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平成13(行ケ)86行政訴訟 実用新案権

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裁判所 東京高等裁判所
裁判年月日 平成15年3月25日
事件種別 民事
法令 実用新案権
実用新案法3条2項1回
キーワード 審決37回
無効10回
実施9回
無効審判3回
刊行物2回
実用新案権2回
主文
事件の概要

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判決文

平成13年(行ケ)第86号 審決取消請求事件
平成15年3月25日判決言渡,平成15年3月11日口頭弁論終結
   判   決
 原 告 ヤマトプロテック株式会社
 訴訟代理人弁護士 上原健嗣,上原理子,弁理士 鈴江孝一,鈴江正二
 被 告 株式会社初田製作所
 訴訟代理人弁護士 和田 徹,弁理士 清原義博
   主   文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
   事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が平成11年審判第35705号事件について平成13年1月18日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,後記本件考案の実用新案権者である原告が,被告の請求した無効審判請
求事件において特許庁が本件実用新案登録を無効とする審決をしたため,その取消
しを求めた事案である。
 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
 (1-1) 本件考案
  実用新案権者   ヤマトプロテック株式会社(原告)
  考案の名称    「消火設備の側壁型泡ヘッド」
  出願日      平成4年11月9日(実願平4-77074)
  設定登録日    平成10年7月10日
  実用新案登録番号 第2149865号
 (1-2) 本件手続
  無効審判請求日 平成11年11月30日(平成11年審判第35705号)
  審決日     平成13年1月18日
  審決の結論   「登録第2149865号の実用新案登録を無効とする。」
  審決謄本送達日 平成13年2月5日(原告に対し)
 (2) 本件考案の要旨(平成8年10月28日提出の手続補正書(甲3)による補
正後の実用新案登録請求の範囲請求項1の記載に係るもの)
「消火液を噴射するノズル部を備えたヘッド本体に背壁面が垂設され,上記ノズル
部より噴射された消火液が上記背壁面の下端部に設けられた板状のデフレクターの
上面に衝突して上記背壁面の前方半周域に放射されるように構成された消火設備の
側壁型泡ヘッドにおいて,上記デフレクターに上記ノズル部より噴射された消火液
を下方に向けて通過させる複数のスリットがそれらの先端を上記デフレクターの外
周縁部に開放させる状態に形成されていると共に,このデフレクターの上面を上記
ノズル部の直下位置から外端部に向けて上記ノズル部の軸線から遠ざかる位置ほど
上位となるように,水平面に対して5~15°の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成
していることを特徴とする消火設備の側壁型泡ヘッド。」
 (3) 審決の理由
 本件審決の理由は,【別紙】の「審決の理由」に記載のとおりである。要する
に,本件実用新案登録に係る考案は,その出願前に日本国内において公然実施をさ
れた考案(被告が昭和50年10月に認定番号を取得した型式HFH-75とする
フォームヘッド),及びその出願前に日本国内において頒布された刊行物(平成4
年7月20日に頒布された実願平2-128261号(実開平4-83264号)
のマイクロフィルム,審判甲8,本訴甲4-7)に記載された考案に基づいて,当
業者が極めて容易に考案をすることができたものであるので,本件登録は,実用新
案法3条2項の規定に違反してされたものであるから,同法37条1項1号(平成
5年法律第26号によって改正される前)の規定に該当し,無効とすべきものであ
る,というものである。
 2 争点(審決取消事由)
 a 本件考案と本件出願前に公然実施された考案(被告が昭和50年10月に認
定番号を取得した型式HFH-75とするフォームヘッドに係る考案,以下「HF
H-75」という。)との一致点の認定の誤り
 b 審決が認定した相違点に関する判断の誤り
 (1) 原告の主張の要点
 (1-1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)
 (1-1-1) 審決は,本件考案とHFH-75との一致点につき,「消火液を
噴射するノズル部を備えたヘッド本体と,上記ノズル部より噴射された消火液が板
状のデフレクターの上面に衝突して放射されるように構成された消火設備の泡ヘッ
ドにおいて,上記デフレクターに上記ノズル部より噴射された消火液を下方に向け
て通過させる複数のスリットがそれらの先端を上記デフレクターの外周縁部に開放
させる状態に形成されていると共に,このデフレクターの上面を上記ノズル部の直
下位置から外端部に向けて上記ノズル部の軸線から遠ざかる位置ほど上位となるよ
うに,水平面に対して所定の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成している消火設備の
泡ヘッドで一致し,」と認定した。
 しかし,HFH-75は,ジェッターを噴出した原液(消火液)が,胴体の上部
の空気孔より吸い込んだ空気と混合して,コーンにより胴体本体内で発泡し,その
発泡した泡が胴体下端部及びコーンで構成される間隙から噴射されるのであり,ま
た,発泡された泡が上記間隙からデフレクターに噴射される。したがって,HFH
-75は,本件考案のように,ノズル部から消火液が噴射されるものではなく,ま
た,消火液がノズル部からデフレクターに噴射されるものでもない。
 よって,審決が,「消火液を噴射するノズル部を備えた」(この部分を受けた
「上記ノズル部の直下位置から外端部に向けて上記ノズル部の軸線から遠ざかる位
置ほど上位となるように,水平面に対して所定の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成
している」との記載も同じ。)との点,「ノズル部より噴射された消火液が板状の
デフレクターの上面に衝突」との点,及び「消火液を下方に向けて通過させる複数
のスリット」との点で,両者が一致すると認定したことは誤りである。
 (1-1-2) HFH-75に関する「フォームヘッドの明細書」(甲4-4,
以下「HFH-75明細書」という。)においては,「発泡および放射機構の簡略
な説明」として,「ジェッターを噴出した原液は空気孔より吸込んだ空気と混合
し,コーンにより本体内で攪拌され発泡する。発泡した泡はデフレクターにより拡
散放射される。さらにこの時第2の空気孔より吸込まれた空気と混合しデフレクタ
ー網により発泡が促進される。」との記載がある。
 HFH-75の型式認定申請書(乙1-1~6)及び型式変更認定申請書(乙2
-1~10)に記載された事項及び寸法によれば,HFH-75の泡を噴射する間
隙(胴体下端部及びコーンで構成される)の開口面積は,消火液(原液)を噴射す
るノズル部(ジェッターに形成される)の開口面積の約4倍となっている。したが
って,HFH-75は,ノズル部から噴出した消火液を胴体内で空気と混合攪拌し
て約4倍に発泡し,その発泡させた泡を上記間隙から噴射させて板状のデフレクタ
ーの上面に衝突させる構成としているもので,本件考案のように,ノズル部から噴
射させた消火液を板状のデフレクターの上面に衝突させる構成にしているものでは
ない。
 なお,HFH-75の「胴体下端部及びコーンで構成される間隙」は,胴体内で
発泡した泡を放出するための環状の開放口であり,消火液(原液)を噴出するノズ
ル部ではない。HFH-75において本件考案のノズル部に相当する構成は,ジェ
ッターであって上記間隙ではない。
 (1-1-3) 消火設備の分野においては,「消防設備がマスターできる消防設
備アタック講座〔下巻〕」(高木任之著,昭和61年12月20日,全国加除法令
出版株式会社発行,甲11)及び「改訂消防用設備のしくみとはたらき(消火設備
編)」(平成12年3月,財団法人消防科学総合センター発行,甲12)に示され
るように,「泡」といえば空気を吸引して泡水溶液を混合攪拌し発泡(泡化)させ
たものをいい,「・・液」といえば発泡させる前の泡水溶液のことをいうのであっ
て(甲11,12では「泡水溶液」,本件考案では「消火液」といっている。),
これらの用語は,明確に区別して使用されている。発泡(泡化)したものを「・・
液」ということはないし,空気を吸引し混合攪拌して泡化したものを「・・液」と
いうこともない。
 本件考案の請求項1記載の「消火液」も,当然,発泡(泡化)させる前の液状態
の消火液のことを意味するものであり,当該分野の当業者もそのように理解するの
であり,空気を吸引し混合攪拌して発泡(泡化)させたものを含むと解釈される余
地は当該分野においては全くない。本件考案の明細書(甲2,3)における発明の
詳細な説明欄においても,「消火液」と「消火泡」はきちんと区別して記載してい
る。
 側壁型泡ヘッドにおいてノズル部から噴出される消火液は,泡水溶液であり,被
告(甲4-7,13の記載)も他の当業者もすべてその認識であり,泡状のものを
含む液の概念ではない。
 なお,特開2001-46543号公報(乙3)では,メインスクリーン5を通
過した第1段階の発泡を「泡状消火液B」と記載しているが,これは第1段階の発
