ホーム > 知財判決速報/裁判例集 > 平成23(ワ)25836 特許権侵害差止等請求事件
| 裁判所 | 請求棄却 東京地方裁判所 |
|---|---|
| 裁判年月日 | 平成25年12月25日 |
| 事件種別 | 民事 |
| 当事者 | 被告日野自動車株式会社(以下「
日野自動車」という。)
株式会社東芝(以下「
東芝」という。) 原告有限会社シー・アンド・エス国際研究所 |
| 法令 |
特許権 特許法101条4号2回 特許法102条3項2回 特許法100条2項1回 特許法70条1項1回 民法719条1回 |
| キーワード | 特許権22回 侵害8回 実施7回 分割7回 差止4回 損害賠償3回 訂正審判1回 間接侵害1回 |
| 主文 | 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
| 事件の概要 | 1 本件は,「同期電動機のベクトル制御方法」に関する特許権(特許第361 2636号。以下以下以下以下「「「「本件特許権本件特許権本件特許権本件特許権」」」」というというというという。。。。)を有する原告が,被告らがイ号 物件で使用するベクトル制御方法((((以下以下以下以下「「「「被告方法被告方法被告方法被告方法」」」」というというというという。)。)。)。)は原告の本 件特許権を侵害すると主張して,被告らに対し,被告方法の使用にのみ用いる 物であるとするイ号物件及びこれを搭載した本件車両の製造・販売等の差止め 及び廃棄を求めるとともに,被告らに対し,連帯して,民法719条,709 条,特許法102条3項に基づく損害賠償として6553万3000円及びこ れに対する訴状送達の日の翌日である平成23年9月15日から支払済みまで 年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 |
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平成25年12月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成23年(ワ)第25836号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成25年9月30日
判 決
神奈川県川崎市<以下略>
原 告 有限会社シー・アンド・エス国際研究所
同訴訟代理人弁護士 中 村 好 伸
同 角 田 邦 洋
同 鈴 木 康 之
同 補 佐 人 弁 理 士 濱 中 淳 宏
東京都日野市<以下略>
被 告 日 野 自 動 車 株 式 会 社
以下「 被告日野自動車」という。)
( 以下 「 被告日野自動車 」 という 。)
同訴訟代理人弁護士 木 﨑 孝
同 森 岡 誠
東京都港区<以下略>
被 告 株 式 会 社 東 芝
以下「 被告東芝」という。)
( 以下 「 被告東芝 」 という 。)
同訴訟代理人弁護士 高 橋 雄 一 郎
同 北 島 志 保
同訴訟復代理人弁護士 池 田 幸 雄
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告東芝は,別紙製品目録(修正)記載の製品(以下「イ号物件」とい。)を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。う 。)2 被告日野自動車は,イ号物件を車両 「日野デュトロハイブリッド」 ( 以下「 本件車 両 」 という 。) に搭載し,あるいはイ号物件を搭載した本件車両 を販売し,又は販売のために展示してはならない。3 被告東芝は,その本店,営業所及び工場に存するイ号物件並びにその半製品(イ号物件の構造を具備しているが,製品として完成していないもの)を廃棄せよ。4 被告日野自動車は,その本店,営業所及び工場に存する本件車両並びにその半製品(本件車両の構造を具備しているが,製品として完成していないもの)に搭載されたイ号物件を取り外し,廃棄せよ。5 被告らは,原告に対し,連帯して,6553万3000円及びこれに対する平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,「同期電動機のベクトル制御方法」に関する特許権(特許第3612636号。 以 下 「 本件特許権 」 という 。 )を有する原告が,被告らがイ号物件で使用するベクトル制御方法 ( 以下 「 被告方 法 」 という 。) は原告の本件特許権を侵害すると主張して,被告らに対し,被告方法の使用にのみ用いる物であるとするイ号物件及びこれを搭載した本件車両の製造・販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに,被告らに対し,連帯して,民法719条,709条,特許法102条3項に基づく損害賠償として6553万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。2 前提となる事実(末尾に証拠等を付した以外の事実は争いがない。)
(1) 本件特許権原告は,次の特許権(本件特許権)の権利者である(本件特許権 にかか本件特許権る 明細 書 ( 特許請求 の 範囲 を 含 む 。) 及 び 図面 を 合 わせて 「 本 件明細書 」といい,といい , 本件特許権にかかる特許公報(甲1)を末尾に添付する。)。出 願 番 号:特願平8-267764出 願 日:平成8年9月18日出願公開日:平成10年4月10日登 録 日:平成16年11月5日登 録 番 号:特許第3612636号本件特許権の請求項1の発明( 以下 「 本件発明 」 という 。)( 。)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。「【請求項1】回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系上で,電機子電流をd軸成分とq軸成分に分割し制御する工程と,回転dq座標系の位相を決定する工程とを有する同期電動機のベクトル制御方法であって,該回転dq座標系の位相を決定する工程において,低周波領域用の位相決定方法と高周波領域用の位相決定方法の2種の位相決定方法を用い,各々位相を生成し,該低周波領域用の位相決定方法で生成された位相と該高周波領域用の位相決定方法で生成された位相とを周波数的に加重平均して,該回転dq座標系の位相とすることを特徴とする同期電動機のベクトル制御方法。」
(3) 上記特許請求の範囲に基づき,本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりとなる。A 回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系上で,電機子電流をd軸成分とq軸成分に分割し制御する工程と,B 回転dq座標系の位相を決定する工程とを有する同期電動機のベクトル制御方法であって,C 該回転dq座標系の位相を決定する工程において,低周波領域用の位相決定方法と高周波領域用の位相決定方法の2種の位相決定方法を用い,各々位相を生成し,D 該低周波領域用の位相決定方法で生成された位相と該高周波領域用の位相決定方法で生成された位相とを周波数的に加重平均して,該回転dq座標系の位相とすることを特徴とする同期電動機のベクトル制御方法。
(4) 被告東芝は,商品名「POWER DRIVE UNIT」,製品番号「AMHVH00103」及び「AMHVH00101」のセンサレスベクトル制御イ ンバー タ(イ 号物件。 以 下 , そ れぞれ 「 東芝 103 製品 」 及 び「 東芝 101 製品 」 という 。 )を製造し,被告日野自動車に販売している。東芝101 製品」という。101製品なお,原告は,製品番号「AMHVH00102」のインバータもセンサレスベクトル制御技術を採用しており,被告日野自動車の製品番号「G9210-89203」又は「G9210-89202」に対応するはずであると主張するが,そのように認めるに足りる証拠はない。
(5) 被告日野自動車は,被告東芝から購入したイ号物件につき,商品名「 INVERTER AS S Y 」 , 製品 番 号 「 G 92 1 0 - 8 92 0 3 」(東芝103製品)又は製品番号「G9210-89202」(東芝101製品)として管理し,これらイ号物件を,平成18年10月4日から平成23年7月 1日ま で,被 告日野 自動車 の製 造する車 両「日 野デュ トロハ イブリッド」(本件車両)に搭載し,イ号物件を搭載した本件車両を販売していた(甲8,14,15(枝番含む。以下同じ),弁論の全趣旨)。
(6) イ号物件のベクトル制御方法を「被告方法」というが,その内容には争いがある。争点
(1) 構成要件A充足性(争点1)
(2) 構成要件B充足性(争点2)
(3) 構成要件C充足性(争点3)
(4) 構成要件D充足性(争点4)
(5) 損害(争点5)
第3 争点に対する当事者の主張
1 争点1(構成要件A充足性)について
(原告の主張)
(1) 被告方法の構成について
ア 本件発明との関係で,被告方法を分説すると,以下のとおりである。a インバータ が検出したモ ータの磁極 位置に基づくベ クトル軸(推 定軸)をd’q’座標系とし,モータの電流をd’q’座標系上で分割し制御する工程とb 磁極位置に基づくベクトル軸(推定軸)の位相を検出する工程とを有する永久磁石同期モータのベクトル制御方法であってc ベクトル軸(推定軸)の位相の検出工程において,低速運転用の位相検出方法と高速運転用の位相検出方法により,各々位相を検出しd 低速運転用位相検出方法で得たベクトル軸位相と高速運転用位相検出方法で得たベ クトル軸 位相とを ,回転速 度に応じて加 重平均し ,d’q’座標系のためのベクトル軸の位相とすることを特徴とする永久磁石同期モータのベクトル制御方法。イ 被告ら主張にかか る被告方法の構成 a,b及びdは,「推 定回転位相(角)」が原告主張の「推定回転位相」と同義であることを条件に認める。cは否認する。●(省略)●また,評価指標HYO_hf,HYO_emfはともに原理上,位相偏差Δθを内包する値である。さらに,G d ,G q はトルクをパラメータとする関数であって,定数ではない。加えて,固定子インダクタンス(被告らがMLq,MLdと記述する値)は,モータコアに使用する電磁鋼板の磁気飽和特性に基づいて変動する値である。それゆえ,固定子インダクタンスも定数ではない。
(2) 「回転dq座標系」の解釈について
