平成12(ワ)7456民事訴訟 実用新案権
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裁判所 |
東京地方裁判所
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裁判年月日 |
平成13年9月26日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
実用新案権
特許法29条2項2回
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キーワード |
刊行物56回 実用新案権14回 分割13回 無効13回 特許権10回 実施7回 進歩性6回 侵害5回 損害賠償2回 新規性2回 差止2回 拒絶査定不服審判1回 審決1回
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主文 |
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事件の概要 |
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判決文
平成12年(ワ)第7456号 実用新案権等侵害差止請求事件
口頭弁論終結日 平成13年5月11日
判 決
原 告 株式会社ユウキケミカル
原 告 株式会社ユウキ
原告ら訴訟代理人弁護士 窪 田 英 一 郎
補佐人弁理士 島 添 芳 彦
被 告 株式会社巴商会
訴訟代理人弁護士 水 谷 直 樹
同 岩 原 将 文
補佐人弁理士 清 水 千 春
主 文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,別紙イ号物件目録記載の床暖房装置及び別紙ロ号物件目録記載の床
暖房装置を受注し,施行し,又は他者にその施行を下請けさせてはならない。
2 被告は,原告らに対して,8800万円及びこれに対する平成12年4月2
2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告らは,被告に対して,被告の施工する温水床暖房装置及びその施工方法
が原告らの共有に係る特許権及び実用新案権を侵害するとして,温水床暖房装置の
施工等の差止め並びに損害賠償及び補償金の請求をした。
1 争いのない事実等(証拠によって認定した事実は末尾にその証拠番号を摘示
した。)
(1) 実用新案権
ア 原告らは,以下の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,その考
案を「本件考案」という。)を共有している。
登録番号 第2523716号
考案の名称 床暖房装置
出願日 昭和62年5月18日
登録日 平成8年10月22日
実用新案登録請求の範囲 別紙実用新案登録公報写しの該当欄の請
求項1欄記載のとおり
イ 本件考案の構成要件は,以下のとおり分説することができる。
A 床下地の上面に配置された弾力ある複数の温水パイプと,
B 該温水パイプの上から流し延べられたセルフレベリング材とからな
り,
C 防水紙が前記セルフレベリング材と前記床下地との間に設けられ,
D 前記温水パイプをセルフレベリング材内に埋設し,該セルフレベリン
グ材で固めたこと
を特徴とする床暖房装置
(2) 特許権
ア 原告らは,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その発明を「本
件発明」という。)を共有している。
特許登録番号 第2874046号
発明の名称 温水床暖房装置の施工方法
出願日 昭和62年5月18日
登録日 平成11年1月14日
特許請求の範囲 別紙特許公報写しの該当欄の1項記載の
とおり
イ 本件発明の構成要件は,以下のとおり分説することができる。
A 弾力ある複数の温水配管を平坦な床下地の上面に敷設し,
B セルフレベリング材を前記温水配管の上から流し延べ,
C 前記温水配管をセルフレベリング材内に埋設すること
を特徴とする温水床暖房装置の施工方法
(3) 被告は,業として,別紙イ号物件目録記載の床暖房装置(以下「イ号装
置」という。)及び別紙ロ号物件目録記載の床暖房装置(以下「ロ号装置」とい
い,イ号装置とロ号装置を併せて「被告装置」という。)を施工している(被告装
置の施工方法を「被告方法」という。)。
ア 被告装置の構成は,以下のとおりである。
A′ 床下地の上面に配置された弾力ある複数の温水パイプと,
B′ 該温水パイプの上から流し延べられたセルフレベリング材とからな
り,
C′ プライマーが前記セルフレベリング材と前記床下地との間に設けら
れ,
D′ 前記温水パイプをセルフレベリング材内に埋設し,該セルフレベリ
ング材で固めたこと
を特徴とする床暖房装置
イ 被告方法の構成は,以下のとおりである。
A′ 弾力ある複数の温水パイプを平坦な床下地の上面に施設し,
B′ セルフレベリング材を前記温水パイプの上から流し延べ,
C′ 前記温水パイプをセルフレベリング材内に埋設すること
を特徴とする温水床暖房装置の施工方法
(4) 被告装置の構成A′,B′及びD′は,本件考案の構成要件A,B,Dを
それぞれ充足する(構成要件Cのみが争点である)。
なお、被告方法の本件発明の構成要件充足性については争いがある。
(5) 出願経過等
本件実用新案及び本件特許の出願経過は次のとおりである(乙1の1ない
し16,25の1ないし5)。
ア 原告ユウキケミカルは,昭和62年5月18日,本件考案について実用
新案登録出願をし(以下,「本件原出願」といい,本件原出願に添付された明細書
を「本件当初明細書」という。),平成5年12月17日に本件原出願が拒絶査定
を受けるまで,3回にわたり補正したがいずれも却下され,平成6年2月21日に
は拒絶査定不服審判請求をした後にも,同年3月22日に補正をしたが却下され
た。原告ユウキケミカルは,平成8年1月8日,本件当初明細書を補正(以下「本
件補正」という。)し,同年6月7日,登録請求の範囲の記載をさらに補正した。
同年7月2日には,前記拒絶査定を取り消す旨の審決があり,同年10月22日,
本件実用新案登録がされた。
イ 原告ユウキケミカルは,同年1月8日,本件考案から分割出願(以下
「本件分割出願」という。)をし,本件分割出願を特許出願に変更(以下「本件変
