本章は、第29条第1項各号の新規性を有しない発明に関する規定及び同条第2項
の進歩性を有しない発明に関する規定を扱う。
特許法第29条第1項(注)
(注)平成12年1月1日以降の出願に適用される条文は以下のとおり。
特許法第29条第1項
(参考:電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(第29条第1項第3号)の扱いについては、第5章を参照)
特許制度の趣旨は発明の公開の代償として独占権を付与するものであるから、特許権が付与される発明は新規な発明でなければならない。第29条第1項各号の規定は、新規性を有しない発明の範囲を明確にすべく、それらを類型化して規定したものである。
「特許出願前」とは、「特許出願の日前」とは異なり、出願の時分までも考慮したものである。
したがって、例えば、午前中に日本国内において公知になった発明についてその日の午後に特許出願がされたときは、その発明は特許出願前に日本国内において公然知られた発明である。また、ある発明が記載された刊行物が外国において頒布された時間が、日本時間に換算して午前中のとき、その発明についてその日の午後に特許出願がされたときは、その発明は特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明である。
「公然知られた発明」とは、不特定の者に秘密でないものとしてその内容が知られた発明を意味する。
守秘義務を負う者から秘密でないものとして他の者に知られた発明は「公然知られた発明」である。発明者又は出願人の秘密にする意思の有無は関係しない。
学会誌などの原稿の場合、一般に、原稿が受付けられても不特定の者に知られる状態に置かれるものではないから、その原稿の内容が公表されるまでは、その原稿に記載された発明は公然知られた発明とはならない。
「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況(注1)又は公然知られるおそれのある状況(注2)で実施をされた発明を意味する(注3)。
「公然知られる状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見れば当業者がその発明の内容を容易に知ることができるような状況をいう。
「公然知られるおそれのある状況」とは、例えば、工場であるものの製造状況を不特定の者に見学させた場合において、その製造状況を見た場合に製造工程の一部については装置の外部を見てもその内容を知ることができないものであり、しかも、その部分を知らなければその発明全体を知ることはできない状況で、見学者がその装置の内部を見ること、又は内部について工場の人に説明してもらうことが可能な状況(工場で拒否しない)をいう。
その発明が実施をされたことにより公然知られた事実がある場合は、第29条第1項第1号の「公然知られた発明」に該当するから、同第2号
の規定は発明が実施をされたことにより公然知られた事実が認められない場合でも、その実施が公然なされた場合を規定していると解される。
頒布された刊行物
「刊行物」とは、公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体をいう。
「頒布」とは、上記のような刊行物が不特定の者が見得るような状態におかれることをいう。現実に誰かがその刊行物を見たという事実を必要としない。
頒布された時期の取扱い
刊行物に発行時期が記載されている場合は次のように推定する。
発行の年のみが記載されているときは、その年の末日
発行の年月が記載されているときは、その年月の末日
発行の年月日まで記載されているときは、その年月日
刊行物に発行時期が記載されていない場合
外国刊行物で国内受入れの時期が判明しているときは、その受入れの時期から発行国から国内受入れまでに要する通常の期間さかのぼった時期に、頒布されたものと推定する。
当該刊行物につき、書評、抜粋、カタログなどを掲載した刊行物があるときは、その発行時期から、当該刊行物の頒布時期を推定する。
当該刊行物につき、重版又は再版などがあり、これに初版の発行時期が記載されているときは、それを頒布時期と推定する。
その他適当な手掛かりがあるときは、それから頒布時期を推定又は認定する。
特許出願の日と刊行物の発行日とが同日の場合の取扱い
特許出願の日と刊行物の発行日とが同日の場合は、特許出願の時が刊行物の発行の時よりも後であることが明らかな場合のほかは、頒布時期は特許出願前であるとはしない。
刊行物に記載された発明
「刊行物に記載された発明」とは、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。
「記載されているに等しい事項」とは、記載されている事項から本願出願時における技術常識(注)を参酌することにより導き出せるものをいう。
技術常識とは、当業者に一般的に知られている技術(周知技術、慣用技術を含む)又は経験則から明らかな事項をいう。
なお、「周知技術」とは、その技術分野において一般的に知られている技術であって、例えば、これに関し、相当多数の公知文献が存在し、又は業界に知れわたり、あるいは、例示する必要がない程よく知られている技術をいい、また、「慣用技術」とは、周知技術であって、かつ、よく用いられている技術をいう。
請求項に係る発明の認定は、請求項の記載に基づいて行う。この場合においては、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に記載された発明を特定するための事項(用語)の意義を解釈する。
請求項に係る発明の認定の具体的な運用は以下のとおり。
請求項の記載が明確である場合は、請求項の記載どおりに請求項に係る発明を認定する。この場合、請求項の用語の意味は、その用語が有する通常の意味と解釈する。
発明の要旨の認定、すなわち特許請求の範囲に記載された技術的事項の確定は、まず特許請求の範囲の記載に基づくべきであり、その記載が一義的に明確であり、その記載により発明の内容を的確に理解できる場合には、発明の詳細な説明に記載された事項を加えて発明の要旨を認定することは許されず、特許請求の範囲の記載文言自体から直ちにその技術的意味を確定するのに十分といえないときにはじめて詳細な説明中の記載を参酌できるにすぎないと解される。
考案の要旨の認定は、出願に係る考案が登録を受ける要件を具備するか否かを判断する手法として、当該考案の登録請求範囲に記載された技術的事項を明確にするために行われるものであって、登録請求範囲の記載からその技術的事項が明確である限りその記載にしたがって考案の要旨を認定すべきであり、考案の詳細な説明の記載事項や図面の記載からその要旨を限定的に解釈することはできないというべきである。
特許出願に係る発明の新規性及び進歩性の審理にあたっては、この発明を29条1項各号所定の発明と対比する前提として、特許出願に係る発明の要旨が認定されなければならないところ、この要旨認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、あるいは一見してその記載が誤記であることが明細書の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきである。
ただし、請求項の記載が明確であっても、請求項に記載された用語(発明特定事項)の意味内容が明細書及び図面において定義又は説明されている場合は、その用語を解釈するにあたってその定義又は説明を考慮する。なお、請求項の用語の概念に含まれる下位概念を単に例示した記載が発明の詳細な説明又は図面中にあるだけでは、ここでいう定義又は説明には該当しない。
また、請求項の記載が明確でなく理解が困難であるが、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項中の用語を解釈すれば請求項の記載が明確にされる場合は、その用語を解釈するにあたってこれらを考慮する。
明細書の技術用語は学術用語を用いること、用語はその有する普通の意味で使用することとされているから、明細書の技術用語を理解ないし解釈するについて、辞典類等における定義あるいは説明を参考にすることも必要ではあるが、それのみによって理解ないし解釈を得ようとするのは相当でなく、まず当該明細書又は図面の記載に基づいて、そこで用いられている技術用語の意味あるいは内容を理解ないし解釈すべきである。
「特許請求の範囲」の記載に用いられている技術用語が通常の用法と異なり、その旨が「発明の詳細な説明」に記載されているとか、「特許請求の範囲」に記載されているところが不明確で理解困難であり、それの意味内容が「発明の詳細な説明」において明確にされているというような場合等に、これら用語、記載を解釈するに当たって、「発明の詳細な説明」の記載を参酌してなすべきであるのはいうまでもない。
登録請求の範囲の記載を合理的に解釈するため、そこに表われている技術用語ないし技術的事項で不明確なものの正しい意味内容を考案の詳細な説明の記載の参酌によって確定することは当然許容される。
明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても請求項に係る発明が明確でない場合は、請求項に係る発明の認定は行わない。
請求項の記載に基づき認定した発明と明細書又は図面に記載された発明とが対応しないことがあっても、請求項の記載を無視して明細書又は図面の記載のみから請求項に係る発明を認定してそれを審査の対象とはしない。
また、明細書又は図面に記載があっても、請求項には記載されていない事項(用語)は、請求項には記載がないものとして請求項に係る発明の認定を行う。反対に、請求項に記載されている事項(用語)については必ず考慮の対象とし、記載がないものとして扱ってはならない。
「特許請求の範囲」の記載が明確であって、その記載により発明の内容を的確に把握できる場合に、この「特許請求の範囲」に何ら記載されていない、「発明の詳細な説明」に記載されている事項を加えて当該発明の内容を理解することは、出願発明の要旨認定においても許されないところである。
発明の要旨の認定ないし解釈は、特許請求の範囲の記載に基づいて行うべきであって、その際、特段の事情がない限り、そこに記載された事項を無視したり、あるいは、記載されていない事項を付加することは許されないところである。
作用、機能、性質又は特性(以下、「機能・特性等」という。)を用いて物を特定しようとする記載がある場合
請求項中に機能・特性等を用いて物を特定しようとする記載がある場合には、1.5.1(2)にしたがって異なる意味内容と解すべき場合(注)を除き、原則として、その記載は、そのような機能・特性等を有するすべての物を意味していると解釈する。例えば、「熱を遮断する層を備えた壁材」は「断熱という作用ないしは機能を有する層」という「物」を備えた壁材と解する。
例えば、「~の組成を有する耐熱性合金」という請求項について、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して請求項に係る発明を認定した結果、「耐熱性合金」との記載は「耐熱性を必要とする用途に用いる合金」の意味であると解すべき場合には、下記(2)の用途により物を特定しようとする記載がある場合の取扱いにしたがう。
ただし、その機能・特性等が、その物が固有に有しているものである場合は、その記載は物を特定するのに役に立っておらず、その物自体を意味しているものと解する。
「抗癌性を有する化合物X」
例1の場合、抗癌性は特定の化合物Xの固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」なる記載は、物を特定するのに役に立っておらず、化合物Xが抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、「化合物X」そのものを意味しているものと解する。したがって、化合物Xが公知である場合には新規性が否定される。(なお、「化合物Xを含む抗癌剤」の場合は、「第Ⅶ部第3章 医薬発明」の取扱いにしたがう。)