被告らは,「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し」との文言を根拠に,本件発明における「回転dq座標系」とは,実際の磁束の方向を基準とする同期座標系をいうと主張する。しかし,本件発明は,「回転子の磁極位置検出器を必要としないベクトル制御方法」である(本 件明細書の【00 01】。【0008】 ,【0059】等にも同趣旨のことが明記されている。)。それゆえ,当然のことながら,現実の磁極位置を把握することはできない。本件発明では,「低周波領域用の位相決定方法」と「高周波領域用の位相決定方法」を用いて「各々位相を生成」し,それらを「加重平均」するが,このような過程を経るのは,現実の磁極位置を把握することができず,それを推定する方法を取るからである。また,本件発明において,磁極位置を推定することは不可欠の技術であり,本件明細書では,その方法を【発明を解決する手段】に記述している。このように,本件発明が磁極位置を推定することを前提としていることは明らかである。したがって,「回転dq座標系」とは,現実の磁極位置ではなく推定された磁極位 置を基軸とする座 標系,すなわち制御座 標系(d’q’座標系)を指すものである。
(3) 被告方法と構成要件Aの対比
被告方法の構成要件aにいう「モータの磁極」は構成要件Aの「回転子の磁束」に,「ベクトル軸(推定軸)」は「d軸」「q軸」に,「電流をd’q’座標系に分割」は「電機子電流をd軸成分とq軸成分に分割」に,それぞれ該当する。よって,被告方法は構成要件Aを充足する。(被告らの主張)
(1) 被告方法
被告方法を本件発明の分説に合わせて記載すると以下のとおりである。a 同期電動機のベクトル制御方法であって,推定された推定回転位相(角)θ’を基準にしたd’q’座標系にしたがい,電流検出器によって検 出 され た 同 期 電 動 機 電流 か ら d ’ 軸 電 流 応 答I d 及 び q ’ 軸 電 流応 答I q をそれぞれ決定して,d軸電圧指令V d r e f 及びq軸電圧指令V q r e fによって同期電動機を制御する工程と,b 同期電動機の回転磁界の推定回転数ω’を推定し,さらにこれを用いて推定回転位相(角)θ’を推定する工程と,を有する同期電動機のベクトル制御方法であって,c ●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●d ●(省略)●同期電動機のベクトル制御方法
(2) 「回転子の磁束と同一方向」をd軸に選定していないこと
構成要件Aには「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し」とある。しかしながら,被告方法においては,「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定」しているのではなく,実際の磁束との方向とは異なる推定軸をd’軸に選定し,推定回転位相(角)θ’を推定している。よって,被告方法は構成要件Aを充足しない。なお,原告は,「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し」は誤記であり,「推定された回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し」という趣旨であると主張するかもしれないが,しかるべき訂正審判がなされるまではこのような主張は失当である。争点2(構成要件B充足性)について
(原告の主張)
(1) 本件発明における「回転dq座標系」について
本件発明における「回転dq座標系」とは,現実の磁極位置ではなく推定された磁極位置を基軸とする座標系を指すことは,争点1で述べたとおりである。
(2) 本件発明における「位相」の意義について
ア 「位相」の語は,元来「振動や波動のような周期運動で,1周期内の進行段階を示す量」を指す(「広辞苑(第4版)」・甲30)。そのため,何らかの尺度の下で扱われる周期運動の進行量であれば,広く「位相」に含まれ,特に明示がなければ,方向や角度などの表現形式によって限定されるものではない。本件明細書でも,当業者に広く受容された用法に倣い,「位相」を磁極の位置・方向を示す情報(磁極位置情報)全般という意義で使用し,「位相」という用語に何ら限定を付していない。他方,特定の表現形式において磁極位置情報を扱う場合には「位相『ベクトル』」というように限定を付す表現を用い,磁極位置情報一般とその概念を明確に区別している。したがって,本件発明の「位相」は,磁極位置情報全般を指す。イ 角度と二次元ベクトルはいずれも「位相」に当たること特許発明の技術的範 囲は,「特許 請求の 範囲の記載」に基づ いて解釈するのが原則である(特許法70条1項)。「特許請求の範囲の記載」は,本件発明(請求項1)の他の請求項(請求項2ないし7)との関係での位置づけを示しており,かかる位置づけからして,「位相」が磁極位置情報全般を指すことは明らかである。それゆえ,被告らの主張するように「明細書及び図面」を考慮に入れる必要はない。また,仮に,「発明 の詳細な説明 」を考 慮して「位相」の意 義を解釈したとしても,その意義を「位相ベクトル」のみに限定する根拠はない。被告らは,本件明細書が「位相」の一形式である「位相ベクトル」に言及する箇所を局所的に挙げているが,これをもって「位相」の意義を限定することはできない。本件明細書において,「位相」の文言は,広く磁極位置情報一般を指しており,ベクトルのみならず角度が「位相」に含まれることを念頭に置いた記述が数多く見られる。(ア) 例えば,【特許請求の範囲】の【請求項3】では,「電源角周波数の積分及び三角関数処理値を該回転dq座標系の位相の低周波領域部分に使用する」と記載されている。ここで,電源角周波数の積分とは,電源電圧(ベクトル量)の角度を,三角関数処理値とは,かかる角度に基づく正弦値・余弦値を指す。上記記載は,角度あるいはその角度に基づく二次元ベクトルの両者が「位相」に含まれることを示している。(イ) 【請求項1】・【請求項3】・【請求項6】は,発明の内容を「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系上で……,回転dq座標系の位相を決定する工程とを有する同期電動機のベクトル制御方法」と説明している。上記説明は,前段では,回転dq座標系の基準軸たるd軸を磁束の「方向」で決定することを説明しており,後段では回転dq座標系を固定座標系に対する「位相」によって決定することを説明しており,「方向」と「位相」を「方向」の意味で同義に用いている。磁束の「方向」は,二次元平面座標系上で基準となる軸からの角度をもって表現されるから,角度はここでの「方向」に当たる。(ウ) 段落【0002】では,回転子永久磁石の磁束の方向を基準とする同期座標系(dq座標系)と準同期座標系(d’q’座標系)の座標軸とが一致し,両者の間に角度のずれが生じていない状態を指して「回転子磁束に位相差ゼロで同期したdq座標系上」と描写している。ここでは,同期座標系と準同期座標系の座標軸の間のずれを位相差と表現しており,かかるずれは角度をもって表現される。それゆえ,ここでの「位相」という言葉は,角度を含む用語として使用されているといえる(仮に,被告らが主張するように「位相」が二次元ベクトルの意味に限定されるとすると,三角関数処理値(正弦値ないし余弦値)がゼロとなることはないから,上記説明は意味を持たない。)。(エ) 本件特許はモータのセンサレスベクトル制御に関連するものであるが,センサレスベクトル制御は,回転子磁極の位置(あるいは回転子磁束の方向や方位と換言してもよい。)を電流等からの推定計算により決定する。回転子磁束推定値の方向は,角度θ’あるいは二次元ベクトル(角度θ’の余弦値cosθ’及び正弦値sinθ’)のいずれによっても表現できる。なぜなら,角度θ’と二次元ベクトルは三角関数を通じて,相互に一意に特定できる関係にあるからである。角度θ’と二次元ベクトルは,回転子磁束の方向を基準となる軸からの回転の程度・割合で示すか,基軸上の座標で示すかという見方・尺度を変えただけに過ぎず,両者は全く同じ方向・方位を表す。このように角度θ’と二次元ベクトル(cosθ’及びsinθ’)は全く同じ方向・方位を表していることから,相互に置換することが可能である。かかる性質を利用し,モータのベクトル制御の具体的な演算処理にあたっては,便宜上,角度を二次元ベクトルに置換して用いるのが一般的である。角度と二次 元ベクトルは ,見方・尺 度は異なるもの の,全く同じ 方向・方位・位置を表すことからすれば,本件発明において「位相」とは,角度と二次元ベクトルの両者を含む概念である。(オ) 本件発明は,明細書の【0001】で述べられているように,「回転子の磁束位置検出器を必要としないベクトル制御方法」,つまりセンサレスベクトル制御技術である。前述のとおり,センサレスベクトル制御技術の一般論からすれば,同技術が最終的に目的としているのは,磁極位置の把握である。そうだとすれば,本件発明の決定する「位相」とは,磁極位置を意味している。このことは,【0005】で「磁極位置情報……を用いて……位相情報として」として,「磁極位置情報」と「位相情報」を本質的に同一ととらえていることや,【0006】で「位相決定に,回転子の磁極位置情報が不可欠」として,「位相」が回転子の磁極位置の情報を不可欠の要素とすることを明示していることからも確認できる。(カ) 本件明細書上,「位相」が二次元ベクトルや角度をともに含んでいることは前述のとおりである。ここで,二次元ベクトルは特に単位を持たないが,角度を表す単位にはrad(ラジアン)などが用いられる。また,二次元ベクトルは正弦値及び余弦値の2つの数量で表現されるのに対し,角度は単一の数量で表現される。このように,本件明細書における「位相」は,その物理量を表す単位や表現形式を限定していない。(キ) 【0034】では,低周波領域用の「位相情報」として出力される信号として,cosθ1,sinθ1にそれぞれ「周波数的な加重」である「α/(s+α)」を係数として付加した二次元ベクトルを示す式で記述している。このように,二次元ベクトルであっても,周波数的な加重を係数として付加された二次元ベクトルであっても「位相」に含まれることから,本件発明における「位相」は係数が付与されたかどうかを問題としていない。(ク) 【請求項6】では,「残電圧値のa軸成分とb軸成分より該残電圧値の位相を決定し……回転dq座標系の位相……に使用する」として,電圧値の「位相」と回転dq座標系の「位相」が置換可能であることを説明している。ここで,回 転子磁束の影 響は固定子 の電流,電圧に 反映するとい うモータ生来の特性から,固定子の電流,電圧には,回転子磁束の方向・方位,つまり磁極位置の情報が現れる。このことから分かるように,本件明細書中では,磁極位置情報である限り,電圧値に出現する形式であっても「位相」に含まれることに変わりはない。ウ 以上のとおり,本件発明は,磁極位置情報について,その単位・表現形式という表現上の特性,係数の有無という数値上の特性,いかなる物理量を通じて出現するかという発現形態などを問題にせず,「位相」として取り扱っている。したがって,本件発明は,形式等に関わりなく,磁極位置情報を含むかどうかに着目し,「位相」という用語を使用している。
(3) 被告方法と構成要件Bの対比
被告方法は,評価指標HYOという磁極位置情報を生成するものであるから,構成要件Bにいう「回転dq座標系の位相」を決定しており,被告方法の構成bにいう「永久磁石同期モータ」は「同期電動機」に該当する。よって,被告方法は構成要件Bを充足する。(被告らの主張)
(1) 「回転dq座標系」の位相を決定していないこと
