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平成13(行ケ)413行政訴訟 特許権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成15年6月30日
事件種別 民事
法令 特許権
特許法29条の21回
キーワード 審決21回
実施15回
新規性8回
無効5回
刊行物1回
特許権1回
優先権1回
主文
事件の概要

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判決文

平成13年(行ケ)第413号 審決取消請求事件(平成15年6月18日口頭弁
論終結)
          判           決
       原      告   アーチ ケミカルズ,インコーポレイテッ

       訴訟代理人弁理士   浅 村 皓
       同          浅 村 肇
       同          小 池 恒 明
       同          岩 井 秀 生
       同          長 沼 暉 夫
       同          池 田 幸 弘
       被      告   株式会社エーピーアイコーポレーション
(旧商号)   吉富ファインケミカル株式会社
       訴訟代理人弁理士   高 宮 城    勝
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が無効2000-35108号事件について平成13年5月8日にし
た審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「銅ピリチオン含有非ゲル化ペイント」とする特許第294
2631号発明(平成5年8月18日を国際出願日とする特許出願,優先権主張日
1992年〔平成4年〕9月1日・アメリカ合衆国,平成11年6月18日設定登
録,以下「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者であ
る。
 被告は,平成12年2月25日,本件特許を無効にすることについて審判の
請求をした。
 特許庁は,同請求を無効2000-35108号事件として審理した上,平
成13年5月8日,「特許第2942631号の請求項1ないし10に係る発明に
ついての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同月21日,原告に送
達された。
 2 願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の
記載
【請求項1】向上した殺生物効力および耐ゲル化性を特徴とするペイントまた
はペイント基材組成物において,ペイントまたはペイント基材が,酸化第一銅およ
び銅ピリチオンまたはピリチオンジスルフィド(注,「ピリチオンジスフィド」は
誤記と認める。以下同じ。),またはその組合わせから本質的になる殺生物剤を含
有し,銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドは,ペイントまたはペ
イント基材の全重量に基づき,1%から6%の量で存在し,酸化第一銅は20%か
ら70%の量で存在する上記ペイントまたはペイント基材組成物。
【請求項2】銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドは,ペイン
トまたはペイント基材の全重量に基づき,1%から5.01%の量で存在する,請
求項1記載のペイントまたはペイント基材組成物。
【請求項3】ペイントはビニル,アルキド,エポキシ,アクリル,ポリウレタ
ンおよびポリエステル樹脂,およびその組合わせからなる群から選ばれる樹脂を更
に含む,請求項1または2記載のペイントまたはペイント基材組成物。
【請求項4】ペイントは,天然および合成粘土ならびに天然および合成重合体
膨潤剤からなる群から選ばれる膨潤剤を更に含有する,請求項1または2記載のペ
イントまたはペイント基材組成物。
【請求項5】膨潤剤はカオリン,モンモリロン石(ベントナイト),粘土雲母
(白雲母),および緑泥石(ヘクトナイト),およびその組合せからなる群から選
ばれる,請求項4記載のペイントまたはペイント基材組成物。
【請求項6】銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドおよび酸化
第一銅を含有するゲル化抑制ペイントまたはペイント基材組成物を提供する方法に
おいて,ペイントまたはペイント基材に前記銅ピリチオンおよび/またはピリチオ
ンジスルフィドを添加し,また酸化第一銅を添加し,向上した殺生物効力および耐
ゲル化性を特徴とするペイントまたはペイント基材組成物を得ることを特徴とし,
