令和5(ワ)70462不正競争行為差止等請求事件
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裁判所 |
一部認容 東京地方裁判所東京地方裁判所
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裁判年月日 |
令和6年4月25日 |
事件種別 |
民事 |
法令 |
不正競争
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キーワード |
実施8回 損害賠償4回 差止4回 侵害2回 許諾1回 抵触1回
|
主文 |
1 被告は、別紙営業秘密目録記載の営業秘密を使用し、又は開示してはな
2 被告は、別紙営業秘密目録記載の営業秘密に係る電子データ及びその複
3 被告は、原告に対し、300 万円及びこれに対する令和 5 年 2 月 25 日か
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを 12 分し、その 11 を原告の負担とし、その余を被告の
6 この判決は、第 3 項に限り、仮に執行することができる。 |
事件の概要 |
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判決文
令和 6 年 4 月 25 日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和 5 年(ワ)第 70462 号 不正競争行為差止等請求事件
口頭弁論終結日 令和 6 年 2 月 26 日
判 決
5 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 被告は、別紙営業秘密目録記載の営業秘密を使用し、又は開示してはな
らない。
2 被告は、別紙営業秘密目録記載の営業秘密に係る電子データ及びその複
10 製物を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、300 万円及びこれに対する令和 5 年 2 月 25 日か
ら支払済みまで年 3%の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを 12 分し、その 11 を原告の負担とし、その余を被告の
15 負担とする。
6 この判決は、第 3 項に限り、仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
略語は別紙略語一覧表のとおり
第1 事案の要旨
20 本件は、本件商品の日本における販売代理店である原告が、本件商品に係る本件
情報は原告の営業秘密であり、原告の事業開発本部長等であった被告が、これを原
告社内のサーバーから取得して、私的に使用し、第三者に開示した行為は、不正競
争又は秘密保持義務違反の債務不履行もしくは不法行為に該当すると主張して、被
告に対し、本件情報の使用の差止め及び同情報に係る電子データ等の廃棄並びに損
25 害賠償(一部請求)を求める事案である。
第2 当事者の求めた裁判
(請求)
1 主文第 1 項と同旨
2 主文第 2 項と同旨
3 被告は、原告に対し、金 2524 万 2000 円及びこれに対する令和 5 年 2 月 25
5 日から支払済みまで年 3%の割合による金員を支払え。
(請求の法的根拠)
1 不正競争防止法 3 条 1 項(同法 2 条 1 項 4 号及び 7 号)に基づく差止請求権
2 同条 2 項に基づく廃棄請求権
3 損害賠償請求
10 (1) 主位的請求
主たる請求:同法 4 条に基づく損害賠償請求権
附帯請求:遅延損害金請求権(起算日:不正競争の日。利率:民法所定の法定利
率)
(2) 予備的請求
15 主たる請求:債務不履行(民法 415 条)又は不法行為(民法 709 条)に基づく損
害賠償請求権
附帯請求:遅延損害金請求権(起算日:債務不履行に基づく請求につき、訴状送
達の日の翌日。不法行為に基づく請求につき、不法行為の日。利率:民法所定の法
定利率)
20 第3 前提事実、争点及び争点に対する当事者の主張の要旨
1 前提事実(証拠等の記載のないものは当事者間に争いがない。なお、証拠を摘
示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。以下同じ。)
(1) 当事者
ア 原告は、化粧品、健康食品、医薬部外品、日用品雑貨の企画、製造、販売等
25 の事業を営む株式会社である。