構成要件Bには「回転dq座標系の位相を決定する工程」とある。しかしながら,被告方法においては,d’q’座標系(推定軸)の推定回転位相(角)θ’を推定しているのであるから,実際の同期電動機の磁束の回転dq座標系の位相を決定しているわけではない。
(2) 回転dq座標系の「位相」を決定していないこと
ア 本件発明における「位相」の意義について原告は,本件発明の「位相を決定する工程」,「位相決定方法」,「生成された位相」等にいう「位相」全てを,被告方法で推定されるところの位相角に当てはめている。しかしながら,本件発明の「位相」は位相角ではなく位相ベクトルを意味するのであるから,原告の充足論に関する主張は全て失当である。イ 本件明細書中では一貫して「位相」は位相ベクトルの意味で用いられていること原告は,「明細書中では,ベクトルのみならず角度が「位相」に含まれることを念頭に置いた記述が数多くみられる。」と主張するが,誤りである。(ア) 原告は,請求項3には「電源角周波数の積分及び三角関数処理値を該回転dq座標系の位相の低周波領域部分に使用する」と記載されていることを引用するが,「積分及び三角関数処理」を施す対象は,「電源角周波数」であって,「位相」に対してではない。したがって,請求項3記載の「位相」が位相角であるという理由にはならない。請求項3は,電源角周波数ωを積分して角度θを求め,角度θを三角関数処理して「位相」(cosθ,sinθ)を求めることを規定しているのである から,電 源角周波 数ωと角 度θと「位相 」(co sθ,s i n θ)は全て異なることが明示されている。そして,この「位相」(cosθ,sinθ)は,静止座標系において回転座標系d軸の方向を示す二次元の位相ベクトルである。以上より,請求項3の記載は,「位相」が電源角周波数ωと角度θとは異なることを明らかにし,「位相」が位相ベクトルであることを基礎づけている。(イ) 原告は,請求項1,3,6には「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し……回転dq座標系の位相を決定する」と記載されていることを引用するが,「方向」が規定される対象はd軸であり,「位相」ではないし,そもそも,位相ベクトルも方向成分を有するベクトルなのであるから,むしろ,この記載は「位相」とは位相角ではなく位相ベクトルであることを根拠付ける。(ウ) 原告は【0002】に「回転子磁束に位相差ゼロで同期した回転dq座標系上」と記載されていることを引用するが,位相ベクトルが一致することが「位相差ゼロ」なのであるから,原告のいうように角度を含む用語として「位相」が使用されているとは到底いえない。付言すると,「仮に,被告らが主張するように「位相」が二次元ベクトルの意味に限定されるとすると,三角関数処理値(正弦値ないし余弦値)がゼロとなることはない から,上 記説明は 意味を持 たない」とい う原告主 張は,【0002】では「三角関数処理値」が問題になっているのではないから失当である。(エ) 原告は,「角度θ’と二次元ベクトル(cosθ’及びsinθ’)は全く同じ方向・方位を表していることから,相互に置換することが可能である。」と主張する。しかしながら,相互に置換することが可能であるからといって両者が同じものになるわけではない。角度θとc o s θは0~180°の間で相互に置換可能であるがこれは必ずしも同じではない。そもそも,本件発明においては,2つの位相が加重平均されなければならないのであるから,加重平均の対象である位相が問題になっている。角度と位相ベクトルとが相互に置換可能であるかなどを論じても無意味である。角度θ1と角度θ2の加重平均とcosθ1とcosθ2の加重平均は値が異なることからみても,
(原告の主張)
が相当な無理を含むものであることは明らかである。(オ) 原告は,本件発明が最終的に目的としているのは「磁極位置」の把握であると述べ,「そうだとすれば,本件発明の決定する「位相」とは,磁極位置を意味している。」と述べている。しかしながら,本件発明の最終的な目的がどうかという問題と,「位相」が拡張解釈されるべきかという問題とは異なるので失当である。原告は,【0005】の「磁極位置情報……を用いて……位相情報として」という記載を引用しているが,その前後の記載をみると,疑いなく「位相」は「位相ベクトル」であるものとして用いられている。【0005】の全文を引用すると以下のとおりである。「また,正弦信号発生器8は,回転dq座標系の位相決定の手段を構成している。即ち,正弦信号発生器8は,磁極位置検出器2から磁極位置情報が送られると,この信号を用いて複数の正弦信号(cos,sin信号)を生成し,回転dq座標系の位相情報として,ベクトル回転器6a,6bへ向け出力する。同図では,簡明のため,複数の正弦信号を1つの位相ベクトルとして捕らえ,1本の太線で表現している。なお,以下,他の図においても,太線はベクトル信号線を示すものとする。正弦信号の形の位相情報が電力変換器3に通じるベクトル回転器6bに与えられたことより容易に理解されるように,この位相情報は,電源角周波数を決定することになる。」。つまり,磁極位置情報から複数の正弦信号(cos,sin信号)が生成され,複数の正弦信号が1つの位相ベクトルとして捕らえられている。そして,この位相ベクトルはベクトル回転器へ出力される。図中も太線はベクトル信号線を示している。このように,【0005】において原告が引用を省略した個所には「位相」が「位相ベクトル」を意味するものであることが文言上明確に記載されている。原告は,【0006】の「位相決定に,回転子の磁極位置情報が不可欠」という記載を引用して,「位相」が回転子の磁極位置の情報を不可欠の要素とす ることを 明示して いるなど と主張する。 しかしな がら,「位相決定のため」に「回転子の磁極位置情報が不可欠」とあるのだから,むしろ,「位相」と「磁極位置情報」が同じではないことが文言上明確になっている。【図12】及び【0005】によれば,「回転子磁極位置」と「回転dq座標の位相」とは同義ではなく,前者はスカラー量,後者はベクトル量であることが,文言上も図面上も明示されている。そして,「回転子磁極位置」というスカラー量を「回転dq座標の位相」という位相ベクトルに変換するのが正弦信号発生器8である。(カ) 原告は,「位相の単位や表現形式を限定していないこと」,「位相は係数の有無を問わないこと」,「位相には電圧値に出現する位置情報も含まれていること」などを主張しているが,いずれも原告主張の根拠にはならず,むしろ「位相」が位相ベクトルであることを根拠づけている。まず,「位相」に単位が付されていないのは本件発明でいう「位相」が位相ベクトルだからであり,位相角であればラジアン又は度という単位が付加されているはずである。次に,「位相」は係数の有無を問わないが,これは位相ベクトルだからであって, 位相角で あれば係 数の有無 によって違っ た値にな る(30°に係数2を乗じたら60°という異なった角度になる。)。最後に,位相には電圧値に出現する位置情報も含まれていることについては,原告主張とは全く無関係であることを付言する。
(3) 以上より,本件発明の「位相」は疑いなく位相ベクトルであり,位相角
ではない。被告方法において位相ベクトルは用いられていないから,被告方法は構成要件Bを充足しない。争点3(構成要件C充足性)について
(原告の主張)
(1) ●(省略)●磁極位置情報であること
ア 評価指標は,被告方法におけるPLLループの工程上,位相偏差の情報を与える点にその意義を有すること被告方法がPLLループによって位相制御を行っていることは被告らも認めるところである。そして,生成された評価指標は,PLLループの工程上,推定位相偏差情報として取り扱われている。これは,つまり,PI位相制御器への入力信号が推定位相偏差であるが,被告方法では,評価指標HYOがこの信号に該当し,推定位相偏差に当たると いう こと であ る。 また ,評 価指 標H YO は評 価指 標 H Y O _ h f及び H Y O _ e m f の 合 成 値 で あ る か ら , 評 価 指 標 H Y O _ h f及 びHYO_emfも推定位相偏差に当たるということを意味する。このように,被告方法のPLLループの工程上,評価指標(HYO_hf,HY O_ em f, HY Oの いず れを も含 む。 )は ,PI推定器に入る前から推定位相偏差情報として認識されている。位相偏差情報として認識せず,単なる電流の振幅や電圧偏差として認識していても,位相偏差を修正できないからである。イ 評価指標HYO_hf及び評価指標HYO_emfは,電流・電圧を,位相偏差情報を反映する形に変換した数値であること(ア) 低回転領域用評価指標HYO_hfを記述する原理式(理論値)被告方法においては,PMモータの電圧方程式を基に,高周波電圧を重畳(印加)した場合に準同期座標系(d’q’座標系)で観測される高周波電流のうち,q’軸上の成分(Iqch)である正弦波( sinωhft ) の 振 幅 成 分 に 位 相 ( 角 ) 偏 差 の 情 報(sin2Δθ)が含 ま れる こと に着 目 し, 次の 式 ( 1) のと おり ,かかる振幅成分を評価指標H Y O _ h fと設定している。V hfHYO = ( L q − L d ) sin( 2 ∆ θ ) ・・・(1)
2 L d L q ω hf
hfPLLループが動作するような位相偏差の小さい範囲では,s i n Δ θ≒ Δ θ の 関 係 が 成 り 立 つ こ と か ら , 原 理 式 上 , 評 価 指 標V hfHYO_hfは, L L ω ( L q − L d ) を比例係数Kとして位相偏差とd q hf比例近似の関係に立つ(つまり,評価指標HYO_hf≒KΔθと記述される。)。このように,被告方法は,モータ生来の特性からすると,理論上,高周波印加電圧に対応した高周波電流の正弦基本波の振幅に位相偏差情報が含まれることに着目し,低回転領域ではかかる振幅をもって評価指標HYO_hfと設定している。(イ) 高回転領域用評価指標HYO_emfを記述する原理式(理論値)次に,被告東芝の回答書(甲24)には,PMモータの電圧方程式を基に,制御dq軸(d’q’軸)とdq真軸が一致したときのdq軸電圧(VdA,V qA)と,制御dq軸上の電圧の偏差が理論上含む物理量を,次の式(2)で記述している。∆Vdc Vdc − VdA ∆V = V − V qc qc qA sin(2∆θ ) ω( Lq − Ld ) I dc + ω ( Lq − Ld ) sin 2 (∆θ ) I qc − ωΦ sin(∆θ ) = 2sin(2∆θ )− ω ( Lq − Ld ) I qc + ω( Lq − Ld ) sin (∆θ ) I dc + ωΦ(cos(∆θ ) − 1) 2 ・・・(2)同式からわかるように,dc軸成分(ΔVdc)及びqc軸成分( Δ V q c) と も に , 理 論 上 , 位 相 偏 差 の 情 報 ( s i n Δ θ 及 びcosΔθ)が含まれる。