前記銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドは,ペイントまたはペイ
ント基材の全重量に基づき,1%から6%の量で存在し,前記酸化第一銅は20%
から70%の量で存在する上記方法。
【請求項7】銅ピリチオンおよび/またはピリチオンジスルフィドは,ペイン
トまたはペイント基材の全重量に基づき,1%から5.01%の量で存在する,請
求項6記載の方法。
【請求項8】組成物は,ビニル,アルキド,エポキシ,アクリル,ポリウレタ
ンおよびポリエステル樹脂,およびその組合わせからなる群から選ばれる樹脂を更
に含有する,請求項6記載の方法。
【請求項9】組成物は,天然および合成の粘土ならびに天然および合成の重合
体膨潤剤からなる群から選ばれる膨潤剤を更に含有する,請求項6記載の方法。
【請求項10】膨潤剤はカオリン,モンモリロン石(ベントナイト),粘土雲
母(白雲母),および緑泥石(ヘクトナイト),およびその組合せからなる群から
選ばれる,請求項9記載の方法。
(以下,【請求項1】~【請求項10】に係る発明を「本件発明1」~「本件
発明10」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1~10は,いずれも本
件発明の特許出願日前の出願であってその出願後に出願公開された特願平4-20
6020号の願書に最初に添付した明細書(本訴甲3,審判甲2,以下「先願明細
書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であると認
められ,かつ,本件発明の発明者が先願発明の発明者と同一であるとも,この特許
出願の時にその出願人が上記他の特許出願の出願人と同一であるとも認められない
から,本件発明1~10に係る本件特許は,特許法29条の2の規定に違反してさ
れたものであり,同法(注,平成5年法律第26号による改正前特許法の趣旨と解
される。)123条1項1号に該当し,無効とすべきものであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,先願発明の認定を誤り(取消事由1),本件発明1の数値限定の臨
界的意義の認定を誤り(取消事由2),本件発明2~10の新規性の判断を誤った
(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(先願発明の認定の誤り)
(1) 先願発明の「亜酸化銅」,「2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅
塩」は,それぞれ本件発明1の「酸化第一銅」,「銅ピリチオン」に相当すること
は認めるが,先願明細書(甲3)には,請求項1に重金属化合物と2-ピリジンチ
オール-1-オキシドの銅塩,請求項2に亜酸化銅と2-ピリジンチオール-1-
オキシドの銅塩の併用による防汚塗料組成物の発明が記載されているところ,請求
項1の発明については亜酸化銅以外の重金属化合物について,「防汚性能に優れて
いる上に,低毒性で人体に対して安全」であることはもとより,「ゲル化せず,長
期保存安定性に優れている」ことなど,このような効果の記載を実証する具体的な
データを一切欠いており,当業者が反復実施して目的とする効果を挙げることがで
きる程度にまで具体的,客観的なものとして構成されておらず,その反復実施する
ための手掛かりすら全く開示されていない。また,請求項2の発明についても,具
体的に亜酸化銅と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩の両者を組み合わせ
た組成物の効果については3通りのデータが示されているのみであって,そのデー
タは両者の組合せ全般にわたって「向上した殺生物効力」と「耐ゲル化
性」を充足することを支持するものとはいえないから,当業者が反復実施して目的
とする効果を挙げることができる程度にまで具体的開示がされていないこととな
り,先願発明は未完成発明であり,発明として成立していない。したがって,審決
が先願明細書に開示されているとして認定した「本発明(注,先願発明)の防汚塗
料組成物は,亜酸化銅等の重金属化合物と2-ピリジンチオール-1-オキシドの
銅塩とを防汚成分として含み,防汚性能に優れている上に,低毒性で人体に対して
安全で,しかもゲル化せず,長期保存安定性に優れている」(審決謄本5頁キ,甲
3段落【0017】【発明の効果】)は,その裏付けを欠く単なる希望を述べた記
述というほかなく,このような一般的な記載をもって,「この記載によれば,先願
明細書記載の防汚塗料は殺生物性及び耐ゲル化性を有していることは明らかであ
る」(審決謄本5頁最終段落)ということはできず,これを理由として,「両者は
『向上した殺生物効力および耐ゲル化性を特徴とするペイントまたはペイント基材
組成物において,ペイントまたはペイント基材が,酸化第一銅および銅ピリチオン
