平成15(行ケ)468審決取消請求事件
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裁判所 |
東京高等裁判所
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裁判年月日 |
平成16年11月8日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
特許権
特許法29条2項4回 特許法29条1項1号2回 特許法134条2項1回
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キーワード |
審決23回 無効17回 実施14回 進歩性12回 特許権2回 刊行物1回 無効審判1回 新規性1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成15年(行ケ)第468号 審決取消請求事件
平成16年10月20日口頭弁論終結
判 決
原 告 旭化成株式会社
訴訟代理人弁護士 山本隆司,足立佳丈,復代理人弁護士 永田玲子,復代理人
弁理士 大竹正悟,武田寧司,補佐人弁理士 川北武長
被 告 出光ユニテック株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男,富岡英次,弁理士 浅井賢治,弁護士 飯田圭,
弁理士 服部博信,弁護士 渡辺光
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
以下において,「及び」は「および」と統一して表記した。その他,引用箇所に
おいても公用文の表記に従った箇所がある。
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が無効2002-35076号事件について平成15年9月16日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告が特許権者である本件特許第2125494号「使い捨てカイロ」の請求項
1に係る発明(本件発明。本件特許の特許請求の範囲は請求項1のみである。)に
ついては,平成1年5月30日に出願され,平成5年8月20日に出願公告(特公
平5-56912号)され,平成9年1月13日にその発明について特許権の設定
登録がされた。
被告は,平成14年3月4日に本件発明の特許について無効審判を請求した。原
告は,平成14年10月23日付けの無効理由通知を契機に,平成14年12月2
7日に訂正請求をした。その後,訂正拒絶理由通知があり,原告は,これに対して
手続補正書を提出したが,平成15年9月16日,「訂正を認める。特許第212
5494号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決があ
り,その謄本は同月29日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
【設定登録時の特許請求の範囲の記載】
熱可塑性合成繊維からなる不織布に熱可塑性合成樹脂フィルムをラミネートした
通気性を有する複層構造物に,空気の存在下で発熱する発熱組成物を収容してなる
使い捨てカイロにおいて,4g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布の厚さが
0.15mm~1.5mmで,繊維体積分率が5~25%であることを特徴とする使い
捨てカイロ。
【訂正による特許請求の範囲の記載】(下線部が実質的な訂正箇所)
熱可塑性合成繊維からなる不織布に熱可塑性合成樹脂フィルムをラミネートした
通気性を有する複層構造物に,空気の存在下で発熱する発熱組成物を収容してなる
使い捨てカイロにおいて,4g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布の厚さが
0.15~1.5mmで,繊維体積分率が5~16.3%であることを特徴とする使
い捨てカイロ。
(以下,訂正後の特許請求の範囲に係る発明を「訂正発明」という。)
3 審決の理由の要点
(1) 訂正の適否
上記訂正は,平成6年法改正前の特許法134条2項ただし書きの規定に適合
し,かつ,同条5項の規定によって準用する同法126条2項の規定に適合するの
で,当該訂正を認める。
(2) 請求人(被告)の審判における主張
請求人は,審判甲第1~第5号証を提出するとともに,本件の請求項1に係る発
明は,本件特許出願前に,公然と実施された発明であるか,又は公然知られた発明
であり,特許法29条1項1号又は2号の規定により特許を受けることができない
ものであるから,その特許は特許法123条1項2号の規定に該当し無効とされる
べきである旨主張している。
また,請求人は,審判甲第6~第15号証を提出するとともに,本件の請求項1
に係る発明の新規性・進歩性欠如を主張している。
さらに,請求人は,審判甲第16~第19号証と審判甲第20及び21号証を,
それぞれ提出するとともに,本件特許に対する利害関係のあることを主張してい
る。
(3) 無効理由通知の概要
平成14年10月23日付けの無効理由通知の概要は,以下のとおりである。
【無効理由1】
資料1 財団法人 日本化学繊維検査協会 東京分析センターによる
実験報告書(報告書No.TB-050214)
(請求人の提出した審判甲第1号証,本訴乙1)
資料2 財団法人 日本化学繊維検査協会 東京分析センターによる
補足説明書(報告書No.TB-050214)
(同審判甲第1号証の1,本訴乙1の1)
資料3 Aによる宣誓供述書
(同審判甲第2号証,本訴乙2)
資料4 Aによる陳述書
(同審判甲第2号証の1,本訴乙2の1)
資料5 マイコール株式会社・製造部長・Bによる回答書
(同審判甲第3号証,本訴乙3)
資料6 公証人・C作成の事実実験公正証書
(同審判甲第4号証,本訴乙4)
資料7 出光興産株式会社・知的財産センター・Dによる陳述書
(同審判甲第5号証,本訴乙5)
資料8 出光ユニテック株式会社・営業部営業三課・Eが作成の実験報告書
(2)
(同審判甲第9号証,本訴乙9)
資料9 出光興産株式会社・知的財産センター・Fによる陳述書
(同審判甲第10号証,本訴乙10)
資料10 財団法人 日本化学繊維検査協会 東京分析センターによる
試験証明書(書類No.112-11722-2)
(同審判甲第11号証の1,本訴乙11の1)
資料11 財団法人 日本化学繊維検査協会 東京分析センターによる
補足説明書(書類No.112-11722-2)
(同審判甲第11号証の2,本訴乙11の2)
本件の請求項1に係る発明は,上記資料1ないし11から認定される公然知られ
た又は公然実施をされた発明であると認められ,特許法29条1項1号又は2号に
該当し,特許を受けることができないものである。
【無効理由2】
本件の請求項1に係る発明は,上記公然知られた又は公然実施をされた発明に基
づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められ,特許法29条2
項の規定により,特許を受けることができないものである。
【無効理由3】
上記公然知られた又は公然実施をされた発明において,仮に,その不織布の数値
に関し,若干の誤差が含まれるとしても,本件の請求項1に係る発明は,上記公然
知られた又は公然実施をされた発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることが
できたものと認められ,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができ
ないものである。
(4) 請求人適格についての審決の判断
請求人は,本件に関し請求人適格を有するというべきである。
(5) 無効理由2についての審決の判断
【訂正発明】
上記訂正が認められるから,本件の請求項1に係る発明は,上記訂正請求に係る
訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりのものである。
【公然知られた又は公然実施をされた発明】
上記資料1ないし11によれば,「両面がナイロン-6からなる不織布にポリエ
チレンフィルム又はポリエチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体積層フィルムをラ
ミネートし,片面のみピンで開口された跡がみられる積層体の袋に,発熱組成物を
収容した使い捨てカイロ」に係る商品は,本件特許出願前に市販されていたもので
あることが認められ,被請求人もかかる使い捨てカイロが公知公用のものであった
ことに関しては争っていない。
さらに,上記資料1及び10には,上記市販されていた使い捨てカイロの6つの
サンプルにつき,キシレン溶媒を用いたソックスレイ抽出法による,4g/2cm2の
荷重をかけたときの不織布の厚さ(mm)と繊維体積分率(%)の測定結果として,
(0.25mm,17.1%),(0.22mm,16.5%),(0.25mm,1
8.5%),(0.26mm,18.5%),(0.22mm,16.7%),(0.
