本章では、医薬発明に係る出願の審査に際し、特有な判断・取扱いが必要な事項を中心に説明する。
ここでいう医薬発明は、ある物(注1)の未知の属性の発見に基づき、当該物の新たな医薬用途(注2)を提供しようとする「物の発明」である。
(注1)「物」とは、有効成分として用いられるものを意味し、化合物、細胞、組織、及び、天然物からの抽出物のような化学構造が特定されていない化学物質(群)、並びに、それらを組み合わせたものが含まれる。以下、当該物を「化合物等」という。
(注2)「医薬用途」とは、(i)特定の疾病への適用、又は、(ⅱ)投与時間・投与手順・投与量・投与部位等の用法又は用量(以下、「用法又は用量」という。)が特定された、特定の疾病への適用、を意味する。
なお、明細書及び特許請求の範囲の記載要件、特許要件のうち、本章で説明されていない事項については、第Ⅰ部乃至第Ⅱ部を参照。
特許法第36条第6項第1号の規定は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであることを要件としていることから、請求項に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない。特許法第36条第6項第1号の規定に適合するか否かの判断は、請求項に係る発明と発明の詳細な説明に発明として記載したものとの実質的な対応関係について、対比・検討することにより行う(第Ⅰ部第1章 2.2.1参照)。
第36条第6項第1号違反となる例としては、以下の場合が挙げられる。
請求項には、成分Aを有効成分として含有する制吐剤の発明が記載されているのに対し、発明の詳細な説明には、成分Aの制吐剤としての用途を裏付ける薬理試験方法及び薬理試験結果についての記載がなく、しかも、成分Aの制吐剤としての用途が出願時の技術常識からも推認可能といえないため、制吐剤を提供するという発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されているとはいえず、したがって、請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものでない場合。(第Ⅰ部第1章 2.2.1.3例9及び事例8参照)、
請求項には、性質により規定された化合物を有効成分とする特定用途の治療剤の発明が包括的に記載されているが、発明の詳細な説明には、請求項において有効成分として規定された化合物のうち、ごくわずかな具体的な化合物について特定用途を裏付ける記載がされているにすぎず、出願時の技術常識に照らしても、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合。(第Ⅰ部第1章 2.2.1.3例7及び事例4参照)。
(参考:東京高判平15.12.26(平成15(行ケ)104)、知財高判平19.3.1(平成17(行ケ)10818))
特許法第36条第6項第2号の規定は、特許を受けようとする発明が明確であることを要件としていることから、特許請求の範囲は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載しなければならない。
特許法第36条第5項の規定の趣旨からみて、出願人が請求項において特許を受けようとする発明を記載するにあたっては、種々の表現形式を用いることができる。例えば、「物の発明」の場合に、発明を特定するための事項として物の結合や物の構造の表現形式を用いることができる他、作用・機能・性質・特性・方法・用途・その他のさまざまな表現形式を用いることができ、医薬発明においても種々の表現形式を用いることが可能である(事例3)。
他方、第36条第6項第2号の規定により、請求項は、一の請求項から発明が明確に把握されるように記載すべきであるから、出願人による前記種々の表現形式を用いた発明の特定は、発明が明確である限りにおいて許容されるにとどまることに留意する必要がある。
例えば、請求項の記載において医薬発明の有効成分が機能・特性等により特定されている場合であって、出願時の技術常識を考慮すると、機能・特性等によって規定された事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載から発明を明確に把握できない場合は、医薬発明が不明確となることに留意する必要がある(第Ⅰ部第1章 2.2.2.4(1)②(ii)参照)。
なお、請求項中に医薬用途を意味する記載のある医薬発明において、医薬用途を具体的なものに限定せずに一般的に表現した請求項の場合(例えば、「~からなる疾病X用の医薬」ではなく、単に「~からなる医薬」等のように表現した場合)については、その一般的表現の用語の存在が特許を受けようとする発明を不明確にしないときは、単に一般的な表現であることのみ(すなわち概念が広いということのみ)を根拠として第36条第6項第2号違反とはしない。(第Ⅰ部第1章 2.2.2.2(3)参照)。
医薬発明は、「物の発明」として、下記のように、請求項に記載することができる。