泡を単に「消火液」と記載したのでは当業者に「液体そのもの」と認識されてしま
い,単に「発泡」と記載したのでは第2段階の発泡と表現的に区別できないから,
発泡途上にあることを考慮し,「泡状消火液B」という新たな造語を記載したにす
ぎない。また,特許第3073918号公報(乙4)には,「消火液を泡にして放
射するためのネット4」と記載しているにもかかわらず,ネット4から放射された
後のものを依然として「消火液の放射,消火液がとどく」と記載している。しか
し,本来,後者は,「消火液を泡にした放射,消火液を泡にしたものがとどく」と
記載すべきところ,正確さを欠いて記載したものにすぎない。よって,これらの記
載をもって消火液の概念を解釈することは失当である。
 (1-1-4) 原告は,被告の製造販売に係る全域型泡ヘッドHFH-35N
(型式認定日は昭和56年7月29日,HFH-75と同一構造を有する。)と,
被告の製造販売に係る側壁型泡ヘッドHFH-20Pを使用して試験を行った。そ
の結果,「試験報告書」(甲20)のとおり,側壁型泡ヘッドHFH-20Pの場
合は,泡ヘッド本体の噴出口(ノズル)からデフレクターに向けて噴射されるもの
は,「液(泡水溶液)の状態」であるのに対し,全域型泡ヘッドHFH-35Nの
場合は,泡ヘッド本体の噴出口(胴体下端部及びコーンで構成される隙間)からデ
フレクターに向けて噴射されるものは,「全体的に泡の状態」であることが確認さ
れ,両者に相違があることが明らかになった。
 (1-2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
 (1-2-1) 審決は,本件考案とHFH-75の相違点2として,「前者
(注:本件考案)のデフレクターの上面は,水平面に対して5~15°の傾斜角度
をもつ上り傾斜面として形成されているのに対して,後者(注:HFH-75)
が,水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ上り傾斜面として形成されている
点。」と認定した。審決は,その上で,相違点2についての検討として,「前者の
『5~15°』について,格別の臨界的効果が存在することを示す証拠は認められ
ない。そうしてみると,前者の『水平面に対して5~15°の傾斜角度をもつ』こ
とと,後者の『水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ』こととに格別の差異が
あるとは認められない。」と判断した。しかし,この相違点の判断は,誤りであ
る。
 (1-2-2) 格別顕著な臨界的効果については,本件考案の明細書(甲3)の
段落【0023】に記載しているが,これを具体的に示すと,財団法人日本消防設備安
全センターの試験基準に準拠して行った原告の実験報告書(甲10)のとおりであ
る。すなわち,本件考案のように,デフレクターの上面をノズル部の直下位置から
水平面に対して5°以上の上り傾斜面に形成すれば,側壁型泡ヘッドの放射位置か
ら車両天井面の中心まで消火泡を確実にゆきわたらせることができ,一方,傾斜角
度を20°とすると,車両天井面の中心での消火泡の量が減少に転じる傾向にな
り,20°以上とすると,消火泡が上方に上がり過ぎて天井に多量にぶつかること
になり,予定どおりの放射ができないのである。
 本件考案は,「側壁型泡ヘッドのノズル部の直下位置からデフレクターの上面を
5~15°の上り傾斜面に形成」することで,はじめて,火災対象物である車両天
井面や床面の全体に消火泡を予定どおり安全確実に到達させ,確実にゆきわたらせ
ることが可能となったものであり,格別の臨界的効果を有するものである。審決は
この点を誤認したまま本件考案を無効としたものである。
 (1-2-3) 傾斜角度の格別の差異の点については,本件考案の側壁型泡ヘッ
ドとHFH-75のフォームヘッドとは,放射機構の仕組みが大きく相違するもの
であり,放射機構の仕組みが異なれば全く異なった放射性能になるのであるから,
単に両者の傾斜角度をとらえて判断するのは,誤りである。
 HFH-75は,ノズル部から噴射する泡水溶液を4倍に発泡させてデフレクタ
ーに向けて噴射するので,噴射する圧力及び速度はかなり低下する。しかも,
「泡」は,「液」より粘性が非常に高く,泡の内部は空間であるから,デフレクタ
ーに衝突させた際,噴射圧力が吸収され,放射エネルギーもかなり減殺される。し
たがって,HFH-75のように「泡」をデフレクターに噴射するものは,「液」
を噴射するものに比べて,飛ばないのである。被告の実験結果(甲7-3)によっ
ても,HFH-75は,デフレクターの位置よりも上方に向かって飛び出し,同位
置の上方約20㎝に達するとされているのであるから,より飛ぶ「液噴射」の場合
は,なおさら消火泡が天井パネルに多量にぶつかり,車両の天井面の全体に確実に
消火泡を到達させることが不可能になることは明らかである。したがって,側壁型
泡ヘッドのように,より飛ぶ「液」の噴射に適用するに際しては,当然,HFH-
75より飛ばない構成とすることが普通である。よって,側壁型ヘッドにHFH-
75の「10°」の傾斜角度を適用することは基本的に不可能である。
 両者に格別の差異がないとした審決の判断は誤りである。
 (2) 被告の主張の要点
 (2-1) 取消事由1(一致点の認定の誤り)に対して
 (2-1-1) HFH-75においては,消火液と空気の混合攪拌が本件考案よ
りもやや早く胴体内において開始されるというだけのことであり,消火液がデフレ
クターに噴射されることに変わりはない。HFH-75においては,デフレクター
を支持するため胴体内に吊り下げられたコーン(直径11㎜,甲4-4の図面参
照)と,胴体(内径21㎜,同図面参照)との間にノズルに相当する幅10㎜の間
隙が存在し,同間隙には網等の障害物が何ら設置されていないのであるから,消火
液の大部分が未発泡のままデフレクターに噴射されることは,経験則上明らかであ
る。
 HFH-75明細書(甲4-4)には,「第2の空気孔より吸込まれた空気と混
合しデフレクター網により発泡が促進される。」との記載があり,HFH-75で
は,デフレクターに衝突する泡に未発泡の消火液が多く含まれているからこそ,上
記のような構造とされているのである。デフレクターに衝突する泡に未発泡の消火
液が多く含まれているのであるから,結局のところ,消火液がデフレクターに衝突
することに変わりはなく,審決の認定に誤りはない。
 そもそも,HFH-75,本件考案などの泡ヘッドにおいては,発泡網を通過し
てヘッド本体から噴射されるのは,発泡した消火泡だけでなく,未発泡の消火液も
含まれるのである。
 (2-1-2) 一般的な用語例として,「泡」とは「液体が空気を含んでまるく
ふくれたもの。」(広辞苑第5版,乙5)である。「液」と「泡」との限界基準を
求めるとすれば,「液体が気体を抱き込んでいるか否か」でということになる。
 原告の「試験報告書」(甲20)によれば,側壁型泡ヘッド(HFH-20P)
のノズルから噴出される物が,空気を抱き込んでいる状態であることは明白であ
り,上記のことから,「泡」であるというべきである。
 (2-1-3) 甲第11,12号証の記載からは,単に「泡水溶液」という記載
が「泡状のものを含まない液」を意味していることが読み取れるのみであって,
「消火液」という記載が「泡状のものを含まない液」を意味しているとは到底読み
取れない。原告は,上記の「泡水溶液」という記載から語尾の「液」の部分のみを
取り出すことによって,あたかも「泡水溶液」だけでなく「消火液」との記載まで
もが「泡状のものを含まない液」を意味しているかのごとく錯覚させようとしてい
るが,「泡水溶液」と「消火液」とは単に語尾において共通するだけの全く別異の
記載なのであるから,「泡水溶液」という記載が「泡状のものを含まない液」を意
味しているからといって,「消火液」という記載が「泡状のものを含まない消火
液」を意味しているといえないことは明らかである。
 本件明細書(甲3)中の「消火液」との記載が「泡状のものを含まない消火液」
に限定して解釈されるべき根拠は何ら存在しない。さらに,特開2001-465
43号公報(乙3)には,「混合液Kは,メインスクリーン5の網目により空気と
混合され泡状消火液Bとなってデフレクター2aに衝突する。」との記載があるよ
うに,空気を混合して泡化したものを「泡状消火液」と表現しており,特許第30
73918号公報(乙4)には,「図5に示すような立体放射パターンにより消火
液の放射を行う」,「車両の幅方向で対向する消火泡ヘッド1の下側まで消火液が
とどく。」,「隣接した消火泡ヘッド1の下側まで消火液がとどく。」との記載が
あるように,発泡させた消火液をも含む概念で単に「消火液」という記載がなされ
ている。
 (2-1-4) 以上のように,本件考案の「消火液」が「泡状のものを含まない
消火液」に限定して解釈されるべき根拠は何ら存在せず,審決の一致点の認定に誤
りはない。
 (2-2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)に対して
 (2-2-1) 原告は,デフレクターの角度が0°及び20°の場合の実験報告
書(甲10)を提出するが,審決のいう臨界的効果が存在することを示す証拠とは
いえない。そして,原告も認めるとおりHFH-75のデフレクターは約10°の
上り傾斜面を形成しており,本件考案の「5~15°」に含まれるから,本件考案
が約10°以外の特定の角度に臨界的効果を有するものでない以上,審決の「『5
~15°』について,格別の臨界的効果が存在することを示す証拠は認められな
い。」との判断に誤りはない。
 (2-2-2) 仮に,HFH-75において,デフレクターに衝突する消火液の
全量が泡であったとしても,HFH-75がデフレクターの上面を上り傾斜面に形
