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令和2(行ケ)10131行政訴訟 特許権

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裁判所 請求棄却 知的財産高等裁判所知的財産高等裁判所
裁判年月日 令和3年10月13日
事件種別 民事
当事者 原告
被告キヤノン株式会社
対象物 画像形成装置
法令 特許権
特許法48条の32回
特許法29条1項3号2回
特許法49条1回
特許法44条1項1回
特許法17条の21回
特許法134条1回
キーワード 分割61回
無効25回
審決21回
実施15回
特許権10回
無効審判7回
刊行物1回
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事件の概要 1 特許庁における手続の経緯等 ⑴ 原告及びA(以下「原告ら」という。)は,平成25年4月23日,発明の 名称を「画像形成装置」とする発明について,特許出願(特願2013−90

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判決文

令和3年10月13日判決言渡
令和2年(行ケ)第10131号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 令和3年9月13日
判 決
原 告 X
被 告 キ ヤ ノ ン 株 式 会 社
同訴訟代理人弁護士 鮫 島 正 洋
小 栗 久 典
高 野 芳 徳
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2019-800061号事件について令和2年9月16日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等
⑴ 原告及びA(以下「原告ら」という。)は,平成25年4月23日,発明の
名称を「画像形成装置」とする発明について,特許出願(特願2013−90
149号。以下「本件出願1」という。)をし,平成26年10月1日,特許
査定(以下「本件出願1査定」という。)を受け,同月7日,その謄本の送達
を受けた(甲4ないし6)。
原告らは,同年11月4日,本件出願1の一部を分割して,新たな特許出
願(特願2014−223879号。以下「本件出願2」という。甲7の1,
2)をし,平成27年2月4日付けの拒絶理由通知(乙1)及び同年6月2
2日付けの拒絶理由通知(乙2)を受けた後,同年9月10日,特許査定(以
下「本件出願2査定」という。)を受け,同月29日,その謄本の送達を受け
た。
原告らは,同年10月19日に本件出願2の一部を分割して特許出願(特
願2015-205148号。 「本件出願3」
以下 という。 をした後
) (甲2),
平成28年5月2日,本件出願3を更に分割して,発明の名称を「画像形成
装置」とする発明について,新たな特許出願(特願2016−92216号。
以下「本件特許出願」という。)をし,同年9月29日,特許査定(以下「本
件特許査定」という。 を受け,
) 同年12月16日,原告の持分を20分の1,
Aの持分を20分の19とする特許権の設定登録(特許第6055971号。
請求項の数4。以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特
許権」という。)を受けた(甲11,16)。
その後,原告は,Aから,本件特許権の持分20分の19を特定承継し,
その旨の持分移転登録(受付日令和元年8月8日)が経由された(甲16)。
⑵ 被告は,令和元年8月23日,本件特許について特許無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2019-800061号事件として審理を行
い,令和2年9月16日,
「特許第6055971号の請求項1ないし4に係
る発明についての特許を無効とする。 との審決
」 (以下「本件審決」という。)
をし,その謄本は,同年10月22日,原告に送達された。
⑶ 原告は,令和2年11月7日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載は,次のとおりである