更出願」という。)し,その後幾度かの補正を経て,平成11年1月14日,本件
特許登録がされた。
ウ 本件特許については特許異議が申し立てられ(平成11年異議第736
28号),特許庁は,平成12年11月14日,本件特許を取り消す旨の決定をし
た(乙32)。
2 争点及び当事者の主張
〔実用新案権に基づく請求〕
(1) 被告装置の構成C′の「プライマー」は,本件考案の構成要件Cの「防水
紙」の均等物か。
(原告らの主張)
ア 考案構成要件Cは本質的部分ではない。
本件実用新案明細書(補正後のものをいう。以下同じ。)には,防水紙
の効果について何らの記載もされておらず,このような効果の記載もない要件が本
質的部分とはなり得ない。むしろ,本件実用新案明細書を読めば,本件考案の本質
が弾力のある温水パイプとセルフレベリング材とを組み合わせたことにあることは
明らかである。そして,防水紙は,弾力ある温水パイプとセルフレベリング材との
組合せにおいて必然的に生じる防水の過程を表すために付加された要件であって,
防水紙を使用することから格別の効果が生じるものではない。したがって,防水紙
を用いたことは本件考案の本質的部分ではない。
イ 置換可能性の存在
(ア) 被告装置に使用されているプライマーは,塗膜防水で使用されるアク
リル-スチレン共重合体樹脂のエマルジョンであるから,防水性を有する。したが
って,プライマーと防水紙とは,置換可能性がある。
(イ) 被告は,プライマーを「シーラー」や「吸水調整材」と言い換えて,
プライマーは防水機能を有さない旨主張する。しかし,プライマーが防水機能を果
たすか否かは,セルフレベリング材と共に使用された場合のプライマーの機能によ
り判断すべきところ,セルフレベリング材と共に用いられた場合、シーラーは防水
機能を有するので、被告の主張は失当である。
被告は,プライマーの役割は接着力増強,流動性の向上及び気泡防止
等であって,防水にはない旨主張する。しかし,気泡は,下地面に存する穴にセル
フレベリング材の水分が浸透することによって,穴に含まれた空気がセルフレベリ
ング材の表面まで浮き上がってくることにより生ずるのであり,プライマーは,こ
のセルフレベリング材の水分を細かい穴に浸透させないために塗布されるのである
から,気泡防止機能は防水機能の結果にすぎない。
被告は,被告装置において塗布されるプライマーの量が塗膜防水の場
合と比較して少ないことを理由に本件のプライマー層が防水機能を果たさない旨主
張する。しかし,被告の同主張における塗膜防水は屋根等の厳しい環境下で10年
以上にわたって風雨に耐えるための防水機能を問題としている。他方,本件では,
セルフレベリング材に含まれる水分の防水を問題としているところ,セルフレベリ
ング材の場合は硬化した後の水分を考慮する必要はないから,被告装置における防
水は1日程度のもので足りる。プライマーは上記の程度の防水機能は有しているの
であるから,本件のプライマー層は防水機能を果たすといえる。
被告は,被告装置においては,配管に被覆させたネットを固定するた
めに下地に多数のコンクリート釘を打ち込んでいるから,プライマー層の防水性が
破れる旨主張する。しかし,コンクリート釘自体が下地を被覆すること,本件にお
ける防水が厳密なものではないこと,コンクリート釘の上にもプライマー層を設け
ることから,コンクリート釘の存在は置換可能性の判断に影響しない。
被告は,本件実用新案の出願中の手続補正書において,防水紙と断熱
紙とが並列的に記載され,そこに「仕切る」という文言が使用されていることか
ら,本件考案における防水紙は紙の持つ仕切るという機能を有さなければならない
旨主張する。しかし,そもそも上記補正は却下されているのであるから,本件考案
の防水紙が仕切るという機能を有するものと認められたことによってはじめて本件
実用新案が成立したものではないので,被告の同主張は失当である。
ウ 侵害時における置換容易性の存在
被告が被告装置を施行するようになった平成2年には,アクリル-スチ
レン共重合体樹脂のエマルジョンが塗膜防水剤として使用されていることは公知で
ある。また,防水紙は,建築の防水用に使用される防水シートの一種であり,この
防水シートを用いた防水法を建築用語ではシート防水といい,一方で,コンクリー
ト等からなる防水下地に,合成ゴムや合成樹脂のエマルジョンを塗布して,所定の
厚さの防水層を形成する方法を塗膜防水というが,塗膜防水とシート防水とは,遅
くとも被告が被告装置を施行するようになった平成2年には,代替され得るものと
して当業者に認識されている。
したがって,本件実用新案権の防水紙に代えて本件プライマーを用いる
ことも,当業者にとっては極めて容易に想到できた。さらに,プライマーが防水機
能を有することは建築工事標準仕様書のJASS15にも記載されており,当業者
にとって明らかである。プライマーを防水紙の代わりに置き換えることは容易であ
った。
(被告の反論)
ア 考案構成要件Cは本質的部分である。
本件実用新案の出願経緯は前記争いのない事実等にあるとおりであり,
原告ユウキケミカルは,本件考案は公知技術から極めて容易に考案できるとして拒
絶査定を受けた後,実用新案登録請求の範囲に「防水紙(4)が前記セルフレベリング
材(3)と前記床下地(5)との間に設けられ」を追加記載する本件補正をし,これによ
ってはじめて本件実用新案の登録が認められた。このような経緯からすれば,考案
構成要件Cは,本件考案の本質的部分と解されるべきである。
イ 置換可能性の不存在
(ア) プライマーは,以下のとおり,「防水紙」の「仕切る」機能を有して
ない。
a 本件考案の権利取得手続中で提出された書面の中で,防水紙の作用
効果について触れたものは,平成3年5月2日付けの手続補正書に添付された明細
書だけであるが(同補正は却下されたが,却下されたことによって出願人が断熱紙
又は防水紙を「仕切る」ものとして位置づけ,その旨の意見表明をしていた事実が
なくなるわけではない。),同明細書には,課題を解決するための手段の欄に,
「セルフレベリング材と基礎面2を仕切るための断熱紙7(防水紙8)を設けるこ
とが望ましい。」,作用の欄に,「さらに,セルフレベリング材と基礎面2を仕切
る断熱紙7又は防水紙8を設けることにより,コンクリート等の他の保持材に比
べ,割れの生じにくい床面を構成できる。」と記載され,実施例について,「基礎