医薬発明は、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、又はどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明であることから、当業者がその発明を実施することができるように発明の詳細な説明を記載するためには、出願時の技術常識から、当業者が化合物等を製造又は取得することができ、かつ、その化合物等を医薬用途に使用することができる場合を除き、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。そして、医薬用途を裏付ける実施例として、通常、薬理試験結果の記載が求められる(第Ⅰ部第1章3.2.1(5)参照)。以下に薬理作用を裏付けるに足る薬理試験結果の記載についての具体的な運用例を示す。
薬理試験結果についての記載の程度
薬理試験結果は、請求項に係る医薬発明における化合物等に薬理作用があることを確認するためのものであるから、原則、(i)どの化合物等を、(ⅱ)どのような薬理試験系において適用し、(ⅲ)どのような結果が得られたのか、そして、(ⅳ)その薬理試験系が請求項に係る医薬発明の医薬用途とどのような関連性があるのか、のすべてが明らかにされなくてはならない。なお、薬理試験結果は数値データで記載されることを原則とするが、薬理試験系の性質上、結果を数値データで記載することができない場合には、数値データと同視すべき程度の客観的な記載、例えば、医師による客観的な観察結果などの記載で許容される場合もある。また、用いられる薬理試験系としては、臨床試験、動物実験あるいは試験管内実験が挙げられる。
拒絶理由を通知する場合の例
薬理試験結果の記載がない場合
通常は、化合物等の構造・名称だけから特定の医薬用途に使用し得るかどうかを予測することは困難であることから、当初明細書に有効量、投与方法、製剤化方法が記載されていても、薬理試験結果の記載のない場合には、当該化合物等が実際にその医薬用途に使用し得るかどうかについて、当業者が予測することはなお困難である。したがって、このような場合には、原則として、拒絶理由を通知する。なお、薬理試験結果を後で提出しても、拒絶理由は解消しない。
(東京高判平10.10.30(平成8(行ケ)201)「制吐剤判決」:第Ⅰ部第1章事例8参照、東京高判平14.10.1(平成13(行ケ)345)、東京高判平15.12.22(平成13(行ケ)99))
薬理試験に用いた化合物等が特定されないことにより、請求項に係る医薬発明における化合物等に薬理作用があることが確認できない場合
例えば、出願当初の明細書に記載の薬理試験系に用いられた化合物等が「複数の化合物等のうちいずれか」であることが示されているのみで、具体的にどの化合物等を用いるのかが特定されていない場合は、上記「(1)薬理試験結果についての記載の程度」における(i)が不明確な場合に該当し、請求項に係る医薬発明における化合物等に薬理作用があることが確認できない場合が多いことに留意する必要がある。
医薬発明は、「物の発明」であるので、ヒトへの投与、塗布といった適用を予定したものであるとしても、「人間を手術、治療又は診断する方法」に該当せず、「産業上利用することができる発明」に該当する。なお、二以上の医薬の組合せや用法又は用量で特定しようとする医薬発明も、「物の発明」であるので、同様に扱う(「第Ⅱ部第1章 産業上利用することができる発明 2.1」参照)。
医薬発明は、ある化合物等の未知の属性の発見に基づき、当該化合物等の新たな医薬用途を提供しようとする「物の発明」であり、医薬発明の新規性は、(i)特定の属性を有する化合物等、及び、(ⅱ)その属性に基づく医薬用途の二つの観点から判断される。
(東京地判平4.10.23(平成2(ワ)12094))
請求項に係る医薬発明の認定
請求項に係る発明の認定は、請求項の記載に基づいて行う。この場合においては、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載された発明を特定するための事項(用語)の意義を解釈する。(第Ⅱ部第2章 1.5.1参照)
刊行物に記載された発明の認定
医薬発明は特定の属性を有する化合物等、及び、その属性に基づく医薬用途から構成されることから、刊行物に医薬発明が記載されていると認定するためには、当該化合物等及び医薬用途の両者が記載されている(あるいは記載されているに等しい)ことが必要である。
当業者が当該刊行物の記載及び出願時の技術常識に基づいて、医薬発明に係る化合物等を製造又は取得できることが明らかであるように、当該刊行物に記載されていない場合には、当該刊行物に医薬発明が記載されているとすることはできない。
また、当業者が当該刊行物の記載及び出願時の技術常識に基づいて、その化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物に記載されていない場合にも、当該刊行物に医薬発明が記載されているとすることはできない。(第Ⅱ部第2章 1.5.3(3)②参照)。
例えば、当該刊行物に何ら裏付けされることなく医薬用途が単に列挙されている場合は、当業者がその化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物に記載されているとは認められず、当該刊行物に医薬発明が記載されているとすることはできない。
新規性の判断
医薬発明の新規性の判断については、「第Ⅱ部第2章 1.5.5 新規性の判断」及び本章「2.2.1 医薬発明に関する新規性の判断の基本的な考え方」に基づき、以下の(3-1)及び(3-2)により判断する。
以下で「引用発明」とは、第29条第1項各号に掲げる発明として引用する発明をいう。
(3-1) 特定の属性を有する化合物等に関して