成している構成を具備している以上,「消火液の噴出エネルギーを失わせることな
く少し上向きに案内させて遠方にまで飛び出させ,前方への放射距離を十分に大き
くすることができる」(甲2段落【0023】)という,本件考案と同一の作用効
果を奏するものである。
 したがって,「前者(注:本件考案)は,後者(注:HFH-75)及び甲第8
号証(注:本訴甲4-7)に記載のものに基づいて,当業者がきわめて容易に想到
することができたものと認められる」との審決の判断に誤りはない。
第3 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
 (1) 甲第11,12号証及び乙第7号証の記載内容
 (1-1) 「消防設備がマスターできる消防設備アタック講座〔下巻〕」(高木
任之著,昭和61年12月20日,全国加除法令出版株式会社発行,甲11)に
は,次のような記載がある。
 ・「泡には膨脹比というものがある。泡水溶液(泡消火薬剤と水との混合液)の
体積が,泡になった場合に何倍になるかの比率をいうのである。この膨脹比が20
以下のものを低発泡といい…」(175頁)
 ・「…低発泡の泡は,…泡ヘッドを通じて放射される。泡ヘッドは,泡水溶液を
泡とするための重要な役割を持っている。泡水溶液が泡となるためには,相当量の
空気を必要とするため,各泡ヘッドには,空気の取入口が設けてある…」(176
頁)
 ・「泡ヘッドには,次の2種類がある…(1)フォーム・ウォーター・スプリンクラ
ーヘッド (2)フォーム・ヘッド」(176頁)
 ・「フォーム・ウォーター・スプリンクラーヘッドは,図からも判るように,デ
フレクターが設けられていて,そこへ泡が当って散布する…」(176頁)
 ・「フォーム・ヘッドは,放射口がメッシュ状(網状)になっていて,泡水溶液
は,そのメッシュに当って泡を発生させる。」(176頁)
 ・上記のほか,第383図として,ほぼ中間部に空気取入口を有するフォーム・
ヘッドが図示されている(176頁)。
 上記の記載及び図示によれば,泡ヘッドとは,泡水溶液に相当量の空気を混合さ
せて泡とするものであること,メッシュを有しないフォーム・ウォーター・スプリ
ンクラーヘッドでは,デフレクターに泡が当たること,一方,メッシュを有するフ
ォームヘッドでは,泡水溶液が網状のメッシュに当って泡を発生させる,つまり,
メッシュに当たるのは泡水溶液であること,したがって,メッシュに当たる前のデ
フレクターに当たるのは泡水溶液であることをいうものと認められる。
 (1-2) 「改訂消防用設備のしくみとはたらき(消火設備編)」(平成12年
3月,財団法人消防科学総合センター発行,甲12)には,次のような記載があ
る。
 ・「(イ)泡ヘッド方式 この方式は,発泡倍率6~8倍程度の泡を,フォームヘッ
ドまたはフォームウォータースプリンクラーヘッドを用いて噴霧状に広範囲に上部
から散布するもので,いわば泡のスプリンクラー方式である(図3.7.10及び図
3.7.11)。泡ヘッドの機構は,まず加圧された泡水溶液がノズルを通過するとそこ
で減圧域を生じエダクターの作用により,空気口から空気を吸引して混合し泡とな
る。泡は,デフレクタと金網により床面へ均一に散布される。」(219頁)
 ・上記のほか,図3.7.10として,泡水溶液が供給されるノズル,デフレクタ,ス
クリーン及びほぼ中間部に空気口を有するフォームヘッドが図示され,図3.7.11と
して,泡水溶液が供給されるノズル,デフレクタ及び空気口を有するフォームウォ
ータースプリンクラーヘッドが図示されている(219頁)。
 以上の記載及び図示によれば,フォームヘッド及びフォームウォータースプリン
クラーヘッドのいずれにおいても,デフレクタに当たるのは泡であることをいうも
のと認められる。
 (1-3) 「消防設備技術基準早わかり第9版」(平成14年1月,株式会社オ
ーム社発行,乙7)には,次のような記載がある。
 ・「(1) フォームヘッド 泡だけを放射する泡専用のヘッドで空気吸入口をも
ち,ヘッド内に空気を吸い込んで泡水溶液の放射のときに泡を形成するものである
(第2図参照)。」(349頁)
 ・「(2) フォーム・ウォーター・スプリンクラーヘッド 泡を放射する性能と開
放型のスプリンクラーヘッドの性能を有しているもので空気吸入口をもち,ヘッド
内に空気を吸い込んで泡水溶液の放射のときに泡を形成させデフレクターで散布す
る。…(第3図参照)。」(349頁)
 ・上記のほか,第2図としてフォームヘッドの例が,第3図として,フォーム・
ウォーター・スプリンクラーヘッドの例が図示されている(349頁)。
 以上の記載及び図示によれば,フォームヘッド及びフォーム・ウォーター・スプ
リンクラーヘッドのいずれにおいても,デフレクターに当たる前である泡水溶液が
放射されたときに泡が形成されることをいうものと認められる。
 (2) 上記(1)によれば,フォームウォータースプリンクラーヘッドのデフレク
ターに当たるものは,甲第11,12号証及び乙第7号証のいずれもが「泡」であ
るとするが,一方,フォームヘッドにおいて,デフレクターに当たるものについて
は,甲第11号証では「泡水溶液」であると,甲第12号証及び乙第7号証では
「泡」であるとの趣旨で記載されている。
 そこで,上記第383図(甲11の176頁),図3.7.10(甲12の219頁)
及び第2図(乙7の349頁)の各図示に照らして,甲第11,12号証及び乙第
7号証記載の各フォームヘッドが基本的に異なった構造をしていると理解しなけれ
ばならない理由はなく,甲第11号証の第383図においても,断面図が示されて
はいないもののノズルから泡水溶液が噴射され,それが空気取入口から取り込まれ
た空気と混合するものであると認められる。そして,前記の甲第12号証における
「加圧された泡水溶液がノズルを通過するとそこで減圧域を生じエダクターの作用
により,空気口から空気を吸引して混合して泡となる」との記載,及び乙第7号証
の「…空気吸入口をもち,ヘッド内に空気を吸い込んで泡水溶液の放射のときに泡
を形成する」との記載によれば,「泡水溶液」がデフレクターに当たる旨の記載が
ある甲第11号証のフォームヘッドの場合も含め,ノズルから噴射された泡水溶液
がデフレクターに当たるまでの間に全く泡化しないということはあり得ず,噴射前
後の加圧・減圧の状況,ノズルの構造,空気取入口の大小・位置などによって,空
気との混合度合い等に応じて泡化の度合いが異なるとしても,泡水溶液の一部が泡
化した状態にあるとみることができる。
 そうすると,フォームヘッドにおいては,ノズルから噴射された泡水溶液の一部
が泡となり,泡と泡水溶液の混合状態のものがデフレクター及びメッシュ(甲12
では「スクリーン」と記載。なお,乙7の本文には記載がないものの第2図によれ
ば同じ構成のものを有することが明らかである。)に当たり,最終的に泡として散
布されるものであるといえる。
 そして,本件全証拠によっても,泡と泡水溶液が混合状態にある場合において,
どのようなものを「泡」又は「液」というのか,明確な基準を示すものは見当たら
ない(例えば,泡の比率を基準として,一定以上のものを「泡」,それ以下のもの
を「液」ということなどが想定されなくはないが,そのような基準を示すものは本
件証拠上見当たらない。)。
 結局,甲第11,12号証及び乙第7号証にもみられるように,泡と泡水溶液の
混合状態のものについては,「液」と称する場合と「泡」と称する場合があり得る
のであり,いずれの用語,表現を用いていようと,実態が「泡と泡水溶液の混合状
態」である点において異なるものとはいえない。
 (3) ところで,本件考案の実用新案登録請求の範囲請求項1には,甲第11号
証記載の「メッシュ」(甲12の「スクリーン」も同旨)に相当する構成が記載さ
れていないが,デフレクターに衝突するものが「消火液」と記載されている上,本
件実施例において「スクリーン」が設けられている。したがって,本件考案は,上
記各書証記載の「フォームヘッド」の一種であると理解される(本件明細書及び図
面の上記記載に照らし,本件考案が「フォームウォータースプリンクラーヘッド」
であるとは理解し難い。)。
 また,実願平2-128261号(実開平4-83264号)のマイクロフィル
ム(甲4-7,審決甲8)には,「従来の消火用泡ヘッドでは,…円形状に放射す
る必要がない場合でも円形状に放射することによって,消火液の無駄使いになり」
(3頁),及び「消火液は隔板によって片側にのみ分散される」(4頁)との記載
があり,この考案が側壁型泡ヘッドであることが認められる(なお,本件明細書(甲
3)の段落【0003】でも上記考案が側壁型泡ヘッドであると記載されている。)。
 そして,側壁型泡ヘッドとは,フォームヘッドに隔板(本件考案の「背壁面」に
相当するものと認める。)を設け,泡の放射方向を制限したものであって,泡水溶
液を泡にするメカニズムにおいて,甲第11,12号証及び乙第7号証記載のフォ
ームヘッドと異ならないものと認めることができる。
 (4) 本件考案の実用新案登録請求の範囲請求項1においては,「ノズル部より
噴射された消火液が上記背壁面の下端部に設けられた板状のデフレクターの上面に
衝突して…」と記載され,ノズルから噴射されるもの,デフレクターに衝突するも
の,いずれも「消火液」であると称されている。しかし,前記のとおり,ノズルを
通過するのは,泡水溶液(泡消火薬剤と水との混合液)であるが,ノズルを通過す
るとそこで減圧域を生じ,空気を吸引して泡水溶液の一部が泡となり,デフレクタ
ーに衝突する際には,泡と泡水溶液の混合状態となっているのであり,本件明細書
では,甲第11号証と同様に,泡と泡水溶液の混合状態となっているものも含めて
(消火)「液」と称したものというべきである。
 なお,原告は,「消火液」とは発泡させる前の液状態のものを意味し,発泡させ