イ 被告は、平成 28 年 3 月に原告に入社し、原告において営業推進部長、海外
営業本部長及び事業開発本部長等の役職を務めたが、令和 5 年 4 月 30 日付けで、
「機密情報を複製して社外に持ち出し、意図的に外部に流出させ、その行為が就業規
則第 42 条(機密保持)に抵触している」ことを処分理由として、原告から懲戒解雇
された者である。
5 ウ AREEN 社
AREEN 社は、アラブ首長国連邦(UAE)で販売代理店事業を営む会社であり、
B氏が Executive Vice Chairman を務めている。
(2) 原告による本件商品の販売等
原告は、平成 20 年 7 月以降、米国で酸素系漂白剤「オキシクリーン」ブランド
10 の商品等の製造販売を行う C&D 社との間で、日本における本件商品の販売に関し、
原告を日本の販売代理店とする販売代理店契約(本件販売契約。甲 3)を締結し、
同契約に基づき、日本において、本件商品を独占販売している。原告においては、
ハウスホールド事業がその売上高の約 77%を占めるところ、同事業の売上高の最も
大きな割合を占めるのは本件商品である。
15 (3) 本件情報について
本件情報に含まれる本件商品の原価は、原告と C&D 社の間の平成 20 年 7 月 10
付け本件販売契約時及びその後の複数回にわたる改定時に、両社間の価格交渉を経
て定められたものであるところ、本件情報は、令和 4 年 4 月 20 日付け価格改定通
知書(甲 20。本件通知書)及び C&D 社の原告宛て同年 7 月 20 日付け電子メール
20 (甲 21。本件メール)において、令和 4 年 7 月 22 日より前及び同日以降に適用さ
れる価格として定められたものである。
本件情報は、本件通知書及び本件メールのほか、本件ファイルに記載されている。
被告は、上記 C&D 社との価格交渉において、原告の事業開発本部長等として交
渉窓口を担当しており、その職務上、本件情報へのアクセス権限を付与され、これ
25 を使用していた。
(4) 原告における本件情報の管理態様等について
ア 本件通知書の管理
本件通知書は、後記原告の文書管理規程に基づき、機密文書として、原告の経営
企画室内の施錠可能なキャビネットで保管されていた。また、同経営企画室は原告
本社の執務室内にあり、施錠可能な扉によって他の部署の執務スペースとは離隔さ
5 れていた。(甲 24、25)
イ 本件ファイルの管理
原告では、社内ネットワーク上に、従業員らが使用する共有フォルダを作成し、
同フォルダ内に部署別フォルダや個人フォルダを置き、従業員らはそれらのフォル
ダに自らが使用する電子データを格納している。各フォルダには、当該フォルダ内
10 の情報に係る業務上の必要性に応じて、所属部署や役職等に応じたアクセス権限が
設定されており、アクセス権限が設定されていない従業員らは、自らのアカウント
でログインしたパソコンの画面上で、当該フォルダそのものを見ることができない。
また、共有フォルダの情報が保存されたサーバーは、原告本社の執務室内のバッ
クヤードにおいて、施錠された金属製ボックス内に設置されていた(甲 24)。
15 本件ファイル(甲 22)はアイテム別売上・粗利の管理に用いられており、本件商
品の日本円ベースの単価が記載され、共有フォルダ(「共有¥0200 部門間 共有
¥0107★経理⇔営業管理 ※Mgr 制限」)に保存されていた(甲 26)。同フォルダ
にはアクセス権限が設定されており、システム管理者を除くと、海外事業推進責任
者であった被告のほか、取締役商品本部長、経理担当従業員ほか本件情報を業務上
20 必要不可欠とする者合計 16 名のみにアクセス権限が付与されていた。さらに、本
件ファイルには、そのファイル名称に「Mgr 以上限」との文言が付されていたほか、
データの記載の冒頭に「取扱注意(原価データ有 Mgr 以上限)」と赤地・白抜き
文字の注記が付されていた。
(5) 被告による本件使用行為、本件開示行為及び本件取得行為
25 ア 本件使用行為及び本件開示行為
被告は、令和 5 年 2 月 25 日、本件情報を使用してプレゼンテーション資料(甲
14、15。本件プレゼン資料)を作成した(本件使用行為)。本件プレゼン資料には、
本件情報 1~5、7、8、11、12、16~19、30 の単品原価、本件情報 49、50 の原価
が記載されている。
その上で、被告は、同月 26 日、AREEN 社のB氏に対し、本件プレゼン資料を添
5 付したメール(甲 16、17)を送付した(本件開示行為)。