24mm,16.0%)の各数値が示されている。
ところで,上記積層体から求める不織布の厚さ及び繊維体積分率に関しては,審
判乙第8,12及び15号証をも考慮すれば,上記資料1及び10におけるキシレ
ン溶媒を用いたソックスレイ抽出法の場合に,使用された溶媒の影響を受けるた
め,必ずしも,実際の値を誤差なく導き出すことができるとまではいえず,厚さに
ついては,該抽出法に基づく測定値は平均で9.15%程度増加するとされている
ことから,該測定値を(1+0.0915)=1.0915で除した値を,また,
繊維体積分率については,該抽出法に基づく測定値は平均で10.7%程度減少す
るとされていることから,該測定値を(1-0.107)=0.893で除した値
を,それぞれ実際の値として算定するのが妥当であると考えられる。
そうすると,上記資料1及び10に示された不織布の厚さ及び繊維体積分率の値
は,上記抽出法に基づく誤差を考慮した場合に,不織布の厚さが(0.22~0.
26mm)÷1.0915により約0.20~0.24mmとなり,その繊維体積分率
が(16.0~18.5%)÷0.893により約17.9~20.7%となる。
したがって,上記各資料に示された不織布の数値自体には上記抽出法に基づく若
干の誤差が含まれるとしても,「両面がナイロン-6からなる不織布にポリエチレ
ンフィルム又はポリエチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体積層フィルムをラミネ
ートし,片面のみピンで開口された跡がみられる積層体の袋に,発熱組成物を収容
した使い捨てカイロにおいて,4g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布の厚さ
が約0.20~0.24mm,繊維体積分率が約17.9~20.7%である使い捨
てカイロ」に係る発明が,本件出願前に日本国内において公然知られた又は公然実
施をされた発明として認定し得るものといえる(以下,この発明を「本件公知公用
発明」という。)。
【対比】
訂正発明と本件公知公用発明とを比較すると,後者における「ナイロン-6」が
その作用・機能からみて前者における「熱可塑性合成繊維」に相当し,以下同様
に,「ポリエチレンフィルム又はポリエチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体積層
フィルム」が「熱可塑性合成樹脂フィルム」に,「片面のみピンで開口された跡が
みられる積層体の袋」が「通気性を有する複層構造物」に,それぞれ相当する。
そして,不織布の厚さに関し,後者の「約0.20~0.24mm」が,前者の
「0.15~1.5mm」の範囲に包含されていることは明らかである。
さらに,使い捨てカイロにおける発熱組成物が空気の存在下で発熱することは技
術常識であるといえる。
したがって,両者は,
「熱可塑性合成繊維からなる不織布に熱可塑性合成樹脂フィルムをラミネートした
通気性を有する複層構造物に,空気の存在下で発熱する発熱組成物を収容してなる
使い捨てカイロにおいて,4g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布の厚さが
0.15~1.5mmである使い捨てカイロ」,
である点で一致し,
4g/2cm2の荷重をかけたときの不織布に関し,訂正発明が,「繊維体積分率が
5~16.3%」としたものであるのに対し,本件公知公用発明は,繊維体積分率
が約17.9~20.7%である点で相違する。
【相違点に関する審決の判断】
以下,上記の相違点について検討する。
・数値範囲の技術的な意義について
本件特許の設定登録時の明細書(特公平5-56912号公報参照)には,「4
g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布の厚さが0.15mm~1.5mmで,繊維
体積分率が5~25%」(特許請求の範囲参照)であるものが「袋体内の発熱組成
物の欲熱効果を向上させることができるため,外気温度変化に対する人体に感ずる
感知温度変化を少なくすることができる」(【発明の効果】の項参照)という効果
を有することが記載され,また,不織布に関する数値限定の根拠として「この厚さ
が0.15mm未満では熱伝導性が早く,外気温度の変化に伴って感知温度変化も急
速に変化する。また1.5mmを超えると外気温度の変化を受けにくいため感知温度
変化が遅く,例えば急に寒冷な屋外に出てもカイロの暖かさが維持されるが,不織
布として目付けが高く高価なものとなる。不織布の繊維体積分率が5%未満では構
成繊維層が粗となりすぎ,内容物が見えたり,繊維空度が小さくなりすぎ,接着点
が弱くなる。また25%を超えると断熱層(「断面層」は誤記)としての空気層が
有効に生かされず,また不織布が硬く感触性が悪くなる。」(【課題を解決するた
めの手段】の項参照)ことが記載されていた。これらの記載によれば,「4g/2
cm2の荷重をかけたときの不織布の厚さが0.15~1.5mmで,繊維体積分率が1
6.3%を超え25%まで」のものであっても上記効果を有するものと捉えること
ができる。
訂正により,訂正発明は,「繊維体積分率が5~16.3%」の範囲となり,
「繊維体積分率が16.3%を超え25%まで」の範囲は,訂正発明の技術的範囲
に含まれないことにはなったものの,それにより,「繊維体積分率が16.3%を
超え25%まで」のものによる上記効果が直ちに否定されるものでないことは,訂
正明細書中の上記発明の効果及び数値限定の根拠に係る記載に変更がないことから
も明らかである。
さらに,訂正明細書には,訂正後の「繊維体積分率が5~16.3%」の数値範
囲が,訂正前の「繊維体積分率が5~25%」の数値範囲に比して臨界的な意義を
有しているとする根拠は記載されておらず,該臨界的な意義の存在を肯定するに足
る合理的な証拠も何ら示されてはいない。
そうすると,本件公知公用発明において,「繊維体積分率が約17.9~20.