面2は,断熱紙7によって覆われる。なお,この場合,断熱紙7の代わりに防水紙
8を用いてもよいし,その双方を用いてもよい。」と説明されている。
ところで,仮に,防水紙の機能の主眼が防水又は断熱にあるのであ
れば,紙であるという点を除いては他に共通性のない断熱紙と防水紙を「断熱紙7
又は防水紙8」という表現で相互に代替可能なものとして記載するはずはない。し
たがって,明細書のこのような記載からすると,防水紙を設ける目的は,紙の持つ
機能の1つである「仕切る」という機能を利用することにあったことは明らかであ
る。
そして,このことは,考案の詳細な説明欄に防水紙及び断熱紙につい
て格別の説明をすることなく,これらを同一の符号4で一括りにしている登録時の
明細書にもそのまま引き継がれている。
b 一方,被告装置のプライマーは,紙の持つ「仕切る」という機能も
有していない。すなわち,紙を床下地とセルフレベリング材との間に設けた場合,
セルフレベリング材は床下地から浮いた状態になるのに対し,プライマーを両者の
間に設けた場合は,両者はプライマーを介して良好に接着される。したがって,プ
ライマーと防水紙とは置換可能とはいえない。
(イ) プライマー薄層には,以下のとおり,防水機能がない。
a 被告装置で用いられているプライマーは,小野田建材株式会社(以
下「小野田建材」という。)製造の「小野田SLプライマー」と宇部興産株式会社
(以下「宇部興産」という。)製造の「UプライマーQ」である。小野田建材が作
成した施工要領書によると,小野田SLプライマーを下地に塗布するのは,セルフ
レベリング材と下地との接着力増強,流動性の向上及び気泡防止等を目的とし,ま
た,UプライマーQのカタログの冒頭部には,「アクリル系高性能接着増強剤」と
表示され,特性の項には,「2.気泡の発生が抑制されます。」,「4.接着力が
良いため浮き・亀裂を防ぎます。」との記載はあるが,防水機能についての記載は
全くない。したがって,被告装置に使用するプライマーには防水機能はない。
b また,左官工事の分野では,従来左官塗り剤の下地に対する吸水性
の調整と接着性を高めることを目的として下地に合成エマルジョンを水で薄めた液
を塗布することを「シーラー塗り」と呼んでいたが,「シーラー」という用語は,
平成10年に改訂された「JASS 15 左官工事」において,「吸水調整剤」
という語に変更されており,「用語の定義」の項目によると,吸水調整剤塗りと
は,下地の吸い込み調整や,下地とのなじみをよくするために,合成樹脂エマルジ
ョンの希釈液などを下地に塗りつけることと説明されており,「吸水調整材 下地
の吸い込みを調整することを主たる目的に用いる吸水調整材は,耐アルカリ性があ
り,耐水性のよい合成樹脂エマルジョンで,無機質充てん材などを含まないものと
する。」,「吸収調整材塗り 下地コンクリートの乾燥が激しいときには吸水調整
材塗りを行う。」,「吸水調整材塗りの目的は,塗り付けた材料の水分が急激に下
地に吸水されないようにすること,下地の吸水を均一にすることにある。」との記
載があることから明らかなように,シーラー塗り及び吸水調整材塗りの目的は,セ
ルフレベリング材に含まれる水分の下地による吸収をコントロールすることによっ
て,下地とセルフレベリング材の接着を良好にするとともに,下地の空隙から出る
気泡の量を抑制することにあり,防水目的はない。前記小野田SLプライマー及び
UプライマーQは,前記のシーラーであり,被告装置におけるプライマー塗布は,
シーラー塗り又は吸水調整材塗りである。したがって,被告装置に施されているプ
ライマー薄層は,床下地となるコンクリート等の吸水を調整する層であって,水分
の移動を遮断するための防水層ではない。
c 塗膜防水は,合成ゴムや合成樹脂で塗膜を形成して防水層とする防
水方法であるが,防水であるからには,同塗膜は水を通すものであってはならず,
そのために,塗膜は,ピンホールなどがなく,防水層として機能するように所定の
厚さを有する必要がある。そして,塗膜防水に必要な塗膜の厚さは,1ないし4ミ
リメートルであるところ,塗膜の厚さを1ミリメートルとするのに使用する合成ゴ
ム合成樹脂の量は1平方メートル当たり1・7キログラム,厚さ2ないし4ミリメ
ートルとするには1平方メートル当たり3・5ないし7キログラムである。ところ
が,被告装置におけるプライマーの塗布量は,小野田SLプライマーの場合は1平
方メートル当たり150ないし180グラム,UプライマーQの場合は1平方メー
トル当たり150ないし250グラムであり,このような少量の塗布量では,塗膜
の厚みもせいぜい数十ミクロンにしかならず,防水に必要な厚みの塗布層を形成す
ることは到底不可能である。したがって,被告装置におけるプライマー薄膜は,ド
ライアウトが生ずるような過度の吸水を防止する吸水調整材であり,塗膜防水にお
ける防水膜とは,全く性質が異なる。
d 被告装置においては,プライマー液を散布し塗り込んだ後,配管に
被せたネットを固定するために1平方メートル当たり少なくとも25か所にコンク
リート釘を打ち込んでいるから,水密性は保たれておらず,プライマー層は防水の
機能を有しない。
(ウ) 以上のとおり,プライマーは防水紙と機能が異なるから,置換可能性
がない。
ウ 侵害時における置換容易性の不存在
被告が被告装置を施行するようになった平成2年に,防水紙をプライマ
ーで代用することが容易であるとはいえない。
エ 均等のその他の要件の不存在
(ア) 後記刊行物1ないし3からすると,考案構成A,B及びDの構成を備
えた床暖房装置は,本件考案の出願前に公知となっていたか,又は少なくとも公知
技術から容易に推考できたものである。プライマーは,床暖房装置に限らず,セル
フレベリング材を使用するときに不可欠なものであって,プライマーによる下地処
理を施すことは本件考案の出願前から広く行われていた常套手段である。したがっ
て,被告装置は公知技術から容易に推考できたものといわざるを得ない。
(イ) 原告ユウキケミカルは,拒絶査定を回避するために考案構成要件Cを
本件考案の要件として追加したのであるから,これによって限定された事項は、出
願人が意識的に限定した事項というべきであり、均等論によって、その技術的範囲
を拡張的に解することはできない。
(2) 本件実用新案には無効理由が存在するか。
(被告の主張)
ア 本件補正は要旨変更に当たり,本件実用新案の登録出願日は,本件補正