イ 本件取得行為
被告は、同年 4 月 22 日及び同月 23 日、自宅及び原告本社等から PC を用いて原
告の社内サーバーにアクセスし、本件情報に係る電子データを私物の USB メモリ
及び HD ドライブに複製した(本件取得行為)。
10 (6) 原告における情報管理に関する各種規程
原告においては、情報管理に関し、次の規程が定められていた。これらの規程は、
原告の社内ネットワーク上で公開されており、原告の従業員はいつでも閲覧可能で
ある。
ア 就業規則(甲 29)
15 ・(機密保持)42 条 1 項
「従業員は、次にあげる行為、またはそれに準ずる行為により、在職中または退職
後においても会社の事業上の秘密、ノウハウ、技術情報、制作などの営業の秘密の
他、…あらゆる情報を第三者に漏洩、開示、提供してはならない。…
(2) 会社ならびに取引先などの機密、機密性のある情報…などを会社外に持ち
20 出すときは、事前に会社の許可を得なければならない。
・(懲戒の事由)54 条 2 項
「従業員が、次のいずれかに該当するときは、諭旨退職または懲戒解雇する。…
(9) …第 42 条(機密保持)に違反する重大な行為があったとき」
イ 文書管理規程(甲 23)
25 ・(機密の保持)4 条
「当会社の役職員は、文書管理業務を通じて業務上知り得た「企業秘密」およびこ
れに準ずる重要な情報をほかに漏えいしてはならない。」
・(機密情報の取扱い)6 条
「文書の内容が当会社の機密事項に該当する場合、当該文書を「機密文書」といい、
別に定める「情報管理規程」に基づき取扱わなければならない。」
5 ・(文書の保管場所)10 条
「保管文書は、各部門に備え付けのキャビネットに保管する。ただし、機密文書そ
の他の重要な文書は、施錠できる金属性キャビネット等に保管するものとする。
2. 文書が電子データである場合は、各部門において設定する共有フォルダに保
管を行うことを原則とし、機密データや重要なデータについては、アクセス権を設
10 定する等、適切な対処策を施すものとする。」
ウ 情報管理規程(甲 30)
・(情報の定義と区分)3 条 2 項 1 号
「機密情報
当会社にとって特に重要な情報であり、社内の特定された当事者以外には開示せ
15 ず、当会社の秘密とされるべき情報。情報の表示において、「confidential」又はこ
れと同様の表示を行い厳重に取り扱う。」
・(情報管理責任者)4 条 1 項
「情報管理責任者は、管理本部長とし、本規程所定の機密情報を安全に保管する義
務を負い、また情報利用に関する許諾を行なう権限を有し、かつ責任を持つ。」
20 ・(機密情報の取扱い)7 条 2 項
「機密情報については、情報管理責任者が特に指定した者のみが、その指定した目
的のために閲覧・利用することができる。当該情報の謄写、データコピーは、特別
に指定された場合を除き一切禁止する。」
・(秘密漏洩の禁止)8 条 1 項
25 「当会社が保有し、管理する情報について、役員及び従業員は、所定の管理方法に
従って管理する義務を負うものであり、いかなる理由があっても当会社の定め、予
定する目的以外での使用はしてはならず、自己の利益のためあるいは第三者の利益
のため、自ら利用し、あるいは第三者…に開示・提供してはならない。」
・(誓約書)9 条 1 項
「当会社の役員及び従業員はすべて機密保持条項を含む誓約書に署名し情報管理
5 責任者に提出し、当会社の企業秘密を漏洩しないことを約束する。」
・(違反)10 条
「従業員が本規程に違反した場合は、就業規則に基づき処分を行うものとする。」
(7) 原告における情報管理に係る従業員に対する措置
ア 原告においては、従業員に対し、入社時等において、秘密保持に関する誓約
10 書の作成・提出を求めており、被告も、入社時(平成 28 年 3 月 1 日)及び原告の
株式上場時(令和元年 12 月 26 日)に、署名押印した誓約書(甲 36、37)を原告
に提出した。これらの誓約書には、「私は、次に例示的に示される貴社の技術上、
営業上の情報、その他一切の情報(私の職務遂行中に取得した情報や秘密情報の複
製物を含む。…)について、貴社の事前の書面による承諾なく、いかなる方法によ
15 っても使用、開示または漏洩しません。…貴社の取引先の業者名、商品の購入価格
および価格設定等に関する情報」(1 項)、「私は、貴社の事前の書面による承諾
なく秘密情報を自己または第三者のために使用しません。」(2 項)との記載があ
る。
イ 原告は、個人情報に関する社内研修を継続して実施しており、被告は、令和