そこで,被告方法は,次の式(3)のとおり,かかる電圧偏差の成分を重み係数Gd及びGqを用いて加重平均することで,位相偏差の情報の抽出に適する形に調節した値をもって評価指標HYO_emfと設定している。HYOemf = Gd ∆Vdc + G q ∆Vqc ・・・(3)ΔVdcは,概ねΔθが-45°~0°の範囲でゼロに近い値となってしまうため,かかる範囲でΔVdcの値の検出を行うと,その精度が低下するおそれがある。これに対し,ΔVqcは上記の範囲でも一定程度の数値を示すことから,被告方法は,両者に適切な重みを付して加重平均することで,概ねΔθが-45°~45°の範囲で,位相偏差Δθと比例近似の関係に立ち,位相偏差の情報の抽出に適した形とし,かかる値をもって評価指標HYO_emfに設定している。換言すれば,位相偏差Δθの情報が現れる電圧偏差のd軸成分(ΔVdc)とq軸成分(ΔVqc)を適切な重み係数Gd及びGqを加重することで,より位相偏差Δθの 抽出に適 した形に 変換した 値をもって平 均して評 価指標HYO_emfと設定しているということである。実際にPLLループが動作する時の位相偏差は小さい値であり,上記の範囲(-45°<Δθ<45°)に入るため,HYO_emfは位相推定のための指標としての役割を十分に果たす。上記のとおり,評価指標HYO_emfと位相偏差Δθは比例近似の関係に立つから,比例係数をKと置けば,評価指標HYO_emfの理論値は,次の式(4)のように記述される。HYOemf = Gd ∆Vdc + Gq ∆Vqc ≈ K・∆θ ・・・(4)(ウ) 以上のとおり,評価指標はいずれもPLLループによる位相推定の工程上,位相偏差抽出のために生成されている信号である。また,被告方法は,電流や電圧には位相偏差情報が出現することから,モータの特性に基づく原理式を利用して,電流や電圧を位相偏差抽出のために適した形に変換した値をもって評価指標HYO_hf及び評価指標HYO_emfに設定している。したがって,被告方法は,位相推定器を通す前の評価指標の時点で,既に評価指標を推定位相偏差情報(位相偏差Δθの比例値)として取り扱っており,単に電気や電圧の情報を持つだけの信号とは取り扱っていない(仮に,●(省略)●そのような全く異質の物理量を加重平均することに何ら工学的意義はない。両者を加重平均するのは,いずれも推定位相偏差情報を含む点で共通するからである。)。かかる位相偏差Δθは,磁極位置情報としての角度情報であるため,評価指標は「位相」に当たる。
(2) 位相偏差Δθが「位相」に該当すること
ア 「位相」の意義争点2について述 べたとおり,一般 用語としての「位相」 の意義は,「振動や波動のような周期運動で,1周期内の進行段階を示す量」である。同期電動機のベクトル制御技術の分野での「位相」の文言も,かかる一般用語としての意義に倣って使用されている。同期電動機であれば,周期運動をするのは回転子たる磁極であるから,「位相」は,磁極の回転運動の進行段階を示す,磁極の位置・方向の情報,つまり磁極位置情報一般を指す概念として用いられ,その表現形式や単位は問題とされない。本件発明における「位相」の文言も,一般用語としての意義に倣ったベクトル制御の分野での通常の用法に従い,磁極位置情報一般を指す。本件発明における「位相」は,同期電動機において,周期運動をする回転子たる磁極の回転運動の進行段階を問題としているので,時間的な要素で磁極の回転運動の進行段階を算出する場合には,完全に同一の値を示すものではない。なぜなら,磁極の回転運動は,常に定速で行われているわけではなく,回転周期の値自体は変動することが前提となっているからである。常に,磁極の回転運動が,同一の値を示すものであれば,そもそも磁極の位置・方向の情報をわざわざ算出する必要もない。本件発明における「位相」の「周期性」の意義は,同一時間において必ず同一の数値となることを意味するものではない。本件発明が,「高い加減速性能を発揮し得るベクトル制御方法を提供することにある」(本件明細書【0008】)ことからも,磁極の回転運動は,等速度を前提とするものではなく,変動する速度を前提としていることは容易に理解できる。本件発明において「位相」の「周期性」とは,定められた運動周期内での数量が満たされることを意味し,時間的要素を必ずしも含むものではない。具体的には,周期運動の数量値が,円運動(0度から360度)の範囲内で増減を繰 り返し,これ を逸脱しな い場合には,「 位相」の「周 期性」は充足されることになるのであるイ 位相偏差Δθが本件発明での「位相」に該当することセンサレスベクトル制御技術において,「位相偏差」とは,通常,推定磁極位置を基準とする推定回転子位相と真の磁極位置を基準とする回転子位相の偏差(ずれ)を示す概念であり,被告方法における位相偏差Δθもかかる偏差を指している。そして,被告方法のようにPLLループに基づくセンサレスベクトル制御技術においては,一時点前の推定回転子位相(θ’((n-1)T))の信号と,その時点での真の回転子位相(θ(nT))の差を取り,これをもって当該時点での位相偏差Δθ(nT)と取り扱う(nは任意の整数,Tはモータの制御周期)。つまり,ある時点の時刻tをt=nTとし,その時点よりも一制御周期分遡った時点の時刻を(n-1)Tとした場合の位相θ,推定位相θ’,位相偏差Δθの間には次のような関係が成り立つ。∆θ ( nT ) = θ ′( nT ) − θ ′(( n − 1)T ) θ ( nT ) − θ ′(( n − 1)T ) ・・・(5)≈式(5)は,単純化すれば,位相偏差Δθは,制御周期当たりの推定位相θ’の変化分(推定位相θ’を制御周期で差分した値,又はnT時刻の位相真値と(n-1)T時刻の位相推定値の差の近似値)であるということを意味している。そのため,位相偏差Δθは,一制御周期前の推定磁極位置を基準とした当該時点での推定磁極位置を示す値ということができる(数式で表せば次の式(6)のとおり)。θ ' ( nT ) = θ ' (( n − 1)T ) + ∆θ ( nT ) ・・・(6)また,式(5)から,位相偏差Δθは,制御周期ごとにそれらの値を足し合わせていく(積分する)ことで固定子たる電機子(より厳密にはu相巻線)を基準とした推定回転子位相を導く値,つまり固定子を基準とした推定磁極位置を示す値であるということもできる(数式で表せば次の式
(7)のとおり)。
θ ' ( nT ) = ∆θ (0T ) + ∆θ (1T ) + + ∆θ (( n − 1)T ) + ∆θ ( nT ) ・・・(7)このように,位相偏差Δθは,一制御周期前の推定磁極位置や固定子たる電機子を基準とした推定磁極位置を示す値であるから,磁極位置情報にほかならない。したがって,Δθは本件発明の「位相」に当たる。ウ 位相偏差Δθは周期性を持つことさらに,位相偏差Δθは,推定磁極位置を基準とした回転運動と真の磁極の回転運動という2種の周期的運動のずれを示す角度であることから,その値は周期性を持つ。すなわち,真の磁極を基準とする回転子位相θも,推定磁極位置を基準とする推定回転子位相θ’も,いずれの値も周期的な変化を見せることから,両者の偏差 である位相偏 差Δθの値 も周期的に変化 する。位相偏 差Δ θの値が周期的 に変化し なければ ,真の回 転子位相θと 推定回転 子位相θ’のいずれか又は両方が,値としての周期性を失ってしまう。以上は,真の回転子位相θ,推定回転子位相θ’,位相偏差Δθの間に次のような式(8)が成り立つことから裏付けられる。∆θ = θ − θ ′ ・・・(8)また,真の回転子位相θ,これへの追随を目指した推定回転子位相θ’がともに値として周期性を有するとき,位相偏差Δθが値として周期性を有することは,数々の実験によって実証が尽くされている。裏付けとなる実験データは数々の文献に掲載され,公開されている(甲44ないし47)。例えば,甲45・836頁の図14や15(両図面中の「θ- θ est 」が位相偏差Δθに相当する。),甲44・727頁の図9(同図中の θ e が位相偏差Δθに相当する。),甲46・4-477頁の図2((a)ないし(d)の各図面中の ∆ θ m が位相偏差Δθに相当する。),甲47・6ˆ7~68頁の図2・27から図2・30の図(各図面中のphase errorが位相偏差Δθに相当する。)は,位相偏差Δθに相当する物理量を実際に測定した実験データを示している。これらはいずれも,位相偏差Δθの値の変化を波形で示しており,位相偏差Δθの値が周期性を有することを確認できる。また,真の磁極を基準とする回転子位相θも,推定磁極位置を基準とする推定回転子位相θ’も,いずれの値も角度を示す値であることから,これらの2種の周期的運動のずれを示す角度である位相偏差Δθの数値は,0度から360度の範囲内にある数量を示すこととなる。とすれば,位相偏差Δθは必ず特定された範囲内における値,すなわち,円運動を超えない範囲で単純に増加または減少するだけであるので,周期的な変化を見せるといえる。エ 原告は,念のため,イ号物件のシステム構成を再現し,位相偏差Δθを検出し,低速領域及び高速領域における各位相偏差Δθが周期性を有することを示すこととした。甲49・11頁図5は,実験の結果測定された低回転領域における速度(機械速度),電流(q軸電流),位相偏差の各対応関係を示すものである。同図内の最下部の波形は,位相偏差Δθを示すものである。位相偏差Δθは,波形が示すように,一定周期の直線的な加速・減速運動と同一の周期性を示す値であることが分かる。よって,被告東芝の主張する位相偏差Δθには周期性が認められないため,位相に該当しないという根拠は,当該事実からも覆され,低回転領域における位相偏差Δθが位相に該当することが結論付けられる。甲49・16頁図9は,実験の結果測定された高回転領域における速度(機械速度),電流(q軸電流),位相偏差の各対応関係を示すものである。同図の最下部の波形は,位相偏差Δθを示すものである。位相偏差Δθは,波形が示すように,一定周期の直線的な加速・減速運動と同一の周期性を示す値であることが分かる。よって,被告らの主張する位相偏差Δθには周期性が認められないため,位相に該当しないという根拠は,当該事実からも覆され,高回転領域における位相偏差Δθが位相に該当することが結論付けられる。なお,当然のことではあるが,
(原告の主張)
する周期性の意義は,時間に対する周期性が備わっている場合に,これを位相から排除するものではない。上述のように,原告が行ったイ号物件再現システムにおける実験結果は,位相偏差Δθが,低回転領域,高回転領域のそれぞれにおいて,時間に対する周期性を示すものであるが,これは,原告の立場においても,仮に被告らの主張する周期性の定義によったとしても,いずれにせよ,イ号物件においては,位相偏差Δθが周期性の要件を満たすことになるので,その旨,念のため述べておく。
(3) 位相偏差Δθと評価指標の関係について
ア 評価指標HYO_hfについて甲49・8頁図3(b)が示すとおり,低回転領域の評価指標HYO_hfと位相偏差Δθとの間には,比例関係が成立する。イ 評価指標HYO_emfについて次に,高回転領域の評価指標HYO_emfと位相偏差Δθの間には,甲49・13頁図7のように,両者が同一であることが示されている。以上の実験結果は,高速回転領域において,PLLループが動作する範囲において,位相偏差Δθemfと評価指標HYO_emfが一致することを示すものである。ウ よって,低回転領域及び高回転領域における位相偏差と各評価指標は,それぞれPLLループが動作する範囲においては,同一のものと評価されることが明らかとなり,