(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件発明1」などと
いう。甲11)。
【請求項1】
加工の実施に関する表示内容を複数に分け必要な表示内容に切り替えて表示
するメーンとなる画面の表示手段と,このメーンとなる画面の表示手段を表示
して,表示したこのメーンとなる画面の表示内容を実施する手段を設けた画像
形成装置において,更に,登録した複数の加工条件からなるコピーメニューの
コピー,登録した複数の加工条件からなるプリントメニューのプリント,原稿
原画の情報の保存,保存した原稿原画の情報のコピーのいずれかの一つ或は複
数の加工を実施する画像形成装置において,前記のメーンとなる画面の表示手
段を表示せずに,更に,画面を切り替えずに,前記の加工を実施する指示を出
す手段を設けた画像形成装置。
【請求項2】
音声により,前記の加工を実施する手段を設けた請求項1の画像形成装置。
【請求項3】
数字キーにより,前記の加工を実施する手段を設けた請求項1の画像形成装
置。
【請求項4】
加工の実施を指示する指示部により,前記の加工を実施する手段を設けた請
求項1の画像形成装置。
3 本件審決の理由の要旨
⑴ 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。
その要旨は,①本件出願2の願書に添付した明細書及び図面(以下,これ
らを併せて「本件出願2分割時明細書等」という。甲7の1,2)に記載さ
れた事項と本件出願1査定時の明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,こ
れらを併せて「本件出願1査定時明細書等」という。甲6)に記載された事
項を対比すると,本件出願2分割時明細書等には,図7ないし図15が追加
されている点,図7ないし図15に関連する説明として,段落【0041】,
【0042】【0052】【0135】【0137】【0141】ないし【0
, , , ,
182】の記載が追加されている点において,本件出願1査定時明細書等に
存在しない記載事項を含むものであるから,本件出願2分割時明細書等に記
載された事項は,本件出願1査定時明細書等に記載された事項の範囲内であ
るとはいえず,本件出願2は,本件出願1との関係で分割要件を満たさない
から,本件特許出願の遡及する出願日は,本件出願2の現実の出願日である
平成26年11月4日である,②本件発明1ないし4は,本件特許出願の遡
及日前に頒布された刊行物である特開2013-214848号公報(公開
日平成25年10月17日。甲8(審判甲1)。以下「引用例」という。)に
記載された発明と同一の発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,
本件特許は,同法123条1項2号により,無効とすべきものである,③被
請求人(原告)は,本件特許の無効の発生原因は,本件出願2に係る審査官
の本件出願2分割時明細書等と本件出願1査定時明細書等の単純な照合間違
いによる行政の事務的な瑕疵に起因することを本件審判において審判される
べきである旨主張するが,特許無効審判制度は,特許権に無効理由が存在す
るか否かを判断する制度であって,行政の事務的な瑕疵について判断する制
度ではないから,原告の上記主張は採用することができないというものであ
る。
⑵ 本件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)
は,下記のとおりである。原告は,本件訴訟において,本件出願2は,本件
出願1との関係で分割要件を満たさないため,本件特許出願の遡及する出願
日は,本件出願2の現実の出願日である平成26年11月4日となること,
引用例に引用発明の記載があることについて争っていない。

【引用発明】
(a) コピー機や,製版印刷機や,プリンタや,コピー機能やプリント機
能やスキャナー機能やファクス機能を装備した複合機等の画像形成装
置であって,
(b) 前記画像形成装置の操作部は,装置の操作を行なう為の操作盤1と
画面2を有し,
前記操作盤1は,
電源を「ON」後に,複数の加工条件から成るメニューの加工をこ
の一押しで実施する,メニューのスタート指示具3である各「スター
ト」ボタンと,
電源を「ON」後に,原稿原画に記録された情報の保存を,この一
