評価書制度の基本的考え方
実体的要件の審査を行うことなく早期権利付与を行う実用新案制度においては、登録された権利が実体的要件を満たしているか否かについては、原則として当事者間における判断に委ねられることとなる。ただし、権利の有効性を巡る判断には、技術性・専門性が要求されるため、当事者間の判断が困難となり、不測の混乱があることも想定され得る。このため、実用新案登録に関する公的な評価書制度を導入し、特許庁が、当事者間で判断のつきにくい先行技術文献等との関係における新規性等の有無の判断のための客観的な判断材料を、請求により提供することとされている(実用新案法第12条、第29条の2、第29条の3参照)。
評価書作成の基本的考え方
実用新案技術評価書は、公平性・客観性に留意を払いつつ、迅速・的確に作成する。
実用新案技術評価の請求がなされた請求項に係る考案について評価書を作成する。評価書作成の前に補正又は訂正が行われている場合(その補正又は訂正が、その制限に違反している場合を含む。)は、補正後又は訂正後の請求項に係る考案について評価書を作成する。なお、評価書作成の前に、無効審判において無効とされた請求項、訂正により削除された請求項及び登録前に取下げ又は放棄された実用新案登録出願に係る考案については、評価書を作成する必要はない(注)。
実用新案法第12条第2項では、無効審判により無効にされた後は、実用新案技術評価の請求ができない旨規定している。実用新案技術評価の請求がなされた後に無効審判により無効にされた場合については、明確な規定はないが、登録が無効の場合、評価書の客体が存在していないこととなるから、実用新案技術評価の請求がなされた後に無効審判により無効にされた場合も、評価書を作成する必要はない。訂正により削除された請求項に係る考案及び登録前に取下げ又は放棄された実用新案登録出願に係る考案についても同様である。
この考案に関して、技術的評価、すなわち、第3条第1項第3号、第3条第2項(第3条第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る。)、第3条の2並びに第7条第1項から第3項まで及び第7項の規定により実用新案登録を受けることができるか否かの評価のみ(以下、「新規性等の評価」という。)を行う(第12条)。
しかしながら、第5条第4項、第6項等の要件を満たしていないことにより、新規性等の評価を十分に行うことができない場合もある。このような場合は、第5条第4項、第6項等の要件の評価は行わないが、考案が明確でないこと等により、新規性等の評価を十分に行うことができないことを評価書において指摘する。
評価書作成のための先行技術調査は、原則として、特許出願の審査における先行技術調査と同様に行うものとする。
ただし、未公開出願は、調査範囲としない(注)。
評価書の請求時期の関係から、未公開出願の中から第3条の2の「他の実用新案登録出願又は特許出願」等に該当するものが発見される場合もあり得るが、仮に、そのような場合であっても、その公開を待って評価書を作成することは、評価書に対する迅速性の要請から適当でない。したがって、調査範囲は公開文献のみとする。
評価の請求がなされた各請求項に係る考案を調査対象とする。最も広い概念の考案を記載する請求項から最も狭い概念の考案を記載する請求項まで、2.で評価対象とされるすべての請求項に係る考案を調査対象とする。
単一性の要件が満たされているか否かの判断は行わない。
請求項に係る考案の認定は、請求項の記載に基づいて行う。請求項に係る考案の認定に際しては、次の点に留意する。
請求項の記載が明確である場合は、基本的に請求項の記載どおりに請求項に係る考案を認定する。この場合、請求項に記載された用語の意味は、その用語が有する通常の意味と解釈する。
請求項の記載が明確であっても、請求項に記載された用語の意味内容が明細書及び図面において定義又は説明されている場合は、その用語を解釈するにあたってその定義又は説明を考慮する。なお、請求項に記載された用語の概念に含まれる下位概念を単に例示した記載が考案の詳細な説明又は図面中にあるだけでは、ここでいう定義又は説明には該当しない。
請求項の記載に基づき認定した考案と明細書又は図面に記載された考案とが対応しないことがあっても、請求項の記載を無視して明細書又は図面の記載のみから請求項に係る考案を認定してはならない。
また、明細書又は図面に記載があっても、請求項には記載されていない事項は、請求項には記載がないものとして請求項に係る考案の認定を行う。反対に、請求項に記載されている事項については必ず考慮の対象とし、記載がないものとして扱ってはならない。
請求項の記載が多義的に解される場合は、すべての解釈を考慮して、最も広い調査範囲となるようにする。