(原告の主張)
が裏付けられている。
(4) 評価指標HYO_hf及び評価指標HYO_emfは別個の推定位相偏
差情報を持つことア 評価指標HYO_hfの理論値と実測値は誤差を有すること●(省略)●これは,つまり,サンプルデ ータを用い ることで,演算処理を簡易 化し,上記式(9)の解の近似値をもって代替していることを意味する。このように,実際の処理では ,近似値を 利用していることや,モー タモデル化誤差,電流誤差,ノイズ等の要因が具体的信号に影響を及ぼすことから,評価指標HYO_hfの実測値と理論値の間には誤差が生じる。かかる誤差は位相偏差の情報に誤差n_hfとなって現れ,結果として,評価指標HYO_hfに出現する位相偏差の情報は真の位相偏差と誤差のある位相偏差推定値になる。Vhfそ の ため , 原 理 式 上 は, L L ω ( Lq − Ld ) を 比 例 係 数 Kと 置 く と,d q hf評価指標HYO_hfの理論値は,Kを比例係数とし,真の位相偏差Δθと比例近似の関係に立つのに対し,評価指標HYO_hfの実測値は,真の位相偏差Δθと誤差n_hfを持つ位相偏差の推定値Δθhfと比例近似の関係に立つ。数式では,次のように記述できる。<理論値>HYOhf ≈ K ⋅ ∆θ ・・・(10)<実測値>HYOhf ≈ K (∆θ + nhf ) = K ⋅ ∆θ hf ∆θ hf = ∆θ + nhf ・・・(11)イ 評価指標HYO_emfの理論値と実測値は誤差を有すること甲28では,評価指標HYO_emfの実測値を生成する演算処理の際に,実際に演算に用いる信号について説明がなされている。その説明によれば,原理式上の同期座標系上の電圧(VdA,VqA)や制御座標系上の電圧(Vdc,Vqc)に代えて,それらに相当する値が用いられている。すなわち,まず,同期座標系上の電圧については,これを検出することはできないことから,実際の電流応答信号(Id,I q)に加え,抵 抗R,イ ンダクダ ンスLd ・Lq,磁束 強度等の モータパラメータを用いて算出される電圧ノミナル値をもって,代替している。電圧ノミナル値の算出には回転速度情報が必要とされるが,原理式が利用した回転速度真値ωはセンサレスベクトル制御では利用できないので,これを回転子速度推定値ω’でもって代替している。また,制御dq軸上の電圧(Vdc,Vqc)については,電圧指令値(Vd_ref,Vq_ref)をもって代えている。このように,実際の処理では,理論的に異なる値をもって代替している部分があること,モータモデル化誤差,電流誤差,ノイズ等の要因が具体的信号に影響を及ぼすことから,実際の信号を基に計算される電圧偏差の値には誤差が混入する。そうすると,電圧偏差のd軸成分とq軸成分の加重平均により生成される評価指標HYO_emfの実測値と理論値の間には誤差が生じる。かかる誤差は,位相偏差の情報に誤差n_emfとなって現れ,結果として,評価指標HYO_emfに出現する位相偏差の情報は真の位相偏差と誤差のある位相偏差推定値にとどまることとなる。そのため,評価指標HYO_emfの理論値は,Kを比例係数とし,真の位相偏差Δθと比例近似の関係に立つのに対し,評価指標HYO_hfの実測値は,真の位相偏差Δθと誤差n_emfを持つ位相偏差の推定値Δθemfと比例近似の関係に立つ。数式では,次のように記述できる。<理論値>HYOemf ≈ K ⋅ ∆θ ・・・(12)<実測値>HYOemf ≈ K (∆θ + nemf ) = K ⋅ ∆θ emf ・・・(13)∆θ emf = ∆θ + nemf ウ 被告方法が,評価指標HYO_hfと評価指標HYO_emfを周波数的に加重平均する工学的な意義は,周波数的な加重平均を通じて,別個の周波数特性を有する位相推定方法から生じる推定位相誤差の低減を図り,ひいてはあらゆる速度領域での精度の高い位相推定を実現する点にある。この点は,被告方法の技術の中核であり,さらに,本件発明の核心技術ともいうべき,いわゆる周波数ハイブリッド法(周波数に応じた推定特性を有する推定値を周波数に応じて合成することで,位相推定の精度を高めようとする技術)とも共通する。なお,●(省略)●また,●(省略)●が,仮にかかる趣旨の主張であるとすれば,被告らの主張はその点においても妥当でない。●(省略)●さらに,●(省略)●そのため,被告らのかかる主張は誤りであり,被告方法は,係数の値が同じとなるよう,評価指標HYO_hf及び評価指標H Y O _ e m fの値をスケーリングしている可能性が極めて高い。エ アルゴリズムが異なる場合,含まれるノイズも異なること位相推定のアルゴリズムが異なる場合,当該アルゴリズムにより算出される推定回転位相と現実の磁極位置の推定誤差の大きさ(Δθ)が変わってくることは,当業者に自明であり,無数の公知資料内で報告がなされている(甲41)。●(省略)●
(5) 被告方法と構成要件Cの対比
被告方法は,推定回転位相(角)θ’を推定する工程において,低速回転領域の指標生成方法により評価指標HYO_hfを生成し,高回転領域の指標生成方法により評価指標HYO_emfを生成している。推定回転位相(角)θ’は構成要件Cの「回転dq座標系の位相」に,低速回転領域の指標生成方法は「低周波領域用の位相決定方法」に,高回転領域の指標生成方法は「高周波領域用の位相決定方法」に,評価指標HYO_hf及びH YO _em fを 生成 するこ とは 「 各々位 相を 生成し 」に,それぞれ該当する。よって,被告方法は構成要件Cを充足する。(被告らの主張)
(1) 位相ベクトルである「位相」を生成していないこと
争点2について述べたとおり,本件発明の「位相」は位相ベクトルを意味するところ,被告方法は位相ベクトルを用いていないのであるから,「位相」を生成していない。
(2) 「位相」を現実に「生成」していないこと
仮に「位相」は位相ベクトルでなくてもよいという前提に立ったとしても,被告方法は「位相」を「生成」していない。構成要件Cによれば,2種の位相決定方法を用いて,2種の位相を現実に「生成」しなければならない。一定のモデルに依拠した場合に評価指標が数式上「意味するところ」を当てはめてみても,2種の位相を現実に「生成」したことにはならない。被告方法は,低回転領域の評価指標生成方法により評価指標HYO_hfを生成し,高回転領域の評価指標生成方法により評価指標HYO_emfを生成しているが,評価指標HYO_hf及び評価指標HYO_emfは「位相」ではない。原告は,以下のような一定の理論モデル(以下「理論モデル1」という 。 ) に 依 拠 し た 場 合 の 評 価 指 標 H Y O _ h f及 び 評 価 指 標HYO_emfが「意味するところ」を論じている。VhfHYOhf = ( Lq − Ld ) sin( 2∆θ )
2 Ld Lqω
HYO_emf=G d ΔV d +G q ΔV q ∆ V d V dc − V dA ∆ V = V − V q qc qA sin( ∆ θ ) ω ( Lq − Ld ) I dc + ω ( Lq − Ld ) sin 2 ( ∆ θ ) I qc − ω Φ sin( ∆ θ ) = 2sin( ∆ θ ) − ω ( Lq − Ld ) I qc + ω ( Lq − Ld ) sin 2 ( ∆ θ ) I dc + ω Φ (cos( ∆ θ ) − 1) 2 しかしながら,本件発明は「意味するところ」を特定しているのではなく,現実のステップ(手順)を具体的に特定しているのであるから,「意味するところ」を論じるのはそもそも失当である。被告方法の実体は以下のとおりであるから,充足性はこちらで論じるべきである。●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●
(3) 周期性ある「位相」を生成していないこと
ア ●(省略)●理論モデル2は,被告方法が依拠しているところの理論モデル1とは異なり,必ずしも正確なものではないが,あくまで理解の便宜のために提示されているに過ぎない。したがって,理論モデル2で充足性を論じるのは,ますます実体とかけ離れてきて不当である。なお,当然のことであるが,位相(角)偏差Δθは現実には計算されていないし,推定して求める対象ですらない。したがって,Δθを持ち出すこと自体,現実ないし被告方法の実体とは大きく異なる解釈の話であることに留意されたい。イ 位相(角)偏差Δθは周期性ある「位相」ではないこと(ア) 「位相」は周期性を本質とすること本件発明にいう「位相」は位相ベクトルと解すべきことは争点2で述べたとおりであるが,仮にそうでないとしても,「位相」とは,「振動や波動のような周期運動で,1周期内の進行段階を示す量。1周期ごとに同じ値となる。」(甲30)ものである。ここで,「 周期運動 」とは, 「一定時 間ごとに同一 状態(位 置・速度・加速度)の繰り返される運動。振動・回転運動の類。」である(広辞苑・乙3)。本件発明は,回転子の回転を問題にしており,外部の要求によりこの回転の回転周期には変動があることが想定される。したがって,広辞苑の定義に示される「周期運動」における「一定時間ごとに」に関して,本件発明においては,時間の同一性は保証されない。しかしながら,位相(角)は0度から360度までの値の間を単調に増加若しくは単調に減少するものであり,変動する状態の幅は同一であるという点で広辞苑の定義に合致する。(イ) 実施例との整合性本件明細書の発明の詳細な説明を参酌すると,位相ベクトル(c o s θ f,sinθf)が示されており(【0032】),一定時間ごとに同一状態が繰り返されている。位相ベクトルが位相たり得るのは,要素cosθとsinθの組み合わせだからである。この2つの要素を組み合わせた場合にのみ,周期運動の進行段階を示すことができるため,「位相」の定義に合致する。(ウ) Δθには周期運動性がないこと被告方法において,位相(角)偏差Δθは,周期運動性を有する回転子の位相角θと,このθを推定した値θ’との差であるが,結果としてθ’はθに近づくように制御されるのであるから,基本的にΔθは単調にゼロに近づく値となる。しかしながら,何らかの要因でΔθがゼロから遠ざかることもあるし,遠ざかるタイミングも一定ではない。この場合の遠ざかる量も任意である。遠ざかってしまった後,Δθは再びゼロに近づくが,Δθがゼロに向かう運動の中で,Δθの始点も終点も一定ではない。このため,被告方法におけるΔθには周期運動性が無い。したがって,被告方法におけるΔθは「位相」ではない。ウ 評価指標と位相(角)偏差Δθは異なること表現の問題は別と して,評価指標H YO_emf,HYO _hf及びH YOが「意味するところ」が,位相(角)偏差Δθの関数で表されることは,被告らも争うところではない。