7%」は,「繊維体積分率が16.3%を超え25%まで」の範囲に包含されるも
のであるから,上記効果は,本件公知公用発明においても,必然的に付随している
効果といえるものであり,また,訂正発明において,繊維体積分率の上限を16.
3%とした点に格別の技術的な意義を認めることもできない。
・数値範囲の設定の変更について
使い捨てカイロにおける不織布の繊維体積分率の設定に関しては,上記と同様の
効果が得られる範囲内で,あるいは,人体に快適な感触性を与えるという使用目的
の範囲内で,当業者が実験的に最適な結果が得られるものとして適宜選定し得る事
項であり,その数値範囲を種々に変更して試行することは通常の創作活動の一環と
して当然に想定される行為でもあるから,本件公知公用発明において,繊維体積分
率が約17.9~20.7%であったものを,それより若干小さな16.3%を超
えない範囲のもの,すなわち,5~16.3%の範囲に含まれる値のものに改変す
る程度のことは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項にすぎないものと
いうべきである。
そして,訂正発明により奏される効果も,本件公知公用発明の奏する効果に比べ
格別のものとはいえない。
したがって,訂正発明は,公然知られた又は公然実施をされた発明に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができない。
なお,被請求人は,『請求人カイロのように長期間保存されていた使い捨てカイ
ロ・・・においては,不織布・フィルム積層体に生じた「うねり」が長期間固定さ
れていることから,キシレン溶媒によるソックスレイ抽出を行った後も,不織布に
「うねり」が残存している。かかる「うねり」を考慮していないことからも,請求
人がソックスレイ抽出を行って測定した数値は,請求人カイロにおける不織布の実
際の厚さよりも大きな数値になっているのである。』と主張している。
しかしながら,
i)不織布・フィルム積層体に「うねり」が生じるとすれば,積層体を構成する
不織布とフィルムの各材質間の熱収縮係数の差異,及び,溶着温度・溶着時間・加
圧力等の各種溶着条件等に起因するものと認められるところ,該「うねり」の発生
自体,及び,「うねり」が発生した場合の「うねり」の振幅・ピッチ・分布状態等
は,あらゆる不織布・フィルム積層体において一律には定まらないと考えられるこ
と,
ii)上記資料1及び10における測定に使用されたサンプル自体に,不織布とフィ
ルムとを積層する際のエンボス加工による規則的な凹凸の有ることは認められる
(審判甲第7号証の「出光ユニテック株式会社・千葉工場製造二課・Gが作成した
実験報告書(1)」参照)ものの,明確な「うねり」と捉え得るものが残存していたと
いう事実は確認できず,また,「うねり」の振幅,ピッチ,分布状態等が特定され
ているわけでもないこと,
iii)仮に,上記資料1及び10における測定に使用されたサンプル自体に,製造
時に何らかの「うねり」があり,該サンプルが長期間保存されていたとしても,キ
シレン溶媒によるソックスレイ抽出を行い,かつ,4g/2cm2の荷重をかけた状態
の下で,当該「うねり」がそのままの大きさで残存し続けるとは考えられず,まし
てや,上記不織布の厚みの測定に影響を与えるに充分な「うねり」が発生していた
とは断定できず,「うねり」が上記不織布の厚みの値を有意的に変えることになる
とまではいえないこと,
等の点を総合的に勘案すれば,上記被請求人の主張を採用することはできない。
(6) 審決のむすび
以上のとおり,上記無効理由通知における他の無効理由,及び,請求人の主張す
る無効理由について判断するまでもなく,訂正発明は,本件公知公用発明に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,訂正発明に係る特許
は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項2
号に該当し,無効とすべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由
審決が訂正発明に進歩性がないとして本件特許を無効としたのは,以下の理由か
ら誤りである。
1 訂正発明の技術思想の看過
(1) 審決は,訂正発明と本件公知公用発明の相違点を単純に両者の繊維体積分
率の数値範囲の相違として評価しているが,誤りである。
訂正発明は,使い捨てカイロの人体の感知温度が外気温度変化によって大きく影
響され,例えば外気温度が低下した場合には,人体に感ずる感知温度も同時に低く
なるという「感知温度変化」を課題として挙げ,この間題点を解決する手段とし
て,不織布の「繊維体積分率」と「厚さ」の2方面から規定したところに技術思想
の意義がある。
すなわち,訂正発明の技術思想の本質とされるべきところは,使い捨てカイロの
性能向上において,感知温度変化を小さくするという課題を出発点とし,この課題
を解決するために,まず,不織布の「繊維体積分率」と「厚さ」に解決手段を求