「高周波数信号をカットし、低周波数信号を通過させるRC積分回路」
例2の場合、「高周波数信号をカットし、低周波数信号を通過させる」点は「RC積分回路」が固有に有する機能であるので、一般的な「RC積分回路」を意味しているものと解する。しかし、「・・Hz以上の高周波数信号をカットし、・・Hz以下の低周波数信号を通過させるRC積分回路」という請求項の場合は、一般的な「RC積分回路」が固有に有する機能による特定ではなく、「一般的なRC積分回路のうち特定の周波数特性を有するもの」を意味していることになるので、物の特定に役立つ記載であることに注意する。
また、出願時の技術常識を考慮すると、そのような機能・特性等を有するすべての物のうち特定の物を意味しているとは解釈すべきでない場合がある。
例えば「木製の第一部材と合成樹脂製の第二部材を固定する手段」という請求項の記載においては、「固定する手段」は、すべての固定手段のうち溶接等のような金属に使用される固定手段は意味していないことは明らかである。
物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合
請求項中に、「~用」といった、物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合には、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その用途限定が請求項に係る発明を特定するための事項としてどのような意味を有するかを把握する。(請求項に係る発明を特定するための事項としての意味が理解できない場合は、第36条第6項第2号違反となり得ることに留意する。)
ただし、「~用」といった用途限定が付された化合物(例えば、用途Y用化合物Z)については、このような用途限定は、一般に、化合物の有用性を示しているに過ぎないため、以下の①、②に示される考え方を適用するまでもなく、用途限定のない化合物(例えば、化合物Z)そのものであると解される(例1)(参考判決:東京高判平9.7.8(平成7(行ケ)27))。この考え方は、化合物の他、微生物にも同様に適用される。
「殺虫用の化合物Z」
明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮すると、「殺虫用の」なる記載はその化合物の有用性を示しているに過ぎないから、「殺虫用の化合物Z」は、用途限定のない「化合物Z」そのものと解される。したがって、この場合、「殺虫用の化合物Z」と、用途限定のない公知の「化合物Z」とは、別異のものであるとすることはできない。
用途限定がある場合の一般的な考え方
用途限定が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、その用途に特に適した形状、構造、組成等(以下、単に「構造等」という。)を意味すると解することができる場合のように、用途限定が付された物が、その用途に特に適した物を意味すると解される場合は、その物は用途限定が意味する構造等を有する物であると解する。
したがって、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項とが、用途限定以外の点で相違しない場合であっても、用途限定が意味する構造等が相違すると解されるときは、両者は別異の発明である(例2、例3)。
一方、用途限定が付された物が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮しても、その用途に特に適した物を意味していると解することができない場合には、その用途限定は、下記②の用途発明と解すべき場合に該当する場合を除き、物を特定するための意味を有しているとはいえない。
したがって、この場合、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項とが、用途限定以外の点で相違しない場合は、両者は別異の発明であるとすることはできない。
「~の形状を有するクレーン用フック」
明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、「~の形状を有するクレーン用」なる記載が、クレーンに用いるのに特に適した大きさや強さ等を持つ構造を有するという、「フック」を特定する事項という意味に解される場合は、請求項に係る発明はこのような構造を有する「フック」と解される。したがって、「~の形状を有するクレーン用フック」は、同様の形状の「釣り用フック(釣り針)」とは構造等が相違するから、前者と後者とは別異のものである。
「組成Aを有するピアノ線用Fe系合金」
明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識をも考慮して、「組成Aを有するピアノ線用」なる記載が、ピアノ線に用いるのに特に適した、高張力を付与するための微細層状組織を有するという、「Fe系合金」を特定する事項という意味に解される場合は、請求項に係る発明はこのような微細層状組織を有する「Fe系合金」と解される。したがって、「組成Aを有するピアノ線用Fe系合金」は、このような微細層状組織を有しないFe系合金(例えば、「組成Aを有する歯車用Fe系合金」)とは構造等が相違するから、前者と後者とは別異のものである。
用途限定が付された物の発明を用途発明と解すべき場合の考え方
一般に、用途発明は、ある物の未知の属性を発見し、この属性により、当該物が新たな用途への使用に適することを見いだしたことに基づく発明と解される。
参考判決: 東京高判平13.4.25(平成10(行ケ)401)、東京地判平4.10.23(平成2(ワ)12094)、東京高判平12.7.13(平成10(行ケ)308)、東京高判平12.2.10(平成10(行ケ)364)そして、請求項中に用途限定がある場合であって、請求項に係る発明が、ある物の未知の属性を発見し、その属性により、その物が新たな用途に適することを見いだしたことに基づく発明といえる場合には、当該用途限定が請求項に係る発明を特定するための事項という意味を有するものとして、請求項に係る発明を、用途限定の観点も含めて解することが適切である。したがって、この場合は、たとえその物自体が既知であったとしても、請求項に係る発明は、用途発明として新規性を有し得る(例4)。
ただし、未知の属性を発見したとしても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮し、その物の用途として新たな用途を提供したといえなければ、請求項に係る発明の新規性は否定される。また、請求項に係る発明と引用発明とが、表現上の用途限定の点で相違する物の発明であっても、その技術分野の出願時の技術常識を考慮して、両者の用途を区別することができない場合は、請求項に係る発明の新規性は否定される。(例5、例6)
「特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物」
「特定の4級アンモニウム塩を含有する電着下塗り用組成物」と、「特定の4級アンモニウム塩を含有する船底防汚用組成物」とにおいて、両者の組成物がその用途限定以外の点で相違しないものであったとしても、「電着下塗り用」という用途が部材への電着塗装を可能にし、上塗り層の付着性をも改善するという属性に基づくものであるときに、「船底防汚用」という用途が、船底への貝類の付着を防止するという未知の属性を発見し、その属性により見いだされた従来知られている範囲とは異なる新たな用途である場合には、この用途限定が、「組成物」を特定するための意味を有することから、両者は別異の発明である。
「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」
「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が、骨におけるカルシウムの吸収を促進するという未知の属性の発見に基づく発明であるとしても、「成分Aを添加したヨーグルト」も「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」も食品として利用されるものであるので、成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」が食品として新たな用途を提供するものであるとはいえない。したがって、「成分Aを添加した骨強化用ヨーグルト」は、「成分Aを添加したヨーグルト」により新規性が否定される。
なお、食品分野の技術常識を考慮すると、ヨーグルトに限らず食品として利用されるものについては、公知の食品の新たな属性を発見したとしても、通常、公知の食品と区別できるような新たな用途を提供することはない。
「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」
「成分Aを有効成分とする肌の保湿用化粧料」が、角質層を軟化させ肌への水分吸収を促進するとの整肌についての属性に基づくものであり、一方、「成分Aを有効成分とする肌のシワ防止用化粧料」が、体内物質Xの生成を促進するとの肌の改善についての未知の属性に基づくものであって、両者が表現上の用途限定の点で相違するとしても、両者がともに皮膚に外用するスキンケア化粧料として用いられるものであり、また、保湿効果を有する化粧料は、保湿によって肌のシワ等を改善して肌状態を整えるものであって、肌のシワ防止のためにも使用されることが、当該分野における常識である場合には、両者の用途を区別することができるとはいえない。したがって、両者に用途限定以外の点で差異がなければ、後者は前者により新規性が否定される。
一般に、ある物の未知の属性の発見に基づき、その物の使用目的として従来知られていなかった一定の目的に使用する点に創作性が認められた発明は、用途発明として新規性を有し得るとされる。そして、この用途発明の考え方は、一般に、物の構造や名称からその物をどのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野(例:化学物質を含む組成物の用途の技術分野)において適用される。他方、機械、器具、物品、装置等については、通常、その物と用途とが一体であるため用途発明の考え方が適用されることはない。
請求項に係る発明が、その物の属性に基づく新たな用途を提供したといえるものである場合であっても、既知の属性や物の構造等に基づいて、当業者が、当該用途を容易に想到することができたといえる場合は、当該請求項に係る発明の進歩性は否定される(東京高判平15.8.27(平成14(行ケ)376))。
記載表現の面から用途発明をみると、用途限定の表現形式を採るもののほか、いわゆる剤形式を採るものや使用方法の形式を採るものなどがある。上記の取扱いは、用途限定の表現形式でない表現形式の用途発明にも適用され得るが、1.5.1(4)に示した趣旨から、その適用範囲は、請求項中に用途を意味する用語がある場合(例えば、「~からなる触媒」、「~合金からなる装飾材料」、「~を用いた殺虫方法」等)に限られる。
製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合(プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)