から本質的になる殺生物剤を含有する上記ペイントまたはペイント基材組
成物』である点で一致」(同)するとした審決の認定は誤りである。
(2) 本件発明1は,その両配合成分の量比を限定することにより,耐ゲル化性
を有しながら優れた防汚性と経済性とを兼ね備えたペイント材を提供するもの(配
合比限定説)であって,先願発明のように単に両成分を併用しさえすればその配合
比を問わず耐ゲル化性と防汚性とを具有する(単純併用説)ものではない。したが
って,先願発明は単純併用説に基づく上位概念であり,本件発明1は配合比限定説
に基づく下位概念であって,本件発明1からは先願発明に具体的に開示された実施
例の開示は削除されているのであるから,先願明細書の開示により本件発明が拒絶
されることはない。
2 取消事由2(本件発明1の数値限定の臨界的意義の認定の誤り)
(1) 本件発明1は,発明として完成したものであるのに対し,先願発明は,上
記のとおり発明として成立していないものであるから,本件発明1の数値限定には
臨界的意義が明白に認められる。
(2) 本件明細書(甲2)に開示されている銅ピリチオンを用いた例1では,こ
の配合物はゲル化しない状態のままで7か月間の貯蔵後にもゲル化しない状態を保
持し続けた。また,ピリチオンジスルフィドを用いた例2では,このペイントはゲ
ル化しない状態のままで10週間の貯蔵後もゲル化しない状態を保持し続けた。こ
れに対し,先願明細書(甲3)が開示している耐ゲル化効果は,いずれもわずかに
12日間後のものである。本件発明における短い期間の方であるピリチオンジスル
フィドの10週間(70日)と比べても,先願発明の6倍弱の効果が認められるの
であるから,このような数値限定には格別の効果があり,臨界的意義がある。この
ことは,アーチケミカルズ研究センター試験責任者A作成の2002年(平成14
年)6月18日付け「銅ピリチオンペイントの暴露試験における実験結果の中間報
告」と題する報告書(甲20,以下「甲20報告書」という。)及び同人作成の同
年7月11日付け「銅ピリチオンペイントの暴露試験における実験結果の最終報
告」と題する報告書(甲21,以下「甲21報告書」という。)により,銅ピリチ
オンの1~25%について,その上限値(配合処方1),上限値を超えた
もの(配合処方2),下限値(配合処方3),下限値を下回るもの(配合処方4)
の4種の配合処方について海洋において実地に暴露試験を行った結果,下限値の臨
界性(甲20報告書)及び上限値の臨界性(甲21報告書)が裏付けられている。
(3) 本件発明1の銅ピリチオン含量について,平成11年1月14日付け手続
補正書(甲6)により,補正前の「約1%から約25%」(甲5,8頁「請求の範
囲」2)から「1%から6%」へ減縮したのは,実施例中の5.01%の配合量の
開示に一部依拠しながら,先願発明との重複を除くためにしたものである。したが
って,「1%から6%」への減縮補正により先願明細書の発明との重複は既にない
のであるから,「1%から6%」についての臨界的意義を実証する必要はなく,銅
ピリチオン含量等について発明の効果(臨界的意義)が証明された本件発明の新規
性に問題はない。
3 取消事由3(本件発明2~10の新規性の判断の誤り)
 本件発明2~10は,本件発明1の構成を前提とするものであるところ,審
決は,上記のとおり本件発明1についての判断が誤っているから,本件発明2~1
0についての判断も誤りである。
第4 被告の反論
  審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(先願発明の認定の誤り)について
(1) 原告は先願明細書には殺生物効力を裏付ける具体的データが開示されてい
ないと主張するが,そのようなことは従来技術として知られていたものであり,先
願明細書の記載の中に明白に見いだされる。先願明細書(甲3)の段落【000
6】において引用する特開昭54-15939号公報(乙2,以下「乙2公報」と
いう。)には,本件発明1の両公知物質が水中防汚塗料に用いられること,また,
それらの水中での殺生物効力の具体的データ,両者を併用してよい旨が開示されて
いるのであるから,古くから他の殺生物剤と併用されてきた亜酸化銅と銅ピリチオ
ンとを含有する塗料の具体的データが先願明細書に記載されていなくても,当業者
は,殺生物効力のある両物質を併用した塗料は,当然殺生物効力を有すると認識す
る。また,本件発明1の有効成分の配合量及び配合比は,いずれも本件特許出願前
の頒布刊行物である米国特許第5057153号公報(乙3,以下「乙3公報」と
いう。)及び米国特許第5098473号公報(乙4,以下「乙4公報」とい
う。)記載の公知のものと重複し,特に乙4公報のものと同一であって,本件発明
1はその亜鉛ピリチオンを銅ピリチオンに置き換えただけのものであり,そ