ただし,理論とその実装は必ずしも一致しないのであって,被告方法においては,●(省略)●原告は「認識されている」などと主張するが,イ号物件のインバータ制御回路部分においては淡々と演算とこれに基づく制御信号の出力が行われているのであって,何らかの角度を「認識」しているわけではない。「認識されている」という原告主張は極めて主観的なものである。本件発明は「位相を生成」することが特定されている。したがって,誰かの主観的認識によって「生成」するのでは足りず,あくまで「位相」が装置によって出力されていなければならない。よって,仮に位相(角)偏差Δθが「位相」に当たるとしても,被告方法は「位相」を「生成」していない。エ 評価指標HYO_hfは「位相」でないこと(ア) ●(省略)●したがって,評価指標HYO_hfは「位相」(周期運動性を本質とする。)には該当しない。(イ) ●(省略)●したがって,理論モデル1及び2においても,評価指標HYO_hfは「位相」(周期運動性を本質とする。)には該当しない。(ウ) なお,理論モデル1はイ号物件の実装に対応する理論式であるが,HYO_hfは, si n Δθ に比 例す る 。そ して , 百 歩譲 って Δθ が位相たり得るとしても,sinΔθは位相たり得ない。なぜなら,仮に百歩譲って,位相差Δθが「位相」たり得るとしても,sinΔθは1周期内の進行段階を示す能力がない。例えば,Δθが異なる値であっても,sinΔθは同 じ値を取るこ とがあ る。例えば,sin 0°とsin180°は同じ値0になる。従って,1周期内の進行段階を表すことができていない。よって,HYO_hfは「位相」ではない。オ 評価指標HYO_emfは「位相」でないこと(ア) ●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●●(省略)●そして,この式に含まれる全てのパラメータ及び係数は,周期運動性を有しない。したがって,評価指標HYO_emfは「位相」(周期運動性を本質とする。)には該当しない。(イ) ●(省略)●したがって,理論モデル1及び2においても,評価指標HYO_emfは「位相」には該当しないカ 位相(角)偏差Δθは周期運動性を持つとの主張について原告は,位相(角)偏差Δθは周期性を持つと主張する。しかし,これは事実とは異なる。原告は,甲44~47で位相(角)偏差Δθが変動している例を示しているが,収束する過程で微視的にみると追いついたり追い越したりすることはあっても,位相(角)偏差Δθが周期運動性を持っているわけではない。そもそも,甲44~47の各グラフにおける位相(角)偏差Δθの変動は,真の回転子位相(角)θと推定回転子位相(角)θ’の周期とは全く異なっている。また,原告は甲49を提出するが,甲49の「再現イ号物件」は,直接Δθを算出している点でイ号物件を正しく表現したものでないことは措くとしても,甲49のシミュレーションは,被告方法とは異なる前提(モータの回転速度の周期性)を取り入れている点で適切なものではない。原告は,その想定により本件明細書(甲1)の図9に相当する入力(周期約6秒でモータの加速・減速を繰り返す)を「再現イ号物件」に施しているが,被告方法においてはそのような事実はないので,甲49で示される実験結果は,被告方法と本件発明との関係を説明するシミュレーションとは言い難い。甲49の図5及び図9に示された「数値実験」は,周期約6秒でモータの加速・減速を繰り返したところ,算出したΔθにも約6秒の「周期性」が見られたというものである。しかしながら,ここでの「周期性」はモータの回転速度の周期性(もとより,イ号物件の構成では,モータの回転速度の周期性は前提となっていない。)に起因するものである。周期約6秒でモータの加速・減速を繰り返すのではなく,モータが一定速度で回転する場合には当然のことながら周期性は見られないはずである(Δθはゼロに収束する。)。甲49に示された「位相偏差(rad)」の「周期性」とは,(長周期で)同じ動作をすれば同じ結果になるというシステムの構成を利用して,周期的なモータの回転速度を前提にして「位相偏差(rad)」の周期性を見せかけているにすぎないのである。さらにいえば,現実の自動車においてモータが周期的に加減速を繰り返すなどということは考え難いし,イ号物件においては周期的に加減速を繰り返す構成にはなっていない。モータの回転速度に周期性がなければ甲49の図5及び図9のような結果は得られない。
(4) 2種類の「位相」を生成していないこと
●(省略)●よって,2種類の「位相」で表現されない以上は,被告方法は「各々位相を生成」するものでなく,構成要件Cを充足しない。争点4(構成要件D充足性)について
(原告の主張)
(1) 評価指標HYO_hf及びHYO_emfがいずれも「位相」に当たる
ことは,争点3について述べたとおりである。
(2) 「周波数的に加重平均」について
上記のとおり,「位相」とは回転子磁極の位置・方向を示す情報(磁極位置情報)全般を指し,また,同期電動機においては,印加電力の周波数に同期して回転子が回転するため,周波数と回転速度は同一である。したがって,「周波数的に加重平均」とは,回転速度に応じて磁極位置・方向の情報を加重平均することを指す。
(3) 被告方法と構成要件Dの対比
●(省略)●よって,被告方法は構成要件Dを充足する。(被告らの主張)
(1) 評価指標HYO_hf及びHYO_emfはいずれも「位相」に当たら
ないこと争 点 3 に お い て 述 べ た と お り , 評 価 指 標 H Y O _ h f及 び 評 価 指 標HYO_emfはい ずれ も「 位相 」に 当た らな いし ,2 種の 「位 相」 を生成していることもない。
(2) 「周波数的に加重平均」していないこと
争点2において述べたとおり,●(省略)●
(3) よって,被告方法は構成要件Dを充足しない。
争点5(損害)について
(原告の主張)
(1) 被告らによる間接侵害
被告方法は本件発明の技術的範囲に属することは上記のとおりである。イ号物件は,被告方法を採用した製品として開発・設計されており,イ号物件を用いると必ず被告方法が使用されることとなる。そこで,イ号物件は被告方法の使用にのみ用いる物に当たるから,被告東芝によるイ号物件の製造・販売・販売のための展示は,本件特許権を侵害する(特許法101条4号)。被告日野自動車は,イ号物件を搭載した本件車両を販売し,販売のため展示することによって,イ号物件の販売・販売のための展示を行っているから,被告日野自動車による上記行為(イ号物件を搭載した本件車両の販売・販売のための展示)は,本件特許権を侵害する(特許法101条4号)。なお,原告の調査によれば,被告東芝の製品型式が「AMHVH00102」のインバータもセンサレスベクトル制御技術を採用している。かかる製品は,被告日野自動車 の部品番号では「 G9210-8920 2」または「G9210-89203」のいずれかに対応するはずであり,イ号物件に含まれている。
(2) 原告の差止請求権
被告らの上記行為は,本件特許権を侵害するものであり,原告は,被告らに対し,上記行為の停止を請求することができる(特許法第100条1項)。また,原告は,被告東芝に対し,今後のイ号物件の販売によるさらなる本件特許権侵害を予防するために必要な行為として,イ号物件及びその半製品の廃棄を請求することができる。さらに,原告は,被告日野自動車に対し,今後のイ号物件を搭載した本件車両の販売によるさらなる本件特許権侵害を予防するために必要な行為として,本件車両へのイ号物件の搭載の停止,本件車両及びその半製品からのイ号物件の取り外し,及びイ号物件の廃棄を請求することができる。(以上,特許法100条2項)
(3) 被告日野自動車に対する損害賠償請求
被告日野自動車は,遅くとも平成18年10月4日までにイ号物件を搭載した本件車両の販売を開始し,現在に至るまでその販売を継続している。平成18年6月末までの本件車両の販売台数は約2400台に上り,平成23年5月末までの本件車両の累計販売台数は5700台超に上るところ,平成18年10月4日から平成24年3月末日に至るまでの間の販売台数は,少なくとも3692台(≒3300台×66か月÷59か月)を下回ることはない。そして,イ号物件の販売価格は,少なくとも1個あたり35万5000円を下回ることはなく,また,実施料率は5%を下回ることはない。したがって,原告は実施料相当額として少なくとも6553万3000円(=3692台×35万5000円×5%)の損害を被っている(特許法102条3項)。
(4) 被告らの共同不法行為
被告日野自動車は,イ号物件を全て被告東芝から購入しており,被告東芝の販売行為と被告日野自動車の販売行為の間には密接な関連共同性がある。それゆえ,被告らは,原告に対し,実施料相当額の損害を連帯して賠償する責任を負う(民法719条,709条)。
(5) よって,原告は,本件特許権に基づく差止請求として,
ア 被告東芝に対し,イ号物件の製造,販売,販売のための展示の禁止イ その本店,営業所及び工場に存するイ号物件並びにその半製品の廃棄ウ 被告日野自動車に対し,イ号物件の本件車両への搭載の停止,イ号物件を搭載した本件車両の販売,販売のための展示の禁止エ その本店,営業所及び工場に存する本件車両並びにその半製品に搭載されたイ号物件の取り外し,廃棄を,並びに不法行為に基づく損害賠償として,オ 被告らに対し,連帯して,6553万3000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成23年9月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。(被告日野自動車の主張)
(原告の主張)
(3)は否認し,その余の主張は争う。
被告日野自動車は,平成18年10月4日以降,イ号物件を搭載した本件車両を販売していたが,平成23年7月2日以降は,被告東芝製ではないセンサ付きのインバータを本件車両に搭載して販売しており,現在,イ号物件を搭載した本件車両の販売は行っていない。平成18年6月末までの本件車両の販売台数が約2400台であること,平成23年5月末までの本件車両の累計販売台数が約5700台であることは認めるが,平成23年7月以降は,イ号物件を搭載していない本件車両を販売しているので,イ号物件を搭載した本件車両の販売台数についての原告の推定は前提を誤っている。イ号物件の販売価格が1個当たり35万5000円を下らないことは否認する。販売会社である被告日野自動車がパーツとしてエンドユーザーに対して販売するインバータの価格に比べて,車両に搭載した場合の価格が低くなるのは当然である。(被告東芝の主張)
(原告の主張)
は争う。被告東芝が,イ号物件(東芝103製品及び東芝101製品)を製造し,被告日野自動車に販売したこと,現在も販売を継続していることは認める。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(構成要件A充足性)について
(1) 構成要件Aは,A 回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系上で,電機子電流をd軸成分とq軸成分に分割し制御する工程と,というものである。
