては一切記載されていないという点に注目すべきである。また,そ
れがデータ電極を分割することとどのような関係を持たせるかに関して示唆するも
のではないからである。
第4 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が,「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安
定的に駆動する手段」なる概念を勝手に持ち出して判断を進めていると主張するの
で,以下に検討する。
(1)-1 まず,本願明細書(甲2)には,【課題を解決するための手段】とし
て,次の記載がある。
「本発明は画面を分割して,分割された画面を並列に同時に駆動するようにし,
各セルの放電状態を安定に維持して駆動回路が分担するデータ量を減少させるよう
にしたものである。すなわち,画面分割ができるようにデータ電極を分離したこと
を特徴とするものである。」(【0010】)
【発明の実施の形態】として,次の記載がある。
「画面を上下に2等分する場合に対して説明する。1フィールドを8個のサブフ
ィールドで構成して,高画質TVのような1280×1024の解像度を有する表
示素子を駆動する場合,許容可能な維持パルスの周期は,上記式③で, Ts2≦1
/60÷N/2÷8 である。画面を上下2等分するのでN=1024/2=51
2を上記式に代入すると, Ts2≦8.14μs になる。従来技術のTs1≦4μ
sと比較してみると維持パルスの周期を2倍に増加できることが分かる。したがっ
て,同一の1280×1024の解像度を有する表示素子を本実施形態による方法
で駆動する場合,従来技術による方法に比べて維持パルスの周期が2倍に増加して
プラズマディスプレイパネルセルの放電特性から与えられる放電に必要な最少要求
時間を充足できることを分かる。」(【0013】)
【発明の効果】として,次の記載がある。
「本発明はプラズマディスプレイパネル画面を多数個の小画面に分割して,その
分割された各々の画面を独立的に同時に駆動することによって,維持パルスの周期
を増加してセルの放電を安定的に維持する」(【0015】)
これらの記載によれば,本願発明は,「上記データ電極は,複数の電極に分割さ
れ,上記データ電極に印加されるデータパルスは,上記分割された複数の電極に対
して独立に印加され」る構成を採用することにより,プラズマディスプレイパネル
を安定的に駆動しているのであるから,この構成を作用効果の観点から捉え,「多
数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手段」と解す
ることができる。
(1)-2 また,刊行物1には,特許請求の範囲として,次の記載がある。
「メモリ機能を有するドットマトリクス表示型ACプラズマディスプレイパネル
の駆動方法において,交流駆動の1周期の維持パルスの間にn個の走査パルスを個
別のn本の走査電極にそれぞれ1個ずつ印加することを特徴とするプラズマディス
プレイパネルの駆動方法。」(1頁左下欄5~10行)
【発明が解決しようとする課題】として,次の記載がある。
「多数の走査線を有するプラズマディスプレイパネルを駆動しようとすると,必
然的に維持パルスの周波数を上げなければならなくなる」(2頁右上欄3~6行)
【作用】として,次の記載がある。
「本発明では,従来,2個の維持パルスAの間に1個の走査パルスしか挿入して
いなかったのを改め,2以上のn個の走査パルスを個別のn本の走査電極にそれぞ
れ1個ずつ挿入するようにした。このようにすると,維持パルスの周波数は走査線
の本数に関係なくプラズマディスプレイパネルに最適の輝度や効率を与え,又は発
熱を抑えることのできる値に設定可能となる。」(2頁右下欄12~19行)
第1の実施例として,次の記載がある。
「第7図,第8図に示したプラズマディスプレイパネルに対して本発明の駆動方
法を適用した第1の実施例では,・・・維持パルスA,維持パルスB及び走査パル
スのパルス幅は5マイクロ秒,消去パルス幅は0.7マイクロ秒である。データパ
ルスはこれらの走査パルスに同期して各列電極に印加挿入される。・・・本実施例
では維持パルス周波数を従来の1/3に低減できることが分かる。・・・また,本
