平成16(行ケ)108審決取消請求事件
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成16年12月8日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
商標権
商標法4条1項7号9回
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キーワード |
審決14回 商標権7回 ライセンス4回 無効3回 許諾2回 侵害2回 差止1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成16年(行ケ)第108号 審決取消請求事件
平成16年12月8日判決言渡,平成16年10月6日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社インディアンモトサイクルカンパニージャパン
訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳,古木睦美
被 告 東洋エンタープライズ株式会社
訴訟代理人弁理士 野原利雄
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
本判決においては,審決や書証等の記載を引用する場合も含め,公用文の用字用
語例に従って表記を変えた部分がある。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35031号事件について平成16年2月24日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本件は,原告が,後記本件商標の商標権者である被告に対し,商標法4条1項7
号に違反して登録されたものであるとして,本件商標登録を取り消すことを求める
審判の請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決
の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件商標
商標権者:被告(東洋エンタープライズ株式会社)
本件商標:「インディアンモーターサイクル」のカタカナ文字を横書きしてなる
もの
指定商品:平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表の商品区分
第17類「被服,その他本類に属する商品」
登録出願日:平成3年11月5日
設定登録日:平成6年3月31日
登録番号:第2634277号
(2) 本件手続
審判請求日:平成15年1月30日(無効2003-35031号)
審決日:平成16年2月24日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成16年3月12日(原告に対し)
2 審決の理由の要旨
(以下,理解の便宜上,審判手続における証拠番号の前には「審判」を付し,
「請求人」は「原告」,「被請求人」は「被告」と読み替え,固有名詞が初出する
場合は正式名称で表記するなどした。)
(1) 審決は,商標法4条1項7号に関する原告の主張について,以下のとおり,
判断した。
「(ア) 原告の主張並びに提出した審判甲2ないし5によれば,インディアン・モ
トサイクル・カンパニー(判決注:以下「旧インディアン社」という。)は,19
01年(明治34年)にマサチューセッツ州スプリングフィールドに設立されたオ
ートバイのメーカーであり,1953年(昭和28年)操業を停止し,後に解散し
たことが認められる。そして,過去において,旧インディアン社の使用してい
た「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標が,同社のオートバイに使用さ
れた結果,米国,ヨーロッパ,日本において需要者の間に広く認識され,周知著名
性を獲得するに至っていたことを否定することはできない。
しかしながら,旧インディアン社は,1953年に操業を停止し,後に解散して
おり,その後において営業活動(製造,販売)を行っていたものとは認め得ないか
ら,旧インディアン社が使用していた「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の
商標の周知著名性は,過去において高い水準にあったとしても,解散後38年を経
過した,本件商標の登録出願時には,消滅していたに等しいというべきであり,混
同を生ずる営業主体(出所)そのものが存在しないから,本件商標は旧インディア