め,かつそれらの組合せにおける所定の数値範囲を見いだし,これにより感知温度
変化を小さくできる,という効果を発揮すること,にある。したがって,こうした
訂正発明の技術思想の本質についての認定を看過し,繊維体積分率の数値範囲のみ
を構成上の相違として認定し,訂正発明の進歩性を否定した審決は誤りである。
(2) 本件出願当時,使い捨てカイロの性能を向上させる要素として認識されて
いたものとしては,①不織布における均一な熱融着,接着性向上による内容物の漏
洩防止(実願昭49-93668(甲27)),②保温袋における通気量調整,内
容物の漏出防止,内容物による保温袋の劣化防止,生産の簡易・確実化(実願昭4
9-5652(甲28)),③(発熱剤へ薬効成分を分散させることによる)薬効
作用,精神安定作用の付与(特願昭63-179979(甲29)),④使い捨て
カイロ全体の薄型化,柔軟性・弾力性の向上,発熱剤の漏洩防止,製造の容易化
(特願昭63-297536(甲30)),⑤袋体内における発熱剤の分散安定
化,均一発熱化(特願昭63-300795(甲31)),⑥肌着や着衣への装着
の簡易化(特願平1-2306(甲32)),⑦発熱組成物の充填時のシール安定
性の向上,発熱時のシール性の向上(特願平1-87824(甲33)),⑧水分
の漏洩防止,使用時の感触の向上(特願平1-96434(甲34)),⑨風合い
の柔軟性の向上(特願平1-118360(甲35))など,無数に存在した。
このように,本件出願当時には,使い捨てカイロの性能を向上させる要素として
無数のものが論じられていた。しかし,不織布の「繊維体積分率」と「厚さ」との
関係が「感知温度変化」に影響するということはだれも論じていなかった。したが
って,本件出願当時,仮に当業者が審決が認定した本件公知公用発明に接したとし
ても,訂正発明の技術思想を示唆する記載が何もない本件公知公用発明から,不織
布の「繊維体積分率」及び「厚さ」と「感知温度変化」との関係を想到することは
容易ではなかった。
(3). 本件公知公用発明は,単なる「物」であって,訂正発明の技術思想であ
る「感知温度変化」と,「繊維体積分率」及び「厚さ」との関係の発見を示すもの
ではない以上,本件公知公用発明が訂正発明の進歩性を否定する根拠とはなりえな
い。
繊維体積分率に着目する技術思想を開示も示唆もしていない本件公知公用発明か
ら,訂正発明における「繊維体積分率5~16.3%」という構成を導入すること
は容易ではない。したがって,本件出願当時の当業者が本件公知公用発明に接した
としても,繊維体積分率を「5~16.3%」,不織布の厚さを「0.15~1.
5mm」とすることにより感知温度変化を小さくするということを想到することは容
易ではなかった。
2 数値限定の臨界性に対する判断の誤り
審決は訂正発明の数値限定の臨界的意義を否定するが,誤りである。
(1) 訂正明細書には,一方で,実施例3として繊維体積分率が16.3%にお
いて訂正発明の作用効果があり,他方で,比較例として繊維体積分率が約25%に
おいて訂正発明の作用効果がないことを記載して,繊維体積分率16.3%及び2
5%の臨界的意義を記載している(すなわち,繊維体積分率16.3%から25%
までの間における,いずれかの点に臨界点があることを開示している。)。したが
って,訂正明細書の記載によれば,少なくとも「繊維体積分率5~16.3%」に
おいて訂正発明の作用効果があるという臨界的意義を有することが明らかである。
(2) 審決は,審判で提出された補充的資料によっても臨界性が証明されている
のを看過している。
すなわち,審判において補充的資料として提出した「実験報告書」(甲17:審
判乙第17号証)によれば,繊維体積分率が「25%」に達しない「17.8%」
のものでさえ,感知温度変化が「9℃」と外気温度変化に近い値にまで達してしま
うという結果が明らかにされている。
また,同じく審判において補充的資料として提出した「使い捨てカイロ消費者モ
ニター調査【調査御報告書】」(甲13。審判乙第13号証)によれば,繊維体積
分率が「25%」に達しない「17.8%」(そこには「17.5%」と記載され
ているが,正しくは「17.8%」である(甲16:審判乙第16号証))及び
「20.4%」のものでさえ,消費者にとって感知温度変化が好ましくないという
結果が明らかにされている。
(3) そもそも,本件公知公用発明からは容易に想到できない作用・効果を有す
る訂正発明については,進歩性の判断に当たり数値限定の「臨界性」を問題にすべ
きではない。
本件公知公用発明は刊行物ではなく物自体であって,そこからは本件公知公用発
明に適用されている「繊維体積分率」及び「厚さ」と,「感知温度変化」との関係
の発見は直ちには分からず,まして一定の繊維体積分率や厚さがもたらす良好な感
知温度変化という作用効果は分からない。訂正発明の進歩性を認めるに当たって
は,「繊維体積分率5~16.3%」,不織布の厚さが「0.15~1.5mm」と
の範囲を設定した点に技術的な意義があるのであって,「繊維体積分率5~16.