たものを含むと解釈される余地は当該分野においては全くない旨主張する。しか
し,上記のような実態にあることが認められる上,用語の問題としてみても,被告
の主張するように,特許第3073918号公報(乙4)の段落【0026】におい
て,「図5に示すような立体放射パターンにより消火液の放射を行う」,【0033】
において,「車両の幅方向で対向する消火泡ヘッド1の下側まで消火液がとど
く。」,「隣接した消火泡ヘッド1の下側まで消火液がとどく。」との記載があ
り,「消火液」という言葉が泡となったものをも含む広い意味でも用いられること
があることがうかがえる。この点に関し,原告は,「消火液を泡にしたもの」など
と記載すべきところ,正確さを欠いて記載したものにすぎないと反論する。しか
し,本件明細書(甲3)の段落【0011】においても,「また,消火液の残部はデフ
レクターの上面に衝突して横方向に方向転換した後,デフレクターの上面に形成さ
れた上り傾斜面に沿って少し上向きに案内されて勢いを失うことなく十分遠方にま
で飛び出した後,放物線を描いて床面に落下する。」と記載されており,「床面に
落下する」の主語は,「消火液の残部」であると理解されるが,その実態は泡化し
たものが大半を占める。したがって,本件明細書においても,泡状態のものものも
含む広い意味で「消火液」という言葉を用いている例がみられるのであって,原告
の主張は採用の限りではない。
 (5) 他方,HFH-75明細書(甲4-4)には,「ジェッターを噴出した原
液は空気孔より吸込んだ空気と混合し,コーンにより本体内で攪拌され発泡する。
発泡した泡はデフレクターにより拡散放射される。さらにこの時第2の空気孔より
吸込まれた空気と混合しデフレクター網により発泡が促進される」との記載があ
り,ここではデフレクターに衝突するものが「泡」とされている。この「泡」が消
火に用いられるものとして十分に発泡した泡であるとすれば,それを網(スクリー
ン,メッシュ)に衝突させれば,泡の勢いがそがれ,放射面積が小さくなることは
当業者ならずとも十分予測できることである。したがって,HFH-75明細書で
は,甲第12号証及び乙第7号証と同様に,デフレクターに衝突する泡と泡水溶液
の混合状態のものを「泡」と称したものであり,また,かなりの部分が泡水溶液の
状態で残存しているものと解するのが合理的である(なお,原告の実験結果(甲2
0)をみると,HFH-75と同一構造の被告製品であるとされるHFH-35Nに
おけるデフレクターに当たる前の発泡倍率は,放射圧力3Kg/cm2の下において2.5倍
であるが,「フォームヘッド(界面)試験結果記録表」(甲4-4)によれば,HFH
-75の網(スクリーン,メッシュ)を通過後の発泡倍率は,放射圧力5.5Kg/cm2の下
において7.3~8.6倍,放射圧力2.5Kg/cm2の下において8.5~9.7倍となっており,こ
れを対比すれば,デフレクター衝突時の発泡が不十分であることがうがかえ
る。)。
 (6) 以上によれば,デフレクターの上面に衝突するものとして,HFH-75
明細書においては「泡」と記載され,本件明細書(甲3)においては「消火液」と
記載されているが,いずれも泡と泡水溶液の混合状態であるものを,異なる表現を
採ったにすぎないというべきであり,表現形態の相違が構成の相違に該当しないこ
とは明らかである。
 よって,審決におけるHFH-75に係る考案の認定及び本件考案とHFH-7
5に係る考案との一致点の認定には,原告主張の誤りはない(ちなみに,審決は,
本件考案が,HFH-75に係る考案及び甲4-7(審決甲8)に記載の考案に基
づいて,当業者が極めて容易に想到することができたものであると判断したもので
あるところ,甲4-7では,実用新案登録請求の範囲(1)において,「消火液をデフ
レクターで分散して…」と記載されるなど,本件考案と同じく,デフレクターに衝
突するのは「消火液」であるとするものである。)。
 (7) なお,原告の実験(甲20)においては,HFH-35NとHFH-20
Pの発泡の度合いに相違があることがうかがえる(甲20,22によっても,HF
H-20Pから噴射されるものに,泡が混合していないとは認められない。)。し
かし,本件考案における「消火液」が泡と泡水溶液の混合状態であることは前判示
のとおりであり,本件考案がその混合の度合い,したがって,デフレクター衝突時
の発泡の度合いがどの程度であるのかを規定するものでないことは,本件明細書の
記載から明らかである。そうであれば,HFH-35NがHFH-75と同一品で
あり,かつ,HFH-20Pが本件考案の実施品に相当するものであると仮定して
も,本件考案の特定の実施例とHFH-75とが,デフレクター衝突時の発泡度合
いが異なることを意味するにとどまり,これをもって本件考案とHFH-75の発
泡度合いが異なることまで実証できたものとはいえない。
 (8) また,原告は,本件考案のノズルに相当するHFH-75の構成が,審決
の認定する「胴体下端部及びコーンで構成される間隙」ではなく,「ジェッター」
であると主張する。確かに,HFH-75の「ジェッター」は消火液を噴射するも
のであるから,「ジェッター」が「ノズル」に相当するとの主張には首肯し得るも
のがある。しかし,「胴体下端部及びコーンで構成される間隙」からも消火液が噴
射される以上,審決の認定が誤りであるとまでは断じ得ないし,原告主張のとおり
であるとすれば,HFH-75が消火液を噴射するノズルを備えている点で本件考
案と一致することには疑いの余地がなく,他方,デフレクターに衝突するものにお
いて,本件考案とHFH-75の相違がないことは前判示のとおりであるから,原
告の上記主張は,審決の結論に影響を及ぼさない瑕疵をいうものである。
 (9) 以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張には理由がない。
 2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について
 (1) 審決は,「前者(注:本件考案)のデフレクターの上面は,水平面に対し
て5~15°の傾斜角度をもつ上り傾斜面として形成されているのに対して,後者
(注:HFH-75)が,水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ上り傾斜面と
して形成されている点」を本件考案とHFH-75の相違点2と認定した上で,
「前者の『水平面に対して5~15°の傾斜角度をもつ』ことと,後者の『水平面
に対して約10°の傾斜角度をもつ』こととに格別の差異があるとは認められな
い。」と判断した。
 上記審決の認定(当事者間に争いがない)から明らかなように,HFH-75の
デフレクター上面の傾斜角度(約10°)は本件考案の傾斜角度(5~15°)の
範囲内である。
 (2) 本件明細書には,「本考案によれば,デフレクターの上面をノズル部の軸
線から遠ざかるほど上位となるように,水平面に対して5~15°の傾斜角度をも
つ上り傾斜面に形成したことにより,ノズル部から噴射される消火液をそれの噴出
エネルギーを失わせることなく少し上向きに案内させて遠方にまで飛び出させ,前
方への放射距離を十分に大きくすることができる。」(甲3段落【0023】)との記
載がある。
 本件考案において,デフレクター上面を水平面に対して5~15°の傾斜角度を
もつ上り傾斜面に形成したことの技術的意義は,上記のとおりであって,この技術
的意義が,側壁型泡ヘッドであるか,全域型泡ヘッドであるかによって相違しない
ことは明らかであり,デフレクターに衝突するものが本件考案とHFH-75にお
いて相違しないことは,前記1で判示したとおりである。
 そうすると,HFH-75において,HFH-75のデフレクター上面の傾斜角
度を約10°としたことの技術的意義も,上記の本件考案と同様であるというべき
であって,このような場合,HFH-75の傾斜角度が本件考案の範囲内であるか
らには,傾斜角度については相違点がないことが明らかである。審決の「格別の差
異があるとは認められない。」との判断もこれと同旨と解され,その判断に誤りは
ない。
 (3) 原告は,デフレクターに衝突するものの相違を主張するが,本件考案とH
FH-75において,デフレクターに衝突するものが異ならないことは,前記1に
判示したとおりであるから,原告の主張は前提を欠く。
 原告は,臨界的意義も主張するが,相違点2が実質的に相違点といえない以上,
その主張は,採用することができない。
 (4) よって,原告の取消事由2の主張も理由がない。
 3 結論
 以上のとおり,原告の審決取消事由の主張はいずれも理由がないので,原告の請
求は棄却されるべきである。
東京高等裁判所第18民事部
      裁判長裁判官      塚   原   朋   一
           裁判官      古   城   春   実
           裁判官      田   中   昌   利
【別紙】 審決の理由
平成11年審判第35705号,平成13年1月18日付け審決
(下記は,上記審決の理由部分について,文書の書式を変更したが,用字用語及び
誤記の点を含め,その内容をそのまま掲載したものである。)
理 由
1.手続の経緯
 実用新案登録第2149865号(平成4年11月9日出願、平成7年12月1
3日出願公告、平成10年7月10日設定登録。以下、「本件登録」という。)の
請求項1に係る考案に対する無効審判事件の手続の経緯は、以下のとおりである。
 審判請求     平成11年11月30日
 答弁書      平成12年 3月28日
 弁駁書      平成12年 6月16日
 審尋(請求人宛) 平成12年 8月 1日
 回答書(請求人) 平成12年 9月29日
 上申書(被請求人)平成12年12月18日
 