がされた日である平成8年1月8日に繰り下げられるべきであり,本件考案は,平
成8年1月8日前に本件実用新案登録出願の公開公報によって公知となっているか
ら,新規性欠如の無効理由が存在する。詳細は、後記(3)の被告の主張のとおりであ
る。
イ 考案構成要件Cについて,原告の主張を前提として、プライマーが防水
紙に含まれると解釈すると,プライマーは,床暖房装置に限らず,セルフレベリン
グ材を使用するときに不可欠なものであって,プライマーによる下地処理を施すこ
とは本件考案の出願前から広く行われていた常套手段であるから,考案構成要件C
は前記公知技術から極めて容易に考案をするができたものであり,進歩性欠如の無
効理由がある。
(原告らの反論)
争う。その理由は,後記(3)の原告らの反論のとおりである。
〔特許権に基づく請求〕
(3) 本件特許には無効理由が存在するか。
(被告の主張)
ア 要旨変更等に関連する無効理由
(ア) 前記争いのない事実の出願経過等に記載のとおり,本件補正は,本件
当初明細書に全く開示がなく自明でもない事項を大幅に追加したものであるから,
補正の許される限度を逸脱し,考案の要旨を変更するものというべきである。本件
原出願の出願日は本件補正がされた平成8年1月8日に繰り下がり,本件分割出願
の出願日も同日となる。したがって,本件分割出願から出願変更された本件特許の
出願日は平成8年1月8日となる。
(イ) また,仮に,本件補正が要旨変更に当たらないとしても,本件原出願
に係る考案及び本件分割出願に係る考案と本件変更出願に係る発明とは,請求の範
囲が物か方法かのカテゴリーの相違があるだけで考案ないし発明の内容は全く同一
であるから(図示された唯一の実施例も共通である。),2以上の発明又は考案を
包含する出願の一部を1又は2以上の新たな出願とするという分割出願の要件を満
たしていない。したがって,本件分割出願は適法な分割出願とはいえず,出願日は
遡及しない。
(ウ) (ア)及び(イ)の理由により,本件特許の出願日は,平成8年1月8日に
と解される。ところで,同出願日において,①本件発明は原告によって公然実施さ
れていたこと,②原出願の公開公報によって公知となっていたこと,③被告方法が
公然実施されていたこと(仮に、被告方法が本件発明の技術的範囲に属するという
原告らの主張を前提とするならば,被告方法の実施により,本件特許は公知となっ
た。)から,本件特許には新規性欠如の無効理由がある。
イ 進歩性欠如による無効理由
本件特許には,以下のとおり進歩性欠如による明白な無効理由がある
(本件特許の出願日を昭和62年5月18日に遡るとした主張である。)。
(ア) 刊行物1及び2記載の各発明について
本件発明は,特開昭55-123994号公報(以下「刊行物1」と
いう。)に記載された発明において温水床暖房用管を埋設する材料として用いられ
るコンクリートをセルフレベリング材に置換しただけの発明であり,温水床暖房用
管を埋設する床材としてセルフレベリング材を使用することは,同じ技術分野に属
する実願昭58-65817号(実開昭59-170110号)のマイクロフィル
ム(以下「刊行物2」という。)に記載されているように公知の技術であるから,
本件発明は上記各文献に記載された発明から当業者が容易に発明することができた
(なお,特許庁は,本件特許の異議申立てに対して,平成12年11月14日,本
件発明は,刊行物1及び刊行物2に記載された発明から当業者が容易になし得たも
のであるから特許法29条2項により特許を受けることはできないとの理由に基づ
き,本件特許を取り消す旨の決定をした。)。
(イ) 刊行物3記載の発明について
a 特開昭59-21556号公報(以下「刊行物3」という。)は,
本件原出願の出願日である昭和62年5月18日以前に公知となったが,セルフレ
ベリング性を有するセメント系床材の改良に関する発明が記載され,その「発明の
詳細な説明」欄において,「従来のセメントモルタルを床材に使った温水床暖房に
は熱効率が悪いという欠点があったところ,本発明は熱伝導性が良好で硬質の水平
床面を容易に形成できるセメント系床材を提供することを目的とし,その目的を特
許請求の範囲に記載されたペースト組成物によって達成したもので,発明に係るセ
メント系床材はセルフレベリング性が良好で床材としての実用に十分である。」,
「同床材を施行して広さ3.3平方メートルのコンクリート床面を形成し,床下2
センチメートルに温水用のパイプを配管して実験したところ,床材の施工性が良
く,硬化後に施行の際のコテ跡が表面に残らない良好な平滑床面が形成でき,熱伝
導性も良好であった。」と記載されている。
刊行物3には,床下地の上面が平坦であることが明示されていない
が,床下地の上面が平坦であることは常識的事項であり,また刊行物1には,床下
地の上面が平坦であることが示されているから,刊行物3に記載された発明に刊行
物1に記載された上記構成を適用することは当業者が容易に想到し得ることであ
る。また,刊行物3には,温水床暖房装置の温水配管が弾力のあるものであること
が明示されていないが,床暖房用の温水配管に弾力のあるものを用いることは周
知,慣用の技術であり,また刊行物1には,温水配管に弾力のあるものを用いるこ
とが示されているから,刊行物3に記載された発明に刊行物1記載の上記構成を採
用することは当業者が容易に想到し得たことである。
b 原告らは,社団法人日本建築学会(以下「日本建築学会」という。)
が作成した標準仕様書中の「JASS15M-103 セルフレベリング材の品質
基準」(以下「JASS15M-103」という。)は,セルフレベリング材の定
義を前提とするが,そもそも,JASS15M-103は,本件特許の原出願から
2年以上も後に定められたものであり,本件原出願時に記載されたセルフレベリン
グ材の性状を定める基準とはなり得ない。
(原告らの反論)
ア 要旨変更に関連する無効理由
(ア) 被告は,本件補正が考案の要旨を変更するものであると主張するが,
本件補正は請求の範囲に記載した技術的事項に影響を与えるものではなく,要旨変
更に当たらない。
(イ) 被告は,本件分割出願に係る考案及び本件変更出願に係る発明と本件
原出願に係る考案とは実質的に同一であるから,本件分割出願は違法である旨主張
する。
しかし,分割出願における実質的な同一性を判断するに当たり,分割