実施例では,維持パルスや走査パルス幅を従来より広く取れる利点もある。第6図
(a)に示したように,従来の維持パルスの周期T1は1/115200=8.7
マイクロ秒であるから,維持パルス及び走査パルスの幅は均等割り振りで2.9マ
イクロ秒以下となってしまう。しかし,本実施例の場合は,・・・従来の1.8倍
近い幅を割り当てることができる。維持パルスや走査パルスの幅の増大は放電の安
定性向上に大きく寄与するので,これは非常に大きな利点である。」(3頁右上欄
7行~右下欄11行),
【発明の効果】として,次の記載がある。
「本発明によれば,維持パルスや走査パルスの幅を従来より広く取れるので,放
電の安全性,ひいてはプラズマディスプレイパネルの動作安定性を著しく高めるこ
とができ,実用上非常に有益である。」(4頁右上欄9~13行)
これらの記載によれば,刊行物1に記載された発明では,「交流駆動の1周期の
維持パルスの間にn個の走査パルスを個別のn本の走査電極にそれぞれ1個ずつ印
加する」構成により,プラズマディスプレイパネルを安定的に駆動しているのであ
るから,この構成は,作用効果の観点から捉えると,「多数の走査線を有するプラ
ズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手段」と解することができる。
(1)-3 審決は,一致点の認定において,本願発明の「上記データ電極は,複数
の電極に分割され,上記データ電極に印加されるデータパルスは,上記分割された
複数の電極に対して独立に印加され」る構成と,刊行物1に記載された発明の「交
流駆動の1周期の維持パルスの間にn個の走査パルスを個別のn本の走査電極にそ
れぞれ1個ずつ印加する」構成との双方を含む広い意味で,「多数の走査線を有す
るプラズマディスプレイパネルを安定的に駆動する手段」を用いていると説示した
ものであり,そこに誤りはない。
(2) 原告は,刊行物2には,本願発明のような面放電型のプラズマディスプレイ
パネルについての開示はないと主張するので,検討するに,刊行物2(甲5)に
は,以下の記載がある。
「実施例では,本発明を対向型のPDPに利用した場合について説明したが,本
発明はこれに限るものではなく,本出願人が既に提案した面放電型のPDP(例え
ば特願昭62-306681号)についても利用することができる。第4図及び第
5図は本発明を面放電型のPDPに利用した場合を示すもので,これらの図におい
て1と2は対向して設けられた前面ガラス板と背面ガラス板である。」(3頁左上
欄20行~右上欄7行)
この記載によれば,刊行物2に記載された発明は,対向放電型プラズマディスプ
レイパネルばかりでなく,面放電型プラズマディスプレイパネルについても開示し
ていることは明らかである。
(3) 原告は,刊行物1に記載された発明と刊行物2に記載された発明とを組み合
わせることそれ自体が必ずしも容易ではなく,仮に組み合わせることができたとし
ても本願発明を示唆することにはならないと主張する。
しかしながら,刊行物2には,次の記載がある。
「走査信号が供給される走査電極群と表示データ信号が供給されるデータ電極群
とをマトリックス状に配列し,交差部に放電セル群を形成してなるプラズマディス
プレイパネルにおいて,・・・前記データ電極群を複数分割してなることを特徴と
するプラズマディスプレイパネル。」(特許請求の範囲)
「AC型のPDPでメモリ機能を活かした表示をするには,ある程度のアクセス
タイムが確保されなければならないからである。」(2頁左上欄11~14行)
「第1図,第2図及び第3図は本発明の一実施例を示すもので,・・・背面ガラ
ス板2の対向面には,複数列のデータ電極群Y1,Y2,Y3,・・・,Ymを各データ
電極毎に前記4つのブロックに対応して4分割された複数列のデータ電極群Y11~
Y14,Y21~Y24,Y31~Y34,…,Ym1~Ym4が設けられている。」(2頁左下欄4
行~右下欄3行)
「データ電極群Y11~Ym4のそれぞれに独立のデータ信号を供給すると,対応した
放電セル群S,S,・・・が放電発光し,所定の表示がなされる。・・・例えば,
HDTV(ハイビジョン)のように,1秒間の画面が60枚,1画面の走査電極群