れら有効成分の配合量及び配合比に新規な特徴があるとはいえない。
(2) 後願の数値限定発明は,その明細書に開示,示唆され,かつ,先願発明に
開示されたものに比較して臨界的意義がある場合に限り,先願発明に対する新規性
が肯定されるところ,本件明細書には,そのような臨界的意義について何らの記載
も示唆もない。
2 取消事由2(本件発明1の数値限定の臨界的意義の認定の誤り)について
(1) 先願明細書(甲3)には,両物質配合の三つの耐ゲル化性の実施例が記載
されているから,少なくともそれらは完成した発明である。また,両物質の配合量
及び配合比の多少によって両物質含有ペイントの耐ゲル化性が変わるものでないか
ら,その数値限定も何ら意義はない。
(2) 塗料業界では,一般的に,製品安定性として6か月間は保証の範囲とさ
れ,6か月間の安定性がない塗料は,製造後2週間でその徴候が現れるのが通常で
あり,常温(20℃)であれば,2週間の試験でその傾向が判断でき,念のために
2か月間程度の安定性を確認するのが通例である。また,2か月間安定な塗料は,
通常6か月間安定であるということが経験的に判明している。より早期に安定性を
確認しようとする場合は,保存温度を上げて試験をするが,反応速度の観点から1
0℃上げれば,2倍の速度となると考えられており,40℃の場合は4倍の加速試
験と考えることができる。したがって,先願明細書(甲3)の実施例における,4
0℃,12日間は,常温では48日間程度(約1か月半強)の試験に相当し,同実
施例の塗料は,安定性試験に合格したものといえるから,本件発明1に臨界的意義
はない。
(3) 本件発明1は,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲に記載された銅ピリ
チオンの配合量「1%から6%」のものであって,配合量「約1%から約25%」
のものではないから,銅ピリチオンの配合量「1%から6%」の臨界的意義が問題
とされるべきであるところ,その低用量については,何ら臨界的意義がない。
3 取消事由3(本件発明2~10の新規性の判断の誤り)について
 上記のとおり本件発明1についての審決の判断に誤りはないから,本件発明
2~10についての判断にも誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(先願発明の認定の誤り)について
(1) 原告は,先願明細書(甲3)は,具体的なデータを一切欠いており,当業
者が反復実施して目的とする効果を挙げることができる程度にまで具体的開示がさ
れていないこととなり,先願発明は未完成発明であるから,審決が先願明細書に開
示されているとして認定した「本発明の防汚塗料組成物は,亜酸化銅等の重金属化
合物と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩とを防汚成分として含み,防汚
性能に優れている上に,低毒性で人体に対して安全で,しかもゲル化せず,長期保
存安定性に優れている」(審決謄本5頁キ,甲3段落【0017】【発明の効
果】)は,その裏付けを欠く単なる希望を述べた記述というほかなく,「この記載
によれば,先願明細書記載の防汚塗料は殺生物性及び耐ゲル化性を有していること
は明らかである」(審決謄本5頁最終段落)ということはできないと主張する。
  しかしながら,先願明細書には,「【請求項1】重金属化合物と化1
【化1】
(式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オ
キシドの銅塩とを併用することを特徴とする防汚塗料組成物。【請求項2】 重金属
化合物が亜酸化銅である,請求項1記載の防汚塗料組成物」(【特許請求の範
囲】),「本発明(注,先願発明)の防汚塗料組成物は,亜酸化銅等の重金属化合
物と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩とを防汚成分として含み,防汚性
能に優れている上に,低毒性で人体に対して安全で,しかもゲル化せず,長期保存
安定性に優れている」(段落【0017】【発明の効果】)との記載があり,さら
に,実施例1~3(3頁~5頁)には,亜酸化銅(本件発明1の酸化第一銅に相
当)と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩(本件発明の銅ピリチオンに相
当)を組み合わせた防汚塗料について,具体的に耐ゲル化性に関するデータが開示
されているから,当業者は,実施例で開示された3通りの組合せに基づいて奏され
る効果と同等の耐ゲル化性に関する効果が先願明細書の請求項2に係る発明全体に
ついて奏されるものと理解することができ,耐ゲル化性という効果に関して先願発
明が未完成発明であるということはできない。
 また,先願明細書には,「亜酸化銅に代表される銅化合物は,その防汚効
果が古くから知られており,しかも安全性も高い。特に亜酸化銅は,水中への溶解