2.本件考案
 本件登録の請求項1に係る考案は、登録時の明細書及び図面の記載からみて、そ
の実用新案登録請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの次のものと認められ
る。
「【請求項1】
 消火液を噴射するノズル部を備えたヘッド本体に背壁面が垂設され、上記ノズル
部より噴射された消火液が上記背壁面の下端部に設けられた板状のデフレクターの
上面に衝突して上記背壁面の前方半周域に放射されるように構成された消火設備の
側壁型泡ヘッドにおいて、
 上記デフレクターに上記ノズル部より噴射された消火液を下方に向けて通過させ
る複数のスリットがそれらの先端を上記デフレクターの外周縁部に開放させる状態
に形成されていると共に、このデフレクターの上面を上記ノズル部の直下位置から
外端部に向けて上記ノズル部の軸線から遠ざかる位置ほど上位となるように、水平
面に対して5~15°の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成していることを特徴とす
る消火設備の側壁型泡ヘッド。」
 
3.当事者の主張
(1)請求人の主張
 請求人は、甲第1号証乃至甲第16号証を提出して、次の点を主張する。
(a)本件登録は、請求項1に係る考案が実用新案法第3条第2項の規定に違反し
てされたものであるから、実用新案法第37条第1項第1号の規定により無効とさ
れるべきものである。
(b)本件登録は、実用新案法第5条第5項第2号に規定する要件を満たしていな
い実用新案登録出願に対してされたものであるから、実用新案法第37条第1項第
3号の規定により無効とされるべきものである。
 