ン社との関係において,社会の商取引の秩序を乱すものと認めることはできない。
(イ) 原告の主張並びに提出した審判甲6及び7によれば,P1(判決注:以下
「P1」という。)は,平成2年6月26日,かつて旧インディアン社が存在して
いたマサチューセッツ州スプリングフィールドに,インディアン・モトサイクル・
カンパニー・インク(判決注:以下「ザンギインディアン社」という。)を設立
し,前記の旧インディアン社を復活し,「Indian」のオートバイの復活製造及
び「Indianロゴ」や「ヘッドドレスロゴ」等を使用した「Indian」ブランドのアパ
レルやアクセサリー等のマーチャンダイジングビジネスを開始した旨の記事が米国
の一般紙「THE DAILY NEWS」1991年(平成3年)7月1日号(審判甲6)及
び「USA TODAY」同年7月1日号(審判甲7)により,報じられた事実は認められ
る。
しかしながら,ザンギインディアン社がこの報道以前に「Indianロゴ」,「ヘッ
ドドレスロゴ」等の商標を使用していた事実は認められない。そして,かかる報道
がなされたのは1991年7月1日であり,本件商標の登録出願は,その4か月後
である1991年11月5日であるから,この報道のみで,本件商標の登録出願時
に,「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標がオートバイ,アパレル,ア
クセサリー等の商品について,サンギインディアン社の業務に係る商品として広く
認識されていたものとは認められない。
(ウ) 原告の主張並びに提出した審判甲10,11,12の2,13によれば,コ
ンセプト・デザイナーであるP2(判決注:以下「P2」という。)は,我が国に
おいて,平成5年6月3日,株式会社インディアンモトサイクルカンパニージャパ
ン(原告)を設立し,代表取締役に就任したこと(審判甲13),そして,P1
は,P2に「Indian」ブランドのビジネス,「インディアン商標」の出願,登録,
ライセンスを含め,日本での権利を譲渡したこと(審判甲10及び12の2),さ
らに,P2は,日本に登録出願した「インディアン商標」を原告に譲渡したこと
(審判甲11)が認められる。
しかしながら,旧インディアン社とザンギインディアン社とが何らかの関係を有
しているものと認め得る証左は見当たらないから,P1は,過去において旧インデ
ィアン社が使用していた「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標を単に採
択したものといわざるを得ない。そうとすれば,原告は,P2が「インディアン商
標」を日本において出願登録した商標権の譲渡を受けた者であるにすぎず,原告
が,唯一の「インディアン商標」の独占的使用権者であるということはできない。
(エ) 繊研新聞及び日経流通新聞(いずれも平成5年7月24日付)において,原
告が「Indian」ブランドの輸入,ライセンスビジネスの展開を開始する等の内容の
記事が報じられたこと(審判甲16,17),「インディアン商標」に関して,株
式会社マルヨシ(判決注:以下「マルヨシ」という。)が平成6年5月に展示会を
開催し,販売を開始したこと(審判甲21),同じく,マルヨシ及び株式会社サン
ライズ(判決注:以下「サンライズ社」という。)の輸入に係るバッグ,Tシャ
ツ,トレーナー等及びサンライズ社の製造に係るTシャツ等が平成6年に雑誌等で
広告されたこと(審判甲24,25),同じく,西澤株式会社(判決注:以下「西
澤社」という。)が平成7年から平成8年にかけて展示会を開催するとともに,同
社の製造販売に係る革製ジャケットなどの広告宣伝を行ったこと(審判甲31ない
し40),その他の使用の事実(審判甲19,20,76ないし193)等よりす
れば,原告をはじめとする前記各社が「インディアン商標」を使用している事実は
認め得るものである。
しかしながら,前記の証拠は,本件商標の登録査定時(平成5年7月16日)以
降の証左であって,本件商標の登録査定時に,原告をはじめとする前記各社が使用
する「インディアン商標」が,同人らの業務に係る商品標識として周知であったと
まで認めることはできない。
(オ) 原告は,平成8年7月22日付繊研新聞に,「インディアンモトサイクル商
標」が原告の登録商標であり,類似品の出現など侵害行為には法的措置も辞さない
旨を付記して新規ライセンシーの募集広告をしたこと(審判甲41),また,平成
8年9月に東京地裁に商標権侵害差止の仮処分申請をし,同年12月仮処分決定が
出されたこと(審判甲42),被告は,仮処分決定が出された後も,「インディア