20 4 年 8 月及び令和 5 年 3 月に、全従業員を対象とした研修に参加した。また、被告
は、原告が実施したこれらの研修の理解度テストに回答して全問正解した。
さらに、原告は、令和 5 年 4 月 19 日、全従業員を対象とした情報管理に関する
社内研修を実施し、当該研修において、商品原価に関する情報が機密情報に該当す
ること、情報管理に関する留意点について説明した。被告もこの研修に参加した。
25 (8) 本件情報の「営業秘密」該当性等
ア 本件情報が原告の「事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」であること
及び「公然と知られていないもの」であることは、当事者間に争いがない。
また、上記(4)、(6)及び(7)によれば、本件情報は、「秘密として管理されている」
ものといってよい。
したがって、本件情報は、 (不正競争防止法 2 条 6 項)に該当するも
「営業秘密」
5 のと認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
イ 本件取得行為は、被告が、本件情報の保有者である原告から示された本件情
報につき、そのアクセス権限を与えられた理由とは異なる理由により複製したもの
であり、「不正の手段により営業秘密を取得する行為」といえる。
したがって、本件取得行為は、営業秘密不正取得行為(不正競争防止法 2 条 1 項
10 4 号)に該当する。これに反する被告の主張は採用できない。
ただし、本件取得行為については、後記のとおり、被告の故意の有無につき当事
者間に争いがある。
2 争点
(1) 本件使用行為及び本件開示行為に係る図利加害目的の有無(争点 1)
15 (2) 本件取得行為に係る故意の有無(争点 2)
(3) 損害発生の有無及びその額(争点 3)
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点 1(本件使用行為及び本件開示行為に係る図利加害目的の有無)
(原告の主張)
20 ア 被告は、令和 4 年 7 月頃及び同年 12 月頃に実施された人事異動に不満を覚
えたため、以降、原告の営業秘密を漏洩することで、原告に復讐を果たしたいと考
えるようになった。
そこで、被告は、同年 12 月頃から転職活動を開始するにあたり、本件情報を原告
の競合になる可能性のある AREEN 社に開示すれば、原告に損害を与えて復讐を果
25 たすことができる上、本件情報を利用したプレゼンテーションを実施することで自
らの転職活動も有利に進めることができると考え、本件情報を職務上使用する立場
にあったことを奇貨として、本件情報を使用し、その開示を行った。
したがって、被告は、本件情報を使用及び開示するにあたり、自らの転職活動を
有利に進めるという不正の利益を得る目的(自己図利目的)及び原告に損害を加え
る目的(加害目的)を有していたといえる。
5 イ 仮に転職活動への利用でないとしても、被告は、本件プレゼン資料の中で、
日本の本件商品の市場又は隣接する市場において原告と競争関係が生じる可能性の
ある AREEN 社に対し、本件情報を示した上で、原告の本件商品の取引先を紹介す
る等の戦略を提案している。このことから、被告は、図利加害目的を有していたと
いえる。
10 (被告の主張)
被告が令和 4 年 7 月頃及び同年 12 月頃の人事異動に不満を持っていたこと、並
びに本件情報を開示及び使用したことは認める。その余は否認する。
被告は、原告に対する謝罪文で情報漏洩について触れたが、その対象は本件情報
ではなく、被告が C&D 社に対して原告の悪口を伝えたことである。
15 また、被告が AREEN 社に対し本件プレゼン資料を用いてプレゼンテーションを
行ったのは、同社から内定を得た後である。本件プレゼン資料は、被告が同社入社
後に実施したいと考えているプロジェクトとして、本件商品を含む商品を UAE で
販売する際の戦略、本件商品以外の商品を日本で販売する際の戦略について説明す
るものであり、本件商品の日本での販売事業は提案内容に含まれない。
20 (2) 争点 2(本件取得行為に係る故意の有無)
(原告の主張)
被告は、本件情報を原告の取引相手や競合相手に開示すれば原告に損害を与えて
復讐を果たすことができると共に、本件情報を私物の USB メモリや HD ドライブ
等に保存しておけば原告を退社した後に行う予定であったコンサルティング業に利
25 用することができると考え、本件取得行為に及んだ。