請求項に係る医薬発明の特定の属性を有する化合物等と、引用発明の化合物等とが相違するときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定されない。
(3-2) 特定の属性に基づく医薬用途に関して
(3-2-1) 特定の疾病への適用
請求項に係る医薬発明の化合物等と、引用発明の化合物等とが相違しない場合であっても、請求項に係る医薬発明と引用発明とが、その化合物等の属性に基づき特定の疾病に適用するという医薬用途において相違点がある場合は、請求項に係る医薬発明の新規性は否定されない(事例1~3)。
例えば、請求項に係る発明が「有効成分Aを含有することを特徴とする疾病Z治療薬」であり、引用発明が「有効成分Aを含有する疾病X治療薬」である場合において、出願時の技術常識を参酌することによって疾病Xと疾病Zが相違する疾病であることが明らかになれば、請求項に係る医薬発明の新規性は否定されない。
医薬用途の相違についての考え方は、以下のとおりである。
請求項に係る医薬発明の医薬用途と引用発明の医薬用途とが表現上異なっていても、出願時における技術常識を参酌すれば、以下の(i)又は(ⅱ)に該当すると判断される場合は、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。
その作用機序から医薬用途を導き出せるとき、又は、
密接な薬理効果により必然的に生じるものであるとき。
[上記(i)の例]
(引用発明) 気管支拡張剤 → (本願医薬発明)喘息治療剤
(引用発明) 血管拡張剤 → (本願医薬発明)血圧降下剤
(引用発明) 冠血管拡張剤 → (本願医薬発明)狭心症治療剤
(引用発明)ヒスタミン遊離抑制剤 → (本願医薬発明)抗アレルギー剤
(引用発明) ヒスタミンH-2受容体阻害剤 → (本願医薬発明)胃潰瘍治療剤
[上記(ⅱ)の例]
(引用発明)強心剤 → (本願医薬発明)利尿剤
(引用発明)消炎剤 → (本願医薬発明)鎮痛剤
(注)上記(ⅱ)の例において、医療の分野では、二以上の医薬用途を必然的に有する化合物等があるが、必ずしも、上記(ⅱ)の例に該当する第一の医薬用途を有する化合物等のすべてが第二の医薬用途を有するというわけでもないこともよく知られている。したがって、このような場合における請求項に係る医薬発明の新規性を考えるときには、当該化合物等の構造活性相関等に関する出願時の技術常識を勘案する必要がある。
引用発明の医薬用途が請求項に係る医薬発明の医薬用途の下位概念で表現されているときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。
(引用発明)抗精神病剤 → (本願医薬発明)中枢神経作用剤
(引用発明)肺癌治療剤 → (本願医薬発明)抗癌剤
引用発明の医薬用途が請求項に係る医薬発明の医薬用途の上位概念で表現されており、出願時における技術常識に基づいて、引用発明の医薬用途から、下位概念で表現された請求項に係る医薬発明の医薬用途が導き出せるときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。
(注)概念上、下位概念で表現された医薬用途が、上位概念で表現された医薬用途に含まれる、あるいは上位概念で表現された医薬用途から下位概念で表現された医薬用途を列挙することができることのみでは、下位概念で表現された医薬用途を導き出せるとはしない。
請求項に係る医薬発明の医薬用途が、引用発明の医薬用途を新たに発見した作用機序で表現したに過ぎないものであり、両医薬用途が実質的に区別できないときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。
[例]
(引用発明) 抗菌剤 → (本願医薬発明)細菌細胞膜形成阻止剤
請求項に係る医薬発明と引用発明において、両者の成分組成及び医薬用途に相違はなく、請求項に係る医薬発明に含まれる成分が、引用発明の成分の一部の作用機序を用途的に規定して表現したに過ぎないものであるときは、請求項に係る医薬発明の新規性は否定される。
[例]
(引用発明)インドメタシンとトウガラシエキスを含む皮膚消炎鎮痛剤
→ (本願医薬発明)インドメタシン、及び、トウガラシエキスからなるインドメタシンの長期安定性改善剤を含む皮膚消炎鎮痛剤
(注) 組成物としての成分組成が同一である以上、両発明の皮膚消炎鎮痛剤が含有する成分は、主観的な添加目的にかかわらず、同一の作用効果を奏することは自明である。したがって、含有されるトウガラシエキスがインドメタシンの長期安定性を改善するための安定化剤である旨が規定されているとしても、このことにより、刊行物に記載されている発明と別異のものとなるということはできない。(東京高判平13.12.18(平成13(行ケ)107))
(3-2-2) 用法又は用量が特定された特定の疾病への適用
請求項に係る医薬発明の化合物等と、引用発明の化合物等とが相違せず、かつ適用する疾病において相違しない場合であっても、請求項に係る医薬発明と引用発明とが、その化合物等の属性に基づき、特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するという医薬用途において相違する場合には、請求項に係る医薬発明の新規性は否定されない(事例4~6)。
請求項に係る医薬発明の認定
請求項に係る発明の認定は、2.2.2 (1)と同様に行う。