時や出願変更時の考案と発明との実質的同一性を基準とすることには意味がなく,
最終的に登録された本件考案と本件発明とが実質的に同一であるか否かを論じるべ
きである。本件考案と本件発明との間には,考案構成要件Cに相当する構成要件が
本件発明には存在しない点,及び本件考案は物に関するものであるのに対して,本
件発明は方法の発明である点に違いがあるから,両者は実質的に同一でない。
イ 進歩性欠如による無効理由
(ア) 刊行物1及び2記載の各発明について
刊行物1に記載されている発明におけるコンクリートを刊行物2記載
の発明におけるセルフレベリング材に置換することによって,当業者が,本件発明
を容易に想到することができたと解することはできない。
すなわち,刊行物2に記載された発明において,温水管はセルフレベ
リング材内に埋設されていない。刊行物2記載の発明におけるセルフレベリング材
は本来の用途である床下地の仕上げ材又は不陸調整材として使用されているにすぎ
ないのであって,セルフレベリング材は温水管を埋設する材料として開示されてい
ない。したがって,セルフレベリング材を,刊行物1記載の発明におけるコンクリ
ートに代替させることは,本件特許出願時において当業者が想到できなかったので
あり,刊行物1と刊行物2記載の発明とを組み合わせて本件発明に想到することは
不可能であった。本件発明は,温水式床暖房装置の施工に当たり,弾力ある温水配
管をセルフレベリング材に埋め込んだことにより,極めて薄い床暖房装置の施工を
可能にし,漏水事故を防止し,早期に暖房を立ち上げることを可能にし,さらに,
クラックの生じない床暖房装置の提供を可能にしたが,このような効果は,前記各
刊行物の記載からは予測し得ない格別の効果である。
(イ) 刊行物3記載の発明について
a セルフレベリング材については,平成元年に発行された日本建築学
会が作成した標準仕様書中のJASS15M-103によれば,「床仕上げ工事に
おいて,不陸のあるコンクリートスラブにスラリー状のセルフレベリング材の自然
流動性で,厚さ2~20ミリメートル程度に流し込むだけで平滑な水平面をこて押
さえなしで仕上げ,24時間以内に硬化し軽歩行が可能な(もの)」であり,フロ
ー値は,19センチメートル以上でなければならないとされている。ところが,刊
行物3に記載されているセメント系床材は,フロー値が上記基準である19センチ
メートルには到底及ばないことなど,上記基準に適合しないからセルフレベリング
材とはいえない。
したがって,刊行物3から本件発明の容易推考性が導けるものでは
ない。
b 被告は,JASS15M-103は,本件特許の原出願から2年以
上も後に定められたものであり,本件原出願時に記載されたセルフレベリング材の
性状を定める基準とはなり得ない旨主張する。しかし,建築工事標準仕様書は,当
時の技術水準をまとめ上げて一定の仕様とするものであり,その仕様が確定するま
でに数年間を要するのが通常であるから,平成元年に改訂された上記仕様書は,正
に本件原出願がされた当時の当業者のセルフレベリング材に関する認識を表してい
る。また,住宅・都市整備公団の昭和61年度版の特別共通仕様書には,JASS
15M-103と同一の品質基準が採用されている。したがって,本件特許の原出
願時において,セルフレベリング材は,JASS15M-103の品質基準に適合
するようなものとして考えられていたことは明らかである。
(4) 原告らの損害額
(原告らの主張)
ア 本件実用新案権に基づく補償金請求権の額
(ア) 本件実用新案権は,昭和63年11月28日に公開されているが,被
告は,このころ,原告ユウキケミカルから本件考案等に関する情報の提供を受けて
おり,本件実用新案が出願されていることも熟知していた。したがって,被告は,
遅くとも被告装置の施工を始めた平成2年8月には,被告装置が「出願公開がされ
た実用新案登録出願に係る考案」であることを知っていた。
(イ) ところで,被告が,平成2年8月から本件実用新案の登録公報が発行
された平成9年1月29日までに受注,施工した被告装置は70件を下らず,その
総施工面積は1万7000平方メートルを下らないところ,被告装置の施工金額は
1平方メートル当たり2万5000円であるから,上記期間中の被告の総受注金額
は4億2500万円を下らない。そして,原告らが本件考案に関して受けるべき実
施料率は10パーセントを下らないから,原告らが被告の上記実施により受けるべ
き補償金の額は,少なくとも4250万円である。
イ 本件実用新案権及び本件特許権に基づく損害賠償請求権の額
被告は,平成9年1月29日以降,現在に至るまで,少なくとも30件
の被告装置を受注しており,その総受注金額は1億3500万円を下らない。そし
て,被告装置の利益率は30パーセントを下らないから,原告が,被告の平成9年
1月29日以降の本件実用新案権及び本件特許権の侵害行為により受けた損害額
は,少なくとも4050万円である。
ウ 弁護士費用
本件訴訟のための弁護士費用及び弁理士費用は,500万円を下らな
い。
(被告の認否)
争う。
第3 当裁判所の判断
〔実用新案権に基づく請求〕
1 「プライマー」は「防水紙」の均等物か。
まず,プライマーと防水紙との置換可能性の存否について検討する。
(1) 考案の構成要件Cの「防水紙」を設けたことの作用効果
本件実用新案明細書には,防水紙を設けたことの作用効果についての特別
の説明はされていない。したがって,防水紙を設けたことの作用効果については,
防水紙の一般的な語義を基礎として解すべきであり,そうすると,防水紙の意義
は,一般的には,「水湿分の浸入透過を防ぐ機能を有する紙」であるから,「防水
紙をセルフレベリング材と床下地との間に設け」た趣旨は,防水紙によって,セル
フレベリング材と床下地との相互間において水湿分の浸入透過を防ぐためであると
理解すべきことになる。
これに対し,被告は,本件実用新案明細書には,防水紙については何ら説
明がされていないこと,紙であるという点を除いて全く共通性のない防水紙と断熱
紙が同一の符号で一括りに記載されていること等を理由に,考案の構成要件Cにお
ける防水紙を設けたことの効果作用は,紙が有する機能の1つである「仕切るこ
と」であると主張する。しかし,本件実用新案明細書には,考案の構成要件Cの防
水紙の代わりに断熱紙を使用している考案の請求項も掲げられており,本件実用新