したがって、被告は、故意により不正競争である本件取得行為を行ったものとい
える。
また、被告の主張を前提としても、本件ファイルや C&D 社との交渉窓口を担当
していた被告ほか 3 名に限りアクセス権限が付与されていた JBP ファイル等に記
録されている本件情報が秘密として管理されていることを認識しながら、原告を退
5 職した後に他社の業務で使用するために本件情報を含む電子データ一式を複製した
のであるから、このような行為が、
「不正の手段により営業秘密を取得する行為」に
当たることを認識していたといえる。
(被告の主張)
争う。
10 被告は、C&D 社から電子メールで送信された本件情報(本件通知書を含む。)を
含む JBP ファイルという営業ファイルを被告の個人フォルダに格納していた。同
ファイルは、被告ほか 3 名が閲覧可能であった。
被告は、これまでの被告のマーケティング施策の成果について、今後の業務にお
いて参考となることもあると考えて、自己のフォルダ内に保存していた情報を複製
15 したところ、結果として、その情報の中に本件情報を含む上記 JBP ファイルが含ま
れていたのであって、本件情報を取得する意図はなかった。
(3) 争点 3(損害発生の有無及びその額)
(原告の主張)
ア 原告は、本件使用行為、本件開示行為及び本件取得行為の発覚を受けて、被
20 告の USB メモリのデータ復旧を実施し、合計 24 万 2000 円を支出した。
イ 原告は、本件使用行為、本件開示行為及び本件取得行為に関する事実調査(被
告からの聴き取りを含む。、大崎警察署への相談、本件訴えの追行等を弁護士に依
)
頼し、その弁護士費用として合計 2200 万円(調査対応 400 万円、大崎警察署相談
対応 100 万円及び民事訴訟対応 1500 万円並びに各金額に係る消費税相当額 200 万
25 円)を支払った。
事実関係の調査及び警察への相談対応は、3 名の弁護士で行った。証拠保全や法
令検討等、いずれも専門的な知見が要求される作業であり、また、対象となるデー
タの量も多く、その内容も多岐にわたることから、弁護士に依頼しなければ、十分
な調査及び相談をなし得なかった。また、AREEN 社に対する英語のメール及び通
知文書の作成、再発防止策の策定、C&D 社に対する事実経過及び再発防止策を報告
5 するための英語のメール及び報告書の作成も要した。また、情報漏洩先が国外であ
り、期間も長期にわたる上、事案が複雑な経済犯罪であることから、警察への相談
を進めるためには、警察官との複数回の面談、追加の質問や証拠提出に対応するな
ど、相当量の作業が必要であった。
民事訴訟対応は、5 名の弁護士で行った。上記の事情に照らせば、民事訴訟対応
10 に係る弁護士報酬 1650 万円(税込)は相当な金額であり、特別に高額とはいえな
い。
ウ 原告は、本件情報の提供元である C&D 社に対し、被告が本件使用行為、本
件開示行為及び本件取得行為を行った事実並びに再発防止策等の報告を行った。こ
れにより、原告は、最も重要な取引先である同社から情報管理体制につき疑念を持
15 たれることになり、その信用を著しく毀損された。そのため、原告には少なくとも
300 万円を下らない無形損害が生じている。
エ 上記損害額合計 2524 万 2000 円は、本件使用行為、本件開示行為及び本件取
得行為と相当因果関係のある損害である。
(被告の主張)
20 否認ないし争う。
AREEN 社は UAE における販売代理店であり、日本における本件商品の販売代
理店である原告とは競合関係にない。このため、同社が本件情報を知ったとしても、
参考として受け止めるにとどまり、原告に損害が発生することはない。
また、弁護士費用については、事実関係の調査及び警察への相談は弁護士でなけ
25 ればなし得ないものではない。加えて、警察への相談は、本件において必要不可欠
な手続ではない。他方、民事訴訟対応についても、特別高額な弁護士費用を認める
べき事情はない。
第4 当裁判所の判断
1 争点 1(本件使用行為及び本件開示行為に係る図利加害目的の有無)について
(1) 認定事実
5 前提事実のほか、争いのない事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の
事実が認められる。
ア 本件プレゼン資料(甲 14。甲 15 はその日本語訳。)は、令和 5 年 2 月 25 日
に作成され、同月 26 日に AREEN 社(B氏)に送付されたものである(甲 16、 。
17)