押しで実施する,原稿原画の情報の保存指示具5である各「保存」ボ
タンと,
電源を「ON」後に,非表示状態にある画面から,複数の加工条件
から成るメニューの加工条件の変更を行なう為のメニューの変更画面
2aの表示をこの一押しで実施する,メニューの変更指示具6である
各「変更」ボタンと,
「非表示」「OFF」「ECO」,
( , )「表示」の各モードに切り替え可
能である画面切り替えスイッチ7とを備え,
(c) 前記画面2は,
非表示状態であるか,メニューの変更画面2a又は登録・保存メニ
ューの画面2bを表示するものであり,
前記画面2の非表示の状態からのメニューの変更画面2aの表示
は,メニューの変更指示具6である「変更」ボタンの選択や画面切り
替えスイッチ7の「非表示」から「表示」のモードの切り替えにより
可能であり,
又,画面2の非表示の状態からの登録・保存メニューの画面2bの
表示は,画面切り替えスイッチ7の「非表示」から「表示」のモード
の切り替えにより可能であり,
前記画面切り替えスイッチ7により表示された画面が,希望する画
面が表示されない場合は,
「画面変更」16a,16b等の表示部の選
択により希望する画面の表示の切り替えが可能であり,
(d) 前記メニューの変更画面2aには,
「分類名群」13と「分類内容」14と「その他の複数の加工条件」
4bと「処理方法」15の表示部が表示され,
前記「分類名群」13の表示部は,使用者が選択したメニューに関
する複数の加工条件を分類別に収め,
「倍率」や「用紙サイズ」や「給
紙サイズ」や「紙種」…等の分類名を付け配置しており,
前記「分類内容」14の表示部は,前記の分類名が,使用者が選択
したメニューの操作盤1上に表示された「複数の加工条件の一部」4
aに関しており,分類名の中に含まれている加工条件を,
「自動」 「1

00%」や「一つ上」や「一つ下」…等と表示しており,
「その他の複数の加工条件」4bの表示部は,使用者が選択したメ
ニューの操作盤1上に表示されない複数の加工条件であり,カセット」

や「普通紙」や「片面」や「標準スピード」等を表示しており,
加工条件の変更は,
「分類内容」14内の表示部の変更したい加工条
件の表示部をタッチすると,先に設定してある,メニューの加工条件
の強調が解除され,新たに,タッチした加工条件が強調されて表示さ
れ,
前記「分類内容」14の表示部内に使用者が変更したい加工条件が
無い場合は,
「分類名群」13の表示部の使用者が変更したい分類名の
表示部をタッチすると,タッチした分類名が強調されて表示され,
次に,タッチしたメニューの加工条件を含む「分類内容」14の表
示部が表示され,
変更したメニューでの加工を実施する処理は,「処理方法」15の
「スタート」や「登録」や「登録→スタート」の表示部の選択により
行ない,
「スタート」の表示部の選択は,変更したメニューでの加工を
実施するものであり,
「登録」の表示部の選択は,変更したメニューを
登録・保存メニューの画面2bに表示状態で登録をするものであり,
(e) 前記登録・保存メニューの画面2bの表示部の「原稿原画の情報・
加工条件」の「加工条件」は,メニューの変更画面2aにより変更し
た「複数の加工条件の一部」が表示され,
登録・保存メニューのスタート指示具17である「スタート」の表
示部の選択は,
「スタート」の表示部と同列の「NO」「区分」「原稿
, ,
原画の情報・加工条件」での加工を実施し,
(f) メニューのスタート指示具3である各「スタート」ボタンには,
「標
準コピースタート」ボタン,「エココピースタート」ボタン,「書類コ
ピースタート」ボタン及び「標準写真スタート」ボタンがあり,各「ス
タート」ボタンは,電源を「ON」後に,複数の加工条件から成るメ
ニューの加工をこの一押しで実施することができ,
(f1) 前記画像形成装置は,電源を「ON」後に,ガラス板上に原稿原
画をセットして,メニューのスタート指示具3である「標準コピー
スタート」のボタンを,一押しするだけ等の一つの指示で,
「倍率」
条件が「100%」「サイズ」条件が「自動」で選択,
, 「カラー」条
件が「自動」で選択,「枚数」条件が「1枚」,等の複数の加工条件
から成る標準コピーのメニューのコピーの加工を実行できるもの
であり,
(f2) 「標準コピー」の「メニュー」の「複数の加工条件の一部」4a