請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には、1.5.1(2)にしたがって異なる意味内容と解すべき場合を除き、その記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する(注)。したがって、請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製造でき、その生産物が公知である場合は、当該請求項に係る発明は新規性が否定される。
このように解釈する理由は、生産物の構造によってはその生産物を表現することができず、製造方法によってのみ生産物を表現することができる場合(例えば単離されたタンパク質に係る発明等)があり、生産物の構造により特定する場合と製造方法により特定する場合とで区別するのは適切でないからである。したがって、出願人自らの意思で、「専らAの方法により製造されたZ」のように、特定の方法によって製造された物のみに限定しようとしていることが明白な場合であっても、このように解釈する。
「製造方法P(工程p1,p2…及びpn)により生産されるタンパク質」例1の場合、製造方法Qにより製造される公知の特定のタンパク質Zが、製造方法Pにより製造されるタンパク質と同一の物である場合には、方法Pが新規であるか否かにかかわらず、新規性が否定される。
「溶接により鉄製部材Aとニッケル製部材Bを固着してなる二重構造パネル」例2の場合、仮に溶接以外の方法で、溶接により固着した二重構造パネルと同じ構造の物が得られるものとすると、それが公知である場合には、新規性が否定されることになるが、通常は溶接により固着された物と同一の構造の物は他の方法では得られないため、溶接という方法を使用した二重構造パネルの発明が公知でなければ新規性は否定されない。
公然知られた発明
公然知られた発明は、人を媒体として不特定の者により現実に知られた発明であり、通常、講演、説明会等を介して知られることが多い。その場合は、講演、説明会等の内容において説明されている事実から発明を認定する。
説明されている事実の解釈にあたっては、技術常識を参酌することができ、講演、説明会等の時における技術常識を参酌することにより、そのような事実から導き出される事項も、公然知られた発明の認定の基礎とすることができる。
公然実施をされた発明
公然実施をされた発明は、機械装置、システムなどを媒体として、不特定の者に公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況において実施された発明であるから、媒体となった機械装置、システムなどに化体されている事実から発明を認定する。
機械装置、システムなどに化体されている事実の解釈にあたっては、技術常識を参酌することができ、そのような事実から実施された時における技術常識を参酌することにより導き出される事項も、公然実施された発明の認定の基礎とすることができる。
刊行物に記載された発明
したがって、刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができない発明は「刊行物に記載された発明」とはいえず、「引用発明」とすることができない。例えば、ある「刊行物に記載されている事項」がマーカッシュ形式で記載された選択肢の一部であるときは、当該選択肢中のいずれか一のみを発明を特定するための事項とした発明を当業者が把握することができるか検討する必要がある。
(記載されているに等しい事項とされた例)
電気的干渉の防止を目的とするシールド手段としての導電体はアースに接続するのが、電気関係の分野における技術常識であったと認められ、したがって、当業者であれば、引例中に特に記載がなくとも、引例記載のスイッチのシールド板がアースに落とされることを予定したものであることを、当然の事項として了知すべきものと推認することができる。実用新案法第3条の規定の趣旨にかんがみれば、同条第1項第3号にいう「刊行物に記載された考案」とは、刊行物の記載から一般の当業者が了知しうる技術的思想をいうものと解するのが相当である。…引例記載のシールド板が使用態様としてアースに落とされるということは、前示技術常識に照らして読むとき、「シールド板」という引例の用語自体の技術的意味内容の一部に他ならないから、実質上記載されているに等しいというべきである。
(記載されているに等しい事項としない例)
引用例の実施例6においては、クエン酸の同効物としてアタプルギツトクレイ(酸性成分)が示されており、これは溶媒に不溶であり、しかも当該技術分野では従来酸性成分として溶媒に不溶なものが普通に使用されていることからみて、ここにはかえって、溶媒に不溶なフェノール樹脂を使用することが示されているにとどまるとみるのが相当である。したがって結局、引用例には、「フェノール樹脂」のうちから塩基性成分と共通の溶媒に可溶のものを選定すべきことを示す記載があるとすることはできない。
したがって、例えば、刊行物に化学物質名又は化学構造式によりその化学物質が示されている場合において、当業者が本願出願時の技術常識を参酌しても、当該化学物質を製造できることが明らかであるように記載されていないときは、当該化学物質は「引用発明」とはならない(なお、これは、当該刊行物が当該化学物質を選択肢の一部とするマーカッシュ形式の請求項を有する特許文献であるとした場合に、その請求項が第36条第4項第1号の実施可能要件を満たさないことを意味しない)。
引用発明の認定における上位概念及び下位概念で表現された発明の取扱い
引用発明が下位概念で表現されている場合は、発明を特定するための事項として「同族的若しくは同類的事項、又は、ある共通する性質」を用いた発明を引用発明が既に示していることになるから、上位概念(注1)で表現された発明を認定できる。なお、新規性の判断の手法として、引用発明が下位概念で表現されている場合でも、上位概念で表現された発明を認定せずに、対比、判断の際に、上位概念で表現された請求項に係る発明の新規性を判断することができる。
引用発明が上位概念で表現されている場合は、下位概念で表現された発明が示されていることにならないから、下位概念で表現された発明は認定できない(ただし、技術常識を参酌することにより、下位概念で表現された発明が導き出せる場合(注2)は認定できる)。
請求項に係る発明と引用発明との対比は、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を文言で表現する場合に必要と認められる事項(以下、「引用発明特定事項」という。)との一致点及び相違点を認定して行う。
また、上記(1)の対比の手法に代えて、請求項に係る発明の下位概念と引用発明との対比を行い、両者の一致点及び相違点を認定することができる。
請求項に係る発明の下位概念には、発明の詳細な説明又は図面中に請求項に係る発明の実施の形態として記載された事項などがあるが、この実施の形態とは異なるものも、請求項に係る発明の下位概念である限り、対比の対象とすることができる。
この手法は、例えば、機能・特性等によって物を特定しようとする記載や数値範囲による限定を含む請求項における新規性の判断に有効である。
なお、上記(1)及び1.5.3(3)の手法に代えて引用刊行物に記載された事項と請求項に係る発明の発明特定事項とを比較する場合には、刊行物に記載されている事項と請求項に係る発明の発明特定事項との対比の際に、本願出願時の技術常識を参酌して記載されている事項の解釈を行いながら、一致点と相違点とを認定することができる。ただし、上記(1)及び1.5.3(3)の手法による場合と判断結果が異なるものであってはならない。
独立した二以上の引用発明を組合わせて請求項に係る発明と対比してはならない。
対比した結果、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項とに相違点がない場合は、請求項に係る発明は新規性を有しない。相違点がある場合は、新規性を有する。
特許を受けようとする発明を特定するための事項に関して形式上又は事実上の選択肢(注1)を有する請求項に係る発明については、当該選択肢中のいずれか一の選択肢のみを発明を特定するための事項と仮定したときの発明と引用発明との対比を行った場合に両者に相違点がないときは、新規性を有しないものとする(注2)。
「形式上の選択肢」とは、請求項の記載から一見して選択肢であることがわかる表現形式の記載をいう。例えば、マーカッシュ形式の請求項や、多数項引用形式であって他の請求項を択一的に引用している請求項等がある。
「事実上の選択肢」とは、包括的な表現によって、実質的に有限の数のより具体的な事項を包含するように意図された記載をいう。「事実上の選択肢」かどうかは、請求項の記載のほか、明細書及び図面並びに出願時の技術常識を考慮して判断する。例えば「C(炭素数)1から10のアルキル基」(この包括的な表現には、メチル基、エチル基等が包含される。)のような記載を含む請求項等がある。
これに対し、例えば「熱可塑性樹脂」という記載は、発明の詳細な説明中に用語の定義がある場合のように明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮してそのように解釈すべきであるときを除き、その概念に含まれる具体的事項を単に包括的に括って表現した記載と見るべきではなく、したがって事実上の選択肢には該当しないことに注意する必要がある。すなわち、「熱可塑性樹脂」という概念には、不特定多数の具体的事項が含まれ(例えばポリエチレン、ポリプロピレン等)、それらの具体的事項の共通する性質(この場合は熱可塑性)により特定した上位概念と解する。
この取扱いは、どのような場合に先行技術調査を終了することができるかとは関係しない。この点については「第Ⅸ部 審査の進め方」を参照。
機能・特性等による物の特定を含む請求項についての取扱い
機能・特性等により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記(i)又は(ⅱ)に該当するものは、引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、新規性否定の拒絶査定を行う。
ただし、引用発明特定事項が下記(ⅰ)又は(ⅱ)に該当するものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。
当該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれにも該当しない場合
当該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれかに該当するが、これらの機能・特性等が複数組合わされたものが、全体として(ⅰ)に該当するものとなる場合
標準的なものとは、JIS(日本工業規格)、ISO規格(国際標準化機構規格)又はIEC規格(国際電気標準会議規格)により定められた定義を有し、又はこれらで定められた試験・測定方法によって定量的に決定できるものをいう。当業者に慣用されているものとは、当該技術分野において当業者に慣用されており、その定義や試験・測定方法が当業者に理解できるものをいう。
以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。
請求項に係る発明の機能・特性等が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて同一と認められる引用発明の物が発見された場合
請求項に係る発明と引用発明が同一又は類似の機能・特性等により特定されたものであるが、その測定条件や評価方法が異なる場合であって、両者の間に一定の関係があり、引用発明の機能・特性等を請求項に係る発明の測定条件又は評価方法により測定又は評価すれば、請求項に係る発明の機能・特性等に含まれる蓋然性が高い場合