案明細書の「考案の詳細な説明」欄の断熱紙は,同請求項に対応するものと考える
余地もあるから,「考案の詳細な説明」欄に,防水紙と断熱紙とが一括りで記載さ
れていることをもって,本件考案における防水紙を設けたことの作用効果を「仕切
ること」と解することはできず,また,前示のとおり,防水紙という語の一般的な
意味を考慮すると,防水紙を設けたことの作用効果は,防水のためであると理解す
るのが合理的である。被告の上記主張は理由がない。
(2) 被告装置の構成C′のプライマーを塗布したことの作用効果
ア 証拠によれば,プライマーを塗布することの効果について,以下のとお
りの事実が認められ,これに反する証拠はない。
(ア) プライマーとは,良好な接着性を確保するためにあらかじめ被着材表
面に塗布しておく材料であり(株式会社岩波書店発行,社団法人日本建築学会編
「建築学用語辞典第2版」),塗膜防水施工においては,その第一工程で下地処理
材として用いられ,セルフレベリング材の施工において,その施工の前に,床面に
塗布するという方法で使用されている(乙14ないし19,24の1及び2)。プ
ライマーが接着性を確保する効果を有するのは,セルフレベリング材に含まれてい
る水分が下地に過度に吸い取られると,セルフレベリング材の接着界面が乾燥して
しまい,接着力が低下するが,プライマーには,吸水調整機能があるので,下地と
セルフレベリング材との間にプライマーを塗布すれば,セルフレベリング材からの
吸水量が調整され,接着界面の乾燥を防止することができるからである。
(イ) 下地の表面空隙に水分が入り込むことによりセルフレベリング材に移
行した気泡が,セルフレベリング材の中を上昇してその表面にとどまった場合,セ
ルフレベリング材の表面に気泡跡が残る。この点、セルフレベリング材を打設する
前に,プライマーを下地に塗布すると,下地表面の空隙にプライマー(希釈液)が
入り込むことにより,セルフレベリング材に移行する気泡の量を減少させることが
できる(乙11及び12の各1ないし5,21の1ないし3,22の1ないし
5)。
(ウ) そうすると,セルフレベリング材の施工の前にプライマーを下地に塗
布する主な目的ないし作用効果は,セルフレベリング材と下地との接着性を高める
こと,セルフレベリング材の表面に気泡跡が残ることを抑制することにあると解さ
れる(乙9の3,10の1ないし4,11及び12の各1ないし5,18,19,
21の1ないし3,22の1ないし5)。
イ 次に,証拠によれば,被告装置におけるプライマー層の防水機能の有無
に関して,以下のとおりの事実が認められ,これに反する証拠はない。
(ア) プライマーを下地処理剤として下地に塗布した場合,プライマー層に
は,ところどころに極めて微細な穴が多数存在しており,その表裏の材料を完全に
遮断するものではない。したがって,通常形成される厚さのプライマー層には防水
機能はない(乙21の1ないし3,22の1ないし5)。ところで,プライマー層
の防水機能は,形成された層の厚さに左右されるとも考えられるので,被告装置に
おけるプライマーの防水性について検討する。
(イ) 被告が被告装置において用いているセルフレベリング材及びプライマ
ーは,小野田建材及び宇部興産が製造したものである(弁論の全趣旨)。小野田建
材製造のセルフレベリング材の施工における下地処理材として使用される同社製造
のプライマーがセルフレベリング材施工の下地処理に際して塗布される量は,およ
そ1平方メートルあたり150ないし180グラムであり,宇部興産製の場合は1
平方メートルあたり150ないし250グラムである(甲16,乙14)。
(ウ) 被告装置においてセルフレベリング材と下地との間にプライマーが使
用される目的の1つは,両者の接着性を高めることであるが,同目的のためには,
セルフレベリング材から下地への適度の吸水が必要であり,完全に防水をしてしま
うことは,かえって逆効果となる(乙12の1ないし5,21の1ないし3,22
の1ないし5)。
(エ) 一方,建築防水システムハンドブックには,塗膜防水とは,防水下地
に主として合成ゴムや合成樹脂の溶液又はエマルジョンを塗布して,所定の厚さの
防水層を形成せしめるメンブレン防水工法であること,塗膜防水材は,ウレタンゴ
ム系,アクリルゴム系,クロロプレン系,アクリル樹脂系及びゴムアスファルト系
の5種類に区分されること,塗膜防水層の構成として,L-UF(屋根・開放廊
下・ベランダ・室内)は,プライマーを1平方メートル当たり0.2キログラム塗
布した上に,防水材としてウレタン防水材を3層,1平方メートル当たり合計3.
5キログラム塗布し,L-US(屋根・開放廊下・ベランダ)は,プライマーを1
平方メートル当たり0.2キログラム塗布した上に,防水材としてウレタン防水材
を2又は3層,1平方メートル当たり合計3.5ないし3.8キログラム塗布し,
L-AF(屋根)は,プライマーを1平方メートル当たり0.3キログラム塗布し
た上に,防水材としてアクリルゴム防水材を4層,1平方メートル当たり合計5キ
ログラム塗布し,L-AW(外壁)は,プライマーを1平方メートル当たり0.2
キログラム塗布した上に,防水材として外壁用アクリルゴム防水材を1層,1平方
メートル当たり1.7キログラム塗布し,L-GF(屋根・開放廊下・ベランダ・
室内)及びL-GS(屋根)は,ゴムアスファルト防水材を4層,1平方メートル
当たり合計7キログラム塗布することが記載されている(甲13の1ないし3,乙
24の1及び2)。
(3) 被告装置の施工において下地に塗布されるプライマーの前記の量から判断
すると,被告装置におけるプライマーには防水機能はないことが明らかである。し
たがって,考案構成要件Cの防水紙と被告装置の構成C′のプライマーとでは,作
用効果が全く異なることから,両者の間に置換可能性はない。
そうすると,その余の点を判断するまでもなく,被告装置におけるプライマ
ーは,本件考案における防水紙の均等物であると認めることはできない。
2 実用新案権に基づく請求の結論
原告の本件実用新案権に基づく請求は理由がない。
〔特許権に基づく請求〕
3 本件特許には,進歩性欠如による明白な無効理由が存在するか。
(1) 刊行物1記載の発明
本件原出願前に刊行された刊行物1(乙3)には,チューブマット状熱交
換器に関する発明が記載され,同刊行物の特許請求の範囲の欄において,「弾性材