同資料において、被告は、日本と UAE の給与その他の経済状況等についての比
10 較をした上、日本市場における本件商品の売上を参照しつつ、UAE 市場における最
高売上を措定し、これを実現し得る販売目標等を説明している。その中で、本件商
品の原価情報が示され、また、AREEN 社が日本市場の製品を中東で取り扱う場合
及び世界の製品を日本市場で取り扱う場合のスキームが提案されている。
被告は、本件プレゼン資料の作成当時、令和 4 年 7 月頃及び同年 12 月頃の人事
15 異動に不満を持っていた。
イ 被告は、令和 5 年 4 月 26 日を最終出社日として、同年 6 月に原告を退職す
る予定であった。(甲 16)
(2) 検討
上記認定のとおり、本件使用行為及び本件開示行為の当時、被告が原告に対し人
20 事上の不満を抱いていたことは認められる。しかし、これに基づき、被告が原告に
対して復讐する目的で本件プレゼン資料を作成したことを認めるに足りる客観的な
いし具体的な証拠はない。他方、同資料作成当時、既に被告が AREEN 社の内定を
得ていたことを認めるに足りる客観的ないし具体的な証拠もない。
もっとも、本件プレゼン資料の作成及び開示の時点で被告が AREEN 社の内定を
25 得ていなかった場合、同資料の内容に鑑みると、その作成等は被告の転職活動を有
利に進めるために行われたものと理解される。他方、仮に被告が本件プレゼン資料
の作成当時既に AREEN 社の内定を得ていたとしても、その時点では被告はいまだ
原告の従業員であり、AREEN 社の被告に対する評価を更に高めることにより一層
有利な条件で転職することを目的として、本件プレゼン資料の作成等が行われたも
のとみるのが相当である。
5 そうすると、本件使用行為及び本件開示行為について、被告は、少なくとも自己
の転職活動を有利に進めることを目的としていたものといえることから、「不正の
利益を得る目的」を有していたと認められる。これに反する被告の主張は採用でき
ない。
2 争点 2(本件取得行為に係る故意の有無)について
10 前提事実のほか、証拠(甲 18)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ
る。すなわち、本件取得行為に際し、被告は、原告本社執務室内において、社用 PC
を操作して原告の社内サーバーにアクセスし、自身の個人フォルダに格納していた
本件情報に係る JBP ファイルを私物の USB メモリに複製した。複製されたデータ
には、 「Meeting 議事録」 「NPD JBP」 「JBP」 「Joint Business
少なくとも、 、 ( とは
15 Plan」の略)、「Price List」、「Promotion 販促」というフォルダを含む「C&D」
という名称のフォルダに格納されたデータ一式が含まれ、その容量は 661MB であ
った。
このように、被告が本件取得行為により複製したデータには C&D 社に関する多
岐にわたる情報が含まれていることがうかがわれることに加え、本件取得行為の約
20 2 か月前に被告が本件使用行為及び本件開示行為を行っていたことなども踏まえる
と、被告は、自己の個人フォルダである上記フォルダに本件情報が含まれているこ
とを認識していたとみるのが相当である。
また、本件取得行為が行われたのは被告の最終出社日直前であることなどに鑑み
ると、本件取得行為は、原告における業務遂行の目的により行われたものではなく、
25 原告退職後の利用を目的として行われたものとみられる。
さらに、原告においては、本件情報は機密情報として扱われ(情報管理規定 3 条
2 項 1 項) これを私的に複製することは禁止されているところ
、 (同規程 7 条 2 項)、
被告もこれを認識していたと認められる。
したがって、本件取得行為につき、被告には故意があったとみるべきである。こ
れに反する被告の主張は採用できない。
5 3 小括
以上より、本件使用行為及び本件開示行為は不正競争防止法 2 条 1 項 7 号の不正
競争に、本件取得行為は同項 4 号の不正競争に、それぞれ該当する。
また、本件情報の重要性及び現に本件開示行為によって本件情報が第三者である
AREEN 社に開示されたことを踏まえると、原告の営業上の利益が侵害され又は侵
10 害されるおそれはあると認められる。
したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法 3 条に基づく差止め(同条 1
項)及び廃棄請求権(同条 2 項)を有する。