性が適度に低く,他の有機化合物系の防汚成分より低コストであるため,防汚成分
として広く用いられてきた」(段落【0005】),「2-ピリジンチオール-1
-オキシドの種々の金属塩は,低毒性で人体に対する安全性が高く,特開昭54-
15939号公報(注,乙2公報),GB1316501号公報には,2-ピリジ
ンチオール-1-オキシドの種々の金属塩を含有する防汚塗料が開示されている」
(段落【0006】)との記載がある。そして,上記引用に係る乙2公報には,本
件発明1の銅ピリチオンを包含する
「一般式
S
N O M
n
(式中,Mは金属原子を示しそしてnは1~3の整数を示す)で表わされる
化合物を含有することを特徴とする水中防汚塗料」(1頁「特許請求の範囲」),
「本発明の防汚化合物の急性経口毒性値(LD50)は300~1000mg/k
g以上であり,皮膚刺激性,目粘膜刺激性もなくさらに悪臭を発せず,従来活性成
分として使用されていたトリアルキル錫化合物にみられる公衆衛生学上の諸問題も
ない」(1頁右下欄~2頁左上欄)との記載があり,実施例3(3頁左上欄)とし
て,ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩(銅ピリチオンと同義)含有塗
料が,比較例2(同頁右上欄~左下欄)として,亜酸化銅を含有する塗料が開示さ
れ,第1表(4頁)及び第2表(同頁)には,その試験結果が記載され,かつ,
「これらのピリジン系化合物は他の公知の無機または有機の防汚性化合物例えば亜
酸化銅・・・等の化合物を加え混合して,通常の塗料原料および塗料製造法に従っ
て水中防汚塗料を製造することも可能である」(2頁左上欄~左下欄)と記載され
ている。したがって,乙2公報には,本件発明1の「酸化第一銅」(先願発明の亜
酸化銅に相当)及び「銅ピリチオン」(先願発明の2-ピリジルチオ-
1-オキシドの銅塩に相当)が,水中防汚塗料に用いられること,それらの水中で
の殺生物効力の具体的データ,及び両者を併用してよいことが開示されていると認
めることができる。そうである以上,当業者は,古くから他の殺生物剤と併用され
てきた亜酸化銅と銅ピリチオンとを含有する塗料の具体的データが先願明細書に記
載されていなくても,殺生物効力のある両物質を併用した塗料は,当然,殺生物効
力を示すと認識するということができ,「この記載によれば,先願明細書記載の防
汚塗料は殺生物性及び耐ゲル化性を有していることは明らかである」(審決謄本5
頁最終段落)とした審決の認定を誤りということはできない。
(2) 原告は,先願発明は単純併用説に基づく上位概念であり,本件発明1は配
合比限定説に基づく下位概念であって,先願発明に具体的に開示された実施例の開
示は削除されているのであるから,先願明細書の開示により本件発明1が拒絶され
ることはないと主張する。しかしながら,数値限定発明において,後願発明の数値
範囲が先願発明の数値範囲に包含される場合,後願発明の新規性の判断に当たって
は,数値限定の技術的意義を考慮し,数値限定に臨界的意義が存在することによ
り,当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときに
限って,新規性が肯定されるところ,後記2の(2)において説示するとおり,本件発
明1の数値限定に臨界的意義が存在するものということはできないから,原告の上
記主張は,採用することができない。
(3) したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1の数値限定の臨界的意義の認定の誤り)について
(1) 原告は,本件発明1は,発明として完成したものであるのに対し,先願発
明は,上記のとおり発明として成立していないものであるから,本件発明1の数値
限定には臨界的意義が明白に認められると主張するが,先願発明が発明として成立
していないものであるということができないことは,上記1の(1)のとおりであるか
ら,原告の上記主張は,前提を欠き,採用することができない。
(2) また,原告は,本件明細書(甲2)に開示されている銅ピリチオンを用い
た例1では,この配合物はゲル化しない状態のままで7か月間の貯蔵後にもゲル化
しない状態を保持し続け,また,ピリチオンジスルフィドを用いた例2では,この
ペイントはゲル化しない状態のままで10週間の貯蔵後もゲル化しない状態を保持
し続けたのに対し,先願明細書が開示している耐ゲル化効果は,いずれもわずかに
12日間後のものであるから,このような数値限定には格別の効果があり,臨界的
意義があると主張するので検討する。
  本件発明1は,「ペイントまたはペイント基材の全重量に基づき」,銅ピ
リチオンを「1%から6%の量」に,酸化第一銅を「20%~70%の量」に限定
するものであるところ,本件明細書(甲2)には,例1として,酸化第一銅54.