刊行物に記載された発明の認定
刊行物に記載された発明の認定は、2.2.2 (2)と同様に行う。
進歩性の判断
医薬発明に関する進歩性の判断については、「第Ⅱ部第2章 2.進歩性」と同様に行う。
以下に示す観点のうち、複数の観点を適用することができる場合は、それぞれの観点から判断を行う。
医薬用途と作用機序との関連
請求項に係る医薬発明の医薬用途が、引用発明の医薬用途と異なっていても、出願時の技術水準から両者間の作用機序の関連性が導き出せる場合は、有利な効果等、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、通常、請求項に係る医薬発明の進歩性は否定される。
ヒト以外の動物用医薬からのヒト用医薬への転用
ヒト以外の動物用の同種または近似の疾病用である引用発明の化合物等を、ヒト用の医薬へ単に転用したにすぎない請求項に係る医薬発明は、引用発明の内容に当該転用の示唆がない場合であっても、請求項に係る発明の有利な効果等、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、通常、請求項に係る医薬発明の進歩性は否定される。
ヒト用医薬からのヒト以外の動物用医薬への転用についても、同様である。
二以上の医薬成分を組み合わせた医薬
薬効増大、副作用低減といった当業者によく知られた課題を解決するために、二以上の医薬成分の組合せを最適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、請求項に係る医薬発明と引用発明との相違点がこれらの点のみである場合には、通常、請求項に係る医薬発明の進歩性は否定される。
例えば、該組合せが、
主作用が同じである公知の成分同士の組合せ、
公知の主成分の効能に係る問題を解消することができる公知の副成分との組合せ(例えば、副作用を有することが公知の主成分と、その副作用を減弱させることができる公知の副成分との組合せ)、
主疾病から生じる種々の症状のそれぞれに治療効果を有することが公知の成分の組合せ、
等の場合には、引用発明に基づいて、当業者が請求項に係る医薬発明を容易に想到し得たものであることを論理づけできる場合が多く、通常、請求項に係る医薬発明の進歩性は否定される(事例8~11)。
しかし、引用発明と比較した有利な効果が、出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであること等、他に進歩性の存在を推認できる場合には、請求項に係る医薬発明の進歩性は肯定される(事例7)。
二以上の医薬成分を組み合わせた医薬は、「~治療用配合剤」、「~治療用組成物」、「…組み合わせたことを特徴とする~治療薬」等として特許請求されることが想定できるが、判断手法としては、いずれの場合にも基本的に差異はない。
特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するという医薬用途に特徴を有する医薬
特定の疾病に対して、薬効増大、副作用低減、服薬コンプライアンスの向上といった当業者によく知られた課題を解決するために、用法又は用量を好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮である。したがって、請求項に係る医薬発明と引用発明とにおいて、適用する疾病が相違しないものの用法又は用量が異なり、その点で請求項に係る医薬発明の新規性が認められるとしても、引用発明と比較した有利な効果が当業者の予測し得る範囲内である場合は、通常、その進歩性は否定される(事例6)。
しかし、引用発明と比較した有利な効果が、出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである等、他に進歩性の存在を推認できる場合は、請求項に係る医薬発明の進歩性は肯定される(事例4~5)。
請求項に係る医薬発明の認定
請求項に係る発明の認定は、2.2.2(1)と同様に行う。
他の出願の当初明細書等に記載された発明の認定
他の出願の当初明細書等に記載された発明の認定は、2.2.2 (2)と同様に行う。
特許法第29条の2の判断
特許法第29条の2の判断については、「第Ⅱ部第3章 特許法第29条の2」と同様に行う。
請求項に係る医薬発明の認定
請求項に係る発明の認定は、2.2.2(1)と同様に行う。
特許法第39条の判断
特許法第39条の判断については、「第Ⅱ部第4章 特許法第39条」と同様に行う。
事例の利用上の留意点
本事例は、医薬発明の審査に関する運用を説明する目的で作成したものである。そのため、事例における特許請求の範囲等の記載は、医薬発明の説明を容易にするため、簡略化するなどの修正が加えられており、必ずしも模範的なものとはなっていない点に留意されたい。また、各事例で検討されている以外の拒絶理由(例えば明細書及び特許請求の範囲の記載要件など)がないことを意味するものではない点にも留意されたい。
〔事例 1〕 有効成分が公知であって、医薬用途が新規であるもの
化合物Aを有効成分とするアルツハイマー病治療薬。
本発明では、抗菌剤の有効成分として知られていた化合物Aが、アセチルコリンエステラーゼを可逆的に阻害して、アセチルコリンの分解を抑制することを見出した。
実施例において、化合物Aが、優れたアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有すること、及び、アルツハイマー病の症状を軽減させたことを示す薬理試験結果が示されている。