3%」とする数値限定に,臨界性は必要ない。
訂正発明は,「繊維体積分率」と「不織布の厚さ」との観点に着目し,これらの
値を所定の範囲内において組み合わせることにより,感知温度変化を少なくするこ
とができるという作用効果を発揮させたものである。本件出願当時,不織布に関す
る文献(甲36:審判甲第12号証)に「多孔性と見掛けの比重は保温性の面から
重要で,また着心地の面からも大切である。」とあるような知見が存在していて,
「保温性を改善するために,多孔率を大きくすること,すなわち,繊維体積分率を
小さくする」という知見(被告の審判における主張)があったとしても,不織布の
厚さが薄い場合に多孔率が大きければ,保温性が悪化すると考えられ,繊維体積分
率の値だけからでは感知温度変化を小さくするという効果は簡単には導けない。
「繊維体積分率」と「不織布の厚さ」の両面から感知温度変化の低減を達成しよう
とする思想は容易には想到し得るものではないのである。また,上記文献は一般的
な不織布についての記載があるにすぎず,例えば被服であれば外気温に対する保温
性が問題になり,外気との遮断が重要であるが,使い捨てカイロでは,カイロ内部
の発熱に対するカイロ外部の受熱や,発熱体への通気も問題になり,外気との連通
も重要となるため,使い捨てカイロの問題は,一般的な不織布の問題とは課題も手
段も異なるものである。
(4) 感知温度変化を少なくするという効果を,不織布の「繊維体積分率」と
「厚さ」に求めた技術的思想に意義がある点をまず考慮すべきであり,進歩性の判
断に当たっては,本件公知公用発明にその技術的思想に至る何らかの開示や示唆が
あったかに基づいてなされるべきであって,本件公知公用発明の単なる測定数値が
近いからといって,その数値を問題にすべきではない。
(5) 仮に,訂正発明の進歩性を判断するに際して「臨界性」を問題にするとし
ても,審決は「臨界性」判断の比較対象を誤っている。
すなわち,訂正明細書の【課題を解決するための手段】に「(繊維体積分率が)
25%を超えると断面層としての空気層が有効に生かされず,また不織布が硬く感
触性が悪くなる。」と記載され,また【実施例】に「比較例」として繊維体積分率
が「24.8%」のものが記載されていることから明らかなとおり,繊維体積分率
が25%を超えるものが有する感知温度変化が大きいという課題の解決を企図し,
そのようなものに比べて感知温度変化が小さいという作用効果を有するものであ
る。したがって,仮に,訂正発明の進歩性を判断するに際して「臨界性」を問題に
するとしても,比較対象とすべきものは繊維体積分率が「25%」を超えるもので
あって,訂正前の繊維体積分率「5~25%」ではない。
「比較例」として繊維体積分率が「24.8%」であるものを取り上げ,明細書
の【課題を解決するための手段】に「(繊維体積分率が)25%を超えると断面層
としての空気層が有効に生かされず,また不織布が硬く感触性が悪くなる。」との
解決課題を掲げて,繊維体積分率が「25%」を超えるものとの対比を問題にして
いる訂正発明については,仮に進歩性の判断に際して「臨界性」を問題にするとし
ても,繊維体積分率が「25%」付近であるものとの対比において「臨界性」を論
ずるべきである。
3 カイロにおける繊維体積分率の設定について
審決は,訂正発明が「外気温度変化に伴う感知温度変化を小さくする」という課
題を解決するために,繊維体積分率を「5~16.3%」の範囲に限定したことに
ついて,進歩性を否定している。
しかし,前述のとおり,①そもそも「感知温度変化」と,「繊維体積分率」及び
「厚さ」との関係を発見しこれを開示する発明は,訂正発明が最初のものであり,
また②本件公知公用発明は単なる「物」であって「感知温度変化」と,「繊維体積
分率」及び「厚さ」との関係の発見を開示するものではない。
したがって,本件公知公用発明を,出願当時の当業者が見たとしても,「外気温
度変化に伴う感知温度変化を小さくする」という課題を解決するために不織布の繊
維体積分率と厚さを一定の数値に限定するということを想到する動機づけがなく,
本件公知公用発明を当業者が見ても,「不織布における繊維体積分率と厚さとを所
定の範囲内におくことによって感知温度変化を小さくする」という訂正発明の技術
思想を想到するのは,容易でない。
第4 当裁判所の判断
1 訂正発明の技術思想の看過の主張について
原告は,「不織布における繊維体積分率と厚さとを所定の範囲内におくことによ
って感知温度変化を小さくする」という訂正発明の技術思想は,本件公知公用発明
から示唆されない,と主張するので,検討する。
(1) 審決は,本件公知公用発明が「両面がナイロン-6からなる不織布にポリ
エチレンフィルム又はポリエチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体積層フィルムを
ラミネートし,片面のみピンで開口された跡がみられる積層体の袋に,発熱組成物
を収容した使い捨てカイロにおいて,4g/2cm2の荷重をかけたときの前記不織布
の厚さが約0.20~0.24mm,繊維体積分率が約17.9~20.7%である
使い捨てカイロ」であると認定し,原告もこの認定を争っていない。
確かに,原告主張のとおり,本件公知公用発明は単なる「物」であるから,そこ
で使用されている不織布の厚さと繊維体積分率が訂正発明の数値範囲に近似するか
らといって,それが直接訂正発明の技術思想を示唆するものではない。
(2) しかしながら,乙22(被告の商品開発センター第一開発室H作成の陳述
書)の添付資料2(実開昭和55-27525号公報)には,「また,更に大きな
欠点は,冷たい外気が外部に露出している通気性シート等から直接的に内部に流入
するため,発熱用粉末の混合酸化によって発生する比較的低い温度の熱が冷たい外
気によって吸熱されてしまい,発熱効率が良くないものとなっていた。」(3頁1