を示す表示部には,
「倍率」条件が「100%」,
「サイズ」条件が「自
動」「カラー」条件が「自動」「枚数」条件が「1枚」
, , ,等の複数の
加工条件が表示され,
(f3) 「標準写真」の「メニュー」の「複数の加工条件の一部」4aを
示す表示部には,
「サイズ」条件が「L判」,
「紙種」条件が「光沢紙」,
「カラー」条件が「自動」 「速度」条件が「きれい」 「枚数」条件
, ,
が「1枚」,等の複数の加工条件が表示され,
(f4) 「標準スキャン」の「メニュー」の「複数の加工条件の一部」4
aを示す表示部には,
「倍率」条件が「100%」「サイズ」条件が

「自動」,
「カラー」条件が「自動」,
「場所」条件が「デスクトップ」,
「枚数」条件が「1枚」,等の複数の加工条件が表示され,
(f5) 前記画像形成装置は,電源を「ON」後に,ガラス板上に原稿原
画をセットして,原稿原画の情報の保存指示具5である「保存」の
ボタンを,一押しするだけ等の一つの指示で,原稿原画に記録され
た情報を走査等のセンサー手段により読み取り,装置の記憶装置に
保存し,次回のコピー時に,この原稿原画を持参する必要が無く,
この原稿原画をガラス板上にセットする必要が無く,コピーを行な
う事ができ,
(f6) 前記画像形成装置は,例えば,使用者が希望する「登録・保存番
号」が「16」 「原稿原画の情報」名が「提案用紙」 「加工枚数」
, ,
が「10」枚のコピーを行なう場合に於いて,電源を「ON」後に,
ガラス板上に原稿原画をセットする必要が無く,数字キー10の上
部の「●」の専用ボタンである登録・保存メニューのスタート指示
具10bの「1」と「6」或いは「1」と「6」と「#」を押す等
の,一つの指示で,メニューの変更画面2aで登録した複数の加工
条件から成るメニューの加工や,原稿原画の情報の保存指示具5で
保存した原稿原画に記録された情報の加工の中から,
「登録・保存番
号」が「16」 「原稿原画の情報」名が「提案用紙」 「加工枚数」
, ,
が「10」枚を取り出し,コピーの加工を,実行でき,
(g) 前記画面切り替えスイッチ7である「画面切替」スイッチを「OF
F」や「ECO」の「非表示」のモードにセットして,画面(2)が
非表示の状態でも,メニューのスタート指示具3手段や,原稿原画の
情報の保存指示具5手段や,数字キー10の登録・保存メニューのス
タート指示具10b手段が実行可能であり,
前記画像形成装置は,電源のON以降に,倍率,用紙サイズなどの
複数の加工条件のメニューを表示する画面を表示せずに,この非表示
の倍率,用紙サイズなどの複数の加工条件のメニューの画像形成の加
工を行なう手段を備えており,
(h) 前記画像形成装置のタッチ,プッシュ等の手操作手段を音声認識手
段に替える事が可能であり,
前記画像形成装置は,音声モードスイッチを予め「ON」にセット
し,電源を「ON」後に,ガラス板上に原稿原画をセットして,
「標準
コピースタート」と発声するだけ等の一つの指示で,
「倍率」条件が「1
00%」 「サイズ」条件が「自動」で選択,
, 「カラー」条件が「自動」
で選択,「枚数」条件が「1枚」,等の複数の加工条件から成る標準コ
ピーのメニューのコピーの加工を実行でき,
また,前記画像形成装置は,音声モードスイッチを予め「ON」に
セットし,電源を「ON」後に,ガラス板上に原稿原画をセットして,
「保存」或いは「保存,提案用紙」と発声するだけ等の一つの指示で,
原稿原画に記録された情報を走査等のセンサー手段により読み取り,
装置の記憶装置に保存し,次回のコピー時に,この原稿原画を持参す
る必要が無く,この原稿原画をガラス板上にセットする必要が無く,
提案用紙のコピーを行なう事ができる
(a) 画像形成装置。
第3 当事者の主張
1 原告の主張
⑴ 特許法48条の3第1項の出願審査の請求は,特許手続について知識や経
験の乏しい出願人でもすることができるものであり,分割出願の審査も上記
審査に含まれるから,審査官は,分割要件違反を発見すれば,これを出願人
に通知する必要があるものと解される。
しかしながら,本件出願2の審査において,審査官は,明細書等の照合(本
件出願2分割時明細書等と本件出願1査定時明細書等の照合)において事務
的で単純な間違いを起こして分割要件違反を看過し,これを原告に通知しな