化合物Aは、抗菌剤の有効成分として既に知られた化合物であるが、化合物Aを有効成分とするアルツハイマー病治療薬はいずれの先行技術文献にも記載されていない。また、化合物Aとアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有する化合物との間に構造類似性が存在すること、及び、化合物Aが抗菌剤として作用する際のメカニズムとアルツハイマー病の治療との関係については、いずれの先行技術文献においても明らかにされておらず、示唆もない。
なし。
化合物Aの医薬用途(アルツハイマー病の治療)が、従来知られていた医薬用途(抗菌)と相違することが明らかであるので、請求項1に係る医薬発明は新規性を有する。
そして、化合物Aとアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を有する化合物との間の構造類似性や、化合物Aが抗菌剤として作用する際のメカニズムとアルツハイマー病の治療との関係など、化合物Aをアルツハイマー病の治療に適用する動機づけとなる先行技術文献が存在しないので、請求項1に係る医薬発明は、進歩性を有する。
〔事例 2〕 細胞等の生体由来材料が公知であって、医薬用途が新規であるもの
A細胞からなる細胞シートを含有する心筋梗塞治療用移植材料。
本発明では、A細胞からなる細胞シートを心筋梗塞部位に移植することにより、心機能が回復することを見出した。
実施例において、心筋梗塞モデルラットに対し、当該細胞シートを心筋梗塞部位に移植することにより、心機能が回復し、心筋梗塞の症状が軽減されることを示す薬理試験結果が記載されている。
A細胞を用いて細胞シートを作製し、移植材料として用いることは公知である。しかしながら、当該細胞シートを心筋梗塞部位に移植すること、及び、移植により心筋梗塞の症状が軽減されることは、いずれの先行技術文献にも記載されておらず、その示唆もない。
また、出願時の技術水準からは、A細胞を移植することによって、心機能が回復することや、心筋梗塞の症状が軽減されることは予測できない。
なし。
A細胞からなる細胞シートの医薬用途(心筋梗塞治療)が、従来知られていた医薬用途と相違するので、請求項1に係る医薬発明は、新規性を有する。
そして、A細胞と心機能の回復との関係など、A細胞からなる細胞シートを心筋梗塞の治療に適用する動機づけとなる先行技術文献が公知でないことから、請求項1に係る医薬発明は、進歩性を有する。
なお、請求項に係る発明が「心筋梗塞治療用のA細胞。」といった用途限定が付された細胞である場合には、このような用途限定は、一般に、細胞の有用性を示しているに過ぎないため、用途限定のない細胞そのものであると解される。したがって、この場合、「心筋梗塞治療用のA細胞」と、用途限定のない公知の「A細胞」とは、別異のものであるとすることはできない(第Ⅱ部第2章 1.5.2(2)参照)。
〔事例 3〕製造方法で特定された細胞の医薬用途に特徴を有するもの
(1)ヒト体内から採取したW細胞を、タンパク質Xを0.1~0.2重量%含有する培地A中で5~10時間培養し、回収する工程、及び(2)工程(1)で回収された細胞を細胞外マトリックスY上に播種し、タンパク質Zを0.1~0.2重量%含有する培地B中で24~48時間培養し、回収する工程、からなる工程により得られた細胞を有効成分として含有する抗癌剤。
(1)ヒト体内から採取したW細胞を、タンパク質Xを0.1~0.2重量%含有する培地A中で5~10時間培養し、回収する工程、及び(2)工程(1)で回収された細胞を細胞外マトリックスY上に播種し、タンパク質Zを0.1~0.2重量%含有する培地B中で24~48時間培養し、回収する工程、(3)工程(2)で回収された細胞を用いて製剤化を行う工程、からなる、(1)~(2)の工程により得られた細胞を有効成分として含有する抗癌剤の製造方法。
本発明では、(1)~(2)からなる工程により得られた細胞を有効成分として含有する抗癌剤により、癌組織特有の血管新生が抑制され、癌が縮小することを見出した。実施例において、(1)~(2)からなる工程により得られた細胞が、優れた血管新生抑制効果を奏すること、及び、実際に癌を縮小させることを示す薬理試験結果が記載されている。先行技術調査の結果ヒト体内から採取したW細胞を(1)~(2)からなる工程で処理すること、及び、それによって得られた細胞が免疫抑制効果を奏することは知られている。しかしながら、W細胞自体、或いは、W細胞を(1)~(2)からなる工程で処理した細胞が、血管新生抑制効果又は抗癌効果を奏することは知られていない。また、出願時の技術水準からは、ヒト体内から採取したW細胞を(1)~(2)からなる工程で処理した細胞が、血管新生抑制効果や抗癌効果を奏することは予測できない。
なし。
(1)~(2)からなる工程により得られた細胞の医薬用途(抗癌)が、従来知られていた医薬用途(免疫抑制)と相違するから、請求項1に係る医薬発明は新規性を有する。そして、免疫抑制効果と血管新生との関係など、(1)~(2)からなる工程により得られた細胞を抗癌剤として用いる動機づけとなる先行技術文献が公知でないことから、請求項1に係る医薬発明は進歩性を有する。また、請求項2に係る発明についても、請求項1に係る発明と同じ考え方により、新規性及び進歩性を有すると判断される。なお、細胞マーカー等で細胞を特定することが困難であっても、本事例のように、製造方法によって細胞を特定できる場合もある。本事例では、(1)~(2)からなる工程において、由来となる細胞や培養条件が詳細に記載されているので、当該細胞を特定するのに十分であり、請求項1及び2に係る発明は明確であると判断される。製造方法による生産物の特定を含む請求項についての取扱いに関しては、第I部第1章2.2.2.4(2)、第II部第2章 1.5.5(4)及び2.7を参照されたい。