1~16行),「また,冷たい外気は直接的に通気性シートから流入することな
く,その前に非通気性包材の重合部の狭小な空隙を通過するため,この重合部を通
過する間に若干暖められるので,外気によって発熱量が従来のように奪われること
なく,熱効率の良い発熱収納袋を提供することができる。」(8頁5~11行)等
の記載があり,通気性シートを透過した冷気が発熱用粉末の酸化熱を奪い,そのた
めにカイロの温度が低下してしまう結果,「感知温度が低下する」ことが問題点と
して当業者に認識されていたことは明らかである。なお,乙22は被告従業員の作
成に係るが,その記載内容については慎重に他の書証等と対比してその採否を判断
すべきなのは当然としても,その記載内容をもって,本件公知公用発明についての
本件出願当時の技術的意義を認定するための証拠として使用できないものではな
い。なお,この記載内容をもって,新たな無効原因であるとすることができないこ
とはいうまでもない。
(3) 乙22の添付資料及び弁論の全趣旨によれば,乙22で使い捨てカイロの
技術分野における当業者である被告従業員も陳述しているように,使い捨てカイロ
の分野では,以下の事項は当業者の技術常識に属するものと認められる。この認定
を左右すべき証拠はないし,また,この技術常識は合理的なものというべきであ
る。
① 使い捨てカイロにおいて外気温度変化の影響を少なくすることが望ましい
こと。
② 使い捨てカイロにおいて外気温度変化の影響を少なくするためには包材の
断熱性を高めれば,すなわち包材の熱伝導性を低めれば良いこと。
③ 熱伝導性は熱伝導度(率)と温度勾配に比例すること。
④ 不織布は繊維集合体であり,繊維集合体の熱伝導度(率)は繊維体積分率
の関数であること。
⑤ 温度勾配は厚みに反比例すること。
(4) 乙22の添付資料5(林國郎ほか「繊維質断熱材の熱伝導率の推算」(窯
業協会誌95[9]昭和62年)893頁)には「近年,従来の耐火断熱煉瓦に代
わって繊維状の断熱材が高炉用断熱材として賞用されるようになり,今後増々その
使用が増大する趨勢にある。周知のようにこの種の繊維質断熱材は,体積にして8
0%以上を占める空気の低熱伝導性を利用した極めて熱伝導率の小さい材料である
が,・・・」と記載されており,繊維質断熱材の高断熱性は繊維の中の空気の体積
容量が大きいこと,換言すれば,繊維体積分率が低いことに起因するものであるこ
とが,当業者の技術常識であると認められる。
(5) したがって,冷気の進入によって使い捨てカイロの発熱材の温度が低下
し,その結果,カイロの温度が低下する(感知温度が低下する)ことを防止するた
めに,発熱剤を収容する袋体の断熱性を高める(熱伝導性を低める)ことが有効で
あり,そのためには不織布の繊維体積分率を低くすればよいことは,当業者の技術
常識の範囲内の事柄であると認めることができる。原告が乙22に記載の内容から
訂正発明の技術的課題が導かれるものではないと主張するのは,人体の「感知温度
変化」に着目した不織布の組成を前提にするものである。しかし,次に説示すると
おり,人体の「感知温度変化」自体に特段の技術的意義を見いだすことはできな
い。
(6) 原告が強調して主張するところは,「「使い捨てカイロ」の性能を向上さ
せる要素には種々のものが存在するが,本件出願当時,使い捨てカイロの性能向上
の課題として「感知温度変化」を小さくすることは発見されていなかった。また,
訂正発明の基となった「感知温度変化」と,不織布の「繊維体積分率」及び「厚
さ」の関係は発見されてはいなかった。この課題と,解決手段におけるこの関係を
発見し公開したのは訂正発明が初めてであった。」というにあり,原告は,人体の
「感知温度変化」と不織布の組成の関係の重要性を強調する。
しかしながら,カイロの感知温度が低下するとは,要するに肌に触れたカイロの
表面温度が低下することであって,それが袋体内の発熱組成物の温度低下によって
生じるものであることは明らかであり,さらに,袋体内の発熱組成物の温度低下
は,冷たい外気が袋体を形成する不織布を透過して流入することで発熱組成物の発
生する熱が吸熱されてしまうことによって生じることも自明のことである。したが
って,「人体の感知温度変化を低下させる」ということの実質的な技術的意義は,
発熱組成物が冷却されにくいように袋体の断熱性を高くするということにほかなら
ない。
(7) この点に関し,訂正明細書(乙26の訂正請求書(補正)に添付のもの)
には,以下の記載がある。
①「本発明は使い捨てカイロに関し,さらに詳しくは外気温度変化の影響が少
ない使い捨てカイロに関する。」(【産業上の利用分野】)
②「しかしながら,前記従来の使い捨てカイロは,人体の感知温度が外気温度
変化によって大きく影響され,例えば外気温度が低下した場合には,人体に感ずる
感知温度も同時に低くなるという欠点があった。」(【従来の技術】)
③「本発明者らは,前記課題に鑑み,発熱組成物を収容する包材について種々
研究したところ,通常,鉄粉の酸化反応熱を利用する使い捨てカイロの発熱反応
は,当然外気雰囲気温度によって変化するが,この外気温度の影響を少なくするた
めに包材の空気層を生かすことによって,すなわち不織布として,使用に際しての
強度を持つ特定の厚さ及び特定の体積分率を有するものを用いることによって,カ
イロの断熱性及び伝熱性,さらには感触性(ソフト性)が改善されることを見いだ
し,本発明に到達したものである。」(【課題を解決するための手段】)
④「この厚さが0.15mm未満では熱伝導性が速く,外気温度の変化に伴って
感知温度変化も急速に変化する。また,1.5mmを超えると外気温度の変化を受け
にくいため感知温度変化が遅く,例えば急に寒冷な屋外に出てもカイロの温かさが
維持されるが,不織布として目付けが高く高価なものとなる。不織布の繊維体積分