ン商標」を使用した革製ジャケットやTシャツ等の輸入,製造,販売,広告を継続
していたこと(審判甲47,48,58ないし75),被告が出願登録している商
標中には,海外ブランドを意図して採択されていると推認されてもやむを得ない商
標が見られること(審判甲1)は,原告主張のとおりである。
しかしながら,被告が「インディアン商標」を原告からの警告,仮処分命令後も
使用を継続したこと,被告が出願登録している商標中には,海外ブランドを意図し
て採択されている商標が見られるとしても,これらの事実が,市場を撹乱させ,原
告の業務を妨害しているものと直ちに断定することはできない。」
(2) 審決は,以下のとおり,結論付けた。
「本件商標は,「インディアンモーターサイクル」の文字よりなるところ,前記
したとおり,①本件商標は,解散後38年を経過した旧インディアン社との関係に
おいては,社会の商取引の秩序を乱すものと認めることはできず,②本件商標の登
録出願時,登録査定時のいずれにおいても,「インディアン商標」は,原告ほか,
サンライズ社,マルヨシ及び西澤社の業務に係る商品標識として広く認識されたも
のとは認められず,③原告が唯一の「インディアン商標」の独占的使用権者である
ということはできず,④被告が「インディアン商標」を原告からの警告,仮処分命
令後も継続使用していたり,さらには,被告が出願登録している商標中には,海外
ブランドを意図して採択されている商標が見られるとしても,それをもって直ちに
原告の業務を妨害しているものとは断定することができないものである。
してみれば,本件商標は,原告の「インディアン商標」を妨害し,公正な競争秩
序を乱すものであり,その使用に便乗して不当な利益を得ること(フリーライド)
を目的として使用されるものということはできない。また,本件商標は,原告の
「インディアン商標」を冒用して採択したものとも断定することはできない。
そうしてみると,本件商標は,公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあるも
のということはできない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項7号に違反して登録されたものでない
から,同法46条1項の規定により,その登録を無効とすべきでない。」
第3 当事者の主張
1 原告の主張の要点
本件商標は,商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれが
ある商標」に該当する。本件商標が同号に該当しないとの審決の判断は,誤りであ
り,取り消されるべきである。
(1) 他人の業務を妨害する目的で出願し登録を得た商標は,公正な競業秩序を害
するものとして,商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ
がある商標」に該当する。
(2) 本件商標は,被告が,我が国において「インディアン」商標を用いたブラン
ドビジネスが展開されたときに,そのブランドビジネスを妨害する目的で,出願し
登録を得たものであり,公正な競業秩序を害するものであるから,公序良俗に反す
る商標である。このことは,以下の事実から明らかである。
(ア) 旧インディアン社がオートバイに使用した商標は,米国のみならず,日本で
も著名であったところ,ザンギインディアン社は,既に消滅していた旧インディア
ン社がオートバイに使用していた「Indian」商標(当時,商標権は消滅してい
た。)にマーチャンダイジングのブランドとしての価値を新たに付与した。P2
は,ザンギインディアン社から日本における「Indian」商標を使用したマーチャン
ダイジングビジネスの権利を取得したものであり,原告はP2の承継者である。
(イ) 被告が本件商標の出願をしたのは,米国の新聞紙上で「Indian」ブランドの
復活が平成3年7月1日に報じられた4か月後の同年11月5日である。被告は,
従前から,外国のブランド情報を収集していたのであるから,この報道を見
て,「Indian」ブランドビジネスが日本で展開されるであろうことを予測したこと
は明白である。
(ウ) 原告は平成5年6月30日に設立されたが,原告が「Indian」ブランドビジ
ネスを日本において展開することは,平成5年7月24日に繊維新聞,日経流通新
聞で広く報じられた。原告は,「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」,
「『Indianロゴ』/MOTOCYCLE」,「『ヘッドドレスロゴ』/ MOTOCYCLE」等を使用
した「Indian」ブランドの商品(ジャケット,シャツ,帽子,バック等)の輸入販