(2) 被告方法の特定については争いがあるが,弁論の全趣旨によれば,a 同期電動機のベクトル制御方法であって,推定された推定回転位相(角)θ’を基準にしたd’q’座標系にしたがい,電流検出器によって検 出 され た 同 期 電 動 機 電流 か ら d ’ 軸 電 流 応 答I d 及 び q ’ 軸 電 流応 答r e fI q をそれぞれ決定して,d軸電圧指令V d 及びq軸電圧指令r e fV q によって同期電動機を制御する工程と,という工程を有していると認められる。
(3) 本件発明における「回転dq座標系」の意義についてア 被告らは,被告方法においては,「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定し」ているのではなく,実際の磁束との方向とは異なる推定軸をd’軸に選定し,推定回転位相(角)θ’を推定しているのであるから,構成要件Aを充足しない,と主張する。そこで,構成要件Aにおける「回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系」が,「実際の回転子の磁束と同一方 向をd軸に選 定しこれと 直交する軸をq 軸に選定した も
の」(下線部は強調のため裁判所で付した。以下同じ)に限られるのか,
「推定された回転子の磁束と同一方向をd’軸に選定し,これと直交する
軸をq’軸に選定したもの」を含む概念であるのか,検討する。
イ 本件明細書の段落【0001】【0008】によれば,本件発明は,回
転子の磁極位置検出器を必要としないベクトル制御方法に関するものであ
る。
同期電動機(モー タ)を効率的に回 転させることが可能と なるよう,
モータに入力する交流電流を制御(ベクトル制御)する方法として,従来,
モータの回転子の磁極位置を,回転子の磁束と同一方向をd軸に選定しこ
れと直交する軸をq軸に選定した回転dq座標系上で捕らえて,対応する
交流電流の値を制御するというベクトル制御方法が知られている(本件明
細書の段落【0002】,弁論の全趣旨)。
この従来方法においては,磁極位置検出器により実際の回転子の磁極の
位置が検出されるため,実際の回転子の磁束の方向をd軸に選定すること
が可能であった(【0002】~【0005】)。
これに対し,本件発明のような磁極位置検出器を用いないベクトル制御
方法においては,実際の回転子の磁極の位置(磁束の方向)を直接検出す
ることができないため,何らかの計算によって「推定」することが前提と
なっている(【0007】~【0031】)。
ウ 本件明細書の段落【0007】には,「このため,エンコーダ等の磁極
位置検出器を用いないで,磁極位置を推定するような方法が研究されてき
たが,これらは,基本的に,単一の方法で回転子磁極位置あるいは回転d
q軸座標の位相 を決定しよう とするもの であり,」と記 載されており ,
「磁極位置を推定するような方法」が「回転dq軸座標の位相を決定しよ
うとするもの」であるというのであるから,本件明細書において,「回転
dq軸座標」あるいは「回転dq座標系」の語は,「推定された回転子の
磁束と同一方向をd’軸に選定し,これと直交する軸をq’軸に選定した
もの」を含む概念として用いられていることは明らかである。
エ 本件明細書の実施例(【0032】~【0041】)においても,回転
dq座標系の位相は演算により演繹的に導き出すこととされており,そこ
で決定された回転dq座標系の位相は,「推定された回転子の磁束と同一
方向をd’軸に 選定し,これ と直交する 軸をq’軸に選 定したもの」 と
なっている。
オ 被告東芝は,訴訟前の交渉段階において,構成要件Aの「回転dq座標
系」が「推定された回転d’q’座標系」を含むという前提で構成要件A
充足性を認めていた(甲27)が,これは,被告東芝の担当者が当業者と
して本件明細書の記載を上記同様に読み取ったからであると考えられ,当
裁判所の上記解釈を裏付けるものである。
カ 以上によれば,構成要件Aにいう「回転子の磁束と同一方向をd軸に選
定しこれと直交する軸をq軸に選定する回転dq座標系」とは,「推定さ
れた回転子の磁束と同一方向をd’軸に選定し,これと直交する軸をq’
軸に選定したもの」を含む概念であると解するのが相当である。
(4) これを本件についてみるに,甲27及び弁論の全趣旨によれば,被告方
法は,
「推定された回転子の磁束と同一方向をd’軸に選定しこれと直交する軸を
q’軸に選定する回転d’q’座標系上で,電機子電流をd’軸成分とq’
軸成分に分割し制御する工程」
を有しているものと認められるから,構成要件Aを充足する。
争点2(構成要件B充足性)について
(1) 構成要件Bは,
B 回転dq座標系の位相を決定する工程とを有する同期電動機のベクトル
制御方法であって,
というものである。
(2) 被告方法の特定については争いがあるが,弁論の全趣旨によれば,
b 同期電動機の回転磁界の推定回転数ω’を推定し,さらにこれを用いて
推定回転位相(角)θ’を推定する工程と,を有する同期電動機のベクト
ル制御方法であって,
という工程を有していると認められる。
(3) 本件発明における「回転dq座標系」の意義について
被告らは,被告方法においては,d’q’座標系(推定軸)の推定回転位
相(角)θ’を推定しているのであるから,実際の同期電動機の磁束の回転
dq座標系の位相を決定しているわけではなく,構成要件Bを充足しない,
と主張するが,上記1で判示したところに照らせば,構成要件Bにいう「回
転dq座標系」が,「推定された回転d’q’座標系」を含む概念であるこ
とは明らかであり,この点に関する被告らの主張は理由がない。
(4) 本件発明における「位相」の意義について
ア 被告らは,構成要件Bでいう「位相」は位相ベクトルに限られるところ,
被告方法においては位相ベクトルではなく回転位相(角)θ’を推定して
いるにすぎないのであるから,構成要件Bを充足しない,と主張する。
そこで,本件発明にいう「位相」の意義について検討する。
イ 明細書における用語は,学術用語を用い,その有する普通の意味で使用
し,かつ,明細書全体を通じて統一して使用されなければならないが,特
定の意味で使用する場合においてその意味を定義して使用するときはその
限りでない(特許法施行規則24条,様式29)。
そこで,まず,本件明細書において「位相」の意味を定義した箇所があ
るか検討するに,本件明細書には,本件発明における「位相」の意義を定
義した箇所は存在しない。
本件明細書の段落【0005】【0028】【0032】【0034】
【0040】【0041】【0042】には,複数の正弦信号の組である
位相ベクトルを指して「位相」「位相情報」「位相ベクトル」と呼んでい
る箇所がある。実施形態を示す【図1】【図2】において「低周波領域位
相生成器9」「高周波領域位相生成器10」から生成される「位相」も,
ベクトルを示す太線(【0005】)で示されている。
しかし,これらの記載は「位相」を定義したものではなく,本件発明に
いう「位相」を「位相ベクトル」に限定する根拠となるものとは認められ
ない。
ウ 本件発明の属する技術分野において「位相」という用語の有する普通の
意味について検討するに,「広辞苑(第4版)」(甲30)によれば,理
学用語でいう「位相」とは,「振動や波動のような周期運動で,1周期内
の進行段階を示す量。1周期ごとに同じ値となる。」という意味であると
認められる。
この意味における「位相」は,①「正弦波交流においてt=0における
波形の時間軸方向のずれ」として表すこともできるし(甲31),②円運
動における角度(位相角)として表すことも(甲32~35),③ベクト
ル(位相ベクトル)として表すこともできる(甲33)。
本件明細書において,「位相」をこのような意味で読み替えて,矛盾す
る箇所は存在しない。
エ この点,原告は,「位相」は「位置」と同義であるとか(原告準備書面
(1)2~4頁),「広く磁極位置情報一般」を意味するとか(原告準備
書面(6)18~27頁,準備書面(7)4~13頁,準備書面(8)3
~9頁),ベクトル制御工学の分野においては「特定の基準からの任意の
方向方位」を意味するとか(甲48の1・69頁)主張するが,これらが
上記広辞苑の定義よりも広く,周期性のないものの位置やそれに関する情
報一般を含む趣旨であれば,そのような定義は本件明細書からも文献から
も裏付けられず,これらの定義を採用することはできない。
オ 以上によれば,本件発明における「位相」とは,「振動や波動のような
周期運動で,1周期内の進行段階を示す量。1周期ごとに同じ値とな
る。」という意味であり,「位相角」と「位相ベクトル」の双方を含む概
念であると解するのが相当である。
(5) これを本件についてみるに,前記(2)のとおり,被告方法は,
「同期電動機の回転磁界の推定回転数ω’を推定し,さらにこれを用いて推
定回転位相(角)θ’を推定する工程と,を有する同期電動機のベクトル制
御方法」
であると認められる。
本件発明において,「(真の)回転dq座標系の位相」及び「推定された
回転d’q’座標系の位相」は,いずれも本件発明にいう「位相」であるか
ら,これを位相角とし て表したθ及びθ ’も,いずれも「位相 」すなわち
「振動や波動のような周期運動で,1周期内の進行段階を示す量。1周期ご
とに同じ値となる。」ものとして想定されている。
そうすると,被 告方法の推定 回転位相( 角)θ’は,構 成要件Bにい う
「回転dq座標系の位相」に相当するから,被告方法は構成要件Bを充足す
る。
争点3(構成要件C充足性)について
(1) 構成要件Cは,
C 該回転dq座標系の位相を決定する工程において,低周波領域用の位相
決定方法と高周 波領域用の位 相決定方法 の2種の位相決 定方法を用い ,
各々位相を生成し,
というものである。
(2) 被告方法の特定については争いがあるが,弁論の全趣旨によれば,
c 推定回転位相(角)θ’を推定する工程において,低回転領域の評価指
標生成方法により評価指標HYO_hfを生成し,高回転領域の評価指標
生成方法により評価指標HYO_emfを生成し,
という工程を有していると認められる。
(3) 評価指標HYO_hf及びHYO_emfとΔθの関係について
ア 被告らは,評価指 標HYO_hf及 びHYO_emfはい ずれも「位
相」に当たらず,これらを生成することは「各々位相を生成」に当たらな
いと主張する。
これに対し,原告は,評価指標HYO_hf及びHYO_emfはそれ
ぞれ位相(角)偏差Δθを内包しており,Δθは「位相」に当たるから,
評価指標HYO_hf及びHYO_emfはいずれも「位相」に当たり,
被告方法は「各々位相を生成」していると主張する。
そこで,まず,評価指標HYO_hf及びHYO_emfとΔθの関係
について検討した上で,Δθが「位相」に該当するか,評価指標
HYO_hf及び HY O_ em fが 「位 相」 に該 当す るか ,順 次検 討す
ることとする。
イ 評価指標HYO_hfとΔθの関係について
(ア) ●(省略)●
(イ) ●(省略)●
(ウ) ●(省略)●
ウ 評価指標HYO_emfとΔθの関係について