かった。
このように本件出願2の審査において,審査官が分割要件について適切な
審査をせず,分割要件違反があることを原告に通知しなかったことは,重大
かつ明白な行政の瑕疵に当たる。
⑵ 行政は,前記⑴の瑕疵がある以上,自らの責任で,本件出願2まで遡って,
分割要件違反の状態を解消する方法(例えば,本件出願2査定及び本件特許
査定を取り消し,手続補正を行わせることなど)を示すべきであった。
しかしながら,本件審決が,前記⑴の瑕疵があることを認定せず,分割要
件違反の状態を解消する方法を示すことなく,本件発明1ないし4に係る本
件特許を無効とする判断をしたことは誤りである。
また,前記⑴の瑕疵がある以上,本件特許査定は,違法なものであり,当
然無効となるから,本件審決において本件特許を無効とすべき余地はない。
したがって,本件審決の審理及び判断に誤りがあるから,本件審決は,違
法として取り消されるべきである。
2 被告の主張
⑴ ①本件出願2の審査の過程において,必要な拒絶理由通知(乙1,2)が
され,審査官は実質的な審査を行っていること,②出願人である原告は,本
件出願2につき分割出願の効果を求めるのであれば,自己の判断と責任で分
割要件を充足した出願を行う必要があること,③分割出願としてされた特許
出願について,分割要件違反があること自体は,特許法49条各号の拒絶理
由及び同法123条1項各号の特許無効理由のいずれにも該当しないから,
審査官が,分割要件の判断を誤った結果,本来は出願日が原出願日に遡及し
ないにもかかわらず,遡及することを前提として特許査定をしたとしても,
それは特許法が制度上予定している審査の内容に誤りがある場合の一形態で
あるといえることからすると,本件出願2の審査において,審査官が,分割
要件違反があることを看過し,これを原告に通知せずに本件出願2査定をし
たことは,重大かつ明白な瑕疵とはなり得ない。
⑵ 特許無効審判は,民事訴訟に類似した当事者対立構造を採用しており,特
許無効審判において請求人からの分割要件違反や,それを前提とする無効理
由等の主張を排斥,解消するために,答弁書(特許法134条)等でどのよ
うな主張を行い,また,訂正請求(同法134条の2)を行う場合にそれを
どのような内容とするか等は専ら当事者としての被請求人(特許権者)が自
らの責任と判断の下で決定することが前提とされている。
一方で,特許無効審判においては,同法150条(職権証拠調べ及び証拠
保全),152条(職権による手続進行),153条(職権による実体審理)
に規定する範囲で職権主義の適用があるものの,その範囲には分割要件違反
があることや無効理由を解消する方法を被請求人(特許権者)に示すような
ことは含まれておらず,また,上記規定は,審判官に上記範囲に含まれる事
項の職権行使を義務付けたものではない。
そうすると,特許庁には,特許無効審判手続において,審理の対象とされ
ている特許に分割要件違反があると考えたとしても,これを解消する方法を
被請求人(特許権者)に示さなければならないとする法的義務はないという
べきであるから,本件審判手続において,分割要件違反の状態を解消する方
法を原告に示さなかったことは,本件審決を違法とするものではない。
したがって,原告主張の取消事由は理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 原告主張の取消事由について
⑴ 前記第 2 の1の事実と証拠(甲2ないし7,9ないし11,13,16(枝
番のあるものは枝番を含む。 )及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認め

られる。
ア(ア) 原告らは,平成25年4月23日,発明の名称を「画像形成装置」と
する発明について本件出願1をし,平成26年10月1日,特許査定(本
件出願1査定)を受け,同月7日,その謄本の送達を受けた。
原告らは,同年11月4日,本件出願1の一部を分割して,新たな特
許出願(本件出願2)をした。
その後,原告らは,平成27年2月4日付けの拒絶理由通知(乙1)
及び同年6月22日付けの拒絶理由通知(乙2)を受けた後,同年9月
10日,特許査定(本件出願2査定)を受け,同月29日,その謄本の
送達を受け,同年11月27日,特許権の設定登録(甲9)を受けた。