売を行うかたわら,月刊誌「DICTIONARY」(「Indian」ブランドの顧客である若い
人向けの広報誌で,若い人の間で有名な全国展開の大手専門店「ビームズ」,「シ
ップス」,「ユナイテッド・アローズ」等の専門店(上記3店でヤングメンズカジ
ュアルの相当大きな部分を占める。)に無料で設置されている雑誌)に平成6年1
月から平成7年2月にかけて,定期的に広告をし,「Indian」ブランドの宣伝に努
めた。かかる企業努力のかいあって,「Indian」ブランドは,平成6年前半には市
場に浸透し,バッグについてマルヨシにライセンスをするまでになり,同年後半に
は一層市場に浸透した。
(エ) 被告は,本件商標をその指定商品に使用せず,「Indian」ブランドが原告に
より日本市場に導入され,原告が企業努力を傾注して同ブランドを日本市場に浸透
させるや,それに便乗して,本件商標と同一性の範囲内にない,かつ,原告の使用
する「Indianロゴ」と同一の態様の,「Indianロゴ」等の「Indian」ブランドを本
件商標の指定商品であるシャツ,帽子,ジャケット等に使用して,原告やそのライ
センシーの業務を妨害した。
原告は,平成7年,西澤社に対し,「Indianロゴ」等の商標を革製ジャケット等
に使用するライセンスを許諾した。西澤社は,平成7年から平成8年にかけて巨額
の資金を投入して広告と宣伝を行った。この結果,「Indian」ブランドはレザージ
ャケット等のブランドとしても市場に浸透した。しかし,平成8,9年の秋冬シ-
ズンに西澤社が前年の投資の成果を回収しようとした矢先,被告は平成8年の秋冬
シーズンの始めから,原告の商標と同一又は酷似した標章を使用した革製ジャケッ
ト等の販売を開始した。
これらの被告の行為の結果,市場は混乱し,原告及びそのライセンシーは業務を
妨害され,多大な損害を蒙った。
(オ) そこで,原告は,平成8年5月,やむなく被告を相手にして訴訟を提訴する
とともに仮処分命令の申立てを行い,同年12月,同仮処分決定が発出された。被
告は,仮処分決定を受けた後も,「Indianロゴ」と同一又は酷似した書体の標章を
使用して,革製ジャケットやTシャツ等の輸入,販売,広告を継続した。被告は本
件商標に基づき原告外2名に対し訴えを提起したが(平成8年(ワ)第14026号事
件),同事件の請求は,権利の濫用に当たるとして,棄却された。
(3) 以上のとおり,本件商標は,「Indian」ブランドの日本への上陸を予想し,
そのブランドビジネスを妨害する目的で出願され登録されたものであるから,公正
な競業秩序を害するものとして公序良俗に反するというべきである。
2 被告の主張の要点
本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあ
る商標」に該当しないとした審決の判断は,正当であって,誤りではない。
(1) 被告は,昭和40年に設立された株式会社であり,現在,アメリカンカジュ
アル衣料専門業者としては日本最有力である。被告は,ジーンズ,ジャケット,ア
ロハシャツ等,アメリカンカジュアル衣料全般について,多くの取引者や需要者か
ら高い信頼と支持を得ている。原告の主な業務は,他者に商標の使用を許諾するこ
とにより利益を得るブランドビジネスである。
(2) 旧インディアン社は,1901年(明治34年)に創業され,その使用す
る「Indianロゴ」,「ヘッドドレスロゴ」等の商標は,米国,欧州,日本において
需要者の間に広く認識され,周知著名性を獲得するに至った。しかし,旧インディ
アン社は,今からおよそ50年前の1953年(昭和28年)には操業を停止して
おり,それ以来,事業活動を行っていない。
(3) P1は,平成2年,ザンギインディアン社を設立した。P1は,旧インディ
アン社及びその商標に関連して,国内外200人にも及ぶ人々から金員等を詐取し
たとして,平成8年6月に逮捕され,実刑判決を受けた。ザンギインディアン社
は,オートバイの製造はもちろん,企業本来の事業活動はおろかその準備行為すら
一切せずに設立後間もなく倒産した。
(4) P1やザンギインディアン社は,旧インディアン社の商標について,日本は
もとより,米国においても,権利を有しないのであるから,他者が日本において同
商標及びこれを原型起源とする商標を採択・使用することを制限できないはずであ
る。原告と被告は,旧インディアン社が存続時に使用していた商標又はそれを原型
起源とする商標に関し,いずれか一方が正当な使用者で,他方が不正な使用者とい
う関係にはない。
(5) 被告が本件商標の出願を行ったのは,平成2年終わりころに,被告の評判を