出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知であることが発見された場合
本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明が発見された場合(例えば、実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき、又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど)
引用発明と請求項に係る発明との間で、機能・特性等により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が共通しており、しかも当該機能・特性等により表現された発明特定事項の有する課題若しくは有利な効果と同一又は類似の課題若しくは効果を引用発明が有しており、引用発明の機能・特性等が請求項に係る発明の機能・特性等に含まれる蓋然性が高い場合
なお、この特例の手法によらずに新規性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。
製造方法による生産物の特定を含む請求項についての取扱い
製造方法による生産物の特定を含む請求項においては、その生産物自体が構造的にどのようなものかを決定することが極めて困難な場合がある。そのような場合において、上記(3)と同様に、当該生産物と引用発明の物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。
ただし、引用発明特定事項が製造方法によって物を特定しようとするものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。
以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。
請求項に係る発明と出発物質が類似で同一の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合
請求項に係る発明と出発物質が同一で類似の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合
出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知であることが発見された場合
本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明が発見された場合
なお、この特例の手法によらずに新規性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。
特許法第29条第2項
特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。
第29条第2項の規定の趣旨は、通常の技術者が容易に発明をすることができたものについて特許権を付与することは、技術進歩に役立たないばかりでなく、かえってその妨げになるので、そのような発明を特許付与の対象から排除しようというものである。
「前項各号に掲げる発明」とは、特許出願前に、日本国内において公然知られた発明及び公然実施をされた発明、並びに日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発明すべてを指す(注1)。
平成12年1月1日以降の出願においては、特許出願前に、日本国内又は外国において公然知られた発明及び公然実施をされた発明、並びに日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明 又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明すべてを指す。
「その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者」(以下、「当業者」という。)とは、本願発明の属する技術分野の出願時の技術常識を有し、研究、開発のための通常の技術的手段を用いることができ、材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮でき、かつ、本願発明の属する技術分野の出願時の技術水準(注2)にあるもの全てを自らの知識とすることができる者、を想定したものである。
なお、当業者は、発明が解決しようとする課題に関連した技術分野の技術を自らの知識とすることができる。
また、個人よりも、複数の技術分野からの「専門家からなるチーム」として考えた方が適切な場合もある。
「技術水準」は、上記「前項各号に掲げる発明」のほか、技術常識、その他の技術的知識(技術的知見等)から構成される。
「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に 基づいて容易に発明をすることができた」とは、特許出願前に、当業者が、第29条第1項各号に掲げる発明(引用発明)に基づいて、通常の創作能力を発揮することにより、請求項に係る発明に容易に想到できたことを意味する。
進歩性の判断は、本願発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で、当業者であればどのようにするかを常に考慮して、引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけができるか否かにより行う。
具体的には、請求項に係る発明及び引用発明(一又は複数)を認定した後、論理づけに最も適した一の引用発明を選び、請求項に係る発明と引用発明を対比して、請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明を 特定するための事項との一致点・相違点を明らかにした上で、この引用発明や他の引用発明(周知・慣用技術も含む)の内容及び技術常識から、請求項に係る発明に対して進歩性の存在を否定し得る論理の構築を試みる。論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。例えば、請求項に係る発明が、引用発明からの最適材料の選択あるいは設計変更や単なる寄せ集めに該当するかどうか検討したり、あるいは、引用発明の内容に動機づけとなり得るものがあるかどうかを検討する。また、引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。
その結果、論理づけができた場合は請求項に係る発明の進歩性は否定され、論理づけができない場合は進歩性は否定されない。
なお、請求項に係る発明及び引用発明の認定、並びに請求項に係る発明と引用発明との対比の手法は「新規性の判断の手法」と共通である(1.5.1~1.5.4参照)。
論理づけは、種々の観点、広範な観点から行うことが可能である。以下にそれらの具体例を示す。
最適材料の選択・設計変更、単なる寄せ集め
最適材料の選択・設計変更など
一定の課題を解決するために公知材料の中からの最適材料の選択、数値範囲の最適化又は好適化、均等 物による置換、技術の具体的適用に伴う設計変更などは、当業者の通常の創作能力の発揮であり、相違点がこれらの点にのみある場合は、他に進歩性の存在を推認できる根拠がない限り、通常は、その発明は当業者が容易に想到することができたものと考えられる。
赤外線エネルギーの波長範囲が略0.8より1.0μmの赤外線波を用い送受信を行うことは、従来周知の事項であると認められる。そうすると、緊急車の運転伝達装置にこれを適用することを妨げる特段の事情も窺えない以上、これを引用発明1の運行伝達に適用することは、当業者にとって容易に想到し得たことと認められる。
補強材で補強されていない布や紙を植物体を挟む基材として用いることは、押し花製作法における周知・慣用の技術である。そうとすれば、引用発明の可撓性吸湿板のように、補強した布や紙を用いる必要のない場合、この補強材を省いて、塩化カルシウムを吸蔵させた布や紙を基材として用いようとすることは、当業者のみならず、押し花を製作してみようと試みる一般人にとっても、単なる設計事項若しくは容易に考え出せることである。
単なる寄せ集め
発明を特定するための事項の各々が機能的又は作用的に関連しておらず、発明が各事項の単なる組み合わせ(単なる寄せ集め)である場合も、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、その発明は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内である。
原告らの主張する顕著な作用効果なるものは、公知の個々の技術について当然予測される効果の単なる集合の域を出ないものとみるほかなく、したがって、これをもって本願発明に特有の顕著な作用効果とみることはできない。
動機づけとなり得るもの
技術分野の関連性
発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。例えば、関連する技術分野に置換可能なあるいは付加可能な技術手段があるときは、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
引用発明の打止解除装置はパチンコゲーム機に関するものであるが、これを、同じ遊技ゲーム機であり、計数対象がパチンコ玉かメダルかという差異はあるもののその所定数を計数してスロットマシンを停止する打止装置を有するスロットマシンに転用することは、容易に着想し得るものであると認められる。技術の転用の容易性は、ある技術分野に属する当業者が技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術を転用することを容易に着想することができるか否かの観点から判断されるべきところ、この観点からは、パチンコゲーム機の技術をスロットマシンの技術に転用することは容易に着想できることと認められる。
カメラとオートストロボとは常に一緒に使用されるものであり、密接に関連するので、カメラに設けられた測光回路の入射制御素子を、オートストロボの測光回路に適用することは、その適用に当たって格別の構成を採用したものでない限り、当業者が容易になし得たことである。
引用発明1は段ボール紙印刷機における印刷インク回収装置に関するものであり、引用発明2は印刷インキ等の高粘性液を供給する装置に関するものであるから、両者が同一の技術分野に属することは明らかである。そして、前記の相違点の判断において引用発明2から援用すべきものは、移送ポンプの駆動モータを逆転制御回路に連設することによって移送ポンプを正転・逆転に切り換えられる吐出・吸引ポンプに構成するという、極めて基礎的な技術手段にすぎないから、両者の具体的な技術的課題(目的)が同一でないことは、引用発明1に対する引用発明2の技術手段の適用が、当業者にとってきわめて容易であったことを否定する論拠にはならない。
課題の共通性
課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
引用発明1、2は、ラベルが仮着されている台紙を所定位置に停止させる点で、同一の技術課題を有する。引用発明1において、その技術的課題を解決するために引用発明2のラベル送り制御手段を適用することは、当業者ならば容易に想到し得たことである。
鋸刃の厚みは鋸刃の刃長さによって種々異なることは普通であり、替え刃式鋸において厚みの異なる鋸刃を交換して使用する技術的課題自体は、引用発明1に接した当業者であれば容易に予測できる。また、引用発明4~7の挟持手段はナイフ等の厚みが異なっても弾性により挟持力で挟持できることは明らかであり、その構造自体が種々の厚みの刃物に対応して挟持させる技術思想のもとに製作されていると認められるので引用発明4~7の技術思想は厚みの異なる刃物を交換使用する点で本願考案の技術的課題と共通している。従って、引用発明1の鋸刃の構成に引用発明4~7の構成を転用することは当業者が極めて容易に着想することが可能というべきである。