本件出願2査定においては,本件出願2の出願日について,本件出願
1の出願日への遡及を認め,その特許公報(甲9)の「原出願日」欄に
「平成25年4月23日」と記載された。
(イ) 本件出願1査定時明細書等(甲6)の図面は,別紙記載の図1ない
し図6のとおりであるのに対し,本件出願2分割時明細書等(甲7の1,
2)の図面は,別紙記載の図1ないし図15のとおりであり,図7ない
し図15が追加されており,また,本件出願2分割時明細書等の明細書
においても,図7ないし図15に関連する説明の記載として【0041】,
【0042】 【0052】 【0135】 【0137】 【0141】ない
, , , ,
し【0181】が追加されている。
イ 原告らは,平成27年10月19日に本件出願2の一部を分割して本件
出願3をした後,平成28年5月2日,本件出願3を更に分割して,新た
な特許出願(本件特許出願)をし,同年9月29日,特許査定(本件特許
査定)を受け,同年12月16日,本件特許権の設定登録を受けた。
本件特許査定においては,本件特許出願の出願日について,本件出願1
の出願日への遡及を認め,その特許公報(甲11)の「原出願日」欄に「平
成25年4月23日」と記載された。
(2) 原告は,①特許法48条の3第1項の出願審査の請求は,特許手続につい
て知識や経験の乏しい出願人でもすることができるものであり,分割出願の
審査も出願審査に含まれるから,審査官は,分割要件違反を発見すれば,こ
れを出願人に通知する必要があるものと解されるところ,本件出願2の審査
において,審査官は,明細書等の照合(本件出願2分割時明細書等と本件出
願1査定時明細書等の照合)において事務的で単純な間違いを起こして分割
要件違反を看過し,これを原告に通知しなかったものであり,このように本
件出願2の審査において,審査官が分割要件について適切な審査をせず,分
割要件違反があることを原告に通知しなかったことは,重大かつ明白な行政
の瑕疵に当たる,②行政は,上記瑕疵がある以上,自らの責任で,本件出願
2まで遡って,分割要件違反の状態を解消する方法(例えば,本件出願2査
定及び本件特許査定を取り消し,手続補正を行わせることなど)を原告に示
すべきであったにもかかわらず,本件審決が,上記瑕疵があることを認定せ
ず,上記分割要件違反の状態を解消する方法を示すことなく,本件特許を無
効とする判断をしたことは誤りであり,また,上記瑕疵がある以上,本件特
許査定は,違法であり,当然無効となるから,本件審決において本件特許を
無効とすべき余地はないなどとして,本件審決の審理及び判断に誤りがある
旨主張する。
ア ①の主張について
出願人は,二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新
たな特許出願(分割出願)とすることができ(特許法44条1項),分割要
件を満たす適法な分割出願は,もとの出願(原出願)の時にしたものとみ
なされ,出願時が遡及する効果がある(同条 2 項)。
これを本件出願2についてみるに,前記⑴ア(イ)認定のとおり,本件出
願1査定の謄本が原告らに送達された後に出願された本件出願2に係る本
件出願2分割時明細書等には,別紙記載の図7ないし図15が追加されて
いる点及び図7ないし図15に関連する説明の記載が明細書に追加されて
いる点において,本件出願2分割時明細書等に記載された事項は,本件出
願1査定時明細書等に記載された事項の範囲内のものであるとはいえない
から,本件出願2は,本件出願1との関係で二以上の発明を包含する特許
出願の一部を新たな特許出願としたもの(同条1項)とはいえず,分割要
件を満たさない。そうすると,本件出願2には,同条2項の規定が適用さ
れず,本件出願1の出願時に出願がされたものみなされないから,本件出
願2の出願日は,現実の出願日である平成26年11月4日となる。
このように本件出願2が分割要件を満たさないことは,本件出願2の審
査手続において,上記のとおり,本件出願2分割時明細書等の記載事項と
本件出願1査定時明細書等の記載事項を照合すれば,容易に判明し得たも
のと認められる。
しかるところ,本件出願2の審査官は,本件出願2が分割要件を満たさ
ないのに,これを満たすものとして,本件出願2の出願日について本件出
願1の出願日への遡及を認めて,平成27年9月10日に本件出願2査定