料の多数の平行な流体伝導チューブが,可撓性ウエーブで隣接する対チューブを接
続して伸長マット状に形成されている熱交換器において,(中略)上記マットが,
建造物を輻射熱で加熱するため,該建造物の内部に埋封されている特許請求の範囲
第1項記載の熱交換器」と,同刊行物の発明の詳細な説明の欄において,「チュー
ブマットは,薄いコンクリートスラブで容易に被覆される連続状多チューブ形態を
有する。」(4頁左下欄12ないし14行),「本発明はチューブマット状熱交換
器,更に詳しくは,特に埋封輻射加熱システムへの使用に適合し(中略)先行技術
の輻射加熱システムは,典型的には,コンクリートスラブ中に,または添加熱素材
としての砂の中のスラブ下に埋封される銅パイプを用いている。加熱水はパイプを
通じて循環されて,コンクリートまたは砂に熱エネルギーを伝達し,そして輻射に
よってスラブ上の空間を加熱する。」(3頁左下欄2ないし16行),「本発明に
従って,チューブマット状熱交換器17は横たわるコンクリートスラブ14の上に
配置され,(中略)チューブマット状熱交換器17の上に,マトリックスとして注
入コンクリート床スラブ20を使用し,交換器を埋封せしめる。」(4頁右下欄1
6行ないし5頁左上欄5行)と、それぞれ記載されており,上記各記載からする
と,上記刊行物には,弾性材料からなる多数の加熱水を通すチューブを有するチュ
ーブマットをコンクリートスラブ上に配置した後,コンクリートを注入してチュー
ブマットを埋封する温水床暖房装置の施工方法の発明が示されている。
(2) 刊行物2及び3記載の各発明
ア 刊行物2記載の発明
本件原出願前に刊行された刊行物2(乙31)には,温水床暖房構造に
関する考案が記載されており,同刊行物の考案の詳細な説明の欄において,「AL
C板2には,(中略)上開きの溝12を所望間隔で予め設けてあり,この溝12に
銅管3を敷設する。銅管3はその上面が溝12から僅かに突出するように溝12の
大きさを定めるのが好ましい。」(3頁16行ないし20行),「ALC板2の溝
12内に温水流通用銅管3を敷設した後,セメント系セルフレベリング材に水を加
えてスラリー状とし,これをALC板2の表面に厚さが5~30㎜程度となるよう
に打設固化せしめると,自然流動により水平面を形成し,平滑で優れた面精度を持
った床面が得られる。」(4頁3行ないし9行),「本考案による床暖房構造は,
その表面にセメント系セルフレベリング床材を銅管が僅かにかくれるように打設し
てあるので,一般的な床暖房の効果として必要とする熱量が少なくて済むことは勿
論,施工工事が湿式工法となるところはセルフレベリング材の打設のみであり,工
期がモルタル打設に比して大幅に短縮でき,かつセメント系セルフレベリング材を
使用しているので,床面が平滑で耐久性にすぐれている他,床表面への伝熱が速や
かで暖房開始初期の昇温が速く,また,床の裏面への熱伝導も少なく,その効果は
大なるものがある。」(4頁15行ないし5頁6行)と、それぞれ記載されてお
り,同各記載からすると,上記刊行物には,温水床暖房装置の施工方法について,
温水流通用の銅管を床下地に設けた溝に敷設し,床下地及び上記銅管の上面からセ
ルフレベリング材を打設して,上記銅管を埋設するという構成が示されている(な
お,同構成は,銅管を床下地の溝に敷設し,その上からセルフレベリング材を打設
するというものであるため,銅管をセルフレベリング材内に埋設するという構成と
は異なる。)。
イ 刊行物3記載の発明
本件原出願前に刊行された刊行物3(乙4)は,セルフレベリング性を
有するセメント系床材の改良に関する発明を記載しているが,同刊行物の発明の詳
細な説明の欄において,「床面下にパイプを埋設し,埋設したパイプに温水あるい
は温風を通しオンドル式の床暖房をする場合の床形成材は一般にセメントモルタル
が使用される。従来のセメントモルタルによる床は熱の伝導性が悪く,床暖房の熱
効率がよくないものであった。」(1頁左欄16行ないし同右欄1行),「本発明
の目的は上述した従来欠点を解決しようとしたものであり,埋設したパイプの熱が
床面に伝導しやすいセメント系床材を提供することである。また,セメントモルタ
ルなどの床材は水平面が形成しやすいことも必要とされるが,本発明の他の目的は
施工により硬質の水平面が簡単に形成され施工の際のこて跡が残らない,セメント
系床材を提供することにある。」(1頁右欄5行ないし12行),「コテ塗り作業
が容易であり,かつセルフレベリング性が高いため混合物を施工した上面は自然に
水平面となり」(2頁右下欄1行ないし3行),「本発明の床材は(中略)暖房用
パイプを埋設床用の床材として好ましいものである。」(2頁右下欄5行ないし1
0行)と、それぞれ記載されており,同各記載からすると,刊行物3には,温水床
暖房装置の施工方法について,セルフレベリング性を有するセメント系床材料内に
温水を通すパイプを埋設するという構成が示されている。
(3) 進歩性の有無
ア 本件発明と刊行物1記載の発明との対比
本件発明と刊行物1記載の発明とを対比すると,チューブマットは,チ
ューブが接続されて形成されたものであるから,同チューブマットはチューブを包
摂したものと解されること,加熱水を通すチューブは弾力ある温水配管と同義と解
されること,一般にコンクリートスラブの上面は平坦であることを考慮すると,両
者は,弾力ある複数の温水配管を平坦な床地下の上面に敷設し,床材を温水配管の
上から流し延べ,温水配管を床材内に埋設する温水暖房装置の施工方法である点で
一致している。
これに対し,本件発明がセルフレベリング材を温水配管の上から流し延
べているのに対して,刊行物1記載の発明はコンクリートを加熱水を通すチューブ
の上から注入している点で相違する。
イ 検討
そこで,上記相違点について検討する。
刊行物1及び2は,いずれも同一の技術分野に属する温水床暖房装置の
施工方法について記載がされているので,刊行物1に記載された加熱水を通すチュ
ーブ上に注入する床材として,コンクリートに換えて,刊行物2の発明にあるセル
フレベリング材を用いることは,当業者であれば容易に想到できたといえる。
もっとも,刊行物2は,床下地に設けた溝に銅管を敷設し,その上から
セルフレベリング材を打設して上記銅管を埋設するという構成が示され,必ずし
も,銅管をセルフレベリング材内に埋設する構成が示されているわけではない。