が1000行,パルス数制御による表示の階調数が256(8ビット)の高画質表
示にした場合,1行のアクセスタイムは従来の約2μsの4倍の約8μsと長くな
り,AC型のPDPでも十分にメモリ機能を活かした走査による表示をすることが
できる。」(2頁右下欄15行~3頁左上欄15行)
「本発明によるPDPは,上記のように,走査電極群を走査信号が並列的に供給
される複数のブロックに分け,この複数のブロックに対応してデータ電極群を複数
分割して構成したので,複数分割されたデータ電極群のそれぞれに独立した表示デ
ータ信号を供給して表示すれば,1画面表示に要する走査時間を従来例の複数分の
1にすることができ,1行のアクセスタイムを複数倍にすることができる。したが
って,走査電極群の行数を増やし,かつ,パルス数制御による表示の階調数を増や
して高画質表示にすることが容易となる。」(3頁右下欄11行~4頁左上欄1
行)
これらの記載によれば,刊行物2には,多数の走査線を有するプラズマディスプ
レイパネルを安定的に駆動するために,「データ電極群は,複数分割され,上記デ
ータ電極群に供給されるデータ信号は,上記分割された複数のデータ電極群のそれ
ぞれに対して独立に供給されるようにしたプラズマディスプレイパネル」が開示さ
れている。
そして,刊行物2に記載された発明が,刊行物1に記載された発明と同様に,面
放電型プラズマディスプレイパネルに関するものも含むことは,前示のとおりであ
る。
そうすると,刊行物1に記載された発明と刊行物2に記載された発明とは,同じ
産業上の利用分野に属するのであり,また,多数の走査線を有するプラズマディス
プレイパネルを安定的に駆動するという共通の課題を有するから,刊行物1に記載
された発明に刊行物2に記載された発明を適用することで,本願発明の構成とする
ことは,当業者が容易に推考できたこというべきである。
(4) 以上のとおりであり,審決の相違点1に関する判断に誤りはなく,取消事由
1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物1の三つのパルスの時間幅の合計が5.5μS以上であって
も,単にそういう事実があるというだけで,それ自体は発明の進歩性の判断とは無
関係であると主張する。
まず,本願明細書には,三つのパルスの時間幅の合計を5.5μSとすることに
関し,【発明の背景】として次の記載がある。
「単一の駆動回路として図1のような単一画面を駆動する方式において,プラズ
マディスプレイパネルの各セルを駆動するためのパルスの幅は,セルの特性によっ
ても異なるが,一般的な走査パルスの場合2.5μs内外の値を有する。図2に示
したように,1維持周期内には1走査パルス10と共通電極での維持パルスと走査
電極での維持パルスの2維持パルス7,8が印加できる時間間隔が必要なので維持
パルスの最少の周期は5.5μsである。
2.5μs[走査パルス10の幅]+1.5μs[維持パルス7の幅]+1.5
μs[維持パルス8の幅]=5.5μs・・・・①
上記の時間は一つの走査電極にデータパルスを印加した後,次の走査電極にデー
タを印加する時までかかるデータパルスの周期である。」(【0004】~【00
05】)
この記載によれば,「5.5μS」というパルスの時間幅の合計値は,走査パル
スの幅を2.5μSという一般的な値に設定した場合における,維持パルスの最少
の周期である。そうすると,そもそも三つのパルスの時間幅の合計を5.5μS以
上とすることは,「5.5μS」という数値に臨界的な意義はなく,また,走査パ
ルス幅を2.5μSとしたことで必然的に採用しなければならないというべきであ
るから,当業者が適宜なし得ることといわざるを得ない。
三つのパルスの時間幅の合計を5.5μS以上とすることが,当業者が適宜なし
得ることは,刊行物1の次の記載からも明らかである。
「第1図において,維持パルスA,維持パルスB及び走査パルスのパルス幅は5
マイクロ秒,消去パルス幅は0.7マイクロ秒である。データパルスはこれらの走
査パルスに同期して各列電極に印加挿入される。」(3頁右上欄18行~左下欄2
行)
「本実施例では,維持パルスや走査パルス幅を従来より広く取れる利点もある。
第6図(a)に示したように,従来の維持パルスの周期T1は1/115200=