をしたものであり(前記⑴ア(ア)),かかる審査官の判断は,分割要件違反
を看過したものとして適切ではなかったといわざるを得ない。
しかしながら,他方で,分割出願の出願時が原出願の時に遡及する効果
を得るには,出願人が,その責任と判断に基づいて,適法な分割出願を行
うべきものと解される。加えて,前記(1)アの認定事実によれば,原告らは,
本件出願1査定の謄本の送達を受けた後,本件出願2の出願をする際に,
自発的に図7ないし図15の追加及び明細書にこれらの図面に関連する
説明の記載の追加をした本件出願2分割時明細書等を願書に添付したこ
と,原告らは,本件出願2の審査過程において,同年2月4日付けの拒絶
理由通知(乙1)及び同年6月22日付けの拒絶理由通知(乙2)の2度
の拒絶理由通知を受けており,上記各拒絶理由通知に指定された期間内に
上記追加部分を削除するなどの補正をすることによって,本件出願2の分
割要件違反の状態を解消する機会があったことが認められることを総合
考慮すれば,本件出願2の審査官が上記分割要件違反を看過したことは適
切ではなかったが,このことが「重大かつ明白な行政の瑕疵」に当たり,
これにより本件出願2の特許査定やその後の手続が当然に無効となるも
のと認めることはできない。
イ ②の主張について
まず,②の主張は,要するに,本件審判手続において,審判合議体が,
本件出願2査定及び本件特許査定を取り消して,原告に本件出願2及び本
件特許出願について手続の補正を行わせる機会を与えるなど本件特許出願
に係る分割要件違反の状態を解消する方法を示すべき義務があったのに,
これを示さなかったことに手続違背の違法がある旨をいうものと解される。
しかしながら,特許法17条の2第1項本文は,
「特許出願人は,特許を
すべき旨の査定謄本の送達前においては,願書に添付した明細書,特許請
求の範囲又は図面について補正をすることができる。 と規定し,
」 その反対
解釈として,特許査定の謄本が送達された後は,願書に添付した明細書,
特許請求の範囲又は図面を補正することができないものと解されるとこ
ろ, 本件出願2及び本件特許出願は,いずれも特許査定(本件出願2査定
及び本件特許査定)がされ,原告らに対する特許査定の謄本の送達を経て,
特許権の設定登録がされたものと認められるから,被告による本件審判の
請求があった時点では,原告は,既に両出願について手続の補正をするこ
とができなかったものである。
また,特許法には,分割要件違反があることを看過してされた特許査定
に係る特許の無効審判手続において,分割要件違反を解消するための手続
を定めた規定は存在しない。
そうすると,本件審判の審判合議体(審判官)において,本件特許出願
に係る分割要件違反の状態を解消する方法を原告に示すべき義務があっ
たものと認めることはできない。
次に,前記アで説示したとおり,本件出願2の審査官が分割要件違反を
看過したことは適切ではなかったが,これにより本件特許査定が当然に無
効となるものではない。
ウ まとめ
以上によれば,原告の前記主張は,採用することができない。
⑶ 前記⑵のとおり,本件出願2は,本件出願1との関係で分割要件を満たさ
ないから,本件特許出願の遡及する出願日は,本件出願2の現実の出願日で
ある平成26年11月4日である。
しかるところ,本件審決が認定判断したとおり(審決書45頁6行~72
頁16行) 本件発明1ないし4は,
, 引用発明と同一の発明であるものと認め
られるから,特許法29条1項3号の規定に該当し,本件特許は,同法12
3条1項2号の規定により,無効とすべきものである。
したがって,本件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由は理
由がない。
2 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,本件審決にこれを取り消
すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 小 林 康 彦
裁判官 小 川 卓 逸
(別紙)
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】

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