〔事例 4〕 特定の用法又は用量で特定の疾病に適用することで顕著な効果が奏されるもの
30~40μg/kg体重の化合物Aが、ヒトに対して3ヶ月あたり1回経口投与されるように用いられることを特徴とする、化合物Aを含有する喘息治療薬。
喘息患者に対して、1日につき1μg/kg体重の化合物Aを毎日経口投与することで、喘息の症状が軽減されることは知られていたが、症状が軽減されるのは化合物Aの投与期間中のみであり、投与を中断すると症状が再発するため、毎日継続して化合物Aを投与する必要があった。また、1日につき1μg/kg体重の化合物Aを毎日経口投与する場合、副作用Bが高頻度で発現することが指摘されていた。
本発明では、喘息患者に対して、30~40μg/kg体重の化合物Aを3ヶ月あたり1回経口投与することにより、喘息の症状が長期にわたって軽減され、さらに、従来よりも副作用Bの発現率が低減することを見出した。
実施例において、化合物Aを、喘息患者群(体重30kgから90kg)に対して、30μg/kg体重、35μg/kg体重、40μg/kg体重でそれぞれ1回経口投与するたびに、各投与群において喘息症状が少なくとも3ヶ月にわたり軽減されたことが、また、体重により有効性に明らかな差がなかったことが、さらにまた、この試験での副作用Bの発現は各投与群においてほとんど認められず、従来使用されている1日につき1μg/kg体重で化合物Aを毎日経口投与する場合の副作用Bの発現頻度と比べて有意に低かったことが薬理試験結果として記載されている。
1μg/kg体重の化合物Aを毎日経口投与することで、喘息の症状が軽減されること、及び、その場合に副作用Bが高頻度で発現することは公知である。しかしながら、30~40μg/kg体重の化合物Aを3ヶ月あたり1回経口投与することは、いずれの先行技術文献にも記載されておらず、その示唆もない。また、出願時の技術水準からは、30~40μg/kg体重の化合物Aを1回経口投与することにより、喘息の症状が少なくとも3ヶ月にわたって軽減されること、及び、先行技術と比較して副作用Bの発現率が低減することは、いずれも予測できない。
なし。
喘息治療における化合物Aの用法又は用量として、本発明の用法又は用量は、従来知られていた用法又は用量と相違するので、請求項1に係る医薬発明は、新規性を有する。そして、喘息患者に対して、30~40μg/kg体重の化合物Aを1回投与することにより、喘息の症状が少なくとも3ヶ月にわたって軽減され、さらに、1日につき1μg/kg体重の化合物Aが毎日経口投与される場合よりも副作用Bの発現率が有意に低減することは、技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果であるので、請求項1に係る医薬発明は、進歩性を有する。
〔事例 5〕 特定の用法又は用量で特定の疾病に適用することで顕著な効果が奏されるもの
1回あたり100~120μg/kg体重の化合物Aが、ヒトの脳内の特定部位Zに投与されるように用いられることを特徴とする、化合物Aを有効成分として含有する卵巣癌治療薬。
化合物Aは、ヒトへの静脈投与により卵巣癌に対して増殖抑制効果を示すことが知られていたが、副作用として肝毒性を示すことも知られていた。
本発明では、化合物Aをヒトの脳内の特定部位Zに投与することで、脳下垂体から分泌されるホルモンYの血中濃度が変化し、結果として、従来の静脈投与による治療に比して、有意に卵巣癌が縮小することを見出した。
実施例において、化合物Aをヒトの脳内の特定部位Zに投与することにより、脳下垂体から分泌されるホルモンYの血中濃度が変化すること、及び、その結果、従来の静脈投与による治療に比して、卵巣癌がより縮小することを示す薬理試験結果が記載されている。また、脳内の特定部位Zへ投与する場合、化合物Aは肝臓には移行せず、肝毒性を示さない薬理試験結果も記載されている。
化合物Aがヒトへの静脈投与により卵巣癌に対して増殖抑制効果を示すこと、及び、肝毒性という副作用を示すことは公知である。しかしながら、静脈投与された化合物Aが血液脳関門を通り脳内に移行すること、及び、化合物Aをヒトの脳内の特定部位Zへ投与することにより、静脈投与の場合と比較して卵巣癌がより縮小することは、いずれの先行技術文献にも記載されておらず、その示唆もない。
また、出願時の技術水準からは、化合物Aをヒトの脳内の特定部位Zへ投与することにより肝毒性という副作用なしに卵巣癌が縮小することは予測できない。
なし。
卵巣癌治療における化合物Aの用法又は用量として、本発明の用法又は用量(脳内の特定部位Zへの投与)は、従来知られていた用法又は用量(静脈投与)と相違するので、請求項1に係る医薬発明は、新規性を有する。
そして、化合物Aが脳内の特定部位Zへ投与されることにより、肝毒性という副作用がなく、また、静脈投与による治療に比して卵巣癌がより縮小することは、技術水準から予測される範囲を超えた顕著な効果であるので、請求項1に係る医薬発明は、進歩性を有する。