(2)被請求人の主張
 これに対して、被請求人は、乙第1号証及び乙第5号証を提出して、次のとおり反
論する。
(a)請求項1に係る考案は、実用新案法第3条第2項に違反するものでない。
(b)実用新案登録請求の範囲の記載は、実用新案法第5条第5項第2号に規定す
る要件を満たしている。
 
4.当審の判断
 まず第1に、請求人の前記3.(1)(b)の主張について検討する。
 請求人は、実用新案登録請求の範囲に、「スクリーン」が構成要件として記載さ
れていないから、実用新案登録請求の範囲には、実用新案登録を受けようとする考
案の構成に欠くことができない事項が記載されていない旨主張する。
 しかしながら、本件登録の登録時の明細書には、従来の技術として実開平4-8
3264号公報(甲第8号証参照)を挙げ、請求項1に係る考案が同公報に記載の技
術を前提として創作されたものであることが示され、同公報には、スクリーンに相
当する「発泡用網」を備えた側壁型泡ヘッドに係る考案が記載されていること、並
びに、実施例としてスクリーンを備えた側壁型泡ヘッドが記載されていること、か
らみて、本件登録の実用新案登録請求の範囲の請求項1に係る考案の「側壁型泡ヘ
ッド」がスクリーンを備えるものであることが明らかである。
 したがって、実用新案登録を受けようとする考案が、実用新案登録請求の範囲に
記載された事項に基づいて明確に把握できるから、実用新案登録請求の範囲の記載
は、実用新案登録を受けようとする考案の構成に欠くことができない事項が記載さ
れていると認められる。
 よって、請求人の主張は採用できない。
 