率が5%未満では構成繊維層が粗となりすぎ,内容物が見えたり,繊維密度が小さ
くなりすぎ,接触点が弱くなる。また25%を超えると断熱層(「断面層」は誤
記)としての空気層が有効に生かされず,また不織布が硬く感触性が悪くなる。」
(【課題を解決するための手段】)
⑤「本発明の使い捨てカイロによれば,袋体内の発熱組成物の発熱効果を向上
させることができるため,外気温度変化に対する人体に感ずる感知温度変化を少な
くすることができる。」(【発明の効果】)
(8) 以上の記載を総合してみれば,本件明細書(訂正明細書)も,「外気温度
変化に対する人体の感ずる感知温度変化を少なくする」ということの本質は,発熱
組成物が冷却されにくいように袋体の断熱性を高くすることに帰着することを前提
にしているものと認めることができる。
そうすると,使い捨てカイロの包材には発熱組成物が冷たい外気で冷却されない
ような一定の断熱性が必要であるとの認識は当業者であれば当然有しており,かか
る認識に基づいて,既に市販されて公知となっているカイロの包材である不織布の
断熱性(熱伝導性)を測定するとともに,実験によって最適値を求める程度のこと
は当業者において設計事項の範囲内にあるというべきである。
(9) 訂正明細書には,「人体の感知温度変化」について触れる箇所もあるが,
そのことの実質的な意義は,外気によって発熱組成物が冷却されることによって不
織布を介して肌に触れるカイロの表面温度が低下することを示していることは明ら
かであるから,「使い捨てカイロの「発熱効率において」包材の熱伝導性を低めれ
ばよいこと」と,原告主張に係る「使い捨てカイロの「人体の感知温度変化におい
て」包材の熱伝導性を低めればよいこと」は,実質的に等価であるといわざるを得
ない。
2 数値限定の臨界性に対する判断の誤りの主張について
(1) 原告は,本件の明細書は,繊維体積分率16.3%から約25%までの間
におけるいずれかの点に臨界点があることを開示している,と主張するので,検討
するに,前記訂正明細書には,以下の記載がある。
「本発明に用いられる熱可塑性合成繊維からなる不織布は,4g/2cm2の荷重で
測定したときの厚さが0.15mm~1.5mmで,かつ繊維体積分率が5~16.3
%である。この厚さが0.15mm未満では熱伝導性が速く,外気温度の変化に伴っ
て感知温度変化も急速に変化する。また,1.5mmを超えると外気温度の変化を受
けにくいため感知温度変化が遅く,例えば急に寒冷な屋外に出てもカイロの温かさ
が維持されるが,不織布として目付けが高く高価なものとなる。不織布の繊維体積
分率が5%未満では構成繊維層が粗となりすぎ,内容物が見えたり,繊維密度が小
さくなりすぎ,接触点が弱くなる。また25%を超えると断熱層(「断面層」は誤
記)としての空気層が有効に生かされず,また不織布が硬く感触性が悪くなる。」
(【課題を解決するための手段】)
前判示のとおり,「外気温度変化に対する人体の感ずる感知温度変化を少なくす
る」ということの本質は,発熱組成物が冷却されにくいように袋体の断熱性を高く
することに帰着するものであり,繊維体の断熱性を高めるには,包材の厚さを厚く
することと,繊維体積分率を下げて断熱層である空気量を増加させることが有効で
あることは,当業者の技術常識に属する。したがって,上記の記載において,「こ
の厚さが0.15mm未満では熱伝導性が速く,外気温度の変化に伴って感知温度変
化も急速に変化する。また1.5mmを超えると外気温度の変化を受けにくいため感
知温度変化が遅く,例えば急に寒冷な屋外に出てもカイロの温かさが維持される」
との記載は,断熱性を得るためにはある程度の厚さが必要であることを,また,
「(繊維体積分率が)25%を超えると断熱層としての空気層が有効に生かされ
ず」との記載は,繊維体積分率を低くした方が断熱性が高くなるという上記当業者
の技術常識に沿った自明の事項を記載したにすぎず,具体的にどの程度の厚さや繊
維体積分率が使い捨ての包袋として適切なのかを実験により特定した値が1.5
mmや25%等の数値であるといわざるを得ない。
すなわち,感知温度変化を抑えるには,包材の厚さを厚くすることと,繊維体積
分率を低下させることの両方のファクターが関与していると認められるところ,訂
正明細書の実施例2では厚さが0.83mmと最も厚く,繊維体積分率が7.1%と
最小であるものが感知温度変化は3.2℃と最小であり,比較例1では厚さが0.
145mmと最も薄く,繊維体積分率が24.8%と最大のものが感知温度変化は
9.4℃と最大であることが示されている。また,実施例1,3,4は,厚さ,繊
維体積分率がいずれも実施例2と比較例1の中間に位置するものの,感知温度変化
が中間的な値となることを示している。すなわち,明細書に記載された実験結果か
らは包材の厚さのファクターと繊維体積分率のファクターのいずれが感知温度変化
の低下に寄与するのかは不明であり,繊維体積分率だけに着目して「繊維体積分率
5~16.3%」に訂正発明の臨界的効果があるとする原告の主張は,採用するこ
とができない。
(2) また,本件公知公用発明が厚さ0.15~1.5mmで繊維体積分率約17.
9~20.7%であって,もともと明細書に訂正発明の効果を発揮する範囲として
記載されている厚さ0.15~1.5mm,繊維体積分率5~25%の範囲に包含さ
れるものであるから,実施例3,4に近似した感知温度変化を示すはずであり,本
件公知公用発明の示す効果とは大きく異なる効果が,「繊維体積分率5~16.3
%」の範囲で得られるということもできない。
(3) 本件公知公用発明が訂正発明と共通の課題を達成する構成を備えていること
は明らかであり,両者の相違は厚さと繊維体積分率のわずかな違いにすぎないとこ
ろ,両者の奏する効果に顕著な差異があると認めるべき証拠はない。
審決は,「そうすると,本件公知公用発明において,「繊維体積分率が約17.