引用発明が、請求項に係る発明と共通する課題を意識したものといえない場合は、その課題が自明な課題であるか、容易に着想しうる課題であるかどうかについて、さらに技術水準に基づく検討を要する。
本願発明の「費用及び空間を節約」という課題は、混合機に限らず、あらゆる装置についていえる一般的な課題、つまり、装置の構成を考える場合における自明な課題にすぎない。そしてこの課題と軸上減速機及びモータ付き減速機の前記特徴とを併せて考慮し、引用発明1の混合機を前記自明の課題に従って占有面積を節約しようとして、引用発明4に記載された前記軸上減速機及びモータ付き減速機を採用することは、当業者であれば容易に想到できたことであり、そこに格別の困難があるということができない。
引用発明4には、ゴルフクラブ用シャフトにおいて、「軽量であること」が重要な要求特性の1つであることが明示され、かつ、ボールの飛距離との関係で、ゴルフクラブのシャフトの重量を軽くすることの必要性ないし有利性が教示されているのであるから、ゴルフクラブのシャフトの軽量化を計るという本件考案の課題は、当業者において当然予測できる程度の事項であると認められる。
なお、別の課題を有する引用発明に基づいた場合であっても、別の思考過程により、当業者が請求項に係る発明の発明特定事項に至ることが容易であったことが論理づけられたときは、課題の相違にかかわらず、請求項に係る発明の進歩性を否定することができる。試行錯誤の結果の発見に基づく発明など、課題が把握できない場合も同様とする。
本願発明は、表面に付着する水を逃がすために、カーボン製ディスクブレーキに溝を設けたもの。一方、引用発明1には、カーボン製ディスクブレーキが記載されている。引用発明2には、表面に付着する埃を除去する目的で、金属製のディスクブレーキに溝を設けたものが記載されている。この場合、引用発明1のカーボン製ディスクブレーキにおいても、表面に付着する埃が制動の妨げになることが、ブレーキの一般的な機能から明らかであるから、このような問題をなくすために引用発明2の技術に倣ってカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは、当業者が容易になし得る技術改良であり、その結果、本願発明と同じ構成が得られるので、本願発明は進歩性を有しない。
ただし、出願人が引用発明1と引用発明2の技術を結び付けることを妨げる事情(例えば、カーボン製のディスクブレーキには、金属製のそれのような埃の付着の問題がないことが技術常識であって、埃除去の目的でカーボン製ディスクブレーキに溝を設けることは考えられない等)を十分主張・立証したときは、引用発明からは本願発明の進歩性を否定できない。
作用、機能の共通性
請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
引用発明1のものと引用発明2のものとは、印刷装置のシリンダ洗浄を布帛を押圧して行うものである点で共通し、引用発明1のカム機構も引用発明2の膨張部材も布帛をシリンダに接触・離反させる作用のために設けられている点で異なるところはない。そうすると、引用発明1のカム機構に代えて、押圧手段として引用発明2の膨張部材を転用することの背景は存在するということができる。
引用発明の内容中の示唆
引用発明の内容に請求項に係る発明に対する示唆があれば、当業者が請求項に係る発明に導かれたことの有力な根拠となる。
引用例には、陽イオン性でしかも化学的前処理が不必要な水性電着浴を得るという本願発明と同様の目的に適する金属イオンとして、電位列中の電位が鉄の電位よりも高いものという条件が挙げられており、具体的に7種の金属イオンが例示されている。この中には本願発明の特定構成である鉛イオンは記載されていないが、鉛は電位列中の電位が鉄の電位よりも高いことは周知の事実であるから、鉛イオンを用いることは引用例に示唆されているといえる。したがって、鉛イオンを用いることが本願発明の目的を実現する上で不適当である等の事情がない限り、鉛イオンを電着浴に添加しようとすることは、当業者であれば容易に着想できることである。
本願発明の3―位クロル体は、引用例にあげられた2―位クロル体および4―位クロル体と化学構造上置換位置しか相違しない点、および引用例には化合物が明色化剤として使用できるためには置換位置を特定の位置に限定しなければならない旨の記載はない点を考慮すると、3―位クロル体は引用例に示唆されているものといえるのであって、同じく明色化剤として使用価値があることは、当業者であれば容易に予測できることである。
引用発明と比較した有利な効果
引用発明と比較した有利な効果が明細書等の記載から明確に把握される場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これを参酌する。ここで、引用発明と比較した有利な効果とは、発明を特定するための事項によって奏される効果(特有の効果)のうち、引用発明の効果と比較して有利なものをいう。
引用発明と比較した有利な効果の参酌
請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有している場合には、これを参酌して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことの論理づけを試みる。そして、請求項に係る発明が引用発明と比較した有利な効果を有していても、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことが、十分に論理づけられたときは、進歩性は否定される。
本願発明により製造された積層材が、強度その他の面において、従来のものに比べて若干優れた特性を有するとしても、それは当業者の容易にすることができる選択にしたがい、ポリエチレン樹脂に代えてポリプロピレン樹脂を選んだ結果もたらされたものであり、進歩性の判断を左右しない。
光電変換半導体装置の半導体層のうち、光が入射される側の半導体領域の材料に珪素炭化物を採用することが、同領域の光の吸収を少なくする観点から容易であった以上、この半導体領域が第二の半導体領域のる型性劣化を防止するという効果を合わせ有するとしても、珪素炭化物を採用することの容易性を左右するものでない。
しかし、引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることにより、進歩性が否定されないこともある。
例えば、引用発明特定事項と請求項に係る発明の発明特定事項とが類似していたり、複数の引用発明の組み合わせにより、一見、当業者が容易に想到できたとされる場合であっても、請求項に係る発明が、引用発明と比較した有利な効果であって引用発明が有するものとは異質な効果を有する場合、あるいは同質の効果であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測することができたものではない場合には、この事実により進歩性の存在が推認される。
特に、後述する選択発明のように、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属するものについては、引用発明と比較した有利な効果を有することが進歩性の存在を推認するための重要な事実になる。
引用発明に基づき本願発明のようなモチリン誘導体を製造することは当業者が容易になし得ることであるとみることも可能である。しかしながら、本願モチリンが引用発明モチリンと同質の効果を有するものであったとしても、それが極めて優れた効果を有しており、当時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであれば、進歩性があるものとして特許を付与することができると解するのが相当である。
本願発明の効果は各構成の結合によりはじめてもたらされたものであり、かつ顕著なものであるから、本願発明は、その構成が公知であって各引用発明に記載されている技術とはいえ、これから容易に推考し得たものとはいえない。
意見書等で主張された効果の参酌
明細書に引用発明と比較した有利な効果が記載されているとき、及び引用発明と比較した有利な効果は明記されていないが明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明と比較した有利な効果を推論できるときは、意見書等において主張・立証(例えば実験結果)された効果を参酌する。しかし、明細書に記載されてなく、かつ、明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見書等で主張・立証された効果は参酌すべきでない。
選択発明における考え方
選択発明とは、物の構造に基づく効果の予測が困難な技術分野に属する発明で、刊行物において上位概念で表現された発明又は事実上若しくは形式上の選択肢で表現された発明から、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明又は当該選択肢の一部を発明を特定するための事項と仮定したときの発明を選択したものであって、前者の発明により新規性が否定されない発明をいう。したがって、刊行物に記載された発明(1.5.3(3)参照)とはいえないものは選択発明になりうる。
刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質な効果、又は同質であるが際立って優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。
ある一般式で表される化合物が殺虫性を有することが知られていた。本願発明は、この一般式に含まれるが、殺虫性に関し具体的に公知でないある特定の化合物について、人に対する毒性が上記一般式中の他の化合物に比べて顕著に少ないことを見出し、これを殺虫剤の有効成分として選択した。そして、他に、これを予測可能とする証拠がない。
本願発明は、彩度において引用発明よりも優れた作用効果を奏するものの、その差異は引用発明の奏する作用効果から連続的に推移する程度のもので、当業者の予測を超えた顕著な作用効果ということはできないから、本願発明につき選択発明は成立しない。
数値限定を伴った発明における考え方
発明を特定するための事項を、数値範囲により数量的に表現した、いわゆる数値限定の発明については、
実験的に数値範囲を最適化又は好適化することは、当業者の通常の創作能力の発揮であって、通常はここに進歩性はないものと考えられる。しかし、
請求項に係る発明が、限定された数値の範囲内で、刊行物に記載されていない有利な効果であって、刊行物に記載された発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないときは、進歩性を有する。
なお、有利な効果の顕著性は、数値範囲内のすべての部分で満たされる必要がある。
本願発明が、その要件とする350度ないし1200度の反応温度の内、少なくとも350ないし500度付近までの反応条件については顕著な効果があるとは認められない。
さらに、いわゆる数値限定の臨界的意義について、次の点に留意する。
請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される。