考案が明確でない、考案が実施できる程度に記載されていない等の場合は、請求項の用語を解釈するにあたって、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識も考慮する。
請求項に係る考案の実施例も、調査対象として考慮に入れる。
考案の詳細な説明及び図面を参酌しても考案を把握することができない程度に記載が不明瞭である、又は考案に該当しないものが記載されている等の理由により、請求項に係る考案について有効な調査が困難であると認められる場合にも、当該請求項について、可能な範囲において調査を行う。なお、これらの場合は、評価書に有効な調査を行うことができなかったと認める旨をその理由とともに記載する。
調査範囲内において、①文献公知考案に基づく新規性(第3条第1項第3号)、②文献公知考案に基づく進歩性(第3条第2項(第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る。))、③拡大先願(第3条の2)、④先後願(第7条第1項、第3項)、⑤同日出願(第7条第2項、第7項)の規定に基づいて、請求項に係る考案の新規性等を否定しうると認められる先行技術文献等を洩れなく発見できるように努める。その際には、各条文に関連する審査基準等を考慮しつつ調査を行う。
その他の点は、「第Ⅸ部 審査の進め方 第2節 各論 2. 先行技術調査」に記載された特許出願の審査における先行技術調査と基本的に同様である。ただし、単一性の要件が満たされているか否かの判断は行わない。
①文献公知考案に基づく新規性(第3条第1項第3号)、②拡大先願(第3条の2)、③先後願(第7条第1項、第3項)、④同日出願(第7条第2項、第7項)の規定に基づいて、請求項に係る考案の新規性等を評価する際には、特許出願の審査基準を準用する。
文献公知考案に基づく進歩性については、第3条第2項(第3条第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る。)の規定に基づいて、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者が文献公知考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたかどうかを、特許出願の進歩性に関する審査基準に示される判断手法に準じて判断する。
実用新案法においては、実用新案技術評価書における評価に対して出願人・権利者の反論の機会が設けられていない。また、実用新案技術評価書は当事者間に先行技術からみた新規性等に関する客観的な判断材料を提供すべきものである。
したがって、評価書作成にあたっては、できる限り客観的な評価を下すよう努めなければならず、新規性等を否定する評価を行う場合には、新規性等を否定することを確信しうる根拠をもって評価を行わなければならない。具体的には、特許出願の審査における最終処分時(拒絶査定・特許査定)の判断に準じて判断を行う。
考案が明確でない、考案が実施できる程度に記載されていない等の理由により、そのままでは十分な新規性等の評価を行うことができない場合には、明細書、実用新案登録請求の範囲及び図面(以下、「明細書等」という。)の記載並びに出願時の技術常識から、最も合理的と考えられる評価のための前提をおいて、新規性等の評価を行う。この場合は、明細書等の記載不備も評価書に記載することになるが(5.4(2)参照)、明細書等の記載不備についても、出願人・権利者の反論の機会は設けられていないので、明細書等の記載不備を確信しうる場合にのみ、最も合理的と考えられる評価のための前提をおく。
(以下の例は、評価のための前提をおく手法を示すものであり、基礎的要件及びその他の要件については考慮していない。)
上申書において、新規性等に関する主張がなされているものについては、その内容を十分に検討する。
既に無効審判の審決が確定しているものについては、その審決の内容を参酌して判断を行う。なお、確定した審決において、無効とされた請求項については評価書を作成しない。
分割・変更出願の場合は、現実の出願日を基準として先行技術調査を行い、基本的に原出願日と現実の出願日との間に新規性等を否定する頒布された刊行物等又は出願された先願特許・実用新案登録出願があった場合のみ、出願が分割・変更要件を満たしているか否かについて、原則「第Ⅴ部第1章 出願の分割」及び「第Ⅴ部第2章 出願の変更」に準じて判断する(注)。分割・変更要件を満たしていないと判断した場合は、上記の刊行物等又は出願に基づき、新規性等は否定されると評価する。分割・変更要件を満たしていると判断した場合は、新規性等は否定されないと評価する。