82%,銅ピリチオン5.01%を含有するペイントについて「この配合物はゲル
化しない状態のままで,7ヶ月間の貯蔵後もゲル化しない状態を保持し続けた」と
記載され,具体的に対ゲル化性に関する効果が示されている。しかしながら,塗料
業界では,一般的に,製品安定性として6か月間は保証の範囲とされ,6か月間の
安定性がない塗料は,製造後2週間でその徴候が現れるのが通常であること,常温
(20℃)であれば,2週間の試験でその傾向が判断でき,念のために2か月間程
度の安定性を確認するのが通例であり,2か月間安定な塗料は,通常6か月間安定
であるとされていること,より早期に安定性を確認しようとする場合は,保存温度
を上げて試験をするが,反応速度の観点から10℃上げれば,2倍の速度となると
考えられていることが認められる(弁論の全趣旨)。そこで,このことを前提にし
て,本件発明1の上記7か月間ゲル化しないという効果と先願発明の
40℃で12日間粘度が大きく変化しないという効果を対比すると,その40℃に
おける試験は,常温(20℃)における試験の4倍の48日間程度の期間に相当
し,その間に安定性に問題が生ずる徴候が現れていないのであるから,通常必要と
される6か月程度の安定性は有していたものと推認されるところであって,そうと
すれば,本件発明1における銅ピリチオン及び酸化第一銅の配合量及び配合比に係
る上記数値限定については,格別の作用効果の差と認めることはできない。B作成の
平成11年1月14日付け意見書(甲7)添付の「実験成績証明書」及び同人ら作
成の平成12年10月10日付け審判事件答弁書(甲8)添付の「実験成績証明
書」は,いずれも先願発明のものとの対比はなく,甲20報告書及び甲21報告書
の実験によっても,先願発明のものとの格別の作用効果の差が明らかにされている
とは認められないから,上記判断を左右するに足りない。したがって,本件発明1
の数値限定に臨界的意義が存在するものということはできない。
(3) 原告は,本件発明1の銅ピリチオン含量について,補正前の「約1%から
約25%」(甲5,8頁「請求の範囲」2)から「1%から6%」へ減縮したの
は,先願発明との重複を除くためにしたものであるから,「1%から6%」につい
ての臨界的意義を実証する必要はないと主張する。しかしながら,本件発明1は,
「ペイントまたはペイント基材の全重量に基づき」,銅ピリチオンを「1%から6
%」に限定する発明であり,このような数値限定について,格別の効果があり,そ
の臨界的意義が存在するというためには,実施例で具体的に示されているもの
(5.01%)を含む「1%から6%」の範囲の全体が,実施例のものと同様に,
かつ,それ以外の範囲のものと比べて格別の優れた作用効果を奏することが必要で
ある。したがって,「1%から6%」についての臨界的意義を実証する必要はない
との原告の上記主張は,失当というほかない。
(4) 以上検討したとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2~10の新規性の判断の誤り)について
 上記第2の2の本件明細書の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明2~
10は,本件発明1の構成を前提とするものということができるが,上記説示のと
おり,本件発明1に係る取消事由1,2は理由がないから,これを前提とする原告
の取消事由3の主張も理由がないことに帰する。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官  篠 原 勝 美
    裁判官  岡 本   岳
    裁判官  早 田 尚 貴

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