本願発明において「100メッシュないし14メッシュの範囲内にある粒度のものを90%以上含んでいる」とした点は、引用発明における望ましい粒度範囲50~12メッシュのものと数値的に極めて近似し、作用効果において、格別の差がないから、引用発明に基づき粒度範囲を本願発明のように限定することが、当業者が格別の創意を要せずになし得る程度といえる場合、本願発明は引用発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたというべきである。
しかし、課題が異なり、有利な効果が異質である場合は、数値限定を除いて両者が同じ発明を特定するための事項を有していたとしても、数値限定に臨界的意義を要しない。
機能・特性等により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記①又は②に該当するものは、引用発明との対比が困難となる場合がある。そのような場合において、引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、進歩性が否定される旨の拒絶理由を通知する。出願人が意見書・実験成績証明書等により、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いについて反論、釈明し、審査官の心証を真偽不明となる程度に否定することができた場合には、拒絶理由が解消される。出願人の反論、釈明が抽象的あるいは一般的なものである等、審査官の心証が変わらない場合には、進歩性否定の拒絶査定を行う。
ただし、引用発明特定事項が下記①又は②に該当するものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。
当該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれにも該当しない場合
当該機能・特性等が、標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解できるもののいずれかに該当するが、これらの機能・特性等が複数組合わされたものが、全体として①に該当するものとなる場合
以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。
請求項に係る発明の機能・特性等が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて請求項に係る発明の進歩性否定の根拠になると認められる引用発明の物が発見された場合
請求項に係る発明と引用発明が同一又は類似の機能・特性等により特定されたものであるが、その測定条件や評価方法が異なる場合であって、両者の間に一定の関係があり、引用発明の機能・特性等を請求項に係る発明の測定条件又は評価方法により測定又は評価すれば、請求項に係る発明の機能・特性等と類似のものとなる蓋然性が高く、進歩性否定の根拠となる場合
出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知の発明から容易に発明できたものであることが発見された場合
本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明であって進歩性否定の根拠となるものが発見された場合(例えば、実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき、又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど)
請求項に係る発明の、機能・特性等により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が、引用発明と共通しているか、又は進歩性が欠如するものであり、しかも当該機能・特性等により表現された発明特定事項の有する課題若しくは有利な効果と同一又は類似の課題若しくは効果を引用発明が有しており、進歩性否定の根拠となる場合
なお、この特例の手法によらずに進歩性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。
製造方法による生産物の特定を含む請求項においては、その生産物自体が構造的にどのようなものかを決定することが極めて困難な場合がある。そのような場合において、上記2.6と同様に、当該生産物と引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が類似の物であり本願発明の進歩性が否定されるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、進歩性が欠如する旨の拒絶理由を通知する。
ただし、引用発明特定事項が製造方法によって物を特定しようとするものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。
以下に、一応の合理的な疑いを抱くべき場合の例を示す。
請求項に係る発明と出発物質が類似で同一の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合
請求項に係る発明と出発物質が同一で類似の製造工程により製造された物の引用発明を発見した場合
出願後に請求項に係る発明の物と同一と認められる物の構造が判明し、それが出願前に公知の発明から容易に発明できたものであることが発見された場合
本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたもの又はこれと類似のものについての進歩性を否定する引用発明が発見された場合
なお、この特例の手法によらずに進歩性の判断を行うことができる場合には、通常の手法によることとする。
刊行物中に請求項に係る発明に容易に想到することを妨げるほどの記載があれば、引用発明としての適格性を欠く。しかし、課題が異なる等、一見論理づけを妨げるような記載があっても、技術分野の関連性や作用、機能の共通性等、他の観点から論理づけが可能な場合には、引用発明としての適格性を有している。
本願発明が炭酸マグネシウムの分解に伴う二酸化炭素を利用するものであるのに対し、引用発明はその利用を否定するものであるから、対比判断の資料に供し得ない。
引用発明1は、ターミナルピンの設け方を工夫することにより薄型化を図る事を目的とするトランスの取り付け装置であるが、引用発明1のターミナルピンに引用発明2の構成を適用すると、折角逃がし穴まで設けた上で設け方を工夫して薄型化を図ったターミナルピンを考案の目的に反する方向に変更することになるから、両者が平面取り付け可能という点で共通することを考慮しても、当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
引用発明1に、引用発明2、3に示された、別個の作業機能を備えた2つの把持手段を単一のロボットに備えることにより、2つの作業を単一のロボットで選択的に実行する技術思想を適用するに当たって、該自動梱包装置の存在が妨げになるものとはいえない。
審決が、「一般にこの種コーティング組成物において、塗布手段あるいは塗布条件などに応じて、不活性溶剤を適宜含有させ、粘度などを調整することは慣用手段…であり、さらに引用例記載の発明において、不活性溶剤を用いるに当たり格別な技術的支障があるとはいえないので、引用例記載の発明において不活性溶剤を併用することは、当業者が容易に想到できたことといえる。」とした判断に誤りはない。
周知・慣用技術は拒絶理由の根拠となる技術水準の内容を構成する重要な資料であるので、引用するときは、それを引用発明の認定の基礎として用いるか、当業者の知識(技術常識等を含む技術水準)又は能力(研究開発のための通常の技術的手段を用いる能力や通常の創作能力)の認定の基礎として用いるかにかかわらず、例示するまでもないときを除いて可能な限り文献を示す。
本願の明細書中に本願出願前の従来技術として記載されている技術は、出願人がその明細書の中で従来技術の公知性を認めている場合は、出願当時の技術水準を構成するものとしてこれを引用して請求項に係る発明の進歩性判断の基礎とすることができる。
特許を受けようとする発明を特定するための事項に関して形式上又は事実上の選択肢(注)を有する請求項に係る発明については、当該選択肢中のいずれか一の選択肢のみを発明を特定するための事項と仮定したときの発明と引用発明との対比及び論理づけを行い、論理づけができた場合は、当該請求項に係る発明の進歩性は否定されるものとする。
なお、この取扱いは、どのような場合に先行技術調査を終了することができるかとは関係しない。この点については「第Ⅸ部 審査の進め方」を参照。
「形式上又は事実上の選択肢」については、1.5.5(注1)を参照。
物自体の発明が進歩性を有するときは、その物の製造方法及びその物の用途の発明は、原則として進歩性を有する。
商業的成功又はこれに準じる事実は、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌することができる。ただし、出願人の主張・立証により、この事実が請求項に係る発明の特徴に基づくものであり、販売技術や宣伝等、それ以外の原因によるものでないとの心証が得られた場合に限る。
本願発明におけるような組成からなる精油所右残分ガスを用いることは、引用発明とは全く異なる発想というべきであり、当業者に容易に行いうるとすることはできず、本願発明は、排ガスである精油所残分ガスを用いることによって、原材料の極めて安価な供給と廃物の有効利用という経済的効果をもたらすことは明らかであって、その効果は格別のものと評価することができるから、本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものとは認められない。
原告主張のように本願発明の実施品が商業的に成功したということは作用効果の予測容易性を左右するものではない。
(「第Ⅱ部第2章 新規性・進歩性 1.5.5 新規性の判断」参照)
作用、機能、性質又は特性により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記i)又はii)に該当するものは、引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知し、両発明が相違する旨の出願人の主張・反証を待つことができる。
(ただし、引用発明を特定するための事項が下記i)又はii)に該当するものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。)
作用、機能、性質又は特性が標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解することができるもののいずれにも該当しない場合
作用、機能、性質又は特性が標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても慣用されているものとの関係が当業者に理解することができるもののいずれかに該当するが、これらの作用、機能、性質若しくは特性が複数組合わされたものが、全体としてi)に該当するものとなる場合
上記の場合であって、「作用、機能、性質又は特性」により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項において、一応の合理的な疑いを抱くべき場合とは、例えば以下の場合が考えられる。
請求項に係る発明の「作用、機能、性質又は特性」が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて同一と認められる引用発明の物が発見された場合。
請求項に係る発明と引用発明が同じ「作用、機能、性質又は特性」により特定されたものであるが、請求項に係る発明と引用発明の「作用、機能、性質又は特性」の測定条件が異なる場合であって、測定条件と測定値に一定の関係がある結果、引用発明の「作用、機能、性質又は特性」を請求項に係る発明の測定条件で測定すれば、請求項に係る発明に記載された数値範囲又は数式(不等式を含む)等に含まれる値になる蓋然性が高い場合。