 次に、請求人の前記3.(1)(a)の主張について検討する。
(1)消火設備認定業務委員会の承認印の印影及び同委員会長の委員長印の印影の
ある甲第5号証によれば、請求人は、昭和50年10月に、型式HFH-75とする
フォームヘッドについて、型式認定試験の結果、消火設備認定業務委員会より、認
定番号「221T018」を取得しており、その承認にあたって提出された「フォ
ームヘッドの明細書」、「フォームヘッド(界面)試験成績記録表」及び「フォー
ムヘッド型式認定試験成績記録表」には、フォームヘッドの全高が94±5mm、最
大径70±1.5mmであること、標準放射圧力2.5kg/cm2、上限放射圧力5.
5kg/cm2、下限放射圧力2.5kg/cm2での仕様であることが記載され、さら
に、「名称フォームヘッド、型式HFH-75、図番F-051」には、「デフレ
クター断面詳細」に、デフレクター厚み2.8、直径39とするデフレクターがそ
の周囲に所定の間隙によって形成された切起片を有すること、請求人が型式HFH
-75とするフォームヘッドの製造者であることを示す銘板が「銘板詳細」に記載
されていると認められる。
 また、消火設備認定業務委員会の承認印の印影及び同委員会長の委員長印の印影
のある甲第10号証によれば、請求人は、昭和51年7月に、昭和50年10月に認
定番号を取得したHFH-75について、型式変更試験の結果、新たに、認定番号
「221T018-1」を取得したこと、新たに認定番号を取得したHFH-75
は、フォームヘッドの全高、最大径、デフレクターの厚み、直径、標準放射圧力、
上限放射圧力、下限放射圧力、及びデフレクターが周囲に所定の間隙によって形成
された切起片を有することに関して、昭和50年10月に認定番号を取得したHF
H-75と一致し、銘板については、その変更承認にあたって提出された「名称フ
ォームヘッド、型式HFH-75、図番F-051-1」の「銘板詳細」に、請求
人が型式HFH-75とするフォームヘッドの製造者であり、製造年月として「1
976」が記載されていると認められる。
 
(2)一方、熊本市西部環境工場の工場長が作成した甲第6号証によれば、同場にお
いて、型式HFH-75とする請求人製のフォームヘッドが昭和60年11月11
日から設置、使用されていたこと、その構造明細として、請求人が作成し、同工場
長印の印影がある「名称フォームヘッド、型式HFH-75、図番F-051-
2」、及び同「名称フォームヘッド、型式HFH-75、図番F-05106-
1」には、同工場に設置、使用されたフォームヘッドが全高92±3mm、最大径7
0±0.5mmであること、フォームヘッドが、厚みが2.8±0.2、直径38±
0.1とするデフレクターの周囲に15°±30′毎に、間隙1.2±0.05の
切起片を有することが記載されており、また、「名称フォームヘッド、型式HFH
-75、図番F-051-2」には、「ヘッド全長94±5→92±3に変更」と
の記載があり、「名称フォームヘッド、型式HFH-75、図番F-05106-
1」には、「2.8ヲ除ク寸法ハスベテ加工前ノ寸法ヲ示ス」との記載があると認
められる。
 
(3)前記(1)、(2)からみて、請求人が昭和50年10月に認定番号を取得
したHFH-75と、熊本県西部環境工場に設置、使用されていたフォームヘッド
とは、フォームヘッドの型式、その全高及び最大径の寸法、デフレクターの厚み、
直径の寸法がほぼ等しく、また、デフレクターの周囲に所定の間隙によって形成さ
れた切起片を有することで一致しているから、請求人が昭和50年10月に認定番
号を取得したHFH-75は、遅くとも、昭和60年11月11日までに製造さ
れ、熊本県西部環境工場に販売されていたと認められる。
 そして、このことは、甲第4号証及び甲第7号証において写真で示されたフォーム
ヘッドに、請求人を型式HFH-75・認定番号221T018-1・製造年月1
976.7とするフォームヘッドの製造者とする銘板が貼布され、同工場内に設置
されていた状況と符合するから、甲第4号証及び甲第7号証の写真で示されたフォー
ムヘッドは、請求人が昭和50年10月に認定番号を取得したHFH-75のフォ
ームヘッドであると認められる。
 
(4)また、昭和50年10月に認定番号を取得したHFH-75に関して、甲第
5号証、甲第6号証、及び甲第10号証、並びに、同HFH-75の切起片の形状につ
いて、請求人の「水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成」
(審判請求書第4頁25~26行)するとの主張と、同主張に対して被請求人が特に反論
していないことからみて、同HFH-75に係る考案は、次のとおりのものと認め
られる。
 
 消火液を噴射する胴体下端部及びコーンで構成される間隙を備えた胴体にコーン
が垂設され、上記胴体下端部及びコーンで構成される間隙より噴射された消火液が
上記コーンの下端部に設けられた板状のデフレクターの上面に衝突して上記コーン
の全周域に放射されるように構成された消火設備のフォームヘッドにおいて、
 上記デフレクターに上記胴体下端部及びコーンで構成される間隙より噴射された
消火液を下方に向けて通過させる複数のスリットがそれらの先端を上記デフレクタ
ーの外周縁部に開放させる状態に形成されていると共に、このデフレクターの上面
を上記胴体下端部及びコーンで構成される間隙の直下位置から外端部に向けて上記
胴体下端部及びコーンで構成される間隙の軸線から遠ざかる位置ほど上位となるよ
うに、水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成している消火設
備のフォームヘッド。
 
(5)そして、前記(1)乃至(4)を総合してみると、昭和50年10月に認定
番号を取得したHFH-75に係る前記(4)の考案は、本件登録の出願前の昭和
60年11月11日までに日本国内において公然実施をされた考案であると認めら
れる。
 