特許出願から変更された実用新案登録出願の実体的要件については、変更直前の原出願の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載していない事項であっても、原出願の出願当初の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項については、原出願の補正をすれば、上記事項を原出願の明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項とした上で、要件「第V部第2章 出願の変更 2.2(1)」及び「第V部第2章 出願の変更 2.2(2)」が満たされるように変更出願を行うことができるから、要件「第Ⅴ部第2章 出願の変更 2.2(2)」が満たされれば要件「第Ⅴ部第2章 出願の変更 2.2(1)」は満たされることを要しないものとする。
国内優先権・パリ条約による優先権を主張する出願の場合は、出願日を基準として先行技術調査を行い、基本的に優先日と出願日との間に新規性等を否定する頒布された刊行物等又は出願された先願特許・実用新案登録出願があった場合のみ、評価対象となる請求項に係る考案について、優先権主張の効果が認められるか否かを、「第Ⅳ部 優先権」と同様に判断する。優先権主張の効果が認められないと判断した場合は、上記の刊行物等又は出願に基づき、新規性等は否定されると評価する。優先権主張の効果が認められると判断した場合は、新規性等は否定されないと評価する。
評価書の記載内容は、①調査範囲(先行技術調査を行った文献の範囲)、②評価、③引用文献等の表示、及び④評価についての説明、とする。
調査範囲は、原則として、①文献の種類、②分野及び③時期的範囲によって特定する。このようにして特定することができない個別の文献については、その文献名・著者・発行者・発行日等により特定する。
分野の特定は、国際特許分類(IPC)によって行う。
新規性等の評価は各請求項ごとに示さなければならない(評価及び評価についての説明が共通する請求項について、まとめて記載することは問題ない)。評価の内容は、以下の6つのいずれかとする。
この請求項に係る考案は、引用文献からみて、新規性がない(第3条第1項3号)。
この請求項に係る考案は、引用文献からみて、進歩性がない(第3条第2項(ただし、第3条第1項第3号に掲げる考案に係るものに限る。))。
この請求項に係る考案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に実用新案公報の発行又は特許公報の発行若しくは出願公開がされた出願の願書に最初に添付した明細書、実用新案登録請求の範囲若しくは特許請求の範囲又は図面に記載された考案又は発明と同一である(第3条の2)。
新規性等を否定する先行技術文献等を発見できない(記載が不明瞭であること等により、有効な調査が困難と認められる場合も含む。)。
新規性等が否定される場合
新規性等を否定するために必要とされる限り、発見した先行技術文献等は、その全てを記載する。
先行技術文献等の内容が重複する場合は、不必要なものは排除して記載する。
実施例も勘案の上、最適の関連先行技術が記載された先行技術文献等は必ず記載する。
新規性等が否定されない場合
請求項に係る考案の新規性等を否定する先行技術文献等を発見できなかった場合は、当該考案の属する技術分野における一般的技術水準を示す文献を、新規性等を否定する先行技術文献等を発見できない旨の評価(評価6)とともに記載する。
新規性等が否定される場合は、評価についての説明の欄に、そのような評価をした理由を請求人が理解できるように説明を記載する。基本的には、引用文献中の記載のうち、評価の根拠となった特定箇所の記載を示すこととする。評価が、評価1、評価3、評価4又は評価5の場合は、その特定箇所から、どのように請求項に係る考案の新規性等を否定する考案等が認定できるかについて記載する。評価2の場合は、さらに、引用文献から認定された考案に基づき、どのような論理づけで進歩性が否定されるのかについて記載する。
考案が明確でないこと等により、新規性等の評価を十分に行うことができないと認めるときは、明細書等にどのような不備があるのか、及びどのような前提で新規性等の評価を行ったのかを記載する。
3.1(5)に基づき、有効な調査を行うことができなかったと認めるときは、その旨及びその理由も併せて記載する。
分割・変更要件を満たしていないと判断した場合、又は、優先権主張の効果が認められないと判断した場合は、その理由と、現実の出願日を基準日として評価を行った旨を記載する。
新規性等の評価に関係しない事項(新規事項の有無、第14条の2に規定する訂正の要件等)に ついては、明らかなものであっても評価書に記載しない。