請求項に係る発明と引用発明が類似の「作用、機能、性質又は特性」により特定されたものであるが、請求項に係る発明と引用発明の「作用、機能、性質又は特性」の評価方法が異なる場合であって、両評価方法に一定の関係がある結果、引用発明の物を本願発明の評価方法を用いて特定すれば、請求項に係る発明に記載された数値範囲又は数式(不等式を含む)等に含まれる値になる蓋然性が高い場合。
本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明が発見された場合。(例えば、実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき、又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど。)
引用発明と請求項に係る発明との間で、「作用、機能、性質又は特性」により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が共通しており、しかも当該「作用、機能、性質又は特性」により表現された発明特定事項の有する課題又は有利な効果と同一の課題又は効果を引用発明が有している場合。
(「第Ⅱ部第2章 新規性・進歩性 1.6 第29条第1項の規定に基づく拒絶理由通知」参照)
請求項に係る発明が、第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その一応の合理的な疑いの根拠を必ず示すとともに、必要に応じて、どのような反論、釈明をすることが有効であるかについても見解を示す。
例えば、本願請求項に係る物と引用発明の物とが同一でないことを合理的に反論、釈明するために、その物の「作用、機能、性質又は特性」を定量的に比較して示す必要がある場合には、本願請求項に係る物と拒絶理由通知中で引用発明として認定された特定の実施例に係る物とが同一でないことを実験成績証明書によって明らかにする必要がある旨を、拒絶理由通知中に記載する。
出願人は、拒絶理由通知に対して、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。そしてそれらにより、出願に係る発明が第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであるとの審査官の心証を真偽不明になる程度まで否定できた場合には、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらない場合には、新規性の欠如の拒絶理由に基づく拒絶の査定を行うことができる。
「作用、機能、性質又は特性」により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項に係る発明が、出願前に頒布された刊行物に記載された発明であることを説明するには、一般に、実験によりこれを証明することが必要になる場合が多い。
情報提供制度においては、上記必要性に鑑み、請求項に係る発明が出願前に頒布された刊行物に記載された発明であることを説明するための「書類」として、実験成績証明書等を提出することができるとしている。この際には、証明すべき事項、実験内容、及び実験結果が明確に確認できる程度に必要な事項を記載した実験成績証明書等を提出する。
このような情報提供によって提出された実験成績証明書等を拒絶理由通知中に引用する場合には、当該通知中に利用する実験成績証明書等の提出日及び実験者の名前等を記載し、引用する証拠を特定する。
情報提供により提出された実験成績証明書等は、閲覧することができる。
以下に、一応の合理的な疑いに基づき拒絶理由を通知すべき事例、及び実験成績証明書の例を示す。
新規性の判断に関する事例1
類型:①
【請求項1】
平均粒子径Rが150~190μm、且つ空隙量A(cc/g)が下記式を満たすことを特徴とする塩化ビニル系樹脂粒子。
0.15 logR - 0.11 < A < 0.34【発明の名称】
塩化ビニル樹脂の造粒方法
【実施例】
……平均粒子径が180μm、ポロシティが27%であるポリ塩化ビニル樹脂を懸濁重合法により製造した。そしてこのポリ塩化ビニル樹脂を、……。
[解説]
引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂の平均粒子径の値を請求項に記載された式の左辺に代入すると0.15log180 - 0.11≒0.228となる。また、ポリ塩化ビニル樹脂の比重dが通常1.16~1.55であることから、ポロシティが27%であるポリ塩化ビニル樹脂の空隙量A(cc/g)は、単位体積あたりの空隙/単位体積あたりの重さ、すなわち、0.27/(1-0.27)dより求めることができ、A=0.239~0.319となる。よって、引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂は請求項の式の関係を満たすものであるから、引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂は、請求項に係る塩化ビニル系樹脂と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例2
類型:②
【請求項1】
フィルム中に平均粒径が0.03~0.2μmの無機粒子を小粒径粒子として0.1~0.6重量%、さらに平均粒径が0.3~1.2μmの無機粒子を大粒径粒子として0.002~0.03重量%含有し、かつ大粒径粒子と小粒径粒子との平均粒径差が0.2μm以上であり、フィルム厚みが6.0~10.0μmで、かつ、90℃で1時間放置した場合の熱収縮率が0.8%以下である二軸配向ポリエステルフィルム。
【発明の詳細な説明】
……。本願発明のフィルムにおいては、90℃で1時間放置した場合の熱収縮率が0.8%以下であることが必要である。熱収縮率がこれより大きいと、テープにしたあとも熱的非可逆変化が生じるため好ましくない。……
【発明の名称】
二軸配向ポリエステルフィルム
【実施例】
平均粒径0.1μmのシリカ粒子を0.5重量%、平均粒径0.5μmの炭酸カルシウム粒子を150ppm含有するポリエチレンテレフタレートを押出して未延伸フィルムを作成した。このフィルムを、縦方向に150℃で3.9倍延伸した後、横方向に130℃で4.0倍延伸し、200℃で6秒熱固定して厚み8μm のフィルムを得た。このフィルムを150℃で1時間放置した場合の熱収縮率を測定したところ、1.4%であった。
[解説]
請求項に係る発明のフィルムと引用文献に記載されたフィルムとでは、熱収縮率を測定するための加熱温度が相違しているため、熱収縮率を比較することができない。しかし、一般的に寸法安定性を求めるポリエステルフィルムでは、熱収縮率は測定温度が低くなるほど小さくなるものであるから、引用文献に記載されたポリエステルフィルムの熱収縮率を90℃で測定すれば、請求項に係る発明の値の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例3
類型:③
【請求項1】
粒子を含有する熱可塑性樹脂からなるA層を、粒子を含まないポリエステルからなるB層に積層した積層フィルムにおいて、A層の表面には平均高さ0.12μm以下の突起が1.6×104~1.6×105個/mm2の割合で形成され、かつその三次元中心面平均粗さSRaが0.002~0.02μmである積層フィルム。
【発明の詳細な説明】
……。表面粗さは(株)××製作所の高精度表面粗さ計△△を用いて測定し、カットオフ0.25mm、及び△×の条件で測定した。三次元中心面平均粗さSRaは、粗さ表面からその中心面上に、面積SMの部分を抜き取り、その抜き取り部分の中心面に直交する軸をZ軸で表し、次の式で得られた値をμm単位で表す。
(ただし、LX・LY=SM)
……
【発明の名称】
積層フィルム
【発明の詳細な説明】
……。中心線表面粗さRaはJIS B0601に準じ、(株)××製作所の高精度表面粗さ計○○を用いて測定し、カットオフ0.08mm、及び○×の条件下にチャートを書かせ、フィルム表面粗さ曲線からその中心線の方向に測定長さLの部分を抜き取り、その抜き取り部分の中心線をX軸、縦方向をY軸として粗さ曲線をY=f(X)で表したとき、次の式で得られた値をμm単位で表す。
この測定は、基準長を1.25mmとして、4個行いその平均値で表す。……
【実施例】
平均粒径0.05μmのタルク粒子を40重量%含有させたポリエチレンと、粒子を含有しないポリエチレンテレフタレートを…の条件で共押し出しし、延伸、熱処理して9.8μmの二軸配向フィルムを得た。ポリエチレン層の表面には、0.1μm以下の微小突起が55,000個/ mm2の割合で形成され、その中心線表面粗さRaは0.009μmであった。
[解説]
請求項に係る発明のフィルムと引用文献に記載されたフィルムとでは測定された表面粗さの評価方法が相違しているためこれを直接比較することができない。しかし、本願明細書にも、引用文献中にも、フィルム表面粗さに方向性や特定の分布があるとの記載がないこと、及び、表面粗さに方向性や特定の分布のない通常のフィルムであれば、その三次元中心面表面粗さの値と中心線表面粗さの値とは、具体的な測定条件の違いを考慮してもほぼ同様になるものと推測できることからすれば、引用文献に記載されたフィルムの表面粗さを三次元中心面平均粗さにより評価すれば、請求項に係る発明の値の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例4
類型:③
【請求項1】
平均粒径が0.02~1μmの範囲であり、かつ下記式で定義される外接円に対する面積率が90%以上で、粒子径の標準偏差値が1.1~1.2であるプラスチック配合用シリカ微粒子。
外接円に対する面積率=【発明の詳細な説明】
……。シリカの粒子形状は重要であり、真球状に近いものを用いたほうが滑り性や耐摩耗性に優れたシートが得られる。真球度の評価方法としては外接円に対する面積率を用いる。具体的には、平均粒子径の測定に用いた電子顕微鏡写真の像から任意の20個の粒子を選び、それぞれの粒子について投影断面積を画像解析装置で測定した。また、それらの粒子に対する円の面積を算出することにより、面積率を求めた。……
【発明の名称】
充填剤
【発明の詳細な説明】
……。本願発明のプラスチック用充填剤を構成する球状シリカ微粒子は、個々の形状が極めて真球に近い球状であり、これを、長径aと短径bの粒径比b/aで評価する。粒径比の測定には電子顕微鏡写真を用いる。
【実施例】
……。これらのシリカ微粒子からなる充填剤の形状及び粒子径の標準偏差値を以下に示す。
平均粒子径(mμ) | 粒径比b/a | 標準偏差値 | |
実施例1 | 25 | 0.90 | 1.1 |
実施例2 | 35 | 0.89 | 1.2 |
実施例3 | 50 | 0.88 | 1.3 |
[解説]
請求項に係る発明のシリカ微粒子と引用文献に記載されたシリカ微粒子とでは、真球度の評価方法が異なっており、直接比較することができない。しかし、引用文献に記載されるシリカ微粒子は、真球度が高く微細であることから、その面積率は、その投影断面形状を楕円として概略換算でき、また、請求項に係る発明のシリカ粒子も同様に微細であるから、表面性状の面積率に及ぼす影響が極めて小さい。このことからすると、粒径比が0.9である引用文献に記載されたシリカ微粒子の真球度を請求項に記載された面積率により測定すれば、請求項に係る発明の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のシリカ微粒子は、引用文献に記載されたシリカ微粒子と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例5