知った数百人からなる米国ヴィンテージバイクの愛好家団体から,そのバイクジャ
ケットを作るように依頼を受けたのがきっかけである。被告は,これに応じてバイ
クジャケットを商品化するにあたり,商標を「インディアンモーターサイクル」と
することとし,平成3年11月5日に商標登録の出願をした。本件商標をカタカナ
表記としたのは,当初,ロゴデザインが決まっていなかったことから,とりあえず
音表示で出願したためであり,このような出願手法は特に不自然なものではない。
被告は,本件商標が登録された後,商品の具体的な販売企画に着手するとともに,
本件商標についてのカナダ国の商標権者であるカナダインディアン社と業務提携
し,平成7年から,同社商品を輸入して販売を開始した。その最初の雑誌広告は,
平成7年6月25日発行の「ポパイ」である。被告が当初使用していた「Indian」
関連商標のすべては,カナダインディアン社から輸入した商品に元々付されていた
もので,原告が使用する商標に依拠したものではない。
(6) 原告は,被告が,米国の新聞記事を見て,本件商標を出願したと主張する。
しかしながら,著名なファッション誌や衣料専門誌であればともかく,米国で発行
された英字新聞を被告が日々購読しているとの原告の前提は現実離れしている。し
かも,原告が根拠とする新聞記事は,P1が金員を詐取するために行った一方的な
発表をそのまま記事にしたにすぎないのであって,このような根拠のない報道は,
我が国における商標出願や登録の適否を左右する要因とはなり得ない。
(7) 原告は,被告が原告の商標に類似した標章を使用していると主張するが,旧
インディアン社のバイクイメージや時代イメージを商品に再現しようという試み
は,同社が消滅した数年後には始まっており,同様の商品を取り扱う者は,原告及
び被告を含め,各国に存在する。これらの業者はいずれも旧インディアン社の商標
に依拠しているのであるから,その構成や書体は必然的に近似せざるを得ない。
(8) 以上によれば,本件商標が商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗
を害するおそれがある商標」に該当しないことは明らかである。
第4 当裁判所の判断
(1) 商標法4条1項7号は「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商
標」は商標登録を受けることができない旨規定する。ここにいう「公の秩序・・・を害
する」には,商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的相当性を欠き,その商
標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合も含まれると解すべ
きである。しかしながら,同号は商標自体の性質に着目した規定となっているこ
と,商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に
個別に不登録事由が定められていること,及び,商標法においては,商標選択の自
由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていること
を考慮するならば,商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該
当するのは,その登録出願の経緯に著しく社会的相当性を欠くものがあり,登録を
認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場
合に限られるものというべきである(東京高裁平成14年(行ケ)第616号事
件・平成15年5月8日判決(最高裁HP)参照。)。
(2) そこで,本件商標の出願の経緯について検討するに,証拠(甲3ないし5,
7,8,乙3ないし6,8,9,13ないし21)及び弁論の全趣旨によれば,以
下の事実を認めることができる(争いのない事実を含む。)。
(ア) 被告は,昭和40年11月に設立されたアメリカンカジュアル衣料の輸出入
及び国内販売等を取り扱う株式会社であり,原告は,平成5年6月に設立された装
身具,皮革製品,衣料品等の輸出入及び販売等を業とする株式会社である。
(イ) 旧インディアン社は,1901年(明治34年)にマサチューセッツ州スプ
リングフィールドにおいて設立され,その使用する「Indianロゴ」,「ヘッドドレ
スロゴ」等の商標は,米国,欧州,日本において,需要者の間で周知著名性を獲得
するに至った。しかしながら,旧インディアン社は,1953年(昭和28年)に
操業を停止した。