しかし,刊行物2には,銅管を床材内に埋設する構成ではないとはい
え,銅管の上面に打設する材料としてセルフレベリング材を使用するという点が示
されていること,刊行物3記載の「セルフレベリング性を有するセメント系床材」
は,フロー値の点及びコテ塗りが必要な点においてJASS15M-103の品質
基準を充たしていない余地があったとしても,セルフレベリング性を有しているこ
とは明らかであるところ,同刊行物にはその床材内にパイプを埋設する構成が記載
されており,同記載から,セルフレベリング材内にもパイプを埋設することが可能
であるとの考えに至ることは容易であること,刊行物1ないし3は,いずれも温水
床暖房装置の施工方法という同一の技術分野に属していること等の点に照らすなら
ば,前記の点は、刊行物1に記載された加熱水を通すチューブをコンクリートで埋
封するという構成に刊行物2及び3に記載された前記各構成を適用して,加熱水を
通すチューブをセルフレベリング材内に埋設することが容易想到であったとする判
断を左右するものではない。
(4) 以上のとおり,本件発明は,刊行物1ないし3に記載された各発明により
当業者が容易に発明することができたものということができ,特許法29条2項の
無効理由を有することは明らかである。
4 特許権に基づく請求の結論
したがって,本件特許は無効理由を有することが明らかであるから,その余
の点を判断するまでもなく,本件特許権に基づく本件請求は権利の濫用として許さ
れない。
5 結語
以上のとおりであって,原告の請求は理由がないからこれを棄却する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 飯 村 敏 明
裁判官 谷 有 恒
裁判官 佐 野 信
イ号物件目録
別紙イ号物件説明書に説明された床暖房装置
イ号物件説明書
1 図面の説明
(1) 第1図は,イ号装置の構造を示す縦断面図である。
(2) 第2図は,第1図の装置の部分拡大縦断面図である。
2 床暖房装置の構成
(1) 床暖房装置1は,床下地5上に配置された6本の温水配管2aを有するチュー
ブマット2,プライマーによって形成された薄層4,チューブマット2を覆うネッ
ト10,ネット10を固定する鋼バンド11及びこれらを被覆するセルフレベリング材層
3を備えた温水配管方式の床暖房装置である。
(2) チューブマット2は,2本の温水配管2aを1組とし3組(6本)を1組毎に
間隔を置いて並列させ一体成形したゴム製のものであり,床下地5上に密着するよ
うに敷設し,浮き上がり防止のためのネット10を被せてある。
(3) ネット10は,チューブマット2に被せた状態でネット固定用の鋼バンド11と
これを貫通して床下地に打ち込んだコンクリート釘12とで床下地5上に固定してあ
る。
(4) 床下地5の上面とチューブマット2及びネット10には,プライマー液を散布
して塗り込みプライマー薄層4を形成している。床下地5の上面に構成されたプラ
イマー薄層4には,1平方メートル当たり25本以上の割合でコンクリート釘12が
打ち込まれている。
(5) チューブマット2の上から流し延べられた流動性を有するセルフレベリング
材は,チューブマット2,ネット10,鋼バンド11及びコンクリート釘12を被覆する
とともに,床仕上げ材8を敷設可能な平滑且つ水平な床材施工面9を床面全域に形
成している。硬化後のセルフレベリング材3の厚さt(第2図)は,約25ミリメ
ートルないし30ミリメートルである。
(6) 室内床面の内装仕上げ材料として,床仕上げ材8がセルフレベリング材3の
上面9に施工される。
3 床暖房装置の施工工程
床暖房装置1は,以下の工程により施工される。
(1) 第1工程 プライマー液を清掃した床下地5の上面に散布して,塗り込
む。
(2) 第2工程 チューブマット2を床下地5の上面に敷設しプライマー薄層4
に密着させる。
(3) 第3工程 チューブマット2をネット10,鋼バンド11及びコンクリート釘
12を使用して床下地5上に固定する。
(4) 第4工程 ネット10の上からプライマー液を散布する。
(5) 第5工程 セルフレベリング材3を上から流し延べ,チューブマット2,
ネット10,鋼バンド11及びコンクリート釘12の頭部をセルフレベリング材3内に埋
設する。
(6) 第6工程 セルフレベリング材の硬化後に床仕上げ材8をセルフレベリン
グ材3の上面9に施工する。
図面
ロ号物件目録
別紙ロ号物件説明書に説明された床暖房装置
ロ号物件説明書
1 図面の説明
(1) 第1図は,ロ号装置の構造を示す縦断面図である。
(2) 第2図は,第1図の装置の部分拡大縦断面図である。
2 床暖房装置の構成
(1) 床暖房装置1は,床下地5上に配置された6本の温水配管2aを有するチュー
ブマット2,プライマーによって形成された薄層4及びこれらを被覆するセルフレ
ベリング材層3を備えた温水配管方式の床暖房装置である。
(2) チューブマット2は,2本の温水配管2aを1組とし3組(6本)を1組毎に
間隔を置いて並列させ一体成形したゴム製のものであり,床下地5上に密着するよ
うに敷設してある。
(3) 床下地5の上面には,プライマー液を散布して塗り込みプライマー薄層4を
形成している。
(4) チューブマット2の上から流し延べられた流動性を有するセルフレベリング
材は,チューブマット2を被覆するとともに,床仕上げ材8を敷設可能な平滑且つ
水平な床材施工面9を床面全域に形成している。硬化後のセルフレベリング材3の
厚さt(第2図)は,約25ミリメートルないし30ミリメートルである。
(5) 室内床面の内装仕上げ材料として,床仕上げ材8がセルフレベリング材3の
上面9に施工される。
3 床暖房装置の施工工程
床暖房装置1は,以下の工程により施工される。
(1) 第1工程 プライマー液を清掃した床下地5の上面に散布して,塗り込
む。
(2) 第2工程 チューブマット2を床下地5の上面に敷設しプライマー薄層4
に密着させる。
(3) 第3工程 上からプライマー液を散布する。
(5) 第4工程 セルフレベリング材3を上から流し延べ,チューブマット2を
セルフレベリング材3内に埋設する。
(6) 第5工程 セルフレベリング材の硬化後に床仕上げ材8をセルフレベリン
グ材3の上面9に施工する。
図面
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