類型:③
【請求項1】
天然ゴム及びジエン系合成ゴムから選ばれる少なくとも1種のゴム100重量部にCTAB吸着比表面積70~123m2/g、DBP吸油量が110~155ml/100gであるカーボンブラックを30~60重量部配合した耐摩耗性に優れたタイヤ用ゴム組成物。
【発明の詳細な説明】………。本願発明のタイヤゴム組成物は耐摩耗性向上のために、表面細孔が非常に少ないカーボンブラックを用いている。……
【実施例】
本願実施例では以下のカーボンブラックを用いた。
No | 1 | 2 | 3 |
CTAB(m2/g) | 72 | 96 | 105 |
DBP(ml/100g) | 143 | 146 | 138 |
【発明の名称】
高耐摩耗性カーボンブラック
【発明の詳細な説明】
………。本願発明のカーボンブラックは表面の細孔数を少なくしたため、耐摩耗性が優れている。……
【実施例】
……。作成したカーボンブラックの、窒素吸着比表面積(N2SA)及びDBP吸油量は以下の通りであった。
No | 1 | 2 | 3 |
N2SA (m2/g) | 99 | 125 | 138 |
DBP(ml/100g) | 143 | 149 | 121 |
上記カーボンブラックをジエン系合成ゴム100重量部に対し45重量部配合してゴム組成物とし、これを用いて常法によりタイヤを製造した。これらのタイヤの耐摩耗性を以下の条件により測定した。……
[解説]
引用文献には、カーボンブラックのCTAB吸着比表面積の値については記載されていない。 通常、CTAB吸着比表面積はカーボンブラックの表面細孔部分を含まない有効比表面積を表し、これに対し窒素吸着比表面積は、カーボンブラックの表面細孔部分を含んだ全比表面積を表すものではあるが、耐摩耗性に優れた、表面細孔の少ないカーボンブラックであれば、CTAB吸着比表面積と窒素吸着比表面積の値はほぼ同程度の値となると考えられる。よって、引用文献に記載されたカーボンブラックのCTAB吸着比表面積を測定すれば、請求項に係る発明の範囲に含まれる蓋然性が高いから、請求項に係る発明のゴム組成物は、引用文献に記載されたゴム組成物と同一であるとの合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例6
類型:④
【請求項1】
重合度100~300、エチレン含量が20~40重量%であり、かつ、ドローダウン特性が20~50m/minであるエチレン-プロピレン共重合体。〔ドローダウン特性とは、200℃に加熱した溶融オレフィン系樹脂を開口断面が幅2mm、長さ5mmであるダイより1mm/sの一定速度で紐状に押出し、次いで該紐状物を該ノズルの下方に位置する張力検出プーリーの上方に位置する送りロールを通過させた後、巻取る一方で巻取ロールの巻取速度を徐々に増加させていった切断時点における紐状物の巻取速度をいう。〕
【発明の詳細な説明】
ドローダウン特性が20~50m/min以下であるエチレン-プロピレン共重合体を得るためには、通常、重合度100~300、エチレン含量が20~40%のエチレン-プロピレン共重合体を反応器中で撹拌しながら不活性ガスで反応容器を置換し、次いで過酸化物を樹脂に5~10mmol/kg添加し、撹拌を続けながら100~120℃で5~7分程度加熱して反応させる。
【発明の名称】
エチレン-プロピレン共重合体
【実施例】
反応容器中にエチレン-プロピレン共重合体(重合度200、エチレン含量が30重量%)100gにペルオキシカーボネートを 0.8mmol添加し、アルゴンガス中で撹拌を続けながら90℃で10分反応させた後、反応を停止させ、エチレン-プロピレン共重合体を得る。
[解説]
引用文献には、エチレン-プロピレン共重合体のドローダウン特性について記載されていないが、引用文献に記載されたエチレン-プロピレン共重合体は、請求項に係る発明と同じ出発原料を用いて、ほぼ同じ製造工程で製造されたものである。よって、請求項に係るエチレン-プロピレン共重合体は、引用文献に記載されたエチレン-プロピレン共重合体と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例7
類型:⑤
【請求項1】
不活性粒子を3~15重量%含有し、厚さが20μm以下であるポリエステルフィルムにおいて、含有される粒子の平均粒径dと基材フィルムの厚さtとの比d/tが0.01~0.04であり、かつ、面配向係数Nsと平均屈折率naとの関係が
Ns≧1.53na-2.33である磁気記録媒体用ポリエステルフィルム。
【発明の詳細な説明】
…………Ns≧1.53na-2.33の関係を満足するフィルムは、縦方向及び横方向のヤング率は共に750 kg/mm2以上と高く、かつ、上記関係を満たすと、磁気テープとした時の電磁変換特性も+2.0 dB以上と優れている。……
[実施例1]
…………。このようにして得られたポリエチレンテレフタレートフィルムのヤング率を測定すると、縦方向が850kg/mm2、横方向が750 kg/mm2であり、電磁変換特性は+2.0dBであった。
[実施例2]
…………。このようにして得られたポリエチレン-2,6-ナフタレートフィルムのヤング率を測定すると、縦方向が750kg/mm2、横方向が870 kg/mm2であり、電磁変換特性が+2.2dBであった。
【発明の名称】
磁気記録媒体用ポリエステルフィルム
【実施例】
平均粒径が0.2μmの酸化チタンを10重量%含有した、ポリエチレンテレフタレートを300℃で溶融押出し、これを急冷固化して180μmの未延伸フィルムを得た。これを150℃の温度で縦方向、横方向とも3.7倍に延伸し、その後210℃で10秒間熱処理して、厚さ6.5μmの延伸フィルムを得た。このフィルムのヤング率は、縦方向870 kg/mm2、横方向900kg/mm2であり、電磁変換特性は+3.0dBであった。
[解説]
引用文献には、面配向係数Nsと平均屈折率naがNs≧1.53na-2.33の関係を満たすことについて記載はない。しかし、本願明細書の発明の詳細な説明中には、当該関係を満たすことにより得られる効果として、縦方向、横方向のヤング率及び電磁変換特性が向上することが記載されており、かつ、その具体的値は、引用文献に記載されたフィルムのヤング率、電磁変換特性の値と同程度である。よって、請求項に係る発明のフィルムは、上記面配向係数Nsと平均屈折率naの関係を満たすことによる有利な効果と同程度の効果を奏する引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
新規性の判断に関する事例8
類型:⑤
【請求項1】
フィルム表面に形成された突起の高さh(nm)の個数が
で示される範囲であり、かつフィルム表面粗さRaが2~10nmであることを特徴とするポリエチレン-2,6-ナフタレートフィルム。
【発明の詳細な説明】
……。1≦h<100: 1,000~20,000個/ mm2、100≦h: 0~50個/ mm2の関係を満足するものが、ベースフィルムの取り扱い性が良好で、磁気テープとした時の走行性に優れている。……また、表面粗さRaが2~10nmの範囲にあるものは、ベースフィルム取り扱い性、磁気テープとした時の走行性が良好である。……
【実施例】
実施例1 | 実施例2 | 比較例1 | 比較例2 | |
表面突起数 | ||||
---|---|---|---|---|
1≦h<100 | 15,325 | 3,840 | 22,389 | 21,309 |
100≦h | 10 | 14 | 120 | 21 |
Ra(nm) | 8 | 6 | 29 | 12 |
走行耐久性 | ○ | ○ | × | △ |
【発明の名称】
磁気記録用フィルム
【請求項1】
……であり、かつ表面粗さRaが3~8nmである磁気記録用フィルム。
【発明の詳細な説明】
……。本願発明の表面粗さを満たすフィルムは、フィルム取り扱い性、磁気テープとしたときの走行性が良好である。また、表面粗さの範囲が本願発明の範囲を満たすものであっても、突起高さが著しく高いものがあると磁気テープとした時の走行性に悪影響を与えるので、粗大な突起を含まないようにすることが好ましい。……
【実施例】
……の条件で延伸、熱処理して、ポリエチレン-2,6-ナフタレートフィルムを製造した。このフィルムの中心線表面粗さRaは5nmであった。このフィルムを磁気テープとした時の走行性は従来のものに較べて非常に優れており、テープ製造時の巻き上がりも良好であった。……
[解説]
引用文献には、突起の高さと個数の関係が1≦h<100: 1,000~20,000個/ mm2、100≦h: 0~50個/ mm2の範囲を満足することについては記載されていない。本願の発明の詳細な説明によれば、上記突起高さと個数との関係を特定することにより得られる効果は、表面粗さの範囲を特定することにより得られる効果(フィルム取り扱い性及び走行性向上)と同じであり、しかも本願の比較例としては、突起高さと個数との関係、及び表面粗さの範囲の両方の条件を満たさない場合の例しか挙げられていないから、上記突起高さと個数との関係を特定することによる単独の効果については確認できない。 一方、引用文献にも、表面粗さの範囲の条件を満たしても突起高さが著しく高いものがあると走行性に悪影響を与えると記載されているから、走行性を向上させるという課題及びそのために表面粗さと粗大な突起の両方をコントロールする必要があるという解決手段については認識されている。そして、引用文献に記載されたフィルムも、走行性、テープ取り扱い性に関する効果を奏するものである。してみれば、請求項に係る発明の、上記突起高さと個数との関係を特定することの課題・効果と、引用文献に記載されたフィルムの有する課題・効果に実質的な差異があるとは認められないから、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。
実験成績証明書の例
(刊行物に記載された物が請求項に係る発明の物と同一であることを証明する場合)
実験成績証明書
平成 年 月 日
・・株式会社・・研究所
△△ △△ 印
実験日
実験場所
実験者
・・株式会社・・研究所
○○ ○○
実験の目的
例えば、以下のように記載する:
「特開平○○-○○○○○○号公報の実施例1に開示されたポリエチレンフィルムを製造し、得られたフィルムの××、及び△△を測定し、請求項に係る発明のポリエチレンフィルムと、上記公報の実施例1に記載されたポリエチレンフィルムが同一の物であることを確認する。」
実験内容
刊行物に記載された物を忠実に再現したものであることが明確になるように、当該物を製造するための製造条件を具体的に示す。(「特開平○○-○○○○○○号公報の実施例1に準じてフィルムを製造した」のみの記載では不十分な場合がある。)
当該製造に際し、新たな条件を設定した場合や、刊行物に記載された条件とは同条件で実験できない場合には、その理由についても併せて記載する。
次いで、刊行物に記載された物が再現できたことを確認するために、刊行物中で測定された物性を測定し記載する。
実験結果
刊行物に記載された物が請求項に係る発明の物と同一であることを確認するために、必要な物性をすべて測定し記載する。当該物に関する物性を測定する際には、請求項に係る発明で用いられた測定条件と同じであることが明確となるように当該条件を具体的に示す。(「請求項に係る発明と同様の条件により××、及び△△を測定した」のみの記載では不十分な場合がある。)当該測定に際し、新たな条件を設定した場合や、請求項に係る発明に記載された条件とは同条件で実験できない場合には、その理由についても併せて記載する。