4 争点 3(損害発生の有無及びその額)について
(1) 証拠(掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の不正競争に
15 より、被告が取得した情報の解析のため、被告の USB メモリのデータ復旧作業を
実施し、その費用として合計 24 万 2000 円(税込)を支払ったこと(甲 40)、C&D
社に対し、本件に関する事実経緯及び再発防止策等についての報告を行ったこと(甲
16)、本件に関し、弁護士に対し、合計 2200 万円(内訳は事実関係の調査費用につ
き 400 万円、警察署相談対応につき 100 万円、訴訟対応につき 1500 万円及び消費
20 税 200 万円)の支払を約し、令和 5 年 11 月末日までに合計 1927 万 3650 円を支払
ったこと(甲 41~43)が認められる。
また、C&D 社に対する上記報告に伴い、原告は、C&D 社との関係で、製品の原
価情報という取引上重要な情報の管理体制等につき疑念を抱かせることとなり、そ
の信用が損なわれたものとみるのが相当である。
25 (2) 上記認定事実を踏まえつつ、本件事案の性質・内容・緊急性、調査の経過、
民事訴訟対応につき訴訟代理人弁護士に委任せざるを得なかったことその他本件に
表れた一切の事情に鑑みれば、弁護士費用相当損害を含め合計 300 万円(うち、信
用毀損に係る損害額は 100 万円)をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損
害と認めるのが相当である。これに反する原告の主張は採用できない。
また、上記損害は、令和 5 年 2 月 25 日の本件使用行為を端緒として発生したも
5 のといえるから、同日をもって遅延損害金請求権の起算日とするのが相当である。
なお、予備的主張(債務不履行又は不法行為責任)については、これが認められ
るとしてもその損害額は上記損害額を上回るものではない。
5 まとめ
したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法 4 条に基づき、300 万円の損
10 害賠償請求権及びこれに対する令和 5 年 2 月 25 日から支払済みまで年 3%の割合
による遅延損害金請求権を有する。
第5 結論
よって、原告の請求は主文の限度で理由があるから、その限度でこれを認容し、
その余を棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第 47 部
裁判長裁判官
20 杉 浦 正 樹
裁判官久野雄平及び同吉野弘子はいずれも差支えのため、署名押印できない。
裁判長裁判官
杉 浦 正 樹
(別紙)
当 事 者 目 録
原 告 株 式 会 社 グ ラ フ ィ コ
同訴訟代理人弁護士 成 川 弘 樹
同 金 子 禄 昌
同 飛 世 貴 裕
同 遠 藤 賢 祐
10 同 福 井 真 嗣
被 告 A
同訴訟代理人弁護士 菊 地 達 也
(別紙営業秘密目録 省略)
(別紙)
略 語 一 覧 表
本件商品 別紙営業秘密目録の商品名称欄記載の各商品
本件情報 本件商品の原価に関する別紙営業秘密目録記載の各
情報。なお、同目録記載の番号に従い、「本件情報
1」などと表記する。
C&D 社 Church & Dwight co., Inc.
本件販売契約 原告及び C&D 社間の平成 20 年 7 月 10 日付けの原
告を日本の販売代理店とする旨の販売代理店契約
AREEN 社 AREEN MIDDLE & EAST L.L.C
B氏 B
本件通知書 価格改定通知書
本件メール C&D 社担当者と原告担当者との「RE: EX1000g
and 2000g - Timeline」との件名の令和 4 年 7 月
20 日付け電子メール
本件ファイル 「アイテム別売上・粗利_Mgr 以上限」との名称
が付された Excel ファイル
本件プレゼン資料 被告が作成したプレゼンテーション資料
本件使用行為 被告による本件プレゼン資料作成行為
本件開示行為 被告が、令和 5 年 2 月 26 日、B氏に対し、本件プ
レゼン資料を添付したメールを送付した行為
本件取得行為 被告が、令和 5 年 4 月 22 日及び同月 23 日、被告自
宅及び原告本社等からPCを用いて原告社内サーバ
ーにアクセスし、本件情報に係る電子データを私物
の USB メモリ及び HD ドライブに複製した行為
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