〔事例 6〕 特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するもの
1回あたり400~450μg/kg体重の化合物Aが、ヒトに対して1日1回経口投与されるように用いられることを特徴とする、化合物Aを含有する鎮咳薬。
1回あたり160μg/kg体重の化合物Aをヒトに対して1日3回経口投与することで、鎮咳効果が奏されることは知られていたが、本発明では、1回あたり400~450μg/kg体重の化合物Aをヒトに対して1日1回経口投与することにより、従来よりも鎮咳効果が向上することを見出した。
実施例において、1回あたり400μg/kg体重の化合物Aを1日1回患者に経口投与することにより、1回あたり160μg/kg体重の化合物Aを1日3回経口投与するよりも、鎮咳効果が向上することを示す薬理試験結果が記載されている。また、1日あたりの投与回数が減少するため、服薬コンプライアンスが向上することも記載されている。
1回あたり160μg/kg体重の化合物Aを1日3回経口投与することで、鎮咳効果が得られることは公知である。また、本願の発明の詳細な説明に記載されている鎮咳効果や服薬コンプライアンスの向上の程度は、出願時の技術水準から予測可能な範囲内である。
化合物Aを有効成分とする鎮咳薬を経口投与することは公知である。一般に、薬効増大、服薬コンプライアンスの向上といった当業者によく知られた課題を解決するために、医薬の用法又は用量を好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、化合物Aの好適な用法又は用量を実験的に決定することは、当業者が容易になし得ることである。
そして、用法又は用量の好適化によって薬効や服薬コンプライアンスが向上し得ることは、当業者が通常予測することであり、本発明において、その向上の程度が出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであるとはいえない。
拒絶理由に対する対処
通常、上記拒絶理由を解消することはできない。
どの程度の効果が「技術水準から予測される範囲を超えた顕著なもの」であるかは、本願明細書の開示内容、先行技術調査の結果、出願時の技術常識等を考慮して個別に判断される。
〔事例 7〕 有効成分の組合せにより顕著な効果が奏されるもの
化合物Aと化合物Bとを重量比5:1~4:1の割合で含有する糖尿病治療用組成物。
本発明では、化合物Aと化合物Bを特定の割合で組み合わせて用いることにより、従来、化合物Aを単独で用いた場合に生じていた、体重増加等の副作用を低減することを見出した。
実施例において、化合物Aと化合物Bとを特定の割合で組み合わせて用いた場合に、副作用が低減されることを示す薬理試験結果が記載されている。
化合物Aと化合物Bを、それぞれ糖尿病治療薬として用いることは公知であるが、化合物Aと化合物Bを組み合わせて用いた糖尿病治療用医薬組成物はいずれの先行技術文献にも記載されていない。また、出願時の技術水準からは、化合物Aと化合物Bを特定の割合で組み合わせて用いることにより体重増加等の副作用が低減されることは予測できない。
なし。
薬理試験結果等によって、化合物Aと化合物Bを特定の割合で組み合わせて用いることにより、出願時の技術水準から予測される範囲を超えた副作用を低減する効果が示されているので、請求項1に係る発明は、進歩性を有する。
〔事例 8〕 公知の主作用が同じである成分同士の組合せ
食物繊維1~30gとYY菌1×106~1×108個を含有することを特徴とする液状整腸剤。
本発明では、共に整腸作用を有する食物繊維とYY菌を組み合わせて、整腸作用を増強させた整腸剤を作製した。また、明細書には、この組合せを有する整腸剤を用いた場合の薬理試験結果が示されている。しかし、食物繊維、又は、YY菌を単独で用いた場合の薬理試験結果については示されていない。
食物繊維を1~30g服用した場合やYY菌を1×106~1×108個服用した場合に整腸作用があることは公知である。また、整腸作用を有する細菌の体内活性を維持し、整腸作用を増強させるために、当該細菌と食物繊維を共存させることは公知である。
食物繊維を1~30g服用した場合やYY菌を1×106~1×108個服用した場合に整腸作用があることは公知である。また、整腸作用を有する細菌の体内活性を維持し、整腸作用を増強させるために、当該細菌と食物繊維を共存させることが公知であるから、整腸作用を有するYY菌1×106~1×108個を、同じく整腸作用を有する食物繊維1~30gと組み合わせて1つの整腸剤とすることは当業者が容易になし得たことである。また、その際に服用しやすさなどから液状製剤とすることも当業者が適宜なし得ることである。そして、その効果も格別なものとすることはできない。
拒絶理由に対する対処
本事例では、発明の詳細な説明において、本発明の食物繊維とYY菌とを組み合わせた整腸剤についての薬理試験結果が示され、整腸作用が増強されることも記載もされている。したがって、意見書等において、引用例に記載の食物繊維、YY菌をそれぞれ単独で服用した場合の実験結果を示した上で、食物繊維とYY菌を組合せた整腸剤について、引用発明と比較した有利な効果の存在を主張・立証することができる。ただし、その効果が、出願時の技術水準から予測される範囲を超えない場合には、拒絶理由は維持される。