(ウ) 旧インディアン社が操業を停止した後も,旧インディアン社の商標をモチー
フとして使用した商品は米国内において販売され,我が国においても,従前から,
旧インディアン社の商標に因んだ商標登録がなされている。
(エ) 米国人であるP1は,旧インディアン社の復活を標榜して,ザンギインディ
アン社を設立し,1991年(平成3年)7月には,以下のとおり,P1が旧イン
ディアン社を復活を計画している旨の記事が新聞紙上に掲載された。
① 1991年7月1日付け「THE DAILY NEWS」(甲7)には,「P1は,今ま
さに,アメリカ史に残る伝説であるインディアン・モトサイクルを甦らせるという
夢を実現しようとしている。」「P1氏は衣類やアクセサリーのビジネスで大きな
成功を収めている。インディアン・Tシャツ,皮ジャン,皮パンツ,しろめ製バッ
クル,ブーツなどの新シリーズが売り出されている。」等と記載されている。
② 1991年7月5日付け「USA TODAY」(甲8)には,「40年近くの間,製
造を中止されていたインディアン・バイクが再び息を吹き返した。・・・P1の計画が
順調にいけば,このクラシックの大型バイクは1993年には路上へと帰って来
る。」「彼は去年そのインディアンの商標権を買い取り,アクセサリーが会社と共
にテスト・マーケットをすることにした。バイヤーたちはその会社のトレードマー
クであるインディアンヘッドを付したTシャツや皮ジャンに飛びついたのだっ
た。」との記載がある。
(オ) その後,P1は,旧インディアン社及びその商標に関連して,虚偽の報告書
を作成するなどして,多数の投資家から金員等を詐取したとして,1996年(平
成8年)6月に逮捕され,米国の連邦地方裁判所において実刑判決を受けた。ま
た,ザンギインディアン社は倒産している。
(3) 本件商標の出願に関し,原告は,被告が上記新聞記事を見て,「Indian」ブ
ランドビジネスが日本で展開されるであろうことを予測して,これを妨害する目的
で,本件商標の出願を行ったと主張する。しかしながら,これらの記事は,一般紙
上に各1回掲載されたにすぎず,被告がこれらの記事の存在を認識し,関心を持っ
たことを示す証拠はない。また,仮に,被告がこれらの記事に接する機会があった
としても,これらの記事の主たる内容は,P1が旧インディアン社のオートバイの
製造を計画しているというにすぎず,インディアンブランドの衣服等のビジネスに
触れた部分はあるものの,我が国でインディアンブランドのビジネスを行うことが
時期等の情報も含めて具体的に報道されているものではないのであるから,これを
もって,本件商標の出願がザンギインディアン社の業務を妨害する意図に基づくも
のであるとは到底推認できない。さらに,本件商標の出願当時,旧インディアン社
の商標を独占的に使用する権限を有する者が存在したと認めるに足る証拠はないの
であるから,被告が,上記記事に接したかどうかにかかわらず,アメリカンカジュ
アル衣料の取引業者として,インディアンブランドの衣料の事業を開始しようと考
え,本件商標を出願したとしても,違法視すべき点は何ら存しない。
(4) 原告は,被告が本件商標を使用せず,原告が企業努力を傾注して平成6年前
半ころまでに「Indian」ブランドを日本市場に浸透させるや,それに便乗して,原
告の使用する「Indianロゴ」と同一の態様の「Indian」ブランドを本件商標の指定
商品であるシャツ,帽子,ジャケット等に使用して,原告やその取引先の業務を妨
害したと縷々主張する。しかしながら,被告が原告やその取引先の営業を妨害した
との原告の主張事実は証拠上認めることはできない。のみならず,原告が問題とす
る被告の行為は,本件商標の出願日より2年以上も後の,しかも本件商標とは別の
標章の使用に関するものであり,原告の主張するような事実が仮に認められたとし
ても,本件商標の出願の経緯が著しく社会的な相当性を欠くといえるような事実を
構成することは考えられない。また,原告は,被告が本件商標を使用していないこ
とも問題とするが,これも本件商標の出願の経緯の社会的な相当性を左右する事実
とはいえない。したがって,原告の主張は失当である。
(5) 以上のとおりであるから,本件商標の出願の経緯が著しく社会的相当性を欠
き,登録を認めることが商標法の予定する秩序に反すると認めることはできない。
第5 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 田 中 昌 利
裁判官 佐 藤 達 文
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