(ア) ●(省略)●
(イ) ●(省略)●
(ウ) ●(省略)●
エ ●(省略)●
(4) Δθが「位相」に当たるか否かについて
ア 被告方法において,位相(角)偏差Δθは,回転dq座標系の位相
(角)θと,このθを推定した回転d’q’座標系の推定位相(角)θ’
との差である(甲24・2頁,弁論の全趣旨)。
この定義からは,Δθが差の絶対値であるのか正負の符号を持つ値であ
るのか明らかでないが,甲24・9頁図4によれば,Δθは正負の符号を
持つ値であると認められるから,Δθは次の式で表すことができる(弁論
の全趣旨。原告のいう式(8)。)。
Δθ=θ-θ’
イ 原告は,θもθ’もいずれも周期的に変化することから,両者の偏差で
あるΔθの値も周期的に変化する,と主張する。
(ア) θ及びθ’が周期的に変化することについて
前記のとお り,本件 発明にお いて,「 (真の)回転 dq座標 系の位
相」及び「推定された回転d’q’座標系の位相」は,いずれも本件発
明にいう「位相」であるから,これを位相角として表したθ及びθ’も,
いずれも「位相」すなわち「振動や波動のような周期運動で,1周期内
の進行段階を示す量。1周期ごとに同じ値となる。」ものとして想定さ
れている。
なお,「広辞苑(第4版)」(乙3)によれば,「周期運動」とは,
「一定時間ごとに同一状態(位置・速度・加速度)の繰り返される運動。
振動・回転運動の類」をいい,「周期」とは,「全く同一の現象が一定
時間ごとに全く同様に繰り返される時,この一定時間をいう。」。
もっとも,実際の回転子の回転運動は常に定速で行われているわけで
はなく,定速回転が指示されている場合であっても,微視的に見れば微
少な加速や減速により回転速度は変化していると考えられ,回転dq座
標系の角度θも,これを推定したθ’も,厳密な意味で「周期運動」す
なわち「一定時間ごとに同一状態(位置・速度・加速度)の繰り返され
る運動」の進行段階を示しているわけではなく,1周期すなわち「全く
同一の現象が 一定時間 ごとに全 く同様に 繰り返される 時,この 一定時
間」ごとに厳密に同一の値を示すわけではない。
しかし,巨視的に見れば,θ及びθ’は周期的に変化しているものと
して扱って問題なく,そのような前提で,本件明細書はθ及びθ’に相
当する値を「位相」として取り扱っているものと考えられる。
原告は,本件発明における「位相」の「周期性」の意義は,同一時間
において必ず同一の数値となることを意味するものではなく,「定めら
れた運動周期内での数量が満たされること」を意味し,時間的要素を必
ずしも含むものではなく,具体的には,「周期運動の数量値が,円運動
(0度から360度)の範囲内で増減を繰り返し,これを逸脱しない場
合」には「位相」の「周期性」は充足される,と主張する。
しかし,その値が角度である以上,0度から360度の範囲に収まる
のは当然のことであり,その増減の繰り返しが同一時間(周期)で同一
の運動を繰り返すものでなくてもよいとすれば,「周期運動」と「周期
的でない運動」,「位相」と「位相でないもの」とを区別する基準とし
て全く用をなさず,原告の定義は採用の限りでない(原告の定義が,厳
密に同一時間に同一運動を繰り返すものでなくてもよいという趣旨をい
うにとどまるのであれば,当裁判所もこれを否定するものではない。)。
(イ) Δθが周期的に変化するか否かについて
まず,微視的に見れば,θ及びθ’は厳密な意味で周期的に変化して
いるわけではなく,両者の偏差であるΔθの値も,厳密な意味で「周期
運動」すなわち「一定時間ごとに同一状態(位置・速度・加速度)の繰
り返される運動」の進行段階を示しているわけではなく,1周期すなわ
ち「全く同一の現象が一定時間ごとに全く同様に繰り返される時,この
一定時間」ごとに厳密に同一の値を示すわけではない。
それでは,θやθ’が巨視的に見れば周期的に変化するものと扱って
問題ないように,Δθも,巨視的に見れば周期的に変化しているものと
して扱って問題ないか,検討する。
一般論としては,θ及びθ’が互いに独立して周期的に変化する場合,
その差分であるΔθもまた周期的に変化すると考えられる。
しかし,θとθ’の変化が互いに独立でない場合,その差分であるΔ
θが周期的に変化するとは限らない。
イ号物件は,PLLループ(Phase Locked Loop,位相ロックドルー
プ)を利用して,推定回転位相(角)θ’を推定している(争いがない。
原告準備書面(5)13頁,被告準備書面(3)36頁)。
ここで,P LLループと は,基準と なる入力信号と 出力信号の位 相
(角)偏差Δθを把握し,フィードバック制御を利用して,かかる位相
(角)偏差Δθをゼロに近づけることで,入力信号と同期(両信号の位
相が一致すること,ひいては周波数が一致すること)した信号を出力す
るフィードバ ック制御 ループを 指す(争 いがない。同 上)。フ ィード
バック制御ループとは,①目標値と制御量との偏差を算出する過程,②
算出した偏差に基づき制御器を用い制御量を修正する過程,③修正した
制御量をフィードバックする過程を循環的に繰り返すことで、偏差をゼ
ロへ収斂することを実現するものである(弁論の全趣旨・原告準備書面
(6)33頁)。
そうすると,イ号物件は,PLLループによってΔθをゼロに近づけ
るよう設計されている以上,Δθの値は微視的には増減を繰り返すかも
しれないが,巨視的にはゼロに近づいていき,同じ振幅での運動を繰り
返すわけではないということになるから,θとθ’がそれぞれ(巨視的
に見て)周期的に変化するとしても,Δθは(巨視的に見ても)周期的
な変化をしないものと認めるのが相当である。
これは,θ’がθと互いに独立して周期的に変化するわけではなく,
PLLループにより,θに追従するように変化するためと考えられる。
ウ 原告は,θとθ’がともに値として周期性を有するとき,位相偏差Δθ
が周期性を有することは数々の実験によって実証が尽くされている,と主
張する。
(ア) 甲44・727頁の図9を見ると,θ自体は周期的に変化している
が,Δθに相当するθeが周期的に変化しているのかどうか,グラフか
らは必ずしも明らかでない。図10からは,θeは時間の経過によりゼ
ロに収束していき,周期的に変化しているようには読み取れない。
(イ) 甲45・836頁の図14,15を見ても,θ自体は周期的に変化
しているが,Δθに相当する「θ-θ_est」が周期的に変化してい
るのかどうか,グラフからは読み取れない。
(ウ) 甲46・4-477頁の図2を見ても,Δθに相当する「 ∆ θ m 」
ˆ
が周期的に変化しているのかどうか,グラフからは読み取れない。
(エ) 甲47・67頁の図2・27を見ると,θ及びθ’に相当する
「actual and estimated phases of rotor」(回転子位相及びその推定
値)は周期的に変化しているが,Δθに相当する「phase error」(位
相偏差)が周期的に変化しているのかどうか,グラフからは読み取れな
い。
甲47・67,68頁の図2・28から図2・30を見ると,Δθに
相当する「phase error」が周期的に変化しているように見える。
そうすると,甲47の著者である新中新二(原告の取締役)の位相推
定方法において,Δθは周期的に変化することが認められるが,ここか
ら,一般に,あるいは被告方法において,同様にΔθが周期的に変化す
るとは認められない。
(オ) 甲49・11頁の図5を見ると,位相偏差(rad)は,周期的に
増減を繰り返しているように見える。
甲49・16頁の図9を見ると,位相偏差(rad)は,微減-急減
-微増-急増という増減を周期的に繰り返しているように見える。
しかし,これらの図は,原告がイ号物件を再現したとする実験システ
ムにおいて,供試モータに周期約6秒で「一定周期の直線的な加速・減
速運動(一定周期をもつ三角状の加減速運動)」を繰り返す信号を与え
た場合の図である(甲49・11,16,17頁)。
実際のイ号物件においては,周期的な加速・減速運動を繰り返す信号
を入力するわけではないから,上記のような特殊な入力を行った場合に
Δθが周期的に変化したからといって,被告方法においてΔθが周期的
に変化することが立証されたとはいえない。
原告は,本件明細書の【図9】右下のグラフで,モータが周期的な加
速・減速運動 を繰り返 している ことを指 摘する(甲4 9・9頁 )が,
「図9は,本発明を用いた上記実施形態のベクトル制御装置により,同
期電動機を駆動制御した場合の実験結果の1例を示したもの」(本件明
細書【0042】)にすぎず,Δθの周期性の判断に関係するものでは
ない。したがって,周期的な加速・減速運動を繰り返す信号を入力した
場合にΔθが周期的に変化したとしても,一般にΔθが周期的に変化す
ること,Δθが「位相」であることが立証されたとはいえない。
(5) 評価指標HYO_hfの「位相」該当性について
以上によれば,Δθは「位相」に当たらず,他に評価指標HYO_hfが
「位相」に当たると認めるに足りる証拠もないから,評価指標HYO_hf
は「位相」に当たらない。
(6) 評価指標HYO_emfの「位相」該当性について
Δθは「位相」に当たらず,他に評価指標HYO_emfが「位相」に当
たると認めるに足りる証拠もないから,評価指標HYO_emfは「位相」
に当たらない。
(7) 以 上 によ れ ば , 評 価 指 標 HY O _ h f 及 びH Y O _ e m f はい ず れ も
「位相」に当たらず,他にイ号物件の低回転領域の評価指標生成方法及び高
回転領域の評価指標生成方法がそれぞれ「位相」に当たるものを生成してい
る証拠もないから,被告方法は,「該回転dq座標系の位相を決定する工程
において,低周波領域用の位相決定方法と高周波領域用の位相決定方法の2
種の位相決定方法を用い,各々位相を生成し」ているものではなく,構成要
件Cを充足しない。
争点4(構成要件D充足性)について
(1) 構成要件Dは,
D 該低周波領域用の位相決定方法で生成された位相と該高周波領域用の位
相決定方法で生成された位相とを周波数的に加重平均して,該回転dq座
標系の位相とすることを特徴とする同期電動機のベクトル制御方法。
というものである。
(2) 被告方法の特定については争いがあるが,弁論の全趣旨によれば,
d ●(省略)●
というものであると認められる。
(3) 評価指標HYO_hf及び評価指標HYO_emfはいずれも「位相」
に当たらないことは上記のとおりであるから,被告方法は「該低周波領域用
の位相決定方法で生成された位相と該高周波領域用の位相決定方法で生成さ
れた位相とを周波数的に加重平均して」いるとは認められず,構成要件Dを
充足しない。
以上によれば,被告方法は構成要件C,Dを充足せず,本件発明の技術的範
囲に属しないから,原告の請求はすべて理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
大 須 賀 滋
裁判官
西 村 康 夫
裁判官
森 川 さ つ き
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