〔事例 9〕 副作用を有することが公知の主成分と、その副作用を減弱させることが公知の副成分との組合せ
パクリタキセルと、パクリタキセル投与により生じる嘔吐を抑えるために効果的な量の化合物Xとを組み合わせてなるパクリタキセル応答性腫瘍用治療剤。
本発明では、パクリタキセルと化合物Xとを併用することにより、パクリタキセル投与時に生じる副作用である嘔吐を抑えながら、パクリタキセル応答性の腫瘍を治療できることを見出した。
実施例において、パクリタキセルと化合物Xとを併用することにより、副作用が低減されることを示す薬理試験結果が記載されている。
パクリタキセルは優れた抗腫瘍剤であるが、投与時に副作用として嘔吐が生じるため、嘔吐を減弱させる副成分を併用することが公知である。一方、化合物Xは一般に嘔吐を減弱させることがよく知られている。また、本願の発明の詳細な説明に記載されている嘔吐を減弱させる効果は、出願時の技術水準から予測可能な範囲内である。
パクリタキセルと、パクリタキセル投与による副作用である嘔吐を減弱させる副成分とを併用することが知られており、また、一般に嘔吐を減弱させる成分として化合物Xはよく知られているから、パクリタキセル投与による副作用である嘔吐を減弱させるために、化合物Xを組み合わせて使用することは、当業者が容易になし得ることである。また、そうすることにより、予想外に格別な効果も奏されていない。
拒絶理由に対する対処
通常、上記拒絶理由を解消することはできない。
〔事例 10〕 公知の主成分の効能に係る問題を解消することができる公知の副成分との組合せ
ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンの合計量100重量部に対して、化合物Xと化合物Yが、それぞれ1~100重量部および0.2~20重量部配合されてなる、配合消炎鎮痛剤。
本発明では、ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンを組み合わせてなる配合消炎鎮痛剤において、化合物Xと化合物Yを配合することにより、鎮痛作用試験における疼痛閾値を上昇させ、かつ作用持続時間を延長することができることが示された。
実施例において、ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンに対して、化合物Xと化合物Yを特定の割合で配合することで、上記効果が得られることを示す薬理試験結果が記載されている。
ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンの組合せからなる配合消炎鎮痛剤は公知であり、また、一般に、これらの非ステロイド系消炎鎮痛薬においては、一定量以上増量しても、鎮痛効果は増加せず、副作用のみ増加する、いわゆる天井効果があることも知られている。
一般に、非ステロイド系消炎鎮痛薬に化合物Xと化合物Yを加えることにより、鎮痛作用試験において疼痛閾値を本願発明と同程度に上昇させることができ、作用持続時間についても本願発明と同程度に延長することができることは公知である。
ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンの組合せからなる非ステロイド系消炎鎮痛薬が公知であり、非ステロイド系消炎鎮痛薬に化合物Xと化合物Yを加えることにより、鎮痛作用試験において疼痛閾値を上昇させることができ、作用持続時間を延長することができることが知られている。これらより、ジクロフェナクまたはその塩類とアセトアミノフェンの組合せからなる非ステロイド系消炎鎮痛薬の疼痛閾値を上昇させ、作用持続時間を延長するために、化合物Xと化合物Yを組み合わせることは当業者が容易に想到し得たことであり、かつ、配合成分の配合割合の範囲は当業者が実験的に最適化することができたものであると認められる。そして、その効果も格別なものとすることはできない。
拒絶理由に対する対処
通常、上記拒絶理由を解消することはできない。
〔事例 11〕主疾病から生じる種々の症状に、それぞれ治療効果を有することが公知の成分の組合せ
抗HIV薬アジドチミジン(AZT)と、化合物Zとの組合せからなることを特徴とするエイズ治療剤。
本発明では、HIV感染後に発症するエイズを治療するために、抗HIV薬AZTとエイズの一態様として生じる肺炎の治療に有効な化合物Zを組み合わせて用いることで、HIVの増殖を抑え、肺炎を治療する効果があることが示された。
アジドチミジン(AZT)がエイズ治療薬として使用できることは公知である。また、エイズの一態様として肺炎が生じることも公知である。また、本願の発明の詳細な説明に記載されているHIV増殖抑制効果や肺炎治療効果は、出願時の技術水準から予測可能な範囲内である。
アジドチミジン(AZT)がエイズ治療薬として有用であることが知られており、エイズの一態様として肺炎を生じやすいことも知られている。また、化合物Zを用いて、肺炎を治療することもよく行われている。
したがって、エイズ患者を治療する際に、エイズの原因となるHIVの増殖を抑制しつつ、エイズの一態様として生じる肺炎をも治療することを目的として、抗HIV薬AZTと化合物Zを組み合わせて使用しようとすることは、当業者が通常発揮し得る創作能力に過ぎない。また、両者を併用することにより、予想外に格別の効果は奏されていない。
通常、上記拒絶理由を解消することはできない。