8.7マイクロ秒であるから,維持パルス及び走査パルスの幅は均等割り振りで
2.9マイクロ秒以下となってしまう。しかし,本実施例の場合は,第6図(b)
に示したように,維持周波数が38400Hzであるから,維持パルスの周期T2
は1/38400=26マイクロ秒となる。」(3頁左下欄15行~右下欄4行)
すなわち,これらの記載によれば,第1図の実施例では,三つのパルス(維持パ
ルスA,維持パルスB及び走査パルス)のパルス幅の合計は15μS(=5μS×
3)であり,また,維持パルスの周期についてみても,第6図(a)の従来例の維
持パルスの周期T1では8.7μSであり,第6図(b)の実施例の維持パルスの周
期T2では26μSである。したがって,これらの数値は「5.5μS以上」という
条件を満たしている。そして,また,「5.5μS」という数値に臨界的な意義が
ないことを参酌すると,三つのパルスの時間幅の合計を5.5μS以上とするの
に,困難性はない。したがって,刊行物1に記載の三つのパルスの時間幅の合計が
5.5μS以上であるということは,本願発明の維持周期が5.5μSであるとい
うことに該当するものと理解するのに障害があるということはできない。
(2) また,本願発明は,「パルスの時間幅を加えた時間をどの程度にすべきか」
すなわち「維持周期の最小値を5.5μS」とすることと,「データ電極を分割す
ること」との関係については,「上記維持周期の許容値は上記データ電極の分割数
の増加につれて増加する」構成のみを有していることも,前示のとおりである。
そして,刊行物2には,データ電極の分割に関し,次の記載がある。
「走査電極群を走査信号が並列的に供給される複数のブロックに分け,この複数
のブロックに対応してデータ電極群を複数分割しているので,複数分割されたデー
タ電極群のそれぞれに独立した表示データ信号を供給して表示すれば,1画面表示
に要する走査時間を分割しない従来例の複数分の1にすることができ,1行のアク
セスタイムを複数倍にすることができる。したがって,走査電極群の行数を増や
し,かつ,パルス数制御による表示の階調数を増やすことができる。」(2頁右上
欄13行~左下欄2行)
「例えば,HDTV(ハイビジョン)のように,1秒間の画面が60枚,1画面
の走査電極群が1000行,パルス数制御による表示の階調数が256(8ビッ
ト)の高画質表示にした場合,1行のアクセスタイムは従来の約2μsの4倍の約
8μsと長くなり,AC型のPDPでも十分にメモリ機能を活かした走査による表
示をすることができる。」(3頁左上欄8~15行)
「本発明によるPDPは,上記のように,走査電極群を走査信号が並列的に供給
される複数のブロックに分け,この複数のブロックに対応してデータ電極群を複数
分割して構成したので,複数分割されたデータ電極群のそれぞれに独立した表示デ
ータ信号を供給して表示すれば,1画面表示に要する走査時間を従来例の複数分の
1にすることができ,1行のアクセスタイムを複数倍にすることができる。したが
って,走査電極群の行数を増やし,かつ,パルス数制御による表示の階調数を増や
して高画質表示にすることが容易となる。」(3頁右下欄11行~4頁左上欄1
行)
これらの記載によれば,刊行物2には,データ電極を分割すれば,1画面表示に
要する走査時間を分割しない従来例の複数分の1にすることができ,1行のアクセ
スタイムを複数倍にすることができることが開示されている。そうすると,この刊
行物2に開示されたような公知の事実を参酌すれば,「刊行物1に記載されたプラ
ズマディスプレイパネルも,データ電極を分割すれば走査線数は減少するから,維
持周期の許容値は増加し得る性質のものである」とした審決の判断に,誤りはない
というべきである。
(3) その他,相違点2の本願発明の構成が刊行物2の構成との間での実質的な相
違点であるとすべき事実関係も認められないから,相違点2は実質的な相違点では
ないとした審決の判断に誤りはない。よって,取消事由2も理由がない。
第5 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 髙 野 輝 久
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