9~20.7%」は,「繊維体積分率が16.3%を超え25%まで」の範囲に包
含されるものであるから,上記効果は,本件公知公用発明においても,必然的に付
随している効果といえるものであり,また,訂正発明において,繊維体積分率の上
限を16.3%とした点に格別の技術的な意義を認めることもできない。」と判断
したが,そこに誤りはない。
(4) 原告は,審判段階で提出した「実験報告書」(甲17)及び「使い捨てカイ
ロ消費者モニター調査」(甲13)が訂正発明の数値限定の臨界性を証明する資料
であると主張する。
「実験報告書」(甲17)をみると,本件公知公用発明(繊維体積分率が約1
7.9~20.7%)に近い繊維体積分率17.8%を有するサンプルCの感知温
度変化が9.0℃であるのに対して,繊維体積分率15.1%のサンプルBの感知
温度変化は7.0℃であって,サンプルCの温度変化が大きいという結果が示され
ている。
しかしながら,既に説示したように,断熱性の評価には不織布の厚さの要素が大
きいと考えられるところ,甲17では不織布の厚さについて触れられておらず,実
験結果が繊維体積分率の差だけに起因するものであるとは認めることができない。
また,サンプルB,Cの間には感知温度変化に2℃の差があるが,恒温槽の温度が
30±1℃と2℃の幅があることを考慮すると,実験結果が単位体積分率の違いに
よって生じる顕著な差であるとも認めることはできない。
「使い捨てカイロ消費者モニター調査」(甲13)についてみる。甲13は,基
準サンプル(体積分率20.4%)と4種類のテストサンプルを100人の消費者
モニターに触ってもらい,どのサンプルが暖かいと感じるかをアンケート調査した
ものである。その7頁のモニターテスト結果によっても,基準品と同じ繊維体積分
率(20.4%)を持つサンプル4について,サンプルが暖かいと感じた者が45
名,基準品が暖かいと感じた者が31名と,同じ温度であるはずの両者に対して温
度が異なると感じた者が多く,また,繊維体積分率が8.0%で最も低く,最も暖
かいと感じるはずのサンプル3についてサンプル1(14.4%)より暖かいと感
じた人が少ないなど,実験結果の信頼性が高いということはできず,少なくとも,
「サンプル1(体積分率14.4%)とサンプル2(体積分率17.5%)の間に
明確な臨界性がある」ことが立証されているということはできない。
(5) 原告の主張中には,「本件公知公用発明は単なる物自体であるから,そこか
らは本件公知公用発明に適用されている「繊維体積分率」及び「厚さ」と,「感知
温度変化」との関係の発見は直ちには分からず,まして一定の繊維体積分率や厚さ
がもたらす良好な感知温度変化という作用効果は分からない。」という部分があ
る。しかし,使い捨てカイロの包袋の断熱率を向上させるために不織布の厚さと繊
維体積分率を調整するとの訂正発明の特徴が当業者に予測不能なほどの発見である
とはいうことはできず,本件公知公用発明の不織布の厚さや繊維体積分率を測定す
ることに格別の困難があるともいえない。そうであるならば,訂正発明と本件公知
公用発明の間の数値範囲の相違には,格別の臨界的な意義が求められるというべき
である。
(6) 審決は,そのことを前提にして,「さらに,訂正明細書には,訂正後の「繊
維体積分率が5~16.3%」の数値範囲が,訂正前の「繊維体積分率が5~25
%」の数値範囲に比して臨界的な意義を有しているとする根拠は記載されておら
ず,該臨界的な意義の存在を肯定するに足る合理的な証拠も何ら示されてはいな
い。」として,訂正後の「繊維体積分率が5~16.3%」の数値範囲と,訂正前
の「繊維体積分率が5~25%」の数値範囲との間の臨界的な意義を検討した。
これに対して,原告は,「仮に,訂正発明の進歩性を判断するに際して「臨界
性」を問題にするとしても,比較対象とすべきものは繊維体積分率が「25%」を
超えるものであって,訂正前の繊維体積分率「5~25%」ではない。」と主張す
る。
しかしながら,本件特許の明細書では,【課題を解決するための手段】の第3段
落末尾における,「25%を超えると断面層としての空気層が有効に生かされず,
また不織布が硬く感触性が悪くなる。」との記載が,訂正前においても訂正後にお
いても維持され,訂正明細書においても繊維体積分率「5~25%」の間で効果が
あるとの認識で記載されている。本件公知公用発明は繊維体積分率が約17.9~
20.7%であって,上記数値範囲に包含されるものであるから,必然的に本件の
明細書における当初の認識に包含される効果は備えているものである。したがっ
て,訂正発明の数値限定「繊維体積分率が5~16.3%」の値の臨界性は本件公
知公用発明の示す数値の下限値である17.9%の対比において評価されるべきも
のである。
審決は,このことを前提とした上で,訂正明細書に訂正発明の効果を発揮すると
記載されている5~25%の範囲との対比をしたものであり,そこに誤りはない。
3 カイロにおける繊維体積分率の設定の主張について
原告は,審決が,「繊維体積分率を5~16.3%の範囲とすることは当業者が
必要に応じてなし得る設計的事項にすぎない。」と判断したのは誤りであると主張
する。
しかしながら,本件公知公用発明の繊維体積分率17.9~20.7%は,明細
書に記載された5~25%の範囲に含まれるから,必然的に訂正発明と同等の作用
効果を発揮するものであり,また,既に認定したとおり,当業者にとってカイロの
感知温度変化がカイロの包袋の不織布の繊維体積分率と厚さによって調整できるこ
とは技術常識に属するものであるから,本件公知公用発明に接した当業者がその数
値範囲を実験によって適正化することは通常の創作活動の範囲を超えるものとは認
めることができない。
第5 結論
以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
東京高等裁判所知的財産第4部
裁判長裁判官 塚 原 朋 一
裁判官 塩 月 秀 平
裁判官 髙 野 輝 久
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