(6)また、本件登録の出願前の平成4年7月20日に頒布された実願平2-12
8261号(実開平4-83264号)のマイクロフィルム(甲第8号証)には、
「消火用泡ヘッド」(考案の名称)に関して、図面とともに、次の記載がある。
(a)「この考案はかかる問題点を解消するためになされたもので、取り付け位置
よりも片側の半円形状の放射を可能にすることにより消火対象物に対して十分な消
火効果が得られて合理的な消火が行える消火用泡ヘッドを得ることを目的とする」
(第3頁10~14行)
(b)「上記目的を達成するために、この考案に係る消火用泡ヘッドは、ヘッド本
体のほぼ中心付近で縦割りした片側の半円形状にのみ泡放射するようにしたもので
ある」(第3頁16~19行)
(c)「この考案においては、ヘッド本体のノズル孔から放出された消火液は隔板
によって片側にのみ分散されるので、発泡用網によって液泡となって半円形状に放
射される」(第4頁1~4行)
(d)実施例として、「(13)はヘッド本体(1)の下部にビス(14)により
取り付けたL字状の隔板で、ヘッド本体(1)のほぼ中心付近に垂下する垂下板部
(13a)を有している。(15)は隔板(13)の垂下板部(13a)に一体的
に形成したデフレクタ取付板、(16)は半円形状のデフレクタで、半円錐状のナ
ット(17)とビス(18)とによってデフレクタ取付板(15)に取り付けられ
ている。
 消火液は液通路(2A)を通過中、ガイド(12)により攪拌されると共に緩い
回転流となってノズル孔(3a)から放出される。放出された消火液はナット(1
7)の半円錐形状の作用と、隔板(13)の垂下板部(13a)の作用とによって
片側の半円形状範囲内においてデフレクタ(16)に衝突し、空気吸込口(5)か
らの空気と混合してデフレクタ(16)によって片側に分散され、発泡用網(6)
によって第3図に示すように半円形状の液泡となって放射される。」(第4頁14行~
第5頁12行)
 
 そして、前記(a)乃至(d)の記載からみて、甲第8号証には、次の考案が記
載されていると認められる。
 
 消火液を噴射するノズル孔を備えたヘッド本体に隔板の垂下板部が垂設され、上
記ノズル孔より噴射された消火液が上記隔板の垂下板部の下端部に設けられた板状
のデフレクターの上面に衝突して上記隔板の垂下板部の前方半周域に放射されるよ
うに構成された消火設備の側壁型泡ヘッド。
 
(6)対比・判断
 そこで、請求項1に係る考案(前者)と昭和50年10月に認定番号を取得した
HFH-75に係る前記(4)の考案(後者)とを対比すると、後者の「フォーム
ヘッド」と前者の「側壁型泡ヘッド」とは、泡ヘッドであることで共通し、後者の
「胴体」は前者の「ヘッド本体」に相当し、後者の「胴体下端部及びコーンで構成
される間隙」は、ノズル部といえるから、両者は、 
 
 消火液を噴射するノズル部を備えたヘッド本体と、上記ノズル部より噴射された
消火液が板状のデフレクターの上面に衝突して放射されるように構成された消火設
備の泡ヘッドにおいて、
 上記デフレクターに上記ノズル部より噴射された消火液を下方に向けて通過させ
る複数のスリットがそれらの先端を上記デフレクターの外周縁部に開放させる状態
に形成されていると共に、このデフレクターの上面を上記ノズル部の直下位置から
外端部に向けて上記ノズル部の軸線から遠ざかる位置ほど上位となるように、水平
面に対して所定の傾斜角度をもつ上り傾斜面に形成している消火設備の泡ヘッド、
 
で一致し、次の点で相違する。
 
【相違点1】
 前者は、側壁型泡ヘッドであって、ヘッド本体に垂設された背壁面の下端部に設
けられた板状のデフレクターによって、背壁面の前方半周域に泡が放射されるのに
対して、後者の泡ヘッドが、ヘッド本体に垂設されたコーンの下端部に設けられた
板状のデフレクターによって、コーンの全周域に泡が放射される点。
 
【相違点2】
 前者のデフレクターの上面は、水平面に対して5~15°の傾斜角度をもつ上り
傾斜面として形成されているのに対して、後者が、水平面に対して約10°の傾斜
角度をもつ上り傾斜面として形成されている点。
 
 そこで、相違点について検討する。
 
【相違点1】
 甲第8号証に記載のものの「ノズル孔」は前者の「ノズル部」に相当し、甲第8号
証に記載のものの「隔板の垂下板部」は前者の「背壁面」に相当するから、甲第8号
証には、側壁型泡ヘッドであって、ヘッド本体に垂設された背壁面の下端部に設け
られた板状のデフレクターによって、背壁面の前方半周域に放射されることが記載
されていると認められる。
 そして、後者と甲第8号証に記載のものとは、消火液を噴射するノズル部より噴射
された消火液が板状のデフレクターの上面に衝突して放射されるように構成された
消火設備の泡ヘッドであることで技術的に共通するものである。また、後者と甲第
8号証に記載のものとを組み合わし得ないとする格別の事情は認められない。
 そうしてみると、後者に甲第8号証に記載のものを適用し、後者において、「側壁
型泡ヘッドであって、ヘッド本体に垂設された背壁面の下端部に設けられた板状の
デフレクターによって、背壁面の前方半周域に泡が放射される」とすることは、当
業者がきわめて容易に想到できたものと認められる。
 
【相違点2】
 後者の「水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ上り傾斜面として形成されて
いる」という構成は、ノズル部より垂直下に噴射した後者の消化液が、板状のデフ
レクターに衝突し方向を変えて放射されることに照らせば、その構成自体、当然
に、消火泡がデフレクターの位置よりも上方に向かって飛び出し、その後、放物線
を描いて落下するという作用を有するものと認められる。
 また、前者の「5~15°」について、格別の臨界的効果が存在することを示す
証拠は認められない。
 そうしてみると、前者の「水平面に対して5~15°の傾斜角度をもつ」こと
と、後者の「水平面に対して約10°の傾斜角度をもつ」こととに格別の差異があ
るとは認められない。
 
 被請求人は、請求人が昭和50年10月に認定番号を取得したHFH-75のデ
フレクターは、コーンと胴体の間に設けられたコーンピンによる消化液の分流によ
る放射むらを解消し、均一に散布できるためのものである旨(答弁書第8頁13~
28行)主張するが、甲第5号証、甲第10号証、乙第2号証によれば、3本の直径1.
2mmのコーンピンが120°間隔に配置されることに対し、その仕様の「標準放射
圧力及び放射量」が「2.5kg/cm2 75l/min」であることからして、コー
ンピンが放射むらを生じるほど影響するとは認められない。
 
 したがって、前者は、後者及び甲第8号証に記載のものに基づいて、当業者がきわ
めて容易に想到することができたものと認められる。
 
(7)むすび
 以上のとおりであるから、本件登録の請求項1に係る考案は、その出願前に日本
国内において公然実施をされた考案、及びその出願前に日本国内において頒布され
た刊行物に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることがで
きたものであるので、本件登録は、実用新案法第3条第2項の規定に違反してなさ
れたものであるから、同法第37条第1項第1号の規定に該当し、無効とすべきも
のである。
 審判に関する費用については、同法第41条で準用する特許法第169条第2項
の規定でさらに準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべき
ものとする。
 よって、結論のとおり審決する。
         平成13年 1月18日

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